Ⅲ 出土遺物 の報告
1.瓦 類
瓦類 は大量 に出土 し
,そ
の時期 も飛鳥時代 か ら近世 にまでわたっている。 これ らは,九
瓦・平瓦・軒 丸瓦・軒平瓦 。魂瓦・鴎尾・隅木蓋瓦・蜂 などで他 に特殊瓦製品がある。
A
丸瓦・平瓦81‑12‑Iト
レンチ池埋土中 と,81‑H―
Ⅲ トレンチ拡張 区の地山直上の上下2層
の整 地層,お
よび同拡張 区検出の掘立柱建物(BS 2115)柱
掘形 から出土 した丸瓦・平瓦 は,その特徴 。共伴遺物 からみて
7世
紀代の もの とみ られ る。i
九瓦ほとんど玉縁丸瓦で
,行
基 丸瓦 が1点
ある。玉縁 のつ くり方 は2種
あ り,本
体 と玉縁 とを一連でつ くるもの と
,玉
縁部分 を別 につ くり後 に本体 に接合す るもの とがあ る。後者は,若
草初日藍創建時 に作 られた軒丸瓦の九瓦部玉縁接合 の技法 に一致す る。今回 は後者の出土量 が多い。‖
平瓦
粘土板 を成形台 に巻 きつけ
,円
筒 を作 り,乾
燥後4等
分す る「桶巻作 り」うの 技法 によっている。凸面 に残 る調整技法 か ら3型
式4種
に大別で きる。Ia(第
63図1)な
でつけ調整 を施 した痕跡 をとどめるもの。端部 に凹凸 を施 した板状 器50
第63図
出土瓦 の拓 本
0 5 0匈
具 によって ていねい になでつ けて調整 す る。 した がって
,平
瓦 凸 面 には幅 広 い凹線(幅0.5〜
0,7cm,深
さ0.lcm)が
横 方 向 に0.5cm間
隔 で並 ぶ。 凹面 は調整 しない。側 面 に,円
筒 から
4分
害」した際 の分害」痕 跡 を と どめ る もの もあ る。Ibな
でつ け調整 を施 した痕 跡 を とどめ るもの。凸面 にはて いね い に施 された滑 らかな 調整痕 を残 す。 ナデの方 向 は,縦
と横 の両者 が あ る。横 面,側
面 と もIaと
同様 で あ る。Ⅱ (第63図
2)
凸 面 に平 行 叩 き目圧痕 (刻線 幅0.2〜0。3cm,間
隔0。7cm)を残 す。凸 面 調整 と して粗 いナデ を施 す。 凹面 は不調整 。Ⅲ (第63図
3)
凸 面 に斜 格 子 叩 き目圧痕 (刻線幅0。1〜0.3cm,間
隔0.3〜0.5cm)を
残 す。凸面 は部 分的 にナデ調整 を施 す。 なお,刻
印「上 」 を押 捺 した平 瓦 が東 院 地 区 か ら2点 出土した。 「上」は正方形 (1辺 1.75cm)あ 刻
E「で ,平 瓦凹面に押捺 している。瓦面に
あ らわれた状態では陰刻 である。B
軒丸瓦 (第65図)i 7世
紀前半の軒 丸瓦7種
類 の軒丸瓦 が出土 している。 いずれ も単弁蓮華 文 を瓦 当 面 に飾 る。9弁
蓮華 文の軒九瓦2)は,若
草伽藍倉J建時 に用いられたもので ある。。8弁
蓮華 文軒丸鳳1)は文様構成 が きわめて整 っている。四天王寺 に同飽 品がある9, 1。 2と もに瓦 当裏面 がゆるく盛 りあが り,回
転 台で調整 したかのよ うな痕跡 をとどめ る。 また,丸
瓦の 接合 に際 しては,両
者 とも九瓦 を瓦 当裏面の上端 ちか くに押 しつ け気味 に置 き,少
量 の接 合粘土 をあてて接合す る。文様構成 か ら受 ける感 じは大 きく異 なるが,製
作技法 はよ く似 ている。8弁
蓮華文軒九可4)は,中
房が大 きく,低
い半球状 を呈す る。蓮弁 の先端 に珠 点 をお く。瓦 当裏面は平坦であるが
,回
転 台で調整 を加 えた痕跡 をとどめる。中房 を月ヽさ く作 った8 弁蓮華 文軒丸瓦 は,蓮
弁 の先端 に小 さい珠 文 をお くが,あ
ま りに小 さいため,個
体 によっては痕跡程度 にしか認 め られ ない 部分 や
,全
く認 め られないもの もある。 このため,従
来 この月ヽ珠点 を持つ部分 と持 たない部分 とが別籠 で,瓦
当外径 もやや異 なるもの とされて き たが,今
回,両
者が同籠 であることを確認 した。単弁
6弁
遵華東5)は小形 の瓦 で ある。中房は比較的大 きく,半
球形 に突 出 し,圏
線 をめ ぐらし,中
心 に遂子1個
を置 く。弁肉は丸味 を帯 び厚肉で
,弁
端 はやや尖 る。外区 は象J離 してい る。瓦 当裏面は平坦 で丁寧 にな で仕上 げす る。従来,
この軒九 瓦が きわめて小型 で,剣
離 した 文様部 のみ知 られていたため,第64図
平瓦凸面の調 整痕
り Ⅲ ● 010
軒丸瓦の拓本
球
r今′ ITギ■ピ
Vi熊魚IIIIイ争 ,‑1
第66図
軒平瓦の拓本
文様埓 の象J離したものである可能性 も考 えられて きた。 しか し今回の出土品 には
,接
合 し た丸瓦 が剣離 した痕跡 と,丸
瓦部凹面 と瓦当裏面 との接合のために置 いた粘土 が見 られる。6弁
蓮華 文軒九H6)は ,肉
厚の尖端5葉
パ ルメ ッ トを置 く。今回出土の ものは瓦当面の 一部 しか残 っていないが,本
来中房は断面台形状 に高 ぐ突出す る。蓮弁 は平坦 であるが,パ ルメ ッ トは弁面 より著 しく隆起 している。弁端 には,刈 ヽ珠点がわずかに認め られる。
‖
7世
紀後半の軒 九瓦4種
類 出土 している。いずれ も8弁
蓮華 文 を瓦当面 に飾 るも のであ り,西
院伽藍倉J建に際 して作 られた もの(7)と,そ
の系譜 をひ くもので ある。蓮弁 の 状況 はよ く似 てお り,そ れぞれの進弁 が強 く反転 し,仏像の台座 を飾 る蓮弁 を思 わせ るもの の もある (7・8)。 外縁 には線鋸歯文 をめ ぐらす。外縁 に球文 をめ ぐらす軒丸可10は中房 もさほ ど大 きくな く
,弁
区は平板 である。瓦 当裏面はいずれも平坦 に仕上 げている。m 8世
紀以降の軒九瓦出土 した軒 丸瓦の うち
,12世
紀 までの もの について記す。8 世紀 の軒九瓦は複弁8弁
蓮華 文 を内区 に飾 っているOD。 よ く似 た ものが平城宮天平年間のものにあるが
,同
範品ではない。外区外縁 に唐草文 をめ ぐらせた軒丸可19は8世
紀末葉 の ものである。外縁 の唐草文は,主
茎 が波状 にめ ぐるものであり,子
葉 が内外縁 の境 から派 生 し,内
縁 をめ ぐる球文の間 にのびる。 したがって外区内縁 には珠 文 と唐草 文 とを交互 に おいたよ うにみ える。内区の蓮弁 は複弁 であるが,間
弁 をもたないため,単
弁16弁のよ う に見受け られる。大ぶ りの複弁8弁
軒九可10は弁端 が厚 く作 られ,間
弁 は先端 がわずかに 円 く棒状 である。内・外区 を画す る界線 の内側 は,弁
端 の形 にそって連弧状 になる。中房 を八花形 に作 る軒丸可10は,中
房 と弁 区 との間に小珠文 を密 にめ ぐらす。13・ 14と もに11 世紀半ば頃 の ものである。C
軒平瓦 (第66図)i 7世
紀前半の軒平瓦2種
類出土 した。1単
位 の忍冬文 を彫刻 し,そ
れ をスタンプ として用い,上
下交互 に押捺 したもの(1)。 本例 は1単
位分の破片。均整唐草文軒平可2)の 中心飾 り内部 は円形 をなす。中心飾 り下の結節 は左向 きである。唐草文は主茎 ・結節 。そこから生 じる半パ ルメ ッ トを単位 とし
, 3回
反転 させている。 しか し, 3単
位 めは瓦当外 にはずれる。 また,第 1単
位 の半パ ルメ ッ トの1葉
が第2単
位 の主茎 にな り,第 2単
位 の 半パ ルメッ トの1葉
が第1結
節 か らの直茎 と重 なってぃる。第3単
位付 け根 に書 が付 く。第
3単
位主茎 は2本
の輪郭線であらわす。描線 は大 く肉づ きも浮彫 り風 に表現 され写実的 である。`顎面 には瓦 当面 に沿 って各
2条
の沈線で区画 した中に,均
整忍冬唐草文 を雄渾 な 筆致 で箆描 きす る。顎面文の方 が瓦当文 に比 してパ ルメ ッ トの単位 が明確 である。平瓦部 凹面 には糸切痕・粘土板の合 わせ 目痕 が残 り,粘
土板巻 き付 け技法で作 られている。側面 はヘ ラケズ リし,側
縁凹面側 を面取 りす る。‖
7世
紀後半の軒平瓦2点
出土 した。いずれも均整忍冬唐草文 を瓦当面 に飾 った軒平瓦である (3・4)。
3は
西院伽藍創建時の も のである。中心飾 りの外郭 が上下 に分 かれる。唐草文反転 の状況 が
2に
よ く似 る。平瓦部凹 面 には粘土板巻 き付 け技法 によって作 られた もの とよ く似 た粘土板 の合わせ 目のはが れ痕 があり,象J離面 には指│こよるなでつけ痕 が凹 凸 をなして残 つている。4は ,中
心飾 りが扁 平で,内
郭唐草 文各単位 の基部 には苦 がない。平瓦部凹面 には
, 3と
同様 な粘土板合 わせ 目 のはがれた痕跡 が認 め られる。│‖
8世
紀 の軒平瓦5点
出土 した。 いずれ も均整唐草 文軒平瓦で ある。中心飾 りに対 葉花文 を伴 う軒平可5)は上外区 に珠文 を,下外区 に線鋸歯文 をお く。唐草 文は半パ ルメ ッ トと杏葉形パ ルメ ッ トを交互 にお くもので
,左
右4単
位ずつである。6・ 7・8は
いずれも平 城宮出土軒平瓦 との同抱品である。6は ,十
字形 中心飾 りをもつ小形 の軒平瓦。7は
圏線が外区 をめ ぐる。
8は 4回
反転軒平瓦で ある。9は ,文
様構成 が8に
よ く似 ている。iv 9世
紀 以降 の軒平瓦平安時代 か ら室町時代 にわた る。10〜 14は平安時代の軒平瓦 である。12。 13は平安時代初 め頃 に属 し
,14は
平安時代後期 に属 す。15〜 19は中世の軒平 瓦である。15は 10に系譜 を求め ることがで きるものであ り,鎌
倉時代 に降 るもの と考 えら れる。17・ 19は蓮華 を横 か ら眺 めた中心飾 りをもつ ものである。D
鴎尾聖霊院前 トレンチか ら
3点
出土 した。 それ らは鰭 と右側面縦帯 の破片 である。鰭 (1.長 さ27cm,幅 24cm,2.長
さ23cm,幅 21cm)は
内外面 に段型 (幅約8 cm〜13cm)が
ある。縦第67図
軒 平 瓦 の剣離痕
第68図
鴎尾
a V
判
∬
Ⅶ l o
8
″ 髭
f可 ■ 丁
=
帯の破片(3)は
,断
面方形 と3角
形 の2条 1組
の突帯の内側 に深彫 りの忍冬文 を飾 る。昭和 14年に行 われた東院伝法堂修理工事の際 に礎石下 か ら出土 した破片 と酷似 している。同一 個体 の可能性 がある。E増
西院地区聖霊院・綱封蔵 前 トレンチから異形 の嬉 が
3点
出土 している。共伴遺物・焼成。色調 などからみて
7世
紀代の もの と考 えることがで きる。 いずれ も破片 であるが,復
原 す ると1辺
15〜16cm,厚
さ5〜
6 cmに なる。平面の両面 とも縁(幅2.3〜3.3cm)を残 し,内側に方形の凹部
(深さ
0.6〜1.5cm)を もうける。この導は両面とも平坦ではなく凹部 を もつことから ,床 面に舗埠 したのではなく ,壁 面にはめこんだものと考えられる。
F
特殊瓦製品屋蓋 の一部 と見 られる瓦製品であり,
2点
出土 した。1は中央 に円孔 をもつ宝 珠形 の左右 に,内
狽」に巻 きこむ蕨手形 の 凸出部 をもつ板状 (厚さ3〜 4 cm)の
瓦 製品である。円孔の周囲 には刻線 によっ て火炎 をめ ぐらす。2は
隅の部分であり,直角の
2面
がある。各面 とも唐車文 をけ ず り出 している。寺蔵 品 に1に似 た破片 (2)がある。 これらか ら若千 の復原 を試み た(第 70図)。 全形復原は困難 であるが, 両隅が中央 より高 くせ り上 がるよ うに作られている。長谷寺所蔵 の銅板法華説相 図 (第71図
)に
あらわされた二重多宝塔 各層屋根 の隅 に,今
回出土 した資料 に似 た表現がある。第70図
異形瓦製品の復原図
第71図
長谷寺蔵 銅板法華説相図
第72図
異形瓦製品
2.
土 器 類
過去
4年
間にわたる発掘調査 で出土 した土器の量 は厖大である。古墳時代の土器・埴輪,斑鳩宮時代の土器
,仏
事 に使用 した鉛釉 陶器 (緑釉 。二彩・三彩)・須恵器 なども少量含 ま れ るが,大
多数は中世・近世の上器であって,寺
を維持 ・管理 した僧達 が日常生活で使用 した雑器類である。 これ らの雑器類 には,在
地 で作 られたものの他 に全国各地 で生産 され た ものが含 まれてお り,当
時の経済活動 を知 る上で貴重 な資料である。 しか しながら量 が 多いため,産
地同定等の検討 もすんでいない。中世 。近世の土器・磁 器 については本報告 で とり扱 うことにしたい。 ここでは昭和56年度の調査 に限 り,主
として古代 に属す遺構 から出土 したものについて概要 を各遺構 ごとに述べ る。
なお
, 7世
紀代 に位置づけ られる土器は,各
トレンチで造構 にか ぎらず包合層や整地土 か らも少量ずつ出土 した。今回は遺構 に伴 って出土 した良好 な資料 を一括 して報告す る。A 7世
紀前半の上器7世
紀前半か ら中頃 にかけての時代の良好 な資料 が出土 した地区は,西
院地区の81‑8
‑I,81‑11‑Ⅲ
トレンチ と律学院・宗源寺北側 の81‑7‑1・
Ⅱ・Vト レンチである。第
81‑11‑Ⅲ
トレンチでは,奈
良時代の整地層下部 か ら,須
恵器杯諷1),小型諷6)が,SG 2110の 埋土中から須恵器の台付長頸童9)力L SB 2120の 掘形 から須恵器の異形諷2)が出 土 した。
杯諷1)は
,日
径11.lcm,高
さ3.Ocmで,宝
珠形 のつ まみ を付す狭 い頂部 と,内
湾 す るカ ーブで端部 にいたる縁部 からなる。端部内面 にはかえりを持つ。頂部外面 をロクロヘ ラケ ズリで調整する。小型諷6)は,日
径6.lcm,高
さ7.lcmで,丸
底の底部 から内湾する寸詰 り な胴部 と,外
反気味 に立 ち上 る短 い口縁部 か らなる。日縁部 は,玉
縁状 に小 さく外側 に】巴 厚す る。口縁部 か ら胴部上半部 はロクロナデ,胴
部下半 をロクロヘ ラケズ リで調整す る。底部外面は不調整で
,乾
燥時 についたと考 えられる板 目状 の圧痕 を持つ。内面 には,コ
ー クスと思 われる黒色有機物 が付着す る。台付長頸弛 )は,口
縁部 と脚 ・台部 を欠損す るが,肩の張 った短形 に近 い胴部 にラッパ状 の口縁部 と
,裾
の張 る脚台 を付 した形態である。肩 部 と胴部 の境 に,ヘ
ラ状 工具で施 文 した圧痕列 がめ ぐる。脚台の付 け根 の部分 にも,同
様なヘ ラ状 工具 で外側 か ら突 きさして透 しを施 している。異形諷2)は
,日
径9.4cm,高
さ7.6 cmで,浅
いオ潤犬の器の底部 に円筒状 のつ まみ を付 した形態 を持 ち,頂
部外面 をロクロヘ ラ ケズ リで調整す る。81‑8‑Iト
レンチ土竣 SK 2142か ら出土 した甦(3)は,日
径14.8cm, 高さ19.Ocmで 算盤玉形の胴部 に大 きぐ外方 に開 く脚台部 と,タト傾 す る広 口の口縁部 を付す 細 く長 い頸部 か らなる。 口縁部外面 と顎部上半部 に,先
の九い棒 で斜 め方向の沈線文 を,頸部 中央 と胴部 中央 に櫛歯列点文 を施 す。各文様帯 を沈線で区画 している。胴部下半部 を ロクロヘ ラケズ リで調整す る。
中間地区の律学院,宗源寺北側 の
SD1014か
ら土師器杯C(5),第 82‑7‑Ⅱ
トレンチ SK 10 21から土師器杯C(4),SD 1008か ら須恵器壺(8),第81‑7‑Ⅳ
トレンチSDか
ら須恵器平瓶(7)が出土 した。杯C(5)は
,佐
波里椀 を模 した形態で,丸
底 と内湾す る口縁部 からな り,日
縁端部近辺 が外反す る。底部外面 をヘ ラケズ リ
,口
縁部 に横方向 に粗 いヘ ラ磨 きを,口
縁 部内面 には,2段
の斜放射暗文 を施 す。杯C(4)は,5に
比べ器高が低 く,日
径13.2cm,高
さ4.6cmで
,平
底 に近 い底部 と内湾するカーブを描 き,‐口縁部近辺で真直 に立 ち上 る口縁部 か らなる。底部上半部 は ヨコナデで,そ
れ以下の部位 は不調整 である。内面 には, ラセ ン 暗文 と細 かい斜放射暗文 とを施 す。壺(8)は,日
径10.5cm,高
さ16.9cm,丸
底 に近 い平底に卵形 の胴部 と
,外
反す る広 口の口縁部 を付 した形態である。胴部 に三条の沈線 を施 し,二つの区画 をつ くり
,そ
れぞれに櫛歯波状 文 を施 す。底部 から胴部上半部 をロ クロヘ ラケ ズリで調整す る。平瓶(7)は,狭
く九底 に近 い底部 に,外
方 に開 く胴部 と,円
筒形 に近 い口 縁部 を付 した背部 か らなる。B tt SD 2140出
土土器第81‑12‑Iト レンチの西辺部 で検 出 した濤 SD 1240の 埋土上層部焼土層 から
,少
量の土 器類 が出土 した。濤 SD 2140の 埋 め立 て時期,西
院の造営時期 を考 えるにあた り重要 な資 料である。出土 した土器は,藤
原宮SD 230010。 平城宮 SD 1900と 共通する特徴 を示 し,7
世紀末 から
8世
紀初頭 に位置づけ られる1'。 焼土層 か ら出土 した土器 には,土
師器の杯A 10,杯
C住0。鉢B住0,須
恵器の杯B住0。 同蓋(10〜12)が ある。上師器の杯Aは
比較的小型で
,平
底 と内湾す る縁部 か らなり,日
縁端部 は内側 に】巴厚す る。底部ヘ ラケズ リの後,外面 に細 く丁寧 なヘ ラ ミガキを施 す。内面は剣落 が著 るしく暗文の有無は さだかでない。
外反す る口縁部 からな り
,端
部 が内側 に折 り返 され,小
さく】巴厚す る杯Aが
あ り,外
面 に 丁寧 なヘ ラ ミガキを施 し,内
面 には ラセ ン暗文・二段 の斜放射暗文 を施 している。杯
C00は
完形品で,丸
底 に近 い底部 とほぼまっす ぐに立 ち上 る口縁部 か らなる。 口縁端 部 は九 くおさまる。口縁部 をつ よ くヨコナデす るため,底
部 の境 に段 が見 られる。底部外 面は不調整である。灯火器 として利用す る。鉢B住01ま,口
縁部外面 はヘ ラ磨 きのの ち,横
位 のヘラミガキ を施 す。須恵器の杯B住01ま
,端
面が内傾す る台形状 の高台 を付 した平底 と,やや内湾気味 の口縁部 を持つ。底部外面はヘラ切 りのまま不調整である。
tt B蓋
には,頂
部 の周縁部 に高台風 の輪状 のッマ ミを付 し
,縁
部 が「 く」の字形 に折 れまがるものは0と,項
部 から縁部 にかけて笠形 にゆるやかなカーブを描 くもの(11・ 12)が ある。前者は底部外面 がヘ ラ切 りのまま未調整である。後者 は頂部外面 をヘ ラケズ リ調整す る。
C
土境 SK 2134出 土土器宝蔵殿南の81‑12‑Iト レンチのほぼ中央部 で検出 した土羨 SK 2134は
,西
院倉J建当初 の 整地土 を切 って掘 り込 んでいる。南北幅 は不明であるが,東
西幅9m,深
さ0,4mあ る。上 層から10世紀前半代の土器類 が,下
層 か ら8世
紀後半の土器類 が出土 している。土師器・逐 卦 孔
10
て空≡三三三三二昌∃!!二三二::生とし 1,
12
9
Ч i̲̲Li=̲二
` く
竃 ≦ ≡ 墓 重 量 墓 ≡ 蔓 三 重 垂 垂 彗 筆 蜜 蜜 密 蛋 密 密 密 密 驚 電 聖 堅 争
″ τ:
七 … … …… … … 」 些̲̲̲̲̲r̲̲̲一
=μ
ln
第73図
7世
紀前半の土器(1〜9),SD 2140出
土の土器(10〜 16), SK 2134出 土の土器(17〜 23)第74図
出土の土器
61
黒色土器・須恵器・緑釉 陶器・灰釉 陶器 。二彩・三彩陶 器等 が出土 したが
,い
ずれも細片で器形 を復原で きるも のは少 ない。 ここでは,比
較的残 りのよい8世
紀後半の土師器 について報告す る。
土師器の器種 については
,杯
A(17・18),皿 A(20〜
22)・皿B(23)。 皿
C(19)等
がある。杯A・皿Aは ,外
面全面 をヘラケズリ調整す る。皿
B(23)は ,底
部 をヘ ラ ケズ リし,口
縁部外面 をヘ ラ磨 き調整す る。内面 には,ラセ ン暗文・斜放射暗文 を施 す。他 の例 よ りも古 く, 8 世紀 中頃 に位置付 けられよう。皿
Cは ,回
縁部 をヨコナ デす るが,底
部 は不調整である。この他
,SK 2134か
らは,須
恵器杯Aの
底部外面 に,墨 書 で小 さ く人 面 を描 いた もの が出土 した。 面 長 の輪郭 で
,頭
に逆 立 った毛髪 を顔 面 には「へ」の字形 の層 と九 い 日 と長 い鼻 を表現 してい る。 日の部 分 は
,墨
が薄 く,定
かで ない。耳 と眼球 の表現 を欠 く。
D
土壊SK 2135出上土器81‑12‑Iト レンチ西辺部 で検 出 した土墳 SK 2135は
,東
西幅9m,深
さ0.5mで
,黒 褐 土 を埋 土 と し,多量 の土 器類 が出土 した。SK 2135に は,焼 土 や炭 がか な りの量 含 まれ,火災の後,
掘 られ た ごみ捨 て穴 と考 えることがで きる。『法隆寺別 当次 第』によれば
,延
長3(925)年
,講堂・北室等が焼失 したとある。 また聖霊院の解体修理 に伴 って行 われた地下遺構 の調査 でも
,灰
層が検出 され,旧
僧房が焼失 したと考 えられている12。 また SK 2135か ら出土 した 遺物 は,ほ
ぼ10世紀前半代 にお さまる資料であることか ら,延
長3年
の火災が聖霊院の地 域 まで及ぶ大火災であった可能性 がある。SK 2135か らは,土
師器・黒色土器・須恵器・灰 釉 陶器・緑釉陶器 。二彩・三彩陶器等 が出土 した。土師器の器種 には
,杯
A・ 杯B・ 皿A・ 椀 ・高杯・壺E。 鍔釜等 がある。 口径・器高 を 復原で きる資料 が少 な く,法
量 の統 計処理 はで きないが,便
宜的 に,口
径13.5cm以上・器 高2.5cm以上の もの を杯A,口
径13.5cm未満,高
さ2.5cm前後のものを椀 として記述す る。杯
A(24〜
27)には,口
縁部外面全面 をヘラケズリす るもの(以下c手
法 と呼ぶ,24〜
26),木 ノ葉 手 法
カ ンな どの 大形 の葉 の表面 を下 に して,その 上 に粘 土 紐 をま き上 げ て成形 す る もの を言 う。
奈 良 時 代 に盛 行 す る成形 手法 で あ る。
左 手 手 法 手 の 平 で粘 土紐 を巻 き上 げ て成 形 す る もの を 言 う。 平 安 時 代 に盛 行 す る成形 手法 で あ る。
第
2表
土 師 器 の 成 形 法a手法 木 ノ葉 手法 で成 形 した の ち,内面 全 面 と 日縁 部 外 面 を ヨ コナ デ し,底部 外 面 は 調 整 しな い。
b手法 a手法 で調整 したの ち, さらに底部外面 をヘ ラケズ リす る。
c手法 a手法 で 調 整 した の ち, さ らに底 部外 面 か ら 口縁 部 外 面 全面 をヘ ラケ ズ リす る。
e手法 左 手 手法 で成形 したの ち,内面 全 面 と口縁 部 の 外 面 上 位 の み を成 形 を かね て強 くヨコナ デす る。
第
3表
土 師 器 の 食 器 類 調 整 法第75図
土器 に描 かれた人の顔
一
:一
42
DCm
第76図
````
ヽ==三===と里里四里R口「FFFi3
SK 2135出土 の土 器
63
口縁部上端部 のみ を強 くヨコナデ し
,そ
れ以下 は不調整の もの (以下e手
法,27)が
ある。椀
A(28)は ,c手
法で調整す る。椀 と判断で きるものの大半は,e手
法である。皿 には,口径15,6〜
17.8cm,高
さ2.5〜 3 cmのもの(32〜35)と,口
径12.4〜13.6cm,高
さ2.5cm 未満の もの(30,31)と 口径10cm前後 の小型品(29)がある。調整手法の上ではc手
法のもの(30。 32・ 34・
35)と e手
法の もの (29。 31・ 33)。 壺E(36)は ,口
径4.8cm,高
さ5.6cm
の小型品で,外
方 に張 り出す三角形状 の高台 を持つ底部 に,筒
状 の胴部 と蓋受状 の短 い口 縁部 を付 した形態である。胴部外面はヘ ラケズ リのの ち, ヨコ方向のヘ ラ ミガキ を施 す。黒色土器 は
,内
面のみを黒色処理するA類
であり,杯 A,椀 ,甕
がある。杯A(37〜
39) は,日
径17.4〜19.6cm,高
さ5 cm程 度で,平
底 と内湾気味 に外方 に開 く口縁部 か らなる。日縁部外面はいずれ もヘ ラケズ リ調整す るが
,37は
そのの ちヘ ラ ミガキを施 す。内面 につ いては,い
ずれ も底部,日
縁部 をヘ ラ ミガキす る。37には暗文が施 されている。甕(40)は 卵形 の器体 に,大
きく外反す る日縁部 か らな り,日
縁部 をヨコナデで,胴
部 はヘ ラケズ リ で調整す る。内面 には ヨコ方向の丁寧 なヘ ラ ミガキ を施 す。須恵器の器種 には
,杯
B(45。 46)・杯B蓋
(41〜44)。重M(28'29)・
壺蓋 (47)。鉢 (48)・↑争瓶 (51)・ 台付円面硯 (52)・ 風字硯・甕等 がある。
杯
Bに
は,日
径14.8cm,高
さ4.6cmのもの(45)と 口径14.lcm,高
さ3.9cmのもの(46)があり
,高
台はいずれ も台形状 を呈す。底部外面は,ヘ
ラ切 りの まま不調整である。杯蓋 はいずれも縁部 が屈曲する形式で
,器
高が低 い。法量 には,口
径16cm以上のもの(41・42),13〜
15cm(44),10cm前
後 のもの(43)がある。頂部外面の調整 はヘラケズリ調整(41・
43),ナ
デ調整(42・ 44)の両種 がある。壷蓋(47)は,平
坦 な頂部 と直角 に折 れまがる縁部 か らな り,項
部外面 には焼成前 に穿 つた円形 の透 し穴 がある。頂部外面はロクロヘ ラケズ リで調整す る。重M(49・ 50)は ,い
ずれ も胴部以下の破片 であるが,ロ
クロ水挽成形で 50は底部 を糸 で,49は
ヘ ラで切 り離す。2は
端面内傾す る角高台 を持つ。浄瓶(51)は,頸
部 に
2条
の沈線 を配す。灰褐色 や暗褐色 に発色 し,ほぼ 全面 に自然釉 が降着す る。東海産 と 思 われる。台付 円面硯(52)は,硯
部 を欠損す るが,脚
台部 には23個の長方形 の透 しが施 され る。
灰釉 陶器 には
,椀
(56・ 57)と皿(55)がある。56は,日
径15.4cm,高
さ4.8cmで低短 な角 高台 を持つ。底部 か ら口縁下半部 をロクロヘ ラケズ リで調整。ひた しかけで内面のみ灰釉 をかける。57は,日
径15.8cm,高
さ5.2cm,三
日月状 の高台 を付す。底部 は糸 で切 り離 し たまま不調整である。皿(55)は,口
径13.5cm,高
さ3.4cm,外
方 にふんばる様形状 の高台 をもつ。 日縁部内外面 には,は
けで灰釉 を施 す。底部外面は,不
調整 で糸切痕 をとどめる。緑釉 陶器 には
,軟
陶 と硬 陶の両種 がある。軟陶 には,奈
良時代の鉢(54)と平安時代の椀・皿(53)がある。鉢(54)は,日径16.8cmに 復原できる。平底 と端部近 くで立ち上 る口縁部 か らなる。 口縁部端面は内傾す る。
硬陶は
,い
ずれも平安時代で,椀
・皿 等 がある。皿(53)は,底
部 ケズ リ出 しの高台 を持 つ。底部外面 を除 く部分 に暗緑色 の釉 がかかる。底部内面 には,生
地焼成時 と,釉
かけ後の焼成時の二つの重ね焼痕跡 を持つ。高台の作 り
,三
度焼 きの際 に トチ ン等 を使用 してい ない点 から,京
都府亀岡市篠古窯跡 で生産 された ものであろ う19。二彩 。三彩 は
,い
ずれ も小片で器形 を復原で きるものはない。釉 の残 りのよい ものにつ いては,巻
頭図面 におさめた。E
土壊 SK 1270出 上土器81‑10‑Ⅱ トレンチ南端 で検出 した土墳 SK 1270か ら
8世
紀前半の土器 が少量出土 した。土師器の器種 には
,杯
A・ 皿A・ 皿B・ 鉢B・甕等 がある。tt B(80)は ,口
径 28.8cm, 高 さ3.5cm程
の大型品で,広
い底部の縁辺 に内傾す る低短 な高台 を付す。内湾気味 に外方 に張 る口縁部 は,端
部近 くで外反 し,端
部 は内側 に折 り返 され九 く】巴厚す る。底部外面 を ヘ ラケズ リ,口
縁部外面 を横方向のヘ ラ ミガキを施 す。内面 にはラセ ン暗文 と斜放射暗文 を施 す。鉢B(83)は ,日
径23.4cm,高
さ9.5cmの大型品で,底
部 か ら内湾す るカーブで 端部 にいた り,端
部 は内側 に折 り返 され,丸
く月巴厚す る。保存状態 が悪 く,
ミガキの有無は判断で きないが
,日
縁部下半部 か ら底部 には,ヘ
ラケズ リ調整痕 が確 認 で きる。須恵器の器種 には
,杯
A・ 杯B・ 重・甕等 がある。tt A(82)は,外
方 にふんばる低短 な 高台 を持 つ広 い底部 に,倒
短形 の胴部 を付す。頸部 よ り上部 を欠損す るが,薬
重形 の器 に復原で きよ う。底部 はヘ ラ切 りのの ち,ナ
デ調整,胴
部 はロクロヘ ラケズ リで調整す る。肩部 には
,自
然釉 が降着 している。壷
A(81)は ,日
径9,Ocm,胴
部最大幅22.Ocm,器
高 19.lcmを 測 る。肩の張 った長胴形 の器体 に,内
傾す る短 い口縁部 と高台 を付す。底部 は丸底 に近 く,高
台は外方 に大 きくふ んば る。肩部 には,半
環状 の耳飾 りを四方 に配す。胴部タト面は,平
行叩 きを施 した後,胴
部上半 と下半部 をロクロヘ ラケズ リ調整す る。
F
土壊SK 1230出土土器北室院地区の81‑10‑Iト レンチで検 出 した土渡 SK 1230か ら
,銅
滓や多量 の瓦片 に混 っ て比較的保存状態 の良い土器類 が出土 した。SK 1230か ら出土 した土器類 には,土
師器,須
恵器・黒色土器・瓦器・灰釉 陶器 がある。
土師器の器類 には
,高
台付椀・皿・鍔釜がある。高台付椀 (72〜75)は,口
径15cm,高
さ6m程
度で,日
縁部 が内湾す るカーブで端部 にいたるもの(72〜73),端部近くで立 ち上 る もの(74・ 75)が ある。高台の形態 には,断
面三角形 の もの と梯形 の ものがあ り,後
者は少 ない。 いずれも,口
縁部外面 をヘ ラケズ リ調整 し,口
縁部内外面 と底部内面 に粗 く不規則 なヘ ラ ミガキを施 す。底部外面,高
台部 には ミガキ を施 さない。黒色土器のいぶ し不足 の ものに似 た色調で,灰
褐 〜灰黒色 を呈す。土師器 とみなして記述 したが,黒
色土器の可能 性 も考 えられる。大和 では,今
の所,こ
の種 の椀 の類例 は知 られていない。河内か和泉産``ゝ=〓三==上■■..Ⅲp'そ 8
く 〔
:::::::::]:::::::::'4:1く ≡ 軍
=匡 =冨762
8
第77図
SK 1270出
土 の土器 (80〜83), SK l134出土 の土 器 (58〜 65)SK 1230出土 の土 器 (66〜79),
ヽ
の可能性 が考 えられる。時代的 な位置付 けにつ いては断言で きないが
,伴
出 した瓦器椀 の 年代 に近 い時期 (11世紀末葉頃)と 考 えている。皿 には,口
径10cm,高
さ1.5cm程の小形 品で,口
縁部 が大 きく外反 し,端
部 が内側 に丸 く肥厚す るもの(66〜68)と,日
径16.lcm 高 さ2.5cm程
で,口
縁部 が大 きく外傾 す るもの(69)がある。前者 が圧倒 的 に多い。前者 は1段
ナデで,後
者は2段
ナデで調整す る。黒色土器 には
,内
面 を黒色処理するA類
と両 面 と も黒色 処 理 す るB類
があり,各
1点出土 した。
A類
の椀 (77)は,口
径16。lcm,復
原高5.5cmで
口縁 内面端部直下 に浅 い沈線 をめ ぐらす。外面 をヘ ラケズ リしたの ち,内
外両面 にヘ ラ ミガキ を施 す。B類
の椀(76)は,口径
16.4cm,高
さ6.2cmで口縁外面 に4回
に分 けて横位 のヘラミガキ を施 す。底部外面・高台部 には
,
ミガキ を施 さない。.
瓦器椀(78・ 79)は
,い
ずれ も外方 にふんば る比較的長 い高台 を持 ち,口
縁端部直下 に沈線 がめ ぐる。両者 とも
,日
縁部 内面の ミガキは密 で,底
部内面 には,ジ
グザ グ暗文 を施 す。口縁部外面 には
,4回
に分 けて横方向のヘ ラ ミガキ を施 す。灰釉 陶器 には
,椀
(70)と把手付瓶(71)がある。椀(70)は,底部 の破片 で断面三角形 に近 い 高台 を持つ。底部外面 か ら口縁部 にかけて,ロ
クロヘ ラケズ リを施 す。施釉法 はハケ塗 り で,内
面全面 と口縁部外面 に灰釉 をかける。把手付瓶(71)は,底部 か ら胴部の破片で,底
部と胴部 の境 に沈線 を施 し
,切
高台風 に底部 を作 り出す。G
土壊SK l134出上上器中間地区の羅漢壺周辺の調査の際に検出 した土装SK l134から雌 した土器類 には,土師器 小皿(58〜
62),瓦
器椀(63・64)がある。小皿類 が圧倒 的 に多い。小皿 には,口
径8〜
10cm, 高 さ1.1〜1.5cmの小皿 (58・ 61・62)と,日
径10.6cm,高
さ2.2cmの もの (59)が ある。 い ずれ も口縁部 をヨコナデす るが底部不調整で ある。瓦器椀 (63・64)は ,日
径1lcm前後,高 さ
3.5cm前
後,小
型品で,底
部 には,矮
小化 した高台 を付す。内面のヘ ラ磨 きは雑 で, タト面 には施 さない。(65)は,同 トレンチSK l135から出土 した中国製 の陶器で灰釉風 の釉 が掛 け施 されている。
H
土墳SK 1066出
土上器福園院周辺 の土墳 SK 1065か ら大量 の土器類 が出土 した。土師器・瓦器・須恵器・陶器 があ り
,総
破片数は,3977点
にも及ぶ。 その うち土師器の皿 が,91%を
占める。土師器の 器種 には,皿
・釜・鍋 がある。皿 は,形
態 。調整手法 から,第
表,第
図の如 く分類 し た。 また,皿
は,胎
土色調の上で,次
の3群
に分類 した。第I群
は,砂
のおおい胎土で赤 褐色 に発色 し,第
Ⅱ群 は,胎
土は,極
めて緻密 な胎土で灰褐色 に発色 に発色 している。第Ⅲ群 も
,
Ⅱ群 と同様緻密 な胎土で乳 自色 に発色 してい る。 Ⅱ・Ⅲ群 については,水
欲 した 可能性 が高い。皿 の型式別個体数は,第
表 を参照。皿 の個体数は,各
型式毎 の計測可能 な回線部破 片の残存す る長 さを総計 し,各
型式の平均的 な口縁 長で除 して算出 した。釜 に67
型 式 法量(日径X高) 器 形 の 特 徴 調 整 手 法 群 備 考
卜」皿a 7.8×14 底 部 上 面 は小 山状 に突 出。 国縁部 上半 は肥 厚 、下 半 は わず か に くぼ む。
口縁部 ヨコナデ、
底 部 外 面 不調整 。 Ⅲ
稲 垣12。
(第 図1) 焼 けひずみ例 多 い。
」ヽ皿 b 72×08 底 部 上 面 は わず か に突 出。底 部 と口縁部 の 境 いは ま るい。
口縁 部 ヨコナ デ、
底 部 外 面 不調 整。 I 稲垣 Ⅱ 2の 二。(2)
」ヽ皿c 71×1.1 底 部 外 面Iよわず か に突 出。底部 と口縁部 の 境 い に明瞭 な稜 を もつ。
口縁部 ヨコナデ、
底 部 外 面不調 整 。 I 稲 垣 Ⅱ 4のホ 。(3)
/1ヽIll d 70×1 4 底部 は ま るみ を帯 び、底部 と口縁 部 の境 彰
̀こ
稜 が ない。
口 縁 部 ヨ コ ナ デ 、 底 部 外 面 不 調 整 。 見 込 部 一 方 向 ナ デ 。
I Ⅲ
中 皿a 87×19 底部 外 面 は浅 くくぼ む。 国縁部 下 半 をわず か に くば め る もの あ り。
口縁部 ヨコナ デ、
底 部 外 面 不調整 。 見込部 一 方 向ナデ。
I 稲 垣12の イ 。(5)
中皿 b 92×22 底部 はや や ま るみ を帯 び、底部 と口縁 部 の 境 いは ま るい。
口 縁 部 ヨ コ ナ デ 、 底 部 外 面 不 調 整 。 見 込 部 一 方 向 ナデ。
I 不層JH Ⅱ‑3しDⅡ。(6)
中皿c 9,9×18 底 部 は平 坦 で、底部 と口縁部 の境 い に稜 を もつ。
口縁部 ヨコナ デ、
底 部 外 面 不調 整。
見込部 円形 ナデ。
Ⅱ群 は国径 8.5 cm 前後 で、 見込 は一 方 向 のナ デ。(7)
中 皿d 100×1.8 底部 は平坦 で、底部 と口縁 部 の境 い に段 を もつ。
口 縁 部
2段ヨ コ ナ デ 。 見 込 部 円 形 ナデ。
I 不呂コ巨Ⅱ‑4しつこ二。 (8)
大 皿a 172× 口縁部 は大 き く開 き、 口縁部 上 半 が わず か
に内弯 す る。 口 縁 部 ヨ コ ナ デ 。 I 不層上巨Ⅱ‑3し 'イ
。(9)
大 皿b 225× 口 縁 部 が 大 き く開 き、 器 壁 が 厚 ヽ 口 縁 部 ヨ コ ナ デ 。 I 稲垣 Ⅱ‑4の イ。(llll
一弗 表
SK 1065出
土 土 師 器皿 分類第
5表 SK 1065出
土皿 型 式 別個体 数型 式 群
/1ヽ 皿 中 皿 大 皿
b d b
I 50(129) 10( 29) 16( 59) 2( 8) 2( 5)
□ 8( 26) 2( 8) ( 2) 4(23) 3( 3(17)
Ⅲ 7(27) 2( 8) 16( 96) 75(367) 23(163) 23(163)
型 式 法量(日径X高) 器 形 の 特 徴 調 整 手 法 備 考
257× 口縁部 は「 くJの 字形 に外反 、端部 を内側 に 折 り曲 げ る。
口 縁 部 、 肩 部 ヨ コ ナ デ 、 胴 部 ナ デ 。
灰 掲 色 。 胎 土 級 密 。 住ゆ 稲 垣A型式 。
b 146× 口縁 部 は内弯 し、端部 を外 方 に折 り返 す。
鍔│よ肩部 下1こ員占りつ け る。
口縁言郎、預吉Бヨコ ナ デ。
乳 白 色 。 胎 上 に石 英 村 差 多 量 に合 む 。 住妙 稲 垣B型式
162× 口縁部 は内弯 し、端部 を上方 に折 り曲 げ、
上 面 を浅 く くばめ る。 口 縁 部 を ヨ コ ナ デ。
乳 白 色 。胎 土 級 密 。口 縁 部 内 側 に焼 成 前 に粘 土 小 塊 貼 りつ け た も の あ り。 こ0 稲 垣D型式 。
第
6表 SK 1065出
土鍔 釜 の分類68
‑1
‑3
2
‑4
\くてことこここ]恒聖ョぃ. ′′PI 8
K 7
¶ =;ノ15
⊆≦⊆ 亘 巨 亘 巨 匡 日
=====R、
μ,12
0 10 20cm
第78図
SK 1065出
上の上器ついて も
,形
態 か らa〜dの四型式 に分類 した(第78図・ 第4表参照)。 尚,法
隆寺の中世土師器 に関 しては稲垣晋也氏 によって型式分類 が行 われているln。 今回行 なった分類 と稲垣 氏の分類の対応関係 は
,備
考欄 にかかげた。瓦器は
,椀
。皿片合せて6片 ,釜 9片 ,招
鉢48片,甕
91片,火
鉢12片が出土 した。瓦器 椀 は,口径7.8cm,高 さ3.3cmで,狭い平底 に外反気味 に外方 にひろがり,端
部近 くで真す ぐに立 ち上 る日縁部 か らなる。内外 ともヘ ラ磨 きを施 さず
,い
ぶ しも十分でない。最末期 の 瓦器椀 の一系列 に位置付 け られよ う。須恵器は
,鉢 2片 ,甕
13片,陶
器 は,椀 2片 ,摺
鉢2片 ,甕
17片が出土 した。土師器,瓦器 に較べ
,須
恵器,陶
器は,量
的 に少 ない。SK 1065か ら出土 した土器類 の年代は,15
世紀前半 を中心 とす る時期 で
,そ
の前後の時期 の もの も少量含 まれていると考 えられよ う。69
3.木 製品 。石製品・金属製品 。ガラス製品 A
木製品 (第79図7〜13)木製品は
,池
や井戸埋土 から漆器・容器・板物・祭礼具 などが若千量 出土 した。漆器 (7・
8)
高台付椀 と容器の蓋 がある。7は
日縁端部 と高台部 を欠損す るが,現
存部 からみて径
12cm,高
さ6.6cmに復原で きる。器壁 は厚 く,生
地表面 を仕上 げたの ち下 地 を施 し,内
外面 に黒漆 を塗 り,内
面は さらに朱漆 を重ねる (SG 1410下 層)。8は
逆F「籠 蓋型式の蓋。一辺約5。4cmの方形 で四角は隅円 とし,甲
盛 とす る。蓋髪の縁 は貼 り付 け手 法 によっている。外面は黒漆 を,内
面は朱添 を塗 る。布着はない (SGll13)。容器
(11)
曲物底板 がある。針葉樹柾 目板で大事 を欠損する力ヽ 復原径30cm。 側板 に留 めた木釘穴 2ヵ 所 をとどめる (SEllll)。板物 (9。
10) 9は
脚台部。梯形 で上底中央 に柄 を削 り出す。上底部 に別材 との組合せ 痕 が残 る。両側辺下底部 は面 どうし,横
断面形 はゆるく湾曲す る。広葉樹板 目板 (SEllll)。 10は白木箱。長辺
12cm,高
さ6 cmの箱 で側板のみほぼ完存す る。作 りは木 口に釘で 留 める芋付法 によ り,一
部 に木釘 が残 る (SGll13)。 江戸時代であろ う。祭礼具 (12・
13)
両側 とも側面形 の人形 である。12は鳥帽子姿 の側 面 を表現 した もので 下端 を欠損。現存長8.6cm。 13は全長34.6cm。 上端 は顔 の側面形 をかなり忠実 に写すが,下端 には手足 などの表現はみ られない。 ともに
SG1024埋
土出土。中世の人形 であろ う。同時代の人形 として広島県草戸千軒町遺跡19,大
阪府新家遺跡10例 に次 ぐものである。
B
石製品 (第79図 2・ 3)砥石
,紡
錘車,石
鍋 などがある。2は
砥石。灰黄色 の軟質の石で,幅 3.4cm,長
さ10cm, に切断 している。厚 さは1.4cm。 一方の面のみ使用 したもので,微
細 な磨 き痕 がある (81‑10‑1ト レンチ整地土
)。 他 にも長 さと厚 さは異 なるが
,同
じ幅 に切断 した砥石 が3点
出土 している。3は
紡錘車。緑泥片岩系 の石 を加工 した載頭円錘形 で,上
底面,下
底面 ともに 不整形(下底面5。1×4.9cm)で ,中
央 に径0。9cmの貫通孔 がある。表面は丹念 に磨 き調整 する八 周縁 には敲打痕 が残 る。下底面表面 には細刻線 による曲線文11条を施 す。重 さ49.6g (SG 2111下 層)。C
金属製品 (第79図4〜
6)金属製品 には鉄釘
,鍵 ,銭
貨 がある。 ここでは銭貨 を紹介す る。銭貨 は輸入銭7種
と寛 永通宝で,図
示 したのは外国銭 の うち3種 (1‑大
平通宝, 2‑嘉
祐元宝, 3‑元
祐 通宝)である。1は976年 (太宗
), 2は
1056年 (仁宗), 3は
1086年 (哲宗)初鋳 である。D
ガラス製品 (第79図1)緑色 を呈 したガラス玉。直径0,8cm。 ほぼ中央 に径 0.15cmの 貫通孔 がある。表面は若干 風化 しているが
,保
存状態良好。 ガラスの原材料 については分折 中のため,詳
細 は別の機 会 に譲 るが,鉛
は検出 されてお らず,他
のガラスの可能性 が高いとい う (SD 2140出土 )。70
0 10Cm
8
つ てヽ 0
第79図
木製品(7〜
13),石
製品(2,3),金
属製品(4〜 6),ガ
ラス製品(1)71