石油大国イラクの行く末は?
-国家分裂の危機に直面する OPEC 第2の産油国-
(1)「イスラーム国(IS)」とは一体どんな組織なのか
まず、混乱を招きやすい組織の呼称について。ISISと は「イラクとシャームのイスラーム国(Islamic State in Iraq and al-Sham)」の頭文字である。アラビア語で Shamとは、おおむね現在のシリア、レバノン、ヨルダン、 イスラエル、パレスチナなどを含めた地域を指し、日本 では「大シリア」「歴史的シリア」とも訳される。一方、 同地域を指す言葉として欧州列強が 20 世紀中頃まで用 いていた「Levant」という呼び名も存在する。このため、 国連関係者や米高官などは「イラクとレバントのイス ラーム国(ISIL)」という呼称を採用している。 ちなみにISIS(ISIL)はアラビア語では「Dawla al-Islamiya fi Iraq wa al-Sham」と表記され、その頭文字を 取ってアラビア語圏では一般的に「Dā‘ish」と呼ばれて いる。6月29日にISIS指導者のアブー・バクル・アル・ バグダーディー(Abu Bakr Baghdadi Husseini Quraishi〈本名Ibrahim Awwad Ibrahim Ali Badri al-Samarrai/写1、写2〉)がカリフ制国家の樹立を宣言し イラクは原油の埋蔵量では世界第5位に位置し、開発コストの比較的安いイージーオイルの宝庫とし て大きなビジネスポテンシャルを有している。しかし、イラク建国から約1世紀がたとうとしている今、 第一次世界大戦後に欧州列強の手で人為的に画定された国境を破壊し、イスラーム国家の再興をもくろ むテロ集団がイラクを混乱に陥れている。 2014年6月10日、内戦中のシリアで既に勢力を拡大していた「イスラーム国」(当時は「イラクとシャー ムのイスラーム国」)がモースルを制圧した。実はイラク北部はこれ以前から治安が悪化していたのであ るが、曲がりなりにも米軍の軍事訓練を受けたイラク正規軍が、北部最大の都市を1武装勢力の手に明 け渡してしまうなど誰が予測できただろうか。 現在 ISはスンナ派住民が多数を占める北西部を中心に着々と支配域を広げており、イラク軍だけで なくクルディスタン地域政府(KRG)軍ペシュメルガも苦戦を強いられているのが現状だ。これを受け 米国は8月7 日に空爆の断行を承認し直接的な軍事介入に踏み切った。治安回復に向け一定の成果が期 待されるが、依然としてISの勢力は衰えていないように見受けられる。 一丸となって事態の打開に臨むべきイラク政府はといえば、モースル陥落時には奇くしくも国民議会選 挙を終えたばかりという微妙かつ不安定な時期にあり、各政党間で連立交渉が行われているさなかで あった。資源の帰属をめぐり 6 月以降、更に悪化した KRGとの対立で組閣は暗礁に乗り上げることが 予想された。しかし選挙後 3 カ月という短期間でイラク連邦議会は議長と大統領の選出にこぎ着け、8 月11日にはシーア派のハイダル・アバディ氏が新イラク首相に指名された。規定ではこの後30日以内 に新政権が正式に発足する運びであり、世界中がその行方に注目している。 本稿では、ISの侵攻がイラクの資源開発、引いては中東からの原油に依存するわが国にとってどういっ た意味合いを持つのかを検証したい。 なお、本稿は2014年8月26日時点の情報に基づいている。
は
じめに
1.
「イスラーム国(IS)」によるイラク侵攻
て以降は「イスラーム国(IS:Islamic State)」と名称が変 更されたため、本稿で今後同組織の活動に言及する際に はISと呼ぶこととしたい。
IS は、かつて Abu Musab al-Zarqawi(2 0 0 6 年没)が 率いた「タウヒードとジハード団」を前身とする組織で ある。イラク戦争さなかの2004年に日本人男性が誘拐・ 殺害された事件の首謀者と目されるのがこの「タウヒー ドとジハード団」であり、本国メディアでも大きく取り 上げられた。諸勢力との連携や合流、またアルカーイ ダへの忠誠を宣言するなどの変遷を経て、2 0 1 3 年には 「イラクとシャームのイスラーム国(ISIS)」と改称した。 しかし、アルカーイダの指導者ザワーヒリー氏への不 従順や過激な思想・活動 内容が問題視されるよう になり、アルカーイダと の関係が悪化、後に袂たもとを 分かったとされる。 ISの活動目的は、スンナ 派イスラーム教徒の保護 や、第一次世界大戦後欧州 列強によって一方的に取り 決められた国境を破壊し、 預言者ムハンマドの代理人 であるカリフを指導者に冠 したイスラーム法に基づく カリフ制国家を樹立するこ とである*1。これを実現す べく、2013年3月にはシリ ア北部の都市ラッカを制 圧、2014年1月にはバグダー ドの西 60 ㎞に位置する都 市ファルージャを占拠する など、着々と支配地の拡大 を図ってきた。6月29日に カリフ制国家の樹立を宣言 して「イスラーム国(IS)」と 改称したのと時を同じくし て、5 年後を見据えた領土 拡張計画図(図1)がツイッ ターなどを介してネットに 配信された。このような版はん 図と拡大は実現可能性が極め て低いということは誰の目 にも明らかではあるが、中 世のスンナ派イスラーム帝 国(あくまで彼らが理解する形での)時代に回帰するとと もに、その領土を復活させたいとする彼らの方向性を改 めてうかがうことができる。 組織の規模については諸説ある。イラク国内で活動す る戦闘員数は 3,000 人から最大 1 万人とも言われ、6 月 のモースル制圧以降2万人に膨れ上がっているとの見方 もある。広報戦略に長たけていることは多くの専門家が指 IS 指導者 アブー・バクル・ アル・バグダーディー 写1 モースルの大モスクで金曜礼拝の導師を務めるバグダーディー指導者を写したと される写真 写2
出所:Centre for Research on Globalization 出所:Rewards for Justice
IS の領土拡張計画
図1
摘するところであり、多言語を駆使した SNSによる情 報発信でネットワークを広げ、アラブ世界のみならず欧 米諸国からも多くの戦闘員をリクルートしている。また、 ヌスラ戦線(シリアを拠点に活動するスンナ派過激組織。 2011年結成)などの他組織と比べ入隊基準が緩いことも 動員能力の高さを下支えしている要因の一つと言われて いる。この他、必要に応じてイラク各地に散らばる旧フ セイン政権の残党やスンナ派武装勢力からの協力を得 て、イラク北西部を中心に銀行からの略奪や油ガス田の 占領などを通して資金を調達している。BBCによれば その資産総額は20億ドルになるという。 7月28日には国連安保理がイスラーム系武装勢力によ る石油ガス資源の掌握に懸念を表明するとともに、ISや ヌスラ戦線から原油を買い付けた者に対し制裁を科す旨 の警告を発している。8 月 26 日現在、ISは、アンゴラ の国営石油会社 Sonangolが 2014 年 2 月に撤退を決定し たナジマ油田とカイヤラ油田、またキルクーク近郊のア ジール油田、ハムリーン油田、バラド油田、8 月に入っ て北端のアインザラ油田とバトマ油田も制圧している。 8月12日に発表された国際エネルギー機関(IEA)の月 間報告によると、これら油田の生産能力は合わせて8 万 b/dになると見られる(8月12日付のブルームバーグは、 7油田の実際の生産量は3万b/dを超えない程度であると 伝えている)。Iraq Energy Instituteの創設者であり、ブ ルッキングス研究所ドーハ・センターの客員研究員を務 めるルアイ・アル・ハティーブ(Luay al Khatteeb)によ れば、ブラックマーケットを介してISがシリアとイラク の油ガス田から得る1日の収入額は 200 万ドルに上る。 また、モースルなどの勢力圏内においては、シーア派住 民に対する弾圧、キリスト教徒の追放などを推し進める 一方で、スンナ派住民に対しては食料品配給をはじめと する種々の社会サービスの提供を通して懐柔を図ってい るとされる。 (2)ISによる侵攻状況 6 月 10 日のモースル制圧を皮切りに、ISは猪ちょとつ突猛進 とも言える南下を果たし、同日ベイジで国内最大規模の 製油所を包囲。11 日にはティクリートを制圧、更に 12 日にはシーア派の聖地サマッラに攻め入った。このペー スでいけば同月中旬までには首都に侵攻するかとも見ら れたが、イラク中央軍やシーア派武装民による応戦もあ り、6月17日のバアクーバ(バグダードから北東に約60㎞) 進撃以降南下の勢いは減速している。8月26日現在、IS はシリア北東部からイラク北西部にまたがる支配地域で 図2 シリアからイラクにかけての IS の勢力図(2014 年 7 月 8 日時点)
出所:Institute for the Study of War
KEY
ISIS Control Zones ISIS Attack Zones ISIS Support Zones
基盤強化を進めており(図2)、イラクにおいては、主に アンバール県、サラーフッディーン県、ディヤーラ県を 中心にイラク軍、また一部地域で KRG軍ペシュメルガ との攻防を続けている(図3)。8月7日にはオバマ米大 統領が北部における空爆の実施を承認したが、同9日に は ISの侵攻を阻止するには時間を要すると発言し、軍 事介入の長期化を示唆している。 大まかな視点で見た場合、イラクはスンナ派クルド人 が主に居住する北部、スンナ派アラブ人が主に居住する 中西部、そしてシーア派アラブ人が主に居住する南部に 分けることができる(図4)。スンナ派武装組織であるIS が活発に勢力を広げているのはこのうち北部(クルド自 治区を除く)と西部であり、つまりスンナ派住民が優勢 な地域におおむね限定されていると言える。ただし、バ グダードの南 30 ~ 40 ㎞の都市でも ISによる襲撃が続 いているため、首都の防衛という観点から見れば予断を 許さない状況である。 ISやその他各宗派の武装勢力によるものと見られる 殺害事件や爆破テロも、北西部をはじめ、バグダードや その周辺部でも相次いで発生している。7月22日にバグ ダードで起きた爆破事件では 30 名以上の死者が出て、 翌日 ISが犯行声明を出している。イラク治安部隊によ れば、7月28日までの3日間だけでバグダード各地で発 見された身元不明の遺体は約 30 体に上ったという。首 都を襲う爆破テロの勢いは8月に入っても衰えていない。 7 月後半には、首謀者は特定できないものの南部の各 地でもテロが起きている。バスラ南部で複数のモスクが 襲撃に遭い死傷者が出ているほか、シーア派の二大聖地 ナジャフとカルバラでもシーア派聖職者を標的にしたと 見られる爆破テロが数件発生している。8月25日にはカ ルバラのイマーム・フセイン廟付近他で起きた爆破によ り10名弱が死亡したと見られる。 国連の報告によれば、イラクの6月の死者数は、前月 比3倍となり、2008年以来最多の2,417人(民間人1,531 人、イラク軍兵士886人)であった。また2014年に入っ て以降、紛争によって移動を余儀なくされた避難民数は 100万人を超えたとのことである。赤十字国際委員会は 6月20日の報告で、モースルだけでも避難民数はおよそ 80万人になると発表している。 6月から8月23日にかけてのISの侵攻状況ならびに関 Anbar Anbar Kirkuk Kirkuk Nineveh Nineveh Dohouk Dohouk Erbil Erbil Wasit Wasit Najaf Najaf Qadissia Qadissia Muthana Muthana Basrah Basrah Thi-Qar Thi-Qar Maysan Maysan Babil Babil Diala Diala Salah-aldeen Salah-aldeen Baghdad Baghdad Sulaimania Sulaimania Karbala Karbala Northern Region Northern Region Southern Region Southern Region Center Region Center Region
Middle Euphrates Region Middle Euphrates Region Regions
Regions
図3 イラクの県
連する主な政治動向については表1を参照されたい。な お、それぞれの出来事の主要関係者別に色分けを施した。 (3) ISが抱える課題──スンナ派武装勢力間の合従連 衡体制は維持できるのか 着々と勢力を拡大している ISであるが、その限界を 指摘する専門家もいる。6 月末にはシリアで活動するヌ スラ戦線のうち一部の勢力が ISへの帰順の意を表明し たとされる一方、イラク北西部各地では忠誠を求めるIS とそれを拒否するスンナ派部族や武装勢力間で武力衝突 が続いている。イスラーム国家の樹立とバグダーディー 氏によるカリフ位の襲名(カリフ名はイブラーヒーム〈ア ブラハム〉)に対するイスラーム過激派組織間の反応はさ まざまである。ザワーヒリー率いるアルカーイダは公式 な形での言及を避けているが、「アラビア半島のアルカー イダ(AQAP)」やその関連組織「アンサール・アル・シャ リーア(AAS)」の一部は支持を表明している。 一方、米民間情報機関SITEによれば、「イスラーム・ マグレブ諸国のアルカーイダ(AQIM)」は、アルカーイ ダへの忠誠を改めて誓うとともに、ISによるカリフ制 国家の建国を非難する旨の声明を発出している。また、 バグダード北東のディヤーラ県では Mujahideen Army が ISのカリフ宣言を否定する内容のパンフレットを配 布したなどの情報も見受けられる。 ISはこれまでイラク各地のスンナ派武装勢力や旧フセ イン政権時代の元軍人などから協力を得て軍事行動を展 開してきたが、かつてシリアではヌスラ戦線など他のライ バル組織から成る連合軍によってアレッポから放逐され たという苦い過去を持つ。シーア派政権の打倒という共 通のゴールを共有できたとしても、イスラームの実践法 や獲得権益の分配方法など、複数の勢力間で常に意見の 画一化を図ることは困難である。事前の合意を得ずに攻 撃対象を選定するなど、しばしば逸脱行為に走るISに対 し、スンナ派内部でも批判的な見方が存在する。こうし た結果、最終的に連携体制が瓦解するというケースはこ れまでの長い歴史のなかで幾度となく繰り返されてきた。 図4 イラクにおける IS の侵攻状況と主要油ガス田の位置 出所:各種情報を基に JOGMEC 調査部作成 タージ タージ バアクーババアクーバ サマッラ サマッラ ヒッラ ヒッラ カルバラ カルバラ ナジャフ ナジャフ タルアファル タルアファル シンジャール山 シンジャール山 モースルモースル ベイジ ティクリート カイム カイム アブカマル アブカマル アブグレイブ アブグレイブ ラマディ ハディーサ ファルージャ ファルージャ ワリード ワリード ルトバ ルトバ トライビール トライビール ミサン油田群 カイヤラ油田 カイヤラ油田 アッカス・ガス田 アッカス・ガス田 キルクーク油田 キルクーク油田 バイ・ハッサン油田 バイ・ハッサン油田 マンスーリーヤガス田 マンスーリーヤガス田 ガラフ油田 ガラフ油田 ナジマ油田 ナジマ油田 アフダブ油田 アフダブ油田 マジュヌーン油田 マジュヌーン油田 シーバ・ガス田 シーバ・ガス田 ルメイラ油田 ルメイラ油田 ズベイル油田 ズベイル油田 西クルナ油田(1・2) 西クルナ油田(1・2) ハルファヤ油田 ハルファヤ油田 バドラ油田 バドラ油田 アジール油田・ハムリーン油田 アジール油田・ハムリーン油田 アインザラ油田・バトマ油田 アインザラ油田・バトマ油田 シリア クウェート イラン サウジアラビア
イラク
ヨルダン トルコ シリア クウェート イラン サウジアラビアイラク
ヨルダン トルコ エルビル エルビル キルクーク キルクーク モースル・ダム モースル・ダム ISが制圧した地域 戦闘中の地域 スンナ派部族が制圧した都市 油ガス田 クルド自治区 クルド人が主に居住 スンナ派が主に居住 シーア派が主に居住 ISが制圧した地域 戦闘中の地域 スンナ派部族が制圧した都市 油ガス田 クルド自治区 クルド人が主に居住 スンナ派が主に居住 シーア派が主に居住 バグダード バグダード バスラ バスライラク研究家トビー・ドッジ(Toby Dodge)氏(英 London School of Economics中東研究所長)はISの限界 を以下のように指摘する。「もし歴史が繰り返すならば、 国家を超えたカリフ制の樹立という目標ゆえに、またそ の過激な思想や非常に不合理とも言えるイスラームへの アプローチゆえに、ISISは、他のスンナ派武装勢力との 連携を維持することはかなわないだろう」と。 (次ページに続く) 表1 IS の侵攻状況と関連する政治動向 1 月 初旬 ファルージャ制圧 6 月 6 日 モースルで治安部隊と衝突 ⇒イラク軍兵士は武器を捨てて敗走 9 日 モースルの空港・県庁舎を占拠 1 0 日 モースル制圧 トルコに続く主要な高速道路を押さえる ベイジ製油所(生産量 2 3 万 b/d)を包囲 1 1 日 ティクリート制圧 ムサンナ(首都から北西に約 7 0 ㎞)の旧化学兵器製造工場を占拠 1 2 日 バグダードほか、シーア派の聖地ナジャフとカルバラの征服を計画している、と声明で発表 サマッラを包囲 1 4 日 イランの革命防衛隊傘下の民兵 2,0 0 0 人がイラク東部に到着したとの報道(ガーディアン) ケリー米国務長官、ジバリ・イラク外相と電話会談し、挙国一致体制の実現を要請 1 5 日 北部タルアファルを一部占拠 1 7 日 ベイジ製油所が稼働を停止 バアクーバ(首都から北東に約 6 0 ㎞)に侵攻 英、イラン大使館を再開。イラク対策でイランとの協力を強化する狙いか キルクーク近郊の町を襲撃した IS をペシュメルガ(KRG 自衛軍)が撃退。キルクークやその他周辺の油田 (Bai Hassan、Jambur、Khabaz)に関しては、KRG の事実上の支配下に 1 8 日 ジバリ・イラク外相、米に対し空爆による後方支援を正式に要請 ⇒米「標的を定めるための情報が足りない」と消極姿勢。当面空爆の実施は見送るもよう イランのロウハニ大統領、「なんとしてもシーア派聖地を守るべき」と軍事介入を示唆 サウジのサウード外相、宗派的な排他主義によってシーア派のみを優遇している、とマリキ政権を非難。 「イラクの内政に干渉すべきではない」とイランをけん制 2 0 ~ 2 1 日 シリア国境沿いの検問所カイム(首都から約 4 0 0 ㎞)を制圧 2 1 日 ラーワ(カイムから 9 0 ㎞)とアーナ(ラーワから 2 ㎞)を制圧 2 2 日 ルトバ(首都から西に 4 0 0 ㎞強)制圧 スンナ派部族がシリア国境沿いのアル・ワリード検問所を制圧 ヨルダン、イラクとの国境に警備兵を増員 2 3 日 スンナ派部族が、ヨルダンに続く唯一の検問所トライビールを制圧 北部タルアファルの空港を制圧 ケリー米国務長官、バグダード訪問。マリキ首相に対し挙国一致内閣の早期樹立を要請 ⇒マリキ首相、7 月 1 日までに議会を召集、組閣に向けて取り組むことを約束 2 4 日 ケリー長官、エルビル訪問。バルザーニ KRG 大統領に対し挙国一致内閣への参加を要請 米が派遣予定の軍事顧問 3 0 0 名の第 1 陣が任務を開始。イラク治安部隊との合同作戦本部の設置や、イ ラク軍の現状評価、ISIS の情報収集など後方支援に徹する構え 2 5 日 ティクリート近郊のアジール油田(生産量は 1 万~ 2 万 b/d)を制圧 ヌスラ戦線の一部(アブカマル支部)が ISIS に帰順する意を表明 マリキ首相、退陣要求退け、野党勢力が主張する「救国政権」を「憲法と政治プロセスに対するクーデター である」と非難。事実上、挙国一致体制を拒否 2 6 日 バルザーニ KRG 大統領がキルクークを訪問⇒支配の既成事実化を狙う ヘイグ前英外相、バグダード訪問。マリキ首相に対し政治的団結の必要性を訴える IS(6 月 2 8 日までは ISIS) 部族・身元不明の武装勢力等 イラク政府 クルディスタン地域政府(KRG) その他
2 7 日 ヘイグ前英外相、エルビル訪問 イラク軍、キルクーク空爆を開始。サマッラから 1,0 0 0 人規模の地上軍を投入 2 8 日 イラクが戦闘機スホーイ 5 機をロシアより購入 バルザーニ KRG 大統領、イラクからの独立の賛否を問う住民投票実施の意向を表明 2 9 日 ラマダン初日 ISIS 指導者アブー・バクル・アル・バグダーディーが自身をカリフ(イスラーム共同体の指導者)とする「イスラーム国」の樹立を宣言 3 0 日 米、イラクに 2 0 0 名の兵員を増派。これにより派遣された米兵は合わせて 8 0 0 名弱に 7 月 1 日 デンプシー米統合参謀本部議長、イラク政府軍独力でバグダード防衛は可能とする一方、後方支援がな くてはその他の都市を奪還するのは困難と発言 首相選出に向けて議会を召集するも、意見が対立。開会後まもなく閉会 2 日 マリキ首相、次回議会の開催を 7 月 8 日と発表 バイデン米副大統領、ヌジャイフィー前国民議会議長とバルザーニ KRG 大統領と電話会談。挙国一致内 閣の設立を促す 3 日 KRG 大統領、住民投票実施のための選挙委員会の設置と投票日の選定を指示 ヘーゲル米国防長官、バグダードに続きエルビルにも共同作戦本部を設置したと発表 サウジアラビア、イラクとの国境に 3 万人の兵を配備
シリア最大の Omar 油田(2 0 1 1 年まで 3 万 b/d)や Tanak 油田を占拠。これにより、IS はシリアの主要原 油生産地 Deir al-Zor のほぼ全域(都市部除く)をことごとく制圧 北部マンスーリーヤ(首都から北東に 1 0 0 ㎞)でイラク軍による掃討作戦が開始 4 日 イラク軍、シリア国境沿いのカイムを空爆⇒これにより IS のバグダーディー指導者が重傷を負い、シリア側に逃れたとの報道もあり 5 日 IS 指導者バグダーディーがモースルの大モスクで金曜礼拝(4 日)の導師を務める 2 0 分間ほどの動画が公開される。公の場に姿を現すのは初めて 8 日 イラク議会、議長の人選で合意が得られず、次回議会は 7 月 8 日から 8 月 1 2 日までの延期が決定 次回議会の開催を 7 月 1 3 日に再度変更。約 1 カ月にもわたる延期に対して国内外から非難の声が高まっ たためと見られる 9 日 ラフサンジャニ元イラン大統領、これまで公式には否定されていた革命防衛隊によるイラク軍への後方 支援の事実を初めて認める。米との協力の必要性を指摘 スドゥールダム(バグダード北東に位置)を制圧。奪還を試みるイラク軍と戦闘中 KRG 軍ペシュメルガが防衛するキルクークへの攻撃が激化。都市南西部で軍事行進を実施 IS が制圧したシリア国境沿いのカイムをシリア軍が空爆 マリキ首相、IS や旧フセイン政権の残党を支援しているとして KRG を非難 ⇒これに対し KRG、「イラク政府から原油を購入した企業は、代金の 1 7 %相当を直接 KRG に支払わな ければ法的措置に訴える」旨の声明を発出 1 0 日 ムクダーディーヤ(首都から北東に 8 0 ㎞)の端に位置する軍事基地に侵攻(都市の北側は既に IS によって 制圧) モースル大学から未濃縮ウラン約 4 0 ㎏を強奪⇒ IAEA、放射能の濃度が低いため兵器として使用される 可能性は低いとの見解 1 1 日 ペシュメルガ、キルクークやバイ・ハッサンをはじめとする油田の生産施設を占拠(生産量は合わせて約 5 0 万 b/d) ジバリ外相(クルド人)、クルド人閣僚による業務停止と次回議会のボイコットを表明 マリキ首相がジバリ外相を解任すると発表 1 3 日 イラク議会、またしても議長選出ならず。次回議会は火曜日(1 5 日)を予定 IS がバグダードの北約 8 0 ㎞に位置するドゥルーイーヤを一部制圧(市庁舎を占拠) ムクダーディーヤ近郊で、IS とスンナ派武装組織ナクシュバンディー教団信者軍(JRTN)が衝突⇒ 1 2 名 の遺体が発見される
シリア東部 Deir al-Zor からヌスラ戦線や Ahrar al-Sham などライバル組織を一掃 1 4 日 バグダード南西部の Bayaa 地区と中央部の Alawi 地区で爆破テロ 軍事基地および発電所のある Taji の商業地区で爆破テロ 1 5 日 イラク議会、サリーム・アル・ジャブーリー(スンナ派)を議長に選出。次回の本会議は 7 月 2 3 日に開催予定と発表される 1 7 日 バグダード市の中心および北側の検問所で IS による爆破テロが 2 件発生。9 名死亡 KRG がキルクーク油田からの送油を開始 1 9 日 バグダードで一連の爆破テロが発生。約 3 0 名が死亡 2 1 ~ 2 2 日 イラク軍、中部ファルージャ(バグダードから西に 6 0 ㎞)への空爆を実施 (次ページに続く)
2 2 日 バグダードで爆破テロが発生。死者約 3 0 名 2 3 日 IS、1 9・2 2 日にバグダードで発生したテロ事件に関する犯行声明を発表 建設中のバードゥーシュダム(モースルから北西に 2 0 ㎞)を制圧 ラティーフィーヤ(バグダードから南に約 4 0 ㎞)で IS とイラク軍が戦闘 イラク議会、大統領選出のための投票を 1 日延期すると発表 2 4 日 イラク議会、新大統領にクルド愛国同盟(PUK)のフアード・マアスーム氏を選出 パン・キムン国連事務総長、ナジャフを訪問。イラク・シーア派宗教界の最高権威でもあるシスターニー 師と会談。イラク情勢の鎮静化に向けた方策について意見交換 2 8 日 ラマダン明け の祭日初日 バグダード内の複数カ所で合わせて 1 5 名の遺体が発見される 国連安保理、イスラーム系武装勢力がシリア・イラクで複数の油ガス田を制圧したことに対し懸念を表 明するとともに、IS やヌスラ戦線と取引を行った者は制裁対象になると警告 8 月 2 日 北東部のズマールおよびアインザラ油田とバトマ油田を制圧 3 日 北部シンジャール(シリアとの国境付近)を制圧 モースル・ダム(国内最大規模の水力発電ダム)を一時占拠 6 日 北部カラクーシュ(エルビルから西に 9 0 ㎞)を制圧。ペシュメルガ撤退 ファビウス仏外相、安保理に対し緊急会合の開催を要請 バグダードの複数カ所で爆弾テロが相次ぎ、5 1 名が死亡 7 日 オバマ米大統領、緊急声明を発出。イラクへの空爆を承認 8 日 KRG、モースル・ダムが IS によって制圧されたと公式に発表 9 日 オバマ大統領、「短期間では IS の侵攻は阻止できない」と米による軍事介入の長期化を示唆 オバマ大統領、キャメロン英首相、オランド仏大統領とそれぞれ電話会談。少数派住民の人道支援が必 要との認識で一致 1 0 日 ファビウス仏外相、治安回復の方途について協議するためバグダードを訪問 在エルビル米国総領事館から館員の一部が退避 クルド自治区の主都エルビルから約 5 0 ㎞の地点にまで一時攻め入る 首相選出の期限を守らなかったとして、マリキ前首相がマアスーム新大統領を非難。連邦裁判所に提訴 する構え 1 1 日 シーア派のハイダル・アバディ氏、新イラク首相に任命される アバディ新首相の就任に対しオバマ大統領が歓迎の意を表明。地上部隊投入は改めて否定 アバディ氏の首相就任を違憲とし、マリキ前首相が続投に向け武力の行使も厭(いと)わないと発言 米国防総省、空爆の結果一定の効果は認められるものの、最終的な解決にはつながっていないと評価 英空軍、イラク北部のキリスト教系避難住民に人道支援物資を投下 ファビウス仏外相、EU に対し武器供与を求めるクルド自治政府の要請に早急に応じるべきと発言 1 2 日 アバディ新イラク首相の就任に対しサウジアラビアのサウード外相が歓迎の意を表明 アバディ新イラク首相の就任に対しイラン国家安全保障最高評議会のシャムハーニー書記が歓迎の意を 表明 シュタインマイヤー独外相、イラクに軍事的支援をする可能性を示唆 1 3 日 マリキ前首相、連邦最高裁判所の裁定が下るまでは退陣しないことを改めて明言。一方、武力の行使は 行わないと約束 米国防総省、ヤズィーディーなどイラク北部の避難民救助のため、海軍と特殊部隊から軍事アドバイザー 1 3 0 名を追加派遣 1 4 日 マリキ前首相、内外からの圧力を受け、続投を断念すると発表 1 5 日 国連安保理、IS やヌスラ戦線などによる国外からの戦闘員のリクルートと資金調達を阻止するための決議を全会一致で採択 1 6 ~ 1 7 日 米がモースル・ダム奪還のため空爆を実施 1 8 日 オバマ大統領、イラク軍とペシュメルガがモースル・ダムを奪還したと発表 1 9 日 IS による米国人記者ジェームズ・フォーリー氏の斬首刑映像がネットで公開される 米国務省、イスラーム過激派組織への対応策について協議するため、9 月末に安保理の首脳級会合を主 催すると発表 2 0 日 独、クルド自治区への武器供与を決定したと発表 2 2 日 ディヤーラ州でスンナ派のモスクが襲撃され、約 7 0 名が死亡 2 3 日 イラク各地で爆破テロが発生。エルビル(死者は出ていないもよう)、キルクーク(約 2 0 名が死亡)等 出所:各種情報を基に筆者作成
ISがバグダード征圧に向け着々と支配域を拡大して いくなかで、国家分裂の危機がそこかしこで叫ばれるよ うになった。しかし「国家」をめぐる問題は、ISという 組織が誕生するよりもはるか以前、まさに欧州列強に よって国境が画定されたその時からイラクに影を落とし ている。 オスマン帝国時代のイラクは、大まかに言えばモース ル州、バグダード州、バスラ州の三つの行政区分から成っ ていた。オスマン帝国研究家の鈴木 董ただし氏が指摘するよ うに、多民族・他宗教を抱える帝国は、その広大な領土 をゆるやかな専制体制によって統治していた。1533 年 からイラク地方が帝国領に組み込まれて以降、19 世紀 末に中央集権化改革が実施されるまでの間は、主要都市 を除くその他の地域はかなり広範な自立性を保ってい た。例えば、大シリア(Sham)の一端を形成するモース ルは、その地理的近接性からシリアやトルコと強い結び つきを持ち、バグダードや、シーア派の二大聖地ナジャ フ、カルバラはイランとの、またバスラは湾岸地域やイ ンドとの密接な関係性を有していた(図5)。三者三様の 特色を持つこれらの地域は、宗派、民 族、部族、階級、地域(都市/地方)といっ た異なる要素と織り交ざり、それらが 複雑で重層的な関係を形成していた。 しかし、第一次世界大戦が勃発し、 オスマン帝国からの解放者を謳うたった英 国がイラクに侵攻したことで状況は一 変する。領土の配分に関し英仏露間で サイクスピコ協定が締結された結果、 モースル州、バグダード州、バスラ州 は英国の取り分になった。それぞれに 独自性を持つ三つの州がひとまとめに されたこの協定こそが、現在のイラク の国境線の基となっている。折しも新 興国アメリカの台頭とウィルソン米大 統領によるヴェルサイユ体制の提唱、 また国際連盟の発足(1919年)とも相 まって、国際体制は大きな転換期を迎 えようとしていた。 「民族自決」の理念と帝国主義的野心 の間で折り合いをつけるべく、英国は 預言者ムハンマドの子孫であり、メッ カの太たいしゅ守を務めていたハーシム家フセ インの三男ファイサルをイラクの国王に迎えることを決 めた。こうして 1921 年にファイサル 1 世が即位しイラ ク王国が樹立された。うわべだけでもアラブ人の指導者 を据えることで、国際社会に対する弁明責任を果たし、 同時にイラク国内で高揚していた反英運動とナショナリ ズムをも抑えられるという狙いが英国にはあった。 一方で、当時のインド総督ハーディング卿は以下のよ うに指摘している。「あまり認識されていないようだが、 バグダードとバスラの人口の3分の2はシーア派であり、 またバグダード州内に位置するカルバラやナジャフと いったシーア派聖地は、メッカとも(スンナ派の)シャリ フ(ムハンマドの子孫)とも何の縁ゆかりもない」*2。また、後 にイラク暫定内閣の初代首相を務めたバグダードの名 士、アブドゥル・ラフマーン・アル・ギーラーニー(Abd al-Rahman al-Gilani)も、かつて「ヒジャーズ(メッカを 含むサウジアラビアの西部地域)はヒジャーズ、イラク はイラクであって、(イスラームという)信仰を別とすれ ば両者の間には何の関係もない」と明言している*3。 しかしこれらの問題提起もむなしく、「安価で効率的
2.
国家分裂の危機を迎えるイラク―問題の起源は1世紀前に遡る
現在の国境線トルコ
バグダード
バグダード
モースル モースル バスラ バスラ 英領 インド へトルコ
シリア
アラビア半島
ヨルダンイラク
イラン
図5 オスマン帝国時代の 3 州の経済的文化的広がり 出所:各種情報を基に JOGMEC 調査部作成な支配」を目指すチャーチル(当時植民地相)の路線に 沿って英国の統治政策は方向づけられていった。この後、 ファイサルを名目上の頂点に、オスマン帝国時代の旧官 僚や地方の名士らをはじめとするスンナ派親英勢力を中 心とした政府づくりが進められていった。行政経験の乏 しいシーア派は英国によって後進的・狂信的と見なされ、 国民統合プロセスのなかでその存在は無視されたも同然 であった。イラクが抱える難題──国としての一体感の 欠如──は英国統治時代の偏った国家形成に端を発して いると言える。 1958 年に軍事クーデターが起こり、半世紀もたたな いうちに英国が打ち立てたイラク王国は崩壊する。しか しシーア派に対する差別意識はこれ以降もバアス党 (1968 年から 2003 年にフセイン政権が崩壊するまでの 間一党独裁体制を敷いた政党)によって受け継がれ、更 なる国民統合への原動力として利用された。そればかり か、反アラブ・反国家主義を意味する「シュウービーヤ (shu‘ūbīya)」という思想形態へと進化を遂げ、一党独裁 体制の強化を狙うフセイン政権時にも、共産党員やシー ア派など反政府的と見なされるあらゆる勢力を弾圧する ための格好の手段として用いられるようになった。英国 のイラクに対する偏狭的理解と帝国主義的価値規範に基 づく政策策定のあり方は、英国の影響力が減じた後も目 に見えない傷跡を残し、イラクにおいて近代国家の樹立 を更に困難なものにしたのである。 サイクスピコ協定に基づく国境画定も後に多くの課題 を残した。既述したとおり、モースル、バグダード、バ スラの3州はそれぞれに自立しており、異なる地域的広 がりを持っていた。こういった当時の領土認識とのずれ が、後々になってイラン・イラク戦争、イラクによるク ウェート侵攻、そしてキルクークとその石油資源をめぐ るイラク中央政府とクルド人の対立の原因をつくり出し たと言える。 国家財政を圧迫する軍事費用と増加する戦死者数、早 期撤退を迫る国内世論などを背景に、英国は北部油田な ど一部の利権を残し徐々にイラクへの介入度合いを減じ ていった。イラク王国の樹立から約 80 年後、米国の手 によってサッダーム・フセインによる強力な支配システ ムが排除されて以降、イラクには全体をまとめられる単 一の権力が存在しない。欧米諸国、周辺国のイランやサ ウジアラビアなどの思惑も絡むなか、新政府の設立は一 体どのような形に落ち着くのか。現在までの動きについ て以下にまとめてみた。
3.
挙国一致内閣への道
2014 年 4 月 30 日に実施された国民議会選挙で、マリ キ首相率いる「法治国家連合」が全328議席中最多となる 95 議席を獲得したが、過半数に満たないため連立政権 樹立に向けた他党との交渉が行われることになった。そ のような重要な時期に起きたのがモースル制圧という大 事件である。前回の選挙(2010年)では組閣までに9カ 月を要したという経緯もあり、今回も交渉が長期化する ことは既に懸念されていたが、ISによるイラク侵攻に よって事態は更に複雑化した。北部での混乱に乗じ、ク ルディスタン地域政府(KRG)の自衛軍ペシュメルガが キルクークを制圧したからである。その結果、以前より 石油収入配分をめぐって交渉が難航していた KRGとイ ラク中央政府との間の対立が激化した。 6 月 17 日、ハウラミ KRG天然資源大臣は、北部最大 のキルクーク油田と KRG領内を結ぶパイプラインの建 設が完了したと発表し* 4、同油田の帰属が KRG側にあ ることを改めて強調した(KRGが占領下に置いているキ ルクークおよび近郊のバイ・ハッサン油田からの生産量 はそれぞれ 25 万 b/d弱と 20 万 b/d弱)。同 26 日にはバ ルザーニKRG大統領がキルクークを電撃訪問するなど、 支配の既成事実化を狙った動きも活発化した。同 28 日 には、バルザーニ KRG大統領がイラクからの独立の賛 否を問う住民投票実施の意向を表明し、7 月 3 日には住 民投票実施のための選挙管理委員会の設置と投票日の選 定を指示するなど、権利拡大に向けた動きも加速化して いる。これ以降マリキ首相と KRG間に批判の応酬があ り、同11日には「クルディスタン民主党(KDP)」出身の ジバリ外相がクルド人閣僚による業務停止と次回議会の ボイコットを表明。これに対し同日マリキ首相がジバリ 外相を解任するといった事態に至った。7 月 17 日には KRGがキルクーク油田からクルド自治区領内への送油 を開始したとの情報も伝えられている。 事態の収拾を図るため、6 月末にはケリー米国務長官 とヘイグ前英外相がそれぞれバグダードとエルビルを訪問し、イラク政府と KRG両者に挙国一致内閣の必要性 を呼び掛けた。通常、選挙後にはまず議長(慣例的にス ンナ派から選出)が選ばれ(過半数の票が必要)、以後30 日以内に議会が大統領(慣例的にクルド人から選出)を選 定(3分の2以上の票が必要)、更に15日以内に大統領が 首相(慣例的にシーア派から選出)を任命するというプロ セスが踏まれることになるが、シーア派優位の政治体制 に異を唱えるクルドやスンナ派勢力とのわだかまりが解 けず議会は紛糾した。 7 月 1 日、8 日、13 日と成果の出ないまま時間だけが 過ぎたが、4回目となる15日の議会でやっと穏健派のサ リーム・アル・ジャブーリー(Salim al-Jabouri)(スン ナ派)が全328票中194 票を得て議長に選出された。ク ルド人閣僚による議会ボイコットの機運は落ち着きを見 せ、同24日の議会で「クルディスタン愛国同盟(PUK)」 出身のフアード・マアスーム(Fuad Masum)が211票を 獲得し、新大統領に選出された。こうして、選挙後3カ 月弱で議長と大統領の選出にこぎ着け、政権樹立に向け 一定の前進が見られた。 イラクでは大統領という役職は多分に象徴的な意味合 いを帯びているが、政府内部のシーア派勢力とも友好的 な関係を持つとされる穏健派マアスーム氏の大統領就任 は、シーア派勢力とクルド勢力間の関係改善を示唆する 動きとも見て取れる。 一方で、新大統領就任と時を同じくして、イラク石油 輸出公社 SOMOが、原油の独自販売を継続しているク ルド自治区に対し徹底抗戦の姿勢を改めて表明してい る。また、クルド原油 100 万バレルを積んだカーゴ(1 億ドル相当と見られる)が7月27日に米ヒューストンの Galveston港沖合に到着したことを受け、翌28日、イラ ク石油省はテキサス裁判所に対しカーゴの所有権をめぐ りKRG天然資源省を告訴するなど、2者の確執は根本的 な解決には至っていないようである。また、クルド内部 も必ずしも一枚岩というわけではない。クルド自治区は、 大まかに言えばKDPの支配する西部とPUKの支配する 東部の二つの勢力圏から成る。統一会派を組む二大勢力 (今選挙での獲得議席数はそれぞれ25と21)は、これま で資金の配分やトルコへの姿勢をめぐって対立した過去 を持つ。今後はイラクからの独立を志向するKDP(バル ザーニKRG大統領)と、それには懐疑的なPUK(マアスー ム新イラク大統領)の間でいかなる譲歩が行われるかが 鍵となるだろう。 首相の選出は大統領のそれ以上に難航するものと見ら れたが、8月11日にシーア派諸政党から成る連合勢力が、 前月第1副議長に就任したばかりのハイダル・アバディ (Haider al-Abadi)氏を首相に指名した。これを受けマ アスーム新大統領も直ちに同決定を受け入れた。アバ ディ氏任命までのプロセスが憲法上の所定の手続きを踏 んでいなかったとして、マリキ前首相が連邦裁判所に提 訴、一時は武力の行使すら辞さない構えを示した。しか し内外からの圧力を受け、マリキ氏は 8 月 14 日に退陣 要求を受け入れる旨を明らかにした。 アバディ氏の任命に対し、11日にはオバマ大統領が、 また翌 12 日にはサウジアラビアのサウード外相とイラ ン国家安全保障最高評議会のシャムハーニー書記がそれ ぞれ新首相の誕生に歓迎の意を表明している。規定によ れば、首相就任から 30 日以内に議会の承認を得て政権 を樹立せねばならない。イラクの今後を左右する新政府 発足に向けた動きが注目される。
4.
今後の展望―地政学的リスクの評価
(1)北西部の治安回復には時間を要する イラク北西部では既に複数の都市が武装勢力の手に落 ちており、今後治安回復の道のりは非常に困難なものと なるだろう。6月17日にはサラーフッディーン県に位置 する国内最大のベイジ製油所(建設当初の想定能力は31 万b/dであるが、実際の生産量は20万b/d強と見られる) が ISの襲撃を機に稼働を停止、北部各地で燃料不足が 深刻化している。クルド自治区の主都エルビルではガソ リンを買い求める客が長ちょう蛇だの列を成したとの話も聞かれ る。8 月以降北部における武装組織の侵攻は勢いを増し ている。同3日には、KRG軍ペシュメルガとの度重なる 攻防の末、モースルに位置する国内最大の水力発電ダム がISによって一時占拠された。米軍が8月16日から2日 間にわたって付近で空爆を実施した結果、イラク軍とク ルド軍は 18 日にダムを大方奪還している。しかし ISの 勢力が根絶やしになったわけではない。図4にもあると おり、武装組織はダム周辺の都市や油田を依然として占 拠下に置いている。8 月 10 日にはエルビルから約 50 ㎞の地点にまで ISが一時攻め入っている他、同 23 日には 首謀者不明の爆破テロがエルビル市内で発生している (死者は出ていないもよう)。これらの事態を受け、クル ド地域に進出している国際石油会社(IOC)は相次いで人 員の削減や操業の一時停止に踏み切っている(詳しくは 6〈3〉をご覧いただきたい)。 イラク軍は、兵士数約 27 万人と、中東ではエジプト やイランに匹敵する規模の軍事力を持つものの、モース ルでは数で圧倒的に劣る武装勢力を前にイラク人兵士が 武器を捨て敗走したとのニュースが紙面を賑わし、これ 以降、イラク軍の戦闘能力について疑問視する声が多く 聞かれるようになった。イランは革命防衛隊を数千人規 模で派遣していると言われているほか、上述のとおり 8 月 8 日以降、米国が北部で空爆作戦を実行しているが、 ISの侵攻を完全に食い止められていないのが現状だ。事 実、8 月 11 日に米国防総省は、空爆の実施で ISによる クルド自治区などへの進軍のペースを削そいだとする一 方、組織そのものの弱体化や他地域への勢力拡大の防止 にはつながっていないとの見解を示している。 (2)バグダードへの影響 現時点でとりわけ注目される のは、バグダードの防衛である。 7 月 1 日、デンプシー米統合参 謀本部議長は、イラク軍独力で の地方都市奪還は困難であると 評価する一方、バグダード防衛 網は堅固であるとし、首都陥落 の可能性が低いことを示唆して いる。しかし、バグダードとそ の近郊では ISをはじめ種々の 勢力によるものと見られる襲撃 や爆破テロなどが続いており、 予断を許さない状況である。7 月4日にはISがバグダード国際 空港のムサンナ空軍基地(バグ ダードから西に16㎞)に侵攻し ているとの情報もある。22 日 にはバグダードで ISによると 見 ら れ る 爆 破 事 件 が 発 生 し、 30 名以上の死者が出ている。 この他、シーア派武装民による と見られるスンナ派住民の殺害 事件なども発生しており、身元 不明の遺体が市内各所で相次い で発見されている。とはいえ、首都の治安状態は以前か ら悪化していたため、6 月以降目に見えて悪化したとの 印象は受けない。 図 4 からも分かるように、ISはバグダードの北、西、 南西方面数十キロメートルのところにまで侵攻してきて いる。英国在住のイラク人研究家アイマン・アル・タミー ミー(Aymenn al-Tamimi)は、ISが武力によってバグ ダードを攻め落とす可能性は低いとしても、壊滅的打撃 を与える能力を持つと指摘する。事実、7 月 9 日にはス ドゥール・ダムが、同23日にはバードゥーシュ・ダム(建 設中)が制圧された他、8月3日にはモースル・ダムも一 時占拠されたことで(同18日にイラク軍とペシュメルガ が奪還)、ティグリス川から首都に供給される水が不足 するのではないかという懸念が高まった。7月28日には、 首都の北東に位置するハムリーン・ダムにおいてイラク 軍と ISが衝突している。同ダムが制圧された場合にも、 周辺のバアクーバだけでなく、バグダードにも少なから ず影響が出ると見られている。加えて、万一、発電所と 軍事基地がある要衝タージ(バグダードの北30㎞)や、 バグダード南部のドーラ製油所(処理能力18万b/d。実
サウジアラビア
クウェート
イラク
イラン
トルコ
トルコ
シリア
シリア
(建設中) バードゥーシュ・ダム バードゥーシュ・ダム モースル・ダム モースル・ダム モースルモースル バグダード バグダード バスラ バスラ スドゥール・ダム スドゥール・ダム ハムリーン・ダム ハムリーン・ダム ファルージャ・ダム ファルージャ・ダム ハディーサ・ダム ハディーサ・ダム ティグリス川 ユーフラテス川 ISによって制圧されたダム ISによって襲撃されたダム 図6 IS によるダムの襲撃状況 出所:各種情報を基に JOGMEC 調査部作成際の生産量は 14 万 b/d程 度と見られる)が襲撃を受 ければ首都の都市機能は根 本的に麻痺することになる だろう。その場合イラク政 府の行政機能にも影響が出 ることが予想される。 (3)南部油田地帯と周辺産 油国への影響 スンナ派住民が多数を占 める北西部においては、一 部のスンナ派部族やスンナ 派武装勢力の協力を得て支 配地を拡大しているISであ るが、シーア派人口が優勢 な南部では孤立無援の戦い を強いられる可能性が高 く、むしろISにとってリス クの高い地域である。また、 ISが攻撃目標と定めている 南部のナジャフやカルバラ といった都市は、シーア派 にとっては最も重要とされ る二大聖地である。6月18 日、イランのロウハニ大統 領は、どんな手段を使ってでも両都市を防衛すべきであ ると発言しており、武力介入の可能性をも示唆している。 南部の主要油田地帯はどうか。図7をご覧いただければ 分かるように、南部油田地帯は、ナジャフ・カルバラよ りも更に南東の、イランとの国境寄りに散在している。 国境のイラン側にも油ガス田が広がっていることもあり、 イラク南部の防衛はイランにとっても重要な問題である。 サウジアラビアにも同様のことが言える。ペルシャ湾 沿いに油田が集中している同国にとって、イラク南部の 油田地帯における治安悪化は他人事ではない。事実、IS や一部スンナ派部族による西部国境地帯の制圧や、ISの シリア東部における主要油田の占拠を受け、サウジアラ ビアはイラクとの国境地帯(北部アラル周辺)に3万人の 兵員を派遣している。サウジアラビアをはじめとする湾 岸の王制国家にとっては、国家の基盤とも言える王制の 維持・防衛こそが最優先の課題であり、過激思想の流入 や国内のシーア派問題への波及を避けるため、今後も厳 しい姿勢で対応していくものと思われる。 今後の見通しとしては、イラク南部がシーア派住民が 多く居住する地域であるということ、またイランとサウ ジアラビアが睨にらみを利かせているということもあり、IS が現在の勢力圏から距離的にも離れた南部油田地帯にま で侵攻してくる可能性は高くないと考えられる。しかし 留意すべき点があるとすれば、バグダード防衛体制の強 化を目的に現在イラク軍の多くが首都に集結していると の情報もあり、南部の守りが手薄になるのではないかと いうことである。また、南部の治安については6月以降も 大きな変化はないとはいえ、7月後半以降、首謀者不明の テロが数件起きている。バスラ南部では複数のモスクが 襲撃に遭い死傷者が出ているほか、シーア派の二大聖地 ナジャフとカルバラでもシーア派聖職者を標的にしたと 見られる爆破テロが数件発生している。また、西部アン バール県を支配下に置くISがユーフラテス川上流をコン トロール下に置いていることも不安要素である。これま でもISはファルージャ・ダムを利用し故意に洪水を発生 させるなど数回にわたりイラク軍をかく乱する作戦を実 行に移してきた。万一ユーフラテス川からイラク南部へ の水の供給が途絶すれば被害は甚大なものとなるだろう。 クウェート シリア イスラエル レバノン ヨルダン イラン カタール バーレーン イラク サウジアラビア トルコ UAE バグダード バグダード アラル アラル ダーラン ダーラン リヤド リヤド ジッダ ジッダ 図7 シリア、イラク、イラン、サウジアラビアにおける油ガス田の分布 出所:各種情報を基に JOGMEC 調査部作成
以下では、イラク国内(クルド自治区を除く)における 資源をめぐる現状と、ISの侵攻が及ぼす影響について 述べる。 (1)原油生産・輸出への影響は限定的 世界第 5 位の埋蔵量(1,500 億 bbl)を誇るイラクは、 2009年以降4回にわたる入札ラウンドの実施(第3次は ガス田対象、第4次は探鉱鉱区対象)を通し、メジャーを はじめとする外資企業の参入を得て着々と生産量を伸ば してきた。今やイランを抜きサウジアラビアに次ぐ第 2 位のOPEC産油国に躍り出た。2012 年10月にはIEAがイラク特集(Iraq Energy Outlook)を発表している。 1980 年代以降の 3 度にわたる戦 争や国連の経済制裁を理由に、イラ クでは過去 30 年間、石油開発が十 分に行われてこなかった。世界規模 で減退しているとされるイージーオ イルが、イラクでは未開発のまま残 されているのである。これを受け IEAは、今後 20 年間イラクが世界 の石油生産増大を牽けんいん引する唯一最大 の国になるとの予測を打ち出してい る。また、世界の余剰原油生産能力 (約 353 万 b/d)の観点から見ても、 全体の約 8 %を占めるイラクはサウ ジアラビア(約70%)に次ぐ重要国 である(2014年7月IEA石油市場報 告)。増産を牽引する南部巨大油田 を中心に、外資企業にとってのビジ ネスチャンスは更に広がっていくこ とが予想される(2012 年の IEA予 測では累積投資額は5,300億ドル〈約 53兆円〉と見込まれる)。 しかし、スンナ派武装組織 ISの 台頭によってイラクにおける資源開 発の将来を不安視する声も出てき た。以下では6月10日のISによるモー スル制圧の前と後で原油の生産量と 輸出量にいかなる影響が出ているか を明らかにした上で、今後の展望に ついて考察したい。 ①IS侵攻以前の生産と輸出量 2013 年夏に南部のガラフ、マジュヌーン油田が相次 いで生産を開始しているほか、2014 年 3 月末には西ク ルナ油田(第2フェーズ)の商業生産も開始している。こ れに伴いイラクの生産能力は400万b/dに到達したと言 われている。ここ最近の生産量としては、2012 年 4 月 以降 300 万 b/d前後で推移し、2014 年 2 月には 1979 年 以来の最高量を記録している。2月の生産量341万b/d(う ち南部279万b/d、北部62万b/d)に対し、3・4月には それぞれ 30 万 b/dほど減少したものの、5 月には約 318
5.
原油生産と資源開発への影響
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 億bbl イラク 0 万 b/d 100 200 300 400 500 600 ブラジル カナダ カザフスタン サウジアラビア 米国 図8 世界の石油確認埋蔵量比較(2014 年現在) 出所:2014 年 BP 統計を基に作成 図9 2035 年における原油増産見込み万 b/d(うち南部 276 万 b/d、北部 42万b/d)に持ち直した。 一方輸出に関しても、2 月に過去 35年間で最高となる280万b/d(う ち南部からの輸出量は 251 万 b/d) を記録している。3 月は約 240 万 b/ d(うち南部 237 万)と前月比で 40 万 b/dほど減少したが、4 月 251 万 b/d、5 月 258 万 b/dと徐々に増加 に転じている。 特筆すべきは、5 月の南部からの 輸出量が 2003 年以来の最高量であ る 258 万 b/dになったことである。 北部に関しては、トルコ向けパイプ ラインが度重なるテロ攻撃を受けた 結果、2月の北部からの輸出量29万 b/dに対し、3 月は 2 万 4,000b/dと 2006年以来の最低水準を記録した。 3 月 2 日には同パイプラインが完全 に稼働を停止したため、4 月以降北 部からの輸出量はゼロとなってい る。このため、クルド自治区による 独自輸出を除けば、イラクの原油輸 出は南部からの出荷のみに依存して いるというのが現状である。 ②IS侵攻以降の生産と輸出量 6月10日に起きたモースル陥落以 降の治安悪化を受け、イラクの原油 生産にはどのような影響が出ている のであろうか。今のところISは北西 部を中心に展開しており、現生産量 の9 割近くを支える南部油田地帯で は通常どおりの操業が続けられてい る。事実、6 月の南部からの生産量 は前月比 5 万 b/d増の 281 万 b/dと なっている。IOCの対応については 後述するが、ExxonMobil(西クルナ 1 油 田 )、Eni( ズ ベ イ ル 油 田 )、 CNPC(ルメイラ、西クルナ1、ハル ファヤ、アフダブ油田)など一部企 業が外国人駐在員の避難措置を取っている一方で、 CNOOC( ミ サ ン 油 田 )、Lukoil( 西 ク ル ナ 2 油 田 )、 Gazprom Neft(バドラ油田)、Shell(マジュヌーン、西ク ルナ2油田)などは非常事態対処計画を準備、警備体制を 強化し状況を看視しているとの報道がなされている*5。 ISの侵攻によってむしろ懸念されるのはキルクーク をはじめとする北部油田に及ぼす影響であるが、実は北 部(クルド自治区を除く)からの生産は6月以前から既に 百万 b/d 百万USドル 0 1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000 7,000 8,000 9,000 10,000 0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 2.50 3.00 3.50 4.00 10月 12月 2月 4月 6月 8月 10月 12月 2月 2012年 2013年 2014年 4月 6月 イラク原油輸出による歳入額(百万USドル) 南部ルート輸出量(百万b/d) 百万b/d) 北部ルート輸出量( 輸出合計(百万b/d) 原油生産量(百万b/d ) 図12(2012 ~ 2014 年)イラク原油生産量、輸出量(南北別)、輸出による歳入額の推移 出所:イラク石油省統計を基に筆者作成 2012 年 2013 年 2014 年 1月 3月 5月 7月 9月 11月 1月 3月 5月 7月 9月 11月 1月 3月 5月 2,900 2,800 2,700 2,600 2,500 2,400 2,300 2,200 2,100 2,000 1,900 1,800 1,100 1,000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 千 b/d (南部) 千 b/d (北部) 西クルナ 2 生産開始 ガラフ , マジュヌーン油田生産開始 南部 北部(中部含む) 図11 地域別イラク原油生産量(2012 ~ 2014 年) 出所:イラク石油省統計を基に筆者作成 1 96 5 1 96 7 1 96 9 1 97 1 1 97 3 1 97 5 1 97 7 1 97 9 1 98 1 1 98 3 1 98 5 1 98 7 1 98 9 1 99 1 1 99 3 1 99 5 1 99 7 1 99 9 2 00 1 2 00 3 2 00 5 2 00 7 2 00 9 2 01 1 2 01 3 湾岸戦争 イラク戦争 イラン・イラク戦争 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 千b/d 年 図10 イラク原油生産量(1965 ~ 2013 年) 出所:BP 統計を基に筆者作成
減少傾向にあり、輸出に至っては既述のとおり4月以降 停止している。出荷の途絶は更なる生産量の減少につな がり、2014 年 2 月の 62 万 b/dから 3 月 49 万 b/d、4 月 43万b/d、5月42万b/dと月を追って減退していた。こ れに、国内最大規模のベイジ製油所がISの襲撃を受け6 月 17 日以降稼働を停止していることや、ISによる小規 模油田の制圧、クルド軍ペシュメルガによるキルクーク 油田の占拠も相まって、6 月の北部からの生産量は前月 比約12万b/d減の30万b/dにまで減少している。北部(30 万b/d)と南部(281万b/d)を合わせた6月のイラクの生 産量は 311 万 b/dであり、前月の 318 万 b/dに比べおよ そ7万b/d落ち込んだことになる。 一方輸出量に関しては、6 月は約 243 万 b/dと、前月 の258万b/dから約15万b/d減少している(前述のとおり、 4 月以降クルド自治区を除く北部からの輸出は停止して いるため、ここで言う輸出量とは南部からの輸出量を指 している)。現地関係者の証言によれば、バスラ石油ター ミナルにおけるバースの改修と拡張工事が行われている とのことで、これが輸出量減少の主要因と見られる。ま た、7 月の南部からの輸出量は 244 万 2,000b/dであり、 6月の243万b/dからわずかながら増加している。 イラク政府が発表していた7月の目標輸出量260万b/ dには届かない数値であるが、貿易関係者の証言によれ ば、海上での天候の悪化が出荷の遅れにつながったとの ことである。このように、7 月末日時点では、スンナ派 武装勢力の侵攻による治安の悪化がイラクの原油生産に 影響を及ぼした案件としては、ベイジ製油所の稼働停止 と ISや KRGによる油田の占拠にとどまっている。しか し何よりも重要なことは、 南部の生産・輸出には今の ところ ISの影響が見られ ないということである。 ③原油生産の今後の見通し と展望 原油生産の見通しについ ては、イラクでの治安悪化 を受け、IEAと米国エネル ギー省エネルギー情報局 (EIA)はともにイラクの原 油生産見通しを一部下方修 正 し て い る。2014 年 6 月 の 中 期 石 油 市 場 報 告 (M e d i u m T e r m O i l Market Report)で、IEA は 2019 年の生産能力予測を前回予測比 47 万 b/d減の 454 万 b/dに変更した。一方、EIAは同年 7 月に発表さ れ た 短 期 エ ネ ル ギ ー 見 通 し(Short Term Energy Outlook)において、成長予測を 2014 年と 2015 年にそ れぞれ 30 万 bblずつ減少させ、2015 年末にかけて生産 量は330万b/dを超過しないだろうとの新たな予測を加 えている。 また、イラク政府の生産目標量については、2013年6 月 に 統 合 国 家 エ ネ ル ギ ー 戦 略(INES:Integrated National Energy Strategy)が発表され、イラクは2020 年の生産目標量をそれまでの1,200万b/dから900万b/d (中水準シナリオ)に修正した。900万b/d達成に向けて の短期目標として、シャハリスターニ副首相は2015年の 目標量を470万b/dと設定している。INESの発表を受け、 各油田の目標プラトー生産量の下方修正交渉も進んでい る。イラク政府が締結している石油開発契約上の目標生 産量合計は以前の約1,200万b/dから100万b/d程度引き 下げられた。しかし、900 万 b/dという目標設定は、現 状の生産量から考えても、またIEAとEIAの予測に鑑かんがみ ても実現は困難であると予想される。 これからの展望であるが、ISによる影響力の増大を 受け、クルド自治区を含め北西部においては資源開発の 歩みが停滞することは避けられない。しかしIEAは7月 の月間報告において、中期的視点で見れば、地政学的リ スクの高まりよりもむしろ南部油田におけるインフラ整 備の遅れこそが増産目標における最大の障害になると結 論付けている。2011 年の 4 カ年計画で既に出荷能力や 貯蔵能力の不足が指摘されていたわけであるが、北西部 図13 IEA とイラク政府の原油生産シナリオの比較 200 300 400 500 600 700 800 900 1,000 統合国家エネルギー戦略(2013年) (中水準シナリオ) IEA予測(2012年) (中心的シナリオ) IEA予測(2013年) IEA中期見通し(2014年) 実際の生産量 (2014年に関しては1∼6月の平均生産量) 万b/d 年 2011201220132014201520162017201820192020202120222023202420252026202720282029203020312032203320342035 出所: IEA報告書とJOGMECテクノフォーラムにおけるガドバン・イラク首相顧問会議議長のプレゼンテーショ ン(2013年5月)を基に作成
の治安悪化によって、南部以外の出荷ルートの開拓が以 前にも増して困難になったことは明らかである。加えて、 国内最大のベイジ製油所が稼働を停止したことで、治安 の比較的安定している南部でいち早く精製能力の増強を 図ることが求められる。 他に懸念されることは、武装勢力がティグリス・ユー フラテス川上流域を支配下に置いたことにより、水の供 給に支障が出る可能性があることである。油田掘削に必 要な水が不足する事態に陥れば、南部における原油生産 にも直接的な影響が出てくるだろう。また、ISやその 他スンナ派勢力が北西の物流経路を手中に収めているこ とから、開発事業を進める際に必要な物資の入手ルート が限定されることは間違いない。 (2)資源開発の現状―生産・輸出能力の拡大は喫緊の課題 以下では、個々の油ガス田の開発案件について概観す るとともに、前節でも取り上げた出荷インフラの整備状 況についても報告したい。 ①油ガス田ごとの開発生産状況 ルメイラ油田(BP) ルメイラ油田(権益比率:BP 38%、CNPC 37%、 SOMO1 25%)の最近の動向としては、原油処理プラ ント建設事業の認可や目標生産量の修正交渉に時間が かかっているほか、掘削契約の承認手続きの認可が下 りないため2月にはBPは100名近くのコントラクター を帰国させる結果になった。また、2013 年に改善さ れたはずのビザ発給問題が再び浮上し、関係者筋によ れば 2 月 1 日以降ビザ発給の認可が下りなかったとい う。しかし、5月にはイラク政府がEPC契約を中国石 油工程建設公司(CPECC)と、またマネジメント・サー ビス契約を英Petrofacと締結するなど、事態の進展が 見られた。IS侵攻以降の BPの対応としては、一時約 半数のスタッフを退避させたが(6月18日付ロイター 通信)、7 月 29 日の第 2 四半期決算報告会で同社のダ ドリー最高経営責任者(CEO)が避難措置の解除を明 らかにしたと伝えられている。 2014年に入り生産量は140万b/dに到達したものの、 含水率の上昇で一時120万b/dに生産量を抑制した後、 6月中旬には130万b/dに回復しているという。また、 目標プラトー生産量(現状285万b/d)の210万b/dへ の引き下げについては、未いまだイラク政府からの最終的 な承認が下りていないようである。 ズベイル油田(Eni)
ズベイル油田(権益比率:Eni 32.81%、Missan Oil
Company 25 %、Occidental Petroleum 23.44 %、 Kogas 18.75%)は、2013年に目標プラトー生産量を 120万b/dから85万b/dに修正しており、現生産量は 約30万b/dにとどまっている。ISのイラク侵攻に対し、 Eniは6月16日に避難は実施しない旨発表したが(同 日付ロイター通信)、同20日にこれを撤回し(同日付 ANSA)、予防措置として非中核スタッフの削減に踏 み切っている。しかし 6 月 18 日の同社報道担当者の 発言によれば、政情不安による操業への影響は出てい ないとのことである(6月19日付ロイター通信)。 7月31日には同社のデスカルシ最高経営責任者がズ ベイル油田からの撤退を視野に入れていることを明ら かにしているが、同氏は「主要な問題は治安ではない」 ことを強調し、イラク政府の意思決定の遅さと圧入用 の海水輸送事業(CSSP: Common Seawater Supply Project)の遅れの二つを主な理由として挙げている。 西クルナ油田1(ExxonMobil)
2013年にPetroChina とPertaminaが新たにファー ムインした西クルナ油田の開発フェーズ1(権益比率: ExxonMobil 25%、Oil Exploration Company 25%、 PetroChina 25%、Shell 15%、Pertamina 10%)につ いては、2014 年 2 月に目標プラトー生産量を 283 万 b/dから 160 万 b/dに引き下げることでイラク石油省 との間で合意している。しかしイラク政府からの正式 な認可は未だ下りていないようである。生産量に関し ては一時 50 万 b/dに達するも、含水率の上昇と圧入 水の不足により 30 万 b/dを下回るレベルに抑えられ ているとの情報もある。IS侵攻以降の対応として、 ExxonMobilは大部分の駐在員を退避させているとさ れる(6月18日付ロイター通信)。 西クルナ油田2(Lukoil) 西クルナ油田の開発フェーズ 2(権益比率:Lukoil 75%、North Oil Company 25%)は2014年3月末に 生産を開始したばかりであり、生産量は当初の 12 万 b/dから、6 週間で 25 %増の 15 万 b/dに増加、7 月末 時点で25万b/dまで上昇しているとのことである(業 界紙によれば、8 月の生産量は 28 ~ 32 万 b/dに達し ているとの情報もある)。オペレーターの Lukoilによ れば、2014年末までの目標生産量は40万b/d、2017 年には目標プラトー生産量 120 万 b/d(180 万 b/dか ら下方修正済み)を達成したいとしている。 6月5日には、西クルナ2油田とツバ貯蔵タンクおよ びファオ貯蔵タンクをつなぐ 2 本のパイプライン(約