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中国の近代学術用語の創出と導入 : 文化交流と語彙交流の視点から

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Kobe Shoin Women’s University Repository

Title

中国の近代学術用語の創出と導入 ―文化交流と語彙交流の視点から―

The Creation and Introduction of Scientific Terminology in Modern China.

Author(s) 沈 国威(SHIN Kokui)

Citation 文林(BUNRIN),No.29:51-72

Issue Date 1995

Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文

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中国 の近 代学 術用 語の創 出 と導入

中 国 の近代 学 術 用 語 の創 出 と導 入

一文化交流 と語彙交流の視点か ら一

0中 国 の近 代 学 術 用 語 の 成 立 にっ い て は、 言 語 学 者 に よ る本 格 的 な 研 究 はお ろか 、1950年 代 の文 字 改 革 運 動 の 短 い一 時 期 を除 け ば、 問 題 に さえ さ れ なか った と言 え る。 と こ ろが 、 文 化 大 革 命 後(1977)、 それ まで タ ブー 視 され て き た西 洋 文 明 の伝 来 に関 す る研 究 が 、 文 化 交 流 史 、 近 代 史 、 科 学 史 、 キ リス ト教 伝 道 史 の諸 分 野 で盛 ん に行 わ れ るよ うに な った。 これ らの 研 究 の中 で 直 接 的 、 間 接 的 に学 術 用 語 の 問題 に言 及 した著 述 、 論 文 も多 く 発 表 さ れて い る1。 それ らの研 究 は、 「西 学 東 漸(西 洋 の学 問 が東 方 に 浸 透 して い く こ と)」 とい う文化 交 流 史 的 な 視 点 か ら中 国 の近 代 化 過 程 を 考 究 す る ものが 中 心 で あ る が、 中 に は特 定 の キ ー ワ ー ドを取 り上 げ、 語 彙 学 研 究 の手 法 を応 用 した論 考 もあ り、 見 るべ き成 果 は実 に多 い2。 しか し、 この課 題 に積 極 的 に コ ミッ トす る言 語 学 者 は、 なお 多 い と は言 え な い現 状 で あ る。 従 って 、 近 代 学 術 用 語 に関 す る研 究 は、 未 だ に全 体 的 な見 通 しの も とで体 系 的 に行 わ れ て い る と は言 え な い段 階 に あ る。 のみ な らず、 専 門 分 野 に よ る着 眼 点 が異 な る為 に 、上 述 の研 究 は、 近 代 語 彙 の 基幹 部 分 と し て 形 成 さ れ た学 術 用 語 、 及 び そ れ を め ぐる造 語 、 選 定 、 普 及 、 定着 、 さ ら に は異 言 語 間 に お け る交 流 等 の 事 実 を解 明 す る とい う近 代 語 研 究 の方 向 へ 一51一

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は必 ず しも向 か って いな い。 例 え ば、 多 くの研 究 者 が議 論 した19世 紀末 、 20世 紀 初頭 の学 術 用語 統 一 の 問題 は、 宣 教 師 の組 織 的 な 活 動 とい う言語 外 の 側面 の み な らず、 語 彙 体 系 の 自他 律 的 な変 動 とそ の結 果 につ い て の分 析 な ら び に説 明 が不 可 欠 な もの とな るはず で あ る。 これ こそ が 言 語 学 者 の責 務 で あ る と言 って も過 言 で はな い。 言 うま で もな く、 学 術 用 語 につ い て の 研 究 は、 そ れ ぞ れ の分 野 と密 接 な 関係 が あ り、 専 門 的 な(場 合 に よ って は 高 度 な)知 識 が必 要 と され る場 合 も多 い。 しか し、 言 語 研 究 に携 わ る もの は、 他 の研 究 成 果 を十 分 に利 用 しっ つ も、 言 語 学 の立 場 か ら自 らの貢 献 を な す こ とを 中心 的 な課 題 と しな け れ ば な らな い。 筆 者 は、 沈1994に お い て、 近 代 に お け る 日中語 彙 交 流 と い う課 題 に挑 ん だ3。 そ こで い くっ か の 問題 を取 り上 げ た が、 取 り残 され た 問 題 も多 い。 中国 語 近 代 の語 彙 体 系 は、 日本 語 か ら大 量 の新 語 ・訳 語 の導 入 に よ って 形 成 さ れ た の で あ る が、 これ ら新 語 ・訳 語 は また近 代 の科 学 文 明 を言 表 す る 学 術 用 語 に よ って そ の大 半 を 占 め られ て い る、 この よ うな事 実 を考 えれ ば、 近 代 に お け る 日中語 彙 交 流 は、 と り もな お さず学 術 用 語 の交 流 と い う問 題 に な る。 言 い換 え れ ば、 近 代 に お け る両 言 語 の語 彙 交 流 は、 西 洋 文 明 の媒 体 で あ る学 術 用 語 に よ って特 徴 づ け られ て い るの で あ る。 この 意 味 にお い て 、 学 術 用 語 の問 題 に深 入 り しな か った前 著 は、 ほ ん の初 歩 的 な仕 事 で あ る と い う こと を認 め ざ るを得 な い。 この大 きな課 題 に取 り組 む べ く、 筆 者 な りの 準 備 を進 め て き た が、 小 稿 は、 と りあ え ず語 彙 交 流 の見 地 か ら、 中 国 近 代 の 学 術 用 語 につ い て概 観 し、 今 後 の研 究 の覚 え書 き に した く思 う。 1近 代 の 学 術 用 語 の発 生 は、 す で に多 くの研 究 者 が指 摘 した よ う に、 西 洋 の 近代 文 明 の 東 来(西 学 東 漸)と そ の 吸 収 に よ っ て 動 機 づ け られ て い 一52一

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中 国 の近 代 学 術 用語 の 創 出 と導 入 る4。 西 洋 の 近 代 文 明 、 科 学 知 識 で も っ て 中 国 人 の 迷 信 を 打 破 し 、 キ リ ス トの 教 え を 広 め る こ と は 、 中 国 伝 道 の 方 針 と し て 、 早 く も1830年 代 に 打 ち 出 さ れ て い た 。 益 智 会(TheSocietyfor七heDiffusionofUseful KnowledgeinChina,1834-1838)は 、 そ の た め に 最 初 に 創 ら れ た 組 織 で あ り5、 医 師 伝 道 会(MedicalMissionarySocietyinChina,1836) も こ の 目 的 に 基 づ く団 体 で あ る6。 西 洋 の 知 識 を 広 め る 具 体 的 な 手 段 と し て 、 翻 訳 ・著 述 の 方 法 が 採 られ た が 、 こ れ に は 中 国 既 存 の 語 彙 で 西 洋 の 新 しい 概 念 を 移 植 す る 作 業 即 ち 翻 訳 が 要 求 さ れ る。 そ こで 翻 訳 者 は、 真 っ 先 に 学 術 用 語 の 欠 如 と い う難 問 に 遭 遇 す る の だ が 、 そ の 苦 悩 、 苦 闘 は 、 多 く の 漢 訳 書 、 辞 書 類 の 序 文 に 見 ら れ る 。 例 え ば 、 ホ ブ ソ ン(合 信 、B. Hobson)は 、 『全 体 新 論 』(1851)刊 行 の 英 文 序 文 で 、 次 の よ う に 述 べ て い る ㌔ 新 し い 用 語 を 決 め た り、 そ れ ま で 名 前 の な か っ た 、 或 い は 間 違 っ た 名 前 が 付 け られ た 人 体 の 部 分 に 適 切 な 用 語 を 見 っ け た り す る こ と に 多 くの 困 難 を 経 験 した 。 ま た 、 ロ ブ シ ャ イ ド(羅 存 徳 、W.L。bschied)も 、 同 じ よ う な 主 旨 を 『英 華 字 典 』(1866-69)Par七1の 序 文 で 述 べ て い る5。 こ の よ う に キ リ ス ト教 伝 道 の 一 環 と して 始 め ら れ た 科 学 知 識 の 導 入 と そ の た め の 訳 語 作 り は 、 宣 教 師 の 手 に 委 ね ら れ る こ と に な っ た の で あ る。 こ れ は 、19世 紀 の 中 国 に お け る 学 術 用 語 創 出 の 大 き な 特 徴 で あ る9。 宣 教 師 に よ る学 術 用 語 の 創 出 は 、 最 終 的 に は 失 敗 し た が 、 そ の 理 由 を考 え る際 に 、 以 下 の よ う な 事 実 に 注 目 さ れ た い 。 ● 学 術 用 語 の 分 野 的 偏 りが 非 常 に 大 き い 。 宣 教 師 ら の 著 述 は 、 医 学 、 地 理 、 後 に 数 学 、 化 学 な ど も加 わ り は し た が 、 や は り少 数 の 分 野 に 限 ら 一53一

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れ て い た。 ま た、 内 容 的 に見 て も啓 蒙 的 な域 を 出 な か っ た。 これ は、 西 洋 文 明 を受 け入 れ る中 国 当 時 の社 会 的基 盤 と文 化 的環 境 と も関 係 が あ ろ うが 、 宣 教 師 自身 の知 的 水 準、 興 味 も一 要 因 で あ る こ と は否 定 で き な いlo。 ● 非 漢 字 使 用 者 に よ る訳 語 造 出。 翻 訳 著 述 に は、 中 国 文 人 の助 け もあ っ た もの の、 宣 教 師 中心 に行 わ れ た。19世 紀 後 半 設 置 さ れ た益 智 書 会 、 博 医会 の訳 語 審 議 会 の委 員 も全 員 宣 教 師 に よ って 占 め られ、 中 国 人 が 積 極 的 な役 割 を果 た す こと は なか っ た1'。この点 は、 日本 人 主 体 の 江 戸 時 代 以 来 の訳 語 考 案 と大 い に異 な る。 2モ リ ソ ン(馬 礼 遜 、R.Morrison)の 広 州 上 陸(1807)か ら、 上 海 の 墨 海 書 館 が 自 然 消 滅 的 に 活 動 を 停 止 し た1850年 代 末 ま で の 間 を 学 術 用 語 の 模 索 期 と称 す る。 学 術 用 語 の 考 案 に つ い て 、 ボ ブ ソ ン は 、 最 初 の 実 践 者 の 一 人 と言 え よ う。 ホ ブ ソ ン は 、1858年 ま で に 幾 種 類 か の 医 書 を 出 版 し た12。 そ こ で 使 用 さ れ た 用 語 は 、 後 に 用 語 集 に 収 め られ 、 公 刊 さ れ た'3。 張 大 慶1 994は 、TheBeginner'sFirstBook(byT.T,Devan,1874)は 、 英 漢 対 照 の 解 剖 学 の 術 語 や 、 薬 名 、 病 名 を 収 録 して お り、 中 国 の 医 学 用 語 を 英 訳 す る初 め て の 試 み で あ る と 述 べ て い る 且4。しか し 、 本 書 は 、 例 え ば 、A

NATOMY、DISEASES、REMEDIESの 部 に 、Head=頭 、Skull

(Colloquial)=頭 殻 、Sideofhead=頭 角 …;Abscess=瘡 、Amenorrea二

閉 経 …;Alcohol=濃 酒 、Alum=白 碁 … と い う よ う に 英 単 語 の 後 に 広 東

語 の 対 訳 を 示 す の み で あ り、 しか も使 用 さ れ た 語 彙 も 日常 的 な 在 来 語 ば か

り で あ っ た 。 そ の 多 く は 、 モ リ ソ ン の 『英 華 字 典 』(1815-1823)や 、 メ

ドハ ー ス ト(麦 都 思 、W.HMedhurst)の 『英 漢 辞 典 』(1847-1848)に

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中国の近代学術用語 の創 出 と導入 も既 に収 録 さ れて い る もの で あ る。 この よ うな語 を術 語 と呼 ぶ こ と は躊 躇 せず に は お られ な い。 同書 の 序 文 か らも分 か るよ うに、 編 者 が意 図 した の は、 術 語 集 で は な く、 初 め て 中 国 へ 渡来 した外 国人 が 日常 生 活 と仕 事 を 円 滑 に営 む た め の広 東 語 の入 門 書 で あ っ た。 ア ヘ ン戦 争 後(1841)、 伝 道 の拠 点 は、 寧 波 を経 て、 上 海 に 移 る 。1850 年 代 末 ま で、 墨 海 書 館 を活 動 舞 台 に宣 教 師 た ちが 中 国 文 人 の 協 力 を得 て、 多 くの訳 書 、 著 述 を世 に送 っ た。 そ の過 程 で、 訳語 、 新 語 も数 多 く考 案 さ れ た。 墨 海 書 館 は、 洋 学 を 中国 に紹 介 す る こ と に成 功 を 収 め た最 初 の組 織 で あ った。 この時 期 に学 術 用 語 の 問題 を意 識 的 に解 決 しよ う と動 き が現 れ た。 訳 書 の一 部 の巻 末 に付 け られ た訳 語 対 照 表 は、 そ の具 体 的 な成 果 で あ る15。 次 に、 この 時期 の資 料 を め ぐる両 言 語 の語 彙 交 流 につ い て少 し考 え て み た い。 これ まで の研 究 で指 摘 さ れ て い るよ うに、墨海 書館 の代 表 的 な書 物: 『六 合 叢 談 』 『植 物 学 』 『代 微 積 拾 級 」 『合 信 医書 五 種 』 な ど が 出版 さ れ て 間 もな く 日本 に舶 載 さ れ て、 翻 刻 ・訓訳 、 或 い は翻 訳 本 が広 く流 布 す る こ と に な る。 『六 合 叢 談 』 の よ うな、 宗 教 に関 す る記 事 が 削 除 さ れ た後 、 官 版 まで 出 され た もの もあ る。 これ らは、 日本 語 の近 代 語 彙 に大 きな影 響 を 与 え た と考 え られ る。 例 え ば 、 これ らの 書 物 で 使 用 され た 「化学 」 「植 物 学 」 とい う語 が、 そ れ ま で 日本 で 一般 に使 用 され た 「舎 密 」 「本 草 学 」 「植 学 」 に取 って 代 わ る、 一方 「細 胞 」 が 、 全 く新 しい語 と して 迎 え 入 れ られ た、 と い う よ うな 事 実 が これ まで の 研 究 で 明 らか に され て い る し16、数 学 に お け る中 国 製 術語 の 影 響 は実 に大 き い ものが あ る。 と こ ろが 医 学 書 の 方 は ど うで あ ったか 。 ホ ブ ソ ンの医 書 は、 刊 行 後 ま も な く日本 で 翻 刻 出 版 されL7、「幕 末 明 治 初 年 に お け る黎 明期 日本 の西 洋 医学 一55

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界 に大 き な影 響 を与 え る こ と とな った 」(吉 田寅1986)。 しか し、医学 用語 、 と りわ け解 剖 用 語 に 限 れ ば、 ホ ブ ソ ンの 影 響 は そ れ ほ ど大 きな もの で は な か っ た と考 え られ る。 日本 で は、 江 戸 時 代 以 降 、 西 洋 医学 の吸 収 に積 極 的 に取 り組 み、 数 多 くの蘭 医 書 が 訳 出 され て、 術 語 の面 に お い て も大 きな蓄 積 が な され た。 大 鳥 蘭 三 郎(1932)は 、 解 剖 関 係 の 用 語 が 、 『解 体 新 書 』 (1774)か ら出発 し、 『重 訂 解 体 新 書 』(1795成 立)を 経 て 、 『医 範 提 綱 』 (1805)ま で に、 基 本 的 な もの は、 ほ ぼ完 成 さ れ、 今 日に っ な が る と述 べ て い る。 しか し、 そ れ と対 蹟 的 に、 中 国 で は、 明末 清 初 の イ エ ズ ス会 の宣 教 師 らに よ る西 洋 医学 の導 入 は、 大 き く開 花 せ ず、 ホ ブ ソ ンの 医書 は、 初 め て の本 格 的 な紹 介 だ が、 内容 的 に 『解 体 新 書 』 に遥 か に 及 ば ず、 訳 語 も貧 弱 で あ っ た。 次 の表 は、 大 鳥 氏 の資 料 を利 用 して整 理 した解 剖 用語 の語 数 だ け の比 較 で あ る。 一56一

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中国 の近代学術 用語 の創出 と導 入 表1 骨(総括)骨(区 分) 筋類 口腔 食道 胃 腸 重訂解体新書 18 99 153 35 6 8 14 解体新書 6 85 140 32 6 8 14 全体新論 5 68 0 13 2 6 14 一 肝臓 膵臓 鼻腔 喉頭 気管 肺臓 泌尿器 重訂解体新書 18 7 27 11 6 7 17 解体新書 15 5 20 一 11 4 6 16 全体新論 3 2 6 2 2 5 11 生殖(男) 生殖(女) 腹膜類 一 内分泌腺 総皮 視覚器 聴 覚器 重訂解体新書 18 13 7 7 14 43 27 解体新書 14 13 5 7 10 34 25 全体新論 11 9 2 2 10 24 15 心臓 動脈類 静脈類 淋巴腺 神経類 一 合 計 重訂解体新書 13 29 44 9 49 一 699 解体新書 11 29 43 9 42 一 610 全体新論 7 1 1 4 22 一 247 表1か ら分 か るよ うに、 『重 訂 解 体 新 書 』 の訳 語 は699語 あ るの に対 して、 『全 体新 論 』 は その半 数 以下 で あ り、 特 に筋 肉 類 を表 す 用 語 は 皆 無 で あ っ た 旧。 な お、 詳 し く述 べ る余 裕 は な いが、 ボ ブ ソ ンの訳 語 の 多 くは 、 そ の 後 、 生 き残 る こ とは な か った。 現 代 中 国語 の 医学 用語 は、 ホ ブ ソ ンに よ る もので は な く、 む しろ 『重 訂 解 体 新 書 』 の 用語 と高 い一 致 を 見 せ て い る。 ホ ブ ソ ンの医 書 は、 幕 末 ・明治 初 期 の 日本 に お い て 、 西 洋 医学 の格 好 の啓 蒙 書 と して もて は や さ れ た の だ が、 西 洋 医学 の 知識 に 関 して は 日本 は よ り 高 い水 準 に あ っ た の で、 ホ ブ ソ ンの訳 語 が 日本 語 に入 る こ と はな か った。 語 彙 の 交 流 を考 え る際 、 この よ うな文 化 的 な 落 差 を も考 慮 しな けれ ば な ら な い。 -57一

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同 じこ と は、 ロ ブ シ ャイ ドに っ い て も言 え る。 氏 の 代 表 的 な仕 事 で、 近 代 日本 語 の 語 彙 に も大 きな影 響 を与 え たr英 華字 典 』 に は、 化 学 の用 語 に 関 して 氏 な りの 提 案 が あ るが19、医 学 伝 道 に従 事 した 同 氏 の 医 学 用 語 の面 で の貢 献 は大 き くな い。 ち な み に、 筆 者 が 現 在 執 筆 中 の 『日本 国語 大辞 典』 の近 代 漢 語 の語 誌 コ ラ ムで取 り上 げ る予 定 の 医 学 用 語 の一 部 を 『英 華字 典』 に 当 た って み る と、 次 の よ うな 結 果 にな る。 現 代 中 国 語 に継 承 さ れて い る の は、 「結 晶 」 「魚 肝 油」 な どの数語 しか ない。 -58一

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中国の近代学術用語 の創 出 と導入 しか し、 日本 語 に対 す る ホ ブ ソ ン の貢 献 は 皆 無 だ っ た わ け で は な い。 「炎 症 」 と い う語 の 使 用 は、 合 信 の 著 『西 医略論 』(1857)と 深 い関係 が あ っ た と考 え られ る2°。 体 の一 部 分 に赤 み、 腫 れ、 熱 、 痛 み な どの 症 状 を起 こす ことを 「熱 、火 、 炎 」 な どの 字 で表 す 例 は、 中世 以 降 の和 漢 の 医 書 や近 代 の英 華 辞 書 類 に見 られ る。 しか し、 日本 に お い て 「炎 」 に よ る造 語 が 急 速 に活 発 にな るの は、 幕 末 か ら明治 初 期 に か けて の こ とで あ る。 例 え ば 明治 初 期 の 医学 用語 集 、 『医 語 類 聚 』(1873)に は、 「網 膜 炎 」 「扁 桃 体 炎 」 の よ うな外 見 で き る炎 症 か ら 「胃炎 」 「肝 炎 」 の よ うな外 見 で きな い炎 症 まで 「炎 」 を含 む病 名 が 、 160余 も登 録 され て い る。 言 うまで もな く上 記 の 症 状 の総 称 と して の 「炎 症 」 もそ の 中 に含 まれ る。 しか し同 時代 の 日本 の 資料 に は 「燃 衝 」 と い う 語 これ も漢方 の 用語 だ が も使 用 され て いた21。そ して訳 語 の 提 示 ll頂と して早 期 の もの ほ ど、 「倣 衝 」 が 「炎 症 」 よ り先 で あ る。 っ ま り、 幕 末 まで は 「倣 衝 」 が 優 勢 だ が、 後 に 「炎 症 」 に取 って 代 わ られ た と判 断 で き る。 この き っか けを 作 った の は ホ ブ ソ ンで あ る。 ホ ブ ソ ンは、 『西 医 略 論 』 に 「炎 証 論 」 の一 章 を設 け、 症 状 、 病 理 、 治 療 法 に詳 し く言 及 した 。 特 に病 理 の 部 分 で 、 蛙 に よ る実 験 、 この当 時 で は 炎 症研 究 の 最先 端 の 知 識 を 紹 介 して い る。 同 書 に、 其 肉 漸 紅 漸 腫 漸 覚 熱 痛 名 日 炎 症 〈 西 国 方 言 日 炎 法 美 順 訳為 炎 熱 之 意 故 名 日 炎 証 〉(巻 上 八 オ) との記 述 が あ り22、こ こで初 め てinfユammationに 「炎 証」 とい う訳 語 を あ て た の で あ る。 ホ プ ソ ン医 書 の幕 末 ・明治 初 期 の 日本 に お け る流 布 を考 え れ ば、 「一炎 」 及 び 「炎 症 」 が 『西 医 略論 』 を通 じて 普 及 し定 着 した と断 定 で き よ う認。 しか し、 この 時期 の 資 料全 体 に対 して 、 日本 語 に 与 え た 影 一59一

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響 に関 す る詳 細 な 考 察 は、 これ か らの課 題 で あ る。 一 方、 宣 教 師 た ち は、 日本 の 資料 を利 用 しな か った の で あ ろ うか 。 王 揚 宗1991は 、 ホ ブ ソ ンの 用語 集 に 、個 別 的 に 日本 の 訳語 を借 用 した も のが あ り、 「硫 酸鉾 溶 液」 を 「精 錆 水 」 と言 うのが そ れ で あ る と指 摘 して い る。 しか し これ は事 実 の 誤認 で あ る。 合 信 の 『医 学 英 華 字 釈 』 に 「Solution SulphateofZine精 鏑 水 」 が 見 え るが 、 医 書 に用 い られ て い な い。 『西 医 釈 略 』 の巻 下 「薬 散 門」 に 「精鏑 係 金 之 類 、 中 土 無 名 、 因 功 力 専 在 吐 、 故 名 精 鋳 吐 散 … 」 と説 明 され て い る こ とか ら、 「精 錆 」 は、zineの 音 訳 語 で 、 合 信 に よ る命 名 だ と断 定 で き る。 日本 で は 江 戸 時 代 の後 期 か ら直 訳 語 の 「亜 鉛 」 が使 用 され、 「精 鋳」 とい う語 は幕 末 、 明 治 初 期 の 術 語 集r医 語 類 聚 』(1873)『 薬 品 名 彙 』(1874)に な い 。 中 国 で は 合 信 の 後 、 傅 蘭 雅 (JonhFlyer)がZineの 訳 語 に 「鉾 」 と い う字 を充 て た困。 3墨 海 書 館 は、1856年 メ ドハ ー ス トが 帰 国 す るの を機 に、 活 動 が 徐 々 に 停 止 し、 出 版 は美 華 書 館 に、 翻 訳 は江 南 製 造 局 の翻 訳 館(1868設 立)に そ れ ぞれ 継 承 さ れて い っ た(以 下 た だ翻 訳 館 と呼 ぶ)。 翻 訳 に は、 宣 教 師 と 彼 らを 補 佐 す る中 国 の 文 人 が 従 事 す る構 図 は代 わ らな か っ た が 茄、 翻 訳 館 は清 政 府 の翻 訳 機 関 で あ る た め に、 そ の翻 訳 内容 は、 政 府 の要 請 を受 け、 化 学 、 機 械 製 造 、 軍 事 な ど の西 技 、 西 芸 と称 され る技 術 分 野 に集 中 した%。 翻 訳 館 の訳 書 は200種 類 近 くあ り、 学 術 用 語 の面 に お い て も大 き な蓄 積 が あ った27。訳 書 の量 の増 加 に伴 い、 訳 語 の考 案 、 選 定 、 混 乱 の 是 正 な ど の 問 題 が 一 層 重 要 に な っ て き た 。 傅 蘭 雅 は 「江 南 製 造 局 翻 訳 西 書 事 略 」 (1880)と い う一 文 を認 あ た。 そ の第2章 は 「論 訳 書 之 法 」 で あ る。 しか し題 目 と裏 腹 に こ こで主 に論 じ られ て い る の は翻 訳 法 で はな く、 訳 語 制 定 一60一

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中国の近代学術用語の創 出と導入 法 で あ った。 傅 蘭 雅 は訳 語 の 混乱 を 解 消 す るた め に訳 語 対 照 表 の 編 纂 を提 唱 したが 、 実 際 に公 刊 に漕 ぎ着 け られ た もの は、 以 下 の4種 の み で あ る: 『金 石 中 西 名 目表 』(1883)、 『西薬 大 成 薬 品 中 西 名 目表 』(1887)、 『化 学 材 料 中西 名 目表 』(1885)、 『汽 機 中西 名 目表 』(1889)。 な お 、 福 州 で 出版 さ れ た もの だが 、 北 京 、 上 海 各 地 の宣 教 師 と密 接 な連 携 の も と に完 成 を見 た 『英 華華 林韻 府』(1872,byJ。Dooli七tle)も 学 術 用 語 発 生 史 に お い て 特 筆 すべ き もので あ る。 1877年 に設 立 され た益 智 書 会(1877,SchoolandText-boQksSeries COInmittee)の 中 に、 訳 語 問 題 を 専 ら取 り扱 う部 会 が 設 け られ た。 組 織 的 に学 術 用 語 を考 え る段 階 に来 て いた の で あ る。 近 年 、 江 南 製 造 局 翻 訳 館 につ い て 、 機 関 だ け で は な く、 人 物 、 翻 訳 書 、 東 西 文 化 交 流 にお け る役 割 に関 す る研 究 も次 々 に発 表 され て い る。 しか し、 これ らの研 究 は、 文 化 交 流 史 の 見 地 に立 つ も の が殆 ど で、 この 時 期 の資 料 にっ いて 中 国 語 の近 代 語 彙 の 形 成 と い う視 点 か らの考 察 は、 皆 無 に近 い の が 現 状 で あ る。 語 彙 研 究 の 遅 れ と正 比 例 して語 彙 交 流 にっ いて の研 究 も資 料 の整 理 、 把 握 の 段 階 に止 ま って い る。 翻 訳 館 の初 期 の訳 書 は、 そ の大 部 分 が 日本 で 翻 刻 、 或 い は訓 釈 、 翻 訳 さ れ、 日本 の学 術 用 語 の成 立 に大 き な 影 響 を与 えて きた 。 日本 は翻 訳 館 の化 学 書 の 出版 を 聞 きっ け て、 訳 書 購 入 の た め に柳 原 前 光 を 派 遣 した 、 現 在 の 日本 の化 学 書 の名 詞 が 中国 と一 致 す る ものが 多 い の は その 為 だ と い う指 摘 が あ る冊。 しか し 『化 学 材 料 中 西 名 目表 』 の 訳 語 を見 る限 り、 日本 の化 学 用 語 と一 致 す る もの は ほ とん どな い。 また 、 現 代 中 国 語 の 化 学 用 語 の基 礎 語 彙 、 例 え ば、 「分 子 」 「原 子 」 「中 和 」 「化 合 物 」 … な ど は、 実 は20世 紀 初 頭 、 日本 語 か ら借 用 さ れ た もの で あ っ た。 従 って 、 化 学 用 語 だ け取 っ て み て も、 翻 訳 館 の 資料 を め ぐる語 彙 交 流 一61一

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の実 態 は、 これ か らの研 究 に待 た な け れ ば な らな い と言 え よ う。 一一方、 こ の時 期 に 日本語 か ら中 国語 へ と い う方 向 の学 術 用語 の移 動 も問 題 に な りは じめ た。 国 を挙 げて 西 洋文 明 を 導入 しよ う と した 日本 は、 明 治 初 期 以 降 、 学 術 用 語 の整 備 にお いて 大 きな 成 果 を収 め た か らで あ る。 日清 戦 争(1894)ま で に 中国 人 が 日本 を訪 れ て 、 日本語 に接 触 した こと にっ い て、 沈 国 威1994(第 三 章)で 考 察 を試 み た。 来 華 宣 教 師 の 日本 語 経 験 にっ い て筆 者 は、 沈 国 威1993bで 問 題 提 起 を して い るが 、 こ こで は次 の 事 実 に 注 目 した い。 1益 智 書 会 は、 仕 事 の分 担 と して 日本 の 訳 語 を 収 集 す る よ う、 麦 嘉 締 (D.B.Macartee)に 指 示 した29。 2益 智 書 会 は、1880年 の上 海 会 議 で北 京 と東 京 の翻 訳 関 係 者 に訳 語 の資 料 を取 り寄 せ る よ う、 傅 蘭 雅 に提 案 した3°。 両氏 が具 体 的 に どの よ うな 日本 製 の学 術 用 語 を集 め た か は これ か らの研 究 課 題 だ が、 こ こで指 摘 して お きた い の は、1880年 頃、 日本 の学 術 用語 が 、 在華 宣教 師 に と って既 に無 視 で きな い存 在 とな って いた こ とで あ る。 4こ の 節 で は、 近 代 の学 術 用語 辞書 の編 纂 につ いて 考 え て み た い。 既 に述 べ た よ うに 、 翻 訳 の 実 践 か ら術語 集 の 必 要 が 現 実 の もの にな って きた の は1840年 代 か ら と考 え られ る。 『Beginner'sFirstBook』 に分 類 語 彙 表 の よ うな もの が 付 され て い る こ とを 前 節 で 指 摘 したが 、 これ は、 現 代 術 語集 の 必須 形 態 で あ る専 門 分 野 に よ る分 類 と い うよ り、 「天 地 人 」 と い う従 来 の 辞書 に 見 られ る伝 統 的 な意 味 分 類 の色 彩 が 強 い%一 方 、 英 華 辞 書 類 は、 ロ ブ シ ャイ ドの 『英 華 辞 典 』(1866-69)が 、 見 出 し語 に つ い て 語 釈 の 中 で、 「医語 」'とコメ ン トす るケ ー ス もあ るが 、 専 門 分 野 を 略 語 記 一62一

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中国の近代学術用語の創 出と導入 号 を用 い て体 系 的 に 明示 す る こと は して い な い。 明 確 な問 題 意識 を も って術 語 集 の編 纂 に取 り組 ん だ の は、 前 節 で 触 れ た 翻 訳 館 と 益 智 書 会 、 及 び 博 医 会(ChinaMedicalMissionary Association,1886)で あ った。 宣教 師 及 び そ の 組 織 が 中 心 に な っ て 進 あ た術 語 集 の編 纂 は、20世 紀 初 頭 ま で続 い た。 しか し、 傅 蘭 雅 が述 べ て い るよ うに、 翻 訳 館 の術 語 集 編 纂 は、 そ の最 大 の動 機 が、 「以 後 訳 書 者 有 所 核 察 、 可 免 混 名 之 弊(こ れ か らの 翻 訳 者 が 確 認 、 調 べ る ことが で き、訳 語 の混 乱 の弊 害 を 防 ぐ)」 と い う 「訳 語 の 統 一 」 或 い は 「原 語 へ の 同 定 」 にあ り、 そ して この訳 語 の統 一 は読者 の た め とい うよ り翻 訳 者 の立 場 に立 った もの で あ った32。益 智 書 会 、 及 び博 医 会 の 術 語 集 も基 本 的 に この延 長 線 上 に あ る と言 う こ とが で き、 益 智書 会 の 術語 集 は、 『訳 者 指南 』(Transler'sVadeMecum)と い う タ イ トル に統 一 さ れ た所 以 で あ る。 しか し、 この よ うな 目標 の もと で編 纂 さ れ た術 語 集 は、 不 可 避 的 に次 の よ うな制 約 を受 け る こ とに な る。 つ ま り、 基 本 的 に 同 じ団 体 の中 の 翻訳 者 に標 準 的 な訳 語 を提 供 す る ことが 目的 で あ る の で、 原 語 を 同定 で き る所 定 の訳 語 を示 せ ば よ く、 該 当術 語 の意 味 につ い て の説 明 は一 切 不 要 と い う こ とに な る。 従 って、 術 語 集 とい うよ り、 訳 語 対 照 表 とい うほ うがふ さわ し い の で あ る。 この意 味 へ の無 関心 さ は、 近 代 中 国 の宣 教 師 に よ る西 洋 文 明 導入 の特 異性 を物 語 る もの で 、少 な く と も江 戸 時 代 の 蘭 医学 の摂 取 と大 い に異 な る点 で あ る。 蘭 医 学 の 翻訳 書 の 多 く は 「名 義 解」 とい う用 語 の意 味 を説 明 す る部 分 が あ る こ とを 想 起 され た い。 な お 、 術語 集 の 一 部 は、 教 会 関 係 の 記 録 資 料 で言 及 され て は いる が、 諸 般 の 事 情 に よ り、 一 般 公 刊 され なか っ た もの や 、 所 蔵 が 確 認 で きな い もの 一63一

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もあ る。今 後 、 これ らの資 料 の発 見 と考 察 が待 た れ る。 結 論 か ら言 え ば、20世 紀 初 頭 まで の在 華 宣 教 師 らに よ る学 術 用 語 の創 造 と選 定 は、 不 成 功 に終 わ った。 これ は も はや誰 もが認 あ る事 実 と な って い る調。20世 紀 に入 って か らそれ まで の つ ま み食 い式 で は な く全 面 的 な 西 洋 文 明 の導 入 が必 要 に な る。 折 し も 日本 留 学 の 中国 人 学 生 が あ る程 度 の語 学 力 を身 にっ け て、 宣 教 師 た ち に か わ って西 洋 文 明導 入 の担 い 手 と な っ た。 日本 経 由 の西 洋 文 明摂 取 の 時代 が始 ま った の で あ る。 日本 の影 響 を強 く受 け た術 語 集 の編 纂 を見 る前 に、 性 質 の異 な る仕 事 を 二 、 三 見 て お く こ とに しよ う㌔ 『華 英 韻 府 字 典 集 成 』(1902、 商 務 印 書 館)は 、 厳 復 の 序 に よ れ ば 、 納 稻 耳(A.Nuttal1)、 羅 存 徳(W.Lobscheid)、 章 柏 士 特(N.Webster)の 諸 辞 書 を参 照 して編 集 さ れ た もの で あ る。 但 し、 直接 に ロ ブ シ ャ イ ドの 辞 書 を参 照 す る可 能 性 は、 む しろ小 さ く、 井 上 哲 次 郎 の辞 書経 由 と思 わ れ る。 訳 語 の 変 動 、 と りわ け学 術 用 語 の新 規 採 り入 れ は、 多 くな い。 しか し、 見 出 し語 に英 文 法 の品 詞 別 な ど を 明示 した こ とや、920枚 の 挿 図 を っ け た こ と な どが 、 これ まで に な か った こ とで あ る。 筆 者 は、 挿 図 に つ いて 少 し調 べ た が 、 まだ 結 論 が 出 な い。 今 後 、 挿 図 を手 が か りに参 照 本 の特 定 と訳 語 の 継 承 関 係 を 考 え て い き た い。 『英華 大辞 典 』(1908、 顔 恵 慶)は 、 初 めて 略 語 記 号 を 用 い て 見 出 し語 に専 門分 野 を 明 示 した もの で あ る。 様 々 な側 面 か ら言 って、 最 初 の 近 代 的 な 外 国語 辞 書 で あ る35。しか し、学 術 用 語 は、 多 くの場 合 、 新 旧 が 混 在 し て い る。 表3は 、 同 辞 書 を用 い て表2の 語 につ いて調 査 した結 果 で あ る。 一64一

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中国 の近代学術用語 の創 出 と導入 編 纂 者 顔 恵 慶 の教 育 経 験 と編 纂 事 情 を 考 え る と、 む べ な るか な と思 わ せ る。 っ ま り、 ミッ シ ョ ン系 大 学 で 西 洋 の 教 育 を 受 けた顔 氏 は、 そ れ まで の 宣 教 師 の 蓄積 を吸 収 しな が ら、 日本 の 英 和 辞 書 等 を 参 照 して訳 語 を 決 め た の で あ る。 English-ChineseDictionary(官 話)(1916,K.Hemeling)は 、 宣 教 師 が 中心 に な る最 後 の仕 事 だ と言 え るか も しれ な い。 この 辞書 は、 そ れ まで の宣 教 師 らの蓄 積 を生 か しな が ら、 教 育 部 制 定 の 学 術 用 語 も取 り入 れ た36。 但 し この厳 復 が 中心 に な って定 め た 部 定 語 は、 制 定 過 程 な ど まだ 不 明 な 点 一65一

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が あ る だ けで はな く、 現在 の学 術 用語 につ な が らな い もの が多 い。 例 え ば 見 出 し語Aま で の 部 定語 は、1176語 あ り、 う ち、 後 事 → 後 天 、 先 事 → 先 天 の よ うに、70%以 上 が 現在 使 用 され て は いな い訂。 日本 語 と中 国近 代 の学術 用 語 の 関 係 につ いて 大 き く二 っ の時 期 に分 け て 考 え る ことが で き る。1910年 代 まで は 「掌 来 主 義 の時 期 」(取 捨 選 択 を せ ず に、 丸 ご と持 って くる)と 言 え よ う記。 この 時 期 は、 必 要 に 追 わ れ て 、 個 々 の訳 語 の細 部 ま で吟 味 す る時 間 もな く、 同文 の国 、 日本 か ら導 入 す る と い う最 も手 っ取 り早 い方 法 が採 られ た。 日本 の各 種 の 用語 集 、辞 書 、 な い し啓 蒙 的 な書 物 は、 学 術 用 語 を提 供 す る宝 庫 とな った の であ る。 しか し、 西 洋 の新 概 念 は、 日本 で漢 字 の形 に は な った もの の、 従 来 の漢 字 につ いて の知 識 だ けで は術 語 そ の もの の意 味 を理 解 す る こ とが で きな い の は、 む し ろ 当然 で あ る。 そ こへ登 場 した の が術 語 の意 味 を 説 明 す る術語 辞書 で あ る。 そ の最 初 の ものが 、 二 人 の 日本 留 学 の 中 国 人 学 生 が 編 纂 した 『新 爾 雅 』 (1903)で あ る。 『新 爾 雅 』 とそ の語 彙 の概 要 につ いて は 、 沈1993aを 参 照 さ れ た い が、 本 書 は、 そ れ ま で の 対 照 訳 語 集 と違 っ て 、 中 国 最 古 の辞 書 『爾 雅 』 に代 表 され る伝 統 的 な訓 釈 法 で 、2450余 の キ ー ワ ー ドにつ い て 解 釈 を施 して い る。 同書 で取 り上 げ られ た キ ー ワ ー ドの殆 ど は その ま ま今 日 の学 術 用 語 に っ な が って い る。 そ の他 に 、 『漢 訳 新 法律 辞 典 』(張 緯 光 訳 、 1905)、 『日本 法 規 解 字』(銭 悔 等 、 商 務 印 書 館 、1907)な ど い くっ か の 日 本 の術 語 辞 書 の翻 案 が 現 れ た 。 これ らの 辞 書 は、 翻 訳(者)の た めで は な く、 訳 書 を読 解 す るた め だ と い う、 それ ま で の用 語 集 と異 な る 目的 を持 っ て い る。 「新 爾 雅 』 に、 編 纂 者 の 目的 を窺 え る序 文 等 が な いが、 『日本 法 規 解 字 』 は、 巻 末 の 注 記 に よ る と、(商 務 印書 館 が 翻 訳 出 版 した)『 日本 法 規 大 全 』 の難 解 な術 語 に注 釈 を付 け た もの で あ る。 最 初 は訳 書 の後 に付 して 一66

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中国 の近代学術用語 の創 出 と導入 いた が 、最 近、 日本 語 の翻 訳 書 が多 く出版 され て い るが、 政 治 、 法 律 の訳 書 は、 日本 の術 語 を そ の ま ま使 用 す る もの が多 く、 初 心 者 に は極 め て難 解 で あ る と い う事 情 に鑑 み、 日本 の訳 書 を読 む た め の手 引 きと して 本 書 を単 行 本 と して 出版 した、 とあ る。 従 って、 これ らの術 語 集 は、 原 語(英 語 等 の 西洋 言 語)を 示 す こ とな く、 漢 字 の文 字 列 に語 釈 を加 え る だ け とい う体 裁 を採 って い る99。これ は この 時 期 の 用 語 集 の大 きな 特 徴 で あ る。 そ の 後 の民 国 初 期 ま で の用 語 集 も、 多 か れ少 な か れ この傾 向 を持 っ て い る。 1919年 の新 文 化 運 動(五 四運 動)を 境 目に、 そ の後 は 、 「学 術 用 語 の 整 理 期 」 に はい る。 意 味 の説 明 が さ れ て い るが、 英 語 な ど の原 語 が 示 され て い な い翻 案 術 語 集 の刊 行 は、 や が て訳 語 の混 乱 に拍 車 を か け る結 果 を招 く こ とに な った。 学 術 用 語 の体 系 的整 備 は、 西 洋 言 語 に対 す る一 対 一 の固 定 した翻 訳 関 係 の樹 立 に他 な か った か らで あ る。 そ の後 の術 語 集 、 辞 書 の多 くは、 英 一 日一 中 とい う形 を採 って い る こ とが注 目 され る。 この時 期 の も う一 っ の特 徴 は、 術 語 集 の 出版 ラ ッ シ ュで あ る。 例 え ば、1902年 まで は、 宣 教 師 主 導 の術 語 集 、 訳 語 対 照 表 は、 あ わせ て15種 しか な い の に対 して 、 1903年 ∼1919年 の間 は、 合 計33種 に な り、1919年 ∼1949年 は、 一 気 に220 種 類 以 上 に のぼ っ た4"。 民 間 の努 力 に対 し、 政 府 も側 面 か ら支 援 す るよ うに な っ た。 『医 学 名 詞 彙 編 』(1931)の 序 文 に よれ ば 、 中 国博 医 会 は、 早 くか ら名 詞 委 員 会 を 組 織 し、 医 学 名 詞 の 選 定 を進 めて きた。1915年 春 、 上 海 集 会 の時 、 中 華 医 学 会 、 中 華 民 国 医 薬 学 会 、 及 び江 蘇 省 教 育 会 も加 わ り、 医 学 名 詞 審 査 会 を設 立 した。1918年7月 第4次 会 議 の際 、 教 育 部 の後 押 しを得 て組 織 を拡 大 し科 学 名 詞 審 査 委 員 会 と改 名 した。 医学 の他 に、 化 学 、 物 理 学 、 数 学 、 動 植 物 学 の 術語 を も討論 す る よ うに な った。 選 出 され た術 語 は最 終 的 に教 育 部 の 一67一

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審 定 を受 け るの で あ る。 しか し、 政 情 不 安 や戦 乱 な どの 原 因 に よ り学 術 用 語 選 定 の仕 事 は なか な か進 ま ず、 多 くの術 語 集 の公 刊 は、30年 代 に 入 っ て か らの こ と に な る。 1930∼39年 まで の10年 間 に出 版 され た 術 語 集 、 用 語 辞 典 は、 百 種類 を超 え る。 注 1 9 ρ り 0 4 民 U 農 U ワ 7 8 Q り 10 11 12 参 考 文 献 参 照 。 な お 、 政 治 的 影 響 の 少 な い 台 湾 で は 、 王 樹 塊 ら が 早 く か ら こ の 問 題 に 注 目 し た 。 参 考 文 献 参 照 。 『近 代 日 中 語 彙 交 流 史 一 新 漢 語 の 生 成 と 受 容 』 笠 間 書 院 、1994 王 樹 椀1969。 な お 、 本 稿 で は 、 明 末 清 初 の イ エ ズ ス 会 士 ら に よ る 西 学 の 導 入 に は 触 れ な い 。 王 樹 椀1969、 顧 長 声1991、38-39。 吉 田 寅1986。 Therehasbeenmuchdifficultyexperiencedinfixinguponnew termsandfindingsuitablewordsforunnamedorimproperly describedpartsofthehumenbody…ChineseRepositoryVol.XX, Aug.1851,538-539.吉 田 寅1986。 沈 国 威1994,141。 20世 紀 に 入 っ て か ら も、 西 洋 人 に よ る述 語 作 り と 日 本 製 訳 語 の 借 用 は 、 し ば ら く同 時 進 行 的 に 継 続 し た 。 『官 話 』(1916)は 、 前 者 の 最 後 の 仕 事 と 言 え よ う 。 王 揚 宗1991が 指 摘 し た よ う に 、 新 教 宣 教 師 の 科 学 知 識 の 水 準 は 、 明 末 清 初 の イ エ ズ ス 会 士 ら に 比 べ れ て 遥 か 及 ば な い が 、 中 国 文 人 、 官 吏 は も っ と 無 知 で あ る。 王 樹 椀1969。 『全 体 新 論 』1851、 『博 物 新 編 』1855、 『西 医 略 論 』1857、 「婦 嬰 新 説 』1858、 『内 科 新 説 』1858。 以 上 五 種 が 『合 信 医 書 五 種 』 と 呼 ば れ て い る 。 但 し 『博 物 新 編 』 は 、 厳 密 な 意 味 で の 医 書 で は な い 。 一 砧 一

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13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 中国の近代学術 用語の創 出と導入 ホ プ ソ ン の 用 語 集AMedicalVocabularyEnglishandChinese, Shanghai,1858に っ い て、 これ ま で多 くの論 考 が触 れ た。 那 須 雅 之 氏 の ご教 示 に よ れ ば、 この用 語 集 は、1870年 代 に、 一 度 増 訂 さ れ た よ うで あ る。 本 書 は、 後 に ロ ブ シ ャイ ド(羅存 徳 、W.Vobshied)に よ って訂 正 、 増 補 され 、 声 調 も補 わ れ た。 ま た、 ロ氏 の 『英 漢字 句 』(1867)も 同 じ体 裁 の も ので あ る。 墨 海 書 館 の訳 書 は、 巻末 に訳 語 対 照 表 を付 け る よ う に な っ た 。 例 え ば 郭 金 彬 1991、 王揚 宗1991な ど は、 『代 微積 拾 級 』 の 巻 末訳 語 対 照 表 に 言 及 した。 但 し、 王 氏 の指 摘 した よ うに、 この訳 語 対 照表 が、 そ の 後 の刊 本 か ら外 され た。 日本 で は、 国会 図書 館 、 大 阪府 中之 島 図 書館 に所 蔵 され た 『代微 積 拾 級 』 に は、 い ず れ も この表 が な い 。 上 野 益 三1980、 杉 本 っ とむ1985。 吉 田 寅 に よ れ ば、 『全 体新 論 』 が や や遅 れ た ほか に(1851年 に出 版 、1858年 に 翻 刻 版 が刊 行)、 他 の4書 は、 殆 ど中 国 刊行 の 翌 年 に 日本 で 翻 刻 本 が 出 た。 沈 国威1994、144。 但 し、 『西 医 略論 』 に 「炎 証 」 とあ る。 「炎 症 」 は、 巻 上 の 数 例 の み。 例 え ば 『袖 珍 医学 辞彙 』(伊 地 知 英 太 郎 等 、1886)、 『羅 独 和 訳 医 学 字 典 』(川 村 正 治 等 、1899)な ど。 〈 〉 中 は、 割 り注 で あ る。 な お 「炎 法 美 順 」 は、inflammation音 訳 で あ る。 そ の後 、 「炎症 』(1881,J,K,Kerr)と い う書 名 の医 書 が 出 版 さ れ、 ホ ブ ソ ン の 「炎症 」 が 中 国 で も継 続 され た。 但 し 「肝 炎 」 「胃炎 」 な ど の 「一炎 」 複 合 語 が 日本 語 借 用 の もの が 多 い 。 傳 蘭 雅1880に 、 「以 字 典 内 不 常 用 之 字 釈 以 新 義 而 為 新 名 、 如 … 鉾 等 是 也 」 と あ る。 実 際 の使 用 は、 『化学 鑑 原 』 と同 続 編 、 補 編 を訳 出 し た 同 治9年(1870)頃 で あ る。 宣 教 師 を辞 任 した傳 蘭 雅 が 新 た に加 わ って 大 い に活 躍 した。 傳 蘭 雅1880。 鄭 振 環 に よ れ ば199種 類 既 刊 書 の他 に 未 刊 の もの も多 数 あ る 。 ま た 傳 蘭 雅 が 1890ま で に述 語 を36000語 以 上 作 成 した と報 告 した とい う。 王 揚 宗1991。 『上 海 県 続 志 徐 寿伝 』 に 「日本 聞 之 、 派 柳 原 前 光 等 赴 局 、 購 取 訳 本 倣 行 、 今 日 本 所 訳 化 学 書 中 、 名 詞 多 有 相 同 者 、 是 此 故 也 」 と あ る。 王 樹 椀1969。 『近代 来 華 人 名 辞 典 』 に よ れ ば、 マ ッカ ー テ ィ ー 、 ア メ リカ 北 長 一69一

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老 会 の伝 道 医 師 で、1844年 来 華 。1872∼1877ま で 、 東 京 大 学 で 、 法 律 、 生 理 学 の教 授 に務 め た。 29王 揚 宗1991。 30郎 其 照 な ど の他 の 中国 人 に よ る一連 の 辞書 も、 こ の特 徴 を 顕 著 に も って い る 。 厳 格 的 な分 野 別 と い う意 味 にお いて、 ドー リッ トルの 『英 華 葦 林 韻 府 』(1872) は、 最 初 の用 語 集 で あ る。 31傳 蘭 雅 が 、 ま た巻 末 に付 す もの は、 読者 が 原 書 に照 合 した り、 西 洋 人 に問 い合 わ せ た りす る為 に便 利 を 提 供 す る もの だ と も述 べ た。 傳 蘭 雅1880。 32王 樹 椀1969、 王 揚 宗1991。 33『 辞 源 』 『辞 海 』 な どの 国 語 辞 書 に お け る術 語 につ いて 別 稿 を 用 意 し た の で 、 そ ち らの方 に譲 る。 34『 華 英 音 韻 辞 典 集 成 』 は、 文 法 用 語 の 略 語 記 号 が あ るが 、 学 術 用 語 は、 語 釈 で 個 別 的 に付 け た程 度 で あ る。 35沈 国 威1994、194-202。 36巻 頭 の序 文 に、 宣 教 師 らの辞 書 が 十 数 種 類 参 考 文 献 と して 挙 げ ら れて い る。 37日 本 の場 合 は、 江 戸 蘭 学 の成 果 は、 明 治 維 新 後 隆 盛 した英 学 に よ って 継 承 さ れ た。 少 な く と も明 治20年 代 まで は、 英 学 の 重 鎮 は、 蘭 学 出 身 者 の転 向 組 で あ っ た。 こ の点 は中 国 と も最 も大 き い違 いで あ ろ う。 筆 者 は、 中 国19世 紀 の英 学 と そ の後 の新 学 の間 に、 む しろ大 き な断 層 が あ る と考 えて い る。19世 紀 の訳 語 は、 直 接 の形 で は利 用 され て い な い。 言 う まで も な く、 伝 承 につ いて 軽 々語 る べ き で は な い。 よ り慎 重 な、 実 証 的 な研 究 が 必 要 で あ る。 38魯 迅 らが 「章 来 主 義 」 と い う表 現 で こ の時 期 の西 洋 文 明 の摂 取 を言 い表 して い る。 39こ れ が 日本 語 で あ る と い う意 識 が 一 般 の読 者 に は な か った よ うで あ る。 ま た 日 本 も江 戸 時 代 後 期 か らあ る書 物 を読 む た め の字 書 が多 数 出版 さ れ た。 興 味 深 い 近 似 性 で あ る。 40こ の数 字 は、 筆 者 が 那 須 雅 之 氏 と の共 同研 究:「 中 国近 代 学 術 用 語 辞 典 解 題 」 の調 査 結 果 の 一 部 で あ る。 参 考 文 献 江南製造総局翻訳西書事略1880傳 蘭雅 格致 彙編 第3年 巻5 一70一

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中国 の近代学術用 語の創出 と導入 清 末 翻訳 名 詞 的 統 一 問題1969王 樹 椀 近 代 史 研 究 所 集 刊 第1期 基 督 教教 育 会 及其 出 版事 業1971王 樹 椀 近 代 史 研 究 所 集 刊 第2期 清 季 的 広 学 会1973王 樹 椀 近 代 史 研 究 所 集 刊 第4期 "科 学" 一 詞 的来 歴1981楊 文 衡 中 国 科 技 史 料1981 ,(3) 徐 寿 父子 年 譜1981張 子 高 ・楊 根 中 国 科 技 史 料1981,(4) 談"化 学"一 詞 在 中 国和 日本 的 由来1981播 吉 星 情 報 学 刊1981,(1) 十九 世 紀 中 国数 学 家 李 善 蘭1982李 迫 中 国 科 技 史 料1982,(3) 墨海 書 館1982胡 道 静 ・王 錦 光 中 国 科 技 史 料1982,(2) 従r化 学 初 階』 和 『化 学 鑑 原 』 看 我 国 早 期 翻 訳 的 化 学書 籍 和 化 学 名 詞1982張 子 高 ・楊 根 自然 科 学 史 研 究Vol.1(4) 明 清 時 期(1640-1919)化 学 訳 作 書 目考1984播 吉 星 中 国 科 技 史 料Vo1 .5, 1984,(1) 格 致 書 院 与 『格 致 彙 編 』 一紀 念 徐 寿 逝 世一 百 周年1984王 治 浩 ・楊 根 中国 科 技 史 料Vo1.5,1984,(2) "地 質" 一 詞 何 時 出 現 干 我 国 文 献1984李 那 栄 中 国 科 技 史 料VoL5 ,1984,(3) 徐 寿 父 子 、祖 孫 訳 著 簡 介1986徐 振 亜 ・玩 慎 康 中 国科 技 史 料Vol.7、1984 ,(1) "営 養"詞 意 考1986周 啓源 中 国科 技 史料V o1.7,1984,(4) 明 清 時 期(1640-1910)物 理 学 訳 著 書 目 考1986王 氷 中 国 科 技 史 料Vol .7, 1984,(5) 中 国 医 療伝 道 とホ ブ ソ ンの 中国 語 医学 書1986吉 田寅 幕 末期 医 学書 復 刻 皿 「宣 教 医 ホ ブ ソ ン(合 信)の 医学 書 」 解 説 中 国近 代 化 学 大 事 記1987王 治 浩 中 国科 技 史 料Vol.8,1984,(1) 京 師 同文 館 及 其 歴 史 地 位1987王 大 明 中国 科 技 史 料VoL8,1984,(4) 京 師 同文 館 中的 化 学 教 育1987徐 振 亜 中国 科 技 史 料VoL8,1984,(5) 関 干"植 物 学"一 詞 的来 源 問題1988涯 振 儒 中国 科 技 史 料Vol,9,1984 ,(1) 江 南 製 造 局 翻 訳 館 史 略1988王 揚 宗 中 国科 技 史 料Vol.9,1984,(3) 近 代 科 学 者 徐 建 寅 和 他 的訳 著1989徐 振 亜 中 国科 技 史料Vol.10,1984,(2) "柔 夷"与"棄 黄"考 弁1989圧 子 春 中国 科 技 史 料V ol.10,1984,(4) 関 干 『化 学 鑑 源 』 和 「化 学 初 階 』1990王 揚 宗 中 国 科 技 史 料Vol.11, 1984,(1) 関干 『金 石 識 別 』 的 翻 訳 、 出版 和 底 本1990王 根 元 ・崔 云 昊 中 国科 技 史 料 一71

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Vol.11,1984,(2) 京 師 同 文 館 的 医 学講 座1990高 驕 中 国科 技 史料Vol.11,1984,(4) 清 末 益 智 書 会 統 一 科 技 術 語 工 作 述 評1991王 揚 宗 中 国 科 技 史 料Vol.12, 1984,(2) 論 明 清 科 技 文 献 的輸 入1993李 素 槙 ・田育 誠 中 国 科 技 史 料Vol.14,1984,(3) "鉱 物"詞 源 再 考1993崔 云 昊 ・陳云 彦 中 国 科 技 史 料Vol .14,1984,(3) 早 期 医 学 名 詞 統 一工 作:博 医 会 的努 力和 影 響1994張 大 慶 中 華 医 史 雑 誌Vol, 24,1984,(1) 我 医 学 に使 用 せ らる る解 剖 学 語 彙 の 変遷1932-33大 鳥 蘭 三 郎 中外 医 事 新 報 VoL1189-1193 r代 微 積 拾 級 』 的 原 書 和 作 者1992張 萸 宙 中 国 科 技 史 料Vol.13,1984,(2) 我 国 最 早 的 一 部 近 代 生 理 学 訳 著 一 『身 理 啓 蒙 』1992曹 育 中国 科 技 史 料 Vol.13,1984,(3) 『新 爾 雅 』 とそ の 語 彙 につ いて1993a沈 国 威 松 蔭 女 子 大 「文 林 」27号 現 代 中 国 語 にお け る 日本 製 漢 語1993b沈 国 威 日本 語 学VoL12,1984,(8) 新 伝 教 士 早 期 中 文 書 刊 出 版 史 研 究1992-93熊 、月 之 出版 史 料1992(3,4), 1993(1) 1842年 至186G年 西 学 在 中 国 的 伝 播1994熊 月 之 歴 史 研 究 総 第230 付 記:本 稿 執 筆 の 際 、 那 須 雅 之 氏 よ り、 多 数 の貴 重 な 資料 の ご提示 とこ恵借 を賜 り、 記 して 衷 心 よ り謝 意 を 表 した い。 一72一

参照

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