上代文学の光彩感と色彩感
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(2) . 第3巻 第1. 号. ・. 聾. 学. への関心であるというのはハイデッガーの人間解釈のモ )が、 全体的生は自己がそれによって目巳 チーフである6 たりう ,るものとしての贋理に関心的であることを本質と する。 それは端的所輿の中に嫌うものとしての自然生の 関心ではなく、 自然的 生を否定的に興趣の実現に包み入. れんとする全体綿 生の関心であるd い に思惟が本質的 には実践的たるべき理由があり、 実践が思慮的たるべき 理由がある。 斯様に じて全的生の立場を究極的とみることが出来る とするならば、 この立場からする実践的思惟の究極性の 主張の必然なることが認められるのであろう。 常に自己 の良く生きることへの関心を説いたソクラテ スの実践的 思惟の意義も自ら明かである。 然し乍ら、 斯くの如き全体的生よりして如何に して員 理の把握が保証されうるであろうか。 そのことに関して は極めて多くの問題を残 していることは否定出来ない。 カントの実践理性・ の優位の思想は勿論充分な解決ではな い。 思惟は普遍的知識を指向する限り意識一般の立場に 立つことを必須としないか。 少くとも全的生の立場にた. 第一部. 昭 和26年 9 月. っ限りそご に生れる所謂哲学が絶対的のものではなく 、 歴史的相対的のものである事は認めなければならない で あろう。 然し全体的生の歴史性の承認も終局の解決では ないであろう。 そこには全体的生の、 立場と しての可能 . 性の問題が鋭く浮び上って来る。 然 し今はその論究を今 後に残 して一先ず論を終りたい。 話 1 . Phaedo 99e 2 i l: Bx ] i l spe s s t s en osopby l938 鈴 木 s ) ・ . Ja l , Kar. 三郎訳、 実存哲学 理 ‐葱 紙 16‐26頁. ‐c X 7 8 (1177 78 3 l ・ . Bt . Ni , , , , a一 a)観 照的 な ビロ ソ. 巾的に して自足的な最高の生活であると述べ , ビアが示 られ てい る。 叉 1 141 a(恥 7) 4 トラレス」(服部英次郎訳) 剣 「 バーネット アリ ス . 元就、 大思想家 1942 参 照。 バ ー ネ ッ 1 ・は ア リ ス ト テ レスの観照主義を彼がイオ ニア人であったことに 聯関づけている。 特に 32一42頁 5 l l 1: Hi t s e n( r を L t s t . Rus cr l ・ Phi , Ber .or 、 es , . ・ p .847-856 に よ る。 6 [ i degger e s . 日 . o be ,a .S ,a .4Z‐一43. 高坂正顕、 カ ント、 弘丈堂 61頁、 カ ントの理性が 関心を有する理性であ, ることが指摘されている。. 上代文 学の光 彩感 と 色 彩 感 ,. 土. 田. ,知. 雄. .. 北海道学整大学旭川分校国文学研究室 . . . i f Br l l Chikm TSUcmDA: Thc Estl i iancy a・ lours et c Sense o I 1d Co. in Ancient Japanese Literature.. わが上代の文学精辞が 「清明」 であることは、 すでに )が指摘 して 居られる が、 今その形成の過 久松潜一博士1 程を、 光彩感と色彩感の側面から考察してみよう。 上代 人の光彩感と色彩感とは、 常に審美的であったとは云い )は上代人の・ 難い。 森本治吉氏2 自然感情を段階的に見て 居られるが、 本論においても、 上代の光彩感、 ならびに 色彩感の展開を、 四段階と見たいと思う。 先ず第一段階として、 それらは畏怖や崇敬の儒に基く 呪的宗教的な性質を帯びていた時期と云 え よ う。 雄 略 )に、 [膜、 三諸の岳の 縛の形を見まく欲りず」 と云 犯3 われた天皇が、 少子部運蝶嵐の持ち来った 「大きなる 随」 を見て、 「畏みて目を蔽ひて見給はず、 膿の中に卸. り入り給ひ、 岳に放た しめ給ひき。 偽 りて名を賜ひて雷 ひかりひろめ と鴬しき」 ・ とあるのは、 まったく 「共の雷 嵐 他 き、. まなこ かがや. 日特赫赫な」 るによるのである。 古代信仰にお・いて、 叙、 雷、 蛇が循環して・ その対象となっていること は ・ )がすでに説いて居られるが それらが辞 折口信夫博士4 、. 税的 勢能を認められたのは、 主としてその光輝能力によ ’低級な文化階層にある民族 ることは明かである。 叉、5 が、 他の蔵会集圏の成員の 「郡覗」 を恐怖するのは 実 、 に甚大である。 岬代紐において、 葦原の中っ図に 「多に 蜜火の光く譜」 があるというのは、 日向種 族の出雲種族 に対する恐怖の表現とみることができよう。 元来、 心意 の)断種な人ほ ど、 きらきら光る現象に対して、 抵抗する ことができない張烈な刺戟を受けるものである。 それゆ え、 光輝 (G1 he i anの や鱗欄 (Bun t t ) に 対しては、 原.
(3) . 始的段階にあって は、 恐怖や畏敬を感 じていrた の で あ る。・. 1951 Se世embe r ,. GAKUGEI S ION A . E 泥 ( GT. Vo l ‘l .3 , No. ・. .. 光輝や燦欄の奥える刺戟とぼ ゞ同等の効果をもたらす ものは、 赫然たろ赤色で ある 。 そ して、 呪的宗教的な性 , 質を有して、 やはり恐怖や畏敬の対象であっ た の で あ G ) 」の る, , 例えば、 山城園風 土記逸女 にある 「丹 塗の矢・ / 赤色は生命活力の標徴として 大きなる呪力を認め られて いたのである。 土偶、 土版、 人骨等に染られた赤色も、 同様の性質を帯びいることは、 すでに民俗学の教えると ころである。 この段階では、 光輝、 燦掴、 及び赤色は、 その刺戟の強さ、 その効果においてほ ゞ等しく、 著しい 力を有していたと云える。 l i. Q )の周囲に その印象を 十分に表現 し得ないので、 実生活I ある物によって、 素朴な象徴をして暗示する に 過 ぎ な い も ちろん、 高度の情趣的情緒的象徴ではなく、 感覚 的象徴であるから、 単純、 強烈な、 現実的な性質を帯び このような段階では、 やはり光輝、 燦 会 欄・ 及び赤色が、 この要求に適合して、 に圧倒 的であ . る。 殊に、 「照り坐し」 や 「二丘二谷に映きき」 に見 ら れる光彩の協調によって映発する赤色の美が認められて . ・ いるのは注目すべきである。 古語の 「あか し」 は、 「明 し」 をも 「赤 し」 をも意味. ているのである. したのであるか ら、 光輝と赤色とはきわめて密接 な親近 関係にあることは多言を要 しない。 この両者 が前段階に おいて、 もっとも刺戟的であったこ とはすでに速べた。 そ して、 この両者の結び付きによる協調、 .映発の美こそ 型式と云 る美感の根本 は、 上代におけ る光彩色彩に対す えよう。 すなわち 「赤い色が光り輝く」 現象は、 光彩 美と色彩美の源泉であって、 「光り輝く赤い色」 の展開. 第二の段階は、 恐怖畏敬の情が減退 して、 周囲の美に 心が動かされる時期である。 譜代紀日斜出現の隣に、「こ の子、 光華明彩に して、 六合の内に照り徹 れり」 とある のは、 その光彩に対する畏敬の念に発することは、 諾再 二噂の言として、 「吾が息多けれ どもいま だかく霊異な. の中に、 それらの感覚の発達、 同時にその表現の発展を も見られると云つても過言ではない。 先ず、 蔵詞の 「豊. る児は有 らず」 云々と あるによっても察せられるが、 や はり光彩に対する美感の萌芽を認めるこ とができる。 こ. 明 に明りまさむ」 「赤玉のみあからま し」 「朝日の豊栄 登りi r赤丹の鴎」「朝日の日向ふ処」 や、 古事記の 「朝. のような辞話的表現に相醸する原始歌謡では、 次のよう な素朴な表現を してい る。 譜代組に、 「光儀華艶しく、. 日の直刺す園 夕日の日照る園」 等のほめ詞の中に、 光彩 と赤色との親近関係は容易に首肯できよう。 さらに、 便. 二丘二谷の間に 映 」 いた味類高彦根の辞の美 しさ を歌. 宜上こ ▲で枕詞 「あかねさす」 について 考察するに、 そ の語源は諸 説あって 必ずしも明確ではないが、 アカネは. てりかおや. v l )て、. .. 天なるや・ 弟織女の 頭懸せる 玉の御統の あ 謡高彦根 (紐 2)7) な玉はや み谷 二疲らす 味ヨ とあって、 玉節の美 しさによりて讃歎的にその麗 容を表 浄敬の念が基調 中に対する崇 している。 この歌では、 この市 が を認 そこ に紳の鹿容 となっていることは認められる 、 めていることも指摘できる。 しかし、 玉の輝きによって .余りに幼稚であり ・素 しさを表現したと云うには、 稗の美. 岬の美さとも 玉の輝 は 「み谷二彼らす る 」 朴であ っ 、 、 ’が 「原始的象 きとも阪れて明かでない。 岡崎義悪氏8 )が 「比輪の象徴的性 質」 ・和辻哲郎博士9 徴」 と云われ、 , として挙げられているものであろう。 仁徳記に皇后が天皇を讃えた場合も、 ほ ゞ同様で、 …… ,薬贋 斎つ虞橡 其 が 花の 照り坐し 其 (記58) が葉の 駈り坐すは 大君ろかも 株の花のように照り輝き、 椿の葉のように鹿がり栄える 大君と讃えたものであろうと思うが、 実際は比除の部分 と していて、 いまだ分化 して と比1検される部分とが混然’ いない。 すなわち、 畏怖の ヴェrルが破れて、 その聞か ・ら現れた美さを 見て、 驚嘆の声を発したのである。 その 驚嘆の対象は、 外面的な、 物質的な美である。 しかし、. く 赤色、 サスは光線 が照り光る意で・ 赤色の光が照り輝・ 意とするのが穏当であろう。 それが日、 髭、 照るにかふ るのは当然である が、 紫にか り、 君にかふる過程に、. 光彩感並 ご色彩感の展開の姿を見ることができる。 「茜 1 1 )(3857) は、 雅燈翁 君が情し 忘れかねっも」 へ の説のように 「に猿 る顔を美め」 たので、 美しい君の. さす. -も同 意にかけたことは明かである。 叉、 「あからひく」 99) とか ったものと考えられ 様に 〔朱らひく膚」 (23 .. ●. ’. る。 「さにづらふ 、」 も、 これらと同じ心理であろう。 こ 「 のように、 赤き輝き」 を中心に底く深く展開 して行っ ・ i a こ ね たのである。 さらに、 縛代記には、 「郡き心」 に対 して 「満明き心」 とあるのは、 「あかし」 は清明ででもあっ たことを示 し、 やがて 「あかL」 が清明に達するゆえん ・ でもある。 かくて、 この期において、 光彩も・色彩も明朗 にして陰影なきものが喜 ばれた理由がある。 デリ」 次に前代組自縛出現の鱗に、 「その光彩日に亜← る美感の発生 青白き微光に対す と記 している。 これは、 と見ることができよう。 白玉の美さは、 この展開であ る。 他の民族では、 古語に青や線を表す言葉がないと云 われるが、 こ れはこれらの色彩に美を認めなかったによ.
(4) . 第3 巻 第ヱ 号・. 馨. 学. 、. るものであろう。 わが図では両語の区別は必ずしも明瞭 でないが、 早くからこれらを認めていた。 前掲の仁徳記. 第,一 部. 昭和26年9月. 「其が薬の麿り坐す」 とあるのは、 織の 微光、 ない しは贋紅の花に対する対照の美を歌うたもの. 叉、.赤と青 との対照の美にも、 目を開いている。 雄略 2 1 )に、 天皇が葛城山に登られた時 百官こと ごとく 言巳 、 、 「紅紐著ける奇摺の衣」 を賜ったとあり、 仁徳記に口子 臣が、 「紅紐著けたろ着摺の衣を服たりければ、 水源紅. であるが、 青や織はこういう場合に主として美が認め ら れたようである。 しかし、 この段階では微力であるd. 紐にふれて、 青皆紅になりぬ」 とあり、 前掲の仁徳帝の , 皇后の歌 (記58) 、 雄略帝の皇后の歌 (記102) における. の皇后の歌に. 樵の花の贋紅に対する慶葉の織にも、 それが う か が え. ー=. る。 .. 第三段階では、 対象の美を認めて、 これを修飾として 用いている。 いまだ文学の主流にはならないが、 副次的 に、 多く比輪や序詞、 叉は枕詞として用いている。 吉野. の園主等が仁徳天皇の風刀を詠んだ歌では、 品陀の 本創. 日の御子 大雀. 末振ゆ. 大雀 風かせる大刀. 雪のす 枯らが下樹の. が、 対象の美的認識は相 当進み、 青白き光の冴えわたる 1 さやけさを、 ある程度表現し得ている。 叉、 八千矛の示 せ の歌で、 黒い衣や青い衣に比較して、. 化修飾の用に供せられ、 原始的象徴の城から脱 して、 比 輪的性質 が濃厚となった。 従って、 現実的な感覚的なも のが歓迎され、 依然として、 赤色が首位を占め、 ,青色こ. る。 微光の擾頭は、 「清明」 の形成への曙光と云える。 塞想的情趣的な美が求められる時には、 色彩は間色や 淡 色が優勢となり、 陰影の美などが喜ばれるが、 この段階, はまだそこまで行つて いない。 lv・. 第四の段階は、 光彩色彩の美的表現が作品の中心主流 となって来る時期である。 すなわち、 光彩色彩に対する 比輪的表現であっても、 それは素朴な段階を脱 し、 気分 や情趣の象徴に進んでいる。. …… 山瓢に蒔きし 茜春き 染木が汁に 染衣 ・を まつぶさに 取り装ひ 奥つ 鳥 胸見る時は (記 5). と、 茜の染汁で染めた赤色の衣が{ もっとも美しいとし ている。 この歌謡の中心とはなってい ないが、 色彩の比 較まで試みているのは、 非常な進歩である。 允恭紀に、 「容姿縄妙れて比ぶもの無 し。 其の艶へる色は衣を徹り て晃れり。 是の以に時の人衣通の日B姫と号け」 た弟姫を 天皇が散りて、 花細 し 概の愛 如此愛では. .. れにつぎ、 光彩の添加によって、 美 が娠調されている。. と、 素朴ながら、 冴え渡り光り輝く太刀の美さを、 落葉 した後の幹が霜に冴えて、 きらきらすることによって比 ー稔的に表現し・ 〔いる。 光彩そのものの美的表現ではない. 鋼た}ぎも こしよろL ……. ,. この段階は、 主客の分化に伴ない自然が人 間生活の美. 光彩も光輝が優勢で、 微光がだんだん有力にな つて い. さやさ (記48). や. ●. ▲ わたつみの豊旗雲に入日さし今夜の月 夜清く明 りこそ. いる。 いま だ定訓を得ないが、 第五句の「清明己曾」は、 すでに作者の清明への志向を示すものではなかろぅかd 朝日影にほへる山に照る月 の厭かざる君を山越 に置きて. 早くは愛でず. 中大兄の皇子 (15). 大洋にたなびく豊旗雲にさす夕陽の壮大な美を捉 えて. 舎人吉年 (495). 我が愛づる子等 (紀67) - と、 これは明かに概花の美によって、 弟姫の美貌を比除 的に表 している。 こ・も映発する擾 色の美であって、 単 なる撰色で ないことは、 注意すべきである。 叉、 赤色に. 命である。 この歌では、 光彩は単なる比除ではなく、 実 ‘”こおいて に美意識の中心である。 光り輝く赤色が、 こ ・. 淡が加味された桜色の出現は、 これまたーっの展開とみ. 立振に文学的表現 に達して、 清明を発揮 している。. るべきであろう。 次いで青色も、 この段階になると有力になり、 撤廃の. ますらをの弓末振り起し借高の野辺さへ清く照. 美が認められている。 倭建の命の歌 倭は 園のまo ぼろば たムなづく. 水底の玉さへ湾に見つべくも照る月夜かも夜の. れる. 青垣. 倭Lうるはし. 命の. 全けむ人は 鰹薦 平群の山の. 葉を. 讐華に挿せ その子. 新鮮な朝日の光に、 残月の淡い光を配 した美的表象 に 恋人・ を慕う純情を結んで表現したところ が、 こ ,の歌の生. る 月 夜 かも. 山ごも. 深けゆけ ば. (記31). (1070). (1082). これらも、 さやかな月光を対象にした美的表象であゥ て、 しかも清明 に達している, 元来、 蒲明に親縁ある 「さやか」 は、 虞明であ り、 分明であって、. 明朗、 明 . 亮、 鮮明の義であるから、 その著しい点 において、 始め は太陽の光線にそれを見出したことであろう。 そ こ に. 能白樽が (記32). 四周青葉で蔽れた大和図原の美を讃えていて、 印象的で ある。 13.
(5) . GAKUG鯵1 sEUT ION A. l Vo .3 .I , No. は、 光輝、 燦園あり、 赤色がある。 しか し、 だんだん光 彩色彩美の拡充が行われる。 例えば、 「あか ねさ し照れ 353) に対して、 万葉集大辞典・ 3 る月夜」 (565)、 (2 )は 「月光に赤色といふのはをかしい」 といつている が、 実 の典型の赤色の輝きが、 次第に青白い月光に ま で 及 ん で、 その内容を充実 したとみるべきであろう。 そして、 「さやか」 が、 光の冴えわるという意が強調され、 清明. 梅花を詠んだ歌がもっとも多い が、 これはその清楚な 美 さを愛 したことは疑ない。 春過ぎて 夏来るらし白拷の衣ほ したり天の香具 ・ 8) 持統 天皇 (2 山 この歌では、 青山を背景として、 初夏の日に輝く白布 の美さが中心である, 白拷の衣も、 万葉人の愛したもの の一つである。 鳴呼見の浦に淵素す らむをとめらが珠裳の鋸に 柿本人麻呂 (40 ) 潮踊っらむか. に密接な関係ある 「さやか} 「浴 し」 を月光がた▲えて いると感ぜられるようになった結果、 月光の表現を中心 と した作品に、 清明に達 した多く .の作品を見出すことが できるのである。 月光は青白き微光である。 塞の青さに 比較すれば、 それに晴と淡とを加えたものと云える, 光 彩において微光が有力になり、 色彩において晴と淡との 参加は、 大なる展開である。 ここに、 記紐歌謡において は見られない清明の発揮を見る。 色彩について も、 先ず額田の王が春秋の優劣を判定し た歌 (16) におい て、 その美意識が看取せられ、 春山よ りも黄 葉の秋山を優れてい るとLたのは 興趣が深い。 秋 の紅葉は、 赤い風景のす ぐれたものである。 秋山の紅葉 あり、 殊 は、 赤、 鎧、 黄等によって織りなす擬欄の美で・ 添えれば 、太 に黄燈色は光彩の連想を伴う。 これに光を. Sep t ember ・ ,1951. をとめらの白き裳裾にさ し来る海潮の白い波頭を配 し たところに、 この歌の生 命がある ,このように、 彼等は 確に淡泊 な色を愛している。 この問題の考察に先立って 次田潤氏の論文を引用しよう。 氏は万葉人の色彩感にふ れて、 「色彩の美しい春の花よりも、 寧ろ淡泊浦酒 な秋 草を好み・ 殊に露を宿す萩、 風にな びく尾花、 雨に伏す 女郎花の如く、 風情を伴なふものを愛 したのは、 畢党、 彼等が静的な色彩美よりも、 更に動的な姿体美に心を引 ・かれたことを語るのである。 美人を花に讐へた例は万葉 集にも見出されるが} 、それよりも寧ろ女の姿を、 波のま にまに揺れ動く玉藻に讐へ た場 合が多いのも、 動的な美 趣に心をひかれる傾向があったことを示すも の で あ ろ1. 陽の光である。 こふに、 万葉人が黄葉を熱愛した理由が 1の紅葉は燃えるような色 彩 で は な ある, た ゞし、 大縞. う。」 と説かれている。 氏の説のように、 彼等は確に淡 泊な色を愛すると共に、.動的な姿を愛 している。 しかし. .く 「黄葉」 と当.てて いるように、 黄味 く、 万葉集でも多 を加えた赤色、 黄鐙色であったろう。 こ ふにも、 次第に 深紅に間色や 淡色が入って来るのが認め ら れ る。 し か. あったろうか。. ・ている し、 赤色はやはり王座を占めて、 同系の色を従え のは動かせない。 ・ V. 万葉人は上述のように刺戟の強い原色を愛している一 方において、 清楚淡泊な色彩をも愛 している。 殊に久松 1 ′ )が指摘 して居られるように白 色を好んでいる。 こ 博士1 れは、 いかなる理由であろう。 この問題は、 重要なこと で、 本論の中心ででもある。 例えば、 同一作品において 三諸は 末辺は 山. 人の守る山 木辺は 馬酔木花開き 総花開く う ら麗し山 ぞ 泣 く児守る (3222). 若き女性の美さを、 花をもって表しているが、 作者は 贋紅の嫌の花を美 しいと認めるとともに、 馬酔木の帯黄 の白い花の美をも認めている。 集中、 この花を詠んだ歌 は実に多く、 いかにこれを愛好 したかがうかがわれる。 わが苑に梅の花散るひさかたの天より雪の流仇 ● ) 大伴旅 人 (822 来るかも ・ 雪にもま がう白梅の美さを捉えている。 集中植物では. 彼等の美意識のよって来る所は、 それらの動く姿のみで 5 )によって、 明暗の対比と色彩の 先ず、 それらの運動1 濃淡が生じ、 このように して 二種以上の色彩が現れて、 それらが共同に作用すると、 こ ”こ燦欄の印 象 を 輿 え る。 これが急激な起伏運動になると、 明暗の対比は光輝 に達する。 さらに、 それらの物に伴なう水滴は、 その水 面の光輝能力によって、 之を見る人に力強く呼 びかける ものである。 それゆえ、 植物の動くことそれ自体が、 彼 ● 等の美意識を起す直接の原因ではなく、 その運動によっ て 生じた光現象の故に、 彼等は強く刺戟されたと見るべ きではなかろうか。 一見無味乾燥な波にゆれる海藻の姿 . が、 美 へに警えられる理由もこふ にあるム そこには、 す がある。 風に歴く尾 ,り、 でに明暗の対比があ .水面の光輝 も、 同様のこと の場合 雨に伏す女郎花 萩 花、 露を宿す 、 きうるもの まさって輝 が云えよう。 実に水は一切の物に 重 である。 かくて、 水が風景を構成する 要な要素である 、 ことがわかる。 上代の叙景文学中、 もっとも彼等の美恵 識を感 じられるのは、 水辺の風光の描写で ある。 播磨、 常陸圏風土記を見れば、 いかに井泉、水流の記事 が多く・ それ らに美的雰囲気を感ずるのも、 このためである。 叉、 先に挙 げた歌でも、 馬酔木の白い花が、 梅の目さ 14.
(6) . 第3 巻 第1号 .. , 学. 馨. が、 乾さ れた白布が、 新潮の白い波の秀が、 単に白 い色 としてのみ、 彼等の美感に訴えたのではない。 白色には 光を強める効果が特別に作用するのである。 すなわち、 光線を反射する作用の中に、 一種のまばゆい光を帯びさ せるのである。 この光彩の添加によって、 一見清楚淡泊 に見える白色、 叉はこれに近い色が、 美意識を誘発する 要因たり得るのである。 このように光輝、 擬 欄 の 現 象 は、 強烈な力によって、 淡泊膚楚な色彩を美化し、 強化 する理由を発見する。 そ して、 澄み切った光の美、 冴え わたるさやけさを求めて、 清明の城に達 している。 例え ば、. 住吉の沖っ白浪風吹けば来寄する浜を見れば暫 ・. しも. (1158). ・. 昭和26年9月. ている。 すなわち、 白の微光である。 「くるかみ」 は、 , 票の微光で あって、 決して暗黒ではないJ. 万葉集全期を通じて、 赤色、 及びこれと同系の色が優 勢であつたことは、 「くれなゐの八塩の衣」(2623)「く 2624・2828) の例や、 摺衣の料に れなゐの濃染の衣」 ( 紫草、 萩、 韓藍、 月草等が多く用いられていることから も推察できる, しかし、 赤色以外の原色や、 間色や淡色 にも美を認めるようを こなっている。 たゞ、 明度はやはり . 強いものを喜んでいる。 黄色の場合も、 清らかな水辺を 背景と して、 光彩の添加をねらったものとして、 次のよ うなものがある。 蝦鳴く甘 南備河にかげ見えて今か咲くらむ山振. 重折の上に乱れ , 今日もかも沖っ玉鏡は白浪の八 . て あ らむ. 第 一 部. (1168). 厚 見 の 王 (1435). の花. 等はその好例である。 叉、 清明に縁遠い原色系統も、 光. 馬並めて今日吾が見っる住吉の岸のはにふをよ. 彩の協力によって、 美を鞘化して清明に至っている。 あしひきの山の黄葉こよひもか浮びいぬらむ山 川の瀬に ・ 大伴家持 (1587). ろ づ よ に見 む. ,. (1148). ▼. 叉、 黄橿色と して は、 橋の実を挙げよう。 橘は古くか ら愛せられたが、 それは総葉の間に照り輝く黄金色の実 の美さであろう。 さ らに、 常織の薬間に嘆き出でる純白. 能登河の水底さへに光るまでに三笠の山は咲き ・ にけ る か も. ,. (1861). の花の清新さをも愛したであろうと考えられる。. 次に光彩のもっとも穏和な性質を有するのが微光であ る。 本来の光輝では、 光る部分は明暗の発現として、 他 の部分から分離するが、 微光では色彩が主となり、 光彩 はこれに加味される。・すなわち、 微光はみずから現れな いで、 その部分の色彩にある特殊の美を添加させる。 万 葉集には、 実はこの赤の微光、 青の微光、 黄の‘誹光、 白 の微光が多いのである。 そ して、 どの微光も、 愉快な感 4) 情を誘起し、 その美感は永続する。 「赤ら嬢子」(記4 ー087)「っふぢ花にほひをとめ」 「望月の光れる面わ」( 5)「桃の花くれなゐ色ににほひたる面輪」(4192 (330 ) ′ 「沫雪の賜る胸」, 等は赤の微光、「拷綱の白きたゞむき」 「贋玉手」 (記6) は、 白い微光の美である。 亘勢山のつらつら樵つらつらに見つ 1恩ふな亘 ・ 坂門人足 (54 勢の春野を . ). . 月待ちて家には行かむ我が挿せる明ら橘影に見 . 高田の女 王 (4060). えつつ. 清かな黄鰹色を描いて、 印象鮮明である 「橘の下照 063) 「殿のたち る庭」 (4059) 「橘のいや照りに」 (4 661 0 6 4 「 4 島山に熟る橘」 (42 ばな常照りに して」 ( ) 4 6 2 7 「島山に照れる橘」 ( ) 等によって、 技 もたわ な る時じくの香の木の実の輝 しいばかりの美さが描かれこ 果 いる。 ,次の歌も、 黄鐙色に淡紅を配 して相当効 を挙げ てし・るd. 山吹のにほへる妹 が唐様花色の赤裳のす がた夢 (2786). に見 え っ ▲. 次は黄と紫の対照の美をねらっている。 女郎花秋萩まじる港城の野今日をは じめて万代 に見 む. ・. ●. (1530). 6 )が説いて居 この 「つらつら稼」 の語には、 武田博士1. 当時紫色 が愛好されたことは、,額田の王の 「あかねさ. られるよう こ輝く椿の葉の微光が感ぜ ,に、 明かに秋の 鞭. 「 「 られる。 前掲の 青垣山」 熊白梅が葉」、 藤原宮の御井 の歌 (52 ) の 「端山・青香具山・青菅山」 等も織の微光. す紫野行……」(20)、 これに答えた大海人の皇子の 「紫 草のにほへる妹……」 (21) 等によってもうか がえる。 この頃の紫は相 当赤味のかつた紫で、 、高雅な風趣を具え 、 ていたから、 愛せられたものと思う。 集中秋草の中で、. の美が感ぜられる。 帯の微光は、 月光がもっとも代表 的 であることは前述の通りである。 7 )は、 万葉集の色彩感の代表として、 「く 岡崎義恵氏1. もっとも多く詠まれている萩は、 この色の代表といえよ う。. れなゐ」「しろたへ」 「くるかみ」 を挙げて 居られるが、. 草枕族行く人も行き触らぼにほひぬべくも嘆け. 「くれなゐ」 は実に張力であることは多言を要しない。. る萩かも. 「しろたべ」 も前選の如く光彩の添加によって美化され. 32) 笠 金村 (15. これも鮮明に秋萩の美さを描いている。 この秋萩に白 15.
(7) . .Sep t ember ,1951. GAKUGEI s 1cTION A ,. Vol .I .3 , No. 霧を配して、 それに光輝を添えると、 実に効果絶大であ. の清澄柔温の相を獅覗した彼は、 光彩色彩の表現にも特. る。. 色がある。 優れた叙事詩の 多くは・ その美感の中に心ゆ くま で浸り、 その世界に放浪Lて、 その美的表象を昇華. 玉に貫き梢 たず賜らむ秋芽子の末わ▲ら葉にお 湯原の王 (1618) ける白露, これらになると、 清明に達して、 優美をも多少加味 し. して い る。. たと云えよう。 以上のように、 間色や淡色の 美を認める. 田児の浦ゆうち出でて見れば贋白に ぞ不書の高 8) 1 (3 嶺に雪は零りける. ようになって も、 白露や時雨や白浪などの水滴を添え、 その水面の光輝能 力による美化、 強化によって美的表現. ぬば玉の夜の深けゆけば久木生ふる着き河原に 925) ( ,千鳥数鳴く. を試みるものは相 当に多く、 光彩の効果はやはり大であ ると云えよう。. 自然の内面にまで味到して、 或は崇高、 或は蒲燈の美 を描破 している。 もはや光彩や色彩をはるかに超越 した 清明の境地である。 春の野に童深みにと来 し吾ぞ野を なつかしみ-. 1 V1. 万葉も中期以後になると、 作者の個性の分 化 に 伴 な. (1424). 夜 宿 にけ る. い光彩色彩に対する表現も、 それぞれ特色ある展開を示. あしひきの山棚花日並べて 斯く咲きたらぽいと. している。 先ず、 物語や簿説を好ん だ高橋虫廓呂は、 人 物の描写に色彩の対照による美を現わそうと している。. 恋ひめやも. (1425). 赤人特有の世界を打ち立てている, この程 度になると. 彼は叙事的作品が多いので、 人物を描く場合にも、 外面 的な服装や身体の特徴を克明に描こうとするので ある。. れていると云ってよい。 優美 が相当含ま . ′光 彩色彩の美的雰囲気の配 万葉の最後を飾る家持は、. 上総の珠名娘子を詠んでは、. 合対照により、 比壕象徴の使用により独自の唯美的境地 を開いている。 春の苑くれなゐにほふ桃の花 した照る道に出で. ……. あづさ弓 周椎の珠名は 胸別の. 吾妹. 腰細の. 蝉嵐娘子の. きに. 花の如. 喫みて立てれば. その姿の. 磨き 端正し. “. ・(1738) …・. (4139」. 立つ をとめ. と、 映発する赤や白の微光を描き、 河内の橋を独り行く. もののふの八十をとめらが拒み乱ふ寺井の上の. 娘子を捉えて、 …… 片足鋼河の さ丹塗の 大橋の土ゆ. 堅香 子の花. れなゐの て. 赤裳裾引き. く. 山藍用ち 摺れる衣着 ・ (1742). ・ …・ ふ. 美しい が、 全体から見ればそれらを駆使できずに、 却っ て冗長に流れたり、 甲板に陥ったりしている場合が往々 あり、 ことに長歌において、 この傾向が見られる。 例え ば、 「桃の花 くれなゐ色に にほひたる 面輪のうち 先人がしばしば用い に 青柳の 細き眉根を… ,…」 は、 て 居り、 あまり平凡である。 終りの 「藤浪の 花な. . と、 赤と青との対照の美をねらい、 贋間の手児奈を 」… 肺衣に 青衿着け 直さ廓を 袋には織 り着・ ( …… 喫みて立てれば. 望月の. 満てる面わに 花の如 (1807). と詠み、 こ でも、 色彩光彩を有効に用いて いる。 実に 絢欄にして豊麗な詞章によって、 絵画的な世界を展開 さ 8 )が、 彼を旗の詩人であると し、 せている。 森本治吉氏ー 「旗の自然よりも旗地で ぶっつかった人事の奇異なるも. (4143). 実に艶鹿 な描写である。 彼ほかなり意識的に色彩によ って美を表 現 しようと している。 そのため、 部分的には. り かしみ. 引きよぢて. 袖に扱入っ 染ま ば染むとも」. (4192) も先人の模倣である。 却って、 その反歌である。 ほととぎす鳴く郷 触にも散りにけり盛過ぐら し. のを歌ひ上げる事に、 満腹の喜を感じた。」 と説かれた のは、 興味ある見解である。 そのいわゆる r旗の歌」 ら. 藤 浪の花. ‘. (4193). の方 が数段優れている。 次の歌になると、 彼独自の世界 で、 さすがに多年練磨の賜で ある。. しくない旗の歌を、 生彩あらしめるものは、 矢張り光 彩、 ならびに色彩表現であるということ ができる。 そ し. 藤浪の形なす海の底清み沈著く石をも珠とぞ害. て、 それらの表現の中心と して、 節説を生気に満 ちた現 実化をすることに成功 しているのである 次 に赤人の作には、 「丈夫はみ ,か 捌こ立た し未通女等 !001)のように、 人麻呂の「嶋 ( は赤裳据引く清き浜辺をi. が見 る. (4199). 湛撲をさ して善が行くこの浜に月夜飽きてむ馬 暫 し停 め. , (4206). 清明にして 艶麗の境に達していると云ってよかろう。 しかし、 彼の傑作の-なる 「春の野に霞たなびきうらが 4290 ) などになると、 そ なしこの夕かげに鴬鳴くも」 (. ) の歌とあまり差のない表現を し 呼見の浦に……」 (40 1 9 ) 自然 ているものもある が、 自然愛好の念に根 ざして、 ヱ6.
(8) . 第3巻 第1号. 学. 馨. の叔母坂上郎女の作 「ぬば玉の夜霧の立ちておほほ しく 82) とともに、 鋭敏な感 照れる月夜の見れば悲しさ」(9 覚で幽腕の情細1を形成して、 優美の世界にも達するとも 云える。 郎女の女 なる田村大鱗の作、 「吾が屋戸の秋の 萩嘆く夕影に今も見て しか妹が光儀を」 (1 622) に比較 するならば、 いかに大いなる隔 りがあるかに驚くであろ う。. 第 一 部. 昭和26年9月. i . 久松群ー著 2 . 森本治吉若 3 . 武田諸吉編 4 . 折口信夫著 5 . 松村武雄著 6 , 武田筋吉編 7 . 武田筋吉編 8 . 岡崎義恵著. 和歌史総論古代筒 260一265 万葉美の展開 4-5’ 園女六図史日本書紀・ (以下同じ) 日本文学啓蒙 521一522 ‘話学論考 荊 岩波文庫 風土記 267 岩波文庫記紀歌論集 (以下同じ) 1古代窟 日本詩歌の象徴緒ホ - 1. 87 130. I I I V. 以上きわめて簡単である が、 主として詑組歌謡から万 葉までの作品を概観して、 光彩感と色彩感の展開を考察 した。 先ず、 色彩、 光彩に対する美感は、 光り輝く 赤色 を根本型式として発生し、 これを中心として展開 して行 った。 かくて、 色彩は清明を追求する光彩の添加によっ て、 その美を強化し轍化 して、 美を形成 じ〔いる。 と の 時代には、 いずれの段階において も、 明朗な色彩が喜ば れ、 平安朝に見られるよう な鰭なぼかしの美、 複雑な陰 影の美に対する美意識はいまだ生じて いない。. 9 , 1 0 . 1ー . 12 . 13 , 14 .. 和辻哲郎若 日本古代文化 52‐17 高木市之肋著 吉野 の鮎 i 0 佐f 左木信綱・武田鮎青編 定本万葉集′以下同じ) 武田鮎青編 新訂要註古事記 (以下 同じ) 正宗敦夫・森本治吉編 万葉集大辞典ァ行lo 久松瀞r 著 上代日本文学の研究 95-97. 15 l ly He l l l i bach: Di e Geopsyc l . Dr . Wi chen s i Br 1 s che nu l gen ・. 16 . 17 . 18 . 19 .. 66 武田繍吉著 万葉集全註釈巻- 2 岡崎義恵著 古代日本の女葵 103 森本治吉著 高橋虫麻呂 56 59 - 土居光知著 文学序説 345 , 一347. 、. ロ語 「形容動詞」 の限界をめ ぐる諸問題 阿. 部. 源. 臓. 北海道学整大学釧路分校図語国文学研究室 Genzo ABβ: S tudy on the severa1 Prob 1 imi io l t t l cerni ・g the r cms col z ー ヱ l of 」 the Japane ・ ‘方霊句叱る肌ぞ’ I A{ sc or l i l、Ve t l l a j c c va ‐ rbs(s o ca ed‘ ). .. 次. 目 1 , ま. え. が. ) 二・三の助詞・助動詞 について (1 (2) 助動詞 「だ」 との闇係について (3) 助動詞 「です」 との関係につv ・. き. 橋本博士の形容動詞論の概要 副詞との限界について 名詞との限界につv 、て 、 助詞・助動詞との聞係について. 官 ま. え. が. て む. す. び. のとし、 或は動詞的のものとして扱って、 いまだ此の種 の譜に、 品詞としての主体性を確認するに至らなかった. き. 園語法上、 「形容覇隔討」 という名称は、 芳賀矢一博士 の 「明治女典」 に始まるといわれ、 それまで、 この種の. のみならず、 中には依然と してこの一目を認めない学者 も少くなかった。. 語の品詞的処理に当って、 一般に取られていた語源遡及 の態度は、 以後漸く跡を 断つようi ′ こなったが、 学者によ. ところが、 先年吉沢義則博士の 「所謂形容動詞につい て」 (国語圏女」 悌二巻第一号) が発表され、 続いてこ. ってはなお此の術語を襲用 しつふも、 或は形容詞的のも.. の論文の批判から出発する、 橋本進吉博士の 「園語の形. 17.
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