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経済計算で規範意識を育てる : 定時制高校の「現代社会」での試み(投稿原稿(査読付))

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Ⅰ.はじめに

 規範意識の醸成は学校教育の責務であるが,このこ とは学校のあらゆる教育活動を通してなされることと されている。1)高校の公民科の授業においてはどのよ うにして,それが可能なのであろうか。公民科の授業 で経済的思考を育成することで,規範意識を醸成でき ないだろうか。本稿はこのような問題関心により, 「現代社会」の授業で試みた実践報告である。 1.背景  授業は大阪府の夜間定時制高校で 2007 年に行った。 この高校の在籍者は 1 年 87 人,2 年 48 人,3 年 68 人, 4 年 34 人であり,日々の授業出席者はおよそ 6 割〜 7 割程度である。校内での喫煙はもとより器物損壊,窃 盗,暴力事件が頻発し,教師は当番を決めての校内巡 回・トイレ前の立ち番のみならず,学校周辺の巡回も 行ったが,時には警察に出動要請をするような事件も 起こっていた。このような中で生徒の規範意識の醸成 は喫緊の課題であった。  そもそも規範意識は「学校全体の一致と協力……家 庭・地域の協力を得て」醸成されるべきこととされて いる。2)しかし,この定時制高校における生徒の家庭 環境を見れば,母子家庭が 54%,授業料免除申請も 約 4 割であり,日々の生活に追われている家庭に十分 な協力を期待できない。また,規範意識の乏しい生徒 の多くは生育過程において,モデルとなる大人をその 周辺に見つけ出せず,むしろ大人への不信感を強く抱 いているケースが一般的であり,地域の協力を得るこ とも簡単ではない。したがって,規範意識の醸成にお ける学校の役割は極めて大きいものとなる。 2.ねらい  規範意識の醸成に経済計算を用いようとしたのは, 生徒の金銭感覚の鋭さに注目したからである。  例えば,学校内での窃盗や暴力事件において,被害 者が加害者に対してあやまることに加えて,金銭的な 賠償を求めることが多く,単なる喧嘩も「仲直り」で 終わらず,金銭での決着が必要とされる場面を生徒指 導主事として幾度も経験した。  このような金銭感覚の鋭さは問題事象に関わる生徒 ばかりでなく,この定時制高校生の一般的な特質でも ある。このことはこの定時制高校の生徒と同じ学区に ある進学校の全日制の生徒を対象(いずれも 3 年生 2 クラスで 2011 年 7 月実施。回答数は定時制 35 人・全 日制 64 人)とする金銭感覚についてのアンケート3) 集計の比較からも明らかである。 表1 定時制・全日制生徒の金銭感覚の比較(単位%) ひと月の収 入は 働いて いない 1 万円〜5 万円 5 万円〜10 万円 10 万円以上 51.4 90.1 11.4 7.8 17.2 2.1 20.0 0 ひと月に自 由に使える お金は なし 5 千円未満 5 千円〜2 万円未満 2 万円以上 11.4 7.8 34.3 31.3 31.4 53.1 22.9 7.8 お金を計画 的に使うか とても そうだ そうだやや ややそうでない まったくない 17.1 17.2 51.4 35.9 20.0 35.9 11.5 11.0 友達に合わ せて使って しまう とても そうだ そうだやや ややそうでない まったくない 5.7 7.8 54.3 56.3 22.9 23.4 17.1 12.5 事故・違反 での罰金・ 賠償は 何度も ある 1,2 回ある ない 8.6 1.6 11.4 4.7 80.0 93.7 注:左が定時制,右が全日制である。  アンケートによれば,定時制高校ではおよそ半数の 生徒が働いている。しかし,5 千円以上を自由に使え

Instructional Practice

The Journal of

Economic Education No.31, September, 2012

実践記録

経済計算で規範意識を育てる

─定時制高校の「現代社会」での試み─

Raising Awareness of Norms by Economic Calculation: Practice of Class at Part-time High School

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る生徒(5 千円〜 2 万円と 2 万円以上の計)は,全日 制の 60.9%に対して 54.3%に過ぎない。また,定時制 生徒のうち「お金を計画的に使うか」の問いに肯定的 な答えをするものが 68.5%(全日制 53.1%)(「とても そうだ」「ややそうだ」の計),「友達に合わせて使っ てしまうか」の問いに否定的に答えるものが 40%(全 日制 35.9%)(「ややそうでない」「まったくない」の 計)である。さらに事故・違反で罰金・賠償の経験を 有するものが 20%(「何度もある」8.6%,「1,2 回あ る」11.4%)あり,これらのことからも全日制の生徒 に比べ定時制生徒は経済的に苦しく,ばらつきはある ものの全日制高校の生徒に比べて鋭い金銭感覚を持つ といえよう。  さらに,規範意識について「万引きをしない理由」 を見れば,定時制生徒の場合は「悪いことで許せない から」が全日制生徒に比して少なく,「罰を受けたり 損をするから」が大きな割合を占めている。このこと から定時制生徒の問題行動の抑制としては,内的抑制 より外的抑制が重きをなすがゆえに,損得の経済計算 の学習が効果的であると判断できるのである。 表 2 「万引きをしない」理由の比較(単位%) 万引きをし ないのは ないから必要が 罰を受けたり損を するから 心配・ 迷惑を かける 悪いこと で許せな いから 40.0 31.3 25.7 20.3 22.9 29.7 35.9 45.3 注:左が定時制高校生,右が全日制高校生である  授業の実施にあたり筆者がヒントを得たのは「損得 勘定法」と Becker の理論である。「損得勘定法」とは 論理療法において用いられる自己説得法の 1 つで,あ る行為を選択する時に,すると得することをノートの 左側に,損することをノートの右側に思いつく限り記 述していき,それにより損得を納得した上で行為と選 択を決断するもので,生徒指導の手法としても活用さ れるものである。4)  また Gary S. Becker は経済合理性を犯罪行為にも 応用し,犯罪を実行するか否かは合理的な選択行動の 1 つとした。5)このような知見をヒントに犯罪行為か ら得る利益と損失─特に損失の大きさを計算で実感さ せることで,規範意識を育てようとしたのである。  授業の資料としては新聞記事にある若者たちの犯罪 事件を用いたが,それは以下の学習指導要領によるも のである。  学習指導要領(現行)の第 3 節公民,第 2 款各科目, 第 1 現代社会,2 内容(2)「ウ現代の民主政治と民主 社会の倫理」には「日本国憲法の基本原則について国 民生活とのかかわりから認識を深めさせる」「生命の 尊重,自由・権利と責任・義務,人間の尊厳と平等, 法と規範などについて考えさせ,民主社会において自 ら生きる倫理について自覚を深めさせる」とある。ま た,3 内容の取扱い(1)1「生徒が自己の生き方にか かわって主体的に考えるよう学習指導の展開を工夫す ること」とある。  この学習指導要領が強調しているのは,「生活との かかわり」「自己の生き方とのかかわり」にもとづい て,規範を考えることである。したがって抽象的な道 徳教育ではなくて,夜間定時制高校の生徒の日常生活 においての身近にある「窃盗」「落書き」などの犯罪 行為を取り上げた新聞記事をもとに,犯罪者が負う刑 事上の責任とともに,経済計算によって犯罪者が失う ものの大きさを実感させることによって,法と規範を 考えさせることを意図したのである。

Ⅱ.授業

 授業は 1 年生の「現代社会」(2 単位)の授業におい て,2007 年 10 月〜 08 年 1 月に新聞記事(「盗電」「落 書き」「路上生活者焼殺」「高校に喫煙室」)を資料と してそれぞれ1時間(授業時間は45分)行った。教科 書との対応でいえば「民主政治の基本原理」のうちの 「民主社会の倫理」にあたるが教科書は使用せず,作 成したプリント 1 枚ずつを用いた。授業はいずれもま ず作業=新聞の中の漢字練習で,生徒たちの意識を授 業に向けさせてから内容の説明に入った。計算におい ては特に指示した訳ではないが,どのクラスにおいて も携帯電話の計算機能を用いて,計算結果を発表して くれる生徒がいた。なお,授業終了後に学習事項を記 入したプリントの提出を求めた。 1.テーマ「盗電」 (1)資料として,「朝日新聞」2007 年 9 月 19 日朝刊─ 見出し「コンビニの屋外コンセントで携帯充電。中 2 『1 円盗電』容疑」─を用いた。  その記事内容は,コンビニの屋外コンセントを 15 分無断で使って,約 1.5 ワット=電気代 1 円を盗んだ として,店長が被害届を出し,警察が男子中学生 2 人 を書類送検した事件である。 (2)展開  以下の順序で授業を進めた。 ①漢字練習として「携帯」「窃盗」の2字を各自で3回

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ずつプリントに記入させる。 ②記事をもとに事件のあらましを説明する。 ③生徒に事件についての感想,特に「店長が被害届を 出したこと」について,4 つの選択肢を示し,挙手 による意見表明を求めた。生徒総数 44 人6)の結果 は, 当然(12 人),やむを得ない(11 人),少し厳しい (5 人),厳しすぎる(3 人)であった。 ④関連する法律と罰則7)として,憲法 29 条「財産権 の保障」,刑法 235 条「窃盗罪」を説明した。 ⑤ 経済計算  以下の場合はいくらの電気代を盗んだことになるか を,考えさせた。  ケータイの充電のために,学校のコンセントか ら以下の形で電気を盗んだ場合,その金額はいく らになるか。夏休みなどを除き 40 週,毎日(週 5 日)15 分,3 年間盗んだ場合。ただし,15 分の充 電は電気代 1 円とする  計算式(15 分× 5 日× 40 週× 3 年× 1 円)を説明 し,生徒に計算をさせた。ケータイで素早く計算した 生徒が 9,000 円と答えた。    ⑥この金額をコンビニのレジから盗んだらどうなるか を聞いた。「窃盗罪」という答えがすぐにあった。 ⑦このような行為で失うものは何かについて,数人に 意見を求め,そのことも参考にして,プリントに各 自の考えを書かせた。  生徒の答えは,信頼・信用(24 人),将来(5 人), 時間(4 人),お金(2 人),精神の安定(2 人),仕事 (1 人),無回答(6 人)であった。 (3)生徒の反応  9,000 円の答えに対して,「多いなあ」「そらあかん やろ」との声があがった。日頃は平然と充電をする生 徒のこの言葉には,規範意識がわずかではあっても, 醸成されたことが,あらわされているのではなかろう か。また,この授業以後,教室でケータイを充電して いる生徒を見つけて注意しても,以前のような「これ くらい」といった生徒の反発はなくなった。 2.テーマ「落書き」  (1)資料としては「朝日新聞」2007 年 10 月 23 日夕刊 ─見出し「ミナミジャック 摘発逃れ?張る落書き」 ─を用いた。  その内容は大阪ミナミで英文字や記号を印字した シールや紙を,電柱や交通標識の支柱に張る新手のい たずらが相次いでいる。警察は勝手な張り紙を禁じた 軽犯罪法の当たるとして警戒を強めている。アメリカ 村(以下,アメ村)の落書きをめぐっては 5 月にスプ レーで大量の落書きをしたとして,20 代の男 3 人を建 造物損壊容疑などで逮捕。大阪地裁は 9 月,3 人に懲 役 1 年 6 月執行猶予 3 年を言い渡した事件である。 (2)展開  以下の順序で授業を行った。 ①漢字練習として「摘発」「犯罪」を各自で 3 回ずつ プリントに記入させた。 ②記事をもとに事件のあらましを解説した。 ③以下の関連する法律と罰則を説明した。 ・刑法260条「建造物損壊罪」,刑法261条「器物損壊 罪」,軽犯罪法第 1 条「家屋・工作物への張り紙禁 止」,大阪市屋外広告物条例 ④ 経済計算(シールを貼った場合)  以下の場合についての計算をさせた。  数百ヶ所のシールを貼った犯行者が捕まった場 合に,請求される修繕費,慰謝料はいくらになる か。また,大阪市屋外広告物条例違反の罰金を 30 万円払い,軽犯罪法違反で 29 日拘留された場 合に失う所得はいくらか。  以下の各項目の内容を説明し,それぞれの数字をと りあえず示すが,「高い」「安い」「多い」「少ない」な ど生徒から出る意見により,修正しながら各項目の計 算を進めていった。  まず,修繕費の計算として,張り紙は 600 枚,除去 剤は 1 本 1,000 円で 20 枚分として 30 本必要,1 枚をは がすのに 5 分で 3000 分= 50 時間の作業を要し,時給 750 円と想定し,計算させた。 ・1,000 円× 30 本+ 750 円× 5 時間= 6 万 7,500 円  次に,慰謝料については 20 店舗に張り紙をしたと して,1 店舗あたり 2 万円の慰謝料を想定した。 ・20 店× 2 万円= 40 万円  さらに,罰金の 30 万円を加えて, ◎合計= 6 万 7,500 円+ 40 万円+ 30 万円= 76 万 7,500 円  続いて 1 人当たりが負うべき金額を計算させる。犯 行者を 10 人と想定すると, ・76 万 7,500 円÷ 10 人= 7 万 6,750 円  失った所得(機会費用)を時給 750 円でこの間に本 来なら仕事にいけた日数が 20 日と想定すると,

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・時給 750 円× 8 時間×仕事日数 20 日×= 12 万円 ●結局,シール貼りによって 1 人当たり 7 万 6,750 円 + 12 万円= 19 万 6,750 円を失うことになる。 ⑤ 経済計算(スプレー落書きの場合)  店舗 5 店の壁に落書きをして,修理のために 3 日間休業した場合,犯行者が請求される修繕費, 休業補償,慰謝料はいくらになるか。記事では 3 人の犯行だが 1 人当たりいくら払うことになるか。 また,取調べや裁判で 30 日仕事を休んだ場合, 失う所得はいくらか。  まず,修繕費の計算をさせた。1m2あたり塗装代 3,600 円(二度塗り)(生徒からの情報),8)壁面積 1 店 あたり 30m2で 5 店舗に落書きをしたと想定した。 ・3,600 円(二度塗り)× 30m2× 5 店= 54 万円  次に,休業補償を考える。アメ村の 1 日の収益は全 く見当がつかないが,3 日間で 1 店舗あたり 20 万円と 想定した。 ・20 万円× 5 店= 100 万円  さらに,慰謝料を計算した。生徒から 5 万円〜 100 万円まで様々な意見が出されたが,多数意見の 10 万 円とした。 ・10 万円× 5 店= 50 万円 ◎合計= 54 万円+ 100 万円+ 50 万円= 204 万円  続いて 1 人当たりが負うべき金額を計算させた。こ の際,犯行者 3 人の均等負担とすると, ・204 万円÷ 3 人= 68 万円  さらに失った所得(機会費用)を計算させた。時給 750 円で 1 日 8 時間のバイトをしていたと想定した。 ・時給 750 円× 8 時間× 30 日= 18 万円 ●結局,落書きによって 1 人当たり 68 万円+ 18 万円 = 86 万円を失うことになる。 (3)生徒の反応  「シール貼っただけやのに,犯罪やて?」と言って いた生徒も,実際にシールをはがす作業にかかる費用 を具体的に考える段階になると,その必要を認め「除 去剤」「慰謝料」などの想定に当たっては自らの意見 を述べた。また,落書きについてはその慰謝料につい て,「もっと取ったれ」「無茶言うな」など様々な声が 聞かれたが,その多くは店長の立場に立ったもので あった。自らも店員としてアルバイトに従事する生徒 が多いことにもよるが,加害者の法的責任を知るだけ でなく,損害の具体的な計算により,被害者の立場に 身を置き,落書きが被害者に与える損失を実感できた のではないだろうか。また,学校内において「器物損 壊をしたら,弁償してもらう」と,無造作にしてしま う落書きなどへの注意がしやすくなったことも確かで ある。 3.テーマ「路上生活者焼殺」 (1)資料としては,「朝日新聞」2007 年 10 月 17 日朝 刊─見出し「姫路の路上生活者焼殺。少年に懲役 5 - 8 年。地裁支部判決。未必の故意認定」─を用いた。  その内容は,河川敷で路上生活をしていた A さん に少年 4 人が火炎瓶を投げて,焼死させた事件の主導 者で殺人と火炎びん処罰法違反などの罪に問われた無 職少年に,神戸地裁姫路支部は懲役 5 年以上 8 年以下 の不定期刑を言い渡した出来事である。 (2)展開  授業は以下のような順で進めた。 ①漢字の練習として「処罰」,「認定」,「被害」,「故 意」を各自で 3 回ずつプリントに記入させた。 ②記事をもとに事件のあらましを説明した。 ③関連する以下の法律と刑罰を解説した。 ・刑法 199 条「殺人罪」,少年法 20 条,少年法 61 条 ④ 経済計算  遺族から保護者が請求されるとすれば,その損 害賠償額はいくらか。主導者が 1 人で出所後に払 うとすれば,月々の返済はいくらか。懲役 5 年に なった場合に失う所得やその他の損失はいくらか。 犯行の主導者の全体的な損失はいくらか。  損害賠償請求額の算定にあたって,そもそも路上生 活者はどのようにして生活をしているのか9)について 以下の説明をした。  アルミ缶 1 個は約 2 円,ダンボール 1 キロは 6 円で, 1 日 10 時間集めてまわって 1,000 円(時給 100 円)に なる。そして,多数の路上生活者はフルタイムで働い て月収 4 万円である。  そして,被害者は 60 歳であるが,あと 20 年この生 活が続いたと想定して,稼ぎ得た所得を計算させた。 ・4 万円× 12 月× 20 年= 960 万円。  また,慰謝料を 500 万円と想定し,賠償金を計算さ せた。 ◎合計= 960 万円+ 500 万円= 1,460 万円   1人で賠償するとして毎月の支払は10年かける場合 を想定して計算させた。 ・1,460 万円÷ 10 年÷ 12 ヶ月= 12 万 1666 円

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 さらに,失った所得(機会費用)を考えさせた。高 卒での月収を 16 万円,服役が 5 年と想定した。 ・16 万円× 12 ヶ月× 5 年= 960 万円  よく記事を読むと,さらにその他の損失があった。 主導者はすでに当時,大学への進学が決まっていたの で入学金は納付済みと考えられる。したがって,大学 入学金 100 万円が損失に加わる。 ●結局,路上生活者を殺すことによって,1,460 万円+ 960 万円+ 100 万円= 2,520 万円を失うこ とになる。 ⑤「この少年たちが刑務所や少年院で学ばないといけ ないこと」について生徒に意見を求めた。  「命の大切さ」とある生徒が即答し,「どうしたらそ のことを学べるのかなあ」と質問すると,「出産シー ンを見るんや。俺見たもん」と答えがあった。提出し たプリントには「命の大切さ」(20 人),「集団生活の ルールや法律」(15 人),「常識」(5 人),「自分の行為 の重さや責任」(3 人)のほか,「想像力」「人の温か さ」などがあった(33 人中)。 ⑥「少年法第 61 条で少年の氏名等の新聞への掲載を 禁じていること」10)について,考えを書いて提出さ せた。 絶対必要(8 人),どちらかというと必要(4 人), あってもいい(5 人),なくていい(2 人),廃止す べきだ(3 人)であった。 (3)生徒の反応  賠償(1 人で 10 年で返済)の場合,月 12 万 1,666 円 になる計算結果に,「やっていかれへん」「結婚でけへ んわ」との声があがった。犯罪が被害者のみならず, 加害者の人生をも損なうことが計算によって具体的に 理解できたのではなかろうか。 4.テーマ「高校に喫煙室」 (1)資料として,「読売新聞」2008 年 12 月 1 日朝刊─ 見出し「高校に喫煙室。愛知『隠れたばこ防ぐ』」─を 用意。  その内容は,愛知県の私立 T 高校で生徒寮に喫煙 所が設けられていた。警察は県青少年保護育成条例違 反─喫煙場所の提供容疑で同校を捜索し,灰皿など を押収した。校長からも事情を聞き,容疑が固まり次 第,関係者を書類送検する予定だとする記事である。 (2)展開 ①漢字の練習として,「喫煙」,「健康」を各自で 3 回 ずつプリントに記入させる。 ②事件のあらましを解説する。 ③関連する以下の法律と刑罰を説明する。(例) ・愛知県青少年保護育成条例,未成年者喫煙禁止法, 健康増進法,労働安全衛生法,大阪府受動喫煙防止 条 ④ 経済計算  まず,社会的収益と損失の計算として,以下の試 算11)を紹介した。 ・収益:税金+関係者(タバコ栽培農家+タバコ製造 会社+宣伝会社+販売店)の所得= 2 兆 8000 億円 ・損失:医療費+早死・休業・火災・ごみなど= 5 兆 6000 億円 ●結局,タバコを吸うことで社会全体として損失は ・5 兆 6000 億円─2 兆 3000 億円= 3 兆 3000 億円  になることを説明した。  次に個人的収益と損失を以下の例から計算させた。  300 円のタバコを毎日ひと箱,50 年間吸うこと で失った所得はいくらか。この場合,喫煙者は 1 本当たり何円の満足を買ったことになるか。  タバコ代として ・300 円× 365 日× 50 年= 547 万 5,000 円  次に,タバコを吸うことで増えた医療費として 肺 がんになったとしてその治療費を 100 万円と想定した。  さらに,タバコを吸うことで早死にしたことで失っ た所得を計算させた。月 6 万円の年金を寿命が縮まっ たために 10 年間受け取れなかったと想定した。 ・6 万円× 12 か月× 10 年= 720 万円 ●結局,喫煙で失った所得は 547 万 5,000 円+ 100 万 円+ 720 万円= 1,367 万 5,000 円 (3)生徒の反応  「喫煙」については生徒の中には成人も 3 割ほどい ることや,未成年ではあってもすでに喫煙習慣を持つ ものも多く,「非行だ」という意識は希薄であり,規 範意識醸成のテーマとしては適切でなかったと考える。 特に前掲の 1 〜 3 のテーマとは異なり,被害者も自分 自身であると捉えるので,「早死」で失うコストにつ いても「おれの勝手や」との声があり,「社会的損 失・収益」についても,具体的に感じられなかったよ うである。ただ,喫煙者がその生涯に払う煙草代の計 算では,その結果を知って,タバコをやめれば「クル マを買える」との声があったが,これは規範意識につ ながるものではない。

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Ⅲ.まとめ 

 規範の教育は刑事責任についてなされるケースが多 いと思われるが,この授業は民事責任をも視野に入れ, 具体的な経済計算でその大きさを考えてみた。年度末 に 1 年間の現代社会で印象に残ったテーマは何かをア ンケートしたところ,この一連の犯罪の学びが上位を 占め,学びえたこととして,「ちょっとしたことが, 大きなことになることが分かった」「軽い気持ちでし たことなのだろうが……」「軽犯罪でも重大事である」 など,賠償を考えることでより一層犯罪行為の重大さ が認識できたようである。  また,賠償額の妥当性を議論し計算する過程で,被 害者の生活を考え,その腹立ちや痛みを想像するがで きたのではないだろうか。路上生活者焼殺は「ひど い」「悲しい」「残酷」「えげつない」と,このアン ケートに多く書かれていたことからも,このことが分 かるのであり,人権教育の観点からも意義があったと いえよう。  新学習指導要領は高校において道徳教育は学校教育 全体で指導するものとされている。そして特に「現代 社会」は目標に「人間としての在り方,生き方」を掲 げ,今回の改訂ではこの自覚をいっそう深めることが 重視されている(「高等学校学習指導要領解説公民編」 p.60)。この点からも,経済学的な思考を育てること での規範意識の醸成がもっと注目されてもいいのでは なかろうか。  今後の課題としては,損害賠償の計算の基準をもっ と正確なものにする必要がある。今回の基準は想定で あり,中には現実的でないものもあるかもしれない。  また,もっと本質的な問題としては経済計算が規範 意識の醸成に対して持つ限界がある。犯罪に伴う責任 の重さが経済計算によって理解できるがゆえに,責任 を「負う」より責任から「逃げよう」とすることも起 こりうるであろう。規範意識の育成はあくまでも内面 抑制力の強化を抜きにはなしえないものである。  このような非行に走らせない力を生むものとしての 社会的な絆を,社会学者 Hirschi のボンド理論12)は強 調する。Hirschi は,自分が所属したり,何らかの準 拠点を置いている人間関係,集団,制度へのつながり を,「社会的な絆(ソーシャルボンド)」と呼び,これ が犯罪を抑制する効果を持つと考える。たしかに, 「盗電」行為によって失われるものは何かとの問いに, 「信頼・信用」と答えた生徒が多いことや,「路上生活 者焼殺事件」の犯人が学ぶべきこととして「集団生活 のルールや法律」と書いた生徒が多数いたことからも, ボンドの重要性は明らかである。このボンド理論は, 社会的絆の 4 要素─愛着・投資・巻き込み・規範観念 について,犯罪を行った場合,あるいは行わなかった 場合にそこから得られるものと失われるもののコス ト・ベネフィット比への配慮という,犯罪行為の中に 合理的選択過程を導入した理論とされる(Hirschi, 1995, pp.389-390)。したがって,このボンド理論と本 実践は「合理的選択」による規範意識の育成(非行抑 制)という点で,共通するものである。いずれにして も,規範意識の醸成は心理学・教育学・社会学のみな らず経済学にも投げかけられているテーマではなかろ うか。 註 1) 平成 18 年 5 月文部科学省・警察庁『児童生徒の規範意識 を育むための教師用指導資料』「特に学校教育において規 範意識は,生徒指導,教科指導,道徳教育,特別活動お よび人権教育などあらゆる教育活動で養われるものであ る」 2) 文部科学省「児童生徒の規範意識の醸成に向けた生徒指 導の充実について(通知)」(平成 18 年 6 月 5 日) 3) このアンケート作成については,中岡泰子・仁尾友美, 「高校生の金銭感覚に関する研究─お小遣い・金銭の貸し 借り・コンビニ利用との関連」『四国大学紀要』(A)17, 2002 年を参考にした。 4) 橋本 登,「対教師暴力に直面した場合」國分康孝・國分久 子編,『非行・反社会的な問題行動』図書文化,2003 年, p.110.

5) Gary S. Becker, Crime and Punishment: An Economic Approach, J��������f�P����������������, March/April, 1968,pp.169-217. ゲーリ・ベッカー(増田辰良訳),「犯 罪と刑罰:経済学的アプローチ」『北海学園大学法学研究』 41(3),2005 年 6) 店長が「被害届」を出したことを支持する意見は筆者の 予想以上に多数であった。「当然」とした理由には「その ようなサービスはないから」「店の周りでたむろされたら 環境も悪くなるから」など,「やむを得ない」とする理由 には「金銭が少ないが店長という立場からほおっておく わけにはいかないから」など,店長の立場からの具体的 な意見が多かった。 7) 押切久遠,「主な犯罪(非行)」,前掲 4)國分 pp.203-207. 8) 塗装を仕事とする生徒が算定してくれた数字である。 9) 以下の路上生活者の生活については,生田武志,『ルポ最 底辺─不安定就労と野宿』,ちくま新書,2007 年を使用。 なお,ここで取り上げられている路上生活者の居住場所 はこの定時制高校からそう遠くないところにあるため, 生徒にはきわめてリアルに感じられたようである。 10) このところは,アムネスティ・インタナショナル日本,『高 校生が考える「少年法」』,明石書店,2002 年を参照した。 11) 国立がんセンター後藤公彦氏の試算。『環境経済学概論』, 朝倉書店,1996 年,pp.26-41.

12) Hirschi,T., 1969, ��������f������q�����, University of Cal�Hirschi,T., 1969, ��������f������q�����, University of Cal�,T., 1969, ��������f������q�����, University of Cal�T., 1969, ��������f������q�����, University of Cal�., 1969, ��������f������q�����, University of Cal� 1969, ��������f������q�����, University of Cal�1969, ��������f������q�����, University of Cal� ��������f������q�����, University of Cal�, University of Cal� University of Cal� ifornia, (森田洋司・清水新二訳,『非行の原因』文化書房 博文社,1995 年)

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(2011)

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