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講演会「飯田・下伊那の満州移民と戦後開拓」

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Academic year: 2021

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講演会「飯田・下伊那の満州移民と戦後開拓」

著者 ?? 俊男, ディアスポラ研究会

出版者 法政大学国際文化学部

雑誌名 異文化

巻 13

ページ 66‑67

発行年 2012‑04

URL http://doi.org/10.15002/00007872

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66

講演会「飯田・下伊那の満州移民と戦後開拓」

報告者:ディアスポラ研究会(髙栁俊男)

専門やアプローチを異にする学部教員が相互に刺激を与え合う場と して、2009年度より学部内で「ディアスポラ研究会」が活動している。

その今年度第4回目の例会として、講演会「飯田・下伊那の満州移民 と戦後開拓」を学部企画の形で実施した。

長野県南部の飯田・下伊那地域は、昭和恐慌下で多くの人が満州に 生きる道を求めた長野県のなかでも、とくに移民が集中的に行なわれ た地域として知られる。

それは戦前・戦中の話にとどまらず、多大な犠牲の末に母村に舞い 戻ったものの、生活基盤の喪失により、北海道・岩手・愛知・富士山 麓に再移住して戦後開拓に従事せざるをえなかった場合もあるし、戦 後40年ほど経ってから肉親が判明し、中国人家族とともに故郷に帰っ て来た人が存在するなど、現在にもつながる問題である。飯田市内に は、中国帰国者向けにデイサービスを実施している民間の「宅老所ニ イハオ」があり、また飯田市歴史研究所では満州移民の聞き書きとそ の記録化の作業を継続している。

飯田市歴史研究所の顧問研究員を務め、このテーマについて体系的 に研究されている森武麿先生をお招きし、映像資料も駆使しながら、

移民の開始から逃避行を経ての帰国、戦後開拓、残留孤児・残留婦人 問題にいたるまで、満州移民史の全体像を幅広い視野から概観してい ただいた。満州移民がこの地域の現在にもさまざまな影響を及ぼす歴 史的出来事であることをあらためて知るとともに、戦前・戦後をつな げて考える視野の重要性を再確認する場となった。

宣伝の割に参加者は少なかったが、この満州移民は来年度から同地 Hosei University Repository

(3)

67 で実施する学部の「SJ国内研修」で取り上げるテーマの1つであり、

研修本番に向けて大いに参考になった。

なお、講演会翌月の2012年1月に、満州移民と戦後開拓をつなげて 描く NHK-BS のドラマ「開拓者たち」が、全4回の日程で放映された。

●テーマ:「飯田・下伊那の満州移民と戦後開拓」

●日 時:2011年12月3日(土) 14:00 〜 18:00

●場 所:法政大学市ヶ谷キャンパス      ボアソナードタワー3階 0300教室

●講 師:森武麿(神奈川大学大学院歴史民俗資料学研究科教授)

Hosei University Repository

参照

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