土地所有権論における補償の論理と調整の論理 : ドイツにおける相隣法上の調整請求権の分析から
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(2) 土地所有権論における補償の 論理と調整の論理. 論. ドイツにおける相隣法上の調整請求権の分析から. 張 目. 洋. 介. 次. 第1章. 課題設定. 第2章. 判例による「相隣法上の調整請求権」の創出. 1.公共的利益を理由として防御請求権が禁じられる代わりに調整請求権 が認められる事例 2.相隣共同体関係に基づく受忍義務とともに認められる調整請求権 3.相隣共同体関係に基づく調整請求権 4.小括 第3章. 学説における相隣法上の調整請求権の位置づけ. 1.公共的利益を理由として防御請求権が禁じられる代わりに調整請求権 が認められる事例について 2.相隣共同体関係と相隣法上の調整請求権 3.小括 第4章. わが国における土地所有権論のあり方. 1.ドイツ相隣法における調整請求権の役割 2.わが国における土地所有権論への示唆. 第1章. 課題設定. 土地所有権も,私的所有権の一つであるから,民法206条に言う「法令 の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利」 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 123( 1516 ). 説.
(3) が認められる。したがって,土地の利用に関しても,それが法令の制限内 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. であれば適法な権利行使として許容されることになる。しかし,都市景観 紛争が典型であるが,近年問題となっている土地利用紛争においては,ま さにその適法な権利行使の結果,周辺に深刻な影響を与えている事例が少 なくない。このような適法ではあるが妥当ではない土地利用をどのように 評価すべきであるのか,そして,その土地利用がもたらす問題をどのよう に解決すべきであろうか。このような問題意識から私はドイツ民法(以下 では BGB とする)第906条2項2文に基づく調整請求権を検討対象とし, (1). その沿革および法的性質についての議論を分析してきた。本稿での課題設 定の前提として,これまでの分析を確認しておこう。 (2). BGB906 条2項2文に基づく調整請求権が認められるためには,①906. (1). 拙稿「ドイツ民法第906条2項2文に基づく調整請求権について. 土地所有権論の再考に向けて. 」法と政治第59巻第4号(2009年)41頁. 以下(以下では「調整請求権について」として引用する)。および「ドイ ツ相隣法における調整と補償 所有権との関係. BGB906 条2項2文の調整請求権と土地. 」法と政治第61巻第3号(2010年)137頁以下(以下. では「調整と補償」として引用する)。 (2) BGB906 条(不可量物の侵入) (1) 土地の所有者は,ガス,蒸気,臭気,煙,煤,熱,騒音,振動および 他の土地から来る類似の作用が,自己の土地の利用を侵害していないか, あるいは,非本質的に侵害しているにすぎない限りでは,これらの作用を 禁止することができない。法律あるいは法規命令により調査され評価され る作用がこれらの諸規定により定められた限界値あるいは基準値を越えて いない場合には,通常は非本質的な侵害が存在する。連邦イミッシオーン 防止法48条に基づいて発せられかつ技術水準を表す一般行政規則の値につ いても,同じことが妥当する。 (2) 本質的な侵害が,他の土地の場所的に慣行的な利用によって引き起こ され,かつ,この種の土地利用者に経済的に期待しうる措置によって防止 されえないときも,また同じ。これに従って所有者が作用を受忍しなけれ ばならない場合に,当該作用がこの所有者の土地における場所的に慣行的 124( 1515 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(4) 条の対象となる作用であること,②その作用が本質的侵害をもたらすもの であること,③本質的侵害をもたらす作用が,場所的慣行性に適合した利. 論. 用から生じていること,④本質的侵害作用を発生させている利用者と同種 の利用者にとって経済的に期待可能な予防措置でも防止・軽減が不可能で あること,⑤自己の土地利用あるいは収益に予測不可能な損害が生じたこ と,⑥自己の土地利用も場所的慣行性に適合していること,の6つの要件 を充たさなければならない。しかし,この諸要件をすべて充たす場合,イ ミッシオーンを発生させた土地利用者の側からすれば,法律上は適法とさ れる権利行使にもかかわらず,金銭による調整義務を負わなければならな い。では,なぜ法令の制限内で行った適法な権利行使に対して,このよう な義務を負わなければならないのであろうか。この義務の根拠はどこにあ るのか。これらの点を明らかにすることで,上記の問題意識の解決策の手 がかりが得られると考え,とくに前稿では BGB906 条2項2文に基づく (3). 調整請求権の法的性質についての議論を分析した。 BGB906 条2項2文に基づく調整請求権の法的性質をめぐっては,犠牲 責任説と公平責任説とが対立している。通説とされる犠牲責任説は, BGB906 条自体が土地所有権の内容を規定する規範であることから出発す る。906条において一定のイミッシオーンの受忍を義務づけるということ は,一定のイミッシオーンを放出しうる権限を認めることであり,したがっ て,土地利用に伴うイミッシオーンの程度を規定したものとされる。よっ て,あらゆる土地所有者にイミッシオーンを発生させる可能性および受忍. な利用または収益を期待しうる程度を越えて侵害している場合には,この 所有者は,他の土地の利用者に対して,金銭による適切な調整を請求する ことができる。 (3) 特別な誘導による侵入は許されない。 (3). 拙稿「調整と補償」とくに173頁以降を参照。 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 125( 1514 ). 説.
(5) する可能性がともに付与されていなければならない。ある特定の土地所有 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 者のみが発生させることのできるイミッシオーンを法が許容する場合(そ れは場所的慣行性要件によって許容される)には,その他の土地所有者か らその利用権限を法が剥奪していることになるため,その剥奪に対する補 償として906条2項2文の調整請求権が認められるとする。この金銭調整 により特定の土地所有者とその他の土地所有者との土地所有権の同価値性 が維持されうるとするのが犠牲責任説の考え方である。この犠牲責任説の 前提には,所有権を理念的に無制約のものとして捉え,本来は BGB903 条に基づき無制限の保障が認められなければならず,所有権の制限には必 ず金銭により補償されなければならないという考え方がある。 だが,犠牲責任説は通説とされているが,906条2項2文の要件の1つ である期待しえない損害を被った者の土地利用も場所的慣行性に適合して いなければならない点(上記要件の⑥)が説明できない。場所的慣行性に 適合した本質的侵害作用によって土地利用あるいは収益に不測の損害を被っ た者でも,自己の土地利用もまた場所的慣行性に適合していなければ,そ の損害の調整を請求しえないのである。つまり,調整請求権が認められる ためには,まずは場所的慣行性に適合した土地利用をしていなければなら ないのである。民法が一定の種類の土地利用(場所的慣行性に適合した土 地利用)を優遇することで,その土地利用を行う者は相隣者の土地所有権 の排他的権限を奪うことになると考え,この点をもって法が相隣者に「特 別の犠牲」を強いているとみなし,その代わりに優遇された者は金銭によ り補償する義務を負うという犠牲責任説の説明では,なぜその特別の犠牲 を強いられた者も場所的慣行性に適合した土地利用をしなければならない のかについて説明できない。なぜ,不測の損害を被った者も場所的慣行性 に適合した土地利用を行っていなければ調整請求権が認められないのであ ろうか。この点に注目し理論構成をするのが公平責任説である。 126( 1513 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(6) 公平責任説は,二つの同価値の適法な土地利用を公平性の観点から調整 することを目的とする。ある地域において双方ともがその地域において通. 論. 常の利用をしているが,にもかかわらず一方の利用が他方の利用に対して 期待不可能な程度の損害を与えたのであれば,その損害が適法な土地利用 からもたらされたものであっても公平性の観点から金銭により調整される べきという考え方である。この考え方の前提には,相隣紛争の柔軟な解決 のために判例がつくり出した「相隣共同体関係に基づく相互顧慮義務」を 積極的に評価するという姿勢が存在する。犠牲責任説が相隣共同体関係に 基づく相互顧慮義務については否定的な態度であるのに対して,公平責任 説は,この相隣共同体関係理論を積極的に用いて相隣紛争を柔軟に解決し ていこうとする。そして,906条2項2文の諸要件についても公平責任説 は無理なく理論づけている。公平責任説では,土地所有者はその利用に際 して場所的慣行性に適合した利用を行わなければならないという義務があ り,そのような義務を果たした上で,一方の利用により他方が不測の損害 を被った場合には,まずは,その損害を軽減させるべく経済的技術的に期 待可能な措置をとる義務があるとする。そして,そのような措置を行って もなお,不測の損害を被った場合には,金銭調整義務が生じるとする。こ れらの義務がいわゆる相隣共同体関係に基づく相互顧慮義務から導き出さ れるものである。なぜ,適法な土地利用にもかかわらず調整義務が課せら れるか,それは,自らの土地利用を場所的慣行性に適合させ,また,自ら の土地利用から生じる侵害作用を可能な限り軽減させ,それにもかかわら ず自己の土地利用が同じく義務を果たした他の土地利用に対して不測の損 害を生じさせた場合には,当事者間の公平性の観点から金銭によって調整 しなければならない,という説明である。906条2項の要件である,イミッ シオーン放出者も侵害作用を軽減させるべく経済的技術的に期待可能な措 置をとらなければならない点(上記要件④)および,被侵害者も場所的慣 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 127( 1512 ). 説.
(7) 行性に適合した土地利用を行わなければならない点について,きっちりと 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 説明できている。しかし,公平責任説は,そもそもその前提である相隣共 同体関係に基づく相互顧慮義務自体が,制定法上存在せず,したがって, その義務の内容もその範囲も不明確である点などにおいて批判されている。 以上が,犠牲責任説および公平責任説の概略である。もともと BGB906 条には,調整請求権は規定されていなかったが,ライヒ裁判所(以下では RG とする)が相隣共同体関係理論とともに創出し,そして,そこに含ま れていたナチス的イデオロギーを排除した形で連邦通常裁判所(以下では BGH とする)が承継したものが立法化されたという経緯がある。立法化 の際に,この請求権の性質についてあまり議論がなされなかったために, (4). このような学説の対立を生じさせている。 906条2項2文の調整請求権の法的性質について犠牲責任説が通説とさ れているが,公平責任説もとくに80年代以降,環境法の立場などから調 整請求権を公平責任説に位置づける主張が有力になされており,公平責任 説も有力説として位置づけられている。これらの学説の対立について,私 は前稿でその対立の背景には前提となる土地所有権論が異なっていると指 摘した。犠牲責任説は,伝統的な土地所有権論の立場から,903条に定め られた理念的な所有権規定を出発点として土地所有権も本来は他人からの 一切の影響を排除しうるが,民法が定めた一定の場合にはその本来は土地 所有者に認められる権限が剥奪され,したがってその代わりに剥奪された 権限は金銭により補償されなければならないとする。これに対して,公平 責任説は,そもそも土地所有者には義務が課されている点を出発点とし, 土地所有者は,その地域に適合した土地利用を行わなければならず,かつ,. (4). BGB906 条2項2文の調整請求権の沿革については,拙稿「調整請求. 権について」77頁以下を参照。 128( 1511 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(8) その利用に際しては可能な限り他者を害しないように利用に伴う侵害作用 を軽減させる義務があるとする。そして,その根拠として相隣共同体関係. 論. に基づく相互顧慮義務や土地所有権の義務拘束性といったものに依拠して いる。犠牲責任説が民法体系に即した伝統的な土地所有権論に基づき理論 を構築しているのに対して,公平責任説は,制定法上存在しない義務を強 調して理論を構築する点が,通説たりえない点であろう。だが,すでに触 れた通り,公平責任説はとくに80年代以降に有力に主張されているので あるが,その背景には,BGH における判例の傾向が影響している。その 傾向こそが,本稿で分析対象とする906条2項2文の調整請求権の拡大適 用傾向であり,いわゆる「相隣法上の調整請求権(Nachbarrechtliche Ausgleichsanspruch)」あるいは「相隣的調整請求権(Nachbarliche Ausg(5). leichsanspruch)」と呼ばれる請求権を認めた一連の判例である。906条2 項2文の調整請求権自体が判例によって形成され,発展させられたもので あるが,1959年改正により立法化された後も,そこにとどまらず,判例 はこの調整請求権をさらに発展させていく。この判例の傾向が,犠牲責任 説と公平責任説との議論にもかなり影響を与えているようである。したがっ て,このいわゆる「相隣法上の調整請求権」に関する一連の判例の傾向を 踏まえたうえでなければ,両学説の対立関係,とくにその背景にある土地 所有権論の対立を時代の流れとともに把握することができないであろう。 これが,本稿の第一の目的である。 また,906条2項2文の調整請求権の沿革においてすでにみたように, (6). (7). そもそもこの調整請求権は,BGB903 条および1004条により他者からのあ. (5). 本稿では「相隣法上の調整請求権」で統一して用いる。. (6) BGB903 条(所有権の内容) 物の所有者は,法律及び第三者の権利と対立しない限りにおいて,物を自 由に取り扱い,そして,第三者のあらゆる影響を排除することができる。 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 129( 1510 ). 説.
(9) らゆる影響は原則としてすべて排除しうるとするドイツ相隣法において, 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 相隣者間の利用利益の深刻な対立を最終的には金銭という形でなんとか調 整(Ausgleich)しようとするものであった。BGH は,1960年以降この調 (8). 整請求権を906条以外のいわば土地利用紛争全般へと拡大適用していく。 つまりは,土地利用紛争全般におけるとくに深刻な対立に対して,この調 整請求権でもってなんとか解決しようとしているのである。したがって, この一連の判例とその判例に対する学説の議論を分析することは,わが国 における土地利用紛争の解決,とくに冒頭に述べた「適法ではあるが妥当 でない土地利用に対してどのような解決が可能か」といった問題に対して, 十分な示唆が得られるであろう。これが,本稿の第二の目的である。 以上の2つの目的のために「相隣法上の調整請求権」に関する判例の傾 向およびそれに対する学説の議論を分析するが,それらの分析と,906条 動物の所有者は,その権限の行使に際して,動物を保護するための特別規 定を遵守しなければならない。 訳は E. ドイチュ/H. J. アーレンス(浦川道太郎訳) ドイツ不法行為法』 (日本評論社 (7). 2008年)を参照した。. BGB1004 条(侵害の排除請求権および差止請求権). (1)所有権が占有の剥奪又は留置以外の方法により侵害されたときは,所 有者は妨害者に対してその侵害の排除を請求することができる。引き続き 侵害される恐れがあるときは,その侵害行為の差止めを訴求することがで きる。 (2)所有者が忍容する義務を負う場合には,前項の請求をすることができ ない。 訳は E. ドイチュ/H. J. アーレンス(浦川道太郎訳) ドイツ不法行為法』 (日本評論社. 2008年)を参照した。. なお,1004条1項所定の排除請求権と差止請求権の双方を合わせて防御請 求権(Abwehranspruch)と呼ばれるため,本稿ではこの名称を用いる。 (8). ここでは1960年以降としたが,第2章で取り上げるが,1959年改正に. より立法化される以前にもイミッシオーン事例以外の作用に対して調整請 求権を適用している。 130( 1509 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(10) 2項2文の調整請求権の沿革からはじまった一連のこれまでの分析とを踏 まえたうえで,現在のわが国においてどのように土地所有権を把握すべき. 論. なのか,あるいは土地利用紛争の解決に対してどのようなアプローチが有 効かといったことにも触れてみたい。したがって,本稿では,まず相隣法 上の調整請求権に関する判例(第2章),およびその判例に対する学説の 議論(第3章)を分析したうえで,わが国における土地所有権論にどのよ うな示唆が得られるか(第4章)を検討する。. 第2章. 判例による「相隣法上の調整請求権」の創出. BGB906 条2項2文に基づく調整請求権を準用・類推適用する形で認め られる「相隣法上の調整請求権」は,判例により906条所定のイミッシオー ン事例のみならずさまざまな土地利用紛争に適用されるのであるが,いく つかの類型に分類することができる。この相隣法上の調整請求権の定義に ついて,BGH は「私的経済利用の枠内においてある土地から他の土地へ と伝わる作用であり,本来であれば1004条に基づいて防御可能であるが, (9). その防御請求が特別の理由から排除される場合」に認められるものとして いる。そして,その特別の理由に関して,法的理由から禁じられる場合と 事実上の理由から禁じられる場合の2つの類型がある。このうちの事実上 の理由から禁じられる場合というのは,原因が不明であったため侵害作用 が認識しえなかった場合,あるいは訴訟手段に関して疑いがあったために, 防御請求権の適切な期間内の行使が不可能であった場合などであり,不法 行為責任に基づく損害賠償請求の予備的請求として主張された相隣法上の (10). 調整請求権が認められるという類型である。これらの類型は,相隣法上の. (9) BGHZ 48,98,101. (10). BGHZ 85,375 ; 90,255 ; 101,106 ; 103,39 ; 111,158 ; 142,66 など。 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 131( 1508 ). 説.
(11) 問題というよりは不法行為法上の問題であるが,過失要件の不要な906条 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 2項2文の調整請求権を類推適用して,金銭による解決をはかっている。 ドイツ民法上の責任体系に矛盾をもたらすとして,不法行為法の立場から さまざまな議論がなされているが,本稿の目的からかなり逸れた議論となっ (11). ているため,ここでは取り上げない。 特別の理由として法的理由から禁じられる場合には,大まかに分類する と,①公共的利益を理由として防御請求権が禁じられる代わりに認められ る調整請求権と②相隣共同体関係に基づく受忍義務とともに認められる調 整請求権③相隣共同体関係に基づく調整請求権の3つに分類することがで (12). きる。本稿では,この3つの類型についてそれぞれどのような事案に対し て,裁判所はどのような解決を図ったのか,について分析してみたい。な お,それぞれの類型において BGH の判例は多数あるが,本稿では判例の 傾向を示すことを目的としているため,代表的なものを挙げるにとどめる。. 1.公共的利益を理由として防御請求権が禁じられる代わりに認められる 調整請求権―民事法上の犠牲請求権 公共的利益を理由として防御請求権が禁じられる代わりに認められる調 整請求権とは,民事法上の犠牲請求権( . Aufopferungsanspruch)と同じものであるが,判例は,BGHZ 48, 98 により民事法上 の犠牲請求権を相隣法上の調整請求権の一つとして位置づけ,以後,民事 (11). この点に関しては,A. Schmidt, Der Nachbarliche Ausgleichsanspruch,. 2000. や C. Bensching, Nachbarrechtliche
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(13) . Rechtsfortbildung oder Rechtsprechung contra legem?, 2002. および P. , Die .
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(15) Haftung analog 906 Absatz 2 Satz 2 BGB, 1998. などが詳細に分析検討している。 (12). 分類は論者により様々で,より細かく分類しているものが多いが,本. 稿では,大きく3つに分類した。 132( 1507 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(16) 法上の犠牲請求権(相隣法上の調整請求権)あるいは相隣法上の調整請求 権(民事法上の犠牲請求権)といった言葉を用いてこの請求権を認めてい. 論. る。民事法上の犠牲請求権の沿革については,すでに前稿で分析したが, その特徴として()「私的経済上の事業からの侵害作用」であって,() 「違法な作用」が存在するため,()「本来であれば1004条に基づき防御 請求が認められる」はずであるが,()公共の利益などの「特別の理由」 によりその防御請求権が剥奪され,その代わりに認められるのがこの請求 (13). 権である。もともとは,国家補償のための一つの請求権であったものを, 判例が民事法領域に拡大適用したものであって,侵害作用をもたらす事業 の公益性のために,その事業の操業停止を回避する目的で1004条の防御 請求権を剥奪する代わりに金銭賠償を認めるという機能を果たしてきた。 これら一連の判例は前稿で分析したため,本稿では1960年以降の主だっ たものを取り上げる。 まずは,民事法上の犠牲請求権を相隣法上の調整請求権と位置づけた (14). 1967年6月15日判決であるが,原告は,高速道路に隣接する土地の賃借 人であり,その土地において農業を営んでいたが,高速道路建設の際の塵 埃により,農業に損害をこうむったとして連邦共和国およびラントに対し て賠償請求した事案である。賠償請求に関しては,原告から収用類似の干 (13). 民事法上の犠牲請求権の分析については,拙稿「調整と補償」を参照。. なお,H. Konzen, Aufopferung in Zivilrecht : Ein Beitrag zu den Lehren vom .
(17) und arbeitsrechtlichen Aufopferungsanspruch, 1969. ; V. Hemsen, Der allgemeine . Aufopferungsanspruch, 1961. ; H. Hubmann, Der . Aufopferungsanspruch, JZ 1958, S. 489 ff. ; F. Schack,
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(20) ohne auf Verschulden im Immissionsbereich, BB 1965, S. 341. ; ders., Der den Aufopferungsanspruch neben der
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(25) verbleibende Raum, JZ 1956, S. 425. などの文献が詳細に分析している。 (14) Urt. des BGH. (3.ZR.) v. 15.6.1967. BGHZ 48,98. 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 133( 1506 ). 説.
(26) 渉による賠償請求権と民事法上の犠牲請求権の両方が請求された。第一審 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. は,連邦共和国に対する請求を犠牲思想という観点から正当なものである と認めたが,ラントに対する請求は棄却した。控訴審は,連邦共和国の控 訴を棄却した。原告の控訴については,ラントに対する請求を棄却した第 一審判決を変更し,ラントに対する請求も正当なものであると認めた。連 邦共和国およびラントの上告は棄却された。その判決において,BGH は 民事法上の犠牲請求権(相隣法上の調整請求権)の定義を述べた上で,こ の請求権と公法上の収用補償請求権との関係について以下のように説示し た。 「控訴審の確定した事実. 場所的慣行性に適合しない利用によって他. の土地に本質的侵害をもたらすイミッシオーン. の際には,原告の賠償. 請求権について二つの異なる法的根拠が考えられ,一つはいわゆる民事法 上の犠牲請求権(相隣法上の調整請求権と表現することも適切である)と, もう一つは. 公法上の. 適法あるいは違法な収用的干渉に対する賠償. 請求権である。 最初に挙げた請求権が認められるのは,私的経済上の利用の枠内におい て,ある土地から他の土地へと作用が伝わり,その作用が,906条の規定 (ここでは1960年3月31日まで適用されたもの[59年改正以前の旧規定]) に基づいて土地所有者が補償なしに甘受すべき程度を越えているために, 当該所有者には1004条に基づく防御請求権が認められるはずであるが, 特別の理由によりこれが禁じられる場合である。本件のようなイミッシオー ン事例において収用補償請求権が認められるのは, 法な. 適法なあるいは違. 公的主体による干渉によって所有権が侵害され,そして,その侵. 害された者に,他の人には強いられていない公共性のための特別の犠牲が 強いられたためその代償が要求された場合である。この場合にも,所有者 には906条に基づき補償なしに甘受すべき程度をイミッシオーンが超えて 134( 1505 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(27) いないことが必要となる。 両請求権にとっての前提は, したがって, 作用 (イミッシオーン) が906. 論. 条(旧規定)に基づき受忍すべき程度を越えていること,したがって,作 用が,被侵害者の土地利用を本質的に侵害しており,かつその土地におい て場所的慣行性に適合した土地の利用から発生していることである。…… 中略……具体的な事件においては,どちらかの請求権のみが認められうる。 両請求権の本質的な違いは,作用が,私的経済上の利用(公的主体による 公的行為は含まれない)から生じている場合には,相隣法上の調整請求権 (民事法上の犠牲請求権)が検討される一方で,公的主体の干渉に依拠す る作用の場合には,この請求権は認められない。このような場合には収用 的干渉あるいは収用類似の干渉を理由とする補償請求権のみが認められる。 (15). [括弧内引用者]」 以上のように両請求権の違いを述べた上で,BGH は本件における高速 道路建設からの塵埃は,建設作業に関して建設会社と私法上の契約を締結 している点から,私的経済上の利用を原因とするものであるとし,相隣法 上の調整請求権(民事法上の犠牲請求権)を認めた。同じく,高速道路建 設に伴うイミッシオーンによる農業被害の事件として,1968年2月23日 (16). 第五民事部判決がある。この事件においても,高速道路に隣接した土地の 賃借人が高速道路建設に伴う塵埃によって農作物に被害が生じたとして国 に対してその賠償を請求し,それが認められている。とくにこの判決では, 請求権の根拠として営業法26条の法思想から導きだされると述べている。 以上の2つの判決は,農作物の被害に対する損害の賠償を請求した事例 で,高速道路建設の有する公的利益(後者の判決では,ドイツ高速道路網. (15) BGHZ 48,101 (16). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 23.2.1968. LM Nr. 27 zu 906 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 135( 1504 ). 説.
(28) の拡充と近い将来の完成が公的利益とされている)のために民事法上の犠 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 牲請求権が認められたものである。民事法上の犠牲請求権が形成される契 機となった,20世紀初頭の鉄道事業からの農業被害に対する補償という 問題が,1960年代にもそれが高速道路事業に変化して生じていることが わかる。 つぎに,電力会社のエネルギー供給事業に対する防御請求権が問題となっ (17). た事件をみてみよう。1970年2月13日判決は,別荘地の所有者が隣接す る電力会社の変電所からの騒音により,その土地の売却の際に,値下げを せざるを得なかったとして,変電所からの騒音の停止および軽減,価値減 少に対する補償を求めた事件である。BGH は,騒音については906条の基 準を超えるものであり,本来は1004条に基づいて不作為請求が可能であ るが,変電施設は広範囲にわたってエネルギー供給をするのに必要なもの であるから,その停止は認められないとして営業法26条およびプロイセ ン一般ラント法序章75条の準用という形で民事法上の犠牲請求権を認め (18). た。さらに,1973年1月25日判決は,土地の買主が,本件土地を買い受 (19). けて居住していたのであるが,この土地の前所有者と電力会社との間で高 圧線設置のために利用が制限される旨の契約を締結していたため,利用が 制限されるに至ったため,原告により高圧線の撤去および予備的請求とし て適切な補償が求められた事件である。電力会社側は,すでに利用制限に 伴う補償は前所有者に支払っているため支払う必要はないと主張していた が, BGH は, 電力供給という公的利益のため, 防御権が認められない代わ (17). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 13.2.1970. NJW 1970,856.. (18). Urt. des BGH. (3.ZR.) v. 25.1.1973. BGHZ 60,119.. (19). 原告はもともと賃借人として本件土地の一部に居住しており,本件土. 地の売買契約の際には,電力会社による負担は明示されていなかったが, 実際には,契約締結以前に電力会社と前所有者との契約が存在していたよ うである。 136( 1503 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(29) りに,民事法上の犠牲請求権を認めた。さらには,モーゼル川の水路を改 修する工事を原因とする騒音によって,川沿いでホテルを経営していた原. 論. 告が損害をこうむったとして国に対してその賠償を請求した事件(1967 (20). 年4月28日判決)においても,騒音が土地の利用から生じるものではな いとしてもこの民事法上の犠牲請求権が認められるとされた。. 説. これまで挙げた判例は,すべて問題となった作用は,906条所定のイミッ シオーンであり,906条に基づけば受忍する限度を超えているにもかかわ らず,公的利益のために防御請求権が認められなかった事例であった。だ が,民事法上の犠牲請求権は,イミッシオーン事例に限定されるわけでは (21). ない。1989年12月21日判決は,エネルギー供給会社が,地下にガスを貯 蓄することを求めたことにより,土地の利用(レンガ工場のための粘土の (22). 掘削)が侵害されたため, これに対する補償を請求した事例である。BGH は,民事法上の調整請求権( . Ausgleichsanspruch) は,私的経済上の利用から生ずる作用が,ある土地から他の土地へと伝わ り,906条に基づいて補償なしに甘受しなければならない程度を越えて侵 害しているために,1004条によって防御請求権が認められるはずである が,公的利益を理由に禁じられるものであるとしつつ,ある土地から他の 相隣地へと伝わる作用でなくても,優越する利益のために自己の土地の地. (20) Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 28.4.1967. BGHZ 30,273. (21). Urt. des BGH. (3.ZR.) v. 21.12.1989. BGHZ 110,17.. (22). 被告のエネルギー供給会社は,1950年代初頭より,地下の粘土層の下. にある砂岩層の地下水を排水して,そこにガスを貯蓄していたようである。 原告は,1975年のニーダーザクセン州土地掘削法の施行後,地下 60 m ま で掘削できるよう行政庁に許可を求めたが,地下にガスが貯蔵されている ことを理由に,結局は 28 m までしか許可されなかった。そこで 50 m まで は認めるよう行政訴訟で争ったが認められずに,その利用制限に対する補 償を求めて争ったのが本件である。 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 137( 1502 ).
(30) 下の利用が予期せぬほど侵害された場合には認められるとした。 (23). 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. バスの乗客の行為が問題となった事件もある。1960年9月21日判決は, 路線バスの停留所に面したオフィスビルの所有者が,その停留所を利用す る乗客が,バスを待っている間にみずからのオフィスビルに入り,そこで ゴミを捨てるなどの行為によって所有権が侵害されたとして,バス停の撤 去あるいは他の場所への移転を求めた事件である。BGH は大都市におけ る公共交通施設の必要性およびバス事業自体は行政庁の許可を受けている ため,バス停の撤去あるいはそのほかの場所への移転は認められないが, それに代わる補償は認められるとした。 この他では,フランクフルト市駅周辺部で薬物依存症矯正施設を開設し, 薬物依存症患者を受け入れ,また,無料で注射器を配布したりしていた事 業者に対して,その通りの向かいの土地に建物を建てて賃貸業を営んでい た土地所有者が,矯正施設利用者およびドラッグディーラーが自らの土地 に立ち入らないこと,および土地を汚さないこと,居住者,訪問者の通行 を妨げないこと,土地内に使用した注射器を放置しないこと,通りにおい て集団でたむろしないことを求め,さらに,予備的に土地の収益に対する (24). 侵害として相隣法上の調整請求権を請求した事案がある。原審は,土地の 立入りの禁止および汚さないこと,居住者訪問者の通行を妨げないことに ついては認めたが,そのほかの請求は棄却した。原告の上告に対して, BGH は,本件で問題とされる侵害の包括的で持続的な除去のためには, 事業の停止でしか解決できないとしつつ,薬物依存症矯正施設がフランク フルト市の薬物対策政策に則った,直接公的利益に資する事業であるため, 原告の請求は認められないとした上で,原審が認めなかった相隣法上の調. (23). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 21.9.1960. NJW 1960,2335.. (24). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 7.4.2000. BGHZ 144,200.. 138( 1501 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(31) 整請求権については,当裁判所は,本件において,確定した判例を維持し, 防御権の行使が法的理由あるいは事実上の理由から妨げられた所有者には. 論. 金銭による調整が補償されることを認めるとして調整請求権を認めた。 以上,この類型における判例を簡単に紹介した。高速道路建設や河川の 改修といった公共事業に伴うイミッシオーンから,路線バス事業,薬物依 存症矯正施設まで,さまざまな事例において,民事法上の犠牲請求権が認 められている。ということはつまり,大きな事業に対しては防御請求権が 認められないということになる。この点について,学説上は BGH の見解 について肯定的な学説が通説とされているが,批判的な学説も次第に有力 となっているようである。BGH もこのことを認識しており,上述の薬物 依存症矯正施設判決では,「連邦通常裁判所の継続的な判例に基づけば, 侵害作用が,公共の利益の存する事業の遂行から生じている場合,あるい は本件のように公的利益に資する公共にとって重要な施設から生じている 場合には,その事業又は施設の停止を求める防御請求権は排除される。こ のことについて,確かに,防御請求権の制限には特別法上の規定が必要で あるという批判が存在する。しかし,当裁判所はこの批判を全般的に受け 入れることはできない。判例が発展させてきたこの原則は,該当する制定 (25). 法上の規律に欠缺が存する限り,不可欠のものである。」として,学説上 の肯定説,否定説両方を引用した上で,公共の利益のためには制定法上の 根拠がなくても防御請求権が制限されるという原則を確立したものとして 維持している。この類型の判例に対する議論は,次章で取り上げる。. 2.相隣共同体関係に基づく受忍義務とともに認められる調整請求権 判例法上形成された「相隣法上の調整請求権」の次の類型は,相隣共同. (25) BGHZ 144,200. 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 139( 1500 ). 説.
(32) 体関係に基づく受忍義務とともに認められる調整請求権に関する類型であ 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. る。この類型は,相隣法上の調整請求権の定義である「私的経済利用の枠 内においてある土地から他の土地へと伝わる作用であり,本来であれば 1004条に基づいて防御可能であるが,その防御請求が特別の理由から排 除される場合」の特別の理由が,法的理由のなかでも相隣共同体関係を理 由とするものである。土地から他の土地へ伝わる作用が,906条所定の作 用ではなく, したがって, 本来であれば受忍する必要はないために,1004 条に基づく防御請求権が認められるはずであるが,相隣共同体関係に基づ く相互顧慮義務によって防御請求権が認められず,よってその請求権の代 わりに調整請求権を認めるというものである。 まずは,調整請求権が立法化される1959年改正以前であるが,相隣共 同体関係を理由に防御請求権が認められず,代わりに調整請求権が認めら れた事件を紹介する。 (26). ()BGHZ 28, 225.. 被告は,石膏製造の複合設備を経営しており,徐々にその規模を拡大し ていた。原告は,被告の操業する採石場に接する土地を市から買い受け, 精密機器を製作していた。買い受けてからしばらくは被害がなかったが, 被告企業の規模拡大につれて,採石のための爆破による落石のため,精密 機器の製作に被害を受けるようになった。そこで,原告は,自らの土地に 石が落下する限り,爆破を停止すべきとして訴えた。第一審は原告の請求 を棄却したが,控訴審は,爆破の際の保護措置がとれない限り,原告の土 地の侵害となるすべての爆破を停止すべきとし,さらに12200マルクの支 払を命じた。 (26). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 8.10.1958. BGHZ 28,225 この判例については,. 沢井裕『公害の私法的研究』一粒社1969年98頁において詳細に紹介されて いる。 140( 1499 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(33) BGH は,まず爆破による石片が906条にいう作用ではないとしたうえで, かつ,営業法26条の適用もなく,原告の防御請求権は排除されないとし. 論. た。しかし,控訴審が,土地所有者の所有権から生じる一定の権利の行使 は,最高裁判例に基づき相隣共同体関係に基づく相互顧慮義務を理由とし て許容されないとしたことは正当であるとして,原告の防御請求権を認め なかった。 本件においては,被告の土地からの作用は,903条および906 条に基づいて許容されないものであって,したがって,本来は1004条に 基づき不作為請求が認められうる。問題は,このような状況のもとで,相 隣共同体関係から906条を超える被侵害者である土地所有者の受忍義務が 生じるかであるが,特別の例外事例においては肯定しうるとした。 ただし,補償請求権に関しては,控訴審が場所的慣行性に適合している が相隣者を過度に侵害するイミッシオーンについてのこれまでの最高裁判 例におけると同様,調整請求権として損失補償請求権を捉えて,損害の完 全賠償ではなく,部分賠償のみが認められるとしている点について,その 見解を誤りとし,損害の完全賠償が認められるとする。その理由として, 本来であれば原告は1004条に基づいて爆発の停止を求めることができる にもかかわらず,これが禁じられたのであって,そしてその代わりとして 損失補償が認められるのであるから,完全な損害の賠償となるとしている。 石片の落下という作用が906条所定の作用(不可量物の侵入)に該当し ないため,1004条に基づき妨害の排除が可能であるにもかかわらず,原 告の求める爆発の停止は,被告事業の経営が成り立たなくなるという理由 から,相隣共同体関係に基づく相互顧慮義務を理由に防御請求権を禁じた のであり,その代わりに防御請求権が認められたのであれば生じなかった であろう損害のすべてを賠償せよとしたのが,この判決である。 (27). ()BGHZ 58,149.. この事件はマリーネダム事件と呼ばれるが,問題となった土地は,第二 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 141( 1498 ). 説.
(34) 次世界大戦中に,U ボートの港として建設されたものである。この土地が 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. マリーネダムと呼ばれ,エルベ川沿いにあり堤防で周囲を囲われた土地の ようである。この土地は,1956年に連邦共和国から被告である都市が譲 り受け,堤防内の土地は売却したが,堤防自体は被告である都市が所有, 管理していたところ,1962年の大規模な高潮被害によってその堤防の斜 面が緩んだ。原告は,1958年に堤防に面した土地を買い受け,そこで果 樹園を営んでいたが,高潮被害以後,堤防の一部の土地が崩れ,大量の砂 や石が原告の土地に流入してくるようになった。そこで,原告は被告に対 して,果樹園としての利用が妨げられているための損害の賠償を請求した。 第一審は原告の請求を認めた。控訴審は,マリーネダムの管理の不備に よって生じた損害および今後も生じるであろう損害の賠償を被告に命じ, さらに,マリーネダムからの砂や石の流入による危険の回避のための措置 をとることを被告に命じた。 (28). BGH は,損害賠償について,BGB836 条(建物倒壊による土地占有者 (27). Urt. des BGH. (6.ZR.) v. 8.2.1972. BGHZ 58,149. この判例については,. 東孝行「ドイツにおける相隣共同体関係の理論の帰趨」佐藤進,齋藤修編 集『現代民事法額の理論上巻. 西原道雄先生古稀記念. 』(信山社. 2001年)12頁に紹介されている。 (28) BGB836 条(土地占有者の責任) (1)建物若しくはその他土地と結合した工作物の倒壊によって,又は建物 若しくは工作物の一部の崩壊によって人が死亡し,人の身体もしくは健康 を害し,又は物を毀損した場合において,その倒壊若しくは崩壊が設置若 しくは保存の瑕疵に基づくときは,土地の占有者は,これによって生じた 損害を侵害を受けた者に対して賠償する義務を負う。賠償義務は,占有者 が危険を防止するために取引上必要な注意をしたときは,生じない。 (2)土地の前占有者が占有を喪失した後1年内に倒壊又は崩壊が生じたと きは,前占有者は,その損害について責任を負う。ただし,前占有者がそ の占有中取引に必要な注意をしたとき,又は後の占有者がこの注意をすれ ば危険を防止することができるときは,この限りではない。 142( 1497 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(35) の責任)による賠償責任については否定したが,相隣法上の調整請求権に ついては,次のように述べてこれを認めた。. 論. 「当事者は土地相隣者であって相隣的共同生活には相互に顧慮する義務 が存在する。土地相隣者の権利義務は,確かに,制定法,とくに905条以 下によってそれぞれ個別的に規律されている。しかし,これらの特別規定 は,信義則という一般原則のもとに服する。信義則の適用は,とりわけ例 外事例,つまり,矛盾する利益について制定法上の規定を超えた適切な調 整が必要である場合に限定される。 判例および学説は,906条2項2文が1960年6月1日に施行されるより も以前から,私的経済上の利用の枠内である土地から伝わる作用であって, 旧906条に基づけば土地所有者は補償なしに甘受しなければならない程度 を越えたものであっても,特別の理由から1004条に基づく防御請求権が 禁じられる場合には,帰責事由を問わない相隣法上の調整請求権を認めて きた。これとともに,判例は,防御訴訟が禁じられる場合,それが相隣共 同生活という特別の事実に信義則が適用され防御請求権が排除される場合 であるなら,相隣共同体関係から帰責事由を問わない調整請求権を導きだ している。本来は存する権利の行使が許容されないとされる例外事例にお いて相隣者の利益が矛盾する場合には,当事者には相互顧慮義務が適用さ れ,したがって,その調整として補償請求権が認められる。 本件では906条が直接適用できなくても,この規定の根底にある一般的 法思想,および判例が形成した相隣法上の調整請求権についての法原則は (29). 適用しうる。」. (3)本条において占有者とは,自主占有者をいう。 訳は E. ドイチュ/H. J. アーレンス(浦川道太郎訳) ドイツ不法行為法』 (日本評論社 (29). 2008年)を参照した。. BGHZ 58,160. 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 143( 1496 ). 説.
(36) 以上,BGH の理論では,相隣共同生活という事実関係に対しても242条 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. の信義則が適用され,相隣共同体関係に基づく相互顧慮義務から一定の権 利行使が許容されないとされうるとした上で,その調整として相隣法上の 調整請求権を認めるというものである。 (30). ()BGHZ 68,359. 原告とその妻は,本件土地(更地)の共有者であり,被告はその隣地の 所有者である。被告の家屋の切妻壁は,1886年被告家屋の増築の際に原 告の所有地内に建てられたものである(1886年の建設当時の両所有者間 で利用を許可する合意があったようである)。原告夫妻は,みずからの家 屋の新築の際に,この切妻壁を撤去することを望んだが,被告の同意が得 られなかった。そこで,遅くとも1973年2月1日までにこの壁を撤去す ることを裁判上請求したが,結局は,旧来の壁と並んで新たな壁を建築す ることで解決した。原告は,旧来の壁を被告が継続して利用することによ り必要となった土台補強のために出費した費用の賠償,および,これまで の壁と離して新しく壁を建築する結果,空間が侵害されたことによる価値 減少の差額の賠償を被告に請求した。さらに,旧来の壁の使用を継続する ことにより生じた損害に関して被告の賠償義務の確認を求めた。原告の訴 えは,第一審および控訴審においても認められなかった。BGH は以下の 理由により破棄差戻しとした。 まず,境界施設の共同利用を定めた921条に関しては,本件が境界施設 に関する紛争ではないことからその適用が否定された。続いて,823条1 (31). 項に基づく賠償義務に関しても,被告自身の違法な行為が認められないこ. (30). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 29.4.1977. BGHZ 68,350.. (31). BGB823 条(損害賠償義務). (1)故意又は過失により他人の生命,身体,健康,自由,所有権又はその 他の権利を違法に侵害した者は,その他人に対し,これによって生じた損 144( 1495 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(37) と,および被告の帰責事由が欠けていることからその適用は否定された。 しかし,相隣共同体関係の観点からの損失補償請求権は認められるとした。. 論. 「相隣共同生活という特別の事実関係へ信義則が適用され,1004条に基 づく防御請求権が排除されるべき場合には,相隣共同生活から帰責事由を 問わない調整請求権が導きだされうる。このことから,一定の要件のもと で本来は存在する権利の行使が許容されないものとされる相互顧慮義務が 当事者には適用される。矛盾する要求の適切な調整は,多くの事例におい て制定法上の規律を超えることを必要とする。土地所有者には,信義則の 適用により相隣者に対して一定の状況において不作為が義務づけられるだ けでなくそのうえ積極的な行為が義務づけられうる。もちろん,第一に相 隣法に関する制定法上の諸規定によって土地相隣者の権利義務は規律され るのであるから,そのような制限は,とりわけやむを得ない理由による例 外でなければならない。このような1004条の防御請求権の例外的な禁止 (32). に対する調整として,金銭による補償請求権が認められるべきである。」 この判決においては,信義則の適用により相隣共同体関係から一定の権 利行使を禁じるだけでなく,積極的な行為が義務づけられうることも指摘 されている。 (33). ()BGHZ 101,290.. 原告は4階建て住居のある土地の所有者であり,隣地には連続建築の方. 害を賠償する義務を負う。 (2)他人の保護を目的とする法律に違反した者も,前項と同様である。法 律の内容によれば有責性がなくても違反を生じる場合には,賠償義務は, 有責性があるときに限り生じる。 訳は E. ドイチュ/H. J. アーレンス(浦川道太郎訳) ドイツ不法行為法』 (日本評論社. 2008年)を参照した。. (32). BGHZ 68,355.. (33). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 10.7.1987. BGHZ 101,290. この判決について 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 145( 1494 ). 説.
(38) 法により同じく4階建ての家屋が繋がって建てられていたが,この家屋は 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 戦災により崩壊した。1978年に,その土地の所有者は,崩壊したままの 土地に4階建ての家屋を建築し,その際に,戦争以来放置されていた壁の 割れ目を補修した。この建築の計画設計および建築作業の監督を土地所有 者から依頼されたのが被告である。基礎工事を始める前に被告は,構造基 盤鑑定を専門の鑑定人に依頼したところ,鑑定人は,原告の家屋の基礎の 崩壊を避けるため剛矢板を埋め込むことを推奨した。しかし,基礎工事の 途中で,剛矢板の埋め込みは鑑定人の了解のもと断念された。結果として, 建築作業によって明確に原告の建物の一部が沈下し,窓と扉の大部分は閉 まらなくなっただけでなく,外壁にはセンチメートル単位の裂け目が生じ, 漆喰は壁からはがれ落ちた。原告は,当初は,損害の正確な範囲が確定さ れえなかったが,損害の除去には15万マルクの費用がかかると主張して, 被告に対して損害賠償を請求した。第一審および控訴審は原告の請求を棄 却。BGH は以下の理由から破棄差戻とした。 まず,損害賠償請求について,隣地の地盤に必要な支えを失わせるよう (34). な土地掘削を禁じた909条を前提に,823条2項による損害賠償請求につ いては,被告の帰責事由が存在しないことを理由に認められないとした。 しかし,相隣共同生活という特別の事実関係に信義則が適用されることか ら,特別の例外事例においては,相隣共同体関係から当事者には相互顧慮 義務が生じるとして,この場合には,相隣地からの作用に対する本来存す る権利の行使が許容されず,このような例外的な受忍義務の調整として金 も東前掲論文20頁に紹介されている。 (34). BGB909 条(土地の掘削). 隣地の地盤が必要なる支持を失うような土地の掘削はしてはならない。た だし,他に十分な防御工事をしたときはこの限りではない。 訳は E. ドイチュ/H. J. アーレンス(浦川道太郎訳) ドイツ不法行為法』 (日本評論社 146( 1493 ). 2008年)を参照した。. 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(39) 銭による補償請求権が認められるとした。そして,この906条2項2文の 類推適用である相隣法上の調整請求権は,909条の土地掘削による所有権. 論. 侵害の場合にも特別の理由から受忍が強いられた場合には認められるとし つつ,その際には,依頼を受けて建築行為を計画し実施した建築者の違法 性は問題とならないとした。. 説. 結論としては,被告である建築者の違法性・帰責事由が認められる場合 には823条2項に基づく損害賠償の可能性があり,違法性・帰責事由が認 められない場合には,906条2項2文類推適用の相隣法上の調整請求権が 認められる可能性があるとした。そして,原審の認定に関して違法性およ び帰責事由の点でなお審理が不十分であるために差し戻すとした。 本件では,争点は不法行為法上の損害賠償請求権が成立するかどうかで あったが,BGH は,それとは別に,909条に基づき本来は許容されない土 地掘削であっても,例外的に信義則に基づく相隣共同体関係から,受忍が 義務づけられ土地掘削の場合にも所有権侵害が特別の理由から受忍すべき 場合には,相隣共同体関係から相隣法上の調整請求権が認められる可能性 があるとした。909条により受忍する必要のない所有権侵害も,相隣共同 体関係に基づく相互顧慮義務から受忍義務を導きだし,代わりに金銭調整 を認めたものである。なお,この判決では,差戻審の審理にあたっては, 242条に基づき相隣共同体関係から例外的に原告に土地掘削の受忍が命ぜ られるかどうかの判断は,原告のすでに存在する建物の維持という利益と 戦災によって被害を被った建物の再築という利益を比較衡量することが必 要であると指示している。このような比較衡量を妥当とするかどうかにつ いての評価は別として,BGH が制定法,とくに相隣法規定を超えて,具 体的事件における妥当な解決を図ろうとしている姿勢が見える。 以上,この類型における4つの判例を挙げた。この類型では,相隣共同 体関係に基づく相互顧慮義務から,本来は認められるはずの権利行使を許 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 147( 1492 ).
(40) 容されないものとしたうえで,代わりに相隣法上の調整請求権を認めると 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. いうものであった。BGH は,具体的事件の特殊性に対しては,制定法上 の諸規定を超えて,本来認められるべき権利行使を禁じ,代わりに金銭で 解決するということで結果の妥当性を得ようとしている。この点に関して は,学説上見解が対立しているが,学説に関しては次章で取り上げたい。. 3.相隣共同体関係に基づく調整請求権 すでに挙げた上の2つの類型では,本来であれば1004条に基づく防御 請求権が認められるはずであるが,特別の理由,公共の利益あるいは相隣 共同体関係からその行使が認められず,代わって金銭による調整請求権が 認められるというものであった。本章の冒頭で挙げた判例における相隣法 上の調整請求権の定義も, 同じく, この調整請求権が認められるには1004 条に基づく防御請求権の存在を前提としている。したがって,他の土地の 土地利用に伴う作用がみずからの土地利用を侵害している場合であっても, その作用が1004条に基づいて防御可能でなければ,調整請求権は認めら れないことになる。この点は,906条2項2文に基づく調整請求権の前提 としてもいえることである。このような1004条が適用されない作用とし て代表的なのが,消極的作用(あるいは消極的イミッシオーン)と観念的 作用(あるいは観念的イミッシオーン)と呼ばれるものである。消極的作 用とは,ある土地から他の土地へと何らかの作用が伝わることではなく, たとえば空気や光,眺望を遮断,剥奪することであったり,電波妨害など (35). ある。観念的作用とは,羞恥心を害したり醜いといった感情を引き起こす (36). ものである。これらの作用が問題となった場合,判例は,1004条に基づ Gesetzbuch (35) H. Roth, in : J. von Staudingers Kommentar zum mit .
(41) . und Nebengesetzen, Buch 3, Sachenrecht, 903 924. (2000), 906 (以下では Staudinger / Roth と引用する) Rz. 122. 148( 1491 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(42) く防御請求権および906条2項2文に基づく調整請求権の適用を否定して (37). いる。しかし,例外的な事例においては,1004条に基づく防御請求権を. 論. 前提とせずに,相隣法上の調整請求権を認めている。それがここで取り上 げる類型である。 (38). ()BGHZ 113,384. 説. 被告らは連邦鉄道の路線延長新設のためにトンネル工事を請け負った。 トンネル工事に伴い生じた土砂については,とりあえず行政庁の許可のも と集積場に積まれた。原告は,この土砂集積場に接する土地にあるぶどう 畑の所有者である。位置関係としては,ぶどう畑の斜面の下にこの集積場 が設置され,土砂が堆積されていた。原告の主張によれば,この土砂の堆 積により,ぶどう畑の冷気の流れが遮られ,このことによってぶどう畑の 斜面の下部に冷気溜まりが発生し,ぶどうに冷害が生じたとのことである。 そして,これに対する損害の賠償を請求したのが本件である。第一審は, 被告3名のうち2名に対して損害の一部賠償を命じたが,その他の請求は 棄却した。原審は,一審判決を取り消して請求を棄却した。BGH は原告 の上告を容れて控訴審判決を破棄差戻とした。 (39). 判決理由では,907条の危険な施設に該当するのであれば1004条に基づ (36) Staudinger / Roth, Rz.130. (37) 消極的作用については BGHZ 62,361,366 ; 70,212,220 ; 69,1,4ff. ; 88,344 ; 113,384 ; LM Nr. 1 zu 903 ; LM Nr. 2 zu 903 など。観念的作用について は,BGHZ 51,396 ; 54,56 ; 95,307 など。 (38). Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 22.2.1991. BGHZ 113,384.. (39). BGB907 条(危険な工作物). (1)土地の所有者は,隣地の工作物の存在又はその利用が自己の土地に許 容されない作用を及ぼすことが確実に予見しうるときは,その設置又は維 持を禁止することができる。この工作物が,境界より一定の距離をおいて いることあるいはその他の予防措置に関するラント法の規定に該当すると きは,許容されない作用が現実に生じているときにのみその除去を請求す 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 149( 1490 ).
(43) く防御請求権が認められ,さらにこれを根拠に823条2項の損害賠償請求 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. 権が認められる可能性があるとして,907条の適用が可能かどうかについ て検討しているが,結論としてこれは否定された。つぎに,242条に基づ き相隣共同体関係に基づく相互顧慮義務から,原告は冷気溜まりによる被 害を生じないよう被告らに対し経済的技術的に期待可能な措置を請求する ことが可能であったのに,それが制限されたとして,この制限が所有権侵 害にあたり,よって823条1項に基づく損害賠償が認められる可能性があ るとして,この点について被告らの帰責事由が存したかどうかを検討する 必要があるとして差戻審に検討するよう指示した。そして,最後に被告ら の帰責事由を問わない相隣法上の調整請求権について,次のように説明し て認められる可能性があることを指摘した。 「原告は,自らの所有権の保護(Schonung seines Eigentums)のため に,冷気溜まりが発生しないよう集積場を設置するよう要求しうるとする のであれば,これまでの当裁判所の判例の継続性から損害の発生に対して 直接242条から適切な調整を求める請求権が認められるであろう。その限 りで,これまで当裁判所が発展させてきた906条2項2文の類推適用は問 題とならない。なぜなら,原則として,この類推適用は相隣法体系におい て本来は防御可能な作用によって土地所有者が被った侵害に限定されるか らである。しかし,土地所有者が最初より相隣法上許容されない作用にさ らされているのか,あるいは,例外的に相隣共同体関係の考え(242条) から自己の所有権への一定の顧慮を要求しうるのかを区別することはでき ない。後者の場合も,906条2項2文の直接適用又は類推適用の場合と同 様に,一定の行為の不作為についての請求を適切に提示することが特別の. ることができる。 (2)樹木および灌木は前項の規定の意味における施設には属さない。 150( 1489 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(44) 理由から妨げられ,そして,それによって補償なしで甘受すべき侵害の程 度を越えて不利益を被ったのであれば,それが消極的作用の結果であって. 論. も,保護の必要性があるというべきであろう。この意味において,連邦通 常裁判所は,これまでにもすでに例外的に,1004条および906条に基づい て防御請求権がはじめから考えられない場合にも調整請求権を認めてきて いる(「外部への接触」による妨害あるいは遮断;BGHZ 62,361 ; 70,212)。 この場合に,これらの事例において,請求権が,正確には相隣共同体関係 を直接用いて根拠づけられうるのかどうかについては未解決のままかもし れない。だが,要件と法的効果において差異はない。906条2項2文の制 定法上の規律自体も,相隣共同体関係に関する判例に起因するものであ (40). る。」 以上のように,906条2項2文に基づく調整請求権自体が,判例が相隣 共同体関係を根拠に認めてきたものであるから,本件においても相隣共同 体関係から調整請求権が認められるとしている。もちろん,厳密には相隣 共同体関係から直接調整請求権が認められるかは確定してはいないとして も,ほぼ相隣共同体関係から調整請求権を導きだしたといえるだろう。も はやここまでくると,相隣法における一般条項として,あらゆる土地利用 紛争において適用可能と捉えることができる。この判決において防御請求 権が存在しない場合でも調整請求権が認められる先例として引用されてい (41). )」と呼ばれる たのが,次に挙げる「外部への接触(Kontakts nach (40) BGHZ 113,391. (41). “Kontakts nach ” の訳として「外部への接触」としたが,BGHZ. 62,361 で問題とされたのは, 原告のドラッグストアの敷地に面する歩道に 建築資材等がおかれることによって,車道あるいは歩道からドラッグスト アのショーウィンドウが見えなくなったことである。つまり,通行人が原 告の敷地の外から原告のドラッグストアを認識することをもって “Kontakts nach ” とされている。 そして, その通行人と原告のドラッグストア 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 151( 1488 ). 説.
(45) 判決である。 (42). 土 地 所 有 権 論 に お け る 補 償 の 論 理 と 調 整 の 論 理. ()BGHZ 62,361. 原告は,ドラッグストアを経営しており,その建物は通りに面して3つ のショーウィンドウを有していた。被告は,原告のドラッグストアの隣の 土地において,かつての建物を取り壊し,7階建ての建物を新しく建築し ていた。その建築作業の期間中,被告は,通りの歩道に建築資材や建築用 車両を置くことについて行政庁の許可を受け,これらを置いていた。とり わけ建築用車両は原告のドラッグストアの前に置かれていた。原告は,自 己の営業に対する違法で帰責性のある干渉であるとして,建築作業期間中 においてショーウィンドウを遮蔽し,店の前の通りを妨害したことによっ て生じた営業利益の損害の賠償を求めて訴訟を提起した。第一審は原告の 請求を棄却。控訴審は,第一審の判決を破棄して原告の請求を認容した。 両当事者から上告がなされた。 BGH は,まず不法行為法上の損害賠償請求権について,違法性を欠い ているためこれを認めなかった。しかし,906条2項2文に基づく調整請 求権の直接適用あるいは準用の可能性は認め,それぞれを検討する。906 条2項2文の調整請求権の直接適用については,本件で問題となった「外 部への接触」の妨害は,906条1項にいうイミッシオーンおよびそれに類 似する作用には該当しないため,否定された。906条2項2文の準用に関 しては,「相隣地の往来およびその外部への接触に対して本質的に影響を 及ぼす共通利用を超えた街路の利用に906条2項2文を準用することは, 土地相隣者が自己の土地の完全な利用のために,本件においては建物の取 り壊しおよび新築のために街路を利用する場合には,認められる。なぜな ” が被告の建築資材や建築用車両によって妨げ との “Kontakts nach られたことが問題となっている。 (42) Urt. des BGH. (5.ZR.) v. 31.5.1974. BGHZ 62,361. 152( 1487 ). 法と政治 62 巻 3 号 ( 2011 年 10 月).
(46) ら,土地所有者のこの行為も,906条2項2文の意味での調整請求権にとっ ての根拠である相隣者間に存する共同体関係によって把握されるからであ. 論. る。共同利用を超えた特別利用による街路の利用の場合にも,公道の一時 的な特別利用によって相隣者の土地利用に優位性が認められたために,侵 害を被った所有者あるいは占有者には自己の土地への作用の受忍が義務づ けられる。このような事情は,当該侵害作用について,その作用を発生さ せるこの種の利用者にとって経済的に期待可能な措置によって防御しえな い相隣地の場所的慣行性に適合した利用による作用としてみなしうる。相 隣地の前の歩道の一時的な特別利用を原因とする作用が,外部への接触の 妨害によって自己の場所的慣行性に適合した利用あるいは収益を期待しえ ないほど侵害した場合は,相隣地への直接の作用の場合と同じように,金 (43). 銭による適切な調整が認められうる。」と述べて,906条2項2文の準用 である相隣法上の調整請求権に基づき被告に金銭の支払を命じた。 この判決では,906条1項所定のイミッシオーンによる侵害ではないが, 自己の場所的慣行性に適合した土地利用あるいは収益が予期せぬほど侵害 された場合には,調整請求権が認められるとしている。本件においては, 原告の土地の前の歩道に建築資材や建築用車両を置くことが行政庁によっ て許可されており,この点をもって法が被告の土地利用に優位性を認めた とした上で,906条2項2文の要件をあてはめて,906条2項2文を準用 する形で調整請求権を認めている。その根拠としてはここでも相隣共同体 関係が用いられている。 (44). なお,この「外部への接触」事例とされるものとして BGHZ 70,212 も ある。こちらの事件では,被告である市が市立劇場の大規模改修のための. (43) BGHZ 62,370. (44). Urt. des BGH. (3.ZR.) v. 10.11.1977. BGHZ 70,212. 法と政治. 62 巻 3 号. ( 2011 年 10 月). 153( 1486 ). 説.
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