1.はじめに
希土類イオンを発光中心として含んだ材料 は,固体レーザーや発光素子,波長変換など, 幅広い分野で利用されている。中でも Er3+の 4I 11/2 → 4I13/2遷移に伴う 2.7 µm 帯の発光は,そ の波長帯域が水の吸収帯域と一致することか ら,生体・医療分野を中心に潜在的用途が多数 存在する。しかし Er3+:2.7 µm 帯を光源として 利用するには,主として 3 つの課題がある。(i) 4I 11/2準位と直下の4I13/2準位とのエネルギー差 が約 3700 cm−1と小さく,多フォノン緩和損失 が大きくなりやすいこと。(ii)失活を招く OH 基の母材からの十分な除去が必要であること。 (iii)4I 11/2準位の寿命が4I13/2準位のそれよりも 短い(自己終端型遷移)ため,反転分布形成が 〒 252-0328 神奈川県相模原市南区麻溝台 1-10-1 TEL 042-740-6491 FAX 042-740-6333 E-mail:[email protected]特 集
ガラスの発光
無容器法による中赤外発光ガラスの開発
1 (株)ニコン 材料・要素技術研究所,2 弘前大学 理工学研究科、3 東京大学 生産技術研究所吉本 幸平
1,江面 嘉信
1,上田 基
1,増野 敦信
2,3,井上 博之
3Mid-infrared emitting glasses prepared by a containerless processing
K. Yoshimoto
1, Y. Ezura
1, M. Ueda
1, A. Masuno
2,3, H. Inoue
31Materials & Advanced Research Laboratory, Nikon Corporation 2Graduate School of Science and Technology, Hirosaki University 3Institute of Industrial Science, The University of Tokyo
困難であること。このため,上記課題を解決す る適切な母材の選定が必要である。 ガラスは結晶と比べて生産性が高く,広い線 幅や組成の自由度の高さなど,希土類イオンの 母材として多くの利点を有している。しかし実 状は,Er3+:2.7 µm 帯の母材に適した実用的な ガラス材料はほとんど報告されていない。例え ば課題(i),(ii)においてはフォノンエネルギ ーが小さいフッ化物ガラスが注目されてきた が,化学的耐久性が低いことが大きな問題であ る。一方課題(iii)に対し,エネルギー移動型 アップコンバージョン(ETU)を利用する方法 が提案されている[1]。この方法は,高い Er3+濃 度で生じる4I 13/2準位間の ETU により4I13/2準 位が非占有化されると同時に,4I 9/2準位からの 非輻射遷移を介してエネルギーの一部が4I 11/2 準位へ還元されるため(図 1),反転分布形成に 有効である。しかしガラスへ希土類イオンを多 量に加えると結晶化や濃度消光が生じやすくな るため,含有量は通常数 mol% 程度が限界であ る。このような背景の中,筆者らは無容器法[2,3] 7
を用いて新規ガラス材料の開発を行い,上記課 題に対する一つのアプローチを提案した。
2.無容器法
無容器法とは,文字通り容器を使用せず融液 を冷却・凝固させる手法である。具体的には試 料を浮遊させながらレーザー等により加熱・熔 融し,非接触状態を保ったまま冷却・凝固させ る。容器 – 融液界面で生じやすい不均一核生成 を最大限抑制するため,ガラス形成を大幅に促 進できるという特徴がある[2,3]。筆者らは無容器 法の一種であるガス浮遊法を用いて,La2O3– Ga2O3の二成分系でガラスが得られることを報 告している[4]。このガラスは 1.9 を超える高い 屈折率や,紫外~中赤外におよぶ広い透過帯域 といった特異な光学特性に加え,最大フォノン エネルギーが約 650 cm−1と酸化物ガラスとし ては極めて低い値を示す。さらに不純物 OH 基 濃度も低く,希土類を多量に導入できる点など, Er3+の中赤外発光用母材として優れた特性を 示すことが期待できる。本稿では,Er3+を高濃 度含有した La2O3–Ga2O3ガラスの中赤外発光に 関する研究結果[5]を紹介する。3.Er
2O
3–La
2O
3–Ga
2O
3ガラスの中赤外
発光特性
xEr2O3–(50−x)La2O3–50Ga2O3(mol%)の組 成となるよう秤量・混合した原料をガス浮遊炉 で熔解し,x = 0 ~ 20 で直径約 3 mm の球状ガ ラスを得た。ガラスの密度から求めた平均 Er3+ 濃度は,x = 20 で 5.9×1021 cm−3と極めて高い ことを確認した。このガラスを波長 976 nm の 光で励起(励起密度 6.9 kW/cm−2)すると,4I 13/2 → 4I 15/2と4I11/2 → 4I13/2の輻射遷移に対応した 1.5 ,2.7 µm 帯の発光が得られる(図 2(a))。 Judd–Ofelt 解析の結果,x = 10 における4I 11/2 → 4I 13/2遷移の輻射遷移確率 Aradと分岐比βは, それぞれ 46 s−1,21% と算出された。これはテ ルライト(34 s−1,16%)[6]や ZBLAN(29 s−1, 16%)[7]など他の低フォノンガラスと比べても 特に大きい。以下の Füchtbauer–Ladenburg 式 [8]のように,誘導放出断面積σ emは Aradに依存 するため,2.7 µm 帯のσemはピーク値で 9.05× 10−26cm2とやはり高い値を示す。 em( ) = 4 rad 8 2∙ ( ) ∫ ( )d ここでλは光の波長,c は光速度,n はガラス の屈折率,I(λ)は発光強度である。さらに有効 線幅も約 100 nm と広く,その高い誘導放出断 面積と合せて優れたレーザー特性が推測され る。 図 2(b)に 1.5 ,2.7 µm 帯の発光強度と Er2O3 量との関係を示す。2.7 µm 帯の発光強度は x = 10 付近まで x に伴い上昇しており,高い Er3+ 濃度にも関らず濃度消光の影響が小さいことが わかる。さらに興味深いことに,1.5 µm 帯の発 光強度は x > 1 で急激に低下しており,2.7 µm 帯と大きく異なる挙動を示した。この発光挙動 の違いは,4I 13/2,4I11/2準位で生じる ETU 過程 で説明できる。まず x が小さく Er3+同士の距離 も十分離れている場合(x < 1),ETU の影響は ほぼ無視できる。しかし x が上昇し Er3+間距離 が短くなると,4I 13/2準位間で ETU が発生して 4I 13/2準位が非占有化される。これが x > 1 にお いて 1.5 µm 帯の濃度消光を招いた主要因と考 えられる。さらに x が上昇すると(x > 10),4I 11/2 準位間でも ETU が発生して 2.7 µm 帯の消光 を引き起こしたと考察される。このように,図 2(b)に示す結果は4I 13/2準位における ETU の 図 1 Er3+イオンのエネルギー準位図 . 8
発生を強く示唆している。これは冒頭で述べた ように,4I 11/2 → 4I13/2遷移の反転分布形成にお いて有利に働くと期待される。 一方,蛍光寿命τ,輻射遷移確率 Arad,非輻 射遷移確率 Wnrにはτ−1=Arad+Wnrの関係が成 り立つ。つまり蛍光寿命を実測して Wnrが分か
れば,蛍光量子効率はη = Arad/(Arad + Wnr)と して求まる。しかし実際に我々が測定した蛍光 寿命の値を用いると,量子効率が計算上 100% を超えてしまうことがわかった。これは Er3+の 自己吸収の影響で,蛍光寿命を過大評価してい るためと考えられる。このため現状では Wnrの 正確な値は不明であるが,いくつかの非輻射遷 移過程については定性的な考察ができる。まず, 赤外吸収スペクトルから求めた OH 基の吸収 係 数 は, ピ ー ク 値(3.0 µm)で 0.15 cm−1と ZBLAN ガラスの報告値(0.13 cm−1)[9]とほぼ 同等であるため,OH 基による失活の影響は小 さいと予想される。また,図 3 は x = 10 のアッ プコンバージョン発光スペクトル(976 nm 励起 下)であり,410 ,550 ,660 nm においてそれ ぞれ2H 9/2,2H11/2(4S3/2),4F9/2から基底準位へ の遷移に伴う発光ピークが確認できる。ここで 注目すべきは2H 9/2,4F9/2準位からの発光であ る。この 2 準位は直下準位とのエネルギー差が それぞれ約 2000 ,2800 cm−1と小さいため,通 常酸化物ガラスでは多フォノン緩和損失の影響 で発光はほとんど観測されない[10]。すなわち, 図 3 中の 410 ,660 nm の明瞭な発光は,当ガラ スの多フォノン緩和速度が極めて小さいことを 示唆している。
4.おわりに
Er3+を含有した La 2O3–Ga2O3ガラスを無容 器法によって作製し,その 2.7 µm 帯発光につ いて以下の性質を明らかにした。① Er3+を高濃 度含有でき,尚且つ濃度消光の影響が小さいこ と。②高い輻射遷移確率に加え,酸化物ガラス では輻射損失となりやすい OH 基の低減と,多 フォノン緩和の抑制を同時に達成しているこ と。③高い誘導放出断面積,広い利得帯域,ETU の効果から,レーザー発振に好ましい条件が満 たされていること。これらの特性をいずれも有 するガラスは,通常のるつぼ熔融法では実現さ れていないため,無容器法は新たな発光材料の 開発にも有効な手段であるといえる。今後 2.7 µm の発振を確認し,その性能まで明らかにで きれば,応用開発に向けて大きな前進になると 期待される。 図 2 (a)10Er2O3–40La2O3–50Ga2O3ガ ラ ス の 赤 外 発 光スペクトル . (b)1.5 ,2.7 μ m 帯発光バンドの相対 積分強度と Er2O3含有量の関係 . 図 3 10Er2O3–40La2O3–50Ga2O3バージョン発光スペクトル .ガラスのアップコン 9参考文献
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