漢字熟語の読みにおける 音韻活性化と意味活性化 概要書
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(2) 1. 本論文の要約. 本論文は,視覚的単語認知において,漢字熟語の読みに音韻情報がどのような役割を果 たしているかについて検討するために二つの問題を扱った。第一の問題として,第 2 章と 第 3 章を通して, 漢字熟語を読む際の自動的な音韻情報の活性化の有無について検討した。 さらに,第二の問題として,第 4 章を通して,漢字語の意味活性化における音韻情報の役 割について検討した。この二つの問題を検討した結果,漢字熟語においても自動的な音韻 情報の活性化が生じ,書字・形態情報の親近性が低い場合には,音韻情報を介した意味活 性化がなされていることが示唆された。本論文は,全 5 章からなる。. 第 1 章 視覚的単語認知における音韻情報の影響. 第 1 章では,視覚的単語認知における音韻情報の影響について,音韻情報の自動的な活 性化の有無と意味活性化における音韻情報の役割という二つの点からその理論的背景につ いて考察した。 音韻情報の自動的な活性化について,これまでの研究では,多くの研究者が様々な言語 を用いて,語を読む際の初期段階に音韻情報が自動的に活性化される可能性を示してきた (e.g., Lesch & Pollatsek, 1993; Rubenstein, Lewis & Rubenstein, 1971)。しかし,形態深度仮説(e.g., Frost, 2005; Frost, Katz & Bentin, 1987; Katz & Frost, 1992)によれば,語の読みの初期段階にお ける音韻活性化の有無は,それぞれの言語における書字・形態情報と音韻情報との間の対 応関係の性質によって決定されるため,書字・形態-音韻間の対応関係が複雑な漢字語を 読む際には,音韻情報は活性化されないとする仮説を支持するデータも報告されていた(e.g., Chen, Yamauchi, Tamaoka & Vaid, 2007)。その一方で,中国語や漢字熟語を使った研究の中に は,形態深度仮説に反して,語の読みの初期段階に音韻活性化の可能性を示唆するデータ も報告されている(e.g., Chen, Vaid & Wu, 2009; Hino, Kusunose, Lupker & Jared, 2012; Ziegler,.
(3) 2. Tan, Perry & Montant, 2000)。このように,日本語の漢字語の読みにおける音韻活性化の問題 については,一致した見解が得られていない。そのため,本研究ではこの点を第一の目的 として検討した。 さらに,語の意味活性化の経路には,直接経路と音韻媒介経路とが仮定されており,語 彙・意味情報の活性化に関する音韻媒介理論では,音韻媒介経路のみが使用されると仮定 されているのに対して,二重経路理論では,両経路が使用されると仮定されていることに ついて紹介した。 また,二重経路理論には異なる理論が存在し,どちらの処理経路が選択されるかを規定 する要因として異なる要因が仮定されていることを指摘した。形態深度仮説によれば,音 韻媒介経路の使用は,語が持つ書字・形態-音韻間の対応関係の透明性・一貫性が高い場 合に限定される。一方,Jared & Seidenberg (1991)は,語の意味活性化の際の処理経路は,語 の形態親近性の程度に依存すると仮定している。形態親近性が高い語に対しては,直接経 路が有効に機能するが,形態親近性が低い語に対しては,音韻媒介経路が使用されると提 案している。 日本語の漢字熟語を用いた実験では,意味活性化は直接経路のみによるとする形態深度 仮説に一致するデータ(e.g., Chen et al., 2007)や直接経路と音韻媒介経路の両方が機能するが, 直接経路の方がより有効に使用されるとする研究(e.g., Sakuma, Sasanuma, Tatsumi & Masaki, 1998)が存在し,さらに,カタカナ語を使用した研究では,形態深度仮説に反し,カタカナ 語における直接経路の有効性を報告した研究もある(e.g., Hino, Lupker & Taylor, 2012)。この ように,漢字語の意味活性化における音韻情報の役割についても一致した見解が得られて いない。そのため,本研究ではこの点を第二の問題として検討した。. 第 2 章 研究 1)漢字熟語における音韻活性化. 第 2 章では,Chen et al. (2007)の研究を基に,マスクされたプライムを使った語彙判断課.
(4) 3. 題において漢字熟語に対する同音語プライミング効果の観察を通して,漢字熟語における 自動的な音韻情報の活性化の有無について検討した。実験 1 では Chen et al. (2007)の同音語 ペア刺激を用いて,同音語プライミング効果の観察を試みた(N = 30)。さらに,実験 2 では, 楠瀬・中山・日野(2013)のアクセント型を操作した刺激セット(e.g., 放送-包装)を用いて,実 験 1 と同様に同音語プライミング効果の観察を試みた(N = 28)。もし,漢字語の音韻情報が 活性化されるなら,いずれの実験においても同音語プライミング効果が観察されるはずで ある。一方,Chen et al.の主張が正しければ,いずれの実験でも効果は観察されないはずで ある。 実験 1 と 2 の結果,いずれの実験でも有意な同音語プライミング効果が観察された。こ の結果は,漢字語を読む際の初期段階において,音韻情報が自動的に活性化されているこ とを示唆するものであった。さらに,実験 2 では,同音語ペアにおけるアクセント型の異 同を操作したが,同音語プライミング効果の大きさはアクセント型の異同に依存しなかっ た。この結果から,実験 2 で観察された効果は,音素,モーラ,音節などの下位レベルの 音韻情報の共有による効果であることが示唆された。これらの結果は,形態深度仮説から の予測とは矛盾するものであった。. 第 3 章 研究 2)刺激の提示方法と同音語ペアの比率が 同音語プライミング効果に及ぼす影響の検討. 第 2 章の結果から,漢字語における自動的な音韻活性化の存在が示唆された。しかし, Chen et al. (2007)の実験で同音語プライミング効果が観察されなかったことから,彼らの実 験で使用した手続きでは意図的・方略的な処理が介在したことにより,同音語プライミン グ効果が観察されなかった可能性がある。そこで,第 3 章では,第 2 章の実験 1 と 2 で使 用した 2 つの刺激セットを用いた語彙判断課題において,プライムの提示時間,マスク刺 激の有無,および語試行における同音語ペアの比率を操作した 3 つの実験を行った。実験.
(5) 4. 3a・3b では,Chen et al. (2007)と同様のプライムの提示方法を使用した(N = 30)。実験 4a・ 4b では,語試行における同音語ペアの比率を Chen et al.の実験と同様に 25%に設定し,実験 1・2 と同じく,マスク下のプライミング・パラダイムを用いた(N = 30)。実験 5a・5b では, Chen et al.と同様のプライムの提示方法を使って,語試行中の同音語ペアの比率を 25%に設 定した (N = 30)。もし,プライムの提示時間,マスク刺激の有無,語試行中の同音語ペアの 比率のうち,いずれかの要因により意図的・方略的な処理が介在したことで,Chen et al.の 実験では同音語プライミング効果が観察されなかったのなら,いずれかの手続きを用いた 実験において,同音語プライミング効果が観察されないはずである。一方,実験 1 と 2 で 観察された同音語プライミング効果が自動的な音韻情報の活性化によるなら,いずれの実 験においても同音語プライミング効果が観察されるはずである。 実験の結果,いずれの実験においても有意な同音語プライミング効果が観察された。ま た,実験 1-5 のデータ全てを使った分析において,プライム・タイプの主効果は有意だった が,プライム・タイプを含む交互作用はいずれも有意でなかったことから,実験 1-5 におい て観察された同音語プライミング効果の大きさはほぼ同じであった。この結果から,本研 究における同音語プライミング効果の大きさは,自動的な音韻活性化のプロセスにおいて 生じる効果であることが示唆された。また,この結果は,Chen et al.が同音語プライミング 効果の検出に失敗したのは, 第 2 種の過誤であった可能性が高いことを示すものであった。. 第 4 章 研究 3)漢字熟語の読みにおける意味検索経路の検討. 第 4 章では,Hino et al. (2012)が用いた実験手続きを使って,漢字熟語の形態・音韻隣接 語の意味活性化による効果について検討した。漢字は多くの読みを持つため,元の漢字語 と文字を共有するが音は共有しない形態隣接語(e.g., 手製 – 手術)が存在する一方で,文字 は共有しないが音を共有する音韻隣接語(e.g., 手製 – 女性)も存在する。これらの刺激ペア を使用することで,漢字語の形態隣接語の意味活性化による効果と音韻隣接語の意味活性.
(6) 5. 化による効果を独立に観察することが可能である。そこで,これらの効果の観察を通して, 漢字語の意味活性化の際に,直接経路が機能しているのか,音韻媒介経路が機能している のかについて検討し,漢字語の音韻情報が意味活性化に果たす役割について考察した。 実験 6・7 では,同じ低頻度の漢字熟語ターゲット(e.g., 手製)が持つ形態隣接語(e.g., 手術) と音韻隣接語(e.g., 女性)の意味活性化による効果の観察を試みた(実験 6:N = 30,実験 7: N = 30)。その結果,形態隣接語の意味活性化による効果ばかりでなく,音韻隣接語の意味 活性化による効果も観察された。したがって,低頻度漢字語の意味活性化には直接経路と 音韻媒介経路の両方が使用されているものと思われる。 さらに,実験 8 と 9 では,意味活性化経路の選択を決定する要因を検討するため,漢字 語ターゲットの形態親近性を操作した上で,音韻隣接語の意味活性化による効果の検討を 試みた(実験 8:N = 48,実験 9:N = 72)。低頻度ターゲットと高頻度ターゲットをランダム 提示した実験 8 では音韻隣接語の意味活性化による効果は観察されなかったが,高頻度タ ーゲットと低頻度ターゲットをブロック提示した実験 9 では,低頻度ターゲットに対して のみ音韻隣接語の意味活性化による効果が観察された。この結果は,意味活性化経路の選 択は,Jared & Seidenberg (1991)が提案するように,語の形態親近性の程度に依存する可能性 が示唆された。また,実験 8 で,音韻隣接語の意味活性化による効果が観察されなかった ことから,低頻度漢字語の意味活性化の際には,直接経路と音韻媒介経路のどちらを使用 するかは意図的・方略的な制御が可能であることも示唆された。 最後に実験 10 では,出現頻度を操作した形態隣接語の意味活性化による効果の検討を試 みた(N = 44)。その結果,高頻度ターゲットにも低頻度ターゲットにも形態隣接語の意味活 性化による効果が観察された。この結果から,高頻度漢字語の意味活性化では直接経路が 利用されるのに対して,低頻度漢字語の意味活性化の際には,直接経路と音韻媒介経路の 両方が使用されることが示唆された。 このように,第 4 章の実験 6-10 の結果から,漢字語を読む際には,直接経路と音韻媒介 経路の両方が使用され,刺激の形態親近性が低い場合には直接経路と音韻媒介経路の両方.
(7) 6. が機能するのに対して,形態親近性が高い場合には直接経路が優先的に使用されることが 明らかとなった。このように,漢字語の意味活性化は,Jared & Seidenberg (1991) が提案す る二重経路理論による説明が最も妥当性が高いものと思われる。. 第 5 章 本研究のまとめと結論. 本研究のまとめと各章の要約を記述し,本研究の結論を述べた。形態深度仮説に反して 漢字語を読む際には,その初期段階に音韻情報が自動的に活性化されることが明らかとな った。また,低頻度漢字語の意味活性化の際には直接経路と音韻媒介経路の両方が有効に 機能するのに対して,高頻度漢字語の意味活性化の際には,直接経路が優先的に使用され ることも明らかとなった。.
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