<論説>「応用美術」と著作物性判断の潮流 ─ACEの三角関係の行方─
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(2) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). が見られるところであり、筆者としては、これを節目として、 「応用美術」問 題について、議論を再整理できる可能性が出てきたと考えている。 そこで本稿は、まずⅡにおいて、著作権法における「応用美術」の扱いに係 る立法経緯等について確認したのち、Ⅲにおいて、TRIPP TRAPP 事件知財 高裁判決の前後でどのように潮目の変化が見られ、同判決以降どのような考え 方の潮流がみられるのか、裁判例の傾向を踏まえて、整理・分析を行う。その 上で、Ⅳにおいて、著作物性( 「著作物」該当性)判断という視点から、 「応用 美術」問題について考察を行う。具体的には、著作物性判断において、本件の 解決のカギとなる「美術」 (Art) 、 「創作」 (Creativity)及び「表現」 (Expression) の相関関係、いわば「ACE の三角関係」が曖昧にされがちであったことが解 決困難性の要因であったことを踏まえつつ、望ましい判断基準の在り方につい て検討する。. Ⅱ 問題の背景 「応用美術」の著作権保護は、条約上の要請である。すなわち、著作権関連 の基本条約であるベルヌ条約 3)は、1948 年のブラッセル改正により、同条約 の保護対象である「literary and artistic works(文学的及び芸術的著作物 4)) 」 3)Berne Convention for the Protection of Literary and Artistic Works(1886 年) (なお、 最新 改正は 1971 年パリ改正条約である。 ) 4)ベルヌ条約の和名は 「文学的美術的著作物保護条約」 などとされ、“artistic works” の用語は、 「美術的著作物」と訳されるのが通常である(例えば、ベルリン改正に係る外務省ウエブ サ イ ト 掲載資料 を 参照 https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S38-C1-141_1. pdf(最終閲覧 2 月 3 日) 。しかし、ベルヌ条約 2 条は、保護対象を “literary and artistic works“ としつつ、楽曲なども広く対象としていることから、本稿では、著作物の範囲一 般を示す際の “artistic(works) ” の用語については、絵画や彫刻等の「美術」以外も広く 含み得る用語として、 「芸術的(著作物) 」との訳語を使用している(学校教育法 21 条 9 号及び後述Ⅳ 3(3)も参照) 。 240.
(3) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. には 「応用美術の著作物(works of applied art) 」を含むことを明示している (ベ ルヌ条約 2 条 1 項) 。 ただし、 「応用美術の著作物」並びに「インダストリアル・デザイン及びひ な型(industrial designs and models) 」に関する適用範囲及び保護条件の設定 は、各加盟国に委ねられ(ベルヌ条約ブラッセル改正条約 2 条 5 項(パリ改正 条約 2 条 7 項) ) 、それ以上の統一的な定めがあるわけではない 5)。我が国にお いては、旧法も含めて、 「応用美術」との用語は、著作権法においては登場せず、 著作権法以外の法令においても見当たらない。 だからこそ、 というべきだろうか。著作権法における「応用美術(の著作物) 」 の扱いについては、裁判例や学説において、一義的に定まらない状況が続いて きた。 このような「応用美術」問題を解明するための、現行著作権法における法文 上の解決の手がかりは、おおむね、次の 3 箇所に見ることができる。 ① 「著作物」の定義(2 条 1 項 1 号) 「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又 は音楽の範囲に属するもの」 ② 「美術の著作物」の範囲(2 条 2 項) 「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。 」 ③ 著作物の例示としての「美術の著作物」の記述(10 条 1 項 4 号) 「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」 これらのうち、とりわけ、②に登場する「美術工芸品」は、 「応用美術」の 1 つとして位置づけられるものである。しかし、この規定を見るだけでは、 「美 術工芸品」以外の「応用美術」について、著作権法において保護を与えるべき 5)なお、 「応用美術」に関しては、既に 1908 年ベルリン改正において、 「工業に応用された 美術の著作物(Les œuvres d’art appliqué à l’industrie)は、各国内法が認めるときはこれ を保護するものとする」旨を定めていた(ベルヌ条約ベルリン改正条約 2 条パラ 4) 。 241.
(4) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). かについては、必ずしも明らかではない。同規定はなぜ、このような規定ぶり になったのであろうか。そもそも、 「応用美術」は、どのようなものであると 理解されてきたのだろうか。 その手がかりは、昭和 41 年(1966 年)の著作権制度審議会答申及び同答申 説明書 6)に得ることができる。 同答申は、 「重要事項」の一つとして「応用美術の保護」の項目を取り上げ、 考え方の整理を行うとともに、同答申の付属書としての答申説明書では、 「応 用美術」について次のように定義している。 「応用美術とは、おおむね次のような、実用に供され、あるいは、産業上利 用される美的な創作物をいうものと解される。 (一)美術工芸品、装身具等実用品自体であるもの (二)家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの (三)文鎮のひな型等量産される実用品のひな型として用いられることを 目的とするもの (四)染織図案等実用品の模様として利用されることを目的とするもの」7) 同答申及び同答申説明書によれば、応用美術については、 「絵画、彫刻等と 同様に美的な創作であるものが、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的 とするからといって、著作物としての保護を全く与えられないとすることは、 妥当でない」とする一方、特に「図案その他量産品のひな型または模様として 用いられることを目的とするもの」 (以下「図案等」という)は、原則として 意匠法等による保護に委ね、著作権法においては特段の措置を講じないとする 考え方が基本とされている 8)。 6)著作権制度審議会「著作権法の改正ならびに実演家レコード製作者および放送事業者の 保護の制度に関し基礎となる重要事項について(答申) 」 (昭和 41 年 4 月 20 日)著作権法 百年史編集委員会編『著作権法百年史資料編』 (著作権情報センター ・2000 年)29─85 頁 7)著作権制度審議会答申説明書・前掲注 6)50 頁。 8)前掲注 6)32 頁及び 50 頁参照。 242.
(5) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. このように、応用美術の中でも、図案等については、意匠法等の産業財産権 制度(工業所有権制度)との調整措置を行うことが強く意識されていたところ であるが、調整措置の法制化は、この時点では困難と判断された。その帰結と して、現行著作権法においては、法文上は、美術工芸品 9)の保護を明らかに することにとどめられ、美術工芸品以外の扱いについては、 「おおむね現状を 維持」することとされた。具体的には、 「原則として意匠法等工業所有権制度 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4. による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質を有す るものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。 」との解 釈方針が示されたのである 10)。 ただし、このように示されたことにより、今度は、 「応用美術の保護」の判 断について、 「純粋美術としての性質」とは何かということが重要な課題とな る。しかし、 「純粋美術」にしても、 「応用美術」と同様、著作権法及びその他 の法令においては見られない用語である。こうして、同答申及び同答申説明書 は、我々を、 「純粋美術」とは何かといった、著作権法上、一義的に解を出し 得そうにない沼地に足を踏み入れるよう誘うものとなっていた。 このことの直接の要因は、ベルヌ条約ブラッセル改正条約 2 条 5 項の要請が あったにせよ、同答申が、ベルヌ条約上の保護対象として明示されている「応 9)著作権法の保護対象とすべき「美術工芸品」の範囲について、産業財産権制度との調整 規定を積極的に設ける場合には、 「実用品自体であるものについては、保護の対象をいわ ゆる一品製作の美術工芸品に限定し、量産される実用品は、それが美的な形状、模様あ るいは色彩を有するものであっても、著作権法による保護の対象とはしない。 」としてい たが(著作権制度審議会答申説明書・前掲注 6)50 頁) 、結果的に、著作権法においては 積極的な調整規定は設けられず、 保護対象とされる 「美術工芸品」については、 「一品製作」 の限定はなされていない(2 条 2 項参照) 。 10)前掲注 6)32 頁及び 50─51 頁参照。なお、同答申及び答申説明書では、併せて、 「著作権 制度および工業所有権制度を通じての図案等のより効果的な保護の措置を、将来の課題 として考究すべき」とし、 「基本的に、図案等については、著作権制度、工業所有権制 度双方の利点を取り入れた別個のより効果的、合理的な保護制度の検討も考慮される必 要」があるとしている(同 32 頁及び 51 頁) 。 243.
(6) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 用美術の著作物」 (ベルヌ条約 2 条 1 項)ではなく、 「応用美術」そのものの保 護の在り方を直接論じようとした点にあったと考えられる。しかし、ベルヌ条 約の保護対象は “works”(著作物)なのであるから、 「応用美術」問 題につい ても、正面から、 「著作物」該当性の問題として捉えることが正しい姿である と考える。もとより、後述のとおり、 「著作物」該当性は、 「創作」及び「表現」 要件とともに、 「美術」要件も判断要素の一つである。しかしながら、逆にい えば、 「美術」該当性の判断のみで一元的に解決可能なものでもない。むしろ、 上記答申等の誘いに導かれるまま、 「純粋美術としての性質」論に入り込んで しまうことにより、そこ(底)から容易に抜け出すことができないという事態 に陥りやすい。 その意味で、近時の TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決は(筆者としては著 作物性判断の結論は賛同しない部分があるものの) 、 「美術」該当性判断の過度 な 重視による自縛状態からの脱却に向けた重要な判決であり、現に、知財高 裁の 判例は、同判決以降、大きな潮目の変化が見られる。 そこで、以下では、裁判例につき、どのような潮流がみられるのかについて、 見ていくこととする。. Ⅲ 裁判例の傾向と最近の 3 つの潮流 1.従来の傾向(TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決登場前まで) (1)裁判例の全般的な傾向(純粋美術との同視可能性) 上記の著作権制度審議会答申及び同答申説明書を踏まえれば、現行著作権法 において、美術工芸品(美術工芸品と同視し得るもの 11)を含む)以外の「応 11)応用美術に関する初期の裁判例であるが、 粘土による原型を素焼きして彩色した人形 ( 「赤 とんぼ」 )について、 「美術工芸品的価値としての美術性も備わつている」として保護を 認めたものがある(長崎地裁佐世保支決昭和 48.2.7 無体集 5 巻 1 号 18 頁〔博多人形赤と んぼ事件〕 ) 。 244.
(7) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. 用美術」の保護について、 「純粋美術としての性質を有する」か否かに基づき 判断しようとすることは、 ごく自然な発想であろう。現に、 従来の裁判例は、 「純 粋美術と同視」できるか否かを判断基準とするものが主流であった 12)。 しかし、何をもって「純粋美術」と同視できると考えるかは、裁判例により 説示は異なっており、 「純粋美術(や美術工芸品)と同視することができるよ うな美的特性(美術性)を備えている場合に限り」等として、その実質的な判 断基準を必ずしも明らかにしない裁判例 13)も含め、さまざまである。ただし、 「純粋美術」同視可能性の判断基準に言及した裁判例は、概ね、以下のように 分類できると考えられる 14)。 12)過去の裁判例の状況については、三上峻司「応用美術の著作権の保護」牧野利秋・飯 村敏明・髙部眞規子・小松陽一郎・井原友己編『知的財産訴訟実務体系Ⅲ』 (青林書院 ・2014 年)54 頁以下、中川隆太郎「判批」コ ピ ラ イ ト 653 号(2015 年)34 頁以下及 び 田村善之「意匠登録がない商品デザインの保護の可能性~著作権法・不正競争防止法の 交錯~」コピライト No.676(2017 年)5 頁以下等を参照。なお、純粋美術との同視性の 必要性を明示せずに(美的鑑賞対象性等から)著作物性を判断した裁判例も散見される (例えば、京都地判平成元 .6.15 判時 1327 号 123 頁〔佐賀錦袋帯事件〕 (著作物性を否定) 、 大阪高判平成 2.2.14 平成元 (ネ) 2249 号〔ニーチェア 事件〕 (著作物性 を 否定)及 び 東京 地判平成 15.7.11 平成 14 (ワ) 12640 号〔レターセット事件〕 (著作物性を肯定) ) 。 13)例えば、 東京地判平成 20.7.4 平成 19 (ワ) 19275 号 〔プチホルダー(プードル小物入れ) 事件〕 及び知財高判平成 24.2.22 判時 2149 号 119 頁〔スペースチューブ事件〕 (いずれも、著作 物性を否定) 。なお、知財高判平成 24.3.22 平成 23 (ネ) 10062 号〔鍋持ち手デザイン事件〕 は「製品の目的、性質等の諸要素を総合して、美術工芸品と同視できるような美的な効 果を有する限り」とし、 「美術工芸品」との同視性が欠けることを理由に著作物性を否 定したが、 「純粋美術」でなく、 「美術工芸品」のみを比較対象として取り上げる裁判例 は、近年では少数派である。過去に「美術工芸品」との対比により判断を行った裁判例 としては、この他には博多人形赤とんぼ事件長崎地裁佐世保支決(前掲注 11)及び東京 地判平成 14.1.31 判時 1818 号 165 頁〔トントゥぬいぐるみ事件〕 ( 「美術工芸品的な美術 性も備えている」 )があり、 いずれも 「美術工芸品」との対比により、 著作物性を肯定した。 14)ただし、本文中に整理した各アプローチ(ア~エ)は必ずしも排他的なものではなく、 裁判例によって、各要素を適宜組合せながら、説示されている(後掲注 17、18、20、22 245.
(8) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). (一) 「高度」の芸術性等を明示的に求めるアプローチ (ア)高度性( 「高度」重視) 「形状・内容に照らし純粋美術に該当すると認めうる高度の美的表現を具備 しているときは」15)/「高度の芸術性(すなわち、思想又は感情の高度に創作 的な表現)を有し、純粋美術としての性質をも肯認するのが社会通念に沿うも のであるときは」16) 等. 等も参照) 。また、学説についてみれば、更に多様であり、切り口によって異なる分類 が可能であるが、概ね、次のようなものである。すなわち、まず、応用美術のうち、美 術工芸品に保護を限定する見解(限定説・厳格説)と、美術工芸品以外にも保護を認め る見解(非限定説・緩和説)がある。次に、非限定説・緩和説については、応用美術を 純粋美術と区別し、一定の場合に限り著作権法の保護を与える「区別説」と、応用美術 について特別扱いしない「非区別説」 (フランスの「美の一体性の理論」に親和性のあ る考え方)とに分かれる。 「区別説」については、さらに、区別の基準を巡り、高度の 芸術性・創作性を求める見解(ドイツにおけるかつての段階理論に近い考え方)や、実 用性や機能からの分離可能性を基準とする見解(米国における分離可能性論に近い考え 方)等がある(奥邨弘司「応用美術」法学教室 No.426(2016 年)9─10 頁、大渕哲也「知 的財産法体系の二元構造における応用美術の保護(上) 」曹時 69 巻 9 号(2017 年)1─41 頁及び駒田泰士「商品のデザインと知的財産法」法学教室 No.449(2018 年)17 頁等を参 照。なお、 「美の一体性の理論」については駒田泰士「応用美術─それはカテゴリーで はなく、利用方法のことである」著作権研究 No.43(2016 年)28 頁以下等を、 「段階理論」 については、既に 2013 年の最高裁による判例変更によってドイツでは放棄されたこと も含め、本山雅弘「ドイツにおける段階理論の放棄と日本法解釈論への示唆」著作権研 究 No.43(2016)9 頁以下等を、米国における分離可能性論については奥邨弘司「アメリ カ法─著作権法による応用美術の保護と限界─」著作権研究 No.43(2016)66 頁以下等 を参照。 ) 。 15)神戸地裁姫路支判昭和 54.7.9 無体集 11 巻 2 号 371 頁〔仏壇彫刻事件〕 (量産 さ れ る 仏壇 彫刻につき著作物性を肯定。 ) 16)東京高判平成 3.12.17 知財集 23 巻 3 号 808 頁〔木目化粧紙事件〕 (産業用に利用されるも のとして製作され、現にそのように利用されている木目化粧紙につき、 「文芸、学術、美術 又は音楽の範囲に属しない」として著作物性を否定。 ) 246.
(9) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. (二)個別の美術要素を考慮するアプローチ (イ)主観的特徴( 「製作目的」重視) 「それ自体、美的表現を追求し美的鑑賞の対象とする目的で製作されたもの でな(い) 」17) 等 (ウ)分離可能性( 「表現制約」要素重視) 「実用面及び機能面を離れ独立して」18) 等 (エ)客観的特徴( 「美的特性」重視) (エ- 1)鑑賞対象性(観賞対象となり得る美的特性) 「応用美術のうちでも、純粋美術と同視できる程度に美術鑑賞の対象と されると認められるもの」19)/(実用性や機能性とは別に、独立して) 「美 17)大阪高判平成 13.1.23 平成 12 (ネ) 2393 号〔装飾街路灯事件〕 (街路灯デザイン図全体の著 作物に関し、著作物性を否定。ただし、美的鑑賞目的の点とともに、 「純粋美術として の性質を是認し得るような思想又は感情の高度の創作的表現まで未だ看取し得るもので はない」ともしており、高度性(ア)の要素も否定判断の論拠としている。さらに、原 審判決(大阪地判平成 12.6.6 平成 11 (ワ) 2377 号)における「実用品の産業上の利用を離 れて、独立に」との説示を引用しており、分離可能性(ウ)の要素も考慮している。 ) 18)山形地判平成 13.9.26 判時 1763 号 212 頁〔ファービー人形事件〕 (判決文 は「実用面及 び 機能面を離れ独立して」との説示に続けて「美的鑑賞の対象となる美的特性を備えてい るものについては、純粋美術としての性質を併有しているといえる」とし、鑑賞対象性 (エ-1)の要素も考慮しながら、育成型電子ペット玩具のデザイン形態について著作物 性を否定した。 ) 。なお、分離可能性要素は、同判決のほか、地裁の裁判例に比較的多く みられるが(東京地判昭 56.4.20〔アメリカンTシャツ事件〕 (後掲注 22) 、京都地判平成 元 .6.15 判時 1327 号 123 頁〔佐賀錦袋帯事件〕 、 大阪地判平成 12.6.6〔装飾街路灯事件〕 (前 掲注 17) 、及び大阪高判平成 17.7.28〔チョコエッグおまけフィギュア事件〕 (後掲注 20) 等) 、いずれも、同判決のように、 「分離可能性」要素単体ではなく、他の要素との組合 せにより、著作物性の判断を行っている(その際、観賞対象性(エ- 1)との組合せが 多いが、高度性(ア)要素との組合せを行った裁判例もある(大阪高裁平成 13.1.23〔装 飾街路灯事件〕 (前掲注 17) ) ) 。その意味で、 「分離」した結果、美的特性等を把握する ことができるかに着目することから、純粋な「分離」可能性では必ずしもなく、 「分離 把握」可能性を問う考え方といえる(大渕哲也「知的財産法体系の二元構造における応 用美術の保護(下) 」曹時 69 巻 11 号(2017 年)61 頁参照) 。 19)仙台高判平成 14.7.9 判時 1813 号 150 頁〔ファービー人形事件〕 (育成型電子 ペット 玩具 のデザイン形態について、著作物性を否定。 ) 247.
(10) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 的鑑賞の対象となるだけの美術性を有するに至っているため、一定の美 的感覚を備えた一般人を基準に、純粋美術と同視し得る程度の美的創作 性を具備していると評価される場合」20)/「客観的外形的に観察して見る 者の審美的要素に働きかける創作性」21) 等 (エ- 2)美の表現の追及 「産業上利用されるというその本来の実用的目的からくる制約を受けつ つも、その美的創作物が専ら美の表現を追求したものという純粋美術の 本質的特徴を合わせ有すると客観的に認められるもの」22) (2)ファッションショー事件知財高裁判決 このように、判断基準としてはさまざま存在してきたが、全体的な傾向とし ては、 「応用美術」の保護要件としては、 「純粋美術」と同視できるかが強く意 識されてきた。ただし、その同視可能性のアプローチとしては、高度性を無条 件に求める当初のアプローチから、個別の美術要素を重視するアプローチへと 移行するとともに、その際の考慮要素としては、特に、鑑賞対象性(上記エ- 1)を重視する考え方が主流になってきた傾向がみられる。 もっとも、個別の美術要素重視のアプローチへの移行は、 「応用美術」を著 20)大阪高判平成 17.7.28 判時 1928 号 116 頁〔チョコエッグおまけフィギュア事件〕 (動物・ 妖怪・アリスのフィギュアのうち、妖怪フィギュアのみ著作物性を肯定。なお、分離可 能性(ウ)の判断もあわせて行っている。 ) 21)知財高判平成 25.12.17 平成 25 (ネ) 10057 号〔シャトー勝沼事件〕 (ワイナリーの広告看板 の図柄につき著作物性を否定。 ) 22)東京高判平成 4.9.30 平成 ( 4 ネ) 434 号〔装飾窓格子事件〕 (著作物性を否定) 。このほかに も、東京地判昭 56.4.20 無体集 13 集 1 号 432 頁〔アメリカンTシャツ事件〕は、 「主観的 な制作目的を除外して客観的、外形的にみて、実用目的のために美の表現において実質 的制約を受けることなく、専ら美の表現を追求して制作されたものと認められ、絵画、 彫刻等の純粋美術と同視しうるものは、著作物として保護している」とし、実用目的か らの分離( (ウ)の要素)もあわせて考慮している(サーファーやイルカ・海等のTシャ ツの図柄に著作物性を肯定) 。 248.
(11) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. 作権法において広く保護する方向に転換したということではなく、個別の事案 ごとに、判断をより実質化するようになったものといえる。実際、高裁レベル の裁判例において、 「高度」重視のアプローチから脱却したと考えられるファー ビー人形事件仙台高裁判決 23)以降においても、 「応用美術」の事案について、 著作物性を否定する傾向は続いている 24)。また、ファービー人形事件仙台高 裁判決以前も含め、純粋美術との同視性を著作物性保護の前提に据える考え方 の下では、平面的なイラスト・図案や三次元デザイン(仏壇彫刻・人形・フィ ギュア等)のうち鑑賞対象となることがその用途といえるもの以外は、特に、 実用品のプロダクトデザインを典型例として、著作権保護は否定されやすい 傾向がみられることが指摘されている 25)。 「高度」要件が明示的に課されなく なったといっても、実質的には、従前からの判断に大きな変化をもたらすもの 23)仙台高裁平成 14.7.9〔ファービー人形事件〕 (前掲注 19)以降、 「高度」という用語は判 決文から消えている。これに対して、 前年の大阪高判平成 13.1.23〔装飾街路灯事件〕では、 「思想又は感情の高度の創作的表現」といった説示がみられた(前掲注 17 参照) 。 24)大阪高判平成 17.7.28〔チョコエッグおまけフィギュア事件〕 (前掲注 20) 、知財高判平成 24.2.22〔スペースチューブ事件〕 (前掲注 13) 、知財高判平成 24.3.22〔鍋持ち手デザイン 事件〕 (前掲注 13) 、 知財高判平成 25.12.17〔シャトー勝沼事件〕 (前掲注 21) 。ただし、 シャ トー勝沼事件知財高裁判決は、後に登場する TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決の清水裁 判長の別の合議体によるものであるが、清水判事は同判決について、 「応用美術の著作 物性を認める基準について、従来の裁判例と同じく『純粋美術と同視し得る程度』を要 件としていまして、その点では今回の『TRIPP TRAPP 事件』と異なるのですが、実際 の判決の内容では、看板の図柄のワイングラスの形状やその他の表現につき『個性的な 表現は見出せない』 『ありふれた表現にすぎない』と認定しまして、 『専ら美的鑑賞の対 象』となるとか、 『高い美的な基準』に基づいて著作物性を判断しているわけではない のです。 」としている(清水節「応用美術に対する著作権による保護について─知財高 裁平成 27 年 4 月 14 日判決「TRIPP TRAPP 事件」を中心として─」コピライト No.663 (2016 年)16 頁) 。 25)金子敏哉「日本著作権法における応用美術─区別説(類型除外説)の立場から─」著作 権研究 43 号(2017 年)81─83 頁及び田村・前掲注 12)10─12 頁等参照。 249.
(12) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ではない 26)ということもできそうである。 いずれにしても、 「応用美術」については、 「純粋美術」との対比が意識され、 その著作権保護については、 「美術」該当性の有無を念頭に議論が展開されて きた。その象徴が、平成 26 年(2014 年)のファッションショー事件知財高裁 判決 27)である。同事案では、ヘアスタイルや衣装・アクセサリーのコーディ ネート等の著作物性が問題となったが、著作物性の判断において、同判決が、 以下のように純粋美術との対比を示したのは、このような従来からの考え方の 流れに概ね沿った「常識的」な判決であったといえる。また、同判決が、純粋 美術との同視性を判断するに当たり、美術要素として上記ウ(分離可能性)及 びエ- 1(観賞対象性)を考慮要素とすることを知財高裁として改めて示した ことは、純粋美術同視の考え方の一つの到達の形とみることもできる 28)。判 決は、以下のように述べる。 「著作権法 2 条 1 項 1 号の上記定義規定からすれば、実用目的の応用美術で あっても、実用目的に必要な構成と分離して、美的鑑賞の対象となる美的特 性を備えている部分を把握できるものについては、上記 2 条 1 項 1 号に含ま れることが明らかな『思想又は感情を創作的に表現した(純粋)美術の著作 物』と客観的に同一なものとみることができるのであるから、当該部分を上. 26)ただし、田村教授はむしろ、ファービー人形事件仙台高裁判決は、三次元デザインにつ いて「著作物性が厳しくなった最初の判決ではないかと思っています」と評している(田 村・前掲注 12)9 頁) 。 27)知財高判平成 26.8.28 判時 2238 号 91 頁〔ファッションショー事件〕 28)チョコエッグおまけフィギュア事件大阪高裁判決(前掲注 20)も、この 2 要素を示して いたが、ファッションショー事件知財高裁判決は、分離可能性の考慮要素について、実 用目的に必要な構成との分離によって美的鑑賞対象性を把握できた場合には、高いレベ ルの芸術性等は求めないことを明らかにした点で、新しさもみられる(設樂隆一「応用 美術についての一考察」野村豊弘先生古稀記念論文集『知的財産・コンピュータと法』 (商 事法務 ・2016 年)288─289 頁及び清水・前掲注 24)14 頁参照) 。 250.
(13) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. 記 2 条 1 項 1 号の美術の著作物として保護すべきであると解すべきである。 」 しかし、ファッションショー知財高裁判決(設樂裁判長)から 8 か月後、幼 児用椅子の著作物性判断について、同じ知財高裁の異なる合議体(清水裁判長) において、従来とは異なるアプローチによる判断が示された。これは、 「応用 美術」問題をめぐる裁判所のそれまでの基本的な考え方に「待った」をかける 判決であり、同判決の登場以降、 「応用美術」問題を巡る知財高裁における考 え方は、軌道修正をしていくことになる。. 2.TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決以降(最近の動向) (1) 「TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決」の潮流(潮流①) TRIPP TRAPP 事件は、幼児用椅子についての事案である。同事案につい て知財高裁は、 「応用美術」を「実用に供され、あるいは産業上の利用を目的 とする表現物」と定義したうえで、 「美術の著作物」としての著作権法による 保護について、以下のように述べた 29)。 「 ( 「美術の著作物」の)例示に係る『美術工芸品』に該当しない応用美術 であっても、同条 1 項 1 号所定の著作物性の要件を満たすものについては、 『美術の著作物』として、同法上保護される」 「応用美術には様々なものがあり、表現態様も多様であるから、明文の規 定なく、応用美術に一律に適用すべきものとして、 『美的』という観点から の高い創作性の判断基準を設定することは、相当とはいえない。 」 「特に、実用品自体が応用美術である場合、当該表現物につき、実用的な 機能に係る部分とそれ以外の部分とを分けることは、相当に困難を伴うこと が多いものと解されるところ、上記両部分を区別できないものについては、 常に著作物性を認めないと考えることは、実用品自体が応用美術であるもの. 29)知財高判平成 27.4.14 判時 2267 号 91 頁〔TRIPP TRAPP 事件〕 251.
(14) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). の大半について著作物性を否定することにつながる可能性があり、相当とは いえない。 」 「加えて、 『美的』という概念は、多分に主観的な評価に係るものであり、 何をもって『美』と捉えるかについては個人差も大きく、客観的観察をして もなお一定の共通した認識を形成することが困難な場合が多いから、判断基 準になじみにくい」 同判決は、このように述べ、一般の創作性判断における場合と同様、個別具 体的に、作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきとしたうえで、本 件製品については、左右一対の 2 本脚の椅子で、座面及び足置き台の両方がは め込んで固定されている点や、台座部分の部材が約 66 度の鋭角で結合してい る点等において、 「個性が発揮されており、 『創作的』な表現というべきである」 とした(ただし、応用美術は、実用目的又は産業上の利用目的にかなう一定の 機能を発揮し得る表現でなければならない制約から、著作権保護の範囲は比較 的狭いとして、著作物性を肯定しつつも、類似性・侵害判断は否定した。 ) 。 このように、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決は、 「応用美術」の著作権保 護について、 「高い創作性」を 「一律」に求める考え方を排斥するとともに、 「分 離可能性」の考慮要素も排斥した。すなわち、同判決は、 「純粋美術」との対 比の中で論じられてきた「応用美術」について、これを特別視せず、かつ、創 作性判断について、一般の著作物と同様の基準で判断すべきとしたものといえ る。同判決以降、知財高裁では、 「純粋美術」との同視可能性を明示的に求め る判示は姿を消している。 また、従来の裁判例においては、 「純粋美術」との同視可能性の判断基準と して、創作性判断を取り入れるものが見られた。例えば高度性を重視するアプ ローチ(上記ア)では、 「高度の芸術性」を「すなわち、思想又は感情の高度 に創作的な表現」とし、また、個別の美術要素を重視するアプローチにおい ては、 「鑑賞対象性」 (上記エ- 1)として「美的創作性」や「見る者の審美的 要素に働きかける創作性」等とするものがみられた。これらは、換言すれば、 252.
(15) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. 純粋美術としての性質を有するか否かといった「美術」要件の判断において、 「創作」要件の判断を(意識的に又は無意識的に)融合・混在していたもので ある。これに対して、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決は、 「応用美術」であっ ても特別視せず、 「著作物」該当性の判断を重視する立場から、著作物性要件 としてはそれぞれ別の要件である「美術」要件と「創作」要件の判断を、原則 として切り離すべきことを示した判決ということができる。 ただし、本判決は、幼児用椅子の本件製品について、結論において「美術の 著作物」該当性を肯定したが、 「美術」の内容には立ち入らず、かえって、 「美 的」という概念は 「判断基準になじみにくい」とした。実際、 本件製品について、 「美術」の観点からの明示的な判断は見当たらない。そこで、このことだけを 捉えれば、本判決は、 「美術の著作物」該当性の判断においては「美術」要件 の判断は必要なく、一般的な創作性判断のみで足りるとした見解であると捉え る向きもあるかもしれない。しかし、本判決と同じ清水裁判長の合議体による 後の知財高裁判決(スティック状加湿器事件判決 30)及びゴルフシャフト事件判 決 31))においては、 「応用美術が美術の著作物である以上、美的鑑賞の対象と なり得る美的特性を備えなければならない」との説示や、 「応用美術は、 『美術 の著作物』 (著作権法 10 条 1 項 4 号)に属するものであるか否かが問題となる 以上、著作物性を肯定するためには、それ自体が美的鑑賞の対象となり得る美 的特性を備えなければならない(としても) 」との説示を行った上で、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決と同様、 「高度の美的鑑賞性の保有などの高い創作 性の有無の判断基準を一律に設定することは相当とはいえ」ない等と説示して いる。これらを総合的に踏まえれば、また、幼児用椅子についても、 「美術の 著作物」として認めていることを踏まえれば、実質的な判断を加えていなかっ. 30)知財高判平成 28.11.30 判時 2338 号 96 頁〔スティック状加湿器事件〕 31)知財高判平成 28.12.21 判時 2340 号 88 頁〔ゴルフシャフト事件〕 253.
(16) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). たとはいえ、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決においても、 「美術」要件自体 を不要としていたわけではないと考えられる。 以上を踏まえ、 「美術」判断を基軸とする従来の裁判例との対比により、 TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決以降の一連の裁判例の潮流を特徴づけると すれば、以下のように示すことができる。 【潮流①】創作性判断基軸説/「美術・創作」区別説( 「TRIPP TRAPP」潮流) (特徴 1) 「創作」性判断を重視し、かつ、一般の創作性判断と同じ基準を採用。 (特徴 2) 「美術」性判断と「創作」性判断の分離・区別を志向。 (特徴 3) 「美術」性判断は、 「美的鑑賞の対象となり得る美的特性」の有無で判断。. (2)知財高裁におけるもう一つの潮流(幼児用箸事件知財高裁判決) (潮流②) TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決は、 「応用美術」 問題に対する従来の 「常識」 に待ったをかけるものであり、極めてインパクトが大きかった判決と思料され る。しかし、 「行き過ぎ」が懸念されたのだろうか。同判決から 1 年半後に、更 に異なる裁判長(鶴岡裁判長)の合議体により、幼児用箸の著作物性判断が問 題となった事案において、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決の動きに「ブレー キ」をかけるかのような知財高裁判決が示された 32)。 「実用品であっても美術の著作物としての保護を求める以上、美的観点を 全く捨象してしまうことは相当でなく、何らかの形で美的鑑賞の対象となり 得るような特性を備えていることが必要である(これは、美術の著作物とし ての創作性を認める上で最低限の要件というべきである) 。したがって、控 訴人の主張が、単に他社製品と比較して特徴的な形態さえ備わっていれば良 い(およそ美的特性の有無を考慮する必要がない)とするものであれば、そ の前提に誤りがある。 」 32)知財高判平成 28.10.13 平成 28 (ネ) 10059 号〔幼児用箸事件〕 254.
(17) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. 判決はこのように述べたうえで、本件幼児用箸について、箸を連結すること 自体はアイデアであって表現ではなく、その具体的な連結の態様を見ても、他 者製品と「比較して特徴的であるとまではいえず、まして美的鑑賞の対象とな り得るような何らかの創作的工夫がなされているとは認め難い」として、美術 の著作物としての創作性を否定した。 このように同判決は、 「美的」の名のもとに「高い創作性」を一律に求める べきではないとした TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決による問題提起を踏ま えつつも、 「美術の著作物としての創作性」を認める上での最低限の要件とし て、 「何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような特性」を求める判決であ る。換言するならば、同判決は、TRIPP TRAPP 事件知財高裁の判決では重 視されていなかった「美術」要件の判断の必要性を確認するとともに、それを 「創作」性との関わりにおいて勘案すべきことを示したものとみることができ る。そして、このような説示は、本判決と同じ鶴岡裁判長の別の合議体による 半田フィーダ事件知財高裁判決 33)においても引き継がれている( 「著作権法上 の美術の著作物として保護されるためには、仮にそれが産業用の利用を目的と するものであったとしても、美的観点を全く捨象してしまうことは相当でなく、 何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような創作的特性を備えていなければ ならない」 ) 。 他方、これらの判決で示された「何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るよ うな(創作的)特性」要件に関しては、その 1 か月後に出されたスティック状 加湿器事件知財高裁判決(清水裁判長)でも採用されたが、ここで示されたよ うな「美術」性判断と「創作」性判断との関係性は、スティック状加湿器事件 知財高裁判決を含む上記「TRIPP TRAPP」潮流の裁判例では、明示的には採 用されていない。したがって、現時点においては、幼児箸事件及び半田フィー. 33)知財高裁平成 30.6.7 平成 30 年(ネ)10009 号〔半田フィーダ事件〕 255.
(18) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). ダ事件に係る知財高裁判決は、 「TRIPP TRAPP」潮流の裁判例とは別の潮流 として捉えることが適切と考えられる。 なお、 「何らかの形で美的鑑賞の対象となり得るような(創作的)特性」の 内容に関しては、半田フィーダ事件知財高裁判決において、控訴人の主張に対 応した説示ではあったが、より具体的に示された。すなわち、原告商品の半田 フィーダ(糸半田供給機)については、 「外観からは、社会通念上、この機器 を動作させるために必要な部材を機能的観点に基づいて組み合わせたもの、す なわち技術的思想が表現されたものであるということ以上に、端整とか鋭敏、 優雅といったような何かしらの審美的要素を見て取ることは困難であるといわ ざるを得ず、原告商品が美的鑑賞の対象となり得るような創作的特性を備えて いるということはできない」とされたところである。 以上を踏まえ、幼児用箸知財高裁判決の特徴づけるとすれば、以下のように 示すことができる。 【潮流②】創作性判断基軸説/ 「美術・創作」融合説( 「幼児用箸」潮流) (特徴 1) 「創作」性判断と「美術」性判断を同程度に重視。 (特徴 2) 「美術」性判断と「創作」性判断の融合を志向。 (特徴 3) 「創作」性判断は、一般の創作性判断と同じ基準を採用するが、 「創作」性判 断において、 「美術」性判断も行う( 「美的鑑賞の対象となり得るような創作 的特性」の有無の判断) 。. (3)地裁判決における潮流(潮流③) TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決以降の地裁判決においては、上記の知財 高裁の新たな潮流を受け、 「純粋美術」との同視可能性を明示的に求めるもの は、一切見られなくなった 34)。他方、地裁判決においては、 「実用的機能を離 34)TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決以降の裁判例について、中川隆太郎「ファッションデ ザインの著作物性─ Chamois 事件」著作権研究 No.45(2018 年)197 頁以下等を参照。 256.
(19) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. れて美的鑑賞の対象となり得るような美的特性を備えている場合には、美術 の著作物として保護の対象となる」等として、ファッションショー事件知財高 裁判決が示していた 2 つの美術要素( 「分離可能性」(上記ウ)及び「鑑賞対象 性」 (エ- 1)の双方)を明示するものが多い 35)。例えば、BAO BAO ISSEY MIYAKE 事件東京地裁判決は、 「実用目的で工業的に製作された製品につい て、その製品を実用目的で使用するためのものといえる特徴から離れ、その特 徴とは別に美的鑑賞の対象となる美的特性を備えている部分を把握」できない ものは、 「思想又は感情を創作的に表現した美術の著作物」として保護されな いとした(三角形のピースが同一間隔で敷き詰めるように配置され、荷物の形 状に応じてピースの境界部分が折れ曲がることにより様々な角度がつき、荷物 に合わせて鞄の外観が立体的に変形する鞄の形態について、物品を持ち運ぶと いう鞄としての実用目的に応じた構成そのものであるとして、著作物性は認め られないとした) 。 これらは、従来の「純粋美術同視」のもとで培われてきた判断基準の流れを 背景としつつ、必ずしも「高度の芸術性」等を「一律」に求めるものではなく、 2 つの美術要素に基づいて、個別に判断しようとするものと理解される。 ただし、 「鑑賞対象性」の要素について、 これら地裁の裁判例においては、 (美 的鑑賞の対象となり得る) 「美的特性」を求めるものが多いが、 「美的創作性」 とするものもある 36)。ここで 「美的創作性」とするものは、 「美術」性判断と 「創 作」性判断の融合を明示的に志向する考え方といえる。他方、 「美的特性」と 35)大阪地判平成 27.9.24 判時 2348 号 62 頁〔ピ ク ト グ ラ ム 事件〕 、東京地判平成 28.1.14 判 時 2307 号 111 頁〔ス ティック 状加湿器事件〕 、東京 地 判 平 成 28.4.21 判 時 2340 号 104 頁〔ゴ ル フ シャフ ト 事件〕 、東京地判平成 28.4.27 平成 27 (ワ) 27220 号〔幼児用箸事件〕 、 大阪地判平成 29.1.19 平成 27 (ワ) 9648 号〔Chamois 事件〕 、大阪地判平成 30.10.18 平成 28 (ワ) 6539 号〔傘立て事件〕及び東京地判令和元 .6.18 平成 29 (ワ) 31572 号〔BAO BAO ISSEY MIYAKE 事件〕 36)スティック加湿器事件東京地裁判決及びゴルフシャフト事件東京地裁判決(前掲注 35) 257.
(20) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). のみ表現している場合は、それらの区別を志向しているとも考えられるが、必 ずしも明らかではない。いずれにしても、これらの地裁の裁判例は、かつては 主流であった「純粋美術」との同視性を求める考え方では必ずしもないものの、 ファッションショー知財高裁判決等の従来の考え方と同様に、 「美術」判断を 基軸として「応用美術」の著作物性判断を行っているものといえる。 以上を踏まえ、これらを特徴づけるとすれば、以下のように示すことができる。 【潮流③】美術判断基軸説(美術性 2 要素判断説) ( 「ファッションショー」潮流) (特徴 1) 「美術」性判断を重視。 (特徴 2) 「美術」性判断において(i)分離可能性及び(ii)鑑賞対象性(美的鑑賞の対象 となる美的特性)を判断。 (特徴 3) 「美術・創作」の区別又は融合の志向は、立場が混在・不明確。. (4)小 括 以上のとおり、 「応用美術」問題をめぐる最近の裁判例の動向としては、 ファッションショー事件知財高裁判決に代表される従来からの流れを汲んだ判 断基準、すなわち、 「美術」判断を基軸とする考え方( 「ファッションショー」 潮流) (潮流③)が地裁において多く採用されている一方、知財高裁において は、そのような「美術」判断を基軸としてきたことにより翻弄されてきた過去 の呪縛から脱するべく、 「創作」判断に軸足を移そうとした「TRIPP TRAPP」 潮流(潮流①)と、 そのような問題意識に同調しつつも、 「美術」判断と「創作」 判断の調和を図ろうとする「幼児用箸」潮流(潮流②)が見られる。 それでは、これらの潮流のうち、いずれが「本流」というべきなのだろうか。 あるいは、他に「本流」たり得る考え方はあり得るのであろうか。 以下では、このことについて探るべく、これら 3 つの潮流について更に分 析を加えるとともに、 「応用美術」問題が難問とされてきた問題の本質を探り、 本問題に対する解決の一つの道筋を示すことを試みることとしたい。 258.
(21) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. Ⅳ 望ましい判断基準の在り方について 1.3 つの潮流の分析 (1)TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決以降 の 図式( 「純粋美術 ド グ マ」か らの軌道修正) TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決 は、著作物性判断 に お い て、 「応用美術」 ということのみをもって特別扱いせず、 「美的」という観点から一律に「高い」 創作性を求めることに反対し、一般の著作物と同様の創作性判断の枠組みを採 用すべきとした判決である。 「応用美術」は、かつての著作権制度審議会答申 説明書でも示されていたように、様々なものがあり、表現態様も多様であるこ と、及び、その美術性・芸術性についても、それに接する者によって受け止め 方は様々であることから、一律に高い水準の美術性等を求めることは適切では なく、また、その判断を司法に委ねることは困難である。 「高度」の芸術性等 を明示的に求めるアプローチに典型的に見られたように、かつての裁判例が、 「純粋美術」との同視性を探る中で、とかく「高度の芸術性」を無条件に求め がちであった誤謬(強いて言うならば、 「純粋美術ドグマ」の問題点)に気付 きを与え、そこに終止符を打ち、軌道修正を図ろうとした同判決は、その意味 で意義が大きい。実際、その後の裁判例においては、一律の「高度」性要求に 繋がりやすい「純粋美術との同視」を明示するものは、見られなくなった。 しかし、同判決は、一般の創作性判断の中で、椅子としての機能・効用に関 わると考えられるデザイン( 「アイデア」に属するもの)に関して「個性(の) 発揮」を認め、その限りで創作性(著作権保護)を認めた。このことは、個別 事案における客観的な創作性判断の難しさを物語るものともいえる。そこで、 「純粋美術ドグマ」からの脱却を図った TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決の問 題意識に呼応しつつも、同判決におけるような創作性認定の曖昧さを回避すべ く登場したのが、幼児用箸事件知財高裁判決であった。 とはいえ、その後、知財高裁において「幼児用箸」潮流が主流になったとも 259.
(22) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 必ずしもいえず、 「TRIPP TRAPP」潮流と「幼児用箸」潮流とは、必ずしも 合流しきれていないように見える。そこで、このように判断基準が未だ調和・ 統合していない状況を踏まえ、地裁判決は安全策を取り、従来からの流れであ るファッションショー事件知財高裁判決に沿った基準( 「ファッションショー」 潮流)を採用している。 最近の裁判例の全体の傾向を踏まえると、以上のような構図が見えてくる。 (2)3 つの潮流の関係性(使い勝手の良い 「ファッションショー」潮流基準) しかし、一見相対立するこれらの潮流も、捉え方次第では繋がっている。 まず、知財高裁における「TRIPP TRAPP」潮流と「幼児用箸」潮流は、上 記のとおり、 「創作」性判断を重視する(美術性判断に過度に依存しない)と いう点で共通し、異なるのは、 「美術」性判断と「創作」性判断とを関連付け るか否かという点にある。この点、 「幼児用箸」潮流は、両者の関連付けを明 示( 「美的鑑賞の対象となり得るような何らかの創作的工夫」の有無を判断) するのに対し、 「TRIPP TRAPP」潮流では明示していない。 「TRIPP TRAPP」 潮流は、現時点までの裁判例では、 「美術」性判断の具体的な基準を明示して おらず、かつ、具体的な判断も行っていないため、今後の見通しは必ずしも明 らかではないが、今後、 「幼児用箸」潮流のように、 「美術」性判断を「創作」 性と関連付けて行う可能性が排除されているわけでもない。したがって、今後、 「幼児用箸」潮流に一本化していくことも考えられる。逆に、 「美術」性判断を 「創 作」性判断から明確に切り離す判断が示されることによって、知財高裁判決が 「TRIPP TRAPP」潮流に一本化していくことも考えられる。あるいは、 「TRIPP TRAPP」潮流のように、 「美術」性判断と「創作」性判断を切り離しつつ、 「美 術」性判断の内容として「幼児用箸」潮流が示した「何かしらの審美的要素」 の感得を問うこととして、両潮流が合流することも十分考えられる。 「幼児用 箸」潮流は、 「美的鑑賞の対象となり得るような何らかの創作的工夫」の有無 に着目しており、 「美術・創作」を融合しているように見えるが、 ここにいう 「創 260.
(23) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. 作的工夫」とは、観賞対象となり得る「工夫」についての創作性を問うもので あって、著作権の保護要件としての「表現」についての創作性を問うものでは なく、あくまで「 (美的)鑑賞対象性」の有無を問う趣旨に過ぎない、と理解 するならば、両潮流の合流も認められやすいと考えられる。 それでは、 これらの知財高裁 2 潮流の考え方と、 地裁を中心する「ファッショ ンショー」潮流の関係性はどうか。 「ファッションショー」潮流の考え方が示 す美術 2 要素のうち、 「鑑賞対象性」 ( 「鑑賞対象となり得る美的特性」等)の 要素は知財高裁 2 潮流の考え方と共通・類似しており、親和性がみられる。し たがって、問題となるのは、 「ファッションショー」潮流において明示されて いる「分離可能性」要素の理解如何である。この点は、結局のところ、 「概念 的」 (観念的)分離の意味合いにかかっており、 「ファッションショー」潮流に おいて、 「実用面・機能面の制約を受けた表現か否か」の判断を「美術」要件 の判断として実質的に行おうとする立場からは、 「美術」要件の内容として「分 離可能性」要素を明示しない知財高裁 2 潮流の考え方は馴染みにくいことにな る。他方、美術要件の判断としての「分離可能性」は単に外形的客観的に判断 すれば足りると捉えるならば、同要素は、 「美術」要件の内容としては重視さ れないことになるから、知財高裁 2 潮流と整合性を有しやすいことになる 37)。 37)なお、 「分離可能性」は、米国著作権法において、実用品デザインに関する著作物性の判 断プロセスにおいて採用されている基準(米国著作権法 101 条)であり、これについて は従来、 「物理的」分離可能性と 「概念的」 (観念的)分離可能性の 2 つの考え方があった。 これに関し、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決を担当した清水判事は、 分離可能性が「物 理的」分離可能性を意味するのであれば採用しえないが、 「観念的」分離可能性とした 上で、椅子における脚としての機能から一定の美的な鑑賞的要素が観念的に分離できる のであれば、TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決においても同基準を採用する余地はあっ たかもしれないとしている(ただし、そのような判断について確証が持てなかったので 採用しなかった旨説明する) (清水・前掲注 24)18 頁) 。なお、 「分離可能性」の判断基 準に関しては、2017 年に米国連邦最高裁により新たな基準が示された(StarAthletica 事 件(詳細は後述 Ⅳ ( 1 5)を参照) ) 。 261.
(24) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 「ファッションショー」潮流として抽出される「美術」性判断基準は、現時 点においては、 「分離可能性」と「鑑賞対象性」の 2 要素を簡潔に述べるの みであるため、その実質的な意味内容次第では、知財高裁における「TRIPP TRAPP」潮流にも「幼児用箸」潮流にも通じ得る基準である。他方、 「鑑賞対 象性」については、 「鑑賞対象となり得る美的特性」等とする場合の「美的特 性」について要件付けを行わない限り、依然として、かつての「純粋美術」論 にも親和性を持ち得る。その意味で、 「ファッションショー」潮流が示す基準 4 4. は、多様な事案に柔軟に対応し得る便利で使い勝手のよい基準といえる。し たがって、 「応用美術」問題について今後明確な方向性が固まらない場合には、 「ファッションショー」潮流の基準は、地裁を中心に、今後とも、裁判例にお いて重宝される可能性が高い。 しかし、内容が不明確なままであれば、基準としては十分な意味をなさない。 上記のとおり、3 潮流は未だ流動的な段階にあるといえるが、特に、美術性 2 要素( 「ファッションショー」潮流)により判断を行おうとする場合には、 「分 離可能性」や「鑑賞対象となり得る美的特性」が意味する内容や趣旨について、 説明を補足し、明らかにしていくことが求められよう。. 2.問題の所在―著作物性判断の「ACE」 ― 「応用美術」問題は、著作物性判断を巡る問題である。そこで、著作権法に おける「著作物」の定義(2 条 1 項 1 号)を踏まえると、著作物性要件は、次 の 3 要素から構成されていることが理解される。すなわち、 「①創作的に」 「② (思想又は感情を)表現」したものであって「③文芸、学術、美術又は音楽の 範囲に属すること」である。 「応用美術」は「美術」の領域の問題であり、 また、 従来、 「美術」性判断が重視されてきたことを踏まえると、 「応用美術」問題は、 次にみるような、著作物性判断に係る「ACE」の評価の在り方を巡る問題と も言い換えられるであろう。. 262.
(25) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. A(Art) : 「美術」 C(Creativity) : 「創作」 E(Expression) : 「表現」. それぞれの要素は、本来、著作物性判断の要件としては別のものである。た だし、 「創作」要件と「表現」要件は親和性が強い。 「創作」は「表現」を前提 とするものであり、著作物性の定義上も、 「創作的に表現したもの」を著作物 の対象としている。 「表現」に関わる法理としては、 「アイデア・表現二分論」 (idea-expression dichotomy)及 び ア イ デ ア・表現 の「融合(merger)法理」 があるが、 「創作」要件に関わる「ありふれた表現」の法理と合わせて、 「創作」 要件及び 「表現」要件は、 一体的に捉えられやすい (あるいは、 「表現」要件は 「創 作」要件に取り込まれやすい)側面を有している。 「応用美術」の著作物性判 断において「創作性」について言及する場合は、 「創作」 (C)要件のみを指し ているのか、 「創作的表現」 (C + E)を指しているのか、意識する必要がある。 これに対して、 「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属すること」との要件は、 「知的・文化的な包括概念の範囲に属するもの」を広く指すものと理解されて いる 38)から、一般の著作物性判断においては、同要件は普段は特に問題とな らず、意識されないことが多い。ところが、こと「応用美術」になると、 「美術」 該当性の疑義から、同要件が急浮上(いわば、顕在化)し、むしろこの要件を 中心に─多くの場合、純粋美術同視可能性の有無の問題として─語られてき た。ここで注意すべきことは、 「美術」要件は「応用美術」に限って付加的に検 討されて議論されるものではないことである。すなわち、 「文芸、学術、美術 又は音楽の範囲に属すること」は、すべての著作物に妥当する要件であり、た だ、 「応用美術」については、類型的に特徴づけられる課題として、同要件該 38)加戸守行「著作権法逐条講義 六訂新版」 (著作権情報センター ・2013 年)24 頁参照。 263.
(26) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 当性がクローズアップされるに過ぎない。しかし、 「応用美術」問題においては、 伝統的に「美術」要件が注目され、その流れの中で著作物該当性が検討されて きた結果、 「創作」要件が、 「美的創作性」等として「美術」要件に意識的に取 り込まれて議論されることもあれば、等閑視されることもあった。しかし、従 来のように、 「美術」要件とその他の要件との関係性について、意識を向けな いまま放置することは、議論の混乱を継続させるだけである。 その意味で、 「美術」 (A)要件一辺倒になりがちであった従来の議論に対し、 一般の「創作(的表現) 」 (C (E) )要件による検討の必要性について問題提起 を行った TRIPP TRAPP 事件知財高裁判決は、そのような混乱した議論に終 止符を打とうとしたものとして、評価し得る。 それでは、 「応用美術」問題について、 「ACE」の相関関係、いわば「ACE の三角関係」をどのように理解すべきだろうか。以下では、 「美術」要件に焦 点を当てつつ、 「ACE」の各要件の考え方や関係性について、考察を行うこと とする。. 3. 「ACE」の関係性 (1) 「応用美術」と美術性判断 美術性判断においては、従来、 「純粋美術」との対比が意識されてきた。 「純 粋美術」との用語は、 「応用美術」と同様、 我が国の著作権法には登場しないが、 著作権法上の「純粋美術」の手がかりは、著作物の例示を示す 10 条 1 項 4 号 にあり、 「美術の著作物」の典型例として、 「絵画、版画、彫刻」が示されてい る。よく言われることであるが、幼い子どもの描いた絵であっても著作物性が ある。これは、 「創作性」の高低を問わないとの文脈で指摘されるが、逆にい えば、 「絵」と認識できる程度の「創作性」は必要である。また、それで足り 得るということでもある。このように、応用美術以外の一般の著作物について は、 「純粋美術」といっても「美術」要件は特段問題とならず、また、その判 断も、 「創作(的表現) 」判断に事実上吸収されている。 264.
(27) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. しかし、従来は、 「応用美術」の問題になった途端、 「純粋美術」との対比の 中で、 「高度の芸術性」等が求められてきた。 「高度の芸術性」の有無を裁判官 が客観・公平に判定できる手立てがあるように思えないが、なぜそのような理 解に至ったのか。筆者としては、その大きな要因は、以下に述べるとおり、直 接的には、 「応用美術」を巡る歴史的背景と、 「美術」という用語が内包する 「美」 概念の含蓄の深さにあったのではないかと考える。そして、そのような背景を 有するにも拘わらず、 「美術」要件を中心としてこの問題を解決しようとして きたことにあったのではないかと考える。 (2) 「純粋美術」と「応用美術」の区別と差別 そもそも「美術」という概念が我が国に導入されたのは明治期(1873 年の ウィーン博覧会時)のことであり、 当初は諸芸術の意で用いられた 39)。しかし、 その後、1885 年(明治 18 年)頃からは、 西欧の 19 世紀美学思想の影響を受けて、 「純粋美術」と「応用美術」の区別も知られるようになった 40)。しかし、その 「区別」は、鑑賞的芸術である純粋美術に対して、応用美術を、功利的美術と して卑しめられたものとする、差別的概念としてのそれであり、芸術至上主義 の風潮の中で、芸術家の地位にも差別を持ち込むことになったものであったと される 41)。 39)日野永一「日本における応用美術概念の成立過程」デザイン学研究 No.89(日本デザイ ン協会・1992 年)56 頁。 40)日本においては、芸術は生活の中に生きており、純粋美術と応用美術とは密接に関係し、 工芸品は日本美術の特色であると考える傾向が強かった( 「美術工芸」 (美術工業)とい う言葉も生み出した)が、1900 年パリ万博では、 美術作品に分類されたのは絵画・版画・ 彫塑・建築に限られ、工芸も美術なりとする日本の主張は取り入れられなかった。これ 以降、 「純正ナル美学ノ原則」という欧米の価値基準への転換が余儀なくされることに なった(日野・前掲注 39)57 ─61 頁参照) 。 41)日野・前掲注 39)55─61 頁及び加藤義夫「美術と工芸の距離と遠近─現代美術と金属工芸 作家ユ・リジの作品について─」京都精華大学紀要第 38 号(2011 年)116─121 頁を参照。 265.
(28) 横浜法学第 28 巻第 3 号(2020 年 3 月). 著作権法における 「応用美術」問題を考える際には、 「純粋美術」と 「応用美術」 との区別が、従来、このような、美術性の高低の違いという差別意識の下で使 用されてきたという事実に留意する必要がある。こうした差別意識があったこ とが、著作権法学においても、 「応用美術」を「純粋美術」と同視するために 必要な要件として、 「高度の芸術性」等を求めてきた背景にあったのではない だろうか。 しかし、少なくとも著作権法においては、芸術の価値の優劣は無関係である。 また、美学思想の分野においては、この区別は、現在では「少なくなったと思 われる」とも言われている 42)。このような美学思想上の旧来の 「区別」を、 「応 用美術」等の用語すらない我が国の著作権法の解釈として採用することは、適 切とはいえまい 43)。. 42)日野・前掲注 39)55 頁。なお、手工業のもつ美しさを備えた日本の手工業製品は、19 世紀の万博を介し、西欧の人々を魅了したが、同時に、西欧における内なる運動として、 工業化以前の価値観を支持するイギリス発の「アーツ・アンド・クラフツ」運動が欧州 大陸に広まり、感性系の文化を肯定する「アール・ヌーヴォー」といった新たな美の探 究の動きのほか、第 1 次世界大戦に敗れたドイツ発のバウハウスの運動(機能を中心と した造型性を中心的なテーマとし、合理と機能を重視する理性系の文化を肯定)を誘発 しながら、後者はさらに工業社会であるアメリカにわたり、専門職としての「インダス トリアル・デザイン」の出現へとつながっていった(吉田光邦「工芸の社会史機能と意 味をさぐる」 (日本放送協会 ・1987 年)130─133 頁及び 223─234 頁及びジョン・ヘスケッ ト(榮久庵祥二 ・GK 研究所訳) 「インダストリアル・デザインの歴史」 (晶文社 ・1985 年) 111─156 等参照) 。 43)そもそも、純粋美術(英語の “fine arts”)に相当する用語である “beaux-art”(ボザール) という区分自体、芸術の中における貴賤の区分(熟練的技術(mechanical arts)は自由 学芸(liberal arts)よりも一段低いとの社会的・身分的な位置づけがなされていた)に 対抗し、 「もの」を造り出す造型芸術の中でも、絵画・彫刻・建築については宮廷社会 のための芸術であり、職人仕事からは区別されるものだとしてその地位を獲得していっ たものであった(佐々木健一「美学辞典」 (東京大学出版社 ・1995 年)32─34 頁参照) 。 266.
(29) 「応用美術」と著作物性判断の潮流. (3)芸術の本質 他方、 一律に 「高度」の芸術性・美術性を求めることが適切ではないとしても、 そもそもどのように「美術」の特性を特定できるのかについて、引き続き問 題となる。 「美術」は、一般にベルヌ条約における “Art” の邦訳として使用さ れるが、通常、“Art” の和訳として最初に挙げられるのは、 「芸術」である 44)。 我が国における法律上の用例(学校教育法 21 条 9 号( 「音楽、美術、文芸その 他の芸術」 )参照)を踏まえても、 「美術」の上位概念は 「芸術」といえ、 「芸術」 (Art)には、音楽、絵画、詩、演劇、舞踊、彫刻、建築等が広く含まれる 45)。 したがって、 「美術」とは何かを理解するためには、 「芸術」とは何かを理解す る必要がある。しかし、芸術の本質を特定することは、必ずしも容易ではない。 芸術の本質について、古典的な美学思想の下では、 「模倣」 (ミーメーシス、 本質的なものの再現)が本質とされてきた。すなわち、プラトンやアリストテ レスによって美の実在性が示され、芸術はそのような、実在的な世界の本質的 なるものを再現することによって創造されるものと理解されていた。これに対 して、19 世紀以降の近代の主観主義美学においては、芸術を、感情の「表現」 と捉えるようになる(表現理論) 。すなわち、芸術は、芸術家の自己表現によっ て創造されるオリジナリティあるものであると考えられるようになった 46)。 これは、古典的美学思想のもとでは、芸術を、その作品の主題(実存・絶対 性)に注目したのに対して、 近代の主観主義的美学は、 芸術作品の創作者(主観) に注目した概念として捉えたということができると考えられるが 47)、このよ 44)例えば、小稲義男編集代表「新英和大辞典(第 5 版) 」 (研究社・1980 年)で筆頭に挙げ られている “art” の訳語は「 (総合的・個別的に)芸術」である(118 頁) 。 45)青山昌文「改定版 美学・芸術学研究」 (放送大学教育振興会・2019 年)20─22 頁等参照。 46)ジョージ・ディッキー(今井晋訳) 「芸術とはなにか─制度的分析」西村清和編・監訳『分 析美学基本論文集』 (勁草書房 ・2015)36─37 頁及び青山・前掲注 45)15─71 頁参照。 47)ディッキー・前掲注 46)37 頁参照。 267.
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