東南 ア ジア研究 9巻4号 1972年3月
ク ラ ン タ ンの- 農 村 にお け る タバ コ
耕作の導入 と社会 ・経済 的変化
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年間,再 マ レー シア東海岸 クラ ンク ソ州にお いて筆者 が行 な った農村定着調査結果 の一都で あ る。1) ここでは クラ ンタ ンの-農村 が ご く最 近 いかに タバ コ耕 作 を受け入れ,それが彼 らに どの よ うな影響 を もた らL
たかに焦 点をあてて 論ず る。 この調査 の本来 の 目的は,稲作 と農民 とのかかわ りあいであ ったか ら, ここで諭ず る 主題は これ か らややはずれ,い謹'ば調査 の副産物 と しての性 格 を もつ が,変化 を扱 うのは調査 時期か らあ ま り時間を経過 していないほ うが有 意義 と思 われ るので, こjLを調査 第一報 とす る 次第であ る。 Ⅰ 調査地 近辺の概要 クラ ンク ソ州は マ レー半 島東海岸 に位置 しタイ領 に按 してい る。 かつ ては タイ国王に責納 し た こともあ る土候 国で あ ったが, そ の後t
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の一つ として英 国の保護下
に入 り,1
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年には マ ラヤ連邦 の一 員 とな った。 そ して,1
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年に クラ ンタ ン州を含む マ ラヤ 連邦 は英 国か ら独立 した。 クラ ンタ ン川(
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が 州を貫流す るが, そ の河 口部 の平野には ゴム園を ま じ えた稲作地 帯が広が り, ここに人 口が集中 してい る。 川を さか のぼ る と土地 の起伏 が次第には *京都大学東南アジア研究センター 1)この調査は京都大学東南アジア研究センタ-とマラヤ大学経済学部によるマレーシア農村調査計画の一 部として行なわれたOこの調査計画はマレ-シアの稲作農村の比較を目的として社会科学系と自然科学 系の研究者の酪力によって行なわれた総合的なもので,調査対象として,ケダー州,クランクン州,マ ラッカ州の農村が選ばれた.総合的な調査報空目ま近 く発表され る予定である.坪内 :クランクンの-農村におけるタバ コ耕作の導入 と社会 ・経済的変化 げ しくな り, ゴム園の割合 が増加 し,やがて広大 な ジャングルが現 われ る。 人 口総数は
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年 セ ンサ ス)で,西海岸の諸 州が多 くの中国人を含むのに対 して, この州では マ レ-人の割令 がjf.倒的に多いのがその人 口構成 の特 色であ る。 クアラル ソプール と州首 都 コタバル (人 口約5
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の間には毎 日2
健 の飛行機 (ただ し1
健はペナ ン経 由) と,週3健の郵便列車 が通 ってい る。 また海 岸沿いに, クアラ トレンガ ヌ, クア ンタンを経 て約4
0
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マイルの舗装道路があ る。 西海程か ら地理的
に 隔離 され, また 政治的に も 連邦政府に 対す る 野 党 であ るイス ラム党(
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が二日 )をtJi軒 ⊂い るこの州では, 開発計画 もやや遅れ気味であ る。 とはいえ, 近′隼 クムブ計画 狛 よじめい くつか の濯激計画が実施に移 され, クランタン川
か らポ ンプで揚 水 す る ことに よ-)て水稲の二期 作化が進め られ て来 た。 また,州独自の開発計画
に基づいて ジ ャ ングルの ゴム固化な ども進 め られ ている。 クランタ ン州は行政的には八つの郡 (ja
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に分かれ るo 調査地 の属す るのほパ シル マ ス郡(
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であ る。 郡役所所在地 のパ シル マスは人 口1
万余 りの小 さな町で, クラ ンタ ン川の左岸に位置 し, コタバルか ら1
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余 マイル離れてい る。 農産物,負, 肉な どの食 品を扱 う零細 な小売業者か ら成 り立つ苗場 の まわ りを,中国系,イ ン ド系, マ レー系の商店が と り囲み町の主要部が形威 され, さ らにその周辺に郡役所,郵便局,病院 な どをは じめ とす る 政府 の諸機関や二つの映画館 な どがあ る。 筆者 の 調査地 ガ ロ村(
KampongGal
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は, パ シルマスの町か らクランタ ン川に 沿 って約9
マイル離れ,道路に沿 って約1
マイルにわた って細長 く続 いてい る1
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世帯か ら成 るマ レー 人の村であ る。 村 の 名前は 昔 そ こにあ ったKuba
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とい う 沼た く地に 由来す るとい う。 この地域 の開拓は川に近い 部分か らは じめ られ , 次第に奥深 く 進んでい った と推定 され る。川
田いの隣村 アタスブテ ィン(
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や ジ ャボ (J
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年に近い 歴 史を も つのに対
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川か ら1//4ないし1
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前 にひ らかれ た らしい。汀
前提条件 :従来の村人の生活 タバ コ耕 作の導入 とそれが もた らした諸影響を理解す るためには,導入以前 の村人 の生活の あ り方を知 ってお く必 要があ る。 なかんず く,土地所有 と既存 の主 要生 業に関す る知識 が重要 であ る。 これ らはそれ ぞれ独立 した報告 を構成す るだけ の内容 を もってお り,別の機会に詳述 す る予定であ るが, ここでは本論に必要 な範 囲の事柄 を略記す る。 この村が開かれ て以来,村人 の主要生業は天水依存に よる水稲耕 作 とゴムタ ッピングであ っ た。 水田お よび ゴム園は,個人に よって所有 され,
世帯 の土地所有は これ らを合わせた もの と して計算 され る。 各世帯 の水 田お よび ゴム園の所有状況 は 表1の通 りである。 ち らぼ りが大 き いた裾 こ平均値 を示す ことは余 り有意味ではないが, 水田所有世帯については1
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エ ーカー,東 南 アジア研 究 9巻4号 表1 水田 ・ゴム園所有規模別世帯数 水 田
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3 1 1 3 1 1 1 1 3 1 1 1 3 1 1 11 1 12 7 8 1 1 1 0 0 0 0 1 平均所有面積 :水田所有者 1.16ェ-カ-,ゴム園所有者 1.65 エ-カ-計 58 25 23 8 6 9 4 1 2 1 2 0 4 0 2 1 146 ゴム固所有世帯 については1.65- -カーとい う数値 とな る。 耕 作面積は基本裾 こは所有面
積 と密接に連関
してい るが, 老齢その他の理 由で 自ら耕 作で き ぬ着や,村 内に土地 を若干有す るが 自 らは村外に居住す る者 な どと, 土地 のない老 あ るいは よ り広 い土地 を耕 作 したい者 との間に貸借関係が成立す るた め, かな りの程度の小作者 の存在を 生み 出す。 水田, ゴム園の耕 作規模は表 2に示す通 りで, 水 田については - 耕 作 世 帯 あた り 1.30ェーカ-, ゴム園については1.41- -カーとなる。 上述 の所有 ・耕 作面積は, この村が開かれ た時点あ るいは世帯主の親の世代 な どに比 してか な り小 さ くな ってい る。 村 の近辺は完全に開墾 され てほ とん ど未墾地 を残 していないが, この 状態の上に原則 として均分的な相続方法が適用 され るか らであ る。 ちなみに,現 住の村人に関 す る調査に よると, 両親の所有面積 を1
とすれば子に相続 された土地 は, 水 田の場合(
).
185,坪内:クランタンの-農村におけるタバコ耕作の導入と社会 ・経済的変化 表
2
水田 ・ゴム園耕作規模別世帯数 \、 水 田 \、、、(エーカー ) ゴム園 \ \ _(ユニ孝二 )二
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1 1 2 1 1 1 1 3 2 2 1 1 1 22 1 1 22 計 74 18 26 8 7 7 5 平均耕作面積 ・.水田耕作者 1.30--カー ゴム園耕作者 1.41 --カ-にそ の一周;が示 され るよ うに,年 次に よる 変動 がか な り大 きいのであ る。 と くに 田植 え前 後 の雨 の欠 如は, しば しば稲 作に決定 的 な打撃 を与 え る ことがあ る。 ゴムにおけ る不安定性 の要素 はそ の価 格 の面に現われ て来 た。 近時,天 然 ゴムの価 格は著 しく下 落 し,将来 の 見通 しが暗 い とい う印象を与 えてい る。 稲 作 もゴムタ ッピング も, この村 では比
較 的単純 な方法 に よって行 なわれ て きた。 稲作に関 しては,水 牛 また は牛 を用 いた荒 お こ しが一般的 であ り,
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な どとよば れ る 在来 の 品種が, 土地 計 ゴム園の場合0.
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であ って,夫妻 の相続分 を合わせ て も,相続 に よっ て得 られた土地 は, 水 田につ いて親 の世代 の所有面積 の3
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に過 ぎない のであ る02) 土地所有 お よび耕 作規模 の零細性 に加 えて農 業生産 の不安定性 に も注 目してお く必 要があ る。 稲 作に関 し ては天 水 田におけ る水の供給 が きわ めて不安定 であ るとい うことが強調 され ねば な らない。過去2
0
カ年平均 の月別雨量は図1
に示 され,稲作 の サイ クルは 同園下部に示 した期間に くり返 され る。 この場合,平 均 を と ってみれば 整然 と してい るよ うにみ え る雨期 の開始お よび雨量 は,図21
2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 図1 雨量と農作業 2)実際にはこれに若干の土地購入が加わるため,子の世代の所有面積はもう少 し大 きくなる。東 南 アジ ア研 究 9巻 4号 1 / 1 . . 1 1川 11 1tpl 1')(1,6 1')(-7 10帖 1州- 1()7() 図2 月別雨量 1959.1-1971.6 1q71 の高低 な どの水 田の条件に従 って
用
い られ る。 化学肥料 を用 い る農家 もあ るが, 多 くは無施肥 で あ る。 稲 刈 りに際 してはかつ ては穂摘みがか な りの農家で採用 され ていた とい うが,今 「十〔、 ほ大部分が鎌 を用い る よ うに な -'てい る。 刈 り取 った稲 は桶 の中のは しご状 の横木 に打 ちつけ て脱穀す るo ゴムの タ ッピングに関 しては, タ ッピングナイ フ, ココナ ツ殻 を半 分に割 ノ,た ラ テ ックス受け, ラテ ックスを 集め るバ ケツ, ラテ ックスを凝 固 させ るのに用
い る半分に 切-)た 石 油缶,そ して簡 単な ロー ラーが そのすべ ての装備 であ る。 ゴムは天 日で乾燥 され, 隣村 の中 国人商店 または村 を まわ って来 るマ レー人 の仲 買人に売 られ る。 稲作, ゴムタ ッピングと もに厳 密 な性的分業 は存在 しない。 作業は個
人 あ るいは 家族 U)共 同 労働 に よって行 なわれ,組 織 を もった共 同労働 はほ とん ど行 なわれ ない。 以上 の記述か ら, この村 の生産活動がいか に零 細 な規模 で行 なわれ るかが理解 され よ う。 最 後に この よ うな作業か ら得 られ る収入が きわ めて僅かであ った ことに も言及 しておかねば な ら 560坪 内 :クランタンの -・農村におけ るタバ コ胡作の導入 と社会 ・経済的変化
ない。稲作につ いては平年作の場合,1- -カ-あた りもみ米300ガ ンタ ン程度 (lgant ang-1英 gallon,300gantang/acreは 150kg/10アール, 玄米1石/反に相当す る。)であ るが,
● で きの悪い年には これをず っと下 まわ ることがあ る。 例 えば1969/70年度においては, 早ばつ のために作付面析 1- -カ-あた り僅か120ガ ンタ ン程度 の収穫 しか なか った。 その上, この 年度には 田植時 の水不足のために通常年 の8割が作付 され たに 過 ぎなか った。1970/71年度 の 収穫 はエ ーカーあた り200ガ ンタ ン程度であ った。 ご く大ぎ ー )ばに見積 った場 合1人あた り1()0 ガ ンタ ン
を自
家Jlは して保有す る ことが理想的であ るといわれ るか ら, 前 述の耕作面積 を考慮 に入れ ると, 自家消費分に も足 りない米 を生産 してい る農家が 多い ことが容 易に 推測 され る。 ちなみに, 水稲耕 作農家1141世帯の うち, 平年作で も 米を 購入す る 必要があ る ものが74世帯 (64.9%)を 占めてい る。 平年においてほ余剰米を生産で きる農家で も収穫 の不安定性 を考慮 して米が保存 され るため, 米を売 って現金収入を得 るとい うことはめ ったにない。米に対 して ゴムは完全に換金 を 目的 と してい る。 図1に示 した よ うに,主 と して乾期に タ ッピングがな さ れ るが, タ ッピング期間中で も雨が降れば作業がで きないので, 稼動 日数は年間約6カ月 とな る。 また乾期には落葉 のため生産がおち る月があ る。 か くして稼 動1f≡iあた り3-4kati3)程 度 の生産が可能であ るに過 ぎない.lkatiあた りの価格は MS .30-.404)であ るか ら, エ ーカ ーあた り1日の収入は MS.9()∼
1,6()となる。 これ もまた生産規模 を考慮に入れ るときわめて 健か な収入 しか もた らさないのであ る。 早朝星をいただいて仕事を始め る大 きな プランテーシ ョンでの作業 とは異 な り, ここでは労働時fH]も短 い。 午前7
時頃か ら1時間ばか りタ ッピング を し,30分後に再 び1
時聞ばか りかけ て ラテ ックスを集め,午前 中には ゴムシー トを得 る。 稲 お よび ゴムの零細 な経営状態を反映 して, 村外に 出稼 ぎの機会 を求めた り,村 内において 他の収入源を求め ることが村人に とっては不 可避 の状態 とな一'
ていた。 出稼 ぎの第1の形態はクラ ンタ ン川上流 部 (UluKelantan), パ- ン州, あ るいは タイ領 内の新 開地に, 収入折半 の 契約 (P
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で ゴムタ ッピングに行 くことであ り, 第 2の形態は収穫期 のずれを利用 して北 酉海岸の ケダ-州-稲刈 り作業に行 くことであ る。 後者は ケダー州の二期作化計画が進行 して 稲作のサイ クルがかわ って来 たので最近では機会が少 な くな った。 村 内におけ る他 の収入源 と してほ,や し糖づ くり,炭焼 き,大工,商店,コー ヒーシ ョップ, コ-ラン教師(
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, 産婆(
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,その他諸 々の雑業があ る。 従来 の生業に よる人 口扶 養力はほぼ限 界点に達 していた といえ る。 このため土地 を求めて移 住 した り,あ るいは各地 で職 を見つけ て定住 した りす る者 がか
な り出現 していた。 Ⅲ タバ コ耕作の導入Malayan Tobacco Company (M.T.C.)が この村 の中に ステーシ ョンを 開設 したのは1968 3)1kati=;=11/31b1-600g
東 南 ア ジア研 究 9巻4号 年 の ことで あ った。各種 の作業場 と レンガづ くりの乾燥 用バ ー ンを もつ ステ ーシ ョンは,● ガ ロのみ な らず, クラ ンタ ン各地 の水稲単 作 地帯10数 カ所 に開設 され, これ を中心に 水稲 の裏作 としての タバ コ耕 作/7/i営 まれ るよ うに な った。 さ らに1971年 か らは他 の会社 の系列 の ステ -シ ョソが ガ ロの隣村を/含が)若 干の地 域 で操業 を開始 した。 タバ コ耕 作者 に諌せ られた作業 は以下 の通 りであ る。 まず耕 作地域 の ところ どころに共 同の苗床 がつ くられ,
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の作業員の指 導 の下 に種 が まかれ る。 一万,各耕 作者 の耕 作地 は,主 と して賃
緋 の トラクター, ときに は農耕用 の水牛や牛 を用
いて耕 され, f)イ ン チの高 さの うねがつ くられ る。1
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本 の苗 を植 えつけ るのに1/Tエ ーカーが必 要 とされ る。 耕 作地 は 自分 の土地 を用い る場 合が 多いが, 写真1
タバコ苗床の準備 写真2 移植されたタバコ。既にかな り成長 している。 土地 が遠 い場合や土地 を持 たぬ場 合には他人 の土地 を借 用す る。 この期間の借
地料 は全 くと ら ないのが普 通で あ る。 播 種後40日で移植 が行 なわれ る。 この作業 は午 後8時か ら午前3時頃 ま で夜間に 進 め られ る。1
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本 の苗
を 移 植 す るためには2
人で 働 いて3
晩 を 要す る。 移植後1
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本 の苗 につ いて1袋の割 合でM.
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か ら有償で 配布 され る 肥料 を与 え る。5)タバ コは 元来 あ ま り水 を必 要 と しない作物 ではあ るが ,2
週間 も降雨 がない と近 くの井戸 か ら水 を運ん だ りせねば な らない. また病気 な どがつか ない よ う始終注 意深 い 世話 が必 要 とされ る。 移植後約1カ月で下 のほ うの葉 か ら順次収 穫 可能 とな る。 収穫 は1
日お き くらいに,午 後4時か ら6時30分 くらいの間に行な
われ る。 収穫 され た葉 は翌 朝 ステーシ ョンに運ば 行, 簡単 な 自己選別 の後, ステ -シ ョン側 の作業 員に よって晶質 の査定 と計 量が行 なわれ る。 耕 作者 に課せ られ た作業 は上記 までで, メ バ コの葉 を東 に して乾燥場 に入れ, さ らに こ 写真3 売渡 し前 の 自己選別 5)M.T.C.か らの肥料を用いず安価な稲作用の肥料を用いた者が以前にはときどきみ られた。この場合, 葉は大きくなっても色が悪 く,買付け時に容易に発見されたとい う。坪内 :クランメ ソの-農村におけ るタバ コ耕 作の導入 と社会 ・経済的変 化 九 を と り出 して束をほ ぐ し選別 した上で箱詰 めす る作業は, ステ ーシ ョン内部で労 働者 に 。ト 〕てな され る。 ステ ーシ ョン内で の作業工 程 は, i)葉 を束ね る作 業,ii)乾燥 ,iii) 東 をはずす作業,iv)選別,Ⅴ)梱包に分け られ, こ,h らを運搬 者/I/iつないで い るO ステ ーシ;1ソJ)'苗桁江、の職 員は
1
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名に過 ぎ ない05
月中
旬には じまF)9
月中旬に終 わ る 写真5 青いタバコの葉を束 にする作業 写真4
M.T.C.におけ る価格査定 と計量 写真6 乾燥 した葉の選別 写真7 代金,給料支払い口 4カ月 の買付け シーズ ン中は,他に 多 くの 労働者 が ここで働 く。1971年 には男子74名, 女子698名の作業 員が雇用 され た。臨時 雇 いの うち,事務 員は20名 (男子2名,女子 18名)で,彼 らの多 くは パ シルマ スの町 を 含 む村 外か らや って来 た中等教育 を うけ た ものであ る。 他 の作業 員の大部分は ガ ロを 含 む周辺 の村か ら雇われ てい る。 タバ コ耕作 の規模 は, 当初 は1人 あた り 1,000本 に制限 され ていたが, 家族員 の名 義 を用 い る ことに よって次第に1世帯 あた りの栽培 数が増 えて来 た。 また3
期 に分割 表3
タバコ耕作世帯数の変化 栽培本数 芦 500 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000 10,000 -計 平均栽培本数 1968 1969 1970 1971 1 1 1 46 60 45 12 21 43 5 10 17 2 6 1 6 9 2 4 0 4 4 2 1 2 1 1 2 2 2 1 64 94 113 124 1,328 1,494 1,864 3,891東
南′ ジノ研究 9巷4号 され た耕作期間 の うち,1
9
7
0
年 まで は第1
期 のみ の耕作が認め られ ていたが,71
年 か らほ ガ ロ 村 の一部では第1期 と第3期 の耕作 がで きるよ うにな った。 か くして表3に示す よ うに タバ コ 耕 作世帯 は4
カ年 の問 に約2
倍 とな って,総 世帯数 の約8
5% (1
2
4
世帯 ) が栽培 に従事す るよ うにな った。 1
世帯 あた りの栽培本数 も3
倍 近 くにな った。l
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バ コ耕作 の受 入れ過程一一-一一4カ年 における耕作者 の変化 村 内での タバ コ耕作 の受容過程 を分析す る ことは, 新 しい作物 に対 して農蟻がいかに反応 す るか を知 る上で興味深 い。 まず手 は じめに 世帯 主 の性 お よび年齢層別に栽培 を開始 した年度 を 示す と表4
の よ うに な る。5
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∼5
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才男子 世帯主 を もつ 世帯 においては,そ の6
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3
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が最初 の年 か ら耕作 を開始 した のに対 し, 世帯主 が若 い場 合には最初 の年 次か らの耕作者 は40%に満 たな い. この ことは一見中年A層におけ る耕作意欲C/)表現 と解 され そ うであ るが, これ を断 言す る前 に村で水 田を所有す る割合が中年者 において高 い ことに注 意す る必 要があ る。 表4の分析 に さ らに 当該世荷 の水 田所有 の有 無を加 えた二 重 クロス 集計 を行 な うと表 5の ご と くとな り,水 田所有者 においてほ,世帯 主が60才以上 の老齢者 の場合を除けば, 初年度にお け る耕作開始者 の割合 が非所有者 よ りも高 い。 また 水 田所有 とい う共 通 の条件 を与 えた場合 に は, 前表 の場令ほ ど 世帯主 の年齢 に よる 反応 の差 が 明瞭 ではな くな る。 と くに20代 男子 の場 令, 水 田所有者 は初年度におけ る耕 作開始に 関 して5
0
代 男子 とほ とん ど変わ らない反応 を示 し てい る し, そ の後遅ればせに タバ コ耕作に参 加 した ものは第2
年次に1
名を数 え るのみであ っ て, この年 齢層は実 は きわめてはやい反応 を示 してい る ことが分か る。 他方,20代お よび30代 男子世帯主 においては, 水 田を所有す るに もかかわ らず タ/ミコ耕作 を全 く手 がけ なか った者 が やや 多いが,彼 らの従事す る仕事 の内容は,商店経営 5,小学校教師2であ って, タバ コ耕作 世帯主!世帯主の の性別 年 齢 20′-29 30.--39 40.-ノ49 50-59 60. -t 20-29 女 鳥 :;; 50.・-59 60. -表4 タノミコ耕作開始年次別および世帯主の性 ・年齢別にみた世帯数()%
; タバコ耕作を開始 した年次 ; 1968 1969 (初年度) (2年め) 9(37.5) 3(12.5) 12(34.2) 8(22.9) 15(57.8) 5(19.2) 15(68.3) 5(22.7) 9(56.2) 5(31.3) 1970 1971 (3年め) (4年め) 耕作せず 3(12.5) 6(25.0) 3(12.5) 8(22.9) 7(20.0) 4(15.4) 1( 3.8) 1( 3.8) 1(4.5) 1( 4.5) 2(12.5) ……≡≡::,, …:(…≡;5:; :≡;20.・3㌦ (2'30;.;; 数 i 計 24(100.0) 35(100.0) 26(100.0) 22(100.0) 16(10LO.0) 1(100.0) 1(100.0) 5(100.0) 8(100.0) 8(100.0)坪 内 :クラ ンタ ンの一題 村 にお け る タバ コ胡 作 の導入 と社会 ・経済的変化 表5 タバ コ耕 作開始 年次別,世
帯
主 の 性 ・年 齢別, お よび土地
所有の有 無別 にみた世相数 ∴ 一一 _ ∴ -l l 有 有 有 有 !50
-59 惰 所 宕 竃60
-
tglfi,描 20
.-29 . ・ ・ ・ 1-. J . ー′ -所 一ト二一 TE : 訊 q H 川 川 川 u 女 タ バコ 耕 作 を開 始 し た 年次
1968 1969 1970 (初 年 度 ) (2年 め ) (3年め ) 6(66.7 ) 1(ll.1) 3(20.0) 2(13.3) 12(42.8) 7(25.0) 0(
- ) 1(14.3) 14(60.9 ) 4(17.4) 1(33.3) 1(33.3) 14(70.0) 5(25.0) 1(50.0) 0(- ) 7(53.8) 4(30.8) 2(66.7) 1(33.3) )) )) )) 3 6 0 3・ 一8 10・ 一 3 22
( ( ( ( ( ( 1 0 2 0 1 0 G i d E i d E i i ZI E i i i Z1 6 0 3 8・ uo・3 2 2 3 ((
′_\ ( 2 01 1 有 有 石有有 有 有 有 所 所 所 所 所 非 所 非 所 非 所 非 { { {′_. i 9 9 9 3 4 5 ∼ ∼ ∼∼
0
0
0
0
3 4 5 6 1971 ( 4 年 め) ︹ 耕 作 せ ず︺ 0(- ) 0(- ) 2(22.2 ) 3 4 4 4 0 (20 . 0) 6(40 .0 ) 1(6 . 7) 1 5 1 ′ _\し. ′ \ ( ヽ1 ノ ヽ ノ 3 1 4 〃ト 7 8 1 2 ′_ \ /.\ 5 2 ヽ.ノ ) 4 ・ 3 一 ′_ \ ・ー \ 1 0 Eid ′_\ 333 0 1 ヽノ ) 7・ 4 一 \t ノ ) ヽ ノ ) 0 4 5・ 一 5・ 一 l ( ( ( ′ . \ 1 0 2 0 EZid Eid l m l(
′t\0
1 EiiJ g 響 ′し ′_\ 1 0 ) ヽ.ノ . ) ) 0 0 i o・ 一 0 5 5 `′ ー \ ′ .\ ( ( 0 1 0 1 0( -) 1 (5 0 . 0) 10
11 (100 .0 ) ( -) E i i J E i i H u 3 0 3 0 3 5 d Z q q L u 3(42.8) o(-) ヽ.ノ. ) 0 3 0 3 2 3 ( ′ _\ 1 1 E i d 田 n u 0303 4 3 ′ _ \ し 2 1 表6
20-39 才男子世帯主における第 2 年次以降のタバコ耕作開始者内訳 新規に独立世帯をもったもの 同一家屋内で新規に経済的に独立 したもの 村外より帰村 したもの 計 9(100.0) 15(100.0) 28(100.0) 7(100.0) 23(13(100.00.0)0) 20(100.0) 2(100.0) 13(100.3(100.0)0) o(100.0) 1(100.0) 1(100.0) o(100.0) 3(100.0) 2(100.0) 7(100.0) 1(100.0) 5(100.0) 3(100.0) 耕作開始年次 第 2年 め 第3年 め 第4年 め 4 1 2 3 0 3 よりも収益の多い仕事である 。 水田を所有しない若年世帯主の耕作開始年度は第2年次以降の場合が多い。これらの者がよ りはやい時期に耕作を開始しなかった事情を整理すると表Gのようになる 。 両親などに依存し て生活していた者が独立した場合6)が1
1ケ-ス,村外に盾住Lていた者が帰村した場合が5
ケ -スである 。 後者のケースは第 3 年次から現われはじめた。タバコ耕作が導入された最初の年 にはこれら若年者の世帯は,未だ村内に 独立していなか-I) たのである 。 彼らはタバコ耕作の導 入を傍観して見送っていたのではなく,積極的にこの機会を利用している 。 このようにみてく ると ,若年層におけるタバコ新作-の反応は,最初の見かけ上現われた現象とはむしろ逆に, 6)この地域のマレ-人は核家族独立への志向が強いが,その可能性は経済的な自活力と深 く結びついてい る。一般に結婚後数年は親の家族に依存 して生活する。東 南 ア ジ7研 究 9巷 4-早 きわ め て強 い とい え るU)で あ る。 賃料 集計 上 村 の戊 員 と して処 理 しなか った た め上 記 の議 論 に含 まれ なか -)た が, タバ コ耕 作 のた め一 時 的 に帰 村 し, 釈 (また は親 族 ) の家 に寄 留す る者 が1971年 か ら増 加 しは じめた こ と に も注 意 を 払 う必 要が あ るO これ らの者 を受 け 入 れ た世帯 は1971年 度 に は7世帯 あ った 。 一時 的寄 留者 は す べ て
2
0
代 以下 の若 年者 で あ り,核 家 族 の形 態 を もつ もの2
, 大姉
だけ の家 族 t'i, 牲 身者2
で ある
。、彼 L-)a),'ら 5ケ-スは タバ コシ -ズ ソ外 には 奥地 の ゴム
園で
収 入折 半 J)契約 で 3,ッビ ングを行 な-
)
てお り, 他 U)2ケー スは 他 の親 族 と と もに 村外 に居
住 す るu)を常態 とし てい る(- これ らU)者 の行 動 もまた タバ コ耕
作 に対 す る若 年層 の精極 的 な反応 の -形 態 と克 fJこ とが で きる。t
蛸L
;
・主 が女 十 〔、あ ,(,J場 合J)タバ コ'耕侶
募入に 対 す ,L'反 応は, ケ- スJ)数 が 少 ない け〔
明 確 な 傾 向を読 み とる こ とが で きない が,男
子 の場
合に比 Lて よ り追
随 的とい えそ うで あ るo 以 上 の 資料 を前 提 と して, タノミコ耕
作世帯 が増加
してい -)た過 程 を簡 単 に ま とめ る と次 の よ うに な るo 第1の段 階 は, 水 田を もち, 他 に よ り有 利 な収 入機 会 を もた ぬ者 が耕 作 を始 めた こ と,第2
の段階
は,土 地 を持 たず 親 に依 存 していた者 が村
内に独立 した 世帯 を構 え, 親 族 また は 他人 の二日也を借 りて こ頼 こ加 ′レ )た こ と,第3
0)段 階 は, タバ コ耕作 のた 裾 二村
外か らの帰 村 者 (永久 的 ・一 時 的 を含 む。 い 揖 tも親 族 あ るいは 他 人 の土地 を利 用 して い る.) を迎 え る よ うに な った こと, で あ る. これ ら三 つ の段 階 は互 い に重 な り合 う部 分 を も保 ち なが ら, 順 次 実 現 され てい -)た と考 え られ る。V
タバ コステ ー シ ョンにお け る賃 金 労 働 タバ コステ - シ ョンにおける約4カ月冊
の季節 労 働 は, 多 くの労 働 力 を周 辺 の村 々 か ら集め て, タノミコ耕 作 と同様 ,村 人 の生 活 に大 きな変 化 をひ きお こ した。 表 7は現 在ガ ロ村 か ら扉
われ て い る者 の実 数 と人 口 に対 す る割 合 を性,年
齢 層 別に 示 す。 比較 的 若 い女 性 が主 力 を 占め て い るが,中
千 も 15-19才 女子 に お い てほ 同 一一▲
隼齢階 級 の人 目に対 して72.1%とい う高い就 業者 の割 合 が み られ る。25-29才 に お い ては,前 後 の 年 齢 層 に 比 して就 業者 の割 合 がや や お ち て い るが, 二才吊よ出産 ・育 児 とい うライ フサ イ クル上 の現 象 と関連 して説 明で き よ う。 表7 性 ・年齢別にみたGalok村か らのM・T・C・ ステ-ショソ労働者数お よびその同一年齢 階級人 「川こ対す る割合 (1971年) ( )% _一一
___男 ー__ _ 実 数 (人 口比) 10-14, 15-19: 6(16.7) 20-24; 3(13.0) 25-29 30-34 3(16.6) 35-39 1(5.9) 40-44. 1 50-ノ54 55.-59 65.-69 乗 敬 (人 口比) 10(22.2) 31(72.1) 8(33.3) 5(27.8) 10(45.5) 4(28.6) 2 (9.1) 2(13.3) 計 1 13(6・9) i 73(29・8)坪内 :クランタンの-農村におけるタバコ耕作の導入と社会 ・経済的変化 この種 の貸金 労働 は村 の女性 に とって全 く新 しい種 類 の就 業 の機会 で あ るが, この よ うな女 性 の参 加 の背 景に は クラ ンタ ン州の女性 におけ る従 来 か らの活 発 な経 折活 動が存在 す る。 クラ ンタ ンの女性 は他 州の マ レー 人女性 に比 して 経 済 活動 が活 発で あ る といわれ, 栄 , 野 菜,
莱
物, 布地 等 を扱 う市場 で の商売 も女性 が主 力 を 占め てい る。 漁 村 におけ る漁 獲物 の商 い もまた 女性 に よって さか んに行 なわれ てい る。7)しか しなが ら, この よ うな 伝統 的 な 経 済活 動は主 と して既婚 の女性
に よJ
,
て習 まれノて来た のであ って,若い未婚 の 女性 の参 加 は なお特筆 す べ き新 しい現 象 といわれ ねば な らない。 既 に 述べ た よ うに, タバ コ耕 作導入前 に おけ る村 の生 業 に対 す る就業機 会は ほぼ飽 和点 に達 してこ炉 ), タバ コステ ーシ ョンで の 労 働 ,'/1彼女
達 にほ とん ど唯 I---の仕事 と して現
われ てい る こと もつけ 加 え てお く必 要が あ る() タバ コステ ー シ ョンにおけ る男子 の賞 金労 働従 事 は, 職種 が限定 され るた 鋸 こ女子 に くらべ てず っと少 ない(。男 子にこい 、て も15-19才に おい て就業率 が最大 であ るが, それ とて も16.7% に過 ぎない。) タバ コステ - シ ョソに 刷 ナる賃 金労 働 へ の参 加者 は, この4年
間 に次若齢こ増加 して来 た。 こ の増加 の過程 は, 中途 で の脱
落者 を僅か Lか 含 まぬ とい う点で も村 人達 の賃金労 働 の機 会へ の 積極 的 な意欲 を示 してい る。 ガ ロ村居 住者 の うち, かつ て賃 金労 働者 と して ステ ーシ ョンで働 いた ことが あ るが現 在 では働 い ていない者 は, 男女 各3名に過 ぎない。 男子 の場 合,乾 燥場 の 火夫 の職 が プ ロパ ンガス設 備導 入 のため に な くな った ことや, タバ コ耕 作 のほ うを選 ん だ こと が現 在賃 金労 働者 と して働 か ぬ理 由で あ る。 女子 の場 合は, 出産 ・育 児の必 要が生 じた ことが そ の主 な理 由で あ る。 か くして1971年 には全村146世帯 の うち,66世帯
(45.2%)が賃金労 働者 をかか え ていた。 そ の内訳 は,1名の労 働者 を 日日了〔い る もの47世帯 , 2名17世帯,3名2世帯 であ る。Ⅵ
タバ コ耕 作 お よび タバ コステー シ ョン賃金 労働 に よる収 入 タバ コを栽培 す る農民 は,収 穫 され た 青い葉 を M.T.C.の ステ ーシ ョン- 運 び, そ の都度代 金 を受け取 る。 この場 合1,()OO本 の耕 作 につ いてLlll7代 M$1.30, 肥料 代 M$15.60, 農薬 代 M$3.80等 を M.T.C.か ら前 借 りして い る形 に な ってい るので, 返済が完 了す るまで は売渡 しごとの手取 りが 1名義 (1,0()()塞 )あ た り M$1とな る。, タバ コの葉 の 買付け 価 格 は 品質 に よ り異 な るが ,1katiあ た り最 高 30〆,最低 10〆 程 度 で あ る。価 椿 の査定 は品
質 を基準 とす るが,品
質 の判定 は時期 に よ りか な り変動 す る。 収穫 量 が最 大 限 に達 し, 乾燥 用 /:- ソの処理
能 力をは るか に一日司る収穫 中期(6
月下 旬∼ 7
月上 旬) 7) クランタン女性の活動については,Manning.Nash:HTlleMarketasAreaforChangein Kelantan,Malaysia/'AmericanAnlhrolologist,Vol.70,No.5,Oct.1968,やRaynlOndFirth:MalayFisherman,
東南 アジア研究 9巻 4号 は きわめて厳 しい判定が な され る。 ときには品質 の悪い葉 が受け入れ られ なか った りす る。 M.T.C.と農民 との間 には収穫 された葉 に対す る 売 買契約 が結ばれ ていない。 この ことは会 社側が強腰 の場合には, た とえ規格 にみた ない葉 を 買い取 ることを拒否 され て も農 民はそれに 従わ ざるを得 ない とい う結果 を もた らす。 この よ うな会社 側 の態度 のために,以前 他の地域で 会社側 と農 民 との問に紛争 がお こ り, そ の地域 の ステ ーシ ョンが閉鎖 された ことが あ る。 既に 述べ た よ うに別会社 の系列 の タバ コステ ーシ ョンが進 出 して来た ことは, この よ うな条件 を緩 和す るためにか な り役 立 ってい る。 これ らの別 系統 の ステ ーシ ョンは多 くの農民 をその再拝 の 支配下においてお らず,M.T.C.の下で耕作す る農民か ら葉 を 買い上 げ る場令が多い のであ る。 この よ うなやや 緩 和 され た条件 下に もかかわ らず,収穫 の最盛期 には M.T.C.の 門付けは 1 katiあた り15〆 程 度 まで下落 した。 各農家か らの ききと り調査か らタバ コ耕 作本 数 1,000本 あた りの平均収入を年 次別に 算 出す る と 表
8
の よ うに な る。 耕 作が順調に運 んだ場合 の収 入は1,000本 あた り M$250にな るといわれ るが, この表ではそれ をは るかに下 まわ -〕てい る。 一般 に農民は 自分 の収入 を実際 よ りや や低 目に言 う傾 向があ ることと,耕作途 中で枯死 した り病気に な った りした荷がか な り多い ことが ここに掲 げた数 表8 タバコ栽培1000本に対する平均収入 年 次 平均収入 M$162.0 M$148.6 M$125.1 M$101.4 M$ 88.8 M$123.4 値 を生み 出 した と考 え るべ きであ ろ う。 1,000本 あた りの収入が 毎年低下 して来 てい る現 象は 相対的な問題であ るか ら, これ は実際 にお こった と考 え られ る。 収 入低下 の第1の理 由は気候 条件であ る。 第2年 次におけ る大 雨, 第 3年 次お よび第 4年次第 1期におけ る 勘 まつは収穫 高 を大幅に減 じたのであ る。 第2の理 由は栽培 本数 の増 加のため十 分な 世話 をで きない場合が生
じた こと, 第3の理 由は十分 な作業能力を もたぬ者 までが 耕作に参 加す るよ うに な ったため, 世話が十分 行 なわれ ない場合が増 加 Lた こと,第4の理 由は耕作 誌の増加に と もな -)て M.T.C. の 買付け 条件が きび し くな ってい /)た ことで あ る。 1,000本 あた りの収 入の低下 に もかかわ らず , 耕作本数 の増 加のた裾 こ,一世帯 あた りの収 入は年 々増 加 してい る。 タバ コ耕 作に よる世帯収入は表9に示す通 りで あ る。 平 均収入は初年 度におけ る M$214か ら第2, 3年次におけ る M$221,M$234を経 て, 第4年 次 には飛 躍 的に M$384とな る。 仮に第1期 だけ の 耕 作が4カ月の労働, 第1期 と第3期 との耕作が 6カ月の労働 を必要 とす ると考 え ると,1カ月当 りの収入 は初年度か ら第3年度 までにおいて それ ぞれ M$54,55,59とな る。 第4年次につ いては 第1期
のみの耕作者 M$42, 第1お よ び第3期 の耕 作者 M$80とな る。 以上 の収 入は決 して多い もの とは言えないが, 以前 の収 入 の零 細 さ と不安定 さは, この程
度 の収 入を も-'て して も村人を新 しい耕 作形態- と移行 させ る 568坪内 :クランタンの一農村におけるタバ コ耕作の導入 と社会 ・経済的変化 表9 タバコ耕作による収入別世帯数 収 入 MS ・- 99 100.・- 199 200∼ 299 300- 399 400∼ 499 500- 599 600′一一 699 700-・ 799 800.・- 899 900.- 999 1,000.-1,099 不 明 年 次 1968 1969 1970 1971 4 6 4 9 7 8 5 4 4 3 2 1 1 8 3 3 9 5 2 1 2 2 1 3 7 9 5 3 3 1 1 2 1 2 3 2 1 0 1 4 4 4 1 3 3 2 1 0 1 1 2 1 1 1 1 2 平均収入 M$214 M$221 M$234 M$384 のに十分 な役割を果た したのであ る。
M.
T.
C.
におけ る貸金労働は, 時間給 ま たは出来高払いの制度 を とってい る。 男子 の場令,運搬,梱包,警備等が主 な職種で あ るが, これ らに対 しては1
時間4
5
〆 が 支払われ る。 女子の主 な仕事は 出来 高払い で,乾燥前 に葉を束ね る作業に対 しては一 連あた り2〆,乾燥 した葉 を と りはずす作 業に対 しては一 連あた り1〆,選別に対 し ては1ポ ソ ドあた り 4〆 が支払われ る。 女子のその他の職種 と して,選別 された葉 のチ ェック,運搬,掃除 な どがあ るが, こ れ らに対 しては1時間 40〆 が 支 払 わ れ る。支払いは2
週間
ごとに まとめて行 なわ れ る。 時間給 の場合,1日8時間,1カ月25日働 くとすれば, 男子において月にM$
90, 女子 な らM$
80の収入を得 ることが 出来 るはずであ るが, 実際には 買入れ られ る葉 の量に変動があ り, また労働者 の数が仕事 の二馴 こ比 して多過 ぎるので,収入は これ をかな り下 回 る。 この よ う な事情 に影響 され ない警備 員の場合には,月M$
80-90の収入が保証 され るが, その他の職 種 の場合,せいぜ いM$
40-60が得 られ るに過 ぎない。 同様 の事情 は出来高払いの者につい て もあては まる。 最低1日あた りM$
1.00程度の収入は保証 され てい るとはいえ, 作業中に おけ る待時間 の多 さが 目立つのであ って,月あた り収入 も時間給 の作業 即 こほぼ等 しいか, そ れを下 回 る程度であ る。 Ⅶタ
バ コ耕作導入の影響 と しての諸変化 (1) 生業におけ る変化 タバ コ耕作の導入が村に もた らした変化 の一端 は既に述べたが, ここでは生業 ・生活構造に おけ る変化を総括的に扱 うことにす る。 まず第 1に タバ コ耕作が従来 の生業に及ぼ した影響について述べ よ う。 タバ コ耕作が水稲 の 裏作 と して導入 され てい る ことか ら容易に推測 され るよ うに, と くに大 きな影響 を うけたのは 乾期 におけ る労働であ る。 ゴムの タ ッピ ングは, この期間におけ るもっとも重要な生業活動で あ ったが,現在, タバ コ耕 作が 忙 しい 期間中に もタ ッピングを 続け てい る と 確認 され た もの は, 平常の状態 の1
5%
弱に過 ぎない。 タバ コ耕作あ るいは ステ -シ ョンにおけ る賃金労 働 とタ東 南 ア ジア研 究 9巻 4号 ッビングとを両立 させ ることは従来 の村人 の労 働時間の観 念に従 えば 時 間的にか な り困難 なの で あ る。 いずれ を選ぶかに際 しては, それ ぞれ の労 働か ら 得 られ る 収 入が一つ の 基 準 とな る が, タバ コ関係 の仕事 は, それ 自体 決 して高収 入 といえないにせ よ, ゴムの収益 よ りは有利 と 判断 され る。 す なわち
M$
5
0
の月収 を タ ッピ ングか ら得 るためには月2
0
日労 働で きると して,1
.
6
エ -カ- (1
- - カーあた り4ka
t
i
,1ka
t
i
の価 格が4
0
〆 の場 合)ない し2.
8
エ ーカー(1
- -カ-あた り3ka
t
i
,1ka
t
iの価 格が3
'
()〆 の場 合)を必要 とす るのであ る。 こjLだけ の ゴム園を 自己所有 の状態で タ ップで きる ものは, 既 に示 した よ うに村 の中には きj)め て数少 ない。 他人 の ゴム 園で タ ッピ ングを 行 ない 同様 の 収入 を 得 るためには,慣
習 的 な収入折半
(pawah)の方法 を とるな らば,自
己所有 の 場 合の2
倍
の タ ッピング面積 を必 要 とす る。 この ことは もはや1日の 労 働 としては 可能 な 眼界 をは るかに 越 え るのであ る。8)収益 の問題に加 え て乾期 中の一時期には ゴムの樹 の落葉 がお こる。 この時期 には ラテ ックスの量 が減 る し, ゴム の樹 を保護す るためには落葉期間中は タ ッピ ングを行 なわ ないほ うが望 ま しいのであ る。 か く して多 くの ゴム園は1- 4
カ月の間放償
され/, タバ コ耕 作が終 りに近づ くと再 びそ こでの労働が
は じまる。 や し糖づ くり (Penyadat) もタバ コ耕作導 入の影響 を大 き くうけ た生
業 の一つであ るO8-2
5
本 の ココや しの木 に登 り,茎か らでて くる液 を竹 筒に集め, これ を大 きななべで煮つめて固 形 のや し糖 をつ くる。 この作業に よる収入は,8
本 の木 を用い る場合で1
FIM$
1
.
5
0
, よ り 多 くの木 を用い る場合 にはM$3-5
に達す る。 この仕事 は, 価 格低迷 の ゴムの タ ッピ ングに 比 してやや高い収入を もた らす のであ るが,1
日に2
度, 高 いや しの木に 登 らねば な らないか ら,年 とった者 に とってはか な りの重労働であ る。 タ/ミコ耕 作が導入 され る前 には, この村で は1
4
世帯 がや し糖づ く りに従事 していたが, この うち8
世帯 は タバ コ耕作が入 ってか らや し糖 づ くりを完全 にやめて しま-つたo lケ- スはI
u
j
.
.
昔主 の死亡 のためにや めた もので あ るか らタバ コ耕作には直接 の関係 を有 しないが, 他 の7ケースはすべ て タバ コ耕 作に転換 したのであ る。 1名を除 い てすべ てが4
0
才以上 の中 ・高齢者 であ ることに注意す る必要があ る。3
4
才 の者 が1 名や し糖づ くりをやめ てい るが, 彼 の場 合は タバ コ耕 作 と同時に商店 の経営をは じめたためで あ る。 他方,や し糖づ くりを続け てい る者 は5
()才,4
0
才各1
名 と3
0
代 の者4
名計6
名であ る。 これ らの中2名 (いず れ も3
0
代前半)は, タバ コ耕作期間 ・桝 五一時的にや し糖づ くりを休む。 それ/ぞれ5
,
(
)
0
0
本 の タバ コを耕 作 してお り, わずか なが らもそ の収益 のほ うが多い と判断 した ためであ る。 ゴムタ ッピング,や し糖づ くり以外 の諸労 働において も, タバ コ耕 作導入以後行 なわれ な く な った り一 時的に休止 した りしてい る ものが 多い。 これ らに関 しては従事者 の数 が少 な く, ま たその機会 も定常的 とい うよ りは聞けつ的 と考 え られ る職 種 があ るので, どの程 度少 な くな り 8) 1Flあた りタッピング可能な本数は約400本,面積にして2.2エーカー強であるといわれ る。坪内:クランタンの一農村におけるタバコ耕作の導入と社会 ・経済的変化 てい るかは示 しに くい 。 しか し明 らか に減少 してい る もの と して各種 の 出稼 ぎが挙 げ られ る。 ゴム仲 買,歎仲 買, 炭焼 き等に従事 していた者 が一時的 に仕事 を休 んで い る例 も数 え られ る。 他方, タバ コステーシ ョンが村 内に設置 され た とい う状況 を利用 して各種 の商売 を始め る者 が現われた。 タバ コ耕 作導入前 には村 には
4
軒 の食晶雑貨即 'と.2
軒 の コー ヒー ・ケ-辛 . 飯 な どを売 る飲 食店があ ったに過 ぎない。 現在 では これ らに加 えて,M.
T.
C.
ステ ーシ ョン近 辺 に4軒 の 食晶雑貨商, 5軒
の飲 食店 が店 開 き してい るので あ る。'0)ただ し5軒 の飲 食店 の う ち 3軒 は タバ コシ-ズ ンJ)射 ま7/;業す る。 シーズ ソ中には これ らの店に加え て, ステ ーシ ョン近 辺 の路上に,布地 ,雑貨, 牛肉,負
,果物等 を扱 う屋 台店 が立 ちな らび市場 の観を呈す る。 こ れ らの屋 台商人 の多 くは村外か らや って来 た者であ るが, こU)村か らも揚 げたバ ナナ (Pisang goreng)を売 る者2
, 魚を売 る者2
, 昼飯 を売 る者1
が露店 を 出 Lてい る。 水稲耕作に対す るタバ コ耕作導入 の影響は, 農業暦上両者 がずれ てい るため, よ り間接的で あ り,現金収入 の使用結果 と しての トラクタ-に よる賃耕, 化学肥 料の使用
な どとい う形で現 われ る。 他 の稲 作作業に関 しては, 元来労 働組織 を もたず家 族的規模で行 なわれ て来 たため も あ って,変化はほ とん ど見 当 た らない。 トラクターは村外 の 所 有者 の ものを 雇 うれ そ の料金は1
時間あた りM$8
-1
2
程 度 であ る。1
9
7
0
/
71
年 の稲 作 シーズ ンに トラクタ-を使用 した 農家は 稲 作世帯7
2
の うち2
4
世帯(
3
3
.
3
% )であ った。支払 い金 衛 はM$8
-4
0
であ るが,大部分がM$1
0
-2
0
の枠 内に入 る. 化学 肥料 を用
いた農家は2
2
世帯(
3
0
.
6
%)
で, 大 部分はわずか1-2
袋 を使用 したに過 ぎない。肥 料 の購入は,若干 の例外 を除 いてs
u
b-
di
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c
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ll)の事務所 を経 由 して得 られ る政府推奨 の割 引 品で,通常価 格 l袋M$9.
5
(
)の ところをM$6
.
7
2
で入手Lてい る。 トラクター焦耕, あ る いは化学肥料 使用は,全 農家 の3
分 のl
程度 に よっで 受け入れ られ てい るが, この状態 に至 る 変化 を タバ コ耕作が容 易に した と考 え られ る。 トラクターをjlfu)ず 水牛や 牛を用 いて耕作を行 な う者 の中 には, 自家用の米を得 るためには で きるだけ 出費 をお さえ よ うとい う意図 の者 が含 まれ てい る。 不安定 な稲 作条件 のために,荒 お こ Lされ た田は しば しば 田植 えで きず 放置 され る場 合があ り, 全 く収穫 を もた らさない こと で きるだけ さけ て労働 の無駄使 いだけに と どめ よ うとす るか の二 通 りの選択 が 想定 され る訳 で あ るが, 現在 の ところ,後者 に固執す る者 がなおか な り存在 してい る ことに注意す る必 要があ る。 家畜
の飼育
は ゴム タ ッピングな どの場合 と異 な り, タバ コ耕作期 f伸 幸も継続 可能 であ り, 収入 源 と して も農民に とっては経済的価 値があ る。 そ して この家畜 飼 育が 自己耕作 の存 続 と有 機的 にむすびつ いてい るので あ って, タバ コ耕 佃 こと もな う現金収 入 の増加 が, 決定的 に トラ 9)中1軒は3年前に店をとじている。 10)さらにもう一軒の飲食店が村の端に開店 した。l
l
)那
(jajahan)の下の行政ltTl骨でいくつかの行政村 (muki桝)を含んでいる。東 南 ア ジア研究 9巻 4早 クター賃耕 の方 向に結びつ くか どうかは未 だ明 らかではない。 化学肥料 の使用に関 しては, 未使用の理 由と して資金 の不足を挙 げる者が存在す ることか ら 今後の伸びが期待で きる。 しか し採水地域に水 田を持つ者には,肥料 の使用が望 ま しくない と 考 えてい る者 もあ って, 稲作技術 と関連 して論 じられねば な らない○ (2) 人 口構造に対す る影響 タバ コ耕 作の導入 とともに若者が村に残 りやす くな った こと, お よび既に他 出 した者が永久 的あ るいは一時的に帰村 して来た ことについては既に述べた。 これ らは人 口構造に対す る影響 と して も捉 え られ る。 図
3
は一時的帰村者 を 除 いた 現在 の この村の 人 口の 年齢的構成を 示す が,軽い 「ひ ょうたん塾 」を示 してい る。 これか らタバ コ耕作 のための永久的帰村者 とその家 族,お よび タバ コ耕作 のために村に と どまることがで きた若者 とその家族を除いた 形を想像す ると,若年者他 出の結果であ るかな り顕著な 「ひ ょうたん塾 」の構造が うかびあが って来 る。 換言すれば タバ コ耕作は, 既に述べた ゴム価格低下に よる ゴム園労働 の魅力の減退 と相乗的に 作用 して, 若年層他 出の結果であ る 「ひ ょうたん型」 の人 口構成の出現 を少な くとも一時的に 阻止 した といえ る。 (3) 生活程度お よび生活環境 の変化 タバ コ耕作お よび ステーシ ョンで の賃金労働が もた らした現金収入の増 加は, 食生活 ・衣生7
5-70-7
4
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5-6
9
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9
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9
2
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40
図3
人 口の年齢的構成坪内 :クランタンの-農村におけるタバ コ新作の導入 と社会 ・経済的変化 活 の 改 善 を も た ら した 。 食 生 活 に 関 し て は 牛 肉 ・生 魚 の 購 入 が め だ つ 。 タ バ コ買 付 け 期 間 中 に は ス テ ー シ ョ ン前 の 露 店 か ら 肉 , 魚 を 容 易 に 入 手 で き る し, ま た そ の た め の 現 金 を も 携 帯 し て い る か らで あ る 。 ス テ ー シ ョ ソで 働 く若 い 娘 達 は 自 分 の 収 入 を か な りの 程 度 (と き に は 全 額 ) 百 分 自 身 の た め に 使 用 で き る の で , 新 し い 布 地 な ど を 購 入 す る 機 会 を よ り多 く 得 た こ とに な る 。 一 般 の 人 々 も こ の 壬抑 剛 こ衣 服 を新 調 す る こ と が
多
く, 隣 村 との 境 に あ る仕 立 巌 の 収 入 は こ の 時 期 に 倍 加 して い る 。 他 方 機 器 設 備 等 に関 して は , 自転 車 が 急 激 に 増 加し
, 家 屋 ・井 戸 ・ポ ン プな どの 改 良 , 新 設 も 目立 っ て 来 た。 これ らの 現 象 に つ い て 簡 単 に 述 べよ
うO 自 転 車 は短 距 離 交 通 に 有 用 で あ るば か り で なく, タバ コの 葉 を 耕 作 地 か ら ス テ ー シ ョ ン- と運 搬 す る の に きわ め て 重 要 な 役 割 を 果 た す 。 現 在 146世 帯 の うち77世 帯 (52.7 % ) が 計 88台 の 自転車 を保 有 す るが , そ の 購 入 年 次 は 表 10に 示 す 通 りで あ る。 3分 の 2 強 に あ た る 60台 が タ バ コ 耕 作 導 入 以 後 に 購 入 さ れ た こ と は 特 記 さ れ て も よ い 。 この う ち 24台 は 新 品 と し て 購 入 さ れ た が 3 5台 は 中 古 品 の 購 入 で あ る 。 最 後 の 1 台 は 贈 与 さ れ た も の で あ る 。 飲 料 水 お よ び 水 浴 (m andi) 用 水 を 得 る 井 戸 は 日 常 生 清 に と っ て き わ め て 重 要 で あ る が , 近 年 , 地 面 に 匿接 パ イ プ を打込む 吸 上 げ 式 の ポ ン プ を 設 置 す る 者が 現 われて 来 た 。 ポ ン プ の 価 格 は M $ 8()∼10 () で あ る 。 表1
0
自転車, ラジオ, ミシ ン購入年 次別台数 購入年 次 自転車 ラジオ ミシ ン 1年 未満 約 1年 2 3 4 4 5 6 6 2 7 8 1 9 10 9 ll 12 13 14 15年以上 不 明 計 2 1 2 1 山 8 仙 8 8 5 5 6 4 5 5 2 l 1 2 2 2 1 2 1 2 8 1 2 6 現 在 ポ ン プ 総 数 は17で , 大 部分 は 個人 に よ って 所有 されて い るが 若 干 の共 同所 有 (pakai) の ケ ー ス も あ る 。 こ れ ら の ポ ン プ の 多く は タ バ コ耕作導入 以 後 購 入 され た もの で あ る。 所 有 者 の み で な く 近 隣 の 者 も ポ ン プを 利 用 する の で,利用者総 数 は40世帯打この ぼ る。 ポ ン プの耐 用 年 数 は 比 較 的 短 く , 2 - 3 年 で使 え な く な る場 合 さえある。 この た め 1971年 に は , M $ 140- 200の 出 費 を 覚 悟 し て コ ン ク リ ー ト 枠 を も つ 新 しい井戸を 掘 る者 も二 , 三 現 わ れ て 来 た 。 1970年 か ら 清 動 を 開 始 した 4 マ イ ル 離れ た カ ソコ ソ (Kankong) の サ ブ - ル ス セ ンタ - の 指 導 で 簡 単 な 便 所 を 設 粧 し た 者 も い る 。 また タバコの 収 穫 期 も終 りに 近 づ くと家 屋 の 改 築 ・増 築 も 目 立 っ て 来 た 。 以 上 に 述 べ て 来 た 機 器設 備 は ど ち らか といえば 生 活 に 蔭 接 必 要 な もの の範 囲 に 属 す る。 日常束南 ア ジア研究 9巻4号 生 活 との関 連 が よ り間接 的 な機 器 , た とえば ラ ジオや ミシ ンの普 及過程 は表
1
0
にみ られ る通 り で あ って, 増 加 の傾 向は 見 え るが それ は きわ め て急 激 とは言 えない。 と くに ミシ ンにつ い ては この ことが は っき りとい え る。 これ らの事 実 は , タバ コ耕 作 に よる収 入 が, 主 と して生 活 必需 の領 域 で消 費 され た こ とを 示 唆す る と同時 に, 収 入 の低 さのた めに そ の程 度 の消費 が限 界 とな る こ とを物 語 って い る。 (4) 中学 進 学 お よび ポ ン ド教育
タバ コ耕 作 の導 入 とな らんで 大 き く変 化 した ものに初 等 中学 - の進学 率 が あ る。 表11は ガ ロ 表11性 ・年齢別進学状況 性 /年齢 就せ学ず 小学中退 r14 : 1 1 男 甘 … Z '17 0 0 !18 0 1 19 ! 1 1 1 20 11 1 女 … 16 1 2 学 業 1 0 1 0 2 5 3 1 ︻ 2 2 2 3 0 中 卒 1 19 2 1 4 村 の少 年 少女 達 の性 ・年齢 別進 学 状況 を 示 す。1
5
才 以 下 に おけ る進学 者 の急 増 がみ と め られ る。1
5
才 の者 は1
9
7
1年 に 初 等中
学 3 年 に な ってお り, メ/ミコ耕 作 の収 入 が入 っ てか ら中学 進学 者 が増 加 した こ とを は っ き りと示 してい る。 村 に最 も近 い 中学 校 は, サ ブ- ル スセ ン ター と同 じく, 約4
マイ ル離 れ た カ ソ コ ソ に あ る。 この学 校 は1
9
6
5
年1
月 に小学 校 の 校 舎 を午 後 使 用 す る形 を とって 開校 した。 それ 以前 は パ シル マ スな ど遠 隔 地 の中学 校 - 行 か ね ば な らな か った。 カ ソ コ ソに中学 校 が 開校 され なけ れ ば 通学 は 困難 で,現 在 ほ どの通学 者 を数 え る ことは不 可 能 で あ っ たで あ ろ う。 近距 離 に おけ る中学 校設 置 は 進 学 率 上昇 の きわ め て大 きな チ ャネルに な った とい え る。 しか し進学 率 が急 増 した のは, タ バ コ栽 培 に よ る収 入 の見 通 しがつ い てか らで あ って中学 校 設 置 の直後 で は ない。 中学 教 育 は年 間M$3
0
以上 の教 科 書 代 や 月M$3.
5
0
の通学 バ ス代 な どを 必 要 とす るので あ って, タバ コ耕 作 に よる収 入 の増 加 が, 多 くの家 庭 に とって子 弟 を 進学 させ ることを は じめ て 可 能 に した ので あ る。 タバ コの葉 の運 搬 に もJ机 、られ る 自転 車 は, 彼 らの通学)
捌 こも役 立 ってい る。 中学 進学 者 の増 加 と うらは らに著 しい衰 退 を 示 した のが ,ポ ン ド(Pondo細 こおけ る宗教 教 育 で あ る。 ポ ン ドとい うのは小屋 の 意で あ るれ イ ス ラム教 に 関 して深 い 知識 を もつ と考 え られ る先 生 (村 で は To'guru と よば れ る。) の 住 店 を 中心 と して, 生徒 が小 さな 小屋 にね お き し て教 え を うけ る 寄 宿 宗 教 塾 が この 名で よばれ るので あ る。 12)ポ ン ドはす べ て の村 (kampong) 12)マ レーシアのPondo机こ関す る奴述は,藤本勝次 「マラヤにおけ るイスラム教育制度」
『東南アジア研究』
4巻2号,1966,また クランタンに近いタイ領のそれに関 しては矢野暢「南 タイ農村民の村外信任体験につ いて」
『東南 アジア研究』8巻2号,1970などにみえる。筆者 自身 も詳 しい叙述を別に行な う予定である。 574坪内 :クランタンの小農柚 こおけるタバコ耕作の導入と社会 ・経済的変化 に あ る の で は な く, 数 力村 あ るい は 十 数 力村 に 一 つ の割 合 で 存 在 して い る。 ガ ロ村 と隣 村 との 境 に も一 つ の ポ ン ドが あ って , か つ て は 多 くの少 年 達 を 集 め て い た 。 と こ ろが 中学 教 育 の普 及 に と もな い 少 年 の数 が 急 激 に 少 な くな って現 在 で は わ ず か
4
人 に過 ぎな くな った の で あ る。 少 年 達 の代 F')に 老 人 と くに老 女 の 比 率 が 賢し く高 くな って , ポ ン ドは 今 や 老 人 ホ ー ムの 観 を 望 し て い る。 村 落 に お け る伝 統 的 な 宗 教 教 育 が この よ うに して崩 壊 , 変 質 して来 た の で あ る。 ガ ロ 村 の ポ ン ドに 入 局 tる よ t)な変 化 は , 経 済 的 変 動 を経 験 しつ つ あ る肝Tの 近 くの 他 の 多 くの ポ ン ドに お い て も認 め られ
る。 ( 5 ) タバ コ耕 作 が もた ら tた変 化 (総 拓 ) こiLまで に 述 べ て来 た タバ コ耕 作 が もた ら した 諸 変 化 を-
▲措 して 図 示 す る と図 4の よ うに な 影響の メカニズム サ ブヘ ル ス セ ンタ13(-)古生197O 新事態そのもの に対す る適応 年 留 村 者(
+
) 村 老 (+) 節的帰村者 (+) バ コ耕 作 (+) タバ コステーシ ョン 賃金労働 (+) 新 規 開 店 (+) 古い生業 ・生活構造に おけ る変化 出稼 ぎ (-) ゴムタッピング (-) や し糖づ くり (-) ‡ 中学進学者 の急増 ( 自転車購入 t t 図4 タバ コ耕作導入の影響 トラクター貨耕 ・化学肥料使用 やや増加。従来の 自給体制は維 持。P
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do
k (寄宿宗教塾)におけ る 若年者の急減,老人ホーム化 家屋 の増改築 ポ ンプ,井戸,便所 の新設 牛肉,生魚の使用の増加 布地等 の購入 の増加東 南 アジア研究 9巻4替 る。 現金収 入 の増大 に ともな うこの よ うな 変化 が比較的 ス ムーズに進 んだ ことの背 後には,堤 民 自身が既 に ゴム栽培 を通 じて現金収 入 とそ の処理 とに馴れ ていた とい う事実が存在す る。 ここに示 した どち らか といえば発展的な ニ ュア ンスを もつ諸変化 のほかに, た とえば現金収 入 の結果 を ギ ャ ンブルに費やす者 の存在, タバ コ耕作か らの見 こみ収入 をあてに して 町 の質屋 を通 して資金調達 をほか る者 の増加 な どに も触れ るほ うが現 実 をよ り正 確に写 し出す ことにな るか もLれ ない。 と くに後者 は子供 の教 育輩 を調達す る 目的でな され る こと もあ り,影響 の連 鎖 と しての性 質を示す こと もあ る。 しか し,質屋 通いに関 しては移行 の過程 を量 的に捉 え る こ とが困難で あ る。 また ギ ャンブルは伝統 的 な文 化 との関連 を強 く有 してい るため, -一概 に増加 とは言 えない。 ここでは こ うした側面 の存在 を付記す るに とどめ る。 お わ り に 本論 では タバ コ耕作 とい う新 しい生業 が動 因 とな って村 落に変化が生ず る 様態 を記述 した。 ここで この動 因 自体 は近代 化- の貫 徹的な変化 を生起せ しめ るのに 力不 足であ るか も知れぬ こ とを指摘 しておかねば な らない。 タバ コ耕作 は折 か ら不振 の ゴムに代 わ って収 入の増 加を もた らした とはいえ,