• 検索結果がありません。

ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著 : 『ドイツ伝説集』(1853)試訳(その一)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著 : 『ドイツ伝説集』(1853)試訳(その一)"

Copied!
120
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著

『ドイツ伝説集』試訳(その一)

鈴木

 

滿

 

訳・注

*凡例 1.ルートヴィヒ・ベヒシュタイン編著『ドイツ伝説集』 (一八五三) (略称をDSBとする)の訳・注である本稿 の底本には次の版を使用。 Deutsches Sagenbuch von Ludwig Bechstein. Mit sechzehn Holzschnitten nach Zeichnungen von A. Ehrhardt.

Leipzig, Verlag von Georg Wigand. 1853. ; Reprint. Nabu Press.

初版リプリント。ちなみに一〇〇〇篇の伝説を所収。 2.DSB所載伝説の番号・邦訳題名・原題は分載試訳それぞれの冒頭に記す。 3. ヤ ー コ プ と ヴ ィ ル ヘ ル ム の グ リ ム 兄 弟 編 著『 ド イ ツ 伝 説 集 』( 略 称 を D S と す る ) を 参 照 し た 場 合、 次 の 版 を 使用。

(2)

Deutsche Sagen herausgegeben von Brüdern Grimm. Zwei Bände in einem Band. München, Winkler Verlag. 1981.

Vollständige Ausgabe, nach dem Text der dritten Auflage von 1891

. ちなみに五八五篇の伝説を所収。   なお稀にではあるが、DSの英語訳である次の版(略称をGLとする)も参照した。 The German Legends of the Brothers Grimm. Vol.1/2. Edited and translated by Donald Ward. Institute for the

Study of Human Issues. Philadelphia, 1981.

4.DSB所載伝説とDS所載伝説の対応関係については、分載試訳冒頭に記すDSBの番号・邦訳題名・原題の 下に、ほぼ該当するDSの番号・原題を記す。ただし、DSB所載記事の僅かな部分がDS所載伝説に該当する場 合はここには記さず、本文に注番号を附し、 「DS***に詳しい」と注記するに留める。 5.地名、人名の注は文脈理解を目的として記した。史実の地名、人名との食い違いが散見されるが、これらにつ いては殊更言及しないことを基本とする。ただし、注でこれが明白になる分はいたしかたない。 6. 語 ら れ て い る 事 項 を、 日 本 に 生 き る 現 代 人 が 理 解 す る 一 助 と な る か も 知 れ な い、 と、 訳 者 が 判 断 し た 場 合 に は、 些 細 に 亘 り 過 ぎ る 弊 が あ ろ う と も、 あ え て 注 に 記 し た。 こ う し た 注 記 に お け る 訳 者 の 誤 謬 へ の ご 指 摘、 お よ び、このことについても注記が必要、といったご高教を賜ることができれば、まことに幸いである。 7.伝説タイトルのドイツ語綴りは原文のまま。 8.本文および注における〔     〕内は訳者の補足である。

(3)

*本分載試訳(その一)の伝説

ドイツの大河ラインの話

Vom deutschen Rheinstrom.

スイスの民の起源

Des Schweizervolkes Ursprung.

   

*DS514 Auswanderung der Schweizer.

三 聖 ザンクト ガルス Sanct Gallus. 四 聖 ザンクト ガレンの修道士たちが祈りを捧げて 葡 ワ イ ン 萄酒 を授かる

Die St. Galler Mönche erbeten Wein.

五 ダゴバートの 徴 しるし Dagoberts Zeichen.     *DS439 Dagoberts Seele im Schiff. / *DS440 Dagobert und seine Hunde. 六 テ ル 伝 説 Die Tellensage.       *DS298 Die drei Telle. / *DS515 Die Ochsen auf dem Acker zu Melchtal./

*DS516 Der Landvogt im Bad. / *DS517 Der Bund im Rütli. / *DS51

8 Wilhelm Tell. 七 ル ツ ェ ル ン の ホ ル ン と 殺 害 の 夜 Luzerner Hörner und Mordnacht.     *DS519 Der Knabe erzählt ,s

dem Ofen. / *DS520 Der Luzerner Harschhörner.

ホーエンザクスの殿たち

Die Herren von Hohensax.

九 イ ー ダ ・ フ ォ ン ・ デ ア ・ ト ッ ゲ ン ブ ル ク

Ida von der Toggenburg.

 

 

 

*DS513 Idda von Toggenburg.

一〇 ピラトゥスと 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人

Der Pilatus und die Herdmanndli.

   

*DS150 Die Füße der Zwerge.

一一 獣と魚を守る 山 ベ ル ク マ ン ド リ の小人

Die Bergmanndli schützen Heerden und Fische.

    *DS302 Der Gämsjäger. 一二 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れ な す 小 人 の 退 去 Die Herdmanndli ziehen weg.       *DS148 Die Zwerge auf dem Baum. / *DS149

Die Zwerge auf dem Felsstein.

一三 デュルスト Der Dürst.     *DS 172 Der wilde Jäger Hackelberg. / *DS270 Der Türst, das Posterli

(4)

und die Sträggele. / *DS312 Die Tut-Osel. 一四 有 ド ラ ッ ヘ 翼龍 たちと 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼龍 たちの話

Von Drachen und Lindwürmen.

   

*DS217 Der Drache fährt aus.

一五 ヴ ィ ン ケ ル リ ー ト と 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼 龍 Winkelried und der Lindwurm.       *DS218 Winkelried und der Lindwurm. / *DS220 Das Drachenloch. 一六 カステレン 高 ル プ 原牧場 Kastelen Alpe. 一七 お ブリューメリス 花の 高 ル プ 原牧場 Blümelis Alpe.     *DS93 Blümelisalp. 一八 マ ッ タ ー ホ ル ン に 現 れ た 永 遠 の ユ ダ ヤ 人 Der ewige Jude auf dem Matterhorn.     *DS344 Der

Ewige Jude auf dem Matterhorn. / *DS345 Der Kessel mit Butter.

一九 巖 い わ か べ 壁 の聖母

Mutter Gottes am Felsen.

   

*DS348 Das Muttergottesbild am Felsen.

二〇 動 物 た ち の 楽 園 Das Paradies der Thiere.     *DS300 Die Zirbelnüsse. / *DS301 Das Paradies der Tiere. 二一 悪 トイフェルスブリュッケ 魔の橋 Die Teufelsbrücke.     *DS337 Die Teufelsbrücke. 二二 牡 シ ュ テ ィ ー レ ン バ ッ ハ 牛の小川 Der Stierenbach.     *DS143 Der Stierenbach. 二三 よ ベ ッ サ ー シ ュ タ イ ン り良き石 Der Besserstein. 二四 十 ク ロ イ ツ リ ベ ル ク 字架山 Der Kreuzliberg.     *DS340 Der Kreuzliberg. 二五 骰 ヴュルフェルヴィーゼ 子が原 Die Würfelwiese. 二六 バーゼルの時の鐘

Die Basler Uhrglocke.

二七 アウグスト近郊なる 異 ハ イ デ ン ロ ッ ホ 教徒の洞窟 の 蛇 乙 女 Die Schlangenjungfrau im Heidenloch bei August.    

(5)

*DS13 Die Schlangenjungfrau.

二八

ベルンハルト公誓言を守る

Herzog Bernhard hält sein Wort.

二九

忠実なエッカルトの話

Vom treuen Eckart.

三〇

ツェーリンゲン家の起源

Der Zähringer Ursprung.

   

*DS527 Ursprung der Zähringer.

三一 巨 人 の 玩 お も ち ゃ 具 Das Riesenspielzeug.      

*DS17 Das Riesenspielzeug. / *DS325 Die Riesen zu Lichtenberg.

三二 蟇 クレーテン シ ュトゥール 蛙の椅子 Krötenstuhl.     *DS223 Der Krötenstuhl. 三三 粉 挽 ひ き小屋の 熊 く ま Der Mühlenbär. 三四 司 コ ー ル 教座聖堂 王 ケーニヒ Chorkönig. 三五 聖 ザンクト オッティーリア Sankt Ottilia. 三六 父と息子

Vater und Sohn.

三七 大聖堂の時計 Die Münster-Uhr. 三八 シュトラースブルクの射撃祭とチューリヒの 粥 か ゆ

Straßburger Schießen und Zürcher Brei.

三九

ブレッテンの小犬

Das Hündchen von Bretten.

   

*DS96 Das Hündlein von Bretta.

四〇 トリフェルス Trifels. 四一 カイザースラウテルンの 赤 デア・ロートバルト 髭 Der Rotbart zu Kaiserslautern.       *DS296 Kaiser Friedrich zu Kaiserslautern. 四二 舟に乗る修道士たち

Die schiffenden Mönche.

   

*DS276 Die überschiffenden Mönche.

四三

シュヴァーベン

鉢 シ

ュッセル

(6)

四四

シュパイアーの弔鐘

Die Todtenglocken zu Speier.

四五

ヴォルムスのユダヤ人たち

Die Juden in Worms.

四六

ダールベルク一族の話

Von den Dahlbergen.

四七 ヴォルムスの象徴   Wormser Wahrzeichen. 四八 ラインの王女

Die Königstochter vom Rhein.

四九 オッペンハイム近郊の ス シ ュ ヴ ェ ー デ ン ゾ イ レ ウェーデン柱

Schwedensäule bei Oppenheim.

五〇 ジーゲンハイム Siegenheim. 五一 イ イ ェ ッ テ ン ・ ビ ュ ー エ ル ェ ッ テ の 丘 と 王 ケーニヒス シ ュトゥール の 椅 子

Jetten-Bühel und Königsstuhl.

 

 

 

*DS139 Der Jettenbühel zu Heidelberg.

五二 聖 ザンクト カタリーナの手袋 St. Katharinen ,s Handschuh. 五三 ローデンシュタインの進発

Des Rodensteiners Auszug.

   

*DS170 Rodensteins Auszug.

五四

エーギンハルトとエマ

Eginhart und Emma.

   

*DS457 Eginhart und Emma.

五五 ヴィンデック一族 Die Windecker. 五六 ロルシュのタッシロ Thassilo in Lorsch. 五七 鬼 ヘーアヴィッ シ ュ 火 Der Heerwisch.     *DS277 Der Irrwisch. 五八 草地の乙女とくしゃみ Die Wiesenjungfrau und das Nießen.     *DS224 Die Wiesenjungfrau. /  

*DS225 Das Niesen im Wasser.

五九

沈んだ修道院

Das versunkene Kloster.

六〇 フランケンシュタインの 無 リ ン ト ヴ ル ム 翼龍 Der Lindwurm auf Frankenstein.       *DS219 Der Lindwurm am

(7)
(8)

  ドイツの大河ラインの話   聖なる川の幾多もが流れ出ずるは天の山並み──太古の神神の歌謡エッダはそう歌っている。ライン、祖国ドイ ツ の 聖 な る 大 河 も 神 の 山( 聖 ザンクト ゴ ッ ト ハ ル ト ) に 源 を 発 し、 数 数 の 氷 の 宮 殿 の 中 か ら、 ア ル プ ス の 懐 の 中 か ら 迸 ほとばし り 下 る。 こ れ は 祝 福 の 河 で あ る。 こ の 河 に つ い て は 古 い に し え び と 人 ら も 既 に い わ く「 ド ナ ウ は あ ら ゆ る 川 の 妻。 さ れ ど、 毅 き 然 ぜ ん と し て そ の 夫 と 名 乗 り 得 る は ラ イ ン な ん め り 」 と。 ─ ─ そ し て 大 河 の 畔 ほとり に 蟠 ば ん き ょ 踞 し て い た 原 住 民 た ち は そ の 流 れ をしかく不可思議なものと 畏 い け い 敬 したので、実の子か不義の子かを吟味するために 嬰 え い じ 児 を水に 委 ゆ だ ねた。その生まれが し か る べ き 子 な ら 大 河 の 流 れ は 優 し く 岸 辺 に 運 ん だ が、 法 に 叶 か な わ ぬ 子 で あ れ ば、 河 は 怒 れ る 復 ふ く し ゅ う し ゃ 讐 者 に し て 不 正 の 審判者たる荒波と激しい渦を起こし、沈め、溺れさせるのだった。聖なる大河にその最も大切なものや 駒 こ ま を 生 い け 贄 に え に した民たちもあった。 高 ホ ー エ ン 地 ラエティア のアルプスの峡谷を通り抜け、 潑 は つ ら つ 溂 とした激しさで、ラインは何者にも束縛 されずにのびのびと奔出する。その周囲に住むのは自由 不 ふ き 羈 の山の民である。彼らは重くのしかかる苛酷な負担の 桎 し っ こ く 梏 を 昔 日 打 ち 壊 し た。 か つ て ベ ー レ ン ブ ル ク の あ る 城 代 は 農 民 た ち に 豚 ど も と 一 緒 に 秣 まぐさ 桶 か ら 食 べ る よ う 強 い たし、またファルビュンのある城代は穀物の生えている農民の耕地に草 食 は む畜群を追い込んだ。更にまた何人もが そ の 他 も ろ も ろ の 悪 あ く ら つ 辣 な 所 業 を 働 い た の だ っ た。 そ こ で 高 ホ ー エ ン 地 ラ エ テ ィ ア の 男 た ち、 灰 グ ラ ウ 色 髯 ひ げ の 老 人 ら は 寄 り 集 い、 灰 グ ラ ウ 色 のアルプスの下で 灰 グ ラ ウ 色 の夜に方策を凝らした。トヴァノサから遠からぬ、周りを 巖 い わ で囲まれたとある牧草地の 巖 の 裂 け 目 に は、 村 村 の 最 年 長 者 で あ る 老 人 ら〔 = 灰 グ ラ ウ 色 の 人 た ち 〕 が 弁 当 袋 を 吊 し た 掛 け 釘 が い ま だ に 見 つ か る、 とか。ついで彼らはブルンスの聖女アンナ礼拝堂の前の大きな 科 リ ン デ の木 の下で、長老たちの 慣 な ら わしに従い、野天で集 会を開き、誓いを交わして 同 ブ ン ト 盟 を結成した。この 同 ブ ン ト 盟 にちなんでこの古い地方に新しい名が付けられた。すなわち (   ) 1 (   ) 2 (   ) 3 (   ) 4 (   ) 5

(9)

灰 グ ラ ウ ビ ュ ン デ ン 色同盟 なる名である。山山と谷谷が存在する限りこの 同 ブ ン ト 盟 を存続させよう、とて。──ところで、ラインの流れ を、 ひ ょ ろ 長 い 坊 プ フ ァ ッ フ ェ ン ガ ッ セ さ ん 小 路 だ、 と 揶 や ゆ 揄 し た の は 皇 帝 マ ク シ ミ リ ア ン で あ る。 河 畔 に 夥 おびただ し い、 そ し て 世 に も 名 高 い 司 教 管 区 や 大 司 教 管 区 が あ っ た か ら で。 彼 の 言 い 種 ぐ さ に よ れ ば、 「 ク ー ル は 一 番 上 か み て 手 の ご 本 ほ ん ざ ん 山 、 コ ン ス タ ン ツ は 一 番 大 き な ご 本 山、 し て バ ー ゼ ル は 一 番 陽 気 な、 シ ュ ト ラ ー ス ブ ル ク は 一 番 お 上 品 な、 シ ュ パ イ ア ー は 一 番 敬 け い け ん 虔 な、 ヴォルムスは一番貧乏な、マインツは一番畏敬すべき、そしてケルンは一番金持ちのご本山」とのこと。   スイスの民の起源   昔、いまだスイス の地に人が住むことなく、耕作がされることもなかった頃、東・西フリースラントとスウェー デンの地に 逞 たくま しくかつ 夥 おびただ しい民がたむろしていた。 そしてこの民に大いなる 飢 き き ん 饉 と忌まわしい窮乏が襲い掛かっ た。そこで各市町村は、自分らのところには人間が多過ぎるのだから、毎月一群の民がよそへ出て行くべきだ、そ れは 籤 く じ で選ぶことにする、と決定した。籤に 中 あ たった者は去らねばならない、さもなければ死刑にする、身分が高 かろうと低かろうと、女であろうと子どもであろうと、と。これが実行されても依然として効果が見えず、窮乏に 歯止めが掛からなかったので、更に、毎週十人に一人が籤引きで退去を命ぜられることになった。この結果六千人 のスウェーデン人が出発、千二百人のフリースラント人がこれに同行、何人もの頭領が任命された。その名はこう だった 。スイター、スヴァイおよびヨジウス、更にはまたネスティウス、ルモ、そしてラディスラウス。彼らは舟 に分乗してラインを 遡 そ こ う 航 、途中少なからぬ闘いを切り抜けた。遂に彼らはある土地に到達、そこはブロッヘン 山 ゲ ビ ル ゲ 地 あ る い は ブ ロ ッ ケ ン 山 ゲ ビ ル ゲ 地 ( ハ ル ツ 森 ヴァルト に も ブ ロ ッ ケ ン 山 ベルク な る 場 所 が あ る が ) と い う と こ ろ だ っ た。 同 地 で 神 は 喜 (   ) 6 (   ) 7 (   ) 8

(10)

び と 安 ら ぎ を 恵 み た ま い、 一 同 は こ こ を 開 墾 し、 耕 地 を 分 配、 営 営 と 働 い た。 一 部 の 者 は ブ リ ュ ニ ク( ブ ル ネ ッ ク)に、またある者たちはアーレ川沿岸に移った。ハスレの町(現在はデンマーク領)から出立したスウェーデン 人の一部はハスリを建設、そこに彼らの頭領ハシウスに従って住みついた。ネスティウスは城塞ネスティをマイリ ンゲンの近くに建設、そこに居住。スヴァイとスイターはスイスとその地の民に総称を与えた。彼らはベルンの地 もを獲得、 信 ま こ と 実 ある、温順な民となった。麻布の衣服を 纏 ま と い、肉と乳と 乾 チ ー ズ 酪 とで身を養った。なにしろ果樹は当時 まだこの地には多くなかったからである。彼らは巨人のように逞しい人人だった。力に満ちており、森を開墾する こ と な ど 提 ヴ ァ イ オ リ ン 琴 弾 き が そ の 楽 器 の 弓 を 扱 う の と 同 様 や す や す と だ っ た。 こ う し た こ と ど も に つ い て は い ま だ に 古 い 唄 が 歌 わ れ て い る。 す な わ ち、 彼 ら の 一 部 が 頭 領 ラ デ ィ ス ラ ウ ス と ス イ タ ー に 率 い ら れ て ロ ー マ に 向 か い、 闖 ち ん に ゅ う 入 してきた異教の民相手の戦いでローマ皇帝を勇猛果敢に救援したしだい、二人の頭領が皇帝から軍旗── 鷲 わ し と 熊 く ま た ち、 赤 十 字、 そ し て 冠 を 戴 く 尾 お じ ろ 白 鷲 の 上 に 白 十 字 ─ ─ を 授 与 さ れ、 や が て こ れ ら の 軍 旗 を 新 し い 故 郷 へ と 運 ん で 行ったしだいを。アルプスの牧人たちは彼らの住みなす山並みで今も変わらず語り合っている。自分らの先祖がい かにこの国を移り動いたかを、そして、山並みに 棲 す みついたのは 谷 た に び と 人 たちの居住よりも早い時期なることを。彼ら によれば、後世の、より若い世代の者たちがようやく谷底を耕作するようになったのであって、これはほかの山国 でも同様だった、ということである。

(11)

  ザンクト ガルス   もう早い時期にキリスト教はラエティアの山並みにまで達した。その名をルディウスと唱えるブリタニアのさる 王子が海を渡って来て、初めてこの国に福音を伝えた、という話である。グラウビュンデンとファドゥーツ領(リ ヒテンシュタイン公国)との間の峠の 隘 あ い ろ 路 はこの王子の名にちなんで ル ル ー デ ィ エ ン シ ュ タ イ ク ディウスの山道 と呼ばれている。次いでラ エ テ ィ ア と ヘ ル ウ ェ テ ィ ア の 使 徒 た る 聖 ザンクト ガ ル ス と そ の 同 伴 者 マ ン ゴ ル ト お よ び ジ ー ク ベ ル ト ─ ─ 前 者 マ ン ゴ ル ト は ス コ ッ ト ラ ン ド の あ る 王 の 子 息 ─ ─ が 聖 ザンクト コ ル ン バ ヌ ス と と も に ボ ー デ ン 湖 畔 に 来 て、 数 数 の 偶 像 を 破 壊 し、 異 教 を 粉 砕 し た。 一 同 は 敬 け い け ん 虔 な 隠 者 と し て 小 屋 に 住 み、 病 者 を 癒 い や し、 福 音 を 説 い た。 グ ン ツ ォ な る ア レ マ ン 族 の 〔 部 族 〕 公 が 当 時 イ ブ リ ン ガ と い っ て い た ユ ー バ ー リ ン ゲ ン に 住 ん で い た。 そ の 息 女 が 重 病 に な っ た。 聖 ザンクト ガ ル ス は こ の 姫 を 癒 や し た。 そ の 礼 と し て グ ン ツ ォ は 聖 ザンクト ガ ル ス と そ の 同 伴 者 た ち に 広 大 な 森 林 山 地 を 贈 り、 そ の 所 有 地 とした。ここで彼らはそれまでよりも豊かに耕作ができるようになった。この最初の入植地がのちにあれほど名高 く 素 晴 ら し く な っ た 聖 ザンクト ガ レ ン 修 道 院 の 源 で あ る。 こ の 修 道 院 は 一 つ の 町 と 一 つ の 地 方 全 体 に そ の 名 を 与 え た と い う わ け。 け れ ど も、 聖 ザンクト ガ ル ス は、 ま だ こ の 現 う つ し 世 よ で の 生 活 を 送 っ て い た 時、 た え ず 隠 者 暮 ら し で 過 ご し た わ け で はなく、ジター川に沿って高地へ高地へと登って行き、適当な場所に新たな 庵 あ ん し つ 室 を結び、牧人の民を 教 き ょ う げ 化 した。こ うした 庵 ツ ェ レ 室 を牧人たちは 修 ア プ テ ン ツ ェ レ 道院長の庵室 と呼んだ。それがアペンツェルという名の由来である。牧人の民は進んで キ リ ス ト 教 を 受 け 入 れ た が、 後 代 こ の 強 大 な 修 道 院 が 彼 ら の 自 由 を 脅 か す よ う に な る と、 闘 い の た め に 蹶 け っ き 起 し た。 聖 ザンクト ガ レ ン の 修 道 院 長 は オ ー ス ト リ ア に 救 い を 求 め た。 し か し、 高 地 の 堅 固 な 城 塞 ヴ ェ ル ベ ン ベ ル ク に 居 を 構 え る 高貴な伯爵の子息ルードルフ・フォン・ヴェルベンベルクが、アペンツェル地方の牧人たちに味方し、彼らを率い

(12)

て 聖 ザンクト ガ レ ン 修 道 院 と の 戦 闘 に 入 っ た。 シ ュ ト ー ス 川 の 畔 ほとり で 壮 絶 な 会 戦 が 行 わ れ、 長 い こ と 勝 利 は ど ち ら の も の とも決着がつかずにいたところ、 突如山を越えて膨大な数の 軍 ぐんぴょう 兵 が牧人たちの救援に駆けつけた。──アペンツェ ル軍の敵方はこれを目にすると、 蒼 そ う こ う 惶 として戦場から逃走した。さりながら、このように出現し、その姿を遠望さ せることによって敵勢を追い散らしたのは、決して戦士などではなく、男の装いをした牧人たちの妻や娘らだった の だ。 そ れ 以 来、 ち っ ぽ け な ア ペ ン ツ ェ ル 地 方 は 聖 ザンクト ガ レ ン 修 道 院 領 の 真 っ 只 中 に あ っ て 自 主 独 立 を 維 持、 自 治 を 行った。

(13)
(14)

  ザンクト ガレンの修道士たちが祈りを捧げて ワ イ ン 萄酒 を授かった話   な く て は な ら ぬ 葡 ワ イ ン 萄 酒 に 関 し て か の 堂 堂 た る 聖 ザンクト ガ レ ン 修 道 院 に 重 大 な 懸 念 が 生 じ た こ と が あ る。 折 し も 旱 か ん ば つ 魃 の 年となり、その上これまで長年の間補充も一向はかばかしくなく、さしも広大な修道院の酒蔵に貯えられているの は あ と 僅 か オ ー ム 入 り 樽 た る が 二 つ と い う て い た ら く と あ い な っ た。 こ れ で は お そ ら く ど う し た っ て 足 り っ こ な い し、 そうなったら 敬 け い け ん 虔 な神父たちに、 葡 ワ イ ン 萄酒 が欠乏するというまっこと恐るべき時節が到来したことであろう。そこで 神 は、 一 人 の 信 仰 篤 あ つ く か つ 聖 な る 御 仁、 古 き 都 市 ア ウ ク ス ブ ル ク の 司 教 た る ア ー ダ ル リ ヒ の 心 に 働 き 掛 け ら れ た。 か く し て 司 教 は こ れ ま た 同 様 信 仰 篤 い 聖 ザンクト ガ レ ン の 神 父 た ち の た め シ ュ テ ュ ッ ク 樽 ま る ま る 一 杯 の 葡 ワ イ ン 萄 酒 を そ の 修 道院に贈呈した。ところが、 樽が途中ラインで溺れてしまった、 との知らせが 聖 ザンクト ガレン修道院に 齎 もたら された。ボー デン 湖 ゼ ー の近くで河に架かった急勾配の橋の上で御者が 輓 ば ん ば 馬 をあまりにもきつく駆り立てたので、荷車の車軸が折れ て、 樽 が 渦 の 中 に 転 落 し た、 と い う の で あ る。 い や は や、 な ん と も 一 大 事。 修 道 院 長 は 時 を 移 さ ず 修 士 会 を 招 集、 ほ ど な く 十 字 架 と 幾 旒 りゅう も の 教 会 旗、 そ れ か ら 聖 人 画 の 数 数 を 掲 げ た 行 列 が 聖 ザンクト ガ レ ン 修 道 院 か ら し ず し ず と ま か り 下 り、 渦 の 傍 ら で 聖 歌 を 歌 い、 祈 り を 捧 げ、 跪 ひざまず い た。 僧 院 の 酒 蔵 管 理 係 が 何 人 か で、 幸 い に も ま だ 壊 れ ず に、 渦の中でぴょこぴょこ跳ね回っていたその樽を、綱を投げて 捉 と ら えようとした。渦がなかろうものなら、シュテュッ ク樽はとっくにボーデン湖へと流されてしまったことだろうが、そこにちゃんと見えていたわけだ。渦というもの はときどきそうした役に立つ。少なからぬ苦労をしたあげく、聖人様がたの祈りと執り成しのもと、シュテュック 樽 は 首 尾 良 く 岸 辺 に 引 き 寄 せ ら れ た。 そ し て 今 度 は 花 は な 環 わ で 飾 ら れ、 意 気 揚 揚 と 修 道 院 へ 運 ば れ て 行 き、 そ こ で 「 主 テ ー ・ デ ウ ム ・ ラ ウ ダ ー ム ス なる神よ、我ら汝を讃えん 」 の聖歌と数多くの神への献酒で感謝祭が祝われた。 (   ) 9 (   ) 11 (   ) 11

(15)

  こ れ は ま こ と 本 当 に 起 こ っ た こ と で あ る。 け れ ど も 聖 ザンクト ガ レ ン の 修 道 院 長 と 皇 帝 の 三 つ の 質 問 に 関 す る「 世 に も おどけた 小 こ ば な し 噺 」 は決してここが舞台ではなく、アルテングラントのケンテルブリー修道院長に 纏 ま つ わるもので、文人 の口を通じてドイツの地に広まったに過ぎない。   ダゴバートの しるし   昔フランク王国にダゴバート なる王があった。クロタールの子息でアウストラシアの君主だった。ダゴバートの 事績については今もなお数多くの語り 種 ぐ さ が伝説となって生きている。 ザクセン族に対して何度か大規模な 戦 いくさ を行っ た が、 そ の 折 も 公 正 か つ 寛 大 だ っ た。 動 物 を 相 手 に し て す ら 情 が 深 く、 彼 に つ い て こ ん な 諺 ことわざ が 民 衆 の 間 に 広 ま っ た。 「 食 事 を 済 ま せ た ダ ゴ バ ー ト 王 は 飼 い 犬 た ち に も 餌 を や る 」 と。 別 の 話 だ が、 臨 終 の 床 で 王 は 飼 い 犬 た ち に 向 か っ て こ う 言 っ た、 と の 噂 が あ る。 「 良 い 犬 ど も だ、 お ま え た ち は。 し た が、 人 生 に は 見 捨 て た り、 別 れ た り し て は な ら ぬ ほ ど 良 い 仲 間 な ど お り は せ ぬ 」 と。 執 り 行 っ た 遠 征 の 数 数 で 王 は ス イ ス の ア ル プ ス 地 方 に ま で 到 達 し た。 そして特にライン 河 タ ー ル 谷 と呼ばれている地域まで来ると、そこの谷の 巖 い わ い わ 巖 に大きな半月の形を刻み込ませ、彼の領国 の境界の 徴 しるし とした。   良 き 王 ダ ゴ バ ー ト が 死 に 至 っ た 時、 悪 魔 が 王 の 魂 を 引 っ 摑 つ か み、 一 隻 の 船 の 上 へ 連 れ て 行 き、 彼 を 乗 せ て 出 帆 し た。これは 主 し ゅ なる神が定めたもうたことだった。王はまだ浄められておらず、もろもろの罪から救われていなかっ たからである。けれどもダゴバート王は聖者ディオニュシウスを友としていた。こよない愛犬たちのお 蔭 か げ でかつて 王はこの聖者の遺骨を見つけ出し、聖者を常に極めて高く尊崇していた。お返しに聖者もまた絶えず王を 庇 か ば い護っ (   ) 12 (   ) 13

(16)

た の で あ る。 そ こ で、 ダ ゴ バ ー ト が 物 故 す る と、 聖 者 は 主 な る 神 に、 王 の 魂 を 救 っ て も よ い、 と の お 許 し を 願 い、 これが 嘉 か の う 納 されると、他の聖人がたと天使たちと連れだって、悪魔がダゴバートの魂と一緒にいる海原のかの船へ と向かった。船上で天使、聖人側と悪魔どもとの間に王の魂をめぐって苛烈な闘いが始まり、前者が勝利者として 留 と ど まった。かくしてただちに天使たちはダゴバートの魂を 久 く お ん 遠 の恩寵の懐へと運び、一方聖人がたは天国へと戻っ て行った。   テル伝説   ス イ ス 国 の 歌 謡 と 年 代 記 は か の テ ル を 苛 酷 な 圧 政 か ら の 解 放 者、 ス イ ス 人 の 自 由 の 創 始 者 と し て 誉 め 讃 え て い る。そして彼の名声はあらゆる地方に響き渡り、 永 と こ し え 久 に生き続け、消え去ることはない。   オ ー ス ト リ ア の ア ル ブ レ ヒ ト 皇 帝 が 治 め て い た 時 代 の こ と で あ る。 彼 は 厳 し く か つ 激 し い 気 性 の 支 配 者 で あ り、 その領国を増やそう、と試み、スイスの土地の都市や町、城塞を数多く購入、これらにアルブレヒトの名の下で統 治 す る 代 官 を 置 い た。 と こ ろ が 三 つ の ス イ ス の 町 と 周 辺 地 方 は オ ー ス ト リ ア 人 と 一 切 関 か か わ り を 持 と う と し な か っ た。そこで皇帝は彼らの 許 も と に二人の高貴な使節、すなわちリヒテンシュタイン殿とオクセンシュタイン殿を派遣し た。 両 人 は こ れ ら の 地 域 の 住 民 に 次 の こ と を 伝 達 し な け れ ば な ら な か っ た。 「 そ な た ら は な ん と し て も オ ー ス ト リ アの 庇 ひ ご 護 下に入らねばならぬ。そうすれば、全世界とも 拮 き っ こ う 抗 し、これをものともしないでおられよう。しかしなが ら、 そ な た ら が こ れ を 肯 がえん ん じ ず、 オ ー ス ト リ ア 人 の 敵 に 回 る と の 意 向 な ら、 オ ー ス ト リ ア 側 か ら 何 も 良 い こ と は 期 待 せ ぬ よ う に 」 と。 け れ ど も シ ュ ヴ ィ ー ツ の 男 た ち は こ う 述 べ た。 「 ご 両 卿、 我 ら、 満 ま ん こ う 腔 の 敬 意 を 捧 げ、 オ ー ス (   ) 14 (   ) 15 (   ) 16 (   ) 17

(17)

トリア家のお為を計らい、またお役に立つにやぶさかではありませぬ。されど我らはいまだかつて一度たりともど こぞの公侯に侵害されたことのない昔ながらの我らの自由を保持する所存」 。──この会談後使節らは急いで出発、 ウ ー リ と ウ ン タ ー ヴ ァ ル デ ン 指 し て ま っ し ぐ ら に 馬 を 駈 か っ た。 そ こ な ら 自 分 た ち は 花 嫁 の ご と く 迎 え ら れ る だ ろ う、と思って。が、とんと当て外れだった。なにしろ、三つの 邦 ほ う はその前に既に同盟を結んでおり、一致団結して 行 動 し よ う、 と 誓 い を 交 わ し て い た か ら で あ る。 三 邦 の 人 人 は こ う も 言 っ た。 「 我 ら が 自 由 は ホ ー エ ン ツ ォ レ ル ン 家の皇帝フリードリヒとハプスブルク家の皇帝ルードルフから特許状で保証されているのだ」とも。かくして両使 節は目的を果たせずに引き揚げたしだい。その後ほどなくオーストリアのアルブレヒトは二人の代官を送った。そ の名はグリスラー及びランデンベルガーといった。二人のうちグリスラーはシュヴィーツとウーリの、一方ランデ ンベルガーはウンターヴァルデンの領地管理官となるよう、しかしながら、当初は優しく穏やかにふるまえ、うま く行けば納得ずくで民の心を動かせるかも知れないから、との命を奉じていた。けれども民は心動かされずじまい だった。すると代官たちは、農民をありとあらゆる塗炭の苦しみに陥れるよう、指令を受けた。これが実行される と、民はアルブレヒトに嘆願の使者たちを送ったが、皇帝は目通りを全く許さなかった。そこで使いの者たちは皇 帝の国政顧問官らの許に行き、穏やかかつ 真 し ん し 摯 に、なにとぞ代官たちの専横搾取を制止し、彼らが新たな前代未聞 の課税で民を抑圧するのを妨げていただきたい、と請願した。しかし国政顧問官らのいわく「あらゆる災厄に責め を負うべきなのはそのほうたち自身である。そのほうたちはなにゆえ我らが主君のご仁慈とご庇護を受けようとし な い の か。 そ う す れ ば、 そ の ほ う た ち は 安 息 と 平 和 を 得 る も の を 」 と。 ─ ─ か く し て 使 節 団 は 絶 望 し て 悄 し ょ う ぜ ん 然 と 帰 郷し、同郷人らに使命が果たせなかったことを伝えた。   そのころウンターヴァルデンについぞ曲がったことをしたためしのないきわめて誠実な男が住んでいた。彼はと

(18)

り わ け ラ ン デ ン ベ ル ガ ー の 憎 し み を 買 っ て い た。 そ の 名 は ハ ル デ 河 畔 の メ ル ヒ 谷 タール の 住 人 ハ イ ン リ ヒ と い っ た。 ザ ルネン城主となっていたランデンベルガーは、 このメルヒ 谷 タール の住人の 牡 お う し 牛 たちを 犁 す き から解き放て 、 との厳命を帯び た家来を一人彼の許に遣わした。家来はただちに言い付けに従い、この男の牡牛たちを犁から外して連れて行こう と し た。 し か し メ ル ヒ 谷 タール の ハ イ ン リ ヒ は 言 っ た。 「 止 め ろ、 わ し の 牡 牛 た ち は 手 放 さ な い ぞ。 こ の わ し が 罰 せ ら れ る よ う な こ と を し た の で あ れ ば、 法 廷 に 召 喚 し て 裁 く べ き だ 」。 ─ ─ 家 来 が 言 う よ う「 百 姓、 お れ が す る こ と は ご 主 人 の お 指 図 な の だ。 そ の 理 由 は ご 主 人 自 身 に 問 う が よ い。 お ま え た ち 百 姓 は 充 分 自 分 で 牡 牛 に な れ る で は な い か 。 自分で犁を 牽 ひ けばよいわさ」 。 ──こうした無礼な言い 種 ぐ さ を聞いた老人の息子でアルノルトという青年はすぐさ ま 棍 こ ん ぼ う 棒 を手に取り、ランデンベルガーの家来の指を一本へし折ったので、こちらは牡牛の解き放ちができなくなっ た。 家 来 は 逃 れ 去 っ て こ の 行 為 を 代 官 に 告 げ、 一 方 メ ル ヒ 谷 タール の ア ル ノ ル ト 青 年 は ウ ー リ 目 指 し て 落 ち 延 び た。 ラ ン デ ン ベ ル ガ ー は す ぐ さ ま メ ル ヒ 谷 タール の ハ イ ン リ ヒ を 自 分 の 許 に 連 行 さ せ、 こ の 老 人 の 息 子 が ど こ に 身 を 寄 せ て い る の か 訊 き き だ そ う と し た。 息 子 が ど こ に 隠 れ て い る の か、 老 人 に 答 え る つ も り が な か っ た の か、 そ れ と も 知 ら な かったのか、ランデンベルガーは老人の両の目を 抉 え ぐ り取り、その土地を没収、不幸のどん底に突き落とした。ラン デンベルガーはロスベルク城に管理官 を置いていた。その名はフォン・ヴォルフェンといったが、この男も迫害者 の一人だった。フォン・ヴォルフェンはバウムガルテンのコンラートの住まいにやって来た。ところで 遇 あ ったのは ──実は百も承知の上だったのだが──主人ではなく、こやつがかねてから殊の外情欲を燃やしていたその温良で 美貌の妻の方だったのである。で、馬から下りながらこの女性に声を掛け、 浴 ー バ ー 用の大桶 を探して風呂の仕度をして くれ、馬で強行軍したので暑くてたまらない、と言った。さて、こうして風呂に入ると、女性を手招きして、一緒 に入浴するよう誘った。こちらはそれに 靡 な び く 風 ふ ぜ い 情 を見せ、その前に 下 ス カ ー ト 裳 を部屋の外で脱いでくる、と称して、相手 (   ) 18 (   ) 19 (   ) 21

(19)

を 桶 お け の中に坐らせたまま、すぐさま夫が木を 伐 き っている近くの森へ走った。亭主はちょうど仕事じまいをしたとこ ろ で、 斧 お の を 提 げ て 向 こ う か ら や っ て 来 た。 そ し て 妻 の 危 急 の 訴 え を 聞 く と、 「 風 呂 に 浸 つ か っ て い る や つ の た め に 風 呂を祝福してやろう 」と言い──近道を取り──女房を待ち焦がれてまだ浴槽の中にいたヴォルフェンの脳天目掛 けて斧を振り下ろしたので、頭は真っ二つになった。   ウ ー リ 駐 在 の 代 官 グ リ ス ラ ー は ア ル ト ブ ル ク を 見 下 ろ す 丘 陵 の 上 に「 ツ ヴ ィ ン グ・ ウ ー リ・ ウ ン タ ー・ デ ィ ー・ シュテゲン」 〔= 「ウーリを叩いて 躾 しつけ しろ」 〕と命名されるはずの城塞を新たに着工、 ますますこの地の民を苦しめ、 挑 発 し 始 め た。 そ し て 己 おのれ が あ ら ゆ る 民 に 憎 ま れ て い る こ と を 知 っ て お り、 自 分 に 対 し す で に 何 か 陰 謀 が 企 ま れ て い る だ ろ う、 と 推 量 し て い た の で、 だ れ も が 通 り 過 ぎ る と あ る 広 場 に 高 い 棹 さ お を 立 て さ せ、 天 辺 に 帽 子 を 一 つ 掲 げ、 こ れ が 代 官 そ の 人 で あ る か の よ う に、 何 な ん ぴ と 人 た り と も 背 を 屈 め 脱 帽 し て、 こ の 帽 子 に 敬 意 を 示 さ ね ば な ら ぬ、 と 命 令、 そ う せ ず に 敬 礼 を 拒 む 者 が な い か ど う か、 ひ そ か に 様 子 を 窺 うかが わ せ た。 そ の 後 彼 は シ ュ ヴ ィ ー ツ に 騎 馬 で 向 か い、途中シュタインを通り掛かった。ここに一人のごく実直な男が住んでおり、名をシュタウフファッハーのヴェ ルナーといった。古い家のあった場所に新宅を建ててまだ間もなかった。さて、代官は馬でこの家の前に通り掛か り、 「 こ の 家 は だ れ の も の だ 」 と 訊 ね た。 シ ュ タ ウ フ フ ァ ッ ハ ー の 男 は、 大 い に 鄭 て い ち ょ う 重 に ふ る ま お う、 と 考 え、 自 分 の 家 だ、 と 言 わ ず、 こ う 返 答 し た も の で あ る。 「 我 が 皇 帝 陛 下 と、 代 官 様、 あ な た 様 の も の で す。 わ た く し は こ れ をあなた様から拝領しておりますので。どうかお入りになりませぬか」と。──ところが代官はシュタウフファッ ハ ー の 男 に 向 か っ て 頭 ご な し に 怒 鳴 り つ け た。 「 余 よ は 当 地 に あ っ て は 皇 帝 の ご 名 代 じ ゃ。 き さ ま、 か よ う な 家 を 建 て る 許 し を 求 め お っ た か。 い い や、 求 め て お ら ぬ わ。 い い か、 余 は そ れ を き さ ま に 禁 ず る ぞ 」。 ─ ─ こ う 言 い 捨 て るなり、 傲 ご う ぜ ん 然 と 駒 こ ま を進めたものである。シュタウフファッハーの男はこう言われてひどく悲しんだ。しかし彼の賢 (   ) 21 (   ) 22

(20)

い妻はこう慰め励ました。この土地のそこかしこでこんな仕打ちが行われているのではないか、と 余 よ そ 所 のお友だち に 訊 き 合 わ せ て ご ら ん な さ い。 そ し て 事 態 が 変 わ る よ う に 皆 さ ん と 相 談 す る の で す よ、 と。 そ こ で シ ュ タ ウ フ ファッハーのヴェルナーはウーリのある友人の許へ出掛けた。その名はヴァルター・フュルストといった。そこで ヴ ェ ル ナ ー は メ ル ヒ 谷 タール の ア ル ノ ル ト に で く わ し た。 ア ル ノ ル ト は ま だ 逃 亡 中 だ っ た の で あ る。 三 人 は 協 議 し て、 更に何人か他の誠実で信頼できる男たちを捜し出し、代官連の圧政に対抗する同盟を結成しよう、と一決した。こ の計画はみごとに成功、秘密の大同盟が生まれた。これには騎士の家柄に属する者たちも数多く加わった。という のも代官連は彼らにも敵対的態度を示し、百姓貴族、乳搾り騎士呼ばわりをしていたからである。次いで同盟の男 たちは仲間内から十二人を頭役に選んだ。頭役たちはとある草原に集まり、自分らの案件を討議した。この草原は フィーアヴァルトシュテッター 湖 ゼ ー 湖畔のリュトリにあるのがそうだ、ということになっている。ウンターヴァルデ ンの衆はこう勧めた。まだ行動に出ないで時節を待つべきだ。ザルネンやロスベルクのような要害堅固な城地を迅 速に占拠するのは難しいからである。これらの城郭を包囲攻撃しようとすれば、皇帝は派兵のための時間稼ぎがで きて、その軍勢は我ら全てを撃滅するだろう。これらの城は計略を用いて手に入れ、武装して抗戦する者以外は一 人 も 殺 さ ず、 他 の 者 た ち に は 自 由 に 退 去 す る こ と を 認 め、 し か る の ち 砦 とりで を 根 こ そ ぎ 破 壊 す る 方 が よ い、 と。 男 た ちがこのように会合し、誓いを立てて大同盟を結成した時、草原から幾つも聖なる泉が湧き出た。   そうこうするうちこんなことが起こった。ウーリのある男でヴィルヘルム・テルなる者が数回うっかり例のグリ スラーの帽子の傍を通りながら、これへの表敬をしなかったのである。このことを告げられた代官が彼を連行させ る と、 テ ル は こ う 言 っ た。 「 わ た し は が さ つ 者 の 上、 こ の 帽 子 が そ ん な に 大 事 な も の と は 思 い ま せ ん で し た。 こ れ までも特別これに気をつけたことはございませんでして」と。──代官はかっとなり、テルの愛児を連れて来させ

(21)

て、 い わ く「 き さ ま は 射 手 だ な。 そ し て 弩 いしゆみ と 箭 や を 所 持 し て お る。 こ の き さ ま の 子 ど も の 頭 か ら 林 り ん ご 檎 を 射 落 と し て みよ」と。──テルは驚愕して言った。 「わたしは射たりはしない。わたしの命を取るがよかろう」 。──「射るの だ、 テル」と代官は叫んだ。 「さもなければ余はきさまの子どもを刺し殺させ、 そのあとできさまもそうさせるぞ」 。 そ こ で テ ル は 胸 の 裡 う ち で、 我 が 手 を 導 き た ま え、 加 え て 我 が 愛 い と し 子 の 頭 こうべ を 護 り た ま え、 と 神 に 祈 っ た。 少 年 は 静 か に落ち着いて立ち、震えもしないでいた。そしてテルは箭を放ち、林檎に命中させた。民衆は高らかに歓呼の声を 挙げ、名射手テルを囲んで 凱 が い か 歌 を奏した。そこでますます憤ったグリスラーは、袖無し上衣の背にもう一本箭を入 れ て い た テ ル に こ う 怒 鳴 り つ け た。 「 き さ ま、 も う 一 本 箭 を 持 っ て お る な。 も し 子 ど も に 中 あ て て し ま っ た ら、 ど う し た か、 申 せ 」。 ─ ─ テ ル は「 こ れ は 射 手 の 慣 な ら わ し で ご ざ い ま す 」 と 答 え た。 ─ ─「 い い や、 そ れ は 逃 げ 口 上 だ、 テル」と代官は応酬。 「腹蔵なく申せ。きさまの命は保証する」 。──「さてさて、どうしてもお知りになりたいな ら 」 と テ ル は 言 っ た。 「 ま た、 わ た し の 命 を 請 け 合 っ て く だ さ る な ら、 そ れ な れ ば お 聴 き あ れ。 わ た し が 子 ど も を 射 て し ま っ た ら、 こ れ な る 箭 が 殿 を 射 外 す こ と は あ り ま せ な ん だ 」。 ─ ─「 い や、 こ こ な 大 悪 党 め が 」 と 代 官 は 叫 ん だ。 「 命 こ そ 保 証 は い た し た れ ど、 体 の 自 由 は 請 け 合 っ て お ら ぬ ぞ。 余 は き さ ま を 日 も 月 も 照 ら し て く れ ぬ と こ ろ へ ぶ ち こ ん で く れ る わ 」。 こ う 言 い 放 つ や い な や、 家 来 た ち に、 テ ル を 縛 いまし め て 自 分 の 舟 に 運 ぶ よ う 命 じ た。 グ リ スラーはこの舟でウルナー 湖 ゼ ー と フィーアヴァルトシュテッター 湖 ゼ ー を渡り、ヴェギスからキュスナハトへ騎馬で行く つ も り だ っ た。 す る と 主 し ゅ な る 神 は 暴 風 と 猛 烈 な 雷 雨 を 起 こ し た も う た の で、 波 浪 が ど ん ど と 舟 に 打 ち 込 ん で 来 た。 舟 ふ な び と 人 らは代官に、テルが舟を操るのに掛けてはこのうえもなく練達であり、まだ助かるものならば彼だけが一同を 救 え る、 と 告 げ た。 そ こ で 代 官 が テ ル の 縄 目 を 解 か せ る と、 テ ル は 逞 たくま し い 両 腕 で 櫂 か い を 漕 こ ぎ、 小 舟 を シ ュ ヴ ィ ー ツ の土地がだらだら下りになっている右手の岸辺に寄せた。そこには平らな 巖 い わ 鼻が湖に突き出していた。テルは自分 (   ) 23

(22)

の弩と箭をさっと 摑 つ か み取るなり不意にこの巖の上へ身を躍らせ、小舟を力一杯突き放し、浪に押し流されるままに し た。 こ れ に び っ く り 仰 天 し た 代 官 と そ の 部 下 た ち を 尻 目 に、 テ ル は 勝 手 知 っ た る 小 径 を 辿 た ど り、 足 早 に 逃 げ 去 っ た。舟に残された者たちがラウペン近傍まで漂って来た時、嵐は収まったが、それでもグリスラーはブルンネンに 舟を着けさせた。湖の猛威に 怯 お び えたからである。テルはといえば、湖周辺の幾つもの峡谷を一望できる高みの山の 小 径 を あ ち こ ち 歩 き 回 り な が ら、 代 官 一 行 が ど こ へ 向 か う か 見 届 け た。 ア ル ト と キ ュ ス ナ ハ ト の 間 は 一 筋 の 狭 い 谷 た に あ い 間 の路となるが、テルはそこで代官を待ち伏せした。そしてこの 隘 あ い ろ 路 を代官が騎馬でやって来ると、例の取って おいた箭で相手を馬から射落とした。さながら猟師が山猫かなにかを木から射落とすように。これをし遂げるとテ ルはそっとそこから姿を消し、夜の闇に紛れてシュヴィーツの邦はシュタインなるかのシュタウフファッハーの男 の家に向かい、それから山並みを抜けてウーリなるヴァルター・フュルストの許に急ぎ、いかなることがいかよう に 行 わ れ た か、 そ し て 今 こ そ 戦 を 始 め て 余 所 者 に 掛 け ら れ た 軛 くびき を か な ぐ り 捨 て る 時 で あ る こ と を、 一 同 に 語 っ た。 新 し い 年 の 到 来 ま で も は や さ し て 間 の な い 頃 の こ と だ っ た。 と い う の も 同 盟 が リ ュ ト リ で 会 合 を 開 い た の が 既 に 冬 ふ ゆ づ き 月 だ ったので。さてまずロスベルク城がウンターヴァルデンの衆によって 謀 は か りごとを用いて占拠され、それから ザ ル ネ ン が 刃 やいば に 血 塗 る こ と な く 落 ち、 代 官 た ち の 部 下 は 全 て 復 ウ ー ア フ ェ ー デ 讐 断 念 誓 約 を 立 て、 二 度 と 再 び ス イ ス の 地 に 足 を 踏 み 入 れ な い、 と 宣 誓 し な け れ ば な ら な か っ た。 次 い で 国 境 い の 向 こ う ま で 護 送 さ れ た の で あ る。 ま だ 竣 し ゅ ん こ う 工 し て いなかったツヴィング・ウーリの城塞は前記二城と同様破却され、ヴェルナー・シュタウフファッハーは湖の中へ 突き出して建てられていたロウヴェルスの城を打ち壊した。   皇 帝 ア ル ブ レ ヒ ト は こ う し た 顛 て ん ま つ 末 に つ い て 逐 一 報 告 を 受 け る と、 激 怒 し、 ス イ ス 人 を 膺 よ う ち ょ う 懲 せ ん も の と 軍 勢 を 編 成した。しかしながらこの行軍の途中、アールガウを抜け、ブルックを目指していた時、実の甥であるシュヴァー (   ) 24

(23)

ベン公ヨーハンによってケーニヒスフェルデンからほど遠からぬところで 弑 しいぎゃく 逆 された 。 かくしてスイス人は平和を 擁護したし、今日に至るまでその自由を保有している。これがスイスの盟約とテルの事績に関する伝説である。後 者は歴史の花冠に一輪の ア ア ル ペ ン ロ ー ゼ ルプス石楠花 の ように編み込まれているに過ぎないが。首尾良い結果に終わった矢の射 撃についての言い伝えはデンマークにもあり、昔の移住者たちが北国からかつて持ち込んだものが装い新たにお目 見えした、ということもあり得ないわけではない。さよう、シュヴィーツの衆、ウンターヴァルデンの衆、それか ら ウ ー リ の 衆 の 同 盟 ─ ─ 次 い で こ れ に チ ュ ー リ ヒ、 ル ツ ェ ル ン、 ツ ー ク、 ク ラ ー ル ス〔 = グ ラ ー ル ス 〕、 フ ラ イ ブ ル ク〔 = フ リ ブ ー ル 〕、 ゾ ロ ト ゥ ル ン が 加 わ り、 最 後 に シ ャ フ ハ ウ ゼ ン と ア ペ ン ツ ェ ル が 続 い た ─ ─ の 最 初 の 三 人 の設立者は昔も今も民衆に三人のテルとして通っている。彼らはキュフホイザーなる皇帝フリードリヒやウンター スベルクなる皇帝カールのごとく、とある 巖 が ん く つ 窟 の中で魔法を掛けられて眠っているのだ。万一祖国スイスが危急に 陥ったら、この三人のテルはその 巖窟 から現れて、再びスイスを解放するであろう。彼らが眠る洞窟へ至る道はだ れも知らない。ただかつて迷子になった 山 や ぎ 羊 を捜していた一人の牧人がたまたまとある洞窟に行き当たり、そこに 三 人 の 男 た ち を 見 つ け た。 す る と 一 人 の テ ル が ま ど ろ み か ら 覚 め、 こ う 訊 ね た。 「 世 間 で は 何 時 だ ね 」 と。 ─ ─ 「真昼 刻 ど き 」と牧人は答えた。 「それではまだ時節ではないな」とテルは言い、横になって再び眠りに落ちた。その後 その洞窟を発見した者はいない。   ルツェルンのホルンと殺害の夜   スイスの民が立ち上がり、抑圧者に対し闘いを挑んだ時、彼らはさまざまな軍用の楽器を用いた。ウーリの衆に (   ) 25 (   ) 26

(24)

はウーリの 牡 お う し 牛 と呼ばれる男がいたが、彼は銀の 箍 た が が付いている巨大な 古 ウ ー ア ホ ル ン 式ホルン を吹奏した。これは歌口に 楔 くさび を 打ち込むと、大酒杯とすることができた。ルツェルンの衆は古代ローマ軍が使ったような青銅のホルンを幾つも用 い、 硬 ハ ル シ ュ 雪 ホルンと称した。これらは、ルツェルンの軍勢がカール〔=シャルルマーニュ〕王とともに、英雄ローラ ント〔=ローラン〕が 殪 た お れたあのロンスヴァル〔=ロンスヴォー〕の会戦で戦った折、王から貸し与えられたもの である。   スイスが蜂起した頃のこと、ルツェルンにはいまだにオーストリア側に好意を抱いている党派があり、彼らは短 上 衣 に 赤 い 袖 を 付 け て お 互 い を 識 別 し た。 こ の 者 た ち は 仕 シ ュ ナ イ ダ ー ツ ン フ ト シ ュ ト ゥ ー ベ 立 職 組 合 集 会 所 の 角 に あ る 大 き な 飛 と び り ょ う 梁 の 下 で 集 会 し、 真夜中頃盟約者団に 与 く み する者全てを不意打ちにし、殺してしまおう、と申し合わせた。物乞いの少年が一人これを 聴いてしまったが、発見され、黙っていないと死ぬことになるぞ、と脅された。そこでやむなく、だれにもこの計 画をしゃべったりしない、と誓いを立てなければならなくなった。少年が 肉 メ ッ ツ ガ ー ツ ン フ ト シ ュ ト ゥ ー ベ 屋組合集会所 に行くと、そこではまだ 数 多 く の 職 人 た ち が 酒 盛 り を し て い た。 そ こ で 少 年 は〔 陶 製 〕 煖 だ ん ろ 炉 〔 の 周 り に 造 り 付 け 〕 の 腰 掛 け に 寝 転 が り、 吐 と い き 息 をつきつき、こう歌った。 聴いてくれろや、煖炉や、煖炉。どしても、おまえに言わねばなんね。 おいら、誓いを立てたでよ、人にゃあだれにもしゃべらねて。 十二時打ったら 傭 よ う へ い 兵 どもがだれかれなしに殺すだよ。 みんなぶっ殺してしまうだよ。

(25)

  杯を挙げていた連中はぴんと聴き耳を立てた。それから一人がすぐさま市庁へ、一人が十二時の鐘を打たないよ うに鐘 撞 つ き男の 許 も と へ、三人目と四人目と五人目は各種 組 ツ ン フ ト 合 に走って、赤外套たち を出し抜いた。その後例の少年の 肖像画が 肉 メ ッ ツ ガ ー ツ ン フ ト シ ュ ト ゥ ー ベ 屋組合集会所 の煖炉の後ろ側に描かれ、長いこと目にすることができた。   ホーエンザクスの殿たち   ア ル ト マ ン ベ ル ク と ホ ー エ ン ゼ ン テ ィ ス の 近 傍 と ラ イ ン 河 タ ー ル 谷 の 間 に ホ ー エ ン ザ ク ス 男 爵 一 族 累 代 の 古 城 が あ る。 男爵の一人ハンス・フィリップは雄雄しい英傑で、ネーデルラント〔=オランダ〕にも出征してかの国の自由のた めに共に剣を執ったし、新教徒であり、あの異端迫害が始まった時ちょうどフランスに居合わせた。パリの血みど ろ の 婚 礼 か ら や っ と の 思 い で 逃 れ た も の で あ る。 こ の ホ ー エ ン ザ ク ス 男 爵 は ス イ ス と シ ュ ヴ ァ ー ベ ン の 宮 ミ ン ネ ゼ ン ガ ー 廷恋愛歌人 が作り、かつ歌った古謡を大層尊び、それらの内でも、ドイツ詩歌の誇りであり、しかしながら今は フランス人の手に落ちているかの貴重な書を所有していた。この書は以前にフランス軍がドイツから 劫 きょうりゃく 掠 したもの だ が、 二 度 と 再 び 返 し て よ こ す こ と は な い。 絶 好 の 機 会 が あ っ た の に、 取 り 戻 そ う と し な か っ た か ら で あ る。 件 くだん の古い歌書を大層尊んでいたホーエンザクス男爵だが、この人を──信教のゆえだ、という者が少なくない──そ の甥ウルリヒ・ゲオルク・フォン・ホーエンザクスが殺害するという事件が起こった。これは一五五九年のことで あ る。 そ の 後 こ の 書 は 不 朽 の 古 き ド イ ツ の 歌 謡 蒐 集 と 共 に プ フ ア ル ツ 選 ク ー ア フ ュ ル ス ト 帝 侯 の 入 手・ 愛 蔵 す る と こ ろ と な っ て ハ イデルベルク行きとなり、この地からやがてフランス軍によって奪い去られたしだい。ところで殺害された男爵の 遺骸には世にも不思議な現象が生じた。ゼンネヴァルトの教会に葬られた際腐敗していなかったのである。これを (   ) 27 (   ) 28

(26)

教 会 周 辺 の 住 民 は 常 な ら ぬ 徴 しるし と 見 な し、 故 人 が 全 く の 新 教 徒 だ っ た に も 関 わ ら ず、 多 分 聖 者 だ っ た に ち が い な い、 と考えた。彼らは先ず遺骸の指を一本、それから更に何本も手に入れた。果ては遺骸全体が持ち去られた。故人の 昔の歌謡蒐集とまさに同じく。ただし異なるのは、ゼンネヴァルトの市民たちがホーエンザクス男爵の遺骸返還の 訴 訟 を 起 こ し た の で、 こ れ を ま た 元 へ 戻 さ ね ば な ら な く な っ た こ と。 今 こ ん に ち 日 で も こ の 町 の 教 会 に は 遺 骸 が 木 み い ら 乃 伊 と なって置かれている。──これより以前やはりこの高貴な一族の男爵が一人ホーエンザクスに住んでいた。彼には ある代物がくっついていた。これはああした 巖 い わ だらけのアルプスの谷谷には珍しくない一件で、この肉体の一部は 男 爵 の 躓 つまず き の 種〔 = 癪 しゃく の 種 〕 だ っ た。 し か し な ん と し て も こ れ を、 聖 書 の 命 ず る よ う に 、 抉 え ぐ り 出 し て 棄 て て し ま えないでいた。さて彼は闘いにおもむき、猛烈な合戦の最中一騎打ちとなり、敵に剣で斬りつけられたので、 頸 く び か ら 鮮 血 が 淋 り ん り 漓 と 迸 ほとばし っ た。 け れ ど も こ の 敵 の 一 撃 は こ よ な く あ り が た い も の だ っ た。 お 蔭 か げ で ホ ー エ ン ザ ク ス 男 爵 の 躓きの種だった肉体の一部が切り飛ばされたのである。──彼の 甲 こうじょうせんしゅ 状腺腫 が 。   イーダ・フォン・デア・トッゲンブルク   ボ ー デ ン 湖 か ら ラ イ ン 上 流 へ と 遡 さかのぼ る と ト ッ ゲ ン ブ ル ク が あ る。 こ れ は そ の 名 を 名 乗 る 伯 爵 た ち の 往 古 の 居 城 で ある。かしこにイーダなる 敬 け い け ん 虔 な伯爵夫人が住んでいた。彼女はキルヒベルクの伯爵の一族の出であった。ある日 のこと、こんな 椿 ち ん じ 事 が起こった。奥方が結婚 指 ゆ び わ 環 を開いた窓辺に置いたところ、陽の光がこれに当たってきらきら 燦 き ら め い た。 一 羽 の 鴉 からす が 指 環 を 見 つ け、 さ あ っ と 翔 と ん で 来 て、 嘴 くちばし に く わ え、 己 おのれ の 巣 へ と 持 ち 去 っ た の で あ る。 伯 爵 の 奥 方 は 指 環 が 失 く な っ た の に 気 づ き は し た も の の、 指 環 の 喪 失 を 告 げ た ら、 気 性 の 激 し い 夫 が さ ぞ 怒 る だ ろ (   ) 29 (   ) 31

(27)

う、と心配して、これを黙っていた。その後しばらくして一人の猟師あるいは従者が森で例の鴉の巣を見つけ、巣 の中に奥方の指環があるのを発見した。この男は、指環がだれのものか知らぬまま、自分の指にそれを 嵌 は め、何の 頓 着 も せ ず 身 に 着 け て い た。 伯 爵 は そ れ を 目 に し、 下 僕 の 指 に あ る の が 自 分 自 身 が 妻 に 与 え た 指 環 だ、 と 分 か っ て、妻が不義を働いた、と思い込んだ。そこですぐさまその罪もない若者を一頭の 悍 か ん ば 馬 の尾に 括 く く りつけ、城門から 下る 巖 い わ だらけの 大 お お て 手 の道を引きずらせて死に至らしめ、これまた同様全く無実である奥方を 居 パ ラ ス 館 の 張り出しから木 の生い繁った谷底へと投げ落とした。しかし天使たちが 無 む く 垢 潔白の 庇 ひ ご し ゃ 護者 となったので、イーダは目には見えぬ何 本もの手にふんわりと支えられ、守ってくれる枝枝の間を抜けて柔らかい苔の上へと着地した。彼女は奇蹟的に助 かったことに熱誠籠めて感謝を捧げると、城を遙か遠く離れて踏み馴らした径もない森林に 彷 さ ま よ 徨 い 入 い った。そこに 枝 を 組 み 合 わ せ て 小 屋 掛 け を し、 隠 者 と な っ て ひ た す ら 祈 祷 三 ざ ん ま い 昧 で 暮 ら し た。 水 が イ ー ダ の 飲 み 物、 森 の 木 の 実、 草 の 実 が イ ー ダ の 食 べ 物 だ っ た。 そ れ か ら ほ ど な く あ る 従 者 が 伯 爵 に 朋 輩 が 鴉 の 巣 の 中 に 指 環 を 見 つ け た 顛 て ん ま つ 末 を 語った。それを聞いた伯爵の魂には自らの行為が重くのしかかったのである。ある時、伯爵に仕える猟師の一人が 道 に 迷 っ て 思 い が け な く か の 人 里 離 れ た 森 の 一 隅 に 行 き 当 た り、 寂 せ き り ょ う 寥 の 中 う ち に 暮 ら す 女 人 イ ー ダ に 巡 り 逢 あ っ た。 急 いでこのことを主君に知らせると、 訊 じ ん も ん 問 もせず判決も下さずに二人の人命を奪った性急な行為をとっくに後悔して いた伯爵は隠者暮らしの妻の 許 も と に 馳 は せつけ、元通り城へ帰って欲しい、と頼み、許してくれるようひたすら懇願し た。 し か し イ ー ダ は 決 し て 心 動 か さ れ な か っ た。 ト ッ ゲ ン ブ ル ク 伯 爵 は 十 字 軍 に 参 加、 ス イ ス 一 円 の 家 け に ん 人 を 呼 集 し、 彼 ら を 率 い て、 己 お の が 所 業 の 懺 ざ ん げ 悔 贖 し ょ く ざ い 罪 の た め 聖 地 で 不 信 の 輩 ともがら と 戦 わ ん も の と、 か の 地 目 指 し て 出 征 し た。 聖 地で伯爵は幾つもの大会戦に身を 挺 て い し、その名を 畏 い ふ 怖 の的とした。──しかしながらその胸の 裡 う ち の強い憧れが繰り 返し繰り返し故郷へと引き戻した。そして伯爵は、イーダが再び自分と添い遂げてくれれば、といまだに念願して (   ) 31

(28)

い る の だ っ た。 彼 は な ぜ な ら 妻 と 再 会 し て 以 来 い ま だ か つ て な か っ た ほ ど 妻 を 愛 す る よ う に な っ て い た か ら で あ る。一年後伯爵は船路を取って故国へ帰還した。が、イーダの消息を 訊 た ず ねると、聞かされたのは、彼女がフィシン ゲ ン の 修 道 院 で 得 と く ど 度 し て 尼 僧 に な り、 そ こ で 静 せ い ひ つ 謐 に し て 清 し ょ う じ ょ う 浄 な る 日 日 を 送 っ て い る、 と い う こ と だ っ た。 す る と 伯 爵 は 騎 士 の 装 具 を 悉 ことごと く か な ぐ り 捨 て、 武 器 武 具 を 居 城 の 礼 拝 堂 に 吊 る し、 貧 寒 た る 隠 者 の 身 な り で フ ィ シ ン ゲ ン へ と 巡 礼 し て 行 き、 修 道 院 の 近 く に と あ る 場 所 を 選 ん で、 そ こ で 暮 ら し、 懺 悔 し、 祈 っ た。 そ の 命 を 終 わ る ま で。 一〇   ピラトゥスと ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人   ス イ ス 全 土 に は、 ベ ル ン の 地、 ル ツ ェ ル ン の 地、 ハ ス リ 谷 タール 、 そ の 他 ほ と ん ど 至 る と こ ろ で 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 や 山 ベ ル ク ガ イ ス ト の 精 ─ ─ こ れらはお互いに似ている点が多い──の伝説が行われている。とりわけしげしげ語られるのは高い山ピラトゥスと い つ も は こ の 山 の 地 下 の 洞 ど う く つ 窟 に 住 ん で い る 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 た ち の 話 で あ る。 こ の 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 た ち は 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れ な す 小 人 と 呼 ば れ て い る。 ピ ラ ト ゥ ス と い う の は、 つ ま り、 ス イ ス の 本 家 本 元 の ブ ロ ッ ホ 山 ベルク な い し ブ ロ ッ ケ ン 山 ベルク の こ と で、 ス イ ス フ ラ ン ス 語ではフラクスモン(モンス・フラクトゥス) 、ラテン語ではモンス・ピレアトゥス 、すなわち 帽 フ ー ト ベ ル ク 子山 と呼ばれる。 土地ではこういうよく知られた言い回しが聞かれるからので。 ピラトゥス、帽子かぶったら、 国中どこでもいい天気。 (   ) 32 (   ) 33 (   ) 34

(29)

  けれども伝説はこんな具合。我らが 主 し ゅ キリストの苦しみと死と復活の後、かのローマの総督ピラトゥス はこの地 に渡来したのだ、と──悪魔がピラトゥスの 亡 な き が ら 骸 を当地へ運んで来たのだ、などとする者さえあるが──。そして ピラトゥスはここの 山 さ ん ろ く 麓 でおどろおどろしい湖を発見した、と。この湖には出入する河川がない。そして底知れぬ 深 さ の た め 黒 く て お ぞ ま し い 外 観 を 呈 し、 不 気 味 な 沼 沢 で あ る。 次 の よ う な 言 い 伝 え が 生 き 長 ら え て い た も の だ。 湖 に 何 か を 投 げ 込 む と、 た ち ど こ ろ に 雹 ひょう と 驟 し ゅ う う 雨 を と も な う 凄 ま じ い 嵐 が 捲 ま き 起 こ る、 と。 な に せ 事 実 洪 水 が ク リ エンスの土地とルツェルンの町を一三三二年と一四七五年に大災厄に陥れたことだし。それゆえかつては 余 よ そ 所 者を 湖に行かせたがらず、石や木切れをそこに投げ込む行為は、体罰および死刑に処する、として禁じられた。ローマ の総督は、良心の咎めに絶えず苦しめられていたので、この湖に身を投じた、ということだ。悪魔が彼を放り込ん だのだ、と語る手合いもいる。さて、 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 だが、彼らはピラトゥスのずっと高みにある、深い、おどろお どろしい洞窟に何層にも何層にもなって住んでいた。人間にごく親切で援助を惜しまず、牧人たちの言い方を借り れ ば ご く「 お も し ょ え 人 ふ と た ち 」 で、 夜 毎 人 間 の 仕 事 を 片 付 け て く れ た も の で あ る。 山 か ら 下 の 谷 谷 に 降 り て 来 て、 せっせと家事やら野良仕事をやってくれた。それも一人の 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 が、下男どもを残らず率いた農場主十人よ りも多量の作業を。けれども 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 が人間の前に姿を現すことはめったになかった。そういう時は長い灰色 の上っ張りを 纏 ま と っていたが、これは足が決して見えないように地面まで垂れ下がっていた。ある牧人の身にこんな ことが起こった。この男は山麓でも斜面の上の方に枝もたわわに実の 生 な る桜の樹を一本持っていた。すると小人た ち が か い が い し く 桜 さ く ら ん ぼ 桃 を も い で は、 後 で 上 等 の 桜 キ ル シ ュ ヴ ァ ッ サ ー 桃 酒 が 醸 造 で き る よ う に、 果 物 用 簀 す の 子 こ の 上 に 並 べ て く れ る のだった。ところで牧人はむらむらと好奇心を起こした。わけても、 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 の足がどんな風になっているの か検分したくてたまらなかったものだから、翌年、実がまた熟した時、そこへ出掛けて行って、樹の周りに灰を 撒 ま (   ) 35 (   ) 36 (   ) 37

(30)

いたのである。 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 はやって来て、せっせと桜桃をもいだ。そこで朝になると牧人は灰の中に小人たちの あ ん よ の 跡 を 見 届 け た わ け。 こ の 足 跡 と き た ら 全 部 が 全 部 鵞 が ち ょ う 鳥 の ち い ち ゃ な 蹼 みずかき の 形 を し て い た。 牧 人 は 大 笑 い す ると、 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 の足がどんな 恰 か っ こ う 好 してるだか分かっただよう、と嬉しがって仲間たちにしゃべりまくった。一 方、小人たちはかんかんに腹を立て、牧人の家をぶち壊し、飼っている家畜の群れを追い散らし、例の桜の樹の枝 を一本また一本と折ってしまった。それからというもの、人間に手を貸すために山から降りて来る者はただの一人 もなく、小人たちは山の上の自分たちの住まいである深い洞窟、 巖 い わ の裂け目に 留 と ど まったきりになった。さて牧人は と申せば、すっかり気が 塞 ふ さ いでしまい、青い顔をして 彷 さ ま よ 徨 い歩いていたが、そう長くは生きなかった。 一一   獣と魚を守る ベ ル ク マ ン ド リ の小人   山 の 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 た ち は ア ル プ ス 羚 か も し か 羊 を 大 事 に し、 可 か わ い 愛 が っ て い る。 彼 ら は 猟 師 ら が 羚 羊 を 殺 す の を よ く 思 っ て い な い。 それゆえこれまでひどい目に 遭 あ った猟師らが少なくない。彼らが好意を寄せている善良な猟師らにはなるほど時時 一頭また一頭と手に入れさせてやることもあるが、それでも 山 ベ ル ク マ ン ド リ の小人 と折り合った数以上撃つことは断じて許され なかった。さもないと、 山 ベ ル ク マ ン ド リ の小人 に 巖 い わ から投げ落とされ、惨めにも命の燈火を吹き消されてしまうのだった。ある 時、 あ ま り に も 高 く 巖 登 り を し た 一 人 の 猟 師 の 前 に 突 然 白 髪 の 山 ベ ル ク マ ン ド リ の 小 人 が 立 ち ふ さ が り、 「 お ま え は ど う し て わ し の 家 畜 を 追 う の か 」 と 怒 っ て 語 り か け た。 ─ ─ 猟 師 は び っ く り 仰 天 し、 「 だ っ て お れ は、 羚 羊 が あ ん た の も の だ な んて、からきし知らなかったんで」と答えた。──山の精の言うよう「毎週おまえの小屋の前にあの角の生えてる 獣 を 一 頭 置 い と い て や る。 が、 そ の 代 わ り 気 を つ け て 他 の は 撃 つ で な い ぞ 」。 ─ ─ こ う し た し だ い で 猟 師 は 毎 週 来 (   ) 38

(31)

る日も来る日も〔塩漬けでない〕新鮮な 焙 あ ぶ り肉にありついた。でもそうした肉を食べても全然嬉しくなかった。彼 は狩りをしたいという気持ちをどうしても抑えることができなくなり、またしても山と森の高みへ登って行き、間 もなく群れの頭領格の牡羚羊を発見、急いで銃を構え、 狙 ね ら って、撃った。──けれど引き金を引いたとたん、背後 の地面の中からあの山の精が出現、下で猟師の両脚をぐいと引っ張ったので、こちらは転落、深い谷底へ 墜 お ちて死 んだ。   マルタースに副代官 が駐在していた。名はハンス・ブーハーといった。この男は、いつか 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れなす小人 に会いた いものだ、と思っていた。熱狂的な釣り好き、狩り好きだったが、その他の点では実直な人間だった。ある日のこ と、ピラトゥスの麓を上へと登って行き、リュームリヒ川に沿って歩きながら、 虹 に じ ま す 鱒 が獲れればなあ、と考えてい る と、 不 意 に 一 人 の 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れ な す 小 人 が 後 ろ か ら 背 中 に 跳 び 乗 り、 も の す ご い 力 で 彼 の 顔 を 小 川 の 中 に 押 し つ け た の で、 溺 れ 死 ぬ に 違 い な い、 と 思 っ た ほ ど だ っ た。 そ う し な が ら 群 ヘ ー ル ド マ ン ド リ れ な す 小 人 は が み が み と こ う 言 っ た。 「 わ し の 可 愛い動物たちの獲り方、狩り方をきさまに教えてくれるわ」と。──帰宅した時、副代官はもう半死半生のていた らくで、 顔色はまるでイーペルンの死神のよう〔=死人のように蒼白〕だった 。そして顔の片側は麻痺してもいた。 彼はもう二度と山で狩りをしたり、魚を釣ったりしなかった。   オ プ ヴ ァ ル デ ン に 歳 を 取 っ た 知 ラ ン ト ア マ ン 事 が い た。 名 は ハ イ ン リ ヒ・ イ ム リ ン と い っ た。 彼 は 自 身 こ ん な こ と を 物 語 っ た。 自 分 は あ る 時 羚 羊 狩 り を し よ う と ピ ラ ト ゥ ス に 登 っ て 行 っ た と こ ろ、 一 人 の 小 ツヴ ェ ル ク マ ン ド リ 人 に 出 く わ し た の だ が、 こ や つ は、 あ ん た、 さ っ さ と 引 き 返 し な、 と 命 じ た の だ、 と。 さ て、 知 ラ ン ト ア マ ン 事 は 逞 たくま し く 恰 か っ ぷ く 幅 の よ い 男 だ っ た か ら、 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 を 嘲 あざけ っ て、 こ う 言 っ た。 「 お い、 お ぬ し は わ し が 何 か す る の を 止 め る だ け の 強 い 力 を 持 っ と る の だ ろ う な 」。 そ の と た ん、 小 ツ ヴ ェ ル ク 人 は 彼 に 跳 び 掛 か り、 巖 に 押 し つ け た。 そ の 重 い こ と と い っ た ら ま る で 馬 さ な が ら、 彼 は 魂 が 体 (   ) 39 (   ) 41 (   ) 41

参照

関連したドキュメント

まい丁

The database accumulates health insurance claims every month and specific health checkup data every year, resulting in one of the most exhaustive healthcare database of a national

日本語で書かれた解説がほとんどないので , 専門用 語の訳出を独自に試みた ( たとえば variety を「多様クラス」と訳したり , subdirect

12) 邦訳は、以下の2冊を参照させていただいた。アンドレ・ブルトン『通底器』豊崎光一訳、

[r]

[r]

1990 年 10 月 3 日、ドイツ連邦共和国(旧西 独)にドイツ民主共和国(旧東独)が編入され ることで、冷戦下で東西に分割されていたドイ

[r]