● 1 型糖尿病の場合 新潟県中越地震の体験を話していると、「地震などの大災害時にインスリンは手 に入るのか」「手に入らないときはどうしたらよいのか」と、よく質問されます。 まずはインスリン療法が必須の 1 型糖尿病の場合を考えてみましょう。 1.緊急連絡方法についての準備が必要 1 型糖尿病の人はインスリンが絶対に必要で、その中断は生命にかかわります。 インスリンがなくなる前に早急に医療機関と連絡をとる方法を、普段から指導して おかなければなりません。なお、2006 年に起きた新潟県中越地震では幸いにもケ トアシドーシスの発生はありませんでした。1 型糖尿病患者さんは普段からインス リンを手元に持っていることが多いので、避難するときも持ち出すことができたよ うです。しかし、避難所に行ったけれど他人の前でインスリンが打てず、高血糖と なった人を緊急で往診したことがあります。病院側は、1 型糖尿病患者さんのリス トを作り、何らかの方法で連絡をとる方法を考えておいたほうがよいでしょう。 2.インスリンの代用方法 インスリンなら何でもよいというわけにはいきませんから、自分のインスリンが ない場合にほかの人のインスリンを借りて打つということはできません。インスリ ン療法では、その人の血糖パターンや生活スタイルに応じて適切なインスリン製剤 を選択しているのです。そして、現代ほど多様な種類のインスリンが使われている 時代はありません。そのため、救護所でインスリンを処方しようと思っても、その 人が普段使用しているインスリンが手に入らない場合があるでしょう。そのときは どのインスリンなら代用できるのでしょうか。速効型(R)と中間型(N)、あるい 解 説
A
正 解 … a 被災時にインスリンがなくなったらどうすればよいでしょうか? (複数回答可) a 1 型糖尿病の人ではインスリン注射が必ず必要なので、中断しないように する。 b 自分のインスリンがないときには、ほかの人のインスリンを借りて打てば よい。 c 避難所の救護所に行けばインスリンが手に入るのでそれを打てばよい。 d インスリンがないときは、経口血糖降下薬をその分多めに服用する。Q
38
こたえ状況判断力じっくり養成ドリル 50 章
2
災害への備えを用意せよ!8
は超速効型(Q)と持効型(G あるいは D)があればなんとかできるはずです。そ の人の一日インスリン使用総量を単純に 3 ~ 4 等分し、その量を朝昼夕と就寝前に 「R-R-R-N」か「Q-Q-Q-G(D)」などで打ちます。災害時は食事の内容や時間が日 常生活とは異なりますので、インスリンも食前ではなく、どのくらい食べられたか を判断して食後にやや少なめに打ち、血糖をこまめに測定しながらインスリン量の 調節をする必要があります。どう対応すればよいか、日ごろから患者さんに伝えて おくとよいでしょう。 ● 2 型糖尿病の場合 一方、2 型糖尿病の人はインスリンの中断ですぐに危険な昏睡になるようなこと はないのですが、やはり血糖が上昇してしまうことが予想されます。そのときは水 分をできるだけ多くとってもらいます。脱水が高度になると高浸透圧高血糖症候群 の危険も出てきます。インスリンと経口血糖降下薬を併用している人では、内服薬 を増やせばよいというものではありません。勝手な判断で治療の変更をせず、なる べく早く避難所に巡回する医療スタッフに相談することです。相談された医療スタ ッフは患者さんの治療状況を確認し、主治医に連絡するか糖尿病専門医に相談する ようにしてください。 ● 引用・参考文献 1) 八幡和明.震源地からのメッセージ:マグニチュード 6.8 を乗り越えて.月刊糖尿病ライフさかえ.4(1-6),2005. 2) 八幡和明ほか.大震災からの教訓:新潟中越沖地震を体験して.月刊糖尿病ライフさかえ.45(12),2005,12-21. 3) 八幡和明ほか.大災害「もしも」のときに備える.月刊糖尿病ライフさかえ.46(9),2006,12-17. 4) 八幡和明.新潟県中越地震の教訓.糖尿病ケア.5(3),88-93. 5) 八幡和明.震災時のインスリン療法.糖尿病ケア.4(12),57-60. 6) 八幡和明ほか.震災時の糖尿病医療.Online DITNN.324,2005,3-6. (八幡和明)●食料の準備 災害時に指示どおりの食事療法を守ることは簡単なことではありません。最初は いつ食事が手に入るのかさえわかりません。早めに救援物資が届く避難所もあれば、 小さい避難所ではなかなか物資が届かないこともあります。そんなときのために、 非常持ち出し袋に緊急時の食料を少なくとも 2 日分は入れておくとよいでしょう。 そのほか飴やチョコレートなども入っていると、低血糖の予防にもなり便利です。 ●配給食の食べ方 最初に配給される食料はおにぎりとお茶、あるいはパンと牛乳でしょう。カロリ ーが表示されている場合はその数値を参考にして 1 回に 500kcal を目安に食べるよ うに指導してください。おにぎり 2 個と牛乳 200mL でだいたい 500kcal になります。 あんパン 1 個、牛乳 200mL、バナナ 1 本でもよいでしょう(図 1)。パンはクリー ムパンやカステラパンなどの菓子パンが届くことが多いと思います。これらはカロ リーが高いので、普通に食べると血糖が上がることが予想されます。そのほかの配 給食としてインスタントラーメンもありますが、カロリーが高く塩分も多いので注 意が必要です。「半分残す」「汁は捨てる」などの工夫をしてください。 ただ、避難所ではせっかく送ってもらった食品を捨てることに心理的抵抗がある かもしれません。新潟県中越地震では、そのために全部食べて血圧が上がったり太 ったりした人が多かったようです。勇気を持って残すことも必要なので、避難所の 責任者に相談するとよいでしょう。また、低血糖などの緊急時のためにお菓子やジ ュースなどを用意していることがありますが、あくまでも非常用と考え普段は食べ ないように指導してください。このために高血糖になることも多いようです。 解 説
A
正 解 … a d 災害時に避難所で支給される食事の食べ方として正しいのは? (複数回答可) a 500kcal の目安を覚え、その範囲でできるだけバランスよく食べる。 b 1 食 500kcal までなら、おにぎりでも菓子パンでもラーメンでも、何で も食べてよい。 c 緊急時なので配給された食事はすべて食べる。 d お菓子やジュースなどは低血糖であれば食べてもよいが、それ以外のと きは食べない。Q
39
こたえ状況判断力じっくり養成ドリル 50 章
2
災害への備えを用意せよ!8
●食事の過剰摂取に注意 避難所生活が長期になると、救援物資が潤沢に配給されるようになり、給食のサ ービスも始まります。動かないのに食べものは豊富なのでついつい食べてしまい、 摂取エネルギーが過剰になり肥満と血糖値の悪化を招きます。長引く避難所生活で 10 ~ 20kg も体重が増加した人も見受けられています。体重や血圧の測定など自分 で注意していくことが肝要です。血糖自己測定を行っている人では、血糖値が高く なってきているなら早めに医療スタッフに相談するよう指導してください。 * * * * * 避難所に医療スタッフとして巡回する人は糖尿病の指導ができることを被災者に 告げて、食事や運動の仕方など日常の管理などに力を発揮してください。 ● 引用・参考文献 1) 八幡和明.糖尿病患者さんのための災害マニュアル.東京,ジョンソン・エンド・ジョンソン,2007,8. 2) 八幡和明.震源地からのメッセージ:マグニチュード 6.8 を乗り越えて.月刊糖尿病ライフさかえ.45(1-6),2005. 3) 八幡和明ほか.大震災からの教訓:新潟中越沖地震を体験して.月刊糖尿病ライフさかえ.45(12),2005,12-21. 4) 八幡和明ほか.大災害「もしも」のときに備える.月刊糖尿病ライフさかえ.46(9),2006,12-17. 5) 八幡和明.新潟県中越地震の教訓.糖尿病ケア.5(3),88-93. 6) 八幡和明.震災時のインスリン療法.糖尿病ケア.4(12),57-60. 7) 八幡和明ほか.震災時の糖尿病医療.DITN.324,2005,3-6. (八幡和明) 図 1●食事量の目安(文献 1 より引用改変) 避難所などで支給される食事はおにぎりや菓子パン、インスタントラーメンなど炭水化物が中心のため、エネル ギー量や栄養素、塩分のバランスが崩れがちになります。普段から食事の目安量を覚えておきましょう。 おにぎり 2 個 400kcal 牛乳 200mL 120kcal カップラーメン*1 400 ∼ 500kcal お茶 0kcal みかん 40kcal あんパン*2 300kcal バナナ 80kcal オレンジジュース 100kcal これらの組み合わせは約 500kcal になります。 *1:ラーメンは血圧が上がりやすくなるので 注意。 *2:菓子パンは血糖値が上がりやすいので食 べすぎに注意。大災害時は避難所生活が長くなることが予想されます。非日常の生活が続くとさ まざまな障害が蓄積してきます。そんなときに自分の体を守るためのセルフケアに ついて、糖尿病患者さんへ指導しておきましょう。 ●水分摂取 避難所や車の中に避難していると夜間にトイレに行くことがたいへん不都合なた め、ついつい水分摂取を控えるようになってしまいます。水分が不足すると脱水症 状が強くなって血管の中で血栓ができ、その静脈血栓が肺に詰まって「エコノミー クラス症候群(静脈血栓塞栓症)」を起こすことがあるといわれています。とくに 狭い車内で暖房をつけっぱなしにして動かずにいた人に多かったようです。そのほ か脳梗塞や心筋梗塞の危険もありますので、水分はしっかりとるよう心がけてもら いましょう。 ●セルフチェック 次は自分でできるセルフチェックです。体重、血圧、体温などを毎日測定します。 自分で血糖を測る器械もありますが、自分で測れない人は医療スタッフに相談する ように伝えましょう。異常があればその原因を考えて早めに対処することが大切で す。そして、今までの治療が中断していないか注意してもらいます。 ●感染症・血糖コントロール悪化の予防 避難所は人が多く、換気も不十分で風邪やインフルエンザなどの感染症が広がる 心配があります。そこで、うがいと手洗い、マスク着用などで予防します。また、 避難所や車の中に長くいると運動不足になり、そのため血糖コントロールも悪化し てきます。ラジオ体操、テレビ体操、足の屈伸、散歩など軽い運動をすることが大 切です。 避難所ではプライバシーがなくストレスが溜まりやすくなります。散歩、体操な 解 説
A
正 解 … b c d 避難所でのセルフケアで注意すべきことは?(複数回答可) a 夜間トイレに行くと大変なので水分を減らす。 b 運動不足にならないように体操などを心がける。 c 風邪をひかないようにうがい、手洗いなどを励行する。 d ストレスが溜まらないように気分転換を図る。Q
40
こたえ状況判断力じっくり養成ドリル 50 章