氏 名 湯澤
ゆ ざ わ直美
な お み学 位 の 種 類 博士(社会福祉学)
学 位 記 番 号 人博 第 141 号 学位授与の日付 平成 31 年 2 月 21 日 課程・論文の別 学位規則第4条第2項該当
学 位 論 文 題 名 社会福祉におけるセクシュアリティ統制の構図 -婦人保護事業・母子福祉事業に焦点をあてて-
論 文 審 査 委 員 主査 教 授 岡部 卓
委員 名誉教授 戒能 民江(お茶の水女子大学)
委員 准教授 長沼 葉月
Ⅰ.論文要旨 1.問題関心
フェミニズムの展開過程は、 「公的領域における女性の政治的・法的権利の確立」や「経 済的権利と労働者としての主体性の確立」など制度を軸とした第一波フェミニズムから、
身体・セクシュアリティを軸とする第二波フェミニズムへと質的に転換した[辻村 1997:
p294.]
1。第二波フェミニズムは、女性の性的自立や自己決定権、女性に対する暴力の根絶 など、 「個人的な領域における男女の不均衡な力関係」に焦点をあて、これまで「私的な領 域と思われてきた家族、セクシュアリティ、日常生活における政治的支配・権力構造」を 問題にした [吉原 2013:p14.]
2。
第二派フェミニズムへの取組みは、国際連合による世界女性会議で戦略が樹立され、各 国には政策の具体化が要請されるようになる。日本では、内閣府による男女共同参画行政 により政策が具体化されるとともに、厚生労働行政においても社会福祉施策による具体化 が政策課題となった。しかしながら、日本の社会福祉政策は、かねてよりフェミニズムの 思想を摂取する視角が脆弱であり、第二波フェミニズムへの取組みは多くの課題を内包し たままである。また、フェミニズムの視角をもった社会福祉研究も遅滞し、とりわけセク シュアリティを中核にした先行研究は極めて乏しい現状にある。本研究では、日本の社会 福祉政策の課題の根底に、 「社会福祉における“セクシュアリティ統制”があるのではない か」 、という問題意識をもち、その構図を解明するものである。
2.研究目的
以上を踏まえ、本研究は、「社会福祉とフェミニズム」という視座に立ち、第二波フェ ミニズムの潮流に焦点をあて、 第二次世界大戦後の日本の社会福祉行政の展開を解明する。
1
辻村みよ子(1997)『女性と人権―歴史と理論から学ぶ』日本評論社
2
吉原令子(2013)『アメリカの第二派フェニミズム―1960 年代から現在まで』ドメス出版
具体的には、女性を対象とした公的な社会福祉事業として生成した婦人保護事業と母子福 祉事業をとりあげる。これらの事業は、2001 年以降には、「配偶者からの暴力の防止及び 被害者の保護等に関する法律」によって、暴力被害女性への対応を担う事業として新しい 位置づけを付与されたことから、いかに同法に収斂されていったのか、その特質も分析対 象とする。
分析にあたっては、社会福祉が女性のセクシュアリティ統制にいかに介在してきたのか、
という視角から制度・政策の形成過程・運用実態を論証する。それらの作業を通して、① 社会福祉におけるセクシュアリティ統制の構図を明らかにし、②第二波フェミニズムの実
践的課題にいかに社会福祉が取り組むのかを考察することが、本研究の目的である。
3.分析課題・分析枠組み・研究方法
(1)分析課題
上記の研究目的の究明にあたり、本論文では、次の 3 点の分析視角を提示した。
図表1 研究目的と分析課題
研究目的① 社会福祉におけるセクシュアリティ統制の構図
研究目的② セクシュアリティ統制に抗う視座からの社会福祉の再構築
①分析視角1 女性のセクシュアリティはいかなる手段によって統制されてきたか 女性を対象とした公的な社会福祉事業である婦人保護事業及び母子福祉事業について、
その政策形成過程・実施過程をとりあげ、いかなる理念・制度体系・制度運用のもとに支 援策が講じられてきたのか、セクシュアリティ統制という観点から考察する。分析にあた っては、これらの事業を社会福祉における「対女性/母親政策」と捉え、その特質を解明 する。
②分析視角2 第二次世界大戦後の「対女性/母親」政策の胎動期において、女性の要支 援性はいかなる態様であったのか
分析視角1
•女性のセクシュアリテ ィはいかなる手段によ って統制されてきたか
分析視角2
•第二次世界大戦後の
「対女性/母親」政策 の胎動期において、女 性の要支援性はいかな る態様であったのか
分析視角3
•「女性に対する暴力」
の法制化は「対女性/
母親」政策をいかに変
容させたか
第二次世界大戦敗戦後の婦人保護事業・母子福祉事業の胎動期において、女性たちはど のような状況に置かれていたのか、1950 年代初頭から中頃の女性の社会的位置と要支援性 を検討する。この時期は、1956 年の売春防止法施行及び 1957 年の全面施行を控え、政府 や自治体において売春対策に関する論議が繰り広げられていた時期にあたる。また、1953 年には母子福祉資金の貸付等に関する法律が施行され、 母子福祉が胎動した時期でもある。
そこで、そのような時期の女性たちの生活現実に焦点をあてることによって、婦人保護 事業・母子福祉事業の創設/生成にどのような視点が求められていたのかを明らかにする。
その際、いまだ「女性に対する暴力」という概念や制度・政策体系がなかった 1950 年代の 時期に、いかなる暴力が潜在化していたかを合せて考察し、セクシュアリティ統制を暴力 という観点から検討する。
③分析視角3「女性に対する暴力」の法制化は「対女性/母親」政策をいかに変容させた か
日本において「女性に対する暴力」対策が初めて法制化されたのは、2001 年公布の「配 偶者暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」である。婦人保護事業や母子福祉事業は、
同法により配偶者暴力被害者支援を担う実施機関として新たな機能を付加されることにな った。「対女性/母親」政策という観点からみると、配偶者暴力に焦点化した法制度化が、
男性支配型の婚姻秩序をジェンダー平等の視点から変革する原動力になりえたかどうか、
政府の政策動向をもとに考察する。
(2)分析枠組み
分析視角を論証するために、本研究では、次のような分析枠組みを設定した。
図表2 本研究の分析枠組み
制度化 秩序維持のための手段
性規範 「性=愛=結婚=生殖」規範 売春防止法・風営法による性の商品化 体制
家族規範 夫婦制分業家族 届出婚/夫婦同姓/非嫡出子差別
婦人保護事業 「売春のおそれのある女子」への対応 売春女性の処罰化/転落のラベリング 母子福祉事業 女性/母親の就労促進による自立
離婚/非婚の母子家族への負のサンクション近代的家父長制 / 夫権的家父長制
性の二重規準/家族の序列化/女性の差別化・分断 「女性に対する暴力」の放置
婚 姻 秩 序
婚 姻 秩 序
社会福祉行政におけるセクシュアリティの統制
法的
家族
モデル
まず、本研究の分析視角の準拠枠には、法的家族モデルの基底となる「夫権的家父長制」
を設定している
3。現代日本社会において、夫権的家父長制を実体化しているのが、近代家 族法の 3 大原理である“異性愛=法律婚=嫡出家族モデル”という法的家族モデルである。
具体的には、 「性=愛=結婚=生殖」とみる性規範と、届出婚による同姓の夫婦制分業家族 を型とする家族規範が交錯するところに、法的家族モデルが定立している。このような日 本の法的家族モデルを支える構造・制度・諸活動の集合を、ここでは「婚姻秩序」と位置 付ける。
「性規範」は、男性か女性かにより同じ行為であっても異なる評価が与えられる「性の 二重規準」に特徴づけられる。売春防止法は、買春者は処罰されず売春者は処罰されると いう性の二重規準に貫かれた法体系をとる。それゆえ、売春防止法に規定された婦人保護 事業に焦点をあてて、どのようなセクシュアリティの統制がみられたのかを分析すること を通して、社会福祉行政を再検討する。 「家族規範」は、夫婦制分業家族の形態をとり、社 会福祉・社会保障政策における標準的家族モデルを基礎づけてきた。とりわけ、標準的家 族モデルからの逸脱として非嫡出子(婚外子)を位置づけ、負のサンクションを与える制 度設計や制度運用は、人々を「法律婚主義と嫡出原理」に吸引する家族統制の機能を有し てきた。 「死別/生別/非婚」という形成理由により母子家族への制度対応は差異化されて おり、そこには「夫権」との関係が介在していると考えられる。ゆえに、母子福祉事業が いかに女性を位置づけてきたのか、セクシュアリティ統制という視角から分析する。
(3)研究方法 序章・1~2 章・終章
文献研究 3 章・4 章 ①文献研究
②政府の政策動向:法令・白書・通知・事業統計・調査報告等の原資料、国 会や各種委員会の会議録により分析
③ヒアリング調査:制度の運用状況を把握するため、当事者へのヒアリング 調査の実施
5 章・6 章 ①文献研究
②労働省婦人少年局により 1950 年代に蓄積された調査報告書の分析
③婦人相談所による「保護台帳」記録の二次分析
『性暴力問題資料集成 第Ⅱ期』第 35 巻(2010)「昭和 31 年婦人保護台帳」不二出版
⇒保護台帳はすべて相談員の自筆であり、抽出事項を設定して転記したうえで分析 7 章 ①文献研究
②実地調査:日本・韓国・台湾の 3 か国比較に必要な知見を得るため、韓国・
台湾の政府機関・民間団体へのヒアリング調査の実施
3
三成美保(2007)「公と私をジェンダー論から考える」『学術の動向』2007 年 8 月号,日本学術協働財 団,pp45-52。三成美保は、「近代市民社会の基礎的単位である家族を安定的に維持するため、近代法は家 父長制的な規定をもった」として、家父長男性の権限には「父権」と「夫権」の2面があると整理する。
近代的家父長制は「夫権的家父長制」と特徴づけることができ、男女間の支配従属関係に特化される。
③厚生白書/厚生労働白書の分析
Ⅱ.論文構成と概要 1.論文構成
論文構成・論文概要は以下の通りである。
序章
第 1 節 研究テーマとテーマ設定の背景 第 2 節 問題の所在
第 3 節 「社会福祉と女性」に関する先行研究の検討 第 4 節 研究目的と研究方法
第5節 論文構成
第1章 セクシュアリティ及びセクシュアリティ統制に関する先行研究 第 1 節 本章の目的と方法
第 2 節 セクシュアリティの定義をめぐる議論と研究動向 第 3 節 セクシュアリティに関する先行研究の動向 第 4 節 セクシュアリティ統制という分析概念
第2章 第二派フェミニズムの潮流と日本における政策形成 第 1 節 本章の目的と方法
第 2 節 国際社会における女性の人権確立と第二波フェミニズムの潮流 第 3 節 日本における女性政策の展開―男女共同参画社会の形成
第 4 節 第二次世界大戦後の社会福祉行政の制度化―女性を対象とした公的事業 第3章 婦人保護事業の生成と展開
第 1 節 本章の目的と方法
第 2 節 売春防止法制定までの政策動向 第3節 売春防止法の構成内容と特質
第 4 節 婦人保護事業の生成過程と「要保護女子」規定の変遷
6
第5節 考察―売春防止法による「性の二重基準」とセクシュアリティの統制 第4章 母子福祉事業の生成と展開
第 1 節 本章の目的と方法
第2節 母子福祉関連の法律の制定と制度創設の経緯
第3節 児童扶養手当制度の変質により生み出される女性の制度的差異化
第4節 非婚母子世帯への政策対応―標準家族モデルの称揚と負のサンクション 第5節 考察―婚姻秩序と家族の序列化
第5章 行政調査からみた女性の要支援性―1950 年代の労働省調査 第 1 節 本章の目的と方法
第 2 節 女世帯に関する調査からみる女性の態様 第 3 節 未亡人の雇用に関する調査からみる女性の態様 第 4 節 売春に関する調査からみる女性の態様
第 5 節 考察―婦人保護と母子福祉の交錯
第6章 婦人保護台帳からみた女性の暴力被害と要支援性 第 1 節 本章の目的と方法
第2節 神奈川県婦人相談所の沿革と機能 第3節 婦人保護台帳にみる暴力被害女性の概要 第 4 節 暴力の形態別にみた事例の特徴
第 5 節 考察―性買売に至る暴力と性買売における暴力
第7章 配偶者暴力対策事業の生成と「対女性/母親」政策の変容 第 1 節 本章の目的と方法
第2節 「配偶者からの暴力の防止及び被害者保護に関する法律」の概要と支援内容 第3節 日本・韓国・台湾の法体系の比較検討
第 4 節 配偶者暴力防止法の改定の推移とDV対策からみた近代家族秩序
第5節 婦人保護事業・母子福祉事業の援用―配偶者暴力防止法施行後の今日的課題 第6節 考察―配偶者暴力防止法施行後の「対女性/母親」政策の変容
終章 結論と今後の研究課題
第 1 節 本研究の分析課題に関する考察
第2節 全体的考察1-社会福祉におけるセクシュアリティ統制の構図
第3節 全体的考察2-セクシュアリティ統制に抗う視座からの社会福祉の再構築 第4節 本研究の限界と今後の課題
引用文献・参考文献
7 2.論文の概要
序章
序章では、本研究のテーマとテーマ設定の背景を述べ、問題の所在と先行研究の動向を 踏まえて研究目的と分析課題を提示している。また、本研究の独自性を明らかにするとと もに、分析枠組みを示し、本論文の全体構成を示している。
第 1 章 セクシュアリティ及びセクシュアリティ統制に関する先行研究
第 1 章では、本研究の分析概念である「セクシュアリティ統制」について、本論文にお いてどのような文脈で使用しどのように定義するかを検討するために、まず、セクシュア リティに関する先行研究の動向を把握している。そのうえで、セクシュアリティの統制と いう問題関心を介在させている研究動向を把握し、本研究における「セクシュアリティ統 制」の定義を提示した。社会福祉研究においてセクシュアリティ統制という観点からアプ ローチする先行研究は見当たらず、本研究の独自性が確認されている。
第2章 第二派フェミニズムの潮流と日本における政策形成
第2章では、女性の人権の確立をめざした国際社会の動向と第二波フェミニズムが登場 した経緯をおさえ、セクシュアリティをめぐる諸問題にいかに焦点が当てられるようにな ったかを把握している。日本における政策の展開について、内閣府による男女共同参画行 政に関する政策動向を概観し、第二波フェミニズムの潮流がどのように摂取されたかを考 察。そのうえで、第二次世界大戦後の社会福祉行政の制度化について、女性を対象とした 事業がどのように生成し展開したのか、第二波フェミニズムとの関係から検討している。
第 3 章 婦人保護事業の生成と展開
第3章では、婦人保護事業をとりあげ、制度の生成過程・展開過程を分析している。根 拠法である売春防止法は、性の二重規準に貫かれた法体系であることから、 「性道徳や社会 の善良の風俗を乱す主体として女性が法的に定立」され、行政執行者にそのような認識を 定着させる機能となっていた。また、性の二重規準の徹底は、第5条・第 17 条・第4章間 の不整合からもたらされることを指摘した。すなわち、勧誘等による刑事処分(第 5 条)
は「男子及び少年」にも適用されるとしながらも、補導処分・保護更生の対象とするのは 女性のみであるとする性別条項規定が設けられている。そこで、先行研究の蓄積が乏しい 婦人補導院法に着眼し、第5条の補導処分がどのように具現化されているのかを検討した。
その結果、婦人補導院への収容は強制力を伴い、処遇規則においては面会や外出の制限・
懲戒や保護具の使用・連れ戻しなどの規定などによって、女性を拘束するシステムが作動
していることが明らかとなった。補導処分の内容は職業教育を重視するものではなく、家
庭婦人としての教養や情操を養うことを志向し、しかも、そのような生活指導の初期段階
では自由を束縛することが必要であるという見解も示されていた。このような法制度によ
る女性への「処分」は、女性のセクシュアリティの統制を通じて家族防衛/社会防衛を図
る性質を有するものとなっている。一方、婦人保護事業は、特別刑法である売春防止法に
位置づく社会福祉事業として、特異な位置を賦与されてきた。売春防止法は、微細な改定
を除いては第二次世界大戦後から現在まで大きな法改正がなされていないため、婦人保護
事業は通知による拡大解釈によって運用が図られてきた経緯を明らかにした。特別刑法の
8
なかに社会福祉の一分野とされた婦人保護事業が存置され続けている体制は、買春そのも のの暴力性及び買春行為に伴う暴力を不問に付す装置となっていることを指摘している。
第4章 母子福祉事業の生成と展開
第4章では、母子福祉事業をとりあげ、制度の生成過程・展開過程を分析している。ま ず、母子福祉法の制定過程から母子寡婦福祉法、母子及び父子並びに寡婦福祉法へと変遷 したプロセスを把握し、次に、2002 年に戦後の母子福祉対策の総決算として策定された「母 子家庭等自立支援対策大綱」をとりあげ、制度の理念や方策がいかなる方向に転換したの かを検討した。母子福祉事業は、「戦争未亡人」当事者による未亡人対策樹立への運動の組 織化を背景に胎動し、占領体制により無差別平等の原則から「未亡人」というカテゴリー 化は避けるべきとする見解が出されたために、母子福祉という枠組みから法制度化が図ら れていった。1959 年には国民年金法が制定され、死別母子世帯には母子年金制度/母子福 祉年金制度が創設され、それとの均衡を図る目的で生別母子世帯には児童扶養手当制度が 創設された。母子福祉事業における質的転換の兆候は、母子福祉法施行期にみられる。同 法第4条には「自立への努力」という条文が設けられ、 「夫に扶養される妻」には要請され ない「自立への努力義務」をシングルマザーに課すという政策主体の意思が明確にされる 端緒となった。この時期には離婚の増加が指摘され、 「家庭生活への十分な準備がないまま 安易に結婚する結果」など、個人的要因を強調する論調が厚生白書に示されるようになる。
1980 年代中頃以降は児童扶養手当制度の抑制期に入り、「所得認定」「生計同一の認定」
「異性関係の把握」など制度運用方法によって公的扶助のような厳格な対応が強められて いく。伝統的な家族秩序を保持する立場からは、同制度から「未婚の母」を排除する議論 が噴出した。非婚母子世帯に強固な負のサンクションを課す政策は税制上の寡婦控除にも 適用され、母子福祉制度は死別/生別という形成理由によって女性を制度的に差異化する 機能を強めていった。そのスケープゴートにされたのが非婚のシングルマザーである。
総じて、伝統的婚姻秩序を機軸として、 「性を売る女性」には刑事罰を用意し、「届出婚 を経ない母親」には税・所得保障制度上の不利益を用意することによって、法的家族モデ ルを堅持する構図がみてとれた。法的家族モデルの周縁におかれる女性への負のサンクシ ョンの行使として、女性のセクシュアリティの統制が機能していることを指摘している。
第 5 章 行政調査からみた女性の要支援性―1950 年代の労働省調査
第5章では、労働省婦人局が実施した未亡人や買売春の実態把握のための調査結果を参 照し、1950 年代初頭から中頃の女性の社会的位置を把握し、どのような要支援性があった のかを検討している。この時期は、婦人保護事業及び母子福祉事業の胎動期にあたり、そ のような時期の女性の生活現実に焦点をあてることにより、同事業の創設/生成にはどの ような視点が求められていたのかを明らかにすることを目的としたためである。
分析の結果、女性の要支援性として、①母子世帯の経済問題からシングルマザーが売春
に従事する状況、②母親として売春に従事する女性が抱える児童福祉問題、③10 歳代の少
女が売春に従事するという児童福祉問題、④定位家族の貧困に起因する児童福祉問題、⑤
夫婦関係の不安定性に伴う暴力、⑥売春への動機としての「生活苦」という要支援性が見
出されている。総じて、ライフコースという視座から女性の要支援性を捉えると、婦人保
9
護事業と母子福祉事業とに単純に振り分けられない要支援性があることが確認されている。
第 6 章 婦人保護台帳からみた女性の暴力被害と要支援性
第6章では、第5章に引き続き 1950 年代の制度胎動期に焦点をあて、婦人相談所の婦人 保護台帳の記録から、行政により「要保護女子」と位置付けられた女性のなかに、どのよ うな暴力被害が見られたのかを把握している。いまだ「女性に対する暴力」という概念や 制度・政策体系がなかった 1950 年代の時期に、いかなる暴力が潜在していたかを考察する ことを通して、婦人保護事業・母子福祉事業の創設/生成にどのような視点が求められて いたのかを明らかにすることを目的としたためである。使用した資料は、売春防止法施行 に先駆けて 1950 年代に全国で初めて設置された神奈川県婦人相談所の記録として残されて いる「婦人保護台帳」である。
売春従事経験のある女性に確認された暴力被害は、①性的暴力、②特飲店による身体的・
経済的暴力、③親族・私的関係による精神的・経済的暴力などに大別され、売春に至るま での生活史に暴力被害経験が埋め込まれ、そのうえに性買売システムにおける暴力被害が 蓄積されている事例が確認された。検討の結果、特殊飲食店というセクシュアリティ統制 のために作り出されたシステムのなかでは、女性には「快楽を提供する身体=売る身体」
を貫徹することが要求され、 「孕み産む」という「生殖する身体」機能は、あたかも初期化 されたかのように無化されていることが確認された。これは、セクシュアリティ統制によ る複合的な暴力性といえる。しかも、婦人保護台帳で把握された暴力被害女性には、暴力 被害からの回復は支援システムとして保障されておらず、セクシュアリティ統制という性 の政治は、暴力被害をも初期化し無化する社会的装置であることを指摘している。
第 7 章 配偶者暴力対策事業の生成と「対女性/母親」政策の変容
第7章では、配偶者暴力防止法をとりあげ、その法制度の理念・体系・手段について、
いかなる特徴があるのかを検討している。そのうえで、同法の実施機関として婦人保護事 業及び母子福祉事業が指定されたことについて、その位置づけや事業内容を検討し、女性 支援策がいかに変容したかを分析している。更に、政府の白書において、これらの事業が どのように位置づけられてきたのか時代的推移を追い、 「対女性/母親」政策の現代的変容 をおさえ、 「女性に対する暴力」の政策課題化のなかで女性のセクシュアリティの統制がい かに介在したのかを考察している。日本の配偶者暴力防止法の特質を韓国・台湾と比較し た結果、暴力の定義が限定的であり、保護命令制度は実行力が乏しいうえ、 「ドメスティッ ク・バイオレンス罪」規定がないなど、日本では本質的な課題が残されていることが確認 された。また、配偶者暴力防止法施行と同時に児童扶養手当制度を削減する改革が実行さ れており、ドメスティック・バイオレンス対策と母子福祉対策間の制度的矛盾が「暴力か らの自由への侵害」として露呈していることを指摘している。また、現存する「婦人保護 事業実施要領」を分析し、配偶者暴力防止対策に婦人保護事業を援用した方策が、 「要保護 女子」と「暴力被害女性」を明確に差別化する機能となっていることが確認された。
そのうえで、1956 年から 2017 年刊行の「厚生白書」 「厚生労働白書」を分析し、婦人保
護事業は 1995 年以降には取り上げられることはなくなり、あくまでも配偶者暴力防止対策
に位置付けられるものに変質したことが判明した。従来、婦人保護事業が担ってきた困難
10
を抱える女性/売春従事女性への支援機能は脱落させられ、配偶者暴力防止法施行による
「対女性政策」の矮小化/偏在化が顕著となっていた。
総じて、配偶者暴力に焦点化した法制度化は、女性の要支援性に対応する公的事業とし ての婦人保護事業を後景化させ、法的家族モデルの維持に適合的な性質をもつ配偶者暴力 対策を前景化させた。一方、母子福祉事業は「貧困な子どもへの救済」という社会の温情 的なまなざしのなかに置かれるようになる。これらの政策基調は、ジェンダー平等の推進 や法的家族モデルへの挑戦に立ち向かうものではない。このような政策枠組みの根幹に据 えられているのが、性の二重規準に貫かれた売春防止法であり、同法を温存させる政策手 法によって男性支配型のジェンダー秩序が婚姻内外で強化されるシステムとなっているこ とが指摘されている。
終章
終章では、本研究で設定した3点の分析視角について研究の知見を整理したうえで、研 究目的に照らして、全体的考察を行っている。全体的考察は、①社会福祉におけるセクシ ュアリティ統制の構図、②セクシュアリティ統制に抗う視座からの社会福祉の再構築とい う 2 点から論じ、そのうえで、本研究の限界と今後の課題を提示している。
まず、研究目的①「社会福祉におけるセクシュアリティ統制の構図」においては、 「女性 の身体への集約化/個人化」 「 “産まない身体”への規律化」 「ラべリングとスケープゴート 化」 「非対称性の制度的温存」という観点から統制の構図が整理された。
第一の「女性の身体への集約化/個人化」としては、買売春による金銭の授受であれ社 会保障制度による金銭(手当)の授受であれ、 「金銭給付を受ける側にある女性」に個人的 努力が要請される仕組みがあることを指摘した。つまり、売春従事女性には「性を売る身 体」として性道徳的な矯正や更生が個人的努力として求められている。社会の善良の風俗 を維持するために改変すべきは女性の身体であり、買春行為は問われることなく、女性の
「性を売るという個人の行為」のみ焦点化される。一方、シングルマザーには「労働する 身体」として経済的自立への個人的努力が求められる。離婚や非婚の「相手方」である離 別した親には努力義務が課せられず、子どもを養育する女親には「労働による自立促進」
への努力や養育費確保の努力が強調され、 「自立への努力義務」の「女性の身体への集約化」
が図られている。
第二の「 “産まない身体”への規律化」では、 「性を売る身体」 「労働する身体」として規 範化される女性を統制する手段のひとつが、 「産まない身体」への規律化であることを指摘 している。「産まない身体」として女性が規律化される買売春の世界では、「母親である売 春従事女性」は「母親役割を解除したエロス化された身体」とみなされる。一方、非婚母 子世帯への制度運用上の負のサンクションの行使には、シングルマザーの「恋愛の禁忌」
という手段がとられ、規範的身体へと女性を規律化する社会福祉のアプローチがあること が指摘されている。
第三の「ラべリングとスケープゴート化」では、買春男性の不処罰のために「スケープ ゴート」とされたのが売春従事女性であり、そのなかでも更に「街娼」をスケープゴート 化する方策がとられたこと、一方、 「労働する身体」を規律化するのが母子世帯のなかでも
「生別の母親」をスケープゴート化する方策があり、更に「非婚の母親」をスケープゴー
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ト化する方策がとられたことが指摘された。つまり、「重層的なスケープゴート化」という 手段が行使されており、女性へのラベリングを通して女性の意識そのものを拘束している。
第四の「非対称性の制度的温存」では、法制度がもたらすジェンダーの非対称性は、性 の二重規準に貫かれた売春防止法においても、母親に自助努力を要請する母子及び寡婦並 びに父子福祉法においても同様であることが指摘された。売春防止対策も母子福祉対策も、
そこに現れている女性の暴力被害、言い換えれば男性等の暴力加害を政策的に不問にする ことでジェンダーの非対称性を温存させてきたといえる。
次に、研究目的②「セクシュアリティ統制に抗う視座からの社会福祉の再構築」につい ては、「社会福祉事業としての婦人保護事業の再構築」「女性政策の視角からの母子福祉事 業の再構築」 「女性支援と児童福祉の接合」「女性の生き方に中立な社会福祉政策」 「反性暴 力・脱性暴力の社会福祉の構築」 「ジェンダー関係の変革と男性のセクシュアリティ」とい う諸点から、社会福祉の再構築の方途が整理されている。
まず、「社会福祉事業としての婦人保護事業の再構築」としては、「性差別と女性蔑視思 想に支配された売春防止法」による婦人保護事業体制を 60 年も放置してきたことの重大性 と女性支援の政治性を問い、 「売春防止法に法的根拠を有する婦人保護事業体制から脱却し、
人権保障理念を明確に打ち出した、包括的な女性支援体制を新たに構想する段階に来てい る」という指摘をもとに[戒能 2017:pp25-26.]
4、婦人保護事業の再構築は売春防止法の改 正とセットのものとして社会福祉の立場からも推進する必要があることを指摘する。その うえで、 「婦人保護事業」というジェンダー・バイアスを内在した事業名称を改め、政府に よる基本方針・基本計画の立案と市町村行政における事業推進の責務を明確にする取り組 みが求められることが提示された。次に、「女性政策の視角からの母子福祉事業の再構築」
では、母子福祉対策においてもドメスティック・バイオレンス被害を可視化し、政府の計 画や基本方針に DV 被害からの回復を位置づける必要と、 「就労促進による自立」というジ ェンダー中立的な自立規範の再検討が必要であることが指摘された。また、 「女性支援と児 童福祉の接合」では、 「産まない身体」として女性を規律化する婦人保護の思想を改め、妊 娠/出産/養育を視野に入れた支援体系が必要であることを指摘している。
更に、 「女性の生き方に中立な社会福祉政策」では、女性の生き方に中立な政策を推進す るために、家族形成権の視角を社会福祉政策に導入することが提起された。これまでの社 会福祉は、法的家族モデルがもたらす差別や法的家族の虚構性に無批判なまま、ケアの社 会化や家族支援に関わる研究や実践を蓄積してきた。しかし、堅牢な家族制度を保持する ために活用されてきたのが、婚姻内の性と婚姻外の性を差別化する女性のセクシュアリテ ィの統制であり、そのような統制機能の基盤はジェンダー秩序を強化する戸籍制度と民法 の諸規定によって与えられてきた。夫権的家父長制を支える日本の婚姻秩序は、そこに埋 め込まれるジェンダーに基づく力関係の不均衡によって、女性に対する暴力を生みだす社 会的機構のひとつとなっている。そこで、世界性の健康学会が採択した「性の権利宣言」
における「暴力からの自由」 「家族への自由/家族からの自由」に関わる諸事項を、社会福 祉研究/社会福祉実践に適用させることが有効であることを指摘している。 「家族を形成す
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