九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
化学合成に基づいたマイトトキシンの構造活性相関 研究
尾上, 久晃
https://doi.org/10.15017/1931710
出版情報:Kyushu University, 2017, 博士(理学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
(様式6-2)
氏 名 尾上 久晃
論 文 名 Structure-Activity Relationship Studies of Maitotoxin Based on Chemical Synthesis
(化学合成に基づいたマイトトキシンの構造活性相関研究)
論文調査委員 主 査 九州大学 教授 大石 徹 副 査 九州大学 教授 桑野 良一 副 査 九州大学 教授 徳永 信 副 査 九州大学 先導物質化学研究所 教授 新藤 充
論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨
マイトトキシン(MTX)は、渦鞭毛藻 Gambierdiscus toxicus が生産する梯子状ポリエーテル化合物 であり、世界的な社会問題となっているシガテラ中毒の原因物質の一つと考えられている。MTXは、
強力な急性毒性を有し、極低濃度で細胞内へのCa2+流入活性を示すなど興味深い生物活性を有する。
しかしながら、天然からは極僅かしか得られず、非特異的吸着が強いため、作用標的分子や生物活 性発現機構は解明されていない。本研究者の所属研究室では、化学合成した部分構造を用いた構造 活性相関研究を行っている。MTXの構造上の特徴として親水性部分と疎水性部分からなる両親媒性 の分子であることが挙げられる。そこで、疎水性部分が細胞膜中に挿入され、親水性部分が膜の外 に出た状態で作用標的分子と相互作用しているという仮説に基づき、疎水性部分構造に相当する二 つのセグメント、C’D’E’F’および WXYZA’B’C’環部を合成し、その生物活性を評価した結果、IC50
値数十μM でMTXのCa2+流入活性を阻害するという非常に興味深い結果を得た。本研究者は、ま だ生物活性が評価されていないMTXの他の部分構造に着目し、新たにMTXの疎水性部分、親水性 部分、ならびにその境界領域に位置する四つの部分構造として、QRS環部、 LMNO環部、NOPQR(S) 環部、およびWXYZA’B’C’D’E’F’環部を設計し、その生物活性の評価を行うために合成研究を行っ た。以下にその詳細を述べる。
QRS環部の合成:所属研究室で開発された三環性エーテルの合成法を応用することにした。すな わち、フラン誘導体とテトラヒドロピラン誘導体のカップリング、続くAchmatowicz反応によりピ ラノン誘導体へと変換した。ケトンの存在下、メチルアセタールのみを化学および立体選択的にメ チル化する方法を新たに開発し、核間メチル基を有する三環性骨格の構築に成功した。さらに、ジ アステレオ選択的なジヒドロキシ化、および六員環ケトンから七員環ケトンへの環拡大反応、ケト ンのジアステレオ選択的なメチル化を経由して、MTXのQRS環部の合成に成功した。
LMNO環部の合成:フラン誘導体からAchmatowicz反応を経由して合成したL環部に対して、ジ アステレオ選択的な C—グリコシル化、オゾン分解を経由してアルデヒドへと導いた。さらに、p- トルエンスルホキシド部位を有するヨードオレフィンを用いた先例のない Nozaki-Hiyama-Kishi 反 応に成功した。p-トルエンスルホキシド部位を Michael アクセプターとして導入することにより、
分子内オキサ-Micael 反応がスムーズに進行してピラノピラン環部を構築するとともに、つづく Pummerer転位反応の前駆体となっているためLM環部を効率的に合成することに成功した。さらに 共通の中間体であるLM 環部から NO環部へと誘導し、LM 環部アルデヒドとNO環部メチルケト
ンをAldol反応によって連結することにより、MTXのLMNO環部を合成することに成功した。
NOPQR(S)環部の合成:QRS 環部の合成中間体から S 環部が六員環エーテルである QR(S)環部へ と誘導し、さらに Q 環部末端にアルキンを導入した。LM環部アルデヒドとQR(S)環部アルキンと のカップリング反応を行い、生じたアルコールの酸化、生じたイノンのStryker試薬を用いた1,4
-還元、環化脱水反応、およびヒドロホウ素化を経由して、MTXのNOPQR(S)環部の合成に成功し た。
生物活性の評価:合成品の生物活性を評価したところ、疎水性部に相当するQRS環部が MTXの Ca2+流入活性を IC50値44 μM で阻害することを見出した。三環性のQRS 環部がより分子サイズの 大きい四環性のC’D’E’F’環部、および七環性のWXYZA’B’C’環部と同等の生物活性を示したことか ら、活性発現における該当領域の重要性が示唆された。また、S環を七員環から六員環に置き換え、
さらに核間メチル基を持たないQR(S)環部の生物活性は、QRS環部のIC50値は240 μMであり、約 6分の1に低下した。一方で、親水性部分に相当するent-LMNO およびent-EFGH環部も弱いながら も同様の阻害活性を示すことが知られている。これらの生物活性は前述の疎水性部分より弱かった ものの、非天然型のエナンチオマーであったことから、天然型のものと比較する必要があると考え られる。そこで、天然型の絶対配置を有するLMNO環部の生物活性を評価した結果、その生物活性 は期待に反して弱く、IC50値を出すには至らなかったものの(300 μMで36%程度の阻害)、非天然 型エナンチオマーであるent-LMNO 環部との活性の差がほとんどなかった。このことから、該当領 域は分子認識において絶対配置は重要ではない、すなわち非特異的吸着によるものである可能性を 見出した。また、MTXの最たる特徴として両親媒性が挙げられるが、親水性部分と疎水性部分の境 界領域にある NOPQR(S)環部は、期待に反して全く活性を示さなかった。しかしながら、本研究は 疎水性部/親水性部境界領域の合成および活性評価を行った初の報告例である。また、今回確立した NOPQR(S)環部の合成法は、二つのビルディングブロックの選択により様々な分子サイズの両親媒 性部分構造を構築することが可能な強力な合成戦略であり、当該領域に関する今後の研究の発展に 大きく貢献するものと期待される。
WXYZA’B’C’D’E’F’環部の合成:より強力な阻害剤になり得る有力な候補化合物として、MTXの 疎水性領域の左半分に相当するWXYZA’B’C’D’E’F’環部を設計した。本研究者は、二環構築型収束 的合成法である α-シアノエーテル法の適用範囲を拡大するために、本合成に応用することにした。
以前のモデル化合物の合成実験の結果から、還元的エーテル化によるA’環部の構築には大きな困難 が生じると予想された。懸念された通り、最終段階である還元反応の選択性に問題が生じたが、ラ ジカル還元を用いることで、望む立体選択性で目的とする十環性骨格を構築することに成功すると ともに、α-シアノエーテル法が中員環と連続した核間メチル基を含むポリエーテル骨格構築に対し て有用な合成戦略であることを改めて示した。
以上の結果は、天然物化学および有機合成化学の研究分野において大きなインパクトを与える優 れた業績である。よって、本研究者は博士(理学)の学位を受ける資格があるものと認める。