氏 名 DAO THI HUE 博士の専攻分野の名称 博士(工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第444号 学 位 授 与 年 月 日 平成30年9月27日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 環境社会創生工学専攻
学 位 論 文 題 目 Investigation on appropriate water allocation for solving water use conflict in a salinity intrusion area (塩水遡上地域における水利害衝突回避のための 適切な水資源配分に関する検討) 論 文 審 査 委 員 主査 教 授 舛 谷 敬 一 教 授 坂 本 康 教 授 末 次 忠 司 准教授 石 平 博 助 教 馬 籠 純 准教授 相 馬 一 義
学位論文内容の要旨
多くの発展途上国では、人口増加、経済発展、都市化などにより水需要の充足が深刻な 課題となっている。また、人間活動による大量の排水が適切に処理されないまま周辺水域 へ放流されることで、利用可能な水の質は悪化の一途を辿っている。沿岸域では、塩水遡 上による淡水資源の塩水化が生じており、将来の気候変動や海面上昇によりその傾向は一 層強まると考えられる。そのため、水セクター間あるいは上下流地域間で限られた水資源 の利用に関する競合が引き起こされることが予想されることから、利用者間での水資源に 関する利害衝突を処理するためのより適切かつ効果的な水資源の利用計画・管理が求めら れている。メコンデルタ沿岸域に位置するSoc Trang 州及び Bac Lieu 州は、ベトナムにおける米及 びエビの生産に多大な貢献を果たしている。当該地域の約57%及び約 29%の土地が、それ ぞれ作物栽培と水産養殖に利用されているが、乾季には塩水遡上の影響を受け、多くの農 作地域が被害を受けている。近年、淡水流入量の減少と汽水エビ養殖地域拡大の影響が相
まって、塩水遡上がより頻繁かつ早期に生ずるようになっている。エビ養殖池への導水量 増加は近隣の米作水田に悪影響を及ぼすことが指摘されており、そのため、コメ農家とエ ビ養殖業者間での淡水/汽水の利用に関する利害衝突が生じ、当該地域における主要な問 題の一つとなっている。汽水流入の防止を目的とした止水堤・水門設置などの対応策は講 じられているが、利害衝突の解決には至っていない。したがって、取水量の違いがどのよ うに塩水遡上に影響を与え、塩分の変化が地域の生産活動に影響を及ぼすのか、利害衝突 を処理するための適切な取水量を決定できるのかなどを十分に理解する必要がある。 本研究の目的は、塩水遡上地域における水利用者間での利害衝突を緩和するための適切 な取水方法あるいは米作水田とエビ養殖池への水配分量を見出すことである。そのために、 以下2 つの課題について検討を行う。(1)米作、エビ養殖において単位体積水量がもたらす 純便益の推定、(2)各水利用者の適切な取水量の決定を目的とした取水量と塩水遡上の相互 作用に関するモデリングとシミュレーション。 米作とエビ養殖に対する単位体積水量がもたらす純便益(NRB)の推定には、Residual Value Method を用いた。NRB は、水が持つ生産性の評価指標として利用され、意思決定 者はそれに応じて各水セクターへの効率的な水配分を決定できる。NRB の計算を行うため に、ベトナム政府機関、各種報告書ならびに既往研究からの二次データ収集を行うととも に、生産コスト、生産物の販売価格と生産量、乾季における対象地域内の耕作面積等の情 報を得るための現地聞き取り調査をSoc Trang 州、Bac Lieu 州の 144 世帯を対象に実施し た。米作水田とエビ養殖池に対する水需要量は水収支解析に基づき推定した。その結果、 年間水需要量は、米作水田で 1123.0mm、非集中型エビ養殖池で 3505.8mm、集中型エビ 養殖池で4875.8mm となった。Bac Lieu 州と Soc Trang 州の米作水田の NRB はそれぞれ 0.054 USD/m3、0.060 USD/m3程度となった。また、集中型エビ養殖池のNRB は Bac Lieu
州で0.58 USD/m3、Soc Trang 州で 0.67 USD/m3程度、非集中型エビ養殖池のNRB は、
両州とも約0.03 USD/m3となった。 取水量変化に対する塩分濃度の応答を再現・予測するために、2013 年及び 2015 年の実 測塩分濃度及び水位を用いてMIKE HYDRO モデルの同定と検証を行った。その結果、モ デルは対象地域内の流路網における流量と塩分濃度を適切に再現でき、取水量変化に伴う 塩分濃度変化の推定に利用できることが確認された。そこで、本モデルを用いて対象領域 内の利用可能水量推定を行うとともに、取水シナリオの設定と各シナリオにおける塩分濃 度の推定を行った。その結果、対象地域内の主要導水路であるQuan Lo Phung Hiep 水路 (QLPH)の流量は 116 ~125m3/s であり、この利用可能水量は 113,066 ha の米作水田と
て水不足が深刻化すると言われているが、本解析結果においても取水量と塩分濃度の関係 から同様の傾向が確認され、特にQLPH 付近ではその傾向が顕著であることが明らかとな った。取水量のみならず淡水/汽水の取水位置も塩分濃度に対して異なる影響を与え、流 路上流域での淡水の取水は塩分濃度に対してより大きな影響を及ぼすことが予想される。 利用可能水量は限られているが、その制約の中でより多くの経済的便益が社会にもたら されるよう水を配分する必要がある。本研究では、水配分の適切さを判断するための 3 つ の評価指標として、経済的指標、塩分の影響範囲(面積)、給水不足量を用いる。淡水域と汽 水域の間の境界地域における塩分濃度を制約条件とし、13 の取水シナリオを作成し、各シ ナリオにおける経済的利益、塩分影響面積、給水不足量を推定した。当該地域の総経済利 益はNRB をもとに算定され、塩分影響面積は塩分濃度マップと土地利用図を用いて特定さ れた。その結果、約26~28%の米作水田において塩分濃度が 4 を超え塩分の影響を受ける こととなり、また6~22%のエビ養殖池において利用に適さない塩分濃度となることが示さ れた。設定したシナリオの中で推奨されるものとしては、取水比(需要に対する取水量の比) が給水区q2、q4–1 及び q4–2 においてそれぞれ 0.8、0.7、0.7 となるケースであり、この シナリオの下では5200 万 USD の総経済利益、33,600ha の塩分影響地域、353.9Mm3の給 水不足量となる。 これらの知見をもとに、本研究では米作とエビ養殖の水利用者間での利害衝突の緩和の ための水配分方法を提案した。今後の課題としては、気候変動・海水面上昇に伴う地域水 循環・塩水遡上の変化を想定した水需要と土地利用変化の将来予測などが挙げられる。
論文審査結果の要旨
論文公聴会は、審査委員のほか、約30 名の研究者、学生が出席して行われた。40 分のプ レゼンテーションでは、研究内容を良く整理し、本研究で開発した手法とその適用結果を 分かりやすく説明した。質疑(20 分)では、主に取水シナリオの設定方法などに関する質 問と回答がなされた。これに引き続く論文審査委員会における審査では、以下の点が新た な研究成果であり、当該分野において学術的に高く評価できる功績であると結論した。 ・Residual Value Method (RVM)を用いて当該地域における米作とエビ養殖における単位水量当たりの純便益(NRB)を明らかにした。RVM は一般に広く用いられている手法であるが、 エビ養殖のような地域特有の水利用形態に着目した適用例は少なく、その推定はユニー クな試みである。また、経済性を考慮した当該地域の水配分計画の検討においてNRB は
最も重要な因子の一つであることから、学術的な新規性だけでなく、水管理の実務にお いても利用価値の高い成果である。 ・複雑な水路網を組み込んだ当該地域の水理解析モデルを構築し、取水量変化に対する塩 分濃度の応答の再現・予測を可能にした。また、現地観測情報を用いてモデルの妥当性(対 象地域内の流路網における流量と塩分濃度の再現性)を検証した。さらに、モデル計算結 果から対象領域内の利用可能水量推定を行うとともに、取水量変化に対する塩分濃度変 化の感度が高い地域を抽出した。詳細な水文・地形データの入手が困難である地域にお いて、水理モデルによる詳細な解析を実施し妥当な結果が得られている点は高く評価さ れる。 ・構築した水理解析モデルに対して複数の取水シナリオを与えることで、各シナリオにお ける経済的指標、塩分の影響範囲(面積)、給水不足量を求め、これらの値の比較により、 米作とエビ養殖の水利用者間での利害衝突の緩和のための最適取水シナリオを抽出した。 以上に基づき、同審査委員は全員一致で、本論文が博士論文として十分な水準にあると 判断した。 公聴会に引き続き、口頭による最終試験が行われた。最終試験においては、水理解析モ デルの妥当性検証の方法や、最適な取水シナリオの抽出方法などについて質疑が行われた。 審査委員からの主な質問・コメント、および当該学生からの回答は以下の通りである。 ・取水シナリオの妥当性(より広範なシナリオ設定の必要性):あらかじめ取水量に対する塩 分濃度変化の感度分析を行い、感度の高い地点・区画を抽出した後、その場所での取水 量に関するシナリオを設定した。 ・限られた地域のみが取水の影響を強く受ける理由:対象領域の西側(南西側)と東側からそ れぞれ塩水、淡水が流入しており、その中間に位置する場所で取水量変化に対する塩分 濃度変化の感度が高くなっている。平坦なデルタ地帯であるため、淡水/塩水の大局的 流向はメコン本川と沿岸からの導水路の位置関係により決まる。 ・研究の発展性に関する見通し:気候変動に伴うメコン本川流量の変化や海面上昇の影響 を考慮した将来予測、水配分シナリオ解析における新たな評価軸(環境影響評価、水配分 の平等性)の導入、塩分濃度分布に応じて土地利用を変えるような適応策の提案などが今 後の課題である。 上記の質問、コメントに対する回答は的確なものであり、質疑を通じて、水文データ解析 や数値モデリングなど関連する研究領域について深い知識と技術を持っていることが確認 された。以上のことから、本審査委員会は当該学生が博士(工学)の学位に相応しい科学 的思考能力と技術的能力、理解力、コミュニケーション能力を備えているものと判断した。