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J.ウェスレーにおける霊性の形成過程についての一考察 : 今日の宣教論との関連で

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Academic year: 2021

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(1)

J.ウェスレーにおける霊性の形成過程についての

一考察 : 今日の宣教論との関連で

著者

趙 永哲

(2)

− 7 −

論 文 内 容 の 要 旨

   申請論文は、J. ウェスレーの生涯と思想における霊性の形成過程を初期、中期、後期という三期に分け、 各時代ごとに、回心の体験、サクラメントとしての主の晩餐、そして小グループの組織から始まる社会的な 霊性を今日の宣教論との関連で考察したものである。論文全体は序論と五つの章の中で霊性形成の源泉、三 期の形成過程、そして現代における社会的霊性と宣教的な課題などを扱う本論、そして結論から構成され、 末尾に年表、参考文献表が付け加えられている。  序論では、問題設定を通して本論文が取り扱う目的とアメリカ、英国、韓国、日本におけるウェスレーの 霊性に関する先行研究を概観し、その成果を踏まえ、著者自身の課題を確認した上で、歴史的研究に基づく 宣教論的な方法論が明示される。  第1章では、ウェスレーの霊性形成における様々な源泉について考察し、彼が一つの霊性の伝統からでは なく、エキュメニカルな背景を持つ多様な霊性の伝統から影響を受けていたことが述べられる。まず、初代 教会の霊性の伝統としてなぜ彼が「一書の人」と呼ばれたのか、また東方教会と西方教会がウェスレーの霊 性にそれぞれどのような影響を与えたかを解明し、とりわけウェスレーにおける霊性の核心と目される「キ リスト者の完全」思想がどのような内容であったのかについて論述している。また、宗教改革における霊性 の伝統の中で、M. ルターと J. カルヴァンに加えてウェスレー自身が属していた英国国教会の影響、さらに ウェスレーの家庭的な背景としてピューリタニズムの影響についても明らかにしている。そして、ウェスレー の教会論あるいは宣教論に多大な影響を与えたドイツ敬虔主義とモラビアニズムにおける霊性ついても言及 している。  第2章では、初期のウェスレーにおける霊性はどのように形成されたのかを探るために、まず彼自身が聖 職につくためにどのような決心をし、その際に両親の影響がどれほどあったのかを解明する。また彼をして 「第一の回心」へ導いた古典的神秘主義者の著作は何であり、それらを通して何を得たのか、またウェスレー の霊性形成をめぐる霊的な友人との出会いについて触れている。次に、サクラメントとしての主の晩餐につ いて、その理解が幼少年の時代からホーリークラブの時代、そしてアメリカのジョージア州宣教時代に至る までどのように変化していったのか明らかにしている。さらに、ウェスレー自身が携わっていた最初の小グ ループであるホーリークラブに至るまでの小グループ組織の歴史的経緯と、ホーリークラブを通して得た社 会的関心と活動の側面について、そこからホーリークラブの歴史的意味とウェスレーの霊性形成に与えた影 氏 名 学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目 論 文 審 査 委 員 (主査) (副査)

趙   永 哲

J.ウェスレーにおける霊性の形成過程についての一考察

 ―今日の宣教論との関連で―

博 士(神 学)

甲神第8号(文部科学省への報告番号甲第403号)

学位規則第4条第1項該当

2012年2月29日

神 田 健 次

水 野 隆 一

山 内 一 郎

教 授 教 授 名誉教授

(3)

− 8 − 響について述べている。  第3章では、中期におけるウェスレーの霊性形成について、まず霊的な試練としてのジョージア宣教のこ とを回顧し、英国に戻ったウェスレーにとって霊的な教師と言えるペーター・ベーラーとの出会い、「第二 の回心」と呼ばれるアルダスゲイト街における回心について詳述している。次に、中期におけるウェスレーが、 初期とは異なり静寂主義に反対し、主の晩餐を「恵みの手段」として捉えたこと、そこからウェスレーにお ける主の晩餐の特色が何であったかが明らかにされる。また野外説教を始めることによって主の晩餐を「回 心を与える手段」として用いることについても論及している。さらに加えて、本格的な野外説教によるリバ イバルと霊性形成にかかる野外説教の動機やウェスレーの宣教の特質について、また、メソジストの霊性訓 練や宣教の手段としての小グループの組織や中期に実践された社会的霊性の具体的なプログラムについて考 察している。  第4章では、後期におけるウェスレーの霊性形成について、これまでも議論の多い「第三の回心」の可能 性について肯定的に論じた後、第一と第二の回心とは異なるウェスレーの霊性の核心である「キリスト者の 完全」に向かう「聖化の道」として、第三の回心を神学的に考察している。それは、ウェスレー自身が生涯 かけて追求していたキリスト者の完全思想が瞬間的にも、漸進的にも具現されることによって、「聖化」に 向かう「瞬間と漸進の統合としての回心」にほかならない。次に、後期における主の晩餐のあり方について、 とりわけそれが宣教のわざのための手段であることが明らかにされる。その後、ウェスレーの社会的な霊性 が、中期より広がり、具体的な社会的プログラムとして一般社会における日曜学校運動や奴隷解放運動、そ して産業革命との関係における労働組合運動について論じている。  第5章では、これまで述べてきた初期・中期・後期において形成されてきたウェスレーの霊性が現代にお いてどのような意味と、どのような社会的宣教課題を持つのかを中心に考察している。まずウェスレーの正 統的霊性体験としての聖霊体験、その聖霊による霊性体験が今日の普遍的な宣教とどのような関わりがある のかなどについて明らかにされる。次に、主の晩餐を「回心を与える宣教のわざ」として捉えたウェスレー の理解は、エキュメニカルな時代である今日においても重要な事柄であり、まさに主の晩餐についてのこの ような考え方こそエキュメニカルな観点に基づく理解であることに論及している。さらに、社会的霊性の現 代的な意味と宣教的課題として、ウェスレーと関わりがある貧困と貧者のための福音、また人間の基本的な 権利である人権の問題や女性の権利について、さらに今日宣教論的にも最も重要な課題の一つである宗教間 の対話の問題をウェスレーの確信と寛容という二つの観点から考察している。  上述の本論を受けて、結論ではウェスレーの社会的霊性の問題を今日の宣教論との関連において、いくつ かの観点から論じ、展望を試みている。第一に、ウェスレーの霊性形成の中心は人々や社会の救済論にあり、 「先行の恵み」を重んじるウェスレーの「救いの順序」は、聖霊の導きによって成就され、その聖霊による 霊性体験が、普遍的な宣教につながるという点である。第二に、ウェスレーにとってサクラメントとしての 主の晩餐は、宣教のための重要な「恵みの手段」であるがゆえに、これを積極的に用いるべきであり、「主 の晩餐」をめぐる様々な問題が起こっている今日的状況の中で、ウェスレーの「主の晩餐」に関する包括的 な理解が将来に向けて宣教論に貢献できると述べられる。そして第三に、エキュメニカルな源泉と背景をも つウェスレーの社会的霊性と宣教理解は、21世紀のキリスト教会にエキュメニカルな対話を促すだけでなく、 今日の宣教的諸課題に対しても豊かな示唆を与えると明言される。  末尾では、ウェスレーの霊性は、「個人と社会」、「内的なものと外的なもの」との正鵠を得たバランスを 保持し、このようなウェスレーの霊性こそ普遍的な「宣教のための霊性」(Spirituality for Mission)である と結論し、申請論文は閉じられる。

(4)

− 9 −

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

 以上の内容をもつ申請論文について審査結果を記す。趙氏の学位申請論文「J. ウェスレーにおける霊性の 形成過程についての一考察―今日の宣教論との関連で―」は、先行研究との批判的な対論を通して、従来の 研究において必ずしも十分に解明されてこなかったウェスレーにおける「霊性の形成過程」について、歴史 的なアプローチを基盤としつつ今日の宣教論的な視座より解明した研究である。  この申請論文は、ウェスレーの初期(1725-38年)から中期(「福音的回心」以降 1738-65年)を経て後期 (1765-91年)に至る軌跡を「霊性形成」の一線に即して精査し、各時代における「回心」「主の晩餐」「社会 的霊性」のテーマに即応して「聖霊の神学」を土台とするウェスレーの「キリスト者の完全」や聖化の思想 の今日的意味を問うた、学問的に高く評価すべき研究成果である。とりわけA . C . アウトラーに則る三段 階の時代区分、その初期と中期との連続性と相違性を踏まえ、ウェスレー神学が内包する幅の広さと重層 性を考察している点が注目される。すなわち1980年代までのプロテスタントを中軸とする西方教会のウェス レー研究に加え、東方教会の視点からする最近までの欧米のみならず日本及び韓国の先行研究との批判的対 論を踏まえ、ウェスレーが「後期」の時代に問うた個人と社会あるいは瞬間と漸進の統合としての「主の晩 餐」「小グループ」をめぐる聖化論や完全論を、宇宙的終末論の次元をも包摂し、再展開した点が高く評価 され、エキュメニカルな宣教論と実践の視点からするアプローチと相俟って、今後のウェスレー研究に裨益 するところが大きいと思われる。  もっとも申請論文において問題点がないわけではなく、公開審査の場において審査委員会が申請者と対論 を試み、とりわけ以下の三点に関する考察をめぐってなお考慮すべきと判断した。 1.ウェスレーにおける「回心」の問題について、初期における回心と中期における第二の「福音的」回心 の解釈をめぐっては異存はないが、後期における第三の回心を、完全な聖化に向かう「瞬間と漸進の統合と しての回心」と解釈する点に関して、それが果たして回心と呼べる出来事として妥当性をもっているかどう かという疑問が残る。 2.恵みの手段として「主の晩餐」におけるサクラメントの宣教論的な意義を強調することは甚だ重要であ るが、この問題が今日大きな検討課題ともなっていることに鑑みて、聖書的な根拠に基づく議論の展開、加 えて洗礼や陪餐者の問題も視野に入れながら、さらに考察を深めることが望まれる。 3.ウェスレーの「福音主義的」神人共働説、ピューリタニズムとメソジズム、社会的霊性の具現として労 働組合、人権などの大きな諸問題については別途独立した論考が求められると思われるし、また社会的霊性 に関わる教育事業(日曜学校運動、Kingswood School)の背後にあるウェスレーの教育的ミッション、あ るいは宗教的寛容(宗教間対話)などの重要な事柄に関しても更なる神学的な考察が望まれるところである。  しかし以上の諸点は、今後の研究課題と見なしうるものであって、申請論文の価値を損なうものではない。 既述のように、申請論文は、ウェスレーにおける「霊性の形成過程」について、その初期・中期・後期にわ たり精緻な解明を試みた点にその学問的な価値が存する。序論においては研究史を踏まえて課題と方法論が 明示され、全体の論述も明瞭に構成されており、本論各章の論述も説得的に展開され、結論として新たな学 問的主張が提示されている。以上により、本申請論文について、審査委員会は学位論文としてふさわしいも のであるとの判断を下し、その旨ここに報告するものである。

参照

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