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上杉慎吉の「国体」論に関する一考察 : 『新稿帝 国憲法』の分析を中心に

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(1)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察 : 『新稿帝 国憲法』の分析を中心に

著者 五味 良彬

出版者 法学志林協会

雑誌名 法学志林

巻 115

号 1・2

ページ 111‑136

発行年 2018‑03‑13

URL http://doi.org/10.15002/00023086

(2)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一一一

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察

──『新稿帝国憲法』の分析を中心に──

五   味   良   彬 はじめに

  明治末期から昭和初期にかけて東大で憲法を講じた上杉慎吉は、「国家は最高の道徳」「天皇即国家」の主張で知ら

れている。上杉におけるこの不動の主張は、その天皇「信仰 )(

(」と結びついたものであり、一種の信念であったが、大

正デモクラシーの風潮のなかで、これがそのまま受け入れられるということは不可能であった。そこで上杉はこの主

張を再構築し、一九二〇年代には独特の「国体」論を唱えるに至った。

  本稿では、一九二〇年代における上杉の「国体」論に関する一考察を行う。ここで時代を一九二〇年代に限定する

のは、ひとえに筆者の能力不足によるものであるが、もう一つの理由として、上杉「国体」論に大きな影響を及ぼし

た「相関連続」論が、一九一九年刊行の『暴風来』で簡単な形で述べられ、二一年刊行の『国家新論』で体系立って

主張されるに至ったことによる。そして翌二二年刊行の『新稿帝国憲法』(以下、『新稿』)では、「相関連続」論が

(3)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一一二「国体」論と絡み合い、一種の宇宙論を構成している。本稿で検討の中心とするのはこの『新稿』である。

  分析の方法としては、述べたように『新稿』をおもに用いて上杉「国体」論を概観する。従来の研究では、「相関

連続」論はおもに上杉の国家論を分析する際に用いられ、必ずしも「国体」論とのかかわりで用いられることは少な

かったように思われる。本稿では、「相関連続」論における「全体」という概念を、「国体」論における天皇と関連付

けて読むことによって、上杉の「国体」論、そして不動の主張たる「国家は最高の道徳」論、「天皇即国家」論がど

のような意味を持ってくるのかを考察したい。

  上杉についての先行研究は、その生涯にわたる分析をおこなったものとして、長尾龍一氏・井田輝敏氏・古田博司 氏の研究がある )(

(。これらは上杉に関する基礎的な研究であり、本稿もこれらの研究に大きく依拠していることはいう

までもない。ただ、以上の研究は上杉の生涯にわたる研究であるため、その焦点が一九二〇年代にあてられているわ

けではなく、井田氏の研究を除けば、一九二〇年代への言及は必ずしも多くはない。そこに焦点を当てたのが小山常

実氏の研究で、大正後期以降の上杉の転換および革新性に注目した点で重要である )(

(。小山氏以降の研究は程度の差こ

そあれ、この革新性に注目するものが多いように思われる。

  加えて、本稿の視点にかかわる個々の論文をみていくと、大正中期以降の上杉国家論・国体論については、国家論 が重久俊夫氏、国体論が新田均氏によってまとめられている )(

(。また、「相関連続」論と「社会」への関心については

西村裕一氏の研究があり、「皇道」論については前川理子氏の研究がある )(

(。また「体制意志」という上杉独特の用語の意味を明確にした住友陽文氏の研究も重要である )(

(。筆者はこれらの研究にも大きな示唆を受けている。そのほかに

も、上杉にかかわる貴重な研究は数多くあるが、そうした研究については、本文中で必要に応じて言及することとし

たい。

(4)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一一三   なお、本稿の内容は、筆者が二〇一四年度に執筆した法政大学大学院修士学位論文「大正後期から昭和初期における上杉慎吉──『高天原』のユートピア」の内容をもとに、全面的に書き改めたものである。

第一章

  「国体」論

  上杉は、「国体」をどのようにとらえていたのか。『新稿』に基づけば、「国体」とは「特定国家が何人を統治権者 とするかの、国家構成の根本基礎 )(

(」であり、すなわち「統治権者」のことを指す。

  では、日本の「国体」はどのように定まったのか。これを説明する際、上杉は神話にさかのぼってこれを論じよう

とする。いささか長くなるが、本稿の分析の中心になるため、「我が国体の淵源」と題された項を引用してみよう。

  天祖天照大神の皇孫瓊瓊杵尊を斯の国に降したまひて、吾子孫の天皇として統治すべき国なりと定めたまひし

は、日本人の国民的確信の実現であつたのである、古史に徴するに、初め天之御中主神あり、宇宙の中心たり万

物の原動力たり、天地創造の根源にましまし、無窮に自然と精神とを支配したまふの神である、高皇産霊神神皇

産霊神神世七代を経て、創造造化の事成る、最後に伊弉諾伊弉冉の二神あり……大八洲国たる日本国土を生ませ

られた、即ち相議して「吾已生大八洲及山川草木何不生天下之主矣」(引用者注:「吾 われすでに大八洲国及び山川草木 を生めり。何ぞ天の下の主 きみたるもの者を生まざらむ」)とのたまはせられ、天照大神を生ませられたのである……瓊瓊杵

尊は其の御孫である、されば日本人は天祖及天祖の系統の御子孫を以て、天地の創造者たり万物の支配者たる天

神の遺霊を承伝体得せられ、本来本質上日本人の活動は、斯の御一人の精神を基礎として存在するのであつて、

(5)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一一四各人は己を没却して、絶対的に斯の御一人の精神に憑依するに依りて、我を完成し永遠ならしむることを得ると

確信して居たのであつて、之れ日本人あり、日本道徳あり、日本国家あるの根本基礎であつたのである、天祖の

豊葦原瑞穂国は吾が子孫のしらすべき国なりとのたまはせられたのは、此の事を其のままに明にせられたるに外

ならぬ、之れ実に我が建国の基礎なる大精神であつて、国体の淵源根柢茲に存するのである、かくて日本人は天

皇に合一しまつり、天神に合一しまつり、天皇の御力に依りて、宇宙の理想と人類の本性を永遠に充実し発展す

ることを得るとするを以て、所謂惟神道とするのである )(

  「斯の国」とは「豊葦原瑞穂国」

、すなわち「日本国家」を指す。「天祖」天照大神(以下、アマテラス)が「皇孫」

ギノミコト(以下、ニニギ)を天孫降臨させ、日本を「吾子孫の天皇として統治すべき国なり」、と定めたのは「日本

人の国民的確信の実現」であったと最初の一文は述べている。

  さしあたり、アマテラスが日本を「吾子孫の天皇として統治すべき国なり」と定めたのは、いわゆる「天壌無窮の

神勅 )(

(」(上杉の言葉では「天祖建国の神勅 )((

(」)である。上杉によれば、この「天壌無窮の神勅」は日本の「国体」、す

なわち天皇が統治権者であることを定めた「国体法」であり、「国体法」たる「天壌無窮の神勅」で日本の「国体」

(=統治権者)が定まり、「国体」が定まったことで日本国家が建国されたとする。すなわち、「国体法」「国体」「国

家」の誕生は同一の瞬間ということになる。さしあたり、上杉によれば日本の統治権者は天皇であるから、この統治権者が変更されれば日本国家は存在しえない。その意味で、「天皇即国家」である )((

(。

  アマテラスの子孫を日本の統治権者と定めた「天壌無窮の神勅」は、さきの引用文によれば「日本人の国民的確信

の実現」であったという。いうならば「国体」は「日本人の国民的確信」に基づくと述べているわけだが、なぜ天皇

(6)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一一五 が統治権者であるということが、「日本人の国民的確信」に基づくといえるのか。

  引用文を見直すと、「日本人の国民的確信」とは、「本来本質上日本人の活動は、斯の御一人の精神を基礎として存

在するのであつて、各人は己を没却して、絶対的に斯の御一人の精神に憑依するに依りて、我を完成し永遠ならしむ

ることを得る」確信だという。つまり、「斯の御一人の精神」を基礎として日本人の活動が存在し、絶対的に「斯の

御一人の精神」に「憑依」することで、「我を完成し永遠ならしむる」ことを日本人が確信していたというのである。

  では、「斯の御一人」とは誰を指すのだろうか。まず考えられるのは天皇、ないしはアマテラスである。しかし、

ことはそう単純ではない。再度「我が国体の淵源」の引用文を見返すと、「斯の御一人」の一文は次のような一文を

前提としていることがわかる。

  日本人は天祖及天祖の系統の御子孫を以て、天地の創造者たり万物の支配者たる天神の遺霊を承伝体得せられ、

本来本質上日本人の活動は、斯の御一人の精神を基礎として存在するのであつて……

  ここで「天祖」とは述べたようにアマテラス、「天祖の系統の御子孫」とはニニギ以下の天皇 )((

(を指しているが、ア

マテラス・歴代天皇は「天地の創造者」で「万物の支配者」である「天神」の「遺霊を承伝体得」しているのだとい

う。「斯の御一人の精神」が天皇の精神であったとしても、その天皇は「天地の創造者」で「万物の支配者」である

「天神」の「遺霊を承伝体得」している。そうすると、「斯の御一人の精神」は天皇の精神であり、アマテラスの精神

であると同時に、「天神」の「遺霊」であるともいえるのではないか。

  では、「天神」とはいかなる神であるのか。注目したいのは「天地の創造者たり万物の支配者たる天神」と述べら

(7)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一一六れているということである。ここで三たび「我が国体の淵源」の引用文を見返すと、次のような一文がある。

  古史に徴するに、初め天之御中主神あり、宇宙の中心たり万物の原動力たり、天地創造の根源にましまし、無

窮に自然と精神とを支配したまふの神である……

  ここでは、「天之御中主神」(以下、アメノミナカヌシ)が「宇宙の中心」「万物の原動力」「天地創造の根源」「自然と精神とを支配」と取り上げられている。「天地の創造者」「万物の支配者」とされている「天神」の性格と重なる ことが理解できるだろう )((

(。

  似た表現は、上杉のほかの著作でも見ることができる。一九二四年に著した『新稿憲法述義』でも「古史ニ徴スル ニ、天照大神ハ天地ノ創造者タリ万物ノ支配者タル天神ノ正統 )((

(」との表現が用いられている。また一九一四年に刊行

された『帝国憲法述義』では、「天祖」アマテラスがどのような理由で、自ら「主権者」であるということを定めた

のか、という点に踏み込んで論じようとしているが、その文中にも同様の表現が存在する。

  天祖は如何なる実質上の原因を有せられて自ら主権者たることを定められたか我建国の歴史に徴しまするに、

天祖及天祖の系統の御子孫は天地の創造者であつて、宇宙の中心たる原動力たる天神の遺霊を承伝体得せられ、初より本質上日本人の活動は此御一人の意思を基礎として存在するものであつた )((

  『帝国憲法述義』では、

「天神」が「天地の創造者」で「宇宙の中心たる原動力」であると述べられている。ここで

(8)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一一七 アメノミナカヌシという表現は用いられていないが、ともあれ、『新稿』におけるアメノミナカヌシの規定、すなわ

ち「宇宙の中心」「万物の原動力」と、『帝国憲法述義』における「天神」の規定、すなわち「宇宙の中心たる原動

力」が重なっていることが理解できる。したがって、『新稿』においてアマテラス・歴代天皇が「承伝体得」してい

る「天神」の「遺霊」とは、アメノミナカヌシの「遺霊」といえるのではないだろうか。

  ここからは、天皇と「天祖」アマテラス、「天神」アメノミナカヌシが、「精神」ないし「遺霊」を共有するという 点で、いわば三位一体であるともいうことができる )((

(。ともあれ、天皇ないしアマテラスの背後には「天神」が存在す

るということ、「天神」は「宇宙の中心」「万物の原動力」「天地の創造者」「万物の支配者」と「宇宙」性を帯びてい

て、その性質は「天祖」アマテラス・天皇に「遺霊」という形で「承伝体得」されているということは確実に述べる

ことができるだろう。

  そこで精神と日本人の関係をみてみよう。さきの文章「本来本質上日本人の活動は、斯の御一人の精神を基礎とし

て存在するのであつて、各人は己を没却して、絶対的に斯の御一人の精神に憑依するに依りて、我を完成し永遠なら

しむることを得る」を考えてみると、「斯の御一人の精神」とは述べた通り、さしあたりは天皇の精神であるが、そ

れは同時に「天祖」アマテラスの精神であり、また「天神」アメノミナカヌシの「遺霊」であると考えられる。

  つまりこの文では、日本人の活動が「斯の御一人」すなわち一体の存在である天皇・「天祖」・「天神」の精神を基

礎として存在し、天皇・「天祖」・「天神」の精神に「憑依」することで、「我を完成し永遠ならしむる」ことを日本

人が確信していた、ということを述べているのである。

  ではここで、「我を完成し永遠ならしむる」とあるが、「我を完成」とはいかなる意味を持っているのか。そもそも

「我」とは何であるのか。このことについて考察していきたい。

(9)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一一八

第二章

  「相関連続」論

  『新

稿』は第一篇「国家」と第二篇「国体」の二篇構成となっている。第一章で分析してきた「我が国体の淵源」

の文章は、第二篇「国体」に含まれているが、今ここで分析の対象となっている「我」は、おもに第一篇「国家」で

解説が行われている。では、「我」とは何であるのか。これも長いが、「我」という項の内容を引用したい。

  我在ることは一切の初に我自ら之を決定するの確実なる事実である、人のみではない、凡そ存在する物は其の

本性を有するもの即ち我である、然らば我とは何であるか、我の内容は何なるか、先づ我が四肢五体を我なりと

為すかと云ふに、決して然らぬ……山川草木虫魚禽獣日月星辰、悉く我在るに無かるべからざるものである、即

ち一切万物は凡て残らず我と一体を成して離るべからざるものであり、我の内容は宇宙万有の全体であると為さ

なければならぬ、我即ち全体である、此は我の方より立言せるも、全体の方より之を云ふも同一であつて、全体

即ち我である……

  ……心に察せば、我即ち全体たること一層誰にでも分り易きであらう、我が心と謂ふ、到底限られたる我が心

なるものを考ふることは出来ぬ、広く推し及ぼして限り無き一切万物の心、統一して宇宙全体たる宇宙の心を以て我が心の内容であるとせねばならぬ、宇宙精神は我に於て顕現する。

  我の推し拡げて合一するの全体は本より空間的なる全体のみではないこと云ふを俟たぬ、時間に於て前なりし

ものも後なるものも皆継続して一体となり我の内容を成して居る、限り無き原子より限り無き未来永劫まで一体

(10)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一一九 なるものの間に、之と一体を成して我在るのである…… )((

  「我」とは、単に「我が四肢五体」

(すなわち自分)のみを指すものではない。一切万物なくして「我」は存在しな

いのであり、あらゆるものは「我」と何らかの関係を有している。その点で「我」とは「全体」であり、「全体」と

は「我」である。すなわち、「我」とは「宇宙」でもあり、「我が心」は「宇宙精神」でもある。また、「我」は「全

体」と合一しているが、その「全体」とは空間的なだけでなく、時間的に合一し、一体をなしているのだという。

  ここで述べられている「我」と「全体」(すなわち「宇宙」)との空間的・時間的合一こそ、一九二〇年代の上杉に

おける特徴をなす「相関連続」論である。「相関連続」論をもう少し詳しく見ていこう。まず、「相関」からである。

  上杉によれば、述べたように「我」と「全体」とは一体の関係である。しかし「我」の「全体」への合一は、あくまでも「我の意志 )((

(」に端を発する。したがって、「帰一の我を観念するとともに、各我対立の我を認めねばならぬ )((

(」。

この「各我」はもとより「全体」と離れることはできない。しかし、「各我」は各々が「本性即ち個性 )((

(」を持つ、相

互に対立した存在でもある。よって、「一々皆異なれる各我が無数に対立して全体を構成する )((

(」。「各我」は、述べた

ようにそれぞれが「本性即ち個性」を持つ異なる存在であるが、バラバラで存在することはできない。「各我」どう

しは依存しつつ存在するのであって、この相互依存の関係こそ「相関」である。「各我」の「本性即ち個性」は、ほ

かの「各我」の「本性即ち個性」が「充実発展」することにより、ますます「充実発展」する。そしてこうした「各

我」の「本性」の「充実発展」は、「全体」の「充実発展」にもつながる。よって、「各我」つまり「人」は、相互に

「相関」することで「本性即ち個性」を「充実発展」させることができる。

  上杉はこの「相関」論を、さまざまな講演でも述べていたらしい。そこでは「相関」という言葉を用いず、平易な

(11)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一二〇言葉でこの理論を語っている。

  我々は諸般の複雑した関係に於て、原因となり結果となり、相互に相待つて存在しているのであります。斯の

如くにして各々の人は、夫は夫、妻は妻、子は子、親は親、揃つて個々の性質を遂げるに依つて、私が仮に憲法

を研究するに適当なる才能を持つて居るとすれば、「コツプ」屋さんは「コツプ」を造るに適当なる才能を持つ

て居ることに依つて之を充たすことが出来る、私が憲法の研究を十分にやつて、斯う云ふ所に出て来て、暇を潰して話をするから、「コツプ」屋さんも安心して「コツプ」を造り、相依り相待つて我々は自己の人格を完うし

て居るのであります、自己の持つて居る本性を遂げて居るのであります、是が即ち道徳である世の中の善なる状

態である、道徳的の状態と云うのは、此の事が完全に行われて居ることを言ふのであります、或人が利益を得ん

が為に、他の人は其道具となつて居ることを不道徳と言ひます、「カント」は道徳の根本は我人格を尊重する如

く、人の人格を尊重することであると言つた、如何にも其通り、若も夫が妻を我が道具と思ふならばそれは不道

徳であります……他人の人格をば我が人格の如く尊重し 00000000000000000、相依り相待つて其の性質を遂げ 00000000000000、其目的を達すると云 000000000

ふことが 0000、是が真の善或は道徳でありま 00000000000000)((

((傍点原文)

  この引用文によれば、人々が「相依り相待つて」存在(「相関」)し、自己の持っている「本性」を遂げることが、「真の善或は道徳」なのである。

  人どうしが「相関」することで、はじめて「本性即ち個性」を遂げることができる。それゆえ、人は「本性即ち個

性」を発展させるため、「相関」して「全体」へと向かう。「相関の最高の段階に達するは我の創造が向かう所の目標

(12)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一二一 である )((

(」。

  次に「連続」を見ていこう。上杉によれば、人は「相関」して「全体」を構成するだけではなく、時間的に「連

続」して「全体」を構成している。「全体」とは「宇宙」であり、「宇宙」は「連続の一体」である。宇宙万物はみな

「連続」して存在しているのである。過去に存在したあらゆる物は、エネルギーや遺伝などの形で、現在に引き続い

て存在している。そもそも、現在という時間はなく、過去と未来があるのみである。よって、「相関は時間的関係を

同時に考えなければ到底考えられぬ )((

(」。「連続」とは「時間的相関」である。

  このように「各我」は「相関連続」し、「全体」をなしている。それは、「相関連続」することにより、「本性即ち

個性」を充実発展させることができるためである。

  ここで本章冒頭の問いに戻りたい。「我」とは「全体」であり、「宇宙」でもある。「我」とは「各我」すなわち個人でもあるが、純粋な個人ではない。「人は個人ではなく相関し連続する一体なる人 )((

(」であり、「我」とは「一体なる

人」である。すなわち、第一章で残した問いである、「我を完成」の意味とは、個々人(「各我」)が「相関連続」し、

「本性即ち個性」を充実発展させ、同一の存在である「全体」・「宇宙」・「一体なる人」を完成させ、「全体」なる

「我」となることにある。この「全体」・「宇宙」・「一体なる人」および「全体」なる「我」とは、具体的に何を指す

のか。それについては、第三章で述べていく。

  いささか長くなったが、以上が「相関連続」論の概略である。この「相関連続」論については、さまざまな先行研

究がある。長尾氏は『新稿』の「相関連続」論を分析し、『新稿』の特色は「ドイツ観念論、特にヘーゲル哲学の影

響である」と指摘した )((

(。以降の研究も基本的にこの線に沿っているように思われる。

  一方で上杉の五男・上杉總 さとひこは、上杉が大正末期以降東大で担当していた、社会学講座 )((

(関係の覚え書きと思われる

(13)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一二二「上杉慎吉社会学遺稿」を発掘し、「公法学者上杉慎吉における社会学=相関連続の研究」で上杉と「社会学」の関係

を分析した。總彦によれば、「相関連続」論の「根本思想」とは「人は社会的動物である」というところにあるとい

い )((

(、「社会学」と「相関連続」論の関係性を指摘する。

  筆者が考えるところでは、長尾氏や多くの先行研究に示されるように、ヘーゲルの影響は無視しえないと考えられ

る。上杉自身、ヘーゲルには高い評価を与えており、また一九二七年か二八年頃には、自らが思想的に深い影響を受

けた思想家として、「ルソウ、レッシング、ヘルダア、カント、ゲーテ、シルレル、フィヒテ、ヘーゲル、ロッツェ」の名を挙げているという )((

(。

  ただ、「上杉慎吉社会学遺稿」を読むと、總彦が述べているように、「相関連続」論と「社会学」の関係性は強いと

もいえる。その点で、「社会学」の影響は無視しえない。とはいえ、『新稿』においては、少なくとも表面的には、

「社会学」の影響を受けたと明白にわかる箇所は存在しない )((

(。そのため、『新稿』が執筆された一九二二年当時は、ま

だ「社会学」の影響は顕在化していなかったとみなすことができる )((

(。

第三章

  「国家は最高の道徳」

  本章で分析していきたいのは、第二章が残した課題、すなわち「我」(各我)は「相関連続」して「全体」=「宇宙」=「一体なる人」(言い換えれば、全体としての「我」)に至るが、それは具体的に何を指すのか、という点であ

る。

  これらについて、上杉は別の言い方をもおこなっている。

(14)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一二三   全体に合一せずんば我ではない、詭弁学者は我は万物の尺度なりと云へるも、其の我たる全体に合一する我に非ずして、離れたる一人の偶然なる一時なるものを我とした、全体に合一する我なるが故に、普遍的妥当的である、超個人我と云ひ絶対我と云ひ又は普遍我と云ひ此の意を示すも亦可である )((

  「詭

弁学者」の解釈が正しいかは措くとして、右の引用に基づけば、「全体に合一する我」(すなわち全体としての

「我」)とは「超個人我」「絶対我」「普遍我」といってもよいのだという。

  注目したいのは「普遍我」の語である。この語は上杉の同僚で、「神がかり」的な憲法を講じたとされる筧克彦が、

国家を示す意味で用いている語である )((

(。筧によれば、「普遍我とは本来の一心同体といふことである。詳しくいへば時間的及び空間的に存在する上下多数の各個人に普ねく存在する大生命」であり「本来の一心同体又は大生命 )((

(」だと

いう。なお、筧においてこの「大生命」すなわち「普遍我」の正体とはアメノミナカヌシで、「此神は世界の中央に

して其根柢たる神で、又実に一切に遍満している神であるから、宇宙一切の真の大生命であり、一物として其顕現に

非ざるはない )((

(」とされる。筧の「普遍我」論において、「本来の一心同体」や「時間的及び空間的」という表現など、

上杉の「相関連続」論によく似ているようにうかがえる )((

(。

  さて、この「全体に合一する我」=「普遍我」とは、それを構成する「各我」の「相関連続」のはたらきによって、

その範囲を夫婦や親子関係から拡大していく。このはたらきを上杉は「我の創造」と呼んでいるが、この「我の創

造」のはたらきによって、「最大範囲の人の一体を成すに於て、人は相関と連続とを完うし、人の本性を充実し、発

展し、文化と道徳の最高の段階に立ち到る )((

(」。

(15)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一二四

  この「相関連続」の「人の一体」の極致こそ、国家である。国家は「我の創造」のはたらきによって構成される

「国家我 )((

(」であり、そのため「国家は我の所産 )((

(」といえる。「全体に合一する我」とは、「国家我」でもある。したが

って、この「相関連続」の極致である国家でこそ、人の「本性即ち個性」は最高に「充実発展」する。

  ここにおいて、上杉不動の主張「国家は最高の道徳」が成立する。上杉によれば「道徳」とは、「人と人と一体を 成して相関し連続し、其の本性を充実し発展する )((

(」ことであり、すなわち「相関連続」である。つまり「国家は最高

の道徳」とは、国家において人の「相関連続」が極致に達していることを指しているのである。

第四章

  「天皇即国家」

  本章では、まず第一章・第二章の内容について確認したい。

  第一章で述べたように、上杉によれば、「国体」とは統治権者を指し、つまり天皇である。この天皇を統治権者と

する「国体」は、「天祖」アマテラスの「天壌無窮の神勅」で定められたが、一方でこの天皇を統治権者とする「国

体」は、「日本人の国民的確信」でもあった。それは日本人が、日本人の活動が「斯の御一人」の精神を基礎として

存在するということを確信し、「斯の御一人」の精神に憑依することで「我を完成し永遠ならしむる」と確信してい

たからだった。「斯の御一人」とは天皇であり、「天祖」アマテラスであったが、天皇・「天祖」は「天地の創造者」「万物の支配者」たる「天神」、すなわち「宇宙の中心」で「万物の原動力」であるアメノミナカヌシの「遺霊を承伝

体得」する存在であり、いわば天皇・「天祖」・「天神」は三位一体の存在であった。日本人はこの三位一体の存在

(表面的には天皇)の精神に「憑依」することで「我を完成し永遠ならしむる」と確信していた。

(16)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一二五   この「我」とは、第二章の内容を踏まえれば「全体」=「宇宙」=「一体なる人」(「全体に合一する我」)であり、国

家であった。

  すなわち、「日本人の国民的確信」とは、三位一体の天皇の精神に「憑依」することで「全体」=「宇宙」=「一体な る人」、つまり国家を完成させることであったといえる。その国家とは、いわば地上の「高天原 )((

(」であり、それは

「相関連続」の極致である。三位一体の天皇の精神に「憑依」するとは、いうならば三位一体の天皇と「相関連続」

するということであろう。ここにおいて、「国体」論と「相関連続」論が結びついている。

  さらに検討を重ねてみよう。思い返せば、「天神」アメノミナカヌシには「天地の創造者」「万物の支配者」「宇宙

の中心」「万物の原動力」と説明が加えられ、その存在は宇宙性を帯びている。ここで、同一の存在である「我」・

「宇宙」・国家と意味合いが重なってくるのである。

  これはひとつの推測であるが、「天神」とは「我」であり「宇宙」であり国家であるのではないだろうか。さきに

述べたように上杉は、「全体に合一する我」を「普遍我」といってもよいとしていた。上杉における「全体に合一す

る我」と、筧が『国家之研究』で述べた「普遍我」(すなわちアメノミナカヌシ)が同じ意味あいであるとするなら

ば、その蓋然性はさらに高まる。

  こうして見ると、「天皇即国家」というもう一つの上杉不動の主張は、統治権者たる天皇がいなければ日本国家は

存立しえないという、単純な意味とは次元の異なる意味を帯び、再度登場することとなる。天皇・「天祖」・「天神」

は三位一体であり、述べたように「我」・「宇宙」・国家は同一であるため、「天神」と「我」・「宇宙」・国家が同一

であるということは、天皇と「我」・「宇宙」・国家が同一ということでもあり、すなわち「天皇即国家」ということ

になる。

(17)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一二六

  そしてまた、「天皇即国家」ということは、天皇は「我」であり「全体」であり、「全体」と「各我」は切り離すこ

とのできない一体のものであるので、天皇は「各我」、すなわち個々人であるという驚くべき議論を導くこともでき

る。

  なお、上杉は人間の歴史を国家創造の歴史としてとらえている。それぞれの時代の国家はつねに「最高の道徳」だ

が、後世から振り返って見てみれば、過去の国家は「最高の道徳」とはいえない。

  なぜ、過去の国家は「最高の道徳」ではないのか。それは、過去の国家は現在の国家と比較して、「相関連続」の度合いで十分とはいえないからである。また現在の国家も、未来の国家からみれば不完全なものである。上杉は、当 時(大正後期)の日本国家を見て、資本家の心がけが悪いため、労働者の不満を招いていると見ていた )((

(。それゆえ、

社会政策の実行 )((

(などによって労資間の対立を緩和しなければならないと考えていた。いうならばそれは、「相関連続」

を達するためである。上杉が当時高唱していた普通選挙もそのためである。普通選挙によって、今まで政治から疎外

されてきた民衆を国民として、国家に一体化していくためである )((

(。「相関連続」によって、「各我」がより「全体」へ

の一体性を強めていくためである。

  その観点からすれば、建国当初の日本国は、実のところ「最高の道徳」ではない。これを真の意味で「最高の道

徳」すなわち「高天原」にするためには、「各我」たる日本人が「全体」たる天皇へ、より一体性を強めていかなけ

ればならない )((

(。「各我」の「本性即ち個性」が「全体」たる天皇へ一体性を強めていくことで、「全体」たる国家や天皇も、よりその性質を豊かなものにしていく。いうならば、本来の「最高の道徳」たる「高天原」から見て、内容空

虚な(「最高の道徳」でない)現在の国家・天皇は、「本性即ち個性」を有する「各我」の一体化で、内容を豊かにし

ていく。

(18)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一二七   この点で、示唆的なことを上杉は述べている。

  天皇は例えば鏡の如くにまします、何物も之に映写せぬはない、無色透明無味無臭固より至公至誠である、天

皇は絶対に無我にまします、全日本人を包容せらるる、一切を超越し、一切を包容する、固より天皇の私なるも

のは無い、されば日本人の体制意志は其の儘に、曇りなき明鏡の御心に合一して、日本国家に於いて日本人は一

斉に其の本性を充実し発展して、最高の道徳を実現することを得るのである )((

  これによれば、天皇は「鏡」であり、日本人の「体制意志」はこの「鏡」に映写されるのである。内容空虚だった

「最高の道徳」たる国家・天皇は、「各我」たる日本人と「相関連続」することで内容を豊かにし、その「体制意志」を「鏡」のごとく映写する。この「体制意志」とは何か。

  上杉によれば、人が「相関連続」し一体をなすのは、人の「本性」のはたらきだという )((

(。この、人を一体たる

「我」に組織する意志(すなわち「本性」)こそ「体制意志」である )((

(。そしてこれは、「数多の各人の意志の集合では

ない、其の総計でもない )((

(」「全体に合一して普遍妥当なる我の意志 )((

(」とされる。

  これを住友陽文氏は「諸個人を『規律組織』するものであり、道徳そのもの」で「ルソーのいう、『全体意志』と は区別されたところの『一般意志』そのもの」としている )((

(。筆者もこの見解に同意する。これは一九二八年に上杉が

著した『憲法読本』のなかの一語であり、やや時期がずれるが、ここに「天皇即臣民 )((

(」という言葉の成立する余地が

ある。

  上杉は、最晩年の一時期 )((

(を除き、一貫して天皇親政を唱えていた。以上のような考えに基づけば、天皇親政をおこ

(19)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一二八なっても何も問題とはならない。「鏡」「無我」たる天皇に私心などは存在しないのであり、そこでおこなわれる政治 は日本人の「体制意志」を反映した政治、つまり公論を反映する政治であり、上杉も主張していた「民本主義 )((

(」の政

治である。

  『新

稿』で上杉は、このように「相関連続」論と結びつけた「国体」論を主張していた。それは、宇宙性を帯びた

きわめてスケールの大きいものであり、天皇の意志を日本人の「体制意志」と同一のものとして読み替える、ある種

ラジカルなものであった。

おわりに

  以上、『新稿』を分析することによって、一九二〇年代の上杉「国体」論について一考察を加えた。

  『新

稿』において、「我が国体の淵源」で語られる「国体」論は「相関連続」論と絡み合い、天皇・「天祖」・「天

神」という三位一体の天皇が、「我」・「宇宙」・国家と一致することで、一種の汎神論を展開することになった。

  実のところ、上杉の著作においてこうした汎神論的な論理構造がはっきりと打ち出されているのはこの著作だけで

あり、一九二四年刊行の『新稿憲法述義』をはじめ、その後の著作において同様の構造を見ることはできない。その

ため、ある意味で『新稿』で完成していた上杉の「国体」論は、以降の著作ではうまく「国体」を説明できていないように筆者には感じられる。それはどういうことか。

  天皇=「天祖」=「天神」は「国体」論において成立していた関係であり、「我」=「宇宙」=国家とは「相関連続」

論において成立していた関係である。この両者は、「天神」アメノミナカヌシ=「宇宙」であるという点で結びつく。

(20)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一二九 「天祖」アマテラスは「宇宙」とイコールには結びつかない。なぜならば、アマテラスは「我が国体の淵源」でも述

べられているように、イザナギ・イザナミの両神が、「大八洲」すなわち日本の土地を作り出したのちに、その支配

者として創造した神であり、登場したのは「宇宙」の創造よりはるかにのちのことである。また、一般的にいってア

マテラスは太陽神ではあるが、宇宙神ではない。それゆえ、「天地の創造者」「万物の支配者」「宇宙の中心」たる

「天神」アメノミナカヌシとは異なり、アマテラスは宇宙性は持ちえない。それゆえ、「天神」を抜きにして、天皇=

「天祖」と「我」=「宇宙」=国家は同一の存在とはなりえない。天皇と国家の一体性も達し得なければ、天皇と

「我」(各我)の関係も説明できず、天皇が「体制意志」の体現者ということにもならない。

  とくに最後の著作『講座帝国憲法 )((

(』においては多くの社会学者の論を援用しており、また「普遍我」にも言及して

いるが、「天神」にはふれておらず、「国体」論と「相関連続」論との一体性は不十分である。

  ではなぜ、上杉がこうした汎神論的立場を放棄したのか。

  これは一つの試論だが、注でも述べた筧の「普遍我」論への批判にあるように、「天神」を措定することによって、

天皇の絶対性が相対化されるというところにあるのかもしれない。しかし一方で、汎神論的な立場を取れば、天皇=

「我」(各我)となるため、天皇との一体性という意味ではより強まるともいえる。上杉の天皇「信仰」とは、天皇の

絶対性と、天皇との一体性の両者を求めたものであると考えられる。しかしこの両者は相克するものであった。『新

稿』において上杉は天皇との一体性を選択したが、それゆえに天皇の上位に「天神」を措定することとなり、また天

皇=「我」(各我)の関係を成立させたことで、天皇の絶対性は相対化された。そのため、『新稿』における上杉「国

体」論は、かつて自らが批判していた筧の「普遍我」論に近づくこととなった。そこで、『講座帝国憲法』では、「天

神」を措定せずに天皇との一体性を追求しようとした。そのとき重視されたのが「相関連続」論であり、「相関連続」

(21)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一三〇論を強化するために援用されたのが「社会学」であった、と考えられるのかもしれない )((

(。とはいえ、あくまでもこれ

は試論であり、『講座帝国憲法』の詳細な分析を含め、今後の課題としていきたい )((

(。

八頁)したという。 (上抱」稿所、一年、意』穂編『憲 「西ば、シ……帝 年時代、キリスト教に入信していたが、一九〇六年~〇九年にかけての洋行中、天皇「信仰」へと踏み出すこととなる。上杉の言に基 本憲法思想史』講談社、一九九六年、六二頁)と述べているが、上杉の持つ宗教性はさまざまな著作に見出すことができる。上杉は青

homo religiosus

、絶心』は『安は「上頁)とる。長一『日(長る」 『国家学会雑誌』二七巻一号、一九一三年、(上杉慎吉「皇道概説=古神道大義ヲ読ム」ルガ故ニ、崇拝服従スル、信仰ニ理由ハナイ」 家族ノ宗長トシテ、祖先崇拝ノ考ヨリ服従スルト云フモ足ラヌ。現人神デアル、天皇ナルガ故ニ、服従スル。服従スベキモノト信仰ス 上杉は「臣民ハ自分等ノ為メノ役人トシテ、便宜上服従スルノデハナイ。又強力ニ制セラレテ、止ムナク服従スルノデモナイ。又) 

九三年。 ) 長尾前掲書。井田輝敏『上杉慎吉──天皇制国家の弁証』三嶺書房、一九八九年。古田博司『近代日本の政治精神』芦書房、一九

) 小山常実『天皇機関説と国民教育』アカデミア出版会、一九八九年。

治聖徳記念学会紀要』復刊第七号、一九九二年。 ) 重久俊夫「憲法学者・上杉慎吉の国家観」『場所』第一六号、西田哲学研究会、二〇一七年。新田均「上杉慎吉の政教関係論」『明

〇一四年。前川理子『近代日本の宗教論と国家──宗教学の思想と国民教育の交錯』東京大学出版会、二〇一五年。  ) 西村裕一「憲法美濃部達吉と上杉慎吉」河野有理編『近代日本政治思想史──荻生徂徠から網野善彦まで』ナカニシヤ出版、二

) 住友陽文『皇国日本のデモクラシー──個人創造の思想史』有志社、二〇一一年。

) 上杉『新稿帝国憲法』有斐閣、一九二二年、四八六頁。

) 同右、五〇六~五〇八頁。

本を統治することを定めたとされる。戦前においては、尋常小学校の教科書でも扱われており(入江曜子『日本が「神の国」だった時 『日て、アる。こ孫(=皇)が紀』にて、ア) 

(22)

上杉慎吉の「国体」論に関する一考察(五味)一三一 代──む』岩店、二年、一下)、憲も、天た。美も、「日て、万憲法上の法則」(美濃部達吉『憲法講話』有斐閣、一九一二年、五〇八頁)と述べている。この「憲法上の法則」が「天壌無窮の神勅」を指すことは明らかである。

(0) 上杉『新稿』五〇三頁。

った方が正しいように思われる。 ((り、いは、「天家」とは、日) る。そめ、意

(() 厳密には、ニニギのひ孫が初代天皇たる神武天皇だが、ここではニニギを含め、日本の統治権者たる天皇とする。

、このあたりの書籍を参考にしたのではないだろうか。読んだと述べており(上杉編『憲政大意』六頁) 『神(下)立」夫「平教』第論」をの「古号、一年)。上 版、一年、一頁)する(参照、神集』名を、悉は「宇宰」(平胤『新 かにしか登場しない。アメノミナカヌシに宇宙の主宰神としての性質を与えた人物としては平田篤胤が著名であり、その書『古史伝』 「宇宙の中心」「万物の原動力」などといった規定は与えられていない。また『日本書紀』において、アメノミナカヌシは「一書」のな (次田真幸『古事記』(上)講談社、一九七七年、三六頁)であり、アメノミナカヌシは天地創造のあとに生まれた神であるうえに、き」 原に成りし神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神。この三柱の神は、みな独神と成りまして、身を隠したまひ ((史」は、記る「古お、こ) は「天時、高記』に『古い。

(() 上杉『新稿憲法述義』有斐閣、一九二四年、八八頁。

(() 上杉『帝国憲法述義』有斐閣、一九一四年、一八〇~一八一頁。

一文である。この「元霊」という一語は何を意味しているのか。 し、国す」(上杉『新稿』五頁)とも、こる。そは「天 ((『新稿』中で用いられている別の表現から「天神」アメノミナカヌシが三位一体であるということは、天皇と「天祖」アマテラス、)     この「元霊」という語の使用例を見ていくと、おもに神道系新宗教で用いられていた語であることがわかる。たとえば、出雲大社大福(教道、出る)は、「天ハ、天宰、万シ……」と述べている(藤井貞文『明治国学発生史の研究』吉川弘文館、一九七七年、九九頁)

  た、井も、「元て、そり、宇

(23)

法学志林 第一一五巻 第一・二号合併号一三二 である。一元と名づけ、絶対と名づけ、太極或は無極と呼び、真如或は一如と号するもの、要するに皆これである。日本民族が太古より、天御中主神と称へて最も崇敬し来つたのは、その名義も、その思想も、あらゆる哲学宗教の中に於て最も卓越したるものである」(井口丑二『絶対実在元霊学本経』神国教本部、一九二二年、四頁)とある。「元霊」とはアメノミナカヌシを指しているのである。すち、「天は……国霊」とは、天る。そや、大・昭和期の神道界で大きな影響力を持った今泉定助も「元霊」という語をアメノミナカヌシの意味で用いている(出口瑞月『霊界物語  善美愛(亥の巻)』天声社、一九三二年、二八五頁。今泉定助『国体原理』立命館出版部、一九三五年、一五五頁)

  お、こは、「近とって、宇宙の創造神・絶対神的観念が、彼らの教義には求められていたから」(佐々木聖使「明治初期における天之御中主神論」『明治聖徳記念学会紀要』二二号、一九九七年、六〇頁)であったという。

  ただ、アメノミナカヌシをアマテラスの上位におこうとする立場は、必然的に近代日本において最高神的な立場を与えられていたアマテラスの立場を弱めることになる。この点から、アメノミナカヌシとアマテラスのあいだには一種の相克関係が内在しており、一九が「別争」(「神動」)とた(参照、昆幸「近政──体化をめぐって」『日本史研究』五七一号、二〇一〇年)

(() 上杉『新稿』三~五頁。

(() 「全体」へ合一しようとする「我の意志」とは、すなわち「体制意志」である。「体制意志」については後述する。

(() 上杉『新稿』一三頁。

(0) 同右、二一頁。

(() 同右、一四頁。

(() 上杉「国家と人生」『政治上の国民総動員』日本学術普及会、一九二七年、一三~一四頁。

(() 上杉『新稿』二六頁。

(() 同右、四四頁。

(() 同右、五六頁。

(() 長尾前掲書、一一七頁。

そもそもなぜ上杉は社会学講座を担当することになったのか。それは、上杉の「社会学」への関心であった。 (() 社会学講座開講の時期については、一九二二年・二四年・二五年のいずれかが考えられるが、具体的な時期は不詳である。しかし、

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