小林秀雄における方法序説 : 初期作品の視点
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(2) . 桜井竜丸:小林秀雄論. 小林 秀雄 における 方法序 説 -- 初 期 作 桜. 井. 品 の 視 点 一-- 竜. 丸. ー 1 1. 小林秀雄の批評文の対象は甚だ多岐にわたっ ている。 日本近代文学において始めて文芸批評を独. 立 の ジャ ンルと して確 立 した と さ れ るこ の人 が 当の 日 本 近代 文学 を批 評 の 対象 に 据え た の は ほ ぼ10. 年の間のことでしかなく、 その間に直面した或いは芽生えた文学と生活と社会等に関する諸問題は ドス トエ フスキ ー 研 究 に 集 約 さ れ てい っ た 気配 であ る。 こ の曲 折 に並 行 して 単 に 文壇 時評 のみ な ら. ず広く社会情勢・文明状況等についての時評も試み られ、 更に戦争時代には古い日本の文学が考察 さ れ、 そ の末 期には モ ー ツ ァ ル ト が彼の 仕 事 の 唯一 の 課題 と なっ た。 敗 戦 の 後 やがて30年 に 至 ら ん と する 今 日 ま で に書か れ てい る文 章 の 内 容は、 骨董 ・ 古 美術 西洋 近代 絵 画 ベ ルク ソ ン 日本 近 、 、 、. 世における思想家o 学 者、 等々 であ り、 しか しこ れ らも そ の 主な 項 目に過 ぎず、 片々 た る 雑記 o ・感 想の額の短文に扱 われた主題も、 優に一著作を為すに足る文章の主題と相捨抗すると思われ (例え ば 若年 期 愛読 の 対 象 であ っ た ニ ー チェ に つい て は雑感 一 篇 ある に 過 ぎない が主 要著 作 の ヴァ リ エ ー. ショ ンと い っ た 額の 雑 感 で は 決 して 無い の であ っ て 後 述 する 如く 彼の 著作 全体が大 体 に お い て 雑 、. 感のスタイルである)、 更に、 物理学・数学等の自然諸科学も彼の批評意識を強く領有 した。 以上 試みに列挙 してみたに過 ぎず、 小林秀雄 の文学の第一の印象は冒頭の一文に戻る。. そこ で小林秀雄を考えるに当っ て論者は どうしてもこの多様性に舷量を覚えぬわけにはゆかない 。 しかも、 「氏の思想を年代順に追跡し、 配列してもほとんど問題を混乱させることに しか役立 たぬ よう に 思 える。 < … … … > ゲ ー テに 即 し て 普通に言 わ れ てい るよ う な発展 形 成 成 長の 理 念 か ら 、 、. 氏はも っとも遠い人であっ た。 」 (西尾幹二){ ] )とい うことになれば、 およその作家論の消極的定 跡、 自然的時間の流れに秩序を仮想してみる方法も如何かと思 わざるを得ない。 そして当の西尾氏. がここで 「小林秀雄の生の動的な、 多様な形姿をひと つの魂の統一像として複義的に浮び上らせる ために」 考えている可能な方法は 「年代的な記述や作品論を廃し 前後する任意の個所か らの 引用 、 文を 思 い切 っ て 豊富 に し、 小 林 氏自 身を し て自 然 に 語 らせ る と い う ベ ル トラム がニ ーチよ に用 いた. よ う な 『一 神話 の 試み』 と い うこ と に な っ て い る。 小林秀 雄 と い う 「対 象を 解釈 す るの では なく 、. 対象を超えて存在する神話空間の暗号としてこれを解読し、 暗示するに留る」 のが この場合に理 、 想的な方法だとしている。 「言語、 思想、 芸術の象徴能力のすべてをつくす並々ならぬ詩魂を必要 とする」 この方法は小林秀雄 の著 作の性格からして彼を論ずることの意味をよく踏まえた上での極 めて妥当なやり方とは 思え る が、 この 小論 の場に 余る。 そこ で 西尾 氏に 逆 らっ て 当 面年 代 的 区 分を 便 宜と して 「様 々 なる 意 匠」 以 前の 問題 にス ポ ッ トを 当て て 小 林 秀雄 の方 法と い うこと に つい て 考. えた い の だが、 そ う は 言 っ ても、 そこ に 辿 られ るも のが そ の 後 の年月 に 「発展 形成 成 長」 し 、 、 、. てゆく言わば有機的生成の核だという風に考えているわけではない。 ただ、 . 「初期の思想は今日の 著作にもたえず反響し、 思想の深化、 成熟はあっても、 いわゆる自己展開というものはない。 さま ざまな対象との白熱的な出会いと、 その切り口があるばかりである」、 ということなら 当面区切 、.
(3) . 桜井竜丸:小林秀雄論 ってみせた初期作品においても 「対象を超えて存在する神話的空間」 を、 少なくともそれに通ずる 論理を解読することは可能かも知れないと思うばかりである。 そ してこのことは同時に小林秀雄と いう文学者の方法が確立する事情を作品そのものの中に辿ること であり、 その方法とは今日までゆ ら ぐこ との な かっ た、 そ して 変化 す る す べ も 成 長 す るす べも な かっ た、 た だ 対象 に触 発 さ れて のみ. そ の あり か が 証明 さ れ る と い っ た、 彼 の 存在 の根 本規 定 とい っ て よ い。. ところで小林秀雄の批評対象の多様を前にした肢量状態を打開するに相応 しい適確な言葉は当の. J淋 秀雄の文章にもある。{ 2 } ′. 「あらゆる天才の作品に於けると同様ランボオの作品を、 その豊富性より見る時は、 吾々は唯肢 量するより他能がないが、 その独創の本質を構成するものは、 決して此処にないのである。 例えば 『悪の華』 を不朽にするものは、 それが包含する近代人の理智、 情熱の多様性ではない。 其 処に聞 えるボオ ドレエルの純粋単一な宿命の主調低音だ」. 小林の初期作品( 3 )に お ける批 評対象は芥川龍之介、 志賀直哉、 ボー ドレール、 ランポオ等であ るが、 それぞれの作家の 「宿命の主調低音」 を聴取する所に彼の文章発想の基本があった。 このこ とは後に様々なる作家・芸術家・思想家等を対象にした場合にも無論言えることであるが、 とりわ. けて初期においては、 正にこれらの作家たちによっ て宿命の主調低音を聴取するという彼自身の方 法を発見する自覚的認識がそこに電ねあわせられていて、 更に、 対象の宿命を発見することと自己 の 宿命 を 発見 す ると いう こ と が一 つ のこ と で あ っ て二 つでは ない と い う彼の その後 変 わ るこ と の な. かった方法的決断の確立の事情が極めて原理的に辿られるということが重要であると思われる。. 「様々なる意匠」 及びそれに読いた文芸時評によって文壇にデ ビュ ーしだ時には既に彼の方法は決. 定 してい たの であ っ て、 こ れ らの 作 品 中に 展 開 さ れ ている 考 え 方 が 西尾 氏 の いわ ゆ る 「今 日の 著作. に もた え ず反 響 し」 てい る 所の 「初期 の 思 想」 と いう こと にな る の である が、 私 見 によ れ ば、 そ れ. 以 前に 書 か れた 芥 川龍 之介・ 志賀 直 哉・ ラ ン ボオ ・ ボー ドレー ルを 対象と し た 諸論文 にこ そ、 む し. ろ小林秀雄における方法の確立をめ ぐる根本的な認識のあり様を直接に辿ることが出来るのであり、 更 に 「神 話的 空 間」 の 骨 組 がそ こ では 言 わ ば 透い て み られ るよ う に思 う の で ある。. こ こ で 小 林 秀 雄 の 著 作 の 全体 に 通 ず る性 格に つ い て 考 えておく こ とに して みると、 その 著 作 の. 多 様性 の 中 に、 「思想 の 深 化、 成 熟 はあ っ て も、 い わ ゆる自 己展 開と いう も の がなく」、 「さ ま ざ ま な 対象 と の 白 熱 的な 出会 いと、 そ の 切 り 口 があ る ばか り」 だ、 と い うこ と な ら、 それ らの 文 章の. 発想の性格と して、 即興性ということが思いあたる。 自己の思想展開のためにあらかじめ周到に準 備 さ れた息の 長 い 思想 ブ ラ ンとい っ た も の は 無く、 常に そ の 場に お け る 諸々 の 対象と の 即 興 的な 交. 渉が彼の著作の多様性の 原因ということになる。 既に発想の根底に即興という姿勢が存すれ ば如何 に 多 岐 にわ た っ た仕 事で もそ こ に 有機 的 シ ステム とい う もの は 否定さ れ てい る。 小林に お け る 批評. 精神の確立に影響を与えたポール・ヴァ レリにおいても同じく多様性と即興性はみられるが、 こち らに おい て は 有 機 的 シス テ ム の核 が 確 か に把 握 さ れて い て、 それ の 実現 の た めの 営為 の 傍 で、 ヴァ. レリの 言 葉 に 従 え ば 「発見したものを血肉化する」 作業の言わば余技と して彼の雑多な批評文が 生まれたのであっ てみれば、 小林における有機的形成を排除することになる即興性は、 深く彼の存 在の根本規定に即ち宿命の主調低音に関っ ている。 そ して初期にラ ンボオを論じその宿命を別決 し. ) た 次の文章も又著者自身の宿命を明きらかにしている。{2 「彼にとっ て自然すらはや独立の表象ではなかった。 或る時は狂信 者に、 或る時は虚無家に、 或 る時は誠束 - i家に、 然しその終局の願望は常に、 異る瞬時に於ける異る全宇宙の獲得にあった、 定着 に あ っ た」、 或い は 「野 人の 恐ろ しく 劇 的 な触覚 を も っ て、 触 れ る もの すべ て を析 断 する 事 か ら 始 め た。 <… …-> その 初期 の 作 る 処は、 その 腹く 断 面の羅 列 な の であ る」、 更にゞ 「ラ ン ボオ の 析 2.
(4) . 桜井 竜丸: 小林 秀 雄 論. 断と は彼の 発 情 そ の もの であ っ た」. - (以上傍点は筆者). 後 述 す るよ う に ラ ンポオ に と っ て 「自 然」 であ っ た もの は 小林に と っ ては 「歴史」 であ っ た か ら. 無論両者の資質の相違は覆うべくもないが、 書くということの動機と しての生を考えた場合には、 外界に対する両者の生の構造は同じなのである。 触れるものすべてを自己の発情そのものの機能として析断 し、 そこに全宇宙を獲得するという作. 家のあり方は、 既に外界を独立した表象として把握 していないし、 又、 そのよ うに把握するすべも ない。 異なる瞬時において外界に触発されて始めて自己の著作の動機が生まれるといった具合であ る。 幾多の瞬時の相互の間に、 有機的な連関はなく、 各瞬時の堆積が世界観を構成するのでもなく、 瞬時はそれ自体が 全宇宙であり永遠なのだ。 しかしランボオとは異なっ て、 その著述活動を歴史と して表象された外界を対象にして同じく歴史に関る読者の面前で行なうという前提が存するのであ れば、 その瞬時に賭けた即興的文章には、 自己の感想にすぎないという、 謙譲な姿勢が生まれると いう のも、 彼 にあ っ ては 歴史 は 常に 煙く 断 面と して 獲得 され る しかない か ら であ る。 こ の 断 面の 集 積 は 歴 史 とは な らず、 一 貫 し た 思 想の シス テム とは な らな い。 こ の 視角 か らす る と、 「こ の 世に 思 想と い ふも の は な い。 人 々 が こ れ に 食 い 入 る 度合 だ け がある」{4) 、 という、 尋常 の 世の 通 念か らす れ ば 甚 だ特 異な 風 景 が眺 め られてく る。 パ スカ ル の 思想 があ る。 ドス トエ フス キー の 思 想 が ある。. しか し、 それら が 真 にある と言 え るの は、 そ れ ら に 食い 入る 主体 がある と き のみ な の で ある。 そ れ な ら ばパスカ ル や ドス トエフ ス キ ーの テ クス トは何 に 食 い 入っ た度 合 であ る か。 そ れ も又、 こ ち ら. か ら食 い 入る 度 合に よ っ て の み判 る こ と な の で あ る と いうこ と にな れば、 こ の よ う な 意 識 の 世界 で. は常識的な意味の時間というものは否定されて、 厳密に存在するものは主体と客体とのみからなる 永遠な空間的場ということになる。 その主体と客体とを分っ距離が時間であるという関係が成立し ていることになる。 この時間は主体が客体へ浸透 してゆく意識の期待として或いは不安として、 彼 の著作の導入部に常に美しく 記されている。. 「僕は背後から押され、 目当てもつかず歩き出す。 眼の前には白い原稿用紙があり、 僕を或る未 5 ) 知なものに関する冒険に誘う。 そしてこれは僕自身を実験 してみる事以外の事であらうか。 」{ 「僕 は そんな 思 想 と も 音楽 と も つか ぬ もの を 追 っ て、 幾日も 机 の 前に 坐 っ て ゐる。 沢 山 な 事が書. 6 ) けさうな気がするが、 又何にも書けさうもない気がする。 」(. こ こに おい て主 体は 確 か に 見当 を つ けた 客 体 に 対 時 し てい るの であ る が、 文 章を 書く と い うこ と. は、 この主客を 分離する距離を埋め満た してゆくことになり、 それが為に小林秀雄の文体上の特色 として、 対象を客観として論ずることではなく、 主体が正しく 客体に合体した境地から発語されて. いるという点を考えて良いと思う。 これは当初から自覚された彼の方法であっ た。 「この 〔芸術家たちの〕 豊富性の裡を坊復 して、 私はその作家の思想を完全に了解したと信ずる、. その途端、 不思議な角度から、 新しい思想の断片が私を見る。 見られたが最後、 断片はもはや断片 ではない、 忽ち拡大して、 今了解 した私の思想を呑んで了ふといふ事が起る。 この坊樫は恰も解析 によ っ て 己 れの 姿 を 捕へ よう とす る紡 錘 に等 し い。 か う して私 は、 私 の 解 析 の 舷量 の末、 傑 作の 豊. 1のである。, この時私の騒然たる夢はやみ、 私の心 富性の底を流れる、 作者の宿命の主調低音をきく 7 ) が私の言葉を語り始める。 この時私は私の批評の可能を悟るのである。 」{ こ の 考えを 要約 す れ ば 次の よ うに なる。. 「批 評 の対 象が 己れ で あ ると 他 人 であ ると は一 つ の 事 であ っ て 二つの事 でな い。 批 評 とは覧 に 己. 7 ) れの夢を懐疑的に語る事ではないのか !」( では語られるべき己れの夢とは何で あるのか。 その夢を定着 した小林秀雄の多様な著 作において 我々もまた様々な夢模様を描くことは出来るのであるが、 私が考えたいのは、 それらの夢の 基本的 3.
(5) . 桜井竜丸:小林秀雄論 構造である。 ヴァ レリの著作も彼の知性が解析 した諸々の夢の断片だとしても、 既に彼自 身の手に よ っ て、 そ の 基 本的 構 造は、 彼 のい わ ゆる沈黙 期以 前 に 確 認さ れ てい る。 故に 彼 の 場合 は そ の 沈 、 黙期 に 自 分だ け の為 に書 か れたノ ー トを も 含 めて、 そ の 後 の 著 述 は post‐scripttm の性 格 を 刻. 印 さ れて い る。 そこ で 小 林の多 岐に わた っ た 著作を 彼の post-scripttm と す るよ うな 方 法 の 確 立 の 場 を 考 え るこ と が 可能 で ある と い うの も、 そ れ が確 かに 存 す ると い うこ と が、 彼 を して、 書く. 以 前 に い つ も、 「白い 原稿 用 紙」 の 意識 を 喚 起 せ しめてい る か ら である。 或いは 「解 析 に よ っ て 己. れの姿を捕へようとする紡錘」 の所在が、 たとえ彼自身がそれを終局的には断念しようとも、 彼の. 発 想の 動 機 にな っ て い るか らであ る。. と こ ろ で、 今 述 べた 断 念 の トー ンが、 彼 の著 作 の 性 格 を、 所 詮こ れ は 感 想 であ る、 と い うよ う に. 規定している。 というのも、 当初夢の原因となっ た対象は永遠に獲得されぬまま、 彼に夢のみを供 与 して終るからである。 彼には終局的には対象の獲得という形式はなく、 従って基本的に認識とい う形式もなく、 諸認識の整序・形成としての思想というものもない。 それらの消費の形式だけであ る。 では 何 を消 費 す る の か。 獲得 し たも のを、 である。 否、 よ り 厳 密に 言 え ば、 彼 にお け る 獲 得の. 過程は消費の過程と並行する。 獲得しつつ消費するという彼特有の形式が、 その解析的文体に断念 による独自の詠嘆を生誕させると同時にその詠嘆に懐疑の倍音を付加させるのである。 著作 の対象 は 出会い とい う 契 機に お い て 獲得 を 期 待 せ しむるの である が彼 が 書く と い う 消費 の 行為に お い ては. 既に訣別の形式を前提としている。 従っ て終局的には夢は止んで彼はもとの位置に投げ出されるし か 無い の で ある。 こ の 辺 の 自 覚が や が て彼 を して自 分を 創 造 家 では なく して演 奏 家と して 告白 させ. る の で あ り、 そ の著 作 の 性 格 を 感 想 とい う 風 に 規定 せ しむる の で あ る。 更 に一 歩 進 め て言 え ば、 彼. の様 々 な批 評 対象 には、 そ れに 応 じた一々 の 主 題 が ある の では な い。 も しそ う い うも の が 存在 する の な ら、 主題 相 互 の間 に 一 つ の 有機 的な 組成と いう もの を 設 定する こと は 可 能な の で あ る が、 元 来 そ うい う 仕 組 に は 出来 上 っ ていな い の である。. 「主題的な音楽とは元来作品が一つの主題を持っ ているといふことではなく、 楽曲全体が主題そ のものの敷桁であり、 主題自身が活動し動いてゆくことである。 主題は旋律の流れの変化の中に動 いてゆく。 突然にくっ ついたり離 れたり、 また高音部から低音部へ跳躍する旋律の自由な運動の中 に 自 ら動 い て ゆく の であ る。 そ して、 こ う した 主題 の運 動 に、 ダイ ナ ミ ッ ク な波動 感 と 色 彩 感 の展. 開 が直 接 結 び つ いて いるの で ある。 」 (傍 点 原文) (パ ウ ル ・ ベ ッ カ -){8). 小 林秀雄 の 各 著 作は、 あ れこ れ の 主題 を 得て 発想 さ れて いる の で は なく、 その どれ一 つをと っ て. みても、 所詮は彼の自我が主題となっ ている。 但しこの自我は、 多様な主題を発散させる根底と し ての、 或い は 様々 な 主題 を 支 え維 持 し て いる 基盤 とい っ た 風 の 自我 で はなく、 それ ぞれ の批 評 対象 に 全 体的に 没 入 し、 その 中 で 始め て 機 能 して ゆく 精神の 運動 そ れ 自体と して の 自 我 であ る。 従 っ て. 音楽を文学に読みかえるならば、 次の如き記述は小林の完全な自己告白ということが出来る。. 「モオ ツデ ル トに と っ て 制 作と は、 そ の場 そ の場 の取 引 であ っ た。 彼 がさ う 望ん だか らで あ る。. 臓品を切り売り したわけではない。 彼の多才がいかなる註文にも応じ得たといろ 風な も ので も ない。 彼 は、 自分 の音 楽 と い ふ 大 組織 の真 只 中に 坐 っ てゐ る、 そ の 重心 に 身 を 置い てゐ る。 外 部 か らの要. 求 に 応 じよ う と、 彼 がい さ さ か で も 身 じろ ぎす れ ば、 こ の 大 組織 の 全 体 が揺 い だの であ る。 彼は、 そ の 場 そ の 場 の 取 引 に一 切 を 賭 け た、 即 興は 彼 の 命 で あ っ た と いふ 事 は、 偶然の もの、 未知 の もの、 予 め 用 意 した論 理 で は どう に も 扱へ ぬ 外部 か らの 不意 打 ち、 さう いろ ものに面接する毎に、 己れを. 根底か ら新たにする決意が目覚めたといふ事なのであった。 単なる即興的才の応用問題を解いたの で は な か っ た。 恐 らく、 そ れは、 深く、 彼の こ の 世 に 処 する 覚悟 に 通 じ てゐた。 」{6 ) そ れ では、 こ う い う 自 我の あ り 方 が、 更に言 え ば、 そ れ が例え ばこ こ ,で は モー ツ ァ ル トとい う 対 4.
(6) . 桜井竜丸:小林秀雄論 象によっ てのみ始めて存在を証明出来る方法というものは、 如何なる論理を以て自覚的に確立され たの か、 既 に 述 べた 如く 私 は そ れを 彼 の初 期 作品の 中に 辿り た く 思う の で あ る。 そ して そ の際 に 次. のような見識を私もまた受け容れたい。 「氏の歩み方は若い頃からまことに確然として独創 的であっ たに違いないが、 それを豊富な資料 に基いて再構成することが、 小林氏のあれほど嫌う心理主義的方法に堕する危険のあることは 誰 、. にも容易にわかること である。 小林氏がそもそもいかなる外的経験によって批評の 『原体 劇 を得 たかという架空の 議論から、 評家は離れるべきだ」( 1 ) 但しこの時、 初期作品で対象とされた諸作家をこの 「外的体験」 という範鴫に私は容れない。 何 故 な ら、 小 林 秀 雄の 扱 っ た 諸 作家 は 既に 彼 の作 品 と な っ て いるの であ っ て 「外 的体 験」 と は こ 、 、. れらの作品に対する外的な、 即ち実生活上の事実を指すものと了解するからである。 故に やはり 、 「モオ ツ ァ ル ト」 か ら引用 する の であ る が、 こ こ に 記 述 さ れ てい る 意味で の 小林 秀雄 に お ける 彼 、. の 「黄金伝説」 換言すれば 「表現 しよ う と す る 意志そのもの、 苦痛そのものとでも呼ぶより仕方 のな い 様 な、 一 つの 純 粋 観念」 の 自覚 的 確立 とそ の 限 界・ 定義 を 考 えた いの で ある。. 「こ の六 つの ク ワ ルテ ッ トは、 凡そ ク ワ ルテ ッ ト史 上 の 最大 事 件の 一 つ と言 へ る の だ が モオ ツ 、 ル ァ ト自 身の仕 事 の 上 でも、 殆 ん ど当 時の聴 衆な ぞ 眼中 に な い 様な、 極 め て内 的 なこ れらの 作品 は、 続い て起 っ た 『フ ィ ガ ロの 結婚』 の 出現 よ り 遥かに 大 事な 事件に 思は れる。 僕 は その 最 初の もの 、 (K387) を 聞く ご と に、 モ オ ツ ァ ル トの 円 熟 した 肉 体 が現 れ、 血 が流れ、 彼の 真 の 伝言鼠 彼 の 黄 金伝 説は、 こ こ には じまる と い ふ想 ひに 感 動 を覚 え る の であ る。 」 「僕の 好き な モオ ツ ァ ル トの 肖像 があ る。 そ れ はロ ダ ンの も の だ。 <… …… > 僕 は は じめ て こ 、. の 写真 を 友 人の 許 で見せ られ た 時、 こ の<…… …> 顔 か ら、 モオ ツ ァ ル トに関す る 世間の 通説俗 説. を 凡そ 見 事に 黙 殺 した一 思想を 読みと る と に、 よ ほ ど手 間が か か っ たの で あ る。 も はや モ オ ツァ ル. トと い ふ モ デルは 問 題 では な い。 嘗てあ っ た モ オツ ァ ル トは微 塵 と な っ て 四散 し、 大 理石 の粒 子と な り了 り、 彫刻 家 の 断乎 た る判 断 に 順 じて、 あ る べ き モ オ ツァ ル トが 石の なか から 生 れ て来 る。. < …… … > ロ ダ ンの 考へ によ れば、 モ オツ ァ ル トの 精髄 は、 表現 しよ うと す る 意志 そ のも の 苦痛 、 その も の と でも 呼ぶ よ り仕 方の ない 様 な、 一 つの 純 粋な 観 念に 行 き つ いて ゐる様 に思 は れる。 」. (傍点原文). 「嘗て あ っ た モ オ ツ ァ ル ト」 が 「微塵 とな っ て四 散」 した が故 に 「ある べき モオ ツ ァ ル トが 石 の なか か ら 生れ て 来」 る わ け で、 こ の 「あ る べ き モオ ツ ァ ル ト」 が 取り も直 さ ず小 林 秀 雄の 「モオ ツ. ァ ルト」 という作品だとすれば、 作家と作品という関係は、 特に当の批評文において対象となっ て いるものも作家と作品であるだけに、 錯綜を極めるようだが、 この錯綜 の中に決断された表現が取 りも直さ ず 「批 評 の 対象 が己 れ で あ ると 他 人であ る とは 一 つ の 事であ っ て 二つ の 事 で は な い」 と い う 自覚 の 実 践に な っ て いる の で あ る。 そ し て批評 家 小 林 秀 雄に おい て あ る べき 作 品を 生誕 せ しめ た. 与件は正しく彼の 「微塵となって四散」 した自我の状態に他な らない。 この状態を極めた上で例 え ば次の如き考察が可能なのである。 「 「大正時代、 多くの作家達が、 さまざまな角度か ら、 明治以来の私小説に対してあ げた反 抗は、. 人の よく 知 る 処で ある。 白樺派、 新 思 潮 派、 早稲田派、 三 田派、 と反 抗の声 は 種々 雑多 で あ っ た が、 ,. 従来の私小説の決定的な否定 の声は何処にも聞かれなかった。 廿四才で実生活に別れを告 げたと宵 言 しな けれ ば な らな か っ たフ ロ オ ベ ル の 小 説 理論 に 戦懐 を 感 じた 人 は 恐 らく 無 か っ た の であ る。 こ. れらの人々の反抗に共通した性格は、 依然と して創作行為の根 紙に日常経険に対する信頼があっ た 5.
(7) . 桜 井竜 丸: 小 林 秀 雄 論. 9 ) 事だ、 日常生活が創作に夢を供給する最大なものであっ た事だ。 」{ 前に指摘した 「微塵となっ て四散」 した自我の状態とは、 創作に夢を供給する最大なものとして 氏としての日常経険というもの の日常生活 を考えることが出来なくなること であり、 創作行為の根本. は信じられなくなるということに通ずる。 更に言えば、 そういう日常生活に支えられた自我は、 も はや創作行為から夢を供給されないのだから、 創作することが行為すること即ち生きることとなっ て いる 自我は崩 壊さ ぜ る を 得な い。 お おむ ね 大正 文学 は そ の末 期に こ の状 態 を 経 験 してい ると いえ. るの で、 それ な らば 小林 秀 雄 に おけ る自 己の 方 法 発 見の た めの 与 件 はこ の 状 態 に あ っ た。 そ の 意 味. で彼が初期作品において芥川龍 之介を論評 している視点は検討に価すると思われる。 1のと題する芥川論は、 理智的と形容されたこの作家における理智の 「芥川龍之介の美神と宿命」(. 本 質を考察することに終始 した短いものではあるが、 以下論者の用語を出来るだけ改変することな く そ の 論 旨を 要 約 しつ つ 論 中に 窺わ れ る 視 点 に つ いて 検 討を 加 え た い。. 芥川のように逆説的心理の定著をその特色とする作家は現実に肉薄しようとする時に逆説的触覚 を武器とし、 流続する現実の流れをあらゆる角度から眺めるために言わば逆説的測鉛を曳く。 しか. し、 こうして集積された逆説的諸風景は決 して現実とはなることなく、 現実は必 らず逃げる。 従っ て方法と現実との間に生ずるこの算術的差に作家は何物かを付加しなければならないという事がそ の 窮 極 的 問題 とな る。 こ のと き 逆 説 その もの の 現 実 性 が 生 じ てく る。. 以 上が小林の論文のほぼ三分の一である。 これを換言すれば理智により現実を把握する者は、 そ の方法の現実性の根拠と して、 自己の方法の動機というものを追求 しなければならなくなる。 理智. 1 が現実を裁断o易 i挟する方向に行使され、 この方向それ自体が別種の現実を獲得するためには、 理 智 の,目 的を 明 き らか に し なけ れ ばな らなく な る。 こ の とき 目 的 とは 同 時 に そ の 理智 の 原因 で あり、. こ れ を宿命 と 小林 は 名 付け る。 さて 次の 三 分 の 一 は、. ところで本来逆説的測鉛という ものは、 現実に到達することなくもっ ぱら現実の周辺を算術的差. に お い て 循環 す る と い っ た も の では なく、 円周 の さ さや かな 食い 違い を発 見 しつ つそ の こ とに 非 生. 産的忍耐を旨とし、 螺階的に上昇せんとする筈のものなのである。 そこで逆説的測鉛を曳くものは かかる宿命を負った自己自身の心理的嵐弱を意識する筈で、 この危機の意識は論理的には発狂とい う こ と になる。 そ して 芥 川 は こ の 種 の 心 理 的扇弱を 嘆 じた こと は な いと い う の も、 彼に と っ て 測 鉛 は 永 遠 の 答 刑 で は 無く、 彼 の発 明 した 衛生 学 にす ぎなか っ たから で あ る。. この断言の根拠を保証するものは論者自身におけるこ の種の 論理的発狂の体験にある。 河上徹太. 狂 郎 の 言 葉11 ) 、 に よ れば、 こ の ときの 「狂 気と は 極限 概念 の 本 にあ る 生」 を意 味 す る。 そ して 「発. とは現象ではなくて持続状態である」。 この 「持続状態」 という言葉は 「非生産的な忍耐」 に照応 する。 河上によれば、 当時の小林は 「発狂を発見してこれ を我が身の肉とすべく唯生きてゐた」、 「その生き方の格律とは<………>意識的な抽象作用であった。 」 こ の 「意識的な抽象作用」 とは 逆 説的測鉛を曳くことに他ならなく、 その螺階的に上昇する動きの中に、 「一種の膚寒さを覚える 危機に遭遇 した。 これは衰弱の一形式である。 君 〔小林〕 は実りゆく果実のように衰弱を受けた。. と 同時に君の従順な感受性を変人の如く憎み、 これと戦っ た。 」 意識的な抽象作用を格律と しつつ 唯生きていた状態の中に演ぜ られる感受性の意味は小林において重要である。 抽象作用を本質とす る理智はその運動の中に、 本来現実と手を結んである感受性を刻一刻消耗しつつ、 一方感受性はこ の操作の過程に自らを純化 しつつ・ 言ゎば理智と感受性とのこの競合の果てに・ 「趣味の世界の 舞 政府であり、 ドストエフスキーの方法論に於ける 人間機能の相池」 にも通ずる極限状態が出現する ルシイ. か ら であ る。 因 み に こ の 「趣味 の 世 界 の 無 政 府」 は小 林 の 多 岐に わ た っ た 著 作の 一 面か ら見 ら れる. 印象 でもある。 6.
(8) . ‐ i ・ .. ,. ,. 桜井竜丸:小林秀雄論 理智が芥川において精神の衛生学として援用された理由は、 彼が人生の相対性そのものに決して 情熱を覚えることがなく、 人生は彼にとっ て単に神経の函数と してのみ存したからで 換言すれば 、 彼 は決 して 見る と いう こ とを しな かっ た。 見 る と い う こと は 無論い わゆ る 可見世 界 に限 られ は し 、. ないので、 或る者においては幻想の世界を自ら固有の可見世界とする場合も あるのであり いずれ 、 にせよ芸術家にとっ ての在る侭の世界を見るということに芸術の問題は尽きる。 そして芸術家は現 実を創ることは出来ないのである。 見るという忘我 の謙譲の瞬間における情熱の移調されたものの みが作品の現実性を保証する。 一体に小林の評論文は当面の対象をしばしば離れて芸術とか人生とかについての彼の見識を原理 的一般的に展開し、 そこに固められた視点から言葉少なにしか しそれだけに適確に作家等を判断 す. る 傾向 が ある の だ が例 え ばここ に も 芸 術に つい て彼 の 見 極め たも の が 先ず 被纏 さ れるの であ る 即 。 ち芸 術は 普 通思 わ れてい る よ うな 創 造 では な い の であ っ て 対象 を見 るとい う こと に尽 きる と い う 、. ことだ。 そこで例えば写実主義の対極たる象徴主義もやはり写実主義であるという彼特有の視点が 成立 す る こと にな る。(7 ). 「マ ラ ルメ の 十 四 行詩 は 最 も鮮 明な 彼 の 心の 形 態そ のも の で ある それ が慶瀧 た ろ 姿を と る の は 。 、. 吾々がそれから何物かを抽象しようと努めるが為である。 マラルメ は 決 して象徴的存在を求め て 、 新 しい国 を駆 けた の ではな い、 マ ラ ルメ 自身 が新 しい 国 で あ っ た の だ 新 しい 肉 体 であ っ た の だ 、 。. かかる時、 」 「作品の効果が腹腕としてゐるといふ理由で、 芸もなく 『象徴主 刻 と呼ばれた」 「彼等の問題は正しく最も精妙なる 『写実主 剥 の問題ではないか。 」. 従っ て芸 術 と は 「精 妙な る レア リ スム」 と い う こと な の で あり も う一 度 言 えば 「見 る」 とい う 、. ことになるのである。 しかしこれは前に引用 した意味での日常経験に言わば素朴実在的に関 係づけ. ら れてい る 自我 を そ の 日 常生 活 との相 麹 或 いは 調 和の 姿 におい て 見 ると い う こと に留 ら ず 見る も 、 の と見 られ るも のの 関 係を も、 更 にこ の 関 係を 見 て い る も の と 見 られ てい る 関 係を も と い う 風 に 、. 見る機能は徹底してゆく筈のものであり、 この種の視覚を推進してゆく自意識の無限運動を追跡 す る知的点検を彼は 「螺階」 と命名しているのである。 「何の装飾も許さない解析の螺階を登り始めてから幾年になるのだろう 遠い昔の様にも思はれ 。. る、 又 つ い昨 日の 事 の 様に も 思 は れる。 俺 は 予 期 した 通 り 自 分の歪 ん だ 面 相 に衝 き当 っ た 許り だ 、 。. この歪んだ面相は如 何にも解析出来兼ねるとあきらめる時、 俺は自分の運を掴んだと思ひこむ」( 1 2 こ の 「歪 んだ 面 相」 は しか し次の 文 早 載9}にお け る 「顔 立 ち」 と いう も の では ない。. 「わが国の自然主義小説は ブルジョ ア文学といふより封建主義文学であり 西洋の自然主義文学 、 の一流品が、 その限界に時代性を 持ってゐたに反して、 わが国の私小説の傑作は個人の明瞭な顔立 ちを 示 して ゐ る。 彼等 〔マ ル ク シズム 文 学〕 が 抹殺 した もの はこ の 顔立 ち であ っ た 」 。. 作家の 顔とは見るという機能の意識的 「訓練によっ て仮構された<……-> 第二の自我」{ 1却であ. り、 「仮構された」 というからには、 第一の自我を本来限りなく遊離する過程に夢みられる筈のも のであろうo ところでこの夢こそが批評家をしてその批評対象をめぐる批託 危機 の場に位置せし i むるのであるとすれば、 小林の芥川論は、 この夢が実体性を欠いた現象に過ぎない所以を述べて終 っ ている。 こ の こ と は小 林 を して芥 川 に お け る 理 智 が本 来 理 論 的情 熱 を欠 い て いたこ とを 指摘 せ し. むると同時に小林における未だ開顕せ ざる彼自身の宿命の理論はこれを暗示したにとどまる 別言 。 すれば芥川における第一の自我の解体とその崩壊の場における第二の自我という命題の不能を論証 した のは以下に見るように理智的機能ということを更に推し進めて芸術家における美神と宿命とい う概念設定にあっ た。 即ち、 芸術が一つの観念学であるのは芸 術家たる宿命 の抽象的思想の力だか らで、 それが色彩した観念学に他ならぬ 所以は彼の生命の舷量を以て美神という実質を獲得するか ヮ i.
(9) . 桜 井 竜丸: 小林 秀雄 論. らだ。 然るに芥川においては美神は自然ではなく仔情詩で宿命は理論ではなく散文であったから、 単に散文と仔情詩との相互関係の錯交する中に自然という実体も理論という実体も顕現することは なかったので、 彼の個性は単なる現象となり、 従っ て小林によれば大正という文学的解体期は芥川 と い う一 人の 犠 性 者を 生 ん だと い う こ と にな る。. こ こ に、 か つて そ の 大 正 文 壇 を憧 傷 したこ と も あ っ た 小 林秀 雄 は この 文学 的解 体 期に 「ヴェ ル レ エ ン、 ラ ム ボオ、 ボー ドレー ル、 - そ れ 等 の詩 人 は 当 時 の 僕に は 偶 像 以上 の偶 像だ っ た」 と 告 白. する 「理智的」 作家の諸偶像を己れの自我解体の現実を賭けて所有し直すことによっ て当の大正文 学の言わば擬似近代性を批判する緒を掴んだ趣きである。 さればこそそれを後に 「様々なる意匠」. の 文 学と 命 名す る こ と にな る の で あ る。 しか しこの 時の 小 林 が 凡 その 文 学 の意 匠性 にも 想到 した こ. とは例えば 「芸術が畢寛色彩した観念学に外ならぬ」 (傍点原文){ 7 )と規定した言葉からも窺える の で あ っ て、 その か らく り を よ り 細 密 に や は り 芸 術家 の美 神と 宿 命 とい う概 念を 以 て 「ラ ンポ オ1」 で 展 開 して い る。 「創 造 と い う も の が、 常 に 批 評 の 尖 頂に 据 っ て ゐる とい ふ 理 由か ら、 芸 術 家は、 最初 に虚 無 を 所 有す る 必 要 が あ る。 そこ で、 あ ら ゆ る 天 才は 恐 ろ しい 柔 軟 性 を も っ て、 世のあ らゆる 範 型の 理智 を、. 情熱を、 その生命の理論の中にたたき込む。 勿論、 彼の錬金の柑場に中世錬金術士の詐術はない。 彼は正銘の金を得る。 ところが、 彼は、 自身の柑禍から取出 した黄金に、 何物か未知の陰影を読む。 この陰影こそ彼の宿命の表象なのだ。 この時、 彼の眼は、 痴呆の如く、 夢遊病者の如く見開かれて ゐ な け れ ばな らな い。 或は、 こ の時 彼 の眼 は 祈 祷 者の 眼 でな け れ ばな ら ない。 何故 な ら、 自 分の宿. 命の顔を確認しようとする時、 彼の美神は逃走 して了ふから。 芸術家の脳中に宿命が侵入するのは 必ず頭蓋骨の背後よりだ。 宿命の尖端が生命の理論と交錯するのは、 必ず無意識に於いてだ。 この. 無意識を唯一の契点として、 彼は 「絶対」 に参与するのである。 見給へ、 あらゆる大芸術家が、「絶 ) 対」 を遇するに如何に殿轍であったか。 「絶対」 に譲歩するに如何に巧妙であっ たか。 」(2. こ の末尾 のイ ロ ニ ッ ク な 断定 は 彼の 評 家 と して の 出 発 時の 覚 悟 に お け る 「あ らゆ る天 才 等 の 喜劇」. という言葉に照応するものである。 この 「英雄的であると同程度に馬鹿馬鹿 しい」 見方に共鳴する 根拠を 形成 した の は 今の 引用 文に つ づ く 次 の 如き ラ ン ポオ の特 異 な 文学 の 性 格 で あ っ た。. 「蓋 し、 こ こ に ラ ン ボオ の 問題 が 在 る。 < …… …> 彼 は、 無礼 に も 禁制 の 扉 を 開け 放 っ て 宿 命 を. 引摺 り出した。 <…・ ゞ…・>彼は、 逃走する美神を、 自意識の背後から傍観したのではない。 彼は美 神 を 捕へ て 刺 達へ た の で あ る。 恐 らく 此 所 に 極 点 の 文 学 が あ る。 」. 宿命を唯一の契点として美神へ向って作品制作という運動を起す芸術家の生命の理論において理 智の演ずる役割が宿命に関わることのない単なる衛生学に終っ たことに芥川龍之介の文学の脆弱性 を見た小林秀雄は、, ランポオという場において、 理智が芸術という絶対を破砕した芸術家の極点の 劇を 見た。 しか しこ こ に お い て 重 要な る こ とは 小林 の 文学 的 青 春の 与件 と して あ っ た 所の、 自 己表. 現の方途もつかない、 しかし文学的夢に溢 れていた 「陶酔の間に、 自らの肉を削 ぐ如く、 刻々に魂 を費消」 する しかなかった、 自我解体の状況を、 「自分等の生活界の座標軸が突如と して転覆する 1のといった類の表現を以て、 言わばラン の を感じ、 或る本質的無秩序と混沌の裡に投げ込まれる」( ポ オ を 糧に、 獲 得 し た所 に ある。 芸 術 とは た だ ひたす らに 「見る」 と い う レア リス ム に 尽き る と 彼 が 断言 す る と き に彼 が 見 る も の は、 見る と い う こ と を した 芸 術家 であ っ て、 そこ に 彼の レア リ ス ム. が、 自 己 証 明 が、 実現 するの で あ っ てみ れ ば、 小 林自 身 の 宿 命 は、 「ラ ン ボオ 虹」 に おい て詠 嘆 的. に自覚される以前から既に当初から例えば次の如き文章においても織り込まれて発想されているの ) で あ る。(2 .. 「人生を寸断した時、 彼が人類の過去を抹殺 した事は不幸であった。 然しこの断面が、 彼の専制 8.
(10) . 桜井竜丸:小林秀雄論 的な生命の盲動を絶対糾問者の姿として反映した事は、 彼に二重の不幸を強ひた」. ラ ン ボオを 不幸 であ っ た と する のは、 そ の 仕 事 が 「或 る 兇 暴な 力 によ っ て、 社 会 の 連帯 性か ら. ぎとられた純粋視覚の実験」 であった点に、 即ち 「立会人を期待してゐたわけではない」 非常な絶. 対的孤独の営為であっ た点に、 存ずるのだが、 その営為の唯一の動機である 「彼の専制的な生命の 盲動」 が 「彼のみの秘密である幾多の暗面を残し」 つつも、 「絶対に参与する」 というやはり芸術. 家の姿においてしか意味を為さなかったという逆説的事情にもう一つの不幸を小林は見たわけであ る。 と い う こと は、 い かに 「ラ ンボオ にと っ て、 詩 と は、 或 る 独 立 した 階 調 ある 心象 の 意 識 的な構 成では なか っ た し、 又、 無 意 識 へ の 屈従 で も な」 く、 「見 た物 を語 る 事であ っ」 て、 「疑 ひ様の な. (しても、 その作品をやはり 「或る独立 した階調あ い確かな或る外的実在に達する事であった」( 1 4 0 る心象の意識的構成」 とみることも可能な、 「人類の過去」 即ち歴史の見地において小林はランボ オ を所 有 した と い うこ と で あ る。. 言葉において成立する 「普遍的知性の果実」 としての 「歴史が僕等を水も洩らさず取り囲んでゐ. る」 が 故に 「僕 等は 大 自 然の唯 中 にあ る 事を 知 らな い、 知 らさ れて ゐな い」 - ラ ンボ オ が 人生を. 寸 断 し つつ、 こ うい う 自 然を 見 たの は、 し か し言葉 に よ っ て であ っ た か ら、 そ こ に抹 殺 し た筈 の人. 類の 過 去 が 投影 さ れる の は や む を 得 ぬこ と で、 こ の 時 見 え て き たもの は、 自 然 であ る と同 時に ラ ン ポオと い う 人 間の 姿 であ っ た。 従 っ て 自 己を 捨 てて 自 然を 見 るとい う 当 初 の 理 論の 行き つ いた 所 は や は り 自 己を 見 ると い うこ と に 外 な らなく な っ て しまっ た わ け で、 そ う した か らく り を生 ん だ言 葉 を捨 て て、 生き るこ と がラ ンボオ の宿 命 と な っ た。 しか しこ れ は単 に 純 粋 な行 動の 自 然 であ っ て、. 小林がこれを不幸と見た時、 彼は 人類の過去即ち歴史の見地から判断を下したのであっ て、 この見 地を 獲 得 した こ と にお い て、 「夢を み る み じめさ」 を思 い 知り、 彼は 自 分 の 「歪 ん だ 面相」 につ き. 当 っ たこ と に な る。 しか し、 こ の 顔即 ち 解体 した 自 我 の状態 を、 凡その 芸 術 の 根本 であ る 見る と い. うこと の劇、 一歩進めて言えば、 見るということの神話、 即ち芸術の神話を了解する地点に把えた と いうこ と は、 芸 術の 諸々 を 見る こ と におい て、 た と え歪 ん で いる にせ よ、 自 己を 復 権 す る方 途 を 発 見 した こ と にな るの であ り、 自 然 と い う 美 神を夢 み る こと を 断 念する 決 意に お い て、 自 然に 迫 っ た 諸々 の 芸術家 の 宿命 の あ り かがこ こに 見え てく る わ け であ る。. それならば、 この時、 小林秀雄が芥川龍 之介を裁断した、 自然を詩が代用 し宿命を散文が代用す ることによっ て人格が霧消し単なる現象に終ったとする作家の悲劇は小林自身のものではないだろ うか。 芥川が開顕しがたい自己を小説という比諭によって語り、 その自我解体を晩年やはりキリス ト等を素材に比諭として表現 した事情は、 ランボオにおける自我解体を自己のそれを表現する糧と した 事 情と 共 通 する の では な い だ ろ う か。 しか しこ こ にお い て 微妙 だが 確 実に 異 な る こと は、 小 林. においては与件と しての自我が存在 しないということなのである。 そして自我解体は与件となる状 態 であ るに せよ、 そ れは 意 識 化 の不 可 能 なも のと し ての み存 す る とい うこ と だ。 自 我と いう 不動 の. 一点か ら言わばつむぎ出されるといっ た芥川における文体とは異なり、 小林における文体は自我を 獲得せんとする行為の軌跡となる。 そして獲得されるべき自我とは当初において計量されているわ けでは な いの だ から、 こ の行為 の 対象 た る べ き 糧 が必要と な る。 このと き 対象 は 比輸 と して 援用 さ れる の では なく、 行 為の 直接 の 目 的と な る の である。. 従っ て小林のいわゆる 「歪んだ面相」 は文字通りの意味における顔というものではなく、 例えば マラルメ における白紙の状態を指す。 そしてむしろ小林のいわゆる 「作家の顔」 という名辞の方が、 近代日本文学を彼が批判する論法上仮設した比輸なの であっ て、 これを命名するには初期 の小林の. 作品中の用語による 「創造的虚無」 という言葉がふさわしい。 何故なら、 この虚無は理智的解析に より獲得された概念ではなく、 従って、 自己の有機的思想の形成ということの不可能であった小林 9.
(11) . 桜 井 竜 丸: 小 林 秀雄 論. が、 正 しく そ のよ う な 概 念 的 システ ムを 拒 否せ ざる を 得 なく な っ た 場に、 眺 め た もの、 即 ち、 彼 の. 方法的与件と しての原風景に外ならない。. こ の 創 造的 虚無 に 面 接 しつ つ表 現 の陰 萎を 自覚 して いた 彼 にラ ンボオ は そこ か らの 脱 出と い う動. 機 を 供与 する 事 件で は あ っ た の だ が、 む しろ ラ ン ポオ にお いて は虚 無の 状態 が そ の帰 結で あっ た だ け に、 ラ ンボオ が 虚無 へ向 っ て 歴史 を 脱 出 したと い う 意 味 で、 小 林 は歴 史 へ 向 っ て 虚無 を 脱 出 した. わ け であ る。 従っ て 彼の ラ ンボオ 論 は こ の 脱 出 行為 の 実践 そ の もの であ っ て、 根 本 的には 後年の ド ス トエ フ ス キ ー 論や モ ー ツ ァ ル ト論 と同 じ性 格と い う こと になる。. そ れな らばこ の 行為 に 飛躍 せ んと する 理 論 は如 何 なるも の である か。 ラ ンボオ 論が 既に 「発 見 し た も の を 血肉 化す る」 行 為 の一 つ であ る な らば、 こ の発 見 の 事 情を 明 き ら かにす. る も の と して 彼 の. ボー ド レー ル 論の 意 味 が浮 かび 上 が る の で あ る。 こ れ は 年 代 的 にはラ ンボオ 論の 直 後 に 書 かれた も の では あ る が、 前 述 した 創 造 的虚 無 につ い て まと もに 思索 した もの であり、 ま た 小林 にお け るラ ン ボオ に よ る 脱 出と は直 接 的 に は ボー ド レール からの 脱 出 で あ っ たと いう 事情を 照 ら し 合わせ れ ば、. そ してラ ンボオ論による脱出の試みが結局ラ ンボオとの別れという単なる素朴実在的事象に帰 結し たと す れ ば、 彼 は ま た ボ ー ドレー ル 論 に お ける 虚 無 の 地平 に 立 ち返 ら ざる を 得 な かっ たわ け で、 彼. の 方 法は そ の ボー ドレー ル 論 の 方 に お い て む しろ 直接 的 に 語 られ て いる の で ある。 即 ち、 芥 川 -. ラ ン ボ オの 系 譜 に お い て は美 神と 宿命 と い う 理論 の 応用 問 題 が 解答 さ れ てい る に 比 し、 志 賀 - ボ. ー ドレールの系譜ではその理論の原理が創造的虚無という小林の方法的与件の原風景の場において 考 察 され る の で あ る が、 こ れ に 関 しては 稿 を 改 め て 出 直 す こと に した い。. 註 L 西尾幹二 「小林秀雄」 - 「新潮」 昭和45年9月号所載 2 3年, 新潮社刊。 以下 「全集」 と表記) 二巻所収 . 「ランボオ1」 - 小林秀雄全集 (昭和42一4 3 目 編 己「全集 」 における区分を参照しつ 「様々なる意匠」 以前に発表されたものを指す。 ここでは 「志 つ . 、 賀直哉」 は厳密には昭和4年1 2月 だが, 昭和2年に未発表に終ったものはそのプロトタイ プと見なされ る。 いずれにせよ年代区分の厳正を追求する意図はなく暫定的便宜に出たことであって、 この四作家を 糧に小林の 批評方法・態度が確立される意識の原風景の如きものを考えたいのである。 4 . 「Xへの手紙」 - 全集二巻所収 5 . 「『罪と罰』 についてn」 - 全集6巻所収 6 . 「モオツァル ト」 - 全集8巻所収 7 . 「様々なる 意匠」 - 全集1巻所集 8 . パウル・ベッカー 「西洋音楽史」 (河川徹太郎訳) 9 . 「私小説論」 - 全集3巻 所収 10 . 「芥川龍之介の美神と宿命」 - 全集2巻所収 11 , 「小林秀雄 『オフエリァ遺 期 」 - 河上徹太郎 「自然と純粋」 (昭和7年刊) 所収。 以下この節 の引 用はすべてこの論文より。 12 . 「からくり」 - 全集2巻 所収 13 . 「作家の顔」 - 全集4巻所収 14 H」 - 全集2巻所収。 小林はランボオ論を結局3回書いているが、 そして 「ランポオm」 . 「ランポオI については昭和2 2年という時点に為されたものだが、 立論の骨子は変っていない。 ここらあたりも小林 に思想の発展・形成・成長がみられない一つの証左である。 大岡昇平の言葉を借りれば 「過去を丁寧に 埋葬した」 つもりでも 「それを喚起するのを強いられた時の緊張が、 異様な生々しさを与えている」 と いっ た具合である。 言わば小林秀雄の批評精神を決定する場においてランボオの意味は変化しなかった し変化するすべもなかった。 以上の理由により 「初期作品 の視点」 ということで小林 の方法について考 えてきた拙論において20年間の隔たりは 無視した。 本論において以下の引用も 「ランポオ皿」 のものが 大分混清している。. 10.
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