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「 源 頼 実 集 」 注 釈 稿 下

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(1)

稿    凡例一︑ 底本には榊原家所蔵﹁源頼実集﹂︵﹃榊原本私家集三﹄日本古典文学影印叢刊

 のは一︑稿で本︑﹃源頼実集﹄ 七︒たい用を︶年九九 11学財団法人日本古典文︑一編集︑貴重本刊行会︑会

53〜

参︑︻︼ない場合は考を項しない︒立  に︼釈語︑︻は︻︼考参︑一論でし述記題問特︒たしにをき事いなれ柄 を﹂○︑﹁はた句語し施をし付本︑︒出し語として文を掲げた見  ︻語釈︼注︑語︑句に関するの釈および本文校訂を記した︒語釈一は ︒れたし示をそで     書補詞︑をは和︼っ釈通︻一・︑︵歌をた場合は︶通釈し︑意味︑ 触︒︼し︑︻た釈語その旨をれで  文本︑一いおにれて記明らかに写と思わ誤るのは︑囲み文字でも表 ず史歴もした必︑でのし仮的合名なるあも遣い場いてっ従にい︒  ︑し字翻を一本は文本︑れそ底に︒濁先優を字翻たし点を点読句︑施  ︼︑釈通︑︻文稿本︑は語本︑一︻参釈︼︑︻考︼の項を立てて記した︒目 103ま︒う扱を歌ので たげ掲で︒ 献︑﹃め掲載した︒引用文の呼称は古集称略とどな﹄恒躬﹄﹃集今 適︑仮名を︶宜漢字に改をい用文│本川店・CD書RM版所載O  一歌るす用引参で︼考︻︑︑は編原則として﹃新国歌大観﹄︵角語︼︑︻釈

源大納言の家に︑月に歌あはせあらんとしたるを︑のびて九月になりにければ︑十首のだいの中にはぎのありけるを︑いまはときすぎにたり︒もみぢにかへられければ︑そのよしをうたの人〴〵あつまりて︑かはらけとりてよみけるに

をてけ手に取っ︵詠んだ歌︶ っ︑でのたそましての事を情れ歌てわらか︑人っ集がちたま 時てぎ過が︑は今をのしたっま葉らた変にえ紅︶を題歌︒︵ っあが萩に中首題歌のの十っ︑て九月になびてまったのしで  の月︑に家源房師内︼釈通︻のせに歌合があるろうとしたのを︑延だ 53秋らはぎのけふまでちらは物なぬばまやもまらさしもろいのぢみ

稿

𠮷

(2)

稿 秋萩が今日まで散らないものであるならば紅葉の色も勝ったであろうか︒︻語釈︼○源大納言  4番歌の語釈参照︒﹁源大納言﹂は源師房のこと︒○かはらけ  土器で作った杯︒歌を詠んでから杯で酒を飲むというルールである︒◯秋はぎ  萩︒萩の花︒秋に花が咲くのでいう︒○

月  月の内の意か︒八月のこと︒﹃古今集﹄秋上は一六九番から二四八番まであるが︑萩が詠まれているのは︑一九八︑二一一︑二一六︑二一七︑二一八︑二一九︑二二〇︑二二一︑二二二︑二二三︑二二四番と前半部に集まっており︑萩が詠まれるのは初秋から中秋である︒このことから八月と考えた︒﹃国歌大観﹄所載の松平文庫本は﹁八月﹂とある︒

長暦二年九月十三夜︑源大納言の家に︑おとこをんなかたわきてうたあはせせられけるに︑おとこかたの九人がうちにめされてよめる月

かよあ︒大納言の代を長れと祈るうん光の月るいにで澄の月長︑ なかりや穏もだよもついなを空る見つめていとと満足されるこ 月︵とうい歌題で︶ ︶︵にだん詠てれば呼歌 たっと方に分けて歌していら合しのころ︑方男九人の中っゃ  年三十月九釈二暦長︼の通︻日の夜︑源大納言家で︑男と女二つのを 54つるげねよりものどけ空にみつきかにな月るめすかきがなを世つ 技を々人︑で争競うてれか右左めの方に分ける︒○九人がうちに分さ   ﹂こ釈参照︒﹁源大納言は源師房のとてに組二は合︒歌きわたか○   一九八︑年七4一﹄巻三番歌〜六九八二三頁より語︶○源大納言の   れば︑﹁おとこかたの九人﹂も同じ朝か第成大合歌安平﹃朴谷萩︒︵ 教橘義清︑平人成の九人︒だと︶︑す一仲の人︶︑平棟一︵党歌六人和 の︶︑人一の歌党六和︵衡ちり人か︵︵の党人歌和六家源︶︑詳未頼伝 為親源︑善は源︑︑人歌の方範︵源頼実和歌六党の一人︶︑藤原経人 ︒大合男年九月十三日﹁権納言師房歌﹂がたし加参に合歌本たれわ行   十月九年二暦八長○︼釈語夜︻三︶︑源〇一︵二暦長に家の言納大三 ︒よ

れて  男方九人の中に呼ばれての意か︒○みつる  ﹁見つる﹂と﹁満つる﹂とを掛ける︒﹁満つる﹂は大納言の代を言祝ぐ︒○世をながつ き  ﹁長月﹂と﹁世を長く﹂とを掛ける︒﹁世を長く﹂は大納言の代が長く続くよう言祝ぐ︒︻参考︼この歌合の歌題は︑二十巻本類聚歌合本文によれば︑﹁秋夜月﹂﹁秋風﹂﹁露﹂﹁霧﹂﹁薄﹂﹁菊﹂﹁秋田﹂﹁紅葉﹂﹁雁﹂﹁鹿﹂の十題である︒また︑歌合には本歌は採られていない︒この歌合で詠まれた二十首の中で︑﹃後拾遺集﹄に採られたのは五首である︒

風︒吉野山では紅葉が散るらいし私め秋ていのき動らゆが梢の家  と︶で題歌うい︵︼釈通︻風 55ちわしらるもぢみやまやのしがよどのずゑゆるぎてあき風ぞふくこ

(3)

稿 が吹く︒︻語釈︼○よしのやま  奈良県中央部の山︒吉野川のほとりから大峰山に向けて高まる標高三〇〇〜七〇〇メートルの尾根をいう︒吉野神宮・金峯山寺蔵王堂・吉野宮跡・吉水神社などの史跡があり︑桜の名所として知られる︒また修験道の霊場でもある︒○ゆるぎて  物の全体がゆらゆらと動く︒ゆらめき動く︒︻参考︼﹁わがやど﹂では秋風が吹く季節であるのに︑山深い吉野では﹁紅葉﹂が散っているらしいと想像し︑場所による季節の違いを歌にするところがこの歌の眼目である︒

︒な珠また白玉︒露・涙はど﹂を語縁の露︒﹁うい    ︒広う覆く面︒るが広に一ひ○隙まてな真また○︒くなが間てく   所ら知てしと草名の萩に特︑たれき︒つ歌うよためにくし○︒枕敷 し岸でま帯地︒海く広る残て含をるめあ秋はく古︒てるも合場れば呼   のと名地市の台︻語釈︼○みやぎゝ陸奥国宮城郡の平野︒現在︑仙 吹を露なのうよ珠乱きろしいるのだうか︒て 一るが広に面野の朝今の城宮露隙はは間真︶頃︵今風︑てくなが  と釈︼露︵︻いう歌題で︶通 56んなやぎのゝけさのしく露ひまくらてかぜはたまをやふきみだるみ

57あなかるたわちたを花はのたしらのしりんとしめみかなく秋きひ ﹂たりぬるっとなているわ︒ 合歌は﹁霧﹂の縁語︒歌に八番の右と︑ちた﹁は句し結がたれら採て   共のが語の原﹂朝︑﹁りあが花す通﹂るか︒ちた﹁な﹂るわちた○た ﹁まそこひほに房歌の師源たれまぎれざのり菊白の原の朝霜初れけの   下遺集﹄秋三で五二に新のこ拾︑︒﹃原の朝らはのたしあ○詠合歌   る﹂かめ︵湿︶﹂は﹁霧の縁語︒︒○ひいあで益な︒無なが果効し   て︒せら知しめし○︼釈語え︻教にてをし︒﹁るけ掛﹂︒﹁湿﹁﹂めし ているあな︒ をが見ようと約束していた甲斐花な原くっ渡ちに立の朝が霧秋︑   霧︻通釈︼で︵という歌題︶

︒い目眼の歌のこがろことる   て辺︻語釈︼○てみぞたちける野なにな見立見に﹂み﹁を薄花るえ た波がに立っるようであよ︒ が辺野くしさま︑子穂の花薄の様が出て︵そ穂が︶秋風になびく  と︼薄︵釈いう歌題で︶︻通 58る秋なすゝきほにいでゝなびく風けに野辺はさながらなみぞたちは

菊だ暗い世もくじいてしまいうそ︒咲白るいて私いくし美の家の  い︶で題歌う︵と︻菊︼釈通 59菊やらき夜もをりつべらなり我どらのおくしろきまでさけるしも

(4)

稿 の花︵の明るさによって︶︒︻語釈︼○をりつ  底本には﹁をかつ﹂とある︒松平文庫本に﹁をりつ﹂とあるので︑歌意を考え︑﹁をりつ﹂とした︒だとすれば︑﹁くじく﹂の意か︒和歌六人党が仰いだ能因は﹁錦にもおりつべらなり我がやどのいとよりかくる秋はぎの花﹂と﹁おりつべらなり﹂の語を詠み込む歌を詠んでいるが︑まったく別の意味である︒○おもしろき  美しいの意︒﹁しろ﹂と色名を読み込む︒

︒か意の るっよにこ︒しいて改と﹂やりてれめ︑﹁たるすり刈稲﹂ばすとだ︒れ   うりか︒現表歌叶に合の月九秋や○松か﹁を﹂りやか﹁文は平庫本で   くり残きなりす山こ○︒田少の秋なをい︒るけ掛晩稲な少り残とい   い田︒山あるにあ田︒地の︒山ま︻語釈︼をや○だを﹂は接頭語﹁ りいな少た残︶が刈稲てりしいるのだろう︒を 終このりわ小の秋の田山見にろえ残なくな少りっも︒︵あるな秋  と釈︼田︵歌いう題で︶︻通 60をるやまだの秋はてがたに見ゆからなのこりすくなきかりやしつん

もみぢ

ちこ︵立止まらずに通りすぎる︶と美が色︶いしと変大︵いし難  葉歌ういと︵釈紅︼で通︻︶題 61る葉すぎがたついろとみゆれば紅きばにのめをまことぢまやきかふ   ﹁ける︒﹁ふかき﹂はこ色﹂の縁語︒○ま馬を掛︒   釈地﹂と﹁紅葉色い︼深さ﹂語︻山の深ま﹁○ふきやかぢ﹁ふかき﹂は 深見るので紅葉葉のめい山路に馬を留たよ︒え

かり

︒るあでろ の﹂りぶと﹁文本庫受平松︒るをかけ判こ入う迷に断と︑い良てれか えのりをと︑﹁をま踏句詩のにきかけんるも性能可だあ詠﹂をゑこと らでろことるれよ知くはとこたいある︒砧こ﹂声雁遠和﹁の掲前もでこ ︑﹃けわりと氏け受を響影らか白集文時しに考参にて作を句詩の﹄歌 歌響影のらか︼の之貫考参︻確は定党できないが︑和歌六人が白居易 る︒ 歌るえみに中外の﹂なかるしに以な︑かこで句結たっあま詠でまれれ   二つらか所夜う衣に月﹁四う衣清つこ空を人ぬ寝だまみ月ばけきゑ   集﹄之貫ぶとある︒これだすれば︑﹁飛と﹂にのなかるし﹃空○︒か意    声雁和砧月霜新帯と情年﹂色見本え﹂ぶと﹁はに遠庫文平松︒る   二得夢酬﹁三﹁巻﹄霜文氏白﹃集月夜冬長落揺対夜景清凄に﹂懐見   を雁遠りのかと○︼釈語︻とこにか遠雁﹂は漢詩︒﹁詠まれる語︒ なだあ︒ の来し飛声を聞いていると︑雁た到︶来とこるを知れ訪の秋と︵ の跡︶のれ群白雁︑︵に中の雲は消え遠ての雁のく︑がたっまし  と釈︼雁︵︻いう歌題で︶通 62なをらくもにあとはきえつゝとかかりのきにけるこゑを空にしるし

(5)

稿 鹿 は合あ︒当日の歌るで用された歌採 で歌の掲前がこま歌の︼考参の合︻開れ歌の実頼たでまに詠催寄せて ので︒鹿鳴き声は男の一人の寝寂しさを象徴する表現である︒   の︶が雌鹿を恋い鳴鹿く声が絶え間ない︵牡○︻語︼釈こゑしげみ しでもが目を覚まてしまうのであるよ︒ がのな間え絶鹿声く鳴の︑牡でい秋声ま人く聞を︶のそ︵はの夜   ︻鹿︼釈通 63るのゑしげみさをしかのなく秋夜けはきく人さへぞおどこかれろ

57番歌の一首にすぎない︒

ゑもんのすけの家にて︑かうしんのよ︑のこりのそらを

︑秋よのこりのそら﹂を題とした歌かゆ化らの節季く変り変とへ冬わ とるす釈解も残﹂りの夜のとこのがででしうか﹁はん品のこ︒るき作 れの︒﹁か歌た夜ま詠にの日りこのそり申﹁も庚﹂と残の秋﹁は﹂ら   ○︒るすをえずな事し催にこのどりいの月九︒歌題な見に他らそ晦   よ日十六○のんしうか一に庚度巡ってくる︒申の夜は一晩中寝人︒ 佐衛兼一月行われた内歌合に﹁右裏門る長﹂と見え一︒歌六人党の和   んけすの︼もゑ○釈語︻兼源か長︵一︶九四の一〇年四承永︒とこ よいのだろう︑らのて思︒秋し出とい 変ゆてっわにり移菊色々様くなのた花見を何らたしたっかなとが  門で家の佐︼衛右釈通︻庚︑の申の夜︑残り空︵という歌題︶を に 64いりろ〳〵にうみろふきくのなかつせしばたかきあのまみかをにな るうろだ然自がのんえ捉と歌和だ詠を︒

秋野晩望

︒一︻参考︼本が﹃和歌歌字﹄に朱入れされる抄 ﹂で詞掛のは紐﹂﹁も日﹁し︑﹁のめな︵︒るいてっと語縁︶﹂縄   に日﹁りけのれくも日○意暮も︒れ︒﹂てひ︑﹁おなも意﹂たっましの   見○︒るえのが句歌﹂ぬはかあゆ︵でくるす足満はここ﹂︒く飽﹁︶ 風ふとばけふゆ萩秋の辺野ぬはしかくへふめし﹁﹂にもおそこを物し み︑八三九︑よ恋人しらず﹁しめ三﹄集︒や縄のことしめ縄︒﹃拾遺   は聖神ぬ領語ゆめし○︼釈域な止への進入を禁するための立て札︻ る︒よ の咲く野原をまだ堪能してないいにっ日でとこたあまてれ暮もし こ霧くなもと垣ぶ結を縄めしが小根ての花萩るいのっが広によう   ︼釈秋野野晩望︵秋のうの晩の眺望とい歌題で︶︻通 65り萩めゆはぬきりのまがきの小原けまだあかなくに日もくれにし

萩花知秋

  の﹂︒﹁萩﹂とある︒○るし﹁標しこ拠こあ○︒意のき証︑印目はで   知文平松秋︼花萩○本釈語︻庫知で﹁はに右の依﹂の﹂秋花依﹁ 拠く野原こそ秋の証なであることだあ︒ の咲花萩萩色今朝見てみると小の花はづい︒よるあでとこるいて  知萩︵秋の花萩︼釈に花︶より秋を知るという歌題で︻通 66れ萩さみればいろづきにけり小原けはなこそあきのしるしなりけ

(6)

稿 しるしなりけり  伊勢大輔の父の大中臣輔親の﹁もてならすあふぎにそへるすずしさはあまたの秋のしるしなりけり﹂︵﹃輔親集﹄二三︶がこの語の古い例である︒︻参考︼本歌が﹃和歌一字抄﹄に朱入れされる︒

庭遍 秋花 るめよをろ 歌る侍し合がに家︑清義橘にけ庭すゝにふいとこくを花の秋つ 遺﹄集歌和考拾後︼﹃参︻上秋いにら︒次てれるめが歌和の収 ︑を庭の私まてえ踏をに野辺し眼︒るあがた目に点ういと い多はで歌和らが設ういとこか︒定のる﹂花秋遍一﹁庭あで題歌はで首   の鹿○︒るえの見と﹂遍﹁に右ねこ﹁鹿のね﹂が聞えるのは山の奥 庭﹂︑﹁消松りとあるが︑見せちとす︒る平文あと﹂花秋尽庭﹁は本庫   の秋本底花︻遍庭○︼釈語題歌花﹁庭辺﹁に右の﹂遍﹁の﹂﹂秋遍 としたとこ︒よ を移ず植さ残に花庭の家の私しもえとて辺いなの野こく聞声鹿の  ︼釈庭遍遍秋花︵庭のうく秋の花とい歌題で︶︻通 67るつがやどに花をのこさずうつしうへしなと辺野ぬかきねの鹿てわ

        源頼家朝臣我宿に千草の花をうへつれば鹿の音のみや野べにのこらん︵三三二︶

        源頼実わかやどに花をのこさずうつし植て鹿の音きかぬ野べとなしつる︵三三三︶ ながをかにて︑山家に月をまつ

  ︒な語釈︼○︻がか長岡を るれけ︒にのときがこる見山どで家はに︶なきでいれ︑でのるいそ そつ待をれをてえ越峰︶きがべそでばく早をあ月れすう︒︵よる る私︒︵あなあ里すで月の光が麓のを照らのがなんとも遅いこと   で家山︑﹁岡長︼釈月に︶を待つ﹂︵という歌題で︻通 68るきかげのふもとのさとにをそかけなみねをこえてぞまつべかり月

︒目眼の歌   なえてぞこの大胆と発想を読みぶりがこのこね山み○︒家るあに里  13︻語歌照釈︼参番︒○山家まが︒や

落葉満庭

︒﹄︻参考︼﹃和歌一抄字にれる本され入朱が歌 ︒﹁は﹁塵﹂の縁語意しは強の助詞︒﹂   し﹂りち﹁釈りち○︼語︻﹁はは散まりふら︑﹁た﹂︒掛の﹂塵﹂﹁詞 っとなり積もこているとよ︒は塵て 吹︶朝夕とく強い風が︵ち葉を落払面散はっ紅に葉の庭るいてっ  通葉釈︼落葉満庭︵落庭に満つという歌題で︶︻ り 69けのさゆふにあらしのはらふ庭おりもにちりしつもれるもみぢなあ

千栽秋花

 ︶栽釈︼千栽秋花︵前の︻秋の花という歌題で通 70人にかやどは花のやどりとなりけやり野辺のあるじとんらるわみ

(7)

稿 私の家は花の宿となってしまったことであるよ︒秋の花を野辺の︵宿の︶主人と人々は見ていることだろう︒︻語釈︼○千栽  前栽のこと︒○わがやどは  底本は﹁わがやどの﹂とあるが︑ここでは松平文庫本の﹁わがやどは﹂を採用する︒○花のやどり  花がたくさん咲いている場所︒この表現は他に見えず︑頼実の独自な表現である︒

月夜のしぐれ

︑響あるので何らか影のがあると思われる︒ 詠や実頼︑みいを歌の月歌で衡経﹂らをが事もたし績作を師法慶恵仰 すみのれわる﹁ねびたも衡経ならずあみ夜の冬じらの人見もにこやぬ 以れさ用多後でれこ︑例い歌る六句党でもで人一のあ人歌和︒るるあ そえさへさらあ原の﹁の師渡やまるのらが﹂月の古夜冬るゆ見と氷ん いと﹂月の︻夜の冬︼﹁考参歌う遺句四法慶恵︑は一二︑冬﹄集拾︑﹃   ︒に間いてる見に程るみ○︒るあと   止るだりする雨︒○そらにあんもかそななるあにら﹂﹁本庫文平松は   れ秋︒雨時︼ぐし○釈語︻の末かり冬の初めの頃にかけて降ったら ︒よ あ︒空を見ている間に時雨の雲にて冬くいっ曇てれが月の夜の隠 たのめ定りっ曇空たれ晴いりにあ︵なだとこるな︶月の夜の冬が  の︻通釈︼月夜︵しぐれという歌で︶題 71さるだめなきそらにあるか月みな程るの夜のに冬もくにれぐし のこりのきく

︒一︻参考︼本歌﹃和歌が字れ抄れさる入朱に﹄   にれるきくに様々な色残変する菊をいうか︒化   の秋︒菊残のくきのりこ○ま末︒でこって咲いている菊の花残○の   ︒︒春秋に咲く花の意こ現の表現は特殊なな表は秋春○︼釈語︻の 見るうつしてでことあるよ︒ 様との花ういに花く咲秋春な々の色咲をに花の菊くてっ残に末秋   菊釈︼残りの︶︵という歌題で︻通 72る〵秋のはなといふ花のいろ〳をみのこれるきくにうつしてぞ春

右大弁のさそひ給しかば︑むめづにまかりて︑河辺水秋夕風

︒のて︑丹波材し陸地であった揚 津川桂︑近付京梅市都のまい岸左地の衝を川桂︑で利要通交陸水︒の   でし催を会歌そ家山のや邸いて辞る典︒︵めむ○﹄︶づ学文歌和大﹃   語この通資源右弁大○︼釈︒と長頼実は長暦・久年間に︑源資通︻ ︒よの︶と︵寂しい心情を知るこ のけ抜通を間風葉の荻が秋いてりくしつ待を人夕い愛︑に人れ暮 ︵という歌題︶で  誘たっさない弁が大で右︼釈の水︑梅津に参上して︑河辺秋夕風︻通 73るふ風のをぎの葉すぐるゆぐしれに人まつひとの心をぞ秋

︒︑待気持ちを表現するがつ本歌はこの歌の心情に近い ﹂﹁葉のの荻﹁が歌風秋人﹂を用いて恋の来訪をる﹂みとかるくのぞ 荻二の﹁八六之﹄集に重︼﹃考葉秋吹く︻風を忘れつつこひしき人参 51︒るいてれま詠もに歌番

(8)

稿

長久三年うるう九月のつごもりに︑関白殿ありまのゆにおはしまして︑そのあひだ宮にさぶらふ人〴〵︑よしきよ︑しげなり︑つねひら︑ためなかなどして︑臨池

のて尽秋花の題を伴っ﹂載ており︑本歌集っ ︒秋年二久長人人一の党歌和開に六催遺し﹁に﹄集庭拾︑﹃は合歌た後   にるけり侍みしよ歌むををれく﹂あと義る︒とこの清橘よきしよ○︒ ﹁りあ関治宇のに書詞の六一五ま白湯み秋︑てにちのるりか見まにけ 取︒るあと﹂労佐問憲泰権門衛たま︑﹃︑権新家長言納大︑旅羈﹄集撰勅 関下臣大左白有閏︑日三廿月九向七馬日温使勅遣︑左十泉月九閏︑二 温馬有るあ神に市戸県庫兵の泉にこと︒﹃百錬抄﹄﹁︵長久三年︶まのい    三日から二七日のと︒○関殿こ藤︒ゆのまりあ原○とこの通頼白   九三ふるう年久長○︼釈語︻の月西つご二月九閏年二四〇一暦りも の上であこるよ︒と 山てっ映が々方の四に面水様るい子え池なうはるよ違間見と鏡︑ 仲などで臨︑池を歌むという題で︶︵ にてし候伺そ中宮間のるりい︑人︑々為︑衡経成重︑清義︑  閏末の月九釈年三久長︼︑通にに関おなにけか出に白治湯馬有は殿︻ な 74かつのおもによものやまべもうりへつゝかゞみとみゆるいけのう水

  拾︒﹃歌六人党の一人○後︒遺集﹄に五首入和集衡経原藤らひねつ   あ○りなげし同︒物人一重︑り源と成の︒る乗名を長兼てし名改︒こ どと﹂ももれがなづれぬたびのなかなかりきねくのるはぢかふかきゆ    に十月九︑﹁八歌番﹄一合日三との﹃源大納右よしきよお言歌家 67に年二暦長︒るえ見も かだ︒   りあも四方の山々︒﹁あまのゆの﹂るてん込み詠に山歌し起想を辺 のよ歌人︒○弟ものやまべ党辺周人橘橘為のこと︒仲義は︒和歌六清   の集家︒人一歌党人六こ﹃のに○経衡集﹄がある︒和ためなかと︒

見泉

︒とまれる用例は多数るが︑﹁泉﹂あ合用わな少は例いるま詠てせれ   め止きせをる水ゝいき○引︑せきと入てせわ合詠﹂︒﹁とこるれ水 りく如歌の﹂かけりしずす泉も︑﹁の﹂るの︒多がとこいれ﹁詠と﹂音ま かふよさ﹁師の賢︑三泉きむの水の音きけばすばぬ袖二三︑夏﹄集遺    泉しと題歌︼見○の釈語︻て用例︒拾後﹃と○をいならた当見は い入れた水ではなのだけれども︒ 知で泉たるれかの名ら遥昔かあ人こきき引とめ止て堰が︒あなだ  ︻る見を泉︼釈通 75もづかしよりをときゝたかきいみどかな人のせきいるゝ水ならねむ

翠松

せか原氏の繁栄を重合わせているね︒﹁わだかき﹂・﹁こ松﹂の組み合   け語釈︼○こだかく松はなりに︻とりた藤︑に松こし長成くき大が だからあろう︒るで色緑た 深丈の木︒い緑はくの葉の松は高な︒め染も夜幾よたっましてっ  釈︼翠松︻通 76んけふかしこだかく松はなりにりらいく夜そめつるみどりなる色

(9)

稿 には︑﹁藤氏のうぶやにまかりて  よしのぶ  ふたばよりたのもしきかなかすが山こだかき松のたねぞとおもへば﹂︵﹃拾遺集﹄賀︑二六七︑能宣︶がある︒○いくよ  ﹁よ﹂は﹁夜﹂と﹁代﹂を掛けており︑藤原氏の繁栄を言祝いでいる︒○そめつる  ﹁色﹂の縁語︒

紅葉

︒こてるところがいのの眼目である歌 のらかさな少考音の風︼参︻葉落せを少し像想さなのず葉紅る残に梢 である︒ でのもたじ感詠覚聴は歌の実頼を歌み︑こ例そも本のがあが色特るむ ︑葉の葉紅本はで歌︒い少ながをなくなったこと表現している︒他には   ︻ゆ例語釈︼○をとさへまれにりなく用用るい﹁いててし対に﹂風 ま散って︶風の音でも稀になってゆく︒ るがとこし枝散らか先木の惜はまがよいれいよ葉︑︵葉葉紅る  ︻葉紅︼釈通 77く葉ずゑよりちるだにおしき紅ばゆのかぜのをとさへまれになりこ

明月

  陰ま︻釈︼○またれこそすれ﹁語たをてる︑ぎ過日五一暦は﹂月る れ待たこるとよ︒ てと然自︑を人いなきでにはあ秋明い満をの月の夜︑来ることる  月明︼釈通︻ 78れのかげす見るにくまな月き秋の夜まはそれたこも人ぬめのた がそすれ﹂と先行の歌はあるが︑用例すくないこ︒ そもぬんたなばたよやなる人もまたれしらひ﹁あ﹄八一集さふけてよ かの月る出らく夜遅なっとてこただが︑これを意識表済し︒﹃か現道

初雪

︒初初︒これを﹁霜雪と見立てたか﹂   をは歌たし配に﹂霜﹁﹂ばめ極してるい置なか霜たけなを少○い︒ るちみ︒﹁草芝ていえに端道ば生しの露﹂という表現は多いが︑﹁みち     いだ明けきらな早ば朝ま○みちしの夜が○︻釈︼語あさまだき ど芝草からわかるほ︑霜がおりていることよ き朝早いならだけ明が夜人ま︑にがっの端道がた跡行でん進み踏  ︻雪初︼釈通 79なしさまだき人のふみゆくみちばかのあと見ゆばかりをけあ霜る

残菊

﹂ばの色の菊があったこれであれ︒︑﹁とひ﹁にもと色﹂そ﹁は﹂め   の色︒に日花に○︒の菊た緋﹁ひ﹂代緋﹁はに菊﹂古け掛をるか︒ 冬らかりわ終秋の︑のま︒花初たのめ花にっ残き︒咲の菊るいてい咲   過九月九日︶を菊ぎて咲いている陰暦︵供残︻語釈○︼菊重陽の節 がっ従につ経は日︑花の菊まてすまて︒よこくいとっく強すが色な くてれつにまいてっ深が重秋︑句陽おるいての咲いなてぎ過を節  ︻菊残︼釈通 80れのふかくなりゆくまゝにきくはけなひにそへてこそいろはそめ秋

(10)

稿

の縁語︒︻参考︼秋が深まってもなお咲いている菊の花の色について詠んだ歌として︑﹁秋をおきて時こそ有りけれ菊の花うつろふからに色のまされば﹂︵﹃古今集﹄秋下︑二七九︑平定文︶がある︒

擣衣

︒例い古にも 一頼源五四一﹄︑五雑︶集遺拾実︑のいよと歌本︑がと多例用にうが りはとざ山ぬぬへも人れくもねみかのりあ﹃﹂︵てし後かばとおのしら   〇な性素︑三五三三︑帖第﹄のど︶用し例ひとをの﹁らが○︒るああ 人ぬねだよまみき月そを﹃らにこそきけ﹂︵古今六けばきゑこつうも    こつ︻語釈ら○擣衣砧で衣を打︼ことか﹁ろゑこつう衣らか○︒ い風の音ととに︒も つりきしが声で打砧を衣唐聞にくこ︑え強たの冬冷だうよるくて  衣釈︼擣衣︵砧で題を打つという歌で︶︻通 81ゝなら衣うつこゑしげくきこゆりつさむきあらしのをとにそへか

遠雁

道うらない雲の通りもあるま︵いまこ︒う思とくと︶くいでん飛 ぱ雁知に聞こえるいの鳴き声を聞くいっと空もととれ訪の夜に︑  通雁釈︼遠︻ ふも 82よがとゝもにそらにきこゆるおりかねもぞとじはあらぢもくぬらし らかとこるい︑   と音霜色砧和遠雁声﹂あり︑の砧と詠てれさわあ遠みが声き鳴の雁 ﹁文三二巻﹄集霜氏白︼﹃考参︻夢酬帯得の新月﹁詩に﹂懐見月対夜 例︑が他にあるが︒稀歌句であるな め﹂︵るすはやかがなのほり後︑﹃二拾遺集﹄恋三︑七六康資王母︶の   月ぬもひおれしらくよもぢもいるかたのや﹁ぢもくぬらし○︒るも とうよるあ七︶則友紀︑︑〇に知秋の訪れをらせる鳥として詠まれ二 古ねをがぞきこゆなるた︑たまづさがか﹃上け秋﹄集今﹂︵むらつきて ︑かし来飛らで方北に秋︑鳥春に帰って行く︒﹁秋風にはつかり渡り    の渡︻語釈︼○遠か彼方の空をる科雁︒○かりがね雁ガンカモ遥

81あかるれらえ考とるが番性連関のと題歌の歌︒

惜秋

︒るあが目眼にろこ ︑の実頼のこ想がるす定井を関は歌関関でるいて見をとに︑くなは空 か秋﹁を目れと分の冬秋︑にせの川き︒﹂のはれこ井るてし現表とい すきあしにぎかてしずあはろせのうき歌によるえ見にの﹂るけりあぞ   るどと︑をみたりよれがなぢりまはての見あるれおじばみもりべぢ ︑〇﹁十月ろあじにも﹄二集目き宣を﹁秋のせ﹂と表現する︒﹃能れ    語釈︼○そら︻夕せ︒○秋の空冬きるか分の秋季節す化変とらか るしい︒秋の終わ関思われるので︒と 日夕が心に空れどくゆて暮がとがまそるらるでうあ日今︒よとこ  惜釈︼惜秋︵秋を題しむという歌で︶︻通 83ばまれてゆくそらにこゝろぞとりへけるけふらし秋のせきとおもく

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稿 ︻参考︼

︒て会の歌か︒すべ秋たの歌で統一される歌 74中に歌から本歌まで︑湯治行にった頼通の留守っなこ番お

長久三年右大弁山家にて︑夜深待月といふ題

   西︻語釈︼○長久三年暦︒弁大一○右年二四〇 ︶は︵いつまでも明けないでほしいよ︒ たが夜にめ待るいてっけ更たてしまっ姿︒︵その︶秋の夜をの月 ︶歌だん詠  右荘山の弁大長年三久﹁︼釈でく夜深︻月を待つ﹂という歌題︵で通 84ん夜かげをまつに夜ふけぬ秋のはなあくるほどだにひさしから月

だ歌ほどもなくあけぬきかな﹂のべも︒こほるくあ○どるあで題歌の    よ言嘉江大こをとふふいとは見けぬるをげかきつもとついはまい   深月待﹁夜月山荘︒場所詳︒○夜深待未﹃︑万七九九二二雑﹄集代   ︵弁通資源はた大右︑にうよ〇一と〇こ家山○︒五かの︶〇六〇一〜 50番し証検で歌の にひさしからなん  夜が長く続き︑いつまでも美しい月を見ていたいという心持ちである︒︻参考︼大江嘉言︵?〜一〇一〇?︶は頼実よりも前の歌人であるが︑和歌六人党の歌人たちが仰いだ能因らと交流し歌作をした歌人であるので︑嘉言の歌に影響を受けたと考えられるか︒用語を含めて︑両歌の趣向は近似している︒

ふゆ十月一日山さとに人〴〵行て︑もみぢをみてかはらけとりて

  ○月︻語釈︼○冬十月一日は十冬かの︒とこら日初の冬でのるま始 て山里には秋を留め持い気ちがするよ︒る てるえ見がっ残り散で葉の冬︑︵本日はの初日であるが︶した葉紅 らっわけを手取にて︵詠んだ歌︶  ︶るあ︑︵日一月十冬︼釈里山紅に人々が行って︑︻葉を見て︑か通 85るさみぢ葉のちりしのこれば山とすにあきをとゞめてみるこゝちも 山さと  場所未詳︒○かはらけとりて  土器で作った杯︒歌を詠んでから杯で酒を飲むというルールである︒﹃輔親集﹄二の詞書﹁人〴〵御前にあまたあるよ︑月のあかきにかわらけとりて︑あきの夜の月水に映ずといふ題を﹂とあるのも同じ趣向︒因みに輔親︵九五四〜一〇三八︶は大中臣能宣の子︑伊勢大輔の父である︒頼実より少し前の歌人︒○みるこゝちする  躬恒の﹁ももしきのおほみやながらやそしまをみるここちするあきのよの月﹂︵﹃躬恒集﹄一〇︑﹃拾遺集﹄雑秋︑一一〇六︶以来よく詠まれる歌句である︒︻参考︼

︒るえ見が語の るぞしよどみてめみとなあ﹂に﹁ききをとゞめて﹂をあれかほおはど 83宣と歌の見能たもで歌と番に︑﹁もぢばをよするあじろみ

かやうゐん殿の池に船に乗りて︑月秋といふだいを

満て秋が来るたに冴え冴えとしびいる月は︑今宵こそ私が見た︑ んだ歌︶  秋詠︵で題歌ういと︶秋の月︵月釈の︑︼賀陽院殿池︻に船に乗って通 86きごとにさこやけき月は今宵あそわがみつるよのたしなりけれめ

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稿 ちている世の例であったよ︒︻語釈︼○かやうゐん殿  賀陽院殿︒頼通の広大な邸︒いまの京都市中京区二条にあった︒○池に船に乗りて  賀陽院殿にある池︵四つの池があったという︶に船を浮かべ︑それに乗って歌作したこと︒長元八年︵一〇三五︶五月一六日﹁賀陽院水閤歌合﹂が行われた場所︒○

月秋  あまり見られない歌題︒○みつる  ﹁見つる﹂と﹁満つる﹂とを掛ける︒﹁満つる﹂は頼通を言祝ぐ︒○よ  ﹁夜﹂に﹁世︵代︶﹂を掛ける︒

紅露寺にて︑もみぢころもにおつといふだいを

○よ松平文庫本の﹁かれども﹂にゝっ衣た語縁の﹂︒﹁﹂てき︒﹁は   もはに本底かどれゝ○︒明か﹁がく︑れえ考を意歌︑あと﹂もどる に︒別庫文平松建たし立を﹂寺本子はあ﹁味意︑がる不と月十霞紅﹂ い右都京のまい︒うを寺た区し京市嵯境峨涼清に内﹁︑にの︒るあち 霞栖﹁荘融別の源﹂観寺を寺とし︑﹁栖霞﹂と号ば︑れで﹂寺霞栖﹁あ   釈﹂寺露紅﹁︼寺露紅○詳語︻は未︒栖︒るあ﹂寺霞と﹁本庫文平松に 十足満分にてっと人きではるいも︒よとこなはでの にた袖かのし葉わが葉たし紅掛もっをたるて着︶みれそ︵てとし  ︼釈紅露ぢ寺で︑﹁もみい衣に落ちる﹂とう歌題を︻通 87などみぢ葉はわが衣手にかゝれもかきてみる人のあかずもあるも あかずもあるかな  満足できないことよ︒﹁めづらしき声ならなくにほととぎすここらの年をあかずもあるかな﹂︵﹃古今集﹄賀︑三五九︑友則︶の歌以来︑良く詠まれた結句︒

︒﹂こと︒﹁なみうは川﹂の縁語﹁ 意流は﹂瀬︒﹁けの︑はだ瀬のがれ早いいいといなていつり凍︑での 庫せわか﹁本の文平松︑え考をに︑みれぞ川ばれであこ︒ため改に﹂   み﹁川かぜにの意﹂とあるが︑歌には本底川︻語︼○釈せにのみぞ があたりだけは波立ていることよ︒っ すあ氷のりた見の川とる朝今は瀬きての川て︶まいっ凍︵くなも  ︻︼釈通 88るなさみれば川辺のこほりひまくけて川せにのみぞなみはたちけ

︒てから表現し点いにすぎないる 心るいてし配のを来未師筏てでのしは景な視の族を貴風いし珍物︑く   弄師筏るれさり翻に波いし激の来未でを決︑がるあのるいてし現表 実宣能は歌の歌頼︒るえ見が語のけの︒ざれらし○りか響る影あ下に ﹁くゆてしさには歌﹂しだものへ﹂﹁のい用じ同歌と実頼と﹂しだか ておほゐがはさしいゆくへもみえぬからんすやご二﹁くれとにやどり 事﹁を者るすの従に搬運︒師筏︵い︒﹃七﹄集宣能四うと︶﹂しだかい   し出り切山釈筏○︼語︻木たで材をもぶをてっ下運河でん組に筏 がそ︑行のるあでゆくのら方わかないことよ︒は てに流下︵水せかまにをの河舟せ︶はてしさを下棹師筏くいてら ︻筏︼釈通 89りし水にまかせておとすいかだはけさしてゆくゑもしられざり河

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稿 ゆきふりたる日︑大納言の家にうたよむ人八人よびて松雪といふだいを

︒はる︒﹁つみ﹂﹁雪﹂の縁語 とで現表うい千む積を冬の歳人︑主で寿でい祝言をい長房師源るあの   祝に他は現ぐと言︑し表﹂松いな表︒つ○らつしやみんをのせとち冬 た詠を﹂老︒﹁﹂しとれけに歌ひむ松は積あ老を松む﹁りるの雪︑が降   降に上のけ松れにひ積りにもった雪を白髪見立て︑﹁お○お︒こと   納言詞の歌4○大に︼釈語︻書番登言の房場源で﹂師す大源﹁る納 う︒かろあでの はくひどで松降のたっが雪い老とたこよ︒千歳の冬を積み重ねた うい歌題を  家日言納大︑釈たっ降が雪︼の﹁に歌人を八人呼んで松の雪﹂と︻通 90んにふれば松こそいたくおひけられちとせの冬をつみやしつ雪

十月廿日殿のあまうへはせにまうでさせ給ひてかへらせ給ひしに︑うぢ殿に御むかへにまいれる人〴〵あじろにまかりて︑あじろに月を見るといふだいを

に波の光の下で岩うち寄せるが高い網代には薄い氷が張って月 題歌ういを てた人々が網代車に下がっ月︑らそ﹂る見をとか車代網﹁の に︑宇治にしお迎えに参上た時殿ってさ詣なっさ︑お帰りな  年月十︶の通るあ︵︼釈十︻二通日︑殿︵頼様︶の尼上様が瀬に参初 91月にかげもいはなみたるきあじろかはようぞとかるみのほこきすり 本歌として古歌はい例かる︒ りのにさゆるこほりなけり﹂の歌如﹂﹁れさ配が﹂く氷代網﹂﹁月︑﹁ ﹁集四五一﹄月信経︼﹃考参︻よきをみるもまたせひはよ代網のぜに ﹂し化にら代網﹁かとた転このろ︒目眼歌のこが   を網﹁る所捕解魚氷︑は別﹂の代場のにあ車代るは網ろじあ○︒意 まを﹂てりか本にろじあ﹁の用採網し貴︒用常のた族級中︒か車代︒   庫る平松︑が文あ底と○あじにまかりてろ本まはてりかろじあ﹁﹂   知場てしと観の仰信音︒寺れら頼る︒︒荘別の通殿︒治宇殿ぢう○霊   法︑す︶︵一〇三九︶に落飾清浄号とる︒谷長︵瀬初の国和大せは○ 〇五一九三六〜︵子倫源るのあ︶三これと三暦長︑ば年あ子倫︒かで    日未は年十廿月○︼釈語︒︻詳へ○頼で母の殿通︶︵殿うまあの 寄よってくる︒うに見えることよ

  この歌が詠まれた年時は未詳だが︑倫子の落飾が長暦三年︵一〇三九︶で︑頼実が没したのが長久五年︵一〇四四︶であるから︑その間の出来事だと推測できる︒

常願寺にて人〴〵月前紅葉といふ題よみける

  本都︻語釈︼○常願寺いまの京市上か庫文平松︒寺るあに町寺区京 あ月で︒るよ す紅葉が散り敷いていく庭の上に光を添えていく冬の夜のすまま 歌︵︶  ︼上がちた人寺殿で月願常釈﹁前の︻の紅葉﹂という歌題で詠んだ通 92月のとゞしくもみぢちりしく庭うのへにひかりをそふる冬の夜い

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稿 には﹁道願寺﹂とある︒いずれも未詳︒○冬の夜の月  ﹃拾遺集﹄冬︑二四二﹁月を見てよめる  恵慶法師  あまの原そらにさへさえ渡るらん氷と見ゆる冬の夜の月﹂︵﹃恵慶集﹄一一六︶が古い例である︒和歌六人党の歌人たちが恵慶法師から影響を受けている点からすると︑頼実は意識してこの語を用いたか︒︻参考︼﹃後拾遺集﹄秋上︑二五一︑平兼盛の﹁にごりなく千代をかぞえてすむ水に光をそふる秋の夜の月﹂の歌の如く︑﹁光をそふる秋の夜の月﹂と詠まれることが多かったが︑﹁秋の夜の月﹂ではなく︑﹁冬の夜の月﹂を詠んでいるところが新しい︒

落葉如雨

︵無四︶︑﹃古来風体抄﹄下四二九﹃︶︑名抄一︵歌本異﹄鏡今﹃︶︑七六﹄︵ こ歌︒るあで︵の実頼が歌六歌の︑﹃はめ上評紙草袋﹄たっか良が判た と駆を覚視れ覚聴がこ︑でし使にた聴歌た定限に覚し︑対のるであし ぐ地心のれ音しはるちぢこてしずざ歌えの﹂けりりらもくはらその   後集する︒その直のの歌が藤原家経﹁もみ入で書の﹂実頼源るめ詞 は集遺拾後︑﹃参歌本︼考冬︻﹄如︑とよ三心ふいを雨落﹁に二葉八   落雨如釈○︼語︻実頼葉や︒経らが用い始めた歌題家 雨の降らい夜もな はけ分聞る家こ散が葉の木るきとのがも夜る降時雨で時きない︒  し如の葉落︼釈通︻雨 も 93木ぞの葉ちるやどはきゝわくこよとなもぬせれぐきし夜るすれぐし 三五︑

︒九歌一字抄﹄下︑九六六︑六︑﹃七に逆の順で採られている和は 105り歌の﹃参考﹄に引用文あ番歌などに採られる︒また︑両︶   また︑後世への影響として︑﹃新古今集﹄冬︑五六七︑藤原資隆の﹁時雨かときけば木の葉のふるものをそれともぬるる我がたもとかな﹂や定家の﹁しぐるるも音はかはらぬ板間より木の葉は月のもるにぞありける﹂︵﹃拾遺愚草﹄上︑五四︶の歌を挙げることができる︒

落葉旧苔上

︒句歌るれま詠く 衣なかに我をとの苔し寒﹂︵いばんさ﹃の遍︑く如の歌よ︶一﹄集昭七   すこ○︒る﹂応呼に旧﹁がのけ苔こにろすを寝旅れへものはい﹁う   ︒かい良がら︶れ見にどいな○るく渡よれこ︒風るもに代幾ぜかの 漢れら見に詩れ︑とるすらか﹁る﹁旧波﹂鬚苔旧苔洗消氷香良都﹂︵ いそ︒るで︒詩ん苔上﹂とある頼実ら漢は文歌詠を歌︑を題たし識意   に旧他上苔落葉○︼釈語︻え見︒な庫葉落﹁はに本文平松裳題歌い あ衣でよる︒ 重ねるよたうに幾代の風が立っ葉のただ苔はの木のっ︒かうろ散  落通釈︼苔葉旧の上︻ る 94けちちかさねいくよのかぜかたつりらん木の葉ぞこけのころもなう

95くじらしも人ばせりなひもおたよのまあに浦のゐけふねさかをな

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稿 ︻通釈︼  恋夜を重ね︑ふけゐの浦で海人がたく火ではないが︑︵あなたに対する︶思いの火は他の人は知るまい︒︻語釈︼○ふけゐの浦  いまの大阪府泉南郡岬町にある﹁吹飯の浦﹂を指す︒歌枕︒﹁おきつかぜふけゐの浦にたつなみのなごりにさへや我はしづまむ﹂︵﹃伊勢集﹄三八四︶の歌のように詠まれる︒○あまの たくおもひ  海人が藻塩を焼く火︒﹁おもひ﹂に﹁火﹂を掛ける︒﹁あま﹂﹁たく﹂は﹁浦﹂の縁語︒○人もしらじな  人も知るまい︒﹃定頼集﹄一一八﹁ふきそめし日より身にしむ秋風も荻の葉ならぬ人はしらじな﹂の歌が古い例で︑のち恋の歌に多用される表現︒︻参考︼本歌から最終歌︵

︒歌るす続連が 103﹂た歌︶まで﹁恋れとま詠で番歌うい題

︒套常はのるけ   ﹂﹂波﹁はてせよ︒﹁縁けつこのひ語︒○か﹁貝﹂に﹁甲斐﹂を掛か    ての︻語釈︼○うちいづるせみなうこよと○︒とこの波すえかち に︒あなばれあがいか恋波らのが貝をあわすようにこ に︑ずらなももうどてっ思の名辺知せす返ちうらて寄とこに磯ぬ  ︼釈通︻ ん 96なよもひかねしらぬ磯辺にことせらてうちいづるなみのかひもあお

97を松ふしよみすしま見かでかいのきもしかどりおみひさめてはひそ 歌の恋をがれそ︑い多詠でがんでいるところこの歌の眼目が︒ と不をしれる﹂の歌句のおり︑永久変をとこるれま詠で歌の賀︒す表 るなれし昔んのへたこも事世吉住をのに昔松﹂﹁しさひ﹁うよの歌の﹂ おし久ばへもらを生相の神人あ住の吉﹁松神ばは我との〇九五同﹂︑ 遺︑歌楽﹄集象拾︒﹃枕歌︒徴八五神九︑安法法師の﹁あまくだるの   変市不住久○すみよしの松まの大阪い吉吉永区松の社大︒住るあに   か松します見かで文い○︒る示平で庫し本︒るあ﹂とまみかい﹁はに   ど松の吉住り語みかふ○︼釈︻の色をぬ指もをい思暗らし変心︑わ ︑かのるなにに御うよの吉住覧のが松︶︒をい思我きとごの︵ 染たわため深い思に色緑のしら長たな︵どくは︶をい思ぬわ変あ   ︼釈通︻

  ゝ谷は﹁音﹂を導く︒したみづ○の○下みのにとをき︒水るれ流を なるふを年たのこの関な坂ふあかに﹂音﹂羽音﹁らか山同の歌の如︑く   恋三七四︑一集﹄今の﹃み︑古元在と原つき聞につお羽音﹁の方山   部の山︒歌を枕︒○とに区東山科は︻語︼○をと釈山まの京都市い え涙す流ずな逢にたあ︵たの︶めっによとこた︒まてれ濡し 流を水下るれのを谷山羽音に音てだくは袖が我もてなら渡けい聞  ︻︼釈通 98りにとは山たにのしたみづをとのけみきゝてわたらぬそをもぬれで て  噂に聞くだけで︒逢瀬のないことを言う︒﹃忠見集﹄一八八﹁おとにのみききてわたらぬあふさかの関のしみずにながれぬるかな﹂の歌の世界に近い︒○そでもぬれけり  恋の煩悶のために流す涙による︒

(16)

稿 でまここ︼考参︻ を︒かるけ掛   ﹂○衣︒転じて︑涙によれた衣︒濡よ仲るあで意の﹁の女男︑に夜   きないろを言う︒○しほれこ身たもの潮いてれ垂る雫れ濡に水て   るぬま○︒とれま詠﹂ながし身す住逢までもこうとでなこ︒身いれ ひろひにと浦のるつつしかひありけりとらせて事なふ﹁〇八三﹄集思   鳴るらうのと釈な○︼の語︻門︒浦鳴模相︒﹃浦の門県島徳のまい のす涙流︑でぬな上の身きたの垂め夜︶いなどな︒くも衣れ潮乾 ︑浦の門鳴がりあとこう住思にいむうでのと身こ逢︑︵がなはで  ︻︼釈通 99きぬもふ事なるとのうらにすま身なのしほたれころもかはくよぞお

96番歌を除く︑﹁ふけゐの浦﹂︵

松の﹂︵ 95番歌︶︑﹁すみよし 97番歌︶︑﹁をとは山﹂︵

98番歌︶︑﹁なるとのうら﹂︵

︒にるいてし続連がのもるいてし歌恋︑み込み詠を枕歌ういと 99番︶歌

やてぐめさかけしたもとねをたえのさど﹂らかろこふなまぢひこにに   こ﹃なかろまふど︒か詞拾後○遺後集﹁院雀あ朱の︑一七︑三恋﹄五 るい少︑が例え見が用に現表なで文あ掛のみ踏﹂﹁﹂﹁る﹂みふ︒﹁は みふどかいしりにべぬみり道ふはゆかれざけりの歌山﹂のびわひもき   見﹃に道ぬ︼みふ○拾釈語︻後二遺道お集﹁の法命師︑七六︑一恋﹄ しの︶道に迷ってたまる︒よっあろこで さなえ見えす人るをい案道内山奥と︵いなののこたい歩み踏恋  ︼釈通︻ 100しやなるべする人だにえぬおく見ままかのこふどろにぬ見みふ道 惑︑恋路にとうこを言ういが︒ さなの歌の如く︑この代以降多用はれ﹂ぢひこ﹁も歌のこ︒現表る時

︒こ語で︑藻塩を焼煙のこと︒くの用結現表るれさ多に歌恋は句   ぶけけ○︒る斐掛を﹂貝﹁になりばら﹁ね縁﹂ひかのはりぶけ﹂﹁    ひに﹁思もひ﹂の﹁ひ﹂︒﹁火﹂を掛ける○かひ甲○お︼語︻釈 自れ︵私は︶然に知らる煙ではないので︒ た︶に手相が︵しご過を月年白告なしい思いは甲斐のないことだ︒   釈︻︼通 101ばひしふれどいはぬおもひはかぞねなき人にしらるゝけぶりならと

︒のたれほととぎすよふかきねかかのくのそも歌例﹂ばれけなれ 四六九〇一︑遺雑﹄集六拾後﹃︑条そねわこきき院をびのし﹁の旨宣   ほてきな語にびのし○︼とと鳴ぎすは︑忍び音にくとされる︒釈︻ うず忍び泣きするよ︒に人知れ涙すよるあでを頃ご過てし流 ︒迷に路恋っかうよしうどいてそるながれ︑がほいはですぎとと  ︻︼釈通 102なゝかにせん恋路にまよふほとぎかすしのびになきてすごす比い とが私のように恋をしている人いるよかのるすにうのど︑ばらな  通︼釈︻ をもの 103れがごと恋カん人のまた︵もせわ︶らばいかにかするととふべきあ

(17)

稿 問いたいものであるが︒︻語釈︼○われがごと  底本には﹁わががごと﹂とあるが︑ここでは松平文庫本の﹁われがごと﹂を採用する︒私のように︒漢文訓読的表現か︒この時代までに見られない表現︒︻参考︼恋歌は以上の九首で終わる︒

入撰集洩此集歌︵勅撰集に入集したが︑この集から洩れてしまった歌︶

蔵人にて侍ける時︑御祭の使にて難波にまかりてよみ侍ける

  はるとになる︒住吉は道の神を祀歌とのさ吉住﹁岸﹂吉○︒るれ住 とをとこるあと﹂々云す請祈け受みてたいういといこ詠を歌秀︑ばえ 頼此執術無実上源﹁に︑﹄紙草道住参令詣之命召可詠由首歌秀︑吉一   住ういを浦く波難の近社吉︒かの○い袋︒﹃とおるこてっ思事ふも     社吉住は御でここ祭祭の勅礼のこと︒○使使︒○難波︒○月一   さ︻語釈○蔵人頼実が蔵人に補︼れ︵た︶三〇一四年久長︑は四の う神︑︵に寄よるちのうへい︶便りがなとして︒も っ事知は神をう思︶が私︵いて︑る吉が波白のの岸住のかうろだ み下向して詠また︵歌︶し  住り時たしま蔵あで人釈︼︑︵波吉社の︶祭礼の使者として難に︻通 104もともふ事神はしるらん住吉の岸の白波たよりなくお

97  意のり寄は﹂番よ﹁のりよたりも照と歌の語参釈︒○たよりなく かは︑結句﹁たなせなりとも﹂とるで︒ も一なりと﹂となり採られている︒方﹄〇六六一︑下枕歌集代五︑﹃ がせよた﹁﹄句︑結︻参考︼﹃後拾集雑四遺一同︑〇書詞じでに七六 のるなと語縁波﹂右︑﹁け掛を︒りに﹁たりとも﹂と傍書あ︒よなせ

︒本れ﹂の詞書でば歌採られているが 集一︑五雑﹄考遺拾後︼﹃参︻四一に五てけにれ暮に日りかま庄山﹁ 詠たちが好んでん歌句である︒だ あ初るでてめ遺が﹄集拾拾後﹃︒﹃集遺集人歌ので﹄ま遺拾後﹃らか﹄   撰﹂の語が勅ら集に見えるのは︑しあたねの表現︒み○の嵐の﹁みね   暮拾後﹃ぬ○も日︼釈語︻﹄遺集詞け受を﹂ばけれにれ暮日﹁の書 いて︒る っも暮れた日︒人も帰ってしま音た風しがけだ︒の山の峰は里山  ︻︼釈通 105てしも暮ぬ人も帰りぬ山里はみねの嵐の音ばかり日

稲荷社ちかき所にて︑夕郭公といふことを人々読侍ける時

  古市︻語釈︼○稲荷社いまの都京伏伏の社大荷見見稲るあに草深区 が身にかけた声る聞えこことよ︒ かととほてのた来すえ越ぎ影は︵夕のなか︶神の木棉を山を荷稲 時詠みまたが︵詠んだ歌︶し  近でろことい社荷稲︼釈夕︑﹁うべの郭公﹂とい︻歌題を歌人たち通 105るゆなり山越てやきつる時鳥ゆふかけてのみ声のきこい

(18)

稿 名︒○夕郭公  底本には﹁夕時雨﹂とあるが︑﹃玉葉集﹄の詞書と歌意により︑﹁夕郭公﹂と改めた︒○いなり山  稲荷社のある山︒標高二三三メートル︒応仁の乱で消失する前には稲荷社は山中にあった︒○ゆふかけて  ﹁ゆふ﹂は楮の皮を剥ぎ︑それを蒸して水にさらしたうえ︑糸状にしたもの︒神事に用いた︒﹁ゆふかけ﹂は神事のとき︑榊にかけて神に捧げたりすること︒それに﹁夕かげ﹂を掛けた︒﹁ゆふ﹂は﹁稲荷﹂の縁語︒︻参考︼﹃玉葉集﹄夏︑三二八に﹁稲荷の社近き所にて︑夕郭公といふ事を人々読み侍りける時﹂の詞書で本歌が採られている︒また︑﹃今鏡﹄打聞には﹁稲荷山越えてや来つるほととぎすゆふかけてしも声の聞こゆる﹂と︑四句に異同のある歌が採られている︒この逸話は有名なので︑以下に引用する︒

  左衛門尉頼実といふ蔵人︑歌の道すぐれても︑また好みにも好み侍りけるに︑七条なる所にて︑﹁夕べに郭公を聞く﹂といふ題を詠み侍りけるに︑酔ひて︒その家の車宿りに立てたる車にて︑歌案ぜむとて寝過ぐして侍りけるを︑求めければ︑思ひ寄らで︑すでに講ぜむとて人みな書きたる後にて︑このわたりは稲荷の明神こそとて念じければ︑きとおぼえけるを書きて侍りける︑

   稲荷山越えてや来つる郭公ゆふかけてしも声の聞こゆる   同じ人の︑﹁人に知らるるばかりの歌︑詠ませさせ給へ︒五年が命に代へん︒﹂と住吉に申したりければ︑﹁落葉雨のごとし﹂といふ題に︑

   木の葉散る宿は聞き分くことぞなき時雨する夜も時雨せぬ夜も と詠みて侍りけるを︑必ずこれとも思ひ寄らざりけるにや︑病のつきて︑生かむと祈りなどしければ︑家に侍りける女に住吉の憑きて︑﹁さる歌詠ませしは︒されば︑え生くまじ︒﹂とのたまひけるにぞ︑ひとへに後の世の祈りになりにけるとなむ︒

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