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日本語学習者の視聴覚メディア使用 : インタビューからみえた教室外における自律学習の実態

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度)

日本語学習者の視聴覚メディア使用

―インタビューからみえた教室外における自律学習の実態―

谷口美穗

キーワード

視聴覚メディア,映画・アニメ・ドラマ,学習リソース,自律学習,質的データ分析

はじめに

日本の漫画,アニメ,映画,ドラマなどの大衆文化はマスメディアやインターネットを通じ て世界中に配信され,これらが日本語学習者の学習の動機につながっているというケースも少 なくない。同時に,日本語教育現場においても,ドラマや映画をはじめとする映像素材がリソ ースとして注目され,その利用が広がっている。石塚他(2008)は「日本語学習においてJ-POP やドラマ,アニメ等の鑑賞を学習動機としている学習者が急増し,日本語学習と日本の大衆文 化とは非常に深い関係である」と述べている。映画やTVドラマ(以下ドラマ),アニメなどの 映像作品は文化や言語の真正性の高い学習リソースとして国内外の教育現場での活用が期待さ れている(保坂・Gehrtz三隅2010)。つまり,製作者の意図としては娯楽,観賞を目的として 作られたものが,今,学習リソースとして注目されているのである。

1 研究の背景と目的

近年,視聴覚メディアを日本語教育の中に取り入れた実践は多く行われており,その中では, 視聴覚メディアを使用することの意義や利点が多く論じられている(保坂・Gehrtz三隅2010, 吉村・宮副2009,柴田2008,小原2008,梁2008,大川2006,高橋2006など)。しかしながら, 学習者が具体的にどのようにこれらのコンテンツに触れているかという研究は少ない。筆者が 勤務していたA日本語学校では,「メディアクラス」と呼ばれる,ドラマや映画,アニメなどの 映像素材を用いた授業(1)が「選択クラス」として設けられている。このクラスは学習者には人 気の高いクラスである一方,教師は効果的な教授法が見いだせず,模索を続けているという現 状がある。その背景には,教師が学習者の視聴覚メディアへの接触の実態やニーズを十分に把 握しきれていないという問題が考えられる。そこで,視聴覚メディアを利用して効果的な授業 を行うためには,まず,学習者が視聴覚メディアにどのように触れているのか,またそれは日 本語学習に役立っているのかを明らかにすべきだと考えた。 そこで,本研究では東京都内のA日本語学校における学習者を対象とした質的調査により, 以下の2点について調査分析を行うことにする。  ① 学習者は日常的にどのように視聴覚メディアを使用しているのか。  ② 学習者はどのように視聴覚メディアを日本語学習に役立てているのか。

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材を日本語学校の授業で活用するための示唆を得ることである。近年,コミュニケーション能 力の向上が重要視される日本語教育現場において,今後視聴覚メディアの学習リソースとして の利用はさらに広がっていく可能性が大きい。また,学習者が教室外で触れているメディアの 量は膨大なものである。しかし,いまだ日本語学校における視聴覚メディアの利用に関する研 究は多くはされておらず,教師はこのような視聴覚メディアをいかに利用していくべきか,模 索している状況にあると考えられる。本研究で得られる学習者の声が今後,視聴覚メディアを 教室内で用いる際の一助となると期待したい。 ここで,本研究における「視聴覚メディア」を定義する。A日本語学校における「メディアク ラス」では,「メディア」を主に「マスメディア」における「映像コンテンツ」として捉えてお り,そこで扱っている素材は主にテレビドラマや映画,アニメなどで,媒体は市販されている DVD及びテレビ番組の録画などである。そこで本研究では,媒体の種類を問わず,実際に授業 で扱っている,「意図的に教室用や言語学習用に作成されたものではない(藤家2002)」ドラマ や映画,アニメなどの映像素材を「視聴覚メディア」と呼び,調査の対象とする。

2  先行研究

2.1 視聴覚メディアを利用した日本語教育の実践報告 日本語教育現場における視聴覚メディア教材の実践報告は比較的多くなされてきている(保 坂・Gehetz三隅2010,吉村・宮副2009,柴田2008,小原2008,梁2008,大川2006,高橋2006 など)。その中では,視聴覚メディア教材を通じて日本語の表現や日本文化などを学び運用に つなげるといった使用法がなされ,概観したところではその効果や意義を肯定的にとらえてい るものがほとんどである。 また,藤家(2002)は映像素材を用いた聴解・会話の授業の実践報告の中で,学習者はビデ オ学習に対して「言語重視」「ボトムアップ的理解重視」というビリーフ(2)を持つ傾向にある と報告している。しかし,学習者のビリーフに従うことだけが好ましい学習効果をもたらすと は必ずしも思われないとし,学習者のビリーフを尊重しつつ,学習者が使ったことのない素材 や,学習方法を取り入れて学習者の意識の広がりを試みることの重要性を指摘している。本研 究では,まず教室外で学習者がどのように視聴覚メディアに関わっているかを明らかにし,教 室内での有効利用の糸口を探りたい。 2.2 学習ストラテジーと自律学習 視聴覚メディアを教室外で使用する際に関連があると考えられる要因として,学習ストラテ ジー,学習者の自律性などがあげられる。これらが視聴覚メディアを使用する際の行動の意図 や効果をより深く理解するために,重要な概念であると考え,ここで先行研究に触れる。 Oxford(1990,日本語訳は1994)は「学習ストラテジーを適切に使うことで,言語能力は向 上し,自律学習が促進される」と述べている。Benson(2001)によると,自律(autonomy)と は自らの学習に責任を持ち,学習を管理・点検・評価してコントロールするだけでなく,その

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 学習の社会的文脈や認知過程においてもコントロールしていくことであると考えられている。 また,Little(1991)は,学習者の自律性(autonomy)は自己主導型学習を経験することによっ て育つと述べている。 日本語教育においては,青木(1996)が,自律学習(autonomous learning)とは「学習者が 自分自身のために,自らの知識(とスキル)を構築しようとして,仲間や教師やその他のリソ ースと協力し,交渉しつつ行う学習を,自分自身の手で管理することである」(3)と定義してい る。さらに,青木(1998)は「学習者の自律性」を「学習者が自分のニーズや希望に役立つよう に,自分の学習をコントロールするための能力」であり,具体的には,「何を,なぜどのように 学ぶか」を「自分で決めて,プランをたて」,「それを実行して,実行した結果を自分自身で評 価できるような知識やスキル」であるとし,その重要性について論じている。 また,学習リソースと自律学習に関する研究も近年多く行われている。金庭(2004)はニュ ースをリソースとして聴解学習に利用するための実践を行い,その実践が,学習者の自律学習 につながるリソース活用支援であったと報告している。田中・斉藤(1993)も,リソースを活 用し学習を進めることで学習環境を意識化させることが,自律学習への重要なステップの一つ であるとし,学習者がリソースを活用し,自律的な学習を進めていく上では,教師の役割も重 要であることを指摘している。

3 調査概要と分析方法

調査対象者は,東京都にある日本語教育機関(A日本語学校)に在籍する(2010年3月調査 時)上級クラスの日本語学習者6名(来日1年以上,韓国3名,中国3名)で各調査対象者の詳 細は表1の通りである。なお,調査対象者のプライバシー保護のため,個人が特定されること がないように,年齢や性別はここでは表記しない。調査は2010年1月∼ 3月に行った。また, 本調査に先立って,「メディアクラス」の受講生17名に対して,アンケート調査を行い,過去 にも視聴覚メディアを使用した授業を選択した経験のある学習者6名を調査対象者として選定 した。これは,調査時に明確な意図がなく「メディアクラス」を選択したのではなく,積極的 に「メディアクラス」を履修した学習者を調査対象に選定するためである。 表1  調査対象者 調査対象者 国籍 日本滞在歴(調査時) 事例1 S1 韓国 2年 事例2 S2 中国 1年6カ月 事例3 S3 韓国 1年6カ月 事例4 S4 中国 1年6カ月 事例5 S5 韓国 1年9カ月 事例6 S6 中国 1年6カ月

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て多少の差はあるが,平均して1時間前後である。調査対象となった日本語学習者は日本滞在 期間が1年半以上で,口頭日本語能力がインタビューに耐えうるものであると判断したため, 日本語によるインタビューを行った。 録音したインタビューデータは文字化し,質的データ分析法(佐藤2008)を基に分析した。 質的データ分析法では,「定性的コード」を文字テキストに小見出しのような形で割り当てて いく作業により,文字テキストデータをより圧縮した形式で処理できるようにする。佐藤(前 掲)では定性的コーディングの作業を経て,社会生活の現場で使われている様々な言葉を,少 しずつ「学問の言葉」ないし「理論の言葉」としての概念カテゴリーに置き換えていき,さらに 基本的なテーマを浮き彫りにしていくことができるとしている。本研究でも,文字化したテキ ストに定性的コードを付けていき,コーディングしたものをさらにグルーピングし見出しをつ け,内容を要約していくという作業を繰り返した。次に,コーディングの作業で得られたコー ドの中から,本研究で注目したい中核的な「概念的カテゴリー」を選び,調査対象者の事例を 縦に,コードを横にした表に,インタビューデータを書き入れ,「事例―コード・マトリック ス」を作成し,さらにキーワードを抽出するために「焦点的コーディング」を行いデータの要 約を行った。 なお,要約が筆者の主観的なものに偏ってしまうことを防ぐため,この段階で日本語教育専 攻の教員と大学院生,計8名の協力を得て,それぞれが「事例―コード・マトリックス」にコメ ントを書き込んでいくという作業を加えた。それにより,コードの妥当性に対する疑問や,助 言など複数の視点からの意見を得ることができ,データ分析の客観性が増したと考えられる。

4 調査結果と分析

日本に留学してきた学習者は,日本語学校の教室以外でも,様々な日本語使用場面に触れて いる。インタビューでは,教室外における視聴覚メディアとの接触と,学校の授業の中で視聴 覚メディアが使用される場面との両方の場合において,学習者が視聴覚メディアをどのように 捉え,どのように学習しているかを質問した。本稿では,学習者の教室外の活動のみについて 分析を行う。 4.1 来日前の視聴覚メディア使用 1)マスメディアに影響を受けた日本語学習目的 学習者の多くは,日本での進学,就職を目標にして日本語を学習しているが,その中で,テ レビ,映画,アニメ,雑誌などのメディアから受けた影響が日本語学習目的につながっている 事例もあった。 S1は幼い頃から好きだったアニメが日本で作られているということを知り,そのアニメを日 本語の音声で見たいという動機から日本語学習を始めた。彼女は,それまで母語による吹き替 えで視聴していたアニメを日本語の音声で視聴した際,「なぜか日本語のほうが強く伝わる」 と感じたと述べている。そして学習が進むとともに,アニメ制作に携わりたいという夢が芽生

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) え,そのための知識を学ぶために日本での専門学校進学を目標に掲げ来日し,日本語学校で学 んでいる。 S3は10年ほど前に見た映画をきっかけに,社交ダンスに興味を持ち,その舞台である日本 で社交ダンスを学びたいという動機から日本語学習を始めた。将来的には社交ダンスを仕事に し,日本で生活をしたいと考えていたが,実際に来日してみると,社交ダンスは趣味としての 要素が強く,社交ダンスを学べる専門学校や大学を見つけることができないと述べている。映 画による日本語学習への動機付けは強かったものの,映画と現実とのギャップを痛感し,悩ん でいたことがとても印象深い。 S4は来日前に母国の大学でデザインを専攻しており,雑誌や広告などを通して,憧れている アーティストや写真家の多くが東京の某美術大学の卒業生であることを知った。それ以来,そ の大学院へ進学して学ぶことを目標に日本語学習を始めた。彼女は,大学卒業後の進路として, 「その大学に行くことしか考えていなかった」と述べていることから,強く明確な達成目標が あったと考えられる。 2)視聴覚メディアとの接触の目的 調査対象者6名中5名が来日前から日常的に日本の視聴覚メディアに触れていた。彼らすべ てが日本語の音声に母語の字幕が付いたものを視聴しており,視聴に際して5名中3名が「日 本語学習という意識があった」と答えている。この3名は上記のメディアに影響されて日本語 学習を始めた学習者であったことが非常に興味深い。ただ,アニメやドラマを見て,「字幕じゃ なくて自分の耳で聞きたいと思って(S1)」学習に励んだ学習者がいる一方で,「勉強になるか と思ったが,当時の自分の日本語レベルでは難しすぎた(S3)」というコメントもあり,視聴覚 メディアへの接触が,直接学習の動機づけには関わっていない事例もあった。「勉強の意識が なかった」と回答した2名については,視聴が日本語学習開始以前であったため,特に意識す ることがなかったと考えられるが,日本のアニメやドラマの内容に対する肯定的な評価や興味 はあったと考えられる。 4.2 来日後の視聴覚メディア使用 来日後は,調査対象者全員が何らかの形で視聴覚メディアに接触している。最も日常的に接 していると思われるS3とS4は,自宅にいるときはほぼテレビをつけっぱなしにしていると答 え,S3は「一番簡単な趣味だ」と述べている。視聴しているジャンルに関しては,アニメ,ド ラマが多く,次いで映画という回答であったが,個人の嗜好によるものが大きく,各々が気に 入ったものを見ていると考えられる。 1)視聴媒体 視聴する媒体は,おもにパソコンを使用したインターネットである。自宅にテレビがないと いう調査対象者も多かった。一方で,テレビ,DVD,パソコン,映画館などすべての媒体を利 用している対象者もいた。S1は主にテレビで視聴しているが,日本人の友人と映画館に映画を 見に行ったり,友人にDVDを貸してもらったりしていると答えた。パソコンは,テレビが見 られない時,見逃してしまったものを見るために利用しているという。S3もテレビとパソコン

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た番組の理解を深めるために再度見たり,母語字幕により内容を確認したりするためにもパソ コンを利用しているということだ。 2)楽しみか勉強か 学習者の視聴覚メディアとの接触を考える際,それをただの楽しみとして,趣味の一貫とし て視聴しているのか,学習という意識があって視聴しているのかについて議論になることが少 なくない。その点について問うたところ,6名中5名が「趣味」と「勉強」の両方の側面を持っ ていると答え,楽しみが結果的に「勉強」につながり学習効果が得られるという考え方が強い。 「勉強のために勉強するのではなく」,「楽しみながら勉強」することができるのが視聴覚メデ ィアの特徴であると考えているようである。また,後述するが6名の中で唯一「勉強ではなく 趣味」と答えたS4は,調査対象者の学習者6名の中で最も強い意識を持って,日常的に視聴覚 メディアを自身の日本語能力向上に利用している学習者であったことが非常に興味深い。 3)どのような能力が身につくか 学習者は視聴覚メディアを通して,どのような能力が身につくと考えているのか。 調査対象者6名中5名が「聴解」と答えているが,聴解能力以外にも,「会話」「既習事項の復 習」「発音」「使用場面の確認」という回答もあった。S1は視聴覚メディアで見たり聞いたりし て「使ってみようと思った表現を実際に使っている」と述べ,会話のフレーズを実際に日本人 の友人と話す際に使用したり,使用場面について詳しく聞いたりしている。また,S3,S5は学 校で習った言葉や文型を実際はどのように使うのか,どのような場面で使用するのが適切なの かを視聴覚メディアを通して確認,理解すると述べた。S3は「学校で習ったことが映画やドラ マの中に出てくると,すぐに覚えられる。印象に残りやすい」と述べ,その効果を実感してい る。 S4は唯一,視聴覚メディアを聴解能力の向上ではなく,自身の発音の改善のために使用して いると答えた。S4は,ドラマを見ながら「せりふをちょっと遅れて言う」ということをいつも 家でやっている。それに対して,「寮のほかの人たちは私のことを馬鹿みたいって言う」がその 方法が自分に適している方法であると認識している。 4)字幕の有無,使い方 視聴覚メディアを使用する際の字幕,特に母語字幕に対する考え方や使用法にもそれぞれ工 夫やこだわりが見られた。表 2 は調査対象者それぞれの字幕の使用方法をまとめたものであ る。 S2,S6はいずれも常に母語字幕を付けて視聴覚メディアを使用している。両者ともインター ネットを通じて視聴しており,母語字幕が付いた映像が比較的容易に入手できる環境にあると 考えられる。S1は来日前,来日当初は母語字幕付きのものを多く視聴していたが,「テレビは (日本語が)分からなくても見ていた」と述べ,さらに日本語学習が進むにつれ,字幕の必要性 を感じなくなり現在は母語字幕を付けずに視聴していると答えた。また,DVDなどに付いてい る日本語字幕を「時々利用することがある」と答え,「日本語字幕は,早くて目で追いかけるの

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) が大変だが,あると便利だと思う」と述べている。このことから,S1は日本語字幕を読んで理 解する能力もあると考えられる。 表 2  自宅における視聴時の字幕使用 調査対象者 字幕の使用法(その理由) S1 母語字幕あり→母語字幕なし(無くても聞き取れる)※日本語字幕を時々利用する S2 100%母語字幕あり S3 1→2回目以降は母語字幕なし(聴解,語彙学習)回目視聴…母語字幕(内容理解)    S4 (翻訳より自分で理解したい)母語字幕→母語字幕なし S5 1→2回目以降は母語字幕使用(不明点確認のため)回目視聴…母語字幕なし(理解度チェックのため) S6 100%母語字幕あり(無いと理解が困難) S4も来日前は母語字幕付きのものを視聴していたが,「初めは字幕があったほうがいいと思 ったが最近はないほうがいいと思う」と字幕に対する認識が変化している。また「翻訳は100 %正しいものではない。翻訳より自分で理解したほうがわかりやすい」と字幕の翻訳と実際の 意味が必ずしも一致していないことを経験から認識するようになった。現在はできる限り,母 語字幕をつけずに視聴したいが,システム上字幕を消すことが難しいので,見ないようにして 発音を練習していると述べた。S4によると,中国の映像ダウンロードサイトでは,字幕と映像 が同一ファイルに入っているため,「ON/OFF」の切り替えができないものが多いとのことで ある。 一方,韓国では韓国語字幕付帯の有無を選べることが多い(4)と述べ,S3,S5はそれぞれ,そ の機能を利用した視聴の仕方をしている。S3は最初に母語字幕をつけて内容を理解した上で, 2回目以降は字幕をつけずに日本語学習のために表現に注目したり,聞き取りの練習をしたり するために視聴するという方法をとっている。また,S5はS3とは逆のアプローチで,まず字 幕をつけずにどのくらい理解できるかを試してみて,その後母語字幕をつけて,聞き取れなか ったところや理解できなかった点を確認するという方法で視聴している。

5 考察

今回の調査で,調査対象者は視聴覚メディアを主に「楽しみ」として視聴していたが,それ が結果的に「勉強」につながり学習効果が得られると認識したことで,単に「娯楽」としてでは なく,学習リソースとしても視聴覚メディアを利用していることが明らかになった。 そこで,「楽しみ」を目的としていると述べている学習者が視聴覚メディアをどのように視

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(1990,日本語訳は1994)は学習ストラテジーとは「学習をより易しく,より早く,より楽し く,より自主的に,より効果的に,そして新しい状況に素早く対応するために学習者がとる具 体的な行動である」と定義している。ここでは,インタビューから抽出された学習者の行動を, Oxfordの提示した言語学習ストラテジーシステムに当てはめて分析する(表3)。 表 3 学習ストラテジーシステムOxford(1990,日本語訳は1994)と学習者の行動   調査対象者の行動 学 習 ス ト ラ テ ジ ー 直接ストラテジー Ⅰ 記憶ストラテジー (該当なし) Ⅱ 認知ストラテジー 台詞を繰り返す,決まった言い回しを覚えて使う,意図を素早くつかむ,訳す,ノー トを取る Ⅲ 補償ストラテジー 映像や音声を手がかりに分からない言葉を推測する 間接ストラテジー Ⅳ メタ認知ストラテジー 目標を設定する,目的をもって視聴する Ⅴ 情意ストラテジー 音楽や笑いを使う Ⅵ 社会的ストラテジー 友達と話す,質問する OxfordはこのⅠからⅥのストラテジーをさらに細かく分けており,本研究ではそれを表に したものにコードを付け,学習者の発話内容を振り分けていくという作業を行った。その結果, 学習者は,自宅視聴の際には「繰り返し練習する」,「決まった言い回しを覚えて使う」,「意図 を素早くつかむ」,「訳す」,「ノートを取る」などの認知ストラテジー,映像や音声の言語的, 非言語的手がかりを使った「知的推測」などの補償ストラテジーを使用していた。また,母語 字幕を付帯したり消したりしながら理解度をチェックし,自己モニターをしたり,「聴解能力 を向上させる」など,言語学習タスクの目的を明確にしたりするメタ認知ストラテジーを使用 している学習者もいた。さらに,笑いや音楽などを利用しリラックスした状態で視聴するなど 情意ストラテジーの使用,視聴後に感想や意見を友達と話したり,質問したりする社会的スト ラテジーの使用もみられた。 Oxford(前掲書)は「学習ストラテジーを適切に使うことで,言語能力は向上し,自律学習 が促進される」と述べている。Benson(2001)によると,自律(autonomy)とは自らの学習に 責任を持ち,学習を管理・点検・評価してコントロールするだけでなく,その学習の社会的文 脈や認知過程においてもコントロールしていくことであると考えられている。日本語教育にお いては,青木 (1996)が,自律学習(autonomous learning)とは「学習者が自分自身のために, 自らの知識(とスキル)を構築しようとして,仲間や教師やその他のリソースと協力し,交渉 しつつ行う学習を,自分自身の手で管理することである」とし,その重要性を指摘している。 さらに,青木(1998)は「学習者の自律性」を「学習者が自分のニーズや希望に役立つように,

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 自分の学習をコントロールするための能力」であり,具体的には,「何を,なぜどのように学ぶ か」を「自分で決めて,プランをたて」,「それを実行して,実行した結果を自分自身で評価で きるような知識やスキル」であると定義している。 本研究における調査対象者の多くは,自らの意思で視聴覚メディアに接触し,それを日本語 学習に役立てていた。S1は自分自身の学習法を振り返り,アニメや映画を見ることについて 「私は好きだから勉強になっている」と述べている。また,S4は,自分にとって必要なことは 「発音」の練習であると認識したうえで,その方法を自分で決めて実行し周りから批判されて も,それが自分にとって適切であるということを実感していた。 このように,学習者は,それぞれ自分のニーズや好みに合わせて自律性をもって視聴覚メデ ィアを使用していると考えられる。

6 おわりに

本研究では,日本語学習者が視聴覚メディアをどのように使用し,どのように日本語学習に 役立てているかという点について,質的調査を行い分析した。その結果,学習者の教室外にお ける,個別に工夫を凝らした日本語学習の実態が明らかになった。 しかし,この実態を把握し,認識している教師は果たしてどのくらいいるのであろうか。こ れは,視聴覚メディアの授業内での使用の有無にかかわらず,議論されなければならない問題 であるが,特に視聴覚メディアを用いる際には,素材の選択,授業の目標,目的設定のために, まず,学習者の置かれた状況やニーズ,教室内外の日本語学習の実態をよく知ることが,不可 欠であると考えられる。本研究で扱った視聴覚メディアは,「意図的に教室用や言語学習用に 作成されたものではない,より現実世界に近い生の言語資料(藤家2002)」である。したがっ て,使用方法も使用目的も多岐にわたり,使用者が自由に設定することができる。この「自由 度の高さ」が,これを用いて授業を行う教師にとっては,好都合な時もあるが,非常に頭を悩 ませる要因となることが多い。 本研究では,日本語学習者側の視聴覚メディア使用の実態を明らかにすることを目的とした が,今後,教師が学習者の実態をどの程度把握しているか,また,視聴覚メディアをはじめと する様々な学習リソースに対してどのようなビリーフを持っているかなど,教師側の視点に立 った調査も必要であると考えられる。筆者は視聴覚メディアをはじめとする様々な学習リソー スは活発な教室活動を促す上で重要であると考えているが,今後,このような学習リソースを 積極的に取り入れ,より効果的な授業を目指すためには,学習者,教師,教育機関等多角的な 視点からの調査が必要であると考え,これを今後の課題としたい。

(1) 視聴覚メディア素材は著作権の許す範囲内で教育目的のために授業においてのみ使用している。 (2) 藤家(2002)では,学習者が学習内容や学習方法,その効果について意識的あるいは無意識的に持 っている自分の確信のことを「ビリーフ」と呼んでいる。 (3) 青木(1996)ではHolec(1981)およびLittle(1991)を参照し「自律学習」を定義している。

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分かれているため,字幕の有無を選択できるとのことである。

引用文献

青木直子(1998)「学習者オートノミーと教師の役割」『分野別専門日本語教育研究会―自律学習をどう 支援するか―報告書』,国際交流基金関西国際センター,4 –25. 石塚美枝・守谷智美・宮副ウォン裕子(2008)「メディア・リテラシーを育てる『現代大衆文化』 : 参加 者の多様性・多文化理解を促す日本語授業実践」『桜美林言語教育論叢』4,15 –24. 大川英明(2006)「映画における文化要素と日本語教育」『関西外国語大学留学生別科日本語教育論集』 (16),111–127. 小原律子(2008)「日本語教育における学習素材としての映像メディア−映画・テレビ番組の教材化」 『倉敷芸術科学大学紀要』(13),205–214. 金庭久美子(2004)「リソースの活用を目指した授業―ニュース教材を利用した聴解授業」『日本語教 育』(121),86–95 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法 : 原理・方法・実践』新曜社. 柴田智子(2008)「アニメを利用した日本語教育―学生の評価とOral Summaryの分析を中心として―」 畑佐由紀子編『外国語としての日本語教育 多角的視野に基づく試み』83 –101,くろしお出版. 高橋純子(2006)「〈報告〉テレビドラマ聴解の授業報告」『筑波大学留学生センター日本語教育論集』 (21),77–96. 田中望・斎藤里美(1993)『日本語教育の理論と実際 : 学習支援システムの開発』大修館書店. 藤家智子(2002)「映像素材を用いた聴解・会話の授業について」『日本語・日本文化研究』(9),41 –58. 保坂敏子・Gehrtz三隅友子(2010)「ドラマを利用した日本語・日本文化教育のための教材と授業デザ イン―言語と文化の統合を目指して―」『2010年度日本語教育学会秋季大会予稿集』,317 –318. 吉村弓子・宮副ウォン裕子(2009)「日本と香港をつなぐヴァーチャル教室の映画批評交換―異文化理 解における映画の効果と外国人留学生の役割」『北海道言語文化研究』(7),29 –40. 梁正善(2008)「ドラマ「ハケンの品格」を利用した日本語の授業」『長崎外大論叢』(12),103 –114. Benson, Phil (2001) Teaching and Researching Autonomy in Language Learning. Harlow, England:

Longman.

Little, David (1991), Learner Autonomy: Definitions, Issues and Problems, Authentik Language Learning Resources.

Oxford, R. L. (1990) Language Learning Strategies: What Teachers Should Know. New York: Newbury House.(宍戸通康・伴紀子(1994)『言語学習ストラテジー』凡人社)

引用 URL

青木直子(1996)「Autonomous Learning: What, why and how?」 ASTE 81回例会  http://www.bun-eido.co.jp/aste/aste81.html#anchor147880 (2011年9月1日閲覧)

参照

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