学位論文内容の要旨
本論文は、帯電液滴衝撃を用いる二次イオン質量分析法EDI/SIMS の特徴を明確にし、 新しい応用法も明らかにしている。 帯電液滴衝撃を用いる二次イオン質量分析法EDI/SIMS は、大気圧エレクトロスプレー で生成した帯電液滴、例えば[(H2O)90,000 + 100H]100+をクラスターイオンとして用いる新し いクラスターSIMS である。真空中で帯電液滴を加速して、試料を衝撃し脱離・イオン化 を行う。Mahoney の提案した、試料が混合した帯電液滴による衝撃イオン化(Massive Cluster Impact; MCI)と同様な基本概念であるが、MCI とは異なり帯電液滴として揮発性 液体を用いるため、装置内を汚染することがない。脱離・イオン化の基本的なメカニズム は帯電液滴による運動方向の揃ったコヒーレントな超音速衝突による急速励起によって引 き起こされる。さらに、超音速衝突によって引き起こされる衝撃波余剰エネルギーが帯電 液滴と基板に伝播することで高速散逸され、衝突界面に熱を生じさせにくい。このため、 電子励起主体のソフトなイオン化が可能である。これまで本学ではEDI/SIMS の応用研究 が行われていたが、本博士論文ではEDI の特異性が発現する基礎過程を詳細に調べている。第一章では、前出のMCI、ESI(Electro-Spray Ionization)、MALDI(Matrix Assisted
氏 名 高石 利央 博士の専攻分野の名称 博士(工学) 学 位 記 番 号 医工博甲第331号 学 位 授 与 年 月 日 平成27年3月18日 学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当 専 攻 名 機能材料システム工学専攻 学 位 論 文 題 目 帯電水滴衝撃/二次イオン質量分析法の基礎的研究 論 文 審 査 委 員 主査 教 授 内田 裕之 教 授 堀 裕 和 教 授 宮武 健治 教 授 犬飼 潤治 教 授 熊田 伸弘 教 授 黒 澤 尋
Laser Desorption / Ionization)、SIMS(Secondary Ion Mass Spectroscopy)など質量分 析に必要な様々なイオン化法が紹介され、本研究の背景が述べられている。従来の SIMS ではイオン生成効率が低く、試料分子イオンが分解されやすいという欠点を解決する新し いイオン化法の必要性を明確に示した。 第二章ではEDI/SIMS の原理と装置について述べられている。帯電液滴の衝突における エネルギー移動のメカニズムに関して、Massey の衝突パラメータに基づいて、超音速衝突 の重要性が指摘されている。EDI では、運動エネルギーが効率よく内部エネルギーに変換 される。また、巨大なサイズの水クラスターイオンが超音速で衝突する際に、表面損傷を 残さず効率のよいイオン化が期待されることが示されている。
第三章では、SiO2/Si への EDI/SIMS について述べている。水クラスターイオン照射によ
る Si の酸化はほとんど無視できるレベルであり、衝突界面において運動エネルギーが液滴 と基板に衝撃波として伝播することで効率的に散逸されると考察している。EDI では試料 に化学的ダメージを残さないエッチングが可能であるが、これも帯電液滴の衝突における 協同効果の一つである。原子・分子レベルのエッチングが起こるのも、超音速衝突におけ る協同効果(水素結合によるネットワーク構造体)に由来している。 第四章では正イオンモードC60/rhodamine B、負イオンモード C60/Aerosol OT を用いて
useful yields を見積っている。通常の SIMS、MALDI(10–4以下)と比較して10–1という
数桁高い値が得られている。これは、脱離・イオン化が表面数分子層に限られ、超音速衝 突によって衝突界面に存在する水分子群がイオン化し、H3O+やOH–イオンを高濃度で供給 するためと考察している。 第五章では、フッ化銀AgF の EDI/SIMS 測定での、F 成分の選択的脱離という特異な 現象について述べている。反応性の高いフッ素原子が衝突界面で水分子等と反応して HF となり、Ag 成分が表面濃縮されることを初めて見出している。この反応特異性を活かして、 フッ化物MF をマトリックスとして EDI 衝撃し、M+イオンを多量に界面に生成させる新た な反応性SIMS を提案している。 第六章では、帯電液滴の水/アルコールの混合比を変えて、衝突エネルギーの散逸機構 について考察している。アルコールの混合比を上げていくと、衝撃波伝播が起こりにくく なり、エネルギーの散逸効率が低下する。アルコールがさらに高濃度になると、新たなエ ネルギー散逸経路(アルコール分子のイオン化など)が発現してイオン化効率が向上する ことを見出した。また、エッチング速度に対するアルコール混合効果についても考察して いる。
これらEDI/SIMS の優れた特徴を明らかにし、無機・有機、生体試料等の表面解析、nm 以下の深さ方向分解能をもつ 3D イメージングなど、多岐にわたる分野への応用が期待で きることを述べている。 これらの成果は、EDI/SIMS による分析法の確立と今後の発展に必要な重要な知見で あるばかりでなく、分析化学、物理化学分野の発展におおいに貢献するものである。
論文審査結果の要旨
帯電液滴衝撃を用いる二次イオン質量分析法EDI/SIMS は、大気圧エレクトロスプレ ーで生成した帯電液滴、例えば [(H2O)90,000 + 100H]100+ をクラスターイオンとして用いる 新しいクラスターSIMS であり、真空中で帯電液滴を加速して、試料を衝撃し脱離・イオ ン化を行う。これまで本学ではEDI/SIMS の応用研究が行われていたが、本博士論文では EDI の特異性が発現する基礎過程を詳細に調べている。 第一章では質量分析に必要な様々なイオン化法が紹介され、本研究の背景が述べられて いる。従来の SIMS でのイオン生成効率が低く、試料分子イオンが分解されやすいという 欠点を解決する新しいイオン化法の必要性が明確に示されている。 第二章ではEDI/SIMS の原理と装置について述べられている。EDI では、運動エネルギー が効率よく内部エネルギーに変換される。また、巨大なサイズの水クラスターイオンが超 音速で衝突する際に、表面損傷を残さず効率のよいイオン化が期待されることが示されて いる。第三章では、SiO2/Si への EDI/SIMS について述べている。水クラスターイオン照射によ
る Si の酸化はほとんど無視できるレベルであり、衝突界面において運動エネルギーが液滴 と基板に衝撃波として伝播することで効率的に散逸されると考察している。
第四章では正イオンモード C60/rhodamine B、負イオンモード C60/Aerosol OT を用いて
useful yields を見積っている。通常の SIMS、MALDI(10–4以下)と比較して10–1という
数桁高い値が得られている。これは、脱離・イオン化が表面数分子層に限られ、超音速衝 突によって衝突界面に存在する水分子群がイオン化し、H3O+やOH–イオンを高濃度で供給 するためと考察している。 第五章では、フッ化銀AgF の EDI/SIMS 測定での、F 成分の選択的脱離という特異な現 象について述べている。反応性の高いフッ素原子が衝突界面で水分子等と反応して HF と なり、Ag 成分が表面濃縮されることを初めて見出している。この反応特異性を活かして、 フッ化物MF をマトリックスとして EDI 衝撃し、M+イオンを多量に界面に生成させる新た
な反応性SIMS を提案している。 第六章では、帯電液滴の水/アルコールの混合比を変えて、衝突エネルギーの散逸機構 について考察している。アルコールの混合比を上げていくと、衝撃波伝播が起こりにくく なり、エネルギーの散逸効率が低下する。アルコールがさらに高濃度になると、新たなエ ネルギー散逸経路(アルコール分子のイオン化など)が発現してイオン化効率が向上する ことを見出した。また、エッチング速度に対するアルコール混合効果についても考察して いる。 これらEDI/SIMS の優れた特徴を明らかにし、無機・有機、生体試料等の表面解析、nm 以下の深さ方向分解能をもつ 3D イメージングなど、多岐にわたる分野への応用が期待で きることを述べている。 これらの成果は、EDI/SIMS による分析法の確立と今後の発展に必要な重要な知見であ るばかりでなく、分析化学、物理化学分野の発展におおいに貢献するものである。以上に より、博士論文審査に合格と判定した。