広 島 原 爆 戦 災 誌
第 三 巻 目 次 第 2 編 各 説 第 2 章 広 島 市 内 主 要 官 公 庁 ・ 事 業 所 の 被 爆 状 況 1 第 1 節 序 説 1 第 2 節 官 公 庁 1 0 第 1 項 中 国 地 方 総 監 府 1 0 第 2 項 広 島 県 庁 2 0 第 3 項 広 島 県 警 察 部 7 1 ( 1 ) 広 島 県 警 察 部 ( 広 島 県 防 空 本 部 ) 7 1 ( 2 ) 東 警 察 署 ・ 西 警 察 署 ・ 宇 品 警 察 署 ・ 及 び 東 ・ 西 両 消 防 署 1 0 1 第 4 項 広 島 市 役 所 1 2 1 第 5 項 広 島 鉄 道 局 1 8 4 第 6 項 広 島 逓 信 局 関 係 各 機 関 2 1 5 第 7 項 広 島 管 区 気 象 台 2 7 3 第 8 項 広 島 地 方 専 売 局 2 8 5 第 9 項 広 島 財 務 局 及 び 広 島 税 務 署 2 9 1 第 1 0 項 広 島 控 訴 院 3 1 0 第 1 1 項 広 島 控 訴 院 検 事 局 3 1 5 第 1 2 項 広 島 地 方 裁 判 所 ・ 広 島 区 裁 判 所 3 1 9 第 1 3 項 広 島 地 方 裁 判 所 検 事 局 及 び 広 島 区 裁 判 所 検 事 局 3 2 5 第 1 4 項 広 島 刑 務 所 3 4 2 第 3 節 銀 行 ・ 会 社 ・ そ の 他 団 体 3 4 8 ( 銀 行 ) 第 1 項 日 本 銀 行 広 島 支 店 3 4 8 第 2 項 株 式 会 社 芸 備 銀 行 3 5 6 第 3 項 株 式 会 社 日 本 勧 業 銀 行 広 島 支 店 3 6 6 第 4 項 株 式 会 社 日 本 貯 蓄 銀 行 広 島 支 店 3 7 7 第 5 項 株 式 会 社 帝 国 銀 行 広 島 支 店 3 7 9 第 6 項 株 式 会 社 安 田 銀 行 広 島 支 店 3 8 4 第 7 項 株 式 会 社 三 菱 銀 行 広 島 支 店 3 8 8 第 8 項 株 式 会 社 住 友 銀 行 広 島 支 店 3 9 2 第 9 項 株 式 会 社 三 和 銀 行 広 島 支 店 3 9 9 ( 会 社 ・ そ の 他 団 体 ) 第 1 0 項 広 島 中 央 放 送 局 4 0 5 第 1 1 項 合 名 会 社 中 国 新 聞 社 4 2 8 第 1 2 項 広 島 県 食 糧 営 団 4 5 9 第 1 3 項 広 島 電 鉄 株 式 会 社 4 6 1 第 1 4 項 広 島 瓦 斯 株 式 会 社 4 7 5 第 1 5 項 中 国 配 電 株 式 会 社 4 8 4 第 1 6 項 株 式 会 社 福 屋 百 貨 店 5 1 5 第 1 7 項 三 菱 重 工 業 株 式 会 社 広 島 機 械 製 作 所 及 び 広 島 造 船 所 5 0 4 第 1 8 項 東 洋 工 業 株 式 会 社 5 6 4 第 1 9 項 株 式 会 社 日 本 製 鋼 所 広 島 製 作 所 5 7 9第 2 0 項 中 国 塗 料 株 式 会 社 5 8 4 第 2 1 項 藤 野 綿 業 株 式 会 社 5 9 6 第 2 2 項 株 式 会 社 熊 平 製 作 所 6 0 4 主 要 一 覧 表 ・ 記 録 1 、 広 島 市 役 所 関 係 各 施 設 被 害 状 況 表 1 3 0 2 、 8 月 6 日 の 気 象 状 況 ( 広 島 地 方 気 象 台 記 録 ) 2 7 8 第 二 章 広 島 市 内 主 要 官 公 庁 ・ 事 業 所 の 被 爆 状 況 … 1 第 一 節 序 説 … 1 軍 都 広 島 広 島 市 は 、 中 国 ・ 四 国 両 地 方 の 雄 都 と し て 、 明 治 維 新 以 後 、 軍 事 都 市 ・ 経 済 都 市 ・ 教 育 都 市 と い う 多 様 的 な 発 展 を 続 け た 。 な か ん ず く 日 清 ・ 日 露 両 戦 争 以 後 は 、 わ が 国 陸 軍 の 枢 要 な 基 地 と し て 、 そ の 大 役 を 果 し 、 経 済 活 動 も 飛 躍 的 な 隆 盛 を 示 し た 。 都 市 の 発 展 と と も に 、 中 央 の 各 種 行 政 機 関 や 大 企 業 の 出 先 機 関 が 広 島 に 集 中 し 、 同 時 に 、 軍 の 重 要 な 諸 機 関 も 次 々 に 設 置 せ ら れ 、 大 東 亜 戦 争 勃 発 前 後 に は 、 広 島 全 市 が 一 大 軍 事 基 地 に な っ て い た と 言 っ て も 過 言 で は な い 。 防 衛 対 策 す な わ ち 、 広 島 市 の 防 衛 対 策 は 他 都 市 に 比 類 な い ほ ど の 鉄 壁 の 陣 が 敷 か れ 、 軍 の 指 導 に よ り 、 県 ・ 市 両 防 空 本 部 (昭 和 十 六 年 開 設)は 、 各 種 防 空 組 織 の 育 成 強 化 を 積 極 的 に 推 進 し た 。 昭 和 十 八 年 の 夏 、 広 島 市 基 町 の 陸 軍 偕 行 社 の 講 堂 に お い て 、 二 日 間 に わ た り 、 広 島 師 団 司 令 部 が 開 催 し た 防 空 研 究 会 は 、 そ の 間 の 模 様 を 如 実 に 示 す も の で 、 当 時 の 東 消 防 署 署 長 矢 吹 静 男 は 自 著 「 無 限 水 槽 」 に お い て 、 次 の よ う に 語 っ て い る 。 「 街 に は ジ リ ジ リ と 初 夏 の 太 陽 が 照 り つ け 、 葉 桜 の 裏 で は 油 蝉 が 鳴 い て い る 。 玄 関 の 正 面 に は 菊 花 御 紋 章 が 燦 然 と 輝 い て い る が 、 窓 は 高 く て 薄 暗 い 旧 式 の 建 物 、 然 も そ の 中 に は 扇 風 機 一 つ あ る で な し 、 此 処 に 居 る 人 々 は 扇 子 一 本 使 う こ と す ら 許 さ れ な い 。 広 い 板 の 間 の 真 ん 中 に は 、 直 径 一 〇 メ ー ト ル に 近 い 広 島 市 街 の 略 図 が 拡 げ て あ り 、 白 髪 を 交 え て は い る が 身 長 五 尺 八 寸 位 精 悍 そ う な 顔 を し た 一 人 の 中 佐(星 野 防 空 参 謀 )参 謀 肩 章 も い か め し く 、 長 さ 二 間 も あ る 様 な 青 竹 の 鞭 を 携 え て 、 地 図 を 跨 ぎ 睥 睨 し て い る 。 こ れ を 二 重 三 重 に 取 巻 い て 、 赤 青 黒 黄 と り ど り の 襟 章 を 付 け た 部 隊 長 組 、 幅 広 の 肩 章 を 付 け た 警 察 ・ 消 防 署 長 等 の 金 ピ カ 組 、 市 役 所 ・ 鉄 道 ・ 逓 信 ・ 県 庁 等 の 官 公 庁 組 、 警 防 分 団 長 ・ 町 内 会 長 ・ 会 社 ・ 工 場 等 お よ そ 肩 書 ら し い 肩 書 を 持 っ た 者 は 殆 ん ど 全 部 顔 を 揃 え て い る 。 参 会 者 は 皆 そ れ ぞ れ に 戦 闘 帽 と 巻 脚 絆 で 身 を 固 め 、 鉄 兜 を 斜 に 背 負 っ て 物 々 し い 形 を し て い る が 、 い ず れ も 自 信 を 失 っ た 様 な 顔 に 不 安 の 面 を 湛 え て 居 る 。 手 に 持 っ た 書 類 は 、 そ れ ぞ れ 部 下 の 人 が 夜 を 徹 し て 作 成 し て く れ た 各 自 の 防 空 計 画 と そ の 資 料 で あ る 。 背 後 の 一 段 と 高 い 統 監 席 に は 、師 団 長 と 参 謀 長 を 中 心 に 県 知 事 ・ 鉄 道 局 長 ・ 逓 信 局 長 ・ 市 長 等 の 最 高 首 脳 部 が 、各 自 の 指 揮 系 統 に 属 す る 者 共 が 、 ど ん な 計 画 と 秘 策 を 以 っ て 参 謀 の 問 い を さ ば く か を 監 視 し て い る 。(以 下 略 )」 と あ る 。ま さ に 軍 ・ 官 ・ 民 三 者 一 体 の 防 空 態 勢 で あ っ て 、 官 庁 や 会 社 ・ 工 場 の 各 団 体 か ら 一 市 民 に い た る ま で 、 厳 重 な 防 空 訓 練 を 重 ね た の で あ る 。 戦 力 増 強 防 空 対 策 の 進 捗 と 共 に 、 戦 力 増 強 が 計 ら れ 、 各 会 社 ・ 工 場 が す べ て 軍 の 指 揮 下 に 置 か れ た 。 さ き に 日 本 製 鋼 所 広 島 工 場 が 広 島 製 作 所 と 改 称(昭 和 二 十 年 )さ れ 、 全 国 有 数 の 大 兵 器 工 場 に な る と 共 に 、 増 加 一 途 の 戦 傷 病 兵 受 入 れ の た め 、 広 島 赤 十 字 病 院 が 拡 張 改 築(昭 和 十 四 年 )し 、つ づ い て 東 洋 工 業 株 式 会 社 、三 菱 重 工 業 株 式 会 社 広 島 造 船 所 ・ 同 広 島 機 械 製 作 所 な ど 、 各 種 の 会 社 ・ 工 場 が ほ と ん ど 軍 需 工 場 と な っ た 。 軍 に お い て も 、 兵 器 廠 ・ 糧 秣 廠 ・ 被 服 廠 、 及 び 運 輸 部 な ど の 拡 大 強 化 が は か ら れ 、 昭 和 十 八 年 に は 中 国 地 方 軍 需 監 理 部(の ち 中 国 地 方 総 監 府 外 局 )が 置 か れ て 、軍 需 産 業 の 躍 進 が は か ら れ た 。こ れ ら の 軍 需 工 場 や 軍 の 諸 機 関 に は 、昭 和 十 七 年 四 月 に 実 施 さ れ た 徴 用 工 ・ 女 子 挺 身 隊 ・ 動 員 学 徒 な ど が 、 多 数 、 滅 死 奉 公 の 精 神 で そ の 作 業 に 従 事 し た の で あ る 。 本 土 決 戦 態 勢 の 充 実 昭 和 十 七 年 、 陸 軍 運 輸 部 に 作 戦 部 隊 と し て の 陸 軍 船 舶 司 令 部 が 併 設 せ ら れ 、 十 八 年 に は 福 岡 の 西 部 軍 司 令 部 の 下 に
中 国 軍 管 区 司 令 部 が 広 島 に 置 か れ 、 続 い て 二 十 年 四 月 、 本 土 決 戦 に 備 え て 東 京 と 広 島 に 総 軍 司 令 部 が 置 か れ る こ と に な り 、 第 二 総 軍 司 令 部 が 広 島 市 に 設 置 さ れ た 。 行 政 機 関 の 状 況 こ の よ う な 軍 の 本 土 決 戦 態 勢 に 応 じ て 、 中 国 五 県 を 統 轄 す る 中 国 地 方 総 監 府 が 広 島 市 に 置 か れ た 。 こ の 総 監 府 は 中 央 政 府 か ら 広 汎 な 権 限 を 委 譲 さ れ 、 敵 の 攻 撃 に よ り 本 土 が 分 断 さ れ た 場 合 、 自 立 自 戦 を 行 な う た め の 最 高 行 政 機 関 と し て 設 け ら れ た も の で あ る 。 二 十 年 七 月 、広 島 県 庁 も 本 土 決 戦 態 勢 に 沿 う 機 構 の 大 改 革 を 実 施 し 、各 課 の 統 廃 合 が 行 な わ れ た 。ま た 、各 課 と も 、 被 爆 に よ る 全 滅 と い う こ と の 無 い よ う 各 所 に 分 散(分 室 )疎 開 を 行 な っ た 。た だ し 、そ の 性 格 上 、遠 方 疎 開 は で き ず 、お お む ね 市 内 の 建 物 を 利 用 し て い た た め 、 原 子 爆 弾 の 投 下 に よ り 、 壊 滅 状 態 に 陥 っ た の で あ る 。 被 爆 直 後 、 罹 災 者 の 救 援 対 策 、 負 傷 者 の 医 療 救 護 そ の 他 の 行 政 推 進 に は 、 県 下 各 地 方 事 務 所 の 職 員 や 近 県 か ら の 応 援 職 員 が 出 向 し て こ れ に 当 る と い う 状 況 で あ っ た 。 広 島 県 警 察 部 は 、 二 十 年 三 月 ご ろ か ら 、 県 下 の 防 衛 力 を 広 島 市 に 集 中 し て 万 全 を 期 し 、 県 防 空 本 部 (本 部 長 は 知 事 ) は 緻 密 な 防 空 計 画 を 作 成 し て 組 織 的 訓 練 に 励 ん だ が 、 原 子 爆 弾 の 前 に は 何 ら な す と こ ろ な く 壊 滅 し た 。 被 爆 当 日 の 夕 方 、中 国 地 方 総 監 府 服 部 副 総 監・石 原 警 察 部 長 、及 び 備 後 の 出 張 先 か ら 急 ぎ 帰 任 し た 高 野 県 知 事 ら が 、 比 治 山 の 多 聞 院 に 集 合 し て 、 取 り あ え ず こ こ に 仮 県 防 空 本 部 を 開 設 し 、 救 援 対 策 を 打 合 せ た 。 同 日 夜 、 内 務 省 へ 状 況 報 告 を 行 な う と 共 に 、 県 下 の 各 警 察 署 ・ 地 方 事 務 所 を 通 じ て 、 救 援 隊 の 出 動 を 下 命 し た 。 ま た 、 近 県 に 対 し て も 応 援 を 要 請 し た 。 こ れ ら の 連 絡 は 、 安 芸 郡 海 田 市 町 警 察 署 ・ 安 佐 郡 可 部 町 警 察 署 ・ 佐 伯 郡 廿 日 市 警 察 署 、 遠 隔 地 へ は 安 佐 郡 祇 園 町 原 に あ っ た 原 放 送 所 及 び 、 宇 品 の 船 舶 司 令 部 の 通 信 班 な ど か ら 行 な わ れ た 。 こ の 救 援 隊 出 動 命 令 に よ っ て 、 か ね て 防 空 計 画 に 基 づ き 組 織 さ れ て い た 県 下 各 地 の 救 援 隊 が 、 六 日 夜 半 か ら 七 日 、 八 日 へ か け て 続 々 と 入 市 し 、 焼 跡 の 各 所 に お い て 罹 災 者 の 救 護 に 活 躍 し た の で あ る 。 広 島 市 役 所 の 被 害 も 甚 大 な も の で あ っ た 。 幾 ら か の 簿 冊 や 器 物 、 あ る い は 戸 籍 簿 、 救 急 薬 品 な ど を 分 散 疎 開 さ せ て い て 被 爆 か ら 免 れ た が 、 他 の も の は す べ て 焼 失 し た 。 庁 舎 も 一 階 東 南 隅 の 二 室 と 地 下 の 三 室 の み が 、 職 員 の 果 敢 な 活 動 に よ っ て 焼 け な か っ た だ け で 、 他 の 各 室 は 鉄 筋 コ ン ク リ ー ト の 外 壁 だ け を 残 し て 全 焼 し た 。 粟 屋 市 長 は 自 宅 で 被 爆 死 亡 し 、 そ の 他 の 幹 部 ・ 一 般 吏 員 も 死 傷 者 が 続 出 、 行 政 機 能 も 一 時 停 止 し た 。 し か し 、 少 人 数 な が ら 生 き 残 っ た 職 員 は 、 全 力 を あ げ て 、 罹 災 者 の 救 護 に あ た っ た 。 翌 七 日 の 午 後 、 呉 市 役 所 の 職 員 三 〇 人 余 り が 来 援 し 、 罹 災 証 明 書 の 発 行 や 尋 ね 人 の 相 談 な ど を 手 伝 っ た 。 牛 田 の 浄 水 場 は 、 比 較 的 に 被 害 が 軽 微 で あ っ た か ら 、 一 部 地 区 を 除 い て 断 水 す る と い う こ と が な か っ た 。 飲 料 水 が 豊 富 で あ っ た こ と は 、 そ の 後 の 復 興 に 大 き な 影 響 を 与 え た と 言 え よ う 。 八 日 、 よ う や く 火 勢 の お さ ま っ た 市 庁 舎 の 一 部 を 臨 時 救 護 所 と し て 、 負 傷 者 を 収 容 、 九 日 に 鳥 取 赤 十 字 病 院 か ら 医 療 救 護 班 が 来 て 、 十 三 日 、 袋 町 国 民 学 校 の 収 容 所 に 移 送 す る ま で の 間 、 治 療 に あ た っ た 。 ま た 、 焼 け な か っ た 比 治 山 国 民 学 校 を 、 被 爆 に よ る 迷 子 収 容 所 と し 、 社 会 課 が 管 理 し た が 、 こ の よ う な 行 政 的 措 置 も 職 員 と 資 材 の 不 足 の た め 極 度 に 困 難 を き わ め た 。 罹 災 者 の 生 活 を 守 る た め 、 食 糧 ・ 衣 料 、 そ の 他 の 生 活 必 需 物 資 の 配 給 は 、 解 体 し た 軍 の 物 資 を 確 保 す る こ と に 努 力 し 、 襲 い 来 る 厳 冬 に 備 え た が 、 な か で も 食 糧 不 足 は 甚 だ し く 、 広 島 市 役 所 の 苦 悩 は 深 ま る ば か り で あ っ た 。 翌 二 十 一 年 一 月 、 広 島 市 は 復 興 局 を 設 け 、 同 年 四 月 に 「 広 島 復 興 都 市 計 画 」 を 発 表 し た が 、 こ の こ ろ か ら 漸 く 行 政 も 軌 道 に 乗 り は じ め た の で あ る 。 報 道 機 関 の 状 況 上 流 川 町 の 広 島 中 央 放 送 局 は 、 外 郭 だ け を 残 し て 全 焼 し 、 死 傷 者 も 多 数 出 た 。 か ね て か ら 災 害 時 に 放 送 機 能 を 確 保 す る 目 的 で 、 安 佐 郡 祇 園 町 に 原 放 送 所 が 設 置 さ れ て い た が 、 六 日 昼 前 か ら 夕 方 に か け て 生 き 残 っ た 職 員 が 一 四 、 五 人 集 っ た 。 昼 前 に 到 着 し た 数 人 は 、 た だ ち に 大 阪 局 を 呼 び 出 し た と こ ろ 、 岡 山 局 か ら 応 答 が あ り 、 広 島 の 惨 状 を 伝 え る こ と が で き た 。 な お 、 六 日 午 後 、 同 盟 通 信 広 島 支 社 の 記 者 三 人 も 放 送 所 に 到 着 し 、 広 島 市 壊 滅 の 第 一 報 を 送 っ た 。 七 日 、午 前 九 時・十 時・十 一 時 に 、広 島 局 単 独 で 、県 知 事 の 諭 告 を 放 送 し た が 、こ れ が 放 送 再 開 の 第 一 声 で あ っ た 。 こ の 日 、警 報 発 令 に 必 要 な た め 、軍 用 通 信 線 を 二 葉 山(第 二 総 軍 司 令 部 )か ら 原 放 送 所 ま で 架 設 し 、八 日 に は 呉 の 海 軍 鎮 守 府 と も 連 絡 が と れ る よ う に な っ た 。以 後 、軍 や 官 庁 か ら の 伝 達 ・ 公 示 事 項 ・ 周 知 事 項 な ど 、広 島 局 単 独 で 放 送 し た 。 九 月 二 十 日 、 東 洋 工 業 株 式 会 社 内 の 工 員 食 堂 を 借 り 、 現 業 以 外 の 業 務 が 開 始 さ れ 、 こ こ に 復 旧 の 第 一 歩 を 踏 み 出 し
た 。 翌 二 十 一 年 初 め 、 流 川 局 を 修 理 し て 復 帰 し 、 よ う や く 本 来 の 放 送 活 動 に 入 っ て い く こ と が で き た の で あ る 。 中 国 新 聞 社 も 絶 望 的 な 惨 禍 で あ っ た 。 被 爆 四 日 前 に 、 市 外 温 品 村 へ 輪 転 機 一 基 そ の 他 の 施 設 を 疎 開 し た の が 、 辛 う じ て 災 害 を ま ぬ が れ た が 、 幹 部 ・ 中 堅 社 員 を 一 挙 に 失 い 、 残 存 社 員 の こ と ご と く が 重 軽 傷 を 負 い 、 社 屋 は 外 郭 を と ど め る の み の 廃 虚 と 化 し た 。 そ の 上 、 最 大 の 読 者 層 で あ る 広 島 市 民 の 大 部 分 も 亡 く な っ た の で あ っ た 。 し か し 、 被 爆 か ら 免 れ た 山 本 社 長 以 下 の 生 存 社 員 ら は 、 翌 七 日 か ら 新 聞 社 の 復 興 に 起 ち あ が り 、 ま ず 、 焼 け た 本 社 ビ ル 内 に 連 絡 所 を 設 け 、 社 員 の 消 息 を つ か む こ と に 努 め た 。 新 聞 の 発 行 は 、 宇 品 の 陸 軍 船 舶 司 令 部 か ら 無 線 電 話 連 絡 に よ り 、 島 根 ・ 朝 日 ・ 毎 日 各 新 聞 社 に 代 行 印 刷 を 依 頼 し た が 、 つ い に 七 日 付 と 八 日 付 の 新 聞 は 休 刊 の や む な き に 至 っ た 。 温 品 疎 開 工 場 も 、爆 風 に よ っ て 土 壁 が 落 ち 、窓 ガ ラ ス が 破 砕 さ れ て い た が 、こ こ で 再 起 を は か ら ね ば な ら な か っ た 。 生 存 社 員 の 総 努 力 の 結 果 、 八 月 三 十 日 に 三 十 一 日 付 中 国 新 聞 温 品 版 を 自 力 で 発 行 し た 。 し か し 、 九 月 十 七 日 の 台 風 に よ り 、 再 び 代 行 印 刷 を 依 頼 し た 。 窮 地 に 立 っ た 新 聞 社 は 、 合 議 の す え 、 こ れ を 機 に 焼 跡 の 本 社 ビ ル に 復 帰 す る こ と に 決 し 、 諸 機 材 を 整 備 、 十 一 月 三 日 、 再 び 自 力 で 新 聞 の 発 行 を 行 な っ た 。 こ の 頃 、 各 会 社 ・ 工 場 は す べ て 焼 跡 を 離 れ て 郊 外 に 疎 開 し て い た が 、 こ れ ら に 先 き が け た 焼 跡 復 帰 で あ っ て 、 広 島 市 復 興 の 先 鞭 を つ け た も の と 言 え よ う 。 交 通 機 関 の 状 況 原 子 爆 弾 で 廃 墟 に な っ た と は い え 、 な お 戦 争 中 で 、 軍 事 基 地 広 島 の 都 市 機 能 の 回 復 は 、 緊 急 要 件 で あ っ た か ら 、 市 内 主 要 道 路 − 主 と し て 鉄 道 の 開 通 と 電 車 ・ バ ス 路 線 の 復 旧 整 備 が 、 宇 品 の 暁 部 隊 や 呉 の 海 軍 救 援 隊 の 協 力 に よ っ て 急 ぎ 行 な わ れ た 。 電 車 ・ バ ス の 残 骸 は 軍 の 戦 車 で 引 っ 張 っ て 片 づ け た 。 鉄 道 は 、 被 爆 の 翌 七 日 に は 宇 品 線 が 開 通 し て 負 傷 者 を 運 び 、 八 日 に は 山 陽 本 線 が 開 通 、 た だ し 、 広 島 − 横 川 間 は 単 線 運 転 と い う 状 況 で あ っ た 。 市 内 電 車 は 、 架 線 と 電 源 の 関 係 か ら 、 九 日 に な っ て 西 天 満 町 − 己 斐 間 を 片 側 運 転 し は じ め 、 同 日 バ ス も 広 島 駅 − 比 治 山 − 宇 品 間 を 二 台 通 わ せ た 。 電 灯 ・ 電 力 施 設 の 状 況 爆 心 地 か ら 半 径 二 キ ロ メ ー ト ル 以 内 の 電 気 設 備 は 壊 滅 的 打 撃 を 受 け 、 被 爆 当 日 は 全 市 停 電 と い う 惨 状 で あ っ た が 、 比 較 的 に 被 害 軽 微 で あ っ た 段 原 変 電 所 の 応 急 修 理 を 行 な い 、 こ こ を 拠 点 と し て 復 旧 作 業 が 進 め ら れ た 。 七 日 、 焼 け 残 っ た 宇 品 地 区 に 送 電 が 開 始 さ れ 、八 日 に は 、広 島 駅 及 び 付 近 一 帯 と 、小 町 の 中 国 配 電 株 式 会 社 本 社 に 電 灯 が つ け ら れ 、 八 月 二 十 日 に は 、 市 内 の 残 存 家 屋 の 三 割 に 、 十 一 月 末 に は 一 〇 割 に 対 し て 配 電 機 能 が 復 旧 し た 。 し か し 、 焼 跡 に 点 在 す る 罹 災 者 の バ ラ ッ ク 小 屋 の 電 灯 は 、 罹 災 者 各 自 が 焼 け た 裸 線 を つ な ぎ 合 わ せ て 点 灯 す る と い う 状 況 で あ っ た 。 電 信 ・ 電 話 の 状 況 電 信 ・ 電 話 施 設 も 壊 滅 状 態 に 陥 っ た が 、 軍 用 通 信 の 緊 急 復 旧 が 要 請 さ れ 、 九 日 、 暁 部 隊 に よ り 中 央 電 話 局 が 清 掃 さ れ る と 共 に 、 焼 残 り の ケ ー ブ ル を 回 収 す る な ど 、 諸 資 材 の 確 保 に つ と め 、 十 日 に 着 工 、 十 二 日 に 竣 工 し た 。 外 線 は 加 入 者 の 移 転 先 を 探 し な が ら ゴ ム 線 を 架 渉 し 、ま ず 一 四 加 入 を 交 換 台 に 収 容 、十 三 日 か ら 部 分 的 に 試 験 開 通 、 十 五 日 か ら 正 式 に 交 換 を 開 始 し た 。 電 信 は 、 中 央 電 話 局 内 に 交 換 台 と 共 に 復 旧 さ れ 、 十 三 日 に 広 島 − 呉 線 一 回 線 が 収 容 さ れ た 。 続 い て 二 十 日 に 尾 道 ・ 山 口 ・ 宇 品 。 二 十 四 日 に は 岡 山 と 復 旧 し 、 座 席 は 逐 次 増 加 さ れ て い っ た 。 金 融 機 関 の 状 況 袋 町 の 日 本 銀 行 広 島 支 店 は 、 財 務 局 が 使 用 し て い た 三 階 は 延 焼 し た が 、 一 、 二 階 は 窓 が 破 壊 さ れ た だ け で 焼 失 を 免 れ た 。被 爆 当 日 と 翌 七 日 に 店 内 の 取 片 づ け を 終 了 し 、八 日 か ら 支 払 い 業 務 を 開 始 し た 。市 内 の 各 銀 行 は す べ て 焼 失 し 、 使 用 不 能 に 陥 っ た た め 、 日 本 銀 行 の 窓 口 を 一 二 に 区 分 し 、 そ れ ぞ れ 各 銀 行 が 入 っ て 、 罹 災 者 の 応 急 生 活 費 と し て の 自 由 払 出 し を 行 な っ た 。 各 銀 行 は 、 逐 次 、 焼 跡 に バ ラ ッ ク 店 舗 の 建 設 に か か り 、 早 い 者 は 八 月 末 か ら 九 月 ご ろ に か け て 、 遅 い 者 は 翌 年 春 ご ろ ま で に 、 そ れ ぞ れ 自 店 の 焼 跡 に 復 帰 し て い っ た 。 そ の 他 の 会 社 ・ 工 場 の 状 況 市 内 の 各 会 社 ・ 工 場 は 、 周 辺 部 所 在 の も の を 除 く ほ か 、 す べ て 灰 燼 に 帰 し た 。 施 設 も 人 員 も 一 挙 に 失 っ て 、 そ の ま ま 廃 業 す る か 、さ も な く ば 、郊 外 に 仮 事 務 所 を 置 い て 、職 員 の 消 息 の 把 握 を お こ な い 、細 々 と 復 旧 に 備 え た の で あ る 。 原 子 爆 弾 の 災 害 に 続 く 、 日 本 の 敗 戦 、 そ し て 占 領 軍 の 軍 政 と い う 未 経 験 の 社 会 環 境 の な か で 、 会 社 や 工 場 の 操 業 開
始 は 、 ま っ た く 不 安 で あ り 、 見 通 し の た た な い こ と で あ っ た 。 昨 日 ま で 、航 空 機 の 部 品 や 弾 丸 、あ る い は 兵 隊 の 装 備・糧 秣 な ど の 軍 需 産 業 を 謳 歌 し て い た 各 会 社・工 場 に 対 し て 、 二 十 年 九 月 末 、 占 領 軍 の 対 日 管 理 政 策 が 示 さ れ 、 従 来 の 平 和 産 業 の 続 行 と 軍 需 産 業 を 民 需 産 業 に 転 換 す る こ と に な っ た 。 こ れ に よ り 転 換 計 画 を た て 、 呉 軍 政 部 の 認 可 を 得 た 会 社 は 、 よ う や く 生 産 活 動 を 開 し た の で あ っ た 。 な お 、 市 外 に 所 在 し 比 較 的 被 害 の 軽 微 で あ っ た 日 本 製 鋼 所 広 島 製 作 所 (安 芸 郡 船 越 町 )、 お よ び 東 洋 工 業 株 式 会 社 (安 芸 郡 府 中 町)な ど に は 、 建 物 を 焼 失 し た 軍 や 官 庁 が 、 し ば ら く の あ い だ 間 借 り し て 、 終 戦 の 処 理 や 広 島 市 の 復 旧 対 策 を 進 め て い っ た の で あ る 。 第 二 節 官 公 庁…10 第 一 項 中 国 地 方 総 監 府…10 一 、 当 時 の 概 要 概 要 (一 )所 在 地 広 島 市 東 千 田 町 広 島 文 理 科 大 学 内 註 ・ 発 足 当 初 は 水 主 町 の 県 庁 舎 を 仮 庁 舎 (軍 需 監 理 局 は 八 丁 堀 の 福 屋 )と し 、 つ い で 広 島 文 理 科 大 学 校 舎 に 移 っ た 。 (二 )爆 心 地 か ら の 距 離 約 一 ・ 五 キ ロ メ ー ト ル (三 )開 設 年 月 日 昭 和 二 十 年 六 月 十 日 (四 )開 設 目 的 戦 局 の 急 迫 に あ た り 、 軍 部 の 本 土 決 戦 作 戦 に 沼 い 、 敵 政 略 に よ る 本 土 分 断 の 事 態 発 生 に 即 応 す る 自 立 自 戦 の 行 政 機 構 と し て 、 勅 令 第 三 五 〇 号 に よ り 、 地 力 総 監 府 官 制 が 公 布 施 行 さ れ 、 次 の と お り 全 国 八 地 区 に 設 置 さ れ た 。 北 海 地 方 総 監 府 札 幌 市 に お か れ 、 樺 太 ・ 北 海 道 を 管 轄 東 北 地 方 総 監 府 仙 台 市 に お か れ 、 東 北 地 方 六 県 を 管 轄 関 東 信 越 地 方 総 監 府 東 京 都 に お か れ 、 関 東 地 方 七 都 県 、 お よ び 甲 信 越 三 県 を 管 轄 東 海 北 陸 地 方 総 監 府 名 古 屋 市 に お か れ 、 東 海 四 県 お よ び 北 陸 三 県 を 管 轄 近 畿 地 方 総 監 府 大 阪 市 に お か れ 、 近 畿 六 府 県 お よ び 福 井 県 を 管 轄 中 国 地 方 総 監 府 広 島 市 に お か れ 、 中 国 地 方 五 県 を 管 轄 四 国 地 方 総 監 府 高 松 市 に お か れ 、 四 国 地 方 四 県 を 管 轄 九 州 地 方 総 監 府 福 岡 市 に お か れ 、 九 州 七 県 お よ び 沖 縄 県 を 管 轄 各 総 監 府 は 、 中 央 政 府 か ら 広 汎 な 権 限 を 委 譲 さ れ 、 地 方 長 官 お よ び 各 省 の 地 方 出 先 官 庁 の 首 長 を 指 揮 し て 、 陸 軍 軍 管 区 司 令 部 お よ び 海 軍 鎮 守 府 と 協 力 し 、 三 者 で 地 方 連 絡 会 議 を 構 成 、 そ の 地 方 に お け る 作 戦 と 行 政 を 、 強 力 か つ 一 体 的 に 統 轄 す る 「 地 方 政 府 」 的 機 能 を 持 ち 、 情 勢 の 推 移 に 応 じ て 、 迅 速 果 敢 な 臨 機 の 措 置 を こ う ず る こ と を 目 的 と し て 設 置 さ れ 、 し ば し ば 管 下 各 県 の 知 事 を 召 集 し て 会 議 を 開 い た 。 中 国 地 方 総 監 府 で は 、「 ほ と ん ど 連 日 の よ う に 開 か れ た 在 広 各 官 衙 の 連 絡 会 議 を リ ー ド し た の は 軍 人 で あ っ た 。出 席 者 の 半 数 は 軍 人 で あ り 、 そ こ で の 話 題 は 、 南 方 に お け る 戦 況 報 告 、 輸 送 の 問 題 、 軍 需 品 生 産 の 問 題 が 主 な る も の で 、 満 州 か ら 運 び 出 し た 大 豆 や ト ウ モ ロ コ シ が 、 山 陰 方 面 に 山 積 し て い る の を 、 ど う し て 山 陽 方 面 に 運 ぶ か と か 、 九 州 炭 を 運 び た い の だ が 、 貨 車 が 不 足 し て い る の で 、 ど う す る か と か 、 松 根 油 の 生 産 を 如 何 に す れ ば 、 能 率 的 に や れ る か と か 、 今 に な っ て 考 え る と 、 ま さ に 戦 争 の 末 期 的 症 状 を あ ら わ す よ う な 問 題 ば か り で あ っ た(当 時 広 島 財 務 局 関 税 部 長 ・ 庭 山 慶 一 郎 手 記)。」 と い う 。 地 力 総 監 (親 任 官 )の も と に 、副 総 監 (勅 任 )お よ び 軍 需 監 理 局 長 (勅 任 )が お か れ 、副 総 監 の も と に 総 監 官 房 主 幹 (勅 任 参 事 官)と 第 一 部 長 (勅 任 参 事 官 )・ 第 二 部 長 (勅 任 参 事 官 )・ 第 三 部 長 (勅 任 参 事 官 )が 設 け ら れ 、 地 方 総 監 の 補 助 機 関 と し て 参 与 が お か れ た 。 こ の う ち 、 軍 需 監 理 局 は 、 八 月 、 軍 需 省 の 廃 止 に 伴 い 、 地 方 軍 需 監 理 部 (全 国 八 か 所 )も 廃 止 さ れ た た め 、 新 た に 総
監 府 の 外 局 と し て 、「 監 理 局 」 が 設 け ら れ た も の で 、 逓 信 局 ・ 財 務 局 ・ 専 売 局 ・ 営 林 署 ・ 木 炭 事 務 所 ・ 食 糧 事 務 所 ・ 燃 料 局 ・ 海 運 局 ・ 県 庁 な ど を 指 揮 す る 権 限 を 持 つ 機 関 で あ る 。 総 監 大 塚 惟 精 (前 広 島 県 知 事 ) 副 総 監 服 部 直 彰 (前 陸 軍 司 政 長 官 ) 総 監 官 房 ・ 官 房 主 幹 参 事 官 川 本 邦 雄 (前 内 務 書 記 官 ) 業 務 = (一 )庶 務 (二 )地 方 連 絡 会 同 (三 )企 画 調 整 (四 )財 務 (五 )物 価 (六 )そ の 他 各 部 局 に 属 さ な い 事 項 第 一 部 ・ 部 長 参 事 官 青 木 重 臣 (前 広 島 県 警 察 部 長 ) 業 務 = (一 )情 報 ・ 宣 伝 (二 )治 安 (三 )防 空 ・ 防 衛 (四 )通 信 に 関 す る 事 項 第 二 部 ・ 部 長 参 事 官 並 木 龍 男 (前 農 商 務 書 記 官 ) 業 務 = (一 )食 糧 生 産 (二 )林 産 物 生 産 (三 )配 給 に 関 す る 事 項 第 三 部 ・ 部 長 参 事 官 藪 谷 虎 芳 (前 鉄 道 監 ) 業 務 = (一 )国 民 義 勇 隊 (二 )戦 時 教 育 (三 )勤 労 ・ 保 健 (四 )輸 送 (五 )建 設 に 関 す る 事 項 〈 外 局 〉 中 国 地 方 軍 需 監 理 局 長 官 陸 軍 中 将 原 乙 未 生 (前 中 国 軍 需 監 理 部 次 長 ) (六 )被 爆 時 の 在 籍 者 数 約 五 〇 〇 人 た だ し 、 本 省 関 係 一 七 、 八 人 、 県 庁 の 出 向 職 員 お よ び 軍 需 監 理 局 を 合 わ せ た 人 数 で あ る 。 (七 )被 爆 時 の 出 勤 者 数 確 実 な 数 は 不 明 。 大 学 の 庁 舎 内 に 約 二 〇 人 ば か り 出 勤 し て い た と 言 わ れ る 。 二 、 被 爆 の 惨 状 惨 禍 被 爆 当 日 、 事 務 部 局 の 出 勤 時 間 は 、 前 夜 来 、 空 襲 警 報 が 発 令 さ れ た の で 、 一 時 間 遅 れ て 午 前 九 時 で あ っ た が 、 八 時 ご ろ に は 、 す で に 各 課 と も 五 、 六 人 ず つ の 職 員 が 登 庁 し て い た 。 総 監 室 は 、 学 長 室 を 使 用 し て い た が 、 大 塚 総 監 は ま だ 登 庁 し て い な か っ た 。 原 子 爆 弾 の 炸 裂 に よ り 、 大 学 の 庁 舎 は 全 焼 し た が 、 官 房 お よ び 第 一 部 の 各 課 は 、 爆 心 と は 反 対 側 の 南 向 き で あ っ た か ら 、 爆 風 に よ る 負 傷 者 は あ っ た が 、 即 死 者 は な か っ た 。 し か し 、 北 向 き の 第 二 部 ・ 第 三 部 、 お よ び 八 丁 堀 の 福 屋 百 貨 店 内 の 軍 需 監 理 局 各 課 で は 、 多 数 の 死 傷 者 を 出 し た 。 軍 需 監 理 局 を 除 く 死 傷 者 の 人 数 は 、 八 月 六 日 の 死 亡 者 が 本 省 関 係 一 〇 人 ・ 県 出 向 職 員 八 人 、 負 傷 者 が 本 省 関 係 七 人 ・ 県 出 向 職 員 一 七 人 で あ る(原 田 貢 調 査 )。 大 塚 総 監 の 焼 死 大 塚 総 監 は 、 上 流 川 町 の 官 舎 (松 田 重 次 郎 邸 を 借 上 げ て 使 用 )で 、 原 田 貢 総 監 秘 書 が 自 動 車 で 登 庁 の 迎 え に 来 る の を 待 っ て い る と き 、 炸 裂 に 遭 遇 し 、 倒 壊 し た 建 物 の 下 敷 き と た り 、 外 か ら 呼 ぶ 妻 子 ら に 、「 早 く 逃 げ よ 。」 と 言 い つ つ 、 火 炎 に 包 ま れ て 焼 死 し た 。 辛 う じ て 下 敷 き か ら 脱 出 し た 大 塚 夫 人 と 長 女 は 、 総 監 を 救 出 し よ う と し た が 、 そ の 力 に お え ぬ ば か り か 、 常 駐 し て い た 兵 士 の 姿 も 消 え て い た 。約 七 、八 ○ メ ー ト ル ば か り 下 手 の 広 島 中 央 放 送 局 に い た 兵 士 に 、救 助 を 頼 み に い っ た が 、 そ こ も 破 壊 さ れ て 、 人 影 な く 、 や む な く 引 返 し て く る と 、 す で に 火 災 が 発 生 し て い て 、 近 寄 る こ と が で き な か っ た 。 周 囲 が に わ か に 騒 然 と す る な か で 、 妻 子 は 別 れ 別 れ と な り 、 夫 人 は そ の 夜 、 東 練 兵 場 に の が れ て 野 宿 し た 。 翌 七 日 、 畑 俊 六 総 軍 司 令 官 の 命 令 を 受 け た 兵 士 に 迎 え ら れ て 、 そ の 官 邸 に 避 難 し 、 し ば ら く 滞 留 し て 負 傷 の 治 療 を 受 け た 。 九 日 ご ろ 、 被 爆 前 日 に 、 中 国 地 方 五 県 下 を 巡 視 し て 帰 広 し た 総 監 と 、 相 談 し て 決 め た 佐 伯 郡 廿 日 市 町(速 谷 神 社 付 近 の 農 家)の 疎 開 先 に 避 難 し た 。 そ こ へ 長 女 も 避 難 し て 来 た 。 一 週 間 後 、 呉 鎮 守 府 長 官 の 招 き で 、 呉 の 海 軍 病 院 に 移 り 、 治 療 を 続 け た が 、 四 、 五 年 後 に 死 亡 し た 。 こ の 大 塚 総 監 の 死 亡 状 況 は 、 原 田 総 監 秘 書 が 後 日 聴 い た 話 で あ る が 、 六 日 は 、 原 田 秘 書 自 身 も 、 総 監 を 迎 え に 行 く 途 中 、 舟 入 本 町 の 十 字 路(爆 心 地 か ら 約 一 ・ 五 キ ロ メ ー ト ル )に お い て 被 爆 し 、顔 面 と 両 手 両 足 に 火 傷 を 受 け た 。辛 う じ て 自 宅(舟 入 川 口 町 )に 辿 り つ い て 倒 れ た 。翌 七 日 家 族 の 疎 開 先 で あ る 安 芸 郡 奥 海 田 村 へ 大 八 車 で 運 ば れ 、以 後 療 養 に つ と め 、 九 死 に 一 生 を 得 た 。
各 職 員 の 被 災 ま た 、本 省 か ら 来 任 し て い た 川 本 邦 雄 官 房 主 幹・並 木 龍 男 第 二 部 長 の 両 参 事 官 及 び 花 水 英 二・若 槻 克 彦・鶴 田 文 基 ・ 藤 井 重 雄 ・ 杉 田 三 朗 ・ 井 手 浩 の 各 副 参 事 官 も 登 庁 準 備 中 、 官 舎 で 被 爆 死 亡 し た 。 更 に 広 島 県 庁 そ の 他 か ら 出 向 し て い た 山 際 党 一 ・ 竹 内 一 市 ・ 竹 本 庄 助 ・ 桑 原 勇 各 事 務 官 、 及 び 広 沢 衛 警 部 ・ 瀬 川 舜 一 ・ 堀 田 礼 三 両 属 ・ 岩 見 ・ 河 田 両 雇 な ど 総 監 以 下 一 九 人 が 、 当 日 即 死 あ る い は 旬 日 の う ち に 死 亡 し た 。 武 藤 文 雄 ・ 岡 部 史 郎 副 参 事 官 ら も 官 舎 で 被 爆 負 傷 し た が 、 脱 出 し て 助 か っ た 。 服 部 副 総 監 脱 出 服 部 副 総 監 は 、 大 学 の 副 総 監 室 で 被 爆 負 傷 し た が 、 辛 う じ て 脱 出 し た 。 午 後 二 時 頃 (推 定 )、 二 葉 山 の 防 空 壕 に 設 け ら れ た 第 二 総 軍 司 令 部 に 到 着 し 、「 総 監 の 大 塚 惟 精 さ ん が 亡 く な ら れ た 。 県 庁 も 市 役 所 も 警 察 も 全 滅 し た 。 わ れ わ れ に は も う 行 政 能 力 が な い か ら 、 事 態 の 収 拾 は 一 切 軍 に お ま か せ す る 。 と り あ え ず 避 難 民 に 食 糧 を 出 し て い た だ き た い 。」 と 、 負 傷 し な が ら も 事 態 の 応 急 処 置 に あ た っ て い る 井 本 熊 男 高 級 参 謀 や 橋 本 正 勝 主 任 参 謀 に 語 っ た(読 売 新 聞 刊 ・ 昭 和 史 の 天 皇4)。 仮 総 監 府 設 置 災 害 に 備 え て 、 第 一 避 難 集 合 場 所 に 決 め ら れ て い た 比 治 山 の 多 聞 院 は 、 爆 風 に よ り 相 当 破 壊 さ れ て い た が 、 焼 失 か ら ま ぬ が れ た の で 、 午 後 五 時 ご ろ 、 服 部 副 総 監 が た ど り つ き 、 ひ と ま ず 「 仮 総 監 府 」 を 設 け 、 白 紙 に 書 い た 表 札 を 門 前 に 貼 り だ し た 。 ま た 、 県 警 察 部 の 石 原 虎 好 部 長 も 猛 火 を く ぐ っ て 到 着 、 続 い て 午 後 六 時 半 ご ろ 、 備 後 に 出 張 中 で 被 爆 し な か っ た 高 野 源 進 県 知 事 も 馳 せ つ け 、「 広 島 県 防 空 本 部 」 の 立 札 を た て て 開 庁 し た の で あ る 。 し か し 、 総 監 府 は 大 塚 総 監 を は じ め 、 多 数 の 職 員 が 全 面 的 打 撃 を 受 け 、 そ の 機 能 を 失 っ た た め 、 服 部 副 総 監 は 高 野 県 知 事 に 対 し 、 事 態 の 収 拾 そ の 他 に つ い て 、 今 後 は 県 知 事 が お こ な う よ う 指 示 し た 。 午 後 八 時 過 ぎ に 、 備 後 松 永 に 分 註 し て い た 警 備 隊 一 個 小 隊 (小 隊 長 ・ 池 田 勉 )が 帰 来 し 、 防 空 本 部 に 入 っ た が 、 陣 容 は な お 総 勢 五 、 六 〇 人 に 過 ぎ な か っ た 。 ま た 、 こ の 頃 、 広 島 市 役 所 か ら 浜 井 信 三 配 給 課 長 他 一 人 が 状 況 報 告 に 来 て 、 よ う や く 広 島 市 役 所 と 連 絡 が つ い た 。 宇 品 警 察 署 の 須 沢 良 隆 署 長 も 連 絡 に 来 て 、 状 況 報 告 を お こ な っ た の ち 、 再 び 御 幸 橋 た も と に も ど り 、 罹 災 証 明 書 の 発 行 、 そ の 他 の 救 護 活 動 を お こ な っ た 。 救 援 対 策 の 協 議 夜 に な っ て 、 ロ ウ ソ ク の 灯 を か こ み 、 服 部 副 総 監 ・ 高 野 知 事 ・ 石 原 警 察 部 長 な ど が 、 救 護 復 旧 対 策 を 協 議 し 、 近 郊 市 町 村 そ の 他 に 救 護 班 出 動 の 命 令 を 出 し た 。 な お 、 県 庁 が 東 警 察 署 へ 移 っ て か ら は 、 広 島 文 理 科 大 学 校 庭 に 天 幕 を 張 っ て 、 服 部 副 総 監 以 下 青 木 ・ 藪 谷 両 参 事 官 及 び 、 武 藤 副 参 事 官 な ど 生 残 り の 四 、 五 人 が 集 り 、 中 央 へ の 報 告 、 状 況 調 査 及 び 各 県 と の 連 絡 に あ た っ た 。 三 、 総 監 府 の 廃 庁 廃 庁 被 爆 後 、 な お 本 土 決 戦 態 勢 下 の 総 監 府 は 、 市 外 府 中 町 の 東 洋 工 業 株 式 会 社 本 館 内 に 移 り 、 そ の 後 、 市 の 北 部 の 三 滝 山 に 疎 開 を 準 備 中 に 、 八 月 十 五 日 の 終 戦 を 迎 え た 。 八 月 二 十 八 日 、 被 爆 死 し た 大 塚 総 監 の 後 任 に 、 東 京 都 次 長 児 玉 九 一(宿 舎 ・ 海 田 市 町 の 民 家 )が 発 令 さ れ て 着 任 し 、 参 事 官 青 木 重 臣 ・ 藪 谷 虎 芳 ・ 和 田 太 郎 及 び 副 参 事 官 岡 部 史 郎 ・ 武 藤 文 雄 ・ 本 村 浩 ・ 安 田 巌 そ の 他 が 、終 戦 処 理 に あ た っ た が 、十 一 月 六 日 、地 方 総 監 府 な ら び に 軍 需 管 理 局 が 廃 庁 と な っ た 。 か わ っ て 広 島 市 に 中 国 地 方 行 政 事 務 局(初 代 長 官 に 広 島 県 知 事 楠 瀬 常 猪 が 就 任 、昭 和 二 十 二 年 四 月 に 廃 止 )、お よ び 中 国 地 方 商 工 処 理 部(昭 和 二 十 一 年 一 月 に 中 国 地 方 商 工 局 に 改 編 )が 設 置 さ れ た 。 炸 裂 下 の 服 部 副 総 監 高 本 達 寿 (談 )(当 時 ・ 副 総 監 付 運 転 手 ) 服 部 副 総 監 は 、 昭 和 二 十 年 六 月 十 日 の 総 監 府 設 置 に と も な い 単 身 赴 任 さ れ た 。 平 野 町 の 川 べ り の 大 き な 民 家 を 借 り あ げ て 官 舎 と し 、 炊 事 の 老 婆 一 人 と の 生 活 で あ っ た 。 総 監 府 は 、 広 島 文 理 科 大 学 の 三 階 を 使 用 し て お り 、 時 計 台 の あ る 下 の 部 屋 に 、 総 監 室 と 副 総 監 室 が な ら ん で い た 。 八 月 五 日 の 晩 、 私 は 当 直 で 、 一 階 の 西 端 の 化 学 実 験 室 の 一 隅 の 当 直 室 に 泊 っ た 。 当 直 者 は 私 と 平 田 事 務 官 と 二 人 だ
け で あ っ た 。 夜 半 か ら し ば し ば 警 報 が 発 令 さ れ 、 あ わ た だ し い 当 直 で あ っ た が 、 六 日 と な り 、 そ の 午 前 ○ 時 二 十 五 分 、 二 度 目 の 空 襲 警 報 が 発 令 さ れ 、 二 時 十 分 に 解 除 、 続 い て 警 戒 警 報 も 解 除 さ れ た 。 こ の と き 、 服 部 副 総 監 は 登 庁 し て 来 て 、 副 総 監 室 で 平 田 事 務 官 と 何 か 話 を し て い た 。 私 は 一 階 に 降 り て 、 自 動 車 を 点 検 し た あ と 、 当 直 室 で 軍 隊 時 代 の 思 い 出 の 写 真 を 出 し て 整 理 し た 。 七 時 九 分 、 ま た 警 戒 警 報 が 発 令 さ れ た が 、 三 十 分 ば か り し て 解 除 に な っ た の で 、 朝 食 の た め 大 洲 町 四 丁 目 の 自 宅 へ 帰 っ た 。 急 ぎ 朝 食 を と っ て 登 庁 し た の は 、 八 時 に 少 し 前 ご ろ で あ っ た 。 副 総 監 室 に 挨 拶 に い き 、 副 総 監 の 上 衣 を と っ て 洋 服 掛 に か け た 。 こ れ は い つ も 私 が す る 習 慣 で あ っ た 。 そ こ へ 秘 書 の 女 の 子 が 冷 た い タ オ ル を 持 っ て 来 て 、 副 総 監 に 渡 そ う と し た と き 、B29 の 爆 音 が 聴 こ え た 。 「 窓 か ら の ぞ い て 見 よ 。 ま た B29 が 来 と る じ ゃ な い か … … 。」 と 、 副 総 監 が 言 っ た 。 私 と 秘 書 は 、 教 室 の 腰 高 の 窓 か ら 空 を 仰 い だ 。 そ の 瞬 間 、 閃 光 を 感 じ た 。 私 は と っ さ に 窓 の 下 の 壁 の と こ ろ に 伏 さ っ た 。 何 秒 か し て 、 奇 妙 な 音 響 が し 、 体 が 宙 に 浮 い て 吹 っ と ば さ れ た 。 こ の 頃 、 校 庭 に バ ラ ッ ク を 建 て て 、 防 衛 召 集 の 兵 隊 が た く さ ん い た が 、 そ れ が 使 用 し て い た ら し い 鉄 製 ベ ッ ト が 、 ど う し た わ け か 、 三 階 の 窓 か ら 中 へ 飛 び こ ん で 来 て 、 転 っ て い る 私 の 体 の 上 に 落 下 し た 。 そ こ へ 壁 の 煉 瓦 が ガ ラ ガ ラ と 崩 れ お ち て 来 た 。 私 は ベ ッ ト を 被 っ て い て 奇 跡 的 に 助 か っ た 。 ま っ た く 一 瞬 の 出 来 事 で あ っ た 。 私 は 脱 出 し よ う と も が い た 。し か し 、出 る こ と が で き な い 。そ の う ち に 油 の よ う な も の が 体 中 に 粘 っ こ く 付 着 し た 。 そ れ が 頭 か ら 噴 き 出 し た 血 で あ っ た こ と は 、 後 で 知 っ た 。 秘 書 の 女 の 子 は 、 閃 光 を 見 て も 伏 さ ら な か っ た に 違 い な い 。 爆 風 で 吹 き と ば さ れ 、 階 段 の と こ ろ で 死 ん で い る の を 後 日 発 見 し た 。 徴 用 の が れ に 勤 め て い た 良 家 の 子 女 で あ っ た が 、 原 子 爆 弾 は 避 け ら れ ず 非 業 な 最 期 で あ っ た 。 私 は 、 ど う に か 脱 出 で き た 。 ど う し て 出 ら れ た か 、 ま っ た く 覚 え て い な い 。 よ う や く 起 き あ が り 、 服 部 副 総 監 を 呼 ん だ が 、 返 事 は な か っ た 。 火 炎 が 階 下 か ら ド ン ド ン 噴 き あ げ て 来 た 。 そ し て 、 私 を も 包 み こ も う と し た 。 私 は 必 死 で 火 炎 を く ぐ り な が ら 、 真 ん 中 の 階 段 を 降 り て 校 庭 の 出 口 の と こ ろ に 出 た 。 そ こ で 隅 垣 内 事 務 官 と 出 あ っ た 。 隅 垣 内 事 務 官 は 全 身 血 だ る ま で 、 そ こ か ら す ぐ 校 庭 の 防 空 壕 に 入 っ て い っ た 。 私 は 大 洲 の 自 宅 へ 急 い だ 。 倒 壊 物 で 道 路 の 見 分 け も つ か ぬ 富 士 見 町 か ら 、 比 治 山 橋 を 渡 り 、 兵 器 廠 の 横 に 山 川 て 、 さ ら に 東 大 橋 を 渡 っ た 。 そ こ で 力 尽 き 、 つ い に 倒 れ た 。 気 が つ い て み る と 、 自 分 の 家 で 寝 て い た 。 妻 に 聞 く と 、 近 所 の 人 が 通 り か か り 、 胸 に つ け て い た 名 前 を 見 て 、 リ ヤ カ ー に 乗 せ て 運 ん で く れ た の で あ っ た 。そ こ か ら 、再 び 妻 の 実 家 の 西 蟹 屋 町 を 経 て 、安 芸 郡 の 府 中 町 に 逃 げ て い っ た 。 そ の 途 中 、 一 晩 、 矢 賀 町 の キ リ ン ビ ー ル 工 場 の 前 で 野 宿 し た が 、 こ の と き 、 私 の 目 の 前 で フ ラ フ ラ と 歩 い て い た 人 が 倒 れ た 。そ の 人 は 県 庁 の 秋 吉 内 政 部 長(国 泰 寺 裏 の 知 事 公 舎 と 並 ぶ 公 舎 に 居 住 )の 実 妹 で あ っ た 。私 の 所 へ 連 れ て 来 て 、 介 護 し て あ げ た 。 翌 朝 は 元 気 そ う に な り 、 汽 車 に 乗 る と い っ て 私 と 別 れ 、 向 洋 駅 の 方 へ 歩 い て 行 っ た ま ま 、 今 日 ま で そ の 消 息 を 知 ら な い 。 私 は 、 頭 部 そ の 他 に 負 傷 し て い た し 、 ガ ラ ス 片 が た く さ ん 突 き 刺 さ っ て い た 。 大 洲 で 気 が つ い た の も 、 妻 が ガ ラ ス の 破 片 を 抜 き 取 る 痛 さ か ら で あ っ た が 、 二 、 三 日 治 療 し た あ と 、 動 く こ と が で き た の で 、 十 日 、 平 野 町 の 副 総 監 の 官 舎(疎 開 あ と の 民 家 借 上 げ )へ 行 っ て み た 。 官 舎 は 半 壊 状 態 で 誰 も い な か っ た 。 そ こ か ら 大 学 の 総 監 府 へ 行 っ た 。 大 学 で は 校 庭 に う す 汚 れ た 天 幕 が 張 っ て あ り 、 そ の 中 に 頭 に 繃 帯 を 巻 い た 副 総 監 と 、 広 木 副 参 事 官 や 竹 内 副 参 事 官 ・ 平 田 事 務 官 な ど の 四 、 五 人 の 人 々 が 集 っ て い た 。 「 腹 が へ っ た 。 何 か 食 う も の は な い か 。」 と 、 副 総 監 が 言 っ た 。 私 は 校 庭 の 芋 畑 に 行 っ て 、 ま だ よ く 実 っ て い な い 芋 を 掘 り 、 焼 け た 釜 を 拾 っ て 来 て ふ か し て 皆 で 食 べ た 。 県 庁 が 東 洋 工 業 株 式 会 社 内 に 移 っ た と き 、 総 監 府 も 移 っ た が 、 払 下 げ の 軍 需 物 資 の 配 分 を お こ な っ た の は 総 監 府 で あ っ た 。 第 二 項 広 島 県 庁…20
一 、 当 時 の 概 要 概 要 所 在 地 広 島 市 水 主 町 敷 地 ・ 建 物 の 概 要 敷 地 面 積 約 七 、 ○ ○ ○ 坪 建 物 概 要 ル ネ ッ サ ン ス 式 木 造 二 階 建 建 坪 本 庁 舎 並 び に 付 属 建 物 約 五 七 六 坪 竣 工 年 月 日 明 治 十 一 年 四 月 十 五 日 二 、 開 庁 の 経 過 概 要 明 治 二 年 四 月 の 版 籍 奉 還 に よ り 、 同 年 六 月 十 七 日 、 旧 藩 主 浅 野 長 勲 が 藩 知 事 に 任 命 さ れ 、 藩 庁 を 広 島 城 本 丸 に 置 い た 。 明 治 四 年 七 月 十 四 日 の 廃 藩 置 県 に よ り 、 藩 知 事 を 廃 し 、 本 格 的 な 県 政 が 施 行 さ れ る こ と に な り 、 初 代 の 地 方 長 官 広 島 県 大 参 事 に 河 野 敏 鎌 が 任 命 さ れ 、 同 年 十 月 十 二 日 に 、 県 庁 を 本 丸 か ら 三 の 丸 浅 野 藩 屋 敷 へ 移 し 、 人 心 の 刷 新 を 行 な っ た 。 明 治 六 年 三 月 二 十 日 、 広 島 城 内 に 第 五 軍 管 鎮 台 が 置 か れ た た め 、 県 庁 を 国 泰 寺 内 に 移 し た 。 明 治 九 年 十 二 月 二 十 六 日 、 国 泰 寺 の 庁 舎 が 失 火 で 全 焼 し 、 多 く の 貴 重 な 資 料 や 文 書 を 焼 失 、 寺 町 の 仏 護 寺 に 仮 県 庁 を 設 け て 事 務 を 執 っ た 。 明 治 十 一 年 四 月 十 五 日 、 水 主 町 に 庁 舎 を 新 築 し て 移 転 、 そ の 後 、 増 改 築 を お こ な い 、 昭 和 二 十 年 八 月 六 日 の 原 子 爆 弾 被 災 の 日 ま で 、 県 行 政 の 中 心 と な っ た 。 三 、 被 爆 時 の 在 籍 職 員 数 本 庁 関 係 約 一 、 五 〇 〇 人 四 、 被 爆 時 の 出 勤 者 数 推 定 約 七 〇 〇 人 程 度 五 、 被 爆 時 の 代 表 者 県 知 事 高 野 源 進 六 、 爆 心 地 か ら の 距 離 約 九 〇 〇 メ ー ト ル 七 、 機 構 と 疎 開(分 室 )先 〈 中 国 地 方 行 政 協 議 会 〉 〈 内 政 部 〉 部 長 秋 吉 威 郎 文 書 課 ・ 人 事 課 ・ 内 政 課 、 財 政 課 、 地 方 課 * 本 庁 内 学 務 課 * 一 部 が 尾 長 町 の 盲 学 校 に 疎 開 兵 事 教 学 課 、 援 護 課 、 拓 務 課 * 各 課 の 一 部 が 県 庁 前 の 元 日 本 銀 行 支 店 跡 に 分 室 衛 生 課 * 一 部 が 袋 町 国 民 学 校 に 疎 開 調 査 課 * 一 部 が 打 越 町 の 安 芸 高 等 女 学 校 に 疎 開 会 計 課 * 一 部 が 広 島 商 工 会 議 所 に 疎 開 〈 経 済 第 一 部 〉 部 長 永 野 芳 辰 農 務 課 * 畜 産 係 の み が 打 越 町 の 安 芸 高 等 女 学 校 に 疎 開 食 糧 課 、 水 産 課 * 本 庁 内 耕 地 課 * 一 部 が 打 越 町 の 安 芸 高 等 女 学 校 に 分 室 〈 経 済 第 二 部 〉 部 長 大 森 通 孝 軍 需 課 、 商 政 課 、 林 務 課 、 生 活 物 資 課 * 本 庁 内 〈 警 察 部 〉 部 長 石 原 虎 好 情 報 課 、 特 別 高 等 課 、 警 務 課 、 輸 送 課 、 経 済 保 安 課 、 警 防 課 、 刑 事 課 * 市 役 所 内 労 政 課 、 保 険 課 * 一 部 が 県 立 第 二 中 学 校 に 疎 開 国 民 動 員 課 * 一 部 が 県 庁 前 元 日 本 銀 行 支 店 跡 及 び 尾 長 町 盲 学 校 へ 疎 開 〈 土 木 部 〉 部 長 中 島 時 雄 道 路 課 、 河 港 課 、 建 築 課 、 砂 防 課 、 都 市 計 画 課 、 経 理 課 * 本 川 国 民 学 校 に 疎 開 (註 ・ 各 課 の 統 廃 合 及 び 疎 開 ・ 分 室 が 被 爆 直 前 に 実 施 さ れ た た め 、 そ の 行 先 が 判 然 と し な い 課 が 多 い 。 )
被 爆 の 少 し 前 、 県 庁 は 本 土 決 戦 態 勢 に 沿 う 機 構 の 大 改 革 を 行 な い 、 経 済 第 一 ・ 第 二 両 部 を 中 心 に 各 課 の 統 廃 合 が 実 施 さ れ た 。 経 済 第 一 部 は 、 農 政 ・ 農 産 ・ 畜 産 の 三 課 が 統 合 さ れ て 「 農 務 課 」 と 改 称 さ れ 、 こ の う ち 畜 産 係 が 打 越 町 の 安 芸 高 等 女 学 校 へ 分 室 し た 。 ま た 、 経 済 第 二 部 は 、 造 船 ・ 金 属 回 収 両 課 が 廃 さ れ 、 軍 需 課 が そ の 業 務 を 引 き つ ぎ 、 新 た に 生 活 物 資 課 が 設 け ら れ た 。 な お 、参 考 と し て 、昭 和 十 九 年 広 島 県 庁 職 員 録 に よ る 機 構 と 人 員 を 示 す と 、次 表 の と お り で あ る 。二 十 年 職 員 録 は 、 作 成 途 中 で 被 爆 し た た め 、 そ の ま ま に な り 出 版 さ れ な か っ た 。 (昭 和 十 九 年 職 員 録 に よ る 機 構 と 人 員 ) 課 名 * 職 員 数 中 国 地 方 行 政 協 議 会 * 一 一 〈 内 政 部 〉 * 四 二 一 文 書 課 * 二 五 人 事 課 * 一 七 庶 務 課 * 二 三 地 方 課 * 三 九 教 育 課 * 三 七 社 寺 兵 事 課 * 二 〇 社 会 課 * 二 三 拓 務 課 * 九 衛 生 課 * 一 五 〇 調 査 課 * 二 五 会 計 課 * 五 三 〈 経 済 第 一 部 〉 * 三 六 五 農 政 課 * 五 四 食 糧 課 * 三 一 農 産 課 * 二 七 水 産 課 * 一 一 二 耕 地 課 * 一 四 一 〈 経 済 第 二 部 〉 * 二 一 九 軍 需 課 * 四 八 商 政 課 * 四 二 林 務 課 * 一 〇 六 造 船 課 * 一 六 金 属 回 収 課 * 七 〈 警 察 部 〉 * 三 八 四 情 報 課 * 八 特 別 高 等 課 * 三 三 警 務 課 * 五 六 輸 送 課 * 三 一 経 済 保 安 課 * 三 〇 警 防 課 * 三 〇 刑 事 課 * 二 四 労 政 課 * 四 七 保 険 課 * 五 四 福 山 保 険 出 張 所 * 三 七 国 民 動 員 課 * 三 四 〈 土 木 部 〉 * 三 四 二
土 木 課 * 二 九 四 建 築 課 * 二 二 都 市 計 画 課 * 二 六 (昭 和 十 九 年 広 島 県 職 員 録 )* 合 計 一 、 七 四 二 人 八 、 疎 開 状 況 県 全 般 を 統 轄 す る 県 庁 は 、 一 般 の 会 社 ・ 工 場 と は お の ず か ら そ の 立 場 を 異 に す る た め 、 当 初 は 厳 然 と し て 不 動 の 姿 勢 を 保 ち 、 も っ ぱ ら 一 般 の 疎 開 作 業 や 動 員 な ど 、 あ ら ゆ る 防 衛 対 策 を 指 揮 し 、 推 進 す る 母 体 と な っ た が 、 昭 和 二 十 年 に 入 り 、 日 本 の 主 要 都 市 が 次 々 と 空 襲 を 受 け 、 そ の 被 害 も 日 ご と に 増 大 す る と い う 事 態 に 直 面 し た た め 、 同 年 二 月 ご ろ 、 市 内 各 官 公 庁 が 一 か 所 に あ っ て は 、 空 襲 で 全 滅 す る と い う 最 悪 事 態 を 考 慮 し 、 四 月 に 入 っ て か ら 、 各 課 の 一 部 や 重 要 文 書 、 備 蓄 す べ き 物 品 な ど 最 少 限 の 分 散 疎 開 を お こ な っ た 。 当 時 、援 護 課 勤 務 三 谷 昇 事 務 官 の 手 記「 原 爆 当 時 の 広 島 県 庁 」に よ れ ば 、「 昭 和 二 十 年 の は じ め 頃 か ら 、広 島 市 も い つ 空 襲 を 受 け る か 分 ら な い と い う 気 分 に 全 市 が 打 お わ れ て き た 。 こ と に 四 月 末 、 大 手 町 を 中 心 に し て 十 発 程 度 の 爆 弾 が 落 と さ れ て か ら 、 建 物 疎 開 が 急 速 に 進 め ら れ る よ う に な っ た 。 水 主 町 に あ っ た 県 庁 の 周 辺 も 、 ほ と ん ど の 民 家 や 寺 を 取 り は ら っ た 。 そ の 作 業 に 庁 員 も 毎 日 従 事 さ せ ら れ た 。 私 (三 谷 )は 内 政 部 援 護 課 の 事 務 官 で 、 空 襲 罹 災 者 の 保 護 を 担 当 し て い た 。 こ の 仕 事 は 、 戦 時 災 害 保 護 法 に よ る 応 急 援 護 ・ 遺 族 援 護 ・ 住 宅 援 護 な ど が 中 心 に な っ て い た が 、 そ の 前 提 と し て 、 空 襲 罹 災 者 で あ る こ と を 確 認 す る た め 『 罹 災 證 明 書 』 を 用 意 し て お く 必 要 が あ っ た 。 そ こ で 春 頃 か ら 、 約 二 〇 万 枚 印 刷 し て 『 広 島 県 』 の 印 も 捺 し た も の を 、 市 内 の 国 民 学 校 の 砂 場 の 東 南 の 隅 な ど に 分 散 し て 埋 め た 。」 と あ る 。 ま た 、 御 真 影 を 双 三 郡 ・ 比 婆 郡 の 地 方 事 務 所 や 国 民 学 校 に 疎 開 し た 。 ま た 、 人 事 課 の 文 書 (職 員 名 簿 )は 、 県 庁 構 内 の 奉 安 庫 の 横 に 穴 を 掘 り 、 埋 め て い て 損 傷 を 受 け ず 、 戦 後 大 い に 役 立 っ た(黒 田 益 夫 談 )。 ま た 、 県 警 察 部 が 、 広 島 市 役 所 内 に 移 っ た の を は じ め 、 各 課 で は 、 調 査 課 及 び 農 務 課 が 打 越 町 の 安 芸 高 等 女 学 校 に 分 室 し た よ う に 、 前 記 の と お り 本 川 国 民 学 校(土 木 部 全 課 )や 袋 町 国 民 学 校 (衛 生 課 )、 広 島 商 工 会 議 所 (会 計 課 の 一 部 )そ の 他 、 疎 開 し て 空 い て い る 市 内 の 学 校(鉄 筋 コ ン ク リ ー ト 建 )な ど に 、 そ れ ぞ れ 分 室 し た 。 九 、 防 衛 態 勢 防 衛 当 直 激 化 す る 空 襲 に 備 え て 、 県 庁 職 員 は 三 日 に 一 回 の 防 衛 宿 直 (最 高 責 任 者 と し て 知 事 ま た は 部 長 が 宿 直 )が あ り 、 そ れ ぞ れ の 部 署 に つ い た 。 す な わ ち 、 常 に 全 庁 員 の 三 分 の 一 が 防 衛 要 員 と し て 日 夜 勤 務 し て い た が 、 八 月 五 日 の 夜 は 二 回 の 空 襲 警 報 発 令 に よ り 、 ほ と ん ど の 庁 員 が 出 勤 し て い た 。 六 日 朝 、 警 報 解 除 に な っ て か ら も 、 郡 部 か ら 通 勤 し て い た 職 員 は 、そ の ま ま 平 常 勤 務 に つ き 、ま た 一 般 職 員 も 午 前 八 時 に 出 勤 し 、ほ と ん ど の 職 員 が 庁 内 に お い て 被 爆 し た た め 、 全 滅 に ひ と し い 犠 牲 者 を 出 す 結 果 と な っ た 。 な お 、 六 日 当 日 の 宿 直 最 高 責 任 者 永 野 経 済 第 一 部 長 は 、 警 報 解 除 後 、 白 島 の 自 宅 へ 帰 っ て い て 被 爆 し た 。 避 難 対 策 災 害 に 備 え て 「 県 庁 罹 災 の 場 合 の 移 転 先 」 と い う 小 冊 子 に は 、 第 一 候 補 に 比 治 山 の 多 聞 院 が 書 い て あ っ た 。 こ の ほ か 、 非 常 避 難 先 と し て は 、 市 役 所 ・ 本 川 国 民 学 校 ・ 福 屋 ・ 商 工 経 済 会 (商 工 会 議 所 )・ 及 び 打 越 町 の 安 芸 高 等 女 学 校 な ど が 指 定 さ れ て い た が 、す べ て 焼 失(安 芸 高 女 は 倒 壊 )し た た め 、被 爆 に 際 し て は 、比 治 山 の 多 聞 院 の み が 辛 う じ て 使 用 で き た の で あ る 。 ま た 、 県 庁 構 内 に 防 空 壕 を 構 築 し 、 隣 接 の 県 病 院 の 庭 園 (與 楽 園 )の 築 山 に も 、 一 五 、 六 人 く ら い 収 容 可 能 な 防 空 壕 を 三 か 所 作 っ て い た 。 ま た 、 会 計 課 書 類 も こ の 防 空 壕 に 格 納 し て い て 難 を 免 れ た 。 十 、 被 爆 の 惨 状 惨 禍 県 庁 舎 は 明 治 時 代 に 建 て ら れ た 木 造 の 古 い 建 造 物 で あ っ た う え 、 爆 心 地 に も 至 近 の 場 所 に あ っ た か ら 、 原 子 爆 弾 の 炸 裂 に あ っ て は ひ と た ま り も な か っ た 。 建 物 は 瞬 時 に 倒 壊 し 、 全 焼 し た 。 庁 員 の 惨 禍 は 実 に 大 き く 、 多 く は 即 死 か 倒 壊 物 の 下 敷 き と な っ た ま ま 焼 死 し た 。 戦 後 出 版 さ れ た 県 庁 関 係 の 諸 文 書 − 広 島 県 職 員 組 合 発 行「 ね ん り ん 」15 号 、あ る い は 広 島 県 健 康 相 談 所 勤 務 で あ っ た 嘉 屋 文 子 医 師 の 著 書「 き の こ ぐ も 」 そ の 他 に も 書 か れ て い る が 、 庁 内 に お け る 被 爆 者 の 手 記 と し て は 、ね ん り ん 15 号 所 載 の 県 印 刷 所 勤 務 で あ っ た 筏 敏 行
所 員 た だ 一 人 を 見 い だ す に と ど ま る の で あ る 。 辛 う じ て 脱 出 し 、 自 宅 に た ど り つ い た 幾 人 か の 庁 員 も 、 被 爆 後 一 、 二 か 月 の あ い だ に ほ と ん ど 死 ん で い っ た 。 前 記 筏 敏 行 の 手 記 に よ る と 、「 当 日 の 朝 出 勤 (印 刷 所 に )し て い た の は 、 所 内 で は 一 二 、 三 人 く ら い だ と 思 う 。 議 会 議 事 堂 の 南 側 に あ っ た 印 刷 所 に 入 り 、 作 業 服 に 着 替 え 、 さ て 仕 事 を 始 め よ う か と 思 っ た 瞬 間 、 ピ カ ッ ・ ド ー ン 。 数 メ ー ト ル は ね と ば さ れ て 、 気 が つ い た と き は 、 瓦 解 し た 家 の 下 敷 き に な っ て い た 。 み ん な ハ リ の 下 敷 き に な っ た り 、活 字 の 下 敷 き に な っ た り し て 、助 け を 求 め て い た 。そ れ ぞ れ 自 力 で 逃 げ 出 し た が 、 他 人 の こ と は ど う す る こ と も で き な か っ た 。 私 も 気 が つ い た と き は 、 火 が 近 く 迫 っ て い た の で 、 必 死 に な っ て 逃 げ た 。 一 人 ほ ど 『 助 け て く れ !』 と 、 救 い を 求 め て い た が ど う す る こ と も で き な か っ た 。 私 は 幸 い に も 顔 に 二 か 所 ほ ど 傷 を う け た だ け で 、 瓦 礫 か ら 這 い 出 る こ と が で き た 。 そ の 晩 は 、 防 空 壕 の 中 に あ っ た ふ と ん を ひ っ ぱ り 出 し 、 中 島 国 民 学 校 の 裏 の 、 防 空 壕 の 上 で 寝 た 。 結 局 、 生 き 残 っ た の は 四 人 く ら い だ と 思 う 。 翌 日 、 火 が お さ ま っ て 焼 跡 に 行 っ て み た が 、 ハ リ の 大 き な 材 木 の 下 敷 き に な っ て 焼 け 死 ん で い る 人 が 多 か っ た 。 な か に は 鉛 の ド ロ ド ロ に 熔 け た 下 で 、 白 骨 で 死 ん で い た 職 員 も い た 。」 と あ る 。 死 の 脱 出 ま た 、佐 伯 郡 五 日 市 町 の 家 に 警 防 団 員 が 知 ら せ に 来 た こ と で 、父 の 生 存 を 知 り 救 助 に 行 っ た 大 道 博 昭 の 手 記 (ね ん り ん 15 号 )に よ っ て も 炸 裂 下 の 惨 状 を う か が う こ と が で き る 。 「 八 月 七 日 の 午 前 九 時 ご ろ 、警 防 団 員 が 、父 が 県 庁 の 正 門 の と こ ろ で 、け が を し て 寝 て い る と 知 ら せ て き て く れ た 。 急 い で か け つ け て み る と 、は だ か に 近 い 格 好 で 寝 て い た 。顔 に 火 傷 は な い 。し か し 、左 足 が 折 れ 、背 の 大 部 分 は 火 傷 、 頭 に 大 き な 裂 傷 が あ る 。 頭 の 骨 の 部 分 が 見 え る 。 か な り の 傷 で あ っ た が 、 口 は き け る 。 気 力 の せ い か 案 外 元 気 そ う で あ る 。 父 の 寝 て い る 付 近 に も 、 黒 こ げ に な っ た 死 体 が 、 む ご た ら し く 横 た わ っ て い た 。 付 近 の 水 槽 に も 、 風 船 の よ う に 、 お な か の ふ く れ た 死 体 が 浮 い て い る 。 父 の み が 生 き の び て い た の が 不 思 議 で あ っ た 。 事 情 を 聞 く と 、 父 は 『 二 階 の 衛 生 課 か ら 地 上 に は ね と ぼ さ れ 気 を 失 っ た 。 気 が つ い て み る と 、 付 近 は 火 の 海 。 逃 げ よ う と 思 っ て 立 と う と し た が 、 立 つ こ と が で き な い 。 見 る と 、 左 足 が 折 れ て い る 。 と に か く 生 き な け れ ば と 、 這 い な が ら 、 や っ と の 思 い で 県 庁 正 門 の と こ ろ ま で た ど り つ き 、 そ の 横 の 水 槽 に 飛 び こ ん だ 。 一 日 中 、 こ の 水 槽 の 中 で 、 火 の 粉 が 降 り か か っ て く る た め 、 顔 を 沈 め た り 、 上 げ た り し て す ご し た 。 翌 七 日 の 朝 、 通 り が か り の 人 に 、 こ の 水 槽 か ら 出 し て も ら っ た 。』 と 答 え た 。 水 主 町 の 住 吉 神 社 の 境 内 に 、 応 急 救 護 所 が 設 け ら れ て い る と 聞 き 、 警 防 団 員 の 手 を 借 り て 、 そ こ へ 父 を 運 ん だ 。 応 急 手 当 を 受 け て ホ ッ と す る ひ ま も な く 、 兵 隊 が や っ て き て 、 似 ノ 島 検 疫 所 へ 負 傷 者 を 収 容 す る と 命 令 し て き た 。 午 後 二 時 ご ろ 、住 吉 神 社 の 横 へ 上 陸 用 舟 艇 が 横 づ け さ れ 、父 は 運 ば れ た 。」。そ し て 似 ノ 島 の 臨 時 収 容 所 で 、「 八 月 十 四 日 午 後 三 時 ご ろ 、 息 を ひ き と っ た 。 ひ と こ と も 言 わ ず 、 口 か ら 多 量 の 血 を 吐 き な が ら 死 ん で い っ た 。」 の で あ る 。 凄 惨 な 県 庁 跡 七 日 に 、 岡 山 県 医 師 会 の 第 一 回 救 護 班 と し て 入 市 し た 西 村 伊 勢 松 医 師 の 手 記 (昭 和 三 十 七 年 八 月 二 十 五 日 付 岡 山 県 医 師 会 報)の 中 に 、 凄 惨 き わ ま り な い 県 庁 の 焼 跡 の 状 況 に つ い て 、「 … そ れ は 丁 度 お 昼 頃 だ っ た か と 思 い ま す が 、 県 庁 の 焼 跡 と 思 わ れ る 所 に 入 っ て 、 家 の 土 台 の 敷 石 を ま た い で 、 何 の 気 な し に 床 下 で あ っ た と 思 わ れ る 地 面 を 見 ま す と 、 土 台 石 に 沿 っ て 四 、 五 尺 ぐ ら い の 間 隔 に 、 直 径 二 尺 ぐ ら い の 楕 円 形 の 黒 い シ ミ が あ り ま し た 。 顔 を 近 づ け て 見 る と 、 シ ミ の 真 ん 中 に 、 更 に 黒 い 部 分 が あ っ て 、 み な 頭 蓋 骨 の 形 を し て い る の が 、 判 然 と 見 ら れ ま し た 。 黒 い シ ミ は 、 人 の 焼 け た と き の 脂 で で き た シ ミ だ っ た わ け で す 。 被 爆 の 際 、 机 の 前 に 腰 か け て 並 ん で い た 人 々 が 、 一 様 に 同 じ 姿 で 、 一 瞬 に 真 上 か ら 屋 根 と 天 井 で 、 圧 し 潰 さ れ て で き た 人 形 だ っ た わ け で あ り ま す 。 こ れ は 妙 だ と 気 づ い た の で 、更 に 、直 角 の 位 置 に あ る 土 台 石 の 方 に 、歩 い て 見 ま す と 、何 と 今 度 は 、仰 臥 の 姿 勢 で 、 人 が 立 っ た ま ま 棒 倒 し に な っ た と 思 わ れ る 人 影 が 、 一 間 お き に 並 ん で い ま し た 。 足 は み な 窓 に 向 い て 、 ま っ た く 寝 た よ う な 形 を し て 、 長 々 と し た 形 で 、 脚 ・ 胴 体 ・ 頭 ・ 手 と は っ き り し て い ま し た が 、 い ず れ も 骨 と し て は 一 片 も 残 っ て い ま せ ん で し た 。 恐 ら く ア ッ と い う ま に 、 同 じ 姿 で 圧 し 潰 さ れ た と 想 像 さ れ る 姿 で し た 。
し か も チ ョ ッ ピ リ と 推 理 ら し き も の を 働 か せ ま す と 、 長 々 と 倒 さ れ た 並 列 の 一 群 は 、 閃 光 を 見 て 、 一 斉 に 立 ち あ が っ た と こ ろ を 、 爆 風 で 壁 も ろ と も に 圧 し 潰 さ れ た も の で 、 楕 円 形 の 一 群 は 、 閃 光 の 見 え な か っ た 側 の 壁 に 近 く 腰 か け た ま ま の 人 々 の 姿 だ っ た と 思 わ れ ま す 。 こ の 事 情 が 分 か っ た 時 に 、 私 は 寒 気 が し ま し た 。 頭 や 腕 の 骨 の 境 が 判 然 と 見 え た と き は 、 ギ ョ ッ と し ま し た 。 原 爆 と 頭 蓋 骨 と で も 申 し ま し ょ う か 。 今 で も 思 い 出 す と 鳥 肌 の よ う に な り ま す 。 私 は そ の 周 囲 で 、 築 山 の 上 や 池 の 中 に 浮 ん で い る 数 限 り な い 死 体 を 見 た り 、 水 を 求 め て 無 言 の ま ま 庭 園 だ っ た と 思 わ れ る 土 地 の 起 伏 の あ る 面 を 、 ノ ソ リ ノ ソ リ と 四 ッ ん 這 い に な っ て 歩 い て い た 半 黒 焦 げ の 人 々 を 見 た 時 よ り も 、 更 に 悲 惨 な 感 じ を 受 け ま し た 。」 と 、 記 述 さ れ て い る 。 與 楽 園 付 近 佐 伯 郡 五 日 市 町 の 自 宅 か ら 登 庁 す る 途 上 で 、 炸 裂 に 遭 遇 し た が 、 幸 い 怪 我 の な か っ た 農 務 課 の 柿 本 四 三 事 務 官 、 あ る い は 六 日 が 夜 勤 に あ た っ て い た た め 、 旭 町 の 家 で 休 ん で い て 被 爆 し 、 左 足 に 負 傷 し た 援 護 課 の 三 谷 昇 事 務 官 が 、 県 庁 の 焼 跡 に 行 っ た と き 、 そ の 庭 園(與 楽 園 )を 見 る と 、大 き な 池 の 中 に は 、ま る で カ エ ル が 腹 を か え し た よ う な 姿 で 、無 数 の 死 体 が 水 面 を う ず め て い た 。 ま た 、 池 の 周 囲 に 掘 ら れ た 三 か 所 の 防 空 壕 に も 、 無 残 な 死 体 が 幾 つ も 折 り 重 な っ て い た 。 こ の 池 の 付 近 は 、 県 庁 の な か で も 特 に 死 体 が 多 く 見 ら れ 、 池 の 渕 に の め り こ む よ う に し て 死 ん で い る 者 、 吹 き と ば さ れ て 松 の 木 の 中 途 に ブ ラ 下 っ て 死 ん で い る 者 な ど が 目 撃 さ れ た 。 た だ 不 思 議 に も 、 大 火 災 で あ っ た に も か か わ ら ず 、 築 山 の 松 や そ の 他 の 樹 木 が 、 ま だ 幾 本 も 青 々 と 立 っ て い た 。 柿 本 四 三 手 記 に よ れ ば 、「 與 楽 園 は 、藩 主 浅 野 重 晟 の 別 邸 で あ っ た と か 。と に か く 県 病 院 裏 の 公 園 は 、わ れ わ れ 職 員 に は 憩 い の 場 で あ っ た 。 春 先 と も な れ ば 、 昼 食 後 の 一 と き を 日 向 ぼ っ こ で 寛 ぐ の で あ っ た 。 園 の 中 央 に 池 が あ り 、 浮 御 堂 も あ っ た 。ボ ラ が た く さ ん い た 。池 の 周 囲 は 、芝 生 の マ ン ジ ュ ウ 山 が あ り 、恰 好 良 い 松 が 風 情 を 添 え 、川 岸 に は 、 楠 の 木 な ど の 老 樹 が 生 い 茂 っ て い た 。 私 が 復 職 し た 四 月 に は 、 そ の マ ン ジ ュ ウ 山 に は 防 空 壕 が 掘 ら れ て い た 。 幾 度 か こ の 防 空 壕 が 役 に 立 つ だ ろ う か と 、 中 を 覗 き み た も の だ っ た 。 與 楽 園 に 足 を 入 れ て 、 ま ず 目 に 入 っ た の は 池 で あ っ た 。 岸 辺 に し が み つ い た 多 く の 死 体 だ っ た 。 私 は 一 人 一 人 の ぞ き 見 て 歩 い た 。 或 い は 同 僚 で は な い か 、 知 人 で は な い か 、 と 探 し 求 め た け れ ど 誰 一 人 と し て 誰 人 で あ る か を 示 す 容 相 を し た 者 は な か っ た 。 一 様 に 腰 の 辺 ま で は 水 中 に 、 胸 を 岸 に 手 を つ い た 人 、 仰 向 い て 両 手 で 空 を か き ち ぎ っ て い る 人 達 で 、 皆 、 裸 の 姿 で あ っ た 。中 に は 、水 中 に 沈 ん だ 人 は な い か と 、よ く 見 た が 体 が ふ る え て 浮 御 堂 ま で は ゆ け な か っ た 。防 空 壕 の 中 に は 、 そ れ ぞ れ 四 、 五 人 の 死 体 が 、 苦 し み に 耐 え 抜 い た 姿 で 、 皆 昇 天 し て い た 。」 と い う 。 余 燼 く す ぶ る 中 に 七 日 朝 に な る と 、 さ し も の 火 災 も よ う や く 自 然 鎮 火 し た が 、 ま だ 、 所 々 に 煙 が あ が っ て く す ぶ っ て お り 、 そ の 中 を 歩 く の さ え 熱 さ が こ た え た 。 そ し て 死 体 は い ず れ も 黒 焦 げ に な っ て お り 、 誰 彼 の 分 別 も つ か な い あ り さ ま で あ っ た 。 双 三 郡 に 出 張 中 で 被 爆 を ま ぬ が れ た 涌 島 秀 行 農 務 課 長 が 急 ぎ 帰 広 し て 、 県 庁 跡 に 立 っ た と き 、 瓦 や 石 が 黒 く 煙 っ て い る 所 に は 、 必 ず 焼 け た 人 の 死 体 が あ っ た と い う 。 そ れ ら を 、 腕 時 計 ・ バ ン ド ・ 眼 鏡 の 縁 な ど で 誰 で あ る か を 判 断 し な が ら 骨 を 拾 い 、紙 に 包 ん で 名 前 を 書 い て お い た 。余 っ た 骨 は 、議 事 堂 前 の 焼 跡 に 埋 め て 埋 葬 し た 印 を つ け て お い た 。 ま た 、 本 川 国 民 学 校 (学 童 疎 開 あ と )に 土 木 部 の 全 課 が 疎 開 し て い た が 、 こ こ も 爆 心 地 に 一 層 近 く 、 学 校 は 鉄 筋 コ ン ク リ ー ト の 外 郭 だ け を 残 し て 全 焼 す る と い う 惨 状 で 、 出 勤 し て い た 職 員 は 全 滅 的 な 打 撃 を 受 け た 。 死 体 の 処 理 県 庁 跡 付 近 の 負 傷 者 の 救 護 や 死 体 の 処 理 な ど を お こ な っ た の は 、 江 田 島 か ら 出 動 し た 若 い 特 攻 隊 の 兵 士 ら で あ っ た が 、そ の 隊 員 山 村 重 定 特 別 幹 部 候 補 生 の 報 告 に よ る と 、死 体 の 散 乱 し て い る 県 庁 の 広 場 に は 、黒 塗 り の 乗 用 車 が 一 台 、 鉄 屑 に な っ て 転 が っ て お り 、 谷 の よ う な 大 き な 穴 が 地 面 に あ い て い た の で 、 こ れ を 埋 め た と い う 。 県 庁 員 の 被 害 県 庁 職 員 の 被 害 状 況 は 、 次 の と お り で あ る (竹 内 喜 三 郎 日 記 )。 高 野 源 進 県 知 事 は 、 福 山 地 方 に 出 張 中 で あ っ た た め 難 を の が れ た が 、 出 勤 時 間 厳 守 の 秋 吉 内 政 部 長 は 、 内 政 部 長 室 で 被 爆 死 亡 、 大 森 経 済 第 二 部 長 ・ 中 島 土 木 部 長 ら は 重 傷 を 受 け た 。 職 員 は 、 総 数 一 、 一 〇 七 人 の う ち 死 亡 者 五 七 人