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我が国の十脚目幼生についての研究小史(甲殻類研究の歩み,<特集>日本甲殻類学会50周年記念)

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rcinologic al Society 0 1 J a p a n

我が国の十脚目幼生についての研究小史

Historical tren d in larval st ud y o f d e c a p o d s in J a p a n

小西光一

l Kooichi Konishi . は じ め に 甲殻類はその発育初期において,幼生という成体 とはかなり異なる姿で浮遊生活を送る場合が多い. これら幼生の時期に見られる特異な形状と分類群に よる多様性は,これまで多くの研究者を惹きつけて 来た 幼生は一般に体の大きさがlミリ前後と小さ いために肉眼での観察は困難であり,歴史上初めて の記載は,顕微鏡が発明された 17 世紀末に遡る . オランダの L eeu wenhoek は 1699 年 10月16日付け の手紙の中で,カイアシ類 (Cyclop s) が成体とは 全く異なる形態で卵からふ化することに言及してお り,これは幼生発生だけでなく変態に関する初めて の記述とも考えられる. その後の博物学の隆盛に伴 い,天然で採集されたプランクトンを主な材料とし て,数多くの甲殻類幼生が記載されて行くことにな るー 十脚目での初めての幼生記載は Linne (1767) によ るカニ類,おそらくはイチョウガニ科に近い種のメ ガロパであり,次が発生順からは逆になるが, Slabber (1775) によるワタリガニ科のゾエアと考え られる. 当時は,それぞれが別個の種として見られ ており,前者は

I

Cancer germanusJ. 後者は

IMono-culus taurus

J

の名前が付けられていた. またゾエア やメガロパ以外の名称も最初は独自の種として . 19 世紀初めの頃に記載されたものである ゾエアが十 脚目の幼生型であることが明らかにされたのは 19 J (独)水産総合研究センター中央水産研究所 〒236-8648 神 奈川県横浜市金沢区福浦2- 12-4 National Research Institute of Fisheries Science, Fisheries Research Agency, 2-12-4 Fukuura, K anazawa, Yokohama, Kanagawa 236-8648, Japan E-mail: [email protected] 世紀中頃であり,それは 1. V . Thompsonが一連の研 究の中でヨーロ ッパイチョウガニ (Cancer pagurus) の抱卵個体をふ出まで飼育観察したことによるもの で,これが本当の意味での幼生記載の始まりと 言え るーこれら西欧における幼生研究の繁明期について は. Gurney (1942) の総説で紹介されている. この様に,十脚甲殻類の幼生発生を対象とした記 載的研究 (以下,幼生研究と略す) は,西欧を起源 としておよそ 250 年近い歴史があり,発育段階の単 発的な記載にとどまらず,系統分類学や生態学と関 連しつつ,これまでに一つの研究分野を確立して来 た 具体例のーっとしては,ヤ ドカリ 類の分類体系 を 幼 生 形 態 か ら 再 検 討 し た 研 究 が 挙 げ ら れ る ( M cDonald et al., 1957) この様にかなりの数の研究 が行われてきた割には,研究の流れについてまとめ られたものは意外に少なく,最近では Rice (1993) および Ingle (1 998) による総説が見られる程度であ る. 我が国に目を転じてみても,同様に十脚目幼生 の研究史を扱った解説例は,クルマエピ等の一部の 水産重要種以外にはほとんど見られない. そこで今 後の参考のため,我が国における幼生研究の足どり について概要をまとめてみたい. 圃日本における幼生研究の繁明期から現在まで 我が国での十脚目幼生の最初の記録は,江戸末期 の嘉永 2 年 (1849 年) の D e Haan による,シーボ ルトの IFauna JaponicaJ 中のウチワエピと恩われ る後期フィロソーマである( 図 1) しかしながら, ここでは新種“P hyllosoma guerini" としての記載で あり,生活史中の幼生という捉え方ではない. さら に,これより前の天保の頃 (1840 年頃) に毛利元 毒 (梅園) が図鑑「梅園介譜

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の中で圏扇蟹 (ウチ

121

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ハガニ) の名前で、小さなカニを描いており( 図 2) . これがショウジンガニ等の大型メガロパにも見える が,詳細な付帯記述はないのでここでは未定とした u、 -実際の幼生研究は,明治 18 年 (1885 年) に石川 千代松がヌマエピのふ化直後のゾエア幼生を記載し たことに始まると考えられる. この論文は,彼が C. H. W hitman教授および箕作佳吉教授の指導の下, 3 年がかりで行 った研究成果をまとめたものであ り,卵発生からふ化に至る各発生段階が詳細に記述 されている. 図3 にその論文図版の中か らふ化直後 のゾエアの部分を抜粋してみたが,この描画を見た だけで,今日からみても非常に精綴な観察と記載で あることが分かる 以来今に至るまで数多くの研究 が成されて来たが,一つの特徴として,水産学ある いは水産関連の研究者による包括的な研究業績が多 く. 普通とは逆に応用科学が基礎科学を引っ張って 来た印象が強い. 絶対数は少ないものの クルマエピ シーボル トの IFauna JaponicaJ で記載されたウ チワエピ類のフイロソーマ幼生。 図1 .

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で囲んだ部分に“圏扇蟹( ウチハカニ) " が描かれている. ( 国立国会図書館デジタル化資料よ り一部抜粋) 図 2.

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やタラバガニ等の主要産業種については. 1930 年 代までに基礎的な研究論文が出されており , これ ら は後のクルマエピ養殖技術やガザミ等の種苗生産技 術の開発につながっ て行 くものである この 120 年以上にわたる研究活性を概観するた め,図 4 に 1885 年から 2005 年 までの聞に幼生が記 載された論文数と種類数をグラフ 化 してみた. 一見 して分かる通り ,記載数には大きく 2 回のピークが 認められる. 第一のピークは 1930 年前後で,これ は相川庚秋による 主にプランク トン試料に基づく業 図 3. 石川千代松によるヌ マエピの ゾエアの図 (1885 年の Quartery Joumal of M ωroscopical Science (現

在は Joumal of C ell Science) に掲載された論文 図版より ). 45 T 40 tー 口種類数 35 - 論文数 30 t 25 t-. ー一一一一一一一一一一一-20 t 一一一ー一一 15 t.ーョー 10 t一一一・ー 0

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幼生め研究場、

績による所が大きい 彼が 1927 年から 1942 年にか けて精力的に行な った研究については,以前に記し たことがあるが (小西. 1983). その成果のーっと して ,プランク トン標本中の成体種名が分か らない ものに ついて,幼生独自の形態に よって区分し, こ れに基づいて仮の「ゾエア種」を設定したことが挙 げられる. これは彼自身が述べている様にあくまで 便宜上のものであったが,形態の区分自体は実際に は便利な面もあるので.

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尾節は Aikawa の A タイ プ… …

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と言った様な表現で現在でもしばしば使わ れる. その後,第二次世界大戦 (1939 年- 1945 年) によ る影響で他分野と 同様に研究活性の低下があ り,この前後にはほとんど論文は見られないが,戦 時下の不利な状況にもかかわ らず,藤永元作が行 っ たク ルマエピの発生研究 (Hudinaga,1942) の様に, 後の養殖産業発展への貢献を考えると特記に値する ものがある 戦後社会が復興し 1950 年代後半か ら仔稚魚飼育技術 の高度化 を背景とした,ふ化幼生 の人工飼育による観察例が急増し. 1980 年前後に 第二のピークが見られる. このピ ーク,特に論文数 については,論文スタイルの変化がその背景にある と思われる. つまり ,戦前は少数の研究者が多数の 穫をモノグラフ的に扱っていたのが,多数の研究者 が一つの種について扱った論文を多数出す様にな っ たことが挙げられる . 1950 年前後はいわば谷底か ら山頂に 向けての時期であるが. 1957 年に出版さ れた「水産準集成

J

の中で当時の技術面での状況を 知ることが出来る (横 屋. 1957; 八塚. 1957). こ の第二のピーク後は数を減らしつつ現在に至 ってい る. この漸減傾向については,我が国だけのことで 1885 1890 1895 19

1905 1910 1915 1920 1925 1930 1935 1940 1945 1950 1955 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 図 4. 我が固における幼生記載の変遷 (1885 年- 2005 年). 口は記載された種類数. . は記載論文数を示す.

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はなく, Rice (1993) も指摘している様に海外でも, 特に先進諸国 にお いでほぼ同時期に見られる現象で ある その要因と して彼は,この時期に基礎的な学 問分野への研究資金が減って行った時代背景を挙げ ている . また これ以外の要因として次の様に考察し ている. すなわち論文生産は, 1) ある地域( 海域) が良く,この点から今後,我が国でも幼生研究は他 分野の研究者も引き入れつつ,第三のピークを迎え るのではないかと期待さ れる. また我が国の十脚目 の中で,現時点一部 または全部の幼生発生過程が記 載されているのは全種類数のl割前後でしかなく, 今後も地道な研究が必要であることは言うまでもな での研究の初期には多くの研究対象種があるが,採 い 集 ・飼育が容易な種から集中的調べられた後,やり 次に日本 甲殻類学会の会誌である「甲殻類の研 にくい種だけが残り減少する ,2)生態学や増殖学 の研究者が最初の足がかりとして基礎的な発生過程 の研究を行うが,その目的が達成されると本来の分 野に向かうので継続せず減少する. 我が国の自然科 学分野においては元々,実学志向があるこ とを 考慮 すると,こちらの説明の方が当てはまる様に 思 え る. 第二のピークを過ぎたとは言 え,積分値でみれば 戦前の第一のピークをはるかに上回る研究業績が出 ていることになる. さらに, 何 をどこまで記載する かという基準 あるいは記載マニュアルについては, 近年の Rice (1979) や Clark ら (1998) の提言 を通じ て幼生研究者 に受け入れられながら,共通化 した基 準でバラツキ の少な いものとなりつつある この背 景のーっとして は,後述の D N A 解析による分子レ ベルでの系統解析の結果を確認するために多くの研 究者が共通の物差しでより多くの幼生形態を精査す る必要が出てきたことが考えられる. 偶然ではある が,形態情報と遺伝子 (D NA ) 情報はいわば相性 究/Crustacean R esearchJ における幼生記載論文につ いて調べてみると, 1960 年の学会発足と 1963 年の 学会誌発刊以来,年度による変動はあるものの,平 均して全体の約 13% を占めており,同様に甲殻類 専 門誌である ICrustaceanaJ ゃIJournal of Crusta-cean Biology J に比べると掲載率は高い( 図 5). そ の内訳を便宜的にエピ ・ヤドカリ ・カニという大括 りの分類群で見てみると,ほとんどがいわゆるカニ 類で全体の 74% を占め,続いてエピ類 18 %,そし てヤドカリ類 8 % の順となる. また生理学等の分野 については,幼生全体の 114 前後で本誌においての 比率は低いが,これは上述の2誌でも同様の傾向で あると思われる ちな みに生態学に関連して ,ある 海域のプランク トン調査報告等があるが,十脚目は 属や種レベルの 同定が行われる 他の分類群に比べて 単に「十脚類幼生」と 十把一絡げの記述がほとんど である この様な現状ではあるが,これは逆に幼生 研究者からの今後の取り組みが期待されているとも 受け止められる 30守一一一一一一一一一一一一一一一一一一ーーーーーーーーーーーーー・ーー ーー ーー ーー ーー ーー . . ・ ・ ・ーー・- - - ーーーーーー ーー ー 25寸一一一一一一一一一一一一一一一一一一- - - ーーーーー・ーー ーー ーー ーー ーー ーー -↓創刊 (1963年 )

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.-. 口他の論文数

20

- ・幼生論文数 一

15 10 1 2 3 4/5 6 7 8 9 10 11 12 13/4 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 号 数 図5. 日本甲殻類学会誌における幼生記載論文の変遷( 創刊号 (1963)

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. 形態以外の分野と最近の動向について 上記の論文等出版データは形態記載のものを抽出 して用いたが,これ以外の内部形態や行動・生理学 を扱った論文については. 1950年代以前はほとん どなく,やはり飼育技術の高度化等により,実験観 察に有利な研究環境が整った時期から漸増してい る. 例えばクルマエピやウチワエピの幼生において 消化器等の形態変化について詳細なデータが出され ている (Nakamura & Seki, 1990; Mikami & Takashima,

1997) 形態観察の技法については,研究機器類の 性能向上に伴う若干の変化はあるものの,基本はそ れほど変わ っていないが,走査型電子顕微鏡あるい は共焦点レーザー顕微鏡を利用したより 3 次元的な 把握が容易になっている. なお,ふ化以前の距発生 については,石川千代松(1885) 以来,水産種を中 心として (Shiino,1950など) 数は幼生よりも少な いものの,研究業績が上がっている. 幼生を調べる時の必須事項として「種と齢の同 定」を行う必要があり,これまでは形態情報が有力 なツールであった. 一方で,一般に知られている様 に. 1990年後半からD N A解析による種判別技術が 大きく向上 ・普及し, またインターネ ットの普及に 伴う D N A情報の共有効果により,多くの種群にお いて成果が出されて現在に至っている. 最近では, 深海性で一つの科を成す新種として記載されていた パ ク エ ピ (Galatheacaris abyssalis) が. D N A解 析 を基にした再調査によりミカワエピ (Eugonatonotus chacei) のメガロパ期であると判明した例もあり

(De Grave, et al., 20 10). 2世紀前には発生の観察で

行われたことが. D N Aの解析により行われる様に なったとも言える この様に現在は,種の分類・同定ではD N A解析 が全盛である. しかしながら,齢期の判定について は,まだ幼生の形態情報が必要で、ある 例えばシャ コにおいて, リポフスチン (lipofuscin) という物質 の脳内神経細胞での蓄積密度の解析による年齢査定 に成功しているが (Kodamaet al., 2005). この場合 最小単位が「年」であり,期間がl年以内である十 脚甲殻類の幼生においては,まだ利用するには困難 があると思われる. 形態に関連して,古生物学における観察技術の発 展により,幼生の化石の研究が海外ではかなり進ん でいる. 魚類の胃内容物の化石の記載例 (Maisey& D e Carva1ho, 1995) では,高等カニ類の, しかも第 一ゾエアらしいことが分かる位である. また,イセ エピ類のフイロソーマについても化石の研究が進み (Polz, 1975, 1987). 更に最近ではシャコ類において 紫外線顕微鏡の画像データを基にした幼生の三次元 復元像が得られており (Haug,et al., 2008). 系統解 析上,この分野での進展が我が国でも期待される所 である 以上,幼生記載の研究について120余年を概観し てみたが,歴史的に見て我が国の研究者の貢献度の 高さを改めて認識させられる 本誌の古い記事の中 で「……どうやら,この小児科学の分野は我が固に おけるエピ・カニ研究の内で特定の種を除いては, 現在最も手薄であり,かつ,あまり大方の興味を惹 いていない( ? ) もののように恩われる (倉田, 1965)J という記述を見つけたちょうど幼生研究 が上り坂にかかり始めの時期であるが.40年以上 経った今,様相は一変しており,当時に比べて研究 者の数というよりは研究者の層は厚くなり,少なく とも手薄ではなくなっていると感じられる これか らは. D N A解析等の先端技術の潮流を踏まえて, 記載から一歩踏み込み,形態と機能との関係解明を 通じて他の研究分野と連携しつつ,より 学問の深化 発展が期待される所である 圃 文 献

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