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『太平記』の表現世界と宋元代の学芸

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Academic year: 2021

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『太平記』の表現世界と宋元代の学芸

著者 ? 力

著者別名 DENG Li

ページ 1‑63

発行年 2019‑03‑24

学位授与番号 32675甲第445号 学位授与年月日 2019‑03‑24

学位名 博士(学術)

学位授与機関 法政大学 (Hosei University)

URL http://doi.org/10.15002/00021759

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博士学位論文

論文内容の要旨および審査結果の要旨

氏名 DENG Li

学位の種類 博士(学術)

学位記番号 第685号

学位授与の日付 2019年 3月24日

学位授与の要件 本学学位規則第5条第1項(1)該当者(甲) 論文審査委員 主査 教授 小秋元 段

副査 専任講師 遠藤 星希

副査(学外)早稲田大学准教授 和田 琢磨

『太平記』の表現世界と宋元代の学芸

1.はじめに

DENG Li(鄧力)氏(以下、鄧氏と略す)提出の博士論文「『太平記』の表現世界と宋元

代の学芸」は、『太平記』の漢籍受容と宋元代の学芸の動向との関係を説く諸論考によって 構成される。はじめに本論文の編成を示す。

序章 本論文のねらいと背景 第一節 本論文の目的

第二節 南北朝期における宋代の学問の伝入について 第三節 『太平記』における中国文学をめぐる先行研究 第四節 宋元版の渡来

第五節 本論文の概要

第一章 『太平記』における杜詩の受容の再検討 第一節 『太平記』における杜詩について 第二節 李広の「恨み」から杜甫の「恨み」へ 第三節 「丹青」の表現

第四節 「竜馬」の典拠

第二章 『太平記』の表現と中国詩集―韓愈・蘇軾の受容を中心に―

第一節 『太平記』における韓愈・蘇軾の引用について 第二節 『太平記』における韓湘説話の受容の再検討 第三節 『太平記』における「精衛填海」の受容について 第四節 『太平記』における蘇軾の受容とその詩集

第三章 『太平記』巻二十六「黄粱夢事」における楊亀山の漢詩について

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2 第一節 先行研究について

第二節 宋学の伝来

第三節 楊亀山の受容と五山僧

第四節 『太平記』に引用された楊亀山の漢詩について 第五節 『太平記』における楊亀山の詩の出典

第四章 『太平記』における黄庭堅の受容の試論 第一節 五山禅林における黄庭堅の受容について 第二節 『太平記』の文章表現と黄庭堅

第三節 天正本の増補表現と黄庭堅の受容について

第五章 『太平記』の表現と中国の類書―『韻府群玉』受容の可能性―

第一節 日本における類書の受容について

第二節 『太平記』における宋代の故事と『韻府群玉』

第三節 『太平記』における『世説新語』の故事と『韻府群玉』

第四節 『太平記』における蟷螂・精衛の表現と『韻府群玉』

終章 むすびと展望

(このほか、第一~第五の各章には冒頭に「はじめに」、末尾に「むすび」を置くが、こ こではこれを略す)

以上のとおり、本論文は序章・終章のほか、五章の論考から成る。以下、論文の概要と 評価について述べてゆく。

2.論文の概要

はじめに、本論文の概要を章立てに沿って説明する。

序章では、本論文の目的と研究の背景が述べられる。『太平記』には、『史記』『文選』

『白氏文集』など、日本で伝統的に愛読されてきた漢籍に加え、宋代に流行した詩文の影 響も認められ、特に後者については、従来の研究では『詩人玉屑』『三体詩』『古文真宝』

などの宋代詩論詩集に依拠するものと考えられてきた。しかし、鄧氏は、『太平記』に引 用されるこれらの詩文のなかには、上記の諸書に所収されないものもあることを指摘し、

『太平記』作者の漢籍受容には、さらに幅広い経路があったのではないかと問題提起する。

そして、『太平記』が成立した時期は日中交流が盛行し、五山を中心とした禅林で宋元代 に刊刻された書籍が大いに享受されていたことを念頭におき、この問題を究明してゆくべ きであるとする研究方針が示される。

第一章では、『太平記』における杜甫の詩の受容が論じられる。『太平記』には複数の 杜甫の詩が引用され、従来これらは宋代詩論詩集により受容されたものと考えられてきた。

しかし、鄧氏はそれらには収められない詩も引用されていることを指摘し、その出典考証 を試みる。そして、巻四の「路経灔澦双蓬鬢……」や巻三十九の「筆を丹青に不仮して、

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十日一水の精神を斯にあつめ」といった一節、巻十三の「竜馬」の形容などを検討し、こ れらが杜甫の個人詩集、なかでも注釈を付された刊本『集千家註分類杜工部詩』に依拠し たものであると結論する。また、これらの詞章では、単に杜甫の詩が引用されるだけでな く、詩に付された注釈の内容も利用されていることを指摘する。『集千家註分類杜工部詩』

は元刊本が日本に流入し、南北朝期、五山僧たちに読まれていた。そのことから、鄧氏は

『太平記』作者の文学的環境が五山に通じるものであったと推測する。

第二章では、五山文学以降、日本でも尊重されるようになった韓愈・蘇軾の受容が論じ られる。『太平記』巻一には韓愈の流謫と韓湘の道術をめぐる説話が引用される。従来、

本話は『詩人玉屑』に依拠するものと理解されてきた。しかし、鄧氏は『太平記』には『詩 人玉屑』に見られないモチーフも存在していることを指摘し、それが韓愈の個人詩文集『新 刊五百家註音辨昌黎先生文集』に収める「左遷至藍関示姪孫湘」詩の題注に依拠するもの であると論じる。また、巻三十四の「精衛塡海」にも韓愈の詩が引用される。こちらは周 辺本文の分析から、韓愈の個人詩文集『朱文公校昌黎先生文集』に依拠したものだとする。

同じ韓愈の詩を引くにあたり、依拠する本を異にすることについて、鄧氏は『太平記』で は前半部と後半部とで作者が異なることを理由としてあげている。一方、蘇軾の受容につ ては、巻二十七の「建渓ノ風味農ヤか也、東坡先生か人間第一ノ水……」をめぐり、考証 が行われる。従来、この一節は典拠未詳とされてきた。これに対し、鄧氏は『王状元集百 家注分類東坡先生詩』巻十三「茶」に収める二首の詩とその注釈が出典だとする。作者は 分類体の詩集の長所を活用し、茶に関する表現を複数の詩と注釈から集めたと指摘する。

第三章では、『太平記』巻二十六に引用される楊亀山の詩の出典考証が行われる。『太 平記』では同巻で黄粱夢の故事が語られ、末尾に「楊竜(亀)山」の「謝日月詩」が引用 されている。『太平記』の作者が原拠となる『亀山集』からこれを直接引用したとは考え がたく、従来、その受容の経路は未詳とされてきた。これに対して鄧氏は、楊亀山が宋学 の先駆者、程明道・程伊川の門下の学者として、また「伊川門雪」の故事でも著名な人物 として、五山僧たちに知られていたことを確認する。そして、楊亀山の当該の詩が、宋代 の儒者の遺文を類聚した『性理群書句解』に所収されていることを明らかにする。当該の 詩は他に『亀山集』のほか、『太平記』とほぼ同じ時期に成立した『両宋名賢小集』に所 収を確認できるのみの状況であることから、『太平記』作者は『性理群書句解』を通じて 楊亀山の詩に接した蓋然性が高いと結論づける。五山僧たちは宋代の詩文のみならず、儒 学へも多大な関心を寄せていた。『太平記』の作者も、これと同じ志向をもっていたこと に注目する必要があると、鄧氏は指摘する。

第四章では、黄庭堅の詩の受容が論じられる。黄庭堅も五山文学以降、日本で尊重され た詩人の一人であるが、『太平記』における享受例はこれまで指摘されてこなかった。し かし、鄧氏は巻二十一の「戻眼空く百歩の威におほひ」、巻二十六の「人間百年の楽も枕 頭片時の夢」の表現を検討し、前者は『山谷外集詩注』、後者は『山谷詩集注』に収める 詩によった可能性があると指摘する。また、『太平記』の重要な異本の一つである天正本

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には、巻十五、巻二十五において、黄粱夢と南柯夢にかかわる文飾的表現が独自に加えら れている。鄧氏は黄庭堅の詩のなかで、この二つの夢の故事がしばしば対のかたちで、あ るいは混同して用いられている事実を指摘し、こうした影響が天正本に及んでいるのでは ないかと論じる。

第五章では、宋末元初の陰時夫によって編纂された類書の機能をもった韻書『韻府群玉』

の受容が論じられる。『太平記』では鎌倉時代に編纂された和製類書が活用されていたこ とはすでに知られているが、宋元代に成立し、同時代の漢字文化圏で盛んに用いられた類 書の利用は指摘されることがなかった。鄧氏は、巻二十六の「画工闘牛之尾ヲ誤テ、牧童 ニ笑レタル事」、巻二十七の「呉牛喘テ舌ヲ垂ル」の故事・表現に注目し、前者が『東坡 志林』、後者が『世説新語』に原拠があることを確認する。しかし、『太平記』作者が『東 坡志林』を目にしていたとは考えられないこと、『世説新語』の記述より、これを引用す る後代の類書の記述の方が『太平記』の表現に近いことから、作者は上記の故事を引用す る『韻府群玉』を利用したのではないかと推測する。そして、二つの故事がともに『韻府 群玉』巻八「牛」に収められており、それが巻二十六・二十七という接する巻で引用され た点に、韻書を合理的に活用する作者の故事引用の方法があることを想定する。同様に、

巻十の「蟷螂」と「精衛」の故事を対句的に用いる表現に注目し、この発想が『韻府群玉』

に引く秦観の詩によるのではないかと推測する。

以上を踏まえ、終章では本論文の要点が述べられる。そして、今後の課題として、『太 平記』の漢籍受容を検討するには、李白等その他の詩人についても考証を進める必要があ ること、韓愈などのような学者については、宋学の観点からも検討する必要があること、

五山僧の漢籍受容の状況を再確認する必要があること、といった諸点があげられる。

3.総合的評価

『太平記』の漢籍受容をめぐっては厚い研究の蓄積がある。早く、増田欣氏は『太平記』

が『史記』『文選』を重視する点、引用される漢籍の詞章が旧鈔本の訓法にもとづく点を 指摘し、作者が伝統的な博士家の教養をもつ者であったと結論づけた(『『太平記』の比 較文学的研究』角川書店、1976 年)。しかし、その後、黒田彰氏は『太平記』に収められ る少なからぬ説話が、『和漢朗詠集』注釈書類や『孝子伝』などの幼学書に収められた、

日本中世において独自に加工された中国故事(いわゆる「中世史記」)と共通することを 指摘し、作者の教養の一面に中世固有の学問的環境があることを明らかにした(『中世説 話の文学史的環境 正・続』和泉書院、1987・95年)。また、柳瀬喜代志氏は『太平記』が 中世に流行した宋代の詩論詩集を利用している事実を指摘し、従来不明であった中国故 事・表現の典拠の解明を行った(「中世新流行の詩集・詩話を典拠とする『太平記』の表 現」『軍記と漢文学』汲古書院、1993 年)。さらに、近年では森田貴之氏が『太平記』に 元代の詩が所収されていることを指摘し(「太平記と元詩―成立環境の一隅」『国語国文』

2007年2 月号)、張静宇氏が宋元代に流行した文化や芸能の投影が『太平記』には認めら

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れることを指摘する(「『太平記』巻三十八「大元軍事」と宋元文化」『太平記をとらえ る』2、2015年)など、『太平記』作者が同時代の中国の書籍や情報に触れうる環境にあっ たことがわかってきた。

鄧氏の研究はこれらのうち、森田氏、張氏の研究と同じ視座によるもので、『太平記』

をめぐる日中比較研究の最先端に位置づけられるものといってよい。本論文において、鄧 氏が切り拓いた研究の新生面として評価できるのは、以下の諸点である。

第一に、『太平記』における杜甫と韓愈の受容は宋代詩論詩集によっていたとする従来 の考えを再検討し、彼らの個人詩集をも参観していたと指摘した点である。そして、これ らが『集千家註分類杜工部詩』『新刊五百家註音辨昌黎先生文集』といった、宋代あるい は元代に刊行され、日本でも比較的早期に禅林社会に受け入れられてきた系統の書に特定 した点も、妥当であるといえる。

第二に、『太平記』作者が杜甫・韓愈・蘇軾・黄庭堅の詩を引用するにあたり、彼らの 個人詩集より詩だけを引用するのではなく、注釈中の表現をも交えて引用することを指摘 した点である。恐らく、作者は注釈を読むことにより、詩に対する理解を深化させ、自ら の知識をより豊かなものにしていったことであろう。こうした指摘は、宋元版を軽視して きた従来の研究が見落としていたところである。

第三に、『太平記』作者が『集千家註分類杜工部詩』や『王状元集百家注分類東坡先生 詩』など、分類体の詩集を好んで用い、あたかもこれらを類書的に活用していたことを指 摘した点である。たとえ日本の最高の知識人であったとしても、中国の代表的な詩人の詩 集をすべて暗記し、自らの文筆のなかで、必要な箇所で必要な表現を自在に引用すること は至難の業であっただろう。しかし、分類体の詩集であれば、その苦難を容易に克服でき る。こうした知の活用のあり方は、中世文学の創作方法を解明するにあたり、示唆すると ころが大きい。

第四に、『太平記』巻二十六に引用される楊亀山の詩の出典を明らかにした点である。

ここでは出典が明らかになった以上に、それが『性理群書句解』という、宋学ゆかりの人 物の遺文集であったという指摘が重要である。『太平記』の作者が宋代流行の詩文だけで なく、儒学の方面にも関心を寄せていたことを明らかにした点は、今後、『太平記』の思 想の問題を考えるうえでも意義がある。

一方で課題も少なくない。

第一に、第四章では『山谷外集詩注』が、第五章では『韻府群玉』が、『太平記』では 活用されていたと推測している。だが、応安年間の半ば(1370 年頃)に成立したと考えら れる『太平記』にとって、これらの書の利用が可能であったか、という疑問が残る。鄧氏 が章題で「受容の試論」(第四章)、「受容の可能性」(第五章)と断るように、現時点 でこれは推論の域を出ないものであり、今後、さらなる考証が求められる。

第二に、例えば、第一章では「筆を丹青に不仮して、十日一水の精神を斯にあつめ」と いった表現が杜甫の個人詩集に依拠したものだと鄧氏は考察するが、こうした表現は杜甫

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の詩文によらずとも、構成することが可能ともいえる。本論文にはこのように論拠の弱い 例証がいくつか見られる。もちろん、鄧氏の指摘を否定することもまた困難ではあるのだ が、より確かな論に仕上げてゆくためには、さらなる事例の積み重ねが求められる。

第三に、鄧氏の見解にもとづけば、『太平記』の作者は五山禅林の文学環境と密接なつ ながりをもつ者といえる。一方で、『太平記』は禅宗に対して批判的な姿勢をとる作品で もある。作品の内実と作者の位置のもつ矛盾をどう整合的に理解するのか、大きな課題で ある。これは鄧氏のみならず、『太平記』研究に携わる研究者が等しく向きあわなければ ならない課題といってよい。

およそ以上のような課題は残るものの、鄧氏が本論文で示した新たな知見には、それを 上回る価値がある。総合的に見て、博士論文としてふさわしい内容をもつものと評価した い。

4.結論

審査小委員会は、鄧氏提出の博士論文「『太平記』の表現世界と宋元代の学芸」を上記のよ うに評価し、鄧氏が博士(学術)の学位を授与される資格を有するものとの結論に達した。

以 上

参照

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