スワヒリ語における川C/子音連続の音節化について
著者
桑本 裕二
雑誌名
東北大学言語学論集
号
23
ページ
19-31
発行年
2014-12-01
URL
http://hdl.handle.net/10097/00130086
スワヒリ語における
/NC/
子音連続の音節化について‘
桑本裕二
キーワード:スワヒリ語、川C/子音連続、聞こえ度階層、音節化、有声性1
.
はじめに スワヒリ語における音素配列上の特徴として、子音前鼻音が存在し(湯川 1989:381)、別C/ (N:鼻音、 C:阻害音)という子音連続が語頭も含めて出現しうるということがある。この子音 前鼻音は、後続の子音と同一音節の頭子音結合となる場合と、単独で成節鼻音 [111,
Q
]
を形成 し、後続の子音とは異音節になる場合がある。本稿はスワヒリ語の川C/子音連続の音節化 について、聞こえ度階層に基づいて類別し、それをスワヒリ語母語話者に対する調査により 実証したものである。 多くのスワヒリ語の単語の中の/NC/子音連続を分析すると、後続子音の無声/有声によ って音節構造が分類できることがわかる。すなわち、 (1) 山 後 続 子 音 /C/が無声音の場合:別/と /C/は異音節 [2]後続子音 /C/が有声音の場合:別C/は同一音節 という分布にほぼ従っていることになる。これは、理論的にとらえるならば、 Selkirk(1984: 116)による SonoritySequencing Generalization(聞こえ度配列の一般化、以下回G) を応用す れば説明可能となる。 一般に音節の先頭付近では、 SSGに従って、分節音連続は聞こえ度が徐々に高くなる配列 がより安定したものとみなされる。しかし、/NC/頭子音結合は聞こえ度が下がる配列であり、 SSGに従わない。この場合、 (1)-[1]のように/N/と /C/が異音節として音節化されるのは SSG の作用によるものと解釈できる。一方、 (1)-[2]の よ う な 川C/結合の許容は、 SSGとの関連 において説明することができない。桑本 (2012)、Kuwamoto(2013)は、 SSGを有声性に特化 する拡大解釈を行い、クメール語、英語などの、主に /sC/頭子音結合について SSGの有効 性を論じている。桑本 (2012)、Kuwamoto(2013)は、 SSGを 無 声 音 〈 有 声 音 と い う 図 式 に まで単純化して提示しているが、この提案に従うと、 /NC/の第二要素である /C/が有声音 [+voice]である場合のみ、これが先行する /N/の有声性 [+voice]と一致し、聞こえ度が同等 であって低下しないために同一音節であることが許容され、 /C/が無声音 [-voice]の場合に は /NC/子音連続は +voiceー -voiceとなって、有声性に基づく聞こえ度が下降して SSGに 従わないため同一音節の頭子音結合として許容されず、その結果として先行する /N/は単独 で音節を形成し成節鼻音となることを導くことができる。 筆者は、上記の分布に関して、2
名のスワヒリ語母語話者に対する聞き取り調査を行って 実証した。なお、別C/子音連続の豊富な存在は、他のパントワ諸語にも広く共通した特徴で あるとされているが(湯川I1992: 395)、キクユ語、カンパ語を母語とするスワヒリ語話者数-19-名にもインタビュー形式の確認を行い、他のパントワ諸語ネイティブスピーカーの直感にも 共通する傾向であることを示し、本稿の傍証とした。
2
.
スワヒリ語の jNCj子音連続と音節化 2.1.頭子音結合としての川CI ス ワ ヒ リ 語 の 瓜CI子音連続は多くの場合、同一音節の頭子音結合となる。 INCIが頭子音 結合を形成する可能な組み合わせは以下の通りである (a.は ImCI,b.は InCI, .は音節境 界)0 1) (2) a.Imbl mba.li 「遠し、」 Imdl mdo.mo 「口」 Imgl mgo.mba 「バナナの木j Imvl ロlVU.Vl 「漁師J Imzl mza.zl 「親j Im]1 Mja.pa.ni 日本人」 Imll mli.mau 「レモンの木」 Imrl mn.ma 「海岸」 Imwl mwa.ka 「年J !叫i mya.sml.nI 「ジャスミン」 b.Indl nda.ni 「中J Ing;
2
)
ngo.ma 「太鼓J Inzl nzu.n 「よい、美ししリ In]1 町e.ma 「よい、美しし、」 川 CI連続が語中に現れる場合で、あっても頭子音連続として音節化される。 (3) nyu.mba3) ba.nda.ri 「家、家屋j 「港」 一般言語学的にいえば、…VNCV...という子音連続があるとき、音節境界が2つの子音 INCIの聞にくるという傾向が強いが (4a)、スワヒリ語ではその傾向に反する音節化が行われ ていることになる (4b)。 (4) a....VNCV...→ ...VN]..[CV... 日本語:tON.bo,キtoぷbo 英 語 :kan.dI,
*ka.ndr スワヒリ語:: *]1Uffi.ba,]1u.mba 晴蛤 c αndy nyumbα b.…VNCV...→ …V]..[トJCV... このことは、スワヒリ語の音節が義務的に開音節であることに起因するとされる。 2.2.成節鼻音却/と単子音の頭子音 /CIが異音節となる解釈 ス ワ ヒ リ 語 に お け る 川C/は、第二要素の ICIが無声音である場合、先行する別/と異音 節として音節化を受ける。この場合、 INIは先行音節がある場合でもその音節の音節末子音 になることができないので、成節鼻音[qt][1).]となって単狙で音節を形成する。この場合の可 能な別CIの組み合わせは (5)の通りである。 n u(5) a.Impl m.pa.ka ['-までj Imtl m.tu 「人間」 Imk/ m.ko.no 「手J Imfl m.fu 「死者」 Imsl m.so.ma.jl 「読者」 Imfl m.shu.maa 「蝋燭」 /m
!
f
/
m.cha.na 「昼」 Imhl m.hi.ndi 「とうもろこし j b.Intl n.ta 「蝋」 !叫i n.chi 「国」 なお、成節鼻音は語中にも出現する。 (6) ma.ta.m.shi 「発音J この場合は、 INCIが頭子音結合をなす場合とは音節境界が異なる位置に来ることになる。(4a) で示した、日本語や英語と同じ位置に音節境界が来ることになり、結果として別/が先行音 節の末端の境界に位置することになるが、スワヒリ語の音節はすべて開音節でなければなら ないため、川/が音節末子音になることはできず成節鼻音になる。 (7) ...VNCV...→ …V]. [N]oo[ CV .. . (/CIが無声音の場合)(
7
)
と(
4
b
)
の対照により、スワヒリ語の川CI子音連続に対しては2
種類の音節化がなさ れていることが示される。そして、この2分割は、川CIの後部要素である ICIの有声性にほ ぼ従い、 ICIが有声音であれば(
4
b
)
に従って同一音節の頭子音結合となり、無声音であれば (7)に従い異音節になって、先行する別/は単独で音節を形成し、成節鼻音になる。3
.
調査について 第2
節のデータを確認するため、筆者はスワヒリ語ネイティブスピーカーに対して調査を 行った。実施は 2012年3-4月、場所は秋田市内で2名のスワヒリ語ネイティブスピーカー に対して調査語を音読してもらい、 ICレコーダに音声を収録した。インフォーマントの言語 状況などの情報は以下の通りである。 (8)a.インフォーマント A 性別:男 年 齢 :20代 国籍:ウガンダ 母語:スワヒリ語(母親の母語)、ガンダ語(父親の母語) 母語以外の使用言語4).英語(小学校から使用)、ハヤ語、ンコレ語、ノレワンダ語 b.インフォーマント B 性別:女 年 齢 :20代 国籍:ケニア-21-母語:スワヒリ語 母語以外の使用言語:英語、ギリヤマ語 スワヒリ語ネイティブスピーカー以外に2名のケニア人に協力してもらった。協力者2名 の言語状況は以下の通りである。 (9) a.協力者 A 性別:男 年 齢 :20代 国籍:ケニア 母語:カンパ語 母語以外の使用言語:スワヒリ語(幼稚園から使用)、英語(幼稚園から使用) キクユ語 b.協力者B 性別:女 年 齢 :20代 国籍:ケニア 母語:キクユ語 母語以外の使用言語:スワヒリ語(幼稚園から使用)、英語(幼稚園から使用) ネイティブスピーカー2名に加え、協力者 2名は幼少期よりスワヒリ語を使用しているの で、ネイティブスピーカーに近い直感が働くものとみなし、使用言語としてのスワヒリ語に 関する印象などを聞き取り、参考にした。
4
.
聞こえ度階層と音節構造 聞こえ度階層とは、分節音の聞こえ度を数値化して序列化したもので、 Selkirk(1984)は、 音節構造と分節音の聞こえ度の関係について、音節の中核には母音かわたり音のような聞こ え度の高い分節音がくるべきで、音節の前後の端に向かつて徐々に聞こえ度が下がるという 音節が、構造上最もふさわしいとする SonoriザSequencingGeneralization (SSG,聞こえ度配列 の一般化)を想定している。 (10) SSG (Selkirk 1984: 116) In any syllable,
there is a segment constituting a sonority peak白紙 ispreceded and/or followed by a sequence of segments with progressively decreasing sonority values. この提案に先立つて、 Selkirk(1984)は、聞こえ度の指標 (sonorityindices) を示している。 聞こえ度に数値を定め、数値の増減によって聞こえ度の上昇、下降が示され、また、数値の 大小でその程度が示されるというものである。書かれていない音については議論の余地があ るとしながらも、 Selkirk(1984)が示した聞こえ度の指標は次の通りである。(11) Sonority indices(Selkirk1984: 112) p
,
t,
k b,
d,
9 f,
e
v,
Z,
δ m n r 1,
U e,
o a 0.5 2 3 4 5 6 7 8 9 10 (11)の指標を用いると、 たとえば英語の trend/trend/は (12)のようにグラフ化して示すこ とができ、聞こえ度の山が形成されていることがわかる。 (12) 10T…一一回 -_..…M 四日一ー町内四一一一日崎山一山即一一….._..~...… …-8 6 4に
し
t r e n d これは、音節 /trend/が、 SSGに従っていて、聞こえ度階層に関連して的確な音節構造である ことを示している。 ところが、多くの音節について SSGに従わない場合がある。たとえば英語と、他の同系統 である印欧諸語にある /sp,
st,
sk/などの /sC/頭子音結合は代表的な反例となっている。 スワヒリ語においては、別C/が頭子音として音節化されている mbaliなどの場合、(12)に なぞらえて聞こえ度の昇降をグラフ化するとおよそ (13)のようになる。 音節境界直後での聞こえ度の下降(14) 音節境界 10 8 6 4
2
。
1m 音節境界 音節境界l
u-•
•
•
•
4 E U l (l3),(14)にみられる音節化の差異がどのように理論的に説明できるのか、また、(J3)のよ うな音節化に関する SSGの有効性について、次節で考察することとする。 5. jNCjの音節化に関する理論的解釈 (13), (14)に図示した音節化の差異は、 SSGだけでは説明することができない。(11)の聞こ え度の指標をスワヒリ語にも適用するならば、鼻音 1m,
nJの指標 5に対し、有声阻害音 Iv,
ZJ などは指標 3で、その差は r2Jとなり、たとえばnzu.riの第一音節の頭子音結合 InzJの聞こえ度の下降は 2である (15a)。これに対し、 m.pa.kaの先頭付近の Impl連続は、 Imlの指
標 5に対し Iplは指標 0.5で、その差は
r
4.5Jである (15b)。この 2者の対照だけを見る限 り、聞こえ度の下降の度合いがより大きい m.pa.kaにおいて異音節となり、それに比べてよ り下降の度合いが低い n剖 .riは同一音節になるということが予想可能で、ある。 (15) a. nzu.ri 聞こえ度の下降の度合い :2 →同一音節 b. m.pa.ka聞こえ度の下降の度合い:4.5→異音節 ところが、実際には (11)の指標の序列の左端付近で、有声音と無声音が入り乱れる配列にな っているために (16)、別CIの第二子音が有声音の時間一音節、無声音の時異音節となること と、聞こえ度の下降の度合いの大小との聞には、何らの関連性も見いだせない。 (16)A. 無声閉鎖音 Ip,t, kl(0.5) B. 有声閉鎖音 Ib,d, gl(1) C. 無声摩擦音 If,81 (2) D. 有声摩擦音 Iv,z
,δ1 (3) E. 無声歯擦音 Isl(4)F
.
鼻音(有声音)1m, nl (5) 聞こえ度の大小 :AくBくCくDくEくF (16)に列挙された音のうち、スワヒリ語の府CI連続に現れるものを抜き出してその指標の 差を示して、音節化と対照させると (17)のようになる。-24-(17) a. F-A: m.pa.ka 聞こえ度の下降の度合い
4
.
5
→異音節 b. F-B: mba.li4
→同一音節 c. F-C: m.fu 3 →異音節 d. F-D: nzu.ri 2 →同一音節 e. F-E: 立l.so.ma.jl →異音節 (17)に基づけば、聞こえ度の下降の度合いの大小で音節化が決定されるとは全く言えない。 桑本 (2012)はクメール語の、 Kuwamoto(2013)は英語の頭子音結合の、 SSG に従わない /sC/連続などの安定性について、 SSGを拡大解釈し、有声性のみに従った間こえ度階層を考 慮するべきという提案を行った。 (18)聞こえ度階層の修正版(桑本 2012:24、Kuwamoto2013: 6) 無 声 音 〈 有 声 音 (18)を ス ワ ヒ リ 語 の 別C/連続に適用するなら、後方の子音が有声音の場合、先頭の鼻音は 有声音であるから、 (18)に従った聞こえ度階層の差がないことになり、 SSGに従って同一音 節として適切とみなされる(19)。一方、後方の子音が無声の場合は、 (18)に従うと先頭の有 声音である鼻音との連続は聞こえ度が下がる結果となり、 SSGに従わないことになる。その 場合は頭子音結合として不適切な音節構造となるため、先頭の鼻音が後方の子音と異音節に 分析され、単独で成節鼻音となる (20)。 (19) 盟恒.li(川C/は同一音節内) m i l l -[+voice]=
[+voice] (20) 盟些 (!NC/は異音節として分析)。
[m] &EE -e u] [+voice]> [-voice] スワヒリ語には /NC/以外の子音連続が、数は少ないが存在する。そのうち、 (21)に挙げ たパターンはすべて Selkirk(1984)の SSG (序列は (11)を参照)に従ったものである。 (21) a. /pI/ /pr/ pla.st.ikir
プラスティックJ
pro.fe.sar
教授J-25-Ipwl pwa.m 「海岸」 Ipjl pya 「新しい」 b. Itrl tre.m 「列車j Itwl twe.nga 「揖(つ)く」 C.Ik11 k1a.bu 「クラブ」 Ikrl kre.di.ti 「クレジット」 Ikwl kwe.nza 「第一」 d. Ib11 b1a.nge.ti 「毛布
J
Ibrl bre.ki 「ブレーキ」 /bwl bwa.na 「主人」 e. Ig11 g1a.si 「グラスj Igrl gra.mu 「グラム」 Igwl gwa.ri.de 「パレードJ
五 Ifrl 合i.ji 「冷蔵庫J
/号/ fyo.nya 「舌打ちするJ
g. Ivjl ηre.ma 「わかりました。」 h. I'{wl chwa 「日が沈むJ
i .Iswl swa.la 「問題」 j. Ifwl shwa.ri 「凪J
(11)の序列に従わない頭子音結合を含むものは、 IsCI (または IfC/)となるものである ((21i,
j)のIsw,
fwlを除く)。 (22) a.lspl sp.ita.li 「病院」 1st
!
ste.she.ni 「駅」 はi ska.ti 「スカート」 b.lft
!
shtu.a 「びっくりさせる J (22)に示した IsC,
fCI子音結合は、(18)で示した修正版の聞こえ度階層に従うものであり、 (21)の例も含めて、スワヒリ語のすべての頭子音結合 5)は有声性に基づく聞こえ度階層に従 って形成されていることを導くことができる。6
.
残された問題点 6.1.外来語における例外 外来語(主にヨ}ロッパの言語からのもの)における INCI連続は、 (23)に見るように後 続子音が無声音でも同一音節として音節化され、成節鼻音は形成されない。 (23) Ki.fa.ra.nsa da.nsi 「フランス言吾J 「ダンス」これらの例に対しては、第 5節で考察した、有声性による聞こえ度階層に基づく音節化は適 用されない。このような外来語の語棄に対しては、成節鼻音が形成されないという制約が、 (修正版の)聞こえ度階層に基づく音節化に優って働いた結果と考えなければならない。外 来語音韻論というものが、当該言語の本来的な語葉層に対する音韻論とは別に存在すると考 えるべきであり、たとえば、第 5節の (21)
,
(22)に挙げた、 INCI以外の子音連続のうち、 C がわたり音 Ij,
wlでないものはほとんどヨーロッパからの外来語であり、間有のスワヒリ語 には原則的に子音連続はないとすることもできるのである。一方、府CIは固有語にかえって 豊富に存在するという傾向も指摘でき、この場合は、逆に川CI を含む外来語に対しては特 異な音節化が起こると考えられ、その結果、 (23)のような例外的な音節化が許容されている と結論づけられる。 6.2.接辞としての m・の母語話者の意識と成節鼻音 府CIが異音節として分析され、先行鼻音が成節鼻音になる現象に関しては、クラス表示の 接頭辞 m-や、人称代名調の m世(主語代名詞2人称複数) -m-(目的語代名調3人称単数) などの接辞が付されるとき、それが単独で形態素となっているために、音節も単独で形成さ れるはずであるという、母語話者の意識が強くはたらいているようである。たとえば、(24)の ように、 mtuは watuと、単数/複数の対となっているが、語幹・tuに対して、単数/複数 を表す接頭辞が付加されているという意識が母語話者に潜在的にあるために (24a)において 成節鼻音 [rp]が形成されると感じているようである。これは、インフォーマントに対する実 際の聞き取り調査に基づくものである。 (24) a. m-tu m.tu b. wa-tu wa.tu 「人 (sg.)J
「人 (pl.)J 一方、インフォーマント調査時に、 (25a,
b)のように、同種の接辞 m- に対して、異なる音 節化をしていることが観察された。 (25)a. Mja.pa.ni b. M.chi.na 「日本人j 「中国人」 これは、はじめに何の先入観も与えないで、録音したものに基づいたものである。しかし、何 度か同一語について調査し直し、その後 I/mlを分割している意識があるかどうかjという 質問を行うと、 I/mlは接辞であり、語幹とは別のものである」という意識が働くようで、 そのため Imlは音韻的にも後続要素とは異音節であるということを強く意識するようであ った。ただし、少なくとも先入観のない発話においては、第 5節で考察したように、聞こえ 度階層によって音韻的に処理されると考えるのが妥当であるといえる。 6ムクラスの異なる語に対する接頭辞 m- の形態音韻的区別 名詞クラスの接頭辞 m・の音節化については、 SSGだけでは決定できないと思われる例が 他にもある。 (26)のように、同一語形 mbogaに対し、 3クラスの「カボチャ Jの意味では m-は成節鼻音 Irplとなるが (26a)、9クラスの「野菜Jに意味では頭子音結合の一部となる (26b)6)。(26) a. mboga I
r
p
.
.bo.ga/ b. mboga Imbo.ga/ 「カボチャJ
3クラス 「野菜(全般) J 9クラス これに関しては、「カボチャJ
(3クラス)の mbogaに対して、複数を表す 4クラスの miboga があって、接辞 m-/mi-と語幹 -bogaの聞の形態素境界がはっきりと意識され、それに強く 影響されて音節境界もそこにあると印象づけられるということも関連しているようである (27)。
(27) a. mboga b. miboga /rp..bo.ga/3クラス(単数) /mi.bo.ga/ 4クラス(複数) また、 (28) boga 「カボチャの実J という別語葉もあり、その類推から (27a)mbogaにおいて接頭辞の m- を音節構造上も異音 節と分析しようとする傾向が働いているとも想像できる。 一方、 「野菜J (9クラス、単数形) mbogaに対して 10クラスの複数形 mbogaは同形で あり、接頭辞 m・を音節構造上もあえて異音節として分析しようとする5
齢、動機づけは働か ないようである (29)。J
w
u
qunuuo
o
h u h um
m
,t r , , fa
a
o b p bo
o
-h U 1 0m
m
、 、 ‘ . , , , n v v 今 L r ' a 、 、 9クラス(単数) 10クラス(複数) (26)に示した同形の語に対する異なる音節化は、全く形態音韻論的な過程に依存し、音韻論 に特化した SSGだけでは説明のつかないものである。7
.
おわりに 以上、スワヒリ語の /NC/子音連続の音節化について、聞こえ度階層に基づく分析を試み た。 /NC/子音連続の音節化については、 INC/が結合したまま当該音節の頭子音結合となる 場合と、先行する別/が後続の IC/とは異音節として分析されて単独で、成節鼻音別/を形成 する場合に2分されるが、これはほぼ後続音節の有声/無声に従って分布している。 INC/子 音連続は、聞こえ度が下降する配列であるので、音節の先頭付近では Selkirk(1984)の示す SSGに従わない配列となる。 INCI子音連続が SSGに沿う形で異音節として分析されるのか、 SSGに反して同一音節の頭子音連続となるのかは Selkirk(1984)の示す聞こえ度階層だけで は説明できない。本稿では桑本 (2012),
Kuwamoto (2013)の提案に従い、有声性のみに特化し た聞こえ度階層を想定した。それに基づけば、後続子音が有声音である INC/子音連続は「有 声ー有声j となって、聞こえ度の昇降がないために同一音節の頭子音結合として許容され、後続子音が無声音である場合は別CIは「有声ー無声」となって、聞こえ度の下降する序列 になるために同一音節の頭子音連続となることができず異音節となり、スワヒリ語では開音 節が義務的であるために、先行する別/は音節の末端部で音節核となるため成節鼻音となる ことが示されうる。 第 6節で詳述したとおり、なお多くの問題が残る。それらは、 [1]外来語における例外、 [2] 母語話者の直感と言語知識による錯覚、 [3] 同音語を区別する事情によるもの、である。[1]や [2] に関しては、スワヒリ語に固有の音韻体系に基づくものとして外来語音韻論を無視するべ きなのか、あるいは外来語に対しても同等な音韻理論に基づいて分析するべきなのかという、 研究方法に関する対処が必要となる。また、 [3]に関しては、パントゥ諸語全般を考察対象と したらどうなるか、またパントゥ担語に対する通時的な考察を加えたらどうなるかという、 広範な研究領域でとらえるならば新たな知見がえられるかもしれない。たとえば、別CIの後 部要素の ICIの有声性が音節化を決定するということと同音異義語の区別が密接に関わる ということは、パントウ祖語において有声/無声の区別がないことと大いに関わりがあると 思われる 7)。また、音調が弁別的でないスワヒリ語に対し、音調が弁別的な多くの他のパン トゥ諸語においては、本稿で考察の対象とした川CI子音連続はどのように音節化されるの かということについては、共時的に複数のパントゥ語を分析する必要がある。 これらの問題については将来の課題としておく。 注 *本稿は、関西音韻論研究会 (PAIK) 2012年 4月例会 (2012年 4月 21日、於神戸大学)、 日本アフリカ学会第 49回学術大会 (2012年 5月 26日、於国立民族学博物館)における口 頭発表に基づくものである。 2つの口頭発表のすべての参加者に感謝申し上げる。特に、 伊藤雄馬、岩井康雄、植田尚樹、梶茂樹、川越いつえ、品川大輔、問中真一、松井理直、 米田信子の各氏からは貴重な助言をいただいた。また、スワヒリ語のデータは、秋田市在 住のスワヒリ語ネイティブスピーカ-Damulira Ddaudah (ウガンダ、ガンダ語とのパイリ ンガノレ)、 DianaWanjiru Njoya (ケニア)によるものである。他に、 SylviaNjoki (ケニア、 キクユ語ネイティブ)、 AmbaMutua(ケニア、カンパ語ネイティブ)の 2名の協力も得て いる。秋田市内における言語調査に際しては、秋田大学宮本律子氏に多大なる協力をいた だいた。なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究 (C)
r
音節境界に おける分節音の有標性の序列に関する対照言語学的考察J(課題番号:21520422)の助成を 受けた研究の一部である。 1)スワヒリ語の音声表記は中島 (2000)、小森 (2009)などに従った。ただし、 Iglは Iglに 改めている。 2) !nglは子音結合である。軟口蓋鼻音 IfJIは、正書法では ng' と表記される(例:ng'ombe /fJombelr
牛J
)。 3)綴り字 nyは単一の硬口蓋鼻音 IJl!であり、/吋/という子音連続とはみなされない。 4) 2名のインフォーマントはいずれも日本在住の外国人留学生であるが、使用言語は留学前 の状況下のものであり、留学中の日本語などは含まれない。5
)
大まかに言えば、スワヒリ語の子音結合は、/NC
,
NG! (
G
:
わたり音)を除けば借用語にし か現れない。しかし、借用語に対して、子音脱落や母音挿入などが起こらないことから、29-頭子音結合はスワヒリ語において許容されうる音節構造と考えなければならない。 6)米田信子氏の指摘に基づく。 7)品川大輔氏の指摘に基づく。 参考文献 小森淳子 (2009)
W
大阪大学世界言語研究センタ一 世界の言語シリーズ 1 スワヒリ語J
大 阪:大阪大学出版会. 桑本裕二 (2012)r
クメール語における頭子音連続の序列についてJ
W
東北大学言語学論集』 21: 19-32. Kuwamoto, Yuji (2013)“Interrelationship between onset cluster sequences and the sonority hierarchy in English, " Tohoku Studies in Linguistics22: 1・14. 中島久 (2000)Wスワヒリ語入門』東京:大学書林. Selkirk,
Elizabeth (1984)“On the m吋orFeatures and syl1able theory,
"
In: Mark Aronoff & Richard T. Oehrle (eds.) Language Sound Structure,
107・136,Cambridge, Massachusetts: MIT Press. 湯川恭敏(1989)r
スワヒリ語j亀井孝・河野六郎・千野栄一編著『言語学大辞典』第 2巻 世 界言語編(中) , 381・384,東京:三省堂. 湯川恭敏(1992)r
パントゥ諸語j亀井孝・河野六郎・千野栄一編著『言語学大辞典』第 3巻 世界言語編(下・1) , 394・397,東京:三省堂. 円 ぺ U要旨 スワヒリ語は、他の多くのパントゥ諸語と同様、川C/子音連続が存在し、同一音節の頭子 音連続となる場合と、成節鼻音 /N/が単独で音節を形成する場合がある。これら 2つの分布 は、後続子音 /C/ の有声性にほぼ依存し、 /C/ が 有 声 音 で あ れ ば 先 行 鼻 音 訓 / の 有 声 性 [+voice] と同ーの音韻素性をもつことになって同一音節であることが許容され、無声音であ れば異音節となる。このことは、理論音韻論上では SonoritySequencing Generalization (聞こ え度階層の一般化)を基にした、有声性の聞こえ度のみに特化した拡大解釈を加えたモデル に基づくと説明可能となる。ただし、外来語の場合の例外、母語話者の直感と知識による錯 覚、同音語を区別するための 2分、といった様々な多くの問題がなお残されている。これら の諸問題については、共時的には他のパントワ語との対照研究、通時的にはパントワ祖語か らの音韻変化についての考察など、広範な研究法の探索が必要となる。
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/NC/ c
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i
1n Swahili,
as well as in many other Bantu languages,
there are/NC/ clusters everywhere,
some ofwhich are onset clusters in a tautosyllabic position,
and the others are divided into syllabic nasalsM/
and /C/ぉonsetclusters in the fol1owing syllables. These two phenomena almost depend on voicing in the second segment /C/. 1n case of a voiced /Cんthe[voice] feature in it har立IOnizeswith the preceding/N/ぉavoiced sound, so the two segments are permi仕巴dto form an onset cluster. On the other hand,
a voiceless /C/ does not harmonize with the preceding a voiced /N/ so that they are heterosyl1abic. According to Selkirk (1984),
Sonority Sequencing Generalization (henceforth SSG) is so effective to analyze syl1abic ph巴nomena,
and 1 adopt the generalization,
but somewhat modified,
to analyses in these phenomena in this paper. 1 modified SSG by a broad interpretation exclusively focused on [voice]. The modified SSG can explain effectively the distribution ofthe phenomena. There are several problems yet to be solved. There are some exceptions in these phenomena. They are: 1) loan words,
2) misleading by an intuition and knowledge ofnative speakers,
and 3) morphophonological distinction between some homonyms. These problems need to be further investigated both synchronically and diachronical1y,
that is,
a contrastive study with other Bantu languag巴sas wel1as a historical study with Proto-Bantu should be integrated into the research.(秋田工業高等専門学校人文科学系准教授)