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刑事判例研究22 自動車を運転して左折する際に自転車と衝突し,その運転者に傷害を負わせた事案について,検察官において,関係証拠をより慎重に検討していれば,起訴されなかった可能性が否定できないことや,長期間にわたって応訴を強いられた訴訟経過等を考慮し,刑を免除した事例(横浜地判平成28・4・12 判時2310号147頁免除(確定))

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刑事判例研究22

自動車を運転して左折する際に自転車と衝突し,その

運転者に傷害を負わせた事案について,検察官において,

関係証拠をより慎重に検討していれば,起訴されなかった

可能性が否定できないことや,長期間にわたって応訴を

強いられた訴訟経過等を考慮し,刑を免除した事例

(横浜地判平成 28・4・12 判時2310号147頁 免除(確定))

刑 事 判 例 研 究 会

金 澤 真 理

【事実の概要】 信号機により交通整理の行われている交差点に普通乗用自動車で進行し た被告人は,同交差点入口で一時停止後,信号表示に従い発進して同交差 点を左折進行するに当たり,同交差点左折方向出口には横断歩道が設けら れていたのであるから,前方左右を注視し,同横断歩道による横断歩行者 等の有無及びその安全を確認しながら発進して左折進行すべき自動車運転 上の注意義務があるのにこれを怠り,前方左右を注視せず,同横断歩道に よる横断歩行者等の有無及びその安全を十分に確認しないまま,漫然,発 進して時速約 5 km で左折進行した過失により,折から同横断歩道上を信 号に従い左方から右方に進行してきた被害者運転の自転車を認めて,ブ * かなざわ・まり 大阪市立大学大学院法学研究科教授

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レーキをかけたが間に合わず,自車左前部を同自転車に接触させて同自転 車をふらつかせ,バランスを失った同自転車もろとも同人を路上に転倒さ せ,よって,同人に,加療約一週間を要する頸椎捻挫,右肘・右膝擦過 創,右肋骨挫傷,右顔面挫創の傷害を負わせた。 検察官は,被害者の傷害を「頸椎捻挫等で約⚑週間の通院加療見込み」 とする医師の診断等に基づいて,被告人をいったん不起訴にしたが,その 後,被害者から肋骨骨折,頸椎捻挫等により治療が長引いている旨の申し 入れを受け,また,これを裏付ける医師の回答も得られたことなどから, 被告人が被告人車両を運転し,判示交差点入口で一時停止した後,信号表 示に従い発進して同交差点を左折するに当たり,同交差点左折方向出口に 設けられていた横断歩道による横断歩行者等の有無及びその安全確認不十 分のまま,漫然,被告人車両を発進させて,時速約10 km で左折進行した 過失により被害自転車に気付かず,自車前部を被害自転車に衝突させて同 自転車もろとも被害者を路上に転倒させ,症状固定までに約244日間を要 する肋骨骨折等の傷害を負わせた旨の公訴事実によって被告人を起訴し た。これに対し,被告人及び弁護人は,自動車を運転し,左折進行する際 に,同車を被害者運転の自転車に接触させて転倒させたことには争いがな いとしたものの,罪状認否で,被害者の転倒態様や負傷の程度を争ったこ とから,争点整理等が行われ,証拠調べを終えた段階で,訴因変更請求に より,被害者が負ったとされる傷害の内容は,加療約⚒週間を要する頸椎 捻挫等(頸椎捻挫,右肘・右膝擦過創,右肋骨挫傷,右顔面挫創である旨検察官 が釈明)と変更され,検察官は,これに基づき罰金30万円を求刑した。他 方,弁護人は一貫して,本件事故の際の被害者の転倒態様及び同人が負っ た傷害の内容を争い,弁論では,公訴権の濫用を理由に公訴棄却の判決を 求めた。 裁判所は,公訴権濫用の主張についてはこれを否定に解したが,被害者 が転倒した態様につき,被告人の供述に沿って認定するとともに,被害者 が負った傷害の内容については,訴因変更後のものよりも更に軽く,あわ

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せて約⚑週間の加療を要する,頸椎捻挫,右肘・右膝擦過創,右肋骨挫 傷,右顔面挫創の傷害を負ったと認定し,次のように判示した。 【判 旨】 「もとより,本件事故の発生原因に関し,被害者に落ち度があるわけで はなく,また,被害者が,自己の傷害の内容について,殊更に虚偽を述べ ているとも認められないから,被害者が,本件事故により,症状固定まで に約244日間を要する肋骨骨折等の傷害を負ったものとして本件を起訴し た検察官の判断が,不当であったと即断することはできない。 しかしながら,検察官において,被害者にうつ病等の精神症状があるこ とも踏まえて,関係証拠をより慎重に検討していれば,いったん不起訴処 分となった本件が,そのまま起訴されなかった可能性も否定できない。 また,本件事故を起こした被告人の過失は,単純かつ比較的軽微なもの であって,被告人が日常的に不注意な運転をしていたような事情もない。 そして,当裁判所が認定した限度では,被告人は,当初から事実をほぼ 認め,被害者に謝罪もしていたところ,前科のない被告人が,長期間にわ たって応訴を強いられたという訴訟の経過等にも鑑みると,被告人の判示 所為は,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律⚕ 条本文に該当するものの,本件は,同条ただし書により刑の免除をするの が相当な場合に当たるから,刑訴法334条により主文のとおり判決する」と。 【検 討】 1.日本の現行刑法においては,刑の免除は,法定のものに限定され, 総則には過剰防衛(36条⚒項),過剰避難(37条⚒項),中止未遂(43条ただ し書)の効果として規定されるほか,各則上に以下の免除の規定がある。 即ち,内乱予備・陰謀および私戦予備・陰謀の自首(80条および93条),犯 人蔵匿・証拠隠滅の親族による犯罪の特例(105条),偽証,虚偽鑑定およ び虚偽告訴の自白(170条,171条および173条),殺人予備(201条ただし書),

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強盗・強制性交等の中止未遂(241条⚒項ただし書),身代金目的略取等予備 の自首(228条の⚓),詐欺,横領等への準用がある親族相盗例(244条)1), 親族間における盗品等関与の特例(257条)である。標題の判決(以下,「本 判決」と言う)が関わる自動車運転は,かつて刑法211条の業務上過失致死 傷等の適用を受けていたが,現在は,自動車の運転により人を死傷させる 行為等の処罰に関する法律(以下,「自動車運転死傷行為処罰法」と言う)の 規制下に置かれることとなった。同法⚕条は,「自動車の運転上必要な注 意を怠り,よって人を死傷させた者は,⚗年以下の懲役若しくは禁錮又は 100万円以下の罰金に処する。ただし,その傷害が軽いときは,情状によ り,その刑を免除することができる。」と規定し,2001(平成13)年に設け られ,2007(平成19)年の刑法改正により,業務上過失致死傷とは独立に 規定されるようになった,自動車運転過失致死傷の免除の規定を踏襲して いる。このほか,軽犯罪法⚒条をはじめ,特別刑法にも免除の規定があ る。 上記のように免除を定める規定は複数あるが,実際に言い渡される例は 僅かであるうえ2),実体法的観点から免除事由を包括的に検討した研究も 数少ない3)。むしろ免除は個別の規定において,その意義,法的性質およ び適用基準が取り扱われている。そこで,免除を効果とする規定の運用状 況について類型別に概観しておこう。 2.日本の刑法における刑の免除には,必要的免除と裁量的免除の二種 があり,後者には,さらに減軽との選択肢があるものとないものとがあ る。必要的免除を定めるものは,規定の意義および適用基準が免除の効果 と直接の関連性をもつと考えられる。このうち,比較的判例の蓄積がある のは,詐欺,横領等に規定の準用がある親族相盗例の適否についてであ る。特に従来議論が集中していたのは,刑の免除が適用される要件たる親 族関係が,いずれの当事者の間に必要であるかをめぐってであった。刑法 244条の規定は,「窃盗罪の直接被害者たる占有者と犯人との関係について いうものであ」るとする最高裁昭和24年⚕月21日判決4)が下された後も下

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級審判例は分かれていた。上記判決を踏襲して同居の親族が占有する他人 所有の財物の窃取について,刑の免除を認めた判決5)が出される一方で, なお従来の例により,親族の占有する者の窃取に免除を認めなかった例6) もある。同居の実弟が占有する他人所有の財物の窃取について,刑の免除 を認めた原判決を破棄し,法所定の関係は行為者と財物の所有者および占 有者の双方に必要と説く札幌高裁昭和36年12月25日判決により,ようやく 従来の立場の踏襲が確認された7)。もし占有者との間に親族関係があれば 足りると解すると,本権を有する被害者の地位は全く無視され,「盗み放 題」とさえいえる状態が現出するという,同判決に示された懸念は,特例 の刑事政策的意義の再吟味を促すと共に,財産犯における法益論を踏ま え,刑の免除という大きな法的効果をいずれの範囲に認めるべきかについ ての現実に即した判断の重要性を示唆するものと言えよう8)。 親族相盗例の法的性質に関しては,基本的に一身的処罰阻却事由と解す る説が多数を占める。同説は,免除の効果を一義的に説明できる点に優れ ていると解されている。しかし,学説の中には,ただ単に「法は家庭に入 らず」という政策的な刑罰抑制の配慮のみにとらわれるのではなく9),む しろこれを批判し,一般社会とは異なる財産利用関係が認められるが故 に10),(可罰的)違法阻却・減少11),あるいは責任阻却・減少12)の論理を展 開する見解も有力である。これには,親族関係に関する錯誤があった場合 に妥当な解決を導くことができる点が重視されていることもあると思われ る。しかし,規定自体に偏りがある点を看過してはならない。244条⚑項 所定の親族関係がある場合には,たかだか刑の免除が認められるにとどま り,それ以外の場合,即ち,さほど近しくない関係の場合でも告訴がなけ れば処罰の可能性がそもそもない点と比べて重い扱いとなり,不合理であ ると指摘されているのである。この不均衡が,免除の法的効果を違法性や 責任の減少(・消滅)で説明することの障壁であるなら,これを端的に立 法の不備と解するか13),あるいは,⚑項の場合も親告罪として扱う是正の 途を模索すべきである14)。このような理解は,本条における刑の免除の実

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質を犯罪不成立に近づける解釈につながろう15)。 3.必要的免除の規定の適用例に比べ,裁量的免除が認められる例は決 して少なくない。ただし,必要的減軽との選択肢として規定されている中 止未遂に関しては,中止未遂の成立が認められても免除まで認める事例は ごくわずかである。例えば,放火未遂を中止した事例16)では,他人所有の 糞尿運搬船の放火に着手したものの直ちに自らも火傷を負いながら消火に 努め,さらに近隣の者に助けを求めて完全消火に努めた結果,ほとんど被 害を生ずるに至らなかったとして,被告人に刑の免除を認めた。この事例 では,本件放火に先立って,被告人は,窃盗,公文書偽造,同行使,詐欺 未遂のかどで懲役⚑年,執行猶予⚓年の有罪判決を受けており,再度の執 行猶予を付し得ないという特殊な事情を考慮して,和歌山地裁が刑の免除 を選択した点に注目すべきである。 他方,刑の裁量的減軽若しくは免除を効果として規定する過剰防衛の事 例には,被害者の死亡という重い結果が生じても,情状により免除を認め た判例が散見される。情状として考慮されているのは,犯行に至る経緯, 犯行の動機・原因,犯行時の状況,被告人の性行及び被害回復等を含む犯 行後の態度等であるが,特に検討に値するのは,行為者が被害者と近親関 係にあり,しかもそこに行為者を宥恕すべき特殊事情のある事例群であ る。尊属加重規定のような,重い刑しか選択できない規定を適用すべき場 合には,その点も加えて考慮されている。 例えば,元来粗暴で直前に被告人の耳たぶをかみ切るなどした養父に対 する尊属殺人の事例17),素行不良で酒乱の傾向がある弟に対する傷害致死 の事例18),酒癖が悪く警察に保護されたり,精神病院に入れられたり,自 宅に放火して罪に問われたりしたことのある兄弟にいきなり頸を締められ たので咄嗟に強く締め返して死亡させた事実につき殺人に問われた事 例19),日常的に暴力をふるう夫に頸を締められ,咄嗟に窒息死させたとし て殺人に問われた事例20)では,裁判所は,いずれも過剰防衛を認め刑を免 除した。

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近親関係間に限らなくとも事件に至るまでに争いがあり,必ずしも画一 的処理にそぐわず,また専ら被告人の行為が原因とも言い難い不幸な結果 をすべて被告人に帰すべきでないと解されるものについては,上記の情状 を認定し,刑の免除を認めた例がある21)。逆に犯行後の態度等から免除を 認めず,執行猶予を認めるにとどめた事例もある22)。こうして見ると,情 状による裁量的免除の判断には,犯行そのものに関わる事実のみならず, 広く量刑に関わる事実が用いられていることが判明する。過剰防衛におい ては,行為態様に加え,利益が対立する状況における相互のバランスを踏 まえた,最終的な行為者の処罰の当否が免除の適否を分けていると言え る。 過剰避難に関しては,比較的軽微な,しかし緊急避難とは認めがたい違 反のある交通事犯につき,刑の免除を選択した例がある。粗暴な弟による 日常的な暴力にさらされたうえ,事件当日も鎌を振るって襲われたことか ら,酒気帯び状態にも拘らず自動車で逃げ出した例23),病気で高熱の娘を 同乗させて病院に搬送中速度を(平均時速 15 ㎞ 以上)超過して運転した事 例24)がそれである。また,突然進入してきた車両を確実に避けるために とった行動により相手に全治約⚖週間の傷害を生じさせた例について,被 告人の勤務先の保険により賠償され,示談が成立しており,また,被告人 には交通違反歴があるものの,前科がないことも含めて総合考慮の結果, 免除が認められた例がある25)。被害が軽微で,かつ対立状況も存在しない ときは,免除が認められやすい。しかし,対立状況があっても,情状とし て,犯行後の被害回復等が考慮される点は,前記の過剰防衛の場合と同様 である。 自動車運転死傷行為処罰法⚕条では,減軽の選択肢がない裁量的免除の 可否が問題となる。免除の考慮事由に関する如上の考察を踏まえると,状 況が定型的で傷害の程度が軽いことが要件であるこの類型において,情状 としての主たる考慮事項は,被害者の側の要因,弁済等の有無を含む犯行 後の被告人の態度等,前科前歴等となるものと解される。最近出された自

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動車対自転車の事故を例にとって検討しよう26)。夜間,被告人が普通貨物 自動車を運転し,駐車場に進入するため駐車場直前の歩道でいったん同車 両を停車させていたが,前車に続き駐車場へ時速約 5 km で進入しようと したところ,前車に気をとられ,無灯火で歩道上を左方から進行してきた 被害者運転の自転車の発見が遅れて自車を衝突させた事例に関するもので ある。原審は,被害者の負った右下腿打撲の傷害の加療期間について,約 31日間としたが,被告人の控訴を受けて,東京高裁は,双方の言い分を検 討しつつ,加療期間は約⚗日間程度であったと認めるのが相当であり,原 判決の事実認定には誤りがあるところ,その事実誤認は,被告人に対する 量刑に重大な影響を及ぼすものといわざるを得ないとして,刑の免除を認 める判決を下した27)。 4.高等裁判所による事後的審査が問題となる上の例と比較すると,本 判決においては,証拠調べを終えた段階で,訴因変更請求により,被害者 が負ったとされる傷害の内容が加療約⚒週間を要する頸椎捻挫等と変更さ れた点に特色がある。しかも,被害者が転倒した態様につき,被告人の供 述に沿って認定するとともに,被害者が負った傷害の内容については,訴 因変更後のものよりも更に軽く認定した点で,大幅に被告人の主張を容れ ている。他方,被害者側の行動については,先の例のように被害者に落ち 度があるわけではなく28),また,被害者が,自己の傷害の内容について, 殊更に虚偽を述べているとも認められないから,被害者が,本件事故によ り,症状固定までに約244日間を要する肋骨骨折等の傷害を負ったものと して本件を起訴した検察官の判断が,不当であったと即断することはでき ないとするのである。もっとも,加療約⚑週間を要する傷害という最初の 診断からは大きな変遷がある。それ故,特に考慮すべき事項として,検察 官において,被害者にうつ病等の精神症状があることも踏まえて,関係証 拠をより慎重に検討していれば,いったん不起訴処分となった本件が,そ のまま起訴されなかった可能性も否定できないと述べているのであろう。 本件ではまた,傷害の程度は最終的に約⚑週間の加療を要するものと再度

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認定されたうえ,被告人が当初から主張していた事実をほぼ認め,被害者 に謝罪もしており,前科もないことが有利な事情として認定されている。 これに加え,長期間にわたって応訴を強いられたという訴訟の経過等にも 鑑みて,いわば被告人の責に帰せられない手続的な負担を取り除くために 刑の免除が用いられている29)。立法時は殆ど考慮に入れられなかったとし ても30),法規定の不備の判明や公正さを欠いた取扱い31),さらには本判決 の事実経過にも見られたような手続段階での手違い,特に弁済が意味をも つ場合の支払のタイミングのズレ等により,本来想定されなかった起訴が されてしまうなど,事後的に被告人に不利益が生じることがあり得る。免 除判決は,これらの不利益を回避する機能をも果たしていると考えられ る32)。 5.特定の事実に対する法的効果が定型的に結びつけられる処罰規定の 適用においては,具体的状況において看過し難い不均衡を生じた場合に備 え,被告人に科刑による不当な不利益を生じないよう,これを回避すべく 特殊な取扱いを定めておく必要がある。刑の免除は,かかる例外的な場合 を類型化して,刑罰回避の効果を定めたものと言える33)。例えば,親族相 盗例のように所定の事由の存否による定型的な判断が中心となる類型があ る。尤も,この場合も形式的判断に尽きるわけではない。過剰防衛におけ る,情状による免除の可否判断ほど複雑さを要しないにせよ,所定の事由 が示す違法性,有責性の減少(・消滅)と刑を免除すべき実体とが深く関 連する場合には,かかる実体的な事由の存否が免除の可否を決定する基礎 となる。これに対し,自動車運転死傷行為処罰法⚕条のように定型の行為 状況を予定し,適用領域が規定上傷害の程度が軽い場合に限られている類 型では,情状があれば殆ど訴追の可能性がない。しかし,その場合であっ ても,本判決に示されたように,訴訟経過等におけるめぐり合わせによっ て,現実に手続負担を負うこともあり得ることから,これに備えて処罰回 避の途を用意する必要がある。刑の免除には多様な類型があり,そのすべ てを同じ枠組みで説明することにはなお困難があるが,行為責任を論定す

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る際の事情のみならず,犯罪後にわたる諸事情を踏まえ,さらに刑事手続 により生じた事象をも勘案し,被告人が不当な不利益を被るのを回避する 機能を果たしている。本判決は,それを示す一事例である。 1) 最判昭和 33・2・4 刑集12巻⚒号109頁は,森林法上の森林窃盗罪にも本条の適用がある とした。 2) 統計上も極めて限られている。2004年からの検察統計年報に表れた免除の数値は,次の とおりである。 (年) 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 (件) 1 1 0 0 0 1 1 1 2 0 0 3 2 3) 先駆的研究として,大原邦英「刑の免除序説(⚑)~(⚓・完)」法學51巻⚑号67頁以 下,51巻⚓号56頁以下(1987年),52巻⚓号40頁以下(1988年)。最近の比較法的考察に基 づく研究として,曽文科「犯罪成立と制裁適合性評価――刑の免除を手がかりとして (⚑)~(⚔・完)」早大法研論集155号203頁以下,156号155頁以下(2015年),157号161頁 以下,158号199頁以下(2016年)。 4) 最判昭和 24・5・21 刑集⚓巻⚖号858頁。この判決が,刑法244条につき,本文引用のよ うに窃盗罪の直接被害者たる占有者と犯人との関係についていうものであると述べたうえ で,「所有者と犯人との関係について規定したものではない」と続けたことから,同条所 定の親族関係は,行為者と占有者および所有者双方の間に存在する必要があるという大審 院以来の見解が変更され,行為者と占有者との間に認められれば足りることが示されたと の理解(例えば,平野龍一『刑法概説』(1977年)207頁)に基づき,その後の下級審の判 断に動揺が生じたが,最高裁は,「所定の親族関係は,窃盗犯人と財物の占有者との間の みならず,所有者との間にも存することを要するものと解するのが相当である」ことを再 度確認した(最決平成 6・7・19 刑集48巻⚕号190頁)。最高裁の判示につき,その不明確 性に反省を迫るのは中山研一「判批」判評430号(1994年)72頁。規定と整合性ある解釈 を目指せば独立の権利に基づかない占有を保護範囲から除外することしかありえないとす る町野朔「判批」ジュリ1092号(1996年)129頁も参照。また,上記の変遷を素材として 判例の意義と射程につき考察するものとして,松宮孝明「『判例』について」井戸田侃先 生古稀祝賀論文集(1999年)673頁以下(特に678頁)。 5) 仙台高判昭和 25・2・7 判特⚓号88頁,釧路簡判昭和 27・2・17 高刑集⚖巻⚘号1097頁 等。なお,東京高判昭和 38・1・24 高刑集16巻⚑号16頁は,前掲最高裁昭和24年判決によ り従来の判例が適法に変更されたものと解し,親告罪として処理すべき案件を告訴を待た ずに公訴提起した手続違背故に原判決を破棄した。 6) 札幌高判昭和 28・9・15 高刑集⚖巻⚘号1088頁,名古屋高判昭和 28・12・3 高刑集⚖巻 13号1854頁。 7) 札幌高判昭和 36・12・25 高刑集14巻10号681頁。

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8) 平野「刑法の基礎――刑法各論の諸問題 10」法セミ213号(1973年)53頁。もっとも, 形式的見地に立ち,免除の範囲は明確に定める必要があることから,244条⚑項の適用範 囲には,内縁関係を含まないと明示した判例がある(最決平成 18・8・30 刑集60巻⚖号 479頁)。 9) むしろなぜ法は家庭に入らないのかを問うべきであるとして,刑の免除の根拠を一般予 防,特別予防の必要性が低減することを考慮して,期待可能性の観点からの可罰的責任の 否定に依らしめるのは,松原芳博「親族相盗例の適用範囲」九州国際大学法学論集18巻⚓ 号(2012年)21頁以下(特に29頁)。現代における多様な社会関係に鑑み,例外的処理を 一律に行う基準を示す規定の意義を強調する三枝有「親族相盗例における親族関係」中京 法学30巻⚓号(1995年)143頁以下(特に155頁)も参照。 10) 既に旧刑法時代にその萌芽を見出す石堂淳「親族相盗例の系譜と根拠」法學50巻⚔号 (1986年)113頁以下参照。 11) 例えば佐伯千仭『刑法講義(総論)(⚔訂版)』(1981年)221頁,平野『刑法概説』207 頁,中森喜彦『刑法各論(第⚔版)』(2015年)118頁。 12) 例えば,曽根威彦『刑法各論(第⚔版)』(2008年)123頁,松原・前掲(注⚙)29頁。 13) 西田典之『刑法各論第⚖版』(2012年)167頁。 14) 山口厚『刑法各論(第⚒版補訂版)』(2012年)208頁。 15) 大塚仁・川端博編『新・判例コンメンタール刑法⚓』(1998年)〔浅田和茂〕316頁参照。 もっとも,免除は,有罪判決の一種とされていることと,如何に整合性をとるかの問題は 残る。 16) 和歌山地判昭和 38・7・22 下刑集⚕巻 7=8 号756頁。 17) 広島高判昭和 26・3・8 判特20号12頁。宇都宮地判昭和 44・5・29 刑裁月報⚑巻⚕号544 頁も尊属殺人の事例につき過剰防衛を認め,刑を免除した。 18) 東京地判昭和 31・5・31 新聞⚔号19頁。 19) 東京高判昭和 49・8・1 刑裁月報⚖巻⚘号873頁。 20) 京都地判昭和 53・12・21 判タ402号153頁。また,ゴルフクラブで殴打を繰り返す等の 暴行を加える内縁の夫に対して,いったん暴行がやみ,目を閉じ仰向けで横たわっていた 状態の同人の頸部をペティナイフで一回突き刺して即死させたとして殺人に問われた被告 人の罪責につき,激しい暴行を受けていた経緯を一体として考察し,過剰防衛を認め,刑 も免除した名古屋地判平成 7・7・11 判時1539号143頁もある。 21) 例えば,東京地判昭和 42・7・10 判タ213号198頁。 22) 大阪高判平成 9・8・29 判時1627号155頁=判タ983号283頁。 23) 東京高判昭和 57・11・29 刑裁月報14巻11=12号804頁。危難の切迫性,他に逃げ場のな い地理的状況などに基づき,自宅前から車で逃げ出したことは条理上肯定しうるとしつ つ,さらに運転を続けたことについては,他にとるべき途がなかったわけではなかったと 結論的に緊急避難を否定する一方,運転継続には無理からぬ面があると免除を認めた。 24) 堺簡判昭和 61・8・27 判タ618号181頁。夜間で交通量が割合少なく,一般自動車も必ず しも制限速度を守っていなかったこと,速度取締も厳重ではなかったとの事情を考え合わ せて免除を認めた。

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25) 東京地判平成 21・1・13 判タ1307号309頁。 26) 東京高判平成 22・10・19 東高刑時報61巻⚑~12号247頁 27) 被告人は,被害者の負った軽微な生理的機能の障害は,自動車運転過失傷害罪にいう 「傷害」には当たらないと,法令の適用自体を争ったが,東京高裁はこれを容れなかった。 情状として考慮されたのは,傷害の軽微性,被害者の落ち度,保険会社を通じた示談成 立,処罰を望まない被害者の意向,および前科のないことである。 28) 被害者の落ち度が犯情に影響を及ぼす例に関しては,横田信之「被害者と量刑」大阪刑 事実務研究会『量刑実務大系⚒犯情等に関する諸問題』(2011年)⚑頁以下参照。 29) 手続的負担を考慮した例として,次の例がある。即ち,被害者に殴打による暴行を加え 傷害を負わせたとして略式命令により罰金30万円が発付されたのに対し,これを不服とし て被告人が正式裁判を請求した審理の結果,裁判所が,被害者の側が酔って首を締め上げ る等の暴行を行う正当防衛状況があったことを認定し,過剰防衛を認めたものである(大 阪簡判平成 27・2・26 LEX/DB 25506111)。反撃は過剰に至ったものの,必要な程度を若 干上回った程度に過ぎず,複数人が関与する形態であることから反撃の手を緩めれば更に 攻撃を加えられるおそれがなくもないとし,被害者側が何の刑責も問われていないことと の均衡を考え,被告人も起訴猶予処分とするのが相当であったと踏み込んで判断を示して 免除も認めた。さらに異例なことに,起訴前の捜査,事件処理のあり方について,「被告 人やその弟から弁解や言い分を十分聴取する慎重かつ丁寧な捜査をすることなく,通り一 遍の簡単な自白調書を巻いただけで,本件を単なる喧嘩闘争事案と決めつけ,ほぼ生じた 結果の軽重のみにより『被害者を不起訴とし,被告人のみを起訴する』という極めて杜撰 で不公平かつバランスを欠いた捜査及び事件処理をしたとしか考えられない。今後このよ うな遺憾な捜査が⚒度と行われないよう切に希望する」との所感が付された。紹介とし て,松岡正章「判批」季刊刑事弁護84号(2015年)96頁以下。 30) 2001年,現行規定の前身たる刑法211条⚒項ただし書に免除の規定が追加された際(平 成13年法律第138号),国民の多くが運転免許を取得し,日常的に頻繁に自動車を運転する 機会があり,そのためわずかな不注意によって惹起されるという状況にあるので,傷害の 程度が軽い事犯については刑事罰を科すのが適当でないものもあると考えられるので,刑 の言い渡しを要しないこととしたとの趣旨説明が付されると共に,「もっとも,そのよう な事案は,実務的には検察官の事件処理の段階で起訴猶予処分となり,そもそも訴追され ることはないと思われるから,本項は,この種の事件の捜査処理についての基本的な指針 を実定法上明らかにしたもの(といえよう)」(井上宏ほか「刑法の一部を改正する法律の 解説」曹時54巻⚔号75頁,川端博ほか編裁判例コンメンタール刑法〔第⚒巻〕」(2006年) 614頁)との解説が付されていた。 31) 事例に則してこの点を指摘するものとして,黒田享子「差別的起訴と刑の免除――『同 様の立場の者』の不起訴の立証による軽犯罪法⚒条の適用」大阪市立大学法学雑誌58巻 3=4 号150頁以下(2012年)。 32) 一定時間の経過を考慮して刑の執行を猶予する場合と比べて,刑の免除は,不当な処罰 を端的に回避するために用いられるものと解される。この点について,単純執行猶予の意 義を刑の感銘力と威嚇に見出し,時間の経過とともに非難の沈静化が認められるとする見

(13)

方を示す見解(樋口亮介「日本の執行猶予の選択基準:系譜・比較法的知見を踏まえて」 論究ジュリスト14号(2015年)31頁以下)は示唆的である。この見解に立つならば,非難 が沈静化するには,一定の期間の経過が必要であり,少なくともその負担を被告人におわ せるべきでない場合には免除を言い渡すべし,と立論できるからである。 33) この点において,曽・前掲(注⚓)は,刑の免除を有罪判決の一種と捉える出発点に立 ち,国家による非難が妥当しても刑を免除する意義を説き,刑事手続上の諸制度をも考慮 に入れつつ,独自の制裁適合性判断の必要性を主張する点で教示に富む(特に早大法研論 集158号209頁以下)。

参照

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