講演録 宮城大学看護学部開学記念講演
「いま、生命を考える」
講演柳田邦男氏
1997年(平成9年)12月13日(土)、本学看護学 部は宮城大学講堂に於いて「宮城大学看護学部開学 記念講演」を開催した。基調講演はノンフィクショ ン作家の柳田邦男氏に依頼し、「いま、生命を考え る」のテーマで約3時間半にわたり医療と人間に関 わる示唆的なお話をうかがった。開催にあたり、県 内から約650名の医療従事者を招待し、また本学事 業構想学部学生からも希望者を招いた。看護学部学 生は全員が出席し、全体の動員数は約800名となり、
講堂はほぼ満席となった。
開演は13:00であり、本学部講師であるAnne McDonaldが総合司会として登場し、日本語にて進 行を務めた。
まず本学学長の野田一夫が壇上にて挨拶をおこなっ た。続いて宮城県看護協会会長の伊藤治子氏より、
来賓ご挨拶をいただいた。その後、本学看護学部長 の池川清子が、「看護学部開学と看護の展望」と題 して、本学部開学までの経緯と今後の看護教育の抱 負について語った。
約10分間の休憩を挟み、柳田邦男氏による基調講 演をおこなった。
柳田邦男(やなぎだ・〈にお)氏のプロフィール 1936年栃木県生まれ。1969年東京大学経済学部卒 業後、NHKで放送記者として活躍。退社して執筆 活動に専念する。1972年『マッハの恐怖』で第3回 大宅壮一ノンフィクション賞受賞。1979年『ガン回 廊の朝』で第1回講談社ノンフィクション賞受賞。
1986年『墜落』でボーン上田国際記者賞受賞。『犠 牲 サクリファイス わが息子・脳死の11日』で第 43回菊池寛賞受賞。主な著作に『マリコ』『零戦燃 ゆ』『死の医学への序章』『事実の素顔』『空白の天 気図』『日本は燃えているか』など多数がある。
基調講演は当初1時間半の予定だったが、柳田氏 の熱意によって時間は大幅に延長され、約3時間半 に及んだ。以下に柳田氏の講演を編集・一部再録し、
その全体の流れを紹介する。
はじめに
どうも、柳田でございます。今日は、「いま、生
命を考える」ということでお話をさせていただきま
すが、私は作家で、生命倫理学や医学、看護学の専
門家ではございません。作家であっても私はもとも
とはNHKの記者の出身で、いろいろな事件の現場
あるいは問題のルポルタージュ、そういったことを
取材して報道する、あるいは作家になってからも同 じ様にいろんな人にお会いしたり、いろんな問題点 を探ったりということで作品を書いてきてるわけで ございまして、これを私の考え方を一言で言うと、
現場感覚とか現場主義ということをとても考え方の 基本にしてるんです。そういった意味で今日は学問 的な話じゃなくて私の体験的なお話、特にいろんな 人の出会い、生と死を考えさせられる上でとても意 味のあるエピソード、そういったことを中心にお話
してみたいと思います。
女子医学生と看護婦の母
最近、とても心を打たれるお手紙を頂きました。
ある東京の医科大学の女子学生で、まだやっと大学 に入って1年たらずのところで勉強してる方です。
ある地方に行って、病院の看護部長さんといろいろ お話してたら、うちの娘が今度医学部に入りまして 勉強中なんですとおっしゃたんですね。それで、ああ、
いいですね、お母さんが看護婦さんでお嬢さんが今 度はお医者さんになるんでそれはとても心強いでしょ
うと言ったら、やっと最近、私の仕事を認めてくれ たって言うんですね。えっ、どういうことなんです かって言ったら、うちの娘は結構自己主張が強くて、
いろいろ自信過剰だったりして、でも非常に感性は 豊かな子で、親である私のことを今まで馬鹿にして たって言うんですね。お母さんは看護婦さんだ。な んか病院で下働きしてお医者さんにこき使われて雑 用係みたいなことやってる。看護婦なんて大した職 業じゃない、掃除婦と同じだってそういう目で見て いたらしいんです。本人は一生懸命勉強して、最初 は受験に失敗して東京に出て行って、浪人生活を1 年して、それで予備校に行ってたんですね。予備校
に行ってる時にたまたま私の書いた 『犠牲一サク リファイス』っていう本を手にしたんだそうです。
それは私自身が4年前に25歳になる次男を自ら命を
絶つっていうことで失ったものですから、私も、私 自身の立ち直りの為にもそういう体験した自分の息 子のことを一生懸命書いたんですけれど、それを読 み出したら止められなくなっちゃって、夜を徹して 読んでくれたっていうんですね。それから随分、心 を病む人あるいは病気をする人、そういうものに対 する癒しとして医者になろうとする気持ちをいよい よ強めて一生懸命勉強した。そして合格したんだそ うです。それで大学1年生になって早速いろんな実 習が始まる。白血病とか悪性リンパ腫とか、血液系 の難しい病気をしている患者さんがいる病棟に行っ たんだそうです。そしてそこで働いている看護婦さ ん達に出会って、看護婦さん達の仕事ぶり、そして 専門的な知識の深さ、そして患者さんに対する優し さに気づいた。一方、患者さんは本当に中には癌の 末期の人もいて苦しんでいる、悩んでいる、そうい うものに対して自分は医学を非常に頭の中で考えて きた医学で何か対応できるんじゃないかと思ってた ら何もできない自分がそこにいるというのが分かっ て、それに比べて24時間患者さんの側にいてその悩 める患者さんの力になっている。お医者さんより看 護婦さんのほうがすごく大事なんだ、と看護婦さん に対してものの見方が変わった。それまではお母さ んを馬鹿にしていた。ところが実際に病棟に行って 自分で体験して何もできない自分を発見した時に、
お母さんはいい仕事をやってたんだと分かったって いうんですね。そのことを初めてこの秋にお母さん に手紙を書いてきたんです。それで、その地方にお られるお母さんは、もう30年も看護婦さんをやって おられるんだけども、初めて娘に認知されたって喜 んでおられたわけです。そんなことがありましたら、
っい先週ですけれど、そのお嬢さんである医学部の
学生からお手紙を頂いたんです。それはお母さんか
ら私に会ったっていうことを知らされて、急に私に
手紙を書きたくなったらしいんですね。こんなこと
を書いてこられたんです。……私は今年の5月に大 学の付属病院で1日看護実習を体験しました。私が 配属されたのは主に血液内科を扱う第3内科で、白 血病や悪性リンパ腫を患った患者さんがいるところ でした。そこには長期の入院生活で雀状態になって しまった方や、面会者もなく死にたい死にたいと繰 り返す方など、いわゆる魂の救済のなされていない 患者さんがたくさんいました。その時私は医師の無 力さを痛感し、医師が患者を助けられるなどという のは思い上がりに過ぎないことを知りました。医師 を志してから初めて真の医療とは何かにっいて真剣 に考え、実習パートナーであった友人と自分達は何 のために医者になるのかなどと何時間も激論を交わ したりしました。その答えはまだ見っかっていませ ん。これからもずっと見っからないかもしれないし、
それを模索していくことが私達の仕事なのかもしれ ません。でもそうして医療について自分自身に問い かけることを忘れずにいれば、患者さんやその周囲 の人達の体だけでなく心も救うことのできる医者に 近づけると私は信じています……。恐らく今、看護 学部で勉強している学生さん達と同じ世代、ほぼ同 じ年齢の、こちらは医学部に行かれたんですけど、
こういう形で患者さんに寄り添うことの難しさと大 切さを早くも自覚されてるっていう、そのこととっ ても感性豊かな方だなと思ったんですね。それでし かも、答えはまだ見っかってない、ずっと模索し悩 み続けるかもしれないと書いておられる。それに対 して私は返事を書こうと思ってるんです。それはど ういうことかというと、人間は悩まなくなったら進 歩しない。人間は悩まなくなったら人のことを理解 できなくなる。だから医療者というのは体を病み、
心を病み、そういう苦悩のある人に寄り添う仕事で すから何か偉そうにすべて分かったような取り仕切 るようなそういう立場に立った時に、むしろ弱い立 場の患者さんに対して威圧的になったりあるいは管
理的になったりしがちなんですね。むしろ医療者っ ていうのは、自分も悩みがあり、また苦悩を持ち、
そういう中で生きている人間であるという自覚があっ たほうがはるかに共に歩む医療者として優しい医療、
優しいケアというコミュニケーションができるんだ ろうと思うんです。また悩まないような医者で、な んか自分がオールマイティーであるようなそういう 意識を持ってしまったら、本当に患者さんが心の中 に持っているものを理解する耳を失ってしまうかも しれないですね。いずれにしましてもこうやって今 若い人が何かに気づき、そして自分の人生、しかも 職業的な人生を歩んでいくに際して、こういうこと を考えていると知ったことを私はとても嬉しく感じ たんです。
スライド エリザベス・キューブラー=ロス スライドを写していただけますか。この1枚のス
ナップを、私はよく医療関係者に見せて話をするん です。これはアメリカの精神科医エリザベス・キュー ブラー=ロスという、世界的に有名な死に行く人の 心理について60年代に研究して、それ以後末期患者 のケアの在り方について非常に先駆的に取り組んで こられた方ですね。これがキューブラー=ロスでも う20年位前の写真ですけれど、こちら癌の患者さん。
キューブラー=ロスはずっと長いことホスピスで毎
年ワークショップを指導してきました。終末期医療
に関わるお医者さん、看護婦さん、あるいはコメディ
カルスタッフ、ボランティアの方そういう人達を集
めて実戦的な訓練をするわけですね。何気ない病室
でのスナップです。キューブラー=ロスと末期の患
者さんと医療スタッフがいます。2年前に名古屋で
第24回日本医学会総会がありました時に、2千人ほ
どのお医者さんにやはりこの写真を見せて、こんな
問題を出してみました。この1枚の写真を見て医療
者と患者との関係あるいは医者と患者関係について
読み取るべきことを箇条書きにして記しなさいと。
今日、会場にいらっしゃる学生の皆さんはどうでしょ う。箇条書きにしてどれくらいのことが言えるでしょ うか。時間がありませんから私がいくっか話してみ たいと思いますが、まず座っている。非常に自然に 座っている。多くの場合、病室ではお医者さん、看 護婦さん、ベッドサイドに突っ立って上から見下ろ します。そしてお変わりありませんか、ありません ねと言って去っていってしまうというのがそういう 関係性があるわけですけれど、これは普段の通常の 治療の途中の段階ではなくて末期の患者さんでもう 明日をもしれない状態。もう既に有効な治療法がな く、最後のケアの、緩和ケアをする程度になってい る。そういう患者さんとお医者さんの関係なんです けれど、とにかく座っている。そして目線の高さを 同じにしている。決して偉ぶったり管理したり見下 ろしたりしない。もう医療者として治療する方法が ない、何か積極的に行動的に対応するというよりは この死を前にして苦悩し悩んであるいは死の恐怖に 怯えているその患者さんに対してその時最も大事な ことは、対等の人間、人間対人間として向かい合う ということなんですね。それが目線の高さ、座って いるというところに表れている。そしてさらに、目 をしっかりと見ている。目を見つめている。日本人っ ていうのは相手の話を聞く時に目線を合わせるのを 割と避けがちなんですけども、医療の場合はそれは 困りますね。しっかり目を見るということは患者さ んにとってはお医者さんが全身全霊自分に注意を向 けてくれているということの一つの表れでもあるん です。それから耳を傾けてくれている。一方的に命 令したり指示したりするんじゃなくて、患者さんが 今日はいつお医者さんが来てくれるか、何時頃来て くれるんだろうか、この辛さ苦しさをなんとかして ほしいと言いたいと、そう思っているその気持ちに 答えるその耳を持っているかどうか、そういう姿勢
があります。手を握っている。この手というものは いわゆる言語以外のコミュニケーション、ノンバー バルコミュニケーションでとても大事なんですね。
しっかり手を握り、その温もりの中から人間同士の 通い合い、心の通い合い、このお医者さんが本当に
自分の事に関心を持ち、自分の事を心配していてく れているんだなあということがこうした温もりから 伝わってくる。それから全体としての雰囲気が、い ま言ったことの積み重ねとしてたとえ末期の患者さ んでも見捨てない、治療法がないからといって役割 がないという態度を見せない、やはり側にいるんだ ということ、その雰囲気が漂っているということ。
そしてさらに患者さんの表情ですが、信頼感と安心 感、笑みさえ浮かべる。そういう患者さんの心理状 態を呼び起こしている、もたらしている。さらに後 ろに写っている医療室に目を運びますと、そうした 大事な会話をしているお医者さんと患者さんの関係 を壊さないように、しかしてきぱきと爽やかに痛み 止めの処置かなんかの準備をしているんでしょう。
そういう非常に爽やかな雰囲気があります。こうやっ てたった1枚のスナップでも読み取っていきますと 大事なことがいっぱい語られているんですね。そう いう読み取る目を訓練で養うということは人間を見 る目、生命を見る目を豊かにしていく上でとても大 事ではなかろうかと思うんです。それでキューブラー=
ロスのワークショップのスナップを見ますと、どう いう場面であってもどういう場所であっても今言っ たようなこと全てが満たされていると感じますね。
で、今日はその問題を少しでも具体的に解明して いくたあ、あるいはより有効な現実的な皆さんの心 得を身に付けていただくために3つくらいに分けて 話を進めていこうかと思うんです。
1 生命の二面性
ひとっめは、まず生命を考える上で、生命には先
程言ったように生物的な生命と精神的な生命、この 2っが混然一体となって初めて人間の生命というの が形成されている。その生命の二面性をしっかりと 捕らえる必要があるだろうということ。
この生命の二面性ですけれど、これはもう言うま でもなく皆さん当然だとお思いになるでしょうね。
だけど専門的な職業現場に行くと、そう簡単なもの ではないんですね。例えばこういうエピソードがあ
りました。
これは本に詳しく書いたんですが、東京のある大 学病院で乳癌の末期になったある59歳のご婦人、石 仏を主として撮っておられた写真家でしたけど、長 谷川さんとおっしゃる。その長谷川さん、もう末期 で抗癌剤の治療でへとへとになってる。それで麓状 態になってお医者さんとも看護婦さんともほとんど 喋べらない、そういう状態になった時に心配した教 授がじっくり話を聞いたんですね。そうしたら最後 に自分は1冊の写真集を完成したかった。それは
『女人石の仏』 というタイトルなんですけれど、道 祖神とか母子観音とか水子地蔵とか、そういうもの の中に刻まれた女の悲しみや喜びや人生やそういっ たことを写真で表現したい、というんでずっと撮影 していた。ところがそれは撮影はほぼ終わったけれ どもう体力が尽きて抗癌剤治療で副作用がすごくて 最後の編集もできない、写真に添えるエッセイも書 けないっていう状態になって、これじゃあ死ねないっ て言うんで雀状態になった。そこで教授がわかりま した。そうですか。じゃあ、治療止めましょう。3 週間中断するからお帰りになって写真集を完成させ
ちゃいましょうって言ったんですね。そしたら長谷 川さんものすごく喜んでベッドサイドに持って行っ た写真のネガだとかエッセイの書き散らしの断片と かそんなものを全部紙袋に詰めて東京の石神井にあ るアパートに帰られた。一生懸命それから出版社の 編集者が手伝って写真集に取り組みました。で、と
うとう完成したんですね。出版社の方はその写真と 原稿を持って突貫工事で見本刷りを作ってベッドサ イドに届けた時に本当に長谷川さんそれを顔に当て て、嬉し涙を流しもう私はいっ死んでもいいとおっ しゃってましたね。教授は治療を止めましょう、3 週間時間を与えますと言った。それは癌の進行を止 め、命を長らえさせようとする延命治療的な観点か
ら言えばマイナス効果になることは明らかですね。
なのにその患者さんは喜びに言葉を失ったわけです ね。これは生命の精神的側面、そこが支えられたと いうこと以外の何者でもないと思うんですね。
こうして生命を考えるというまず大前提として、
精神性の重要性が問われる局面があるということを まず念頭に置く必要があるんではないかと思うんで す。現代の医学というのはあまりにも発達し過ぎ、
あまりにも科学とか技術とかってもののウェイトが 大きくなり過ぎたために、臓器とか細胞とか組織と か遺伝子とか物で見える対象としての生命、それに 力が行き過ぎて精神性の面というのはややもすると 排除されてしまう。あるいは精神性というのは本人 の精神性だけじゃなくて人間の関係性まで含めて家 族とか恋人とか親子とかのそういう人間の関係性の 重要さまで排除してしまう。これからの医療は、人 間の関係性まで見る必要があるのではないか、それ が大きな課題になってるではないかと思うんです。
これが第1にお話したかった生命の精神的側面にっ いての視点です。
2 生命を見る目
2番目にですね、生命を捕らえるにはどのような
見方をすればいいんだろうかという、もう少し心得
みたいなことに立ち入っていくっか私の気付いてい
ることを列挙してみたいと思うんです。数限りなく
ありますけれど、時間の許す範囲でお話してみたい
と思います。
(1)聞いてみないと分からない
新しい現代のリハビリテーション医学を開拓され た上田先生という方がおられます。その方が若い頃 にカルテの職業欄の書き方が良くないっていったん ですね。カルテのまず1ページには職業欄に会社員 とか主婦とか書いてある。あれは何の意味もないっ て言うんです。リハビリテーションっていうのはそ の人がどういう生活をし、これからどういう人生を 送ろうとし、どういう職業の仕事をしようとし、そ して自分はそれに対してどういうふうに機能を回復 してあげるか。例えば軽い脳卒中をやって、片麻痺 ができたとか若干言語障害が残ったという場合にど れくらいリハビリで回復しなきゃ自分の希望する現 状復帰、社会復帰ができないのか目的を設定しなけ ればいけない。ところが職業欄見ると会社員。で患 者さんに聞くわけですね。脳神経外科からリハビリ テーションに回ってきた患者さんに、お仕事は何やっ てるんですかと聞く。そうすると会社員です。どち らの会社ですか。いや、っまんない会社です。っま んないってやっぱり20年お勤めのようですから、そ れなりにちゃんと自分の会社に誇りを持ってるでしょ うっていうと、何とかって会社を言う。どういうセ クションですかって聞くと、っまんないとこにいま すと。っまんないとこにいるって、あなたそこで月 給貰ってやってるんでしょというと、技術本部の何 とかと言う。ああ、そうですか。あなた技術の系統 なんですね。じゃあどういう物を作ってるんですか と言うと、いやあ、つまんないもの作ってるんです と言うんですね。もっと具体的におっしゃって下さ いと言うと、北海道の牧草地の牧草を乾燥させたり、
保存しとくサイロを作ったり、そこのいろんな自家 発電装置とかいろんな保守点検もする。その設計、
製造、保守点検全部そういうのをやってる。ああ、
そうですか。あなたは立派なエンジニアなんですね と言うと、そうですかあ。お医者さんにエンジニアっ
て言われたの初めてです。そうなんです。何かやっ ぱり自分が初めて認知されたように喜んで、それに しちゃ何でっまんないって言うのかわかんないんで すけど、それではっきりとその人の生活を復帰する
目的というのが分かってくるんですね。サイロで垂 直の梯子を昇ったり降りたりしなくちゃいけない。
結構大きいですからね、あのサイロ。その為、相当 な両腕の腕力が必要だと。そうすると、どれくらい のプログラムでリハビリテーションを展開しなくちゃ いけないのかとか、ずっとプログラムが決まってく るんですね。それぐらいこの職業って大事なんです ね。そういうことをきちんとカルテの第1ページに 書く大きなスペースがなきゃいかんと言っておられ ました。で、カルテを改革した。これは取りもなお さず聞くということの作業と裏腹の関係ですね。実 際、お医者さんはじっくりとそれを聞く。まあ、多 くの場合、入院患者の場合、まず看護婦さんがそれ を書きますね。看護記録の最初に入院した時に本人 の病歴とかあるいは生活のいろんな家族関係とか、
どういう人生歴とか、ある概括的なことを看護婦さ んは聞きますね。患者のプロファイルを掴むわけで すけども、そういうことをもうちょっと系統的にお 医者さんの側もやらなきゃいけないというのが上田 先生の説です。実際、聞くということは医療の現場 においては非常に大事なんですね。特に末期医療に なりますと本当に心の中を聞かないとわかんないわ けですけども、ただ聞くといっても何かそれで、そ れでと急かすように聞いたんではなかなか患者さん
というのは言語化して出てこない。
②大事なのは待つということ
聞くということは待っということとほとんど同義
語だと思っていいくらいですね。ゆったりした時間
がそこに確保されなくてはいけない。それは何十人
も診る外来で、そんな事やったらたまんないという
ことがあるかもしれないけども、そうじゃないんで
す。やはり初診の時はまず大事ですね。それからも う一っは重大な、例えば癌の告知をするとか末期に 入ったとかいろんなステージによって特にその患者
さんの為に時間を作って夕方とか夜とか何か家族と 一 緒になってもらうとか、そういうチャンスをうま く作りながらやる。素晴らしいお医者さんはちゃん とそういうどんなに急がしくてどんなに論文に追わ れていてもそういう時間を作る。本当に上手な時間 のやりくりをするお医者さんは少なくないですよね。
忙しくて出来ないというのは逃げ口上だと私は思う
んです。
実はこの春、イギリスで世界で最初の現代的なホ スピスを作られたシシリー・ソンダースという今年 78歳になる女医さんが来日されました。ロンドン郊 外のセント・クリストファーズ・ホスピスというも のを作られたのが1967年ですけれど、そのソンダー スさんもすでに78歳になりました。車椅子でしたけ ど日本に初めて来られて、私も2時間くらいお会い していろいろ話を伺う機会があったんです。そのソ ンダースさんがこんなことをおっしゃていました。
自分の全てを理解してほしいと思っている患者はい ません。ある患者に尋ねたことがあります。一番し てほしいことは何って。そしたら彼の答えは自分を 分かろうとしてくれる人がいればいいというもので した。自分を理解しようと努めてくれる人を求めて いたんです。こんなことを言ってるんですね。人間 の本当の生命とか内面とか心の悩みとかそれを見抜 いて理解する資質がいるって言ったけど、その資質っ てのは全部を理解する、その人の人生と苦悩を全部 理解しようなんてそんな大それたことじゃないんだ。
たとえできなくてもそれを理解しようとする姿勢を もって側にいるということ、話を聞いてくれるんだ ということ。それが患者さんの安定そして納得につ ながるんだってそういう意味だと思うんです。この 全部理解してくれっていうわけじゃなくて自分を分
かろうとしてくれるっていう、そういう聞き役とし て側にいてほしいということなんですね。とても素 晴らしい言葉だと思いました。
(3)学問的な知識や定説、通念といった落とし穴に 気をつけなければならない
やっぱり医学とか看護学をやりますと、ひとっの 定番的なある対応の仕方というのがあって、それは それでとても大事なことなんですね。一般性を持っ てますから。ただし人間というのは、一般性だけで は律しきれない。個別のいろんな問題やあるいは希 望することが違ってたりするんですね。人によって は緩和ケアというものをものすごく望むけれど、人 によっては緩和ケアなんかされるとかえって煩わし いという人もいる。医学の定番的な考え方だけで患 者さんに対応すると患者さんの精神的生命を殺して しまうことさえある。そういう専門的知識の落とし 穴っていうものに気を付けなければいけないだろう
と思うんですね。
人間の命というのは、見た目の生物学的な命、あ るいは医学的な命を越えた何かすばらしい可能性と いうものを秘めていることがあって、本当に可能性 というのはすばらしいものだなということを感じる わけです。これが専門的知識の落とし穴に嵌まらな いように気をっけようということです。
(4)自分の見る視点やポジションをかえると、何か 新しいものが見えてくる。そうしないと人間に見え ないところがしばしばある
立場を変える、視点を移すと今まで当たり前と思っ ていたことが逆転することがある。これが医者と患 者の関係、看護婦と患者の関係、あるいは医者と看 護婦の関係で、それぞれ同じことが言えると思いま
す。
よく名をとげた病院長とか大学教授のお医者さん が、病気になって入院してエッセイを書きますね。
随分前ですが、東京医大のある有名な教授が病院に
入った体験記を書いておられました。その中で、患 者になって初めて分かった。医者がなんであんなに 偉そうにするんだって。若い医者が白衣を翻して、
ボタンもはめずに、エレベーターに乗ってきて患者 を押し退けるように、そして横柄にもまず患者より も自分が先に出ていった、とか、薬局や事務部門の あの応対の仏頂面のサービスの悪さというのは我慢 ならないとか、書いているんです。僕が読むと何で 今頃気づいたんだろうって思うんですけど。でも、
その教授が病院長はすべからく、自らの病院に偽装 入院をして自分の病院の体質をとくと観察しろと、
こう書いてあったんですね。やっぱりベッドを見下 ろす立場とベットから上を見る立場で本当に違うん ですね。
(5)物語らないと分からないことがある
人間の命、特に精神性を持った命というのは物語 らないと分からない。例えば、30代後半、37、8で、
やっとお母さんが子供が小学校に入って、目が離れ て、これからカルチャーセンターへ行くとかあるい はスポーッをやるとかして自分なりの生活をっくっ ていこうと思った矢先に、乳癌になった。しかもか なり進行しているというのが分かった。その時のショッ クで、何で私が癌になるの、と殆どの女性が叫びた いような気持ちになるんです。私が何の悪いことし たのと。それに対して科学は非常に明解に答えを出 せるんです。それは乳腺の中の細胞の遺伝子に傷が っいて、それが増殖をして癌というおできがひろがっ ていったんです、と非常に明解なんです。それに対
して何で私が、というその女性の苦悩、無念さに答 えるんだろうか。「ああ、そうですか、ああ、良かっ た」と思うのかな。そんなことないですね。あるい は恋人が町を歩いていて、横断歩道渡ろうとしてい たらそこにオートバイが突っ込んできた。そして男 の子が跳ねられた。頭蓋損傷で直ちに救急車で救命 センター運んだ。彼女も一緒に救急車に乗っていっ
た。治療したけれどあまりの損傷の大きさに、救う ことができなかった。普通そこで彼女は泣き叫ぶ。
なんで、あなた死んだのよって。それに対して科学 あるいは医学は明解に答えることができます。この 方は頭蓋骨骨折、脳低部挫傷、そして脳幹部挫傷、
これによって死にました。じゃ、彼女は、「ああ、
そうですか。わかりました」って帰るかしら。やっ ぱり科学じゃ答の出ないものが命の精神的側面を背 負っていると思うんですね。阪神大震災とか日航機 の墜落とか様々なところで突然死をした人の遺族も、
みんな同じ事を叫びます。それに対する答え、それ はないんですよね。ないんだけれども、残された人、
あるいは病気を抱えてしまった人は何かそれに理屈 をっけて生きていかなきゃいけない。生きていくと いうことは自分がそこに筋道をっくってこうだから 自分はこの病気を背負って生きていくんだとか、な んか物語をっくらなきゃいけない。人によっては、
これはやっぱり神様があまりにも自分が幸せ過ぎた んで、こういう辛い人の立場、弱い立場の人の気持 ちを分かるようにしなさいと教えてくれたというよ うに、宗教的な方で納得する人もいるでしょう。そ れも一っの物語ですよね。人によってそれは違う。
出来ない人もいます。でも、そういうふうに人間の 命っていうのは物語をつけないと分からないところ がしばしばあるわけです。
(6)表現することによって見えてくる。表現しない と見えてこない
お医者さんなり看護婦さんというのは患者さんと
たくさん出会っているから、そういう人たちは人間
をよく見てるとか知っているとか分かるとかいうけ
ど、往々にしてそうじゃないんですね。例えば小児
病棟で子供が白血病で亡くなったとします。その子
供のことはよくわかっているはずですよね。亡くなっ
た時、本当に病み衰えて軽々とした小さな体になっ
てしまった子供をよく見ているわけです。あるいは
臓器や血液をよく見てます。だけど本当にその亡く なったその日の病室における命のあり方とか、親を 含めての全体というものを本当に見ているのかなと いうと案外見ていないんですね。
今日、医学も看護学も非常に科学性を重視するよ うになって、データ中心主義になってきました。医 学的なことにっいて正確、客観的に書け、という教 育をやっています。看護記録をみると、本当にデー タ的なことしか書いていない看護記録というのが多 いですね。私、いっか日本看護協会のある雑誌で座 談会に出たときその話をしたら、「いや、原則的に 最近は科学的看護というのを重視するので、主観的 なことは書くな」とむしろ書かないように教育して いるところが多いと聞いて、それはちょっと問題で はないかと発言したんです。どういうことかという と、私、息子が自ら命をたって救命センターで11日 間過ごして、脳死状態になって、ずうっとそばに付 き添ってみていたとき、若い看護婦さんたち、まだ 22、3ぐらいの感じでした。本当によく声をかけて くださいました。そして後で看護記録をみせてもらっ たんです。そしたら、本当に断片的だけれどもとこ ろどころに書いてあるんです。今日はお父さんがき て窓から外の檸の木をスケッチしていたとか、ある いは、患者である息子は次男であるものですから、
そのすぐ上の長男のこと、兄が来て徹夜で付き添っ て泣いていたとか、あるいは日記を長男はずっと読 んでいたとか、あるいは家族に対する声かけをしっ かりしようとか、そういうのがところどころ書いて あるんです。いろんな検温とか処置の記録の間に。
すごく大事なことだと思いました。やっぱり、見て てくれているんだな、ということですよね。患者、
家族を。それで書くことはどういう意味があるのか というと、それは看護婦さんたちが医学的看護学的 な処置や対応するだけじゃなくて、そこにいる患者 と家族との関連性とか、あるいは人間とかというも
のを見ていて、それに対してどういうふうに人間対 人間として係わろうとするか、あるいはそこで感じ たことあったことを、次の勤務にっく看護婦さんた ちがそれを一言でもみると、ああ、夕べはお父さん が来ていたのか、とか、ああ、兄弟とはこういう関 係なのか、あるいは声かけをしようとかいてある、
脳死でもやっぱり耳が聞こえてるかもしれないから、
声かけようとか、言ってくれる、それが付き添って いる親にとってはものすごい励ましになり、慰めに なる。心の癒しになる。そういうふうなことをちょっ とでも記録していくということは、その職場、医療 の現場の一種の文化を作っていくんだろうと思うん です。そういうことを日頃からやっていると、スタッ
フの心構えが違ってくる、ものをみる目、患者をみ る目が違ってくる。家族への対応も違ってくる。そ れがない無味乾燥なものと随分違ってくると思うん です。何も文学的に書けとか、20行も30行も書けと いうことじゃないんです。一言、一行でいいんです。
それを、ふっと気がついたときに書くことによって、
今度はそれが日常化すると自分のみる目が違ってく るんです。書こうかと思ったときに見えてくるんで す。書かない、そういう渇いた文化の看護の現場だ と見えてきません。本当に患者、家族が何を抱えて いるかというのは見えてこない。そういう問題があ ると思うんです。
σ)自分自身を見つめて経験を密かに活かす 大切な事は自分の人生に様々な経験があるという
ことです。多くの死、転向、失恋、自分でも思いも
よらない困難を経験した人は多いでしょう。そうい
う自分の人生経験を思い出せば患者のケアに必ず役
に立ちます。努めてヒューマンな気持ちになり、自
分ももろい存在であることを忘れなければ患者との
間に心の通った人間関係が生まれるものです。そう
いう素朴な関係の中で患者の内面の悲しみに包まれ
た部分に、心のケアを届かせることができる例がよ
くあります。
⑧ 命の可能性について謙虚になる
これは先程の、専門的な知識の落とし穴に陥らな い、ということと裏腹の関係です。
3 若い看護婦へのメッセージ
最後に、これから看護の現場で働く学生達への私 の期待とメッセージといったようなことを6っ、申 し上げてみたいと思います。それは自分自身を専門 的な知識と経験を積み上げていく職業人として育て ていくための一っの心得として聞いて下さればと思
います。