Title
近世尾張藩の享保改革における木曽政策に関する調査・研
究( はしがき )
Author(s)
松田, 之利
Report No.
平成14年度-平成15年度科学研究費補助金 (基盤研究(C)(2)
課題番号14510352) 研究成果報告書
Issue Date
2003
Type
研究報告書
Version
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/80
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は し が き この研究は、近世の尾張藩の享保改革を通して、尾張藩と幕府との関係と、 それに規定された尾張藩の木曽地域支配の変化を明らかにしようとするもので ある。 御三家の研究、とくに幕府との関係に着目する研究は、将軍権力や幕藩関係 の在り方を明らかにする上で欠かすことはできないのであるが、なかでも尾張 藩は18世紀前半には幕府との間に緊張関係が生まれて藩主が蟄居させられ、維 新変革期には「勤王誘引」など維新政府の樹立に大きな役割を果すなど、その 動向には注目すべき点が多々ある。 しかし尾張藩政史研究は、史料的制約もあってか少なく、古くは所三男氏の 寛政改革に関する「社会経済史学」に掲載された論文があるほかは、林董一 F尾張藩公法史の研究』やF名古屋市史』以外にはF一宮市史』など旧藩領域 の自治体史が主なものであるといっても過言ではない。享保改革についても同 様で、将軍吉宗と尾張藩主宗春との確執も注目されている割には、尾張藩の藩 政との関係などを視野に入れた本格的な研究は充分とはいえない。 こうした研究状況を踏まえて、本研究は享保改革の一環である享保九年前後 の木曽に対する諸政策を分析することを通して、尾張藩の享保改革の実態解明 に迫ろうとするものである。木曽政策に着目する理由は、まず第一に尾張藩の 木曽政策が幕府の山林直轄志向(元禄五年の飛騨の直轄もその一環と考えられ る)と対抗する形で実施された形跡があるからである。木曽政策の基調が尾張 藩庁の直接支配を強化する点にあり、木曽代官山村氏の権限縮小策もその一つ
である。山村氏が木曽福島関所を守衛する幕臣でもあったから、山村氏の権限
縮小は木曽に対する幕府の影響を限定するためでもあったと考えられる。 享保期の木曽政策に注目するもう一つの理由は、有用樹の枯渇(尽山)への 対応でもあったが、木曽住民(山の民)の在り方を大きく変化させと考えられ るからである。一連の政策は、木曽住民を濃尾地域の領民同様に扱う方向で進 められたが、それは住民の山利用をほとんど不可能にして、「山の民」を名ば かりのものにするというものであった。このことは山村史という視点からも重 要である。 以上のような意義を持つ尾張藩の木曽政策について、二年度にわたって享保 期を中心とする尾張藩の木曽政策とその住民への影響や木曽代官山村氏の動向、 それらが当時の木曽住民の木製品生産などの商品経済の展開や文化活動など山村民の生活実態とどのような関わりを持っているのかを明らかにすることに努 めた。こうした研究を進めるために、三人の研究協力者とともにそれぞれ主な 分担を定めて、共同研究方式で課題研究を進めた。 研 究 組 織 研究代表者:松田 之利(岐阜大学地域科学部教授) (研究協力者:林 淳一(名古屋市立束高等学校教諭) (研究協力者:寛 真理子(岐阜市歴史博物館学芸員) (研究協力者:所 史隆(岐阜県立大垣北高等学校教諭)