1 はじめに 同意のないあらゆる性的な言動は一般的に性暴力 (sexualviolence)と呼ばれ1),人権侵害の一形態として 国際的に認識されている2).近年,性暴力に関する話題 がマスメディアやソーシャルメディアを通して大きく取 り上げられ,本邦においても重要な社会的問題として再 認識されるようになってきた.特に象徴的な出来事とし ては,2017年のジャーナリストの伊藤詩織氏の告発3) や「#Meetoo運動」3),性犯罪関連刑法の明治時代以来 の改正4)などが挙げられる. さまざまな性暴力の中でも,労働場面において生じる ものを特に「セクシュアルハラスメント(sexualharass -mentintheworkplace)」と呼ぶことが多く,発生を 防止するための制度を備えている国は少なくない.例え ば世界銀行の2018年の報告書5)によると,日本を除く すべてのOECD加盟国が職場におけるセクシュアルハ ラスメントを法的に禁止している.本邦においては,男 女雇用機会均等法第11条によって,職場におけるセク シュアルハラスメントを防止する義務が事業主に課せら れるに留まっている6).2019年には条文が一部改正7)さ れたものの,労働者にはセクシュアルハラスメントをし ないための努力義務が課せられるに留まっており,依然 として罰則規定は設けられていない. セクシュアルハラスメントを放置すれば,個人や組織 の健康を保つことはできない.例えばセクシュアルハラ スメントの被害経験は,直後には恐怖や恥,自責,嫌悪, 落ち込み,無力感,怒りなどの感情を生起させる8,9)こ とに加えて,被害者の職務満足感や組織コミットメント の低下,遅刻や欠勤,離職意思や実際の離職,心身の健 康の悪化,PTSD症状の出現など,中長期的な影響を及 ぼすことも明らかとなっている9-13).そして,医療従事 者の心身の不健康は患者へのサービスの質の低下をもた らす14).また,組織の経済的負担や社会的評価の低下に もつながる13, 15).実際,本邦で労働災害として認定され た事案のうち,看護職の精神疾患事案にはセクシュアル ハラスメントやその他の暴力が原因となったものが一定 数存在している16).したがって,セクシュアルハラスメ ントの防止や適切な事後対応は,組織が重点を置いて取 り組むべき課題であるといえる. 男女雇用機会均等法におけるセクシュアルハラスメン トは,事業主の雇用する労働者間で発生することが主に 想定されているが,病院をはじめとする医療の職場にお いては患者や患者家族(以下,「患者等」と表記する) から医療従事者に対するセクシュアルハラスメントも問 題となっている17).医療現場では,ケアやリハビリテー ション,診察,訪問などの場面において患者等と労働者 の物理的距離や心理的距離が近くなりやすく,セクシュ アルハラスメントを含む暴力の発生リスクが高い18-20). 脳の機能障害や器質的障害などが患者の性的問題行動の 促進因子となる場合もある21-23).他方,医療従事者は患 者等の暴力に対してはある程度我慢し,寄り添うべきで あるといった役割意識やステレオタイプが適切な対応を 妨げたり,被害に遭ったことを被害者の技術不足に帰属 したりしてしまうことがある24).このような特殊な労働
中規模総合病院における患者および患者家族から職員に対する
セクシュアルハラスメントの実態調査
̶相談行動の阻害要因も含めた検討̶
今 北 哲 平
*
1,田治米 佳 世
*
1,池 成 早 苗
*
1 医療現場では,患者や患者家族から職員に対するセクシュアルハラスメントが問題となっている.そこで 本研究では,病院に勤務する職員478名を対象として,患者等から職員に対するセクシュアルハラスメントの 実態調査を実施した.その結果,患者等からのセクシュアルハラスメントの被害経験率は42.7%であり,すべ ての職種,性別に被害経験があった.被害内容は「身体の一部への接触」,「容姿のことを言われる」,「性的行 為を迫られる」,「性差別的発言や扱い」など多岐にわたっていた.ロジスティック回帰分析の結果からは,看 護・介護職は「容姿」(aOR = 2.64 [1.12-6.20]),リハビリ職は「抱きつき」(aOR = 4.04 [1.41-11.60])や「性 的話題」(aOR = 2.50 [1.06-5.87]),事務職は「性的質問」(aOR = 5.17 [1.39-19.20])というセクシュアルハラ スメントを,他の職種よりも有意に受けやすい可能性が示された.一方,被害について一度も相談したことが ないと回答した人は被害経験者のうちの46.5%であり,相談しなかった理由は「大したことではないと思った」, 「相談しても意味がないと思った」,「我慢しなければならないと思った」,「患者の疾患特性によるものだと思っ た」など多岐にわたっていた.本研究の結果から,職種や性別を限定せず,かつセクシュアルハラスメントの 定義や具体例を示すことで,適切な実態把握ができる可能性が示された.さらに,被害についての相談を促進 するためには,相談行動の阻害要因ごとに取り組みを検討することが有効と考えられた. キーワード:セクシュアルハラスメント,性暴力,トラウマ,暴言暴力対策,医療従事者,労働災害原稿受付 2019年5月31日(Received date: May 31, 2019) 原稿受理 2020年1月14日(Accepted date: January 14, 2020)
J-STAGE Advance published date: February 21, 2020
*1鳥取生協病院 連絡先:〒680-0833 鳥取県鳥取市末広温泉町203 鳥取生協病院 臨床心理士 今北哲平 E-mail: [email protected] doi: 10.2486/josh.JOSH-2019-0018-GE 原著論文
環境が背景にある場合には,適切に問題の実態を把握し, それに沿って対策を講じていくことが必要であろう. 本邦における,患者等から職員に対するセクシュアル ハラスメントの実態を把握しようとした研究は散見され る.例えばHibinoら25)では,対象となった464名の女 性看護職のうち,55.8%が患者からのセクシュアルハラ スメントを経験していることが明らかとなった.セクシ ュアルハラスメントの内容については,性的な冗談や発 言,性的なことについて尋ねられるといったものから, ベッドに入れようとする,性的暴行を試みるといったも のまで多岐にわたっていた.一方で,セクシュアルハラ スメント被害を受けた際に,「上司や同僚に助けを求め て対応策を検討した」と回答した者は自由記述に回答し た194名中,2名だけであった.Hibinoら25)の結果から は,女性看護職にとって患者からのセクシュアルハラス メント被害はよく経験される問題である一方で,適切な 対応が講じられているとは言い難い実態が示唆される. また,セクシュアルハラスメント被害に遭うのは女性看 護職だけではなく,さまざまな職種,性別において生じ 得ることが示されている20,26). しかし,患者等から職員に対するセクシュアルハラス メントの実態把握を試みた本邦のこれまでの研究には, いくつかの問題点が指摘できる.第1に,調査の対象者 が特定の職種や性別に偏っている.特に,看護職のみ, あるいは女性のみを対象にした研究9-11,25)が多く,看護 職以外の職種や男性に関するデータが不足している.第 2に,セクシュアルハラスメントの定義や具体的な内容 を回答者に提示している研究が少なく,実態が反映され ているかに疑問が残る.アフリカや中東圏での研究では, 性的話題を避けがちな文化や,セクシュアルハラスメン ト問題の重要性が認識されていないなどの文化的要因に よって,被害経験が実際よりも少なく報告される現象 (under- reporting; 過少報告)が生じている可能性が指 摘されている27,28).日本人は他国と比べて性暴力への問 題意識が低いという知見29)を踏まえると,先行研究で under-reportingが生じている可能性は十分ある.した がって,調査票の中でセクシュアルハラスメントの定義 や具体例を示すことは適切な実態把握のための必須要件 であるといえる.第3に,相談行動の有無や相談しなか った理由を明らかにしている研究が少ない.患者等から のセクシュアルハラスメント被害が顕在化しにくい理由 や相談に結びつきにくい理由を明らかにできれば,それ に基づいて効果的な相談体制や啓発方法も検討すること ができる.そのため,相談の有無や相談できない理由の 実態把握が必要である. これらの問題点を踏まえると,患者等から職員に対す るセクシュアルハラスメントの実態を適切に把握し,効 果的な対策に結びつけるためには,少なくとも(1)対 象の職種や性別を限定せず,(2)回答者にセクシュアル ハラスメントの定義や具体例を示した上で,(3)相談の 有無や相談しなかった理由を明らかにする,といった要 件を満たす必要があると考えられる. そこで本研究では,上記の3つの要件を踏まえて,患 者等から病院職員に対するセクシュアルハラスメントの 実態調査を行なうことを目的とする. 2 方法 1)調査対象者 調査先は中国地方に位置する一般病院一施設であり, 病床数300未満(精神科病床なし)の中規模総合病院で あった.対象者は,日常的に患者もしくは患者家族と接 する機会のある職員478名であった.接する機会が日常 的かどうかの判断は,週の半分以上接する機会があるこ とをおおよその基準とした. 2)調査項目 患者等からのセクシュアルハラスメントに関する実態 を明らかにするため,以下の項目について回答を求めた. なお,回答者によってセクシュアルハラスメントの認識 に違いが生じることを防ぐため,回答用紙の冒頭に患者 等からのセクシュアルハラスメントの定義を記載し,定 義を確認してから回答を始めるよう教示した.定義は「患 者および患者家族から病院職員に対する行為のうち,意 に反した,望まない,性的な発言や行為すべて」とし, さらに,被害者は女性に限らず,加害者も男性に限らな いこと,異性間でも同性間でも起こり得ること,年齢も 無関係であることを注記した.また,必要に応じて調査 票内のセクシュアルハラスメントの具体例を参照してほ しいことも注記した. (1)基本属性 性別,年代,職種,現在の職種の経験年数を尋ねた. (2)患者等からのセクシュアルハラスメントの被害 経験 これまでの経験の有無,過去1年間における経験の有 無,加害者の属性を尋ねた. (3)患者等からのセクシュアルハラスメントの形態 先行研究8, 30)や医療従事者の実際の経験などを参考に, 以下のように選択肢を設け,経験したことのあるものを すべて選ぶよう教示した.「その他」の選択肢には自由 記述欄を設けた. セクシュアルハラスメントの形態 a.身体の一部(お 尻,胸,口など)への接触,b.抱きつかれる,c.容姿(顔, 胸など)のことを言われる,d.性的行為を見せられる,e.性 的な話や“下ネタ”を聞かされる,f.性的な事実関係(パ ートナーの有無,胸のサイズなど)を尋ねられる,g.性 的な行為を迫られる・誘われる,h.食事やデート等にし つこく誘われる,i. わいせつ画像や動画を見せられる, j.性差別的発言や扱い(“男のクセに...”など),k.その 他 (4)被害の相談 自分が経験した被害の相談の有無,相談先,相談後の 変化,および相談しなかった理由を尋ねた.相談の有無 は2件法(はい・いいえ)で尋ね,相談先,相談後の変化, 相談しなかった理由については先行研究30)や著者らの 相談支援経験を踏まえつつ,以下のように選択肢を設け
た.「その他」の選択肢には自由記述欄を設けた.なお, 複数回答可とした. 相談先 a.上司,b.同僚,c.労働組合,d.友人・知人, e. 家族,f. 院内の相談窓口,g. 行政の相談窓口,h. 民間 の相談窓口,i.その他,j.誰にも相談していない 相談後の変化 a.変わらなかった,b.担当を変えても らった,c.おさまった,d.さらに態度がエスカレートした, e.その他 相談しなかった理由 a. 大したことではないと思っ た,b.自分でうまく対応できているから,c.相談しても 意味がないと思った,d.相談しやすいタイミングがなか った,e.相談先が分からなかった,f.受けた行為がセク シュアルハラスメントだと認識できていなかった,g.我 慢しなければならないと思った,h.患者の疾患特性によ るものだと思った,i.相談しことが患者等に知れたらそ の後が怖いと思った,j.相手に申し訳ないと思った,k.そ の他 (5)学習機会の有無 現在の職場に入職してからセクシュアルハラスメント について学習する機会があったかを尋ねた. 3)調査手続き 本研究は,無記名式の質問紙調査であった.調査対象 機関の管理会議において各部署の管理者に研究の主旨と 手続きを周知した後,各部署の管理者を通して調査用紙 が配付された.その後,回答期限に沿って部署ごとに調 査用紙を回収した.調査時期は2018年12月であった. 4)分析手続き 回答者の基本属性およびセクシュアルハラスメント被 害に関する実態を明らかにするため,各質問について度 数と割合を算出した.また,基本属性とセクシュアルハ ラスメント被害の遭いやすさを検討するため,セクシュ アルハラスメント被害の有無を目的変数,性別と年齢, 経験年数,職種を説明変数とするロジスティック回帰分 析を実施した.さらに,何らかのセクシュアルハラスメ ント被害を経験したことがある人を対象として,各被害 の有無を目的変数,性別と各職種を説明変数とするロジ スティック回帰分析を実施した.説明変数の選択法は強 制投入法であり,算出されたオッズ比は,それ以外のす べての説明変数の影響が考慮された調整済みオッズ比で あった.被害経験は経験なしを0,経験ありを1,性別 は男性を0,女性を1,年齢は30代以上を0,20代を1, 女性 295 (74.1%) 20代 127 (31.9%) 医師 14 (3.5%) 1年未満 30 (7.5%) 男性 102 (25.6%) 30代 104 (26.1%) 看護・介護職 218 (54.8%) 1年以上3年未満 63 (15.8%) 不明 1 (0.3%) 40代 65 (16.3%) リハビリ職 69 (17.3%) 3年以上5年未満 49 (12.3%) 50代 71 (17.8%) 薬剤師 8 (2.0%) 5年以上10年未満 86 (21.6%) 60代以上 21 (5.3%) その他の医療系技術職 44 (11.1%) 10年以上15年未満 54 (13.6%) 不明 10 (2.5%) 事務職 32 (8.0%) 15年以上 108 (27.1%) その他 12 (3.0%) 不明 8 (2.0%) 不明 1 (0.3%) 性別 年代 職種 経験年数 表1 回答者の基本属性 (N = 398) 全体 看護・ 介護職 リハビリ職 医師 薬剤師 その他の 医療系 技術職 事務職 その他 不明 1度でもある 170 115 30 1 1 11 10 1 1 (42.7%) (52.8%) (43.5%) (7.1%) (12.5%) (25.0%) (31.3%) (8.3%) 患者から 158 106 29 1 1 11 9 1 (92.9%) (92.2%) (96.7%) (100.0%) (100.0%) (100.0%) (90.0%) (100.0%) 患者家族から 16 11 1 0 0 0 3 0 1 (9.4%) (9.6%) (3.3%) (0.0%) (0.0%) (0.0%) (30.0%) (0.0%) 不明 - 2 0 0 0 0 0 0 - (1.7%) (0.0%) (0.0%) (0.0%) (0.0%) (0.0%) (0.0%) 複数回ある 59 36 15 0 0 4 3 0 1 (34.7%) (31.3%) (50.0%) (0.0%) (0.0%) (36.4%) (30.0%) (0.0%) 過去1年以内にある 98 65 22 0 0 7 3 0 1 (57.6%) (56.5%) (73.3%) (0.0%) (0.0%) (63.6%) (30.0%) (0.0%) 表 2 患者等からのセクシュアルハラスメントの経験 (N = 398) 注) 「1度でもある」の割合は分析対象者数(表 1)を分母として算出した.それ以外の割合は「1度でもある」と回答した人数を分母 として算出した.
経験年数は5年以上を0,5年未満を1,職種はその職種 以外の職種を0,その職種に該当する人を1としてコー ド化した.分析ソフトはEZRversion1.4031)を使用した. 5)倫理的配慮 データは研究目的にのみ使用されること,回答は無記 名,任意であること,いつでも中止可能であり,答えた くない設問には答えなくてもよいこと,回答によって気 分の変調をきたした場合は回答を中止して所属機関の職 員メンタルヘルスを担当しているスタッフに相談してほ しいことを調査用紙の表紙に記載した.気分の変調をき たした者に対しては,臨床心理士が専門的対応をとる態 勢を整えた.なお,本研究は著者の所属機関に設置され た倫理審査委員会の承認を得て実施された. 3 結果 1)回答者の基本属性 回答者の基本属性を表1に示した.回答を得られたの は404名であった(回収率85.1%).被害経験について 項目に欠測があった6名の回答を除外した結果,最終的 な分析対象者は398名(女性295名,男性102名,不明 1名)となった.対象者は半数以上が20代または30代 であり,職種は看護・介護職が54.8%と最多であった. 経験年数は,15年以上の職員が27.1%と最多であった. 2)セクシュアルハラスメントの被害経験率 全体,および職種別にみた患者等からのセクシュアル ハラスメントの被害経験率等を表2に示した.はじめに, 398名のうちこれまでに1度でも被害に遭った経験があ るのは170名(42.7%)であった.そのうち,34.7% の 職員が複数回被害に遭っており,57.6%の職員が過去1 年以内に経験したことがあると回答した.加害者の割合 は,患者が88.3%で,患者家族が9.4%であった. 職種別の経験率では,52.8% の看護・介護職,43.5% のリハビリ職,31.3%の事務職,25.0%のその他の医療 系技術職がこれまでに1度以上の被害経験があった.実 数は少ないながら,医師や薬剤師,その他の職種にも被 害経験があった. 男女別にみると,被害経験のある170名のうち,男性 は12名(7.1%)で,これは対象となった男性の11.7% にあたる.女性は158名(92.9%)で,これは対象とな った女性の53.6%にあたる.また,年代ごとに1年以内 のセクシュアルハラスメントの被害経験率を算出したと こ ろ,20代 は32.3%(41名 ),30代 は26.0%(27名 ), 40代は13.9%(9名),50代は21.1%(15名),60代以上 は30.0%(9名)という結果が得られた. 3)セクシュアルハラスメントの形態と職種別の実態 患者等からのセクシュアルハラスメントがどのような 形態であったかを図1に示した.「a.身体の一部(お尻,胸, 口など)への接触」が57.1%,「e. 性的な話や “ 下ネタ ” を聞かされる」が43.5%とおよそ半数が経験しており, 「c. 容姿(顔,胸など)のことを言われる」もおよそ3 割にのぼった.他にも,「f. 性的な事実関係(パートナ ーの有無,胸のサイズなど)を尋ねられる」,「g.性的な 行為を迫られる・誘われる」,「i.わいせつ画像や動画を 見せられる」など,経験されたセクシュアルハラスメン トの形態は多岐にわたっていた.「d.性的行為を見せら れる」のみ該当者なしであった. どの職種がどのような形態のセクシュアルハラスメン トを経験しているかを算出した結果,「身体の一部(お尻, 胸,口など)への接触」は,セクシュアルハラスメント 被害経験のあると回答した看護・介護職の64.3%,リハ ビリ職の36.7%,事務職の40.0%,その他医療従事者の 72.7%,医師の100%が経験していた.「抱きつかれる」は, 同 様 に 看 護・ 介 護 職 の7.0%, リ ハ ビ リ 職 の26.7%, 10.0%,その他医療従事者の9.1%,医師の100%が経験 していた.「容姿(顔,胸など)のことを言われる」は, 同様に看護・介護職の34.8%,リハビリ職の13.3%,事 務職の10.0%,その他医療従事者の18.2%が経験してい た.性的な話や “ 下ネタ ” を聞かされる」は,看護・介 護職の45.2%,リハビリ職の60.0%,事務職の10.0%, その他医療従事者の27.3%が経験していた.「性的な事 実関係(パートナーの有無,胸のサイズなど)を尋ねら れる」は,看護・介護職の15.7%,リハビリ職の20.0%, 事務職の50.0%,その他医療従事者の9.1%,医師の 100%が経験していた.「性的行為を迫られる・誘われる」 は,看護・介護職の7.0%,リハビリ職の13.3% が経験 していた.「食事やデートにしつこく誘われる」は,看 護・介護職の11.3%,リハビリ職の10.0%,事務職の 20.0% が経験していた.「わいせつ画像や動画を見せら れる」は,看護・介護職の0.9%,事務職の10.0%,その 他の100%が経験していた.「性差別的発言や扱い(“男 のクセに...など”)」は看護・介護職の12.2%,リハビ リ職の10.0%,その他の医療従事者の9.1%,医師の 100%,薬剤師の100%が経験していた. 4)セクシュアルハラスメント被害と基本属性との関連 セクシュアルハラスメントの被害経験の有無を目的変 図1 患者等からのセクシュアルハラスメントの形態 注) 数字は度数.カッコ内の割合は,患者等からのセクシュア ルハラスメントの経験が一度でもある170名を分母として 算出した.
数,性別と年代,経験年数,職種を説明変数とするロジ スティック回帰分析の結果を表3に示した. その結果,これまでの被害経験については性別と経験 年数の関連が有意であり,被害経験を過去1年以内に限 定した場合は,性別と年代の関連が有意であった. 次に,職種によって経験されやすいセクシュアルハラ スメントの形態が相対的に異なるかを統計的に検討する ために,看護・介護職,リハビリ職,事務職を対象とし てロジスティック回帰分析を実施した(表4).その結果, 看護・介護職は,他の職種と比べて「容姿(顔,胸など) のことを言われる」というセクシュアルハラスメントを 経験しやすく,「抱きつかれる」というセクシュアルハ ラスメントを経験しにくいことが示された.また,リハ ビリ職は,他の職種と比べて「抱きつかれる」および「性 的な話や“下ネタ”を聞かされる」というセクシュアル ハラスメントを経験しやすいことが示された.さらに, 事務職は,他の職種と比べて「性的な事実関係(パート ナーの有無,胸のサイズなど)を尋ねられる」というセ クシュアルハラスメントを経験しやすいことが示され た.これらの結果は,性別の影響を考慮した上で検出さ れたものあった. 性別については,女性が男性と比べて「身体の一部(お 尻,胸,口など)への接触」というセクシュアルハラス メントを経験しやすいことが示された.それ以外のセク シュアルハラスメントについて性差は認められなかっ た.これらの結果は,職種の影響を考慮した上で検出さ れたものであった.VIFは全てのモデルで5未満であっ た. 5)相談の有無と相談しなかった理由 患者等からのセクシュアルハラスメント被害に関する 相談経験と,相談しなかった場合の理由を表5に示した. はじめに,セクシュアルハラスメント被害を経験したこ とのある職員のうち,相談しなかった経験があるのは 127名(74.7%)であった.また,46.5%の職員が「1度 も相談したことがない」と回答した. 相談しなかった理由としては,「大したことではない 接触 抱きつかれ る 容姿 性的話題 性的質問 性的行為を 迫られる 食事やデー トの誘い わいせつ画 像や動画 性差別 adjusted OR
(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) adjusted OR(95% Cl) 5.92* 1.13 - 0.98 1.45 0.31 1.2 - 0.58 (1.22 - 28.80) (0.21 - 5.93) - (0.28 - 3.37) (0.29 - 7.32) (0.05 - 1.81) (0.14 - 10.50) - (0.11 - 3.10) 1.94+ 0.26** 2.64* 1.24 0.57 1.21 1.24 0.20 1.24 (0.99 - 3.81) (0.10 - 0.71) (1.12 - 6.20) (0.63- 2.44) (0.25 - 1.30) (0.31 - 4.63) (0.41 - 3.80) (0.02 - 2.24) (0.42 - 3.59) 5.79* 1.24 - 1.65 1.22 0.48 1.31 - 0.55 (1.18 - 28.40) (0.22 - 6.90) - (0.46 - 5.98) (0.24 - 6.27) (0.08 - 2.81) (0.15 - 11.70) - (0.10 - 3.01) 0.45+ 4.04** 0.44 2.50* 1.19 2.13 0.97 - 0.70 (0.19 - 1.07) (1.41 - 11.60) (0.14 - 1.36) (1.06 - 5.87) (0.42 - 3.37) (0.54 - 8.36) (0.25 - 3.78) - (0.18 - 2.78) 8.21** 0.65 - 1.19 0.97 0.36 1.24 - 0.69 (1.74 - 38.90) (0.13 - 3.21) - (0.36 - 3..92) (0.20 - 4.70) (0.07 - 1.88) (0.15- 10.30) - (0.14 - 3.42) 0.41 0.86 0.24 0.13+ 5.17* - 2.22 8.11+ -(0.11 - 1.50) (0.10 - 7.18) (0.03 - 1.94) (0.02 - 1.06) (1.39 - 19.20) - (0.43 - 11.40) (0.67 - 98.13) -看護・介護職 (0 = 非該当,1 = 該当) リハビリ職 (0 = 非該当,1 = 該当) 事務職 (0 = 非該当,1 = 該当) 性別 (0 = 男性,1 = 女性) 性別 (0=男性,1=女性) 性別 (0 = 男性,1 = 女性)
注) adjustedORは,一方の説明変数の影響を考慮したオッズ比を表す.OR = OddsRatio.95% Cl = 95% 信頼区間.** p < .01, * p < .05, + p < .10. 5%水準で有意であったオッズ比を太字で示した.「接触」=身体の一部(お尻,胸,口など)への接触,「容 姿」=容姿(顔,胸など)のことを言われる,「性的話題」=性的な話や“下ネタ”を聞かされる,「性的質問」=性的な事実関 係(パートナーの有無,胸のサイズなど)を尋ねられる,「性的行為を迫られる」=性的行為を迫られる・誘われる,「食事やデ ートの誘い」=食事やデートにしつこく誘われる,「わいせつ画像や動画」=わいせつ画像や動画を見せられる,「性差別」=性 差別的発言や扱い(“男のクセに…”など). 「性的行為を見せられる」は度数が0のため分析に使用しなかった.値が「-」と なっている箇所は,クロス表で度数に0がみられたため,信頼し得る結果が得られなかったことを指す. 表3 基本属性を説明変数,セクシュアルハラスメントの被害 経験を目的変数としたロジスティック回帰分析の結果 これまでの 被害経験 (N = 398) 1年以内の 被害経験 (N = 388) adjusted OR (95% Cl) adjusted OR (95% Cl) 7.13** 6.21** (3.60 - 14.10) (2.64 - 14.60) 1.69+ 2.46** (0.94 - 3.05) (1.32 - 4.61) 0.44** 0.78 (0.44 - 0.78) (0.42 - 1.46) 1.44 1.24 (0.91 - 2.30) (0.73 - 2.10) 性別 (0 = 男性,1 = 女性) 年代 (0 = 30代以上, 1 = 20代) 経験年数 (0 = 5年以上,1 = 5年未満) 職種 (0 = 看護・介護職以外, 1 = 看護・介護職) 注) adjustedORは,他の説明変数の影響を考慮したオッズ比 を表す.OR = OddsRatio. 95% Cl = 95%信頼区間. ** p < .01, * p < .05, + p < .10.5%水準で有意であったオッ ズ比を太字で示した. 表4 性別および職種を説明変数,各セクシュアルハラスメントの被害経験を目的変数としたロジスティック回帰分析の結果 (N = 170)
と思った」が59.8%,「自分でうまく対応できているから」 が36.2%,「相談しても意味がないと思った」が27.6% と特に多かったが,それ以外にも「患者の疾患特性によ るものだと思った」,「我慢しなければならないと思っ た」,「受けた行為がセクシュアルハラスメントだと認識 できていなかった」,「相談先が分からなかった」,など 多岐にわたっていた. 6)相談先および相談によって生じた変化 患者等からのセクシュアルハラスメントについて1度 でも相談したことのある91名の相談先は,72名(79.1%) が「同僚」,31名(34.1%)が「上司」,10名(11.0%) が「友人・知人」,4名(4.4%)が「家族」,1名(1.1%) が「その他」であった.「労働組合」,「病院の相談窓口」, 「行政の相談窓口」,「民間の相談窓口」はいずれも0 名 であった. 相談したことによって生じた変化としては,「変わら なかった」と回答した職員が57名(62.5%)と最多であ った(図2). 7)学習機会の有無 現在の職場に入職してからセクシュアルハラスメント について学習する機会が「あった」と回答した職員は 60名(15.1%)であり,「なかった」と回答した職員は 332名(83.4%)であった. 4 考察 本研究の目的は,第1に,患者等から病院職員に対す るセクシュアルハラスメントについて対象者の職種や性 別を限定せず,かつ回答者にセクシュアルハラスメント の定義や具体例を示すことで適切に実態を把握するこ と,第2に,相談の有無や相談しなかった理由を明らか にすることで,具体的な解決策の検討に役立てることで あった. 1)手続きの有用性 職種や性別を限定せず,定義や具体例を提示した上で 回答を求めた結果,患者等からのセクシュアルハラスメ ントの被害経験率は42.7%と高率であることが明らかと なった.この結果から,実態を適切に把握するための本 研究の手続きの有用性を指摘することができる. 本研究と類似した手続きで実態把握を試みた研究は, いずれも患者等からのセクシュアルハラスメント被害の 経験率は5割超であるという結果を得ている.例えば定 義を回答者に提示したHibinoらの研究25)では,対象者 は女性看護職であり,被害経験率は55.8%であった.ま た,回答者に具体例を提示した大澤・加藤の研究9)では, 対象者は男女看護職であり,被害経験率は65.4%であっ た.いずれも看護職のみを対象としていることや,大澤 ・加藤9)のデータには「受けそうになった経験」も含ま れており,本研究との単純な比較は難しいものの,定義 や具体例を提示した場合に得られる被害経験率はこれま でのところ約4割~6割程度である. 一方,定義や具体例を示していない日本医療労働組合 連合会および日本医療労働組合連合会青年協議会の調 査26,32)では,報告されている被害経験率はいずれも10% 未満である.前者は職種を看護職に限定しており,性別 は限定していない.後者は過去3年以内に限定して経験 の有無を尋ねているが,多職種および男性を対象者に含 めている.両者の調査時期は2017年と2018年であり, セクシュアルハラスメントを取り巻く社会的状況も本研 究と大きな差はないと考えられる. 上記を踏まえると,本研究の結果は実態を反映できて いる可能性が高いと考えられ,セクシュアルハラスメン トの定義と具体例を回答者に明示するという手続きの有 用性が支持された.今後は,セクシュアルハラスメント の実態調査におけるunder-reportingを防ぐ方策として, 定義や具体例の提示が推奨される. なお,セクシュアルハラスメントは性別や年齢などに 関係なく発生するものであることを調査票に注記したこ 図2 相談後の変化 注) 数字は度数.カッコ内は割合であり,患者等からのセクシ ュアルハラスメントについて 1 度でも誰かに相談したこと がある91 名を分母として算出した. N (%) 相談経験 相談しなかったことが1度でもある 127 (74.7%) 1度も相談したことがない 79 (46.5%) 相談しなかった理由 大したことではないと思った 76 (59.8%) 自分でうまく対応できているから 46 (36.2%) 相談しても意味がないと思った 35 (27.6%) 相談しやすいタイミングが無かった 9 (7.1%) 相談先が分からなかった 8 (6.3%) 受けた行為がセクシュアルハラスメ ントだと認識できていなかった 13 (10.2%) 我慢しなければならないと思った 18 (14.2%) 患者の疾患特性によるものだと 思った 23 (18.1%) 相談したことが患者等に知れたら その後が怖いと思った 4 (3.2%) 相手に申し訳ないと思った 3 (2.4%) その他 2 (1.6%) 表5 相談経験および相談しなかった理由 (N = 170)
とも,適切な実態の把握に役立ったかもしれない.実際, イランの医療従事者におけるセクシュアルハラスメント 被害の実態調査では,セクシュアルハラスメント問題に 対する文化的な過敏さや恐れによって,適切な実態把握 が妨げられた可能性が指摘されており28),セクシュアル ハラスメントに対する心理的な構えは回答行動に影響を 及ぼし得る.この点を踏まえると,セクシュアルハラス メント被害は誰でも経験する可能性があり,決して恥ず かしいことでも悪いことでもないというメッセージを提 示することも,under-reportingの抑制に有効かもしれ ない.実際にどのようなメッセージの提示が心理的な障 壁を軽減するかについては,実験課題などを用いて今後 明らかにしていくことが重要である. 2)患者等からのセクシュアルハラスメント被害の実態 患者等からセクシュアルハラスメントを受けた経験が あった半数弱の対象者のうち,さらに5割以上が1年以 内にも被害を経験しており,約3割が複数回被害に遭っ ていることがわかった.また,全ての職種,性別,年代 に一定の被害リスクがあることがうかがえた. このような結果から,病院における患者等からのセク シュアルハラスメントは日常で頻繁に直面する問題であ り,決して放置してはいけない状況にあるということが 指摘できる.労働政策研究・研修機構は25歳から44歳 の女性労働者および労働経験者のうち,28.7%にセクシ ュアルハラスメントの被害経験があることを報告してい る33).また日本労働組合総連合会の調査34)では,対象 となった1000名の男女労働者のうち26.7% が職場でセ クシュアルハラスメントを受けた経験があった.これら の報告を踏まえても,病院職員は特にセクシュアルハラ スメント被害のリスクに曝されており,対策が急がれる 業種であるといえる. 被害内容に着目すると,言語的なものから身体的接触 の伴うものまで,さまざまなセクシュアルハラスメント が経験されていることがわかり,先行研究8,10)と同様の 結果となった.中には刑法やストーカー規制法などに該 当し得る行為もあり,病院内での出来事だからといって 看過されないようにする必要がある. 以上より,患者等からのセクシュアルハラスメントの 予防や発生時の対応に関する取り組みは喫緊の課題であ る.課題解決の方策としては,例えばポスターの掲示, 暴力対応の研修,患者の暴力リスクの事前アセスメント, 相談部署の設置,対応ガイドラインの作成などが先行研 究では紹介されている17,35-37).また,医師や公認心理師, 臨床心理士,精神保健福祉士の資格を有する職員と,職 場メンタルヘルスケアのための体制を構築しておくこと の重要性を指摘する研究も存在する38).患者等からのセ クシュアルハラスメント被害でPTSDやうつ病などを発 症した職員に対して,専門的な症状評価や治療,リワー ク支援を行なえる環境を用意し,貴重な人材を守ること は,労働安全衛生上非常に重要な施策といえる. セクシュアルハラスメント被害の有無と関連する要因 どのような要因が,患者等から職員に対するセクシュア ルハラスメント被害の有無に関連しているのだろうか. ロジスティック回帰分析の結果からは,過去1年以内に おける被害の有無に性別と年代が関連していた.したが って,女性もしくは20代の職員がセクシュアルハラス メント発生の可能性について理解しておくことはもちろ ん,その周りの職員もリスクについて知っておくことが, 適切なチーム対応をするうえで有益だと考えられる.一 方で,女性や20代の職員の被害予防に偏重してしまわ ないよう注意する必要もある.もし特定の属性の職員に 対策が偏重すれば,それ以外の職員の被害が軽視された り見過ごされたりするおそれもある.本研究によって, どのような属性の職員でも被害に遭う可能性があること が明らかとなった以上,対策はあくまでも全職員を対象 になされるべきである. なお,性別と年代に有意な関連が認められたという結 果は,性別,年代(30歳までか31歳以上か),職種(看 護師かそれ以外か)のいずれもセクシュアルハラスメン トの被害経験と関連がなかったとするWangらの研究と は一致しない.Wangら39)では過去3ヵ月以内の被害と の関連を検討していることから,期間によって性別と年 代の関連は異なる可能性があり,今後検討の必要がある. セクシュアルハラスメントの形態ごとの検討 セクシ ュアルハラスメントの各形態と職種,性別との関連につ いて検討したところ,形態別にしない場合の分析とは異 なる結果が得られた.まず職種の関連については,看護 ・介護職だけでなく,リハビリ職,事務職にも経験しや すいセクシュアルハラスメントがあった.また,その形 態は職種ごとに特徴があった.この結果は,セクシュア ルハラスメントの具体的な形態を特定せずに職種との関 係を検討し,「看護職が最もセクシュアルハラスメント を経験しやすい」としてきた本邦の研究17,35)への部分 的な反証となり,新たな知見といえる. セクシュアルハラスメント被害に関連する職種特異的 な要因は,先行研究でも検討されている.例えばタイの 総合病院の看護職を対象とした研究では37),看護職は特 に血圧測定や入浴介助場面でセクシュアルハラスメント を受けやすいことが指摘されており,本研究の結果も職 種ごとの特異性の存在を支持するものである.研修等で 職種に特化した情報を提示することができれば,実際に どのような場面でどのように注意を払えばよいかがイメ ージしやすくなると考えられる. 次に性別と各セクシュアルハラスメントとの関連につ いては,「身体の一部(お尻,胸,口など)への接触」 のみ,女性が男性よりも経験しやすい可能性が示された. 台湾の総合病院の職員を対象としたWangらの研究39) でも,望まない身体的接触は女性が男性より有意に経験 しやすいことが示されており,本研究の結果とも一致す る. なお,「身体の一部(お尻,胸,口など)への接触」 以外のセクシュアルハラスメントと性別との間には関連 が認められなかったことは特筆すべき結果である.つま り,セクシュアルハラスメントの種類によっては,性別
による被害の遭いやすさに差がない可能性があり,一般 的な認識とは異なる.今後,セクシュアルハラスメント と性別との関連を検討する際は,単なるセクシュアルハ ラスメントの被害の有無だけではなく,具体的なセクシ ュアルハラスメントの形態も指標とすることで,新たな 知見を蓄積していくことができるかもしれない. 3)相談行動の実態 患者等からのセクシュアルハラスメントについて相談 しなかった経験のある人は74.7%,1度も相談したこと のない人は46.5%であった.この結果から,患者等から のセクシュアルハラスメント被害は事例が潜在化しやす い可能性が指摘できる. なお,これまでの国内外の報告20,25,28)では,患者等か らのセクシュアルハラスメントについて相談しなかった 者の割合は19.0%から23.2%であり,本研究で得られた 割合は特に大きいといえる.対象施設の体制の充実度や 職場風土によって,相談しなかった人の割合は大きく異 なる可能性があるため,研究間で手続きの整合性を保ち, 比較可能なデータを蓄積していくことも求められる. 4)相談行動の阻害要因とそれに基づく対策 以下に示すように,相談行動の阻害要因はいくつかの まとまりに分けることができると考えられる.まとまり ごとに,求められる対策についても考察する. セクシュアルハラスメント問題の個人化の予防 ま ず,「大したことではないと思った」(59.8%)と「自分 でうまく対応できているから」(36.2%)についてである. これは,セクシュアルハラスメントが個人の問題として 認識されがちである日本の特徴3,29)を反映していると捉 えられる.例えばKamimuraらの報告29)によると,日 本の大学生は調査対象となった5ヶ国(アメリカ,日本, インド,ベトナム,中国)の中で最も性暴力への問題意 識が低かった.また,性暴力への問題意識が低いほど, 性暴力のリスクのある場面で被害に遭いそうな友人を助 けることへの関心が低かった.セクシュアルハラスメン トを含む性暴力に関する法整備が他の先進国と比べて遅 れている日本の現状5)を踏まえると,性暴力への問題意 識の低さは大学生に限った現象ではないと考えられる. 実際医療現場においても,患者等からのハラスメントの 原因を被害に遭った看護職側の注意不足や年齢などに帰 属し,個人の責任かのように認識してしまう看護職は多 いという指摘がある24). したがって,「大したことではないと思った」や「自 分でうまく対応できているから」という理由で相談に至 らないケースへの対策としては,患者等からのセクシュ アルハラスメントは組織全体,もしくは医療従事者皆で 共有している問題であるという認識を促すことが効果的 かもしれない.例えば,(1)セクシュアルハラスメント は暴力であり,基本的人権の侵害であること,(2)ハラ スメントの感じ方には個人差があり,自分が大丈夫であ っても他の職員にとっては苦痛を伴うことかもしれない こと,(3)患者等のハラスメントを容認したり放置した りすることで行動がエスカレートし,より大きな被害に 発展するかもしれないこと,(4)それによって患者へ医 療契約の解除等の対応をとるに至った場合,患者の受療 権も保障できなくなることなどを理解してもらうといっ た方法が挙げられる.「大したことではないと思った」 と「自分でうまく対応できているから」が最も頻度の高 い理由であり,相談行動を阻害する大きな要因であるな らば,上述の工夫を施していくことの優先度は高いとい える. 医療従事者側の権利意識の向上 次に「我慢しなけれ ばならないと思った」(14.2%),「患者の疾患特性による ものだと思った」(18.1%),「相手に申し訳ないと思った」 (2.4%)についてである.これらの認識が生まれる背景に, 患者の権利の過剰な重視,もしくは医療従事者の権利の 軽視があるとすれば,医療従事者側の権利意識を高める ような取り組みが求められる.実際,日本看護協会の調 査17)によれば,患者や患者家族の権利が強調されすぎ ることで,セクシュアルハラスメントなどの暴力が起き やすくなっていると感じている医療従事者は少なくな い. 具体的な方策として,(1)職員は医療従事者である前 に労働者であり,人間であるということ,(2)セクシュ アルハラスメントは,基本的人権の侵害であること,(3) 医療従事者としての役割と自分の感情との葛藤で判断に 戸惑うことがある場合は,労働者や人間としての権利の 視点に立ち返ること,について理解を促したり,組織の ポリシーに反映したりすることが挙げられる.また,「セ クシュアルハラスメントに積極的に対処していくことこ そが,患者等の福祉につながる」という点も強調し,患 者側の権利を軽視してしまっているかのような認識に陥 らないよう工夫することも大切であろう. ただし,権利意識の問題ではなく,セクシュアルハラ スメント対応の方法論を知らないことが我慢や諦めをも たらしている場合も多いと思われる.その場合,薬物療 法や認知行動療法,応用行動分析学,暴力防止プログラ ムといった介入の選択肢についての周知や習得を図るこ とも必要である22,40,41). 組織の体制整備 最後に,「相談先が分からなかった」 (6.3%),「相談しやすいタイミングが無かった」(7.1%), 「相談しても意味がないと思った」(27.6%),「相談した ことが患者等に知れたらその後が怖いと思った」(3.2%) は,主に組織の体制にかかわることであると考えられる. 相談窓口の設置,ガイドラインの策定,プライバシーに 配慮された相談方法や報告方法の周知,相談や報告によ って得られるメリットの周知など,関連法規に沿って体 制を充実させることは最も優先すべき取り組みであろ う. 相談促進要因としての周囲の役割 他の職員が被害に 遭いそうになった時や,被害に遭った時の対応力を高め ておくことも重要である.近年,性暴力予防の研究分野 では,周囲の人(bystander)の役割が強調されている 42).性暴力の被害に遭った人は,周囲の人が性暴力の問 題について理解があると認識できなければ,被害を開示
しづらくなる43).オーストラリアの看護師16名にイン タビュー調査をした研究44)では,セクシュアルハラス メントが発生した時の職場の特徴として,ハラスメント 問題に対する周囲の無関心や,仲間からのサポートを期 待できなかったことなどが挙げられており,周囲の対応 力の低さはセクシュアルハラスメントの発生と関連す る.したがって,被害に遭いそうな(あるいは遭ってい る)職員の救出方法や,被害に遭った職員に対するかか わり方,相談や報告の促し方など,求められる対応を予 め共有し,訓練しておくことも重要である.このような 取り組みは,問題を組織で共有している感覚を促す上で も効果的と考えられる. ただし,本研究では,相談に結びついたとしても「担 当を変えてもらった」,被害が「おさまった」と回答し た人は1割前後に留まり,「変わらなかった」と回答し た人が62.5%でほとんどであった.大澤・加藤の研究9) では,本人にとって最も辛いハラスメント体験の後,職 場が何もしてくれなかったと認知している人はそうでな い人よりもPTSD症状,不安症状,抑うつ症状が強く, 相談行動をとる傾向が小さいことが報告されている.つ まり,組織の対応も相談行動の阻害要因となり得るため, 迅速かつ適正に相談や報告に対応できる体制づくりが組 織には求められる. 5)セクシュアルハラスメントの学習経験 セクシュアルハラスメントに関する学習経験は非常に 少なかった.このような要因が,今回の結果に影響を与 えている可能性は否定できない.看護職が暴力の予防に 関する研修を受けていると,言語的暴力に遭うリスクを 約40% 程度低減できることを示唆した研究36)もある. したがって,本研究で得られた経験率はセクシュアルハ ラスメントについての知識や対応方法についての習熟が 低い環境における経験率であると推察できる.学習機会 の確保は男女雇用機会均等法で義務付けられており,積 極的な研修の実施が望まれる. 6)まとめと限界 以上のように,本研究では,対象の職種や性別を限定 せず,回答者にセクシュアルハラスメントの定義や具体 例を提示したうえで実態を調査し,患者等からのセクシ ュアルハラスメント対策が職種や性別などを問わず必要 であることを示すことができた.さらに,相談行動の阻 害要因を示し,要因ごとの対策を検討することができた. 職種や性別が限定されがちであったり,セクシュアル ハラスメントの定義や具体例が回答者に提示されていな かったり,具体的な対策の検討が不十分であったりした ことがこれまでの本邦の研究の限界であったことを踏ま えると,本研究の意義は大きい.職員および患者等の双 方の健康や権利が尊重されるための病院運営やさまざま な取り組みの基礎資料として,今回の結果が役立てられ ることが期待される. 本研究にはいくつかの限界がある.第1に,対象施設 が一施設のみであった.施設ごとにセクシュアルハラス メントに関する体制はさまざまであり,一施設のデータ に基づいて結果を一般化することは難しい.中でも男性 のサンプルサイズが小さいため,性差の解釈には注意を 要する.今後は,本研究で述べた要件を満たした実態調 査をより規模の大きいサンプルに対して実施すること で,一般化可能性を高めていくことが必要である.第2 に,相談行動の阻害要因の検討は予め用意された選択肢 の内容に依存している.相談行動を阻害する要因につい て検討を深める場合,自由記述やインタビュー法によっ てより幅広く,詳細に情報を集める必要があるかもしれ ない.第3に,本研究では,他の職種と比較してどのよ うな形態のセクシュアルハラスメントを受けやすいか を,3つの職種でしか検討できなかった.今後はサンプ ルサイズを拡大し,他の職種でも同様の検討を行なって いくことで,知見を拡大していくことが望まれる. 5 謝辞 多忙の折,ご協力いただいた対象者の皆さまへ心より 感謝申し上げます.また,本研究の構想や実施,執筆過 程でご協力,ご指導下さった全ての方へ厚く御礼申し上 げます. 文
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Sexual Harassment Toward Hospital Staff by Patients or Their Family
Members in a Japanese General Hospital
—An Examination Including Inhibitory Factors of Help-seeking Behavior—
by
Teppei Imakita*
1, Kayo Tajime*
1and Sanae Ikenari*
1In hospitals, sexual harassment toward staff by patients or their family members is an especially critical issue. Therefore, we conducted a cross-sectional survey on 478 staff members— across both genders and all ranges of medical professionals— from a hospital in the Chugoku region of Japan. Results revealed that 42.7% of staff had been sexually harassed by patients or their family members; the nature of the sexual harassment varied. The results of logistic regression analysis showed that sexual harassment acts such as “remark about appearance” for nursing or care staff; “hugs” and “dirty talk” for rehabilitation workers; and “sexual questions” for clerical workers are more common compared to other occupations. Furthermore, 46.5% of the victims did not ask for any advice or assistance, at the time of the incident or afterward, for various reasons such as : “It was meaningless to seek help,” and “I thought I just had to endure it.” The results of this study suggest that: 1) a more appropriate understanding of the actual situ-ation is possible by not defining occupsitu-ations and gender, and by presenting definitions and specific examples of sexual harassment; 2) effective strategies for promoting help-seeking behavior should be examined based on each inhibitory factor.
Key Words: Sexual harassment, Sexual violence, Trauma, Policies of dealing with violence, Health Care Worker, Work-related accidents