カール大帝にはエーギンハルトという名の年若な宮廷礼拝堂付き司祭がいたが、これは秘書としても忠実に役目を果たしていた。かの偉大かつ権勢ある皇帝の生涯が記録されたのは彼のお蔭 かげである。この青年は皇帝の息女イマないしエマに焦がれており、あちらも彼を慕っていた。しかし二人は権勢ある支配者カールが自分たちの熱愛に気がつくことを恐れていた。なにしろイマは既にビザンティンの王と婚約していたからである。さて、こんなことが起こった。ある夜エーギンハルトがイマのところに来て、恋を語らっていたところ、とうとう暁を迎えそうになった。ところで、恋人たちが忍び逢 あいをしている間に大雪が降り、エーギンハルトが愛する相手の許 もとから立ち去ろう ( )147
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とした時、この話の舞台、インゲルハイムなる皇帝の城の中庭を突っ切らねばならなかったので、二人はひどく愕 がく
然 ぜんとした。男の足跡が姫の部屋から出ていれば間違いなく秘め事の証 あかしとなるに決まっているからである。そこでイマは策略を一つ案じ出した。帯をぎゅっと締めると、愛 いとしい男を背負い、雪を踏み分けて城の中庭を横切り、安全な場所まで運び、それから自分の踏み跡を注意深く辿 たどって引き返したのである。どこもかしこもしんとして、だれもかれも眠っていた。だが大帝だけはそうではなかった。カールは目覚めていて、自室の窓から城の中庭を見下ろしていた。そして他ならぬ息女に気づいて懊 おうのう悩した──が、黙っていた。さて若い秘書官はというと不安に耐えきれなくなって、皇帝の宮廷を退去しよう、と堅く決心し、主君の前に跪 ひざまずいて、お暇 いとまをたまわりとう存じます、と願った。皇帝がそうした願いの理由を問うと、エーギンハルトは不満を口実とし、わたくしめのご奉公は相応の報酬を戴 いただいておりませぬ、他にいかような申し立てがございましょうや、と答えた。皇帝は若者に対して、すぐに沙 さた汰を下そう、と約束したが、一方審問会を設置、これに最も賢明な相談役らと裁判官たちを招集した。そして彼らに、何が起こったか、何を自分が見届けたかを語って聞かせ、そして、かようにこの身に関わる問題では朕 ちんは裁き手にはなりとうない、として、彼らの助言と意見を求めた。すると相談役らと裁判官たちはほとんど同時に寛容と宥 ゆうじょ恕を勧めた。大王は、心中憤っていたが、結局は一同に賛成せざるを得なくなった。それからカールは自分の書記を呼び出し、こう言った。「そちがもっと早くにそちの不満を朕に打ち明けていたなら、もうとっくにそちの奉公にずっと良く報いていたであろうに。さて、朕はそちに息女イマを妻として与える所存じゃ。あれは帯を高高と締め、自ら進んで雪を踏み分け、そちを運んだのだからのう」。そして姫君を呼び出しに人をやり、頬を真っ赤に染めて参上したイマは、ただちにこよなく愛しい恋人に娶 めあわされた。皇帝は息女夫妻に数数の町、森、耕地をふんだんに下賜し、エーギンハルトを心から大切にした。けれども大帝が薨 こうきょ去すると、エーギンハルトはいとしい ( )149
イマとともに宮廷から去って静 せいひつ謐な暮らしに入りたくてたまらなくなった。カールの子息、ルートヴィヒ敬 けいけん虔王は彼に、オーディンヴァルトの二つの王領の村、ミヒリンシュタットとミューレンハイムを与えた。何年も何年も幸せに過ごしたあと、結ばれた二人の心はしだいに天に向けられた。彼らはミヒリンシュタットをその名も高きロルシュ修道院に寄贈した。この修道院から、後に帝 ライヒスグラーフ国直参伯爵となったエアバッハ献 シェンク酌侍従一族がこれをもらい受けたのである。その後二人は聖職者の生活をした。兄と妹のように結ばれてはいたが。エーギンハルトは僧職叙 じょほん品を受け、上 オーバーミュールハイムに僧房が幾つもある教会を建立、そこへローマから幾 いくはしら柱もの聖人の遺体を取り寄せ、愛するイマが亡くなると、自分が初代院長となった修道院に埋葬した。「そなたが憩 いこい、我らが至福の愛のうちに過ごしたこの場所が至 ゼーリヒ福ならんことを」と彼は信 まこと実を捧げた愛しい人の灰を傍らにしてそう唱えた。そういうしだいでこの村は以後至 ゼーリゲンシュタット福の場所と呼ばれた。
異説もある。カール大帝は愛し合う二人を御前から放逐した。そこで彼らはかの地ゼーリゲンシュタットを取り巻く寂しい森の中でともに暮らしていた。ある時皇帝は狩りの途中ひょっこり二人に再会し、嬉しさからその土地を自身至 ゼーリゲンシュタット福の場所と命名したのだ、と。エーギンハルト修道院長が死去すると、その遺骨はいとしいイマの遺骨と並んで埋葬され、次いで二人が憩う豪 ごうしゃ奢な装飾石棺が造られた。ところで、エアバッハなるエアバッハ伯爵閣下一族はその系譜がかの高貴な夫妻から発しているので、この古い装飾石棺はやんごとない君侯の御 お手から彼らに下し置かれ、この上もなく貴重な昔の遺物として今もなおエアバッハに保存されている。けれどもゼーリゲンシュタットでは、この地の教会を建立した二人の遺骨が入っている壮麗な別の大理石の装飾石棺が、やはりその教会に安置された。こういうわけでエーギンハルトとエマ〔=イマ〕の柩 ひつぎは二つの異なった場所で見られる。しかしながら両者のいずれが本物やら。 ( )151
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五五 ヴィンデック一族 山 ベルクシュトラーセ街道沿いのヴァインハイムの町を見下ろしてヴィンデック城の廃墟が聳 そびえている。これについては幾つもの伝説が語られる。かつて──ヴィンデック城はその頃既に滅びていた──ある大胆不敵な騎士が逃げる牡 ヒルシュ角鹿を狩っていた。牡 ヒルシュ角鹿はまっしぐらに古城の廃墟の真ん中に逃げ込み、見えなくなった。騎士はというと、しんと静まりかえった荒涼とした場所にぽつねんと取り残されたのに気づいた。暑い日だったので、喉 のどが渇いてならなかった。どうやら彼は、ヴィンデックが埋もれた幾つもの酒蔵の中にまだ少なからずけっこうな飲み物を蓄えているのでは、などと思ったのだろう。すると、なんと、真っ白な衣装を纏 まとった乙女が一人、自分の前に立っているではないか。彼女は縁までなみなみと満たされた見事な角型杯を手にしており、それを、召し上がれ、と彼に差し出した。騎士は飲んだ。するとその麗しい乙女から目を背けることができなくなった。しかし相手は酒杯を取り戻すと、姿を消した。それ以来騎士はずっとヴィンデック城の廃墟に呪縛されてしまった。その目、その飲み物で自分に魔法を掛けたあのすばらしい女人がまた姿を現してくれるのではないか、と絶えず憧れながら。けれども騎士がもう一度乙女を目にしたかどうか、だれにも言えはしない。なにせ、とうとう死んでしまってからも、その亡霊が休らうことなく廃墟の中を彷 さまよ徨い歩いたからである。
ヴィンデックの末 まつえい裔の一人の亡霊も、その両腕をシュトラースブルクの方角に恋い慕う様子で差し伸べている姿を、時折このヴィンデックの古城の塔の上で目撃された、ということである。あるシュトラースブルクの女性が彼の妻だったのだが、故郷に惹 ひかれるあまり彼女は彼の腕から去り、かの地の大聖堂でお祈りをし、大聖堂の中で死に、大聖堂の中にその墓がある。彼女を慕って夫の心臓は破れ、夫は死んだのである。 ( )152
ヴィンデック一族という高貴な家系の最後の櫱 ひこばえたちの心臓はこの騎士のそれとは別の作りだった。なんとも言いようのない貪欲こそこの連中の唯一の幸せだった。この兄弟は若くしてただ二人、崩れた城塞で暮らしていた。これを住めるように維持するには金が掛かったことだろうが、兄弟は金をとてつもなく可 かわい愛がっていたので、自分たちの金 かねびつ櫃からとげとげしく邪 よこしまな世間に追い出すなんて思いも寄らなかった。奉公人はお祓 はらい箱になっていた。なにせ召使いなどは物入りである。つまり、食い扶 ぶち持と、かてて加えて給金が必要なのだ。果ては犬猫でさえこの兄弟にとっては、餌代が多過ぎるわい、とあいなった。──それから、四つ脚の家畜を飼うのは費用の嵩 かさむこと、と悟った。ことにろくすっぽ乳も羊毛も採れやせんしなあ、と。それでもこの二人、共有で小さい動物をまだ一つ飼っていた。これは四 しじゅうから十雀──必要なものは大してない──で、彼らは毎日胡 くるみ桃の実を一個やっていたのである。さて、ある時兄弟の一人が夜眠れずにいた。吝 けちん坊という者は眠れない夜には金勘定をするのが常。さてそこで、ヴィンデックの殿は勘定をして、こう集計した。一年は三六五日、まあ三六六日のこともある。そうするとそれだけの胡桃の実は取りも直さず六ショックといくらかになるわけだ。そうして一ショックの胡桃は、山 ベルクシュトラーセ街道沿いのように安値の場合で──他 ほか場所じゃあもっとするなあ──クロイツァー銅貨三枚につくのだから、こりゃあ毎年十八クロイツァーともっとという計算になるわい。一羽の四十雀の値打ちの六倍だて、と。──翌日ヴィンデック殿は弟にこの試算を報告。相手はこれを聞いてびっくり仰天し、しばし物思いに沈み込んだ。やっとのことでいわく「なあ、兄 あにじゃ者、六ショックにゃあ実の入ってないやつもどっさりあるってことを考えにいれると、七ショックと見積もっていい。こんな役立たずの大 おお喰 ぐらいに餌をやって、水をやって、鳥籠 かごを掃除してやるってな骨折り仕事を抜きにしてだぞ」。──「いかにものう、弟」とこちらは溜息を一つついてまた言った。「わしらはこのあほらしい生き物、飼い鳥の四十雀にお人好しにも情を懸けたせいでうかうかと許し難い浪費をしてしもうた。いやもう考え ( )153