は し が き
梶木貨幣拳詮の発展に蟹を染めた輿者はその数、決して少しとしない。併し乍らその多くは各貨幣論家の所詮 を年代的に羅列したものに過ぎなかった。そしてよく贋簡撒の主流に推しでその時代々々叉峻学派々々の特徴を 霹き出し得たものはさして多くはない。ワ7ゲマンは、此の多からざる著者の中の一人であると児ふ。lその著十 ︵一︶ 般貨幣論第仙脚、貿衛憤保と本価との理論の最初五十頁程に試き出された魔は、梶木の鹿飴唾盆の葦なる年代的 記述とはその選を異にし、その中には或時代或革詭の精神的類型を探り求めんとする文明史的考究態度が多分に 含まれてゐる。而してその研究の跡は吾人が取って以て慶考に資すペき多くのものを草不してぁる株叱恩はれる 故に余 ゝめ、女材料の取持配列などにも可成の気位をした。併し嬰は原著者が云はんとする慶を大過なく俸へるに在る から、扱力乍ら此の方面に主力を注いだ。 ︵〓ErコStWa笥∃aココ︰空tneヨeiコeG芸ぎre●︼●Bn●TheOr訂d爪SGe左wハrreS亡コd dnrW㌢昌コ甲︼心Nu.這eュぎ第二声・慈 、箔三∴娩
ノ貨幣寧設の所詮静的考察H
宕√ 井
︵こ三入︶ 五大 一︵蔑⋮
− ヽOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
先づワァデマンに従へぼ根本的貨幣観は凡そ三つに分れる、叫は象徴主義、二は金展主義、三は名目主義であ るっ第叫は貸簡と資金巌とを伺−硯し、以て資金屈をば﹁般的愕値象徴とか償信託既と考へ、叉此の意味に於や 一 て富の全髄と考へるものである。そして此の考は主としてマアカンテイリストに依って毒張されたものである。 弟二の金属主義は、欝∴の象徴主義を措定↓heseとすれぼ、その反増長彗t誉eseをなすものであつて、.之は貨幣 と資金屠とを同州祓するが、併し此の貨幣も貸金屈も共た最卑ふ般的低値象徴ではなくして商品であると考へる ものである。此は古典派経済単著やマルクス主義者のとる貨幣観であり、之に多少の修正を施せぼ叉、歴史畢弼 や喚太利笹沢の貨幣勒ともなるものである。琴この名月主義は前二者の綜合Syコtheseたるものであつて、之は資 金屠をぼ商品と見るが併し、貸簡は償偲詑醜であると考・へるものを指す。而して此の所詮は最近二十年そこく の内に起ったものなのである。 如斯根本的貨幣親吏二分してその各々に夫々の特徴を認めても、それは絶封的のものではなく、従って相常に 制限を加へなけれぼ充分忙常て秩まらないものである。例へぼ多くのマアカンテイリストが貨簡の商品である寄 を明言したり、叉金属主義論者といはれ七ゐる者が貨幣せ申Hmよは相剖立するものであると紛い廃り、叉古典笹 沢や、膵兜畢派や、塊太利撃派の降盛時に賜既に政論者の如き嬢名自主量的な考を述べたりしてゐる。、斯様に萄 故幣学説の粥評論約考察
一紙
︵二三九︶ 五七︷三四〇︶ 元入 藤一二聴 欝三一統 際上比於ては勿論例外はあり、制限はあるがと掟角、大喝の傾向として象徴主義から金願主義へ、これから更に 名目主義へと進んで行って畿展の経路は之を看撰つてはならないのセある。 以下その各々忙就いて詳述しやう。
〓 象 徴 主 義
一 †アカソティyズムビ象徴主鶉 象徴主義的貨幣観吟マアカシティリストの抱いてゐた貸簡観であるといふことは之を前に説いた。然るに今坂 りかへって考へてみるに、経済畢史上マアカンテイリズとは如何なる主義を指すかといふに、之に統仙的、〓蛮的 な回答を輿へることば困難である。叉嘗際マアカンテイリズが二胴の纏った笹沢を構成してゐたともいへない。 縫って吾々がマアカツティリズムの根本思潮といふが如きものを導き出す為には、常時、嘗際政葉上の意見を蟄 表せる個々の著者の詮く威から漁らくは二つの類型を作り出すより外ないであらう。ワァゲマンはマアカンテイ ● リストの種々詮いてゐる申から、貨幣に就いては象徴主養を採るのか彼等として本来の両日で、ぁると琴へてゐる のである旬 即ち先づマアカンテイリズム論者は富は金銀よれ成ると考へてゐたといへる。今共論者のいふ魔より二三の例 をとつで見れば次の様な意見が見出される。OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
ホル、ネック芽rコ。。kは金と銀とは吾人が最上の血液、叉吾等が勢力の最も内部にある精紡であるといひ、ロッ ク﹁。nk。は金と銀とは叫囲民の動産の内最も堅繁なる叉最も重要なる部分であるとL、従つて之等金属を増加す ることは政渦的経済の食も貴賓なる目的であるといふ。叉ジョン・ロー﹂。hコ﹁aWは一国の富と勢力とを構成して ゐる商業と人口とは貨幣の蚤とその療為に侠つこと大であるといふ。かくの如く何れも同工異曲な云ひ魂はし方 が用ひられてゐるが兎に角マアカンテイリズムの理論は、その本来の思想からいつて、資金屠即富と解してゐた といふことができやう。そしてマアカンテイリストは貨幣はこの富を代表してゐるものであるといふ見解を持し てゐたものであるといふことが許さるれぼ、彼等はこの貸倦と之に依ってその慣値が代表されてゐる魔の商品や 現賓の財産とは封立の関係忙立つものとしなければならぬ筈である。此の考はマアカンテイリストの所詮を追及 すれぼかうなるといふのであつて、詮れもがかくいひ現はしたといふのではない。泰更に多くのマアカンテイサ ト達は資金屠︵彼等にとつては此の資金屠は即ち貨幣である︶が商品であることを主張して居った。即ちボウダン B。dぎは貨衛が他の経済財同様惰借の減少するものであることを述べ、叉ペ・ティーPe︷tyは貨幣の償値を穀物の償 借問様その生産費で計算しやうとした。之等は貨幣と商品とを何二硯する根本思想から出て来る議論に外ならな いのであつて、斯く考へるのは金属主義的な考へ方でこそあれ、マアカンテイリズム本来の親方ではない。マア カンテイリズムの根本精神に邁った敵方といふのは取れも直さす貨幣を慣倍象徴と見ることである。そして此の 親方は叉多くのマアカン一号サスト・の許容してゐる魔である?然る・に何故此の本来の親方から離れて、金屠主義 畳幣拳銃¢所詮給餌考察 ︵二田こ 五九
−, ︵こ囲二︶ 六J 丼﹂二懲 第∴ニ耽・ 的な、・貨幣即欝︵商品︶といふ考に到嘩したか、之が問題であるb併しとのことは後に詮くことゝして先づ戎には 象微量鶉本来の議論を述べやう。
二 象徴的貨幣論
常々はマアカンテイリストは貸簡を以て低値象徴であると考へ、商品や冨の代表者であるとし、かつ此の意味 に於小て官の舷計であると考へて居ったのだと信ずるや然る濫若しさうでなかったならば.、常々はマアカンテイ ヴズムの根本主張たる資金屠調達政党を魂僻することは到底できないのである。即ち彼等は直接には金銀をなる べく多く園内に吸収し、叉間接には貿易差額老出来るだけ順調にして之が文排として受取る金銀の畳を多大なら しめんとし、金鉄の量がいやが上にも増加せん事を希求したのであるが、斯くの如き王は彼等が象徴的貨幣親を 有してゐたといふことを前提しないでは到庭正常に珊解し得るものではない。若し反封に彼等が資金嵐即貨幣と 考へないで之を二川の商品なりと考へたとすれば、貸簡欲といふものも、他の具濃的な財に判する欲望と同様な ものになつて、路ひに或限界瓢に到達しなけれぼならない筈である。然るに彼等にはか1る考は毛頸ない。Lそし モ飽くことなく賃愕︵賃金屠︶を欲求したのであるバこれ即ち彼等が資金厩を以つて商品と考へす貸簡、別言すれ ぼ憤伯・の代表者と考へてゐたからである。 更にもう叫つマアカンテイリズムの思想的根種に象徴的償衛視が存してゐ喪﹂謹左が⑬る。それは彼等が診てOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
一輝の貸簡数畳挽である。ダブアンツアティロa<a⊃Nati巧地上にありとあらゆる事物は現存の金、.銀、銅と丁度 胡座赦するといふことに何人もが異存は紅いといひ、叉Pツクは此の.思想をぼ、∴方の皿にはあらゆる財を、他 方の皿忙はあらゆる貨幣をのせた天秤の例を以つて明かにしてゐる。斯くの如く二万に財を他方に貸簡を置く方 程式は、貸簡を以て偵値象徴と考へることに依って初めて立てられるものであつて、貨幣即償借物と考へては決 しYて得られる筈のものではない。叉か㌧る方程式は貨幣を指固と考へるからこそ得られるのであつて、由品と考 へ溌なちば到底得られないのである℃ かく観じ来れぼ、マアカンテイヴズムの貨幣観を以て象徴主義であるとなす所以が理解されるであらう。然る にシュモラアSchヨ○ニerがマアカンテイリズムの最高潮に達せるものとなしてゐるジェムス。スチュアートLaヨeS 溜u溝は、稟倦の象徴的性質を強調トてかるが、併し〓方正於いて稟簡と商品たる金銀とを直別してゐるから、 此の最後の偉大なるマアカンテイリストは叉同時に名目主義の第一党粘着といふことができる。 三 富せしての貨幣 上述の如くマアカンテイリズム本釆の主張からいへぼ、貨幣は憤値象徴であるペき筈であるが、併しこの貨幣も 亦他の凡ぺ▲ての象徴が培ってゐる魔の象徴の物質化苫ater導sieruコnde仏S喝ヨbO打といふ渾命に隋つたのである。 即ちこれは或もの1象徴が、一誤ってそれが象徴してゐる魔の本鰻そのものと考へらる1に至ることを意味すので 掟幣肇紋の開設論的考妬 ︵二囚三︶ 六一
r、
第三琴 第主痴
︵ニ四四︶ 栄二ぁる。姦に記既と本腰∵恨象と驚在、概念と恕資とが混清さ斬るのは普々の心理的竺種の衝動であるが、斯
ての如虐現象は入間個人に就いていへばその幼時に、叉時代に就いていへぼ文化の低い時に普ねく起るものであ
る。欧州の文化史に於いても化膿詮↓raコSSubs官t整。コ︵翌晩餐の際に用ふる葡萄酒と麹鞄は僧侶が之を親すると きは基督の血と身倍とに成るといふ詮︶、曹車上の概念嘗在論、閑寂と王冠の保持者とを同一祀する思想︵験は国 家なり︶などとして硯はれてゐる。マアカンテイリストの貨幣観も之と同様の心理畢的根嬢に依って象徴をば之が代発する本鰹そのものだと考ふるに至り、貨幣即富と思払込むに至つた。二部に於いては斯くの如き象徴の物
質化が行はれたといへ、純粋形式に於いては貨幣の象徴的性質は葡点く雄存して居ったのである。
三 金 属 重 義
亜敦に云ふ金属主義の意味は、かのクナツプがいみじくも彼の名目卓義に封立する貨静観に勤して名付けた虚と
は柏その趣を異にする︶クナツブにあつては国家を考慮に入れない貸簡親が金属主養的貨幣観であつた。︵<箪 K。aPP︰St邑H。he↓he。riedesGe︼せこ・ぎf=牒・S・芦宮田事代蔵讃貨幣国東塾諭、著書序文三賞参照︶.然るⅦヮアゲマンが金屠主義といふのは、一つには貨簡磯能がその貨幣の素材憤備忙直接基因してゐるとの故を以っ
て貨幣と金属とを同三組するもの、二つには貨幣と金属とは商品たる.の性質に於いて相同じと解し、よつて此の
雨着を同⋮祀するところの貨簡論を指す?ワァゲマンは此の意味の金屠主義的貨幣親が発きの象徴主義的貸衛観OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
陸軍いで起≠来った所以を次の如くに詮き、披いて論を進めてゐる。
ー′ 金属ま鶉の成立
欧洲の歴史に於いて擁蘭酉革命の時代、に君主政鰻が中世紀の神秘的な後光を失ひ、そして君主が平民に成り下
った様に、貨幣も亦単なる商品たな灯下ってしまつたっ即ち君主の概念と貨幣の概念せは均しくその象徴的な性
質を剥ぎとられてしまつたのである。古き君主思想が象徴の物質化︵股は国家なり︶に偽ってしまつた様に、象徴的貨簡理論も亦貨幣を以て商品と考へる物質化の思想に堕してしまつたのである。今此の問の紺係を詳論するこ
とはできないが、只政治的個人主務と自由主義とから生じた自由貿易論が、アダム・スミスにあつて新たなる貨
簡論となり、全然新規の板東的貨幣親となつガ事を明かにするを以て満足したい。
二 アダム.で、、ス・判読く商品ビ七での貸鮮 アダム.そ、、スは経済拳史上、マアカンテイリズムに勤し七由立的な立場にあるものであり、叉貨傍観に於いてもその本来の主張は、貨幣も金属も共に商品であるといふ金展主義的な立場にあるべきである。併し級は未だ
重く象徴主義的な貨幣親を蝉脱しきつてはゐなかった。
例へぼ国富論第二篇第二章に次の棟及字句が見出されるっ﹁配合の金牌の朗得はこの貨幣を媒介として分配され
るものであづて二この貨幣は管用は此の所得の﹁部分なのであるが︶この貨飴とこの貨幣を媒介として流通され 選幣撃毅の明記論的考落 ︵こ四玉︶ 六三雰T■「
第三聡 茶事硯
三望ハ︶ 犬四 る財とほ峻別しなけれぼならないのである。﹂﹁祀愈の朗得は財より成り、此の財の流通を授ける串輪たる貨幣よ り怒るものでは卑ヒ。叉﹁著或人が自分の恩給を貨幣で支彿はれないで叫.ギニーの手形で支挑はれたとするむ 々の人の牧人ほその紙片より成立ってゐるのではなく、その紙片に代へて得られる魔のものより成るのである。 ∴ギニーの金貨は附近の⊥切の商人に宛て空書芸生活必需品や便益晶に封する手形と見るととができる。之 が支彿を受けたる人の収入はその金貨より成るのせはなく、さの金貨に代へて得られるもの、即ちそれと交換し て得られるものより成るのである。衰しこの金貨と交換して何物も行られないならば、そは破産者に宛てた手形 同株、最も血⋮益な紙片以上の低値を有さない。﹂ 斯ぐの如き字句より察すれぼアダム。スミスは指固謹詭を掠り、象徴主義を奉じてゐた様にも思はれるが、併し 彼の思想を論理的に追及して考察すれば反封の金愴主務的傾向が明らかに硯はれて氷る。 元来アダム。スミスの貨幣論は彼がマ㌣カンテイリズムに勤してなしたすべての論謹と密接な摘係を持ってゐ る。香むしろ彼がマアカンテイヴズムの貿易政策や、又その根底に横はつてゐる魔の﹁貿易差額を順調托すること が大切である﹂といふ思想に封する論難にその端を聾してゐる。 アダム○スミスは、﹁資金屠以外の自然的財貨を保持し、増加するよりも、貸金屠を保持し、増加することの方 が造かに支配力が大である﹂といふ仮設を﹁詭桝的﹂であるとした。そして賭米利加が金銀を畿堀すれぽ、それだ け金銀の道具ができるわけであるから、その馬陳洲にとつて利益やある。併し本位政箕として蜂費金属の増加はOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
不利益である。何故かといへぼそれが馬め金銀の憤格が低落して、環貸として以前程邁常なものではなくなるか
らである。即ち今や買手は同じもの真月ふのに以前よりも多くめものを渡さねぼならなくなるからである。﹁従つ
て不必要な金銀を持ってきたり、或は保留して〓囲の富を増加するのは、恰かも叫家庭で不要な食器を保存する
馬に上等の草子を塞けて置くのと同株敵陣な寧である。﹂
マダム芸ミスは此の思想を徹底して、貨幣は横顔や貯織品と相並んで﹁融合放資本﹂の一部分であるといつて
ゐる。従つて彼にとつて憺貨幣も金属と同様単に商品である。即ち彼は之に依つて自分の経済政貸的観念を開明
するのに丁度郡合のよい出磯瓢を待たのである。叉恨令その党騒者三ウム=uヨeに倣って象徴的貨幣観を侶定 tてゐたとしても、彼は貨衛痘そのものは別に重要なものではなく、叉貴金属調達を能轟とする貿易政策は誤ったものである、といふ結論に到達し待たであらう。
之に依って知らる∼如く、アダム。′スミスは象徴的︵マアガンティサズム的︶貨幣親を全然蝉脱したものではないが併しその根本思想より推して考ふれぼ、既に此の考からは離れて、貨幣と商品とに共通鮎を見出し、此の雨着
を固二視せんとする金属主義的貸簡親を持するものであると考へなけれぼならぬ。
錆アダム。スミスは紙幣のことを論じ、その中重要なるものは銀行券であるとして、此の銀行券の囲民痙由的低
値を高く許憤してゐる。円く、﹁紙幣を以って金銀に代へること墜向慣な流通手形を安倍な、より碧芸ものを以
って筐きかへることである。即ち以前に於けるよりも製造費や維持費の少ししかいらない新規の車輪を以って流
食滞撃説の明記論約考察 ︵二四七︶ 六五︵二川八︶ 六六
第三奄 第三紙
通をなさしめることである﹂と。併しそれにも拘はらす彼は銀行券は只貨幣の代用品たるに止まり、常に之を代へ て貨簡が得られるといふ信任により、従って金銀同様の流通能力を有してゐるといふことによつて受授されるの である、と考へてゐる。アダム。スミスは銀行券を紙筒と名付けたものゝ、之を本来の貨幣とはしない。何故かと いへぼ﹁園内に於いて容易に流通するすべての紙幣を総括しても之によつて金銀の憤値を高くすることを行ない。 且つ紙幣は金銀の代用となるが、併し金鉄は紙幣なくとも流通する﹂からである。 ともあれこのアダム○スミスの述べた貨簡論はその後職者によつて二傾向に護展していつた、二カは甘カアドオR訂rdO シーニヨアSeni。﹁ ジエー・エス。ミルJ・S・≡−マルクス三ar舛の完成した労働償値盆となり、他方は
クニースKコiesの基礎付けをなした使用憤情誼となつた。以下忙之を諷かう。 三 貨幣論上の静物憫低設 リカアドオはアダム。スミスと同様貨幣と資金魔とを同州祀し、両者共に商品であると考べた。彼はマルサス 吉l什husに宛てた手紙の内で、貸簡とその他全ての商品とに就いて見るに、その偶倍決鱒の問題に閲し、叉その 輸出入を統御する法則に関して、この開音の問に何等本質的の差異はない、といつてゐる。叉原論の中で次の様 にいつてゐる11金銀も他の全ての商品と同様、之を生産し、之を市場に持出す為に要する労働韮に應じてその 償借を有する。﹁金が銀より十五倍高償なゎといふは、鋭の供給が金の供給より十五楢多いといふのではなく⊥
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て、後者の生産忙隻肌着の生産の十華侶だけ多くの労働凝を要するが馬である﹂と。磨が彼は別の偶虚で労賃や
利潤、従つてその生産費が重要なものであることを述べてゐるのである。兎に角リカアドオの貸簡論は論理が↓
質してゐない。
リカアドオの後を承け、然かも彼よりも徹底的な考を述べてゐるのはシーニオアである。彼は﹁貨簡憤倍三講﹂
及﹁貸簡接待費用三講﹂に於て、貨幣の慣佑は︵その内囚ぼかりで外因が加はらなけれぼ︶、結局はその生産費によって決定されるものであるといふ意見を述べた。
更にジ雷エス⋮ルはその﹁原論﹂に於て、貨幣憤砥が資金魔の生産費に基くものであることを論結した。併し
彼此叉かういつてゐる1−・即ち或人が毎週又は毎年受取るところの傍とか諒とかいふかねは本営の所得ではない それは人々が任意の状態に於.いて玄孫の用に供することを得るものであり、叉各人が欲する商品を叫蕃鼠だけ獲得するの標能をその人に附興するところの一揮の切符であ少、指固謹であると。之に依つて見れぼ彼には儲象徴
主義的な考が建ってゐるといはなけれぽならぬのである。
要するに古典畢沢の金厳重量的理論はまだ未完成のものであつた。そは象徴的貨幣親を完全に脱却することも
せ、す、叉他方に放て貨幣償倍は労働に依って決定されるといふ根本思想を純粋に磯展させてもゐない。彼等は労
働畳とは何藍息味するか、女労働とその反封給付との問の直別をもはつきりさせなかった。魔が貸簡論上の労働
偶倍詮を初めてはつきりさせ海のはカール・マルクスである。
党常磐訣り開設弘粥約考察 ︵二四九︶ 六七癖三稔 第三・張
人二五〇︶ 六八 マルクスは資本静に於いて次の如ぐいつてゐる1−﹁貨幣が商品であるといふことは・兜づその完成した形態か ら用蟄tて然る後にこれを分析せんとする人にとつてゐみこの牽見となる′のである。交換行程は、この行程によ って貨幣に特化せしめられる商品にその償倍を輿へるもので.はなく、寧ろそれに特殊の慣倍形態を輿へるもので ある。とれら粥方の事項を混同した結果、金銀の低値は想像的のものであると考へられるやうになつたのである。 女或一定の機能を蒸す場合に於いては、貨幣はそれ自身の革なる記既︵しるし︶と取り代へることもできるのであ るから、そこで貨幣は罫なる託畿に過ぎぬといふもう仙つの錯語が生じて衆た﹂。 ﹁金はすべての商品と同じく、相封的に他の商品を通じてのみそれ自身の憤値の大小をいひ硯はし得るに過ぎ な小。金それ自身の低値は、金の生産に必要な労働時間に依って決定せられ、等畳の労働時間が凝結してゐる他 のすべての商品の分量に依っていひ硯はされる﹂。マルクスは之を詳述して次の如く云つてゐる。即ち、﹁金の第一 の梢能は、商品界に僧侶記耽の材料を供給すること、換言すれぼすべての商品の低値を阿分母の太いさとして、 質的佐相等しく量的に相互比較し得ペき太いさとして発現することにある。斯くして金は憤恰の叫般的尺度たる 機能を壷くすことになる。而してこの樺能に依ってのみ、特殊の等償商詣売る金は、党づ貨幣となるのである。 諸の商品は貨幣によつて相互に比較されるのではない。その灰封である。即ち叫切の商品は、これを慣値として 見れぼ封象化された人間労働であり、従つてそれ自身で比較のできるものであるからこそ、同山の特殊商品を以 つてその低値を好適的に秤量することができ、斯くしてこの特殊商品をば北ハ通的の僧侶尺度たる貨幣に時化し碍OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
るのである。憤値尺度としての貨幣は、、偶品の内准的偶伯尺度たる労働時間の必然的な説教形態である﹂。 魔がマルク・スは叉洗通行梓に於いて貨簡と金とが分離し得るものであることを看過しなかった、即ち、﹁貨幣が 通用することそれ白糖.陀依って、鍔貨の硯蜜の内容と名目上の内容とが引き離され、余儀上の存在と横能上の存 在とが分離せしめられる、そこで・は金屈貨魔の銭貨機能は、他の材料から成る記能文は象徴を以ってしても置き 代へることができるといふ可能性が潜在的に含まれてゐる。マルクスは之によつて、最幹盟頁や補助貸簡に関す る捷規は貨幣の象徴的性質を承認してゐるものであるといふことを指示してゐるのである。そこで更につゞいて 日く、﹁金属的貨幣記託の中にはこの純象徴的な性質は葡、或程度まで隠蔽されてゐるが、紙懲に於いては明瞭に 現はれて来る﹂と。かくして彼はアダム・ 幣流通の弼特の法則は、紙簡が金を代表する比率にのみ基園することを得るものである﹂。︵之を軍純にいへばか うである。即ち、紙幣の蟄行は、紙幣に依って象徴的に代表される金又は銀が、紙筒なき場合、硯貰に流通すべ き濃を超えてはならぬといふことである。︶﹁親衛は金記放であり、褒簡記既である・。然らばとの紙幣と商品偵牌 との関係如何といふに、それは要するに、紙幣は象徴的、感性的に叫定濃の金を代表してゐるが、此の紙幣によ って代表されてゐるその金が箪更に商晶償値を観念的にいひ硯はしてゐるといふことに外ならぬ。だから二軍螢 の金は、他の凡ゆる商品螢と向様に、二軍螢の憤備を倍化Lてゐるものである﹂。 之壱要する忙マルクスは、貨簡は金属︵金︶であり、而して之は他のすべての商品と同様、之が生産に要した琴 貨幣拳説¢搾詮論的考察 ︵土五一︶ 六九
︵二五こ︶ 七〇
第三巻、第三披
働畳によつて、その償値が決定されるとなすものであつて、貨幣本質親に於ぃては明かに金属主義に屈し、貸好 慣値に関して労働憤倍詮を代表する庵のといふべきである。 四 貨幣論上の使用債僅説 古典笹沢の金馬主義はマルクスの労働償情誼に依って完成されたといつてい1が、之と双幅をなすものに使用 慣借詮がある。そして之を完成したのはカール。クニースである。 扮て労働惜値詭では労働滑費盈が惜値を決嘉するといふが、人々は此の仮設で満足することができなかった? そこで剛の財を生産するのに⋮先の犠牲を必姿とするのは何故であるかを研究した。此の研究の結果使用横倍の 概念に到達したのであゐ。 周知の如くアダム。スミスは使用慣価と単なる効用とを同じものだと考へてゐた、そして彼は後に畿展して釆 たところの効用の外に稀少性をも含むところの使用僧侶の概念をぼ知ってはゐなかつたのである。此、の使用傾他 の概念をその珊論の根底に近いたのが即ちクエースである。 彼は苫典的経済単著やマルクスと同様に貨幣と商品とを同税し次の様にいつてゐる。即ち、﹁或る最的に測定し 得る諸劉奴の比紫紺係を測定し、確立する賞めの測定嬰曳、測定手段として用ひることのできるものは、それ自 身にも渕軍亡るべきものを或る特定の分菜だけ所有してゐるところの封象でなければならぬといふことは自然準OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
則的に常然なことである﹂。長さは長さを以て、牢固は甲耐を以て、霞さは課さを以て計ることができる。﹁従って 特定患の経臍的償値を測定することは、それ自ら経済憤倍を宥し、それ白身経済財である魔の封象によつてのみ 可能であることば、明々白・々の寄である﹂。﹁その上、貨幣によつて経済低値が意識され、許憤され、測定され得 ペきものであるといふ意味に於いて、貨幣は只々慣伯劉簸であり、固有の経臍慣借を有する巻物であることがわ かる﹂。併し勿論貸飽欄片の蚤さによつてその惜備が測定されるのではなく、﹁貨幣の低値により、即ち二足の貨幣 何片の重さに紺述した償倍量によつて測定されるのである﹂。 然らば憤倍は何虚に成立つかといぶに、マルクスが考へた様に、人間の労働が此の償佑を創造するといふのは 誤りである。﹁日光や、水や、基気には労働が食まれてゐないから、吾々は之をあまり欲求し、使用しないが、叉 他方に於いて、麹劾や、靴や、本には労働が含まれてゐるけれども、雷々の使用欲は之で充されるものでないだ らう﹂。労働が使用償倍となる場合に於いてのみ、労働が低価を創造したといへるのである。かくして貨魔の交換 慣悩も使用慣伯に基囚するのである。商品と貨幣とは双方の使用償値が相臆するから交換されるのである。この 交換は﹃共通の使用償倦あるもの﹄に還元して初めて可能なのである。文事質上さうだから、あらゆる種類の財を 通じて、使用財としての共通の一の叩単位が存するのである﹂。 尤もクエースはこの使用低値1の軍位に閲して詳述してゐない、そはこの位相債値にはカール。マルクスが強調 した様な一般安富的な共同分母がないからである。之を根擾として使用償棺の概念を貨幣に通用し成功を収める 豊幣撃説の所詮論約考察 ︵二五三︶ 七︼
野 ︵二五四︶ 七こ
第三怨 屠三躾
ことはできない。叉之から慣格諭を打椒てたとしても、到底成功しない。限風致開設は此の間食を明解に分析し たが、使用偶備の概念は財から貨簡へ鮮雑作に適用することはできないといふことを蔑見⊥た。 現今猫乙に於いて、鰐密なる金属主義、即ち貨幣単位は賞金屠の山定の露見軍使であり、叉鍔貸欄片は仙般的 交換財たるの作用をなし、その横倍は他の財の慣値測定に役立つといふ見解を抱く経済単著はあまりない。現今 の弼乙経済単著中で此の考に最も近いのは、ワッツ﹁○打とディールロ訂h︸位のものである。 弼乙では此の思想はあまり優勢でないが彿蘭画では之が指導的の地位にある。叉英米に於いても之が遅番着は 少からすある。 五 修億的金属ま義 精練された金屠主義的貸簡論は尭釆二つに分れる。二つは貨幣と商品、貨幣と貨幣素材とを峻別するものであ り、他は資金厨の偶倍と直接の関係を失ってしまつてゐて通用するところの、即ち素材僧侶なき貨幣のあること を認むるものである。此の理論では貨幣は資金属同様商品ではあるが、種類の興った商品である。 第叫の思想はロシア一刀OSCherケルノヒルデブラントBrunO≡debr望三ル・フェリツヒ七df好ichなどの抱いて ゐるものであるが、叫例としてヘルフェリツヒの詮く魔を蓼げてみれば、彼揉、商品はそれ自身の焉に受取られ るのであるが、貸囁は更に之を柑曝せんが焉俄に受取られるのであると諭する。従って叫の削象は使用財であるOLIVE 香川大学学術情報リポジトリ
か、又は繁簡であるが、併し同時に桐方を兼ねることはできないゐである。併し人々は柴侍と繭品とを厳密に匿 別しなかつたので、結局何時でも商品に柑化し得る、低値の充分ある金属貨幣が固有の貨幣であると考へてゐる。 第二の田心慮は、管m憐情にたよら孝い喝立の貨簡慣値を認めるものであつて、之は職能偵倍の概念となつて硯 はれてゐる。即ち人々は此の概念の助けを頼りて、全然素材償棺を括ってゐないか、叉恨令之を持ってゐるとし ても、その通用額と相應ゃるだけの素材低値を有してゐないで、然かも支彿に用ひられる塵の貨幣が存するとい ふ特称の現象を理解しやうとした。先づ我々が商品と貨篠とを峻別してみると、すぐそこに商品の低値根城と袈 魔の償倍鹿櫨とが別個のものであるといふことに気付く。虚がそれにも杓はらす、商品と貨幣とが互に交換され るのは如何にして可能であるかといふ疑問に逢着する。然るに交換をなす動椀は、経済主倍が交換によつて惜倍 のより大なるものを得やうとする鮎にあると考へ、叉商品を輿へて辞幣を受取り、貨簡を輿へて商品を受け取る ことを交換なりと考ふれぼ、仮令嚢塵と商品とでその低値根嬢は興るとしても、貸簡も商品と同種の慣値を持っ てゐるものに相違ねいといふ考は到底念頭を去らないわけである。 胱の〓万に於いては商品の低値凝撮と貸簡の慣佑根接とに差異があると考へられ、他方に於いては貸簡の偶恰 も商品の低価も同種のものであるといふ矛眉を排除して、統一ある詭明をしやうとしたのが職能償伯論である。 此の職能慣惜諭はワァグナア芝。亨W遥コヂ メンガア3eコ笥−レキジス﹁exis・フィリツボギツチPh≡p葛くinh・ ミゼスく。コ喜ses等が主張してゐるのであるが、概して若い経済畢者の賛同を得て居る。此の珊諭を汲も要領よ 貨幣嬰設¢明詑論的考終 ︵二五五︶ 七三
第三億 第三班
︵二玉六︶ 七四
く述べてゐるのはメンガアであらう︵C●三eコ笥一︰守什Ge−m iコ〓aコdwOr打rb亡Ch derStaatsw訂seコSChaff訂コu.ぎ芦Bm.
−く︶。彼によれば、貨愕は商品であるといふ命題は今日と邸も庸或程度迄虞理である。又貸簡の流通偵倍が生する 根披はその他の流通財の償棺が生する版按と何等欒らない、即ち金属貨幣の流通偵伯はその貨幣素材や刻印の憤 伯から来るものであり、穿貨にあつては、それを所持することゝ密着不離の関係にある法的請求樵の僧侶からで て来るのである。﹁更に貨幣は他の商品と比べると除程性質の興ったものゝ様に思はれても、之と上述のこと1は 少しも矛眉しない、それは恰かも道路といふ様なものは他の土地、例へは田、畑、牧場、森林など1は明瞭に拓 別されるものであるが、併し道路も矢張り土地たることに攣りはないの、と同様である﹂。更に円く、﹁許々が苗場 へ持則した財の代りに貸簡を得やうと思ふのは、その貨簡素材の放用が欲しいからではなく、寧ろその貨幣の流 通が欲しいからであるといふことは正しい。之等の事柄はすべて貨簡の交換手段としての職能を示してゐるもの であつて、貨幣の商品たる性質を指示してゐるものではない﹂と。かくの如くにしてメンガアは仙南貨騰が商品 であることを許しっ㌧、貨微の僻価は必ずしも貨幣素材から生するものではないといふことを詮いたのである。 かくて職能惜備の思想を竣展して行けぼ金属主義の辟詮は征服されて経ひに名目主義の領域へ入つて行くので はないかといふ旗問が起るが、併しさういふことは決してない。何となれば名目、王童では、商品を受取って貨幣 を渡すことを以て、職能偵棺論者が考へてゐる様に、互に弼立な二つの僧侶を交換することであるとは考へ軒い からである。名目主義にとつては貨幣は飾く迄も償値記紀であり、貨幣の偵値といふ様なものは、借りものゝ憤
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伯、区射惜棺に過ぎないのである。郡るに職能何倍諭にあつては、貨幣は、分析的方法に依って明かにさるべき
同有の内而的償値を有するものと考へられてゐるからである。
六 慣偲尺度ざしての貸幣
扱て絶拓的に純金屠主義の特徴如何といへぼ、それは資金屈と貨幣とを同謁し、叉貨幣は管等あるとなす
鮮にある。然るに商品の憤恨は何に依って次兄さるゝかに関して二派がある。蒜労働個倍詮で、商品の偶伯は
その商品を生産するに要した労働鼻元よると考へるものであり、他は使用情棺諭で、繭品の慣倍はその商品によ
って得られる欲望満足の度合によつてきまると考へるものでβる。金願主義論者は上述の如く貨幣と商品とを同
沌し、少くともその償値決定には嗣宥共通の法則が常て飲まると考へるが故に、発きに述べたるが如くに、貨幣
償値決定に関しても此の二者が分れたのである。
更に純金属主義と維も、素材償棺のない交換手段や、支沸手段の存することを決して否まぬ。併し之は本木の
貨幣とは考へられないで、高々貨幣代用物と考へられるのである。即ち之等のものはそれ自身充分の償倍を持っ
てゐないが、何等かの形で、例へば経済者が之を金と代へ得ることが確かであると確信してゐるか、又はその貨
幣代用物が金属を代表してゐると考ふるかによつて、兎に角、素材から誘導された憤値をその貨幣代用物が持っ
てゐると考へるのである。修正的金嵐主義では発きの貨幣と貨幣素材とを同一祀する考は之を玲てるが併し、こ
貨幣拳説の開発弘網約考察 ︵二五七︶ 七恵訂「「■ 弟三“愈 劣三う鱗 \ ︵土五入︸ セ六 の場合でも依然貨幣を商品と考へてゐる。即ち此の際貨幣は必ずし・も素材旧情を弔してゐる必要はないが、併し ある内面的慣情を有してゐて、之が他のすべてノの経臍財と阿山の偶倍決定の法則に綻ふものであると考へる︵職 能僧侶論︶。 飽きに述べた象徴主義が、貨幣といふ象徴を物質化し、即ち貨幣と財産とを混同するの危険を冒したと同じ様 に修正的金属、王墓も貨幣を以て仙定魔の資金屠であるせ考へ込むに至った。そして彼等ば山方でば、貨幣は人々 の手から手へ特撮して行って、駐韓上の交換を媒介するものであると考へ、他方に於いては分菜の軍位として役 立つものであると考へた。例へぼ鋳造は人間を鞄迭すると同時に貨物の運搬をもするが、これと同様に貨幣は交 換手形であると同時に低値尺度であると考へるのである。併し、金屡主義とても貨幣が物の低価を測定するのは 物差で長さを測るのと同じ様な方法でするものではないといふことは充分承知してゐたであらう、けれども、そ れでも憤格は結局貨幣素材の慣倦と此の貨幣によつて購入し得る商品の償借との比較によつて決定されるもので ぁる上考へてしまつた。そこでデイ﹂ルは、﹁生産者は滑費者の購買心をそ1り、そのそゝられた購眉心がどの程 度のものであるかといふことは、生産者が資出した商品に封して消費者が、∵般に愛好されてゐる封象、例へぼ 金をどれ程引渡さうとするかにょって評定することができる﹂といふ。之に劃してはベンデイクセンは、ある別 別肛の買手がその糾肝の償伯を金塊で考へる様な事はどうし東ってあり得ないとの坪山で尿判する。 金屁主義の創始者たる、ナダム芸ミス′、リカアドオ、︰マルクス㍉クエースなどは、上述の如くにして憤備は決