Cancer 23: 31-37 (2014) Cαrcinological Society
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Japanモクズガニの形態の変異と奇形
Form variations and anomalies ofthe Japanese mitten crab Eriocheir japonica
小 林 哲
Satoshi Kobaぅrashi 野外で観察されるモクズガニEriocheirjaponica (de Haan) (短尾類,モクズガニ科)の形態の変異と奇 形の例を報告する.筆者は20年以上野外でモクズガ ニ個体群の生態調査を行っているが,その聞に様々 な変異個体を確認した.これらはいずれもまれでは あるものの,通常の個体とは大きく異なる特徴を示 すものが含まれていた.またこのような変異はモク ズ‘カーニに特徴的な可能性もある.一つの要因として, モクズガニが河川淡水域の物理化学的に変化の激し い環境条件(人為的な水質汚染も含む)のもとで成 長するという点がある.同様に淡水域に生息するサ ワガニ Geotheljロhusadehaan (White)では,化学物質 の汚染による内分泌撹乱が原因の奇形が出現するこ とが報告されている (Ayakiet a.l, 2005).なおモク ズ、カ"ニは内水面漁業の重要種で-あるため,漁獲の現 場では奇形個体は商品価値の無いものとして捨てら れる可能性が高いが,出現した際の対応にもこれら の個体の情報は重要である.ここでは筆者がこれま でに報告したことがあるものも含めて, モクズ、ガニ の形態で特殊と思われる例を整理する.なおモクズ ガニの場合,後述のように腹部の形態は雌の未成体 と成体を区別する有効な形質であるが,奇形が見っ かりやすいのでここで、は腹部を中心に話を進める. . 腹 部 の 奇 形 と 変 異 正常な腹部 他の多くの短尾類のカニ同様,モクズ、ガニの雌は 干812--0053 福岡市東区箱崎3-36ー36--401 3-36-36--401, Hakozaki, Higashi, Fukuoka 812-0053, Japan E-mail: [email protected] 成長に伴い腹部の幅が相対的に広くなり,未成体の 三角形に近い形状から (Fig.1a),胸部腹甲を完全 に覆う,抱卵に適した楕円形の成体の形状へと変化 す る (小林・松浦,1992) (Fig.1b). 4対ある腹肢 は, 内肢の剛毛に卵を包む膜が絡んで付着し,牌化 までの間匪を保護するのに使われる.解化を経験し た雌では,腹肢の欠損が一部に見られる場合もある (Fig. 1c, M).多くの場合,モクズガニの腹部には 斑紋はまれで,尾節や腹節は胸部腹甲と閉じ白い色 をしている.しかし一部の雌成体には白い生地の上 に黒褐色の斑紋が広がっており,中には尾節や腹節 に黒褐色の斑紋が広く分布している個体もある な お小笠原に産する同属種のオガサワラモクズ‘カーニ五 ogωawaraensisでは,雌の成体の腹部はすべて甲の 背面と閉じ褐色を呈している (Komaiet al., 2006). 腹部の萎縮と欠損 2006年l月11日福岡県古賀市中川感潮域で採集 された甲幅45m mの個体に著しい腹部の奇形が認 められた.腹部が不規則にゆがみ,捻れて縮んでい る CFig.ld, e, f).黒く汚れている腹節とともに腹 肢も捻れ,通常は腹部の内側にたたまれているの が,外にはみ出している.また第l腹肢の外肢な ど,一部の腹肢は途中で欠損している (Fig.1f-M). しかし歩脚など他の部分には異常が見られない. これまでに短尾類で報告されている奇形の中で, 同様な例はモクズガニ以外の種での報告はほとんど ないようであり,わずかにGregati& Negreiros-Fransozo (2009)によるブラジルでの Neohelicegranulate (Dana) の報告例がみつかるぐらいである.モクスズ、ガガ.ニでは モクズ、ガ、ニフクロムシPoか
(yascαusg Miザyaおs討ぬ山hiηit同aめ
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C蔓脚類,根頭上目)の感染に伴う間性 日本甲殻類学会 ReportI
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図1. モクズガニ雌の腹部の形態変異.a正常な未成体.b
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C:正常な成体.d正萎縮した腹節とねじれた腹 肢を持つ異常な成体.g:一部欠けた腹節を持つ異常な成体.h-I未成体同様の三角形の腹部を持つ異常 な成体.1,尾節;2,第6腹節 3,第5腹節;4,第4腹節;5,第3腹節 1',第l腹肢;2',第2腹肢; 3',第3腹肢;4',第4腹肢 M.腹肢の欠損;T.胸部腹甲;E.I
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化現象との関連で,同様な腹部の萎縮化が報告され ている COkada& Miyashita, 1935).ただし,腹部の 萎縮化は寄生個体にまれに観察されると記録してお り,フクロムシの感染が直接の原因とは言えない が,成長のバランスが崩れて後天的に引き起こされ た病的な状態であると結論している.なお今回採集 された場所にはフクロムシは分布しておらず,観察 されている状態はフクロムシの感染とは関係ないこ とは明らかである.これまでに筆者はモクズ、ガニを 20年以上採集してきたが,いずれもフクロムシの 分布しない地域で(鹿児島県神之川,福岡県西郷 )11),このような形態の個体を非常にまれにだが採 集している.後述のようにこれらの地域にはモクズ ガニヤドリムシ EntionellafluviatilisMiyashitaC等脚 類,ヤドリムシ亜日)は分布しており,フクロムシ 同様寄生個体に雄の去勢が観察されているが,奇形 個体には寄生が確認されていない.またいずれも雌 であり,成体に限られ,腹部が胸部腹甲に密着して いる未成体では確認したことがない.おそらく雌で は腹部の顕著な成長が伴う脱皮(成熟脱皮)時に何 らかの原因で腹部が正常に伸展せず,脱皮の完了が うまくし、かなくなったためこのような腹肢の欠慣を 伴う腹部の奇形が生じていると恩われる.モクズガ ニの成熟脱皮は淡水域で行われるため,このような 奇形が淡水域で生じていることは確かである. このような奇形はまれであり後天的な可能性も強 いため,性的モザイクや体節および付属肢の重複に 比べると生物学的な重要性は低いとみなされ,他の カニで報告がなされていない可能性もある. しかし 少なくとも成体にまで成長してから症状が現れて抱 卵する能力を失い,正常な繁殖活動に影響を与える 症例がモクズガニに存在することは確かである.通 常の脱皮では,腹部は頭胸部や歩脚と同時に古いク チクラから抜け出し,腹部だけが分かれて脱皮する ことはない.歩脚など他の部分には奇形がなく正常 に機能しており,腹部にのみ奇形が現れているの 図2. モクズガニ雄の腹部の形態変異.a & b:正常な成体.c & dモクズガニヤドリムシの寄生により去勢さ れた釣り鐘型の腹部を持つ異常な未成体.
は,脱皮直後の軟甲状態でのハビタッ卜の撹乱によ る外傷のような,単純な原因によるものではない可 能性を示している. やや軽度の,腹部が一部欠損している例を Fig.lg に示す.2007年 11月3日福岡県古賀市中川感潮域 で採集した甲幅41m mの成体である.腹部の一部 が欠けて軸が少し横にずれている.正常に近い状態 で抱卵が行われているが,卵塊は隙聞からはみ出て いる.このような例から,モクズガニの腹部は成体 になると奇形を生じる可能性が高くなる可能性も考 えられる. 未成体と同様な三角形の腹部 未成体の形態を持つ甲幅 47mmの成体が, 2006 年 3月17日福岡県古賀市中川感潮域で採集された. 腹部の形態はほとんど未成体 CFig.la)と同じで三 角形のまま,胸部腹甲は覆われることなく露出し, 腹部が密着している CFig.lh).採集された感潮域 ではこの季節に分布するモクズ、ガニは基本的に成体 のみで,未成体が採集されることはない.折り畳ま れた腹部を聞くと,非常にわずかだが抱卵が見ら れ, しかも正常な匹の発生(発眼直前)も認められ た CFig.li-E). しかし卵の数は 2-300程度しかな し 正 常 な 抱 卵 と は言えない.正常な場合の甲幅 45mm程度の個体の産卵数は,少なくとも 2万以上 はある CKobayashi,2001).腹部の未熟な形態を示 す奇形は,繁殖成功にも影響を及ぼすことは明らか である.筆者は既に,同様な個体を採集した例を確 認している(小林・松浦, 1992). この奇形は寄生 虫(たとえばカニヤドリムシ)によりもたらされた 可能性もあるが,明らかになっていない. カニヤドリムシによる寄生去勢 モクズガニヤドリムシ Entionellafiuviatifis Miyashita は河川に分布するモクズガニに寄生し,被寄生個体 は頭胸甲がふくらみ左右不対称に変形しているのが 観察される.また雄は去勢(性徴の発達阻害)され るため腹部の外見ですぐに確認できる.2012年 10 月15日に西郷川淡水域下流部で採集された甲幅 49.9m mの去勢個体を Fig.2に示す.正常な雄(甲 示し,未成体の雌の腹部に類似している CFig.2c, d).ただし未成体の雌の腹部は三角形に近く,明ら かに被寄生個体のそれとは異なっている CFig.la). また被寄生個体は交接器にあたる第一腹肢が相対的 に短くなっているが,フクロムシで報告されている ように胸部腹甲を完全に覆うほど腹部が発達するこ とはない.またフクロムシでは卵巣が発達し雌化す る個体も存在するが,カニヤドリムシではそのよう なことはないようである.一方被寄生個体の雌で は,成体になることができず腹部が発達しない成熟 阻害が報告されている COkada& Miyashita, 1935;松 本,1953). 2012年 11月78には同じ場所で甲幅 24.2mmの去 勢個体も採集されており,去勢個体が出現するのは 成体出現サイズに限らず未成体の比較的早い時期か ら寄生されて去勢されるようである.また筆者はこれ までに鹿児島県神之川感潮域で被寄生個体を採集し たことはあるが,いずれも未成体とともに採集され, 海域で成体とともに採集したことはない.岡山県を 流れる旭川│の感潮域上限部での報告では, 着底後間 もない甲長 5mm以下の稚カpニを除く甲長 6
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30mmの 小型の未成体が多数寄生されており,それより上流 では寄生率が少なくなることが記録されている.その ためカニヤドリムシは広塩性であり,カニに寄生する 場所は感潮域上限部から淡水域下流部にかけてが中 心であると推測されている(松本, 1953).モクズガ ニはもともと感潮域上限部周辺に稚ガニが着底し, 一部は周辺に留まるものの, 多くは成長しながら上 流へ遡上して分散し成体になると川を降って海域 へ達する.そのためおそらく被寄生個体は河川感潮 域に出現しでも通常の個体のように分散することが 少なしまた成体のように繁殖のために海へ降ること もなく,多くの場合淡水域から感潮域上部で未成体 のままの生活を送り,生涯を全うするものと思われ る.なお淡水域では成体とともにカニカゴで採集さ れているため,成長すると成体同様に動物性の餌に 誘引される性質は見られるようである. . 短 小 な 成 体 幅48.0mm)の腹部 CFig.2a, b)に比べて被寄生個 1997年秋から 1998年初夏にかけて行われた西郷 体の雄の腹部は相対的に幅が広くなった釣り鐘状を 川の河口から周辺海域でのモクズカ守ニの調査によれ年早く繁殖に参加した,早熟個体であることがわか 成熟脱皮直前の 未成体 70 る. 一般に水産学では,乱獲の影響による繁殖個体の 小型化を検出する場合などで個体群(漁獲資源)の 繁殖特性を明らかにする際,成体出現最小サイズ 90 成熟脱皮直前の 未成体 90 成体 b.モクズガニ 20 80 80 40
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コホー卜1 V コホート2 V コホート3 V コホート4 コホート5 T T 70 60 60 申幅 (mm) 50 50 コホート2 胃 40 コホート1 va
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他種のカニ 30 30 50 40 30 50 40 30 50 20 40 10 30 20 10 ( 次 ) 刷 簡 潔 ば,成体のサイズは雌の場合甲幅38.5-63.5m m,雄 では33.2-69.8m mであり(Kobayashi,2003),繁殖集 団のサイズ頻度分布は正規分布の重なりで表わされ る,ほぼサイズ域の連続した複数のコホー卜からな る傾向を示している.モクズガニの繁殖に参加する 集団は,多くの場合このようなサイズ頻度分布が普 通である(小林,1991; Kobayashi& Ma包U町a,1995a). これを雌雄合わせた集団として分析した結果,淡水 域での成長期間が異なるコホート集団が少なくとも 4つ確認され,平均値が39mm付近にある,秋に着 底後11月の時点で 2年(約 24ヶ月)経過したコホー トが,最小サイズの集団であることが明らかになっ ている CKobay鎚hi,2011). ところが1996年秋から1997年初夏にかけての調 査では, 12月 8日に甲幅 28.5mmの,集団から大き くはず.れた例外的に小さい雄(短小成体,生殖腺の 発達を確認)が採集されている CFig.3; Kobayashi, 2003; 2011). またこれとは別に雌でも, 2006年 3月 30日に西郷川の河口で,着底後2年のコホート集団 から大きくはずれた甲幅30.8mmの倭小成体(腹部 形態で確認)が採集された.西郷川の淡水域での成 長過程を分析した結果と照らし合わせてみると,こ れらの媛小成体は初夏に着底後, 11月の段階で l年 半(約17ヶ月)経過した個体のサイズにちょうど 当てはまる CKobayashi,2011). またこれらの媛小 成体の出現率は少なくとも 1%未満であることは確 か で あ る た め , 筆 者 は 論 文 で 例 外 と し て 扱 っ た CKobayashi, 2011). つまり媛小成体は,例外的に半 10 50 ( 次 ) 幽 寂l
コホートZ V コホート1 v コホート O マ 50 40 30 20 10 コ*ート2 29711 (2'事} 司F 40 30 20 10 ( 次 ) 刷 四 家 90 80 図 4.成熟脱皮直前の未成体と成体の甲幅組成の 頻度分布で示した, 一般的なカニとモクズ ガニとの成熟様式の比較.矢印は成熟脱皮 による成長を示す. 70 60 甲幅 (mm) 50 40 30 90 図3. Kobayashi (2011)による, 1996年一1997年に 福岡県西郷川河口域で採集された成体の甲 幅組成をもとに推定したモクズガニ繁殖集 団のコホート組成.各コホー卜には11月段 階での着底後の月齢および年齢の推定値を 示す. 80 70 50 60 甲幅 (mm) 40 30(生物学的最小形と呼ぶ場合があるが,日本以外で は近年使われておらず, onsetmaturityなどの名称が 一般的である),50%成熟度サイズなどを集 団 内 の 成熟サイズの代表値として扱う場合が多い(五嶋, 2002). しかしこれまでに解明されたモクズガニの 繁殖特性を考慮に入れると,モクズ、力。ニにはこれら の方法を用いるのは適していないことが明らかであ る (Kobayashi& Matsuura, 1 995b) . これらの代表値 を用いるには, 1つ の 個 体 群 内 で 成 熟 (未 成 体 が 成 体 に 達 す る ) サ イ ズ が 狭 い 範 囲 に ま と ま っ て お り (Fig.4a),成体出現率の体サイズに伴う変化 が 単一 のS字状曲線を示す必要がある.これは多くの種で 適用可能であり,漁獲対象種では個体群内の繁殖開 始サイズの基準として漁獲制限サイズを設定する際 に有用である.たとえば福岡市で得られたサワガニ でも,雌の未成体の最大サイズが甲幅20.8m mであ るのに対し成体(腹部形態で確認)の最小サイズは 19.6 m m (最大サイズ30.0m m)であり,20mmを 境 に 未 成 体 と 成 体 の 比 率 が 逆 転 す る (Kobayashi, 2012). 一 方モクズ、ヵーニの場合では,繁殖に参加している 体サイズの異なる複数のモードからなる集団は,成 熟年齢が異なるコホー卜の集団である CKobayashi, 2011). モクズガニはいったん成体になると体内の 浸透圧バランスの変化により川を降る行動が引き起 こされると考えられ(阿部,2002), 川 で 採集され た成体は基本的にその年に初めて成熟した個体から なる.さらに,海に降ったのちは脱皮成長せずその 年だけで繁殖を終えて死亡する.ある程度大きな河 川では成熟サイズは分布している流域により特徴づ けられており,下流域に分布する早熟な集団は小さ なサイズで成体となり繁殖に参加するが,上流域で は大きなサイズに成長して初めて成体となる (Fig 4b).たとえば鹿児島県神之川では,雌の未成体の 最 大 サ イ ズ が 甲 幅67mmで あ る の に 対 し 成 体 の 最 小サイズは37mm(最大サイズ74mm)である.そ のためモクズ、カ占ニでは未成体と成体の混在するサイ ズの範囲が非常に広く,成体出現サイズ範囲のほほ 8割 以 上 に な る 場 合 も あ る ( 神 之 川 で は81.1%). よ っ て 個 体 群 全 体 で50%の成体出現率を出すこと は全く意味がない(小林・松浦, 1992; Kobayashi & Matsuura, 1995b). また今回確認したように,媛小な成体が非常にま れに出現する場合では,事実としては最小成体出現 サイズが甲幅29-30m m程度になるが,個体群の特 性を見る上ではほとんど意味がない.モクズガニの 地域個体群の特性を見る上では,面倒ではあるが各 成体コホート集団の体サイズの平均値をもとめると ともに,各コホート集団の成体全体に占める割合を もとめるのが最良の方法と考えられる.
園 支 蔽
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