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Title
数学の基礎理解度テストの結果から
Author(s)
高際, 睦
Journal
東京歯科大学教養系研究紀要, 27(): 31-39
URL
http://hdl.handle.net/10130/2678
Right
数学の基礎理解度テストの結果から
高際 睦
∗1
はじめに
本学に入学して来る学生の学力が,以前に較べて低下しているのではという危惧は 前から言われていたが,ここ数年,その傾向が顕著に表れてきているのではという疑 いを教養系教員の多くが持っていると思う.筆者も10年近く,1年生に微積分を中 心とした数学を教えてきているが,以前に較べ,中学,高校時代に教わったはずの基 礎的な知識が不足しているため,初歩的な問題に対してさえも,正しい答えが求めら れない,どのように答えを導けば良いかわからないという学生が増えているように感 じている.例えば,微積分を教えるためには,どうしても極限の概念の理解が必要で あるので,微積分を教える前に,ある程度の時間を使って,極限の考え方,その計算 方法を教えている.しかし,何度教えても lim x→0+0 1 x = ∞ を lim x→0+0 1 x = 0 とする学生が少なくない.しかも,極限の意味がわかっていて,極限の値が x を 0 に近づけたときの値,つまり,1/0 = 1÷0 に近づくことが予想できていながら, 1÷0 = 0 と思い込んでいて,極限値を0 とするものが結構いる.1÷0 は,いわ ゆる「ゼロ除算」と言われるもので,この演算ができないということは,誰でも小学 生のときに習ったはずである.確かに,それ以来,このような問題が出題されること はほとんどないかもしれないが,それでも「ゼロ除算」は四則演算における基本であ ∗東京歯科大学 数学研究室るので,当然,覚えておくべきことである.また,極限値を求める場合,極限の式と 関数のグラフを関連付けることは有用であるので,これも授業中に教える.例えば, 上の極限値は,関数 y = 1/x のグラフ(図1)でx を正の範囲で 0 に近づける (x → 0 + 0)ときの y の値(この場合は正の無限大に発散する)として求めること ができる.その求め方はわかっているのに,肝心の y = 1/xのグラフ(いわゆる, 反比例のグラフ)が描けずに,答えを導けない学生も若干ではあるが存在している. x y=1/x -3 -2 -1 0 1 2 3 -10 -5 0 5 10 図1 関数y = 1 x のグラフ. ただし,学力が低下しているとか,基礎的な学力が不足している学生が増えてきて いると言うことは,あくまでも各教員の主観的,感覚的なものでしかない.そこで, それらを客観的に測るために,3年前から,教養系の教員を中心として,新入生に対 し,英語,数学,理科に関する基礎理解度テストを実施するようになった.このテス トは,名前の通り,高校までに習ってきたはずの基本的な問題,例えば,数学では, さきほど述べた「ゼロ除算」の計算や y = 1/xのグラフを描かせる問題などを出題 し,基礎的な知識がどれだけ身に付いているかを測り,学年毎の比較,また,入学後 の教育の指針とすることを目的としたものである.このテストの理科,特に,物理の 問題や結果については,池上[1],池上[2] で報告されている. 基礎理解度テストを実施してから3年間が経ち,その間,教職員セミナー等でその 結果は報告されてきたが,ほとんどは全科目の総合点についてであって,各教科個別 の点数にはあまり触れられることはなかった.せっかく各科目とも3年間分のデータ が蓄積されたわけなので,これらを活用しない手はないはずである.そこで,本稿で は,このテストの数学の結果について,様々な角度から眺めてみて,このデータから
わかったことを報告する.ただし,3年間分のデータであるので,結果は,ある程度 限定されたものであることは承知してもらいたい.
2
データ解析
2.1
基礎理解度テストの問題(数学)
数学の基礎理解度テストの問題は,大問2つから成り,大問1(以下,P1 と略記 する)は,四則,指数,対数,三角関数などの計算問題 20 問,大問2(以下,P2) は,指数関数,対数関数,三角関数などのグラフを描く問題13 問である.基本的に は,各問,正誤どちらかで,正しければ1点,間違っていれば0点で採点している. ただし,例えば,2÷0 = ±∞や log20 = −∞ などは,厳密な正答ではないが,ほ ぼ正しい答えとみなせるので,部分点(0.5点)を付けた.全部で33問あるので,満 点は 33 点になる. 当然,P1 と P2 の点数には強い相関関係があることが予想される.しかし,実際 には,年度,入学試験種別にもよるが,P1 とP2 の点数の相関係数は,おおよそ0.3 ∼ 0.5 とそれほど強いものではなく,特に,120期の II 期入試で入学した学生の相 関係数などに至っては,−0.14 とほぼ無相関である.したがって,本稿では,P1 と P2 は個別に考察していく.また,P1,P2 の点数の分布は対称な分布とは限らない し,年度など 3つ以上の分布を比較することもあるので,データをグラフ化するとき 0 5 10 15 20 P1 122 図2 122期の P1の点数の箱型図.には,箱型図(箱ひげ図)を用いることにする.箱型図に不慣れな人のために,図2 の 122期の P1 の箱型図を使って簡単に説明する.図の真ん中の箱(黒塗りの長方 形)の上端,下端はそれぞれ,データ(点数)の上側四分位点(Q3),下側四分位点 (Q1)を表し,箱の中の白抜きの位置は,データの中央値を表している(つまり,真 ん中 50 %のデータはこの箱の範囲に存在している).箱の上端,下端から伸びてい る線(ひげ)は,外れ値*1でない最大値,最小値のところまで引かれており,その線 の外側にある横線は,外れ値の可能性の高いデータを個々に表している.このデータ の場合,点数の低い方に 3個の外れ値があることになる.
2.2
3年間の点数の推移
まずは,ここ3年間(120期,121期,122期)における数学の基礎理解度テスト の点数に変化が見られるかを確かめてみる.図3の3つのグラフは,左から 120期, 121 期,122 期の各期における P1,P2, 合計点をそれぞれ箱型図で表したものであ る.この図より,P1 の点数に関しては年度による変化はあまり見られない.一方, P2 の点数はそれぞれの中央値を見てもらえればわかるように,120期に較べ他の2 0 10 20 30 P1 P2 Total 120 0 10 20 30 P1 P2 Total 121 0 10 20 30 P1 P2 Total 122 図3 各年度ごとのP1,P2,合計点の分布.左から120期,121期,122期 のグラフで,それぞれP1,P2,合計点の箱型図が描かれている. *1通常,Q1− 1.5 × (Q3− Q1)以下のデータ,もしくは,Q3+ 1.5 × (Q3− Q1)以上のデータは 外れ値の可能性が高い,と言われている.つの年度の点数は明らかに低くなっている.また,P2 の点数が低くなっていること で,合計点も121期,122期の方が若干下がっており,点数の広がり方も下の方に少 し広がっている.
2.3
受験種別の点数の比較
2.2の結果から,数学に関する基礎学力が,年々,低下している傾向があるように 思われるが,これはなぜであろうか.本学には,推薦,I 期,II 期の3つ入学選抜試 験*2がある.各年度の3種類の選抜試験別の P1,P2 の点数の分布を図4,図5に示 0 5 10 15 20 Suisen I II 120 0 5 10 15 20 Suisen I II 121 0 5 10 15 20 Suisen I II 122 図4 P1の受験種別得点分布.左から,120期, 121期,122期のグラフで, 各グラフには左から推薦,I 期,II 期の点数の箱型図が描かれている. 0 2 4 6 8 10 12 Suisen I II 120 0 2 4 6 8 10 12 Suisen I II 121 0 2 4 6 8 10 12 Suisen I II 122 図5 P2の受験種別得点分布.左から,120期, 121期,122期のグラフで, 各グラフには左から推薦,I 期,II 期の点数の箱型図が描かれている. *2厳密には,留学生選抜やセンターI期,センターII期などもあるが,これらの合格者の人数はそれ ほど多くない.そのため,個人が特定できるおそれもあるので,留学生選抜の合格者は推薦に,セ ンターI期,センターII期の合格者はそれぞれI期,II期試験の合格者に含めることにする.した.図4,図5は,左から 120期,121期,122期のグラフで,各グラフは,左か ら推薦,I 期,II 期試験で入学した学生のP1,P2の点数の箱型図である.P1 に関 しては,各年度とも推薦,I 期,II 期の順で点数がよくなっているが,その差はそれ ほど大きくはない.また,年度間で比較してみても,点数の分布にそれほど大きな違 いは見られない.一方,P2 は,各年度とも,推薦入試で入ったきた学生とI 期,II 期入試を受けてきた学生の間にかなり大きな点数の開きがある.ただし,年度間でみ ると,121期の I期入試で入って来た学生に低得点者が若干多かった以外,目立った 違いはない.したがって,推薦は推薦,I期はI期などと受験種別に分けて考えると, ここ3年間,年度ごとの(数学の)学力の差はほとんどないといえる.では,2.2で, 年々,学力が下がってきているように見られたのはなぜかと言うと,基礎理解度テス トを受けた学生の入試区分毎の人数(表1*3)によるものだと思われる.120期,121 期,122期の順で推薦入試で入学した学生数が増えているが,先ほど見てきたように 推薦入試で入学してきた者の P2の点数は推薦以外の入学試験で入ってきた学生に較 べ低いため,年々,P2,および,合格点が下がってきていると思われる.また,121 期の I期入試で入学した学生のP2 の点数が下に広がっていたのも,この年度のI期 入学者数が他の年度に較べ,多かったことで説明がつくだろう. 120期 121期 122期 推薦 I期 II 期 推薦 I期 II 期 推薦 I期 II期 46 58 25 57 64 8 65 53 11 表1 各年度で基礎理解度テストを受けた学生の入試区分毎の人数. では,なぜ,P1 とは異なり,P2 の点数には推薦試験入学者と I 期,II 期入試合 格者の間に大きな乖離が見られるのであろうか.高校の先生を含む何人かの数学の教 員に話を聞いたところ,計算問題はその演算,関数に関するある程度の知識を持って いれば,あとは,機械的に計算をすることで,答えを求めることができるのに対し, グラフを描く問題の場合はその関数の全体的な性質を知らなくては答えることがで きない.したがって,計算問題とグラフを描く問題の間には,実は大きなギャップが あって,一般入試に対する受験勉強など,それなりにしっかりと学習をしないと,こ のギャップを越えられないのではないかということであった. *3表1は,基礎理解度テストを受けた者の入試区分毎の人数なので,実際の入学者の入試区分毎の人 数とは若干異なる.
2.4
前期末試験の結果との関連
1年生の数学の前期の授業では,関数,極限,微分などを教えており,前期末試験 も主にこの辺りの問題が出題されている.前期末試験の合格ラインは年によって若干 変わるが,ここ数年,不合格者数はおよそ 30 人程度である.ここでは,前期末試験 の結果と基礎理解度テストの点数に何らかの関連性があるか調べてみる.図6,図7 は,それぞれ,各年度の前期末試験の合格者(左)と不合格者(右)のP1 と P2 の 点数の分布を示したものである. 0 5 10 15 20Pass Not pass 120 0 5 10 15 20
Pass Not pass 121 0 5 10 15 20
Pass Not pass 122 図6 前期末試験合格者と不合格者の P1 の得点分布.左から,120 期, 121 期,122期のグラフで,各グラフの左側は期末試験合格者の,右側には不合格 者のP1の点数の箱型図が描かれている. 0 2 4 6 8 10 12
Pass Not pass 120 0 2 4 6 8 10 12
Pass Not pass 121 0 2 4 6 8 10 12
Pass Not pass 122
図7 前期末試験合格者と不合格者の P2 の得点分布.左から,120 期, 121 期,122期のグラフで,各グラフの左側は期末試験合格者の,右側には不合格 者のP2の点数の箱型図が描かれている.
P1の点数に関しては,120期では,前期末試験合格者の点数の方が,やはり高かっ たが,その差はそれほど大きくなかった.121期,122 期でも合格者の方の点数が高 かったことは同じであるが,両者の点数の差が年々大きくなっている.この傾向は, P2 の方が顕著で,特に,122 期に関しては,点数に非常に大きな開きがあった.同 様なことは,いくつかの個別の問題でも見られた.筆者が,合格者と不合格者に正答 率の差があると予想した4つの問題,「ゼロ除算」(2÷0), y = 1/x のグラフ,対 数関数の真数条件(log20),y = log2x のグラフ,の合格者と不合格者の正答率を求 めたものが表2である. 120期 121期 122期 問題 合格者 不合格者 合格者 不合格者 合格者 不合格者 2÷0 0.40 0.45 0.34 0.27 0.42 0.10 log20 0.53 0.20 0.49 0.27 0.46 0.07 y = 1/x 0.75 0.60 0.66 0.64 0.79 0.58 y = log2x 0.75 0.53 0.67 0.26 0.67 0.39 表2 120期から 122期までの前期末試験合格者と不合格者の「ゼロ除算」な ど4問の正答率の比較. どの年度でも,log20 や y = log2x のグラフの問題の正答率には,合格者,不合 格者間にある程度の差が見られた.しかし,2÷0 や y = 1/xのグラフについては, 120 期,121 期では正答率にそれほど差がないのに対し,122 期では,大きな差が あった.特に,122期の不合格者の2÷0,log20 の正答率が著しく低いことが気に なる.データが3年分しかないので,これが,この学年だけの問題であるのか,今後 もこのような傾向が続くのか,また,正答率が著しく低下した理由については,残念 ながら,現時点では何とも言えない.
3
まとめ
数学の基礎理解度テストの3年間分の結果を解析して,そこから推測できたことは 以下のことである: • 入学試験(推薦,一般I期,一般II期)別に学生の学力を見ると,ここ3年間 で,学生の学力はさほど変わっているわけではない.ただし,推薦入試で入ってくる学生が増えているので,学年全体で考えると,成績は,若干であるが, 低下している. • 推薦入試で入学した学生の中にも,このテストで非常に良い点数を取ったもの もいるが,一般入試で入学した学生と較べると,特に,総合的な知識が必要と されるグラフを描く問題で点数に大きな差がついた. • 前期末試験不合格者における,基礎理解度テストの低得点者が占める割り合い は,年々,増加している. 前期末試験に合格するかなどは,例えば,高校の時に「数学 掘廚鰺 修したか,ま た,そのときの成績などのデータを使えば,さらに良く説明できることはわかってい るが,この試験を実施し始めた当時は,これらの情報が必要になると思っていなかっ たので,そのようなデータは収集して来なかった.そのため,年度間での学力の比較 を行なうために使えるデータとしては,この基礎理解度テストの結果と学生の受験種 別くらいしかなく,十分な解析が行えたとは思えないが,とりあえず,それなりの結 果を出すことができたと思う.ただし,3年間分のデータだけなので,得られた結論 が,この3年だけ,もしくは,ある学年だけの特異なことであるのか,それとも,こ れからも続いていくことなのかを判断することは困難である.今後もこのテストを継 続して,そのデータを調べるしかない.何年後になるかわからないが,さらに追加さ れたデータを使って解析を行い,新たな発見が得られたならば,再度報告したい.ま た,今回の解析で,せっかく,いくつかの知見が得られたので,それらを今後の授業 に生かせればと思う.