1 .はじめに
本稿は、待遇コミュニケーション教育に関して、これまで論じてきた理念や理論的な枠 組み、実践のあり方などを振り返るとともに、これからの待遇コミュニケーション教育を 考えていくための基点となることを目的とするものである。
本稿のタイトルが「待遇コミュニケーション教育の構想(Ⅱ)」となっているのは、待 遇コミュニケーション教育の構想については、すでに蒲谷(2003a)で述べており、本稿 は、その続編として位置付けられるものだからである。そこにおいて考察しきれなかった 点、あるいは、その後の研究や実践により考えが深化した点などについて述べていきたい と思う。特に、待遇コミュニケーション教育の根底にある理念や理論的な枠組み、待遇コ ミュニケーション教育が目指すものは何かということに焦点を絞って考えてみたい。
2 .待遇コミュニケーション教育を考えるための枠組み
本章では、これまで考察してきたことを踏まえ、待遇コミュニケーション教育を考える ための理論的な枠組みについて記述しておくことにする。
2.1 基礎となる言語観・言語教育観
まず、筆者の構想する待遇コミュニケーション教育の基礎となる言語観について述べて おきたいと思う。
それは、言語を「コミュニケーション主体の(音声・文字を媒材とした)表現行為・理 解行為」そのものだと捉える「〈言語=行為〉観」という言語観2である。「〈言語=行為〉
観」は、言語の本質を「行為」として捉える言語観であり、言語は、個々の「コミュニケー ション主体」とは別に存在するものではなく、個々のコミュニケーション主体の行為にお いて「成立する」ことだと捉えている。
言語が(音声・文字を媒材とした)表現行為・理解行為であるとすれば、その行為にお いて「主体」が認識する「場面」(「人間関係」+「場」)、その行為における「意識」、そ
蒲谷 宏
1キーワード
敬語コミュニケーション コミュニケーション主体 コミュニケーション活動型教育 相互尊重に基づく自己表現 よりよい待遇コミュニケーション
の行為の「内容」、「形式」が問題になってくる。それらがどう連動するのかを明らかにす ることが言語研究の課題であり、また言語教育の課題にもつながると考えている。
言語は、個々のコミュニケーション主体における表現行為、理解行為だけではなく、コ ミュニケーション主体同士の表現行為、理解行為の「やりとり」とその「くりかえし」に よって成立する。言語が個々のコミュニケーション主体の行為において成立するものだと 規定しても、その行為には、他者の存在、自らを取り巻く状況が関わっているのである。
そこには、コミュニケーション主体がコミュニケーションを行う目的や意義も絡んでく る。その意味で、言語は本質的に社会的な性質を持つことになる。ただし、コミュニケー ション行為としての言語により、自己と他者との人間関係が作られることからすれば、コ ミュニケーション主体は、「場面」の制約を受けるだけではなく、「場面」を変容させてい く力を有する者として存在する。
以上のような「〈言語=行為〉観」に基づく言語教育においては、コミュニケーション 主体となる「学習者」が、自ら行うコミュニケーションに関する様々な能力を養い、高め ることが、その大きな目的となる。そして、学習者がコミュニケーションを行う「場面」、
その行為における「意識」、その行為の「内容」、「形式」の連動を教育・学習の課題とし て扱っていくことになる。また、コミュニケーション主体同士の「伝え合い」とその「積 み重ね」、コミュニケーション主体と社会とのつながりを考えていくことが、待遇コミュ ニケーション教育においても重要な課題になる。
日本語教育としての待遇コミュニケーション教育においては、待遇という観点から、
学習者の日本語によるコミュニケーション行為の能力を養い、高めることがその目的と なる。
教師も一人のコミュニケーション主体として、学習者との「伝え合い」、その「積み重ね」
によって待遇コミュニケーションの能力を養い、高めることを支援する役割を担う。
2.2 待遇コミュニケーション
次に、待遇コミュニケーション教育の内容となる「待遇コミュニケーション」とは何か ということを規定しておく。これまでの規定を振り返り、まとめると、次のようになる。
(1)待遇コミュニケーションとは、「待遇表現」と「待遇理解」の総称であり、待遇表 現と待遇理解を相互交流の観点から捉えようとするものである。
これは、待遇コミュニケーションが、従来の「待遇表現」に、理解主体の行為としての
「待遇理解」を併せて成り立つものであることからの規定である。
「待遇」というのは、要するに、「場面」(「人間関係」+「場」)を重視するという観点 であるため、待遇コミュニケーションとは、「場面」に重点を置いて、表現行為、理解行 為それぞれを捉えたものであり、そして、その表現行為と理解行為を相互交流の観点から 捉えようとするものである。
(2)待遇コミュニケーションとは、コミュニケーションを待遇の観点から捉えたもので ある。
これは、待遇コミュニケーションが、コミュニケーションを「場面」(「人間関係」+
「場」)に重点を置いて捉えたものであることを示している。したがって、待遇コミュニ
ケーションはコミュニケーションの下位区分というのではなく、あくまでもコミュニケー ションを待遇の観点から捉えるということが主旨となる規定である。
以上が待遇コミュニケーションの最も簡潔な規定となる。ただし、待遇コミュニケー ションの実態というのは、個々のコミュニケーション主体の認識に基づく、極めて動態的 なコミュニケーション行為のことであり、コミュニケーションを待遇の観点で捉えるとい うことにも常に個別の認識が絡むため、本質的には、これが待遇コミュニケーションだと 客観的、固定的、一般的に捉えられるものではない。そうした点を踏まえて規定すると、
次のようになる。
(3)待遇コミュニケーションとは、「コミュニケーション主体(表現主体・理解主体)」
が「場面」(「人間関係」+「場」)の認識に基づき、「意識」「内容」「形式」を連動させた
「コミュニケーション行為(表現行為・理解行為)」である。
規定に使われている用語については後で説明を加えるが、この規定の要点は、待遇コ ミュニケーションとは、コミュニケーション主体の、「場面」の認識に基づくコミュニケー ション行為(表現行為・理解行為)であるということにある。ここで「コミュニケーショ ン行為」としたのは、コミュニケーションの持つ行為性、動態性を強調したためであり、
コミュニケーションとコミュニケーション行為は基本的には同義のものである。
「場面」の認識に基づくコミュニケーション行為とは、ここでも待遇表現、待遇理解の 行為性、動態性を強調すると、すなわち待遇表現行為・待遇理解行為のことであり、それ が、コミュニケーション行為を待遇という観点から捉えたものということである。要する に、(3)の規定は、(1)(2)の規定を「コミュニケーション主体」の行為として言い換え たものである。先にも述べたように、こうしたコミュニケーション行為の「やりとり」と その「くりかえし」が待遇コミュニケーションにおいても重要な観点になる。
以上のように規定される待遇コミュニケーションは、これまでの研究や教育で扱われて きた、敬語、敬語表現、敬意表現、配慮表現、待遇表現、対人コミュニケーション、ポラ イトネスなど、言語学、社会言語学、語用論等の領域すべてに関わるものとして提唱した 概念である。
待遇コミュニケーションは、それらの中で、丁寧さを扱うものに限定されているかのよ うに受け止められることがある。これは待遇表現でも生じていた誤解なのであるが、待遇 コミュニケーションは、丁寧さに限らず、「上下関係」、「親疎関係」におけるすべての「人 間関係」、「改まり」から「くだけ」までのあらゆる「場」におけるコミュニケーション行 為を包括するものである。
また、待遇コミュニケーションは、おそらくはすべての言語において見出せるものであ り、待遇表現同様、それ自体が日本語の特色として捉えられるものではない。それぞれの 言語には、それぞれの言語における待遇コミュニケーションの特色があると言えるので ある。
なお、待遇コミュニケーションは、言語によるものだけではなく、コミュニケーション 行為に関わる非言語の面も含むものとして考えている。
2.3 コミュニケーション主体
待遇コミュニケーションがコミュニケーション行為であるとすれば、その行為を行う主 体の存在が第一に重要なものとなる。待遇コミュニケーションのすべては、本質的に個々 のコミュニケーション主体の認識によって成立するものだからである。言語によるコミュ ニケーションの場合、そのコミュニケーション主体は「言語主体」となるが、待遇コミュ ニケーション教育で扱われるのは言語だけではないので、コミュニケーション主体という 用語で示していく。
コミュニケーション主体には「表現主体」と「理解主体」があるが、二者間のコミュニ ケーションであれば、主体Aが表現主体のとき主体Bが理解主体となり、次に主体Bが 表現主体のとき主体Aが理解主体となるというように、それぞれは「やりとり」と「く りかえし」の中で常に動くものであり、固定的に捉えられるものではない。
待遇コミュニケーション教育におけるコミュニケーション主体は、先にも述べたよう に、待遇コミュニケーションを学ぶ学習者であるが、教師も教師としての役割を果たすと ともに、一人のコミュニケーション主体として、教室内外で学習者とのコミュニケーショ ンを行うことになる。
コミュニケーション主体は、自らを社会の中で生きる自己と認識し、他のコミュニケー ション主体をその社会における他者と認識する。同時に、その他者とのコミュニケーショ ン行為を通じて、自己と他者が社会を創るという認識も持つことになる。自らが生きる社 会を制約として捉えるだけではなく、他者と創る関係性として社会を捉えることなるわけ である。待遇コミュニケーション教育も、こうした「社会」との関係を抜きに語ることは できない。
また、コミュニケーション主体は、それぞれの背景となる文化の中で生きる自己と他者 を認識しつつ、その他者とのコミュニケーション行為を通じて、新たな文化を創る自己と 他者であるという認識を持つことになる。文化とは、人が人らしく生きていくための知恵 であり、その知恵により生み出される物事だと考えると、待遇コミュニケーション教育に おいては、こうした「文化」との関係も重要な観点になる。
待遇コミュニケーションにおけるコミュニケーション主体は、コミュニケーション行為 を通じて、常に自らを「ふりかえり」、様々な「気づき」を得ることになる。その「気づき」
に基づき、また新たなコミュニケーション行為を展開させていくわけである。
待遇コミュニケーション教育においては、コミュニケーション主体を単なる表現主体・
理解主体と規定するだけではなく、以上のような背景を持った行為の主体として位置付け ることが求められてくると言える。
2.4 「場面」―「人間関係」と「場」
コミュニケーション主体は、「人間関係」と「場」、その総称としての「場面」を常に認 識しつつ、コミュニケーションを行うことになる。この点が、まさに待遇コミュニケー ション教育の中核をなす課題となる。
これまで、「人間関係」には、自分、相手、話題の人物相互の関係があり、それぞれの 関係性を上下・親疎の軸に基づき、+、0、−のレベルにより位置づけてきた。また、そ
れぞれの「人間関係」を、立場や役割、恩恵を与える者、受ける者などの観点からも捉え、
それらに基づくコミュニケーション行為のあり方についても考えてきた。もちろん、こう した図式的な捉え方だけではなく、コミュニケーション主体が自己を他者との関係におい てどういう者として認識しているのか、他者を自己や異なる他者との関係においてどう位 置づけようとしているのか、それがコミュニケーション行為とどう連動してくるのか、と いった点も、待遇コミュニケーション教育において重要な観点、課題になることは言うま でもない。
「場」は、抽象的な規定としては、コミュニケーション行為の主体が認識する、時間的・
空間的な位置づけ、ということになる。わかりやすく言えば、いつ・どこで・どういう状 況で、ということに関するコミュニケーション主体の認識が問題になるということであ る。例えば、授業中や会議中といった「場」では、状況にもよるが、個人的な「人間関係」
よりも公的な「場」に対する認識が優先されてコミュニケーションが行われることになる など、「場」も待遇コミュニケーション教育において重要な観点、課題になる。
以上の「人間関係」と「場」は、実際のコミュニケーションにおいては渾然としたもの として認識されるため、それらを総称して「場面」と呼んでいる。
2.5 「意識(きもち)」「内容(なかみ)」「形式(かたち)」の連動
蒲谷(2006)で述べたように、待遇コミュニケーションにおける重要な観点として、「人 間関係」〈どういう関係にあるだれとだれがコミュニケーションするのか〉、「場」〈どうい う文脈・状況においてコミュニケーションするのか〉という「場面」とともに、コミュニ ケーション主体の「意識」〈どういう意識・目的を持ってコミュニケーションするのか〉、
コミュニケーションの「内容」〈どういう意味・内容を伝え合おうとしてコミュニケーショ ンするのか〉、「形式」〈どういう方法・形式によってコミュニケーションするのか〉、と いったことが挙げられるだろう。これらは、それぞれが待遇コミュニケーションを考える ための重要な枠組みとなるものではあるが、当然のことながら、実際のコミュニケーショ ンは、〈だれとだれが、いつどこで、なんのために、なにを、どのように〉ということに 関するすべてが絡み合いながら成立している。そして、これらの枠組みは、「コミュニケー ション主体」の認識においても、それぞれが連動したものとなっているわけである。
日本語教育においてもよく議論となる〈「形式」を重視すべきか、「内容」を重視すべき か〉、〈「場面」から入るべきか、「形式」から入るべきか〉等の論点は、実際のコミュニケー ションにおいてはすべてが関連し合っているという事実からすれば、ほとんど意味がな い。しかし、この種の議論が絶えないところを見ると、〈だれとだれが、いつどこで、な んのために、なにを、どのようにコミュニケーションするのか〉という観点・枠組みがあ まりにも自明なことであるがゆえに、必ずしもそれらが「コミュニケーション主体」にお ける〈「場面」(「人間関係」+「場」)、「意識」、「内容」、「形式」〉といった枠組みとして、
明確に位置づけられていないのではないか。しかも、それらすべてが連動しているという、
これも自明のことが、言語観とも相俟って正当には捉えられてこなかったことにも起因す るのではないかと思われる。その意味でも、〈「場面」(「人間関係」+「場」)、「意識」、「内 容」、「形式」〉のそれぞれが常に連動しつつコミュニケーション行為が成立しているのだ、
という点を再認識する必要があるだろう。
また、この枠組みは、その表現が自然であるかどうかという「自然さ」についての基準 にもなりうる。そのコミュニケーション行為において、〈「場面」(「人間関係」+「場」)、
「意識」、「内容」、「形式」〉が連動していれば自然であり、そうでなければ、どこかで不自 然さが出てしまうということである。「自然さ」の問題は、もちろん「形式」だけの問題 ではなく、また「意図」があるかないかだけの問題でもないからである。
批判を受けやすい「不自然」なロールプレイの練習においても、それが不自然だと感じ られるのは、これらの枠組みが連動していない場合であることが多い。コミュニケーショ ン主体である学習者自身に、「人間関係」や「場」に対する認識が持てない場合、表現し たいという「意識」がない場合、「内容」が考えられていない場合、「形式」がわかってい ない場合、そのロールプレイは不自然なものになり、コミュニケーション練習として成立 し得ないのも当然であろう。
なお、待遇コミュニケーション教育においても、「意識(きもち)」「内容(なかみ)」「形 式(かたち)」という枠組みを扱うが、これらは、コミュニケーション主体において連動 しているものであり、これが意識、これが内容、これが形式などと分けて考えることを目 指しているわけではない点は、強調しておく必要があるだろう。
2.6 「やりとり」と「くりかえし」、「伝え合い」と「積み重ね」
これまでにも述べてきたように、コミュニケーション主体同士の表現行為と理解行為と の関係を「やりとり」と捉え、表現主体、理解主体が入れ替わりながらコミュニケーショ ンが展開していく様相を「くりかえし」と捉えている。こうした捉え方は、コミュニケー ション行為をある程度客観的に把握しようとするものであり、待遇コミュニケーションの 研究にとっては必要な観点であるが、待遇コミュニケーション教育では、コミュニケー ション主体同士の関係性をより重視して、「伝え合い」とその「積み重ね」という用語で コミュニケーション行為の動態性を捉えたいと考えている。「積み重ね」は、「伝え合い」
を重ねることによって、内容の深まりなどが得られる様子を重視したものであり、待遇コ ミュニケーション教育の一つの目的となるものである。
2.7 相互尊重に基づく自己表現
先に、待遇コミュニケーションは丁寧さを扱うだけではない、と述べたが、待遇コミュ ニケーション教育が目指すものは、相互尊重に基づく自己表現の力であると言えるだ ろう3。
「相互尊重」という捉え方は、やや道徳的な理念のように響いてしまうかもしれないが、
待遇コミュニケーション教育を考える上では極めて重要な概念である。自分が他者を尊重 すると同時に、他者は自分を尊重する、という関係が成立することは、一方向的ではない、
相互交流の関係であり、相互に尊重しつつ、その上で相互に自己表現を行うということが 大切なのである。その時々の「人間関係」や「場」において、他者尊重と自己表現とをバ ランスよく成立させることの難しさはだれもが感じていることだろうが、それをコミュニ ケーション行為において適切に両立させることが真の意味での待遇コミュニケーションの
力であり、その力を養うことが待遇コミュニケーション教育の一つの大きな目的にもなる と言えるのである。
ただし、やはり留意しておかなくてはならないのは、「相互尊重に基づく自己表現」と いうことは、コミュニケーション主体の外側から与えられるルールやマナーの方針などで はなく、また、待遇コミュニケーション教育において与えられる知識でもなく、あくまで もコミュニケーション主体自身がコミュニケーション行為において自覚する本質的な認識 であるという点である。
3 .
待遇コミュニケーション教育の理念―待遇コミュニケーション教育が目指す もの第2章では、待遇コミュニケーション教育を考えるための枠組みについて述べてきたが、
この章では、それらを踏まえて、日本語教育における待遇コミュニケーション教育の理念、
待遇コミュニケーション教育が目指すものについて、いくつかの観点から再考していきた い。
3.1 待遇コミュニケーション教育のあり方
まず、待遇コミュニケーション教育のあり方について、第2章、および、蒲谷(2011a、
2011b)で述べたことに従って記述すると、次のようになる。
待遇コミュニケーション行為は、コミュニケーション主体が、まず、自己と他者との
「人間関係」、すなわち、自分と相手、自分と相手と話題の人物との関係をどう認識するか、
それと同時に、コミュニケーションを行う「場」(文脈・状況等)をどう受け止め、感じ 取るかが重要な課題となる。そして、自らがコミュニケーションをする意図、待遇意識に 基づき、表現・理解すべき内容をどう把握するか、それらを常に変化する「場面」(「人間 関係」+「場」)に即して、どのような言葉(言材4)を通じて表現し、理解するのかといっ た複雑で動態的な行為を展開していくことになる。
また、コミュニケーション主体は、現にある「人間関係」を認識するとともに、新たな
「人間関係」を能動的に創り出すこと、「場」の持つ状況や雰囲気をつかむのと同時にそれ らを自らの意思により変えていくこと、相互に尊重しながらも自分らしさを表現していく ことなどに関する意識や能力も必要とされる。その背景には、常に、心理的、文化的、社 会的な要因が絡み合っていると言えるだろう。
こうした待遇コミュニケーションの行為をコミュニケーション主体である学習者が主体 的に行い、自らのコミュニケーションスタイルを確立すること、教師がそれを指導・支援 していくこと、同時に一人のコミュニケーション主体として学習者と「伝え合い」、「積み 重ね」をしていくこと、それによって待遇コミュニケーションの能力を養い、高めていく こと、それらが待遇コミュニケーション教育の大きな課題となるわけである。
さらに大きな枠組みで見れば、それは、人が人と社会を創り、社会の中で人と人とが生 きていくこと、人が人らしく生きていくことという、人間社会の根源的なあり方を待遇コ ミュニケーション行為という観点から考えていくことにつながるものである。そして、そ
れは、コミュニケーション主体一人ひとりの生き方に通じるものであって、ただ単に、円 滑に、上手にコミュニケーションができるなどという問題ではない。コミュニケーション 行為は一人一人の生き方の問題であるからこそ、そのコミュニケーション行為はコミュニ ケーション主体本人のものなのであって、それについて他者が安易に口を出し、その良し 悪しを指摘するようなことではない。教師も学習者の生き方にまでは踏み込めないのであ る。したがって、教師は、学習者一人一人のコミュニケーションのあり方を見守り、育て ていくという姿勢を持つしかない。学習者が自らのコミュニケーション能力を高めるとい うのは、知識や技術の問題だけではないからである。
だれもが他者の生き方を尊重し、お互いに配慮し合うこと、だれもが自分らしく生きて いけるための様々な知恵を持ち、その知恵を生かしていくこと、それがコミュニケーショ ン行為において「文化」と呼ぶべきことだとすれば、こうした意味で待遇コミュニケー ションを考えようとすることは、コミュニケーションにおいて規範を重視すること、正し い言葉遣いやマナーの問題だけを考えようとする姿勢とは、根本的に異なるのである。
しかし、このような総合的かつ本質的な待遇コミュニケーションは、教育することがで きるものなのか、という疑問も生じるだろう。それは言い換えれば、コミュニケーション 主体としての学習者の主体的なコミュニケーション行為について、他者である教師は「教 える」ことができるのか、他者が一体どのように関われるのかという問いかけにもつな がる。
たしかに、学習者のコミュニケーション行為のある部分については、指導することや支 援することができるだろう。待遇コミュニケーションに関する知識・情報を与えることに よって、学習者の意識化を高めることもできる。また、実践的な練習や活動を通じて、意 識化を促すこともできよう。コミュニケーション活動のふりかえりを行い、意識化を進め、
それに基づくコミュニケーション実践を行い、またふりかえって考える、といった循環を 作ることにより、学習者の待遇コミュニケーション能力は次第に高まっていくと言えるか らである。こうした実践の重要性を軽視してはならない。
しかし、教師は、学習者にコミュニケーション行為を「教える」ということの限界を知っ ておく必要がある。教師の役割として、知識や情報を与えることは大切だが、それだけ ではコミュニケーションの力はつかない。また、ただ単に現実の社会の中でコミュニケー ション実践を行わせるだけでは、本当のコミュニケーション能力は高まらないだろう。学 習者自身が主体的、自覚的に自らのコミュニケーション行為を捉えること、そして高めよ うとする意識を持つこと、それが自らの生き方につながっていると認識することなしに、
コミュニケーション教育の真の意味は見出せないからである。
待遇コミュニケーション、特に敬語表現については、日本語の母語話者にとっても大き な学習課題となっている。しかし、それは敬語を中心とした言葉の難しさだけに起因する ものではない。言葉の教育・学習は大切だが、コミュニケーション行為としての難しさ、
そうしたコミュニケーション行為の能力全体を高めることの重要性を改めて認識する必要 があると言えよう。
このように考えてくると、コミュニケーション教育において教師の果たすべきより重要 な役割は、教師が学習者のコミュニケーション能力を高めるということよりも、〈日本語
とはコミュニケーション行為そのものであり、日本語能力とはコミュニケーション行為を 行う能力であり、日本語を学ぶ目的はそうした日本語能力を身につけ、高めていくことで ある〉という言語観、言語教育観を明確に示し、それについて学習者とともに考え、学習 者自身の問題意識そのものを養っていくことにあると言えるのではないだろうか。待遇コ ミュニケーション教育においても、こうした教育のあり方が求められていると考えられる のである。
3.2 敬語コミュニケーションと敬意コミュニケーション
待遇コミュニケーションという捉え方自体は、ニュートラルなものである。待遇コミュ ニケーションは、「上下」や「親疎」の人間関係も、「改まり」から「くだけ」までの「場」も、
そのすべてを含むものであるから、待遇コミュニケーションが丁寧なコミュニケーション のみを意味するということではない。
しかし、こうした待遇コミュニケーションを扱う待遇コミュニケーション教育において は、そのニュートラルな捉え方を前提にしつつも、目指す方向としては、よりよい人間関 係を創る方向に向かうものであることは押さえておく必要がある。もちろん、よりよい人 間関係を創るということは、「上下」の関係にも、「同位」の関係にも、「親」の関係にも、
「疎」の関係にも、すべてに関わることであって、敬語を使ったコミュニケーションや単 に丁寧なコミュニケーションをするということではない。
狭い意味で言えば、敬語コミュニケーションという捉え方は、待遇コミュニケーション の中で、敬語が使われているコミュニケーションを指す。「人間関係」の観点からすれば、
敬語を使って表現するような関係、すなわち、基本的には下位→上位の関係、「疎」の関 係であり、「場」の観点からは、改まりが高いと認識されるような場ということになる。
もちろん、これは基本的にそのような「場面」において敬語表現が成立するということで あって、現実には、上位→下位、同位同士、「親」の関係、ややくだけた場であっても、
敬語を使ってコミュニケーションが行われることはある。
日本語においては、特に、社会的な制約も生じる「場面」、例えば、改まった会議、入 社や入試の面接、式典における表現、お詫びの表明や謝罪の文書などにおいては、このよ うな敬語コミュニケーションが重要な意味を持つことは言うまでもない。
ただし、敬語コミュニケーションが単に敬語を使うということだけに焦点が絞られてし まうと、それは「形式」の問題に傾いてしまう。「場面」の認識と形式とが結びつくだけ のコミュニケーションになってしまっては、まさに型通りの表現行為と理解行為の「やり とり」に終わることになる。「場面」と「意識(きもち)」「内容(なかみ)」「形式(かたち)」
との連動が見られない表現行為は、敬語を使うのにふさわしい「意識」と「内容」を持 ち、それが「場面」と連動している、本来の敬語コミュニケーションだとは言えないわけ である。
しかし、本来の敬語コミュニケーションというのは、単に敬語を使うということよりも、
どのようにして他者を尊重し、大切に待遇しながらコミュニケーションするのか、という ことが重要な観点になるはずである。それが先に述べたよりよい待遇コミュニケーション につながるとすれば、それは、「敬語」コミュニケーションではなく、「敬意」コミュニケー
ションと呼ぶほうが用語としては適当なのかもしれない。
そのような意味での「敬意コミュニケーション」には、敬語コミュニケーションの大部 分が含まれるが、敬語を用いなくても敬意コミュニケーションは成り立つということも射 程に入ってくる。また、敬意コミュニケーションには、言語によるものだけではなく、非 言語としての要素も関わってくる。言語としての敬語コミュニケーションを用い、非言語 としての敬意コミュニケーションが同時に成り立つ場合もあるだろう。
敬語コミュニケーションという用語の範疇からは敬意のないコミュニケーションを除 く、と規定すれば、敬語コミュニケーションと敬意コミュニケーションはほぼ同義になる が、そうすると、敬語コミュニケーションにおいて、慇懃無礼な敬語表現、皮肉や冗談な どは扱うことができなくなる。また、「敬意」という用語についても、配慮や尊重などよ りは、下位→上位の意識が感じられてしまうこともあって、必ずしもよりよい待遇コミュ ニケーションの意味には受け取れないかもしれない。用語については、さらに検討する余 地がありそうである。しかし、いずれにしても、待遇コミュニケーション教育が目指すも のは、よりよいコミュニケーションに向かうものであって、形式重視の敬語教育とはまっ たく異なることは再確認しておきたい。
3.3 「よりよい」待遇コミュニケーション
ここで「よりよい」という用語について説明しておきたい。
「よい」待遇コミュニケーションとしたのでは、どうしても、絶対的、静態的な基準に よる「良い」「正しい」というコミュニケーションがあるかのような印象ができてしまう。
それに対して、「よりよい」は、相対的、動態的な価値観を示すことができる。これは、
それぞれの「場面」における「適切さ」「ふさわしさ」という捉え方、また、他者との比 較というのではなく自分にとっての成長を表しており、「今ここでの適切さを求めるあり 方」、「今よりもさらによくしていこうとする姿勢」などにつながる価値観である。コミュ ニケーションに関する適切さ、良さに関する評価は、常に更新されるものであり、コミュ ニケーションの力もここで完成というようなものではない。そうした考え方に基づき、「よ りよい待遇コミュニケーション」という言い方で、待遇コミュニケーション教育の目指す 方向を示しているわけである。
先に述べたように、よりよいという方向性を持つ待遇コミュニケーションのことを敬意 コミュニケーションと呼ぶこともできる。また、敬語コミュニケーションにおいても、よ りよい敬語コミュニケーションという捉え方ができるだろう。
3.4 待遇コミュニケーション教育における「日本語」の捉え方
一般的には、日本語を母語としない学習者に対する日本語の教育を日本語教育と呼んで いる以上、日本語が母語であるか母語ではないのかが、大きな違いとして捉えられること になる。もちろん、その違いを無視することはできないのだが、「〈言語=行為〉観」に基 づくと、日本語はコミュニケーション主体を離れて「存在するもの」ではなく、コミュニ ケーション主体の「行為として成立するもの」であるため、そのコミュニケーション主体 の母語が日本語であるかどうかは、それほど意味を持たなくなる。日本語を母語とはしな
いコミュニケーション主体であっても、そのコミュニケーション行為において日本語が成 立すると捉えることによって、日本語の母語話者と平等な立場になると言えるのである。
それは、待遇コミュニケーション、待遇コミュニケーション教育を考える上においても、
コミュニケーション主体の母語が日本語であるかどうかの違いはそれほど重要なものでは ないことにつながる。すべてのコミュニケーション主体は、日本語でコミュニケーション するという点において、平等な関係に立ちうるわけである。
日本語によるコミュニケーション行為によって、元々は、異なる母語、異なる文化、異 なる社会を背景とした人と人とがつながっていき、新たな社会、新たな文化の構築に展開 していくと考えられる。その際にも、相互理解、相互尊重に基づく自己表現という観点を 欠かすことができないだろう。よりよい待遇コミュニケーションやよりよい敬語コミュニ ケーションという捉え方は、そうした観点とも関係している。ともすれば、敬語が使いこ なせるかどうかによって差別や格差が生じてしまう問題点も、一人ひとりのよりよいコ ミュニケーションという捉え方によって、解決されていく道筋が見出せるのではないだろ うか。
日本語が母語であるかどうかを問題にしないという考え方に立てば、日本語の母語話者 に対する国語教育も、広い意味での日本語教育と捉えることができ、そこにおける待遇コ ミュニケーション教育の重要性へとつながる。そして、日本語の母語話者も非母語話者も 混在する学習環境において、待遇コミュニケーション教育が行われる可能性もさらに広 がっていくと考えられるのである。
4 .待遇コミュニケーション教育の実践
ここまで、待遇コミュニケーション教育を考えるための枠組み、待遇コミュニケーショ ン教育の理念、待遇コミュニケーション教育が目指すものについて述べてきたが、こうし たことを前提とした、待遇コミュニケーション教育の実践のあり方について考察しておき たい。
4.1 待遇コミュニケーション教育の方法
蒲谷(2003a)では、待遇コミュニケーション教育の方法を考えるための枠組みという ことで、「主体、人間関係、場、意図、表現形態、題材、内容、言材、文話(文章+談話)、
媒材、待遇行動」を取り上げ、それらが相互に関連し合い、そこに待遇コミュニケーショ ンが成立することを述べている。基本的な考え方に大きな変化はないが、本稿において は、「主体」は「コミュニケーション主体」、「人間関係、場」は、そのままで、あるいは 総称して「場面」、「意図」は、「意識」、「題材、内容」は「内容」、「表現形態、言材、文話、
媒材、待遇行動」は、「形式」ということでまとめている。
そして、待遇コミュニケーション教育の方法について、大きく次のように捉えて考察し ている。
(1)言語生活の実態に合わせた「待遇コミュニケーション教育」の方法
(2)言語的機能を重視した「待遇コミュニケーション教育」の方法
(1)においては、プロジェクトワーク、活動型授業を取り上げ、その長短を考察した。
このような活動型の教育/学習方法は、特に待遇コミュニケーション教育の大きな目的 となる「場面」の認識に基づく様々なコミュニケーションが自然な形で習得できるという ところに大きな利点があるとしている。また、この方法の持つ問題点としては、「授業展 開が予想できない」(利点でもあることは指摘している)、「単なる活動に終わってしまう」、
「具体的な学習項目が明確にならないことに学習者が不満を持つ」などを挙げ、その一つ の解決策として「活動全体の大きな目的を達成するために行われるそれぞれの局面におけ るコミュニケーション行為を自覚的に捉えながら進める」ことを提案した。
(2)においては、(1)の方法の優位性を認めた上で、それぞれの局面で必要な「意図」
別の待遇コミュニケーション教育を提言した。その際の進め方として、①学習者自身の
「ふりかえり」、②意図と形式との関係理解、③ロールプレイによるコミュニケーション練 習、④教師、学習者による「ふりかえり」「気づき」を経て、再度ロールプレイをする、
といった方法を提示している。口頭表現だけでなく、文章表現にまで広げる必要性にも言 及した。
(1)(2)それぞれの方法は、現在の日本語教育においても採られているものであり、教 育環境により多少の違いはあっても、多くの授業現場でも見られる方法だろう。同時に、
(1)(2)は、実践の方法として対立的に捉えられることもあるように思われる。
もちろん、方法は方法としてだけ存在するわけではなく、常にその方法の背景となる理 念があるはずである。したがって、方法に関する表面的な議論をしてもあまり意味がない と言えよう。ここで提示した2つの方法についても、現れ方は2つになっていても、根底 にある理念、考え方は一つであり、その具体的な実践の方法としての違いがあるだけであ る。ただし、(2)の方法は、実際の授業でいろいろなバリエーションによって行われるも のの、コミュニケーションの形式面を重視した教育方法であるという誤解を招くおそれが あるものだろう。
極論を言えば、どのような教育方法であっても、学習者一人ひとりが、待遇コミュニ ケーションに関する考えを深め、自らの待遇コミュニケーションの力を養い、高め、自分 のコミュニケーションスタイルを確立し、人として成長していくことができさえすればよ いのである。その学習の過程において、例えばロールプレイ5という練習方法が適切なの かどうかは、一概には論じることはできないし、また全体を見ずに、その方法の良し悪し を決めることにも意味はないだろう。
待遇コミュニケーション教育の方法を考える上で重要なことは、学習者も教師も、待遇 コミュニケーションとは何かを理解した上で、また待遇コミュニケーション教育の理念を 踏まえた上で、そのコミュニケーション行為の力をつけていくために、今ここで最適な方 法は何かを検討していくことなのではないだろうか。
4.2 コミュニケーション活動型教育
筆者は、現在も、上に述べた(1)、(2)それぞれの方法により授業を行っているのだが、
根底にある理念をより明確にするために、それぞれに共通する捉え方として、「コミュニ ケーション活動型教育」というものを打ち出している。
コミュニケーション活動型教育というのは、その名の通りコミュニケーション活動を重 視した教育のあり方を示すものであるが、先に述べた、コミュニケーション行為における
「伝え合い」と「積み重ね」を基に教育実践を行うものである。これは、上の(1)だけ に当てはまるものではなく、(2)の方法による授業においても、また、待遇コミュニケー ションに関する知識・情報、例えば、待遇コミュニケーションの枠組みや、敬語の体系な どを扱う授業においても、適用できる考え方である。
要するに、コミュニケーション活動型教育は、教師と学習者、学習者と学習者、学習者
とTA(ティーチング・アシスタント)やボランティアによる参加者、といった授業とい
う「場面」に存在するコミュニケーション主体同士の「伝え合い」と、その「積み重ね」
を通じて、コミュニケーション主体一人ひとりが、待遇コミュニケーションに関する知識 や情報について自覚的に学び、自らの待遇コミュニケーションや他者の待遇コミュニケー ションについて、実際のコミュニケーション行為を通して、あるいは、メタ認知的に「ふ りかえり」を行い、そこから様々な「気づき」を得るという方法を採る教育であり、その 点においては、どのような形態の授業であっても、根本的には共通の理念になりうると言 えるのである。
初めての授業で教師が自己紹介し、そのクラスで行う授業内容の概要を話す、そこから すでに待遇コミュニケーションが成立している。そうしたことを教師や学習者が自覚的に 捉えること、それが待遇コミュニケーション教育の第一歩だと言えるわけである。
4.3 コミュニケーション活動型の授業
筆者が2003年以降早稲田大学で担当した日本語関係の科目としては、「口頭表現」(中 上級レベル)、「待遇コミュニケーション」(中上級レベル)、「敬語コミュニケーション論」
(全学オープン教育科目・日本語教育学副専攻選択科目)などがある。
それぞれにおいて、担当者としてはコミュニケーション活動型教育を行ってきたと考え ているが、その趣旨を明示している科目として、2011年度に実施している「敬語コミュ ニケーション論Ⅰ」(春学期)、「敬語コミュニケーションⅡ」(秋学期)を一つの事例とし て示し、そこにおける待遇コミュニケーション教育としてのあり方について述べておきた いと思う。
この章では、授業報告や実践報告をすることが目的でなく、コミュニケーション活動型 の教育がどのような考えに基づく実践であるかを示すことにあるのだが、まず、事例とし ての授業の概要について簡単に紹介しておく。
「敬語コミュニケーション論」は、下記の資料にも示しているように、大学院の実践研 究科目の受講生である日本語教育研究科の大学院生も、実習生・授業担当者として参加し ている。また、TA、ボランティアでの参加者なども活動のメンバーとなっている。
受講生は、学部、大学院の学生たちで、日本人学生、留学生が混在している。授業参加 者総数は、敬語コミュニケーション論Ⅰが55名、敬語コミュニケーション論Ⅱが26名で ある。(各授業における実質の参加者数は、その80〜90%程度)
最終レポートの課題は、いずれのクラスも、「この授業を通じて、「敬語コミュニケー ション」に関する、自分の知識、意識、実践的なコミュニケーション力などがどのように
変化してきたか、具体的な事例を挙げながら論述する。「自らの記録」に基づくレポート にすること。」というものである。
なお、敬語コミュニケーション論Ⅰの授業回数が13回になっているのは、東日本大震 災による授業期間変更という事情のためである。
資料1、2は、授業で配布した資料を改訂したもので、「→」以下に説明を加えている。
(資料1)
敬語コミュニケーション論Ⅰ (金曜日・3時限)
担当:蒲谷宏+日本語教育研究科大学院生
この授業では、現代共通日本語における、「場面」(「人間関係」+「場」)に配慮したコ ミュニケーション―待遇コミュニケーション―について、特に「敬語に関するコミュニ ケーション」を中心に、理論的な分析・考察を行う。〈「主体」―「場面」―「意識」―「内 容」―「形式」の連動〉、〈相互尊重に基づく自己表現〉などが、授業のキーワードになる。
理論だけではなく、敬語コミュニケーションの実践的な能力を高めることも目的としてい る。また、日本語教育に関心のある人にとっては、敬語コミュニケーションに関する教育
/学習の具体的な方法論について学ぶこともできるだろう。
授業内容
授 業 内 容 1 授業オリエンテーション
敬語コミュニケーションとは何か
→敬語コミュニケーションの概要、授業の目的、到達目標などを伝える。
2 敬語コミュニケーションを考えるための枠組み
→ 敬語コミュニケーションを考えるための前提となる枠組みとして、「コミュニケーション主 体」、「場面」、「人間関係」、「場」、「意識(きもち)」、「内容(なかみ)」、「形式(かたち)」
などを確認する。その上で、正しさ・適切さの違い、よりよい敬語コミュニケーションと は何かを考える。
3 敬語の体系(1)
→ 適切な敬語コミュニケーション、よりよい敬語コミュニケーションを行うために、敬語を 体系的に理解する。敬語の11分類について、従来の3分類、5分類との対応によって捉え、
表現の中で敬語的性質を確認する。
4 敬語の体系(2)
→ 適切な敬語コミュニケーション、よりよい敬語コミュニケーションを行うために、敬語を 体系的に理解する。11分類による敬語的性質を捉え、実際の文章(「東京電力からのお詫 びとお知らせ」)の中での使われ方を確認する。
5 敬語の体系(3)
→ 適切な敬語コミュニケーション、よりよい敬語コミュニケーションを行うために、敬語の 使い方を体系的に理解する。敬語の性質とその働きを捉え、敬語表現上での問題点につい て考えていく。
6 敬語の体系(4)
→ 適切な敬語コミュニケーション、よりよい敬語コミュニケーションを行うために、敬語の 使い方を体系的に理解する。敬語の性質とその働きを捉え、敬語表現上での問題点につい て考えていく。
・ 敬語コミュニケーションの実践例として、「面接場面」におけるコミュニケーションを扱 う。面接場面において「自分」をどう表現するかということを考えていく。
7 敬語の体系(5)
→ 敬語コミュニケーションの実践例として、「面接場面」におけるコミュニケーションを扱 う。面接場面において「自分」をどう表現するか、面接官との敬語コミュニケーションは どのようなものになるかということを実践し、そのふりかえりを通じて考えていく。
8 丁寧さの原理を考える(1)
→ 「行動展開表現」における「丁寧さ」の原理を考えることを通じて、敬語コミュニケーショ ンの「丁寧さ」とは何かを検討する。「敬語」を使うこととは異なる丁寧さがあることに気 づくことで、敬語コミュニケーションをより深く学ぶことを目指す。
9 丁寧さの原理を考える(2)
→ 「行動展開表現」における「丁寧さ」の原理を考えることを通じて、敬語コミュニケーショ ンの「丁寧さ」とは何かを検討する。「敬語」を使うこととは異なる丁寧さがあることに気 づくことで、敬語コミュニケーションをより深く学ぶことを目指す。
・ 「敬語の使い方を考える」敬語の持つ性質とその働きを捉え、敬語表現上での問題点につ いて考えていく。
10 依頼に関する敬語コミュニケーション
→実習生による授業。依頼、断りに関する経験からの「ふりかえり」を中心とした活動。
11 誘いに関する敬語コミュニケーション
→ 実習生による授業。誘いに関する経験やロールプレイからの「ふりかえり」を中心とした 活動。
12 許可に関する敬語コミュニケーション
→実習生による授業。授業外での活動を含む「紹介記事」作成のプロジェクトワーク。
13 まとめ
→ 全13回の授業を通じて、第1回目に提示した下記の授業の到達目標がどの程度達成できた か、またどのような「気づき」が得られたのか、受講生、担当者ともに振り返りを行う。
授業の到達目標
敬語コミュニケーションに関する理解を深め、実践的な力を高める。
待遇(敬語)コミュニケーション教育に関する問題意識を高める。
(資料2)
敬語コミュニケーション論Ⅱ (金曜日・3時限)
担当:蒲谷宏+日本語教育研究科大学院生
(敬語コミュニケーション論Ⅰと同様の内容に加え、)秋学期は、「敬語コミュニケーショ ンの実践」に重点を置いて授業を進める。プロジェクトワークとして、公開シンポジウム
(よりよい敬語コミュニケーションのために)を行う。
授業内容
授 業 内 容 1 授業オリエンテーション
→敬語コミュニケーション論Ⅱの授業内容、課題、評価などについて説明をする。
・敬語コミュニケーションとは何かについて考える。
2 敬語コミュニケーションとは何か
→敬語コミュニケーションとは何かを考えるための枠組みを理解する。
自らの敬語コミュニケーション観を内省し、語ること、また他者の敬語コミュニケーション 観を知ることによって、今後様々な敬語コミュニケーションを考え、学んでいくための基 盤を作る。
3 シンポジウム企画・準備(1)
→シンポジウムの全体像を把握する。
テーマの検討
シンポジウムのテーマを全員で検討し、確定する。
4 シンポジウム企画・準備(2)
→各テーマにおける論点の検討
シンポジウムのグループテーマにおける論点について検討していく。
5 シンポジウム企画・準備(3)
→・各テーマにおける論点の検討2
シンポジウムのグループテーマにおける論点について検討、整理していく。
・ グループ内での立場・役割、グループ間のウチソト関係、全体におけるグループの位置 などを意識することで、敬語コミュニーションに関する理解を深め、実践的な力を高め ていく。
6 シンポジウム企画・準備(4)
→・各テーマにおける論点の検討3
シンポジウムのグループテーマにおける論点を絞り、検討していく。
7 シンポジウム企画・準備(5)
→・各テーマにおける論点の検討4
シンポジウムのグループテーマにおける論点について検討する。
シンポジウムの内容、進め方についての検討を始める。
8 シンポジウム中間発表(1)
→ 模擬的なシンポジウムを見ることで、シンポジウムの具体的なイメージ、準備すべき要点 などをつかむ。
・各テーマにおける論点の検討5
シンポジウムのグループテーマにおける論点について整理、検討する。
シンポジウムの内容、進め方について検討する。
9 シンポジウム中間発表(2)
→各グループによる中間発表。公開シンポジウムに向けた準備。
10 シンポジウム中間発表(3)
→各グループによる中間発表。公開シンポジウムに向けた準備。
11 シンポジウム最終準備
→公開シンポジウムに向けた最終確認をする。
12 公開シンポジウム(1)
→全体テーマ「よりよい敬語コミュニケーションのために」
シンポジウム実施という活動を通じて、敬語コミュニケーションに関する理解を深め、実 践的な力を高める。
13 公開シンポジウム(2)
→全体テーマ「よりよい敬語コミュニケーションのために」
シンポジウム実施という活動を通じて、敬語コミュニケーションに関する理解を深め、実 践的な力を高める。
14 公開シンポジウム(3)
→全体テーマ「よりよい敬語コミュニケーションのために」
シンポジウム実施という活動を通じて、敬語コミュニケーションに関する理解を深め、実 践的な力を高める。
15 まとめ
→ 全15回の授業を通じて、第1回目に提示した下記の授業の到達目標がどの程度達成できた か、またどのような「気づき」が得られたのか、受講生、担当者ともに振り返りを行う。
授業の到達目標
プロジェクトワークを通じて、敬語コミュニケーションに関する理解を深め、実践的な 力を高める。
これらの授業におけるコミュニケーション主体は、もちろん学習者がその中心である が、実習生を含む授業担当者、TA、ボランティア学生などもすべてがコミュニケーショ ン主体として、コミュニケーション行為における「伝え合い」と「積み重ね」をしていく ことになる。こうしたコミュニケーション行為は、そのすべてが待遇コミュニケーション の実践となるのであり、コミュニケーションの内容として扱う敬語コミュニケーションに 関する知識や情報も含め、全体として、コミュニケーション主体における「人間関係」「場」
「意識」「内容」「形式」の連動が成り立つということである。
実際には、こうした教師のねらいと授業参加者の受け止め方が本当に一致していると言 える保証はない。また、授業としてのあり方も、参加者それぞれの言語学習観、言語教育 観により様々なずれが生じていることだろう。結果として学習者は何を学んでいるのか、
授業の過程において、また最終レポートなどにより、その時点での学習者の学びを知るこ とはでき、学習者が大きく変容する様子もわかるのだが、それを単純に授業だけの成果だ とは言えないだろう。
コミュニケーション活動型の授業は、見かけは従来の授業と大きく異なることはないた め、授業参加者全員がその授業の目的や趣旨を理解していることが重要な課題になる。そ れによって、何を「ふりかえり」、何に「気づき」を得、何を学ぶかにも大きな違いが出 てくると言える。しかし、それを知識・情報として理解するだけでは、何も変わらない。
待遇コミュニケーションの能力を高める、という目標を授業だけで実現することは、事実 としても本質としてもできない。コミュニケーション活動型の授業を通して、教師も含む 参加者一人ひとりが、それぞれに学ぶこと、それが一人ひとりの生きる力につながること が、授業の真の目的と言えるのである。授業実践自体の楽しさ、充実感は、そのために必 要なことであって、それ自体が目的となるわけではない。
5 .まとめと今後の課題
以上、待遇コミュニケーション教育の構想について述べてきたわけだが、「〈言語=行 為〉観」という言語観に基づく言語教育観においては、コミュニケーション主体のコミュ ニケーション行為が言語教育の対象となるということから、待遇コミュニケーション教育 における理念、目的、その本質的なあり方も明確になってくるのだと考えている。
今後の課題として、蒲谷(2003a)では、次のような点が挙げられている。
・構想に基づいた、個々の指導法や授業の工夫の事例を積み重ねていく。
・並行して待遇コミュニケーションの教材も開発していく。
・ その上で、個々の実践から有効な一般化、理論化を導き、それを再度実践のふるい にかけるという流れを作る。
・ 待遇コミュニケーションの研究と待遇コミュニケーション教育の研究、実践は、常 に連動し、相互に関連し合いながら、発展させていく。
これらの課題の解決を目指し、その後、待遇コミュニケーション関連の教材としては、
蒲谷(2007)、蒲谷他(2006、2009、2010)などを刊行した。また、2003年に刊行された『待 遇コミュニケーション研究』において、様々な教育研究も積み重ねられてきている。2007 年には、待遇コミュニケーション学会も創設され、前記学会誌の刊行とともに、春秋の大 会での研究発表を行い、また講演会の講師として、言語学、社会言語学、語用論等に関わ る研究者6を招き、待遇コミュニケーションとの関わりについての議論を重ねている。
上記の課題については、もちろん今後も継続課題となるだろうが、待遇コミュニケー ション教育に関する実践研究を広く、深く展開させていくことが、引き続き大きな課題に なると考えている。
注
1 かばや・ひろし(早稲田大学大学院日本語教育研究科・教授)
2 「〈言語=行為〉観」は、直接的には、時枝誠記の「言語過程説」における言語本質観に導かれた 言語観である。ただし、時枝の文法論や敬語論を受け継ぐものではない。
3 「相互尊重」「自己表現」は、「敬語の指針」(文化審議会答申)においてもキーワードとなって いる。
4 「言材」は、簡単に言えば表現行為に用いられる言葉のことであるが、より厳密に規定すれば、
個々のコミュニケーション主体において成立する、概念・表象と、音概念・文字概念との回路の ことである。「〈言語=行為〉観」においては、言語とは、こうした言材を用いて行うコミュニケー ションだと規定される。
5 筆者は、ロールプレイは、表現能力を高めるための練習として行うというより、自らの表現行為 を「ふりかえり」、「気づき」を得るために行うものであると考えている。蒲谷他(2007)で「展 開ロールプレイ」という方法を提唱したが、それも談話の展開を自覚的に捉え、「人間関係」「場」
「意識」「内容」「形式」の連動に関する実感を持つことをねらいとしたものである。
6 井出祥子氏、Patricia J. Wetzel氏、沖裕子氏、尾崎喜光氏、川﨑晶子氏、金珍娥氏、熊谷智子氏、
阪井和男氏、首藤佐智子氏、杉戸清樹氏、清ルミ氏、滝浦真人氏、武内道子氏、原田康也氏、野 田尚史氏、アルカディウシュ・ヤブオニスキ氏
参考文献
蒲谷宏(2000)「「〈言語=行為〉観」に基づく日本語教育学の構想」『早稲田大学日本語研究教育セン ター紀要』13、15–26
蒲谷宏(2002)「「意図」とは何か―「意図」をどのように捉えるか―」『早稲田大学日本語研究教育 センター紀要』15、1–14
蒲谷宏・待遇表現研究室(2003)「「待遇コミュニケーション」とは何か」『早稲田大学日本語教育研究』
2、55–76、早稲田大学大学院日本語教育研究科、
蒲谷宏(2003a)「「待遇コミュニケーション教育」の構想」『講座日本語教育』39、1–28、早稲田大学 日本語研究教育センター
蒲谷宏(2003b)「「待遇コミュニケーション」の研究と教育」『待遇コミュニケーション研究』創刊号、
1–6、早稲田大学待遇コミュニケーション研究会
蒲谷宏(2004)「「日本語教育」における「文法」の教育を問い直す―「〈言語=行為〉観」に基づく「日 本語教育」の立場から―」『国語教育研究』24、46–57、早稲田大学国語教育学会
蒲谷宏(2005)「「敬語表現」における「個別性」と「一般性」」『表現と文体』108–116、明治書院 蒲谷宏(2006)「日本語力の基本的な考え方」『月刊国語教育』25–12、東京法令出版、
蒲谷宏(2006)「「待遇コミュニケーション」における「場面」「意識」「内容」「形式」の連動について」
『早稲田大学日本語教育研究センター紀要』19、1–12
蒲谷宏(2007)『大人の敬語コミュニケーション』(ちくま新書694)筑摩書房
蒲谷宏(2011a)「コミュニケーション教育の意味を考える」『日本語学』30–1、4–12、明治書院、
蒲谷宏(2011b)「待遇コミュニケーション教育から見た日本語能力の育成」『早稲田日本語教育学』9、
9–14、早稲田大学大学院日本語教育研究科
蒲谷宏・川口義一・坂本惠(1998)『敬語表現』大修館書店
蒲谷宏・川口義一・坂本惠・清ルミ・内海美也子(2006)『敬語表現教育の方法』大修館書店 蒲谷宏・金淑英・照山法元・山内薫・李錦淑(2007)「「展開ロールプレイ」の提唱―「待遇コミュニ
ケーション教育」の一方法として―」『早稲田大学日本語教育実践研究』6、15–24、早稲田大学 大学院日本語教育研究科
蒲谷宏・金東奎・高木美嘉(2009)『敬語表現ハンドブック』大修館書店
蒲谷宏・金東奎・吉川香緒子・高木美嘉・宇都宮陽子(2010)『敬語コミュニケーション』朝倉書店 蒲谷宏・高木美嘉(2008)「待遇コミュニケーション学の構築を目指して」『待遇コミュニケーション
研究』5、111–126、待遇コミュニケーション学会
須賀和香子・金東奎・高木美嘉・田中奈央・田中美樹・蒲谷宏(2005)「「待遇コミュニケーション教 育」としての「コミュニケーション活動型授業」に関する報告―早稲田大学日本語研究教育セン ター「日本語5β・6β」クラスの実践から―」『待遇コミュニケーション研究』3、15–30、待遇コ ミュニケーション学会
田中奈央・金東奎・須賀和香子・高木美嘉・田中美樹・蒲谷宏(2005)「コミュニケーション活動型 授業に関する考察―日本語5β・6βにおける実践から―」『講座日本語教育』41、90–118、早稲 田大学日本語研究教育センター
時枝誠記(1941・1955)『国語学原論 正編・続編』岩波書店 文化庁(2007)「敬語の指針」文化審議会答申
細川英雄・蒲谷宏編(2008)『日本語教師のための「活動型」授業の手引き』スリーエーネットワーク 早稲田大学大学院日本語教育研究科(2004〜2006)『早稲田大学日本語教育実践研究』創刊号〜4 早稲田大学待遇コミュニケーション研究会・待遇コミュニケーション学会(2003〜2012)『待遇コ
ミュニケーション研究』創刊号〜9