1.は じ め に
近年,ICT の発達に伴ってリアルタイムに大量のデー タが入手可能になってきたことから,そこから知識を抽 出,あるいは構成し,それをビジネスに活用するための いわゆるビッグデータ解析の技術が注目されている.こ の技術には,大きな潜在的効果が秘められている一方で, 実際のビジネスは,データ化された情報のみに基づいて 展開されているわけではない.まだデータ化の難しい, 非定型で暗黙的な知識にも依存しており,むしろそうし たデータ化困難な知識のほうが助けになる,あるいはそ れに頼らざるを得ない局面も多い.センシングの幅が広 がり,リアルタイム性がさらに向上し,合わせてデータ 解析の技術が高度化すると,そうした暗黙的と思われて いた知識もデータ解析によって解明可能になるという主 張もあり得るが,少なくとも現時点では,センシングと データ解析では把握困難な,暗黙的な知識は人々の頭の 中にまぎれもなく存在している.そして,そうした暗黙 的かつ属人的な知識は,単発のヒアリングやアンケート 調査で簡単に抽出しきれるものではなく,現状ではビジ ネスに十分に活用されているとは言い難い. 本稿では,集合知メカニズムという概念を切り口とし て,そうした知識を企業内外の多くの関係者から効果的 に収集し,利用可能な形に仕立て上げるための今日的な 仕組みについて考えてみたい.集合知メカニズムとは, 後述の予測市場を一般化した概念であり,著者らが運営 してきた「予測市場と集合知活用に関する研究会(その 後,集合知メカニズム研究会に改称)」の中で山口 [山口 10]が導入した言葉である.現時点では,「複数の知的主 体(人やエージェント)の間のインタラクションを通じ て,それらの主体間に分散している情報や認知能力を統 合し,何らかの知識や,全体としての知的な振舞いを生 み出す仕組み」と定義している.これは,インタラクショ ンの前提となる情報環境,インタラクションを規定する ルール,インタラクションを方向付けるインセンティブ 構造などを基底として,知識処理を伴う組織的な(ある いは不特定多数の)活動を捉えるための一つの切り口で あるといえる.2.予測市場と集合知メカニズム
予測市場とは,図 1 に示すように,予測したい物事 の未来の状態に応じて事後的に価値が定まる仮想の証券 (予測証券)を発行し,それを複数の参加者に仮想の市 場で自由に売買してもらう,一種の先物市場(賭け市場) であり,その過程で現れてくる予測証券の価格推移に基 づいて,予測対象の未来の状態に関する,動的な予測が 得られるという仕組みになっている [Chen 10, 水山 14]. 現在,学術目的で一般に公開されている代表的なものと して,アイオワ大学の [IEM],ジョージメイソン大学の [SciCast]などがあげられる. 架空の簡単な例として,この夏の日本の最高気温を予 測したいとしよう.この場合,例えば,最高気温に比例 した事後配当が得られる予測証券を発行し,それを不特 定多数の人々に売買してもらう市場を開設すればよい. ただし,実際には,実通貨による予測市場の開設は法制 上難しいので,最高気温が 40℃だったら 40 ポイント得 られるようなゲームとして運営することになる.このと き,仮にある時点での予測証券の価格が 38 ポイントだっ たとすると,この夏は猛暑になると予想している人に とっては「買い」となり,逆に,冷夏を予想している人 にとっては「売り」となり,そうした売買注文の綱引き の結果,予測証券の価格(最高気温の予測値)は,多く集合知メカニズムとそのビジネスへの応用
Collective Intelligence Mechanisms and Their Applications in Business
水山 元
青山学院大学Hajime Mizuyama Aoyama Gakuin University. [email protected]
Keywords:
collective intelligence, crowdsourcing, human computation, prediction markets. 「ビジネスが創発する人工知能と人工社会」の参加者にとってある程度納得感のある値に収れんして いくことになる.なお,夏が過ぎ,秋になると最高気温 の実現値は判明するため,この例では,予測証券の価値 は事後的には明確になる. この例を,気象の専門家らに対するアンケート調査 やヒアリングによって最高気温を予測することと比較し て,予測市場の特徴を整理してみよう.どちらの方法も, 複数の人々の主観的な予想に基づいて予測を行うアプ ローチであるという点では同じである.では,どこに違 いがあるのか.ここでは,著者が本質的と考える三つの 違いを指摘したい. まず 1 点目は,予測市場には,各参加者に自分の主観 的な予想を正直に表明するように促すインセンティブが 組み込まれていることである.例えば,上述の例で,こ の夏は猛暑で,最高気温が 40℃を超えるのはほぼ確実 であると予想している人にとって,予測証券の価格が 38ポイントであれば,正直に買い注文を出すことが利 益獲得の期待につながる.逆に,売り注文を出す場合に は,1 枚当たり 2 ポイント以上の損失を覚悟しなければ ならない. 2点目は,予測市場には,各参加者に予想の根拠とな る知識の想起を促す刺激が組み込まれていることであ る.人は,自分の所持している知識のすべてに常に自覚 的であるわけではなく,アンケート調査やヒアリングで 問われた際に,関連する知識を偏りなく想起できるとは 限らない.これに対して予測市場では,各参加者に動的 にフィードバックされる予測証券の価格推移などの情報 が刺激となり,関連する知識の想起が促されると期待さ れる. 3点目は,予測市場には,多くの参加者から集めた知 識を一つの予測値にまとめ上げる機能が組み込まれてい ることである.アンケート調査やヒアリングで集めた予 測値を一つにまとめ上げる際に,単純な算術平均を用い たのでは,根拠の強い予測値も弱い予測値も同等に扱わ れてしまう.予測市場では,自分の予想に自信のある参 加者は大きく賭け,自信のない参加者は小さく賭ける傾 向があるため,自信の多寡で重み付けられた平均が自然 と出力されることになる. これら三つの違いは,アンケート調査やヒアリングよ りも予測市場のほうが優れているという主張の裏付けと してではなく,多くの人々から知識や知的貢献を集めよ うとする際に,そのための仕組みを, ● 参加者に正直かつ積極的に貢献してもらうためのイ ンセンティブ ● 参加者に知識の想起,学習,創造などを促す動的な フィードバック ● 多くの参加者のミクロな貢献を一つのマクロな成果 物にまとめ上げる方法 の三つの観点から捉えることの有用性を示唆するものとし て理解したい.そしてそうした捉え方こそが集合知メカニ ズムという言葉で表現したいフレームワークなのである. アンケート調査やヒアリングを集合知メカニズムの 観点から捉え直してみると,報酬の決め方を工夫するこ とによって正直申告を促すような調査方法に発展させる というアイディアが自然に浮かんでくる.例えば,コン ジョイント分析における Ding の工夫などはその一例と して位置付けられるだろう [Ding 07].また,よく知ら れた Delphi 法は,アンケート調査に動的なフィードバッ クを組み合わせたものとして捉えることができる [Rowe 91, Rowe 99]. 予測市場も集合知メカニズムとして発展を続けている [Chen 10,水山 14].図 2 は,その過程を簡単に示した ものである.(狭義の)予測市場とは,上述の最高気温 の例のように,事後的に結果(正解)のわかる予測問題 に対して,市場メカニズムを適用するものである.イン タラクションの形態は,当初はダブルオークションが主 体であったが,最近では,セントラルマーケットメーカ と呼ばれるエージェントによってとり仕切られることが 多く,そこでは,複数の人とエージェントの協働によっ て,予測という新たな知識が生み出されている. これを一般化して,市場メカニズムを予測タスク以外 の問題に適用しようとするのが,広義の予測市場である. そこでは,いくつかの選択肢に対する主観的な評価や選 好を集約すること(評価タスク)が狙いとなる.一方, 予測市場は,狭義,広義ともに,参加者間のインタラク ションが比較的複雑になるため,いわゆるメカニズムデ ザインの枠組みの中に収めてしまうことは難しい.これ に対して,インタラクションを単純化することによって, メカニズムデザインの枠組みの中で,予測タスクや評価 タスクのためのメカニズムを設計しようという試みも増 えてきている.これが情報集約メカニズムである. さらに,インターネット越しに不特定多数の人々か ら知識や知的貢献を集める仕組みは,予測市場やその発 展形に限られるわけではなく,他のヒューマンコンピュ テーションの形態も集合知メカニズムの一種として理解 することができる [鹿島 14, Law 11].例えば,ごく短 時間で処理できる(人間にとって)簡単な認知タスクを 不特定多数の人々に向けて発注することができるマイク ロタスク市場は,固定額の報酬でミクロな知的貢献を集 める,集合知メカニズムの一形態として位置付けること ができる.この仕組みでは,各参加者へのフィードバッ クや知的貢献の集約方法は,求められる最終的な成果物 の性質に応じて設計し,つくり込むことになる.一方, GWAP(Game With A Purpose)は,ゲームをプレイ
する楽しさをインセンティブとして利用した集合知メカ ニズムであるといえる [von Ahn 06].例えば,GWAP の初期の成功例としてよく知られている ESP ゲーム [von Ahn 04]では,同じ画像を提示された二人のプレー ヤが同一のキーワードを入力した際に得点が得られる Output-agreementという仕組みが用いられている.そ して,それによって収集されたキーワードは,当該画像 の検索タグとして利用されることになる. このように,インターネットに代表される ICT の発 達は,これまでにないさまざまな新しい形態の集合知メ カニズムを出現させており,それらのビジネスへの応用 も始まっている.以下では,こうした今日的な集合知メ カニズムのビジネスへの応用について見ていこう.
3.集合知メカニズムのビジネスへの応用
3・1 ビジネスにおける意思決定とその支援 一般に,ビジネスとは,さまざまな意思決定を繰り返 すことによって進められていくものである.技術開発課 題の選定,工場や店舗の新設などの戦略的な意思決定か ら,製品・サービスの詳細設計,日々の作業のスケジュー ル作成といった業務的な意思決定まで,相互に関連した 多くの意思決定が次々と下されていく.ここで,それら を抽象化して,ビジネスの意思決定とは何らかの評価尺 度に照らして選択肢の集合(解空間)の中から一つの解 を選び取る行為であると考えると,それに関わる変数は 図 3 のように整理できる. 図 3 では,解空間の要素(選択肢)を決定変数ベクト ル x で表現し,それによる多面的な影響を評価尺度ベク トル y で表している.また,選択肢による影響は,一般 には,環境条件にも左右される.それをベクトルzで表す. 例えば,架空の新設工場の立地問題を考えると,決定変 数 x は候補地,環境条件 z はその地域の交通の便,従業 員の確保しやすさなど,評価尺度 y は工場の建設費やラ ンニングコストなどとなる.また,このとき,解空間は 候補地 x の集合,評価モデルは関係式 y=f(x, z)である. ビジネスの意思決定をこのような模式図で捉えると, その質は, ● 想定する選択肢の集合(解空間) ● 各選択肢が評価尺度に与える影響についての理解 (評価モデル) ● 解空間の中から評価モデルに基づいて解を探索する 手続き(解法) の三つに左右されることがわかる.集合知メカニズムは, これらのうち,特に,一つ目の解空間を拡張することや, 二つ目の評価モデルを充実させることに役立てられる可 能性が高い* 1.すなわち,意思決定者が,環境条件 z や 関係式 f( )に関する十分な知識をもち合わせていない, あるいは,決定変数 x の有力な候補を想定できていない 場合に,それらを集合知メカニズムを用いて補完するこ とができれば,この意思決定の質を向上させることがで きる.これが本稿で考える集合知メカニズムのビジネス への応用である. このように,集合知メカニズムによる意思決定の支 援は,評価モデルの充実化と解空間の拡張の軸で捉え ることができる.この軸にさらに,集合知メカニズム の機能を Static な知識・情報の収集と見るのか,それ とも Dynamic な知識処理能力の統合と見るのかの軸を 組み合わせると,図 4 の 4 象限モデルが得られる [水山 10b].以下では,このモデルの象限別に,具体的な応用 事例を紹介していこう. 3・2 集 合 評 価 図 4 の左下の領域は,Static な知識・情報を収集して, 評価モデルの充実化を支援する「集合評価」の機能に対 応している.一般的な,Web アンケートによる製品・サー ビスの評価や,Delphi 法を用いた技術動向の調査など, この範疇に入る事例は数多いが,ここでは,比較的新し い事例として,予測市場とその発展形の応用を中心に紹 介する. 予測市場の初期のビジネスへの応用事例として,プ ロジェクトのリードタイム予測 [Ortner 97, Ortner 98], 製品の販売量予測 [Chen 02, Ho 07] などがよく知られて いる.これらの事例では,リードタイム予測ならば時間 を,販売量予測ならば量を,それぞれ横軸にとって,そ れをいくつかの区間(予測区間)に分割している.そして, 分割されたそれぞれの予測区間に対応させた Winner-図 3 意思決定の模式Winner-図 図 4 意思決定支援の 4 象限モデル *1 集合知メカニズムを,三つ目の解法そのものとして活用する 試みも見られるが [Cooper 10, Meloso 09, 水山 12],本稿では考 慮の対象外とする.Take-All(WTA)型の予測証券を発行し,それらを社内 の関係者らに,匿名で,市場取引してもらう.ここに, WTA型の予測証券とは,リードタイムや販売量の実現 値が,対応する予測区間に含まれた場合,その場合に限 り,予測証券 1 枚ごとに所定額の事後配当が与えられる ものである.結果として,予測区間ごとに予測証券の価 格が定まり,それらを棒グラフ化すると,ヒストグラム 形式でリードタイムや販売量の予測分布が得られること になる. こうした応用事例に関連する技術的な工夫としては, 予測区間を事前に運営者が決めてしまうのではなく,参 加者がそれぞれ自由に定められるようにする方法 [水山 08, Othman 13,多ヶ谷 10] や,予測市場を運用していく 過程で適応的に変更していく方法 [Mizuyama 10] など が提案されている.予測市場の需要予測への応用研究に ついては,拙稿 [水山 10a] にもまとめられているので, 必要に応じて参照してほしい.また,最近では,SNS 上に予測市場を開設し,新製品の需要予測に応用した事 例も報告されている [Matzler 13]. 最近は,図 2 の中の狭義の予測市場に該当する仕組み を,プロジェクトのリードタイム,製品の販売量,その他, ビジネスにおけるさまざまな KPI の予測に応用するこ とはある程度一般化してきており,応用研究の事例とし てことさら報告されることは少なくなってきている.こ れに代わって,近年活発化してきているのが,図 2 の中 の広義の予測市場の応用研究である. 例えば,Chen ら [Chen 09] は,技術シーズの将来性 を評価するために広義の予測市場を応用している.この 応用事例の目的は,開発プロジェクトへの追加投資,あ るいはその停止や売却といった意思決定の参考情報を得 ることである.事例企業では,専門家パネルによって別 途評価した結果(事例企業における従来法の結果)と,広 義の予測市場によって得られた結果とが整合的であったた め,今後も継続して活用される可能性があるそうである.
また,Dahan ら [Dahan 10, Dahan 11] は,類似の試 みとして,新商品のコンセプトや,新商品に付与する属 性の魅力度の評価に広義の予測市場を適用している.こ のように,広義の予測市場を新商品コンセプトの評価に 用いようとする場合,新商品のコンセプトは属性の組合 せという性質をもつため,膨大な組合せ空間上の評価分 布を効率的に取得する工夫が必要となる.これに対して, 著者ら [Imai 14, Mizuyama 12] は,図 5 に示すように, コンジョイント分析における部分効用モデルを援用する ことによって,比較的少数のコンセプト間の比較のみか ら,全組合せに対する評価値を導出可能なアプローチを 提案している.この試みは,コンジョイント分析におけ る選好評価や選択実験を広義の予測市場で置き換えたも のとして捉えることもできる.また,これに類似の試み として,選好評価や選択実験を Output-agreement の仕 組みを用いた GWAP に置き換えることも興味深い. 3・3 アイディア収集 二つ目の,図 4 の左上の領域は,Static な知識・情報 を収集して,解空間の拡張を支援する「アイディア収集」 の機能に対応している.これは,企業内外の関係者から, 完成したアイディアを集めてくるものであり,コンペ ティション型のクラウドソーシング [櫻井 14] や Q&A サ イトなどはこの範疇に入りそうである.ここでも,以下 では,予測市場に関連のある応用事例を中心に紹介する. アイディア収集に予測市場を応用する場合,まず,候 補となるアイディア一つ一つに対応した予測証券を発行 し,それらの事後価値を何らかの指標に関連付けたうえ で,関係者に売買してもらうという形態をとる.このと き,事前に用意したアイディアの評価に終始するだけで は,広義の予測市場による単なる「集合評価」でしかな い.そのため,参加者自身が新しいアイディアを提案で き,それを新しい予測証券として予測市場に上場させる ことができる仕組みにする [Bothos 09]. 一例として,LaComb ら [LaComb 07] による GE 社 での応用事例を見ていこう.これは,技術開発課題に関 するアイディアを収集するために実践された事例であ り,なるべく多くの社員を巻き込んで,多くのアイディ アを見いだし,それらの中から最も有望なアイディアを 選定することが目的であった.アイディアの評価尺度 は,その開発課題が利益に与えるインパクトの大きさ, GE社の活動ドメインに適した先端技術を活用したもの かどうか,3 年以内にインパクトが得られるかどうか, 成長に寄与するかどうか,などであり,事前に参加者の 間で共有されている.事前に運用者が用意した 5 個のア イディアからスタートして,参加者が随時アイディアを 追加していく.その際,すでに提案されているアイディ アと重複していると判断されるアイディアのみスクリー ニングされる.各アイディアに対応する予測証券の事後 配当は,市場閉鎖前 5 日間の VWAP(出来高加重平均 価格)で定められるとともに,1 位に選ばれたアイディ アの提案者には,実際にその開発課題に取り組むために $50,000の資金が与えられたそうである.結果として, 予測市場が開設されていた 3 週間の間に,合計 62 個の 新しいアイディアが収集された.この結果は,従来に試 したことのある他の方法(ブレインストーミングや提案 図 5 広義の予測市場とコンジョイント分析の組合せ
制度など)よりも多くのアイディアが集まり,それらの 質も従来法と同等かそれ以上であった,という経営陣の 評価につながった. また,Soukhoroukova ら [Soukhoroukova 12] は,広 義の予測市場に基づく同様の仕組みを新商品のアイディ ア収集に用いている. 3・4 集 合 推 論 続いて,図 4 の右下の領域は,多くの人々の Dynamic な知識処理能力を統合して,評価モデルの充実化を支援 する「集合推論」の機能に対応している.これは,予測 や評価の根拠情報を関係者から収集し,構造化していく ものであり,オンラインのディスカッションフォーラム などがその一例であるといえる. 上述の GE 社の事例で,開発課題のアイディアに対す る評価の根拠などのコメントを blog で共有する仕組み が併設されていたが,これは単純ながらも,予測市場に 関連した集合推論の試みの一つとして捉えることができ る.ただし,正直なコメントを積極的に表出化させるため のインセンティブや,コメントされた根拠を構造化してい く仕組みなどは未整備であり,今後の課題となっている. 著者ら [Mizuyama 14] も類似の試みを始めている. これは,B2B ビジネスの営業部隊が抱えている営業案件 それぞれについて,その案件が実際に受注できるかどう かを営業員同士で予測し合う予測市場をコアにした,営 業員間の知識共有の仕組みである.各営業員は,個々の 営業案件の成否に関する予測証券を売買する際に,その 成否判断の根拠をコメント欄に記入する,または既存の 根拠のいずれかに対する賛同ボタンを押下する,のいず れかを行う必要がある.これによって,成否判断の根拠 が収集され,かつ賛同数に応じてそれらが順序づけられ ていくという仕組みである. 一方,宮下ら [Miyashita 14] では,GWAP における Output-agreementの仕組みを用いて根拠情報を収集す ることを試みている.これは,複数の選択肢の中からあ る商品を選んだという購買シナリオを提示し,その選択 の理由を入力してもらうゲームであり,二人のプレーヤ の入力がマッチした際に得点が得られる仕組みになって いる.また,得られたデータから対象商品群の知覚マッ プを描画する方法も合わせて提案されている.購買シナ リオの主人公のペルソナやシーンを複数用意しておくこ とによって,それらで層別した分析も可能である. 3・5 アイディア共創 最後に,図 4 の右上の領域は,多くの人々の Dynamic な知識処理能力を統合して,解空間の拡張を支援する「ア イディア共創」の機能に対応している.これは,アイディ ア(知識資産)を生み出すという生産活動を集合知メカ ニズムに基づくバーチャルな分業や協働で実現しようと するものであり,いわばインターネット上にバーチャル 知識工場をつくろうという挑戦的な試みである.もし, 成果物として期待される知識資産が,要素を足し算的に 組み合わせて得られる性質のものであれば,その生産工 程を細かく分割したうえで,その一つ一つをマイクロタ スク市場に発注するような形式で成果物を生み出す仕組 みが構築できそうである.そうした試みの例としては, 文書の翻訳 [Lin 09] や要約 [Bernstein 10, Mizuyama
13]のシステムがあげられる. しかしながら,現実のアイディア生産の多くは足し算 的な組合せとしては捉えきれないものである.そうした 一般的なアイディア生産の課題に対して集合知メカニズ ムを適用した試みの一つとして,小野 [小野 14] のアイ ディアエボリューションは興味深い.これは,基本的に は,消費者調査の一環として,課題を提示し,それに対 するアイディアを回答してもらうシステムである.一つ の課題に対する回答が三つのフェーズに分割されている ところに特徴がある.第 1 フェーズでは,課題に対する 自分のアイディアを入力する.第 2 フェーズでは,他者 の回答が一つ提示され,それを評価することが求められ る.第 3 フェーズでは,他者のアイディアを知ったうえ で,再度アイディアを入力することができる.これによっ て単に多くのアイディアとそれらに対する評価値を収集で きるだけではなく,どのアイディアが参考になってどのア イディアが生まれたのか,すなわちアイディアが進化して いく様子をネットワーク形式で把握できるようになる.
4.ま と め
本稿では,企業内外の多くの関係者から知識や知的 貢献を集める仕組みを集合知メカニズムと呼び,近年の ICTの発達に伴ってさまざまな新しい形態の集合知メカ ニズムが登場してきていることを指摘したうえで,予測 市場やその発展形を中心に,集合知メカニズムのビジネ スへの応用事例を紹介した.集合知メカニズムの理論的 な側面も興味深い話題であるが,本稿では深入りできな かった.理論面に関心のある読者にとっては,Chen ら の解説 [Chen 10] や拙稿 [水山 14] が入口を提供してく れるだろう.予測市場のビジネスへの応用は,我が国で はまだあまり見られないものの,欧米では一般的になっ て久しい.一方で,GWAP やマイクロタスク市場のビ ジネスへの応用はまだ始まりつつある段階であり,これ から興味深い応用事例が数多く出てくるのではないかと 予想している.本稿が,この分野の理論研究や応用研究 の活発化に少しでも寄与できればうれしく思う.◇ 参 考 文 献 ◇
[Bernstein 10] Bernstein, M. S., Little, G., Miller, R. C., Hartmann, B., Ackerman, M. S., Karger, D. R., Crowell, D. and Panovich, K.: Soylent: A word processor with a crowd inside,
Technology, pp. 313-322(2010)
[Bothos 09] Bothos, E., Apostolou, D. and Mentzas, G.: IDEM: A prediction market for idea management, Lecture Notes in
Business Information Processing, Vol. 22, pp. 1-13(2009) [Chen 02] Chen, K. Y. and Plott, C. R.: Information aggregation
mechanisms: Concept, design and implementation for a sales forecasting problem, California Institute of Technology Social
Science Working Paper #1131(2002)
[Chen 09] Chen, L., Goes, P., Marsden, J. R. and Zhang, Z.: Design and use of preference markets for evaluation of early stage technologies, J. Management Information Systems, Vol. 26, pp. 45-70(2009)
[Chen 10] Chen, Y. and Pennock, D. M.: Designing markets for prediction, AI Magazine, Vol. 31, pp. 42-52(2010)
[Cooper 10] Cooper, S., Khatib, F., Treuille, A., Barbero, J., Lee, J., Beenen, M., Leaver-Fay, A., Baker, D., Popovic, Z. and Players, F.: Predicting protein structures with a multiplayer online game, Nature, Vol. 466, pp. 756-760(2010)
[Dahan 10] Dahan, E., Soukhoroukova, A. and Spann, M.: New Product Development 2.0: Preference markets─ How scalable securities markets identify winning product concepts and attributes, J. Product Innovation Management, Vol. 27, pp. 937-954(2010)
[Dahan 11] Dahan, E., Kim, A. J., Lo, A. W., Poggio, T. and Chan, N.: Securities trading of concepts(STOC),J. Marketing
Research, Vol. 48, pp. 497-517(2011)
[Ding 07] Ding, M.: An incentive-aligned mechanism for conjoint analysis, J. Marketing Research, Vol. 44, pp. 214-223(2007) [Ho 07] Ho, T. H. and Chen, K. Y.: New product blockbusters:
the magic and science of prediction markets, California
Management Review, Vol. 50, pp. 144-158(2007) [IEM] http://tippie.uiowa.edu/iem/
[Imai 14] Imai, M. and Mizuyma, H.: Product concept evaluation system applying preference market, 2nd AAAI Conference on
Human Computation and Crowdsourcing: HCOMP 2014(2014) [鹿島 14] 鹿島久嗣,馬場雪乃:ヒューマンコンピュテーション概説,
人工知能,Vol. 29, No. 1, pp. 4-11(2014)
[LaComb 07] LaComb, C. A., Barnett, J. A. and Pan, Q.: The imagination market, Information Systems Frontiers, Vol. 9, pp. 245-256(2007)
[Law 11] Law, E., von Ahn, L.: Human Computation, Morgan & Claypool Publishers(2011)
[Lin 09] Lin, D., Murakami, Y., Ishida, T., Murakami, Y. and Tanaka, M.: Composing human and machine translation services: Language grid for improving localization processes,
Proc. 7th Int. Conf. on Language Resources and Evaluation, pp.
500-506(2009)
[Matzler 13] Matzler, K., Grabher, C., Huber, J. and Fuller, J.: Predicting new product success with prediction markets in online communities, R&D Management, Vol. 43, pp. 420-432(2013) [Meloso 09] Meloso, D., Copic, J. and Bossaerts, P.: Promoting
intellectual discovery: Patents versus markets, Science, Vol. 323, pp. 1335-1339(2009)
[Miyashita 14] Miyashita, E., Nonaka, T. and Mizuyama, H.: A GWAP approach for collecting qualitative product attributes and perceptual mapping, 2nd AAAI Conf. on Human
Computation and Crowdsourcing: HCOMP 2014(2014) [水山 08] 水山 元,鎌田瑛介 :予測市場システムに基づく衆知集約
型需要予測法の研究,日本経営工学会論文誌,Vol. 59, pp. 330-341(2008)
[Mizuyama 10] Mizuyama, H. and Maeda, Y.: Prediction market system using SIPS and generalized LMSR for collective-knowledge-based demand forecasting, Proc. 40th Int. Conf. on
Computers and Industrial Engineering(2010)
[水山 10a] 水山 元:集合知に基づく予測ツールとしての予測市場 技術とその需要予測への応用,オペレーションズ・リサーチ, Vol. 55, pp. 215-220(2010)
[水山 10b] 水山 元 : 予測市場による経営の意思決定支援に向けて, 経営システム,Vol. 20, pp. 243-248(2010)
[Mizuyama 12] Mizuyama, H.: A knowledge-driven approach using prediction markets for planning and marketing of a
new product, Proc. 4th World Conference on Production and
Operations Management(2012)
[水山 12] 水山 元:完全な記述が困難な最短経路問題への予測市場 を用いた集合知援用の解法アプローチ,人工知能学会論文誌, Vol. 27, pp. 328-337(2012)
[Mizuyama 13] Mizuyama, H., Yamashita, K., Hitomi, K. and Anse, M.: A prototype crowdsourcing approach for document summarization service, Advances in Production Management
Systems: Sustainable Production and Service Supply Chain:
PartⅡ,pp. 435-442, Springer(2013)
[Mizuyama 14] Mizuyama, H. and Yamamiya, K.: A prototype prediction market game for enhancing knowledge sharing among salespeople, The Shift from Teaching to Learning:
Individual, Collective and Organizational Learning through Gaming Simulation, pp. 287-295, W. Bertelsmann Verlag
(wbv)(2014) [水山 14] 水山 元:予測市場とその周辺,人工知能,Vol. 29, No. 1, pp. 34-40(2014) [小野 14] 小野 滋:リサーチという経験のデザイン,ビッグデータ の使い方・活かし方 ―マーケティングにおける活用事例,pp. 45-66, 東京図書(2014)
[Ortner 97] Ortner, G.: Forecasting markets─ An industrial application, PartⅠ, A Working Paper in Dept. of Managerial
Economics and Industrial Organization at TU Vienna(1997) [Ortner 98] Ortner, G.: Forecasting markets─ An industrial
application, PartⅡ, A Working Paper in Dept. of Managerial
Economics and Industrial Organization at TU Vienna(1998) [Othman 13] Othman, A. and Sandholm, T.: The Gates Hillman
Prediction Market, Review of Economic Design, Vol. 17, pp. 95-128(2013)
[Rowe 91] Rowe, G., Wright, G. and Bolger, F.: Delphi: A reevaluation of research and theory, Technological Forecasting
and Social Change, Vol. 39, pp. 235-251(1991)
[Rowe 99] Rowe, G. and Wright, G.: The delphi technique as a forecasting tool: Issues and analysis, Int. J. Forecasting, Vol. 15, pp. 353-375(1999)
[櫻井 14] 櫻井祐子,松原繁夫:ヒューマンコンピュテーションの ためのメカニズムデザイン,人工知能,Vol. 29, No. 1, pp. 19-26 (2014)
[SciCast] http://scicast.org/
[Soukhoroukova 12] Soukhoroukova, A., Spann, M. and Skiera, B.: Sourcing, filtering, and evaluating new product ideas: An empirical exploration of the performance of idea markets, J.
Product Innovation Management, Vol. 29, No. 1, pp. 100-112
(2012)
[多ヶ谷 10] 多ヶ谷有,淺田克暢:新商品需要予測のための予測市 場システム,経営システム,Vol. 20, pp. 274-278(2010) [von Ahn 04] von Ahn, L. and Dabbish, L.: Labeling images with
a computer game, Proc. ACM SIGCHI Conf. on Human Factors
in Computing Systems, pp. 319-326(2004)
[von Ahn 06] von Ahn, L.: Game with a purpose, Computer, Vol. 39, pp. 92-94(2006) [山口 10] 山口 浩:予測市場と集合知メカニズムの現状と展望 :「神 の手」と「衆愚」の間,経営システム,Vol. 20, pp. 234-238(2010) 2015年 4 月 30 日 受理