21世紀卓越した情報研究拠点プログラムの目指す研究(後編):8.超速ハイパーヒューマン技術が開く新世界
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(2) 8 超速ハイパーヒューマン技術が開く新世界. 定している.もう 1 つは両技術を融合して超高速ダイナ. 加速度[G]. ミックセンシング技術を構築し,いままでのセンサでは. 200. とらえることができなかった構造ダイナミクス,バイオ ダイナミクスをとらえようとする方向性である.このよ. エネルギー蓄積型 アクチュエータ. うに本 COE プログラムの特徴は,単にセンサやアクチュ. 100. エータの開発にとどまるのではなく,それらを使って新. 広島大学. しい発見,ひいては新しい学術分野の構築まで視野に入 れている点にある.以下,具体的にどんな応用分野があ 50. Humming bird 50 [G] FALCON 43 [G] Hexa97 40 [G] Industrial robot 4-10 [G] 1990. 1995. るのかまとめてみたい.. 年. 2000. 図-3 加速度マップ. シーズ技術をレベルアップすると? 時速 300km ののぞみ号がトンネルに入った瞬間,強 烈な風圧がトンネル入り口部で発生し,これが壁面亀裂 の 発 生 要 因になることが 知られている. ここで 図 -5 の. ることによって,人間ではできないような落下ボールの. ように,のぞみ号の先頭部分に現存する最高速ビジョ. 捕獲も可能になる.本 COE プログラム成功の鍵は,超. ンセンサ(1 ミリ秒ビジョン)を搭載して果たしてどの. 高速ビジョンと超高速アクチュエーションという 2 つの. 程 度の亀 裂をとらえることができるか シ ミ ュレーショ. シーズ素技術をどう進化させ,実環境にどう展開してい. ンしてみよう.1 ミリ秒の間にのぞみ号が進む距離は約. けるかにある.. 80mm.つまり現存する最高速ビジョンセンサを用いた としても,80mm 以下の亀裂を検知することは原理的に. 何を目指すの?. できない. ところが, もし 1 秒 間に 10 万 枚の 画 像が 処 理できる超高速ビジョンセンサ(10 マイクロ秒ビジョ. 図 -4 は本 COE プログラムの方向性を示したものであ. ン)が完成すれば,画像間にのぞみ号が進む距離はわず. る.ここでは 2 つの方向性を考えている.1 つは人間の. か 0.8mm となり,のぞみ号に搭載されたビジョンセン. 能力をはるかに超えた上記 2 つの超速ハイパーヒューマ. サで亀裂部に発生する微小振動をとらえることが可能に. ンシーズ技術(超高速ビジョンセンサ,超高速アクチュ. なる. この 簡 単な 例からも 分かるように, ビ ジ ョ ンの. エータ)を一層レベルアップするとともに,その延長線. 高速化が進めば,それに見合う応用環境はいくらでも現. 上に存在する応用分野を模索する方向性である.各要素. れてくる.図 -6 は高速ビジョンを用いて,アトピー性. 技術の数値目標は,超高速ビジョンでは人間の約 300 倍,. マウスの引っかき回数を実時間でカウントした結果を示. 超速アクチュエータでは人間のすばやさの約 40 倍を設. したものである.従来オフラインで人海戦術により行わ. Hyper Vision ハイパーヒューマン ハイパーヒューマン 技術が切り開く 技術が切り開く 新世界 新世界. ��:変位 Hyper Actuation. 構造ダイナミクス バイオダイナミクス. ��:力. ダイナミクス センシング&アナリシス. 図-4 本COEプログラムの概要 IPSJ Magazine Vol.46 No.5 May 2005. 529.
(3) 特集 21 世紀卓越した情報研究拠点プログラムの目指す研究(後編). を組み合わせて,微生物の重心速度が絶えずキャンセル. Hyper Vision. できるようなビジュアルフィードバックシステムを構築 すれば,前記の問題点を一気にクリアすることができる. このようにビジョンセンサやアクチュエータの高速化を. 傷部をダイナミック 情報としてとらえる. 進めていくと,常識では想像すらできなかった方法で環 境や生体のダイナミック現象をとらえることができるよ. Hyper Vision. うになる.. ピストン. シーズ技術を融合すると? 本章では,2 つのハイパーヒューマン技術を個別ある いは足し算的に利用するのではなく,両者を融合するこ とによってどんな研究の方向性が見えてくるのか探って. 図-5 超高速ビジョンによる構造物診断の応用例. みたい.病巣部では生体の自発的な防衛反応によって硬 さが周囲と変わることが知られている. このため, “硬さ” れていた作業が一気に自動化できる点が重要である.次. は,医療診断では欠かせない物理量である.硬さだけで. に,高速ビジョンの意外な応用分野について紹介してみ. なく,粘性,慣性といった変位,速度,加速度を力に. たい.顕微鏡下で微生物を観察する場合を想定してみよ. 変換する機械要素を総称して機械インピーダンスという.. う.微生物を顕微鏡で 100 倍拡大した場合,微生物の運. 機械インピーダンスは位置計測センサとアクチュエータ. 動速度も 100 倍拡大されてしまう.そのため,微生物が. を組み合わせることで初めて測ることができる.辻らは. 視野内からすぐに外れてしまうという問題や,微生物の. この点に着目し,人間の手先に強制変位を与えて,そ. 鞭毛の動きを観察したくても微生物の並進運動によって. のときの反力を力センサで計測することによって,手先. 細かい鞭毛の動きをとらえることが難しいといった問題. レベルのインピーダンス計測を行っている .アクチュ. が指摘されていた.高速ビジョンと高速アクチュエータ. エータの高速化を図ることによって,環境に加える力の. 距離変化グラフ. 100 距離(画素). 4). 80 60 40 20 0 2.0. 2.5. 3.0. 3.5. 4.0 時間(秒). 4.5. 5.0. 5.5. 図-6 アトピー性マウスの引っかき動作の自動カウントシステムへの応用例. 530. 46 巻 5 号 情報処理 2005 年 5 月. 6.0.
(4) 8 超速ハイパーヒューマン技術が開く新世界. 図-7 生体におけるダイナミックセンシングが重要な意味を持つ部位の一例. 時間パターンに幅が持たせられるため,センシングの質 的向上を図ることができる.図 -7 はインピーダンス計 測の生体応用の一例を示したものである.たとえば,肝. も熱いエールが送られている.. 布陣. 硬変の診断では硬さ自体が病状診断の本質的な評価指標 になる.また,内視鏡先端から生体に高速脈動空気噴. 本 COE は工学研究科(石井抱,金子真,坂和正敏,. 流(あるいは脈動水噴流)を能動的に投射し,そのとき. 辻敏夫,中野浩嗣:複雑システム工学専攻,金田和文:. の生体の応答を高速ビジョンで観察すれば,今まで見た. 情報工学専攻,佐伯正美:機械システム工学専攻,中村. こともない病巣のダイナミック応答がとらえられる可能. 秀治:社会環境システム工学専攻),生物圏科学研究科. 性を秘めている .このような患部のインピーダンス情. (谷田創:生物資源開発学専攻),医歯薬学総合研究科(岡. 5). 報は,胃,膀胱の病巣の質的診断を行う際,重要な指標. 島正純:創生医科学専攻),医学部付属病院(田中信治) ,. を提供する.血管の硬さや粘性は,手術時における患者. 計 11 名が下記の各テーマを担当している(氏名はアイウ. の 緊 張 状 態を 反 映していることが 知られている. 辻ら. エオ順).. は,血管のインピーダンスを非観血法で計測する方法を. 石井 抱:処理速度 0.1 ミリ秒を実現する高速ビジョン. 医療応用に展開している .一方,これらの応用では高. チップの設計開発.さらに高速ビジョンを使った構. 速性をそれほど強く意識する必要はない.たとえば,手. 造物診断, 生物モニタリング, 分布型振動イメージャ. 先のインピーダンス計測では 300 ミリ秒程度,血管のイ. への展開まで視野に入れる.. 6). ンピーダンス計測では 500 ミリ秒程度の高速性で十分で. 岡島正純:腹腔鏡手術シミュレータを使って, 名医が行っ. ある.一方,眼剛性計測のように瞼を閉じる前に計測を. ている超人間的マニピュレーション技術が素人とど. 完了しなければならないという妥協を許さない環境下で. う違うのかという視点で評価指標の抽出を行う.. は,20 ミリ秒という短時間内で眼に作用する力と変位 を計測しなければならない.このように眼剛性計測を想 定した場合,高速化という意味で両要素技術へ厳しい. 金田和文:各種イメージャーやディスプレイの表示技術 に関する研究. 金子 真:蓄積エネルギーを利用した超高速アクチュ. 仕様が突きつけられる.見方を変えると,眼剛性計測は,. エータの設計開発,および高速ビジョンと高速アク. 本 COE プログラムで開発する要素技術を応用する格好. チュエータを融合させた眼剛性のダイナミックセン. の場ともいえる.眼剛性計測は眼圧測定に関連する眼科. シング.. 診断を根底から変える可能性を秘めており,眼科医から. 佐伯正美:融合型ダイナミックセンシングにおける高精 IPSJ Magazine Vol.46 No.5 May 2005. 531.
(5) 特集 21 世紀卓越した情報研究拠点プログラムの目指す研究(後編). 度パラメータ同定法に関する研究. 坂和正敏:高速アクチュエータを使ったダイナミック キャプチャリングロボットの最適パラメータ決定法 に関する研究. 辻 敏夫:生体インピーダンスのダイナミックセンシン グに関する研究および高速ビジョンの人間行動解析 への応用. 田中信治:内視鏡による消化器系インピーダンスのダイ ナミックセンシングに関する研究. 谷田 創:高速ビジョンを応用した生物のモニタリング システムの開発.. 図-8 ジャンケンロボット. 中野浩嗣:画像処理の高速アルゴリズムに関する研究. 中村秀治:高速ビジョンを用いた構造物診断に関する研 究.. ンとヒトより 2 倍速い動きをする 5 本の手から構成され. 教育的効果. ている.子供たちが手を動かしはじめた状態で何を出そ うとしているのか瞬時に判断して,高速ハンドに動作指. 多くの学生は,無意識のうちに自分たち人間の能力が. 令を出す仕組みになっている.つまり子供たちより遅く. 結構優れていると信じ込んでいる.一方,手品師は人並. 出し始めて,子供たちが出し終わる前にハンドの動きは. みはずれた巧みな指動作と高速操り動作を駆使して,常. 完了している.このロボットは必ずジャンケンに勝つこ. 識的には考えられない事実を目の前で繰り広げてくれる.. とができる.このロボットに負ける自分を見て子供たち. ここで“常識的には考えられない”という言葉の意味に. は不思議がるに違いない.「なぜ負けるのだろう?」と.. 十分注意を払う必要がある.たとえば,ヒトの目が 1 秒. 教育効果上, この謎解きは絶対にしない.子供たちが「な. 間に処理できる画像枚数は高々 30 枚程度である.もし. ぜだろう?」という疑問を持って授業に臨むことこそが,. 手品師がこのスピードを超えた動きを実現できたとした. 子供たちの動機を高める最良の手段だと筆者らは考え. ら,もはや我々の目では追跡することができない.正確. ている.これによって子供たちの何人かは受身的な受講. に表現すると,それは“常識的には考えられない動き”. 態度から問題意識を持った形に変わるのではないだろう. ではなく, “我々の目の能力を超えた動き”なのである.. か.理科離れ防止と称して,さまざまな理科教材が出て. また“一瞬”という言葉がある.これは瞬きする時間く. きているが,そのほとんどは,興味の有無にかかわらず. らいの短時間という意味である.ところが計測してみる. 理科教材に触れさせることに主眼が置かれている.これ. と, 瞬きしはじめるのは, 目に 刺 激が 入 っ てから 実に. は,すでに理科に興味を抱いている子供には効果がある. 60 ミリ秒後で,この間に現存の高速ビジョンは 60 枚も. かもしれないが,そうでない子供たちに強い好奇心を湧. の画像を処理することができるのである.このようにハ. かせる材料にはなりにくい.インパクトベースト教育と. イパーヒューマン要素技術を題材に用いることによって,. の決定的な違いは,子供たちの度肝を抜くことによって. 彼らが生まれながらに持っている“常識という殻”を破. 理科に対する好奇心を呼び起こそうとしている点である.. り,彼らをハイパーヒューマンの世界に連れ出すことが. このインパクトベースト教育を遂行する上でハイパー. できるものと考えている.これらハイパーヒューマン技. ヒューマン技術は格好の材料を提供することが期待され. 術を使うことによって違った視点での教育効果を期待す. ている.以下は,本 COE プログラムで提唱している大. ることができる.ノーベル賞受賞者の対談等でよく出て. 学院教育の基礎カリキュラムである.. くることは,彼らの多くは高校生くらいまでに科学的現. . 象で感動を味わい,それが後の研究成果を生む大きな動. ①ハイパーヒューマン工学基礎. 機付けになっているという事実である.筆者らが提唱し. ア)Hyper Actuation:人間の動作を超える高速かつ器. ている理科教育の 1 つに“インパクトベースト教育”と. 用さを両立したロボットアーム・ハンドを例題とし,. いう考え方がある.たとえば,理科の最初の授業で図 -8. 把握戦略,超高速打撃ロボットアーム,空気圧を用い. のようなジャンケンロボットとジャンケン遊びをさせ. た高速ジェスチャーヒューマノイドなどを紹介する.. る.このジャンケンロボットはヒトより30倍速いビジョ. イ)Hyper Sensing:人間の五感を機能・速度面で大幅. 532. 46 巻 5 号 情報処理 2005 年 5 月.
(6) 8 超速ハイパーヒューマン技術が開く新世界. に上回るレベルでの,工学的な感覚機能の実現を目指. ウ)生物応用:動物の自動行動観察システムの構築法,. し,特に超高速な視覚システム技術を中心としたセン. 行動データベースに基づく食の生産性と安全性を両立. シング技術の紹介.さらに高速視覚ハードウェア設計・. した生物生産技術について紹介する.. 開発,分布的運動ダイナミクス計測に基づくアクティ ブセンシング,ダイナミック感覚統合アルゴリズム等. 新しい発見を夢見て. について紹介する. ウ)Hyper Display:画像ディスプレイ等のヒューマン. 本 COE プログラムは,工学サイドで開発するセンシ. インタフェース技術を紹介する.具体的には,人間に. ングツールを武器に,医学系,生物系の研究者がそれぞ. は見えない高速現象の実時間可視化,操作者の高速な. れの研究分野に新しい切り口からメスを入れ,ひいて. 動きに対応したインタラクティブ 3 次元シミュレータ. は新しい学術分野を切り開いていくことを目指している.. 等の紹介を行う.. 特に,超高速ビジョンと超高速アクチュエーションとの. エ)Hyper Brain:人間の脳を速度面で大幅に上回る実. 融合によって初めて実現できる超高速ダイナミックセン. 時間情報処理技術について紹介する.具体的には,実. シングは単にセンシング速度の向上だけでなくセンシン. 時間ネットワーク通信・処理技術,並列分散型センサ・. グ自体の質的向上をも目指すもので,学術的にもきわめ. アクチュエータ制御用 LSI,知識データベースに基づ. て興味深い結果が期待できる.さて,どんな発見が待っ. く実時間学習等の紹介を行う.. ているのだろうか.本 COE プログラムの詳細について. ②ハイパーヒューマンシステム設計. は下記サイトをご覧いただきたい.. ア)Human Model Analysis:人間のさまざまな行動の. http://www.hfl.hiroshima-u.ac.jp/COE/. 動作解析を行い,その動作解析情報に基づいた機能レ ベルでの動作モデル構築技術を紹介する.具体的には, 生体信号と動作インピーダンス解析,スポーツ選手 などの高速動作に対するダイナミクス解析等の紹介を 行う. イ)Hyper Optimization:多数のセンサやアクチュエー タの同時動作を Hyper Brain 上で効率よく実現するシ ステム最適化技術について紹介する.具体的には,異 種センサ・アクチュエータの最適配置問題,実時間 処理を前提としたネットワーク通信の最適化等を紹介 する. ウ)Hyper Control:高速なセンサとアクチュエータの. 参考文献. 1)石井,田中,灘谷:Mm Vision とその 3 次元計測への応用,第 20 回セ ンシングフォーラム資料,2C1-5 (2003). 2)石井:知的画素選択機能を有する高速メガピクセルビジョンの提案, 日本ロボット学会創立 20 周年記念学術講演会予稿集,3A15 (2002). 3)Kaneko, M., Takenaka, R., Higashimori, M., Namiki, A. and Ishikawa, M.: The 100G Capturing Robot -Too Fast to See-, IEEE / ASME Trans. on Mechatronics, Vol.8, No.1, pp.37-44 (2003). 4)Tsuji, T., Morasso, P.G., Goto, K. and Ito, K.: Human Hand Impedance Characteristics During Maintained Posture, Biological Cybernetics, 72, pp.457-485 (1995). 5)Kaneko, M., Kawahara, T., Matsunaga, S., Tsuji, T. and Tanaka, S.: Touching Stomach by Air, 2003 Proc. of IEEE Int. Conf. on Robotics and Automation, pp.644-669 (2003). 6)坂根,辻,田中,佐伯,河本 : プレチスモグラムを利用した血管状態 モニタリング,計測自動制御学会論文集 , Vol.40, No.12, pp.1236-1242 (2004). (平成 17 年 3 月 7 日受付). 動作能力を最大限に引き出すシステム制御技術につい て紹介する.具体的には,画像処理と制御理論が結合 した高速ビジュアルサーボ理論,打撃動作等の撃力マ ニピュレーションに対する最適制御理論などの紹介を 行う. ③ハイパーヒューマン応用 ア)社会基盤応用:人間には見えないさまざまな現象を 事前に察知可能とする知的社会基盤技術の確立手法に ついて紹介する.具体的には,高速視覚に基づく建築 物の能動的異常振動マイニングや行動ダイナミクスを 基にしたバイオメトリクス等の紹介を行う. イ)メディカル応用:医療・福祉支援システムについて 紹介する.具体的には,胃壁などの柔らかさを非接触 診断可能とするインテリジェント内視鏡システム,外 科医の器用な動作をチェック可能とする外科手術シ ミュレーション・支援システム等の紹介を行う. IPSJ Magazine Vol.46 No.5 May 2005. 533.
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