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パソコン市場形成期におけるIBMの技術戦略Ver3.doc

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Academic year: 2021

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(1)

パソコン市場形成期 におけるIBM の技術戦略

佐野正博

はじめに . . . 1

1. I B M P C 登 場 以 前 の パソコン市 場. . . 2

( 1 ) 商 業 的 に成 功 した世 界 最 初 の パ ー ソ ナ ル ・コンピュータ - - - M I T S の A l t a i r 8 8 0 0 . . . 2 ( 2 ) 1 9 7 0 年 代 後 半 に お け る米 パソコン市 場 の 急 激 な成 長 . . . 6 ( 3 ) 1 9 8 1 年 当 時 の パソコン市 場 . . . 1 0

2. I B Mの パソコン市 場 参 入 時 の 戦 略 - - - I B Mは パソコン市 場 参 入 の 遅 れ の 不

利 をどのように 克 服 しようとしたのか? . . . 1 1

( 1 ) I B M の パソコン開 発 前 史 - - - I B M における「パソコン」的 製 品 開 発 の 試 み . . . 1 1 ( 2 ) サードパーティの 活 用 とオープン・アーキテクチャ方 式 による短 期 間 での 開 発 . . . 1 2

3. I B M- PC . . . 1 6

4. なぜ I B Mは I B M P Cに8ビットではなく1 6ビットの C P Uを採 用 したのか? . . 1 8

5. なぜ I B Mは 、インテル 製 の 16ビットCPUを採 用 したのか? . . . 2 0

( 1 ) I B M P Cの 開 発 当 時 に存 在 した 複 数 の 1 6 ビットC P U. . . 2 0 ( 2 ) 既 存 ソフト資 源 の 活 用 可 能 性 . . . 2 0 ( 3 ) 先 行 プロジェクトで蓄 積 さ れ た知 識 ・経 験 ・部 品 の 活 用 . . . 2 2 ( 4 ) 高 い浮 動 小 数 点 演 算 能 力 を持 つ 数 値 コプロセッサー8 0 8 7 の 存 在 . . . 2 2

6. なぜ I B Mは 、IB M - PCに 8 0 8 6ではなく、8 0 8 8を採 用 したのか? . . . 2 3

( 1 ) 全 体 的 な製 造 コスト、および、調 達 C P U価 格 の 引 き下 げ . . . 2 3 ( 2 ) 先 行 す る8ビットCPUパソコンとの ハードウェア 的 互 換 性 に基 づく、関 連 周 辺 回 路 の 開 発 期 間 の 短 縮 - - - - 周 辺 回 路 部 品 に関 する先 行 の 歴 史 的 資 産 の 活 用 . . . 2 3 ( 3 ) 同 一 社 内 における 商 品 としての差 異 化 の た め の 、技 術 的 性 能 の スペック・ダ ウ ン . . . 2 4

(2)

はじめに

I B M は1 9 8 1 年 にI B M P C をもってパソコン市 場 に新 規 参 入 し、劇 的 な成 功 を収 めた。そのよう にI B M が成 功 を収 めることができた 原 因 に関 してよく見 られる見 解 の一 つ に、「IB M というブラン ド力 によって 成 功 した」というものがある。その見 解 によれば、「I B M P C は 技 術 的 には 平 凡 なマ シンであったにも関 わらず 、大 型 コンピュータ(メインフレーム)市 場 においてI B M がそれまでに 築 き上 げてきた ブランド力 によって パソコン市 場 で も成 功 した」というの で ある1 確 かに大 型 コンピュータ市 場 で つ ち か わ れ たI B M の ブランド力 が成 功 の度 合 い を大 きくした要 因 の一 つであることは 間 違 いない。しかしながら、ブランド力 のなかった M I T S や A p p l e の成 功 、 ブランド力 の あった H e w l e t t - P a c k a r d や X e r o xの失 敗2などの事 例 が明 確 に示 しているように、 パソコン市 場 における成 功 や 失 敗 の最 も規 定 的 な要 因 は 、ブランド力 ではなく、その技 術 的 競 争 力 や 価 格 競 争 力 、および 、それらの バランス(コスト・パフォーマンス)にある。 実 際 、I B M P C もハードウェア とソフトウェア を組 み 合 わ せ たシステム製 品 としての総 合 的 性 能 という視 点 から見 た場 合 、パソコンとして初 めて1 6 ビットC P U を採 用 した製 品 であるとともに 、そ の16ビットC P U に対 応 したO S や 応 用 ソフトが出 荷 時 から用 意 されていた製 品 であったという意 味 において、そ れ の発 表 当 時 としては総 合 的 な技 術 的 性 能 が高 い マシンであった 。しかも比 較 的 手 頃 な価 格 であったから、コスト・パフォーマンス的 に も優 れ たマシンであった 。 またパソコンという製 品 は 、絶 えざる技 術 革 新 が追 求 され 性 能 向 上 のスピードが速 いという技 術 的 特 徴 を持 っている一 方 で、高 度 な情 報 処 理 機 械 としてその機 器 の操 作 習 熟 に か な りの学 習 コストを要 求 するし、蓄 積 したデジタル 情 報 の継 続 的 活 用 や 操 作 に習 熟 したソフトウェアの継 続 的 利 用 を考 慮 するとパソコンの プラットフォームを変 更 しにくいという特 性 がある。そ の た め、ある パソコン製 品 の技 術 的 性 能 の評 価 に際 しては 、その製 品 のある特 定 時 点 に お け る技 術 的 性 能 と ともに、その製 品 機 種 が属 す るパソコン・アーキテクチュア が技 術 的 プラットフォームとして将 来 的 にどの 程 度 まで 技 術 的 性 能 の 向 上 が期 待 できるのかという視 点 からも技 術 的 評 価 がなされる ことになる。そうした視 点 から言 えば I B M P C は 、1 6 ビットC P U を採 用 したことによって サ ポ ー ト可 能 な主 記 憶 容 量 が8ビットCPUに比 べ て「飛 躍 」的 に増 大 したこと、多 数 の空 きスロットを備 えて お り将 来 的 な機 能 拡 張 の余 地 が大 きいことなど技 術 的 プラットフォームとしての将 来 的 発 展 可 能 性 を考 慮 した技 術 設 計 が最 初 からなされていた、という意 味 で も技 術 的 に優 れ た製 品 であった 。 本 稿 では 、こうした複 合 的 = 総 体 的 視 点 からI B M P C という製 品 に関 わるパソコン 技 術 の技 術 分 析 を行 い、I B M P C がどのような技 術 戦 略 の下 に開 発 されたのかを解 明 す る。そしてそれと同 時 に、I B M P C に関 す る技 術 戦 略 の 分 析 を通 じて、1 9 7 0 年 代 後 半 から1 9 8 0 年 代 初 頭 というパ ソ コン市 場 形 成 期 におけるパソコン関 連 企 業 の 技 術 戦 略 を技 術 形 成 史 的 な視 点 から明 確 にするこ とにしたい。

(3)

1.I B M P C登 場 以 前 の パソコン市場

(1)商 業 的に成功した世界最初 の パーソナル・コンピュータ --- MITSの

Altair8800

1 9 7 5 年 1月 に、" P o p u l a r E l e c t r o n i c s ”という雑 誌 の表 紙 を飾 ったM I T S ( M i c r o I n s t r u m e n t a t i o n a n d T e l e m e t r y S y s t e m s ) のA l t a i r 8 8 0 03は、「商 業 的 に成 功 した世 界 最 初 のパーソナ ル・コンピュータ」と称 される場 合 もあるが、標 準 装 備 では キ ー ボ ー ドもモニター もソフトも付 属 し ないなどその機 能 はまったく不 十 分 なもの であった 。販 売 開 始 当 初 は A l t a i r 8 8 0 0 上 で動 作 す る プログラミング言 語 がそもそも存 在 せ ず (もちろんのことながらアプリケーション・ソフトは 存 在 せ ず )、マシン語 で命 令 を入 力 するしかなかった 。しかも標 準 装 備 では 、パ ネ ル ・スイッチ のオン・ オフ( o n / o f f ) でC P U に 直 接 に命 令 を伝 えるしかなかったのである。 そのようにパソコンという商 品 としての完 成 度 が低 い製 品 であった に も関 わらず 、そしてまたま ったく無 名 の会 社 による通 信 販 売 であったにも関 わらず 、キットで4 3 9 ドル、組 み 立 て済 み 完 成 品 で6 2 1 ドルという低 価 格 に 設 定 できた4こともあり、最 初 の二 、三 週 間 で4 千 人 からの 注 文 が あ っ たと言 われている5。ただしM I T S の生 産 体 制 に 問 題 があったことや 、P r o c e s s o r T e c h n o l o g y の S o lや I M S A I のI M S A I 8 0 8 0 などの 「互 換 」機 が登 場 したことなどもあり、1 9 7 5 年 中 に実 際 に販 売 できたのは 約 5 千 台 に止 まった6。しかしそれでも当 初 の数 百 台 という売 り上 げ見 込 み か ら す れ ば 、 かなりの 商 業 的 成 功 であった 。大 型 コンピュータで あ れ ば 数 百 万 ドル、ミニコンで も数 万 ドルとい う価 格 の時 代 に、性 能 がかなり低 いとは 言 え、ハ ー ド本 体 だ け で あ れ ば 数 百 ドル で個 人 が コンピ ュータを所 有 できるということは マニア たちに大 い に受 けたのである。 しかしA l t a i r 8 8 0 0 がその後 も人 気 を保 ち、1 9 7 6 年 には 増 設 メモリカードなどの周 辺 機 器 や M i c r o s o f t 製 B A S I Cなどの ソフトも含 めたM I T S の売 り上 げ が約 1 3 0 0 万 ドル になるとともに 、A l t a i r シリーズが最 終 的 に約 5万 台 も出 荷 されるほどにまでなったのは 、A l t a i r 8 8 0 0 が単 に低 価 格 で あったためだけではない。 A l t a i r 8 8 0 0 と同 様 な低 価 格 キットとしては、インテル製 C P U 8 0 0 8 を使 用 したS C E L B I - 8 H がS c e l b i ( S C i e n t i f i c , E L e c t r o n i c a n d BI o l o g i c a l ) C o m p u t e r C o n s u l t i n g C o . から1 9 7 4 年 3 月 に5 6 5 ドルで発 売 されている。またその年 の7 月 には 、インテル製 C P U 8 0 0 8 を使 用 したM a r k-8 プロジェクトが『R a d i o E l e c t r o n i c s 』誌 の表 紙 を飾 っている。しかしどちらもあまり売 れなかった 。 M a r k- 8 プロジェクトは 、価 格 5 ドルの組 み 立 て説 明 書 は 約 7 5 0 0 部 売 れ た が 、インテル製 C P U 8 0 0 8 (価 格 1 2 0 ドル)を取 り付 けるための 回 路 基 盤 (価 格 4 7 . 5 ドル)は 約 4 0 0 セットしか売 れ な か っ た7。またS c e l b i C o m p u t e r C o n s u l t i n g C o . はS C E L B I - 8 H の後 継 機 種 としてビジネス市 場 を ターゲットとしたS c e l b i- 8 B を1 9 7 5 年 に販 売 したが200台 しか売 れなかった8 A l t a i r 8 8 0 0 が、それ 以 前 のこうしたマイコン・キットと異 なり、かなりの 成 功 を収 めた背 景 には 、 パ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システムの技 術 的 構 成 へ の対 応 がより優 れ たマ シ ンであったというこ とがある。すなわち以 下 で論 じるように 、A l t a i r 8 8 0 0 が商 業 的 に成 功 した背 景 的 要 因 として、後 のA p p l e I I や I B M P C に も共 通 す る一 群 の 技 術 的 要 素 - - - - 技 術 的 規 格 のオ ー プ ン化 、拡 張 スロットによる機 能 拡 張 可 能 性 、キラーソフトなど - - - - の存 在 があったと考 えることができる。

(4)

パーソナル・コンピュータ・システム の一構成要素 としての Altair8800

パ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システムは 、全 体 的 に見 ると図 1に示 したような 技 術 的 構 成 を持 っ ている。そうしたパ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システムという視 点 から見 れ ば 、A l t a i r 8 8 0 0 という製 品 は、それ 単 体 で独 立 して機 能 す る製 品 では な く、システムの一 部 を構 成 す る要 素 的 製 品 に過 ぎない。A l t a i r 8 8 0 0 という製 品 は 、インテルのマイクロプロセッサー8 0 8 0 に周 辺 回 路 、拡 張 スロ ット、電 源 などを組 み 合 わ せ たハードウェア として、図 1に示 したパ ー ソ ナ ル・コンピュータ・シス テムの技 術 的 構 成 の中 では 真 中 下 部 の網 掛 け部 分 [演 算 処 理 装 置 のハードウェア 部 分 ]に対 応 するものである。 しかしながら「演 算 処 理 装 置 のハ ー ドウェア」は 、そ れ を動 か す た め の「ソフトウェア」の他 に も、 演 算 処 理 の対 象 となるデ ー タを取 り込 む た め の「入 力 装 置 (広 義 )」、および 、演 算 処 理 装 置 に よ る演 算 結 果 としてのデ ー タを出 力 す る「出 力 装 置 」という二 つ の技 術 的 構 成 要 素と結 合 すること で初 めてその本 来 的 機 能 を現 実 的 に果 たすことができる。 プログラムによる情 報 処 理 を快 適 かつ 効 率 的 に実 現 するためには 、「外 部 記 憶 装 置 」や 「増 設 メモリ」などの 技 術 的 要 素 も必 要 とするし、さらにまたさらに 進 んで、ある特 定 の目 的 や 処 理 のた めだけでなく、様 々 な目 的 や 処 理 に利 用 可 能 とするためには 、様 々 な種 類 の「入 力 装 置 」・「出 力 装 置 」・「外 部 記 憶 装 置 」などと結 合 可 能 なようにするためのハードウェア 的 仕 掛 け を必 要 とす る。そうしたハードウェア的 仕 掛 け がA l t a i r 8 8 0 0 における拡 張 スロットおよび バ ス規 格 S - 1 0 0 で あった 。 したがって A l t a i r 8 8 0 0 という商 品 を購 入 した消 費 者 が コンピュータとしての本 来 的 機 能 を利 用 しようとすれば、必 然 的 にパ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システムの他 の要 素 - - - 「入 力 装 置 」「出 力 装 置 」「ソフトウェア」「インターフェース・ボ ー ド(インターフェース・カ ー ド)」「外 部 記 憶 装 置 」 図 1 パ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システム

入力装置

文 字 入 力 装 置 キ ー ボ ー ド 画 像 入 力 装 置 イメージ・ス キ ャ ナ ー デジタル ・カメラ デジタル ・ビ デ オ・カメラ

出力装置

演算処理装置

ハ ー ド ウ ェ ア C P U 、制 御 チップ 、 R A M 、R O M マ ザ ー ボ ー ド ソ フ ト ウ ェ ア アプリケーションソフト、 O S 、開 発 言 語 表 示 装 置 L E D C R T 液 晶 ディスプレイ 制 御 装 置 印 刷 装 置 テレタイプ 、プリンタ ープロッター ネ ッ ト ワ ー ク 接 続 装 置 インターフェース インターフェース ンターフェース ネ ッ ト ワ ー ク 接 続 装 置 計 測 装 置 ポ イ ン テ ィ ン グ 装置 マウス 外 部 記 憶 装 置 紙 テ ー プ 装 置 F D D , M O ドライブ

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に対 応 す る製 品 を同 時 に購 入 せざるを得 なかった 。そ うしてはじめて、製 品 としてのパ ー ソ ナ ル・ コンピュータ・システムを完 成 させることができ、実 際 に有 用 なマシンとして利 用 可 能 になったの である。 パ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システムを構 成 す る中 核 的 ハードウェア 部 分 であるA l t a i r 8 8 0 0など を、本 論 文 中 で も一 般 的 慣 用 にならって パ ー ソ ナ ル・コンピュータと呼 んでいるが 、これは誤 解 を 招 きやすい表 現 である。確 かにA l t a i r 8 8 0 0 という製 品 は 、パ ー ソ ナ ル・コンピュータ・システムを 構 成 す る中 核 的 ハードウェア ではあるが 、そ れ だ け で は パ ー ソ ナ ル・コンピュータとしての機 能 を 何 ら果 たすことができない不 完 全 な製 品 である。 また「演 算 処 理 装 置 としてのコンピュータ」は 、ハ ー ドウェアとソフトウェアの二 つによって 構 成 されている。ハードウェア を効 率 的 に利 用 するためには 、ハードウェア と対 をなす ソフトウェアが 相 対 的 に独 立 した存 在 として存 在 す る必 要 があった 。 標 準 装 備 の初 期 A l t a i r 8 8 0 0 のように 、ユ ー ザ ー がパ ネ ル・スイッチ のo n / o f f によって マシン語 でプログラム をそのつど手 動 で入 力 するのではその用 途 は 限 定 されたものとなり、一 部 の熱 狂 的 なマニア 層 を越 えて広 く使 えるようにはならない。パソコンが広 く普 及 するためには 、紙 テ ー プな り、フロッピー・ディスクなりで 、事 前 にあらかじめ 作 成 されたプ ログラムを「自 動 」的 に読 み 込 む こ とができるようになっている必 要 があった 。また、ソフトウェアが紙 テ ー プ や フロッピー ・ディスクな どといった 物 理 的 媒 体 (外 部 記 憶 )として相 対 的 に独 立 した存 在 となることによって 初 めて、ソフ トウェア開 発 に関 す る歴 史 的 蓄 積 とそれに基 づ く発 展 、および 、ソフトウェアの販 売 ・流 通 が可 能 となったのである。 A l t a i r 8 8 0 0 がパ ー ソ ナ ル・コンピュータの先 駆 的 存 在 として商 業 的 に成 功 した技 術 的 要 因 と しては、「初 期 のパソコンがハードウェア としてはまだまだ 未 成 熟 なものでありさまざまな オプショ ンによる機 能 拡 張 によって 初 めて使 いものになるようなものであった 」ということ、「システムとして のパソコンは 様 々 な目 的 や 用 途 に使 用 可 能 な汎 用 的 機 械 であるが 、多 くの人 々 は あ る特 定 の 目 的 に限 定 して使 うのであるから、ハードウェア としてのパソコンそれ 自 体 は 最 低 限 の機 能 さえ保 持 していればよく、後 は 拡 張 スロットなどによって 将 来 的 な機 能 拡 張 が可 能 な構 造 になっていれ ばよい 」ということ、「パソコン関 連 技 術 のように激 しい技 術 革 新 が絶 えず 生 じている分 野 では 、 パソコンの技 術 的 評 価 に際 して、標 準 装 備 による現 在 の性 能 とともに、技 術 革 新 によって 近 い将 来 に期 待 される周 辺 機 器 の機 能 向 上 や 価 格 低 下 によるメリットをどの程 度 まで享 受 できるのかと い う潜 在 的 性 能 も含 めて評 価 す る必 要 がある」ということ、「システムとしてのパソコンは ソフトウェ アとハードウェア という二 つ の技 術 的 要 素 から構 成 されるものであり、ソフトウェアが な け れ ば ハ ードウェア は 機 能 しない。しかしハンダゴテ などを使 いながらハードウェア を組 み 立 てることので きる能 力 とソフトウェア を作 る能 力 をともに兼 ね 備 えた人 間 の数 はごく少 数 に限 ら れ る。そ の た め、 キット的 性 格 を有 したA l t a i r 8 8 0 0 のようなパソコンに関 しては 利 用 可 能 なソフトウェアの有 無 が極 めて重 要 である」ということなどが挙 げ ら れ る。

公開標準規格 に基 づく多 数の 拡張スロット----高 いハードウェア 的 機 能 拡 張 性

標 準 装 備 のA l t a i r 8 8 0 0 は 極 めて貧 弱 な機 能 しか有 してはいないが、拡 張 スロットに様 々 な拡 張 カ ー ドを指 す ことで機 能 拡 張 ができた 。この点 でA l t a i r 8 8 0 0 は そ れ 以 前 のマイコン・キットとは

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初 期 のA l t a i r 8 8 0 0 は 図 1のように、標 準 では 4 本 の拡 張 スロットしか装 備 してはいなかったが、 ケ ー ブ ル接 続 でさらに 何 本 か の拡 張 スロットを増 設 できるようになっていた。また1 9 7 6 年 1 0 月 の A l t a i r 8 8 0 0 a 以 降 の機 種 は 標 準 で1 8 本 もの拡 張 スロットを備 えるようになった9 A l t a i r 8 8 0 0 は 高 度 なマニア 向 けとして、最 初 の設 計 段 階 から拡 張 カ ー ドによる機 能 拡 張 や 性 能 向 上 が 可 能 なように 設 計 されていた のである。 例 えば 、I E E E C o m p u t e r S o c i e t yが発 行 して いる『C o m p u t e r 』誌 の1975年 2月 号 に 掲 載 さ れ たM I T S の広 告1 0では 、「手 頃 な価 格 のコンピ ュータの時 代 ( t h e a g e o f t h e a f f o r d a b l e c o m p u t e r )」というタイトル の下 に、拡 張 カ ー ドを利 用 して接 続 できる周 辺 機 器 として、「フロッピー ・ ディスク・システム」、「C R T」、「浮 動 小 数 点 演 算 用 コプロセッサー」、「[割 り込 み を要 求 してい る入 力 装 置 を識 別 す る た め の]ベクトル 化 された 割 り込 み 制 御 装 置 」、「P R O M ( P r o g r a m m a b l e R e a d O n l y M e m o r y ) 」、 「 D M A (D i r e c t M e m o r y A c c e s s )制 御 装 置 」 などを同 社 で 現 在 開 発 中 である、と記 されている。 なお 、拡 張 スロットのコネクタのピン数 が1 0 0 本 であったことから、この拡 張 スロットのバ ス規 格 はS - 1 0 0 という名 称 で呼 ば れ て い た 。A l t a i r 8 8 0 0 のヒットの後 に登 場 したマ シ ンの多 くがこうした S - 1 0 0 規 格 の拡 張 スロットを装 備 したことから、このバ ス規 格 は デファクト・スタンダードとなり、さ らに最 終 的 には I E E E が定 める正 式 の規 格 ( I E E E 6 9 6 ) として追 加 認 定 された。 パソコン分 野 のように 技 術 革 新 が激 しく進 む 分 野 では 、公 開 された規 格 に基 づ く拡 張 スロット によるこうした機 能 拡 張 性 の確 保 は 極 めて重 要 であった 。それにより個 人 が購 入 したパーソナ ル・コンピュータの性 能 向 上 や 機 能 拡 張 が可 能 になるとともに 、S - 1 0 0 バ ス規 格 に基 づ く様 々 な 拡 張 カ ー ドや 周 辺 機 器 が、M I T S だ け で な く数 多 くの サードパーティから発 売 され るようになった 。 公 開 された安 定 的 規 格 に基 づ く将 来 的 な機 能 拡 張 可 能 性 の存 在 によって 、将 来 的 な技 術 革 新 を育 み 受 けとめるハードウェア 的 プラットフォームとしてのA l t a i r 8 8 0 0 が多 くの人 々 に受 け 入 れ ら れたのである。

利 用 可 能な既 成 ソフトウェアの 存 在、および、紙 テープという外 部 記 憶 装 置 によるソフト

ウェアの 普 及 - - - ハードウェア のマニア VS ソフトウェアの マニア

A l t a i r 8 8 0 0 の技 術 的 優 位 性 の一 つ には 、B A S I C というプログラミング言 語 が 動 いたということ がある。ただしA l t a i r 8 8 0 0 は 標 準 ではたったの2 5 6 バイト(2 5 6 キロバイトではない! )のR A Mし か搭 載 されていなかったので、B A S I C を動 か す に は メモリ増 設 が必 要 であった 。しかも最 初 は R A M 価 格 が高 かったこともあり、その増 設 用 のメモリの大 きさもたった の4 K B と限 定 されたものであ った。 P a u l A l l e n と B i l l G a t e s は 1 9 7 4 年 1 2 月 から4 K B のメイン・メモリのA l t a i r 8 8 0 0 で動 作 するよ 図 2 A l t a i r 8 8 0 0 の内 部 の写 真 [出典]” C o m p u t e r C l o s e t C o l l e c t i o n ” h t t p : / / w w w . g e o c i t i e s . c o m / ~ c o m p c l o s e t / M I T S _ A l t a i r _ 8 8 0 0 _ 3 4 I n t e r i o r . j p g

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うに B A S I C 言 語 をうまくスケールダウン して移 植 す る作 業 に 取 りか かるにあたって A l t a i r 8 8 0 0 の 実 機 を入 手 することができなかったので、G a t e s が そ の 当 時 在 籍 していたハ ー バ ー ド大 学 のコン ピュータ・センター にあった D E C のミニコンP D P - 1 0 上 で8 0 8 0 をエミュレートし、約 8週 間 後 の1 9 7 5 年2 月 には ひとまず 完 成 させた。2 月 下 旬 には A l l e n がア ル バ カ ー キにあった M I T S でデ モに 成 功 した。その後 、A l l e n は 勤 めていたH o n e y w e l l をやめ、M I T S のソフトウェア 部 長 になった (も っともソフトウェア部 門 には A l l e n 一 人 しかいなかった)。 1 9 7 5 年7 月 2 2 日 には 8 0 8 0 用 B A S I C に関 してM I T S と正 式 に契 約 をおこなった 。その契 約 内 容 は、B A S I C のライセンス供 与 にともなう使 用 料 として3 , 0 0 0 ドル を受 け取 るとともに 、M I T S によっ てライセンスされるB A S I C 1本 ごとに 規 定 の金 額 (4 K B メモリ用 バ ー ジ ョン1本 に つ き3 0 ドル、8 K B メモリ用 バ ー ジ ョン1本 に つ き3 5 ドル、1 2 K B メモリや 1 6 K B メモリなどの マシン用 の拡 張 バ ー ジ ョ ン1 本 に つ き6 0 ドル)を受 け取 るというものであった1 1 A l t a i r 8 8 0 0 でプログラミングを可 能 とするB A S I C 言 語 は、その当 時 の一 般 的 な外 部 記 憶 装 置 である紙 テ ー プ を通 じて数 多 くのマニア たちの間 に瞬 く間 に広 まり、マイクロプロセッサー を使 っ たコンピュータに お け る事 実 上 の標 準 的 なプログラミング言 語 となった 。そ うした普 及 の 背 景 には 、 M i c r o s o f t のB A S I C がマニア の間 で大 量 に「不 正 」コピー された1 2ことがあった 。多 くの人 々 の間 でコピー が広 まることで 、1 9 7 0 年 代 末 から1 9 8 0 年 代 初 頭 に か け て の時 期 に M i c r o s o f t のB A S I C がプログラム開 発 言 語 としてデファクト・スタンダードとなったのである1 3 なお 1 9 7 5 年 後 半 には 、フロッピー ・ディスク版 のB A S I C(D i s k B A S I C)が開 発 された。フロ ッピー・ディスクのサ ポ ー トという機 能 拡 張 により、それ 以 前 の紙 テ ー プ に記 録 され たプログラム を読 み 込 む 方 式 よりも大 量 のデ ー タをより素 早 く読 み 書 きできるようになった 。

(2)1970年代後半における米パソコン市場 の急 激な成長

1 9 7 0 年 代 中 頃における米パソコン市場 の規 模 と将 来 的 成 長 性 に対 する見 通 し

M I T S のA l t a i r 8 8 0 0 が1 年 間 に1 0 0 万 ドル の売 り上 げ を記 録 するなどかなり売 れたとは 言 っても、 1 9 7 0 年 代 中 頃 のパソコン市 場 は I B M のような極 めて大 きな会 社 から見 れ ば 、相 対 的 には かなり マイナーな市 場 でしかなかった 。I B M の1 9 7 5 年 の総 収 入 は 約 1 4 4 億 ドル、純 益 でさえ 約 2 0 億 ド ル1 4という巨 大 な規 模 であったから、I B M にとって 1 9 7 5 年 当 時 のパソコン市 場 はまったく小 さな 市 場 にしか 過 ぎなかった 。 しかも1 9 7 0 年 代 中 頃 の時 点 では パソコン市 場 が現 在 のように 大 きくなるとは 、歴 史 上 最 初 のマ イクロプロセッサー4 0 0 4 を開 発 したI n t e l の共 同 設 立 者 であり最 高 経 営 幹 部 でもあった G . E . M o o r e も予 測 してはいなかった 。実 際 、1 9 7 5 年 にT e d H o f f , J u s t i n R a t t n e r , S t a n M a z o r , T e r r y O p d e n d y k といった 4人 のI n t e l の有 力 な技 術 者 たちが M o o r e に対 して8 0 8 0 を利 用 したパソコン の提 案 をおこなったにも関 わらず 、M o o r eは そ の 提 案 を採 用 しなかった1 5。M o o r eは その時 のこ とを回 想 して、「In t e l は 、開 発 したMPU の普 及 に も力 を入 れ た。電 卓 用 からエレベーター や 信 号 の制 御 用 として需 要 は 拡 大 していたが、さらに有 望 な用 途 を探 していた。七 〇 年 代 半 ばだった か、今 で言 うパソコン向 けとして使 えるのではというアイデアを、ある社 員 が持 ってきたこともあっ た」のであるが 、「このころ、す で に簡 単 なホームコンピューター が出 回 り始 めていたが、パソコン 時 代 の到 来 など思 い も寄 らなかった 」1 6のでその 提 案 を却 下 した、と述 べ て い る。

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米 パソコン市 場の 中 心 的 性 格の 変化

- - - - 「 ハ ー ド 中 心 の ブ ー ム 」 か ら 、 「 ハ ー ド と ソ フ ト の 協 調 に よ る ブ ー ム 」 へ M o o r eは 上 記 のように 語 ってはいるが 、後 知 恵 的 に言 えば 、A l t a i r 8 8 0 0 の登 場 を契 機 とした1 9 7 0 年 代 後 半 以 降 のパ ー ソ ナ ル・コンピュータ・ブ ー ムは 、マニア を中 心 とした「商 業 」的 成 功 と は 言 え、それ 以 前 のマイコン・キット・ブ ー ムとは 性 格 的 に質 を異 に す る点 があった 。それ は 、そ れ 以 前 のP C ブ ー ムが「ハ ー ド中 心 のブ ー ム」に過 ぎなかったのに対 して、今 度 のパ ー ソ ナ ル・コ ンピュータ・ブ ー ムは C P U の性 能 向 上 とメモリの相 対 的 な価 格 低 下 、M i c r o s o f t によるC P U 8 0 8 0 上 へ のプログラミング言 語 B A S I C の移 植 などを背 景 として「ハ ー ドとソフトの協 調 によるブ ー ム」 へ と性 格 を変 えていたということである。 そして 1 9 7 0 年 代 後 半 になり、B A S I C などの プログラミング言 語 だけでなく、C P / Mといった 標 準 的 O S の登 場 、および 、そのOS上 で動 くV i s i C a l c など高 い人 気 を博 すことになるビジネス用 ア プリケーション・ソフトの登 場 によって 、パ ー ソ ナ ル・コンピュータ・ブ ー ムの技 術 的 性 格 の変 化 は 決 定 的 なものとなった 。O S や アプリケーション・ソフトの登 場 により、一 握 りの先 進 的 マニア だけ でなく、パソコンの使 用 そのものが目 的 ではなく仕 事 の効 率 化 や 高 度 化 目 的 としている普 通 の 人 々 でも様 々 な作 業 でパソコン を次 第 に利 用 できるようになった 。すなわち、V i s i C a l c マシンと してのA p p l e I I へ のビジネスマンの人 気 に見 られるように、1 9 7 0 年 代 後 半 からパソコンは 単 なる 「マニア の趣 味 のための機 械 」から「ビジネス用 マシン」へとその性 格 を変 え始 めたのである。人 気 を博 したアプリケーション・ソフトとしては、V i s i C a l c 以 外 に も、ワープロソフトのW o r d S t a r が1 978 年 に、データベースソフトのd B a s e I I が1 9 8 1 年 に出 荷 されている。 こうして1 9 8 1 年 には 、米 国 で出 荷 されたパソコンの内 で、家 庭 用 と教 育 用 がともに 約 10% を 占 めるに 過 ぎず 、残 りの約 80% がビジネス用 で あったと推 定 される1 7ほどにまでなったのである。 こうして1 9 8 1 年 頃 には 、MITS のA l t a i r 8 8 0 0 の初 期 およびその前 後 のマニア を対 象 とした「マイ コン・キットの時 代 」は 終 わりを告 げ、多 くの人 々 にビジネス用 の商 品 としてパソコン が認 知 される ようになっていた。

A p p l e の A p p l e I I、C o m m o d o r e の PET 、T a n d y の T R S - 8 0 の 成 功

パソコンのこうした性 格 変 化 を背 景 として、アメリカの P C 市 場 は 1 9 7 0 年 代 後 半 に大 きな飛 躍 を 遂 げることになった 。1 9 7 7 年 には 、A p p l e のA p p l e I I ( 1 97 7 . 4 ) 、 C o m m o d o r e のP E T 2 0 0 11 8( P e r s o n a l E l e c t r o n ic T r a n s a c t o r , 1 9 7 7 .7 ) 、T a n d yのT R S- 8 0 M o d e l I1 9( T a n d y- R a d i o S h a c k Z - 8 0 C o m p u t e r , 1 9 7 7 . 8 ) が発 売 され た。 これらの マシンのヒットにより、パソコン市 場 はさらに 拡 大 し、1 9 7 7 年 には 1年 間 に4 万 8 0 0 0 台 が出 荷 された、と推 定 されている。パソコン市 場 の 拡 大 は 1 9 7 0 年 代 後 半 にさらに 進 み 、1 9 7 9 年 に1 8 万 台 、1 9 8 0 年 に2 9 万 台、1 9 8 1 年 に7 0 万 台 というように 急 激 な拡 張 の一 途 をたどった。

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A p p l e I I が ビジネス向 け市 場 で成 功 をおさめた技 術 的 要 因 - - - 高 度 の 拡 張 可 能 性 、オープン・アーキテクチュア 、 F D D のサ ポ ー ト、表 計 算ソフトV i s i C a l c- - - 次 に、これら3機 種 の内 でビジネスマン向 けに 特 に好 評 であった A p p l e I I に焦 点 を当 てながら、 なぜ A p p l e I I が他 機 種 の2倍 以 上 の価 格 であった にも関 わらず ビジネスマン向 け に好 評 を博 したの かということについてそのマシンの技 術 的 構 成 の 視 点 から分 析 していくことにしたい。(A p p l e I I が人 気 を博 していたことは 、I B M P C の開 発 プロジェク ト・チ ー ムのリーダー であった P . D . E s t r i d g e が、自 宅 にA p p l e I I を持 ち、遊 び 道 具 として使 っていたと い うエピソード2 0に象 徴 的 に示 されている。) A p p l e I I の販 売 台 数 は 、1 9 7 8 年 会 計 年 度 ( 1 9 7 7 年 1 0 月 ∼ 1 9 7 8 年 9 月 ) に7 6 0 0 台 、1 9 7 9 年 会 計 年 度 ( 1 9 7 8 年1 0 月 ∼ 1 9 7 9 年9 月 ) に3 5 , 1 0 0 台 、1 9 8 0 年 会 計 年 度 ( 1 9 7 9 年 1 0 月 ∼ 1 9 8 0 年 9 月 ) に7 8 , 1 0 0 台 、1 9 8 1 年 会 計 年 度 ( 1 9 8 0 年 1 0 月 ∼ 1 9 8 1 年 9 月 ) に1 8 万 台 近 くと順 調 な伸 び を示 し2 1、1 9 8 1 年8 月 には 累 計 販 売 台 数 が3 0 万 台 を超 えるまでになった。 その結 果 としてA p p l e の年 間 売 上 高 も、会 社 発 足 時 の1 9 7 7 年 の8 8 万 ドルから順 調 に増 大 し、 1 9 9 9 年 には 4 , 8 0 0 万 ドルに、そして 1 9 8 0 年 には 約 1 . 4 億 ドル にまで 急 成 長 した。さらに1 9 8 2 年 には パ ー ソ ナ ル・コンピュータのメーカー として年 間 売 上 高 1 0 億 ドル を初 めて超 える業 績 を挙 げ ている。 A p p l e I I のこうしたヒットに寄 与 した技 術 的 要 素 は い くつかあるが 、A l t a i r 8 8 0 0 と共 通 す る点 と しては、① 「拡 張 スロットが8個 もあったというほどの拡 張 性 の高 さ」や 、② 「オープン・アーキテク チュア であったこと」などがある。 ただしA p p l e I I の拡 張 スロットの数 に関 して開 発 の段 階 では 、S t e v e W o z n i a kが「コンピュータ 本 来 の多 目 的 性 の確 保 のために数 多 くの拡 張 スロットを備 えるべきだ 」と主 張 したのに対 して、S t e v e J o b sが「拡 張 スロットは プリンター とモ デ ムのための2 本 だけでよい 」と主 張 し、争 い に な っ たと言 われている2 2 しかしながら結 果 として8 本 の拡 張 スロットを備 えたことにより、A p p l e I I は 競 合 機 種 よりも技 術 的 に絶 対 的 な優 位 性 を持 つことができた 。T R S- 8 0 や P E T は A p p l e I I のような機 能 拡 張 性 を持 っ ていなかったため2 3、内 蔵 メイン・メモリを拡 張 することができず 、表 計 算 ソフトV i s i C a l c を利 用 す ることができなかったのである2 4。後 述 するようにこのことは A p p l e I I にとって極 めて重 要 なことで あった 。 また、Z i l o gのZ 8 0 という8 0 8 0 互 換 C P U を用 いたM i c r o s o f t 製 の拡 張 カ ー ドを差 すことで 、A p p l e I I 本 来 のC P U 6 5 0 2 に代 わって Z 8 0 が動 作 するように な り、その当 時 の8ビットC P U パソコンに お け るデファクト・スタンダードのO S であった C P / M 8 0 をA p p l e I I で動 作 させ 、8 0 8 0 系 C P U を搭 載 したS - 1 0 0 マシン上 で動 いていた様 々 なアプリケーション ・ソフトをA p p l e I I 上 で動 かすことが できたのも、A p p l e I I のこうした拡 張 性 の高 さによるものであった 。 0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000 140,000 160,000 180,000 200,000 1978 1979 1980 1981 図 3 A p p l e I I の販 売 台 数

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A p p l e I I がそのアーキテクチュア をオ ー プ ンにしたのは 、C P U としてM O S T e c h n o l o g y の6 5 0 2 を使 っていたことも関 係 している。このCPUは 当 時 の 主 流 のC P U 8 0 8 0 とは 互 換 性 のない C P U であった 。そ の た め8 0 8 0 用 に開 発 されたソフトウェアはそのままでは 動 かなかった 。それゆえCP Uとして8 0 8 0 を使 用 しているマシンに対 抗 して、A p p l e I I 上 で動 くソフトウェア をより多 く確 保 す る ためには 、ソフトを開 発 しやすいようにそのアーキテクチュア をオ ー プ ン に す る必 要 があったので ある。 A p p l e I I が他 のマシンと技 術 的 に差 別 化 を図 ることができ、パソコン として独 自 の技 術 的 発 展 をたどることができた 技 術 的 背 景 には 、A p p l e I I が他 のマシンと異 な り、① 「フロッピー・ディスク・ ドライブ を低 価 格 で提 供 できた 」ということや 、② 「表 計 算 ソフトV i s i C a l c がしばらくの 間 A p p l e I I 上 でしか 動 かなかった 」という独 自 の技 術 的 要 素 を有 していたということがある。 A p p l e I I も、もちろん発 売 開 始 当 初 は カセットテープを利 用 するしかなかったが、カセットテー プによるプログラムや ファイルの 読 み 込 み や 書 き込 み の速 度 は 極 めて遅 かった 。フロッピー ・デ ィ スク・ドライブは カセットテープと比 べてかなり速 かったので、1 9 7 8 年 7 月 には フロッピー ・ディス ク・ドライブが5 9 5 ドル[ 発 売 前 に予 約 していた場 合 は 4 9 5 ドル] で 発 売 された。 フロッピー・ディスク・ドライブの サ ポ ー トを主 張 したのは 、当 時 A p p l e の会 長 であった M i k e M a r k u l a である。M a r k u l a は 彼 自 身 、カセットテープがあまりにも遅 す ぎるので 困 っていた。彼 は 小 切 手 帳 の管 理 用 に お 気 に 入 りのプログラムを持 っていたが、プログラム を読 み 込 む だけで 2分 間 、 そして チェックす べ きファイル を読 み 込 むのにさらに 2分 間 もかかった2 5。M a r k u l a は 、I n t e l で主 に財 務 関 係 の 仕 事 をしていた関 係 から、「会 計 処 理 をおこな った結 果 の財 務 デ ー タを[カセット テ ー プではなく]フロッピー ・ディスクに保 存 できれば、A p p l e I I を中 小 企 業 のオ ー ナ ー たちに 売 ることができる」と考 えたのである2 6 ただし、フロッピー・ディスクドライブを内 蔵 したパソコンそれ 自 体 は 、す で に1 9 7 5 年 にI M S A s s o c i a t e s , I n cからI M S A I 8 0 8 0 として発 売 されてお り、A p p l e I I が最 初 だったわけではない。A l t a i r 8 8 0 0 の互 換 機 であるI M S A I 8 0 8 0 ( 1 9 7 5 ) は 2基 の8インチ ・フロッピー・ディスク・ドライブ をす でに内 蔵 していた。I M S A I 8 0 8 0 も好 評 を博 し、1 9 7 5 年1 2 月 の発 売 開 始 から1 9 7 9 年 9月 までの 間 に総 計 で約 1万 7千 台 を越 える販 売 台 数 があったと言 われている2 7が、A p p l e I I ほどヒットした わけではなかった 。 A p p l e I I とI M S A I 8 0 8 0 のこうした差 異 をもたらした決 定 的 要 因 はそれらの マシン上 でどのような アプリケーション ・ソフトが動 いたのかということである。他 の マシンに対 す るA p p l e I I の強 み は 、V i s i C a l c という世 界 最 初 の表 計 算 ソフトが発 売 後 最 初 の1年 間 は A p p l e I I 上 でしか 動 かなかったこ とにある。前 述 したように 、A p p l e I I の競 合 機 種 であるT a n d y のT R S- 8 0 や C o m m o d o r e のP E T は、その機 能 拡 張 性 に関 す る制 限 のために、V i s i C a l c を動 か す の十 分 なメモリを装 備 できな か った のである。 J o b sは 、V i s i C a l c という表 計 算 ソフトの 登 場 が「A p p l e IIにとって最 大 の出 来 事 だったと思 い ます 」2 8と語 っている。実 際 、その当 時 、1 5 0 ドル程 度 の価 格 のV i s i C a l c というソフトを使 い た い がために、その1 0 倍 以 上 の価 格 のA p p l e I I を買 っていった ビジネスマンが 何 千 人 もいた、と言 わ れている。そうしたことからA p p l e I Iは 、V i s i C a l c マシンと呼 ばれることもあったほどである。W o z n i a kによれば、V i s i C a l c が 登 場 して以 後 、A p p l e I I の売 り上 げ の9 0 % がス モ ー ル・ビジネス向 け のもの になり、A p p l e I I がもともとターゲットとしていたh o m e h o b b y市 場 向 けはたったの1 0 % に 過 ぎなくなってしまっていた2 9

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(3)1981年当時 のパソコン市場

1 9 8 1 年 当 時 の米 国パソコン市場・・・出 荷 台 数 70 万 台 、売上金額 10 億 ドル

C o m m o d o r e がP E T の後 継 機 種 として1 9 8 1 年 1 月 に発 表 したT h e C o m m o d o r e V I C - 2 0 は 、3 0 0 ドルで カラーグラフィックス が取 り扱 えるパソコンとして人 気 を博 し、最 盛 時 には 一 日 に9 , 0 0 0 台 の生 産 を記 録 するなどヒットし、最 終 的 に100万 台 の販 売 台 数 を記 録 した最 初 のパソコンとな った。そして 1 9 8 2 年 にはその総 販 売 額 が3 億 5 百 万 ドルに まで達 した。 アメリカでは 1 9 8 1 年 に1 9 8 0 年 より3倍 も多 い7 0 万 台 のパソコン が出 荷 され 、売 り上 げが10億 ド ル以 上 に達 したと推 定 され て い る3 0。また市 場 シェア は、T a n d yが約 3 5 % 、A p p l e が3 0 % 強 、Co

m m o d o r e が2 0 % 、A t a r i が5 % 前 後 、N E C とシャープの両 社 合 計 で約 5 % と推 定 され ている。 1 9 8 1 年 における世 界 の パソコン市 場 の 推 定 シェア - - - A p p l e が トップ 1 9 8 1 年 における世 界 のパソコン市 場 の推 定 シェア は 、 下 表 のように 、米 パソコン市 場 とは 順 位 が異 なり、A p p l e がトップで2 3 % のシェア 、次 いでT a n d y , C o m m o d o r e の順 になっていた3 1。日 本 のパソコン市 場 は 、アメリカの数 分 の一 の規 模 であったが1 9 7 9 年 度 頃 より徐 々 に立 ち上 がりは じめ、1 9 8 1 年 には N E C のP C 8 0 0 1シリーズが大 ヒットしたこともあり、日 本 のパソコンメーカーN E C が世 界 市 場 に お い て もI B M よりも上 位 のベスト5に入 っている。 図 4 1 9 8 1 年 の世 界 のパソコン 市 場 シェア ( 推 定 値 ) 会 社 名 シェア A p p l e 2 3 % T a n d y 1 6 % C o m m o d o r e 1 0 % N E C 7 % H e w l e t t - P a c k a r d 6 % その他 3 8 %

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2.I B Mの パ ソコン市 場 参 入 時 の 戦略 - - - I B Mは パソコン市場

参入の遅れの不 利 をどのように 克服 しようとしたのか?

(1)I B Mの パソコン開発前史 --- IBM における「パソコン」的製品開発の

試 み

パソコン市 場 は 上 記 に見 てきたよう に1 9 7 0 年 代 後 半 期 に急 激 に成 長 を 遂 げた。I B M のパソコン 市 場 へ の参 入 は1 9 8 1 年 のI B M P C によって 行 わ れたのであるが 、それまで I B M は パ ソ コン開 発 に関 連 してまったく手 を打 た なかったわけではない。1 9 8 1 年 のI B M P C 以 前 に も「パソコン」的 な製 品 開 発 の試 み は す で に何 度 か実 施 さ れていた。 例 えば、G e n e r a l S y s t e m s D i v i s i o n ( G S D ) が担 当 した1 9 7 3 年 のS C A M P ( S p e c i a l C o m p u t e r , A P L M a c h i n e P o r t a b l e ) プロジェクトでは 、 約 半 年 間 でプロトタイプの 開 発 にこぎつけている。そ のプロトタイプのマシンでは 、APL( A c o m p u t e r P r o g r a m m i n g L a n g u a g e ) というインター プ リター 型 (対 話 型 )のプログラミング言 語 が 動 いた。 このプロジェクトの成 果 に基 づいてさらに 開 発 が進 められ 、1 9 7 5 年 9 月 には 、I B M 5 1 0 0 P o r t a b l e C o m p u t e r が発 表 された。そのマシンは 、P A L M ( P u t A l l L o g i c i n M i c r o c o d e ) と呼 ば れ るI B M 製 のC P U を搭 載 するとともに 、A P L および B A S I C という二 つ のプログラミング言 語 を利 用 できた 。当 時 は そ れ と同 等 の能 力 を持 つ コンピュータの重 量 が 約 5 0 0 k g もあったことから、この マシンの名 称 には P o r t a b l e という単 語 が使 われてはいるが 、その重 量 は 約 2 3 k g もあり、現 代 的 な基 準 では P o r t a b l e とはとても言 えるものではなかった 。 またその販 売 価 格 は 表 1に示 したように 、搭 載 メモリ量 ( 1 6 K , 3 2 K , 4 8 K , 6 4 K ) および 搭 載 言 語 に よって異 なるが 、$ 8 , 9 7 5 ∼$ 1 9 , 9 7 5 というミニコンレベルまたはそ れ に近 い価 格 帯 であった 。こうし た意 味 において、I B M 5 1 0 0 P o r t a b l e C o m p u t e rは 一 般 的 な意 味 においてパソコンと呼 べるもの ではなかった 。 I B M 5 1 0 0 シリーズは そ の 後 、I B M 5 1 1 0 ( 1 9 7 8 年 1月 発 表 、2月 出 荷 開 始 )3 2、I B M 5 1 2 0 ( 1 9 8 0 表 1 I B M 5 1 0 0 P o r t a b l e C o m p u t e r の 価 格 表 搭 載 メモリ量 B A S I C 言 語 のみ 搭 載 A P L 言 語 のみ 搭 載 両 言 語 搭 載 1 6 K B $ 8 , 9 7 5 $ 9 , 9 7 5 $ 1 0 , 9 7 5 3 2 K B $ 1 1 , 9 7 5 $ 1 2 , 9 7 5 $ 1 3 , 9 7 5 4 8 K B $ 1 4 , 9 7 5 $ 1 5 , 9 7 5 $ 1 6 , 9 7 5 6 4 K B $ 1 7 , 9 7 5 $ 1 8 , 9 7 5 $ 1 9 , 9 7 5 図 5 I B M 5 1 0 0 P o r t a b l e C o m p u t e r [ 出典 ] h t t p : / / w w w - 1 . i b m . c o m / i b m / h i s t o r y / c a t a l o g / i t e m d e t a i l _ 5 9 . h t m l

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年 2 月、価 格 は $ 9 , 3 4 0 ∼ $ 2 3 , 9 9 0 )3 3というように 引 き続 き開 発 が進 められた。

なお I B M P C と深 い関 わりを持 つ パソコン的 製 品 としては、I B M s y s t e m / 2 3 D a t a m a s t e r ( 1 9 8 1 年7 月 に販 売 開 始 ) がある。I B M P C 開 発 チ ー ムの中 のB i l l L o w e , P . D .S y d n e s , L a r r y R o j a s , L e w i s E g g e b r e c h t などかなりの 人 数 がそのマシンの開 発 に関 わっていたのである。I B M s y s t e m / 2 3 D a t a m a s t e rは 、s m a l l b u s i n e s s 向 けの手 頃 な価 格 のコンピュータとして1 9 7 8 年 2 月 に 開 発 が開 始 された。D a t a m a s t e r は、I B M 製 の8インチ F D D を採 用 し、I B M 製 のO S や アプリケー ション・ソフトで動 くマシンであり、文 字 コードに当 時 のパソコン で主 流 のA S C I I コードではなく、I B M の大 型 コンピュータで採 用 されていたE B C D I C コ ー ドを採 用 するなどI B M の世 界 に閉 じたシ ステムであった 。 このマシンは 、最 初 に開 発 したB A S I C 言 語 をI B M S y s t e m / 3 4 のB A S I C 言 語 に合 わせるため の手 直 し作 業 に1年 近 くの時 間 を取 るなど、他 の従 来 のI B M マシンとの 間 での 互 換 性 確 保 のた めの作 業 のために 余 計 な時 間 がかかったため、販 売 価 格 は 、F D D、H D D 、プリンター なしで 3 3 0 0 ドル、F D D とプリンター 付 きで 9 8 3 0 ドルと、それまでのI B M のマシンに 比 べ れ ば 比 較 的 低 価 格 であったが、I B M P C の販 売 開 始 にともない、ほ ん の 2,3ヶ月 で時 代 遅 れ のマシンとなってしま った。

(2)サードパーティの活 用とオープン・アーキテクチャ方 式による短期間

での 開発

上 記 のプロジェクトは、パソコン開 発 という視 点 から評 価 す れ ば 結 果 的 に失 敗 に終 わった 。市 場 で販 売 できるような 商 品 としてのパソコン を、社 内 製 造 を基 本 として開 発 することには成 功 しな かった のである。 IBM P C 以 前 のパソコン的 製 品 開 発 の「失 敗 」の一 方 で、前 述 したように パソコン 市 場 は 急 速 な拡 大 を続 けるとともに 、パソコン市 場 が次 第 にビジネス分 野 にまで 拡 張 し始 めていた。またパ ソ コン用 CPUに関 す る技 術 革 新 が進 み 、1 9 7 8 年 には 1 6 ビットC P U が登 場 していた。 I B U 方 式 での 短 期 間 (1 年 間 )での 商 品 開 発 こうした状 況 の中 、I B M は 急 速 に発 展 しつつあるパソコン市 場 に早 く参 入 す る必 要 に 迫 られて いた3 4。このままではミニコン市 場 と同 じく、パソコン 市 場 で も出 遅 れたままになる可 能 性 が強 ま ってきたのである。 そのためI B M は 1 9 8 0 年7 月 頃 から、パソコン市 場 へ 本 格 的 に参 入 す る た め のプロジェクトを立 ち上 げるための準 備 に入 った。その当 時 のI B M 会 長 フランク・ケアリー の証 言 によれば、「1 9 8 0 年 の6 月 か7 月 頃 、・・・改 めてA p p l e に負 けない製 品 を作 るためのプラン を立 てるよう部 下 たちに 要 請 した」3 5のである。 I B M の最 高 意 志 決 定 機 関の企 業 経 営 委 員 会 ( C o r p o r a t e M a n a g e m e n t C o m m i t t e e ) で最 終 的 には 1 9 8 0 年 8 月6 日 にパソコン の開 発 事 業 計 画 が承 認 されたが、その際 に商 品 開 発 から製 品 の発 表 まで1 年 間 の猶 予 しか与 えられなかった 。そのため 従 来 的 な研 究 開 発 体 制 ではなく、I B U (In d e p e n d e n t B u s i n e s s U n i t , 独 立 事 業 部 )によるプロジェクト方 式 で商 品 開 発 がすすめられ ることになった 。

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P C の 主 要 部 品 および周 辺 機 器 の 外 部 調 達 (アウトソーシング) 開 発 期 間 が1年 間 という短 期 間 に限 定 されたため、CPUや OSといった パソコンにとっての基 幹 的 構 成 要 素 を新 規 に一 から開 発 するのでは 時 間 が不 足 す ることになり、自 社 で す べ て を調 達 するという IB M のそれまでの伝 統 的 な や り方 を貫 くことは 困 難 であった 。 またそうした時 間 的 制 約 とともに、販 売 単 価 が極 めて高 く長 期 的 視 点 から研 究 開 発 が進 めら れ る大 型 コンピュータ事 業 を中 心 的 な事 業 としているというIB M の社 内 特 性 に起 因 す る制 約 もあ った。新 製 品 の部 品 や 周 辺 機 器 を内 部 調 達 したとすると、他 社 から外 部 調 達 した場 合 と比 較 して コスト的 に割 に合 わないものとならざるを得 なかったし、パソコン市 場 のように技 術 変 化 や 価 格 変 化 の素 早 い市 場 へ の対 応 という面 でも困 難 が予 想 されたのである。 実 際 、I B M P C の開 発 チ ー ムは 、I B M S y s t e m / 2 3 D a t a m a s t e r や ミニコン「S e r i e s 1 」など先 行 の開 発 プロジェクトにおける自 ー ドもソフトも自 前 で 開 発 することが 開 発 期 間 の長 期 化 や 製 品 の高 価 格 化 に つ な が るという問 題 を認 識 していた3 6 そのためI B M P C は 、数 多 くの既 存 の 市 販 製 品 を利 用 す る方 向 で 開 発 が進 められた。主 要 な 自 社 製 品 は 、B I O S とキ ー ボ ー ドとP C ケ ー スだけで あった と言 われている。例 えば 、回 路 基 盤 ( P r i n t e d c i r c u i t b o a r d )は S C I ( S p a c e C r a f t e r I n c . ) から、デ ィスクドライブ装 置 は T a n d o n から、 PC電 源 は Z e n i t h から、プリンター は 日 本 のエプソンから供 給 を受 けた。そして また、そ うした周 辺 的 機 器 に止 まらず 、パソコンの中 核 的 技 術 要 素 に関 しても、O S をM i c r o s o f t から、C P U をI n t e l からというように 外 部 調 達 をおこなった 。 オープン・アーキテクチュア 戦 略 またI B M は 、パソコン市 場 に遅 れ て参 入 したこともあり、I B M - P C に関 しては 回 路 図 や B I O S の ソース・コードなど様 々 な技 術 情 報 や 仕 様 を別 売 りの技 術 マニュアルで 公 開 するとい うオ ー プ ン・ アーキテクチュア 戦 略 を取 った。こうしたオ ー プ ン戦 略 は 、I B M P C に 先 行 す る商 業 的 に成 功 し た先 行 パソコンのA l t a i r 8 8 0 0 や A p p l e I I で も取 られた戦 略 であった 。 I B M がM I T S や A p p l e と同 様 にこうしたオ ー プ ン・アーキテクチュア 戦 略 を取 ったのは 、自 社 で ソフトや 周 辺 機 器 の開 発 を進 めても時 間 的 に間 に合 うかどうかが問 題 だったためではない。他 社 から外 部 調 達 するにしても、アーキテクチュア を一 般 的 に公 開 す る必 要 は な い 。そ うしなくても外 部 調 達 は 可 能 であった 。 I B M P C の開 発 チ ー ムはもっと別 な理 由 からオ ー プ ン・アーキテクチュア 戦 略 を進 めたのであ る。理 由 の第 一 は 、I B M P C の開 発 プロジェクト・チ ー ムのリーダー であった E s t r i d g e が1 9 8 2 年 に受 けたインタビュー の中 で「わ れ わ れ は 、極 めて幅 広 いソフトウェア を取 りそろえることが I B M P C を普 及 させるための主 要 な要 素 の一 つであろうと考 えていた。たった 一 社 で数 多 くのソフトウ ェアを製 作 することはできない。もし仮 に可 能 であったとしても、そのためには 極 めて長 い時 間 が かかるであろう。そ れ ゆ え わ れ わ れ は 外 部 のソフトウェア制 作 者 や 会 社 に参 加 してもらうようにす る必 要 があった 。」3 7と答 えていることに 端 的 に示 されているように、I B M もM I T S や A p p l e と同 じく、 市 場 でのシェア 獲 得 のため、自 社 製 のパソコンに対 応 した数 多 くの多 種 多 様 なソフトウェアが速 や か に サードパーティより開 発 されることを望 んだためである。

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この点 に関 しては 後 年 に な り、W . C . L o w e も「パソコンでは 、ソフトウェアはいろいろな 人 がか ってに 書 き、勝 手 に販 売 す る。・・・・・・す べ て をI B M が コントロ− ルするような考 え方 は 通 用 しま せ ん。そこが 大 型 コンピュータとまったく異 なる点 でした 。成 功 するためには A p p l e のパソコン用 ソフトウェアよりも数 多 く、しかも多 種 多 様 なソフトウェア をI B M パソコンの た め に書 いてもらわな ければならないと思 っていました 。」3 8とい うように 同 趣 旨 のことを述 べている。 理 由 の第 二 は 、単 に数 量 的 な問 題 だけでなく、自 社 で開 発 を進 め て も市 販 の製 品 よりも優 れ た 製 品 が作 れるとは 限 らないということにあった。ハードウェア の普 及 には キラーソフトの存 在 が大 きい3 9が、I B M P C の開 発 チ ー ムは 、E s t r i d g e が先 の インタビュー で答 えているように、M i c r o s o f t のプログラミング言 語 B A S I C や V i s i C o r p の表 計 算 ソフトV i s i C a l c を超 えるような 優 れ たソフトウ ェアを自 社 で開 発 できるとは 考 えていなかった 。 実 際 に歴 史 的 結 果 としても、I B M P C のその 後 の普 及 に もA p p l e I I の場 合 と同 じように 他 社 製 の表 計 算 ソフトが大 きく関 わっている。I B M P C 向 け に は 、A p p l e I I から移 植 されたV i s i C a l c 以 外 にも、M i c r o s o f t が1 9 8 2 年 夏 にM u l t i p l a n を発 売 しているが、特 にヒットしたのが1 9 8 2 年1 1 月 に L o t u sから発 売 された表 計 算 ソフト「L o t u s 1- 2 - 3 」であった 。M u l t i p l a nは 、V i s i C a l c 同 様 、I B M P C 以 外 の 様 々 なパソコン上 で も動 くことを前 提 に開 発 されていたが、L o t u s 1 - 2 - 3 は 、公 開 されたアーキテクチュア に基 づ い て I B M P C のハードウェア 構 成 に合 わ せ て作 り込 まれたソフト であった 。すなわち、I B M P C 専 用 のソフトウェアであった 。動 作 には 多 くのメモリを必 要 とはした ものの、I B M P C のハードウェア 構 成 に合 わ せ て作 り込 まれていたので、動 作 が圧 倒 的 に高 速 で あった 。その結 果 として、V i s i C a l c を使 いたいがためにA p p l e I I を買 う人 が続 出 した の と同 様 に、 1 9 8 3 年 末 頃 には L o t u s 1- 2 - 3 を使 いたいがためにI B M - P C を買 うユ ー ザ ー が続 出 したと言 わ れるほど、大 ヒットした。 このように I B M のブランド力 が強 かったこともあり、I B M のオ ー プ ン・アーキテクチュア 戦 略 の結 果 として、早 くから数 多 くの会 社 が種 々 のソフトウェアや P C 関 連 装 置 の開 発 に関 与 するようにな り、結 果 としてI B M P C の普 及 を促 進 す る結 果 とな った。 B I O S の ソース・コードの 公 開 と著 作 権 問 題 - - - - クリーンルーム 方 式 での 互 換 B I O S の 開 発 M i c r o s o f t からO S の著 作 権 を買 い取 ることができなかった (あるいは 、一 説 によるとD i g i t a l R e s e a r c h などとの 著 作 権 トラブルの直 接 の当 事 者 になることを恐 れ て買 い取 ろうとはしなかった )た め、I B M が自 社 のパソコンに対 す る互 換 機 の登 場 を阻 止 す る た め に残 された有 効 な法 的 手 段 と しては B I O S ( B a s i c I n p u t / O u t p u t S y s t e m ) の著 作 権 に基 づ く対 抗 措 置 ぐらいしかなかった4 0 B I O S は 、R O M の中 に書 き込 まれたソフトウェアであり、コンピュータに接 続 されたフロッピー ・ ディスクドライブや キ ー ボ ー ドなどの周 辺 機 器 とパソコンとのデ ー タの や り取 りを制 御 す る一 群 の プログラムである。それゆえ、B I O S に関 す る権 利 は 法 律 的 には 著 作 権 で保 護 されることになる。 I B M は 、オープン戦 略 によりB I O S のソース・コードを公 開 はしたが、B I O S の著 作 権 を放 棄 し たわけではなかった 。したがって 、公 開 されたソース・コ ー ドそのまま用 いることはもちろんのこと、 それらを参 考 にして 互 換 B I O S を開 発 することも著 作 権 法 違 反 となる。 またE P S O N によるN E C のP C 9 8 0 1 互 換 機 開 発 の事 例 に も示 されているように、ソース・コード の公 開 がなくてもリバ ー ス・エンジニアリングにより互 換 B I O S の開 発 は 可 能 である。「I B M がB I O S のソース・コードを公 開 したため著 作 権 に 触 れ な い 互 換 B I O S の開 発 が 可 能 になった 」という記

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なお 、B I O S のソース・コードの公 開 の有 無 に関 わらず 、I B M の著 作 権 を侵 害 せ ず に 互 換 B I O S を開 発 するには クリーンルーム方 式 での開 発 が必 要 とされた。すなわち、まず 第 一 に、リバ ー ス・エンジニアリングによって B I O S のソース・コードを取 り出 してそのコードの機 能 を解 析 し、次 に、そうした解 析 によって 明 らかになった 諸 機 能 を実 現 す るプログラム を新 たに 一 から創 造 す る、 というような プロセスでプログラム開 発 を進 めることが 必 要 とされたのである。 うがった 見 方 をすれば、I B M は IBM P C のB I O S を一 般 に 公 開 することによって 、自 社 の著 作 権 に触 れ ず に互 換 B I O S を開 発 することを極 めて困 難 にした、と考 えることもできる。すなわち著 作 権 侵 害 を避 けるためには I B M の公 開 されたソース・コードをまったく見 たことがないと証 明 され ているプログラマー だけで新 規 にB I O S を開 発 す ることが 必 要 とされるのであるが、B I O S のソー ス・コードが公 開 されたことにより、互 換 B I O S の開 発 者 がそのソース・コードに 触 れたことがない ということの 証 明 は 非 常 に困 難 になったのである。 こうした状 況 の下 、クリーンルーム方 式 で の互 換 B I O S の開 発 には 巨 額 な資 金 を必 要 とした。 例 えば 、C o m p a q は 互 換 B I O S の開 発 費 用 として1 0 0 万 ドル を使 うとともに、I B M からの 訴 訟 に対 抗 するために 優 秀 な弁 護 士 をたくさん雇 用 したと言 われている。 しかしながらI B M の予 想 をはるかに超 えたI B M P C の大 きな成 功 は 、皮 肉 なことに 、こうした巨 額 な費 用 をかけて著 作 権 問 題 をクリア した互 換 B I O S を開 発 することを可 能 にし、結 果 としてI B M 互 換 機 という新 たな市 場 が大 きく成 長 することになった 。

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3.I B M- P C

I B M P C の スペック、および、拡 張 性 の 高 さ I B M P C (T h e I B M P e r s o n a l C o m p u t e r )は 、インテル製 の16ビットC P U 8 0 8 8(動 作 周 波 数 4 . 7 7 M H z , 0 . 3 3 M IPS )を使 用 し、標 準 で4 0 K B のR O M を搭 載 していた。価 格 は 、1 6 K B のR A M ・キ ー ボ ー ド付 きで1 2 6 5 ドル、4 8 K B のR A M ・キ ー ボ ー ド・F D D 1台 付 き で2 2 3 5 ドル、6 4 K B のR A M ・F D D 1 台 ・D O S 付 きの標 準 機 で2 , 6 6 5 ドル で あった 。また大 きさは 、幅 2 0 インチ、奥 行 き1 6 インチ 、高 さ5 . 5 インチ であり、 重 量 は 、ディスクドライブなしで 約 9 . 5 kg、ディスクドライブ1台 付 きで約 1 1 . 3 kgであった4 1 表 2 I B M P C と競 合 機 種 の 比 較 表4 2 I B M P C は 、A l t a i r 8 08 0 0 の1 8 本 というほど多 くは な い が、8 本 の拡 張 スロットを有 していた。 キ ー ボ ー ドとカセットテープを接 続 するためのインターフェイスは 、マザー ・ボ ー ド上 に搭 載 され ていたが、プリンター 接 続 などのためのパラレル・ポ ー ト、フロッピー ・ディスク、画 面 表 示 機 能 な どは 拡 張 スロットに拡 張 カ ー ドを挿 すことではじめて利 用 可 能 になった 。 I B M P C がA l t a i r 8 8 0 0 や A p p l e I I と同 様 に数 多 くの拡 張 スロットを有 す る技 術 的 設 計 となって

C P U

機 種 名

年 月

名 称 動 作 周 波 数 B i t メイン・メモリ 容 量 外 部 記 憶 装 置 ソフト 最 低 価 格 (1 9 8 1 . 1 0 当時 ) I B M- P C 1 9 8 1 . 1 0 I n t e l 8 0 8 8 4 . 7 7 M H z 1 6 R A M 1 6 K B ( 最 大 2 5 6 K B ) R O M 4 0 K B 1 6 0 K B の 5 インチ F D D 2 台 P C - D O S C P / M - 8 6 U S C D P R O M の 中 に M i c r o s o f t B A S I C $ 1 , 5 6 5 A p p l e I I 1 9 7 7 . 4 M O S T e c h n o l o g y M O S 6 5 0 2 1 M H z 8 R A M 1 6 K B R O M 1 2 K B ( R A MとR O M 合 計 最 大6 4 K B ) 1 4 0 K B の 5 インチ F D D 1 台 R O M の 中 に A p p l e S o f t B A S I C $ 1 , 3 3 0 A p p l e I I I 1 9 8 0 . 6 発 表 S y n e r t e k M O S 6 5 0 2 A 2 M H z 8 R A M 1 2 8 K B ( 最大 2 5 6 K B ) R O M 4 K 1 4 3 K B の 5 インチ F D D 1 台 $ 4 , 6 9 0 X e r o x モ デ ル 8 2 0 1 9 8 1 . 7 Z i l o g Z 8 0 8 R A M 6 4 K B R O M 4 K B 9 4 K B の 5 インチ F D D 2 台 3 0 0 K B の 8 インチ F D D 2 台 C P / M B A S I C $ 2 , 9 9 5 図 6 I B M - P C [ 出典 ]h t t p : / / w w w- 1 . i b m . c o m / i b m / h i s t o r y / c a t a l o g / i t e m d e t a i l _ 1 9 2 9 1 . h t m l

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いたことが 、オ ー プ ン・アーキテクチュア 戦 略 とあいまって 数 多 くの サードパーティによる多 種 多 様 な周 辺 機 器 の開 発 を促 進 したのである。 I B M v s A p p l e I B M がパソコン市 場 に参 入 した当 時 、A p p l e は I B M P C の市 場 競 争 力 は 低 いと考 えてお り、I B M P C がそれ ほ ど売 れるとは 考 えてはいなかった 。(もっとも、I B M のマーケティング担 当 者 による 販 売 予 測 台 数 も発 売 後 5年 間 で2 4 万1 6 8 3 台 というものであり、さほど大 きなものではなかった 。) そう考 えていたこと、および 、I B M という社 会 的 に信 用 力 のある会 社 がパソコン 市 場 に参 入 してき たことにより、A p p l e がV i s i C a l c を搭 載 したA p p l e シリーズでターゲットとして想 定 しているビジネ スマン向 け市 場 がこれまで 以 上 に拡 大 すると考 えたこともあり、T h e W a l l S t r e e t J o u r n a l に" W e l c o m e I B M , s e r i o u s l y . " というタイトル の1ペ ー ジ 全 面 広 告 を打 ったほど、I B M の市 場 参 入 を歓 迎 した。

実 際 、I B M がI B M P C を1 9 8 1 年1 0 月 に発 売 を開 始 した直 後 の四 半 期 (1 9 8 1 年 1 0 ∼ 1 2 月 )のA p p l e の売 り上 げは 、前 年 同 期 (1 9 8 0 年 1 0 ∼ 1 2 月 )の6 7 6 0 万 ドル に比 べ 9 8 % 増 の1億 3 3 6 0 万 ド ルという絶 好 調 ぶりであった 。A p p l eは 1 9 8 2 年 になっても順 調 に売 り上 げ を伸 ば し、パ ー ソ ナ ル・ コンピュータのメーカー として初 めて年 間 売 上 高 1 0 億 ドル を超 えるまでになった 。そして 1 9 8 3 年 3 月 には 自 社 のパソコン通 算 100万 台 目 の出 荷 を記 録 している。 その意 味 でパソコン 市 場 の本 格 的 な立 ち上 げ を期 待 してA p p l e がW a l l S t r e e t J o u r n a l に歓 迎 広 告 を掲 載 したことは 、その時 点 に お い て は 決 して的 はずれなことではなかった 。パソコン市 場 へ のI B M の参 入 は 、A p p l e にとって 短 期 的 には 決 してマイナス要 因 ではなかった のである。 I B M P C の 売 り上 げ I B M P C は 、A p p l e の予 想 および I B M 自 身 の 予 想 をも超 えて大 ヒットした。1 9 8 1 年 中 に約 2 万 5 千 台 を販 売 し、1 9 8 2 年 には 1 9 万 台 、1 9 8 3 年 には 7 0 万 台 を販 売 した4 3。こうして5 年 間 で約 3 0 0 万 台 の販 売 台 数 を記 録 するまでになった 。それにともないI B M のパソコンの 売 り上 げは 、1 9 8 1 年 に4 4 0 0 万 ドル、1 9 8 2 年 に3 億 6 4 0 0 万 ドル、1 9 8 3 年 に1 5 億 ドル、1 9 8 4 年 に4 0 億 ドル、1 9 8 5 年 に 6 0 億 ドル、1 9 8 6 年 に7 0 億 ドルというように 急 激 に拡 大 していった4 4

参照

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