メキシコ綴濟に於ける勢働力問題 六六
メキシゴ経濟に於ける勢働力問題
和
田俊
二
序 從來の物産論を中心課題とする経穴地理學においてさへ、努働力の問題は決して等閑に附せられた傾きあるとは云えな い。けれどもその問題の取上げ方から見れば、藪に吾々が意圖するものは経濟地理學において重要課題の一つであるにも 拘らす洵に寂蓼の感がないでもない。即ち勢働力の渦不足、勢働力の不足を補給する爲に勢働力余剰地域からの入間の移 動現象やその質の善悪が産業の性質や愚管に及ぼす影響に署する研究、即ち景雲力の量と質との關係の究明である。 世界に於ける勢働力の地的分布は概ね各地方におけ協原住者の多少疎密に比例する。近代文明の初期にあっては地球上 麺類の棲息地は既に豊富なる原住者を有する地方と甚だ稀薄なる地方とに分れていた。入類の棲息せざる地方は棲息せる 地方よりも寧ろ大であった。然るにその後疎密の差を精少ならしめたものは植民と移民とであったと難も、資本主義生産 配備は勢働力の地的分布に從うとは限ら手、必然人口稀薄なる地は多くの勢働者を需要し、豊富なりし地方は之を供給し て來た。而して原住者多き地方は皆勢働力供給地であるかと云うに必ずしもそうではなかった。文化進める國は人口多く とも術多くの心墨力を需要し時には勢焔力過剰を來すのはただ贅底t鵡経濟の民博循環の法則に唱うのみである。た望原 ① 仕者勿く文化開けざる國は肖か・レノ世界における可用労働カ所在地・供給地として存在したことは事實であった。然るにかかる國際問の悪騒移動においては、需要地と供、給地の地理的位置の緯度的椙違に基いて惹起する氣候攣化が勢働力に與え る影響は大きいことは云う迄もない。このことは國際聞の勢働移動にあらすとも、 一國内における氣候憂化甚しき場合に は同様の現象が見られろ。藪に取上げんとするメキシコは即ちこれであろ。 メキシコの世界脆化史上における地位は甚だ古いけれども、現代世界緯濟上に忌むる地位は甚だ後進的であると雪って よい。この國は農業國としては猫佛よりも潜勢力を有ち、一物埋藏量においても爾國を凌駕すると云ふG又二大商海に臨 み且つ世界的工業國家に隣接しているその全土の位置は世界の無体の地とは比較にならざる好個の位置を温むると云って よい。然るにメキシコ農業は自國民にさえ充分なる供給を爲さす、興業生産もその潜在力を遙かに下回る歌態にある。貿 易においても面積メキシコの十六分の一に過ぎざる小島キューバに及ばす、杢工業.生漆も合衆國の一都市の西陣額以下で
②
ある。メキシコの後進地域と稻えられる所以は萢にあると云えよう。人はその原因をメキシコの政治的胱図心状態に蹄 ③ し、片やこの國居住の少敷白人の統治力と大富源開獲能力の餓如を指摘せんとする。吾々はいすれをも否定しない。後進 性は決して忌避なる原因に蹄せられ得る性質のものでないからである。だが、吾々は後進性の依って練る軍戸なる原因の 一つとして努働力の問題を新たに指摘しなければならないことを本稿に於いて強調するであろう。@@
③ 拙著、勢働の経濟地理學一勢働と世界環境、昭和二十六年、 一一七頁。 界=9≦ゴ謬ぎ。げ鎚昌傷く●ρ句ぎ。﹃自8じ9昌一〇〇〇c﹂含量℃7事咳●属・讐球Ψじ︻”︼γ巳蕊Q。・ メリカの世鼻後進地域叢・計書の︸封象となってみる。 \ミ“・噛℃●培○σ● メキシコの人種構造と瀧倉階級 現在も省メキシコはトルーマン計書を侮するア 現在のメキシコには後述する様に入心的匿別も枇會階級と云うものもない。ラテン㌔アメリカ諸國に共通する樽に、合 メキシコ脛濟に於ける勢働力問題 六七メキシコ経濟に於ける勢働力問題 六八 衆國憲法に範をとり、共和制を採用した結果である。とは云え四書紀に亘る西班牙植民地としてのこの國の馬齢は一朝に してこの永い封建的墜制の遺産を清算することも潤汚す、現在にも術多くの古きものがこの國の底流を卸している楼に思 えるから現代メキシコの勢働力問題もかかる歴史的理解なくしては完発に把握され得ない。 而してメキシコにおける勢働者それ自体は嘗ては一つの黙思階級を青した。それは入種的匿別そのものが就愈階級に一 致すると云うこの國の植民地時代のカースト制震においては、必然勢働者階級と云うものも入種的直別の上に措定されな ければならなかった。だから吾々は先ずこの國の入種構造を明かにしよう。 ≧①×鋤コα①﹃︿oロ閏坦ヨσ9鼻によれば︼八○○年にはメキシコ奈人口は六、一二二、三五四で、 この中白人は一八%、メ スチソ︵後述︶二二%、インディアン六〇%であった。一八九五年には白入は一ご一%、混血種は四七%に増掴し、インディア ンは三一%に減少した。この統計で混血種及びインディアンに關しては正確ではなかったことは想像出來るとしても、イ ンディアン入口の減少と混血種の堀加の傾向は一般に訴えられ得ることである。インディアン減少の原因は育兇法の無 ピア曽一ジ ① 硯、住居や脅慣の不衛生、部族結婚、℃o◎塁砦︵後述︶に諭せられているが、多くはインディアン胱會に内在する原因で であり、勺oo旨90ぬ。のみが西班牙植民の結果より生起する原因である。他の識者によれば﹁一五二一年には︹メキシコ歪人 口に思し︺二種の評領がある。即ち一つは七〇〇万とし、他は九〇〇万とする。然るに征服後の敷年にして土人の間に大 きな惨害が與えられた。戦孚、彊制移住、鑛山勢働、固有傅染病及び帯磁系傳染病が州民を揉踊したのである。⋮⋮和田 ② 略⋮⋮征服後二七〇年にしてメキシコは僅かに四五〇万しか持たなかった。﹂と云う。弧制移住や五山努働は直接間接に ノ 前述の℃ooロ9箔①に關聯をもち、インディアン人ロ減少の有力な原因となったが、次章において詳細究明すること、する。 ③ 而してその後メキシコ入口は増加傾向にあろが、高祖構造については漸次明確な調査績果が得られなくなる。それは現 メキシコ政府が謬臼。即ちインディアンと云う語は定義が下され得ない様な不正確な言葉であると云う距由の下に、メキ 質
’ 9 シコにおけるインディアン人ロ数を一入種として調査する試みを放棄し、改めてインディアン語を語る住民敬を調査する ことにしたのである。その結果一九四〇年の人口調査にあっては、三十三のインディアン語群の中のいずれかを語る者が 一、二三七、〇一八で、西班牙語とインディアン語をいすれも語る者は一.二五三、八九︸で、合計二、四九〇、九〇九人で あった。この調査は五才以上の者について行われたから、要するに五才以上の町人口中一四・八%がインディアン語を用 ④ うる佳民と云うことになる。 ・ 斯の如く現在にお.いては人口調査でさへ人種的要素に基く代りに言語と云う文化的要素に基いて行われる結果、人種構 造については正確な数宇を得ることは出來ない。入種的要素に基く調査が慶止された理由の一つは人種的混溝が齎した複 に 難なる入種要素をもつ一部の住民に悪して、入種的要素に基く調査が困難となったことは推論に難くはないが、他の理由 は一八二四年の憲法により入館的匹別が腹止され、これらの種々の人種的要素が表.面的には自由と平等を獲得し江結果で
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ある。だがメキシコ憲法が樹種的串別を魔止し、表.面的にでもいすれの上種にも雫等と野山を與えなければならなかった ことから蓮に推論することも容易である様に、事嵩上、植民地時代の遺産として、メキシコには肚魯階級制度が存在しそ れは人種的雪嵐そのものの上に措定されて來たのである。よって吾々はメキシコの勢働者階級及び勢働力問題を論ずるに あたっても、この國の人種的構造の歴史的生成が無言さるべからざる所以が蕪にある。 コンキスタドドル 白点の書契階級を爲すものはOoロρ三ω霊戯。搬征服者及びその子孫並びに西班牙よりの新しき植民であった。併し酉班牙 は本國人工のダンピング・ブレースとして植民地を利用せす、アメリカ渡航者へは植民としての適格性が潜思に審議された 上で許可を授けた。それは當時本國は自習の甚しき損失なしに多数の移佳者をアメリカに途り得る程十分に職業人口がな ⑥ かったからである。だから移住は遍々たるものであり、常に質溺であった。又植民者の愛國心及び宗教心に危険を及ぼす 者の渡航は許可されなかったから西班牙入以外の外國人は除外された。併し一五八○年より一六四〇年に亘って、西班牙 ㍗ メキシコ経濟に於ける勢働力問題 六九 、メキシコ脛濟に於ける勢働力問題 七〇 王室がポルトガルに君臨する聞は葡萄倉入の渡航も多敏あったとしても杢体から見れば非西班牙的要素は僅少であった。 クリオロリョス この縞入は夙に二つの群に分れ、根強き反目を持つた。即ちアメリカ生れの〇二〇=oω︹。﹃。。一。︺と西班牙移民口糧を指し ペニンスラロレス て云う℃①三旨ω巳程①ω︹本隠亡即ちイベリア牛島人の意︺とであり、前者は云う迄もなく数に於いて遙かに多数であった。 エンコメンヂロ O﹁す躍。ωの若干は国μooヨ①ロ血興。の︹署8・召書^ぎを所有する者−次章にて説明するロであり、 その他の者は貿易・鑛業に從下 したが、大部分の者は農園及び牧場を所有した。これらのエステートは廣大で長子相績が保誰され且つ富裕なる土地所有 者及び鉢山所有者は西班牙王室より貴族の稻號を買取ることが出世た。然るに一方℃o巳ロω三揃①ωは政府及び藤島の高職 に就くもの多く、叉大商人も多くは彼等であった。植民地初期にはパン屋・大工・靴屋・その他の職人は西班牙入であっ たが、勢働と云うことがインディアンや奴隷の職能と考えられたこの植民地就會に於いては、かかる熱雲勢働さえもこの 、 ⑦ 優越民族は嫌うに到ってこれらの職種は他の階級に移行した。 露店階級において白人の次に混血種の階級があった。彼らは緻の上では測らすも最大となった。それは初期の遠征に際 して、アメリカへ渡航せる西班牙婦人は殆んどなかった爲に、インディアン婦尺との難症が盛んに行われ、叉當局によつ メスナロソ ても奨働された。その結果白人を父としインディアンを母とする者が生れ、竃①ω駄Noと呼ばれた。彼等の或る者は白入の 父より都市における市民灌と財産とを譲受け、上暦階級の一員となったが、他の者は母と共にインディアン龍魯に留っ た。彼らは彼らだけの別個の群を形威したが西班牙人の側からは雫等なものとは受入れられなかったとは云え、彼ら自身 はインディアンに聾しては優越観をもつていた。他の棍血の場合と同様に爾親の最悪の性質ばかりを承綴いでいることが 多いと云われる。これは親たちの民族的傳統によって砥茶を受けることもなく、叉親たちの道徳的規範によって幸される 機魯も持たなかった彼らの群に於いては至極當然と云わなければならぬ。それにも拘らす害。ωけ冒。のか、る無計誤的出 現は欧洲人のメキシコに封ずる不渕の且つ恒久的寄與であってメキシコ入ロの最重要な要索となっている。又欧洲文化の 聖
騎 ゆ ’ インディアン吐命への無自畳的な蓮搬人となり同時にメキシコに於ける入種群と言語群との聞の自然の連鎮となつあ11ので
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ある。捜等は植民地時代には都市に於ける職人階級を形成し、叉彼らの多くはプランテーション及び鑛山に於ける監督者 となり或いは少激は猫幽した農夫となり、叉螺馬駅者、聯獣駅者となり、その他は通常の筋肉勢働者より一歩高き職業が ⑨與えられた。 、
かくして藪に最下暦の筋肉勢働者階級としてのインディアンの瀧會的地位が浮び上って躍るのである。かように植民地 蹴會は嚴然と入種的塁上に基いて劃定された幾多の愚作階級に分けられた。即ち前述せる最上唐より℃①三等ω三費①ρO﹃学 ムラトス サンボス O嵩Oω℃H≦①ωユNOω︾︼≦賃一凶けOω︹白人と黒人との混血種︺、N勉ヨびOω︹インディアンと黒影との混血種こ一5集Oω︹インディアン︺Z①ひq暢O自 由民、2①鵯。奴隷の順序に配列されるがメキシコに要しては]≦三二09N①ヨσ09Zo讐。ωは瀧禽的地位を占むる程の数が 存在しない。 或る者に特殊なる特質を與え、或る者を他の者と差別せんとする西班牙政府の政策は、實に植民地を母体とする政治的 ⑩ 團結を妨霧する爲に、嫌悪と劃抗とを生ぜしめんとする遠謀深慮に則すると解されている。@@@@@@@@@
﹀=母。’く鈎蓉認。ロζ葺冨。=﹃o諏質蜜。巳8︵聲。笠£︶帥巴営車#暫導凶βご梓﹃d=き.層く。剛●置くh=︶℃㌃節bo噂 鴨﹁鎚昼押黒5昌㊦巳︸断皆脚口鱒﹂≦①凱8飼円7Φo麿窓=晩P一Φ♂、深憂8自切⇔コ﹁魯3堵●嘱﹂目⑫OP軍P oαc酔霧琶参。遣げ属魯﹁︸ぎ。﹃目⑫ヨ鞠 弓帥き巨豊奪二M5︾o︾馬疑.︾冒・HしQ・ 5鴛口。=お=挙も、●竃“・矯7㊤QbっN。 臼。多”ロ嵩・bざけユ多訟。剛蚤かコ図。ざ三巴讐四〇言078︵倉α。。9。・5詔旨5言養︶藩門一凶∼︼⑩bo♂h 諏・密・ b琵費¢鱒藁ぼ①門竃=霞。“弓7¢,,仲ぎ≧器二〇睾男みや=二凶$”﹀︸嵩。。8蔓鴇曽3①︵年‘日ヨρ℃.量・ 弓色昌窪7砦巨︾o博●職馬●.7頴・ まロ霞ρq㌻ミ5筥︾・ざ一“H・ メキシコ経濟に於ける勢働力問題 、 七一 臨⑩ メキシコ経濟に於ける勢働力⋮悶題 、ミ賊己℃●鵡・ 七二 9 ニ インディアン⋮労働者素質と強制勢働制度 嘗て英國植民が北米海岸地方に定著し、此塵より漸次内陸に開拓の歩を進めたのに指し、西班牙人は海岸地方を越えて直 ちに内陸高原にその植民活動を始めた。爾國民のかかる相違は植民活動の本心の相違に基くことは云う迄もない。北米に 封ずろ英國植民の目的は移佳にあったと云ってよい。彼らにとって組唄に類似せる風土は定著の爲に不可歓事件であり、 原曝者の存在は寧ろ彼らには邪魔となる存在であった。然るに西班牙人は自からの螢働を以て開拓を志すものではなく、 征服者として、叉富源を粗櫛して、早耳力を原忍者の搾取に期待して填た、云わば支配階級としてアメリカ植民地に來た のである。叉異型の如く、彼らの海外出奔は國家の悪阻な制限を受けていた爲に彼らの少敏の勢働力を以てしては如何と も爲し難かった。 ’ されば彼らにとってラプラタ河流域や現在の合衆國領土の如き、たとえ肥沃且つ温和な地域であっても、ラテン・アメ リカ程に彼らの關心をそそらなかったのは、その地の原住者たるインディアンの数が余りに少いか或いは野蟹に過ざる爲 に、勢働者として利用出來なかったからである。このことは例えば西印度における初期の植民地でさえ、その地の土入の 絶滅後は放棄されたことを見ても明かであろう。西班牙領植民地の中でも最重要なるものはインカやアステックの古き領 域であったのは、此らの領域においてはインディアンは既に比較的文化が開けていたからである。それ故に、古きアステッ クの領域即ちメキシコに於ける亘大なるインディアン人ロは勢働力として彼らの植民地経濟生活の不可歓の重要因子であ った。 募働者素質本國政府はインディアンが自由民であり、彼らは自からの意志と公正なる賃銀の爲に勢僻するものである
と云う建前を以て彼らに臨んだ。然るに如何に彼らに勢働を論得しても、本來勢働の報酬としての賃銀と云う観念は彼ら の体験、には存在しない外項のものであったし、金は彼らにとっては何の意味も持たなかった爲に、彼らの自由意志による ① 公正なる賃銀の爲の勢働を彼らに求むることは至難のことに驕した。 ・ 思うに、氣候穏良にして常に止る種の牧穫があり、從って凶作に喰うべき必要もない環境に生活する彼らは自己の土地 を耕作することによって自己の輩純な慾望を満足さすことが出丸た。然もそれ以上を求むる野望もなく利己心も歓如し、 事に不満を懐くことなく、從って自己の境遇を改善して財を蕗介せんとすξこともない無智な自然民族であった。かかる インディアンを鼻翼力として利用する場合高き能率を望むことは毛頭出來なかった。たとえ彼らを韓藍に就かしめた場合 でも、其の日に與えられた一定の仕事以上に彼らを弊卸せしめんとするには、その定時外の紅塵時罰だけは他日彼らに與 ﹁ えらるべき休日として保細しなければならぬのである。從ってその低き勢働能率を補わん爲には勢働者の数を塘加する外 ② に方法がないと云う。 インディアンを勢働力として利用する上に第二の障害となるのは、彼らの故郷への執着性であり、このことは延いては 割雄性を生する原因でもあるσ彼らは住み慣れた環境に皇国として容易にその地を離れようとしない。この執着性は彼ら ③ の一般的特性であって彼らを他の勢塵地に韓ぜしめんとするも殆んど不可能であると云う。 彼らの生殖の地方性に封ずる執着心の張烈さは延いては現在のインディアン諸部族の割擦性となって現れて摩るσこれ を冠する一つの裏實はインディアン語群の地方養畜性である。メキシコ政府は人気調査に當り、三十三のインディアン語 群を分類したことは前蓮の通りであるが、タンネンバゥムに依れば、これらの語群の相違はヘブライ語と支那語とブイン ヤ キ ランド語の相違ほどであると云う。叉話法ρ民族がメスチソを指してπ他の國艮.”と呼ぶのはまだ了解に苦しくはないと しても、嘗て同氏が嶋鋤ρ巳族訪問の後、臥起ρ呂族の領域を立去るや反射的に同行の友人はωo∋oωΦω賃麟口U簿。ω鋤ρ三“こ メキシコ脛濟に於ける勢働力問題 一 ・ 七三
メキシコ経濟に於ける勢働力問.題 七四 一 こでは吾々は外紙人だ11と叫んだと云う。このことは公的言語・風饗などが全く外國的なほどに相違している大小の地 域がメキシコ一区内に混在している状態を理解する一つの鍵でもあると云えよう。これは更に大きな民族丈化をもてる マ ヤ スカタン 寓帥く2。族の根糠地団ロ。古き牛島についても云い得ることであり、 マヤ族四〇万の住民は彼らの風習・傳統・住所更には ④ 言語の保存の爲に強烈な希いを持っていると云う。この事實から更にインディアンは地方的性格をもち、彼らには國家と 云う観念すら持っていないと云ってよい。 植民地時代における強制聲働制度 西班牙がこの植民地経螢に焦り、インディアン弊働力に期待する虚極めて大であっ たにも拘らす、インディアンは隊洲人の繧濟方式を理解することも出敢ない自然民族であった。彼らの常客意欲の敏如と 生來地方性への執着心の弧烈さの故に、彼らを植民地誤謬に利用せんが爲には、インディアンに着して或る種の強制を與 エンコモエンダス レパルチミエントス うる必要を西班牙人に感ぜしめざるを得なかった。藪に閑①O鴛ニヨ器昇。φ及び国ロoo巨窪ユ器と稻せられる彊制勢働組織 が夙に西班、牙領アメリカ植民地に行われるに至り、それがメキシコにおいても實施されることになったのである。 閑①づ麟昌繭ヨ藁葺。のと云うのはインディアンの群を勢至を必要とする征服者階級の各個入に割當てる制慶で、既に一混○ ○年よりアメリカ植民地において始められた。西班牙のカソリック王達はインディアンを臼暴民とし、彼らの自由意志に 基いて雇傭宅を斎館し、公正なる賃銀に依って瞥着するものであることを建前として、これが實施を希ったが、彼らは強 制しなければ勢働しないものであることが實諦されるに及んでこの制度は許司されることになった。即ちインディアンの バル︸Pメ・一ブ‘ラス●書置サス 最も熱烈なる擁設者たるドミ自白ン修道士=コ拶昌90ヨ仙厳①冨ωO鋤ω鋤のは土人の完全自由を主張して息ます、彼はインディ アンを奴隷と爲さすとも植民地は成功し得ると云う信念の下に、ヴエネズエラに於いて彼が試み亙る一植民地は悲滲なる 失敗を喫したことがこの制度の實施に重大なる契⋮機を與えたのである。この制度は農園・牧場・鑛山の経螢の爲に必要と される勢働を強制するもので、これらの維螢部門に封し強制勢働が許可されたのは植民地維持の爲に特に此らの部門が必
要であると剰えられたからである。叉道路・町・数理などの公共的なものの建設に、或いは星野の爲にも利用されたが私 ⑤⑥ 的企業には利用されてはならぬものであった。 物心oo乱。民鋤ωと云うのは本來西班牙本項の封建制度に由蒼し、アメリカ植民地建設潮時まで淺存していたものがこの 植民地にも普及するに到つ忙のである。これは廻る個人の功績に煙し與えられる特樺で一定の地域内のインディアンから 貢物を要求する灌利が生する關係である。その代りに国μooヨδロユ笛の所有者たる国⇔ooヨ。βαΦ﹁oはインディアンにキリス ト教の教理を授け且つ彼らに人道的待遇を想えるべきは法によって嚴重に親律されたところである。從って国ロooヨ凶。ロ自騨Ω はただ一定量の貢物を集める擁利だけが認められており、糊入的勢働の給付を張制することは禁じられていた。そこに張 制勢働制度としての幻⑦℃貧昏話㊦馨。ωとの薫別が存在しているのである。それにも拘らす場合に依っては法に違反して個 人的勢働の給付を要求する国ロooヨ冨ロ山荒も生じた。その後国昌8ヨ輸。嵩αのが王室に返還された場合、 これに属していたイ“ , レヒドーレス・一ア●インーアィオス ンディアンは、本來主室領に直恥していたインディアンと同様に、蜀インディアン監察官Oo頃Φ笹αoおωユΦぢα一〇ωに依 って統治されたが、この官吏は在任期間が短い爲に、無尽の団昌oo∋①鼠①脱。とインディアンとの闇の永年の圭從關・係より 生する人全的關係の如きものを持たなかったことはこの官吏をして一暦容赦なき貧慾なる土人搾取へと駆り立てたのであ ⑦ る。 この爾制度はその後植民に與えられた素餐追求に急なる誓言主義者と入道主義者との聞に、磯止か存績かの永き論雫が 矯 置けられ、事機上十八世紀に到るまで淺存した。然るにこの爾制度が駿せられた後には所謂℃①o昌制度即ち℃ooロ9。騎①が 西班牙領植民地に普く行われるに到った。これは契約書・働制度であって奴隷制度ではない。併し勢働者に與えられる賃銀 は極めて微少で備蓄心なき彼らは撃ては歓乏を感ずるに到る。陰干はこの薦むべき無智なるインディアンを容易に負債の 網に陥れることが出來た。ペオンは自由の民となる爲には負債を償却しなければならなかったが、彼らの家族を扶養する メキシコ糎濟に於ける勢働力帽同顯阿 七五 ﹃
メキシコ経濟に於ける勢働力問題 七六 にも事歓く少額の勢賃では如何とも渇し得す、ペオンの子は生るるや已に負債は山の如く、彼はまたその子にこれを傅え るのである。而してペオン制度は一九一七年憲法により勢働者階級の公平なる待遇とその境遇改善とが規律されるまで績 ⑥ . けられ、各地より惨虐なる事實が多く報告されている。 要するに勢働者としてインディアンを欧洲経濟方式の中に利用せんとする爲には、彼らが生來自然民族であったが故に、 何らかの張制を必要とした。それが上述の如き張態勢働制度の組織化となり、また契約勢働制度と結しつ、も、無智なる 彼らを欺騙して勢働を彊制するが如き手段に訴えざるに於いては西班牙領植民地経螢は成り立ち得なかったのであるQ 然るに﹁一九一七年憲法﹂の公布以來、メキシコ勢働者階級の主体を爲すインディアンは植民地時代の封建的魁町を脱 却することが患煮た。﹁この憲法の第百二十七條は勢働法典であり、タンネンバゥムをして云わしむれば、 ﹃少くとも法 ⑨ 脂血においてはメキシコ螢働者は常時他の何れの國に於いても有しなかった地位が與えられた﹄のであった﹂と云われる が、この法によつτインディアンの勢働者としての待遇が改善されることにより、彼ら勢働者の自畳を直属せしめ、それ が生來の勢働者素質を改攣するに到るならば、洵にメキシコ経濟の將來にとって祀輻さるべき事態であると,言ってよいで あろう。
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一>8騨09。こ冨﹃寓=腎9弓︸おH・=。餓昌﹀葺。議。網邑実9一皆=畠”﹀=謬8受サ累◎K・噛H譲ρ︾靱P 大日本文明協會編、墨西嵜、大正三年D一一三三頁。 前掲書、ご三五頁。 句葬ロ膏弓諾ロp窪ぼ二葺ド“誕¢風8“臼、ぎエ錠麟鵬覧φ♂㎏男。暮。琶傷寒肖霧ρ賭●K・’μ慈¢Mコ︾●戸命一μ伊 ≦、の=.に︻窪8洋“弓7ΦOo疑峯⑦馨竃と¢昏8鳩く2.ど亨暴O● と巳耳︹ポ“辱.、職・ψ㍗︵い㏄。 \ミ丸←辱㍗茸一簸W。 大日本文明曾編、前掲書 二三〇一二三七頁。 田中耕太郎、ラテンアメリカ更 下総 二二気頁。三勢働力氣候拘束性
メキシコ氣候の特殊性一特に氣温について メキシコの國土は北緯十四度より三十二度の間に亘り、國土の恐々中央を北回蹄線が横断している。このことは本來な らばこの國が熱帯部分と亜熱帯部分より成ることを意味する。然るに土地の起伏と雨量分布が熱帯と亜熱帯と云う軍純な 水手的配列を改饗する役割を勤めている。この國の南帯は熱帯地域であるにも拘らす、この熱帯部分の牛ばを占める中央 高原の廣さと高度はこの國の大部分を淵帯乃至亜熱幣的なものにする。類¢ヨσo轟けの古典的論客によって知られる如く、 本來赤道より極地まそ帯歌に並列すべき温度帯がこの國では云わぱ層状を面して上下に・配列される。換言すれば氣候は北 國と南國との代りに高地と低地の封照に攣更される。人は海岸低地及び高地縁語部の深い侵蝕谷における熱帯氣候の土地 テイガルラ・カ”ニンテ テイエルラ。テンプラ宣ダ 曵①類同。自。出①ロ6︹熟地︺から、車道に依って一日にして高地斜面︵八○○一︼七〇〇米︶の亜熱帯氣候の地↓凶①賢目窪ヨ豆9。α騨 テイエルラ フめア ︹暖地︺を経由して、更に単帯氣候の地に比較し得る地肩δ護凶脅ご︹掠地︺、即ち中央高原に達する。この高原上に聾立 テイエルラロエラグ する火山は高度四五〇〇米以上にも達し、永久氷雪を戴き、云わば極地氣候を呈する地で盟。霞鋤ず①訂血餌︹塞地︺と稻せら メサロロセントラロル れる。中央大高原はこの國では竃①ω餌oo葺益一ρ中央卒丘︺と呼ばれ、その南部では高原自体及びその上に素立する山が著 しき高度に達し、叉面積も大であるから、この國は中央に最も工大な目凶①﹃鑓h﹁冨の地域と若干の↓凶①冥飴冨冨二㊤の地域を ’ ① 持つことになり、これがメキシコ文化及び経濟の立文に封し重大な意義を展開すること、なる。 一例を以てすればvバナナはこの國の何れの地域に於いても成育する。北方のタマゥリパス州でも南方のチャパ.ス州で も中央部のオアシャーヵ州やミチヨアカソ州でも見られ得る。バナナに就いて眞實であることは玉蜀黍・小魚その他の果 ② 實についても眞實である。要するにこの國では緯度よりも高度が決定的意義をもつている。換言すれば氣温の垂直的配列 メキシコ経濟に於ける勢働力問題 七七メキシコ纏濟に於ける勢働力問題 七八 に軍要な意義がある。されば南の國、北の國の代りにこの國では必要上前述の如き目①轟四〇巴凶。葺ρ酔。言三聖鳥費h﹁ご” 70冨ユ四の如き氣候の垂直的分布によって氣候地域を示す慣しである。これはメキシコのみならす爾余のラテン・アメリ カの垂直肢節豊かな國でも同心に憤用されている。だが、もとよりこれは科學的根竹のある分類ではなく、直々の温度感 畳によって爲された通俗的な顧別であるから、これらの氣候 ② 地域の限界は嚴密に劃定されることは不可能であり、たとえ 限界が劃定されたとしても、入によってその限界が夫々相違 しているのは異とするに足らぬ。 メキシコの第二の氣候的特微は濃帯に比して氣温年較差が 僅少であることである。これは北回麟線が國の中央部を横題 する、赤道近傍のこの國の位置より蓋し當然であるが、加う るに前述の如くこの國が高度に支配される結果、惹起する氣 濫の垂直的分布と云う特徴と合して、極めて興味あり且つ次 節述ぶるメキシコ原佳者の氣候馴化能力に垣大なる結某を齎 らす虚の氣候的三四を形威するのである。 藪に福げるメキシコ主要地の温度表に示されるーー6の⋮観 測所のデータは三一に回してはメキシコ最良部たる高原を表 メキシコ宅要地氣温表(華氏) 高 度 (沢)
季節
較差
月均温 暖 最李月 月均温 三 門李氣 名 地 5162 7t)OO 6200 g, 200 6LOO 5vlOO 1600 Sefi level Sea level Sea level Seft level炉撒僻即即即鯉㌍堺聖
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P‘ 戸‘ P‘ 1. Oaxaca L’. Mexico City 3. San Lnis }’otosi 4. Zacutecas 5. Durango 6. Saltille 7. rvlonterrey 8. Matainoros 9. Vera Cruz 10. M6rida 11. Salina Cruz E. Huntington: rl’he Relation of I Ie:tlth to Kacial Capfi. city : The Exainple of IVIexico, Geo.q”ijaPltical’ 天「eview, VoL X「, P.2ξ∼6.に篠る。 し、7−8は北部低地を、9−11は最悪部たる南部低地を表している。 ①南部低地のヴェラ・クルスでは書夜通じて最繋目亭櫛箱温刈O。句で、これは叡百万の被検体につき立誰された、 肉休的健康に封ずる最適温度より六度高く、叉北方の佳民か毎年冬が近づくと倍加するエネルギーを以て活動せしめられる刺 戟的氣濫よりは約言〇度も高い。最十月雫均氣温はQoN−Q。α。閏で、これはニュー・ヨークの最寒月のそれより一〇度以上 も高い。ニュー・ヨークにおける絶封石高極は確かに熱帯地方よりは高いけれども、メキシコ低地に於いては何れの月に も正午には九〇度以上に上昇するが如き衰弱的性質を持つものに比較すれば、ニュー・ヨークのかかる高温も殆んど重要 性をもたない。メキシコ低地に於いては確かに短期間は住民を仕事に努力と元氣とを以て騙立て得るけれども、それによ って誘褒される倦怠は長期間に亘る恢復への休養を必要とする。 αD︼≦oX凶oOΩ蔓鴇ω聾Pド巳ω℃08ω凶”N笛09。落。鋤のに依って代表される中央高原の地域はメキシコ人ロの約量器を包含し、 最重要なる部分である。軍なる肉体的活動に歯する限り、 この地域の雫均氣濫は最寒月において駅ω1αα。勾にして、最暖 月に於いては爵一課。腎である。かくの如く一年通じて過牛はその氣温が肉休的健康、に封ずる至適丁度に極めて近いので ある。かくてメキシコ市は宛然恒春の都の観を呈する。而してメキシコ市以外にも、この中央高原上には一暦温和にして ④ 年中攣化のない氣候をもつ地方は数多存花する。 要するにメキシコ氣候の垂直的分布と氣温年較差の僅少と云う二つの特徴はメキシコを中央高原の如き恒春の國と、年 中暑熱に喘ぐ低地の熱帯地域とに翻然と分ち、その中間高度に於いては冠者の中間的氣温を年中有っていろ地域を形成せ しめる。然るに同立つ程の氣温の攣化が歓如することはメキシコの住民に決して艮好な効果を齎してはいない。例えばメ ノ キシコ高原の如き、温和にして且つ攣化のない恒春的斥候に住んでいる人々にとっては、氣温の異常ならざる下降でさえ ⑤ 冷々と感ぜられ、他の点で如何なる良好な効果があろうとも、それを無効にしてしまうのである。これは換言すれば氣温 年較差の大なる温帯住民が≦o謬≦貯∋貫ズΦ隷廣温慶早事受容性をもてるに易し、かかる氣温年較茱小なる熱帯圏の佳民は ⑥ ①ロぬ≦緯ヨだ開①詳挾濃度出雲受容性を享有することを意味する。これを以て槻れば、 メキシコ高原の恒春笹身候の住民は メキシコ経濟に於ける勢働力問題 七九 亀
メキシコ纏濟に於ける勢働力問題 八○ 真言的氣候に志しての温度受容性だけしか與えられす、低地住民は熟帯氣候に蓋しての霊峰受容性だけしか輿えられす、 低地愚民は熱帯氣候に封しての温度受容性だけしか與えられないこととなる。このことはメキシコにおいて謄働力を任意 の勢働地に移動せしめ得ない原因となるのであって、含煮蓮ぶる勢働力業候拘束性の問題として、メキシコ経論開獲に大 きな障害を齎らす原因であるQ 、. 夢働力氣候拘束性に關する傍謹的事例ーメキシコ中央高原に於けるマルサス酷遇剰入口 一九凶○年の國勢調査の結果、原始産業に豆蔦する者は全人玉書六八・六%を占めるが、この農業慰事者の依存する土 地生産性それ自体はこの國では何れの地方に於いても氣濫的條件に拘束されない事實は前述せるバナナ栽培の一例を以て しても明かである。それはこの國では土地生慶長は緯度に依って決定されるのではなくて、高度によって決定されるから である。即ち所論の生産物の立地條件は高度位置の選定によって何れの地方に縫い隔ても氣温的には満足させられ得ること を意味する。氣温的にはかくの如く何れの地方に於いても必要な條件は満足させられ得ても、農業生産に封ずる他の重要 條件たる雨量分布は生産物の立地に著大なる制約を與える。サンダースが﹁メキシコに於ける入間活動及び土地形態の獲 ⑦ 達を調べると、雨量が最重要因子たることがわかる﹂と云っているのはこの意味であると解せられる。彼は年盛u璽に基い てメキシコ氣候擁を三群に分け、 一年通じて旱魑で年雨量二〇吋以下の地域を乾燥地域とし、凡そ期問的には等分される 乾季と雨季とをもち年雨量二〇吋以上五〇吋以下の地域を牛乾燥地域となし、一年の牛期以上が雨量をもち年雨量五〇吋 以上をもつ地域を灘潤地域とした。 然るにこの雨量分布を面積の上から見ると、この國の五〇%は年男通じて雨量不足であり、三三%は冬季に不充分であ る。ただ一三%だけが一年通じて雨量は好適であるが、充分な雨量をもつ地域は氣温は熱帯的で人口稀薄である。中央高
▼ 原ではメキシコ市より﹀頴β易。窺。訟@落①のに到る小盆地のみが夏季には規則的ではないが貴誌もなしに農.業が可能な程度の 雨量である。かくの如く可なり廣い地域に亘って充分なる雨量が欲如することはメキシコ経即妙展に重要なる障害とな
⑧
るが特に充分なる雨量をもつ地域は熱帯的で入口稀薄であると云う点に就いては吟味すべき余地があると思う。 メキシコ人ロの過孕は中央高原南部地域に集中している。此虚では降雨はそれが必要とされる夏季に限定されている爲 に、穀物農業が成功を見、農村人には方粁二〇人以上で合衆國太西洋岸の人口稠密な諸藩に匹敵する。叉農業が特に妊適 −なる地方には重要都市が爽嚇し人口は坦々この地域に集中する。これらの都市は農作物の取引を容易ならしめ、且つ比較 飯高債に利釜を得せしむるが故である。メキシコ市、トルカ、プエグラ、モレリア、レオン、グワダルハラなどのメキシ ⑨ コ宅要都市がこの地域に存在している。これらの地域は所調竃窃90Φ葺﹁陰。一と名付けられる地方でメキシコの全面積の一 ⑩ ○%に過ぎないが全入ロの五〇%を集中している。叉他の表現を以てすれば、 メキシコ人の七〇%は三〇〇〇沢︵九一四 米︶以上の高虞に佳み、二九%が六〇〇〇沢︵一八二八米︶以上の高閣に翫んでいる。中央高原に位置する五個の州の首都 は雫均高度二三五〇米で準均氣温一四・八度Cであり、面積にすれば國土の僅か四・二%に過ぎぬが全入ロの二五%を有 している。然るに首都の雫均高度が六八○米となる八個の州を見るに面積は國土の五〇%に及ぶが人口は僅かに全入口の ⑭ 一三%に過ぎない。これに依ってもメキシコ人ロの高原集中歌貝を知り得る。要するにかかろ高原集中は高原の恒春的氣 候と加うるにこの土地の生毒性を決定する軍要因子たる雨量が農業を可能ならしめる爲である。高度と氣濫と雨量の三因 子の組合せがこの中央高原をメキシコ人の自然の棲息地たらしめたのである。 メキシコ人皇の高原集中はメキシコ農業に一つの困難な問題を課している。それは農民に與え得べき土地には限度があ る爲に、エヒード愚ご。︹インディアンに與へられる共有地︺を李均すると僅かに五・七ヘクタールしかないと云う結果にな つた。然も人口多いメキシコ州やブエプラ州では各人の耕地は夫々準均して二・三ヘクタール及び三・三ヘクタールに過 メキシコ糎濟に於ける勢一働力瑠閲顕一 ・ 八一メキシコ纒濟に於ける勢働力問題 八二 * ぎない。これでは農民に糊ロの道を胤ハえるにさえ事欲く貧弱さである。この困難は指窓に救濟されるものでない。農村人 口は堀書しつ∼ある。そして新しきエヒード要求は窮境に陥りつ∼ある。農民生活の改善の爲には、配分さるべき耕地軍 位を出來るだけ擾毒しなければならす、一方土地に不足せる農民に新たに士地を與える爲には一暦これを狭めねばならな い。何れも可能なる解決をもたない問題である。農民救濟の爲にはこれに代る二つの方法が提案されている。即ち他の農 ⑫ 業地域に過剰人面を移動させるか、他は増加人馬を都市的中心に吸着させる爲に急速に工業化を實現することである。 故に吾々は過剰人ロを他の農業地域に移動せしめんとする提案を簸で批判するQ移動の謝象地域としては、年歳量一〇 吋以下の地域や、二〇吋以下で、農業には不充分であるが牧畜には辛じて事足りる程度の地域を包含する廣大な北部メキ シコは藪では取上げるべき何らの重要性もない。か∼る地は石山あり附近に猫額大の自給的耕地がなければ放棄されたも ⑭ 同然の地域だからである。 然るに充分なる降雨量をもち且つ入ロ稀薄なる南部メキシコ即ち熱帯低地は藪で吾々に軍希な問題を提供するQ何故に 人ロ稀薄であるかと云う問題と、前述する高原集中人ロの移動の封象地域となり得ないかと云う問題である。或る識者に 云わすれば﹁この地の雨量は多すぎる。それがこの地方の農業を困難ならしめる。と云うのは熱帯の多雨は土壌の肥沃度 を洗ひ去る爲に肥料が多量に必要であり、また常時黒影なるこの地方では栽植された作物を呈してしまう様な難草の繁茂 に悔まされることを學げる。かかる熱帯植生の繁茂はメキシコでは生氣のない資本もない熱帯住民の個人の力では到底克 服され得ないことであり、叉克服する爲には個人の異常なる努力によって始めて可能でめるが、さもなければ砂糖・バナ ナ・ゴム・カカオなどのブランテーシ.ン作物の栽増によって克服され得る。然もプランテーションによって栽培される 庭の牛贅澤品及び原料品と交換に食糧を輸入する北方民族の絶えざる監督の下にこれらの作物が置かれる場合にのみ、か かる作物は稠密なる人口を扶養するのである。だからオアシアーヵ州南部及びヴェラクルス州南部から、南方及び東方の
南部メキシコに於ける雨量の過剰と充分なる乾季の敏上することは一般に乾燥せる北部と同檬に農村人ロを稀薄ならしむ ⑪ . る﹂と云う、この熱帯農業否定論者の共通的見解の中にも、ただプランテーションに依りてのみ農業里下可能であるとの 譲歩が見られる。 右のカッシングの所論よりメキシコの熱帯住民が無芸力なること及びプランテーションによりてのみ農業閏爽可能なり と云うことは資本の問題に暇れざる限り、繋る種の強制が勢働力に加えられることに依って可能であると云う事實を吾々 は知る。だが低地に於けるプランテ1ションに封ずる笹蟹力供給が可能であるか否かの問題を彼は見落している様に思え る。 熱帯地方に於、ける勢働力供給が極めて困難なる歌態は次の叙述に於いて明かである。即ち﹁熱帯地方におけるペオンの 制度即ち契約世説制度を観るに寒心すべきものあり、抑々熱帯地方のペオンは更に自立客歳帥に富み、敵交的生活を好み 且つ高原地のペオン程は勤勉にあらす、されば熱帯の新開地の耕作に激語の勢働者を途るべきは必要となる。乃ち之を以 て職業となす契約取次人ありて之を引受く。彼らは勢働者を斎く機雷よヶ募集し、百人を一組として新開地管理者に引き 渡す。⋮⋮和田略⋮⋮此ら憐むべき者は多く高原地方の都市より入り來るものなれば、臆て熱帯の病魔に胃さるるに至る ⑱ や必せり﹂と。 激洲人の眼にはインディアン勢働者は怠惰の様に見えるのは、彼らに螢働意欲が豊野せる自然民族であるからである。 高原上にある高地インディアンは肉体的には極めて強健にして、ザッパーによって一例を示せば、欧洲人は外套でさえ歩 行するに當って重く感ぜられるのに、彼ら高地インディアンは寸寸に於いて畏さ二〇〇米、高さ七充米の動揺する鐵桟 を、僅か十三才の少年が四〇封度の原鑛を、賢人ならば一〇〇封度を脊負って蓮び上げる勢働を一日中二丁し、その間短 時闇の休息をとるだけであると云袖然るに低地インうアン塞氣ない歌態にあると云はれるから・彼らは一般的に云
メキシコ纒濟に於ける勢働力問題 八三
メキシコ経濟に於けろ勢働力問題 八四 げ えば熱帯低地に於ては本堤ニグ・の如き勢働者素質を持たない高地尺的体質をもつてみると見てよいであろう。 高原の縄剰入ロに封ずるメキシコの梼みは﹁斬しきエヒードを彼らに與えるには彼らの居下地近傍に於いて與えなけれ ⑰ ばならなかった﹂ことであるが、これは魚肥的に見れば彼らの移無性の鮫如と、割橡性に麟署するのであるが、その裏面 には肉体的に彼らは故郷以外の氣候地域への馴化能力の無配に麟さねばならぬ。これは前節述べた如き恒春的氣候よb惹 起する彼らの独濫度攣化受容性に原因を求めることが出來る。 高原集中の過剰人口の解決策は高原上の都市の工業化を急ぐ外に道なく、農民の他地域への移住は極めて困難なる問題 である。要するに高原集中の遇剰人口歌謡は勢働力氣候拘束性の錯誤的事例である。
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ζ.。9ヨき。ご三。’<卸・。ぎ雲琴賓琶・訂。ぎ︵嵩二㊦箋饅罫・ゑぎ・・スぎ鴫・愚ミ恕定置\ミ時ミ蔑∼=“・一㏄2目養P∫畦メ 》」総ヨ﹁一’帥薯・§ぎ茸二7︻。巳8”騨’一戸。深2奏一︹・節旨旨U︻ぎ。琵^=ぎ診急”H旨︵ =︶・9 3ヌエQ瑳﹃と。券一二﹀冒忌藁﹂=。︵蒼一門葺剛。︵︵ま熟﹃弓一ちρ・q三く︵塁≧^ゼ、一’ε三㎞さ∫甲︾≒5↓越⊃。︶や8. 客一一ロ。’︿O陣7剛一一嵩茅戸=鵬陣G六一弓7㊤ 紫︻肖2二。コO﹁=¢門二一7一こ 一︷鎚C一”剛O麟竪臼O岸楓“、一、︻巧 置ア㎜口回ζ昌①O門]≦o×一〇cりへ㍉貼働偽㌔b貸、斎繋寄触 ﹀︽q㌦魅爲♂ ♂矧 曹昼嶋黶k蛭.等・に黛w一臣零● 拙稿、氣候馴化研究方法の批到﹂彦根論叢 第五号。 露F二望︼︾咽奪”q︾。﹃︼︻宰。︼三︵冠一三三川舞昏︶♪へ㌧亀ミ、・愚ミ旨鳶N馬“樗ミ、駄さ三・心3一三戸エ・目し。コ. 郎箪エ誓砦宏”、一’冨察ρ︷二⋮=︷っ曇︾一二気7甘乙。ρへ剛ミ顔ミ博尊等ミ書函N、ミ代ボノ↓。周.券7・二蕊・ 巴2ζ2量二彦ご。︾職へ4一︸う“一鉾 訟==げ三。﹃≦♂○蕾﹃一晃“、一、8一︶多色三一£冒︵㍉旨り^︶ヌ一註。冒ぎ7圃。旨。ρ翁ミhミ慧特ミ・需、ミ§ボノ図。﹃肖マし。⇔ρ ’♂二8ご筒・p︵︶.訟●お⊃。● 弓艶話ロ︸ワ≧三”愚・へ賊、・乙y一〇・ \ミタニy一つ。 w・玉蜀黍について言えば﹁例えばカナダはエーカー宛り冷暖三七・四ブッシェルなるに⋮封し、メキシコは僅かに七・ 四ブッシェルである。全メキシコの奉均年産額はアイオワ州の垢以下である。﹂軍位颪積工りの牧童が非常に少いのである。玉蜀@@@@@@
黍について云えることは小萎について償賀だと云う。 \ミへ4︼︶.トつ。メ \ミ蹴ご︸︾.O● 〇二£覧巨筑.ら︾へ疑.り亨に葵︾。 大日本文明協會編、墨西薯、二 砿彩七廿霞u蝕r㌘○.澱。日巽︾. ‘」レき£ ︸︾雰∈阿ポq、.へ、、・℃で.HO。メ ‘ 三九頁。 F 螢働力氣候拘束性に關する歴史的事例 西班牙植民地時代に於いてインディアンが勢働.力として植民地経商に不可飲の要素であったことは前秘した。このこと は現在もつて攣る虞はない。されば植民地時代にはインデ4アン勢働力に勤.して本心政府は種々の虚誕政策を試みた。そ の一つは彼らの張制勢働制度禁止に直して、他は彼らの保健政策に画して實施せられた。 クラフト レゼのヴレ 前節述べたメキシコ高原における入口集中より推察し得る様に、インディアンの勢浜力予備軍は高地に居佳している が、これは熱帯アメリカに共通する事實である。アンデスのインカ帝國に於いては三〇〇〇一五〇〇〇米の高距位置に可 成り多激の原住者が居住している。彼らの居住地の氣候と低地の氣候とは著しき差異がある爲に、インディアンの大多敷 の者は高距位置が攣化する場合には、張力なる姦曲馴化の危瞼に曝されるのである。さればインカ帝國は周到なる考慮を 携って立案せる保健政策を實施し、以て氣心的攻撃による被害の防止につとめた。メキシコに於いては三〇〇〇米を越え る位置に於いては居住は著しく減少するが、それは若干の程度の差があるのみで、インカ薬院の場合と同様、高地居住者 にとって低地氣候の齎らす被害は甚しいものであった。從って吾々は本節に於いてはインカ帝國に於けるこの問題に關し て既に綿密に行われた研究成果を援用して且つ渇れよりメキシコの問題を推論することが多い。・ メキシコ経濟に於ける勢働力問題 ’ 八五メキシコ纒濟に於ける勢働力問題 八六 インカ帝國の保健政策の原理は佳民が自己の出身地の氣候地域及び土壌11漁度地域を離れて比較的長期に亘って他の地域 に赴くことを出來るだけ避けしむるにあった。明かにこの原理を踏襲したと思われるのは西班牙植民地副王等9。琴凶ω8 ↓○冨血。の一五七二年の訓令である。即ちインディアンは二十四日以上コカ栽培地に於ける勢働に早事すべからす、上記 勝働絡了後は引障浅き雇傭さるべからす、叉その地に滞留も許されすと云う訓令である。因みに古くよリインディアンはコ ユンガス カ栽培に從事したがその地は漁潤なる団二⇒醤ωの低地に位置していて、彼らに愈愈であったからである。然るにインカ 人はこの保健政策の原理を轄署して、彼らは囚入に磯β口ひq窃に於けるコカ栽培の強制勢働を宣告することにより、氣候馴 化の知識を刑法上に慮用したことは誠に興味ある事實である。 〆 その他西班牙植民地時代に於けるこの種の訓令を塁げてみると、一五四一年カルル五世はインディアンの先例に模って 高地インディアンが低地に於いて使用されること及びその逆の場合をも禁止する訓令を震している。叉フィリップニ世は 一五八八年にインディアンが著しく椙違ある氣官軍件をもつた馬煙地へ振當てられろ事を禁じだが、これは所謂ヵ⑦℃93噌準 ヨ凶①葺。のの場合に於ける螢働欝欝候拘束性を勘案したる訓争である。叉一五五六年には斎王閏ロ昌巴。α⑦竃①&o鑓はイ ンディアンが郷里の地域に所在する鷺山にのみ指事させらるべきであり、彼らが慣れている氣候地域から拉致されない事 を指令している。 一五五〇年男①﹃島隠自。巳Qの㊤簿葺⇔pはインディアンより公課を微牧するに際して、金銀が存在しない地方ではインディア ンは貴金屡を獲得する爲に、故郷を遠く離れてその所在地に出向かねばならぬが、かかる地方に於いては棉花及び9,ヤー マ毛原料を以て公課微牧に代用さるべきことを提案している。洞察力の鏡い彼は更に低地碧山の勢望には低地氣候には良 く堪え得るが高地生活の出訳ないニグロ勢働者を以て代用さるべきことを建言しているのである。 叉一五七四年副王閃鑓挿。凶ωoo月9①αoは強制移魚肉①血9昌昌O器ロ︵即ち宗教的政治的監督を容易ならしむる爾に、從來散在居佳せ
亀 るインディアンをスペイン風耕地及び機構を有する都市村落に官憲の命によりて集團居署せしむること︶に際して、インディアンは同 種氣候の地域内に留め置かるべき点を特に留意すべく命令して、インディアン馬草を彊力に實施したのである。 モンへ 寓。ロぬ①に云わしむれば、ペルー及びボリヴィヤにおける西班牙支配の島津と共に、インヂ4アンを氣候的攻撃より保 護せんとする長老的深慮は忘却挙れてしまったと云うが、このことは中米にもメキシコにも該聾するとω9。℃Oo﹃は言う。 軽挙行われて來た保健政策が閑却されるに至った理由は、西班牙支配の終了と共に植民地官吏が本國に蹄還し、大抵は完 全に無経験なる官吏がこれに代って行政を司ったと云う事に肺せられる。だが時が経由するうちに、古き曜代のインディ アン君宅及び西班牙殖民地副王が古き脅慣に從って昇華して來た保健政策の必要をこれらの官吏も再認識する様になった が、彼らにこの再認識を齎らしたものは外でもない。インディアンの血の犠牲に於いてであった。 モタグア その一例は今世紀初頭グワテマラの北部鐡道が︼≦o壁ぴ馬防羅漢谷の原始林及びサヴァンナを通過して建設されんとした 時、グアテマラ政府は土着インディアンの勢働を以て途行せんと試みた。塵がこの勢働力は高地より齎されたものである から、彼らの大部分は氣候に堪えず死滅してしまった。一方画革者は故郷の高地にチブス性熱病を持込んだ爲に高度の死 亡率を惹起したので、政府は途に西印度諸島の黒入書壇力を以て之を途行せしめたが、彼らは何らの健康上の害もなくこ れを完成したのである。叉現在では巖止されているが、グワテマラに於けるζき9ヨ凶①葺。ω︹農業螢働者の強制調達︺は氣 候的相違に關しては何らの考慮も佛はれていなかった爲に著しき被害を惹起し牝と云われる。 要するにインディアンの氣候馴化能力は温度攣化の極めて狭い登園に於いてのみ可能であることは前施した。然るに彼 らは自己の景慕馴化能力の幅の狭いことは良く自策する虚であった。このことは彼らの出作り男。匡び碧ロ。ヨロ臼の茸葛の 方法の中に窺うことが出來る。即ちインディアンは自己の故郷にも早や作物が威署しなくなった場合には耕作可能なる地 方へ彼らは家族を移佳せしめねばならないが、その際彼らは極めて愼重に耕作地を選定し、その懸盤の後には再び家族を メキシコ経濟に於ける欝働力問題 八七
メキシコ纒灘に於ける勢働力聞題 八八
故郷に蹄還せしめるのである。かくして自己の氣候馴化牛王を漸次振大して行くのである。これは今日も樹行われている 出作りであるが、これは垂直方向に於ける順態力の漸進的横大、即ち低地への氣候馴化へと導くのである。要するに彼ら の自由童心に基く勢働の場合には、本堂彼らの氣候馴化能力の幅が挾いとは云え、右の出作りの方法によって知られる如 き漸進的士爵馴化が可能であると考えられろ。然るに前章述べた如く彼らは多くの場合或る種の強制を得て初めて夏干す る、換言すれば螢働意欲を夏春する自然民族であるから、彼らはこの強制に依って甚しき氣叡覧損害を蒙るに到る。保健 政策がインカ帝國に於いても西班牙植民地時代に於いても實施される必要があった所以である。これ置薬力寸義拘束性を 示す歴史的事例である。 註 ︵吏ぎ胆駕。づαqφ氏はペルー國立サン・マルコス大国鰹腰部教授で激雷に同大學附設のアンデス生物墨研究所里︻話葺三。咳僧g・已9 [︶①空。一︷貢智﹀巳営︷ドの所長である。彼は後にモンへ氏病と呼ばれるに至ったアンデス高山病の稜見者であり、アンデス氣候馴化 に零する彼の生埋學的研究は極めて多数めるが、彼の研究勢作中、異色を爲すものは同大學稜刊の﹀ご貧耳玉①ぎ国霧三け聖一鳥。 言巴惹轟、日、。冒。図易く[︻﹃紫︶罫に掲載せる﹁アンデスに於ける氣候馴化ーアメリカ肚地図展に於ける氣葛西攻撃に鞠する 歴史的確謹﹂と題する論文て、植民地時代の根本史料を拾集して爲された貴重な模作である。労連のヴュルヅブルグ大娯の地理學 教授宕F二訟触F層彰蒋氏の=αぎ募パ犀=巨鉾眺舶ρ二〇♪窺ミ軌ミ、霧昏ミN畿、馬ミミ糞鴇拝ホ二一㊤尊冒訟・一ト。恥一憲G。・も貴軍な文献であるが、 彼も亦モンへ氏の前言論文に負うているところ多い。吾々は本節、歴史的事例を叙述するに當りこの爾氏の勢作に負ふところが多 い。 四 結 =妻へ rI冊 吾々は本稿に於いてメキシコ勢働者素質が勢働意欲に歓戯することを蓮べ、歓面するが故に何らかの張制が彼らに加え られて來たことを見た。法制上に彼らの待遇改苫がうたわれ、自由と李等が彼らにも喰えられた。このことがメキシコ勢 働者の自畳を畳醒せしむることになるならばメキシコ経絡の將來は洵に祀幅さるべしと云ってよい。だが、彼らの勢働力の地域的移動は昔に攣ることなく極めて困難であることを論じた。農業國家にして省食糧輸入が全輸入額の二五%を占む セ る程に不足すると云う。耕地が不足するのではない、高原に人ロが集中する結果、そこでは不足するが、低地は未だ人口 稀薄である。ただ勢働力が低地の氣候に耐えないだけである。 然らばマヤ古文明の獲群敵たるユカタン牛島のシサル麻栽培は如何、と云う反論が當然藪に起り逼るであろう。シサル 麻は包装用細紐原料として大部分が合衆國に輸班されるメキシコ皇軍要輸出作物である。この作物栽培が要求する特異な る立地要因は周期的乾燥氣候と石勝ちの石灰質土壌が常に考えられている。叉第二の立地要因としてすべての繊維植物が 交通に敏感である如く、この血便なる繊維原料の栽培を惹起せしめたのは海濱の良好なる交通位置であることも確かであ る。だがシサル麻栽培の氣候的土壌的自然要因と交通位置の要因はメキシコ全大西洋岸に共通した條件である。それにも 拘らすシザル栽培がユヵクン牛島北部にのみ獲達したのは既虞では地方的特殊原因が動いているに相違ないとして、ワイ ベル氏は次の如く述べる。 , ﹁私はそれどころか︹シザル麻栽培の立地條件に自然條件が電要なりとするを否定す、一和田註︺住民の質を最も重要な原因だ と思う。既にコロンブス以前の時代に於いてユカタンの住民は熱帯アメリカ唯一の高度の低地丈化、即ちマヤ文化を創造 した。この素質から彼らの子孫及び西班牙系植民にも現在も亦何かが移行している様に思える。 “私はメキシコの何虜に 於いても見出すことの遺事なかった一つの活動性と云うものが此虞では︹ユカタン牛島北部を指す一和田註︺涯っている。 比較的上層階紋の中には批交上の上品さ、教養・親切心に於いて歓同人のものと同一下することが出郷る程度のものを見 曝すのである”とメキシコの或る識者は既に前世紀の中頃に記している。恐らくP此う云う比較的高き藪養かユカタン住 民に自から固有の手段でもつて、メキシコ最重要なる土地経濟的輸串作物を創造する資格を與えたのである﹂ ︵ノ,、強・・二・ 蓼・評ρ砿・裳︹ごと云う。而してメキシコの杢大西洋岸かこの作物栽培か要求する同一の立地條件を備えているから、メキ メキシコ経濟に於ける勢働力問題 八九
メキシコ纒濟に於ける勢働力問題 九〇 シコ高原の渦剰人口を以てこれに當らしめて果して可能であるかと云わば吾々はこれを否定しなければならぬ。 メキシコ繧濟獲展がその心妻力諸問題に依って受ける障害が余りに大なるであると云わねばならぬであろう。 一九五一∵九・九稿 、 、 ●