Author(s)
石島, 弘
Citation
沖大論叢 = OKIDAI RONSO, 11(1): 1-20
Issue Date
1971-12-20
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/11036
目 次 1 はしがき
石 島 弘
2 統治組織の概観 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 3 地方行政緊急処置要綱 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 (1) 市及び市民 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 {砂 市の吏員 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 (3) 市議会 ・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 4 市町村制確立に関する軍指令 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 (1) 概 説 . . . .. . . .. . . .. ..・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 (2) 市町村議会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 (3) 執行機関 ・・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・ 12“
)
市町村長と融会の関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 (5) 知事と市町村の関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 (的 監査委員 ・・・・・・・・・・・・・・・・…... . .. .. .. . . .. . . " . . ... .,. .14
(η 市町村長協議会及び地方自治委員会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 5 結び・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16l
は し が き
行政主体が行政を行うにはそれを担任する行政棋闘が必要説記行政客体に対 し行政事務省ピ行う地位たる行政機聞は、複幡多岐化する行政需要にこたえ人民の福利増進のため能率的且効果的に行政事務を遂行しうるよう体系的に組織されなけれ ばならない。体系的に組織された多数の行政機関を行政組織と",¥,、、行政組織に関 する法を行法組織法という。行政組織は政治的、経済的、社会的条件によって変化 するものであり、国家の統治政策により変化するものである。行政組織は行政目的 実現のための組織であるから合理的、能率的制度を指向するもので、全体として統 一的.階層的秩序が保たれねばならなし、。しかし民主主義社会では、行政は人民の 利益塙進の為になされなければならないから行政組織は行政の中に民意が広く反映 しうるよう組織されなければならなし、。行政組織は行政主体別に組織されるが中央 行政組織と地方行政組織に二大別することが普通である。地方行政組織は地方公共 団体の自治を重じ、団体自体に行政を管理させることを基本原則とする。本稿のね らいは戦後沖縄てずアメりカ軍政府が実施した二つの地方行政組織法がどのような内 容をもっ法律であったかを概観することである。
2
統 治 組 織 の 概 観
米海軍は19 4 5年 4月沖縄本島を占領するや、海軍々政府布告第I号を公布し (住 2) 沖縄における日本の主権の行使を停止し、米軍政府が戦時法令に基づいて沖縄を統 治すると宣言した。戦禍の沖縄は混乱はてなく、戦災のひどい民衆はあらゆる面で (注 3) 危機の状態にあり、米軍の強制収容で住民の移住、移転の自由も制限され住民の 行 政 活 動 は 全 く 停 止 し た。住民の行政活動の開始は、 19 4 5年 8月15日 に軍政府が設立した沖縄諮詞会(OKINAWA ADVISORY COUNCIL)
に始 まる。沖縄諮詞会は名称が示す通り、設立者である米軍政府の諮問機関で、軍政府 と住民の意思の疏通をはかるために存在し、その行政管轄は沖縄群島全域で群島住 民にとって中央政府的存在であった。沖縄諮詞会は諮問機関的性格を持続しつつ、(法 4)
1
9
4
6
年4
月沖縄民政府(OKINAWA CIVIL ADMINISTRATION)
と名 称を改める。沖縄民政府は沖縄群島に居住する全住民を行政客体とする行政機関で、-宮 古 、 八 重 ぽ
:
j
Z
大 島 群 ぷ;
6
当 該 全 械 を 行 政 区 域 と す る 中 央 行 政 機 関 が 設 立 さ れ たo各群島には、軍政府の政策及び指令に準拠し各群島におけ (注7) る す べ て の 行 政 庁 の 総 合 行 政 を 適 切 に 遂 行 す る こ と を 任 務 と す る 知 事 と 知事の諮問機関的存在の議会が設立され、各群島の中央政府的活動をした。各群島 (注 8) の政府は、 1 9 5 0年 8月に「群島政府機構に関する法」の公布で群島政 府 (GUNTO GOVERNMENT)となり、旧沖縄県はアメりカ軍政府の下に連邦制 的統治形態を呈した。この地域分立統治は、行政組織の面で多くの民主的要素をも (注9) ち住民に広い自治を認めるごとくであったが、各群島及び住民から不満があって、 (注)0) 1 95 2年4月各群島政府は統合され琉球政府が設立された。経済的.文化的運命 共同体としての歴史をもっ各群島は行政上も統合され旧沖縄県と同ーの姿にもどり 現在に至っている。琉球政府の設立は沖縄の経済的、政治的及び社会的福祉の増進 (注11 ) の た め 望 ま し い と 住 民 も 統 一 政 府 の 誕 生 を 喜 ん だ 。 し か し 統 一 政 府 の 行 政組織は群島政府の行政組織に比較すると非民主的要素が多く自治の後退をもたら した。この注うに沖縄の統治形態は変化してきたが、これ等中央政府的行政組織の 下に地方行政組織が存し、地方行政活動をしたことはいうまでもない。 1945年 8月に沖縄諮詞会が設立され1喧後,米軍政府は沖縄群島に地方行政組織を確立する (注i2) た め の 準 備 と し て 「 地 方 行 政 緊 魚 処 置 要 綱 」 を 発 表 し た 。 こ の 要 綱 は 4 章6 2条からなる地方行政組織法である。しかしこれは軍の布告や布令の形式の法 律ではなく、戦禍で荒廃したなかで地方行政制度確立のための緊急処置として公布 された単なる要綱である。しかし法を権力者の命令だと理解すれば、この要綱も法律 とみることができ、実際に約3ヶ年沖縄の地方行政組織法として存続した。 1948 (住13) 年 7月 「 市 町 村 制 確 立 に 関 す る 軍 指 令 」 が 公 布 さ れ 、 市 町 村 紛 が あ る 程 (注14) 度 整 備 さ れ た 。 こ の 市 町 村 も 住 民 の 福 利 増 進 に 寄 与 す る こ と 少 な く 、 1 9 5 3年1月住民の手で立法された「市町村自治法」の発効とともに廃止された。 この市町村自治法は何度か修正を受けながら現在も有効な法律であるから、沖縄の 戦後の地方行政組織法の基礎をなす法律は「地方行政緊急処置要綱J
、 「市町村制」 及び「市町村自治法J
の三法であるということができる。そのうち前2者がアメ日カ軍が公布したもので、本稿の研究対象とするものである。
3
地方行政緊急処置要綱
ω
市 及 び 市 民 (住 15 ) 地方行政団体は「市」のみを置き、町村制その他の制度は設置されていない。市 の地理的範囲、配置分合、境界変更、所属未定地の編入等については米軍政府の定 めるところによるとされ、市の存立目的を"軍政府の監督を受け其の公共事務の処 理並びに市民生活の福祉を期するを以て目的とす。協と規定した。この要綱が公布 された目的は行政団体をつくり、軍政府が監督しながら恥公共事務を処理凶させ、 市民生活の福祉を期させることと一般的.抽象的に規定されている。市のすべての 活動が軍政府の監督の下になされることは文理の通りである。明公共事務.とは何 (在16) か 。 公 共 事 務 は 固 有 事 務 と 同 義 に 解 さ れ る 。 地 方 公 共 団 体 が 処 理 す る 事 (注17) 務を2つに分類して固有事務と委任事務とする。固有事務とは、人聞が固有不可侵 で天賦の人権を有していると観念されるように、地方公共団体も国家や他の公共団 体から独立し全く干渉されることなく自由な意思で処理しうる事務があるべきで、 そう観念される事務が固有事務である。地方公共団体はかかる固有事務を自由な意 思で処理しうる基本権、固有権があると主張される。委任事務とは、地方公共団体 (注18) が国家から委任を受けその監督を受けて為す事務をいう。これはドイツ流の考え方 だが日本でもこの考え方がとられ旧地方制の「公共事務」を固有事務、法令等によ り委任されて為す事務を「委任事務J
と観念されてきた。現在は、公共事務(固有 (注19) 事務)と委任事務の区別を国の監督の程度の差において理解するのが一般的だが、 この要綱の「公共事務」は市の自然権的固有事務とはとても観念で舎ず,また、市に は国家から監督を受けず自由な意思1で処分しうると思える固有事務が存するとも考え られない。社会が混乱していた時期であったこともその理由の一つであろうが、市 が為す事務は全て軍政府の強力な監督と命令によってなされ、市がその自由意思で-4-処理しうるものではなかったのだから、市の行う全ての事務は「委任事務」的事務 であったといえる。 鶴市民の福祉を期する'..と希願的且消極的に市の目的を規定するが、それは市が 自由意思で積極的に市民の福祉増進のために行政を行う統治権的権能がないことを 示すものである。この要綱の中には市に法人格を認める規定はないから、市は法律 関係の権利義務主体として自らの創意により自らの名で行政活動を為すことはでき なかったわけである。結局、この要綱中の市は自治が認められた地方住民のための制 度ではなく、地方公共団体ではなかった。それは強力な監督を受けながら上級機関 の事務を分担するために設置された「協力団体
J
あるいは「補助機関」であったか ら、公共事務(固有事務〉や委任事務の概念も本来の意味で観念することはできな u。、 地方公共団体の地位についてはいろいろの考え方があるが大別して二つに分類で きるo地方公共団体を中央政府の存廃自由な執行機関的に理解する伝来説叉は受諾 説と、中央政府から独立した自治団体ではあるが唯法律が要求する事務について のみ中央政府の権威に服するもので、中央政府から独立の存在法域をもち固有の支 (注 20) 配権をもつものとする固有説叉は独立説である。地方公共団体が自治体として存在 しうるのは中央政府がその直接統治権力の行使を自制しているからで、地方公共団 体はその発生においては自然発生的であるがそれは社会的実在としてであり、法律 制度としてではない。地方団体が社会的実在として中央政府に先行する場合には、 中央政府がその存在権能を地方団体に付与したのではなく逆に中央政府が地方団 体の既存の権能を制限し奪うもので、また中央政府は新しく地方団体を創造し、創 造後その権限を制限し、拡大しまたそれをまったく消滅させることができる。この ような地方公共団体の考え方は、いうまでもなく地方団体の固有権的権能を全く認 めない前述の伝来説(受諾説〉の典型的な考え方であり主にアメ Pカの諸州でとら (注 21) れている考え方である。地方公共団体の地位をこのように理解するのであれば、こ の要綱中の市制も地方公共団体と称字ることは可能である。しかし広〈民意を行政 の中に反映させるための制度的保障としての民主々義誼会の地方自治制度では、地方自治体をして中央政府の任意執行機関視することには賛成できない。地方公共団 体とは、社会的実在としての地域社会で当該社会を構成する住民の共同体意識を基 (注22) 礎 に し て 、 そ の 利 益 の た め に 存 す る 国 の 一 地 域 団 体 が " そ の 区 域 内 に お いて、その区域に関する公共事務を行うことを存立目的とし、その目的を実行する ために国法の範囲内で財産を管理する能力を有し、また、住民に対し、課税権その (注23) 他 の 統 治 権 的 な 支 配 権 を 有 す る 団 体 " で 、 自 治 行 政 団 体 と も 称 さ れ る 。 それは、公共団体の存在が認められる主要な理由が民一定の行政を最も直接に利害 関係、のある者に遂行させること、すなわち、自治行政(S e lbstverwa1 tung) の尊 (注 24) 重 凶 に あ る か ら で あ る 。 地 方 公 共 団 体 は 、 地域住民に直接利害関係のあ る事項を自由な意思で決定し処理しうる団体のことであるから、この要綱中の市制 は地方公共団体とはいりえない。 市は区と班に区分され、班は能率的統制がしやすいように人口標準を百人内外と した。市に住所を有する住民をその市民とし、 25才以上の市民は選挙権及び被選 挙権が与えられ、市の選挙に参与する権利を有し、市の名誉職を担任する義務を負 った。選挙権及び被選挙権が25才以上の市民に付与されたことはそれなりに意義 がある。特に婦人にとって参政権が与えられることは戦前にもなかったことである。 2 5才と高令ではあるが一応普通選挙が認められた。選挙制は、それを通して住民 が自由意思で代表者を選出することにより目己の意思を行政の中に実現するための 手段で、その意、味において民主々義原理の現実的実現形式として意義がある。被選 挙権は選挙の結果代表者になった者が選挙人の利益のために自由に活動しうる制度 的保障がなければ有効に機能せずその意義はない。この要綱で設置された市は、こ れまでみたように軍政府の指示の下で監督を受けながら活動する仕組になっており、 市長も市会議員も自由意思で市の利益のため活動しうる可能性をもたなかった。
包)
市 の 吏 員 市には市長、助役,課長、書記及び技師等の機闘を置き吏員をおいたが、収入役 (注25) は 置 か れ て い な いoそ れ は 市 に 金 銭 的 収 入 は な か っ た し 前 述 の よ う に 市 - 6一は法人格を有せず法律関係の権利主体ともなりえなかったから特に収入役を必要と しなかった。戦禍ですべてを失った沖縄は貨幣経済も破壊され、住民は独立した経 済生活をもたず、毎日の生活は物々交換や労務の提供に反対給付として支給される 食料で営まれた。市の吏員に対する報酬も一般住民の労務者と同様に食料その他の (注 26) 現物給付であった。 市長の選出方法は、自由立候補制や直接選挙制ではなく間接選挙制でも任命制でも なかった。議会にあらかじめ選出された三名の人達の中から住民投票による選挙の 最高得票者が軍政府の承認があって後に市長として就任することになっている。軍 政府は最高得票者に承認を与えないことにより軍政府に不都合な人が市長に就任す ることを防げたし、叉議会に圧力をかけ軍政府にとって好ましくない者を選出させ ないように操作することもで、きた。 市長の職務は"市を統轄し市を代表し諮詞委員会の事業計画に有機的活動を期す ベし愉とされ、市長の職務権限は具体的には示されない。しかも自主的権限もなく、 市長に選任されたからといって7.l1Jに市脚:新たな構想、で活発に運営されるわけでは (注27) な か っ た 。 市 長 が 共 に 有 機 的 活 動 を し な け れ ば な ら な い と さ れ る 諮 詞 会 は前述のように沖縄群島住民の中央行政機関的存在の政府であったが、それも自治 活動が認められていたわけではなく、軍政府の監督のもとに置かれていたいわば軍 政府の執行機関であったから、結局、市長は軍政府の命令に従って働くほかなかっ た。先にもみたように市は軍政府の協力団体もしくは補助機関であったから、市長 (注 28) は軍政府が諮詞会を通して命令することを、市民に伝達するいわば"連絡事務官凶 程度の機関であった。市長の任期は1ヶ年で、助役以下の吏員を任免する人事権を 有した。吏員の任期も1ヶ年で公務員法があったわけではなく公務員の身分保障制 度もなく猟官制
l
であった。 (注 29)(
3
)
市 議 会 中央行政機関的存在の沖縄諮詞会は1946年4月 20日に「沖縄民政府J
と名 称を改め、その議決機関としてf
沖縄議会J
が設置された。沖縄諮詞会は議会をも - 7一たなかったので、その点では市は当初から議会をもっていたから統治機構は中央よ り地方の方がより民主的原理に則して組織されていたといえる。 議会議員選出については"市会議員候補者は選挙権を有するもの 30人以上の推 せん届出により立候補し選挙人之を選挙す愉とし定数は、人口 1万未満の市は10 人、人口l万以上2万未満の市は15人、人口2万以上3万5千未満の市は20人. 人口3万5千以上5万未満の市は2 5人、人口5万以上の市では3 0人と決めた。 その職は名誉職とし任期は1ヶ年である。 1ヶ年の任期は短いようにも感じられる が、当時の地方社会は自然発生的実在ではなく、人為的集団で何時移動するか予測 つかないような不安定な社会であったので、 I年の任期はそれで適当であったとい (住30) えよう。 議会の権限は"市民の代表として重要事項を審議する。 凶こととされ、議決する (住31) ことではなかった。条例制定権はなく、市に予算制度もなかったから予算制定権も なく、ただ市長の招集に応じ、その諮問に答えるだけで、その性格は議決機関では なく単に市長の諮問機関にすぎなかった。 これまでみてきたことから解るように、市は軍政府の命令を住民に浸透させ労働 力の掌撞等の便宜Mこめ、、即ち寧の意思.方針の穆透を図るために設置された機関で ある。市民が公験に就きうる地位は市民の権利として観念されず、封建社会におけ る領主に対する臣下の労働義務のように理解された。市民は市の名誉職を担任する 義務を負うと規定し議員も名誉職とするなど原始的自治制度であった。この要綱が 制定された理由及びその内容は、明治21年に日本で始めて制度化された市制に類 似することが多い。日本の地方行政制度は住民の要求によって確立されたのではな く、強力な監督の下で地方団体に行政事務を分担させるために上からの要求として (注32) 確立された。 明治2 1年法の市制.町村制はその産物である。 この制度では、市[ 町村等行政団体に法人格を付与し、市町村の公共事務と委任事務を行わさせたが、 市町村は自己の意思で計画を決定し自由な活動ができたのではなく、その活動はす べて強力な監督と指示のもとに為された。議会議員は住民の投票による選挙で選出 されたが、住民の選挙権は制限され、議員の地位は無給の名誉職とされ、市.町村 - 8ー
(在33) に お け る 自 治 の 実 体 は 貧 弱 な も の で あ っ た 。 議 員 の 地 位 を 名 誉 職 に し た のは、地方団体に事務の分担を義務づけるためで、正当な理由なく名誉職に就くこ (注 34) とを拒否する者は一定期間公民権停止処分等の制裁を課した。この要綱には名誉職 (注 35) 就任拒否に対する罰則規定はないが、しかし地方団体を強力な監督下に置き自治行 政活動を許さなかった点においては、明治 21年の市制より非民主的な地方行政制 度であった。 地万自治の民主々義に対する関係をトタヴィルは、教育制度の中でその基礎づく りを担う小学校の役割になぞらえて、デモグラシーの小学校と称したが、それは政 治の真の民主化が地方団体に自治を広く認めることから出発しなければならないこ とを意味するものである。民主々義の精神とその発展は地方自治の精神とその発展 (庄36) を 意 味 し 、 叉 自 治 を 否 定 し て は 民 主 主 義 は な い の で あ る 。 し か る に こ の 非近代的で旦つ非民主的な制度は沖縄の地万行政制度として約 3ヶ年の間効力を有 していた。
4
市町村制確立に関する軍指令
市町村長及び議会議員の選挙に関する特別布告第 25号が 19 4 8年 2月に公布 され、同法第 3条の規定に基づき市町村長及び市町村議会議員が選出された。この 選挙に引き続いて琉球列島米国軍政府本部は全琉球民政府知事宛に「市町村制確立 (注37) に関する軍指令」を発布した。この指令が、いわゆるf
市町村制」である。先に実 施された市町村長及び議会議員の選挙の結果を適正に実施し有効ならしめるために は、民主主義の原理に基づいた市町村制を確立する必要がある、としてこの市町村 (注 38) 制は実施されたが、その目的はほとんど実現されなかった。この軍指令が公布され (注 39) る 約 2ヶ月前に軍政府は「琉球列島における統治の主体」 な る も の を 発 表し知事及び市町村長と住民の関係を説明しているが、住民の代表者であるべき知 事及び市町村を、軍政府の下級執行機関て、軍政府が最高の統治主体であるとした。"
f
i
.
IfJ令T
r
及ひー軍政府の政策、布告、指令並びに命令はすべて知事宛に発せられる。 知事はこれら市政府の施策を市町村長及び住民に伝迷し、指ノ1;施策が適切に遂行さ れるようr
l
i
町村長及び住民を監併するo'Jji.政府の政策、布告等は知事を通して公布 する))J-t:.をとっているが、それは、市政府の施策や布告・を前提住民に対し発布する と(1一民が"I(政府の直終統治感を抱き忠感↑f
i
をもつことをI
I
J
j
ぐためであろう。知事を {ノ│業のil品作1''1'とし、市町村及ひイt民主f労務1
3
i
として'iIi政府の施策を遂行させる万法 をとったわけである。知F許も市町村もまた住民も箪政肘に保則された労務者で‘あっ たから、知J'lj:は行政'it1T:を住民に対してれったのではなく事政府に負った。市町村 長は公選であったが、その"政治的信念凶とか"1(日1
人的感↑t
i
凶の如何に抱わらず" (仕-1u) 無条件 Jこ軍政府の有i{tj"、指令、命令を実飽しなければならないとされているO このような1
f
'
l;("の卜に公布されたこの「市町村制」はその内'合'を検討することなく 民主的1'1
治体を篠立するものでないことがF
測できた。しかしこの市指令は形式的 には一応戦後沖縄の地方行政制度の核保1を却備した辺、作であるといえる。 前述の地刀fj政緊2
1
処町安制で・は地方行政団体としてはi制を認めるのみであった が、この「市町村制」では市町村の将i岳地)j (公共)卜Ij休止市町村紺合及び財産阪 の特別地)) (公共)同体を認めた。本法は i!i及び町の要件、市町村相互の変更等に ついては規定をもたないo 市町村の行政区域 11" 従来の区域による Mとし、戦前の行政区分をそのまま踏襲 した。市町村は法人格を有し権利義務の主体となりうる地位が与えられ、公共事務 (岡有事務〉及び法令が市町村の事務と規定する事務即ち委任事務を処理すること をその任務とする。市町村の人的構成である住民は、市町村が権利の主体となりう ることになったことから、当該行政団体が保有する公の財産や施設を利用する権利 を取得する反i面、義務として公の負担を分担する。しかし公職を担任する義務はな くなり名誉職制は廃止された。緊急処置要綱の時期に較べると住民はかなり広い参 政権を有することになるが、間接的参政としての選挙権またはその他選挙に参与し うるだけでなく、間接民主制すなわち代議制の欠点を補充する直接民主制の方式で 住民の参政権を砿充する直接請求の権利も付与される。条例制定叉は改廃の請求権、-10-事務の監査請求権、議会の解散請求権及び市町村長の解職請求権などを住民が行使 しうることは画期的な改革で、住民による政治の原理が形式的には制度化されたとし、 える。市町村は条例制定権を有し、市町村長には規則術院権が付与された。 (注41)
ω
市 町 村 議 会 言語会議員の定数は、人口二千未満は 12人、人口 2千以上 5千未満は 16人、人 口5千以上I万未満は23人、人口 l万以上2万未満は26人、人口2万以上は30 人とされ、その任期は4年である。議会の議決事項は次の9項目に列挙される。即 ち、条例制定改廃、予算の決定、決算の認定、租税.使用料等住民に対する公課の 賦謙徴収、基本財産及び積立金等の設置処分、市町村の新たな義務の負担及び権利 の放棄に関する件、異議申立等訴訟に関する件、行政区域内における公共団体等の 活動の総合調整及びその他法令により議会の権限に属する事項である。議会はこれ 等9項目を"議決しなければならない凶とされ、議決権を有し、広範囲な議決事項 をもつことになる。市町村議会が議決機関として制度の上で認められたわけである。 議会は住民を代表してこれ等列挙事項について審議し住民の意思を決定する議決機 関であるが、単にその地位にあるのみでなく市町村長等執行機関の行政活動に対す る監査機関としての地位もあり、自ら市町村の事務に関する書類及び計算書を検閲 し、市町村長に報告を求めて出納を検査し、監査委員に事務の監査を求めて市町村 の行政一般を監督する地位にある。緊急処置要項では議会は市長の諮問機関的機能 を有していたにすぎないが、ここでは議会が広い議決事項と議決機関としての地位 を獲得したLめ、市町村長等執行機関と市町村議会の議決機闘が互いに牽制しつつ 均衡を保った地方行政を遂行しうる地万行政機構となったといえよう。しかし議会 は委任事務に関し、市町村長に対して積極的介入権を有せず、単にその事務につい て説明を求めるか意見を述べうるだけである。議会は市町村の公益に関する事項に ついて知事に意見書を提出することができるし、知事の諮問に応じ議会は答申しな ければならないとされ、知事の諮問機関的地位にもあった。地方公共団体の長は中 央政府からある事務の遂行について委任を受け、その委任事務の遂行に闘しては中央政府機関として、いわゆる機関委任事務を担任することを常とする。しかし市町 村議会が中央政府の諮問機関として地方行政団体から離れて活動することは少なく 本法における議会の特色を示すところである。知事と市町村長とが政治的摩擦を生 じた場合には、知事は市町村議会に直接圧力をかけ市町村の利益にならないことを 当該市町村住民の名のもとに行うことが可能である。中央政府の市町村に対する統 制が容易になしうるわけである。市町村長は、前述のように、公選で住民の代表者 であったが、知事は軍政府に任命された。軍政府にとって都合の悪い人が市町村長 に選出された場合に知事が市町村行政に介入しうるわけである。 議会は定例会と臨時会とし、定例会は隔両月に市町村長の召集があって開会され るが、議員の定数の4分のl以上の要求があれば議会の開会を可能ならしめた。議 会の会議は公聞を原則とし、住民に議案の審議状況を公開して代議骨削除実効ならし めるように Lた口議会が有効に活動しうるには時間的制限があり会期制をとった。 会期中に議決に到らない案件は後会に継続しないとし会期不継続の原則をとった。 議会は会議の規則制定権を有し、会議録を調整し、市町村長及び知事にその報告義 務を負う。 議会には議長、副議長、書記及び必要があるときその他の麗員を置く。議長及び 副議長は議会において議員の中から選出され、書記その他一般雇員については議長 が任免権を有する。議長は議場内の秩序推特のため議場内で警察権を有し、他の議 員及び傍聴人はその統制に服するものとした。本法及び会議規則に違反する議員に 対 L戒告、陳謝、出席停止叉は除名の懲罰を諌しうる。 (注42)
ω
執 行 機 関 市町村長は市町村事務の執行機関として4ヶ年の任期で当該市町村を統轄し住民 を代表してその公共事務及び法令により委任された委任事務を管理.執行する。担 任事務は、自己経費負担による事務の執行、議案提出〈委任事務に関する件は除外) 財産及び営造物の管理、収入.支出の命令及び会計の監督、証書及び公文書類の保 管、使用料.市町村税.夫役現品等の賦課徴収その他の列挙事項である。市町村長-12-は事務を執行するためには自分を補助する補助機闘を必要とするがその補助機関を 占める吏員の選任.罷免及び指揮監督為し、行政区域内の公共団体の活動の総合調 整のため指揮監督を為し、専決処分権が付与されている軽易な事項の専決処理、非 常災害のため必要があると認めるとき他人の土地を一時使用し土石竹木その他の物 品を使用収用し住民を災害から保護する。補助機関として、市町村長は議会の同意 を得て助役、収入役及び区長を任命し、その他一般車員の任免権を有する。助役及 び収入役は各一名だが収入役は必置機関ではなく、助役に兼任させることができる。 市町村長は、市町村の処務便宜のため区長を任命し事務の処理をせしめることがで きる。区の区画は条例で定めるものとした。区は法人格を有する団体ではなく区長 は無論行政庁ではなb、。その性絡は支庁長的な地位で市町村長の補助機関であるo任 期は 2年だが市町村長は何時でも区長を解任することができる。その他一般吏員の 定数については条例で定める。 (注43)
(
心
市 町 村 長 と 議 会 の 関 係 市町村長はその地位の基礎を議会の信任に置く。市町村議会が市町村長の不信任 を議決したとき、市町村長は 10日以内に議会を解散するか、不信任議決に従って 退職しなければならない。あるいは、議会の解散後初めて召集される議会で再びーネ 信任の議決がなされる場合には、議会を解散させることはできず、退職するしかな b、。市町村長は議会に対し解散権があるのに対し議会は市町村長に対し不信任権が あり相互に抑制、均衡する地位にある。市町村長がその活動の基礎を議会の信任に 求める点は議院内閣制的である。しかし市町村長は住民の直接選挙で選任され議会 に議席をもたず、その補助機関である助役、収入役等は議会議員の兼任を禁じられ ていて議会と行政の執行機関とは独立しておりこの点は大統領制的である。市町村 長と市町村議会の関係は講院内閣制と大統領制の折衷的制度である。(
副
知 事 と 市 町 村 の 関 係 知事は市町村を著るしく不適任であると認めるときは、 6名の委員で構成される地方自治委員会の承認を得て、罷免することができる。知事は群島政府時代の短期 間を除けば、軍の任命でその地位に就いているのに対L、市町村長は住民の直接普 通選挙により選出されている。しかるに、住民が適任者と選出した市町村長を、知 事あるいは軍政府が不適任と判断すれば罷免される立場にあった。市町村長の公選 制は権力者の恋意により簡単にその機能を停止しうる制度になっていたといえる。 知事は、軍政府の政策または箪政府の政策に基ずく民政府の事務を遂行するに当り 市町村長を指揮監督することができ、この事務処理に当って市町村長が成規に違反 するか越権行為があると認めるときは、その処分を取消すか停止する権限を有する。 更に知事は必要があ昂と認めるときは、市町村長に事務の報告を命じ、書類.帳簿 を徴し、実地について事務を視察し若しくは出納を検閲することができ、地方債の 起債その他の許可認可権により市町村を統制しうる。議会は条例の制定改廃するに は知事の認可を受けなければならず、叉、知事の諮問に答申する義務があり、会議 の結果を会議録の写本を添えて直接知事に報告する義務を負った。このように知事 の市町村に対する統制
l
権は広範囲にわたり、市町村の団体自治は奇定された。 本法は形式的には、市町村長及び議会議員の公選制あるいは、種々な直接請求の 制度などと画期的な住民自治を認め民主行政主義の制度といえたが、今検討したよ うに市町村に団体自治を認めず地方分権主義を否定し行政権はすべて中央(軍政府) に集中していた。民主主義の精神の発展は地方自治の精神の発展を待たねば期待し えないといわれるが、地方自治の実効性は統分な住民自治と広い団体自治が認めら れるところでなければ期待されない。即ち地方行政制度は民主行政主義と地方分権 主義が両立しているのでなければ民主行政は実現されないが、本法は市町村の団体 自治を否定し地方分権主義を否定している。 (註 44)(
6
) 監 査 委 員
市町村が経営する事業の管理及び市町村の出納、その他の事務の執行状況につい て監査する機関として監査委員を条例で置くことができる。委員の定数は2人で、 市町村長が議会の同意を得て、議会議員及び学識経験者の中から各l名選任する。-14-各委員の任期は2年だが、議会議員から選出される委員は議員としての任期を越え てその地位に留ることはできない。監査委員は市町村の経理が適切且公正に処理さ れているか監査する地位にあるから、市町村長から独立して活動し、他の有給吏員 を兼任することはできない。監査は毎会計年度1回以上定期的に為すこととし、知 事叉は議会からの要求があればその都度臨時に監査する。委員が自ら必要を認める ときは何時でも経理を監査し市町村の健全な運営を維持するものとする。本法は市 町村の行政活動に対する監査についてこの監査委員制、議会の市町村行政一般に対 する監査権及び住民の市町村の行政監査についての直接請求と 3種の監視制度を置 いた。 (注 45)
(
7
)
市 町 村 長 協 議 会 及 び 地 方 自 治 委 員 会 市町村長協議会及び地方自治委員会はこれまで述べてきた機関とは性質を異にす る。これまで述べた機関は、 l単位の行政主体の行政目的実現の為の執行機関、議 決機関又は監査機関等であったが、この協議会及び委員会は複数の行政主体聞で組 織されるものである。市町村長協議会は、市町村の事務、軍政府の政策及び民政府 の政策に関する事務の連絡調整を図るために設置される複数行政主体の為の組織で 各市町村の長が協議で規則を制定して設置する。しかしこの協議会は軍政府の政策 を能率的且画一的に実施するために設置された制度であり、各市町村が相E
の利益 増進のために設置するものではない。 地方自治委員会も市町村長協議会と同じく単一地方行政主体のための機関ではな く、知事の諮問機関あるいは参与機関というべきであるから地方行政団体に関する 組織法の中に規定されるべき性質のものではなく中央行政組織法で規定されるべき であろう。知事は市町村に対しその行政活動について指導監督を為す地位にあるが その場合地方自治委員会は知事が適切な指導監督を為しうるよう諮問を受けて答申 し意見を具申する任務がある。この点は知事の諮問機関的地位である。地方自治委 員会は次の場合には知事の意思決定に参与し知事の参与機関として機能することに なっている。即ち知事は市町村の境界線争の解決、市町村長の罷免、及び市町村組合の解散叉は脱会時の財産処分に関して生ずる紛争解決を裁決するには地方自治委 員会の議決に基づくことを要する。委員会は委員長 1人と 5人の委員をもって構成 される。委員長には民政府議会議長があたり、 5人の委員には市町村長協議会長、 民政府行政謀長、民政府議会が議員以外から指名する市町村行政の学識経験者l人. 市町村長協議会が会員外から指名する市町村行政の学識経験者I人、及び知事が指 名する法律の学識経験者I人である。この委員会は、その設置目的及び委員構成か らみて、市町村相互の自治活動を助長するための組織でないことが解る。名称は地 方自治委員会でも、その実質は市町村を統制するための中央行政機関であるといえ る。 これまで検討してきたことから、この「市町村制
J
法も「地方行政緊急処置要綱」 と同じく市町村叉は市に実質的には独立の法人格を認めず自治を認めるものではな いことが解る。5
常
吉
び
地万自治制は中央集権を排しなるべく広〈地方の自主性を認ることにより行政の 中に住民の君、思を反映させ、民主行政を実現するための制度的保障である。それは 住民が広く参政しうる民主行政主義で住民自治の原理に基づく。即ち執行機関の公 選、議決機関権能の鉱充強化、住民の直接請求、住民の監査請求、住民の普通選挙 (注 46) その他住民による政治を広く可能にする制度の保障などが必要である。 しかしそれだけで地方住民の為の政治が充分実現できるものではない。地方行政団 体の事務の範囲の鉱充とともに、地方団体の条例制定権、行政権.財政権の強化、 及び中央の地方に対する一般的監督権の排除がなされなければならなし、。即ち地方 分権主義であり地方団体に中央から独立した自治権を認める団体臼冶の原理に基づ (注47) くものでなければならなし、。米軍政府が戦後沖縄で実施した 2つの地方行政組織法 は制度上広〈住民の参政を認めるものであったが、中央の市町村に対する統制権は 広 U強〈地方団体は中央から自由な領域を有しなかった。市町村長罷免権、市町村長が 為す行政処分の取稿、停止権、市町村の書類.出納検閲権、地方債起債その他につ いての許認可権及びその他市町村に対する一般的指揮監督権、更に市町村長協議会 と地方自治委員会等の存在は、市町村が中央から独立して行政活動をなしうべき団 体自治権を否定するのに充分な威力を有Lている。このような上からの統制があっ て市町村は行政主体としての自由な領域を持ちえず軍政府の執行機関として活動す るしかなかった。かくて、戦後沖縄の地方自治法の特色は、アメロカ流の住民自治 の要素を多分にとり入れながら、大陸流の団体自治の要素を否定した点にあるとい うことができる。 〔注〕 (1) 杉村敏正「全訂行政法講義総論(上巻)
J
7 6頁、成田頼明他「現代 行政法J
6 1頁、田中二郎「行政法申巻J
1 2頁参照 (2) 1 9 .. 5年 10月30日元居住市町村への移動が許可される。 (3) 1 9 4 6年4月2 2目指令第156号。 (4) 戦禍の程度及びアメリカ軍進駐の時期も神縄群島と宮古.八重山群島 では差があった。後者においτ
は米軍による行政は 19 .. 5年の米軍の 進駐で開始され段。乙のように社会事情の栢違によ 9てか各群島は独立 した行政主体であり別々の軍政府の監督下にあり行政組織上の連続関係 はなかった。戦前沖縄県庁の支庁として宮古支庁及び八重山支庁があっ たが、その支庁長であった者が軍政官によって両群島の行政の長 1<::任命 され、その下で行政組織が準備された。両群島は沖縄民政府と行政組織 上の関係はなかったので、行政の長を支庁長と称するのは適当ではな〈、 1 9 4 7年 3月21日をもって支庁を民政府と改君臨し支庁長を知事と改 称した。(r
沖縄年優19 70年度版J
3 4 3頁 } ( 司 本稿は神縄群島における行政組織について主に取扱い、宮古.八霊山 については従にし、大島君手島についてはふれない. (6) 大島群島は「奄美群島民関する日本固とアメリカ合衆国との聞の協定J
(条約第33号)1<:より 19 5 3年12月25自に日本復帰 (7) 指 令1 5 6号第 4項 (8) 1 9 5 0年 8月 4日布令第 2 2号 (9) 平 良 辰 雄 回 顧 録 一 戦 後 の 政 界 裏 面 史 -66頁、前出「沖縄年鑑」 3 0 8頁 帥 布 告 第 13号「琉球政府の設立」 (11) 市告第 1 7号 rWfま住民 IL告ぐJ1 9 5 2年 2月 29日
ω
1 9 4 5年 9月 1日発表。乙の要綱は沖縄群島のみを対象』として発表 さ れ た 制 度 で あ る 。 宮 古 及 ぴ 八 重 山 群 島 に お い て は 、 戦 前 の 地 方 行 政 組 織 が そ の ま ま 踏 襲 さ れ 、 市 町 村 長 及 ぴ 市 議 会 議 員 色 留 任 の 形 で そ の 地 に 留 っ た 。 そ の 後 1947年 12月 2日公布の軍特別布告第 25号 「 市 町 村 議 会 議 員 及 び 市 町 村 長 選 挙 法 」 に よ っ て 19 4 8年 3月 戦 後 初 の 市 町 村 長 及 び 市 町 村 議 会 議 員 が 公 還 さ れ 、 周 年 7月 「 市 町 村 制 」 が 実 施 と 共 に沖縄群島と同じ地方制度となる。 (前出「沖縄年鑑J
3 4 3頁 } 帥 軍 政 府 布 令 第26号、 19 4 8年7月21日公布 帥 前 述 の よ う に 、 各 群 島 政 府 は 各 々 独 立 し た 行 政 主 体 で 行 政 組 織 上 何 等 連 続 関 係 は な か っ た の で 乙 の 市 町 村 制 を 実 施 す る に あ た り 「 南 北 琉 球 軍 政府はその管申書区滋の実情に応ずる同種法規の制定権を有するが、その 目的1<:対しては、本市町村制は単 IL参考資料に止まるものである」とそ の 前 文 で う た い 、 法 形 式 上 はζの制度の画一的な適用はなされなかった. し か し 各 軍 政 官 は 異 な る 制 度 を 設 け ず 、 乙 の 市 町 村 制 が 宮 古 及 び 八 重 山 群島 ICも適用された。(前出「沖縄年鑑J
3 4 3頁 ) 伺 2 5才以上の男女に選挙権が付与され、 19 4 5年 ( 附 和 2 0年 )9 月2 0日 に 沖 縄 本 島 の 住 民 収 容 地 区 で あ る 知 念 、 前 原 、 胡 座 、 石 川 、 漢 那、宜野座、古知屋、大浦崎、瀬様、回井等、辺土名、平安座、粟園、 伊 平 屋 、 久 米 島 、 慶 良 聞 の 16地 区 に お い て 一 斉 に 市 議 会 議 員 選 挙 が お 乙なわれた。引き続き同年9月25日u
:
:
市 長 選 が 行 わ れ 、 戦 後 の 市 機 構 が 作 ら れ 、 新 し い 市 が 突 然1 6ケ 所 に 誕 生 し た . 沖 縄 自 治 名 鑑(1966 年 9月 3 0日 沖 縄 市 町 村 議 会 議 長 会 発 行 ) 8 6頁 伺 原 龍 之 助 「 地 方 公 共 団 体J
有 斐 閣 「 行 政 法 講 座J
第 5巻 所 収 4頁 -18一
納 宮 沢 俊 義 「 公 法 の 原 理
J
2 2 4頁 原龍之助前出論文4頁、日本の現行地方自治法は地方公共団体の処理 すべき事務を公共事務(いわゆる固有事務)委任事務及び行政事務の3 種に分類している。 ~$ 原飽之助「地方公共団体」有斐閣「行政法講座」第5巻 所 収4頁 参 照 帥 宮 沢 俊 義 「 公 法 の 原 理J
2 2 4頁 伽) 杉村章三郎「改正地方自治法J
3頁、公法研究第1号133頁、宮沢 俊義「公法の原理J2 2 4頁 帥 柳 瀬 良 幹 「 地 方 自 治 の 本 質Jr
公法研究」第9号所収 8 0頁 、 須 員 俺 一「憲法第8章J
r
法学論議J
8巻第4• 5. 6号所収80頁、THOMAS H.REED
,
:CITIES CREATURES愉INREADINGS IN MUNICIPAL GOVERNMENT AND ADMINISTRATION (1952)BY CHARLES M.KNEIER AND GUY FOX.P.I06.FRANK J.GOODNOW
,
"MUNICIPAL PROBLEMS(1897) P.23.24. 伺 俵静夫「地方自治法
J
(法律学全集8 ) 6 9頁、闘部敏「公法人と私 法人」有斐閣「行政法講座」第2巻所収2 5頁、佐藤功「憲法コンメン タールJ
5 4 8頁 帥 宮 沢 俊 義 「 憲 法 コ ン メ ン タ ー ルJ
7 5 8頁 帥 杉 村 敏 正 「 全 訂 行 政 法 講 義 総 論 〈 上 巻 )J 9 8頁 帥 当時の市の一つである回井等市は、市長、助役、庶君事課長、衛生課長、 社 会 事 業 課 長 で 組 織 さ れ たor
平良辰雄回顧録一戦後の政界裏面史ー」 2頁 帥 1 946年5月1日より新日本円が通貨として認められ貨幣経済が再 関 さ れ た ( 特 別 布 告 第7号ー19 4 6年3月25日公布)が民政府の予 算案が編成されたのは 1949会計年度からである。(前出「神縄年鑑」 365頁 ) 制 「地方自治7周 年 記 念 誌J
(沖縄市町村長会19 5 5年 発 行 )1 5頁 胸 当時の田井等市長平良辰雄氏は‘権限も一定の職責もあったものでは ない、いわば米軍と住民との仲をとりもつ連絡事務官といったお祖未な 「公験」にすぎなかった。しいて内容づけようと恩えば、沖縄i人労蕗者の 「 調 達 係 10人夫頭」みたいとEも の だ っ た , と 回 顧 す る . " 前 出 「 平 良 辰 雄 回 顧 録