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アクセラレータによるスタートアップ・コミュニティの戦略的構築 台湾のAppWorks(之初創投)の事例研究

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赤門マネジメント・レビュー 20 巻 1・2 号 (2021 年 4 月)

1 〔研究ノート〕

アクセラレータによるスタートアップ・コミュニティの戦略的構築

―台湾の

AppWorks(之初創投)の事例研究―

The Strategic Construction of Startup Community by an Accelerator:

A Case Study of AppWorks in Taiwan

岸本 千佳司a Chikashi Kishimoto 要約:スタートアップ支援の仕組みとしてのアクセラレータは、米国で2005 年に創設された Y Combinator に始まり世界中に広まっ た。本研究で取り上げる「AppWorks (之初創投)」は、2009 年設立で台湾最初期の民間アクセラレータであり、卒業生起業家等によっ て構成されるコミュニティの規模ではアジア最大級とされる。AppWorks の特徴は、明確な戦略性にある。ビジネス領域ではインター ネット産業 (広義にはデジタルエコノミー)、目指すべき市場としては大東南アジア圏 (ASEAN+台湾、香港) にフォーカスする。ま た、独自のベンチャーキャピタル・ファンドの運営も行い、アクセラレータ卒業生および他の有望なスタートアップに投資している。こ れを通して、相互扶助と「恩送り」のカルチャーを持つスタートアップ・コミュニティの構築を進め、台湾の電子ハードウェア産業に偏っ た経済成長モデルの転換を促そうと志してきた。本研究の目的は、アクセラレータも企業と同様、戦略的な経営を行うことで優れたパ フォーマンスとユニークな存在感を示すことが出来ることを、AppWorks の事例分析を通して示すことである。AppWorks の「戦略ス トーリー」を描くことで、戦略としての一貫性や独自性を検討する。 キーワード:アクセラレータ、スタートアップ、AppWorks、コミュニティ、戦略ストーリー

Abstract: This study offers an in-depth case study of “AppWorks” in Taiwan which was established in 2009. AppWorks is one of the representative and long-established accelerators in Taiwan and Asia. AppWorks is remarkable due to their excellent strategy. They focus on a specific business field (the internet business/digital economy) and on a specific market area (Greater Southeast Asia). They also manage their own venture funds, through which they invest in promising startups including graduated teams from their accelerator and others. AppWorks has successfully established their own startup community with mutual-aid and “paying-it-forward” culture, which is one of the largest ones in Asia. Their goal is changing the economic development model of Taiwan which has heavily depended on the electronic hardware industry. The main purpose of this paper is to show that an accelerator, like an enterprise, can create an outstanding performance and a unique presence through strategic management. I try to draw the “strategic story” of AppWorks and examine the consistency and individuality of the story.

Keywords: accelerator, startup, AppWorks, community, strategic story

a 公益財団法人 アジア成長研究所 (Asian Growth Research Institute, 11-4 Otemachi, Kokurakita, Kitakyushu, Fukuoka,

803-0814 Japan), [email protected]

1. はじめに:問題意識と目的

本研究は、台湾を代表するアクセラレータ (accelerator) のひとつである「AppWorks (之初創投)」の事例 研究である。アクセラレータとは、近年注目を浴びるようになったスタートアップの育成・支援の新たな手 法であり、その歴史は、米国で 2005 年にポール・グレアム (Paul Graham) らにより設立された Y Combinator から始まり、その後米国内および世界各地に広がっている。1 アクセラレータは次のように定義

1 2010 年には米国の Techstars が主導してアクセラレータの業界団体「Global Accelerator Network (GAN)」が創設された。

https://doi.org/10.14955/amr.0200811a © 2021 Global Business Research Center

査 読 つ き 研 究 ノ ー ト 2 0 2 0 年 8 月 1 1 日 受 付 2 0 2 1 年 3 月 2 5 日 受 理

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されている。「スタートアップ・アクセラレータは、教育、メンターシップ、資金供給を通して、初期ス テージの成長志向型の企業を支援する。スタートアップは、決められた一定の期間、コホート (各期プログ ラムに選抜されたグループ―引用者) の一員として、アクセラレータに参加する。アクセラレータでの経 験は、急激で臨場感ある教育プロセスであり、若いイノベーティブな企業のライフサイクルを加速し、何年 分もの価値のあるラーニング・バイ・ドゥーイングを数ヵ月に圧縮することを目指すものである」 (Hathaway, 2016)。 アクセラレータには、それ自身の運営を担う経営幹部やスタッフ、支援対象のスタートアップに加え、 アクセラレータの運営資金を供給するスポンサー (企業、民間投資家、公的機関)、スタートアップ支援に 必要なサービスや製品を優遇的に提供するパートナー (メンター、専門的サービス・技術提供企業等)、お よびスタートアップの資金調達に貢献する投資家 (エンジェル投資家、ベンチャーキャピタル、大企業) と

いった多様なアクターが関わっている (Vandeweghe & Fu, 2018)。このため、アクセラレータは、これら関 連アクターのリソースが集まり、様々なマッチングや連携促進が行われる、いわばスタートアップ支援体制 のハブ的な位置づけにある。アクセラレータは、営利企業のような通常の経済活動を行うのではなく、新企 業の創設と成長を後押しする制度インフラに属するものである。しかし、企業と同様、戦略的な経営を行う ことでアクセラレータごとに独自のポジショニングや組織能力および競争優位を築くことが出来るのであり、 本研究は台湾のAppWorks の事例を通してこれを示すことを目的とする。 アクセラレータの一般的特徴について、Hathaway (2016) を参考にもう少し敷衍しよう。毎期一定のプロ グラム実施期間 (3~6 ヵ月程度) があり、支援対象は、発展段階初期ステージのスタートアップで、定期 的に公募され競争的に選抜される。支援プログラムは、個別的にではなく毎期選抜された複数のスタート アップのグループに対して実施される。この同窓生的グループは、「コホート (cohort)」とも呼ばれる。支 援の内容は、セミナー形式の教育で、メンターによる指導も熱心に行われる。アクセラレータ自身のビジネ スモデルとしては、スタートアップに投資を行うものもあれば、非営利のものもある。以上のような支援活 動は、オンサイト (特定の場所に集って、現場で) で実施される (Hathaway, 2016 より。ただし筆者により 若干言葉を補った)。

別の文献によると (Cohen, Fehder, Hochberg, & Murray, 2019)、アクセラレータは次のような特徴を持つ。 ①時限的なプログラムで、スタートアップのコホートに対しその事業の構築と開始を支援する。②しばしば、 少数の出資比率と引き換えに、少額のシードキャピタルと事業スペースを提供する。③ネットワーキング、 教育、メンターシップの機会を提供する。そのために、例えば、成功した起業家、アクセラレータの卒業生、 ベンチャーキャピタリスト、エンジェル投資家、法律家、会計士、企業幹部のような人々からなる広範囲な 地域コミュニティから仲間・メンターを引き入れる。④大半のプログラムは、通常「デモデイ (Demo Day)」 と呼ばれる盛大な卒業イベントがある。これは選ばれた投資家から成る多数の聴衆の面前で参加チームがプ レゼンを行う機会として演出されたものである。 以上は、あくまでも一般的説明であり、実際には様々なバリエーションがある。例えば、アクセラレー タがスタートアップへの投資をするかどうかでは、米国やカナダではその傾向があり、欧州ではそうではな いという (Fowle, 2017)。スタートアップにオフィススペースを提供するかどうかでは、そうする場合はイ ンキュベータと呼ばれ、そうでない場合がアクセラレータと呼ばれる。ただし、その区別はあまり厳密なも 近況で、世界の6 大陸、120 以上の都市、100 以上のアクセラレータが加盟している (https://www.gan.co/ 2021 年 2 月 1 日閲覧)。

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のではないという (Stross, 2012)。支援活動がオンサイトで実施されるという点についても、近年では、ア

クセラレータの教育・メンタリングがバーチャル (オンライン) で行われる例もある。2

続いて、アクセラレータの活動内容に関する既存研究をサーベイする。既存研究の視角は、アクセラ レータのタイプ分け、アクセラレータの組織・運営、アクセラレータの成果・貢献の評価の三つに大別でき る。先ず、アクセラレータのタイプ分けについてである。Clarysse and Yusubova (2014) は、特定の技術・産

業領域にフォーカスしているか否かで「特化型 (specific)」と「一般型 (generic)」に分類し、収入源の違い

から「民営 (private)」と「公営 (public)」に分類する。また、Leatherbee and Gonzalez-Uribe (2018b) は、活

動目的による分類として次の三つをあげる。①「投資家主導型 (investor-led)」:有望な投資先となるスター トアップの探索を重視する。支援提供の見返りに一定比率の株式を取得する。②「エコシステム型 (ecosystem)」:ある地域でのスタートアップ活動の刺激とそれを通した社会経済発展の促進を目的とし、多 くは政府機関や非営利団体がスポンサーとなる。③「マッチメーカー型 (matchmaker)」:大企業がスポン サーとなり、スポンサー企業の事業発展と新製品・サービス開発に資するようなスタートアップを選びマッ チングすることが狙いである。この他にも、大企業自身がオープンイノベーション推進手段のひとつとして アクセラレータを運営することがある。コーポレート・アクセラレータと呼ばれるが、これに関しては、鈴 木 (2017) が体系的かつ実務的な知識を提供している。

次に、アクセラレータの組織や運営に関するものである。Pauwels, Clarysse, Wright, and Van Hove (2016) は、

欧州の13 のアクセラレータの調査から、アクセラレータの制度設計の重要要素として、program package (支

援内容)、strategic focus (産業セクターや地域などによる対象の限定)、selection process (チーム選抜プロセ

ス)、funding structure (資金源)、alumni relations (プログラム卒業後の関係維持) をあげる。同様に Clarysse and Yusubova (2014) は、欧州の 13 のアクセラレータの調査に基づき、アクセラレータが効果を上げるため には、selection process and criteria (選抜プロセスと基準)、business support services (メンタリングを含む支援内

容)、networking (起業家チームの内外でのネットワーキング促進) の三つが適切であることが不可欠と述べ

る。さらに、Fowle (2017) は、文献サーベイに基づき、アクセラレータの成功要因として、起業活動の豊 富な地域での立地、仲間・グループ学習の重視、内外のネットワーク/コミュニティの形成、保証としてで はなく成功報酬としての資金提供、投資家ネットワークとの連結、アクセラレータ自身のブランド構築、そ の結果としての優秀な起業家チームの吸引・選抜、高品質のプログラムをあげる。アクセラレータの個々の 活動にフォーカスしたものとしては、例えば、Yitshaki and Drori (2018) はメンタリングについて、

Leatherbee and Gonzalez-Uribe (2018a) は選抜プロセスについて、各々詳しく分析している。

加えて、アクセラレータの活動成果や貢献の評価に関する研究もある。Bone, Gonzalez-Uribe, Haley, and Lahr (2019) は、英国での広範な調査に基づき、アクセラレータの支援内容の細目、例えば、資金提供、オ フィススペース提供、実験室や機器の使用、仲間チームとのつながり、コーチング、ビジネスモデルの検 証・改善、ビジネス・スキルの訓練、潜在的パートナーや顧客へのアクセス支援、潜在的投資家へのアクセ ス支援などに対するスタートアップからの評価を分析している。また、Hausberg and Korreck (2020) は、ア

クセラレータの評価では、支援企業レベルでの成果とより広いレベルでの貢献の2 側面から見ることを主張

する。前者は卒業チームの数や卒業企業のサバイバル率、アクセラレータの支援を受けていないスタート

2 例えば、Y Combinator は、2017 年に Startup School という名称の、年 1 回 10 週間のオンラインコースの提供を開始し

た。2020 年以降は、1 回 8 週間、年に複数回開催されるようになった (https://www.startupschool.org/about; https://jp.techcrunch.com/2019/12/11/2019-12-10-y-combinator 2020 年 1 月 31 日閲覧)。

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アップと比したビジネス・パフォーマンスの優位性といったことであり、後者は地域・国全体のようなマク ロ経済への直接・間接の貢献、すなわち経済収支、雇用創出、税収、起業数、スタートアップへの投資額な どの指標で測られるものである。 このような議論をしてきた既存研究だが、いまだに明らかにできていない課題がある。それは、アクセ ラレータ自身が優れたポジショニングや効果的な経営方式をどのように形成するのかに関する、戦略的な分 析である。既存研究では、多数のアクセラレータあるいは多数の卒業生スタートアップについての調査や データ、もしくは他者によるそうした調査研究のサーベイから得られた知見を整理・分析し、支援の効果や アクセラレータの成功要因について個別的な言及をしている。しかし、アクセラレータの活動の様々な要素 がどのように関連しており、どのように成果・貢献につながっているか、どのように全体として一貫性と独 自性を持った戦略となっているか (もしくは、そうなっていないか) を十分には検討していない。また、ア クセラレータのタイプ分けをした研究においても同様である。タイプごとに一定の経営の特徴・方向性が見 いだされるであろうことは推測できるものの、現実の事例は多種多様であり、こうした単純な類型でカバー できるものではない。表面的な類型をみるだけでは、その戦略の体系的な理解は出来ない。そこで本研究は、 台湾のアクセラレータであるAppWorks の詳細な事例分析を通じて、アクセラレータも企業と同様、戦略的 な経営を行うことで優れたパフォーマンスとユニークな存在感を生み出すことが出来ることを明らかにする。 そうした事例提示により、アクセラレータがどのような戦略によって成長し、優位性を築くことができるの かについて考察する。 もちろん、既存研究の中にも、個別事例を詳しく扱っているものもある。例えば、Stross (2012) は Y Combinator の設立の経緯や運営の実情について詳細な紹介をしており資料的な意味で参考になる。ただし、 ノンフィクション記事的な書き方で経営戦略の体系的な分析にはなっていない。別の例をあげると、Ester (2017) はシリコンバレーの 20 数個のアクセラレータを取材し、理念、ビジネスモデル、他の関連アクター との連携、スタートアップ選抜方法、メンタリング、支援プログラムなどの事項について各アクセラレータ の取り組みを具体的に紹介している。ただし、個々のアクセラレータについてこれらの事項の間のつながり や体系性に関しては十分検討されていない。そこで、本研究はひとつのアクセラレータの詳細な事例分析を 通じ、複数の戦略要素がどのように絡み合って、そのパフォーマンスにつながっているのかを明らかにする ことで、アクセラレータの経営に関する示唆を行う。次節では、その方法論を説明する。

2. 方法論

本研究では、アクセラレータの経営の各項目が如何に関連し、全体として一貫性と独自性のある戦略を 形成しているか否かを分析するために、楠木 (2010) が提唱する「ストーリーとしての競争戦略」を描き出 す手法を応用する。同書は、戦略ストーリーを図1 のように位置づける。 同書に基づき図1 の説明をすると、先ず「業界の競争構造」は、当該業界が利益の出やすい構造か否かを 左右する要因で、M. Porter のファイブフォースの枠組み (Porter, 1980) で分析されるようなものである (楠 木, 2010, pp. 85–92)。次に「競争戦略」とは、「競争がある中で、いかにして他社よりも優れた収益を持続的 に達成するのか、その基本的な手立てを示すもの」である (楠木, 2010, p. 101)。そして、競争戦略の本質の ひとつは競合他社との「違い」をつくることで、「違い」には「ポジショニング (SP: Strategic Positioning)」

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優れた競争戦略は「競争優位 (Competitive Advantage)」を生み出し、「業界の競争構造」が有利なもので あるなら、あるいは不利であったとしても競争戦略で補える限りでは、「持続的な利益」を生み出すと期待 される。「競争優位」とは、利益創出の最終的な論理であり、その中身を突き詰めると、コスト優位、WTP (Willingness To Pay:何らかの理由で顧客がより多く支払いたくなる状態をつくること)、および、ニッチ特 化の三つとなる (楠木, 2010, pp. 172–182)。 今日競争環境が激化するにつれ、SP や OC による「違い」だけで持続的な「競争優位」を創出するのは 困難となってきており、そこで競争戦略のもうひとつの本質である「つながり」が重視されることになる。 これが「戦略ストーリー」であるが、これは「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体としてなぜ事業を駆 動するのか」を説明し、かつ「なぜその事業が競争の中で他社が達成できない価値を生み出すのか」「なぜ 利益をもたらすのか」を説明するものである (楠木, 2010, p. 20)。優れたストーリーとは、つながりが縦横 にきちんとした因果論理でつながっているものであり、換言すれば「一貫性 (Consistency)」がストーリー の評価基準である (楠木, 2010, p. 186)。 加えて、図 1 には明示されていないが、戦略ストーリーを組み立てるときに柱となるその他の要素とし

て、「コンセプト (Concept)」と「クリティカル・コア (Critical Core)」があげられる (楠木, 2010, p. 173)。

「コンセプト」は戦略ストーリーの起点であり、「顧客に対する提供価値の本質を一言で凝縮的に表現した言 葉」である (楠木, 2010, p. 241)。「クリティカル・コア」は、「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続 的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」である (楠木, 2010, p. 295)。 補足すると、図1 とこれまでの説明では「競争戦略」のうち「違い」をつくる側面を SP と OC、構成要 素間の「つながり」の側面を「戦略ストーリー」と狭く定義している。他方で、同書には図1 に描かれてい る様々な要素とそれらの間のつながり、およびそれが持続的利益に如何につながるかの全体像を「戦略ス トーリー」と呼んでいる記述もある (例えば、楠木, 2010, p. 208 の図 3・8)。したがって、厳密には、「戦略 ストーリー」にも狭義 (「競争戦略」の 1 側面) と広義 (図 1 に描かれたような戦略の全体像) があると解 図1 戦略ストーリーの位置づけ 出所) 楠木 (2010, p. 234) の図 3・10 を引用。 SP (What) OC (How) 競争優位 持続的な利益 業界の競争構造 (Where, When) 戦略の構成要素 競争戦略 戦略 ストーリー (Why)

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釈される。 この分析枠組みは元々営利企業の戦略分析のためのもので、これをアクセラレータに応用するには、各 要素の内容を若干解釈し直す必要がある。第 1 に、「業界の競争構造」は、企業では当該業界が利益の出や すい構造か否かの問題だが、ここではアクセラレータを取り巻く環境条件と置き換えられよう。つまり、 フォーカスする業界・ビジネス領域におけるスタートアップ創出・成長のチャンスであり、また、国・地域 の政策や環境も影響するであろう。これを本稿では、「業界・国・地域の環境条件」と言い換えることにす る。第 2 に、「ポジショニング (SP)」と「組織能力 (OC)」であるが、アクセラレータにおいては、前者 は、どのような業界・ビジネス領域、あるいは支援対象としてどのような特徴を持った起業家チームに フォーカスするか、そもそも特定の領域やグループにフォーカスするかどうか、といったことであろう。後 者は、スタッフの能力やメンター・協力者等のネットワークの充実度、独自のファンドがある場合はファン ド運営の能力といったことがその主な内容となるであろう。第 3 に、「競争優位」は、企業においてはコス ト優位などの利益創出の最終的な論理を指すが、アクセラレータでは起業家チームやメンター・協力者等を 引き付ける如何なる魅力があるかが問われる。第 4 に、「コンセプト」は、企業では顧客に提供する本質的 価値、広義には企業の存在意義を指す。アクセラレータにおいても、その根本的な存在意義や主要な活動目 的を意味すると解される。第 5 に、「クリティカル・コア」は、ストーリーの独自性と一貫性の源泉となる 中核的な構成要素であるが、これは企業でもアクセラレータでも同様であり、どの要素がこれに該当するか は、事例ごとにストーリーの全体像の中で見極められるべきである。第 6 に、戦略ストーリーのゴールは 「持続的な利益」となっている。他方、アクセラレータでは、非営利団体の場合もあり、また商業ベースで あったとしても、自身の利益の追求や組織の存続・拡大よりもスタートアップ・エコシステムの発展を究極 的使命としていることもあり得るので、事例ごとに見極める必要がある。本稿では、単に「最終ゴール」と 呼ぶ。 以上が本稿の事例研究の分析枠組みとなる。これを図示したのが図2 である。概ね図 1 に倣って描いてい るが、違いもある。先ず、上述のように要素の名称を部分的に変更した。次に、「業界・国・地域の環境条 件」は、「最終ゴール」に直接的に影響するのではなく、「競争戦略」およびその中の個々の構成要素と相互 作用することで間接的に「最終ゴール」に影響すると考え、「環境条件」と「競争戦略」の間に双方向の矢 印を置いた。さらに「競争戦略」の真ん中の「戦略ストーリー」(狭義) の内容もやや精密に描いており、 様々な構成要素 (A、B…) の中で「コンセプト」と「クリティカル・コア」が特に注目すべきものである ことを示唆した。そして、この図に出てくる全ての要素とそのつながりを分析した全体像が広義の「戦略ス トーリー」となる。 本研究で台湾のAppWorks に注目する理由は次のようなことである。第 1 に、AppWorks は台湾で最初期 に設立されたアクセラレータのひとつで (2009 年設立)、活動の歴史と成果において、台湾そしてアジアで も代表例のひとつとみなされる。第2 に、独自の体系的な戦略があり、本稿執筆時点までに相当の発展をみ せており、戦略要素のつながりや戦略の成否を検討する上で適切な素材である。加えて、第3 に、アクセラ レータの経営状態や戦略は、それが立地する国・地域の環境や政策に相当の影響を受けていると考えられる。 上述の既存研究では、こうした側面についてはあまり論じられていない。台湾は米国と中国という二つの超 大国の狭間でバランスをとりつつ、独自の発展・生き残りの道を切り開く必要に迫られた日本も含む中小国 のある意味代表例とも言えるため、こうした環境条件がアクセラレータの活動・戦略に及ぼす影響を考察す る上で参考になる。

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AppWorks は、アクセラレータのタイプとしては、上述の分類に従えば、特化型 (インターネット産業に フォーカス) で民営である。活動目的でいえば、三つのタイプの特徴を大なり小なり含むが、エコシステム 型の色彩が濃い。すなわち、起業家育成とスタートアップ・コミュニティの構築を通して、台湾の今後の経 済成長を牽引するであろうインターネット産業の振興を目指しているのである。 事例分析の材料としては、筆者の知る限り、経営学・経済学の学術研究としてAppWorks をまとまった形 で取り上げた文献は少ないので、AppWorks のウェブサイトの情報や業界関連雑誌記事に加え、筆者自身に

よる聞き取り調査の記録を用いる。AppWorks ウェブサイト (https://appworks.tw/) の項目には、「Accelerator」

(アクセラレータ・プログラム)、「Investments」(ファンドの投資活動)、「School」(ソフトウェア人材育成

プログラム)、「Team」(スタッフ)、「Join Us!」(社員募集) の他、「Blog」がある。Blog には AppWorks 関

係者がこれまでに執筆した記事、すなわちAppWorks の活動自体に関する宣伝・報告、関連産業情勢分析、

スタートアップの事例紹介、起業ノウハウの教育的解説等が300 本以上も収録され、随時追加されている。

これらはAppWorks の活動内容・戦略・発展経緯を知る上で貴重な情報源であり、本研究ではこれを活用し

た。また、筆者自身によるAppWorks 関係者 (パートナーの Joseph Chan〔詹德弘〕氏) への聞き取り調査

で、公開された記事等では不明瞭な背景や詳細についても踏み込んだ取材をした。2017 年 9 月 27 日、2019

年9 月 19 日の 2 回は台湾で訪問調査を、2020 年 4 月にはメールを通じて数回の追加的取材を行った。引用

の際は、各々、「J. Chan, personal communication, September 27, 2017」「J. Chan, personal communication, September 19, 2019」「J. Chan, personal communication, April, 2020」と記す。

以下の各節の流れを上述の分析枠組みとの関連で説明する。第3 節では、AppWorks 設立の背景を紹介す る。これは「コンセプト」の説明に該当する。第4 節では、AppWorks の「ポジショニング」、すなわち、 ビジネス領域ではインターネット産業、市場では大東南アジア圏にフォーカスする経緯や根拠について説明 する。同時に、これはその時点の台湾を取り巻く「業界・国・地域の環境条件」からの影響を受けて打ち出 されたものであることも示される。第5節では、戦略ストーリーの主な構成要素 (その1) としてAppWorks アクセラレータについて詳しく解説する。第 6 節は、戦略ストーリーの主な構成要素 (その 2) として 図2 本研究の分析枠組み (広義の戦略ストーリー概念図) 出所) 筆者作成。 … ポジショニ ング(SP) 組織能力 (OC) 最終 ゴール 業界・国・地域の環境条件 戦略の構成要素 [競争戦略] コンセプト クリティカル・ コア 構成要素B 構成要素A [戦略ストーリー] 競争 優位

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AppWorks ファンドを取り上げる。AppWorks では独自のファンドの運営も行っており、これがアクセラ レータと車の両輪の関係にあると同時に、AppWorks 全体の戦略の自律性と一貫性を担保する重要な要素、 すなわち「クリティカル・コア」に該当することを示す。また、ファンドを有効に運営するために必要なコ ア能力についても分析し、これが「組織能力」の中核的内容であることも明らかにする。第 7 節は、 AppWorks のこれまでの活動成果について言及する。主な内容は二つある。先ず、スタートアップ支援の直 接的効果として大規模な起業家コミュニティが構築されていることを示し、これが AppWorks の持続的な 「競争優位」となっていることを指摘する。また、戦略ストーリーの「最終ゴール」がインターネット産業 でのスタートアップ・エコシステムの実現であると指摘した上で、近年までの成果がそれに届いているか否 かについても検討する。次に、より広いレベルでの貢献としてAppWorks の活動が台湾の関連業界の状況や 国レベルでの発展戦略にすら一定の影響を与えており、いわば「業界・国・地域の環境条件」の展開に働き かけている側面があることを明らかにする。第8 節では、以上の分析を踏まえ、これら要素間のつながりの 全体像、つまりAppWorks の広義の戦略ストーリーを図示・解説し、本稿全体のまとめとする。

3. コンセプト:AppWorks 設立の背景

本節では、AppWorks 設立の背景、とりわけ創設者の経歴・思想について解説する。これは戦略ストー リーの「コンセプト」の説明ともなる。

AppWorks は、民間の運営する台湾最大級のアクセラレータで、若手起業家であった Jamie Lin (林之晨)

氏により 2009 年に創設された。台湾のアクセラレータとしては最初期に開設されたもののひとつであり、 支援対象領域はインターネットとモバイル関連ビジネス (2018 年後半以降は、AI と Blockchain に特化) で ある。台北市内の繁華街に位置し (住所:台北市信義區基隆路一段 180 號;ひとつのビルの中の数フロ アーを使用)、2,200 m2の床面積にアクセラレータ用スペース、コワーキングスペース、オープンスペース、 大小の会議室、ラウンジ、カフェなどの施設に高速無線ネットワーク、コピー・FAX・プリンターといった 備品・設備があり 365 日 24 時間オープンである (AppWorks ウェブサイト https://appworks.tw/accelerator/ 2021 年 4 月 16 日閲覧)。機能的には、主に初期ステージの起業家を対象とするアクセラレータ、およびス タートアップに投資するベンチャーキャピタル (venture capital、以下 VC と略記) としての二つの顔を持ち、 加えて人材 (ソフトウェア・エンジニア) 育成のための AppWorks School の運営もしている。

設立の背景として、AppWorks 創設者の Jamie Lin 氏の経歴を紹介する。Lin 氏は、1978 年に台湾で著名な

医師の家庭に生まれた。1999 年、台湾大學 3 年時に、同窓生と B2C の PC 小売販売 Web サイト「哈酷網」

を立ち上げたように、本人も若くして起業経験がある。大学卒業後、New York University Stern School of

Business に留学した。2006 年には、ニューヨークで、友人と共同で旅行者 SNS の Sosauce を創設し、2008

年には、それが3D ゲーム製作会社の Muse Games に生まれ変わった。自身で起業するのと前後して、HSS

Ventures や All Asia Partners などの VC で勤務した経験も持つ。ニューヨークに住み iPhone や Android といっ

た Web プラットフォームが勃興し起業チャンスの波が訪れたことを感じ取った同氏は、2009 年に帰国し

AppWorks を立ち上げた。アクセラレータ・プログラム開始は 2010 年からである。3

上述のように、AppWorks はソフトウェアやネットビジネスでの起業支援を専門とするが、この背景とし

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て、インターネットビジネスは一般に必要な初期投資額が小さくかつリスクが低いからということ以外に、 台湾の次世代リーディング産業の発展を促すという狙いもある。2013 年 6 月当時の Jamie Lin 氏のインタ ビュー記事によれば、次のような考えが示されている。PC などのハードウェアはコモディティ化が進み、 その後最大価値を生み出すようになったのがインターネット企業である。シリコンバレーでは、Google や Facebook のようなインターネット企業やソフトウェア企業が現在最大価値を生み出している。これに加え、 台湾の状況として、台湾には優れたエンジニアの蓄積があり、また台湾のエンターテイメント産業は世界に 影響を与える力を持っている。台湾でインターネット産業が発展すれば、エンターテイメント、文化創意な どの産業を推進することにもつながる。総合的にみて、インターネット産業は台湾の産業全体を活性化させ る上で、非常に有効なビジネスと言える、ということである (TechOrange, 2013b)。

同様に、詹益鑑 (IC Jan) 氏 (元 AppWorks の共同創設者・パートナー) による 2016 年 4 月当時のインタ

ビュー記事では次のような趣旨のことが述べられている。インターネット産業は知識集約型で、小国であっ ても優秀な人材を投入すれば強い競争力を持てるチャンスがある。台湾のハイテク製造業は次第に台湾の経 済成長を牽引する力がなくなってきており、牽引力はネットワーク産業へと移ってきている。新たなイノ ベーション・エコシステムを造成し、台湾をネットワーク強国に発展させることが急務である。新たな経済 は、ネットワーク駆動型もしくはデジタル駆動型経済である。そこで重視されるのは、「群衆の知恵 (群眾 智慧)」と「データ活用能力 (運用數據的能力)」であり、群衆の参画による創造という側面を持つネット ワークの開放された環境で、その資源とデータを活用し最終消費者のニーズを理解できる「i 人才」が重要 となる。

他方、従来台湾の経済成長を牽引してきた電子機器受託製造業 (electronic manufacturing service: EMS) の

ビジネスモデルは、最終消費者よりも顧客 (ブランド機器メーカー) に向き合い、コスト主導型で規模の経 済を追求することが中心である。台湾は EMS 型ビジネスであまりに成功したため、その弊害で最終消費者 のニーズとマーケティングが理解できる人材が不足している。これが台湾の産業の転換・アップグレードが 迅速に進まない理由のひとつである。しかも当時、台湾においては、ネットワーク産業は重視はされている ものの最重要産業とは看做されておらず、若く優秀な人材への吸引力も強くはない。これが、米国や中国で 最優秀人材がGoogle や Facebook あるいはバイドゥやアリババへ就職したがることと異なる点である。こう した状況下で、AppWorks が当に行っているように、起業家を支援し、人材と資金を吸引し、ネットワーク 産業のインキュベータの役割を果たすことが民間のなすべきことであるという (以上、詹益鑑, 2016)。 台湾のインターネット産業の発展史としては、2000 年頃までは台湾は米国とほぼ同じスピードで同様の ビジネスをやっていた。ところが、2001 年に IT バブルが崩壊し、それ以降ごく一部の自己資金で運営する 会社以外はほとんど活動が止まった。2010 年代以降潮流が変わり、台湾インターネット産業の第 2 成長期

が始まった (J. Chan, personal communication, September 27, 2017)。AppWorks は、ちょうどその頃から活動を

開始し、そうした潮流の変化を促す要因のひとつとなると同時に、一度第2 成長期が本格化するとその追い 風を真っ先に受ける位置にいたのである。 以上を要約すると、AppWorks の取り組みは、単にインターネットビジネスの勃興という流行を追っただ けのものではなく、従来の台湾のIT・電子ハードウェア製造業 (とりわけ EMS) 主体の経済成長モデルを 転換させることを目指したものである。今後の台湾の経済成長を牽引するインターネット産業の発展に向け て、その担い手である起業家や人材を引き付け支援する事業をなすという志・ビジョンがみてとれる。これ が戦略ストーリーの「コンセプト」に当たる。

(10)

4. ポジショニング:業界・国・地域の環境条件との関わり

AppWorks は、ビジネス領域としてはインターネット産業 (広義にはデジタルエコノミー) にフォーカス し、今後台湾が目指すべき市場としては「大東南アジア圏 (Greater Southeast Asia:GSEA)」(ASEAN+台湾、

香港) を掲げている。本節では、こうした「ポジショニング」が打ち出された経緯とその根拠を、「業界・ 国・地域の環境条件」との関りを意識しつつ解説する。 4.1. ポジショニングの経緯 AppWorks は今や台湾を代表するアクセラレータのひとつで、アジア最大級の OB・関係者のコミュニ ティを擁するものとして注目されている。有名企業での勤務経験者および東南アジアや欧米等の海外からの 起業家チームが多数参加し、その Demo Day には 1,200 名以上もの投資家、著名企業、行政・立法府やメ

ディアの関係者が詰めかけている。また、Jamie Lin 氏をはじめとする AppWorks の運営者は台湾政府の閣僚

レベルとも密接にコミュニケーションをとるほどになり、Lin 氏個人は台湾の産業界・行政界の重要ポスト

を多数兼任するまでになった。4

これまでの道のりは決して平坦ではなく、当初は心無い誤解や批判を浴びることもあった。しかし、ア クセラレータ開始 (2010 年) から 3 年ほどすると知名度も上がり、経験豊かな起業家が多く応募してくる

ようになった (TechOrange, 2013b)。5 年ほど経つと世の潮流が変わり始めた。以下、アクセラレータ開始 5

年後の第10 期以降の Demo Day の様子を紹介した記事に基づき、5 その後の AppWorks の戦略とその発展経

緯、そして AppWorks を通してみた台湾のインターネット産業の発展状況をみてみよう。これは、「業界・

国・地域の環境条件」がAppWorks の戦略ストーリー、とりわけ「ポジショニング」と如何に関わっている

かという話でもある。

第10 期 Demo Day (2015 年 6 月 17 日開催) には 1,200 名もの聴衆が詰めかけ、しかもその 9 割が Demo

Day 初参加であり、インターネット産業の重要性が理解され始めたことを伺わせた。6 もっとも、Jamie Lin

4 Jamie Lin 氏の肩書として、AppWorks の Chairman 兼 Partner の他、「APEC Business Advisory Council (ABAC)」台湾代

表、「APEC Vision Group (AVG)」台湾代表、「Asian Silicon Valley」計画民間顧問委員会共同召集人、行政院「Digital

Innovation & Governance Initiative Committee」委員、「TiEA (台灣網路暨電子商務產業發展協會)」理事長 (2016~19 年)

とある。加えて、2019 年 4 月 1 日に大手通信会社の「台灣大哥大 (Taiwan Mobile)」の社長 (總經理) に就任した。

当時41 歳で、台湾の通信会社で最年少の社長である (Wikipedia https://zh.wikipedia.org/ の「林之晨」より、2020 年 3 月 16 日閲覧。各種資料により確認)。台灣大哥大は、中華電信、遠傳通信と並んで台湾 3 大通信キャリアのひとつ

である。Jamie Lin 氏は、当然、台灣大哥大のリソース、ブランド、販路を活用して、AppWorks で育成したスタート

アップを一層成長させると同時に、これにより台灣大哥大自体も次なる成長曲線に乗せることを目論んでいる (蘇文

彬, 2019)。

5 以下での AppWorks Demo Day の紹介は、主に『BRIDGE』(https://thebridge.jp/) に掲載された「TechOrange」による記

事 (日本語訳) に基づいている。TechOrange の記事は中国語の原文があり (https://buzzorange.com/techorange/)、訳文 が不適切と思われる場合、適宜原文にあたり確認した。一部の重要な記述は「」で引用した。ただし、「」の中は日 本語として読みやすいように、必要に応じて修正・意訳している。 6 AppWorks での聞き取り調査 (2017 年 9 月 27 日実施) で、既存大企業との提携の進展について尋ねたところ、「いろ いろやって、この2 年間でやっと結果が出てきた。モバイルネットの産業・生活への影響が全面的だという認識はこ の2~3 年で広まった」という。例えば、かつては大企業との提携交渉では IT 関係担当者が出てくることが多く、技 術の外注というレベルでしか考えていなかった。2015年頃から産業界の潮流が変わり、新事業企画・ビジネス関連の 担当者が出てくることが多くなった。「もしIT 関連担当者が出て来るようなら、本質的にビジネスが変わったという

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氏は、このDemo Day の開催挨拶で、「多くの産業がイノベーションを声高に叫んでいる。Bank 3.0、スマー トシティ、モバイルなど、これらを陰で支えているのはインターネットだ。台湾は現在、非常に困難な時代 を経験している。インターネット産業が真に立ち上がっていないため、従来型産業が革新を遂げようとして も出来ないでいる。AppWorks の目標は、全力でそのようなことを可能にすることだ」と述べている。 台湾のインターネット産業が発展していない理由として、人材、機会、資本の不足をあげる。すなわち、 「これらのリソースは、従来型産業の大経営者の手に過度に集中し、しかも彼らは次世代の発展のことを気 にしていないため、若手が志を遂げることが難しい。… 台湾の高等教育はソフトウェア人材の育成で厳重 な不足をもたらしている。また、従来型ハイテク大企業は若手に機会を与えない。台湾ではスタートアップ に機会と販路がなかなか与えられない。最後に、若手は、信用があり財務運用に通じた資本家の手助けを欠 いている」と述べ、来場した大企業関係者に理解を訴えた。 加えて、台湾が重視すべき市場についても転換を迫っている。すなわち、「台湾は現在、中国の広大な市 場に進出しようとしているが、何の優位性もない。むしろ、アングルを東南アジアに向けると豊富な機会が ある。そこには6 億の人口があり、現在、1 億人のみがスマートフォンを手にしている。今後 30 年、台湾 は東南アジアの発展の原動力となるチャンスがある」という。7 そして当時、AppWorks 関連企業の多くが台 湾から東南アジア市場に事業展開していた。例えば、オンラインのレストラン予約プラットフォームの EZTABLE (https://tw.eztable.com/) 、観光タクシーのオンライン予約プラットフォームの DingTaxi (https://www.dingtaxi.com/) である (以上、第 10 期 Demo Day の説明は、TechOrange, 2015b による)。

第11 期 Demo Day (2015 年 11 月 11 日開催) においても、Jamie Lin 氏は、台湾インターネット産業の発展

と今後のソフトウェア人材に対する憂慮を示し、インターネット強国とならなければ給与も人材も増加せず 台湾に未来はない、と述べている。この背景として、台湾政府の經濟部 (日本の経済産業省に相当) が選ん だ「2015 年の台湾のクリエイティブ企業トップ 20 社」にインターネット関連企業がゼロであったことを指 摘し、政府が時代の流れに追いついていないと批判する。また、LINE や Facebook が台湾に浸透し戦略的な 位置にいるのに、台湾自身が相応の影響力のあるインターネット企業を生み出せなければ、台湾はデジタル 時代の第三世界・植民地となってしまうだろう、とも述べている。これに対するAppWorks の解決策は、 インターネット人材を育成し続けインターネット産業のエコシステムを作ることである (TechOrange, 2015c)。

第12 期 (2016 年 6 月 7 日開催) の Demo Day のオープニングでも、Jamie Lin 氏は、政府の政策に注文を

付けている。政府の掲げる「インダストリー4.0 スマート強国」は「デジタルエコノミーとしての台湾の復 活」へ、「新南向政策」(後述) は「大東南アジア・デジタルエコノミー共栄圏」へと各々改変すべきだと述 べる。そして、Lin 氏は次のように言う。デジタルエコノミーとはサプライチェーンのようなものではなく、 多くのスタートアップや起業家からなるエコシステムであり、AppWorks はデジタルエコノミー共栄圏に資 本と人材を引き入れてきた。そして、デジタルエコノミーはハイテク産業であり、人材レバレッジが高い。 7 かつて、国民党の馬英九政権 (2008~16 年) は親中国的な政策をとり、中国との連携強化および台湾を中国ビジネス へのゲートウェイとしてアピールすることで発展しようとしていた。聞き取り調査時に (2017 年 9 月 27 日)、今はど

うかと尋ねたところ、「それは完全に時代遅れの考え」とのことであった (J. Chan, personal communication, September

27, 2017)。2010 年代初め頃までは、多くの台湾企業が、一方で欧米先進国企業に比べ中国人の嗜好・文化に通じてお り、他方で中国ローカル企業に比べ国際的トレンドや先進的ビジネス手法に通じているという中間的立場を上手く活 用し、中国市場で一定の地位を獲得することに成功していた (岸本, 2012)。しかし、その後アリババのようなプラッ トフォーマーが出現し、中国ローカル企業が台頭する中で、こうした優位性が失われていったのである。

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例えば、AppWorks 関連企業の Kuo Brothers (https://www.kuobrothers.com/) や 91APP (https://www.91app.com/)

は、従業員1 人当たりの売上高で台湾の代表的エレクトロニクス企業であるTSMC やMediaTek、Foxconn を

上回っている。またデジタルエコノミーは流通チャネルビジネスの側面もあり、資本レバレッジが高い (モ

ノを移動させることで、元々の金銭的価値を上回る売上高を生み出せる)。Kuo Brothers や 91APP は、この

面でも台湾流通大手の統一超商や新光三越を超えている。台湾は、人口減少、少子化、少資本の国であり、

こうした性質を持つデジタルエコノミー (ハイテク産業×流通チャネル業) をこそ重視すべきと主張する

(TechOrange, 2016a)。

第13 期 Demo Day (2016 年 11 月 8 日開催) では、それまでの成果として、AppWorks が輩出したスタート

アップは累計で305 チーム、起業家 660 人となり、これら企業の評価額合計は 285 億台湾ドル (9.2 億米ド ル) で、ユニコーンの価値に迫るものであることが発表された。またJamie Lin 氏は、台湾の産業は世代転 換の真っただ中にあり、台湾の E コマースは毎年 15~20%のペースで成長を続け、小売業の浸透進度では 世界をリードしている。台湾は自らの強みを活用し、東南アジアとの連結を加速し、新興市場のチャンスを 掴むべきだと述べている (TechOrange, 2016b)。 第14 期 (2017 年前半) は、これまでのバッチで最も国際的で 19 の国や地域から 32 チームが参加した。 うちDemo Day (2017 年 5 月 26 日開催) 登壇 27 チームの半分がシンガポール、香港、マレーシアからの参

加だった (TechOrange, 2017a)。第 15 期 Demo Day (2017 年 11 月 9 日開催) では、Jamie Lin 氏は、「『大東南 アジア市場』こそが台湾の適切なポジショニング」であると強調した。すなわち、かつての台湾と中国大陸 とのリンクを強調した「大中華市場」発展モデルは次第に現状に合わなくなってきており、むしろ東南アジ

アとのほうが馴染みやすい。「AppWorks卒業生の進路をみれば、まず台湾で安定したビジネスモデルを確立

し、次に東南アジアへと進出している。つまり、大東南アジア市場こそが、台湾の新しいポジショニングと しては自然な流れである」という (TechOrange, 2017b)。第 16 期 Demo Day (2018 年 6 月 6 日開催) では、

投資家や業界人の他、立法委員 (国会議員) の余宛如氏、および外交部 (外務省に相当) が招待した 15 名

のインドネシア起業家代表も臨席した (Lee, 2018b)。

AppWorks は第 17 期プログラム (2018 年後半) から、ビジネス領域としてインターネット関連でもとり わけAI (artificial intelligence) と Blockchain に特化することを打ち出した (後に詳述)。第 17 期 Demo Day

(2018 年 11 月 8 日開催) に際して、Jamie Lin 氏は、「大東南アジア圏 (GSEA)」という考え方を改めて提唱

し、台湾と東南アジアの市場のシナジーを強化すべきと主張した。東南アジアの中でも特にインドネシアを

重視している (TechOrange, 2018)。第 18 期 Demo Day (2019 年 6 月 4 日開催) では、登壇したチームの 7 割

強が海外出身であり、Demo Day 史上最も国際的なものとなった (TechOrange, 2019a)。第 19 期 Demo Day

(2019 年 11 月 26 日開催) では、Jamie Lin 氏は、「大東南アジア圏の人口成長率は大中華圏の 3.5 倍。インド ネシア、ベトナム、フィリピン、タイ、マレーシアはIMF の世界経済を牽引する国 Top 20 位に入っている。 インドネシアでは、この数年、デカコーン (時価総額100億米ドル以上) 1社、ユニコーン4社が誕生した。 100 年に一度の得難い成長機会だ。… AppWorks は、アクセラレータと OB ネットワークを通じ、起業家に よるこの広大な市場の形成への参与と地域ハイテク企業の発展を支援し続けられることを光栄に思っている」 と述べ、大東南アジア・デジタルエコノミー共栄圏の発展に楽観論を示した (TechOrange, 2019b)。

以上のように、AppWorks 創設者の Jamie Lin 氏は、ビジョナリーとして台湾の次世代リーディング産業は

何であり、今後台湾が目指すべき経済圏はどこであるかを指し示してきたのである。またAppWorks は、ア

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ある。 4.2. ポジショニングの根拠 続いて、AppWorks のフォーカス領域であるデジタルエコノミー (なかでも AI と Blockchain) および大東 南アジア圏 (GSEA) について、そこに狙いを定めた根拠を解説しよう。これは台湾の国としての経済リ ソース上の強みと長期的発展可能性を戦略的に考慮した結果である。換言すれば、「ポジショニング」が 「業界・国・地域の環境条件」を踏まえて策定されたものであることを示している。 (1) AI と Blockchain 先ず、フォーカスするビジネス領域としては、AppWorks は第 17 期 (2018 年後半) より AI と Blockchain

に特化することとした。すなわち、「AI と Blockchain がもたらす衝撃は、1980 年代の PC、90 年代の Internet、

2000 年代の Mobile Internet と同様に、未来 30 年のビジネスと生活の様式を書き換える巨大なパラダイムシ フトである」(Lee, 2018a)。そして、AppWorks が率先してAI とBlockchain にフォーカスすることで、Mobile Internet に代わる次の成長曲線に飛び乗るよう起業家コミュニティに思いを致させるという狙いもある (Chen, 2019)。聞き取り調査でさらにその理由を尋ねたところ、「アクセラレータは、メインストリームの

ビジネスの5 年くらい前のものを育てる。AI も純粋な AI、例えば Google の DeepMind のようなものではな

い。これまでにモバイルとかアプリへの進出は一段落して、そこで AI を色んなところに応用するのが次の

トレンド」なのだという (J. Chan, personal communication, September 19, 2019)。

AppWorks が AI と Blockchain にフォーカスする背景として、台湾のこの分野での優位性がある。先ず、 AI について、台湾は大東南アジア圏の AI ハブになってきているという認識がある。その根拠としてあげら

れるのは、次のようなことである。①台湾政府は、「AI Taiwan Action Plan」(2018~21 年) 等の政策を打ち

出し、台湾を世界的なスマート国家の地位に押し上げようと取り組んでいる。②Google、Microsoft、IBM の

ような世界的企業が台湾にアジア最大級の研究開発センターを設置することを公表している。③台湾には、

相当規模のAI 関連人材プールがある。すなわち、毎年コンピュータ・サイエンスで 1 万人、電気工学で 2

万5,000 人を超える卒業生を輩出しており、また STEM (science, technology, engineering and mathematics) 教育

でも世界第4 位にランキングされている。④過去 30 年にわたる電子産業 (ハードウェア) の強固な土台が

あり、5G、IoT(internet of things)、Big Data、Industry 4.0 でハードとソフトの融合というトレンドをビジネ

スチャンスとして生かせる位置にある (Lin, 2019)。

同様にBlockchain で台湾が有望と思われる理由は次のようなことである (2018 年 9 月時点)。①台湾政府

の金融監督管理委員會は、暗号通貨 (cryptocurrency) と ICO (initial coin offering) の扱いに関する詳細なガ

イダンスは公表していないが、それを禁止はしないことを約束している。②AI の場合と同様、相当規模の

人材プールがある。例えば、Ethereum Foundation の 20 名のコアデベロッパーのうち 5 名は台湾人である。

③既に台湾で Blockchain 産業のコミュニティが育ちつつある。例えば、MaiCoin、BitoEX、Cobinhood のよ

うなローカルブランドが登場し、台北富邦銀行 (Fubon Commercial Bank) が台湾初の小売り利用のための

Blockchain による決済システムを開始する、あるいは台北市政府が IOTA (暗号通貨 IOTA を発行する財団)

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(2) 大東南アジア圏 (GSEA)

AppWorks のいう大東南アジア圏 (GSEA) の範囲を確認すると、厳密には ASEAN 10 ヵ国と台湾、香港 に加えマカオ、東チモールを含んでいる。AppWorks は、アクセラレータの支援対象としてもファンドの投

資先としてもGSEA関連の事業を行うチームを重視している。台湾が東南アジアとのリンクを目指すべき理

由として、次にみられるような市場の将来性の高さがある。

第1 に、人口ボーナスの存在である。例えば、「CIA The World Factbook 統計」によれば、インドネシア、

フィリピン、ベトナムの東南アジア 3 大国について、2018 年の年齢中位数 (人口を年齢順に並べたとき、

その中央で人口を2 等分する境界点にある年齢) は、各々、30.5 歳、23.7 歳、30.9 歳 (台湾 41.3 歳、中国

37.7 歳、日本 47.7 歳、米国 38.2 歳) である。

第 2 に、成長率の高さである。「e-Conomy SEA 2019」報告 (https://www.blog.google/documents/47/

SEA_Internet_Economy_Report_2019.pdf) によれば、過去 5 年で、ASEAN 市場の経済成長率は 5%で、また 過去10 年間毎年全世界の経済成長率を超えており、高度成長が定着していることが伺われる。2030 年には 世界の第4 の経済圏になると予想されている。 第3 に、東南アジアのインターネット人口は 2019 年に 5 割を超えた程度で (総人口 6.6 億人、インター ネット人口3.6 億人、うち9 割がスマートフォンでウェブ利用)、今後デジタルエコノミーの成長の余地が大 きいことがある。「e-Conomy SEA 2019」報告によれば、東南アジアのデジタルエコノミーが GDP に占める 比重は、2019 年の 3.7%から 2025 年の 8.5%へ増加すると予想される。同報告によれば、東南アジアのデジ タルエコノミーの規模は、2019 年に 1,000 億米ドルに達し、2025 年には 3,000 億米ドルに達すると予想され る。 AppWorks は、GSEA における台湾の存在感はかなり大きく当地域のひとつのハブとなり得ると考えてい る。その根拠は、①E コマースの市場規模において、台湾は 427 億米ドルで、GSEA 総計の約 66%を占めて いる (ASEAN 中最大のインドネシアは、210 億米ドル)、②ウェブ旅行サービスでは、インドネシアの 100 億米ドルに次ぎ台湾は 72 億米ドルである、といったようにデジタルエコノミーで相当の比重を有している ことである。したがって、③東南アジアのスタートアップにとって、台湾は重要市場でありネットビジネス の出発点として優位性があることである。その表れとして、AppWorks にも東南アジアからの起業家チーム が多数参加していることがあげられる (第 17 期~第 19 期で、大東南アジアを中心とする国際チームの割合 が7 割超である)(以上は、Lee, 2019; Crets, 2020 による)。 以上は主に統計データより理解されることだが、聞き取り調査でさらに踏み込んでAppWorks の対東南ア ジア戦略を尋ねたところ、次のような答えであった。第1 に、東南アジアは経済成長率と人口規模・構成か らみて今後有望とされているが、実際はひとつの市場ではなくて多くの国に分かれており、個別にやり方を 考える必要がある。第2 に、ネット産業はよくボーダーレスと言われるが、実際は一部はグローバル、一部

はローカルである。例えば、Google や Facebook は世界的に通用しているが、Yahoo や eBay は意外とうまく

いっていない。各国のウェブサイトのランキングを見ると、大体、半分が海外のもので半分がローカルのも

のである。特にE コマースのようなネットだけでは完結しないビジネスでは、ローカルの違いが色々ある。

以上を踏まえ、第3 に、東南アジアのネットビジネスでは、各ローカルで同時展開して、そして連合する、

それも速い時間軸で行うという、いわば「マルチローカル」なビジネスモデルが必要。台湾には上述のよう な市場規模やインターネットの浸透度の高さ、理工系人材の豊富さといった優位性があり、それと東南アジ

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September 27, 2017; J. Chan, personal communication, September 19, 2019)。 AppWorks は、東南アジアの中でも特にインドネシアに重点を置く。インドネシアは人口が大きく (2018 年で2.67 億人)、上述のように E コマース等で ASEAN 最大の市場であり、しかもそのデジタルエコノミー の規模は過去数年間毎年40%超の高度成長を遂げている (Lee, 2019)。台湾市場の魅力を梃子に東南アジア 等の起業家チームを引き付けるのがAppWorks のやり方だが、インドネシアのようなホットな市場で素早く 目に見える実績を上げるためには、既に名声を確立しているローカルのファンドにフォロワーとして出資す るという戦術もとる (Wakabayashi, 2018a)。 最後に、海外出身で台湾に引き付けられたスタートアップの事例をいくつか紹介しよう。先ず、 ShopBack (https://www.shopback.com.tw/) である。2014 年にシンガポールで創業し、近年 GSEA で最大の キャッシュバック・プラットフォームとなっている。航空券・ホテルの予約サイト、フードデリバリー、生 活・日用品販売のE コマース業者等と提携しており、ユーザーは ShopBack に会員登録しそのアプリを経由 してこれらの業者のサービスを利用することで料金の一部の還元が受けられるのである。近年、シンガポー ル、マレーシア、フィリピン、インドネシア、台湾、タイ、ベトナム、オーストラリアで2,000 社超の提携 業者、800 万人超のユーザーを有し、3 秒ごとに 1 オーダーのペースで利用され、これまでにおよそ 3,000 万 米ドル超をキャッシュバックした。創業者のひとりである梁永祥 (Joel Leong) 氏は、東南アジア最大の ファッションE コマース企業である ZALORA で勤務した後起業した。同氏へのインタビュー記事によると、 ShopBack は海外展開に際しては、各国で適材を見つけ、現地の文化や民情にあったやり方をとるように委 ねる方式で、毎月1 回、社内で国際会議を開いて、国ごとの業績評価を行い、合わせて経験と心得の共有を 図るのである。東南アジアの国々では、Leong 氏の ZALORA 時代の豊富な人脈を活かして展開していたの だが、台湾では不案内で、また台湾のE コマースは発展しておりユーザーの目は肥えていたので、一からの 挑戦であった。台湾支社の設立を準備すると同時に、台湾市場を深く理解するためにLeong 氏はチームを引 き連れてAppWorks アクセラレータに参加した (2016 年、第 13 期)。会社登記、給与水準、人材募集等の起 業にまつわるテクニカルな事情や台湾人の生活態度を理解し、加えて、AppWorks の紹介がいわば信用保証 となり、銀行、E コマース業者、電信業者などとも協力関係を構築でき、台湾市場への進入が加速されたの

である (Wu, 2017)。2019 年には 4,500 万米ドルの資金調達を完了したが、EV Growth や Ebates (米国最大の

キャッシュバック・ウェブサイト) がリードし、AppWorks を含む幾つかの投資家がフォロワーとして参加

した。ShopBack の累積資金調達額は 8,300 万米ドルに上る (AppWorks, 2019a)。

次は、香港出身で、台湾でビジネスの土台を築き東南アジアに展開しようとするスタートアップの事例 である。Omnichat (https://www.omnichat.ai/tw/) は、E コマース業者向けにマーケティング・オートメーショ

ン・ソフトウェアを提供するスタートアップである。これは、Facebook ファンページやオフィシャルサイ トからリストを取得し、顧客のウェブサイトの閲覧履歴を追跡し、購買誘導を行い、その後 Facebook/ LINE/WhatsApp を通じて再度マーケティングを行い、並びにこうしたサイトを通じた顧客との対話型マー ケティングを行うプラットフォームである。香港生まれで創業者のひとりであるAlan Chan 氏は、かつて香 港でE コマースのサイトを運営していた際に、顧客からのオンラインでの質問に直ちに応答できずオーダー を取りこぼした経験から、こうしたソフトウェアの開発に進んだのである。2018 年に AppWorks アクセラ レータ第 16 期プログラムに参加し、その支援の下、91APP、WACA、EasyStore、Cyberbiz などの台湾、シ ンガポール、マレーシアのE コマース・プラットフォームと踏み込んだ技術協力を行った。これを通して、 会員プロファイルリンク、LINE/Messenger/WhatsApp の受注通知ボット機能等の新機能を付加していっ

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た。Chan 氏は「台湾の E コマース市場は十分成熟し、小型の業者でさえトラフィック、データ分析、メン バー管理、成約率などの指標を重視しており、これに Omnichat の機能とインストールの容易さが適合して いる」と述べる。Omnichat のソフトを導入することで、E コマース業者は顕著に業績が伸びており、例え ば、E コマース業全体の平均と比べ成約率が 3~7 倍となっている。2019 年末までに Omnichat の累積ユー ザー数は3,600 で、7 割が台湾からである。Omnichat は、2020 年 3 月に 80 万米ドルの資金調達シードラウ ンドを完了し (AppWorks がリードインベスター)、2020 年には引き続き台湾市場の開拓を進め、2021 年か らシンガポールとマレーシアに展開する予定である (AppWorks, 2020c)。

5. 戦略ストーリーの主な構成要素 (その 1):AppWorks アクセラレータ

上述のような「コンセプト」と「ポジショニング」を踏まえ、その担い手の起業家を育成し、かつ起業 家のコミュニティを構築するためにアクセラレータとファンドの運営がなされている。この二つは AppWorks の戦略ストーリーの主な構成要素である。本節は、そのうちアクセラレータ (「AppWorks Accelerator」) の運営について詳しく解説する。以下でその支援内容とスタッフ、そして選抜プロセスと起 業家チームの特徴等について各々言及する。 5.1. 支援内容とスタッフ (1) 概要 AppWorks はアクセラレータとしては、2010 年から 1 期 6 ヵ月の支援プログラムを開始した。プログラム 参加は無料である。半年ごとに 30~40 組程度の起業家チームが選抜され (その時点では必ずしも会社設立 し て い な く て も よ い ) 、 次 の よ う な 活 動 が 行 わ れ る ( 主 に AppWorks ウ ェ ブ サ イ ト https://appworks.tw/accelerator/ 2020 年 2 月 17 日閲覧、による)。 • Demo Day:毎期開始からおよそ 4 ヵ月後に開催。多数の投資家、業界人 (潜在的なパートナー)、メ ディア関係者等の前でピッチを行う。 • Mentor Day:毎期 2 ヵ月目くらいに多数のメンターを招いて開催され、起業家チームとメンターのマッ チングを行う。 • Specialist Workshops:ファイナンス、会計、法律、リクルート、PR についてマスター (専門スタッフ) より基本的なスキルを学ぶ。 • Office Hours:AppWorks パートナー、マスター (専門スタッフ)、メンターと各起業家チームとの間で一 対一の面談を行う。 • Group Demo:プログラムに参加する仲間同士で進捗状況を報告しフィードバックを与えあう。 • Alumni Meet & Greets:テーマを決めた交流会を通して AppWorks の OB との関係構築を促す。 • Speaker Series:成功した起業家の講演を聞きその経験と戦術から学ぶ。

• Super Fridays:毎週金曜日の晩に、食事と飲み物が供され、コミュニティの絆を強める。 • Recruiting Events:優秀なエンジニア人材のリクルートを支援する。

• Landing Pod:現場訪問等を通して台湾の市場を実地踏査する。

表 1   第 19 期 ( 2019 年後半)  AppWorks Demo Day 登壇スタートアップの紹介 (順不同) 出所)  AppWorks  ( 2019c, 2019d ), TechOrange  ( 2019b ),各企業のウェブサイト等 (何れも 2020 年 3 月 16 日閲覧) に基 づき筆者作成。  企業名 事業概要Telepod(https://www.telepod.co/)Beseye 雲守護(https://www.beseye.com/tw/home)Matters(
表 2 AppWorks ファンドの投資先企業の代表例 (一部のみ)
表 3  AppWorks コミュニティの成果概要  (2019 年末時点) (注 1 ) 注 1 )  AppWorks アクセラレータ卒業生に加え、同ファンドの投資先企業も含む。 注 2)  企業価値は、株式市場での評価額あるいは資本金額ではなく、各企業が最後に受けた投資の 金額をもとに計算。例えば、投資家が 1 億円で株式の 10 %を取得したならば、その企業の価値は 10 億円となる。  出所)  AppWorks ウェブサイト ( https://appworks.tw/ 2020 年 2 月 1
表 4 AppWorks アクセラレータ卒業生スタートアップの成功例 ( 2019 年版)(順不同)

参照

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