はじめに 語 り 手 が「 こ ん な 夢 を 見 た 」 と い っ て( い わ な い こ と も あ る ) 始 ま る、 「 第 一 夜 」 か ら「 第 十 夜 」 ま で の、 夏 目 漱 石 に よ っ て 書 かれたこの十の小品集を、統一した一つの主題の下に理解すべき か、あるいは理解しうるか、どうか。 筆者は本誌前号に載せた拙 稿 ( ( 1 ) で、理解しうるし、理解しなくて は な ら な い、 と 主 張 し た。 す な わ ち、 『 夢 十 夜 』 を 理 解 す る た め の前提として、まず〝人間の行状に関与し、正しい道を人に示し てくれる「天」というものの存在〟を想定し、その上で、 一 ― そうした「天」の下で生きられる〝生〟は一体どのような ものであるか。 二 ― そ の よ う な「 天 」 か ら 見 離 さ れ た・ な い し は 離 脱 し た 時、 人 は 何 を 失 い、 何 を 手 に 入 れ る か。 「 天 」 な き 世 界 で 人 々 を つなぐ手だてはどのようなものなのか。 こ れ ら の 問 い の 探 究 が、 『 夢 十 夜 』 の 全 体 を 貫 く 主 題 に 違 い な い ―― こうした主張に基づいて「第一夜」と「第六夜」の読解を行 なったのだった。 本 稿 は、 右 の 仮 説 に 従 い つ つ、 『 夢 十 夜 』 全 体 の 構 成・ 全 十 話 のつながりについて、 「第一夜」 「第六夜」も含め、あらためて論 ず る。 つ ま り『 夢 十 夜 』 を、 〝 ひ と つ の 物 語 〟 と し て 読 む 試 み で ある。 1 新聞小説作家・漱石 先の拙稿では「則天去私」をめぐる作家論的エピソードにかこ つけて右に示したような「天」を前提とする仮説を提示したにす ぎなかったので、本稿では作品分析に入る前に、この仮説の理論 的な背景について少々触れておこう。 漱石「明治三十八年 断片」に、 昔 の 人 は 己 を 忘 れ よ と 云 ふ。 今 の 人 は 己 を 忘 る ゝ な と 云 ふ。 二六時中己れの意識を以て充満す。故に二六時中 大 (ママ 平 ( の時な し。
夏目漱石『夢十夜』論
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〝ひとつの物語〟として
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関
谷
博
とあ る ( ( 2 ) 。通常この一節は漱石の神経衰弱の話題にひきつけて読ま れることが多いように思われるが、 筆者は 「昔 (の人) 」 と 「今 (の 人 )」 の 対 比 も 大 切 で あ る と 思 う。 「 昔 の 人 は 己 を 忘 れ よ と 云 ふ 」 ――これは仏道修行などの場面を想定しているのであろうが、し かしこの声の裏に「己を忘れても己の分は忘れるな」という声を も漱石は聞きとっていたのではないか。 「 昔 」 ―― 近 代 以 前 の 人 々 の 生 き 方 を 規 定 し て い た の は、 身 分 に応じて固定化された「家職」体制であり、その体制は何らかの イデオロギーによって自然化され(かつては朱子学にその役廻わ り が 充 て ら れ て い た が、 今 日 そ れ へ の 修 正 が 進 ん で い る )、 身 分 の違いに応じてその〝生〟は、天が常に上にあり地が常に下にあ る よ う に、 不 変 な る も の と し て 観 念 さ れ て い た だ ろ う。 「 則 天 去 私」は、そのように自然化されてきた旧体制の秩序意識の枠内に 安 住 し て( 則 天 )、 「 己 を 忘 れ よ 」( 去 私 ) と い う 風 に 解 釈 さ れ る 余 地 が あ る か ら、 こ の 四 字 熟 語 の 権 威 が、 戦 後 研 究 史 に お い て、 特に実存主義的漱石像が喧伝され出すのに前後して、凋落し始め たのも納得がゆこうというものである(実際、天意のようなもの は、仮にそういうものがあったとしても、それを客観的に認識す る能力が人間に備わっているかどうか疑わしいので、右のような 解釈を 「則天去私」 は決して排除できない) 。だが、 それでも 「天」 の観念は、己が生きてあることを、自然なるものとして肯定して くれる安心の境地と結びつき、漱石はそれに対して強いあこがれ を抱いていた。 一方、日本の近代化・産業社会化は「家職」体制の原理的一面 ( 血 縁 関 係 を 必 須 条 件 と し な い 法 人 と し て の「 イ エ 」 制 度、 滅 私 奉公の精神等)を近代企業のそれに吸収・利用しつつも、家(イ エ) や身分と職業との固定性は否定した。そこで、 「今の人」 の 「己 を忘るゝな」が要請される。 文 明 開 化 = 近 代 化 の 始 動 期 に お い て は、 「 分 相 応 に 生 き よ 」 と い う 旧 い 社 会 の 声 に 抗 す る、 欲 望 主 体 と し て の 0 0 0 0 0 0 0 0 「 己 0 を 忘 る ゝ な 」 である。しかし、同じスローガンは、本格的な産業社会への移行 と と も に( 例 え ば )「 立 身 出 世 主 義 者 の 如 き 画 一 的 な 生 き 方 」 に はめ込まれないような、精神性を備えた自己の確立としての「己 を忘るゝな」となるだろう。近代化のためには諸個人を欲望主体 として解放しなければならないが、それだけでは社会の秩序を維 持・ 供 給 す る 契 機 が 担 保 さ れ な い か ら、 ( 天 皇 制 教 育 に よ る 外 か らの強制的秩序化とともに) 規範意識を内蔵した自律性の高い自 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 我像 0 0 (「己」 )が要求されるからである(漱石周辺人脈を中心に形 成されてゆく、 「人格主義」の運動) 。 従って両者は現実的には常に混淆したかたちで、諸個人の内的 追 求 課 題 = 「 己 を 忘 る ゝ な 」 と な る 。 そ こ で 、 自 分 と は 何 者 だ ろ う? 自分にふさわしい生き方とはどのようなものか? といっ た問いの一般化が始まり、 昴じては自意識の牢獄 ・ 神経衰弱のテー マ が 避 け ら れ な く な っ て く る。 そ う し た 懐 疑 や 逡 巡 の す き 間 に、
かつて「天」が提供してくれていた、あの安心の記憶が甦ってく ることも、 また、 あるだろう( 『我輩は猫である』における「至境」 へ の あ こ が れ ― 注( 2) 参 照 )。 旧 体 制 の 秩 序 意 識 の 残 存 と い っ た 問 題 と は 別 に、 「 天 」 を め ぐ る 観 念 領 域 は 中 国 の 学 知・ 漢 学 と して日本のエリート層に永く権威あるものとして受容されてきた だけに、その影響力は侮れないのである。 ラテン文語 (聖書) 、パーリ文語 (仏典) 、アラビア文語 (コーラン) と並んで、 この中国文語(漢学)は「聖なる沈黙の言語」として、 中世までの世界秩序を担う偉大な古典的共同体の概念を具現化し ていたのであった (B ・ アンダーソ ン ( ( 3 ) 。ここでいう 「沈黙」 とは 「そ うした文語が死語となっていればいるほど、つまり口語から離れ れば離れるほどよかった。だれでも原理的に純粋な記号の世界に 入ることができる」というところの、 「死語」性を意味する) 。宇 宙と歴史の真理を独占すると自称するこれら 「聖なる沈黙の言語」 の権威をゆるがし、これとは異なる新たな世界理解の様式を発明 した時、はじめて近代世界がきり開かれる。その新しい世界の構 成単位であるところの、近代国家と国民を想像する上で最も重要 な鍵となったのが「 出 (プリント キャピタリズム 版資本主義 ( 」である、とアンダーソンが指 摘 し た こ と は 周 知 の 通 り で あ る( 「 出 版 資 本 主 義 こ そ、 ま す ま す 多くの人々が、 まったく新しいやり方で、 みずからについて考え、 かつ自己と他者を関係づけることを可能にしたのであ る ( ( 4 ) 」) 。 アンダーソンは、 「聖なる沈黙の言語」に支えられた、 「普遍的 宇宙と個別的世俗の並存」 = 「同時性の観念」は、 「均質的で空虚 な時間」軸に基づく近代的な「同時性の観念」に取って代えられ ねばならなかった、とし、次のように述べている。 こ う し た( 「 同 時 性 の 観 念 」 の …… 引 用 者 注 ) 変 容 が 国 民 と い う 想 像 の 共 同 体 の 誕 生 に と っ て な ぜ か く も 重 要 な の か。 これは、一八世紀ヨーロッパにはじめて開花した二つの想像 の様式、小説と新聞、の基本構造を考察することで明らかと なろう。というのは、これらの様式こそ、国民という想像の 共同体の性質を「表示」する技術的手段を提供したからであ る ( ( 5 ) 。 漱石が大学の職を抛って手に入れた新聞小説作家の道は、国民の 想像という課題を担う、最も重要な舞台であったわけだが、その 理由の核心は、新聞と、それに載る小説が、宇宙と歴史の真理を 握っていた「聖なる沈黙の言語」の魅力 = 呪縛を相対化し、 そこ から人々を自立させるための不可欠なメディアであった、という ところにあったのである。 冒 頭 に 述 べ た、 『 夢 十 夜 』 を〝 ひ と つ の 物 語 〟 と し て 読 む た め の仮説は、この課題を私に言い換えたものなのである。
2 「第一夜」から「第四夜」まで ―「天」の下に住まうということ― 「第一夜」 死の床にありながら平然としている女と、それを不思議に思い つつも心配そうに見守る男。女は自分の瞳を指して、 男の姿が 「そ ら、 そ こ に 写 つ て る ぢ ゃ あ り ま せ ん か 」 と い う。 横 た わ る 女 (1 と、 それを指して「そこに」という 女 ( 2 が、二人で一人なのである。こ の女が尋常普通の存在ではないことを示していよう。 女は自分の墓を「大きな真珠貝で穴を掘つて。さうして天から 落 ち て 来 る 星 の 破 片 を 墓 標 に 置 い て 下 さ い。 」 と 男 に 注 文 す る。 使うたびに 「月の光」 が差して光る 「真珠貝」 で掘られた墓穴と、 「星 の破片」の墓標―― いずれも女が、天とのつながりを持つ存在で あることを暗示している。 この墓の傍らで百年待て、と言い遺し、女は死ぬ。男は女に言 われた通りに、墓の傍らで日の入るのを自分でもわからなくなる 程勘定し続けたが、仕舞いに「自分は女に欺されたのではなから うかと思い出した。 」、その時、石の下から真っ白な百合の茎が伸 びてきて、男の鼻先で花開いた。そこへ「遥の上から」露が滴り 落 ち る。 男 は 花 に 接 吻 し、 フ ト 空 を 見 る。 「 暁 の 星 が た つ た 一 つ 瞬 い て ゐ た 」。 天 は 女( 女 (1 、 女 (2 ) で は な く 白 い 百 合 の 花 を、 男 に 送り寄こし、 二人は再会した 0 0 0 0 0 0 0 。そして、その二人の挙動の一つ一 つ に 対 し て、 「 露 」、 「 暁 の 星 」 の ま た た き が、 天 が 感 応 し て い る サインとして贈られるのである。 女は最初から天とつながる存在であったから、 女 (1 → 女 (2 という在 り方が可能であったのだろうし、 その死も、 現世から天に戻る (?) ための位相変換でしかなかったから、平然たる態度だったのだろ う。これに対して男は常識的な現世の存在であったが、女の指示 通りに墓の傍らに居続けたことによって天界の「百年」を全うし えた。花 (女) の再来によって、 男はそのことを確認している (「百 年はもう来てゐたんだな」 )。先に触れた、拙稿の結論部分を繰り 返し記すこととする。 「 第 一 夜 」 は、 男 と 女 の 物 語、 人 間 存 在 の 関 係 性 を め ぐ る 物語では、恐らくない。たとえ「天」との一体化はできない に し て も、 「 天 」 と 間 接 的 に つ な が り う る、 そ う と 信 じ れ ば 何らかの仕方で 「天」 は人間に応じてくれる、 そのような、 「天」 の存在を信じ、それの気配に安らう物語といえよう。 「第二夜」 『夢十夜』 発表 (明 41・9/1〜 12/ 29) の前年に刊行された 『文 学論』 (明 40・5)の中で、文学的内容の形式を「F( 「焦点的印
象 又 は 観 念 」 す な わ ち「 認 識 的 要 素 」) + f( 「 情 緒 的 要 素 」) 」 と 定義したのは有名だが、そのFについて漱石は、より強いfを喚 起しうる順に、次の四種に分類し た ( ( 6 ) 。 (一)感覚F( 「自然界」を標本とする) (二)人事F( 「人間の芝居、即ち善悪喜怒哀楽を鏡に写したる もの」を標本とする) (三)超自然F( 「宗教的F」を標本とする) (四)知識F( 「人生問題に関する観念」を標本とする) これに照らせば「天」はおおよそ(三)および(四)にまたがる 観念とみてよいだろう。そして「第一夜」の「天」が、女の存在 様態からみても (三) のレベルにあると推定されるとするなら、 「第 二夜」の「天」は(四)のレベルで考察されるべきであると思わ れる。漱石は「fはFの具体の度に正比例する」と考えているの で、 最も抽象的な(四)は最も人の情緒に訴えないはずなのだが、 例外として「所謂天命を楽しむ君子は此抽象的 変 (へん て こ も の 梃物 ( に情緒を有 する人々」である、とし、次のように述べているからである。 道の為めに倒るとは、 道の何者たるを意識することなくして、 こ れ に 情 緒 を 付 加 す る 大 丈 夫 な り。 か の 禅 門 の 豪 傑 知 識、 諸縁を放下し専一に己事を究明す、一向専念、勇猛精進、行 住座臥、何をか求むると云へば彼等未だかつて見聞せざる底 の法を求め、しかも遂に捕へ能はざる的の道なり。 「天命」 も、 「道」 も 「法」 も、 決して 「見聞せざる底の」 、そして 「捕 へ能はざる的の」抽象物にすぎないが、それに強烈な情緒をかも されて一生を棒にふるような変人が、確かにいると、いくらか揶 揄を含んだ調子で漱石はいっているわけだ。 「 天 」 の 意 を 体 し て 現 実 に 秩 序 を も た ら す の が「 法 」 や「 道 」 である。だから「第二夜」は「天」とつながることの現実的問題 は何か、いわば「天」の倫理学ないしは政治学として読むべきで あろう。 さて、右の引用文中にもあるように、禅門の目的は「諸縁を放 下 し 専 一 に 己 事 を 究 明 す 」 る こ と に あ る は ず だ が、 「 第 二 夜 」 に 登場する和尚も「自分」も、 不思議なことに少しも「諸縁を放下」 す る 気 配 が な い。 む し ろ 逆 に「 諸 縁 」 = 侍 で あ る こ と に、 二 人 と もども執着し、拘泥し続けるのである。この点について笹淵友一 は ( ( 7 ) 、 和尚の首をとるために悟りをえようとする心理がいかに自己 矛盾であるかはいうまでもない。 といい、越智悦子 も ( ( 8 ) (
悟達はそれを求める個人の、 あくまでも内的な問題であって、 他者との関係の中で 「悟つて 見せる 0 0 0 」(傍点は越智…引用者注) ようなものではあるまい。 と指摘し、ともに「自分」の矛盾を批難している。だが、それな らば「自分」に対して「御前は侍である。侍なら悟れぬ筈はなか らう」と迫る和尚もまた、 批判されて然るべきではないだろうか。 しかし二論文ともに、そうはなっていない。笹淵は「もちろん意 地悪のためではなく、 侍を刺激し、 彼を立腹させることによって、 悟りへの機縁をつくろうとしたのであろう」と和尚の気持を忖度 し、越智は「第二夜は徹底徹尾この男一人の、彼自身の意識の問 題……(中略)……この男の心を乱している前掲の「お前は侍で あ る。 」 以 下 の 言 葉 は、 男 の 心 の 中 に 存 在 す る も の で、 和 尚 自 身 とは無関係」とかなり苦しい解釈(と筆者には思われる)を下し て、あっさり和尚の発言を免責してしまうのである。 筆 者 は「 侍 な ら 悟 れ ぬ 筈 は な か ら う 」 と い う 和 尚 と、 「 ど う し ても悟らなければならない。 自分は侍である。 」と意気込む自分の、 謂いそのもの 0 0 0 0 0 0 を素直に受け入れるべきだと考える。 「天」とのつながりが信じられ、 「天」の下に安らうことが出来 た な ら ば( 「 第 一 夜 」) 、 狭 小 な「 私 」 に こ だ わ る 理 由 も 消 え、 す べてが、ここに、このようにある、ということが必然の想を以て 体得されるに違いない。しかし、そのような状態を宗教的な境地 としてではなく、リアリティの目もりを多少とも上げて現実的な 人生態度のレベルで考え出すや否や、たちまちやっかいな問題を 引き起こすことになろう。 「1」でも触れたが、 「天」のような超 越的価値ないしは超越的存在からのメッセージの実在性をひとた び認めると、 人間は決してそれを認識できない 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 以上、 必然的に、 〝自 分こそ「天」の意を知る〟 、 とか、 〝自分は「天」を体現している〟 などと自称する成り上がり者の出現を許し、さらに誰も彼らのウ ソを立証できない、という事態を招くのである。むしろそのウソ を、ウソと知りつつ信じたフリをし、彼の捏造した〝権威〟にう ま く 便 乗 し て 甘 い 汁 を 吸 お う と す る 連 中 が 登 場 し も す る だ ろ う。 こうして、政治的秩序と自然の秩序とが同一視されるような、お ぞましい世界が成立する。そんな世界で、どこかの狸が化けて知 的権威者になりすまし、ナンセンスな脅し(侍として侍たる縁を 放下してみろ)をかけてきたら、どうすればよいのだろう。 「 第 二 夜 」 は、 狸 和 尚 と 侍 意 識 に 凝 り 固 ま っ た 愚 者 の、 凄 惨 な 茶番劇である。 「第三夜」 〝 天 を め ぐ る 物 語 〟 は『 文 学 論 』 に い う( 三 ) 超 自 然 F の レ ベ ル な ら ば ハ ッ ピ ィ・ エ ン ド( 「 第 一 夜 」) だ が、 ( 四 ) 知 識 F レ ベ
ル で は ま ず い こ と に な る( 「 第 二 夜 」) 、 と い う こ と か ……。 そ う 受 け と ら れ て は 困 る、 と 漱 石 が 考 え た か ど う か は わ か ら な い が、 「 第 三 夜 」 を 同 様 に 言 い 表 す な ら、 こ れ は( 三 ) 超 自 然 F レ ベ ル で描かれた〝天をめぐる物語〟のバッド・エンド版といったとこ ろだろう。 「 第 一 夜 」 と「 第 三 夜 」 は、 同 じ 写 真 の ポ ジ と ネ ガ で あ る。 こ う主張してしまえば、実はもう他にいうべきことはない。 「 第 一 夜 」 は 百 年 の 時 を 隔 て て な お つ な が る 男 女 の 美 し い 物 語 である。それをもし愛と呼ぶことができるとしたら、それは運命 的な愛、必然としての、赤い糸で結び合わされた愛である。女に 導 か れ、 男 は そ れ を 悟 る。 「 第 三 夜 」 も 全 く こ れ と 同 様 に、 六 つ になる盲目のわが子に導かれて、己れの本性に出会う。赤い糸の その先に結び合わされていたのは、血まみれの「 盲 (めく ら 目 ( 」の死体で あり、 「 人 ( ひとごろし 殺 ( であつたんだな」という自覚である。 「第一夜」の幸 福を受け入れるならば、同時に「第三夜」の恐怖の可能性も受け 入れねばならない。読者ひとり〳〵、おのおのの赤い糸の向こう にどちらの運命が結び付けられているかは、 「天」の命ずるまま、 なのである。 漱石は終生、 「第一夜」を夢見るようなロマンチストの面があっ た よ う に 思 わ れ る。 ゆ え に 同 時 に 0 0 0 0 0 0 、 彼 は 終 生、 「 第 三 夜 」 の よ う な仕方で己の罪におびえる、強迫的な意識にさいなまれてもいた に違いない。例えば酒井英行は、漱石作品に散見される「嘲けり の詰問の声」について論じている が ( ( 9 ) 、このことは漱石の魂に「天」 の 観 念 が 食 い 込 ん で 生 涯 変 わ る こ と が な か っ た こ と を 示 し て い る。 「第四夜」 「 第 四 夜 」 を め ぐ る 様 々 な 解 釈 は、 し か し そ の 最 大 公 約 数 と し て「 裏 切 ら れ た 期 待 ()(( ( 」( 江 藤 淳 ) を 含 ん で い る、 と い っ て 大 過 な いのではないかと思われる。 筆者はこの作品を読者ひとり〳〵が子供の頃にこういう体験を したことがあったと仮定して、長じてそれを回想する際、一体ど のような思い出として記憶されているか、をまさに自分自身のこ ととして想像してみると良いのではないかと思う。 「 変 な お 爺 さ ん に だ ま さ れ て 何 時 ま で も 待 ち ぼ う け を 食 っ た く や し い 思 い 出 」 だ ろ う か? 否、 「 自 分 は 不 思 議 な お 爺 さ ん に 本 当 に 出 会 っ た こ と が あ る と い う 思 い 出 」 で は な い だ ろ う か。 「 裏 切られた期待」の記憶では、決してない、と思う。 涼み台で煮しめを肴にひとり酒を飲む爺さんには、一見仙人然 と し た 風 情 が あ る。 「 顔 中 沢 (つや 〳 〵 々 ( し て 皺 と 云 ふ 程 の も の は ど こ に も 見 当 ら な い 」 が、 「 白 い 髯 を あ り た け 生 や し て ゐ る か ら 年 寄 」 に は ち が い な い。 年 を き か れ て も「 幾 (いく つ 年 ( か 忘 れ た よ 」、 家 を 尋 ね ら れ る と「 臍 (へそ の 奥 だ よ 」 と 答 え、 「 ど こ へ 行 (ゆ く か ね 」 と 聞 か れ れ ば 、 、 、 、
「あつちへ行くよ」 と、 言葉で答えるだけでなく 「ふうと吹いた息」 を河原の方に「 真 (まつ す ぐ 直 ( 」、予言的に飛ばせてみせるのである。 そ の 一 方 で、 「 第 二 夜 」 の 狸 和 尚 で は な い け れ ど も、 と ん だ イ ンチキ仙人の疑いもまた、確かにないではない。なにしろ「今に 其の手拭が蛇になるから見て居ろう。見て居ろう」といって子供 の 気 を ひ き、 「 か う し て 置 く と、 箱 の 中 で 蛇 に な る。 今 に 見 せ て やる。今に見せてやる」と口上を変えなどしてじらせながら、と うとう最後まで蛇を 「自分」 に見せてはくれなかったからである。 爺さんは「深くなる、夜になる、真直になる」と唄いながら、ど ん ど ん 水 に 浸 か り、 そ の ま ま 没 し て し ま う。 「 自 分 」 に 残 さ れ た のは「爺さんが向岸へ上がつた時に、蛇を見せるだらう」という 期待と、その期待が適えられなかった失望だけ………。 そうではないのである。まさかこの後、百〜数百メートル下流 で爺さんの水死体があがるだろう、などといった想定を、この物 語において誰も出来ない以上、爺さんはまさに「臍の奥」にでも 帰った、と考えるしかないのである。 彼は本物だったのだ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 。 手拭いを蛇に変えるというような大道芸人の真似事こそ見せて はくれなかった。しかし爺さんは 「とう〳〵上がつて来なかつた」 という、永遠の不在の形をとることによって、逆にこの世ならぬ 存在の不可思議を「自分」の心に決定的に刻みつけたのである。 「第一夜」から「第四夜」までの夢は、 「天」の下に住まう精神 の所産と見做すことで、一つの問いに対する四つの回答例である ことが判明する。人間の運命があらかじめ何者かによって定めら れているとしたら、その〝生〟は一体どのようなものになるか? この問いに対して、 「第一夜」は喜びと安らぎ、 と答え、 「第三夜」 は 恐 怖、 と 答 え た。 「 第 二 夜 」 は 運 命 の 鍵 を 握 る と 僭 称 す る 者 と それに翻弄される者という、政治的関係の発生の必然と、その間 の 茶 番 劇 が 描 か れ た。 そ し て「 第 四 夜 」 が 語 る の は、 「 天 」 の 沈 黙である。 こ の 宇 宙 に は、 我 々 の 知 る 世 界 と は 異 な る 別 の 世 界・ 存 在 が、 確かにある。それは、あるいは我々の運命を左右する力を持って いるかも知れない。あの爺さんは本当は手拭いを蛇に変えること な ど 簡 単 に 出 来 た の か も 知 れ な い。 し か し 彼 は そ う し な か っ た。 爺さんは唯、不思議への期待感だけを残して、自身を不可思議な 仕方で消した。つまり「天」は否定されたのではなく、夢の奥に 丁 重 に 仕 舞 い 込 ま れ た の で あ る。 「 天 」 か ら の メ ッ セ ー ジ が 封 印 された、というべきだろうか。 「第五夜」以降は、 「天」からの生 の指針なしで生きられる世界の夢である。 3 「第五夜」 ―人間的時間の編成― 「第五夜」
「こんな夢を見た」に続けて、 「何でも余程古い事で、神代に近 い昔と思はれるが」と語り始められる、この物語には、物語内時 間と語りの現在 (それが何時なのかはわからない) との隔たりが、 く っ き り と 刻 ま れ て い る。 「 其 の 頃 の 人 は み ん な 脊 が 高 か つ た 」、 「其頃髪剃と云ふものは無論なかつた」 、「此の時代の藁沓は」 、「是 れは其の頃の習慣で」 、「其の頃でも恋はあつた」───「神代に 近い昔」は、たえず語りの現在と対比されて、 その間の 0 0 0 0 違いやら 共通性やら、つまりは 距離 0 0 が確認されるのである。あたかもタブ ローに収められた歴史画をいちいち説明するような調子、といっ てもよいかも知れな い ()(( ( 。 タブローの中の「神代に近い者」の世界は、 「第一夜」に似て、 「天」と人事とが連続し、感応し合っている気配である。 敵味方に共通する掟が存在し、その下で、人は生きるか(降参 す る か )、 死 ぬ か( 屈 服 し な い か ) を 選 ぶ。 こ の 掟 の 下 で 取 り 決 められた大将と自分の約束──それは、太陽の運行に従ってけじ めがつけられているのだが、これに女が、遠く離れた場所にいた はずであるにも拘らず、ただちに反応するのは、夢のあいまいさ とはいえ、いささか不審ではある。この世界では、人間の意志や 行動が、掟(共同体の法)と「天」の運行(自然の法)の下で定 められ、駆動しているのだ、と考えるべきなのであろう。 そ こ に 登 場 し た の が「 天 (あま の じ や く 探 女 ( 」 で あ る。 彼 女 の し た こ と と は、 一体どのようなことなのだろうか? 第 一、 「 天 探 女 」 は「 天 」 の 運 行 を 狂 わ せ る よ う な、 そ ん な 大 それたことをしたわけではない。自然の法は無傷である。彼女は ただ「鶏の鳴く真似をした」だけである。 第二、この偽の「鶏の声」に従い、大将は「自分」を殺したで あろう。掟の下の約束は、その取り決め通りに履行されたのであ る。共同体の法もまた、無傷である。つまり「天探女」は、タブ ローの中の世界秩序を一切乱していない。 第三、 彼女がしたことは、 処刑された自分と、 そして恐らく「深 い淵」に落ちて死んだであろう女の、つまりは 二人の死者の恨み 0 0 0 0 0 0 0 0 をかったことである。 蹄の跡はいまだに岩の上に残つて居る。鶏の鳴く真似をし たものは天探女である。この蹄の痕の岩に刻みつけられてゐ る間、天探女は自分の敵である。 「 天 」 の 時 間 の 宰 領 す る 世 界 に、 二 人 の 死 者 の 恨 み の 時 間 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 が 嵌 入 したのだ。嵌入によって生じた亀裂の、その時間幅は「蹄の痕の 岩に刻みつけられてゐる間」である。それは、冒頭で示されてい た、タブローの中の「神代に近い昔」と語りの現在との間の、あ の、距離・時間差に等しい。 「神代に近い昔」を、 「天」の下に住まう「第一夜」から「第四
夜」までの世界と同質のものと見做せば、 「第五夜」は「天探女」 の気まぐれな嘘鳴きによって、 一挙にそこからかけ離れた世界に、 語 り の 新 た な 場 が 移 さ れ て し ま っ た。 「 第 五 夜 」 に お け る 語 り の 現 在 を、 「 何 時 な の か は わ か ら な い 」 と 先 に 述 べ た が、 あ ら た め て そ れ は、 『 夢 十 夜 』 が 発 表 さ れ た 明 治 四 十 一 年 で あ る、 と 断 定 してよいと思う。 「第五夜」だけでなく、 続く「第六夜」から「第 十夜」までがそうなのだ、と断言してよい。 4 「第六夜」から「第十夜」まで ―――われ/われわれの創造―― 「第六夜」 明治の御代、江戸時代前期創建の護国寺の山門で、鎌倉時代初 期の有名仏師・運慶が仁王様を刻んでいる、と評判である。大勢 の見物人のうち「一人の若い男」とのやりとりから、運慶の時代 と明治時代それぞれの、世界観および芸術観が対照される。すな わち、 運慶の時代 世界観的前提―木(自然)の中に仁王(作品・完璧なフォル ム、すなわちアイデア・真理)が内在している。 芸 術 観 ― 木( 自 然 ) の 内 に 既 に あ る 仁 王( ア イ デ ア・ 真 理 ) を掘り出す(作品化する)行為である。 明治時代 世界観的前提―木(自然)の中に仁王(作品・完璧なフォル ム、すなわちアイデア・真理)は内在していない。アイデ アは人間の精神の内にある。 芸術観―木(自然)を利用(加工)して、制作者自身の内に あるアイデア(本質的なもの? ただの思いつき?)に形 を与える(作品化する)行為である。 「自分」 と 「若い男」 とのやりとりと、 その後の 「自分」 の行為から、 およそ以上のことが読みとれるだろう。 レイモンド・ウィリアムズに拠れ ば ()(( ( 、英語のオリジナルの語義 は、中世では〝オリジン(つまり起源)とつながっている〟の意 であったが、 近代になって〝独創的な〟 、〝それ自体を起源とする〟 、 〝他の、何とも似ていない〟 、〝新しい〟の意に転換した、という。 orig inality (独創性) は、 英語に定着する過程で orig in(起源) との接点をほぼなくしてしまった。それどころか、 orig inali- ty について肝要なのは、 この語がそれ自体以外の orig in (起 源)をもたないという点である。
神や天の意志を信じ、あるいはギルド内において先人から伝承さ れた技法を畏敬し、それらオリジンにつながることが、オリジナ ルである――この芸術観ないし人生観は、明らかに「第一夜」か ら「第四夜」までの世界観と親和的である。そのような世界の芸 術家の代表として、ここでは運慶が登場していたわけだが、近代 社 会 は そ の よ う な 起 源 と の つ な が り を 失 っ て し ま っ た。 「 不 幸 に して、仁王は見当たらなかつた」と「自分」はこの事実を確認し て、 「第六夜」は閉じられる。 天 か ら 見 離 さ れ た 芸 術 家 は、 「 己 を 忘 る ゝ な 」 の 格 言 に 従 っ て 作品を制作するしかない。近代人はこの格言に従って、つまりは 自分の単なる思いつきのままに作品を作るしかなく、また日々移 りゆく気分に従って生きるしかない。しかし、己れという不確か なものに従って生きる、 とはどういうことなのか。これが続く 「第 七夜」で明らかにされるだろう。 「第七夜」 何でも大きな船に乗つてゐる どうやら西に向かって航海しているらしい、 この 「大きな船」 が、 近代化=西欧化を急ぐ開化後の日本の喩であることは、多くの指 摘する通りであろう。そして、その船が「 何 (ど こ 処 ( へ 行 (ゆ くんだか分か らない。 」――急速な、 外発的な近代化は日本に何をもたらすか? と い う 文 明 論 的 モ チ ー フ は 確 か に あ る よ う で あ る か ら、 「 現 代 日 本の開化」 (明 44・ 8 ()(( ( )などとつなげてこの作品を論ずることは、 是 非 と も な さ れ る べ き 解 釈 の、 ひ と つ の 試 み で あ る。 「 西 へ 行 く 日 の、 果 は 東 か。 そ れ は 本 (ほん 真 (ま か。 」 と い う 囃 子 詞 は、 西 欧 化 が 日 本社会を不安定な漂流状態にしてゆくものでしかないことを諷刺 している……云々、といったように。 自分は大変心細くなつた。 何時陸へ上がれる事か分らない。 さうして 何 (ど こ 処 ( へ 行 (ゆ くのだか知れない。 「大変心細」い上に「何処へ行くのだか知れない」 、だから「一層 身 を 投 げ て 死 ん で 仕 舞 は う か 」 と、 「 自 分 」 は 思 う。 幾 日 か 後、 「 益 ( ます〳〵つま 詰 ( らなくなつた。とう〳〵死ぬ事に決心した」彼は、ある晩、 投 身 自 殺 を は か る。 「 所 ( ところ が ─ ─ 自 分 の 足 が 甲 板 を 離 れ て、 船 と 縁 が 切 れ た 其 の 刹 那 」、 と は つ ま り、 西 欧 化・ 近 代 化 と い う 文 明 論 0 0 0 的 問 題 か ら 解 放 さ れ た 瞬 間 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 、「 急 に 命 が 惜 く な つ た。 心 の 底 か ら よせばよかつたと思つた。けれども、もう遅い」 。 自分は 何 (ど こ 処 ( へ 行 (ゆ くんだか判らない船でも、矢つ張り乗つて居 る方がよかつたと始めて悟りながら、しかも其の悟りを利用
する事が出来ずに、無限の後悔と恐怖とを抱いて黒い波の方 へ静かに落ちて行つた。 「 何 処 へ 行 く ん だ か 判 ら な い 」 は、 わ ず か な 語 句 の ゆ れ を 含 み つ つも、この短い作品中に三度登場するわけだが、しかし要するに そんなことはどうでもよかった、もっと重要なことがあった、と いうのが「第七夜」の結びで語られていることである。文明論的 解釈は「第七夜」の核心に迫るものではない。 「 黒 い 波 の 方 へ 」 永 久 に 落 ち 続 け る 気 味 合 い の「 恐 怖 」 は、 あ るいは「第三夜」の、あのどうしようもない恐怖と似ていなくも ない。しかし「第三夜」のそれは、お前は人殺しだったのだ、と いう絶対的な宣告で、それに対して抗弁する余地はかけらも与え られていなかった。だから、 その体験は 「恐怖」 ではあっても 「後 悔」はない。 「第七夜」の「恐怖」には、 「無限の後悔」が加わっ て い る 点 が、 大 い に 異 な っ て い る。 「 後 悔 」 と は、 本 来 的 に 人 間 は自由に生きることができるのだが、自分はその自由を貫くこと ができなかったと自覚した時に起こる感情である。たとえあの船 の中であっても、もっと違った生き方を選択する自由があったの に( 「 矢 つ 張 り 乗 つ て 居 る 方 が よ か つ た 」) 、 最 早 こ の「 悟 り 」 を 「利用する事が出来」ない、 という「後悔」――これは、 「第三夜」 とは全く異なる人間観・世界観に基づく主題である。 で は、 「 何 処 へ 行 く ん だ か 判 ら な い 」 船 で も、 そ こ に「 矢 つ 張 り乗つて居」て、彼は一体何をすればよかったのだろうか? こ の問いを考えることが、 「第七夜」 を読む核心でなければならない。 乗 (のり あ い 合 ( は沢山居た。大抵は異人の様であつた。 「 個 人 」 の 英 語 individual の 語 義 は、 中 世 で は 拡 大 家 族・ 村 落 共 同 体・ ギ ル ド や ツ ン フ ト な ど、 な ん ら か の 共 同 団 体 と〝 「 切 り 離 すこと ( divid ) ができない (接頭語の in-)」 、それと 「不可分な」 人〟 を指すものであったが、近代に入るとその意味が逆転し、 〝「もう そ れ 以 上 分 割 す る こ と( divid ) が で き な い( 接 頭 語 の in-)」 、 単 位存在としての人〟 を意味するものになった、 とい う ()(( ( 。いくら 「沢 山 居 」 て も、 人 々 は た だ、 た ま た ま そ こ に「 乗 合 」 せ た だ け の、 単位存在として生きているにすぎない、 ということ――これが 「大 抵は異人の様であつた」という言葉の含意するもの、 と考えたい。 だから「心細く」 、「詰らな」いのだ。日本の地に生まれ落ちたか らといって、 〝われわれ日本人〟 とはいえない。近代的な共同性は、 自分たち自身が創造しなければならないのだ。 「 自 分 」 は、 最 初 に「 船 の 男 」 に 向 か っ て、 自 分 た ち が ど こ へ 行 く の か を 尋 ね た。 し か し「 船 の 男 は 呵 (から 〳 〵 々 ( と 笑 つ た 」 ば か り で、 答 え な い。 船 が 社 会 の 喩 だ と す る な ら ば、 「 船 の 男 」 は 社 会 の 行 方に影響を与える、あるいはその盛衰に責任ある枢要の人物(政 治家? 官僚? 学識者? ……)といったところだろうか。い
ずれにしても、そんな連中に国民の運命を一方的に決定されては た ま ら な い。 「 向 (むか ふ 方 へ 行 つ て 仕 舞 つ た 」 彼 の 態 度 は、 む し ろ 歓 迎すべきである(臣民は余計な心配などせずに黙っていろ、とい う 有 司 の 傲 慢 の 喩 と と る 方 が よ い か も 知 れ な い ) が、 「 自 分 」 に はまだ、自分たちが自分たち自身の未来をつくる、という自覚は ない気配である。だから「心細」いのである。 「天」の力は、あとかたも無い。 「天」はその超越的価値の源泉 と し て の 権 威 性 の 一 切 を 失 い、 こ こ で は「 天 文 学 」 = 自 然 科 学 の 対 象 で あ る に す ぎ な い( 「 自 分 は つ ま ら な い か ら 死 の う と さ へ 思 つてゐる。天文学などを知る必要がない」 )。精神と自然の絆は断 たれた。なお未練がましく「天」を追慕するならば、あやしげな 擬似科学的な占星術( 「金牛宮の頂にある七星の話」 )に色目をつ か う し か な い。 「 神 を 信 仰 す る か 」 と い う 問 い も 最 早、 諸 個 人 の 趣味の問題(信仰の自由)以上でも、 以下でも、 なくなっている。 「心細」い、話ではある。 こ の「 心 細 」 さ か ら 逃 れ る た め に、 「 船 に 乗 つ て ゐ る 事 さ へ 忘 れてゐる様」に、面白おかしく暮らしてみてはどうだろうか。精 一杯着飾り、ピアノを弾いたり、それに合わせて歌を歌ったりし ては? それで自分の居場所すら忘れることができるならば、幸 いである。一人で「心細」くしているよりも、二人で楽しんでい る 方 が、 ど れ だ け い い か 分 か ら な い。 し か し、 「 二 人 は 二 人 以 外 の事には丸で頓着してゐない様子」で、もしも船に何か異常事態 が生じたりした時に、安心していられるのだろうか。 「大変心細」 い、といわざるをえまい。 これで、どうして「矢つ張り乗つて居る方がよかつた」といえ るのか。――頼みの綱となりそうなのは、 次の一例だけであろう。 一人の女が 欄 ( てすり に倚りかゝつて、しきりに泣いて居た。眼を拭 く手巾の色が白くみえた。然し身体には更紗の様な洋服を着 てゐた。此の女を見た時に、悲しいのは自分ばかりではない のだなと気が附いた。 この時、この女に声をかけるべきだったのである。一人でいるよ りも二人でいる方が心強いのだから。しかも、この、共に船にあ ることを気に病む二人は、先のサロンのカップルとは異なる、別 の生き方への可能性を秘めているだろうから。 し か し、 「 悲 し い の は 自 分 ば か り で は な い の だ な と 気 が 附 い 」 ても、 その事の重要性 0 0 0 0 0 0 0 には、その時の「自分」は気がつかなかっ た、ということ。これが、 「自分」の抱いた「無限の後悔と恐怖」 に他ならない。 「第八夜」 人は、失恋や嫉妬のような比較的原因のはっきりしたことで悲
しんだり悩んだりすることも多いが、己の内に巣食った高慢心や 偏 見 の せ い で わ け も な く( と は つ ま り 自 分 に も つ か め ぬ 理 由 で ) 苦 し む こ と も、 又 多 い。 だ か ら、 「 第 七 夜 」 の 後 悔 を 繰 り 返 さ ぬ ために、他人の悲しみや苦しみを正確に触知すべし、という教訓 を導き出したとして、むしろその先の、その悲しみや苦しみは如 何なるものなのか、について深く理解するための努力の持続が重 要であろう。 高慢や偏見からは観察者も自由ではありえないから、 その理解は常に自省と対にならねばならない。 こうした努力の延長線上に、はじめて新しい共同性の可能性が 期待できる。 自分とは何の縁もなき衆生の人の苦しみや悲しみを、 自省を伴う誠実を以って観察し、物語ることによって、他者とそ れを共有し、新たな想像の共同体を目指すこと――新聞小説作家 の 理 念 型 が、 こ う し て 定 ま る。 「 第 八 夜 」 か ら「 第 十 夜 」 は、 新 聞小説作家の精神の、誕生からその行く末までを描いた寓話であ る。 床 屋 は「 窓 が 二 方 に 開 い て、 残 る 二 方 に 鏡 が 懸 つ て ゐ る 」。 鏡 の前に座った「自分」は、座り心地に満足し、鏡に「自分の顔が 立派に映つた」と思う。自省機能が発動する気配はまだない。こ の物語で語られるそのほとんどは、窓と鏡から見える様々なもの へまなざしを向け続ける、 「自分」の意識の持続性である。 女 を 連 れ た 庄 太 郎 が 見 え る。 「 よ く 女 の 顔 を 見 や う と 思 ふ う ち に 通 り 過 ぎ て 仕 舞 つ た 」。 豆 腐 屋 が 見 え る。 ラ ッ パ を 吹 く 頰 ぺ た が「膨れたまんまで通り越したものだから、気掛りで堪らない」 。 誰 か と 挨 拶 で も し て い る 芸 者 が 見 え る。 「 相 手 は ど う し て も 鏡 の 中へ出て来ない」 。「 危 (あぶ ね え 険 ( 」という声に続く、自転車の輪と人力の 梶 棒。 粟 餅 屋 の 声 が す る。 「 一 (ちよ つ と 寸 ( 様 子 が 見 た い。 け れ ど も 粟 餅 屋 は決して鏡の 中 (うち に出て来ない」 。 もともと、ここからでは「窓の外を通る往来の腰から上」だけ しか見えないのだ。自分の身体を座り心地のよい椅子に固定して いる限り、見えるものは中途半端に断片化された、世界の切れ端 にすぎない。 それでも、 自分はあるたけの視力で鏡の 角 (かど を覗き込む様にして見た。 すると、鏡に映っていたのは何も窓の外だけではなく、部屋の内 側も見えていたことに気づく。そこには、帳場の女がいて、少々 謎めいていなくもない様子で札の勘定をしている‥‥‥。 この 「第八夜」 で、 〝まなざしを向け続ける 「自分」 の意識の持続〟 以外に描かれた唯一のエピソードは、 床屋の男との会話であった。 どうだらう物になるだらうか
「 自 分 」 は 二 度、 こ う 問 い か け る の だ が、 し か し 男 は こ れ に 答 え ずに、 「旦那は表の金魚売を御覧なすつたか」 と、 会話をやはり 〝外 を見ること〟に向けるのであった。要するに、もし本当によくも のを見たいのなら、外に出よ、ということである。 「自分」が床屋を出ると、確かに金魚売がいる。 「自分はしばら く立つて、此の金魚売を眺めて居た」 。 「 金 魚 売 は ち つ と も 動 か な か つ た 」 わ け は、 そ の 理 由 を 語 る と いうことが、そもそも「第八夜」の守備範囲を越えているからで ある。この後金魚売と「自分」との間に何か交渉があるか、どう か。あるいは帳場の女が実は何をしていたのか、 等々は「第九夜」 以降の領分なのだ(個々の登場人物各々の運命の物語。現に庄太 郎の運命は「第十夜」で語られる) 。 眺めのよい床屋の室内と、座り心地良い床屋の椅子は、それぞ れ、学者の書斎から世間を眺めること、および大学教師の椅子を 表しているに違いない。朝日新聞記者の道を選んだ漱石は、世の 中をもっとよく見るために、ここから外に出たのである。 さあ、頭もだが、どうだらう、物になるだらうか。 頭の出来の良さは、実績もあれば自負もないわけではないが、し かし、 新聞小説家としての本務 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 を果たして自分はまっとうできる だろうか、という不安。あるいは、新聞記者稼業なんぞで、この 先本当に家族を養ってゆけるものだろうかという‥‥語り手、と いうより、 漱石その人の肉声を、 ここから聞きなせるように思う。 「第九夜」 「第九夜」は語り手の〝動き〟が、恐らく重要である。 世の中が何となくざわつき始めた。今にも 戦 (いく 争 (さ が起りさう に見える。焼け出された裸馬が夜昼となく、屋敷の周囲を暴 れ廻ると、それを夜昼となく足軽共が 犇 ( ひしめ きながら追掛けてゐ る様な 心 ( こころもち 持 ( がする。それでゐて家のうちは森として静かであ る。 「 …… て ゐ る 様 な 心 持 」 の 主 は 誰 だ ろ う か? 戦 争 の 気 配 に お び え る 者 一 般 の、 そ の 心 境 が 印 象 的 に 語 ら れ て い る よ う で も あ る。 し か し、 「 そ れ で ゐ て 家 の う ち は 」 と あ る と こ ろ を 考 慮 す れ ば、 続いて登場する「若い母と三つになる子供」に親しく寄り添う語 りのようでもある。戦いに征く夫を、女が見送る場面は、次のよ うに語られている。 月の出てゐない夜中であつた。床の上で草鞋を穿いて、黒い
頭巾を被つて、勝手口から出て行つた。其の時母の持つてゐ た 雪 (ぼん ぼ り 洞 ( の灯が暗い闇に細長く射して、生垣の手前にある古い 檜を照した。 語り手は女を「母」と呼ぶ。その母の持つ「雪洞の灯」が「生垣 の手前にある古い檜を照し」ているのが見える位置、つまり母の 後ろ・勝手口の内側から、外の「暗い闇」を見つめている語りで ある。あたかも「三つになる子供」のまなざしを代行しているか のように。この語り手は、 不幸な母子と短くない時を共にすごす。 「 御 父 様 は 」 ―「 あ つ ち 」、 「 何 時 御 帰 り 」 ―「 あ つ ち 」、 「 御 父 様 は何処」―「今に」………悲しい母子の対話に耳を傾け続ける語 り手。 後半は、深夜の御百度参りである。 鼠色に洗ひ出された賽銭箱の上に、大きな鈴の紐がぶら下つ て 昼 間 見 る と、 其 の 鈴 の 傍 に 八 幡 宮 と 云 ふ 額 が 懸 つ て ゐ る。 八の字が、鳩が二羽 向 (むか ひあつた様な書体に出来てゐるのが面 白い。 「面白い」 ?………これは母子に共感的だった前半と調子が変わっ て、 少 々 場 違 い な、 暢 気 な 語 り 手 の 感 想 の よ う に 思 わ れ る。 「 昼 間見ると」ということは、母子とは別に、取材のような心がまえ で神社を訪ねたことでもあり、その時気づいた額の書体に興味を 持った、ということか。してみれば、語り手が母子と眤懇の関係 にあった、と想定する必要は特になくなってくるか………。 だが、やはり語り手は母子に対し、ある近しさを抱いている。 一通り夫の身の上を祈つて仕舞ふと、 今度は細帯を解いて、 脊中の子を 摺 (ず り 卸 (お ろすやうに、脊中から前に廻して、両手に 抱きながら拝殿を上つて行つて、 「好い子だから、少しの間、 待つて御出よ」と屹度自分の頰を子供の頰へ擦り附ける。 背負った子をおろす母親のしぐさを、このように克明・詳細に語 るのは、大人(それも、たぶん子を持つ親)の共感的なまなざし を 思 わ せ る。 「 縛 つ た 子 に ひ い ひ い 泣 か れ る と、 母 は 気 が 気 で な い。 」も同様である。 恐らく語り手の正体は、三才の幼児(の代弁者)であると同時 にその母(の代弁者)であり、かつまた彼らと無縁な職業人(小 説家? 新聞記者? ルポライター?)あるいは単なる噂好きな のである。 こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。 と語り手がいうところに、事情は尽くされている。
語 り 手 の 母 は、 「 こ ん な 悲 し い 話 」 を 本 人 た ち か ら 聞 い た の か も知れないし、身内の苦労話としてかも知れないし、あるいは単 なる世間噺・噂として耳にしたのかも知れない。しかし彼女はそ れに深く心動かされ、 そこで自分の息子に語り聞かせたのだろう。 息 子 は ま た、 そ の 語 り 口 が 親 子 へ の 憐 れ み に 充 ち て い た た め に、 それを我がごとのように聞いたのである。そして母の話を子供と して聞いた語り手は、今度は額の書体をどうこう言う年令に何時 の間にか変身していて、そうして話題の神社に足を運び、額の鑑 賞をしたかと思うと、 すぐまた御百度を踏む女に心から同情する、 といった「第九夜」の語り手となったのに違いない。だからその 語りには、語り手の母が「悲しい話」の中の母親とほとんど同化 してしまった部分、三才の幼児と一体化して話を聞く語り手の語 り、長じてこの悲話を(同情的に、あるいは野次馬的に?)反芻 する部分、といった異質な語りが重層的に、あるいはまだら状に 混在しているのだ。 恐らく「第九夜」の眼目は、戦争にまつわる不幸な母子の物語 内容もさることながら、それ以上に、 他人の悲しみを愛情をこめ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 て語り合う、 伝承者たちの共同性 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 を描くことにあったに違いない。 この作品の二年前に、国木田独歩が次のような一節で終わる小 説( 「号外」明 39・8)を書いていた。 三十七年から八年の中頃までは、通りがゝりの赤の他人にさ へ言葉をかけて見たいやうであつたのが、今では、亦た 以 (も と 前 ( の赤の他人同志の往来になつて了つた。 其 (そ こ 処 ( で自分は 戦 (いく さ 争 ( でなく、 外 (ほか に何か、戦争のときのやうな 心 持 に 万 (みんな 人 ( が な つ て 暮 す 方 (ほう 〳 〵 々 ( は 無 い も の か 知 ら ん と 考 へ た。 考へながら歩るいた。 単にひとつの船に乗り合わせたにすぎない――国境によってたま たまひとつに束ねられただけの人々が、日清日露の大戦を経験す る こ と で、 〈 日 本 人 〉 と な っ た。 戦 争 に よ っ て、 見 ず 知 ら ず の 人 間も〝同じ日本人〟として、戦勝の快感・熱狂、身内の者に死な れた悲哀を共有することを知った。しかし、それ以上でも、以下 でもない。戦争がなければ、まだ日本人はバラバラのままだ。そ れが独歩の診断である。 独歩の診断は正確だったが、しかし彼に有効な処方箋が用意さ れ て あ っ た か ど う か は、 疑 わ し い。 「 第 九 夜 」 も、 処 方 箋 と い う よりは、やはり診断内容の域に留まる、というべきだろう。幕末 の 動 乱 を 経 て、 今 わ れ わ れ 日 本 人 は あ る。 〝 同 じ 日 本 人 〟 で あ る ことを、語り手は勝者の誇りとしてではなく、死者とその近親者 の悲しみとして、声をひそめるように確認し合っているだけだか ら で あ る。 と は い え、 こ の、 〝 マ ス メ デ ィ ア が き り 拓 く 伝 承 の 共 同性〟というテーマの獲得とその実践こそ、新聞小説作家・漱石
の誕生を決定づける、確かな証拠である。 「第十夜」 床屋の椅子に座っているだけでは、庄太郎の上半身しか見えな いし、連れの女の顔もよく見ることができなかった。小説家魂は 床屋をとび出し、庄太郎の運命を語らねばならない。これが「第 十夜」である。 よ り 正 確 に い う と、 「 第 八 夜 」 の 語 り 手 の 小 説 家 魂 は 床 屋 を 出 て庄太郎に寄り添う、という以上に、庄太郎に乗り移り、小説家 魂の本然がひき受けねばならぬ〝定め〟を身を以って明らかにし てみせたのが、 「第十夜」のラストシーンだったと考える。 「 第 八 夜 」 の「 自 分 」 と 同 様、 庄 太 郎 も ま ず は た だ、 見 る 人、 人畜無害の「道楽」者として登場する。 たゞ一つの道楽がある。パナマの帽子を被つて、夕方になる と水菓子屋の店先へ腰をかけて、 往来の女の顔を眺めてゐる。 さうして 頻 ( しきり に感心してゐる。 彼は、女だけでなく、水菓子の「品評」もする。 水蜜桃や、林檎や、枇杷や、バナゝを奇麗に籠に盛つて、す ぐ 見 (みや げ も の 舞物 ( に持つて行ける様に二列に並べてある。庄太郎は此 の籠を見ては奇麗だと云つてゐる。商売をするなら水菓子屋 に 限 る と 云 つ て ゐ る 。 其 の 癖 自 分 は パ ナ マ の 帽 子 を 被 つ て ぶ ら〳〵遊んでゐる。 女と水菓子をただ眺めて、感心するパナマ帽子の審美家。これは 『草枕』の作者をみずから戯画化したものにちがいない。しかし、 これでは「第八夜」と変わりがない。そこで「第十夜」の主人公 は素敵な女と出会い、彼女の依頼を――ではないのだが、彼女の 願いを勝手に忖度して、みずからの裡に託された小説家魂の運命 を顕在化すべく、女の買った水菓子籠を家まで運ぶ役割をひき受 けるのである。 そ の 運 命 と は、 「 絶 壁 の 天 辺 」 か ら「 飛 び 込 ん で 」 見 ろ。 も し くは「豚に舐められ」ろ。この二択である。これは、要するに生 きたいのなら後者を選ぶしかない、ということだろう。庄太郎の 本性に関する筆者の仮説に従って、これを要約すれば、 小説家として生きようと思うなら、豚に舐められる覚悟をせ よ ということになる。
豚と庄太郎の、格闘内容の実際を確認しよう。 A― 所 ( ところ へ豚が一匹鼻を鳴らして来た。庄太郎は仕方なしに、持 つて居た細い 檳 (びん ら う じ ゆ 榔樹 ( の 洋 (ステ ツ キ 杖 ( で、豚の鼻頭を 打 (ぶ つた。豚はぐう と云ひながら、ころりと引つ繰り返つて、絶壁の下へ落ちて 行つた。 B―又一匹の豚が大きな鼻を庄太郎に擦り附けに来た。 C―近寄つてくる豚の鼻頭を、一つ一つ丁寧に檳榔樹の洋杖で 打つてゐた。不思議な事に洋杖が鼻へ触りさへすれば豚はこ ろりと谷の底へ落ちて行く。 このうち、A・Bに関して、清水孝純の次の指摘があ る ()(( ( 。 では豚に舐められるとはなにか。動物の人間にたいする親 昵の行為といえるだろう。それは同時に、豚的なもので、相 手を汚そうということにもなる。豚は庄太郎のところに「鼻 を 鳴 ら し て 来 た 」、 あ る い は「 大 き な 鼻 を 庄 太 郎 に 擦 り 附 け に来た」というが、俗悪は、ひとりお高くとまっているもの を汚しつくすことに、 倒錯した喜びを感じるものでもあろう。 「 舐 め ら れ る 」 を「 動 物 の 人 間 に た い す る 親 昵 の 行 為 」 と す る 注 目 す べ き 指 摘 が、 「 そ れ は 同 時 に 」 以 下、 豚 = 俗 悪 と す る 従 来 の 見解に覆われ、全く活かされていないことは明らかである。しか し筆者は、A・Bはまさに庄太郎に対する豚の、命がけの求愛行 為を表しているものと考える。 と い う の も、 も し も 豚 が 憎 む べ き 俗 悪 の 象 徴 だ と す る な ら ば、 Cの、両者の格闘の実際を詳説する一節の意味が理解できないの ではないかと思うからである。高尚と俗悪の対決ならば、その闘 いは熾烈であるべきではないか? それにしては、Cはあまりに も、 あ っ さ り と し た「 不 思 議 な 」 格 闘 風 景 な の で あ る。 こ れ は、 庄太郎と豚の闘いが、 〝本気ではない〟 、見せかけだけのものであ ることを示唆している。 「鼻を鳴らして」 「擦り附けに来」 る豚は、 人気作家に群がる読者 ・ ファンなのだ。ファンは意中のスターに少しでも近づくことを願 い、わずかな接触に( 「洋杖が鼻へ触りさへすれば」 )驚喜し、昇 天 す る( も ち ろ ん 気 分 的 に、 だ が )。 C で、 本 当 に 起 こ っ て い る ことは、格闘ではなく、自分に群がってくるファンをじらし、彼 らの熱烈な親愛の情を受け入れることを遅延させる行為である。 すぐれた表現者が真に望んでいるのは、ファンの熱狂的な支持 ではない。自分の作品が、より深く、より冷静に理解されること で あ る。 「 あ な た の 作 品 は、 私 に だ け 理 解 で き る も の で す !!」 と 言い寄ってくる読者に対して、作者がとりうる最も現実的な反応
は、 こ こ、 C に あ る よ う に、 「 一 つ 一 つ 丁 寧 に 」 で あ り つ つ も、 その私情や思い込みを軽く 往 (い なすこと、であろう。 庄太郎は豚と雲右衛門が大嫌だつた。 雲右衛門とは浪花節師・桃中軒雲右衛門で、当時武士道鼓吹の物 語で大衆の人気を集めていた。先に触れた独歩の「号外」が示唆 するように、日露戦争前後にその全貌を表した大日本帝国は、し かしその内実たる国民精神の空白という問題に直面していた。そ の空白を手っ取り早く埋めてくれそうな素材のひとつとして浮上 したのが〈武士道〉であり、上は井上哲次郎・新渡戸稲造から下 は雲右衛門まで、当人たちがどれだけ自覚的であったかはともか く、 そ ろ っ て こ の や っ つ け 仕 事( 〈 武 士 道 〉 を 捏 っ ち 上 げ、 そ れ を普及させること)に従事していたわけである。 この事態は、雲右衛門の経歴からもある程度わかるように、自 由民権運動の挫折によるナショナリズム形成の失敗のツケといっ てよ い ()(( ( 。豚が、誰に夢中になるか、どこに群がってゆくのか―― 雲右衛門か、新渡戸か、井上か、はたまた漱石かは、その後の日 本の運命をも左右しかねない、焦眉の急と言える問題だった。こ の問題について、最も大きな影響力を持つ重要拠点が、繰り返す ことになるが、出版ジャーナリズムなのである。 漱石は、 大学教師の職を捨て、 そこへとび込んだ。つまり彼は、 できるだけ多くの豚にもてはやされなければ食ってゆかれぬ境界 を、みずから選んだのである。しかし、盲目的なファンの愛情を 手に入れることが(生きてゆく上の必須事項になったとしても) 、 本来の目的でないのは言うまでもない。 僕は一面に於いて俳諧的文学に出入すると同時に一面に於い て死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士の如 き烈しい精神で文学をやつてみたい。 (鈴木三重吉宛書簡、明 39・ 10/ 26) 漱石のこの有名な言 葉 ()(( ( は、 あえて雲右衛門の如き連中と肩を並べ、 互いに競い合うことになろうと、 豚を相手に格闘する覚悟をした、 という意味に理解すべきであると思う。 ナショナリズム、愛国心という時の〈愛〉は、個人間の私的な 感情や郷土愛の、単なる延長、自然な拡大ではない。それはマス メディアによって捏造─想像されるしかないものである。だから それは、実にしばしば 好 (ジ ン ゴ イ ズ ム 戦的愛国心 ( として想像されうる。しかし また、政治的な同朋愛、つまり〈友愛〉として想像される可能性 も含んでいる。 高い政治的志をもつジャーナリスト ・ 文学者によっ て、 国民をつなぐ 〈友愛〉 の精神がゆっくりと成型されること。 「維 新 の 志 士 の 如 き 烈 し い 精 神 で 文 学 を や つ て 見 た い 」 と 書 い た 時、
漱石の脳裏にあったのは、このような願いだったのではないだろ う か ()(( ( 。 庄 太 郎 は 必 死 の 勇 を 振 つ て、 豚 の 鼻 頭 を 七 日 六 晩 叩 い た。 け れ ど も、 と う 〳〵 精 根 が 尽 き て、 手 が 蒟 蒻 の 様 に 弱 つ て、 仕舞に豚に舐められてしまつた。 さうして絶壁の上へ倒れた。 庄 太 郎 は よ く 健 闘 し、 「 七 日 六 晩 」 頑 張 っ た。 漱 石 の 場 合 は、 こ れから先、八年と四ヶ月余りの歳月を、豚との格闘に費やす勘定 になる。 注 (1) 拙稿 「国語科教育法に向けて 教材研究1 [ 中学編 ] 魯迅 『故 郷』 ─ 「紺碧の空に金色の丸い月」 ─。教材研究2 [ 高校編 ] 漱 石『 夢 十 夜 』 ─「 第 一 夜 」 と「 第 六 夜 」 の 学 習 ─ 」( 藤 女 子大学「国文学雑誌 97」平 29・ 11)。その後半部分。 (2) 『漱石全集 第十九巻』 (岩波書店。平7) 。同全集の注にあ るように、この一節は『我輩は猫である』の「十一」で用い ら れ て い る。 独 仙 君 の セ リ フ で、 「 昔 し の 人 は 己 れ を 忘 れ ろ と教へたものだ。今の人は己れを忘れるなと教へるから丸で 違ふ。二六時中己れと云ふ意識を以て充満して居る。それだ から二六時中太平の時はない。いつでも焦熱地獄だ。天下に 何が薬だと云つて己れを忘れるより薬な事はない。三更月下 入無我とは此至境を詠じたものさ」 。 「三更月下入無我」 は中国宋代 ・ 臨済宗の僧 ・ 偃渓広聞の偈 「三 更 月 下 入 無 何 」 を も じ っ た も の。 も と の「 無 何 」 は『 荘 子 』 の言う「無何有之郷」 (自然のままの理想郷の意)だから、 老荘思想→禅思想→無我、と「至境」のイメージをつなげた わけである。 なお、注(1)の拙稿では『夢十夜』本文は新潮文庫からと し た が、 今 回 は『 漱 石 全 集 第 十 二 巻 』( 平 6) か ら の 引 用 とする。 (3)以下の論述は、 B ・ アンダーソン『定本 想像の共同体』 (書 籍工房早山。平 19)、「Ⅱ 文化的根源」に基づく。ここでの 引用は同書、 36頁。 (4)注3の前掲書、 64頁。 ( 5) 注 3 の 前 掲 書、 50頁。 こ の 二 つ の「 同 時 性 」 に つ い て、 具 体的説明部分を補足引用しておこう(同書、 47─ 52頁) 。 「聖なる沈黙の言語」に支えられた「普遍的宇宙」と、 人々 が現実に暮らす「個別的世界」とは、中世教会のレリーフや
ステンド・グラス等に、キリスト生誕の厩舎を訪れる羊飼い が「ブルゴーニュ地方の農民そのまま」の姿で描かれること で、 その並存 = 同時性が示される。キリスト教世界は「特定 の地方の共同体に、これら共同体の模写として、 個別的に 8 8 8 8 現 れる」 (白マル原文、以下同じ) 。一方、新聞や小説の中の人 物 は、 「 が っ ち り と 安 定 し た 現 実 性 を も つ 社 会 的 実 体 」 と し ての均質空間と、全知の読者が「 同時に 8 8 8 眺める」ことのでき る「均質で空虚な時間」の世界を生き、そこで「たがいに知 り合うこともなく通りですれ違い、それでいてなお、たがい に関連しあっている」 。─これは、 「国民の観念とまったくよ く似ている」 。 (6) 『文学論』 、「第一編 第三章 文学的内容の分類及び其価値 的等級」 。『漱石全集 第十四巻』 (平7) 、 105〜 108頁。 (7) 笹淵友一 「「夢十夜」 論─夢二夜 ・ 夢三夜─」 (昭和女子大学 「学 苑」昭 58・3) 。 ( 8) 越 智 悦 子「 『 夢 十 夜 』 を 読 む ─「 夢 二 夜 」 短 刀 と 侍 ─ 」( 米 沢女子短大「米澤国語国文」昭 62・4) 。 (9) 酒井英行 「小僧への恐怖─漱石における 「人間の罪」 ─」 (「文 藝と批評」昭 54・2) 。 ( 10) 江 藤 淳「 夏 目 漱 石 論( 下 ) ─ 漱 石 の 位 置 に つ い て ─ 」( 「 三 田文学」昭 30・ 12)。 ( 11)山梨俊夫『描かれた歴史─日本近代と「歴史画」の磁場─』 ( ブ リ ュ ッ ケ。 平 17) に よ れ ば、 歴 史 画 の 最 も さ か ん だ っ た のは日清・日露戦争間で、明治四十年代はそのほゞ終末期に あ た る と い う。 ナ シ ョ ナ リ ズ ム と 新 聞 小 説 の 関 係 の 問 題 は、 ナショナル・アイデンティティ模索の試みとしての歴史画の 興隆現象とも深く連動するのだが、この点については別稿を 期することとしたい。ちなみに歴史画ブームの終末期に登場 するのが漱石の愛した画家、青木繁であった。 ( 12) 椎名美智 ・ 他訳。レイモンド ・ ウィリアムズ 『完訳 キーワー ド辞典』 (平凡社。平 14)。 ( 13)和歌山での講演。 『漱石全集 第十六巻』 (平7) 。 ( 14)山内昶『ロマンの誕生』 (論創社。昭 59)。 ( 15)清水孝純 「『夢十夜』 第十夜試論」 (九州大学 「文学論輯」 平1 ・ 12)。 ( 16) 兵 藤 裕 己『 〈 声 〉 の 国 民 国 家・ 日 本 』( 日 本 放 送 出 版 協 会。 平 12)、特にその「第七章 桃中軒雲右衛門の声」参照。 ( 17)『漱石全集 第二十二巻』 (平8) 。 ( 18) 漱 石 自 身 は 小 説 家 と い う 職 業 に つ い て、 次 の よ う に 述 べ て いる( 「道楽と職業」 〔明 44・8。明石での講演〕 。『漱石全集 第十六巻』 〔平7〕 )。 太 古、 「 自 分 だ け で 用 を 弁 じ て 居 つ た 時 期 が あ り 得 」 た と すれば、その時代の人間は「本当の意味で独立した人間」と いえる。しかし時代の移りゆきと共に、おのずと分業が始ま