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ペイントにおける費用・収益の本質(上): 沖縄地域学リポジトリ

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Title ペイントにおける費用・収益の本質(上)

Author(s) 奥山, 正剛

Citation 沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 8(1): 23-42

Issue Date 1984-03-31

URL http://hdl.handle.net/20.500.12001/6713

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ペイトンにおける費用・収益の本質(上) 奥山正剛 はじめに 16年における損益勘定の意義 18年から22年への変遷 補助勘定の必要性 経営内における資産価値の流れ 以下次号 12345 1.はじめに ,900年代初期、アメリカにおいては、いわゆる所有主持分の決定を目的とし た所有主理論がその支配的地位を占めていた。そこでは所有主持分を勘定構造 の中枢的カテゴリーとし、したがって資産一負債=資本あるいは財産=所有主 持分といった資本等式を基礎とした勘定構造が形成され、そのため、「貸借対 照表はすべての会計の基礎であり、すべての勘定の始点であり終着点である ㈱:」とされ、損益勘定は後述する如く従属的・一時的勘定と考えられていた。 1922年、ペイトンはその箸「会計理論」において、「貸借対照表が資産・負 債.資本という三つの別個独立したカテゴリーから成り、初めの二つは、その 差が最後のものを開示するという意味で第一義的に重要であるとする見解を排 し、会計システムの理論は二つの基本的区分である資産と持分とによって構成 される樹:」と支配理論と異なった見解を述べた。つまり、すべての勘定はこ -23-

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の資本・持分という基本的クラスとの論理的関連の下で構成されねばならない と主張されるのである。したがって、資産=持分という等式を勘定の複記シス テムの基本とし、様々なタイプの勘定の構成をこの等式の下で示すことを説い たのである。しかしながら、このことの結果、前述のスプレイグの見解に賛意 を表し、「貸借対照表は全財務的勘定構造の基礎であるところの事実の分類を

表示している曲:」と貸借対照表を基本的な会計報告書としている点で支配理

論と軌を-にする。そのため「勘定理論の研究において、損益計算書は余り重 要でない。それは、最終的には貸借対照表に収束する-要素の詳細を示すもの である。他方、貸借対照表は財務的要約であり、我々の目的にとって最高の結

論である㈱:」と述べられる如く、やはり、損益勘定は勘定構造的には一時的

勘定としての性格が付与されるのである。こうした見解はペイトンカヌスティー プンソンとの共著の形ではあったが、初めて会計学文献を発表した1916年の 「会計学原理」の下でも見られ、「企業の財政的状況は二つの基本的には異な った、そして数的には等しい資産と持分というクラスの下でリストされる。そ して、勘定記入の複記システムの本質は資産=持分という等式の両辺の分離と

同等性の維持から成る坤」と説明され、貸借対照表がこれら資産と持分とい

う事実の分類を表示するものであるとする点ですべての会計の基礎と考えられ たのであるOつまり、この点1922年へと継承がなされたものといえよう。 しかし、損益勘定の説明においては、この「会計学原理」においては後述す る如く所有主持分の従属勘定であり、むしろ、当時の支配理論に同調した主張 がなされているのに対し、1922年「会計理論」においては支配的理論の損益勘 定の説明に対し以下のように評するのである。「費用・収益という一時的分類 についての一般的説明は非常に不合理である。勘定の理論に関する多くの議論 の下で、補助勘定の使用についての根本的理由を明らかにしようとする試みが なされていないし、また、それらに対する複記システムの適用を説明しようと もされない。真正なる説明に代えて、独断的で、時には意味のない用語・ルー ルが提示されている。例えば、損益勘定を名目とし、実質に対立するものと考 えること、これは、たぶん、最も広く受け入れられている見解であろうが、こ れは、これらの分類の本来の性格を充分に理解するうえに障壁をなすものであ -24-

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ろ。企業の財政的状況の-局面を表わす勘定は、それがいかなるものであって も他の勘定と同様に本質的には実質なのである。損益勘定は一時的・中間的構 造物であり、後に至って両者結合されることによって基本的項目に帰せしめら れるものであることは事実であるが、しかし、それらについて、また、それら に含まれる特定事実についが、不実在あるいは名目なるものは何もない。費用 ・収益なる事実は本質的な会計データであり、資産・持分のある局面であり、 経営統計として極めて重要であり、また、もし期間的純利益と当期の財政的状

況が明らかにされるべきならば決定されねばならないものである油:」

すなわち、この批判は1916年の自らの見解に対する批判でもあると考えるこ とができる。16年から22年にかけて、何らかの変遷があったと見ることがで きる。 そこで、本稿において、費用・収益の本質をペイトンはいかに考えたのか。 費用勘定.収益勘定は資産・持分という基本勘定とどのような係わりで説明さ れていくのか。また16年から22年にかけて、こうした点での説明にいかなる 変遷があったのか。そして、その変遷の理由は何であったのかという点を明ら かにしたいと考えている。 216年における損益勘定の意義 まず、当時の支配理論において、費用あるいは収益はいかに考えられ、また、 損益勘定はいかに意義づけられていたのであろうか。例えば、スプレイグにお いては次のように説明される。 借方:資産の増加、貸方:所有主持分の増加という取引を考えてみよう。我 々は何物をも与えずして何物をも得ることはない。この取引の場合、与えられ たろものは有形物でなく、何らかの用役である。用役を与えることによる所有 主持分の増加は収益(earningorincome)と呼ばれる。また、借方:所有主持 分の減少、貸方:資産の減少という取引を考えてみよう。この場合、我々は何 ら有形の対価を得ることなく何か価値ある物を手放したのである。これは費用 -25-

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(outlay)と呼ばれる。対価として用役を受領しているのではある力丸結果と して、我々の純財産からの単純な控除と考えるべきだ。 所有主持分あるいは正味財産(wealth)の増減は、それが経営活動から生じ るものである場合は、所有主持分勘定に直接記録されるのではなく、従属的勘 定に記録されろ。これら従属的勘定の各々は商品販売益、利息、割引料、賃借 料、保険料、給料、経費、輸送費、税金のように通常の経営活動の種々の側面 において生じるものを表わしている。この所有主持分の増減が認識される時は いつでも、その性質に従がってこれら従属的勘定の一つに記録される。これら の勘定全体を称して経済的勘定という。経済的勘定は一定期間保持されねばな らない。何故ならば、所有主持分勘定の最も重要な目的は所有主持分・正味財 産の増加における成功度・失敗度を示し、そして、将来の指針とすべくその成 功・失敗を分析し、その原因を確かめることにあるからである㈱: またハットフィールドにおいては次のように説明される。 収益、利益、損失および利得そしてその他の同様な名称で呼ばれている損益 勘定は一時的な集合勘定であり、表示期間の営業活動による純財産の変動を記 録するものである。なお、損益勘定は純利益から行なわれた処分を示す場合も ある。損益勘定は集合勘定であり、それは他の従属的所有主持分勘定、たとえ ば費用ないしその諸々の細別項目と、その年度間で受領された利益を示す諸種 の勘定、たとえば商品、利子、賃貸料によって示された残高を含む。それは純 財産の変動を表わし、そして、それ故に資本金ないし他の主要な所有主持分勘 定に対して従属するものである。原始資本から区別されるものとしての純財産 を単一金額で表示したり、また、すべての過去の営業活動中における財産の増 加を示したりするだけでなく、当該会計年度中に純財産にいかなる変動がもた らされた力>をも表わすものである。したがって、費用は正味財産を減少させる 項目であり、収益はこの増加を生ぜしめる項目と説明されるのである㈱: スプレイグ、ハットフィールド等によって代表される支配理論の下では所有 主持分すなわち正味財産の増減という観点から収益、費用の本質規定がなされ、 したがって、損益勘定はこの正味財産変動の内訳明細として意義付けられるの である。 -26-

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こうした点について、ペイトンはいかに考えていたのであろうか。まず1916 年においては「所有主の利害の支配的影響力の故に、所有主持分の問題をめぐ って議論がなされねばならない曲:」とし、したがって「財務的記録の一つの

重要な目的は、一定期間における所有主の持分の増加.減少を示すことだ郷」

と所有主持分の決定を重視した。このことの当然の結果として損益勘定の意義 について「費用・収益勘定は従属持分勘定と考えられよう。それは、所有主持

分からの総控除とそれへの総追加を記録する勘定である㈱J1」と述べられ、所

有主持分に従属する一時的勘定であり、所有主持分の変動額たる利益の内訳明 細として意義づけられろ。所有主持分を中心に思考する点で当時の支配理論に 同調したものと見ることができる。しかし、ここでのペイトンにおいては、収 益は従属的所有主持分勘定であるが、最終製品に具体化された所有主の用役の 売上を通じて生じるところの所有主持分への追加を記録する上で必要なもので あるとされ、支配理論とは趣を異にする。 さらに説明を敷桁してみよう。この売上製品の製造の過程において資産の消 滅(expiration)が存している。これは、資産の消滅であるが故に所有主持分か ら控除されねばならない。しかし、この消滅は売上対価としての資産を受領し た時点では未だ確定しておらず、したがって、一定間隔をおいて控除される。 この控除は収益勘定から直接に控除することでなされる。すなわち、これら控 除は別個の費用勘定に記入され、この両勘定の結合の下で所有主持分の純変化 が決定される。したがって、収益勘定の下で所有主持分に対してなされる追加 は総追加であり、純追加ではない。費用項目は所有主持分からの総控除を構成 するから費用勘定の借方に記入され、収益項目は所有主持分への総追加を構成 するから収益勘定の貸方に記入される曲y このように、支配理論においては所有主に帰属する正味財産の増減という観 点で収益・費用が説明されるのに対し、ペイトンにおいては経営活動との係わ りで収益・費用の説明がなされる点に差異がある。つまり、スプレイグによっ て明言されたとおり、支配理論においては、企業の経営的努力の全目的は正味 財産の増加すなわち所有主持分の増加にある油'3のであり、企業はこうした所 有主の私的所有物とみなされていると言えよう。一方、ペイトンにおいては、 -27-

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企業の経営活動は販売目的をもった財貨・用役を生産すべく様々な財貨・用役 を結合させるプロセスであると考えられており曲'4、生産的組織体としての企 業観が採られているのである。こうした両者の差異から費用・収益に対する説 明に差異が生じてくる。 このような両者の差異は資産と費用との係わりについての両者の見解の差異 により明瞭に見出すことができる。この点について、スプレイグは借方:所有 主持分の減少、貸方:資本の減少という費用の生じる取引が起こった場合、「 我々は何ら有形の対価を得ることなく何らかの価値物を手放している。これは 費用と称されろ。本当は対価を得ているのであるが、それは用役の形をしてい る。用役は我々の身体・心・技術と同じく我々の資産として計上することが不 可能であるが故に、結果的に我々の正味財産からの控除と考えねばならない 曲李」と説明される。またハットフィールドにおいては「費用はそれと等価値 の財産の受取りを伴わない財産(例えば現金)の支出であるが故に、それは全 所有主持分を減少したということを意味するにすぎないi生):6」「経済的な観点 からすれば、費用といえども等価物の交換を含んでいろ。しかし、このことは 便宜上、会計専門家によって無視されていろ。例えば警備員に支払われた賃金 は費用として処理される。というのは、彼がそれと引き替えに与える用役が勘 定に記入されるべき徹財産”とはみなされないからである。支払いと引き替え に受取られた等価の有形財産で存在している場合ですら、会計専門家は時とし てその勘定においてそれを無視するかもしれない。例えば、家屋の塗替費は、 たとえ支出された貨幣の一部分と引き替えに等価値の鉛白が受取られたとして も、費用として処理される曲y」 こうした資産と費用との係わりについての支配理論の見解をペイトンは次の ように問題視する。 生産プロセスが極めて単純な小売業においてさえ、現在所持している以外の 種々の財貨・用役が生産には必要である。労働力が必要であり、経営を行なう に際し購入する必要があろう。保険・広告等の用役も獲得せねばならない。文 房具・燃料・光熱も必要である。ここにおいて、問題が生じろ。労働・燃料等 に係る勘定は元帳諸勘定のシェーマにいかに適合し得るのか。これらの項目は -28-

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一般的には費用勘定と呼ばれるものの例である。しばしば、特殊なグループと 考えられている。これらの本質は何か。この点についてはある種の混乱があり、 熟考すべきである坪・ ペイトンはこれらについて、結論を述べろ。 これらの項目は資産というカテゴリーに分類される。このことは、燃料・文 房具等々については明白であろう。容器の中の石炭は陳列棚その他の取付物と 同様にまさしく資産である。資産なる概念は有形・無形の両者を包含する。そ れ故、労働力、保険用役、広告用役、資本用役等々はすべて資産項目である。 それらは経済的意味において富(wealth)である。経営者が労働力を購入し、 現金を支払う時、その支払を損失と考えてはいけない。機械なり建物なり有形 資産を購入する時と同じように、その支出と等価値の価値物を受領することを 期待している。価値ある用役は価値ある財貨と同様にまさしく資産項目なので ある曲F こういった流動的項目は支配理論においては費用と考えられていろ。ペイト ンにおいては他の有形資産と同様資産と考えられている。ペイトンはこの両者 をいかに区別するのか。さらに説明を敷桁してみよう。 これらの項目を資産項目から区別するだけの実践上の理由がある。我々は区 別をなくそうと意図しているのではない。ある目的のために区別がなされるの はもっともである。建物と石炭との間の違いは、一方が資産で他方が費用もし くは消費された資産ということではない。唯一の違いは後者に比した場合の前 者の相対的永続性である。容器内の石炭は、ほとんど-ケ月以内に消費されよ う。建物は20年間持続するであろう。石炭は流動的・一時的資産であり、建 物は永続的資産である。費用なる語は資産の衰微(decay)、消滅(dissipation)、 消費(consumption)を意味する。消費された石炭価額は費用すなわち資産の 消滅(expiration)を構成する。一定期間中、建物が使い減らされた部分もま た費用である。資産の全消滅は費用であり、手中のすべての残高は資産である 曲20 0 前述したとお')、当時の支配理論においては所有主に帰属する正味財産の増 加に関心が示され、したがって、資産は所有主の積極財産、負債は所有主の消 -29-

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極財産・債務であり、この両者の差額が所有主に帰属する正味財産とみなされ、 この増減変化の測定が-つの会計目的となる。こうした観点から資産と費用と の係わりが考えられろ。費用は正味財産に減少をきたす項目であり、これが資 産と同質視される理由はない。 他方、ペイトンにおいては、企業は生産的組織体である。「会計は経済プロ セスを明らかにすべ<企てられた情報を提示し、分類しようと試みる科学であ

る坪」と会計本質が考えられる。生産的活動という観点から資産と費用との

係わりが考えられる。資産は経営活動にとって有用な財貨・用役と考えられ、 有形・無形、固定的・流動的の区別はない。支配理論あるいは当時の会計実践 において費用と処理される項目もペイトンにおいては、まず資産として認識さ れるのである。 このようにペイトンはこの16年において、当時の支配理論と異なり、生産的 観点から費用・収益の説明を行なったわけであるが、しかし、他方では、これ ら費用。収益は所有主持分に増減変化を生ぜしめるものであり、これらの勘定 は所有主持分に従属する勘定と考えられている。そうした場合、例えば費用と 損失との区別はいかに考えられるのであろうか。支配理論においては、費用・ 収益勘定はやはり所有主持分に従属する勘定であり、費用も損失も共に正味財 産に減少をきたす項目であり、両者を区別する論理的理由はない。しかし、ペ イトンにおいてはどう考えられるのか。1922年に「実務上、lossandgainま たprofitandlossという表現が費用・収益より一般的である。これらの表現 法はこれらが所有主持分のアクセサリーであるという原理に調和する樹:2」と 述べられる点である。 さらに、費用は資産の消滅と説明されながらも、この消滅とは何かについて、 明確な説明がなされていない点もまた問題として残されろ。 3.18年から22年への変遷 ペイトンは、1918年、ステイーブンソンと共著で「会計学原理」の改訂版を -30-

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発表した。 ここにおいては、「所有主の妥当性が多くの著書の下で不当に強調されてい る。そのように所有主持分によって支配されているため所有主会計と呼べるで あろう。この勘定理論は非常に単純な状況を扱う会計人にとっては不合理な見 解ではないが、近代企業の複雑な状況に適用した場合、実際には主張し難い。 特に複雑な持分(Ownership)を持った株式会社形態の成長を鑑みれば、所有 主持分を定義することは困難である。したがって、勘定理論としての所有主持 分概念の意義はこの著書では小さくなっている。全一体としての企業は組織の 会計単位として強調され、特定の利害関係者の立場からでなく、企業のすべて の持分の必要性と目的の立場で勘定理論の展開を試みよう陶客」と述べられ、 後述する如く、22年における程ではないが所有主理論を排し、新たなる理論の 構築へのスタートを切る。すなわち、「会計は第一に私的企業体に係わるもの であるが故に、企業を会計の組織単位として見る一般的概念の獲得がこの研究 の第一歩である㈱:4」と述べ、企業を会計単位とし、会計を企業の会計として 理論づけることを重視する。 企業そのものの存在を認識するならば、もはや'6年に見られたように費用・ 収益勘定を所有主持分の従属勘定と考えることはできない。この18年において は、「費用・収益勘定は従属持分勘定であり、持分への総追加と持分からの総 控除とを記録する勘定と考えるべきだI注):5」と持分との係わりで費用.収益が 説明される。 22年に至ってはさらなる変遷を見せる。つまり「近代企業形態の下では、ス プレイグ、ハットフィールド等によって唱えられた勘定理論についての所有主 理論は全く不適切な理論表明だと筆者は考えている曲:6」と当時の支配理論た る所有主理論を痛烈に批判する。「会計技術は大企業の状況に合致すべく急速 に発展しつつも、理論は、よくあることだが、実務に遅れている。いわゆる個 人企業形態あるいは組合形態において、所有主は必要な会計的フレームワーク を形成する上で全く中枢的カテゴリーである。しかし、現在の主要な企業形態 である株式会社の会計システムの説明としては、そういう原理は全く不完全で ある。したがって、この著書では、本来の企業形態である大株式会社の状況と -31-

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必要とに合致した、そして、単純で原始的な形態にも適用し得るような会計理 論の表明を行なう試みがなされている掴:7」と株式会社形態に適用すべく会計 理論の改訂を説く。「いかなる場合においても別個の実体・人格一企業体の 虚構の拡大一としての企業概念が採用される。……企業は実在であり、重要 な経済的制度であり、会計分野においても最高の意義をもつものである陶宇」 とし、株式会社の出現、所有と経営の分離という経済的背景の下での妥当性あ る、いわゆる企業体説の主張である。 当時の支配理論においては、前述した如く、所有主持分を企業会計の中心に 位置づけ、会計上の諸概念や手続を所有主持分との係わりで、また、所有主持 分への影響という観点から説明されるのである。 これは、ペイトンの指摘する如く、100%の持分が単一の所有主に帰属する ような場合に妥当するのであり、また、バッターが指摘する如く、企業が個人 的所有主持分として組織されるような場合に妥当し、経営は所有主の投資でも って始まり、企業への彼の係わりは経営の開始から終了まで継続的であるよう な企業形態の場合に妥当するのである。つまり、所有主が極めて強い影響力を 有するような企業形態に妥当するのであり、そのような企業形態の場合、損益 勘定を所有主持分の変動内訳と性格づける意義が存する。 しかし、19世紀未の巨大な株式会社の出現は、所有主ないし株主を以前とは 違った立場においた。社債権者・株主団の出現、所有と経営の分離という事実 によって、企業はもはや所有主の私的所有物とは見なし得ず、所有主は企業資 産の直接の所有者ではあり得ず、また、企業債務の直接の履行責任者であり得 ないこととなる。 企業は一つの経済的制度と化し、企業の経営活動は所有主の正味財産増加目 的の下で運営されるのではなく、ペイトンの表現する如く、販売目的を持った 財貨・用役を生産するという目的の下で種々の財貨・用役を利用することから 成るとみなされる。 株式会社形態は、また、所有主・債権者・経営者の機能において、組合企業 あるいは共同事業におけるよりももっと大なる専門化を促進させた。この専門 化は企業の財政状態・経営活動に関するより多くの情報をますます必要とする -32-

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状況を生み出した。所有主が同時に経営者である限り、彼は経営活動に関する 有用な知識を相当に持ち得た。規模が小さい場合は特にそうであった.企業の 経営規模の拡大及び所有と経営の分離につれて、株主はより正確で、より完全 な会計報告書を要求した。株主に認められた有限責任の故に、債権者もまた企 業の会計報告に対しより多くの関心を示すようになった。近年に至っては、経 営者の専門化によって、経営意思決定に有用な会計情報に対する必要性が求め られた。 株主責任の不在と企業の継続性は、企業体説を出現させた株式会社の基本的 特徴である。この概念は企業と所有主との分離を強調する。企業体説の下での 会計は、企業の経営活動に貢献すべ<財貨を提供したすべての利害関係者集団

に対し、会計報告を行なうことに関心を示しているのである閥:,

企業体説においては、所有主と別個の、`生産的組織体としての企業の重要性 が強調される。ここにおいて、会計目的は外部関係者から企業に託された資産 の利用に関する企業活動を記録し報告することに向けられる。純利益は、所有 主持分における増加としてでなく、経営活動遂行の下において生じるものと考 えられてくる。企業活動の成果として利益が把えられてくるのである。 つまり、損益勘定は所有主持分の変動明細でなく、企業にとっての利益算定 目的をもつものと意義づけられてくる。経営活動によって稼得された利益の把 握へと損益計算目的は変化する。いかに有効に経営活動を行なったか、これを 把握すべ<損益勘定の意義が生じる。ペイトンにおいて「純利益は会計期末に 会計専門家によって引出される最も意義ある結論である。………会計的観点か らして、それは、財務的増強についての最高の規準であり、生産的単位として

の企業の成功度を計るゲージ・測定尺度である岬」と述べられる如くである。

企業の利益・経営業績を示す損益勘定の性格付けが説かれるのである。 16年において、すでに、ペイトンは企業を経済的制度として把え、その経営 活動プロセスを明らかにすることに会計目的を把えていたわけであるが、損益 勘定に対し、そうした性格付けが充分になされたものではなかった。22年に至 り、企業体説の主張に伴い「企業は限定されたエンティティであり、帳簿を保 つのは企業の会計専門化の業務であり、株主の業務ではない。勘定は生産的単 -33-

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位(Operatingunit)、つまり、一つの経済実体としての企業の観点から構成

される曲:'」と生産的単位としての企業観が明確に主張されろ。こうした経営

活動のプロセスを明らかにするべく損益計算の強調が行なわれるのである。 4.補助勘定の必要性 上述したような損益勘定の意義づけの下で、ペイトンにおいて費用・収益の 本質規定がなされてくるわけであるが、この説明に入る前に、費用勘定・収益 勘定なるものについて、ペイトンは一貫して補助勘定・一時的勘定として性格 づけており、こうした補助勘定を設定する理由を明らかにしておく必要があろ う。 つまり、資産・持分というものを基本的要素とし、これらによってすべての 取引を説明することを説きながらも、何故に補助勘定を必要としたのかという ことである。 これは22年に明言されるわけであるが、三つの理由を上げている。 第一は、取引の性質から来る理由である。ある種の取引にあっては、これを 直ちに基本的要素である資産・持分の借方・貸方に分析することが不可能もし くは困難である場合がある。いかなる取引といえども、基本的要素を内に含ん でいるのであるが、その要素に分析・環元することが困難な場合がある。第一 の例として、製造工程を進めて行く場合の企業内部における資産の移動変化で ある。これは、記録手数の煩雑さ故に、また、記録すべき事実を確定すること の困難さ故にである。例えば、燃料の不断の使用は、確かめるのに極めて困難 である。同様に、固定資産価値における変化、これは生産的利用から生ずるも のもあり、価格変動、技術革新、他の外部的経済発展等、経営者の統制外を原 因とする場合もあるが、これらを絶えず記録することは不可能といえる。 企業内での資産価値の流れ、あるいは、企業外での経済変動を会計記録する ことは原則として期間を区切ってのみ試みられる。しかし、それは、せいぜい、 見積と判断に大きく依存する。こういった資産価値変化のプロセスは、微少な -34-

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取引の無限連続する一連の流れとして見ることができる。そういう流れに対し 会計的認識を与えることは、期間的においてのみであることは明白である。特 定の資産の費消が事実に促して確実に記録されないならば、正しい資産残高は 勘定の中に絶えず示されることはない。 こうした資産価値変化を扱おうとした場合、純粋な資産勘定だけから成る勘 定システムでは不充分である。こうした複雑な状況は補助勘定の使用を要求す る。資産の特殊な側面が設けられねばならない。資産データについての経過的 ・一時的分類が存在しなければならない。 補助勘定設定理由を明らかにする上で重要なのは、売上原価決定が特に困難 さを呈している点である。企業内部での特定資産の移動を跡づけることが困難 であるのみでなく、売上時に、最終製品に具体化されて企業外に消失していく 資産価値額を決定することが困難なのである。売上取引は、根本的には本来の 資産と持分という要素から成り、そのように記録されるべきである。しかし、 個々の売上ごとの原価は近似的正確さをもってすら決定し得ないのが通常であ る。そういう状況を扱う際に、中間的。一時的分類・勘定を設定し、後に至っ て、これから基本的事実を決定することが必要となる。この場合に求められる 重要なろ勘定が費用勘定。収益勘定である。未だ資産。持分に分析されない複 合物が、こうした勘定に記入され、後に至って本来の要素に還元されるのであ る。 補助勘定を必要とする第二の理由は、前述のような実践的理由でなく、これ らの勘定の利用面から生じる。つまり、そういう一時的区分は経営的観点から 非常に重要な意義がある。たとえ、取引を直接に貸借対照表上の基本要素に分 析できるとしても、経営上の目的からして、ある種の一時的分類を設定するこ とが望ましい。もし、会計組織が企業経営の指針として有用性を発揮すべきで あるなら、企業の経営活動の歴史、また、そのプロセスが相当程度詳細に勘定 の中に示されねばならない。このことは、現代会計が利用される最も重要な、 おそらく最高に重要な局面の一つであろう。様々な局面においての費用あるい は原価は、勘定理論の下で、たとえ基本的な何らかの一時的形態にすぎないと しても、企業の指導者にとって非常に重要な事柄である。同時に、総収益は経 -35-

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営活動の重要な規準であり、したがって、たとえ真実の財政状態を決定するプ ロセスの中で生じる中間的分類にすぎないとしても、別個独立の会計的認識が 与えられるべきである。それ故、たとえ個々の売上ごとにその売上原価を決定 することが可能としても(原価計算専門家はこのことがある種の一時的項目を 除いて、進歩した原価計算方法の下で可能だと主張しているが)多くの場合、 収益と費用とをそれぞれ別個の勘定に集合させ、分類し、さらに経営にとって 必要な種々の関連性を示しうるよう、それらのデータを再分類することが望ま しいであろう。 補助勘定を必要とする第三の理由は、事務処理上の理由である。売上その他 の取引を直ちに基本要素に還元することが可能としても、これを試みようとす ることは、事務処理的に不適当である。多数の記帳を招来することとなる。各 取引を直ちに分析することに代えて、補助勘定を開設し、総額をもって、一定 期間ごとに分析を行なうことが記帳の立場からは容易である㈱:2 5.経営内における資産価値の流れ 以上においてみられた補助勘定の三つの必要性をうけて、22年における費用 ・収益の本質についてのペイトンの説明をみてみよう。 まず費用についてであるが、16年にすでにみられたように、資産と費用を同 質視する見解が22年にも継承されてくる点が注意されるべきであろう。つまり、 流動的資産項目に対する当時の支配理論の見解を疑問視し、会計学の文献では、 力、名目、擬制、経済的、内的、損失等の勘定と称されているところの項目の 性質は如何と問い、会計理論・実践において、これらの問題に相当の混乱が存 し、注意深く検討することが必要であると述べる。結論的には、すべての価値 ある財貨・用役・権利等々は、それらの企業によって購入された時、当該企業 の資産になる。この考えに従えば、流動的用役q消耗品は資産であり、あるい は他の資産の価値を増加せしめる。したがって、それらを会計的に認識するこ とは資産勘定の左側に記入されることとなる閥33と述べられ、やはり、16年と -36-

(16)

同様の主張がなされる。 資産と費用との係わりがこのように把えられながら、16年においては、こう した資産がどのように費用に変化していくかについては充分論じられたもので はなかった。つまり、16年では、費用は資産のexpirationとされつつも、この expirationが何を意味するかが充分に説明されたものではなかった。この点が 22年に至って、どう説明されるのか。すなわち、購入の瞬間には資産として認 識される以上、この資産と費用とがどう区別されるのか、費用はいかに認識さ れてくるのかということである。 この点は、ペイトンの述べる、経営内での価値の流れに関する見解にみるこ とができる。ペイトンは、企業の経営内で資産価値は三つの段階を通過すると いう。第一は、購入または取得。第二は、利用、すなわち、新形態への転換。 第三は、費用への変化、すなわち、生産品に具体化しての企業からの消失。言 い換えれば、まず最初に購入に起因して移動が起こる。次に、資産は経営活動 において利用され、その実体を失う。しかし、そのことによって企業内の資産 総額に減少を来たすものではない。例えば、原材料が製造活動において消費さ れる場合、原材料そのものは消失するが、しかし、その価値そのものは失なわ れない。それは、仕掛品・半製品に内在する。第三に、特定の財貨・用役は完

成品の売上の下で最終的に消費されていき、企業から消失していく油:4

これら三つの段階を明確に区別し損っていることが、会計理論及び実践上の 間違いの原因であるとペイトンは指摘する。明らかに、いかなる場合において も真の費用また売上原価は第三の段階を通過した価値額であり、第一または第 二の段階で出現することはない。生起した原価、すなわち、特定期に購入もし くは取得された財貨。用役の額は費用とは性質を異にする。費用はその期に生 起した原価総計と等しくはないし、流動的財貨。用役を購入するためにその期 になされた支出とも等しくないし、また、その期に利用され、転換された価値 額とも等しくない。つまり、第一に、資産の費消の部分で、今期の収益に適切 にチャージするべきものは、それが前期に取得されたものである場合は、今期 の生起した原価と無関係である。第二に、特定期に取得された固定資産の原価 が直ちにその期の売上と関連をもつことはあり得ない。第三に、流動的な財貨 -37-

(17)

゛用役の原価といえども、今期の製造に利用されることなく、さらに、今期に 販売される製品の製造との関連が見出し得ない場合、それは費用に含まれるべ きでない。 このように、各種の場合を注意深く分析してみると、一定期間に生起した原 価と一定期間の売上原価との間に厳格あるいは近似的にさえも一致が存在する とはいえない。もちろん、この原価と費用は基本的には全く異なったものであ るとしても、金額的に一致するような場合もある。例えば、新聞販売業が建物 を賃借し、いかなる設備も有せず、また、手許商品を有せずして営業を開始し、 一定期間内に購入したすべての商品をその期に売上げ、また、家賃、光熱費そ の他の項目に対し生起した原価は当該営業に係わるもののみであったと仮定す る。そういった極端な場合、明らかに、当該期に生起した原価は適切な売上原 価である。何故ならば、購入されたすべての財貨・用役は利用され、完全に消 失したからである。・ 商業的企業において、通常、固定資産原価は少額または皆無であり、特定期 に取得された流動的財貨・用役の原価がその期の売上原価に近似することもあ る。特に商品回転率が高く、会計期間がかなり長い場合はそうである。しかし、 それにもかかわらず、生起した原価を収益へのチャージとして見なすことは典 型的な小売業においてでさえ不注意かつ危険な会計といえる。 商的企業においても上述された三段階は存する。まず商品は購入される。次 に商品が受取られ、枠組がはずされ、印が付され、棚に陳列され、その他、販 売可能な状態に置かれる。そして最後に、購売者の手許に届けられ、ここでこ の商品は完製品となる。会計専門家がこのプロセスを認識し、適切な分類を行 なうことが理想的である。 資産価値に関するこの三段階を認識することの重要性は工業的企業に依存す る。極端な例は、建物、船舶、他の精巧な建造物の建造に従事する企業に見出 される。造船企業の経営者が費用と生起した原価とを同視することはもちろん ないであろう。ここでは、特定期に取得された労働・原材料等の原価がその期 に行なわれた建造作業の原価と一致することはあり得ない。また、これらのい ずれも、この期の売上原価を構成するものでもないことは確かである。こうし -38-

(18)

た企業では、購入、利用そして最終的消失は、それぞれ独立した会計的認識が 与えられねばならないI注):5 しかしながら、この三段階の明確な認識が極めて困難な場合が多いことをペ イトンは指摘する。つまり、ある種の原価は利用と同時に費用となる。小売業 における包装紙・紐がこの例である。そういう項目は購入時には資産であるが、 利用と同時に製品に付帯して企業から消え去り、したがって、費用となる。さ らに、直ちに費用を構成する原価も存在する。運送費、販売員の給料がその例 である。ここでは、取得、利用、最終的消失が実質的には同時に生じている。 それ故、そうした項目は当初の出現、すなわち、原価の生じる時に費用とする のが合理的であろう。製造業における多くの原価勘定、また、商的企業におけ る流動的な費用勘定は、大部分、こういった性格のものであり、本来の費用と

いうより、むしろ、生起した原価、あるいは、転換された価値なのである曲苧

ペイトンは、ある種の勘定の性格を定義するに際しては、原初記入の段階で のその項目の性格に依ってよりも、むしろ、決定的な時点での支配的な要素の 性格に依って判断することが合理的だと考え、したがって、労働・消耗品・保 険といった流動的項目を費用として考える実践・支配的理論を、むしろ、そう した理由でもって、不合理なものと排斥しようとはしないのである。しかし、 重要なことは本質的意味を見失なわないことであり、資産価値の三段階を適格 に、相互独立に、認識し、区別することの必要性を説くのである。 このように、22年においては、資産価値の三段階の流れが説かれ、したがっ て、費用を資産価値の企業外への消失として把え、その時点での費用の認識計 上が主張されたのである。16年では明確な説明がみられなかった点である。で は、18年においてはどうであったか。以下のように説明される。 一時的・流動的性格を有するある種の財貨・用役は購入の瞬間に費用を構成 することがある。論理的には、価値あるいかなる項目も購入の瞬間には資産な のであるがS取得後直ちに費用になるものであるため、費用として記録するこ とが便利な場合である。例えば、広告用役の現金購入は、まず、資産の交換と して考えられよう。それ故、この記録は一つの資産への追加と他の資産からの 控除を表わすと言える。しかし、こうした短期的な用役に対して支払がなされ -39-

(19)

た場合、この取引を購入の時点からでなく、費消の時点から見る場合もある。 そうした場合、借方記入は費用を表わすといえる。この項目が費消される時点 で存在する論理的分類の立場で勘定が定義されるとすれば、借方項目が記録さ れる勘定は費用勘定であるといえる。一般に行なわれている実務においては、 流動的資産勘定のような勘定はしばしば費用勘定と称されている。そういった 勘定で示される項目は、論理的には、購入の時点では資産であり、そして、消 費された時にのみ費用になると認識されているなら、こうした実務も大きな間 違いとはいえない。そういう実務が正当か否かは、そういう勘定が生産過程に おいて、通常どのような状態にあるかということに依る。例えば、某社の燃料 勘定が、ある一定時点で借方総計400ドルを示しており、また、この総計の内 350ドル分の燃料が消費されたという事実が判明したとすれば、400ドルの内 50ドルだけが資産を表わし、残額は費用であることとなる。もし、こういう状 態が通常であるなら、燃料勘定は購入の観点からでなく、消費の観点から定義 されよう。 経営に必要な項目の本来の性質と、取引を記録するために用いられる勘定の 性質との間の差異が時として認識されていなければならない。ある勘定が支配 的要因の立場で、言い換えれば、その勘定に記入された額が会計期末に到着す るその性質の観点から定義ざれ分類されることがある。かくして、当該勘定に 示された総額の内の大部分が、いかなる時点においても費用を表わしているの だとする理由で資産の購入が費用勘定に記入されることがある。しかしながら、 そういう場合においても、その勘定を流動資産勘定と考え、資産への追加とし て借方記入を考えることが、勘定システムの構造の説明、すなわち、貸借記入 の場合の論理的ルールに従うことになるのである閏:7 とのように、18年においては、22年に見られるような資産価値の三段階の 流れ、あるいは、これに類するような精繊な説明は見られないものの、当時の 支配的理論、あるいは、一般に行なわれている実践においての流動的項目の扱 いに対し、16年には見られなかった批判的見解が述べられるのである。 (以下次号に続く) -40-

(20)

(注) (1)CBSprague,ThePhilosophyofAccounts,(1908),reprinted ed.,1972,P、30. (2)WA・Paton,AccountingTheory,(1922),reprinteded.,1973. Prefacexiv. (3)ibid.,P44 (4)ibid.,P、20. (5)WA、PatonandR.A・Stevenson,PrinciplesofAccounting, (1916),reprinteded.,1976,P、23. (6)Paton,。p・Cit.,P、167. (7)Sprague,。p・Cit.,PP、24-25.PP67-68. (8)HR・Hatfield,ModernAccounting,(1918),reprinteded.,1969, P、195.松尾憲橘訳『近代会計学』,1971年,188頁。 (9)PatonandStevenson,。p、Cit.,P、18. qOibid.,P、29. qDibid.,P、30. ⑫ibid.,P、30. ⑬Sprague,。p・Cit.,P、67. q0PatonandStevenson,。p・Cit.,P、27. ⑮Sprague,。p・Cit.,P、25. 00Hatfield,。p、Cit.,P、27.松尾憲橘訳,前掲書,26頁。 q力ibid.,P、27,同上書,26頁。 ⑱PatonandStevenson,。p・Cit.,P、27. q9ibid.,P、27. ⑩ibid.,P、28. ,Dibid.,P、1. ⑫Paton,。p,Cit.,P、168. -41-

(21)

E. S. Hendriksen, Accounting Theory, third ed., 1977,

Paton, Ope cit., P. 253

ibid., P. 168. ibid., PP. 142 - 146. Paton, Ope ci1., P. 106. ibid., P. 92. ibid., FP. 161 - 162. ibid., P. 162.

Paton and Stevenson, Ope cit., (1918), PP. 50 - 51.

~ w. A. Paton and R. A. Stevenson,

(1918), reprinted ed., 1978, preface

Q.4) ibid., P. 3.

~ ibid., P. 41.

0» Paton, Ope cit., preface xiii.

en

ibid., preface xiv.

(?a) ibid., preface xiv.

~ 00 0U {i~ ~~ G~ (ti) (i$ (17) Principles of viii. Accoun ting, P. 50. -

参照

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