九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
経済成長、貨幣および技術進歩
関根, 順一
九州大学経済学研究科経済学専攻
https://doi.org/10.11501/3098963
出版情報:Kyushu University, 1994, 博士(経済学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
の
経済成長、 貨幣および技術進歩
関根順一 1993年10月
目次
3 3 3 4 6 7
・題・
の
・ 性 徴 ・ 果特 性 ・ 因
的要る本重
・件
け基の
・条
おの析
.要
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がめ吋川、前雇成むじα紅山全済対はmML完経済
1 2 3 L
; 3
経 :ドトぶ引い引い引
3貨幣と雇用 19
3.1 問題 .
. • • . . •
.. . • . . . . . • . . . . . • • .
.. 193.2 Say's lawと貨幣
. . . . • .
. .. • . . . • . • . . . . . . . . . . . • . • .
203.3 実質残高の需要..
. . . •
.. . . • . . .
. . .. . • . • . . . • . • •
23- 開 ・ 開 ・ ・ 展 展 高 ・
. . の . 残 の へ 質 命 レ 系ル司実 髭デ体デ厨と 生成モ衡モの潤 殻的級均型ル利噺 餅璃噌蹴一寸頬愉 般uuuuuωυ A-A
5 均斉成長径路の性質 43 5.1 架空の均斉成長径路 .. . . . . . . . • . . . •
. . . . . . . . . . . . . . . .. 435.2 実質賃金率と失業率
. . . . . . . . . . . • • • . . . •
.• . . • • • •
445.3 雇用率と稼働率.
. . . • • . . • •
.. . . . • . . . . . '. ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
455.4 残された問題 .
. . . . . • • . . . . • •
. .. 46目次 1
6 新古典派内生的技術進歩論の展開 47
6.1 本章の目的 . . . . • . . . • . . . • . • • • • . . . . • • . . . • • . . • • . . . . • 47
6.2 外生的技係j進歩 . . . . . • . • . . . . • • . . • . • . . • • • . . . • • . • . . • • • . . • • • • 47
6.3 内生的技祢進歩 . . . • . . . • . . • . • • • . . . • • • • . . • . . . . • • • • • • • • • • • 49
6.3.1 Uzawa-Lucas Model . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 49
6.3.2 Learning by Doing Modelの展開 . • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • • 54 6.3.3 Designの生産. . . . . . . . • . . . • • . • • • . • . . . . . • . . • . • . • • • • • 57
6.4 内生的技祢進歩論の問題点 . . . . . • . • . . • • • • • . . • . . . • . . • . • • • • • • • . " 62 7 Overlapping Generations Modelにおける内生的技鰍捗 63 7.1 本章の目的 . • . . . . . . . . . . . • . . . • . . . • . • . . • 63
7.2 二つの修正点 . . . . • . • • . • • . . • . . . . . . . . • • • . . • • • • 63
7.3 基本モデル . . . . . . . • . . • . . • . . • . . . • . . . . . . . . • . . . . . • . . 65
7.4 技術進歩率の決定 . . . . • . • • . . • . • . . . . . . . . . . . . . • . • 68
7.5 合理的期待 . . . . . . . . . • . . . . . . • . . . . • 69
7.6 結論. . • • . • . . . . . . . . . • • • . • . • . . . • . • . • . . 71
8技鰍捗率の決定 73 8.1 資本制経済における技術の主要な形態 . . . . . . . . • . . . . . . . . • . • . . . . . • . 73
8.2 技術進歩の二つの段階 . . . . • . . • . . . • . . • . . . • . . . . • . . . . . . . . . 74
8.3 技術革新. . . . . . . . • . . . • . • • . . . . . . . . . . . • . . • . . . . 75
8.4 資本設備に体化された技術 . . . . . • . . . . . . . . • . . . . . . . • 78
8.5 技術進歩率と労働分配率の動学モデル. . . . . • . . . . • . . . . . . . 80
8.6 モデルの修正 . . . . . . . . . . . . • . . . . • . . . • . . . . . . . • . • . . . . 82
8.7 動学径路の解釈 . . . . . . . . . • . . . . . • . . . • . . . . . . . . • . . . • . • 83
9 資本市腔済の段階態命に向けて 85 Fhd ku nO ヴt QU G0 00 00 .難段・ λノ困手 ヲ匂 伴すに決 .入 解 ・導 を題にの機課め術危のじ技済後は新経今 1 2 3 4 nud QU QU Qu nu nu nU 司i 8 8 8 8 9 9 9 9 章 の ・数 牲… 6 1 2 3 4 5 6 7 第AAAAAAAA B 第7章の数学注 93 B.l . . . 93
2
C第8章の数学注
C.1
目次
95 95
/
Chapter 1
方法論的準備
1.1 はじめに
理論経済学者は、通常、限定された特定の問題に興味を持っており、理論経済学の理論体系全般やそれ を支えている方法論的基礎について思い巡らすことはまれである。どの経済問題にも普遍的に適用できる 分析方法について論じることなど、ある特定の問題に注意を集中している者には、余計な回り道としか思 われないだろう。しかしながら、いくつかの理論問題を深く徹底的に研究したことのある者なら、それら の問題の解明に際して、 しばしば共通の困難にぶつかった経験を持っているに違いない。そうした共通の 経験のうちの一部は、方法論的問題に関わっている。
理論経済学の固有な困難は、経済現象の基本的な原因を特定することの難しさにある。我々が日々接し ている経済現象は、実に種々雑多な原因によって引き起こされる。これらの多くの原因の中で、広範な妥 当性を持った原因はどれなのか。経済現象が日常的である反面、その基本的な原因を突き止める作業は非 常に難しいものとなる。
本章では、そのような固有の困難に対応する指針について述べる。特に、理論の階層化、理論体系の構 築が固有の困難を克服する上で有効であることを主張する。
また、理論体系に関する我々の考え方をまえもって示しておくことは、第2章以降の分析が理論体系に 占める位置づけを明確にするためにも必要である。さらに、 それは、理論的抽象度への配慮が欠如してい ることから起こる不毛な議論を予防することにもなろう。
1.2 理論の必要条件
社会科学に限らず、寸刻こ科学的議論が満たすべき必要条件は以下の三つである。
第一に、論理的記述であること、二つの現象aとbの聞に論理的関係が成立していれば、現象aが発生 する時、必す芳橡bが51き起こされる。この時、現象aは、現象bの要因になる。現象bを引き起こすす べての要因が明らかになれば、原因が究明されたという。
第二に、研究対象となる現象bは、ある程度の抽象性を持つこと。寸刻こ科学は、ただ一回しか起こら ない現象それ自体を研究対象にしているのではなし1。そうではなく、厳密には、いくつかの現象のある共 通な諸性質を研究対象として設定しているのである。だから、科学的な理論の分析対象は、現象それ自体 ではなく、実際には、言葉によって記述される抽象的な概念ということになる10個別具体的な現象の中か ら、ある共通の性質に注目して理論研究の文橡を措定することも、すでに麗命をつくる作業の一環である。
l我々は過去の個別の現象の究明自体を目的にしているのて9はけっしてはない。人々が過去の現象に興味を持つのは、 未来に同種 の現象が発生しうるとすれば、 その原因についても事前に知っておきたいからである。 それが可能なら、好ましくない現象について はそれを未然に防ぐこともできょう. 我々の一般的知識への欲求は、 このような実践的な必要性からきている.
3
4 CHAPTER 1. 方法論的準備
このように、理論の対象は現実の諸現象のある共通な諸性質であるが、逆に、具体的な現象はこれらの抽 象的な諸概合、の共通部分になってし1る。
第三に、要因aまたはその集合Aは、現象bと同程度の抽象性を持つことが望ましし1。原因は、説明さ れる対象と比べて過度に抽象的で、あってはならなし1。その場合、原因の記述は簡潔になるが、結果との関 係は不明瞭なものとなろう。反対に、原因は、結果と比べて過度に具体的で、あってはならなし1。その場合、
原因の記述は?綜佐で冗長なものとなろう。
第三の条件は、理論の形式に対する要求であり、一種の審美的な基準である。上述の第一条件、第二条 件を満たすにもかかわらず、この審美的基準を満たしていなければ、その理論は不完全なものと見なされ、
さらに完成度の高い理論が追求されるだろう。
審美的基準と言ってしまえば、論理の形式だけを整えるためだけの条件のように聞こえるが、そうとば かりは言えない。理論研究は、単に原因を知りたいという観照的な欲求から行われているのでなし1。個人 個人の研究者によって意識されているかどうかは別として、寸交に、理論は実践のための手段である。理 論を実践的な要求によりよく適合させるよう課せられた条件が、理論の第三条件なのである。すなわち、
実践的必要から生まれた問題には、実践的見地から有意味な答えが求められる。
すでに述べたように、理論研究の対象が抽象的な担段:である以上、当然、具体的個別的現象はその一部 分しか考慮されていなし1。では、理論の展開過程で考慮されずに、切り捨てられた部分はどう処置すれば よいのか。残余部分については、すでに完成された理論を所与にして、新たに理論的対象を再構成し、既 存の理論より下位に位置する新しい理論を作ってやればよし1。こうして、諸理論聞の階層的な構造が、す なわち理論体系が生まれるのである。
1.3 社会科学における因果性の問題
社会科学においても、前節で述べた三つの条件を満たす理論、あるいは麿命体系をつくることができる。
もっとも、科学の各分野には、その分野固有の困難がある。それ固有の困難がどのようなものであるのか を自覚しておくことは、社会科学の独自性への認識を大いに高めるだろう。
社会科学の特徴は、現象とそれを引き起こす諸原因の関係が必ずしも単純ではない点にある。このこと を少し詳しくみておこう。
一つの現象に対して常に一つの要因が対応していることはまれである。むしろ、一つの現象は普通、複 数f人上の要因によって引き起こされる。たとえば、コーヒーの価格を決定しているものは、コーヒーに対 する消費者の選好、コーヒー豆の生産条件、耕作地にかかる地代、紅茶などのコーヒーの代替品の価格等々 である。逆に、一つの要因が複数以上の現象に関係している場合もある。たとえば、ある穫の農業技術の 革新は、コーヒーの価格だけではなく、 紅茶の価格にも景九霊を与えるだろう。
さらに楊住なことに、原因と結果が容易に判別できない場合もある。ある時点においては、現象aが現 象bの原因になっているように見えるが、別の時点では、反対に現象bが現象aの原因になっているよう に思われる場合がそうである。経済学におけるその典型例は「クモの巣の循環J (cobweb cycle)であろう。
そこでは、前期の取引量が今期の市場価格を決め、今期の市場価格がさらに次期の取引量を決定する。取 引量と市場価格はそれぞれ交互に原因となり、結果となる。経験的には、二つの現象の時間的前後関係が 酎妥に両者の因果関係を決めているように言われるが、この場合には、そのような経験則は通用しなし\0
また、原因を構成する複数の諸原因には種々の性質の相違がある。第ーに、恒常的に作用している要因 と並んで、各時点で一時的にしか働かないような要因がある。たとえば、コーヒー豆への投機的需要など は一時的要因のよい例であろう。将来のコーヒー豆の価格上昇が予想されれば、しばらくコーヒー豆の需 要は急増するだろうが、価格がある程度まで‘上がってしまうと、増加したコーヒー豆の需要は今度は急速 に収縮するに違いない。
1.3. 社会科学における因果性の問題 5
本質的な要因と従属的な要因を区別することは一層重要である。一つの現象bに対して、二つの要因、
cとdがある時、要因dが働くためには、まえもって要因cの存在が前提されていなければならないとし たら、言い換えれば、要因cなしには要因dが作用しないとしたら、要因cが本質的な要因であり、要因 dは従属的な要因であるO相対価格がどのように決まるのかという問題は、相対価格の存在を、それゆえ、
商品生産の存在を前提している。だから、相対価格を決定する要因は、それがどのようなものであれ、商 品生産を存続させる諸要因が成立する限りで、その成立の範囲でしか有効性を持たなし1。前者の要因は、
後者の要因に対して従属的である。
第三に、客体的要因と主体的要因が区別されなければならない。それ以前の社会的諸現象の必然的帰結 として機能している客体的要因と、社会的変化を引き起こした諸要因そのものに対して何らかの変更を迫 る主体的な要因との区別である。技術革新と時としてそれに付随する金融制度改革は、実質賃金率上昇等 の客体的な要因に対峠する主体的要因の一例である。
個々の具体的経済現象の分析は、経験的、論理的に考えられる種々の要因の性格付けから始まる。その 上で、まず、恒常的な要因、本質的な要因、客体的な要因に目が向けられるべきである。すでに述べたよ うに、この時の考察対象は、もともとの社会現象そのものではなく、その一部の性質のみを取り出した抽 象的な対象であった。だから、問題は一層抽象的なものに再構成されている20続いて、必要に応じて、そ れまで考慮されていなかった一時的な要因や従属的な要因が順次段階的に取り込まれ、理論の階層化が進 められ、理論体系が構築されていく。このように社会科学においてこそ、より強い理由で、理論体系が必 要とされるのである。
諸要因の性格と濫命体系上のレベルへの配慮の有無は、分析の科学性の半旋条件である。外挿法( extrap
olati o吋による将来予想、は、このような配慮をまったく欠いたものである。外挿法では、現在作用してい る全ての要因がまったく同列で評価され、それらの要因の性格の違いはまったく無視される。その結果得 られるのは、一時的な要因、付属的な要因の過大=訓面である。このような研究方法は、経験主義的であり、
それゆえ非科学的である。
また、 日常的でなじみ深いという単純な理由だけで、既存の基本モデソレに新しい要因を付け加えるとい う安易な研究態度も、諸要因の性格と理論体系上のレベルへの配慮をまったく欠いたものである。通常、
新しい本質的でない要因を他の本質的な要因と同列に取り扱えば、モデルの因果関係は複雑になり不明瞭 になる。したがって、安易に拡張されたモデルは--A支に、理論の第三条件を満たさなくなるだろう。
理論の階層化とともに社会科学研究の強力な手段になっているのが、モデルの構築(rnodel building)で ある。前述の通り、社会科学固有の困難は、しばしば複数の社会現象が複数の要因と結びついている点に ある。このような場合、それらの要素をすべて含むモデルをつくることは、非常に有効である3では、モデ
ル分析における考察対象の諸要因とは何か。また、それらはどのように性格づけられるのか。
モデルは同ーの経済変数の時間的な前後関係を記述している場合、動学モテソレと呼ばれる。動学モデル は、これも前述した原因と結果の相互転換が見られる状況に対応してしゅ。勤学モデルでは、二つの変数、
またはその組合せが、時間的に前になったり、後になったりすることがあるが、そのどちらも一時的要因 であり、モデル全体を構成している要因ではない。もはや、時間的な遅れ(tirne la g)が無視できる状態で\
別な言い方をすれば、いくら時間がたってもこれ以上変化がみられないような状態で、その状態を決定し ている要因が、モデルそのものを構成している本質的な要因なのであるO我々は、まずこの要因に注目し なければならない。
本質的な要因の分析を出発点としている以上、我々の考察は、社会全体に関する分析から始めなければ ならない。そうしなければ、常に社会全体についての特定の理論をあらかじめ前提することになり、その ような分析は従属的なものになろう。
だが、社会全体についての経済分析(rnacro econornic analysis)から始めなければならないという要請は、
2Ma叫41]第一分冊、第一版序文p22
』モデルが数学的に表現されるかどうかは二次的な問題である.
6 CHAPTER 1. 方法論的準備
さらに別の研究上の困難をつけ加える。というのは、我々の日常的な経験は、例外なく社会全体に比べて部 分的であり、かっ、そのような日常的な経験を無批判に社会全体に延長することはできなし、からである九 日々の常識や社会通念は、それを社会全体に適用しでもやはり妥当なのか。そうでないとすれば、どのよ うな条件のもとで妥当性を持つのか。科学的立場を守ろうとすれば、このような吟味は不可欠である。
1.4 資本制経済の基本的特徴
現代出藍工業諸国の主要な経済現象の恒常的で本質的な要因は何であろうか。Marx以降の多くの研究 は、19世紀以後の西ヨーロッパ、北アメリカ、日本の経済がつぎの三つの制度的要因によって特徴づけら れることを明らかにした。
第一に、階級社会であること。すなわち、生産手段の所有者と非所有者が存在する。生産手段の所有者 は生産手段の利用に関する主要な-決定権を握っている。生産手段の所有者の集団は資本家階級と呼ばれ、
非所有者の集団は労働者階級と呼ばれる。
第二に、商品生産社会であること。生産手段は、各資本家によって分散的に所有されている。別の言い 方をすれば、生産手段は資本家階級の共有ではない。
第三に、労働市場が成立していること。労働に対する超過需要に応じて、実質賃金率は、上昇または下 落する。したがって、労働者の所得は、ある一定の範囲で変動する可台日生がある。
以上の三つの基本的な特徴を持つ社会を資本制経済という。三つの制度的基礎はいずれも、人類社会の 一定の生産力を前提に成立しており、その意味で歴史的な条件である50
現代出産工業諸国の経済問題を考える時、我々は資本制経済の基本的特徴を分析の出発点とする。その 理由は、それこそが今日の主要な経済諸現象の恒常的で本質的な要因であると考えるからである。実際に は、上で示した資本制経済の基本的特徴が個別の経済現象の恒常的で本質的な要因であるかどうかは、一 つ一つ吟味されなければならないことである6のだが、我々はその議命を繰り返すつもりはない。長い分析 の末にどのようにして本質的な要因にたどりついたのかを回顧するよりも、本質的な諸要因を含む種々の 要因がどのようにして解明すべき現象に結ひ'っているのかを示す方が、はるかに簡明であり、また、実り 多いからである。
周知の通り、理論経済学者の大半が現代経済のこのような特徴づけに賛成しているわけではない。特に 新古典派の経済学者は、基本的特徴の第一点を決して認めることはない。新古典派によれば、現行法歪済は 生産要素市場を有する商品生産社会である。各種の生産手段を種々の異なる割合で所有する諸個人が、生 産した財を市場で、交換する小商品生産社会、新古典派の言葉で言えば、市場経済である70
現代経済を単なる市場経済としてしか把握していないことは、新古典派の問題意識を著しく狭めてしまっ ている。彼らの主要な関心は、主として価格の決定問題に集約される。実際、初期状態で諸個人間の資源 配分に顕著な差がない以上、諸個人を類別することは無意味であり、所得配分は重要な問題になりえない。
完全競争、不完全競争、情報の不完全性等の状況下で価格がどのように決定されるのかが研究され、決定 された資源配分について、その効率性や社会厚生が検討される。市場メカニズムが効率的かどうかが彼ら の問題意識の中心である。
現伶土会を階級社会と認識しないことは、重大な理論的問題を引き起こす。たとえば、企業の概念があ いまいであること8、特に企業利潤が長期的にOであること、労働市場の成立に必然、性がないこと、等々で ある。そしてなによりも、問題意識の貧困である。
!たとえば、Marx(41]第三分冊、p230 5置塩(49]p26・30
f たとえば、新野宮温(48]p165・169にはこの点に関する優れた分析がある.
;L叫仰] p192, Harco叫17] p2
このことは、金融的資本の保有者と資本設備の所有者の混同につながっている.
1.5.長期経済分析の重要性 7
各人の自由な選択や行動か市場経済の一つの利点であると考えられているから、選択行動の定式化が新 古典派ではとりわけ重視される。現代的な言い方をすれば、 ミクロ的基礎づけ(microfoundatio吋が要求 される90
なるほど、資本制経済は商品生産社会であるから、寸支論としては、この要請は正当なものである。し かしながら、資本制経済での人々の選択行動は、寸実に一定の範囲に、資本制経済の成立の範囲に限定さ れる。 日常的には人々はかなり自由に行動しているようにみえる。特に、人々は非常に多くの種類の消費 財の中から自分の好きなものを自由に選択し、消費している。だが、社会全体からみれば、決して勝手気 ままに行動しているわけでない100寸支に、人々の選択範囲は、資本制経済の成立条件を逸脱することは ない。特に、生産に関する基本的な決定から排除された労働者にとって、今日着る服を選ぶ自由はあって も、彼らが勤務している企業の産出量、雇用、技術選択等に関する決定を行う自由はなし1。ある目、突然 予告もなく職を失うことさえ十分ありうるのだ。
選択とは、 実行可能な選択範囲の中から、欲求を最もよく満たすような対象を見つけることである。言 い換えれば、実行可有旨性集合の中から、 目的関数の値を最大にするような変数または変数の組合せを探す ことである。ところで、人々の選択範囲が狭くなれば、選択を行ったかどうかが精果に及ぼす景災警はます ます小さなものとなろう。人々がより狭い範囲の中から選択するようになれば、どのような選択を行った としても、あるいは選択を行わなかったとしても最適解はそう大きく違わなくなるだろう。だから、選択 行動の重要性は、選択範囲の広さとの関係で相対的に評価されなければならない。
社会全体について考える時にも、人々の行動の制約条件がどのようなものかをまず具体的に明らかにす、
る必要がある。その上で、その制約条件との関連で、人々のそれぞれの選択行為の理論的重要性が評価さ れる。だから、無条件にどんな場合でも選択行動を考慮すべきだということにはならない。
社会が自由意思を持った諸個人の集合体であるとすれば、そのような自由な個人の行動の結果が、各個 人を苦しめているのは一見大きな矛盾であるように思われる。しかし、「矛盾」の存在を無視するのではな く、その「矛盾」がなぜ発生するのかを合理的に説明することが、まさしく社会科学の課題である。もし、
人々が物理的告i附条件以外、他の一切の社会的、歴史的制約に服していないと先験的に前提してしまうと、
この難問は永久に解けないことになろう。
1.5 長期経済分析の重要性
資本制経済の基本的特徴は、我々の経済分析の基礎であり、公準である。だから、理論モデルの仮定は、
この資本制経済の基本的特徴と整合的でなければならない。もちろん、資本制経済の基本的特徴と矛盾す るような状況が現実にはありうるかもしれないが、それはまず第ーに取り扱うべき基本理論の対象ではな い。また、資本市経済の基本的特徴は、他の理芸術テεルを矧面する際に、その仮定や結論こ対する評価の基 準としても役に立つ。資本制経済の基本的特徴と矛盾するような仮定を持つ理論は、現代経済分析にとっ て二次的である。
資本制経済の基本理論とは、資本制経済の基本的特徴と直接に結びっく要因およびその結果から構成さ れる理論であるO だから、一時的にしか作用しない要因は完全に捨象される。経済諸変数の時間的な遅れ (time lag)や市場の調整過程が引き起こす諸現象は取り扱わない。第二に、主として客体的な要因に注意 を集中する。結局、基本理論は、資本制経済の基本的特徴についで本質的であり、恒常的な要因によって 構成される。
基本理論を長期理論と言い換えてもかまわない。というのは、長期においては、近似的には、一時的な 要因、撹乱的な要因は相殺されて、より本質的で恒常的な要因のみが作用するだろうからである。我々は まず、長期的に成立する経済諸変数間の諸関係について研究する。その研究成果の基礎の上に、順次、一
19BlaMtlard and FischeE141 P27
。これは、 前節で述べた社会の局所的性質をただちに社会全体に拡張できない例である.
8 CHAPTER 1. 方法論的準備
時的な要因や御言的な要因を包含することによって、 より短期的な分析に向かうだろう。研究が進められ、
態命体系が作られていく方向は、明確に「長期から短期へ」である。
Chapter 2
経済成長論の到達点と課題
2.1 はじめに
Ricardo[56]に始まる経済成長理論の研究によってもたらされたものは、数多くの命題や推論の厳密さば かりではなし1。研究の背後にある問題意識の深まりもまた、経済成長論研究における重要な前進の一つで、
ある。経済成長論の意義は何であるのか。経済成長論の主要な研究課題はどのようなものか。このような 点に関して、経済学者たちの見解は終始一致していたわけでは決してなし1。学説史を振り返ってみればわ かるように、個々の研究者によって常にはっきりと意識されていたわけではないが、明確な見解の相違が 見られるのである。さらに、問題意識の変化'L.�む芯して、分析の枠組みも変更を余儀なくされたことも見 逃すことはできない。本章では、このような問題意識の歴史的深化とその影響を跡づけることにする。
我々が後ろを振り向くのは、前に進むためである10新たな研究成果に対する理解と評価は、過去の業 績との比較によってなされる。だから、先人たちがこれまで取り組んできた問題は何であるのか、その問 題に関してすでに解決された範囲はどこまでなのかを確定することは、この上もなく重要である。本章の 第二の目的は、我々の今後の検討課題を設定し、その理論的意義を示すことである。その結果、我々の課 題がこれまでの経済成長論の問題意識の延長線上にあることが明らかになろう。数学的分析手法の継承関 係ではなく、問題意識の継承関係こそが第一義的である。
最後に、本章を通じて、一貫して一財モテツレを想定していることをあらかじめ断わっておく。
2.2 Ricardo の成長論
土地の生産物は、地主、資本家、労働者にそれぞれ、地代、利潤、賃金として分配される。この生産物 の分配は、どのような法則によって規制されるのだろうか。さらに、社会の発展とともに土地の生産物が 三つの階級に分配されるその比率はどのように変化するのだろうか。このような関心のもとに、Ricardo は経済成長理論の研究を始めた。Ricardo[56]の問題意識は所得分配の動向とその長期的帰結に向けられて いる。
Ricardoの差客歳出代論lこよれば、限界的な最劣等地孔外のすべての土地で地代が発生する。したがって、
耕地面積と資本設備が労働量に比例する限り、紙ミ労働量が与えられれば、地主階級の得る地代の総量が決 まる。一方、労働者の実質賃金率は一定であると仮定されているから、労働者の所得もまた、総労働量の 関数であることがわかる。総労働量が一定の時、総生産物のうちから、上のようにして決定された地代と 実質賃金を控除して、利潤が求められる。
1 Ha.rrod[20] p15
9
10 CHAPTER 2. 経済成長論の到達点、と課題
単純化のために賃金後払いを仮定しよう。資本家は、今期の利潤をすべて追加的な生産設備の購入に向 ける。資本家の消費は捨象される。さて、生産設備が増加した時、それを動かすのに必要な労働者は必ず 供給されるだろうか。実質賃金率の変動がこの問題を解決する。すなわち、実質賃金率の上昇によって、
追加労働力は常に必要なだけ供給される。
さて、資本蓄積の進行は、国民所得の地代、利潤、賃金への分割をどのように変えるだろうか。Ricardo が注目したのは、利潤率の動向である。資本ー労働比率が固定されている時、利潤率は労働一単位当りの利 潤量に比例する。土地の肥沃度の相違にもかかわらず、労働の任意のー単位が同一量の利潤を生み出すの は、差額地代が成立しているからである。資本蓄積が進行し、総労働量が増加すれば、より肥沃度の低い 土地にまで耕作が進められるだろう。土地に関する収穫逓減が働いているので、最劣等地における労働ー 単位当りの純生産量は低下する。実質賃金率は一定だったから、当然、利潤率が低下する。この繰り返し による利潤率の十分な低下は、資本蓄積の停滞を招くだろう。人口成長はいつで・も労働需要の変動に従属 するから、労働需要が増大しなくなると同時に、人口増減もなくなる。だから、この場合には、資本蓄積 の停滞にともなって、大量失業が発生するような事態は起こりえないのである。
こうして、Ricardoは、資本蓄積が進めば、利潤率が低下し、やがて資本蓄積は停止するだろうと主張 した。その理由は、第ーに、土地の収穫逓減を認めたからである。資本設備と労働の比率が固定されてい るので、このことは結局、土地の肥沃度の低下により、労働の技術的効率が低下したことを意味する。第 二に、実質賃金率一定である。もし、実質賃金率が著しく下落すれば、労働の技術的効率の悪化にもかか わらず、手IJ潤率は低下しないかもしれない。
Ricardoが利潤率の長期的動向に注目したことをMarxは非常に高く一矧面している20まさしく、利潤率 は資本制経済の刺激であると同時に、資本蓄積の物質的必要条件である。Ricardoは、資本蓄積の結果、実 質賃金率と比べての十分に高い労働生産性が失われるのを恐れた。それは、資本制経済の存続条件であっ た。しかし、資本制経済の存続にとって必要なのは、生産の物質的条件だけではない。
要するに、Ricardoか論じたのは、資本蓄積の究極的な結末とそこに向かう可能性である。この点を確 認しておくことはその後の分析方法の発展を考える上で、非常に重要である。
2.3 Marxによる問題設定
Marxは、Ricardoの経済成長理論を修正発展させる一方、成長論研究により明確で、深い理論的意義を付 与した。
まず、第一の但!蹄から見ていこう。Marxは、Ricardoの経済成長麗命を構成する二つの仮定のうちの一 つ、土地の収穫逓減を否定し、規模に関する収穫一定に置き換えた。生産は、労働と資本設備を投入して 行われる。労働と資本設備の量がそれぞれ二倍になれば、生産量も二倍になる。すなわち、生産量Yは、
資本設備Kと雇用労働Lの関数であり、しかも、この関数は二つの変数に関して一次向次である。
Y = F(K, L).
Marxにおいては、労働と資本設備の比率は可変的である。資本設備Kが労働Lに比して極端に上昇した としよう。この時、資本設備の限界生産性は急激に低下する。式で書けば、
FK(!(, L)→0 (!(jL→∞)
である。なお、規模に関する収穫一定が成立する時、資本設備の限界生産性は、資本-労働比率のみの関 数になるo実質賃金率が一定なのは、Ricardoと同様である。もっとも、後で述べるように、その根拠は Ricardoよりも深い洞察に基づいている。
2Marx[43]第六分冊p422
2.3. MARXによる問題設定 11
Marxの想定する経済は、資本家と労働者の二対潜級からなるので、利潤は、純生産物のうち、実質賃金 給量を差しヲI� \たものになる。賃金の後払いを仮定すれば3、利潤はすべて再投資されて、新たな追加的な 資本設備の購入に向けられる。Marxは、利潤の一昔日が資本家の個人消費にも使われることを指摘していた から、このような想定は単純化のためである。
次に、技術室択に関するMarxの仮定はどのようなものだろうか、Marxは、技術進歩をともなう蓄誌邑 程では、資本設備の増加率が労働需要の増加率を上回っており、したがって、資本-労働比率が高まると考 えてし1る。ただし、労働需要の系色対量は必ずしも-肢かしない。このことを最も単純に定式化しようとすれ ば、以下のようになる。
L !{
-α一+ ß ß < 0,0くαくl
L !{
この関係式は、各期ごとの技術選択を表現しているが、この式だけでは、長期的に資本-労働比率がどのよ うに変化するのかを知ることはできない。
このような条件のもとで、利潤率は長期的に低下し、やはり、資本蓄積は停滞することがわかる4。しか し、Marxがとりわけ強調したかったのは、そのことではなし\0 Marxが強調したのは、資本蓄積の低迷に よって、労働需要が減少し、労働者の大量失業が発生する可有国生であった。そのような事態が生じたのは、
Marxが、人口成長率は経済変動から独立であると考えたからである。労働供給が労働需要の増減に合わせ て調整されるRicardoの成長理論と異なって、ここでは、労働需要の増力陣が下がるにもかかわらず、労 働供給は伸び続ける。失業が発生し、しかも、失業率は上昇し続ける。
利潤率が低下した理由は、第ーに、資本-労働比率の十分な上昇によって、資本設備の限界生産力が極度 に下がること、第二に、実質賃金率が不変であること、第三に、技祢進歩にともなって、資本-労働比率が 上昇すること、の三つである。
第一の条件は、生産設備の技術的な効率の悪化を示している。Ricardoが労働の効率悪化を主張するの に対し、Marxは生産設備の効率悪化を主張するのだが、どちらも、資本制経済の発屡が技術的効率の低下 を生み出すと考えている点5,こ変わり はない。均等利潤率は、技術的条件と実質賃金率が与えられれば、一 義的に決定されるO今、第二条件より実質賃金率は不変だから、利潤率の低下を言うためには、技術的条 件の変化に言及するほかはないのである。資本市|経済は、生産力の一定の歴史的発展の結果はじめて成立 する。しかし、上のような見解をとれば、資本市経済の発展は結局、その成立にとって必要だった生産力 の歴史的基礎を破壊してしまうことになり、受け入れがたい。
第三の条件については、従来から批判が集中している。各資本家が利潤を最大にするように行動した時、
はたして、資本-労働比率が上昇するような技術が選択されるだろうか。これまでの研究によれば、実質賃 金率一定のもとで、各資本家が利潤率を高めるような技術選択を行えば、均等利潤率は必ず上昇すること がわかっている60
利潤率がやがて低下するという主張だけをとってみれば、大幅な修正が行なわれたのもかかわらず、利 潤率の低下の原因を生産効率の悪化に求めたという根本的な点で、Marxは、Ricardoの麗命的欠陥を号|き 継いでいる。しかし、Marxが資本市経済の経済成長理論に関心を持ったのは、Ricardoのように単に利潤 率の長期的変動について不安を抱いていたからだけではない。利潤率の低下が雇用の伸びを押え、失業が 増加する事態を、彼は非常に重視したためである。失業者がどれだけ増えようとも、個々の資本家にとっ ては、それ自体、何の問題でもない。だが、資本家階級全体にとっては、これは重大な問題である。労働 者の大多数が失業し、彼らの生活水準が急激に悪化したために、多数の労働者が、所得分配の現状のみな らず、生産手段の私的所有そのものに反対するようになれば、それは、資本制経済という社会体制全体を
3 RicardoおよびMarxの研究者でない経済学者の理解を容易にするために、 我々は賃金の後払いを仮定した。
4以上のような想定のもとでは、適当な初期状管に対して、手IJ潤率が低下することを示すことは容易である。数学的展開について は、 関根[65]の第3節参照
5この点、 Marxの歴史観、 経済思想、とは整合的ではない.Marxの経済思想、と彼の経済思想、との不一致の一例である.
60 kishio[51], Roemer[59]
12 CHAPTER 2. 経済成長論の到達点と課題
揺さぶるものとなろう。労働者の自然発生的な、あるいは組織的な反抗が号|き起こされるだろう。これは、
資本制経済の存続の問題である。利潤率の低下が重要視されたのは、実は、それが資本制経済の存続に関 わる問題、資本制経済の再生産に関わる問題だったからである。経済成長論の主要な関{,事であった利潤 率の動向を、このような広い視野の中に位置づ.け直してみると、注目すべきは、もはや利潤率だけはない ことがはっきりしてくるO 一定0_上の手IJ潤率のみならず、たとえば一定以下の失業率など資本制経済の再 生産を可能にする諸条件が、経済成長の結果、どのように変化していくのかが解明されなければならなし\0 Marxが、長期的な失業に強い興味を示したのも、そのような問題意識を持っていたからこそである。
利潤率の長期的変動から、それを包括する資本制経済の再生産条件の長期的妥当性への問題意識の深化 が、Marxが経済成長論において成し遂げた最大の貢献である。資本市経済は、一定の歴史的諸条件が満た された時、成立し、その諸条件が満たされる限りで成立し続ける。資本制経済の発展は、それらの諸条件 に対して、どのように作用するだろうか。資本市経済の発展がそれらの諸条件を破壊することはないのだ ろうか。
人聞社会の一つの特殊形態である資本制経済の再生産、特に、階級関係の再生産の諸条件についての考 察は、資本制経済の経済現象に関する理解を著しく深めた。資本制経済は、商品社会であり、かっ階級社 会である。それぞれが存立するためには一定の技術的基礎が必要である7。加えて、資本制経済では、労働 者の実質賃金率は労働市場の需合関係に依存して変動しうるから、これを階級社会の存立の範囲にとどめ ておく必要がある8。各資本家の行動目的は利潤の獲得であるO だが、資本制経済は商品生産社会だから、
動l余生産物を生み出すだけでは利潤を取得することはできなし1。剰余生産物は販売され、他人の手で使用 されなければならない。では、利潤を実現するのに十分な有効需要は必ず存在するのか90
また、各資本家は、寸実に高利潤の見込める産業部門に資本を投下し、生産を行っているが、それが可 能であるためには、増設された資本設備を動かすのに必要な労働力が随時供給されなければならない。も し、他の産業部門から労働者を引く抜くことができれば、必要な労働力は手に入るだろう。しかし、それ ができないとすればどうなるのか。たとえば、景気循環の上昇局面において、全産業部門で一斉に労働需 要が増加したような場合を想像してみよう。このような事態に対処するためには、必要とされる労働供給 があらかじめ用意されていなければならなし、。だから、資本制経済では、 ほぼ恒常的に失業者が必要なの である10。ただし、ここでの議論が、資本ー労働比率が弾力的に変化する可台出生を排除していることをつけ 加えておく。他方、先に述べたように、失業率が大幅に上昇することにも問題があるから、結局、資本制 経済では失業率は少なくとも一定の許容範囲を持つことがわかる。
資本制経済の再生産という観点から、経済成長の過程と帰結を、特に数量的諸関係に着目して分析する 時、まず第一義的に検討しなければならない経済変数は、利潤率と失業率である。厳密な意味で技術が一 定ならば、実質賃金率は、利潤率に対して一義的に決まる。
2.4 Har・rodの動学理論
一定の与件のもとで、種々の経済変数がどのような水準に決まるのかを分析する経済学の方法を「静学」
と呼ぶ一方、与件が一定の割合で変化するという状況下での種々の経済変数の変動を分析する方法を「動 学」と名付け、後者の重要性を趨司したのは、Harrodである。実際の経済では、経済諸変数の時間的前後 関係や関連する諸現象聞の時間的なずれ(time lag)のために、経済全体の動きは非常に複雑なものになっ ている。時間的なずれなどを副次的な要因として捨象し、それらがまったくなかったとしても、なお残る 経済の変動を、Harrodはまずはじめに研究しなければならないと考えた。つまり、時間的な遅れを抽出し
7置塩[49] p26・51.
8置塩[49] p71-75, Ma.rx[41]第三分冊p200.
9Ma.rx[42]第五分冊p129.
lOMa.rx[41]第三分冊p200.
2.4. HARRODの動学理論 13
た経済の趨勢(trend)に注意を集中すべきであると主張したのである110
より正確にいえば、Harrodが重視したのは、与件が一定の速度で変化し続ける時、与件に支配される経 済諸変数もまた一定の速度で運動しているような経済変動である。楊佐で一時的な経済現象にやみくもに 手をつけるまえに、まず、基本的な趨勢について知っておかなければならなし1。経済成長論で今回、我々 が均斉成長径路と呼んでいるものが、ここで言う基本的な趨勢にあたる。念のために確認すれば、均斉成 長径路とは、その上では各経済諸変数がその聞の比率を不変に保ちつつ成長するような径路である。それ QI:.の意味はない。もし、各経済諸変数の比率についての動学方程式を作ることができれば12、均斉成長 留初、その動学方程式の均衡点に対応する。動学方程式の均衡点の安定性いかんによって、経済成長径 路は,均斉成長径路に接近または来離するだろうが、近似的には均斉成長径路によって代表されていると考 えてよかろう。
Harrodのアフ。ローチは、比較静学分析に基づく Hicks[23]のアフ。ローチより、方法論上はるかに優れて いる。Hicks[23]によれば、与件が継続的に変化していても、比較静学分析を多段階的に適用することで十 分に対処可能である。しかしながら、実際上、このアフaローチでわかるのは、各時点、各時点での変化の方 向だけだろう。というのは、変化の方向が経済状況に依存して異なり、経済体系全体について寸主的な結 論を得るのが困難である場合が多分に予想されるからである。→支的な妥当性を持った方法は、一見非常 に役立ちそうに思われるが、考慮している情報が多すぎるために不毛な結果しか生み出さないことがある。
こういう場合には、考察の対象を本質的なもののみに限定し、考慮すべき情報を大幅に減らすことを試み るべきであろう。Harrodは均斉成長径路に注意を集中した。
Harrodは、Ricardoの成長論の基礎であった収穫逓減の法則と人口法則をともに修正して、収穫一定、
人口成長率一定を仮定した。それは、両法則がもはや、歴史的な妥当性を持っていないという消極的な理 由に基づく。けれども、その修正には、非常に重要な意味がある。というのは、収穫一定、人口成長率一 定の仮定があるからこそ、我々は均斉成長の可台出生を論じることができるからである。
Harrodが取り組んだ問題は二つある。一方は、長期的な失業の問題であり、他方は、景気循環の問題で ある。Harrodの議論の最大の特徴は、これらの問題を二つの経済変数の変化率の関係に使って解明しよう とした点にある13。本章の主題との関連が深い長期的失業との関連で言えば、企業が現在の産出量の伸び をそのまま維持するような成長率、保証成長率と、労働の完全雇用、資本設備の完全稼働と両立可能な成 長率、自然成長率との関係が取り上げられる。労働生産性の上昇とそれにともなう生産方法の変更がない ものとすれば、両者はそれぞれ、労働需要の伸び率と労働供給の伸び率に対応する。
保証成長率が自然成長率よりも高ければ、失業率は‘政よ、し、逆に自然成長率の方が高ければ失業が増加 する。もし、両者が一致すれば、失業率は一定に保たれる。理論上、保証成長率と自然成長率の一致は可 能であるが、Harrodは両方を等しくさせる調整メカニズムはないと考えた140
保証成長率が自然成長率を上回っていれば、将来の景気後退は不可避である150この場合、初期時点で 大量の余剰労働力があっても、失業率は、政かし続けるので、経済はやがて完全雇用の壁につき当たる160完 全雇用下では、現実の成長率は必然、的に自然成長率に一致する。すると、仮定により、現実の成長率は保 証成長率を下回らなければならない。いわゆる不安定↑白京理が成り立つとすれば、景気の下方反転は避け られなくなろう。現実の成長率は低下し、経済は不況に陥る。それだから、保証成長率が自然成長率を超 過する程度が大きければ大きいほど、逆説的ではあるが、経済はますます高い頻度で不況を経験し、好況 局面の持続しない慢性的な失業の可有E性が増すのである。
長期的な失業への理論的関心という点をとれば、Harr吋はまったく言及していないが、事実上、Marx
11 Ha.rrod[19]p14.
1:2これはかなり強い仮定である。
13 Ha.rrod[20]p91.
H Ha.rrod[20]p87.
15 Ha.rrod[20]p89.
16ただし、 我々は、初期時点で現実の成長率が保証成長率よりも高いと仮定している.
14 CHAPTER 2. 経済成長論の到達点と課題
の問題意識の一部を継承していることがわかる。もっとも、Marxが懸念したのは、資本制経済のもとで の経済成長の究極的な帰結として利潤率が十分に低下した場合の長期的失業であるのに対して、Harrodが 心配したのは、経済の成長過程における継続的で慢性的な失業の可有国生である。問題をこのような観点か らとらえることができたのは、何はさておき、Harrodが経済の基本的な趨勢、特に、均斉成長留各という 概念を明確にしたからである。現実の成長率、保証成長率、自然瓦文長率の三つの成長率が仮に一致すれば、
経済は順調な成長径路をたどるだろう。特に、労働供給と労働需要の聞の比率は不変であり、失業率は一 定となる。だが、そのような場合は偶然にしかありえず、しかも、-8、三者の聞の一致が崩れれば、そ れを復元するメカニズムはなし1。三つの成長率が一致しない時、予想される事態の一つが慢性的な失業で あった。
このように、Harrodは、失業率が一定であり続けるような成長径路を思い描いただけでなく、さらに進 んで、そのような成長径路の安定性の検討へと向かった。それだから、Harrodに関してなお言及すべき多 くの点が残っているが、まず押さえておかなければならないことは、一定の条件を満たし続けるような経 済成長径路としヴ概念を提唱したことが、以下で詳しく説明するが、いかに画期的であったかということ である。
2.5 完全雇用下の均斉成長径路
Harrod以降、経済成長理論に対して傾けられた膨大な努力を考慮する時、その努力に対する我々の=制面 を簡単にでも述べてことはぜひとも必要なことのように思われる。
Harrodの理論は、経済成長率に関するこつの主張に基礎をおいていた。一つは、保証成長率と自術文長 率との関係についての、もう一つは、現実の成長率と保証成長率の関係についての命題である。その後の 議命は主として第一の命題をめぐって展開された。
すでに触れたように、Harrodによれば、保証成長率と自然成長率を一致させるメカニズムは存在しな い。だから、寸如こ保証成長率と自然成長率は等しくないと考えてよい。両者の大小関係によって、失業 率は増加または政かするから、この関係は、失業率の変動を考える上で特に重要であると考えられた。だ から、完全雇用を仮定していなし1からこそ、失業の可台回生を認めていたからこそ、保証成長率と自然成長 率の大小関係について論じることが意味を持ったのである。
ただし、完全雇用に至ったとしても、保証成長率と自然成長率の関係を論じることは意味がある。たと えば、経済が完全雇用に達した時、保証成長率が自然成長率を上回っていたとしよう。これまでと同じ成 長率を維持しようとすれば、経済は激しい人手不足に直面するにちがいない。その後の経済状況がどのよ うに進展するかは、不安定性原理の成立いかんに関わるが、少なくともそれまでと同率の成長を続けてい くことができなくなることは明らかであろう。
Harrodの主張に対する反論は、Solow[71]とKaldor[27]によって提出された。経済成長率は、常に次の ように書き表すことができる。
よ= (よ-5)+三
sは貯蓄率である。さらに
! = s
= sY
が、成り立つものとしよう。技術進歩がHarrod中立型であれば、上の式は、
Y Y
Y
=
s !{と書き直すことができる。周知の通り、Harrodは、企業がそれまでの成長率に満足し、これからも同率の 成長率を維持し続けようとするそのような成長率が存在するものと考え、これを保証成長率と呼んだ。保
2.5. 完全雇用下の均斉成長飽各 15
証成長率G叫が与えられたものとしよう。Harrodの議論の最大の雑煮は、この特定の成長率がなせ存在し、
それが何に依存して決まるのかについての十分な議論を欠いている点にあると思われるが、今は、この点、
に触れないでおく。ともかく、保証成長率Gwが与えられる。
G... � = S Y 1\
さて、資本産出量比率!{/Yあるいは貯蓄率sのどちらかが変われば、保証成長率九が変化し、自然成 長率に一致するようなメカニズムが働く可能性が生まれる。前者の可制生について指摘したのが Solow[71]
である。すなわち、資本-産出量比率!{/Yは一人あたり資本設備のK/Lの関数であり、これが変われば、
保証成長率は自然成長率に等しくなるように調整されるだろう。
一方、後者の可台出生について言及したのはKaldor[26]である。Kaldorによれば、社会全体の貯蓄性向s は、資本家階級の貯蓄性向Spと労働者階級の貯蓄性向Swの加重平均である。すなわち、
w一yeu + P一Ynr s 一一eu ( 1 > sp > Sw > 0 ) 、、azJ1・ふqL r'E目、、
である。ただし、P、Wはそれぞれ、実質利潤、実質賃金である。当然、
Y=P+日/ P> 0, W> 0 (2.2)
が成り 立つ。貯蓄性向sは、利勝?配率P/Yに依存しているから、階級聞の所得分配が変われば、貯蓄性 向sが変動し、この場合も、保証成長率を自然成長率に等しくさせるメカニズムが働く170
この二つの結論は一見、当を得ているように思われるが、 じつは、ともに完全雇用を前提にしていると ころに問題がある。
まず、Solow[71]の主張を見てみよう。なるほど資本ー労働比率K/Lが独立に動けば、それにつれて資本ー 産出量比率!{/Yか変わる。だが、この資本ー労働比率!{/L は、現有資本設備の総量と労働供給の比率であ り、明らかにこの議論は労働の完全雇用を前提している。
Kaldor[27]の場合も同様である。(2.2)を考慮しつつ、(2.1)を次のように書き直してみよう。
Y=�二三�p.
何らかの原因により、実質利潤Pが増加したものと仮定しよう。もし、労働の完全雇用と資本設備の完全 稼働か両方とも実現しているとすれば、国民所得Yは一定であり、確かに貯蓄率sだけが上昇するだろう。
ところが、そうでないとしたら、どのようなことが起こるだろうか。上とは逆に失業または遊休生産設備 がある状態では、実質利潤の増加が、社会全体の貯蓄L事を不変に保ったまま、ただ国民所得Yだけを押し 上げるケースが十分に考えられる。したがって、Kaldor[26]の主張が成立するためには、やはり労働の完 全雇用が前提されていなければならなし1。
結局、Solow[71]とKaldor[26]の反論はいずれも、完全雇用を前提にしているので、言い換えれば、そ れ以外の経済状態について何一つ述べていないので、彼らが主張していることは、完全雇用状態を系白寺し つつ、保証成長率と自然成長率を一致させるにはどのようにすればよいのかを示したにすぎなし1。労働市 場での不完全雇用を前提に失業率の変動について考察していたHarrodに対しては、なんら有効な反論で はないことは明らかであろう。Solow[71]やKaldor[26]は、Harrod[20]の議論の前提をまったく無視した ばかりでなく、'慢性的な失業の可台出生についての問題意識さえも黙殺してしまったのである。1960年代以 降の大半の経済成長論研究が、この両者のいずれかの延長線上で展開されたことを思うと、その機会費用 の大きさを思わずにはおれない。
17Ka.ldor[26]p97.
2.6 経済成長論の課題
CHAPTER 2. 経済成長論の到達点と課題
Harrodが最も望ましいと考えた経済成長径路は、保証成長率と自然成長率が一致するような成長径路 である。では、なぜそのような成長径路が望ましいのか。その理由は、この均斉成長径路からはずれれば、
慢性的な失業が不可避だからであるOさらに問えば、どうして慢性的な失業が問題とされるのか。それに 対するHarrodの答はない。しかし、我々はすでに、Marxについて検討した第2.3節でその答えを得てい る。それは、社会体制としての資本制経済の再生産条件にかかわるからである。つまり、Harrodが望まし いと考えた均斉成長径路は、Marxの言う資本制経済の再生産条件の少なくとも一つを毎期毎期維持し続 けるような成長径路なのである。
前述の通り、Marxが考察していたのは、資本制経済の再生産条件が、経済の発展にもかかわらず、変わ らずに保証されるかどうかであった。一方、Harrodが不完全にせよ研究してきたのは、実は、資本制経済 の再生産条件が毎期毎期成立し続ける成長御各は、もしあるとすれば、どのような性質を持つのかである。
二つを比べれば、後者の方がより具体的な輪郭を持っていることがわかるだろう。Harrodは、 経済変動の 基本的趨勢(trend)の重要性を理解していたがために、特定の条件を満たすような趨勢、均斉成長径路の 分析へと進むことができたのである。
資本制経済の再生産を毎期毎期保証するような成長径路、それに沿って進めば、資本制経済という社会 体制が維持されるような成長径路を持続的成長径路と呼ぼう。それでは、持続的成長径路はどのような条 件を満たしていなければならないのか。第一に、各企業が利潤の最大化を続けること。保証成長御各が企 業の勤学的な均衡条件と解されるとしたら18、少なくともこの条件を満たしていなければならない。第二 に、失業率が一定であること。Harrodの研究関心はこの点に集中している。第三に、利潤率が一定である こと。当然ながら、資本と労働の生産性がそれぞれ一定であれば、このことは、実質賃金率が一定である ことを意味する。この条件のもとで、利潤率が十分高くなれば、実質賃金率はOに収束してしまう。
持続的成長径路という言葉を使えば、Marxの問題は端的に次のように言い換えることができる。資本 市経済において、持続的な成長径路は存在するか。このような問題の定式化は、Marxの掲げた資本制経済 の再生産の諸条件を統一的に表現している点で優れている。適切な根段:が提供されれば、問題はより適切 な形で整理される。適切な概念の提唱は、事実上、新たな分析方法を提示することである。資本告l経済の 再生産の可制生という問題意;哉に対して、Harrodは、適切な方法を提供し、問題に具体的な形を与えたの である。こうして、Marxの問題を、持続的成長径路の存在、一意性、安定性19,こ関する議論へと発展させ ることができる。
我々の問題は、二つの部分に分けられる。第一の問題は、持続的成長径路が、もっと詳細には、その径 路上の経済諸変数の関係がどのようにして決定されるのかという問題であるO技術進歩がなければ、この 儲各上の成長率は、人口成長率に等しし1。我々はまず、この場合を取り上げよう。Harrodでは、技術進歩 は確かに考慮されているが、その変化の割合は外生的に与えられているから、実際上、技術進歩のない場 合と大差はない。次に、技術進歩を考慮し、しかも、その程度が内生的に決定される場合を分析する。
第二の問題は、このように決定された持続的な成長径路がはたして存在するのかという問題である。
Lユ上述べた問題に対して、Harrod以降の発展がまったくなかったわけではない。たとえば、置塩[49]は、
これらの問題への貴重な貢献であり、特に、資本制経済の再生産との関連を深く意識している点で傑出し ている。しかしながら、持続的成長径路を単に新古典派の均斉成長径路から完全雇用のみを取り除いた成 長径路としたのでは、根治:規定が希薄であろう。また、このような希薄な概念規定にとどまったことから、
安易に持続的成長径路の存在を認める結果20に至ったのだと思われる。
111 Ha.rrod[20]p87.
19 Ha.rrodが検討した二つの問題 はどちらも、この安定性に関わる問題である. Harrodは持続的成長径路の安定性に強い疑問を抱 いたのである.
20置塩[49] p154. だが、 資本制経演が現在まて午概してきたという歴史的事実だけでは、持続的成長径路が存在する根拠としては 弱いのではなかろうか。 繰り返して言えば、我々はこれまで存在してきたものが、 これからも存在し続けるのかを問うているのであ
2.6. 経済成長論の課題 17
これまでの考察で我々は、経済諸変数間の数量的な関係に特別に注意を払ってきた。 しかしながら、一 定の数量的関係が成立するためには、 それを支持し、 あるいは補強する技術的、制度的諸条件の整備が不 可欠である。 この点を決して忘れてはならなし'0
る.
18 CHAPTER 2. 経済成長論の到達点と課題