養護教諭のアイデンティティ変容過程に関する研究
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(2) 養護教諭という職業意識を白ら高めようとする. どもを理解する」必要性に気づいた。「子どもを. 意欲にあふれていた。. 変えようと思ったら担任も…親も変わらなあか. 印象に残る出来事 Aさんが初めて勤務し. ん」r大人が変わってきたら子どもも」との語り. たのは小学校であった。その経験を語る中でA. からも,実践と省察の繰り返しによる視点の変. さんがr技術と心」と表現したように,応急処. 化がみられた。. 置などの医学的な知識だけでなく,子どもの不. また,「禿げ」ができ,「パチンコ」に夢中に. 安を受けとめ支えていく精神的な関わりの両方. なる等,身体化・行動化せざるを得ない状況か. が重要であると実感した。. らAさんが,いかに自身の変容を遂げたのかに. また「(喘息の子どもに)息しといてよ,息し. 注目し,再度インタビューを実施した。常にA. といてよ」「(子どもの鼓動が)私の身体に伝わっ. さんは,仕事で我が子にかまってあげられない. てくる」の語りによって,独りで考え判断して. 自分を責め,我が子への申し訳なさから「のび. いくやりがいを感じる一方で,自分の身体と心. のびやないやん。いっつも」と表現した。その. に伝わってくる命に携わる重責感を抱え持ち,. 葛藤は生徒の親も一緒ではないかと考えたAさ. 子どもを護る養護教諭の使命感を表現した。次. んは,「それがずっと積み重ねから,お母さんこ. に赴任した中学校では,性にまつわる相談を受. まっとうやろ」と,相手に寄り添う新たな視点. け「私も源流して,どっちも女になってしまっ. を生じさせた。. てね」と教師という立場ではなく,子どもの気. このように,Aさん自身と現役割の視点が,. 持ちに寄り添う「子どもの代弁者」として周囲. 養護教諭としての生き方に繋がっていったので. に働きかけていった。そして高校では,問題行. はないかと考えられた。. 動の対応に追われる中,Aさんは,子どもの本. 総合考察. 音を引き出す工夫を始め,教師である自分の価. 本研究の結果をみると,養護教諭は自身を繰. 値観を捨て,目の前の子どもの状態に応じて柔. り返し省察していることが分かった。その中で. 軟に自分をあわせるかかわりをした。このよう. 多様な葛藤に直面し,自己の課題を乗り越え成. な関わり方をr役者や女優」と表現したAさん. 熟させてきた体験こそが,積極的に今を生きて. は,子どもに寄り添い「自分の経験のないこと. いく原動力に繋がっていることが示唆された。. ばっかり」でも「子どもの心を大人が支えてや. また,養護教諭のアイデンティティ変容に重. らないかん」と,子どもと大人の架け橋となる. 要な要素は,時代の変遷の中にあっても,白身. 役割を何役もこなした。このように,子どもに. の役割をその都度自在に変化させながら,相手. 寄り添い動いた経験をr私の人生勉強」と意味. の状態に柔軟に寄り添う“養護性”であること. づけた。またAさんは,教師と子どもの伸介役. が明らかになった。. を通して,次第に悩む教師の姿に気づき,子ど も・教師・親を繋ぐキーパーソンの役割を果た. 主任指導教員 辻河 昌登. していった。当初Aさんは親指導から始めたが,. 指導教員 辻河 昌登. 次第に親と白身の姿を重ね,r親に寄り添って子.
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