• 検索結果がありません。

医療保障システムにおける民間保険 : 国際比較と中国の現状

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "医療保障システムにおける民間保険 : 国際比較と中国の現状"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

I

はじめに

現代社会で人々が傷病の際に必要かつ適切な 治療を受け健康を維持するためには

2

つのことが 必要である。

1

つは、医療サービスを提供する医療 機関や専門スタッフが地理的に利用可能な距離 に存在し、かつ提供される医療技術も時代ととも に進歩することである。もう

1

つは、しばしば高額に なりがちな医療費を分散する制度・仕組みの存在 により、医療サービスが個人にとって経済的に入 手可能(

affordable

)でなければならない。周知の ように、アメリカは世界最高の医学技術を有する 国であるが、医療費の保障制度が不十分であるた めに多くの人々が必要な医療にアクセスできず、大 きな健康格差を抱えているのである。

OECD

諸国の場合、医療や健康のための支出 はいまや

GDP

の約

1

割をも占めている1)。平均寿命 の延長や高齢化率の上昇、そして医療技術の発 展によりこの比重は今後もさらに高まると予測され る。多くの国で医療費の増加率が経済成長率を 上回っているため、増えつづける医療費を「誰が」 「どう」負担するかが重要な政策イシューとなって いる。公的医療保障制度の負担能力の限界がま すます顕在化するなか、他の代替保障、特に民間 医療保険への注目が高まっている。 中国では、

1970

年代末以降の市場経済化の過 程で医療が過度に商品化され、また公的責任も 後退したため、深刻な医療不平等とアクセス困難 が生じた。

2000

年代に入って、政府の強力なリー ダーシップの下で「全民医療保障」が社会政策の 最重要課題に位置付けられ、社会保険を中心とす る公的医療保障制度が急速に整備された。しか し、中国の人口規模や所得水準を勘案すると、す

医療保障

システムにおける

民間保険

国際比較と中国の現状

李蓮花 Lianhua Li 滋賀大学経済学部 / 特任准教授 論文 1) 2011年現在、OECD平均で9.5%、アメリカは17.6%、 日本は9.5%である(OECD, Health Data)。

(2)

べての医療費を公的制度でカバーするのは難しく、 民間保険を含め「多層的」な医療保障システムの 構築が求められる。中国政府も医療改革の一環と して民間医療保険の発展を積極的に促進しようと しているが、医療保障における公私の役割分担な どをめぐってまだ混乱と模索が続いている状況で ある。 本稿は、医療保障における公私ミックスの視点 から民間医療保険の位置づけや役割を比較分析 し、中国の民間医療保険の現状および課題を明 らかにすることを目的とする。本稿の構成は次のよ うになっている。第

1

節では医療保障システムにお ける民間保険の役割について全体的に俯瞰する。 そのうえで第

2

節では、ドイツ、フランス、日本、韓 国を取り上げ、それぞれの国における民間医療保 険のあり方を考察する。第

3

節では、中国の民間医 療保険の現状を分析したうえで、それが提起する 理論的な問題と今後の方向性を考察する。

II

医療保障システムにおける

民間保険

(1)民間医療保険の定義と公的医療保険との区別 各国の医療保障シテムは公的保障中心か私的 保障中心か、また公的保障の場合、社会保険方 式か租税方式かによって大きく異なる。アメリカ以 外の先進国では公的医療保障制度が国民のほと んどをカバーし、医療費に関してもおよそ

7

割以上 を保障している。一方で、いかなる国でも公的な制 度が

100

%を給付することが不可能であるため、何 らかの形の私的保障が存在し、そのなかの

1

つが 民間医療保険である。 それでは、民間医療保険の定義、およびその特 徴は何だろうか。堀田(

2006

)は公的医療保険と 民間医療保険の違いについて次のように整理した (図表

1

)。すなわち、公的医療保険は社会連帯と 弱者救済の理念のもとで、強制加入、統一の給付 水準、所得に基づいた保険料設定などを通じてリ スクの分散と所得再分配を図る。それに対し、民 間医療保険は自己責任と自助努力の理念のもと、 公的医療保険 民間医療保険 加入の自由性 強制加入 任意加入 給付水準 法律で定められた給付水準(相対的 に決められた統一水準) 契約で定められた給付水準(個人の ニーズ・負担能力によって自由に設定) 保険集団 異質なリスク集団 同質なリスク集団 保険料設定 所得に基づく平均保険料 リスクに応じた個別保険料 危険選択 原則として認められない 原則として自由 逆選択 原則としてなし 発生の可能性あり モラルハザード 発生の可能性大きい 発生の可能性あり 制度理念 社会連帯性・弱者救済 自己責任・自助努力 指向性 平等(均等)化 差別(個別)化 制度の性格 連帯主義による社会制度 個人主義による経済制度 出所:堀田(2006:230)より。 図表1 公的医療保険と民間医療保険の比較

(3)

任意加入やリスクに応じた個別保険料などを通じ て被保険者間でリスクを分散する。このような理 論的な整理と比較は非常に説得的で分かりやす い。しかし、現実において民間医療保険(

private

health insurance

)の範囲や特徴は国によって異 なり、公的保険との境界もあいまいな場合が多い、 というのが民間医療保険について包括的な国際 比較を行った

OECD

の報告書(

2004

)の見解で ある。 たとえば、強制加入か任意加入かはしばしば社 会保険と民間保険を区別する基準とみなされてい るが、スイスやオランダなどでは民間保険への加 入が法律によって強制化されている。また、保険 者の性格をみると、保険会社以外に非営利組織 が民間保険を提供するケースも非常に多く2)、アイ ルランドやオーストラリアのように保険者が公的 機関である場合さえある。さらに、民間医療保険 の保険料に対し政府による財政補助が設けられ ている場合もある。このような多様性を踏まえ、当 報告書では「財源調達のメカニズム」を公私保険 の区分の基準に採用している。すなわち、公的保 障は税または所得にリンクした保険料を主な財源 とするのに対し、民間保険は所得にリンクしない 保険料を主な財源とし、給付は契約によって個別 的に定めている(

OECD, 200: 2

)。 ちなみに、民間医療保険を指す言葉も国によっ て異なる。日本や韓国では「民間医療保険」、フラ ンスでは「補足保険」、中国では「商業健康保険」 と称している。本稿では、記述の便宜上「民間医 療保険」に統一することにする。 (2)民間医療保険の多様な役割 各国の公的医療保障システムが多様であること に加え、上述のように民間医療保険の定義や性格 も大きく異なるため、民間医療保険の国際比較は 公的制度以上に複雑で困難である。ここでは上の

OECD

報告および最新の

OECD

のデータに基づ いて、先進国における民間医療保険の全体像を 大まかに捉える。 民間医療保険はそれが果たす役割によって大 きく主要型、二重型、補足型、追加型に分けること ができる(図表

2

)。現実では、どの国の民間医療 保険も様々な被保険者を対象に様々な商品が存 在しているため、複数の役割を併せ持つことが一 般的であるが、ここでは最も重要な役割によって 分類を行う。 「主要型」(

primary

)は、被保険者にとって民間 医療保険が医療費の保障において最も主要な役 割を果たすことを意味する。民間医療保険に代替 しうる公的制度が存在するか否かによって主要型 はさらに「 主導型 」(

principal

)と「 代 替 型 」 (

substitutive

)に分けられる。前者では、民間保険 に代替する公的制度が存在せず、民間保険が支 配的な役割を担うことを指す。その典型はアメリ カの現役労働者およびその家族を対象とする民 間医療保険であるが、民間医療保険への加入が 強制化されているスイスや、

2006

年の医療保険 改革以後のオランダもこのタイプに入れることが できる。一方、ドイツ、および

2006

年以前のオラン ダでは公的な制度が存在しているものの、一部の 人が公的保険の代わりに民間保険を選択するこ とができ、「代替型」に属する。 「二重型」(

duplicate

)は税を財源に公営医療 サービスを提供する国に多く、待機期間の短縮や 公的保障以外の薬・サービスの利用のために、民 間の医療機関を利用する際の費用を保障する。そ 2)アメリカやフランスの多くの保険者は非営利団体である。 日本の住民共済もそうである。

(4)

の場合、被保険者は民間医療保険に加入してい ても公的保健サービスを受ける権利を有している ため、二重の制度から保障されることになる。オー ストラリアやイギリス、南欧などの民間保険がこの タイプに属する。 「補足型」(

complementary

)は、医療費の保障、 とりわけ患者自己負担の補償(

cost-sharing

)にお いて民間医療保険が重要な補足的役割を果たす 場合を指す。例えば、フランスにはすべての国民を カバーする公的医療保険制度が存在するが、公 的保障外の費用も多く、また社会保険が償還払い 方式を採用しているため、補足的な医療保険が必 要不可欠な重要な役割を果たす。また、

OECD

の 報告書では取り上げられていないが、後述する韓 国でも混合診療が広く存在し、患者負担が多いた め、多くの人にとって民間保険はなくてはならない 重要な保障手段となっている。 最 後 の「 追 加 型 」 ま た は「 上 乗 せ 型 」 (

supplementary

)は民間医療保険の役割が最も 小さいタイプである。ここでは、医学上必要とされ ている医療行為や薬、そして費用は基本的に公的 制度によって保障され、かつ「二重型」のような長 い待機期間やサービスの質の格差が存在しない ため、民間医療保険は公的保障の上乗せとして差 額ベッド代や先端治療、美容歯科などいわゆる「贅 沢」な医療ニーズを保障する。ドイツの「部分保 険」や日本、カナダ、北欧などの民間医療保険はこ ちらに属するとされている。 このように、一言に民間医療保険と言っても各 国の医療保障システムのなかで担っているその役 割は実に多種多様である。したがって、医療保障 における公私役割の見直しや民間保険の活性化 を論じる際は、それぞれの医療保障システムにお いて民間保険が実際にどのような役割を果たして いるのか(それは公的制度のあり方とも直接関わ る)、今後どのような方向を目指すかを見極めたう えで議論しなければならない。 (3)医療支出に占める民間保険の割合と加入率 次 に、 各 国 の 総 保 健 支 出(

total health

expenditure

)に占める民間医療保険の比重を見 てみよう。図表

3

は医療費の国際比較で最もよく使 われる

OECD Health Data

の最新データをまと

めたものである。上のグループは税方式の公営医 療制度を持っている国、真ん中のグループは社会 保険方式を採用している国、そして下のグループ は民間保険方式を主とするグループである。 この表を見ると、総保健支出における民間医療 保険の比重はそれぞれのグループ内でもばらつき が大きい。オーストラリアやカナダは公営医療制 度を持っているが、民間医療保険が総保健支出 の

1

割前後の比重を占めており、イギリスや北欧と は明らかに異なる。社会保険方式を採用している 役  割  例 主要型 (primary) 主導型 (principal) アメリカ(現役労働者)、 スイス、オランダ 代替型 (substitutive) ドイツ(完全保険) (2005年までのオランダ) 二重型 (duplicate) オーストラリア、アイルランド、 イギリス、ニュージーランド、 南欧 補足型 (complementary) フランス、(韓国) アメリカ(高齢者) 追加型 (supplementary) 日本、ドイツ(部分保険) カナダ、北欧

出所: OECD (200), Private Health Insurance in OECD Countries, Ch. 2に基づき筆者作成。

(5)

国のなかではフランスとドイツにおいて民間医療 保険の比重が高い。日本の民間医療保険の割合 は

2.5

%と、この表では北欧諸国に次いで比重が 小さい3) 次に、それぞれの国で実際どれぐらいの人が民 間医療保険に加入しているのか。上記の

OECD

報告書に掲載されている

2000

年のデータによると、 オーストラリアが

44.9

%(二重型、補足型)、カナ ダ

65

%、フランス

92

%、ドイツ

18.2

%(うち

9.1

%が 代替型)、オランダ

92

%(うち

28

%が代替型)、ア メリカが

71.9

%となっている(

OECD 200

0-2

)。日本と韓国に関してはデータの不足からか具 体 的 な 数 値 が な く、日 本 は「 ご く 少 数 」 (

negligible

)、韓国は「データ不足」(

n. a.

)となっ ている。これは明らかに日韓の実態と異なってい る。具体的な説明は次節に譲る。

III

各国の民間医療保険:

いくつかの事例

2

節では、ドイツ、フランス、日本および韓国 の例を取り上げ、それぞれの国の医療保障システ ムにおける民間医療保険の役割を検証する。ここ で取り上げた国はいずれも社会保険方式で公的 医療保障を提供している国であり、民間医療保険 を中心とするアメリカや公営医療を持つイギリス、 北欧、オーストラリアなどと比べ、中国との比較可 能性が相対的に高いと思われる国々である。 (1)ドイツ 周知のようにドイツは公的医療保険の発祥の地 であるが、当事者自治の伝統が根強く、また当初 の制度が社会主義運動対策の一環として一定の 所得水準以下の労働者を対象としていたことも あって、官吏や高所得者は社会保険への強制加 入から免除された。戦後、他の国ではこれらの階 一般政府 社会保障基金 民間医療保険 家計負担 対家計民間 非営利団体 企業(医療 保険以外) 合計 オーストラリア* 69.0 0.0 8.2 19.4 0.4 3.1 100.0 カナダ 68.8 1.4 13.2 15.0 - 1.6 100.0 スウェーデン 81.1 - 0.3 17.8 0.2 0.7 100.0 デンマーク 84.6 0.0 1.7 13.7 0.1 0.0 100.0 イギリス - - 3.3 9.4 3.9 - 100.0 フランス 3.9 73.7 14.2 7.6 0.0 0.7 100.0 ドイツ 6.7 70.5 9.6 12.4 0.4 0.4 100.0 日本* 8.6 71.6 2.5 16.3 0.0 1.1 100.0 韓国 12.0 47.5 5.9 33.8 0.6 0.1 100.0 オランダ 8.5 77.2 5.2 5.5 1.4 2.2 100.0 スイス 18.9 46.3 8.6 25.1 1.0 - 100.0 アメリカ 5.8 43.3 34.7 12.3 3.7 0.2 100.0 * 2009年のデータ。

出所:OECD, Health Data。2012年12月13日アクセス。

図表3 主要国の総保健支出の財源別構成(2010年)

3)日本の割合については第2節の日本の部分で

再び検討する。なお、図表3では社会保険の国庫負担分は

社会保障基金としてカウントされていると思われるが、実際、 日本の国民医療費の38.1%(平成22年度)は公費である。

(6)

層も社会保障制度に加入させることが多かったが、 ドイツは現在も全員強制加入の方針を取っておら ず、人口の約

1

割は社会保険の代わりに民間の医 療保険に加入している(完全保険)。また、社会保 険加入者のなかでも社会保険の上乗せとして民 間医療保険に加入している人が少なくない(部分 保険)。ドイツの民間医療保険の加入者は

2010

年現在約

2,700

万人で、そのなかの

31

%が完全保 険、

69

%が部分保険の加入者である。一方、保険 料収入に関しては完全保険が

72

%を占め、民間 医療保険の中心的な存在となっている(川端,

2008

;水島,

2010

)。 老舗の社会保険国家であるドイツは、近年、景 気の低迷や高い失業率などを背景に各種社会保 障制度の「負担の限界」が問題視され、労働市場 の規制緩和と併せて給付の削減が進められてき た。医療保障の分野では、

2003

年の「公的医療 保険近代化法」によって公的給付の削減と患者の 自己負担の導入・引き上げが行われ、民間の部分 保険の契約者数が急増している。いまは社会保険 加入者の約

2

割が部分保険を購入していると言わ れている。さらに、

2007

年には「公的医療保険競 争力強化法」が制定され、社会保険または民間保 険への強制加入が義務化される(すなわち、皆保 険化)と同時に、民間医療保険への公的介入・規 制がより強化された。とりわけ社会保険を代替す る完全保険に関しては、基礎タリフの導入による 給付・保険料の公的医療保険への同一化、疾病 リスクに応じた保険料加算や保険給付の除外の 禁止、保険者による契約拒否および解約の禁止、 公的医療保険から民間医療保険に変更する際の 所得基準などの加入条件の厳格化(基準の引き上 げ)などの規制強化が行われた。これらの措置は 民間医療保険に公的な医療保障の役割を今まで 以上に強く求めるものであるが、保険会社は私保 険における保険者の自由に対する侵害であるとし て憲法裁判所に一連の違憲裁判を起こした4)。要 するに、いまだに全員社会保険方式を採用しない ドイツでは、公的医療保障を代替する民間保険に 対し公的制度と同じような規制を課すことを通じ て「社会保険+民間保険」による事実上の皆保険 を達成し、医療保障を維持しようとしているので ある5) (2)フランス 公的保障制度がすべての人々をカバーしながら も、民間医療保険が補足的な制度として必要不可 欠な重要な役割を果たしているのがフランスで ある。 比較法学アプローチからフランスの「補足的医 療保険 」の歴史と現状を詳しく分析した笠木 (

2012

)によると、フランスの民間医療保険の起源 は社会保険登場以前の共済組合に遡る。

20

世紀 に入り国家主義的な社会保険を導入・拡大する 過程で、フランスでは「社会保障への上乗せ給付 の領域を共済組合が独占」し、共済組合の医療 保障は「社会保険を補完する保険としての途を歩 みはじめた」(笠木,

2008

)。特に、日本と違い、フ ランスでは(公的保険の保険者と協約医師とのあ いだの)協約外報酬の請求が広く認められている こと(すなわち混合診療)、公的医療保険が原則と して償還払い方式を採用していること、高額療養 費制度が存在しないこと、医薬品の自己負担率が 均一ではなく全体的に高いことなどが原因で、家 計にかかる医療費負担が大きく、「民間保険の利 用の必要性が大きくなりやすい構造」を持っている 4)公的医療保険競争力強化法と関連する一連の裁判に 対し、連邦憲法裁判所は権利侵害の可能性を 指摘しながらも、公共の福祉による正当化を理由に 違憲ではないという判決を下し、民間医療保険側の主張を 全面棄却した。詳しくは水島(2010)を参照。 5)本稿では詳しく考察しないが、2006年に全員を 民間医療保険へ強制的に加入させることで初めて皆保険を 実現したオランダでも基本的に同じことが起きている。 オランダの劇的な医療改革については須藤(2012)が詳しい。

(7)

(笠木,

2012

27

)。したがって、補足医療保険を 持っていない人は基本的な医療サービスへのアク セスが制限されるほど、フランスの民間医療保険 の存在感は大きい。総保健支出に占める民間医 療保険の割合も

14.2

%と、先進国のなかではアメ リカに次ぐ高い水準である(その代わりに家計負 担は

7.6

%と低い。図表

3

を参照)。 このようにフランスでは民間医療保険が患者負 担の軽減において重要な役割を果たしているが、 注意すべきなのは、民間医療保険の保険者の多 くは保険会社ではなく共済組合であるということ である。例えば

2003

年現在、民間医療保険の保 険者別シェアは、一般保険会社(銀行を含む)が

25

%、相互扶助組合が

16

%で、共済組合が

59

%と なっている(中村,

2006

)。共済組合の場合、医療 保険が保険料収入の

80

%を占めているが、一般 保険会社の場合は

3.8

%にすぎない。共済組合の 主な業務が補足医療保険の提供であると言えよ う。一方、加入に関しては企業などの団体契約が 約

7

割を占め、職域での加入が中心である。 フランスで は社会保険 が 職域別 に分立し、

1990

年代なかばまで公的保険制度から排除され ている無保険者が一定数存在していたが、

1997

年に「普遍的医療保障に関する法律」(

CMU

)が 制定され、フランスに住むすべての人が公的医療 保障の対象となった。低所得層の医療アクセスを 実質的に保障するために、

CMU

は低所得が理由 で補足保険を購入できない人々には特設基金から 補足保険の保険料を支援する仕組み(補足的

CMU

制度)を導入した。この補足的

CMU

制度は 人口のおよそ

7.5

%カバーしている(笠木,

2012

28

)。 このように、フランスの補足的医療保険は純粋 な私保険というよりは社会保険と私保険の中間に 位置付けられており、そのために保険者によるリス クの選択や保険料の設定などに関して様々な規 制が存在する。例えば、共済組合は加入希望者の 健康状態についてアンケートを行ったり、職業別 のリスクに応じて保険料を変えたりすることは法 律的に禁止されている。なお、補足的

CMU

制度 に参加した保険者は加入希望者に対し条件を設 けたり、加入を拒否したりすることが禁じられてい る(笠木,

2012

127

132

)。 (3)日本 上述したフランスと異なり、日本は民間医療保 険が普及する前に公的医療保険が導入・普及され、 しかも、混合診療禁止や高額療養費支援制度の 導入で患者の自己負担が低く抑えられているため、 民間医療保険に残された制度的空間が狭く、典 型的な「追加型」または「上乗せ型」の構造となっ ている。また、日本では生命保険契約の特約とい う形で、実際発生した費用の補償よりも入院や特 定の疾病を罹患した場合の定額保障が主力商品 となっており、所得保障の性格が強いと言われて いる。雇用主を経由した団体保険ではなく個人保 険が中心であること、保険者は主に民間保険会社 であること(共済も

3

割ぐらいのシェアを持つ)も日 本の民間医療保険の特徴である。

1990

年代以降、公的医療保険制度の財政危 機や度重なる自己負担率の引き上げを背景に、医 療費に対する人々の不安が高まった6)。そして、

1996

年の新保険業法による第三分野(医療保 険)の規制緩和、単品型医療保険の開発・普及に より、公的保障が充実している日本でも民間医療 保険市場は近年急速な成長を見せている。民間 医療保険の加入率は

2010

年現在がん保険・特約 6)実際は、一般的なイメージと違い、日本には 高額療養費支援制度が存在するため、窓口での 定率負担率は増えたものの国民医療費全体に占める 患者自己負担の割合はほとんど増えていない (2002年13.9%、2005年14.4%、2009年13.9%)。 代わりに、国民医療費に占める高額療養費の比重は

(8)

33.1

%、特定疾病保障保険・特約が

29.8

%であ るが、これはドイツの部分保険より高い加入率で ある(図表

4

)。

90

年代半ば以降、生命保険市場が 縮小するなか保険会社も医療保険市場の開拓に 力を入れ、いまや新契約の

2

割以上を医療保険が 占めるようになったが(生命保険文化センター,

2009

79

)、それでも全体の医療費で占める割合 は相対的に小さい7) 近年、エコノミストや保険業界を中心に、民間 医療保険のさらなる拡大にとって最大の制度的障 害となっている混合診療禁止の解除を求める声が 高い。しかし、日本では医療の平等性に対する国 民の支持が高く、医療の格差に対する社会的許 容度も低い。そのため、近い将来に混合診療が全 面的に解禁され、民間医療保険が基本的な医療 保障においてドイツやフランスと同じような役割を 果たす可能性は低いと思われる。ただし、何らか の形で医療費を負担しなければならないので、公 的保障を維持しようとすれば消費税の増税や高 額医療費の基準の厳格化などの措置は避けられ ないだろう。 (4)韓国 韓国は

1977

年に初めて公的医療保険制度を導 入した後発国であるが、わずか

12

年後の

1989

年 には皆保険を達成した。経済成長とともに急速に 公的医療保障システムを構築したという意味で、 韓国は、これから社会保障システムを構築しよう とする国にとって先進国とは異なる参考価値を 持っている。韓国の医療保障システムの特徴は公 的保障制度の保障率が低く、家計の負担が重い ことである。上の図表

3

によると、

2010

年現在総保 健支出に占める公的セクター(政府+社会保障) の割合 は

59.5%

にすぎず、家計負担は

33.8%

OECD

の中では最も患者負担が重い国である。 韓国の公的医療保険の給付率が伸び悩む理由 の

1

つに従来からの「低負担‐低給付」構造がある。 公的医療保険の給付率が低く、また混合診療が 許容され、多くの保険外診療と薬が存在すること は、民間医療保険の発展にとって絶好の条件とな る。加えて、年金も含めて社会保障制度の整備が 全体的に遅れたため、民間保険が人々の生活に深 く浸透したことも、公的医療保険の保険料率の引 き上げを通した給付改善の制約条件となっている。 定額保障が主流となっている日本と違って、韓 国の民間医療保険市場では損害保険会社が提 供する実損型医療保険(患者が実際に負担した 医療費を補償する)が大半を占めるが、

2000

年代 に入りこの実損型保険の加入者が急激に増えて いる。ここ数年だけでも実損型医療保険の加入者 は

2006

年の

377

万人から

2010

年の

1,756

万人と

5

倍近くに激増し、保険料総額も

0.6

兆ウォンから

2.1

兆ウォンへと

3.5

倍になった8)。なお、「韓国医療 パネル」によると、

2009

年 には全 世帯 のうち 出所:生命保険文化センター(2010:43-44) 図表4 日本のがん保険・特定疾病保険の加入率の推移 2002年の3.0%から2009年の5.1%に増えた(岩淵,2012)。 7)上の図表3では日本の総保健支出に占める 民間医療保険の割合は2.5%であるが、この数値は 過小評価された可能性が高い。全体の医療費に占める 民間医療保険の割合については公式的なデータがないが、 例えば2002年の場合、民間保険の医療関係支給額は 1.3兆円で、これは患者負担(4.7兆円)の28%、 国民医療費の5.38%を占めたという計算がある (丹下,2006)。 8)韓国保険開発院『長期損害保険統計資料集』より。

(9)

77.79%

の世帯が民間医療保険に加入し、

1

世帯 当たりの平均契約件数は

3.62

件、加入者1人当た りの平均保険料は

66,408

ウォンである(チョンほ か,

2010

ch. 6

)。ちなみに、すべての国民が加入 する国民健康保険制度の

1

人当たり平均保険料 は

53,096

ウォンである。民間保険に加入できない 低所得層を除き、韓国の一般的な家庭は公的保 険の保険料を上回る金額を民間医療保険に払っ ているのである。 韓国においては急速に膨張する民間医療保険 が公的医療保障の給付拡大を抑制する効果を持 つ。また、実損型保険の普及によって患者も医療 機関も医療費節約のインセンティブが少ないため、 医療費の高騰が激しく、

OECD

平均の

2

倍の増加 率が社会問題化されている。公的医療保障の充 実を求める市民団体などは民間保険に払う保険 料を公的医療保険に移転させれば、より公平で質 の良い医療保障を提供できると主張するが、民間 医療保険が社会構造と市民の生活に深く根ざし ているだけに、現状を変えるのは容易ではない。 (5)小結 以上、ドイツ、フランス、日本、韓国といった社 会医療保険方式をメインとする国における民間医 療保険の役割および最近の動向をごく簡単に考 察した。それぞれの国の社会医療保険の歴史や 医療システムの構造により民間医療保険の様相 も実に様々であるが、各国の経験から以下

3

点の 示唆を抽出することはできよう。すなわち、①民間 医療保険が公的医療保障の代替もしくは実質的 な補足役割を果たす場合は政府による厳格な規 制が行われる場合が多い;②民間医療保険の発 達が医療費全体の抑制には必ずしもつながらず、 逆に全体の医療費を押し上げる可能性が高い;③ 各国の医療保障システムのなかで民間医療保険 がどれほどの位置を占めるかは、公私の保険制度 の導入時期、および公的制度の給付範囲によって 決まる。

IV

中国における民間医療保険:

政策と実態

この節では上の国際比較を踏まえ、現在医療 保障システムの構築の最中にある中国の民間医 療保険(中国語では「商業健康保険」)について考 察する。まず、改革開放以降の民間医療保険に関 する政策の変化を整理し、その後に現在の中国民 間医療保険の実態および問題点を検証する。 (1)民間医療保険に関する政策の変化

19

世紀半ば以降の近代文明の衝撃とともに、 中国にも数多くの外資系および民族資本による保 険会社が誕生した。これらの保険会社は

1949

年 の社会主義革命以降「中国人民保険公司」に統 合されしばらく存続したが、

50

年代半ば以降私有 制の消滅とともに存続基盤を失い、

1958

年からは 保険業自体が中国大陸から姿を消すことになった。 民間保険が再び登場したのは

1979

年のことであ る。その後、改革開放の深化と経済成長にともなっ て多くの保険会社が登場し、保険業も短期間に目 覚ましい成長を遂げてきた。スイス再保険会社の 統計によると、世界の保険料収入に占める中国市 場のシェアは

1982

年にはわずか

0.07

%にすぎな かったが、

2010

年には

4.95

%に急成長し、アジア では日本についで

2

番目に大きい市場となった(孫,

2012

7

)。

(10)

社会保障と民間保険の関係について中国の公 式文書で初めて言及したのは

1993

年の中国共産 党第

14

3

回大会における「社会主義市場経済 体制の構築の若干問題に関する中共中央の決 定」(以下、「決定」)である。そこでは、社会保障改 革の目標を「多層的な社会保障システムの構築」 に定め、「社会保険の補完として4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 商業保険業を発 展させる」と明記した(孫・鄭,

2005

5

)。

1993

年 以降、中国では市場経済システムに向けた改革が 一気に加速し、従来の政府および国有・集団企業 による年金、医療などの生活保障システムが急速 に縮小すると同時に、個人責任の範囲が急激に拡 大した。これは医療保険をはじめ民間保険全体 の発展にとっては大きなチャンスとなった。 医療保険に限定してみると、上の「決定」が発表 される前の

1989

年に、外資系企業の誘致政策の 一環としてその従業員を対象とする「外資系企業 従業員健康保険」(「合資企業職工健康保険」)を 中国人民保険公司が初めて導入した。「決定」の 発表直後には平安保険が

1993

年に

24

の団体医 療保険、

1994

年には

5

つの個人医療保険商品を 発売するなど民間医療保険が本格的に登場した。 そして、

1998

年の「都市部労働者基本医療保険」 の導入によって公的医療保険の保障水準が「基 本的」な医療保障に限定され、かつ給付に上限が 設けられると、民間医療保険に対するニーズが一 気に増え、公的医療保険とリンクした保険商品(上 限以上の医療費の保障)が数多く出現した。政府 側も、多層的な社会保障システムの一環として民 間保険の発展を政策的に促そうとした。

2000

年 には「企業補充医療保険」に対する税制優遇政 策が正式に発表され、企業が従業員のために保 険会社から補充医療保険を購入する場合、賃金 の

4%

以内の保険料は企業のコストとして計算で きるようになった。なお、

2000

年以降は基本医療 保険の上限を超える高額医療費を対象とする「大 病保険」が各地で導入されたが、なかには社会保4 4 4 険管理部門4 4 4 4 4 が保険会社から重大疾病保険を購入 するところも少なくなかった。このように、都市部 においては

1998

年の基本医療保険の実施によっ て社会保険の役割と範囲がしだいに明確になるに つれ、「企業補充保険」または「大病保険」という 形で基本医療保険を補完する民間医療保険が発 達した。 一方、それまで公的制度から排除されていた正 規労働者以外の人々に対しても、

2003

年以降「全 民医療保障」のスローガンの下で新たに「新型農 村合作医療制度」(

2003

年より)と「都市住民基 本医療保険制度 」(

2007

年より)が導入され、

2010

年ごろには

95

%以上の人々が公的医療保険 によってカバーされ、(制度上は)ほぼ皆保険が実 現された。しかし、とりわけ農村地域においては大 規模の社会保険を実施するインフラが足りなかっ たため、

2005

年に中央政府は民間保険会社が新 型農村合作医療制度(以下、新農合と略す)の管 理・運営へ参加することを正式に認めた9)。その後、 民間保険と社会保険の「協働」の方法をめぐり各 地で様々な試行が行われた。 最近では、

2012

8

月に、被用者に比べ給付水 準の低い都市と農村の住民保険において、重大 疾病による家計破綻の防止を目的とする「住民大 病保険」の全面実施が政策決定された10)。この大 病保険は、新農合と住民基本保険の財源から一 部を用いて保険会社の医療保険を購入するよう求 められた。その際、保険料や保障基準などは政府 が決め、入札を通じて民間保険会社と契約(最低 9)中国保険監督管理委員会(2005) 「保険業が新型農村合作医療の 試行事業に参加することに関する若干の指導意見」 10)以前の大病保険は主に被用者を対象にした。

(11)

3

年)を締結する。この大病保険の実施により、高 額医療費が発生しやすいがんなど重大疾病時の 保障率が実際の医療費の

50%

を下回らないこと が目標とされた。   (2)中国の民間医療保険の規模と加入率 以上のように、公的医療保険の財源の制約や 農村部の社会的インフラの不備などを背景に、中 国の民間医療保険は医療保障システムの重要な 一部として大きな役割が期待されている。それで は中国の民間医療保険の発展はこのような期待 に応えているのだろうか。中国の医療保障システ ムのなかで民間医療保険は現在どのくらいの役 割を果たしているのだろうか。残念ながら中国の 民間医療保険に関しては入手できるデータが少な く、実態を正確に把握することは困難である。ここ では入手可能な資料およびデータを繋ぎ合わせる 「パッチワーク」方法で、中国民間医療保険の実 態にできるだけ近づいてみよう。 まず議論の出発点として、医療保険だけでなく 中国の保険業全体がまだ初期的な発展段階にあ り、市場の規模にしろ商品の種類にしろ、あるい は政府の管理監督にしろ未熟であることを確認し ておく必要がある。医療保険に関しては

80

年代以 降、とりわけ社会保障改革が本格化した

90

年代 半ば以降急速に発展し、医療保険を扱う会社の 数は

1982

年の

1

社から

2008

年には

98

社にまで増 加した。その中の

49

社が生命保険会社、

45

社が 損害保険会社で、

4

つは医療保険に特化した健康 保険会社である(孔・楊,

2008

)。医療保険の種類 も「疾病保険」、「医療保険」、「所得補償保険」、 「意外傷害保険」、「介護保険」などと徐々に多様 なニーズに合わせた商品が出そろってきた。 図表

5

は近年の民間医療保険の発展を示す全 体像である。棒グラフの 保険料収入をみると、

2005

年に

312

億元であった保険料収入は

2011

年 には

700

億元近くまで、

6

年で

2

倍以上の増加を見 せた。ただ、その成長は安定的ではなく年ごとに成 データ出所:中国保険監督管理委員会HP(http://www.circ.gov.cn/)より。 図表5 近年の中国民間医療保険の発展

(12)

長率(実線)が激しく上下しており、

2009

年にはマ イナスであるが、その翌年(

2010

年)には

18%

以上 を記録した11)。また、生命保険(中国語では「人身 保険」)の保険料収入に占める健康保険の割合 (点線)は近年ほぼ横ばいで

7~8%

を占めているこ とが分かる。 次に医療費と比較してみると、民間医療保険の 保 険 料 収 入 対 総 医 療 費 の 比 率 は

2000

年 の

1.43%

から

2008

年には

4.03%

に増加した。また、 総医療費のなかの個人負担分との比較では

2000

年には

2.42

%にすぎなかったが、

2009

年には

10.31

%にまで急上昇し(図表

6

)、一定の役割を果 たしていると言える12) それでは、いったいどれぐらいの人々が民間医 療保険に加入し、どれぐらいの保険料を支払って いるのか。ここでは、若干データが古いものの最も 信憑性が高いと思われる衛生部の全国調査から 確認してみよう。図表

7

は皆保険政策がまだ本格 化する以前の

2003

年と、皆保険化の途中であっ た

2008

年の調査結果を比較したものである。こ の表からは民間医療保険の加入率は

2003

年に は

9.4%

であったが、

2008

年には

6.9%

に下がった ことが観察される。特に民間保険のみ4 4 に加入して いる人の割合は、

2003

年の

7.6%

から

2008

年には

0.8%

に急減した。この期間中に社会医療保険が 急速に拡大したことが民間医療保険の加入率の 低下を招いたことが容易に想像できる。地域別で は、都市と農村それぞれの内部において所得が高 い地域ほど加入率が高く、とりわけ比較的裕福な 「一類農村」の加入率が都市部よりも高いことが 読み取れる。新たに導入された社会医療保険の 給付水準が低いため、民間医療保険への需要は 都市部より農村が多く、負担能力のある地域では より多くの人が民間医療保険に加入していると考え られる。 (3)民間保険会社による社会保険の 管理への参加 最後に、医療保障システムにおける民間医療保 険のあり方において最も「中国特色のある」、保険 年 商業健康保険 保険料 総医療費 総医療費のなかの 個人負担 商業健康保険/ 総医療費 商業健康保険/ 個人負担 (億元) (億元) (億元) (%) (%) 2000 65.5 4586.6 2705.2 1.43 2.42 2001 61.6 5025.9 3013.9 1.23 2.04 2002 122.5 5790.0 3342.1 2.12 3.67 2003 241.9 6584.1 3678.7 3.67 6.58 2004 259.9 7590.3 4071.4 3.42 6.38 2005 312.3 8659.9 4521.0 3.61 6.91 2006 376.9 9843.3 4853.6 3.83 7.77 2007 384.2 11574.0 5098.7 3.32 7.54 2008 585.5 14535.4 5875.9 4.03 9.96 2009 677.5 17204.8 6570.8 3.94 10.31 出所:中国保険監督管理委員会HP(http://www.circ.gov.cn/)、および『衛生統計年鑑』より。 図表6 中国の民間医療保険と総医療費、患者負担 11)その理由は2009年に公的医療保障の充実や 基本医薬品目録制度などを骨子とする重大な医療改革案が 発表されたからである。 12) 2003年以降、公的医療保障制度の充実により 総医療費のなかの個人負担が減少したのもこの比率が

(13)

会社による社会保険管理への参加状況を見てみ よう。上述のように、社会保険の管理・運営を民間 保険会社に委託する理由の

1

つは農村地域におけ る公共サービスのインフラ不足である。近年公共 政策の分野で流行りの、「政府によるサービスの 購入」(「政府購買服務」)論もこうした公共サービ スのアウトソーシングに理論的根拠を提供してい る。もちろん、すべての地域の農村医療保険の管 理が民間保険会社に委託されたわけではないし、 公共サービスへの介入に躊躇する保険会社もあり、 全体からみるとその数は決して多くはない。中国 保険監督管理委員会の統計によると、

2007

年の 時点で合計

7

つの保険会社が全国の

114

の県(お よび県級市)の新農合管理に参加し、

875

万人に 対し給付を行った(沈,

2011

)。

2007

年以後その 数はさらに増えたと考えられるが、最新の統計は 見当たらない。 保険会社による新農合管理への参加方法は大 きく、(

a

)基金管理型、(

b

)保険契約型、(

c

)混合 型に分けられる。(

a

)は保険会社が政府の社会保 険管理部門から一定金額の管理費を受け取り、 基金の管理、医療費の審査、医療機関と被保険 者への支払などの業務を代行する方式である。保 険料の設定や収支の責任は政府が負い、保険会 社は委託管理だけ行う。(

b

)の保険契約型は、政 府と保険会社のあいだで保険契約を締結し、基 金の財政責任も保険会社が負う方式である。(

c

) は両者の混合で、政府と保険会社が共同で財政 責任を負う方式である。実態としては(

a

)の基金 管理型がメインとなっている。 具体的な参加方法について中央政府による明 確な規定がないため、地域によって「十人十色」と 言っても過言ではない。そのなかで、最も典型的な 事例としてしばしば挙げられるのが河南省の「新 郷モデル」である(孫・鄭,

2010

118

119

)。新 郷市は

2004

年から新農合の基金から

1

%を財源 に中国人寿保険新郷支店に基金の管理を委託し、 政府は政策の公報、保険料の徴収、医療保険政 策の決定、基金運営の監督などに専念した。膨大 な審査・支払の業務の外部委託によって政府は 調査 時期 加入状況 合計 都  市 農  村 計 大都市 中都市 小都市 計 一類農村 二類農村 三類農村 四類農村 2008 加入率(%) 6.9 6.9 7.9 6.3 6.3 6.9 9.4 7.4 6.8 2.2  社会保険+民間保険 6.1 5.4 6.2 4.8 5 6.4 8.9 6.9 6.2 2  民間保険のみ 0.8 1.6 1.7 1.5 1.4 0.5 0.6 0.5 0.6 0.2 年間保険料(元) 858 1790 2134 1973 1153 529 671 508 471 119 2003 加入率(%) 9.4 9.3 9.7 11.6 6.9 9.4 12.1 11.5 8.3 3.4  社会保険+民間保険 1.7 3.7 4.9 4.2 2 1 3.1 0.7 0.3 0.2  民間保険のみ 7.6 5.5 4.7 7.3 4.9 8.3 8.9 10.8 7.9 3.2 年間保険料(元) 417 1021 1295 957 690 199 355 170 99 50 出所:衛生部統計信息中心編(2009『)2008中国衛生服務調査研究:第四次家庭健康問調査分析報告』,中国協和医科大学出 版社,15頁。 図表7 中国における民間医療保険の加入率と保険料

(14)

必要な人員と経費を節約でき、被保険者はより専 門的で迅速なサービスを受けられ、保険会社は将 来の市場シェアの拡大に必要な情報を入手できる と宣伝された13) こうした中国独特のやり方に対し、現在中国国 内では賛否両論が混在する。一部ではこれを公共 管理のイノベーションとして称賛し、新農合にとど まらず都市部の基本医療保険基金の管理も保険 会社に委託するケースも出現した(例えば洛陽市)。 一方で、こうした外部委託を厳しく批判する人も少 なくない。著名な社会保障研究者である鄭功成氏 は、保険会社の新農合管理への参加は「それが如 何なる目的であろうが本末転倒」であり、長期的な メリットはないと指摘する(鄭,

2012

)。また、こう した民間企業へのアウトソーシングは単なる公的 責任の放棄または転嫁であり、政府と民間企業の 不当な癒着関係を引き起こしかねないという批判 も根強い。医療保障における公私の役割分担に ついて中国ではまだ認識上の混乱が存在し、過渡 期的な試行錯誤の様相を示している。

V

おわりに

高齢化や健康への関心の高まりで今後も増え 続ける医療費を如何に調達するのか、如何に医療 保障システムの公平性と効率性のバランスを取り ながら医療費をコントロールしていくのか。これら は世界各国の医療システムが直面する共通の難 題である。社会保険方式であろうが税方式であろ うが公的制度が直面する財源の制約はますます 厳しくなっていく。そのなかで民間医療保険は、公 的制度の給付以上または以外 のニーズを持つ 人々の需要を満たすことで、公的制度への圧力を 緩和できると期待される。ただ、その場合、人間に とって最も基本的な条件である「健康」に新たな 格差をもたらす可能性がある。そのため、多くの先 進国では民間医療保険を活用すると同時に、リス クの選択や保険料の設定などに対し公的規制を 強化することで、極端な医療格差・健康格差をで きるだけ防ごうとしている。 中国では、ここ

10

年間の皆保険政策によって無 保険者が劇的に減少し、公的保険制度の役割や 給付範囲も徐々に明確になってきた。ただ、公的 制度の給付率や保険適用のサービス・医薬品に 関してはまだ変動の可能性が大きいため、保険会 社にとって医療保険は「政策リスク」が高い分野で ある14)。加えて、一般の生命保険や損害保険に比 べ、医療費は医療機関を通して発生するために費 用の算定が難しく、多くの民間医療保険は赤字経 営となっている。このような理由から中国の民間医 療保険市場はいわゆる「外熱内冷」(ニーズと期待 は高いが、市場自体は熱気が足りない)状態が続 き、期待されている役割を十分果たしていないの が現状である。 民間保険会社による社会保険管理の代行は現 在中国の民間医療保険分野のホットイシューであ るが、その政策の是非をめぐっては議論が分かれ ている。民間部門による社会保険への進入が果た して保険会社にとってどれほどのメリットがあるの か。医療保障における公的責任とは何か。被保険 者の利益はきちんと守られているのか。中国の民 間医療保険の位置づけと役割が明確になるにはも う少し時間がかかりそうである。 【付記】 本稿は、滋賀大学リスク研究センターと東北財 13)新郷市の事例を深層取材した『財経』誌の記事によると、 人寿への委託によって、500人近くの人員と、 900万元近くの経費を節約できたという (『財経』2010年第6期、「医保商業化破局」)。 14)一例として、2009年の医療改革案の発表前後に、 上海市の民間医療保険の保険料収入は 前年度に比べ55.8%も減少した。

(15)

経大学公共管理学院による、中国医療制度改革 に関する共同研究プロジェクトの研究成果の一 部である。 参考文献 <日本語> ⦿岩渕豊(2012)/「高額療養費制度に関する考察」 『社会保険旬報』No. 2508、pp. 10-15。 ⦿笠木映里(2012)/『社会保障と私保険 :フランスの補足的医療保険』/有斐閣。 ⦿笠木映里(2008)/「フランスの医療制度 :受診時の患者自己負担と私保険の特殊な役割」 『クォータリー生活福祉研究』No. 65,pp.1-16。 ⦿河口洋行(2012)/「公的医療保障制度と 民間医療保険に関する国際比較:公私財源の役割分担と その機能」『成城経済研究』No. 196,pp. 59-92。 ⦿川端勇樹(2008)/「ドイツ民間医療保険市場の動向 :公的医療保険との関連と民間医療保険業界の展開」 『損保ジャパン総研クォータリー』Vol. 50, pp. 2-29。 ⦿須藤康夫(2012)/「オランダの医療保険 :民間保険会社が運営する新しい健康保険制度」/ MS&AD基礎研究所。 ⦿砂川知秀・中村岳(2007)/「公的医療制度下の民間保険 の国際比較」/田中滋・二木立編(2007) 『医療制度改革の国際比較』/勁草書房。 ⦿生命保険文化センター(2009)/『生命保険に関する全国実 態調査』/生命保険文化センター。 ⦿丹下博史(2006)/ 「医療保険への消費者ニーズと民間医療保険市場」 堀田一吉編『民間医療保険の戦略と課題』/勁草書房。 ⦿堀田一吉(2006)/ 「医療保障における民間医療保険の課題」 堀田一吉編『民間医療保険の戦略と課題』/勁草書房。 ⦿水島郁子(2010)/ 「ドイツ社会保険法における民間医療保険」『阪大法学』 No. 60、pp. 293-320。 <中国語> ⦿鄭功成(2012)/「全民医保下的商業健康保険発展之路」 『中国医療保険』第11期。 ⦿孫祁祥・鄭偉他(2005)/『中国社会保障制度研究 :社会保険改革与商業保険発展』/中国金融出版社。 ⦿孫祁祥、鄭偉他(2010)/『商業健康保険与中国医改 :理論探討、国際借鍳与戦略構想』/経済科学出版社。 ⦿孫祁祥(2012)/『中国保険業発展報告2012』/ 北京大学出版社。 ⦿孔月紅・楊博(2008)/ 「中国商業健康保険産品供給的困境、突破与創新」/ 尚漢冀・李栄敏・黄雲敏編 『中国健康保険与医療保障体系改革』/復旦大学出版社。 ⦿沈華亮(2011)/ 「商業保険機構経弁社会医療保険可行性分析」 『商業保険』12月号。 <英語>

⦿ OECD (200) / Private Health Insurance in OECD Countries: the Benefits and Costs for Individuals and Health Systems, OECD. <韓国語>

⦿チョン・ヨンホほか(2010)/『2009年韓国医療パネル

(16)

Private Health Insurance

and Health Care System

International Comparison and China’s Experience

Lianhua Li

In most industrialized countries, how to

fi-nance the increasing health expenditure is one

of the most difficult problems in social policy

filed. As the financial limit of public health

sys-tem became more obvious, the private health

insurance is expected to be an alternative to

public system, relieving the pressure on to the

public system through providing the additional

or substitutive services to those who can afford

it. In China, where the public health insurance

had rapidly extended to the almost whole

pop-ulation during the last decade, the private

health insurance is placed as the indispensable

part of health system, and the new style of

public-private collaboration is sought by trial

and errors.

This article compares the diverse types and

roles of private health insurance, mainly based

on the OECD report and data (Section 1).

Then, it briefly examines the features and

re-cent challenges of the private health insurances

in selected countries, named German, France,

Japan, and South Korea (Section 2). In Section

3, the rapid development of private health

in-surance in China after 1980s is investigated

through the official data and some typical

cas-es.

参照

関連したドキュメント

医療保険制度では,医療の提供に関わる保険給

学校に行けない子どもたちの学習をどう保障す

入札説明書等の電子的提供 国土交通省においては、CALS/EC の導入により、公共事業の効率的な執行を通じてコスト縮減、品

被保険者証等の記号及び番号を記載すること。 なお、記号と番号の間にスペース「・」又は「-」を挿入すること。

備考 1.「処方」欄には、薬名、分量、用法及び用量を記載すること。

のうちいずれかに加入している世帯の平均加入金額であるため、平均金額の低い機関の世帯加入金額にひ

析の視角について付言しておくことが必要であろう︒各国の状況に対する比較法的視点からの分析は︑直ちに国際法

6 保険料の納付が困難な場合 災害、生計維持者の死亡、失業等のため、一時的に保険