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里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例

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187里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田)

判例研究

里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権

確認請求が認められなかった事例

121

矢田尚子

︵東京地裁八王子支部平成一八年一〇月一九日料決︹平成一七年 号土地所有権確認請求事件︺、判例地方自治二九一号八○頁︶ はじめに 事案の概要 Xの主張 Yの主張 判旨 評釈 本判決の争点 2認定外道路︵里道︶とは何か 3学説の状況 4判例の状況 5最高裁昭和五一年判決後の公物の時効取得についての事案

6判例分析

五おわりに ︵ワ︶第二三七八

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はじめに

道路法や河川法等の適用を受けない里道・水路などの旧建設省︵国土交通省︶所管の公共物のことを一般に法定外公 共物と呼んでいる。そして、これらの用途廃止や境界確定といった財産管理事務については、これまで都道府県知事が 機関委任事務として処理に当たってきた。その一方で、公共物管理のもう一つの概念である﹁機能管理︵道路の補修や 草刈りといった公共物としての機能を維持させるための管理︶﹂については、市町村が固有事務として別処理を行って きた。 そこで、里道や水路などは、地域住民の生活に密接に関連するものである以上、市町村が機能管理のみならず、財産 管理についても共に一括して行うことが適当であろうということで、法定外公共物の二元管理状態を一本化することに なった。その結果、現に公共の用に供されている法定外公共物については、平成一二年四月一日に施行された﹁地方分 権一括法﹂により、平成一七年三月末までに、市町村に無償譲与されることになり、現在では、両管理共に、市町村の

パマ

自治事務となっている。 これから紹介する事案は、法定外公共物たる里道の管理が市町村の自治事務となった後、すなわち、国ではなく、市 町村が被告となった初めてのケースである。ただし、その点を抜かせば、本事案は、いわゆる公物︵公共物︶の時効取 得事案の典型的なケースの一つにすぎないものといってよい。 それをあえて本稿で検討するのは、本事案でも引用されている最高裁判所昭和五一年一二月二四日第二小法廷判決

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189里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) ︵民集三〇巻一一号一一〇四頁︶の中で示された公共物の時効取得が成立するための﹁黙示的公用廃止のための四要件﹂ の具体的な意義や内容について、集積した裁判例を手掛りにしつつ、改めて検討をしてみたいと考えたためである。 とりわけ、本件に先立つ最高裁平成一七年一二月一六日第二小法廷判決︵民集五九巻一〇号二九三一頁︶における竣 功未認可埋立地についての私法上の所有権の客体性、時効取得可能性を争った事案について、この黙示的公用廃止の一 般理論が私権の客体の議論と結びついたことで、これら法律構成がより複雑な様相を呈し、この判決の法律構成につい

ハレ

ては疑問が持たれているところでもある。 そこで、本稿では、﹁黙示的公用廃止のための四要件﹂に注目し、分析することで、その要件を充足するための具体 的判断基準や射程等を明らかにすることが中心的課題になる。

二事案の概要

Xが相続により譲り受けた土地︵以下﹁本件土地﹂という。︶の一部︵以下﹁本件係争部分﹂という。︶を、 京市︶が認定外道路︵里道︶であると主張したことから、その土地所有権の帰属をめぐり、XがYに対して、 部分の所有権確認を求める訴えを提起したのが本事案である。 本件における当事者の主張は次のとおりである。

1Xの主張

︿主位的請求﹀︵本件係争部分の所有権の帰属︶ Y︵西東 本件係争

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本件土地は、もともとZの所有する土地の一部をXの父であるゐが購入し、これをXが相続したものである。Xが本 件係争部分も含めて本件土地を測量したところ、本件土地の登記簿上の面積と近似したことから、本件係争部分の所有 権は、Xに帰属する。 ︿予備的請求﹀︵時効取得︶ ①昭和四一年七月一日、ゐは、自宅の新築工事の着工とともに、本件係争部分に木を植え、自宅の裏庭として利用を開 始した。よって、乃は、この日より本件係争部分を平穏かつ公然に所有の意思をもってその占有を開始したので、昭 和五一年七月一日の経過をもって、一〇年の取得時効が完成した︵第一時効︶といえる。なお、昭和四一年七月一日 の時点では、本件係争部分は、道路としての形態、機能は完全に喪失していた。 ②その後、乙は、自宅改築の建築確認を得るに当たり、一時的に本件係争部分を空けることになった。その事実が、仮 に本件係争部分をゐが認定外道路︵里道︶と認めたことを示しているというのであるならば、それは、乃が第一時効 の利益を放棄又は喪失したことを意味する。よって、従前の占有状態が切断されたとしても、新たな占有があった場 合には、その時点から別個の時効期間が進行すると考える。 したがって、乃は建物改築の建築確認を受けた昭和五三年一〇月五日以降、平穏かつ公然に所有の意思をもって本 件係争部分の占有を別個に開始し、さらに、同時点において本件係争部分は、公共用財産の黙示の公用廃止の要件も 具備していたので、平成一〇年一〇月五日の経過をもって二〇年の取得時効︵第二時効︶が完成した。 ③平成一三年二月一七日、乃が死亡。Xが本件土地等を相続し、本訴状の送達をもって、上記時効の援用とする。

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191里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田)

2Yの主張

︿主位的請求について﹀ 登記簿上の面積には、いわゆる縄延びや縄縮みがあるのは公知の事実であるから、Xの主張はそれのみでは根拠がな い。さらに、認定外道路︵里道︶は、本件係争部分を除き、今も現実に存在する。したがって、本件係争部分は認定外 道路︵里道︶であり、本件土地の中には含まれない。 ︿予備的請求について﹀ Xの予備的請求は、本件係争部分が認定外道路︵里道︶の一部であることが前提にある。ゆえに、公共物の取得時効 が認められるためには、取得時効の起算点となる占有開始時に黙示の公用廃止が認められる必要がある。しかし、Xが 主張する昭和四一年七月一日、昭和五三年一〇月五日いずれの時点においても、本件係争部分の公用廃止がなされたと いう事実はなく、また、乃には所有の意思もなかった。 さらに、第二時効が成立するためには、第一時効の成立が前提となる。よって、第一時効の成立なくして第二時効の 成立を認めることは、取得時効を主張する者に時効の起算点を任意に選択させることになるので許されない。したがっ て、第一時効、第二時効ともに成立しない。

三判旨

本判決は、Xのいずれの請求も棄却した。その具体的理由は次のとおりである。

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︿主位的請求について﹀ ﹁Xは、本件係争部分を本件土地に含めて測量すると、本件土地の登記簿上の面積と近似すると主張するが、登記簿上 の面積にはいわゆる縄延びや縄縮みがあって実際の面積と異なることがしばしばあることは公知の事実であるから、 面積が近似することのみをもって本件係争部分が本件土地に含まれるということはできない。﹂ ︿予備的請求について﹀ ﹁公共用財産が、長年の問事実上公の目的に供用されることなく放置され、公共用財産としての形態、機能を全く喪失 し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、もは やその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、当該公共用財産について、黙示的に公用が廃止 されたものとして、取得時効の成立を妨げないと解するのが相当である︵最高裁判所昭和五一年一二月二四日第二小 法廷判決・民集三〇巻一一号一一〇四頁参照︶。そして、取得時効が成立するためには、自主占有開始の時点までに 上記要件に適合する客観的状況︵公共物の黙示的廃止︶が存在していることを要すると解するのが相当である。﹂ しかしながら、本件係争部分を除く認定外道路はいまだ現存しており、本件係争部分の原状回復は容易である。した がって、Xが主張するいずれの時点おいても、公共物としての形態・機能を全く喪失しておらず、黙示の公用廃止要件 は充足されていなかったといえる。 さらに、﹁第二時効は、第一時効の成立を前提とし、その利益を放棄し又は援用権を喪失したため、新たに時効期間 が進行するというものであるから、第一時効の成立が認められなければ、第二時効が成立する余地はない。﹂したがっ て、﹁第一時効の成立なくして第二時効の成立を認めることは、取得時効を主張する者に時効の起算点を任意に選択さ

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193里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) せることになり、許されない。﹂とし、Xの主張を退けた。

四評釈

本判決の法律構成は、先例をふまえた妥当なものであり、判旨に賛成したい。

1本判決の争点

本判決の主要な争点は、法定外公共物たる里道の時効取得が認められるかどうかにある。 ただし、本事案では、その争点を検討する前提として、まずは、当時の地図や航空写真、公図などを参照にしながら Xの主位的請求の原因ついて理由のない旨を確認した。すなわち、Xの相続した土地の中には、本件係争部分は含まれ ず、本件係争部分は認定外道路︵里道︶の一部であることを確認した。 そこで、以下では、認定外道路︵里道︶の時効取得の可能性を検討するに当たって、まずは、認定外道路︵里道︶の 意義、さらに里道の識別をするに当たっての有力な資料の一つとなる公図の意義について簡単に触れておくことにする。

ハレ

2認定外道路︵里道︶とは何か 一般に、国・自治体等が直接公の目的のために供しているものを講学上、﹁公物﹂と呼び、﹁公用物︵庁舎の敷地や建 物等といった国・自治体等の行政主体自身の使用に供せられるもの︶﹂と﹁公共用物︵直接に一般公衆の共同使用に供さ

パらロ

れている道路や河川等︶﹂とに分類される。そして、その﹁公共用物﹂のうち、道路法や河川法等、特別法の適用︵あ るいは準用︶を受けない公共用物を﹁法定外公共用物﹂もしくは﹁法定外公共物﹂と呼ぶ。︵なお、﹁法定外公共用物﹂,

(8)

と﹁法定外公共物﹂の両者の意味するところは同一と言ってよいが、現在では、地方分権一括法の制定過程において ﹁法定外公共物﹂という表記で統一されるようになっている。︶ その法定外公共物の代表的なものに、認定外道路、すなわち、道路法による道路︵高速自動車国道、一般国道、都道 府県道、市町村道︶に認定されていない道路等があり、その道路等の中に、本事案で争われた﹁里道﹂や、私道、一一線 引畦畔、脱落地等が分類されている。そして、その認定外道路たる里道は、一般に、無番地で登記もなされないため、 里道の存在や位置に関しては、里道の存在を示す公図︵旧土地台帳附属地図︶に記載された赤い帯状の線が大きな手掛 りになる。それ故、里道は、赤線、赤道と呼ばれることもある。 なお、公図に関しては、当時の不十分な測量技術等も相侯って、一般に方位や面積など不正確な部分も多いと認識さ れている。そのため、公図のみをもって里道の位置等を正確に把握することは困難であるが、その一方で、公図は、道 路の位置など定性的な面については、非常に参考になるといわれている。 したがって、本件でXが主張したように、実測面積と測量面積が単に近似したというだけでは、本件係争部分の所有 権がXに帰属しているとはいえず、公図等を参照した上でXの主張を認めなかった裁判所の判断は妥当なものである。

3学説の状況

それでは、認定外道路としての里道の意義を確認したところで、本題となる﹁公物︵法定外公共物︶の時効取得﹂の 問題を考えていくことにする。 公物︵法定外公共物︶の時効取得の問題とは、私人が里道などの公物︵法定外公共物︶を長期間にわたり平穏かつ公 然に占有した場合に、時効による取得ができるかどうか、いいかえれば、元来、公法的規律に服すべき公物︵法定外公

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195里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) 共物︶が取得時効の客体になり得るか、という問題である。当然ながら、現実に一般公衆の用に供されている里道や河 川等については、時効取得の可能性の余地はない。また一方で、当該里道等を公共の用に供する必要がなくなったとい うことで、公用廃止決定がなされたならば、その里道等は払下げを受けて、私人がその土地の所有権を取得することは 可能である。結局、公物︵法定外公共物︶の時効取得の問題とは、行政による公用廃止行為がないにもかかわらず、私 人が里道などを自己の田畑や家屋の敷地として利用したが、何ら公の目的を害することもないままに長年経過してしまっ たようなケースでの時効取得の可能性の問題であるといってよい。しかしながら、このような公物が当然に取得時効の 対象となるかどうかについては、明文の規定がないことから、大別して次のような四つの学説に分かれて、議論がなさ れてきた。 ①否定説明示的な公用廃止の意思表示︵公用廃止行為︶のない限り、公物は時効取得の対象となり得ないとする見解

パマ

で、当初、判例が採った立場である。その論拠としては、公物の﹁不融通性﹂にあり、私人が時効によって公物を取得 することは、その性質上、相容れないと説明される。ただし、現在では、時効制度の存在理由を全く無視したものであ

パゆレ

るとして、この学説の立場をとる者はいないといってよい。 ②制限的肯定説この説は、道路や河川等といった私権の対象となりうるものについては時効取得を認める。ただし、 取得時効の効果としては、里道等の所有権が私人に移転はしても完全な所有権の取得はできず、時効取得後であっても、 公用廃止行為があるまで公物たる負担を受けるとするものである。この説については、時効によって所有権を取得した と述べつつ、無償の公用負担が依然として存続するのは矛盾であるといった批判がある。 ③黙示的公用廃止説この説は、公物のままでは時効取得は認められないという点で否定説と同一である。ただし、公

(10)

物であっても、実態が失われ、長期間にわたって私人が利用しているにもかかわらず、公共目的が阻害されるといった 事実等がない場合については、黙示の公用廃止があったものと認めて取得時効の成立を肯定するものである。そして、 現在では、この学説が学説上の多数説を占め、後に詳しく触れるが、現行最高裁判所の採る見解でもある。ただし、こ の見解に対しては、黙示的公用廃止を認める基準が曖昧である、また、黙示の公用廃止行為がいつの時点でなされたか が不明である、さらに、フィクションを用いるなど論理構成が技巧的であるといった批判がある。 ④完全時効取得説この説は、民法一六二条の取得時効の要件を充足すれば、公物であっても私物との区別なく、公用 負担なしの完全な所有権を時効取得できるとするものである。つまり、公物も取得時効の対象になる。そして、その具 体的な判断については、時効制度が認められる趣旨と公物の性質や目的とを比較衡量することによって決すべきとされ パはレ る。したがって、この場合には、かりに民法一六二条の要件を充足したとしても、直ちに時効取得が認められるわけで はなく、比較衡量の結果、時効取得が否定されることも場合によってはあり得ると考えられている。そこで、この説に 対しては、民法原理とは異質の論理に依拠することで、やがては民法秩序を撹乱することにもなりかねかないとの憂慮 や、そもそも公物の意思的行為を全く無視することには疑問があるといった批判がある。 このように、四つの学説については、それぞれ特徴があり、問題点もある。ただし、現在では、全く公物の時効取得 を認めない①説や、①説に対する説として登場した②説を支持する者はいないといってよい。したがって、現在では、 先にも述べたように判例も支持する③説の黙示的公用廃止説が通説、多数説であると言ってしまってよいだろう。だが、 そうだからといって、この学説が他の学説より際立って妥当な学説というわけでもない。すなわち、③説ではなく、か りに④説の完全時効取得説の見地に立ったとしても、実際のところは、黙示的公用廃止説が認める基準内容や、時効取

(11)

197里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田)

いかんパど

得が認められる係争物の性質の内容如何によつては、結論的には、ほとんど変わりはないと言われている。

4判例の状況

一方、判例の状況については、旧憲法下の大審院及び行政裁判所の判例では、基本的に前記①の否定説の見地に立ち、

パおレ

時効取得を一貫して否定してきた。そして、現行憲法下にあっても、当初は、その立場を固持していた。しかしながら、

パぬレ

最高裁が、昭和四四年五月二二日判決︵民集二二巻六号九九三頁︶において、都市公園の予定地︵予定公物︶につき、 時効取得を認めたことで、その公物の時効取得の可能性が生じた。そして、これに続く昭和五一年一二月二四日判決 ︵民集三〇巻二号二〇四頁︶では、公共用水路たる法定外公共物につき、黙示的に公用廃止がなされたものとして、 従来の否定説の立場を変更し、法定外公共物たる公物の取得時効の成立を認めるに至った。言いかえれば、最高裁は、 この判決で、公物の不可時効性のドグマを放棄し、私物と区別なく時効取得の可能性を認める前述の完全時効取得説の 立場は採らずに、依然として公物の不可時効性は維持した上で、一定の条件の下、公物の時効取得の可能性を認める黙

パハレ

示的公用廃止説の見地に立つことを明らかにしたといえる。ただし、注意すべきは、最高裁の立場は、前述の黙示的公 用廃止説と法律構成が完全に同一というわけではないという点である。すなわち、最高裁の立場は、あくまでも一定の 要件を充足した場合に、黙示の公用廃止を認め、民法の取得時効の要件が認められても直ちに時効取得したことにはな らないのである。つまるところ、民法の取得時効の要件を検討する以前に、黙示の公用廃止要件を充足することがその 大前提にあるといえる。 その昭和五一年判決で示されたところの、黙示の公用廃止があったと認められるための四つの判断基準、言いかえれ ば、公物について時効取得が成立するための四要件とは、次のものである。

(12)

白鴎法学第15巻1号(通巻第31号)(2008)198 ①長年の間事実上公の目的に供されることなく放置されたこと ②公共物︵公共用財産︶としての形態、機能を全く喪失していること ③その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的を害されるようなこともないこと ④もはやその物を公共物︵公共用財産︶として維持すべき理由がなくなったこと ただし、このような黙示的公用廃止の四要件については、要件③の﹁公の目的に害されるようなこともない﹂ことや、 要件④の﹁公共物︵公共用財産︶として維持すべき理由がなくなった﹂といった価値判断を含む不確定あるいは柔軟性 のある基準を加えたこと故に、具体的にいかなる事実をもって黙示の公用廃止があったといえるのか、あるいは、いつ の時点で黙示の公用廃止があったのかといった点で曖味さが残るとし、この基準の意義につき、疑問を呈した見解もあ パカレ る。したがって、最高裁が示した四要件については理論的には公物の性質にも配慮した妥当なものであり存在意義もあ ると言えるが、一方でこれら要件に該当する具体的事実の認定の判断基準等については判例の集積が待たれるところで

パぬレ

あり、今後の課題であると指摘されてきた。 畢寛するに、現在における里道︵法定外公共物︶の時効取得の主要な問題とは、法定外公共物が取得時効の客体にな るのかどうか、いずれの学説を選択すればよいのかという単純な議論ではなく、黙示の公用廃止が認められるための各 要件ごとの具体的な判断基準の内容や、解釈の仕方に論点がすでに移っているといえる。具体的には、前述の要件①で いうところの﹁長年の間、放置された期間﹂とはどの程度の期間を指すのか、いかなる場合に、要件②でいうところの 公共物の形態、機能の喪失があったといえるのか、さらに、要件③の﹁公の目的﹂とはいかなるもので、いつの時点を 意味するのか、そして、要件④の﹁公共物として維持すべき理由がなくなった﹂とされる判断基準はどのようなものな

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199里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) のか、といったことが問題となってくる。さらに、かような黙示の公用廃止の要件は、そもそも、いつの時点までに充

パガロ

足する必要があるのかといったことも検討する必要があるといえる。 そこで、以下では、最高裁昭和五一年判決後に積み重ねられてきた公物の時効取得をめぐる事案を概観してみること で、黙示の公用廃止を認めるための判断基準の妥当性や、その判断基準が適用可能な公物の範囲などについて検討して いくことにする。 5最高裁昭和五一年判決後の公物の時効取得についての事案 最高裁昭和五一年判決後の公物の時効取得をめぐる事案については、LEX/DBインターネット︵TKC法律情報

パロ

データベース︶等を用いて検索しただけでも、その事案はかなりの数にのぼることがわかる。それらを一覧表で表した ものが次のものである。 号 番

判決年月日

原告

︵控訴人、上告人︶ 係争物 時効取得 の有無 黙示的公用 廃止基準の 判断の有無 時効 期間

備考

︵時効取得が否定︵肯定︶された主な理由等・注意事項︶ 裁判結果

掲載文献

被告

︵被控訴人、被上告人︶ 1 最︵一小︶判昭五二・四・二八 私人 道路

肯定

有 二〇年 上告棄却 金判五三五号四七頁 私人 2 大阪高判昭五二・三二三 私人 旧陸軍省名義の 登記のある国有 地

肯定

無 二〇年 ・占有の平穏性について判示 ・国による時効取得を認めた珍しい事案である。 原判決を破棄 訴月二三巻四号六七八頁︵差戻上告審︶ 国ほか一名 3 金沢地判昭五二・五・ご二 私人 市道

肯定

有 二〇年 一部認容、 一部棄却 判時八八一号コニ六頁 金沢市ほか一名

(14)

4 東京地判昭五二・七・一八 私人 上野彰義隊墓戸 所敷地

否定

無 ・所有の意思の不存在 棄却 判時八六〇号九八頁 東京都 5 函館地判昭五四二二二一三 私人 海、海浜地

否定

有 ・要件②を充足していない。 ︵さらに、Xが形状を変化させているという事実 がある。︶ 棄却 訴月二五巻一〇号二五二二頁 国ほか一名 6 福岡地判昭五四・七二二 私人 水路

肯定

有 二〇年 認容 訴月二五巻一一号二七七五頁 国 7 那覇地判昭五五・一・二二 私人 無免許埋立地

否定

無 ・埋立法所定の手続によらずして、公有水面の無 免許者が埋立地を時効取得する余地なし。 棄却 訴月二六巻三号四五六頁 国ほか二名 8 山口地判昭五五二二一三 私人 里道

否定

有 ・要件①は認めたが、要件②、④を充足していない。 ・要件②を充足するには、現況里道として存続し ている全体部分の利用価値を殆ど失っているこ とが必要である。 棄却 訴月二六巻三号四六三頁 国 9 東京高判昭五六・五・二〇 私人 市道

否定

有 ・市による市道廃止処分が無効とされた事案であ る。その中で、市は、本件市道は、黙示の公用 廃止処分を受けたと主張。 ・主として要件③を充足していない。 控訴棄却 判時一〇〇六号四〇頁、判タ四五三号九三頁 横須賀市ほか一名 10 東京高判昭五六二一・二六 私人 農地

肯定

無 二〇年 ・自創法により買収され国が管理すべき農地は、 公物に該当しないので取得時効の対象になる。 上告棄却 判タ四六五号一〇八頁 国 H 熊本地判昭五七・六⊥八 国 市道敷地 ︵元里道︶

否定

有 ・黙示の公用廃止の事情なしとだけ述べている。 被告らはそもそも道路の存在を認めており、無 権利者にすぎないのであるから、被告らの時効 取得の主張は信義則に反する。 認容 訴月二九巻一号四七頁 私人 12 横浜地判昭五七・八二三 私人 橋梁用地

否定

無 ・本件土地は、実質上ないし予定された行政財産 とみるべきである以上、取得時の対象にならな い。 棄却 訴月二九巻二号二一三頁、判タ四八七号一〇三頁 国 13 東京地判昭五七・一一・二六 私人 堤防敷地

否定

有 ・要件②を充足していない。 棄却 訴月二九巻六号一〇五九頁 国 14 山口地柳井支昭五八・三・二五 私人 里道

肯定

有 二〇年 認容 訴月三三巻四号八四九頁 国

(15)

里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) 201 15 福岡地小倉支判昭五八・四二一八 私人 国有の市道敷地

否定

有 ・要件②を充足していない。 ・占有開始時点までに黙示的公用廃止があったと いえるだけの客観的状況の存在が必要と判示 棄却 訴月二九巻二号二〇四六頁 国 16 大阪高判昭五八・八二一二 私人 河川堤防敷

否定

有 ・要件②を充足していない。 控訴棄却 訴月三〇巻四号五八三頁 国 貨 東京地判昭五九二一・二六 私人 現在、区道

肯定

有 二〇年 認容 判時二六七号六〇頁、判タ五四六号]四九頁 国 18 東京地判昭六〇・九・二五 私人 里道

肯定

有 一〇年 認容 判タ六一二号四九頁 国 19 広島高判昭六一・三・二〇 国 一部肯定 一部否定 有 二〇年 ・里道のうち、建物敷地部分のみ時効取得を認める。 通路部分については要件②を充足していない。 ・自主占有開始時までに黙示の公用廃止があった ものといいうる客観的事情の存在が必要。 変更︵一部認 容一部棄却︶ 訴月三三巻四号八三九頁 私人 ︻1 4︼控訴審 20 長野地判昭六一・四・三〇 私人 国有の市道敷地

否定

有 ・要件②を充足していない。 棄却 訴月三三巻七号一七五三頁 国 21 東京地判昭六一・六・二六 私人 水路

肯定

有 二〇年 ・公共物廃止申請という事実をもって、時効利益 の放棄ないし援用権の喪失したと解するのは相 当でないと判示 認容 判時一二〇七号六七頁 国 22 京都地判昭六一・八・八 私人 公図に地番のない 護岸用壁と一体と なった国有地

否定

有 ・自主占有開始時までに黙示の公用廃止基準︵要 件②︶を具備していない。 棄却 判タ六二三号一〇六頁 国 23 高松高判昭六一一一一八 徳島市 水路敷

否定

有 ・要件②を充足していない。 差止却下 訴月三三巻一二号二八七一頁 ごみ焼却場設置反対 同盟ほか一七九名 24 徳島阿南支昭六二・三・二七 国 河川敷地

否定

有 ・要件②、④を充足していない。 認容 訴月三九号一一号二三三九頁 私人 25 東京地判昭六三・八・二五︵25︶ 私人 里道

肯定

有 二〇年 認容 判時一三〇七号一一五頁 国

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26 東京高判昭六三・九・二二 私人 都道府県道の用 地︵予定公物︶

否定

有 ・要件①を充足していない。 控訴棄却 判時一二九一号六九頁、判夕六九五号一九一頁 国 27 東京地判平二・五・二八 私人 県道

否定

有 ・要件④を充足していない。 ・所有の意思の不存在 棄却 訴月三八巻二号一八五頁 国 28 東京地判平二・七・二〇 私人 道路

肯定

有 二〇年 認容 判時コニ八二号九〇頁 国 29 神戸地姫路支平二一〇・二六 私人 国有水路

肯定

有 二〇年 認容 訴月三九号八号一四二二頁 国 30 東京地判平二二一一三 私人 里道

肯定

有 二〇年 認容 判タ七六一号二一九頁、訴月三八巻四号五八○頁 国 31 東京高判平三・二・二六 私人 県道

否定

有 .自主占有開始時までに黙赤の公用廃止基準︵要 件②︶を具備していない ・要件②を充足するためには、地域的広がりをもった全体と して観察し、原状回復が可能か否かで判断すべきである. 控訴棄却 訴月三八巻二号一七七頁 国 ︻27︼控訴審 32 大阪高判平四・一〇二一九︵26︶ 国 国有水路

否定

有 .自主占有開始時までに黙示の松用廃止基準︵要 件①、④︶を具備していない 取消、棄却 訴月三九号八号一四〇四頁 私人 ︻29︼控訴審 33 東京高判平三・八・二六 国 里道

否定

無 ・占有開始当初、他主占有であり、その後も、自 主占有への変更はない。 取消、棄却 訴月三八巻四号五六九頁 私人 ︻30︼控訴審 34 徳島地判平七二二・三〇 国 無免許埋立地

否定

有 ・自主占有開始時までに黙示の公用廃止を認める べき客観的状況を具備していない。︵要件②を 充足していない︶ 棄却 訴月四二巻一二号二八一九頁 私人 35 大阪地判平七・九二九︵27︶ 私人 国道敷地

否定

有 ・四要件のすべての要件を充足していないと判示 棄却 判自一四三号七八頁 大阪市 36 宮崎地判平七二二・二九 私人 松並木の敷地の 一部 有 .国道に隣接する旧松並木の敷地は、道路と一体 となって公共の用に供されている。 棄却 判自一六二号八五頁 宮崎県

否定

(17)

里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田 203 37 大阪地判平八・八・二八 国 造幣局職員宿舎 の敷地

否定

有、 ・企業用財産であっても、取得時効の対象となり うる。しかし、要件②、③を充足していない。 認容 訴月四三巻七号一六一五頁 私人 38 浦和地判平九・五・二六 私人 排水路

否定

無 .排氷路としての目的、公共性の目的に反するの で原告の通行地役権の取得時効は成立しない。 棄却 判自一六八号七五頁 荒川中部改良区 39 東京地判平一〇・二・二三 私人 区道に認定され た国有地

肯定

有 二〇年 .土地の占有者が当該土地の払下げを授ける旨の意向表 明をしたりまた、土地の占有者が所有権移転登記 を経由しようとせず、公租公課も負担していないとい う事実があっても他主占有の根拠にはならない、 認容 判タ]〇一六号一五八頁 目黒区 40 広島地判平一一・三・二四 私人 旧道部分︵道路 と水路︶及び新 道 旧道部分 は肯定、 ※新道部 分は否定 有 二〇年 .旧道部分の道路については、明示的公用廃止が ありかつ所有の意思を認めた。一方、水路 については、黙示的公用廃止を認めた。 一部認容、 一部棄却 判自二二七号九二頁 国、広島市 41 東京地判平一二一二一一 私人 道路

否定

有 ・要件②を充足していない。 棄却 訴月四七巻一一号三三四六頁 国 42 東京地平二二・一〇・一五︵28︶ 私人 水路敷

否定

無 ・所有の意思は認められない。 棄却 訴月四八巻一〇号二四〇一頁 国 43 大阪高判平]五・五・二二 私人 河川堤防

否定

有 .要件βを充足していない. ︵ただし不法占拠者であることが立証されれば、 所有の意思が否定されるとする。︶ 控訴棄却 判タ一一五一号三〇三頁 国 44 大阪高判平一五・六・二四︵29︶ 私人 里道

肯定

有 二〇年 取消・認容 判時一八四三号七七頁 国 45 神戸地洲本支判平一五・八・八 私人 海浜地

否定

無 .国有地である海浜地に地番が付さ㍗ている事実 だけでは民有地と推認できないまた、原告 には、排他的な占有がないとした。 却下 訴月五一巻八号二〇六九頁 国 46 徳島地判平一六・三二六 私人 国有水路、土揚 場 有 二〇年 認容 訴月五一巻八号二〇八七頁 国

肯定

47 大阪高平一六二二・一八︵30︶ 私人 里道

肯定

有 二〇年 認容 判例集未登載、民研五六八号二三頁 国

(18)

48 大阪高判平一六・七・一 私人 海浜地

否定

無 ・第一審と同様に、控訴人には、排他的な占有が ないと判示 控訴棄却 訴月五一巻八号二〇七六頁 国 ︻45︼控訴審 49 高松高判平一六・ニニ 国 国有水路、土揚場

肯定

有 二〇年 控訴棄却 訴月五一巻八号二〇七六頁 私人 ︻46︼控訴審 50 最︵二小︶判平一七・二一一六 国 竣功認可されて いない埋立地

肯定

有 二〇年 上告棄却 民集五九巻一〇号二九三一頁、判時一九二一号五三頁 私人 51 さいたま地平一七・六・八︵田︶ 私人 水路跡の土地

否定

有 ・要件①を充足していない。悪意又は有過失のあ る占有そあるので、短期時効取得を否定すると ともに長期時効取得の要件も充足していない。 棄却 判自二七五号五五頁 国、埼玉県 ※備考欄の要件とは、前述した黙示的公用廃止が認められるための四つの要件を意味している。

6判例分析

①概括 本表からわかるように、公物の時効取得を争った事案としては、判例集等に掲載されただけでも五〇件ほど挙げるこ

パロ

とができる。 まず、このうちの一二件︵一部肯定を含む︶については、時効取得が認められており、︻18︼判決を除けば、時効期 間は、すべて一一〇年︵長期取得時効︶である。 短期取得時効︵一〇年︶が認められない理由としては、多くの場合、当事者の過失が認定されるケースが多いためで ある。たとえば、︻6︼判決では、土地の面積について注意を払えば、係争部分の土地まで含めたものであることが容 易にわかるとした。また、︻46︼判決では、公図等をみれば少なくとも国有地たる係争地の存在を確認できるとした。

(19)

205里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) さらに、︻30︼判決では、原告は売買契約締結に当たって重要な情報源となる、登記簿、旧公図、土地台帳を見ていな い上に、登記移転手続も請求していないことなどから、当事者の過失を認定している。つまるところ、占有の取得に際 しては、最低限、公図や登記などを公物であっても確認する作業が必要であり、これが立証できない限り、短期取得時

パみロ

効の成立は難しいといえよう。 次に、本題である最高裁昭和五一年判決後の公物の時効取得事例において、黙示の公用廃止基準に従って判断された 事案としては、五一件中四一件に及ぶ。すなわち、裁判所の立場は、公物の時効取得の事案においては、黙示的公用廃 止を前提とする見地に立つことが確定しているといってよいことが一覧表から容易に見てとれる。なお、黙示の公用廃 止説を採らなかった事案についていえば、それは黙示の公用廃止説を否定したわけではない。当事者の主張した主な争 点が、所有の意思の有無にあったことにより、取得時効の要件たる自主占有が認められなかったことで、他の論点を論

パむロ

ずる必要がもはやなくなったことがその主な理由である。 さらに、係争物に着目してみると、その大半は道路といった︵法定外︶公共物となっている。そのうち、時効取得が 認められた事案を見るなら、その大半は、里道を含む道路のケースであることがわかる。少なくとも、裁判所は、︵法 定外︶公共物たる里道や水路等と、︻26︼判決の予定公物、︻3 7︼判決の企業用財産、及び︻50︼判決の竣功未認可の埋 立地など、公物の種類によっては黙示の公用廃止基準を用いる、用いないといった差異を設けていないように思われる。 ただし、同じ公共用地であっても、里道等の道路敷と比べ、河川敷の方が時効取得を認められるケースは少ない傾向に あるのは一覧表から見てとれる。その理由としては、河川敷や堤防などについては、洪水時の備えのために存在すると いう点に重きをおいているためだと考えられる。つまり、将来にわたって公共物たる存在意義が完全に失われたと考え

(20)

白鴎法学第15巻1号(通巻第31号)(2008)206 られない限り、河川敷地については、その公物の性質上、時効取得の可能性は道路敷よりも難しいと思われる。 以上のような簡単な傾向を眺めたところで、次は、黙示的公用廃止が認められる四つの要件の具体的な判断基準につ いて検討してみることにする。ただし、これら四つの要件は、相互に密接な関わりを持つために、実際上は、個別に分 けて検討するというのは難しい面がある。したがって、時効取得を否定した事案で、とりわけその否定された理由となっ た要件と思われるものを指摘する形で検討を進めていく。 ②黙示の公用廃止の四要件の分析 イ要件①︵長年の間事実上公の目的に供されることなく放置されたということ︶ 先の一覧表において、時効取得が認められた事例で考えてみると、長年の間放置された期問とは、︻6︼判決では、 自主占有開始時までにすでに一〇年以上が経過、︻18︼判決でも、自主占有開始時までに一六年が経過しており、さら に、︻19︼判決では自主占有開始時までに、四〇年以上経過している。一方、時効取得が否定された︻3 2︼判決では、 埋立て時から自主占有開始時までに六年余りしか経過していないことから﹁長年の間放置していた﹂とは言い難いとさ れている。要するに、黙示の公用廃止を認めるに当たっては、四つの要件を総合的に判断することになるが、自主占有 開始時までに、それ相応の時が経過していないと時効取得は難しい傾向にあるといえる。したがって、自主占有開始時 までの経過年数が少ない場合には、続く要件②の形態機能の喪失や要件④の公共物として維持すべき理由のないことに

パリロ

つき、より明白な事由が求められることになってこよう。ただし、要件①は、他の要件と非常に密接に結びついている ことを鑑みると、現実にはかなりの困難を要する作業になると思われる。このほかとしては、たとえば、︻17︼判決に もあるように、自主占有開始前と開始後で使用状況等に格別変化がみられないといったことも要件①を判断する一つの

(21)

207里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) ポイントになっている。 ロ要件②︵公共用物の形態、機能喪失があったこと︶及び要件④︵公共物として維持すべき理由がなくなったこと︶ 一覧表からもわかるように、黙示の公用廃止が認められない事由で最も多いものが、要件②であり、要件④と結びつ くケースがしばしば散見される。 公共物の形態、機能喪失として認められたケースとして、︻3︼判決では、市道認定がなされたものの、当初から道 路としての形態が認められなかったこと、同様に︻18︼判決では、里道としての外形を当時から有しておらず、完全に 建物の敷地と一体となっていたこと、さらに︻25︼判決では、付近が完全に宅地化して道路が存在していたことを窺わ せる痕跡が全くないこと等が理由として挙げられている。これに対し、要件②を充足していない多くのケースは、先の ︻25︼判決とは対照的であり、︻8︼判決や︻3 1︼判決の中で、その理由が詳しく述べられている。すなわち、︻3 1︼判 決を引用すると、﹁黙示の公用廃止認定の要件の一つである公共用財産としての形態、機能の喪失が認められるために は、当該部分のみに着目するのではなく、公共用財産に供された目的に即し地域的広がりをもった全体として観察し、 原状回復が可能か否かで決すべきものである。﹂つまり、要件②を充足するには、︻25︼判決等のように、係争部分だけ でなく、付近一体が完全に宅地等になってしまっていること、さらに、原状回復することが現実に困難であるという事 実︵の証明︶が必要になってくる。ただし、実際のところは、その判断が難しいケースも見受けられ、最終的には総合 的な判断に委ねられることになる。たとえば、︻29︼判決では、原状回復の困難さや、公共物として維持すべき理由の ないことから時効取得を認めたが、その控訴審である︻3 2︼判決では、逆に、機能、喪失は認めても、埋立てから六年 しか経っていない点、旧水路部分のみを捉えて、公共物として維持すべき理由がなくなったとはいえないと判断し、同

(22)

じ事実でありながら、逆の結論を導き出している。したがって、要件②は、とりわけ他の要件とのバランスが求められ ていると考えられる。 ハ要件③︵実際上公の目的を害されるようなこともないこと︶ 要件③を主要な理由として扱ったケースはほとんど見られないが、たとえば︻15︼判決では、市道の閉塞により、資 材搬出入を含む一般交通という公の目的が害されたことが挙げられている。この要件については、今後更なる判例の集 積が必要となってくるであろう。ただし、要件③については、独立した要件というよりは、他の要件の中に組み込まれ るような形で現れることもあり、明確な分類が難しいケースも存在する。 二四つの要件を具備すべき時点 最高裁の昭和五一年判決では、これら四つの要件を具備すべき時点については、触れられていなかったものの、当初 より、遅くとも自主占有開始時までに黙示の公用廃止があったと認められる必要があるとの指摘はなされていた。そし て、その後の判例、たとえば、︻15︼、︻19︼、︻22︼、︻31︼、︻3 2︼、︻34︼等の判決で、このことが繰り返し触れられてい る。したがって、自主占有時までに四つの要件を充足するこということが黙示の公用廃止が認められるための確定した 要件であるといってよいだろう。 なお、本判決でも争われた時効の起算点については、任意に選択できないということが判例理論としてすでに確立し ているところであり︵最判昭三五・七・二七民集一四巻一号一八七一頁︶、公物の場合にのみ、特別な扱いを設けるこ とは、公物の性質等を考慮に入れても、とりわけ必要ではないと考える。

(23)

209里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田)

五おわりに

以上のことから、本件ついて検討してみると、本件では、主に、要件②を充足していないことが窺える。すなわち、 係争部分を除く里道については、いまだ現存している状況であり、周辺地域の状況、地域的広がりという全体から観察 すれば、明らかに、本件係争部分の原状回復は容易であり、②の要件たる形態、機能を喪失したとはいえないと言える であろう。しかも、里道の形態に手を加え、自宅の庭として利用したのは、原告側であるうえに、被告は、何度か境界 確定の話し合いなどを申し入れるなど、長期間、本件土地を放置したとは言い難い行動にも出ている。したがって、本 判決は、当初に述べたように、従来の判例を忠実になぞった妥当な判決だと言えるだろう。 なお、黙示的公用廃止の判断基準が有用な場面とは、現在までの判例の集積をみる限りにおいては、公物全体にまで、 拡がりを有するというよりは、里道といった法定外公共物に主として限ったものとして捉えるのが妥当だと考える。 少なくとも、他の公物については、各々の公物の性質なども配慮しながらより慎重な判断が求められることになるの であろう。その考察の端緒となるのが、︻50︼判決をはじめとする公有水面の無免許埋立地等の一連の判決であると考 えている。これら判決についての考察については、今後の検討課題としたい。また同時に、公物の時効取得に限らない が、民法一六二条の要件たる﹁所有の意思﹂、とりわけ、第一項でいうところの﹁所有の意思﹂とは何か、について検 討をする必要があると考えている。この点については、︻43︼判決の不法占拠者であることを理由に所有の意思が否定 された事案が興味深く、﹁所有の意思﹂という要件と黙示の公用廃止要件との結びつきをも考慮に入れた議論を今後、

パロ

展開していきたい。

(24)

︵1︶ ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶

87

1211109

法定外公共物の譲与についての経緯や手続等の詳細については、建設省財産管理研究会編﹃地方分権と法定外公共物﹄︵ぎょうせい・ 一九九九︶、公共用財産管理研究会編﹃法定外公共物の譲与−譲与手続に関するガイドラインの解説﹄︵ぎょうせい・二〇〇一︶、赤坂一郎 ﹁法定外公共物︵里道、水路等︶の譲与の登記について﹂法務通信六一七号六頁を参照。ちなみに、市町村へ譲与されなかった機能喪失し た里道・水路などは、平成一七年四月以降、一括して用途廃止され、国が普通財産として管理することになった。 本判決の判例評釈は、多数ある。たとえば、荏原明則﹁判批﹂民商二二五巻一号一八○頁、七戸克彦﹁判批﹂判評五七四・判時一九四四 号一八九頁、近江幸治﹁判批﹂リマークス三四号一八頁、増森珠美﹁判解﹂曹時五九巻一号二九六頁、同﹁判批﹂ジュリ一三二九号九七頁、 松尾弘﹁判批﹂判タ一二一九号四五頁、同﹁判批﹂平一七年度重判解︵ジュリニ一二三号︶七三頁、大嶺崇﹁判批﹂民研五八八号四七頁 本判決については、判例地方自治三〇〇号においても、筆者自身、簡単な解説を行った。そこで、以下の内容については、内容等が重複 している点があることを付け加えておく。 里道の定義については、寳金敏明﹃新訂版里道・水路・海浜!長狭物の所有と管理﹄︵ぎょうせい・二〇〇三︶、上岡義夫﹁里道の時効 取得について﹂法務通信五二二号九頁に詳しい。 原龍之助﹃公物営造物法︵新版︶﹄一三七頁︵有斐閣・一九七四︶、■田中二郎﹃新版行政法中巻全訂第二版﹄︵弘文堂二九九七︶ 等 寳金・前掲注︵4︶八−一〇頁。なお、このほか、法定外公共物と通常、同一の意味で用いられる概念として法定外﹁公共用財産﹂があ る。﹁公共用財産﹂とは、国有財産法に規定される概念である。ちなみに、国有財産は、行政財産︵直接に国や自治体の行政主体によって 公の目的に供される財産︶と普通財産︵行政目的に直接に供されない行政主体の私物である財産︶とに分類される。さらに、そのうちの ﹁行政財産﹂については、公用財産、公共用財産、皇室用財産、企業用財産の四つに細分されている。したがって、文献によって、表記の仕 方はまちまちであるが、﹁法定外公共用物﹂も﹁法定外公共用財産﹂もすべて﹁法定外公共物﹂と同義と捉えて基本的に差し支えない。 寳金・前掲注︵4︶九九−一一九頁。 四分類について説明したものとして、たとえば、寳金・前掲注︵4︶七八ー八五頁、原・前掲注︵5︶一六六−一七四頁。藤原弘道﹃取 得時効法の諸問題﹄四九−五二頁︵有信堂・一九九九︶がある。 美濃部達吉﹃日本行政法下巻﹄八〇三頁︵有斐閣⊥九四〇︶等 田中二郎﹁公物の時効取得﹂民商二巻六〇三頁 我妻栄﹃新訂民法総則﹄二〇八頁︵岩波書店二九六五︶、杉村章三郎﹃改訂行政法要義下巻﹄九頁︵有斐閣・一九四八︶ 渡辺宗太郎﹃日本国行政法要論上巻﹄二六二頁︵有斐閣・一九四九︶、山田幸男﹁公物の時効取得﹂ジュリ三〇〇号︹学説展望︺一一七

(25)

211里道を時効取得したなどとして市に対し求めた土地所有権確認請求が認められなかった事例(矢田) 1413

1918171615

23222120

︵24︶ 頁、広岡隆﹃公物法の理論﹄五二頁︵ミネルヴァ書房・一九九一︶、寳金・前掲注︵4︶八四頁等 原・前掲注︵5︶一七一頁、塩野宏﹁判研﹂行政判例百選1︹別冊ジュリ六一︺八二頁、遠藤浩﹁公物の時効取得﹂民法の争点七三頁等 田中・前掲注︵10︶六一四頁、原・前掲注︵5︶・一七二頁、遠藤・前掲注︵13︶七三頁、水辺芳郎﹁判研﹂日本法学四四巻一号八五頁、 同﹁判批﹂民法判例百選−一二頁︵新版︶三四−三五頁等 広岡・前掲注︵12︶八三頁 島田禮介﹁判解﹂最高裁判所判例解説民事篇昭和五一年度四九三頁 広岡・前掲注︵12︶八四頁 大判大正八年二月二八日民録二五輯三三六頁等 塩野宏﹁判研﹂行政判例百選1︹別冊ジュリ六乙八二頁、同﹁判研﹂行政判例百選1︿第二版﹀︹別冊ジュリ九二︺七六頁、同﹁判研﹂ 行政判例百選1︿第三版﹀︹別冊ジュリ=三︺七〇頁、土居正典﹁公共用財産と取得時効﹂行政判例百選1︿第四版﹀︹別冊ジュリ一五〇︺ 七二頁、同﹁公共用財産と取得時効﹂行政判例百選1︿第五版﹀︹別冊ジュリ一八乙七四頁、山内宏﹁判批﹂法学四三巻三号一九八頁、 神長勲﹁判批﹂﹃現代判例民法学の課題ー森泉章教授還暦記念論集﹄一八三頁︵法学書院二九八八︶、山田・前掲注︵12︶二七頁、多賀 谷一照﹁公物の時効取得﹂行政法の争点六〇頁、遠藤浩﹁公物の時効取得﹂民法の争点七三頁、川井健目岡孝﹁判批﹂昭五一年度重判解 ︵ジュリ六四二号︶五七頁、島田禮介﹁判解﹂曹時三〇巻三号五一四頁、同﹁判批﹂ジュリ六三七号九〇頁、島田・前掲注︵16︶四八五頁、 遠藤きみ﹁判批﹂民研二三九号三三頁等がある。 広岡・前掲注︵12︶九四頁 広岡・前掲注︵12︶九五頁 水辺・前掲注︵14︶九七頁 岩佐勝博﹁公共用財産の取得時効をめぐる裁判例の総合的研究﹂法務研究報告書七六集五号三三頁、小島清二﹁判例紹介﹂民研五六八号 二六−二七頁 LEX/DBインターネット︵TKC法律情報データサービス︶を検索するにあたって﹁民法一六二条、国有財産法三条、黙示、公用廃 止、公共用財産﹂などのキーワードを利用した。さらに、七戸・前掲注︵2︶一九八頁でとりあげられた公物の時効取得の判例等、他の論 文にあげられた判例なども参照し、表を作成した。なお、岩佐・前掲注︵23︶においては、昭和六三年までの判例集等未登載の公物の取得 時効をめぐる裁判例が網羅され、紹介してある。とりわけ、六二ー一一七頁は、黙示の公用廃止についての裁判例が紹介され、非常に参考 となる。

(26)

28272625

32313029

3433

38373635

︵39︶ 本件評釈として、石塚章夫﹁判批﹂平元年度主判解︵判タ七三五号︶三六頁 本件評釈として、五十嵐義治﹁判解﹂民研四三七号三六頁 本件評釈として、松本清隆﹁判批﹂平八年度主判解︵判タ九四五号︶四〇頁 本件評釈・解説として、塩崎勤﹁判解﹂登記インターネット六巻一〇号九八頁、蛭川明彦﹁判批﹂平一六年度主判解︵判タ一一八四号︶ 二二頁 本件評釈として、塩崎勤﹁判解﹂登記インターネット六巻六号六四頁、渡部佳寿子﹁判批﹂平一六年度主判解︵判タ一一八四号︶二〇頁 本件の解説として、小島・前掲注︵23︶二六−二七頁 本件の解説として、馬橋隆紀・後藤由喜雄﹁判解﹂判自二七七号四頁 ただし、注意すべきは、この一覧表は、あくまでも市販の判例資料等をもとに作成したものであり、判例集未登載の事例を含めれば、さ らに数は増える。岩佐・前掲注︵23︶によれば、昭和六三年までの段階で、すでに公物の取得時効の事案は、九〇件を越えていることがわ かる。したがって、裁判例の傾向、分析にあたっては、不完全な面があることを付言しておく。 短期取得時効の無過失要件の証明につき、判例分析を行ったものとして、藤原・前掲注︵8︶二一七頁 所有の意思の観点から判例研究したものとして、高村一行他﹁公共用財産の取得時効における﹁所有の意思﹂﹂民研四一〇号四七頁があ る。 岩佐・前掲注︵23︶八四頁 五十嵐・前掲注︵26︶四二頁 島田・前掲注︵16︶四八五頁 本件の評釈としては、遠藤浩﹁判批﹂民研四五七号四六頁、同﹁判批﹂民商四四巻三号二二九頁、竹内保男﹁判研﹂別冊ジュリ一一二号 五四頁がある。 藤原・前掲注︵8︶七四−一〇二頁。 ︵本学法学部専任講師︶

参照

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経済学の祖アダム ・ スミス (一七二三〜一七九〇年) の学問体系は、 人間の本質 (良心 ・ 幸福 ・ 倫理など)

〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

五二五袴田事件──死刑判決(有罪認定)は今や維持し難い!(斎藤)