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年金基金受託者の責任の展開

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年金基金受託者の責任の展開

小  桜

純 1 は し が き       1)  本稿は,アメリカ企業年金の加入者利益保護のために定められた,ERISA       2) の年金基金受託者義務の内容を明らかにするため,404条(aX1)に定める「専ら,        3) 加入者と受益者の利益」とは何か,また,403条(cX1)の「排他的従業員利益原 則」とは何かを,判例法上の論議,学説,私見を記すことにより問題点を整理 していくことを目ざしている。 我国の企業年金受託者の責任を考察するにあたり,具体的事例を掲げて議論 することが直ちに役立つものではないが,機関投資家として,受託者が現われ る場合の法律問題解決に資することを目的とする。 1)Employee Retirement Income Security Act of 1974 Public Law 93−406の略で  ある。以下ERISAと略す。 ERISAは私的年金制度の創設,維持のための法であ  り,1974年以来,一部改正されてはるが,基本的には,連邦税法,労働法の分野にま  たがる年金のための法である。 2)404条(aX1)……受託者は,専ら,加入者と受益者の利益のために,(年金)制度に関  する義務を果すものとする。   囚 目的を次のことに限る。(i)加入者と受益者に給付をすること。(ii}制度管理に妥  当な費用を支払うこと。(B)問題とされる状況で,一般に同様の能力をもち,同様の  問題に精通した,慎重人が,同種の性質と目的を有する仕事を行なうにあたって用い  るであろう注意,技量,慎重さ,及び勤勉さを持つこと。(C)分散投資をしないこと  が明らかに慎重である場合を除き,大きな損失の危険を最少にするために制度の投資  を分散すること。(D)当制度の内容を定める,文書および証書が本章の規定に適合す  る限りにおいて,当該文書および証書に従わねばならないこと。 3)403条(C)(1),……制度資産は,いかなる雇用者に対してもその利益に帰してはなら  ない。制度資産は,制度の加入者と受益者へ排他的に,利益を給付し,制度管理のた  めの妥当な費用を支払う,目的のために所有されるべきである。   なお,拙稿「米国の従業員持株信託」信託法第2号 p,30.(1978)

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90 彦根論叢 第242号 III判  例  法 [ユ]Willie Ray BLANKENSHIP et aL, v. W. A.(ToNY)BOYLE et al.           事件 〔事実の概要〕  炭鉱労働者の福利基金に関する,現在および将来の権利保護のための派生訴 訟である。  被告は,年金基金,その現在および過去の受託者,労働組合,組合支配の銀 行そして,その元銀行頭取である。  年金基金は三入の受託者によって管理されていた。ひとりは組合から派遣 された者で,信託契約上,受託者の長でもあった。次に炭鉱業者代表としてふ たり目,最:後に,前二者から指名された「中立委員」として,3人目が選ばれ た。  各炭鉱業者は,石炭1トンあたり,当初30セント,後に40セントの出掲 (royalty)を基金に約束した。この出掲は,当基金の79%以上を占め,残りは 投資による収益であった。1968年6月30日中は,基金の受取った出掲額は1憶 6310万ドルに達し,投資による収益は,470万ドルであった。そして年金給付 による支払いは1億5200万ドルに上っていた。1954年の創設以来,当年金は, National Bank of Washiingtonを取引銀行とし,訴訟が提起された時点で, 当座預金2800万ドル,定期性預金5000万ドルを預けていた。  銀行は,議決権ある株式の74%を持つ組合によって所有支配されており,被 告Boyleは銀行の元取締役であり,組合の委員長でもあり,年金基金受託者 委員会委員長でもあった。  原告は,被告に対し,彼等が,信託受託者であり,受益者の利益のみを計ら ねばならない立場にありながら,収益を生むはずの資金を投資に向けず,巨額 な資金を,無利息で銀行の当座勘定に残して置いたのは,受託者,組合,そし 1) 329 ESuPP, 1089 (1971)

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      年金基金受託者の責任の展開  91 て銀行の共同謀議による,投資しなかったことから生じた損失につき,信託破 戒が成立する,と主張した。  この主張には次の二点が付け加えられた。第一に,受託者は単に投資義務を 負うだけでなく,資金の流動性を犠牲にしない範囲で,適宣,政府系証券に対 する投資によって得られる収益につき,常に承知していなければならない。過 剰な現金をこの様に使用することは,安全かつ実際的だと評価されて来ている にも拘らず,現実には,銀行にとって好都合な,要求払いの形で,退蔵され, 年金基金には,何も利することがなかったという状態が,事業者側受託者が異 論を述べたにも拘らず,存続した。  第二に,年金基金は,銀行の当座勘定に残された資金の僅少部分で,たやす く,自己の債務を支払うことができたことである。年間を通じての全債務と, 年金基金が受け取る,出指金や投資収益が,ほぼ均衝しており,流動性に欠け ることはなかった。  以上二点から,受益者は,金銭の蓄積によって利益を受けないのに,一方で, 組合と銀行は利益を得ていたことは明らかで,慎重な投資によって,信託収益 の最大化を計る,信託受託者義務が,受託者にあることから,当該行為の正当        2) 性の証明は,受託者にある,とする。  さらに,年金基金は主としてCleveland Electric Illuminating Companyや Kansas City Power&Light Company等の株式に投資した。これらの株式 は受託者が投資してもよいと認められている株式ではあったが,それは,組合 加盟石炭会社の石炭を,上記会社に買わせるためになされ,それによって主に, 組合及び石炭会社を利する目的に役立った。しかし,受益者にとって,それは 妥当な投資とは云えない。  事実,投資した株式は値下りし,受益者のために専念すべき義務を受託者が 果さなかった,と主張した。  それに対し,被告は以下の様に抗弁した。 2) ld. at 1095, 1096.

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 92 彦根論叢i第242号  a) 将来の不確実性  1950年以前,当時存在していた,福利フ。ログラムの改革を要求する,ストラ イキや労働争議が採炭の操業停止を引き起した。同じことが,繰り返されれば, 年金基金への出掲は相当な期間,支払われなくなるであろう。従って過剰な現 金所有ではない。  b)税法上の考慮  当年金基金には,外部の税コンサルタントがついていて,過去に,公益信託 として税免除を申請したものの財務省の判断で認められなかったという経緯が あり,それ以来,投資収益が,経費を越えなければ,税を支払わなくとも済む, と理解した。  C) 事故や不注意  事故や不注意あることに備えて投資をしなかった。  上記三点の抗弁事由を以下の様に退けた。 〔判旨〕  a)短期の政府系証券は,1時間半前の通知で現金化できる程,流動性があ り,しかも一定の利益を年金基金にもたらすことにかんがみると,本件受託者 はあまりにも素朴すぎる。また,1950年以前と異なり石炭産業は,発展途上で あり,出山金の基礎となる採炭量も充分である。  b)年金基金にとって,課税後でも,利益があれば望ましいこと,明らかで ある。さらに,内国歳入庁は,年金基金出掲時とその収益には課税しない方法 を構じている。  c)誤った議論であり,受託者は銀行に当座預金をするのが不当であると十 分に承知していた。最も好意的にみても,事故があったためという理由が受け 入れられるのは1966年から1968年にかけて,受託者のひとりが健康を害し,受 託者委員会が開かれなかった期間だけである。  さらに,1950年代後半から1960年忌前半にかけて組合は,公共事業に組合加 盟石炭会社の採炭した石炭を使わせようとやっきになっていた。当時の受託者 は,自ら電力事業会社株式を買ったり,知人に株式購入資金を貸し与えたりし

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      年金基金受託者の責任の展開  93 た。組合や受託者の知人が株式取得をし,電力事業会社の取締役になることに よって組合加盟石炭会社の石炭を使わせるよう圧力をかけた。株式取得に伴な う議決権は受託者によって組合に委任状が与えられた。この組合の金融上,組 織上の行為と受託者の電力事業会社への投資行為との密接な関係から,当基金 が株式取得をする際,随伴する,組合とその傘下の石炭業者の利益を計って行 動したものであり,かかる行為は,受託者にとって自己取引の明白な事例であ り信託破戒になる。組合も同様に信託破戒によって目的を遂げ,利益を得たの で共同謀議の責任がある。  次の判例はニューヨークで市の年金基金受益者が,年金基金を市債に今以上 投資しないことを求める差止命令と損害賠償とを求めて基金の受託者を訴えた ものである。 [2]Dr. William H WITHERS, v. TEACHERS, RETIREMENT SYSTEM       ヨ の    OF the CITY OF NEW YORK(TRS)事件 〔事実の概要〕  1975年11月,TRSと他の市年金基金は,ニューヨーク市(以下,市と云 う。)の潜在的破産をくいとめるため,約2年半の間に25億3千万ドルの資金 を市債購入に当てることに同意した。TRSは,その受託者委員会に計り,8 億6千万ドルを購入に当てた。  TRSはユ917年に,改革された年金システムとして設立され,基金は,雇用 主としての市によって出掲される終身年金および臨時積立基金の一部を構成し ており,年度ごとの市出掲額は,州法に従ってTRSの保険数理士によって決 定されていた。  原告は以前,市の高等教育委員会に雇用されていた,退職教員であった。彼 は,市年金基金の受益者が,基金の受益者の利益確保義務に違反したとして, 損害賠償と,TRSの年金基金を市債にこれ以上投資しないことを内容とする 3) 447 ESupp. 1248 (1978). 4)被告をTRSと略す。

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94 彦根論叢 第242号 差止命令を求めた。  1970年目年金額引上げのため市の出絹が未達成であったが,市による出掲が, 1974年および1975年会計年度では,TRSの全収入に占める割合は,62%であ り,最重要収入源であった。  TRSの基金の管理は受託者委員会に属していた。7名の委員は,教育委員 会会長,監査官,市長に指名された2人,そして出二者によって選任された3 人の退職者代表,で構成されていた。  裁判で監査官と三人の退職者代表受託者は1975年11.月合意に至る市債取得の 交渉中,取得することに賛成するよう,市の破産がさしせまったものであって, もしそれを避けたいのなら市債を買う必要がある,というおどしがあったと証 言した。  もし破産すれば,既に出掲済みの年金に優先権を受益者は持つものの,TRS に対する目指は停止し,市の破産後は,市立病院や警察消防など,健康および 福祉事業に最重点がおかれることになり,年金給付に足る出掲はなくなると, 監査官受託者は報告した。  原告は,受託者が市場性のない,極度に投機的な市債を買ったことは,受益 者に対する信認義務違反であると主張した。受託老の目的は資金の逼迫から市 を救うことであり,妥当な収益と信託財産の保全を意図していないので,その 投資は慎重でないこと明白である,というのがその内容であった。  被告は以下の様に主張した。受託者の義務はTRSの構成員すべての利益保 護に向けられるべきであり,既退職者と同様,退職時所得のための基金の長期 的存続を目標とすることで一致し,年金基金を市に還流させる以外年金を守る 方法がないと確信していた。そして,受益者保護のため最大限の努力をした。 即ち,第一に市債を買い入れる額を,今後2年半の間に市が出掲する額とほぼ 同額に限定し,年9%の利息が支払われる,とした。さらに,市債の安全性確 保のため特別立法がなされた。その内容は,受託者の権限を拡大するとともに, 市債の売買の際に発生した掲失に義務違反ありとされた場合に市が保証するこ と,市は,今後年金出掲を重要な施策とすること,市に対する一般債権者の請

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      年金基金受託者の責任の展開  95 求をTRSの基金には及ぼさないこと,であった。 〔判旨コ  市を援助することは,受益者のすべてに関係する退職年金の財産の枯渇を妨 ぐことは正当な目的にとっては単なる一受託者の判断では唯一の一手段で あった。特に退職年金に対する市の支払い能力の重要性は,基金への出路者と しての役割だけでなく,年金制度加入者への,給付の最終的引受人としての役 割にもある。従って25億3千万ドルの資金を,高度に投機的な市債につぎこむ という受託者の決断は,ブルーゲントである。  〔1〕事件と比較すると本件の受託者が,市の利益になるよう計ったのは, 市が年金基金にとって不可欠の出二者であったことであり,他方〔ユ〕事件の 受託者は,投資方針を組合の立場強化とその組合員たる石炭業者の利益を計り, 不可欠の出損者を守るものではなかった。  市職員でもある市年金基金の受託者は市の潜在的破産を防ぐ計画の支持者で あるという根拠のみで,基金の受益者の利益を代表することができないという ものではない。 皿 学 説  2つの判決の一方で受託者義務違反が問われ,他方で,そうではなかったと された事件に対し数人の意見がある。

 D

 a)年金基金の市債投資に関する立法および司法上の中心問題は,受託者が 市の財政難の緩和を,どの程度,価値あるものとして,評価しうるかとして, 三段階の議論を展開する。  まず,受託者は年金受給者としての信託受益者のために,より安定した市の 財政が必要であると評価する。即ち,市の出塁は,ニューヨーク市公務員年金 制度の基金の大部分を構成する。それ故,市の財政的困難が,年金制度への支 1) Note, Public Employee Pensions ln Times of Fiscal Distress, 90 Harv. L. Rev.  992, 1007−1013.

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 96 彦根論叢 第242号 払い能力と義務に影響を与える。  従って市債への投資決定は,将来の市の出掲額の最大化に重心を置くもので ある』。第2に,受託者は,将来または目下,権利付与される受益者の仕事を, 年金を最大化するためではなく,降等やレイオフや賃金カットを避けることも, 守るに値するものであると考える。そして,第3番目に,市民としての受益者, 即ち,子供のための学校,ごみ収集,警察等の市民サービスを受けるのも価値 あると,受託者が判断してよい。つまり三段階までの利益をすべて網羅したも のが,他の投資対象を選んだ場合を超えるものであるなら,受益者のためにの み働くべき受託者を排除する事を正当化するのは困難である。〔1〕事件の判 旨も,もし理由付けを明白にしたなら,即ち,年金基金が,石炭のトン当りで 決められ,石炭の販売高を増加させるために,無利子で預けられた基金を使っ て,石炭消費企業の株式を買い,影響力を駆使して,それら企業に石炭を買わ せるとすれば,上述の三段階利益は,達成せられている。  ただし〔1〕事件では,年金基金の投資が銀行や組合を経由することによっ て,年金基金自体よりも,それらを利していると見られるので,株式購入行為 がブルーゲントとは,考えられなかったのであろう,と云う。  それに対し,〔2〕事件では,公共団体の年金制度ではあるが,年金基金受 託者が他の投資対象よりも,表面上魅力に欠けてい.るものでも,市債に投資し てもよいことが明らかになった,として,さらに,三段階レベルでの分析が必 要であり,分析が第2や第3段階に論いると,投資による利益の「ただ乗り」 が膨張していくことを問題にする。第2レベルでは,市債に投資する基金の受 益者でない市職員が,平等に,職員増や給料保障の利益にあずかることとなる。 同様に,第3レベルでは,全ニューヨーク市民,ひいては全国民が市の生存能 力の継続の利益の分前にあずかることとなる,個人的費用の支払いなしに,2 ないし3レベルの利益を他人が享受する部分に限り,受託者が市債に投資する ことは,第三者を利することである。ただこのことは,他の機関投資家,例え ば銀行が市債を買う場合の市の潜在的破産の場合,にも起こり得ることであり, 受託者の裁量の範囲とし得る,としている。

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       年金基金受託者の責任の展開  97   ラ  b)事業会社の取締役は,利潤獲得のために会社経営を行ない,株主に忠実 義務を負っている。ただ,会社も社会の一員である故,若干利益を減らしても,       3) 公益のために会社の資金を用いてもよいと考えられている。そうである限り, 私益信託の場合も,受託者は慈善行為を行なっても構わないはずだ。  受託者が会社発行の有価証券に投資する際,その会社が会社の社会的責任を 果しているか否かを考えて,基本的な倫理に反する様だと,投資を止め,また は始めない方がよい。社会的責任を負った会社の方が長期的にみれば利潤を最 大化できるであろう。また,社会福祉のことを考えれば,たとえ以上のことを 行なわなくても,少なくとも,社会を損なう様な投資をしない権限が受益者に 与えられている,とする。  このScottの考えを,後述。)の著者は,受託者は,元本は別として,収益        3) を減少または消滅させても,公益に対する投資が可能と推測している。しかし        4) 後に述べる様に,元本と収益とを分けて考える合理性はどこにもなく,Scott の意見を,上述の様にとらえることはできない。彼は一般論として論じたに止 まり,〔1〕および〔2〕事件に関する見解ではない。  の  c)まず両判決に対し,次の様な評価をする。   〔1〕では妥当な収益と元本の保全こそ,受託者義務の内容であり,それ以 外の,非伝統的目的促進には厳格な制限を置くものであり,他方〔2〕では, 〔1〕と全く違った慎重人原則の解釈がなされた。即ち,受託者に,少なくと 2) III A, Scott, The Law of Trusts (3ed. Supp. 198/) S 227, 17.   本稿の対象が投資家の社会的責任におよぶことは当然であるが,直ちに社会的責任  そのものを論ずる訳ではない。しかしながら,社会的責任の概念が,なお,「ちょう  どスポンジのようなもので,その文脈と語る者に応じて,伸縮自在」だと言われてい  る以上,触れないでは済まされない。ただし,先哲が,会社法の分野で,賢明にも,  下してきた判断一例えば,商法典に,一般規定として社会的責任を書き加えることを  しない等一は,年金受託者義務を考えるに当って継受するとしても,さらに,投資家  としての受託者に,特有の問題はあると考える。参照,会社法根本改正の論点,商事  法務研究会編(1976)および,同書内の,文献解題の中の文献。 3) Ravikoff and Curzan, Social ResPonsibilily in investment Policy and The Prudent  Man Rule, 68 Calif L. Rev. 5/8, 527−528 (1980). 4) ld. at 522.

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 98 彦根論叢 第242号 もある程度,別の目的のために,従来の概念を修正して,投資してよいと判断 していると思われる。裁判所は投資が,基金の主たる出掲者に是非とも必要な 支援を与え,基金加入者の職場を守るのに役立つと理解し,受託者の投資行為 を支持した。そこでは,慎重人原則の規準は,「受託者は,投資が,利害関係 人に『別の利益』をもたらす限り,妥当な収益と元本の保全を犠牲にしても許   5) される」と。         次に「別の利益』の許容限度を論理的には以下に分かれるとする。  イ,受託者は,妥当な収益と元本の保全を害して,『別の利益』目的で投資 してはならない。       つ  ロ,信託加入者と受益者の『別の目的』を得れば,非伝統的目的のた∼6に, 元本の保全は必要だが,妥当な収益は,犠牲にしてよい。  ハ,『別の利益』を得れば,非伝統的目的のために,元本も収益も害されて よい。  二,加入者と受益者の『別の利益』を得るものでなくとも,非伝統的目的の ためには,元本は保全されねばならないが,妥当な収益は害してもよい。  ホ.『別の利益』を得るものでなくとも,元本も収益も犠牲にしてよい。  この規準を〔1〕および〔2〕にあてはめてみると,〔1〕判決は,規準イ, となり,〔2〕判決は,規準ハ,に該当する。即ち,〔2〕判決では,破産の淵 に立っている,「欠くことのできない出絹者」に対して,投資することは,年 金制度加入者に直接に利益を与えた,と判断したものである。  受託者が,非伝統的目的追求を正当化するためには,加入者と受益者に『別 の利益』を与えることであり,「別の利益』に直接関連するものがあれば,あ る程,受託者は慎重人原則にかなったものとなる。その際の要素としては投資 の大小,予想収益,元本浪費の危険,そして投資決定権の授権の存在が考えら れる。 5) ld. at 523. 6) 例えば,雇用機会確保,破産の回避等を指す。 7) 伝統的目的とは,元本保全と収益確保のことを言う。

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       年金基金受託者の責任の展開  99  (c)の考え方は,(a)にも通ずるものであるが,次の点が疑問である。 〔1〕判決と〔2〕判決を,対立するものとして,とらえ,〔2〕の方を,評 価していると理解する。しかし,〔1〕判決は,組合委員長が,銀行をも代表 し,受益者の利益を害して,組合と銀行の利益のために行動したことも,重視 すべきである。なるほど,石炭使用会社の株式を取得し,その会社に石炭を使    き  用させることによって,石炭販売量が増え,販売量に比例して出掲金が増加す るかも知れないが,それよりも,銀行や組合の得る利益の方が多ければ,やは り受益者の利益を害したものとして,受託者義務違反が成立すると考えるべき 例ではなかったかと思われる。  一方〔2〕判決は,TRSの受託者委員会と市との契約を,受託者義務違反 でないとしたものであるが,年金基金存立の基盤が斜なわれ様とする時,既退 職者と,年金捌度加入者である現市職員の利害は,必ずしも一致しない事を理 解すべきである。前者は,年金が既に,帰属(vesting)しているものなら,市 が取戻せるものではなく,年金原資が確立したものである場合,市の破産によ る直接の被害はない。後者の場合は,市の破産回避のために市債を買い入れる 事こそ,受託者に果せられた急務ということになる。        9)  d)次にSchotlandの考え方を紹介しょう。  彼の主張は,上記a)b)c)と対立するものである。  年金基金に,『別の目的』で投資させるべしという主張は,何も目新しいも のではなく,最も古い例は,ウィスコンシン州で,1931年に州の教員退職年金 の資金を州内農場モーゲージに投資することを主張したものや,大企業から州 の利益を守るために,年金基金の少なくとも70%を州内に投資せよとする法案 が可決されたこともある。  また私的年金基金の2.5%を,毎年,低利の住宅債券に投資せよという法案 が提出されたり,抽象的に「社会的責任」ある投資へ法が誘導すべきとの主張 8)このことが,石炭使用会社において,商法上の問題を生じさせることがあるが,別  問題である。  g) Roy A. Schotland, Should Pension Funds be Used to Achieve‘‘Soeial Goalsp  Trusts&Estates, Septembez/October/November 1980.

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 100 彦根論叢 第242号 もなされて来た。  これら繰り返して主張されて来た考えは,実現されなかったが年金基金が増         大するにつれて,増々,圧力がかかることになろう。  さらに,従来の年金投資の成績がオープンエンド型投資会社のそれよりも,        11)劣るため,退職年金所得保障が守られるべき収益を確保して来れなかったこと も原因であり,低成長時代に入ったといわれる社会で,誰がどれだけ,得るか より,どれだけの分け前を得るかに関心が向けられることにもよるが,「すべ てのものごとは平等である,従って,退職収入と同様に他の目的に投資するの       12) だ」といった説明が魅力的に聞こえるからでもある。  最後に言えることは,『別の目的』による投資を促進しようとする人は,絶 えず何かを,促進しなければならない人々である。曰く,「確かに,州職員の 年金については相当の収益をあげるものに先ず投資すべきだ。しかし年金制度 の受益者の利益は,単なる収益率をはるかに越えたものだ。」曰く「投資資金 は,経済の成長に必要なドルをもたらす。資金配置の機会の幅は大きく,ニュ ーヨーク州の巨額な資金が投下された所に,大衝撃を与える。我々はこの資本 投下を重大に考える必要がある。」また曰く,「収益を得ることは唯一の基準で はない。投下資本が彼らの手をはなれた後,何処に再投資されるか。基金の保 有するモーゲージの内,どれ程の財産が,ニューヨーク市に留め置かれるか, 同様に,我々が持つ有価証券の,発行会社がニューヨーク内で彼等の事業を行 なうのはどの程度かを基準にすべきであり,本州外の事業に投資することは, 求人数を増加させるはずの経済成長の努力に水を差すものである。」等々であ 13) る。  しかし『別の目的』による投資の重大な欠点は本来の目的たる,排他的受益 者利益,即ち,退職年金保障を,年金基金の投資収益最:大化を妨害することに 10) Id., Septmber p.11彼は,『別の目的』の投資を, Divergent investrnentと呼ぶが  本稿では『別の目的』に統一する。 11) ld, p.14. 12) ld, p.12. 13) 工d.P.20.

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       年金基金受託者の責任の展開  101 よって,危うくしていることである。  退職年金保障自体が,社会的責任を負った目標なのだからこそ,多くの雇暗 者および従業員によって支持されているだけでなく,年金基金への出掲や基金 の収益や,支払われる年金そのものにも税法上優遇処置がとられているのであ る。  IRCは40年間,受益者の『排他的利益』のために年金基金が用いられるべ きことを要求して来た。そしてERISAは,年金基金の,目的外利用禁止を法 制化した。議会は,条文の,くどくどしい文言で,退職を『排他的利益』とす       14) る考えをより明確にしたのである。  以上を前提として,なおかつ,『別の目的』投資をするためには,受託者と しての義務を全て果たした上で,元本の保全と収益の最大化を計れた場合に限 られるから一彼はこれを“ln>estment XX”と呼ぶ一次の問題が解決され なければならない。  イ)目標の内.どれを追求するか。  人種,姓,年齢等の条件の平等雇用,職場の安全,消費者保護,労働組合化, 環境保護,省エネルギー,人権抑圧国との係りを止めること,都市再開発,住 宅,小企業や地方の発展などがそれであり,一方,アルコールやタバコや武器 を作らないことは問題にせずともよいのか。  最優先順位は,自社と競争関係にある会社に,年金基金を投資しないことで あるという考えもあるではないか。  ロ)目標が複数ある場合,優先順位をどうするか,例えば,平等雇用と南ア フリカ投資中止の両方が望ましいとすると,平等雇用は南アフリカでも望まし いにちがいない。  ハ)目標と優先順位を決めるのは誰なのか。  いままでは,年金制度加入者が同意した唯一の目的は退職年金保障であった。 この目的以外の目標に向けて投資するとなると,受託者は,政治的に最良にな 14) ld., October p.27.

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 102 彦根論叢 第242号 る様,あるいは,最悪でも,主体的に分析して決定しなければならないことに なる。John Petersonが指摘する様に,ある人にとって「社会的有用」な投資 は,もうひとりの人にとって「空想的社会改良家の浪費」である。  受託者がこれらに専門的知識を持つわけではないので,実際上,監督するの は困難であるのに加え,退職者と現職者とに利害対立があることが問題である。 〔2〕の判例に現われた様に,ニューヨークの年金基金が長期の援助金として 使われ,危険にさらされたのは遊げかわしい。これは,現職者の雇用保障と給 与支払いのため,つまり現職者のためになされ,退職者に計り知れない害を与 えた。  排他的退職者利益から遊離した目標に投資するにしても,退職者自身がそれ を決定しえないことには,我慢ならないと思われるが,今のところ,ほとんど 全ての年金制度では,何んら役割を担っていない。  二)情報の獲得と評価  投資決定の基礎となる情報特に投資対象会社の活動状況について情報を得て 評価しうるシステムが存在しないという事実は,規準や会社選択の方法が見つ からないからでもある。  ホ)投資成果を評価する方法はあるか。  投資成果を,例えば,リスクを規準にして利率を判断することはできるが,         そこに異質な目標を入れた場合には,誰が,その成功失敗を判断できるのか。  以上の問題解決のためには,投資に隠された流動性阻害要因がないか,元本 の保全と収益の確保に欠けることはないか,十分目調査されねばならず,『別 の目的』に,投資するという合意が圧倒的多数でなされなければならない。ま た,それは,本来の目的たる,年金保障との問に直接の関係をもつものに限る べきである。さらに,目標追求するにしても,年金資産のポートフォリオを支 配する,または大きな影響を与える,包括的な,積極的または消極的規準は設 定すべきでない。完全な開示と,退職者や他の受給者の過半数の賛成と現職者 15) ld. pp.30−3Z

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      年金基金受託者の責任の展開  103 の過半数の賛成が,提案されている投資や投資戦略に存すること,受託者委員 会に,両者の代表が出ていること,が必要である。  もし『別の目的』投資が実行される場合,投資分析や管理手段の変化のため, 今までより費用増になることが予想されることも残された問題である。  平等雇用,環境保全,消費者保護,人権擁護等の公益に関連する企業の実績 を比較するデータの完全な開示が必要である。そのデータは,社会問題目身に とってだけでなく,問題の企業の将来の金融上の成功の見込み,それ故,企業 への投資にとっても重大である。  データが充分活用できれば,通常の投資分析にも役立ち,「別の目的』を投 資戦略に追加したくないと望む,年金受託者や他の投資家にも貴重なものとな ろう。データが集まれば,『別の目的』投資の実験を容易にするだろうし,論 争しているより理解を深めることになろう。  このデータの開発には費用がかかり過ぎるので,機関投資家は,関連する財 団の援助を受けて,データ開発に共同で参加すべきである。一度開発されれば, そのデータの機械的な配布は,他人に迷惑をかけないという限度で価値がある       ユの か,貴重だが失敗に終った実験とわかるだろう。  『別の目的』に圧力に最も屈しやすい年金基金と退職者は州および地方公共 団体のそれである。私的年金専門家は専門家としてだけでなく,納税義務者そ して市民でもあるので州や地方公共団体の年金制度の方針を議論し決定する非 公式および公式の討論に加わるべきである。州や地方公共団体を守る第一歩は, 職権の下での資格で参加する人以外の,任命委員による年金委員会の発達が, 裁判上の助言と合意の手続によって認められ,その委員に主導権を発揮させる ことに連なる。  以上の様なSchotlandの見解が説得力を持つのは,企業年金が年金たるべ しと,そして企業の社会的責任の問題を越えたところにある,年金の性格を理 解し得た時であろう。 16)工d.,November p.34この表現は反語を含む, ironyであるかとも思える。

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 104 彦根論叢 第242号  彼の考えは,c)説の分類以外にも分類されるべき枠があることを示してる。 〔1〕判例を妥当とすることには異論はないであろう,また〔2〕判例につき 明確な評価は下していないが,専ら受益者の利益を計ったものではないと判断 したものと理解する。          IV ERISA上の受益者保護について       1)  「専ら,加入者と受益者の利益のため」は普通法上,受託者が受益者の利益 のためにのみ信託を管理するのが,彼の義務であり,受益者の利益を害して, 自己の利益を計る立場に彼自身を置くことは許されないとする,忠実義務       2) (duty of Layalty)と考えることができる。この忠実義務の目的は受益者の利       3) 益と受託者本人の利益が不調和になることを避けることにあるのだから〔2〕 の判例とは直接関係がなく,〔1〕に限って該当する。  しかし,次の404条〔a)(1)(A)の,「目的を以下の(排他的)利益に限る」規定に は,解釈上争いが生じている。  1説,この規定は,上記,忠実義務と何ら異ったものではなく,duty of Loyaltyを追加的に述べたものである。従って,年金給付は,有形のものでな く,雇用の確保や労働条件の改善であってもよい。即ち,直接的な,「別の利 益」を作り出すために,基金の財産を犠牲にしてもよい。根拠として「加入 者」は,何も退職者に限ったものでなく,現職者を含んだものであること, 「受益者」は,加入者に給付を受ける様,指名された,扶養家族であるのが普 通であることがあげられる。  法は支払いを受ける者と,現職者とを分けることによって,受託者に,現在 1)ERISA 404条(a)(1)。 2) M A.Scott, The Law of Trust g 170. 3)ERISAの立法過程での論議でも,目的は,年金制度加入者と受益者の利益のため  にのみ働く義務をすべての受託者に課すことであった。即ち,既知の,利害関係人と  の取引の様に,基金が設定された目的たる加入者と受益者の利益と対立する,個人的  利益の生ずる取引の場に,受託者を置かないためのものであった。119Cong. Rec.  12,076 (1973). 4) Ravikoff & Curzan, op. cit., p.531.

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      年金基金受託者の責任の展開  105 の従業員を助けるための投資を行なう権限を認めると解する。従ってERISA の規準は,〔2〕判例と同様の規準となる。〔2〕事件では,受託者が確信した, 年金基金投資は,基金の構成員すべての福利に,直接の利益をもたらす,必要 なものであり,たとえ金銭的に妥当な収益をあげなくとも許されると解する。  これに対し次の異論がある。  2説,この語の解釈につき,投資には無関係とするものである。むしろ,こ の条項は,年金制度が管理されるべき方法についてのみ言及していると構成す る。即ち,基金の支出(投資を含まない)は,年金加入者と受益者のためとい う排他的利益のためでなければならない。  この解釈は,普通以上の受託者義務を,ERISAに於ける「利益のみに」即 ち,管理に施ける忠実義務(自己利益犠牲義務)と投資に於ける忠実義務であ        らう る「利益を生む排他的目的」とに分別する考えである。  3説 最も信頼し得る説で,「利益」に退職利益を含むとするものである。 「専ら,加入者と受益者の利益のため」の語は,基金の管理を対象とするが,       の 「投資」にも適用されるものとして「IRCでは適格退職制度は,従業員と受       の 益者の排他的利益のためでなければならない,この要件に従えば,IRSは制       きう 度資産の投資を支配する,一般原則を発展させたものである」とする。そして        具体的要件を決めた規則では,排他的利益要件の規準は,以下である。  (1>価格が購入時の公正な市場価値を超えない。  ② 一般的利率と同等の収益がもたらされるものであること。  (3>制度の要件に従った(退職者に対する)分配のため,信託は十分な流動   性を維持しなければならない。  四 慎重な投資家なら,固守するはずの安全弁と危険分散がなければならな   い。 s) ERISA Legislative History 587, 616. 6)Internal Revenue Code,内国歳入法。 7)Internal Revenue Service,内国歳入庁。 8) supra note 5) at 4277. g) Rev. Rul 73−380 1973−2. C. B 124.

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 106 彦根論叢第242号  以上の様に定めるものの,退職時に於ける年金給付の利益の排他的目的に限 定されていないので,非伝統的目的が排除されない余地は残るものと解せる。 給付は,有形なものだけでなく,雇用の確保や,年金基金の資産の枯渇を防ぐ ものであってよい。ただし,前示Schotlandの主張にある様に, ERISA上も 同様の限界があると理解すべきである。同条の「加入者」は,ある型の年金適        le) 格な従業員組織の一員または退職者を意味するから,加入者たる現職者を助け るための投資を認め得る余地があるが,それは,年金投資が,金銭的に妥当な 収益をあげる時のみ許されるべきである。従って〔2〕事件に於ても今だ,充 分な「加入者」保護が加えられたとは考えられない。ましてや,いわゆる社会 的責任を果たすための投資が許されるべきではない。会社が公益のために,応 分の支出が許されることと年金基金の投資問題とを同視してはならない,後者 は,年金基金の最大化こそが,法上認められた,公益的な責任の果されるべき 場であるからである。  裁判により,「加入者と受益者」のため最も有利な,そして信託目的達成の 助けとなる,救済手凌がはかられ,受託者が信託義務違反をした場合,(a膳託 違反によって生じた信託財産の積極的損失または価格の低下,〔b)信託違反によ って受託者がうけた利益,回信託違反がなかったら信託財産に生じていた利益 〔d}信託財産の不適法な処分または,使用によって得られた利益,に責を負う。 それ故,加入者と受益者をもし不法な行為がなければ存していたであろう状況       ユひ にまで戻すことにまで拡大された裁判官の権限と義務は,受託者の解任,にま で及ぶ。  この広い権限が,具体的に発揮された例,および,投資対象別に何がブルー ゲントであるかの問題については今後の課題にしたい。 10) ERSA 93(7). 11) ld. g 409{a).

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