興
教
大
師
覚
鑁
の
機
根
観
1
頓
・漸
・超
と密
教
の機
根
ー
苫
米
地
誠
一 【 論 文 要 旨 】 覚 鑁 の 機 根 観 は 、 こ れ 迄 は 主 と し て 往 生 論 と の 関 わ り の 中 で 、 最 晩 年 の 撰 述 で あ る 『 五 輪 九 字 秘 釈 』 を 中 心 に 、 即 身 成 仏 ( 現 身 往 生 ) の 機 根 と 順 次 往 生 の 機 根 の 分 類 が 論 じ ら れ て き た が 、 而 し そ れ と は 別 な タ イ プ の 機 根 観 を 主 張 す る 所 も 見 ら れ る 。 即 ち 、 『 大 日 経 疏 』 に 基 づ く 頓 入 ・ 漸 入 ・ 超 入 の 機 根 分 類、 或 は 密 教 の 機 根 と い う も の に 就 て の 様 々 な 説 明 ( 上 根 上 智 と は 求 め る 所 の 果 に よ る 名 称 で あ っ て 生 得 の 素 質 で は な い と し 、 智 慧 が 無 く と も 信 の み に よ っ て 上 根 上 智 と な る と し 、 又 結 縁 灌 頂 に よ っ て 密 教 の 機 根 が 定 ま る と す る 等 ) が 為 さ れ て い る 。 こ こ で は そ の 様 な 鑁 覚 の 機 根 観 の 全 体 を 探 っ て み い た 。 一 、は
じ
め
に
一243
一 興教 大師覚鑁の機根観 興 教 大 師 覚鑁
に 於 る機
根 観 の 問 題 は 、 こ れ 迄 は 主 と し て 『 五 輪 九 字 明 秘 密 義 釈 』 ( 以 下 『 五輪
九 字 秘 釈 』 ) を中
心 に 論 じ ら れ て き た よ う で あ る 。 そ れ は 覚鑁
教 学 が 密 教浄
土 教 を 重 要 な 課 題 とす
る 為 に 、 成 仏 論 の 問 題 で あ る と 同時
に 、 往 生 論 に 関 わ る 問 題 と も な っ て い る為
で あ り 、 そ し て そ の浄
土 教 は 、 正 に 『 五 輪 九字
秘 釈 』 『 一 期大
要
秘密
集
』 等 を中
心 と し た 最 晩年
の撰
述 に見
ら れ る 阿 弥陀
仏 の 極 楽浄
土 へ の 往 生 ( 顕 教浄
土 教 ) と真
言 密 教 と の 関 係 と い う 図 式 の み に よ っ て 解 釈 さ れ て 来 た か ら で あ る とも
い え よ う 。 而 し 覚鑁
の 往 生観
が 、最
初 期 よ り 阿弥
陀 仏 ・極
楽
浄 土 を 問題
と し た 訳 で は な く ・密
教 浄 土 教 と し て の密
厳 往 生 を忠
に耋
ら れ て い華
は 前 に論
匙
如
く で あ る ・機
根
観 に 就 て も 『 五 輪 九 字 秘 釈 』 等 に見
ら れ る 主 張 が 主 要 な 部 分 で あ る事
は 確 か で あ る が 、 而 し そ れ の み で は な く 、 又 別な タ イ プ の 機 根 観 を 述 べ る 所 も 見 ら れ る 。 従 っ て こ こ で は 改 め て 覚 鑁 の 著 作 全 体 に わ た っ て 、 そ の 機 根 観 の 全 体 を 検
討
し て み た い 。 但 し ・三
で は 紙数
の 都 合 に よ り 、 浄 土 往 生 と 即 身 成 仏 に 関 す る 問題
は聽
に論
ず る こ と と し ・ そ れ 以 外 の 問 題 に 就 て の み 述 べ る の で 、併
せ て参
照 さ れ た い 。 二 、頓
・漸
・超
の機
根
前 稿 に 於 て述
べ た 所 は 、密
教 の 機 根 を 即 身 成 仏 ・ 浄 土 往 生 と そ の 行 を 中 心 に 分 類 し た も の で 、 言 っ て み れ ば行
果
笛
・ 分 類 と い え る が 、 覚鑁
の機
根 観 は ・ れ の み で は な く 、 『杏
経 疏 』塞
つ く難
゜ 漸 入 ゜ 超 入 の 三 種 の機
根 が 見 ら れ 、 こ れ は 所 経 の 階梯
に 由 る分
類
と い え よ う 。 ( 4 ) 先 つ 年 次 未 詳 の 『 二 教 論 』 談 義 の 『打
聞 集 』 に は 「 真 言 の 機 に 三有
り 。 一 に は 漸 、 二 に は 頓 、 三 に は 超 人 な り 。 」 と あ り 、 そ こ で 「 直 に覚
心 不 生 よ り 果海
に 入 り 、或
は 一 道 無 為 従 り直
に果
海 に 入 り 、 次 次 の 住 心 を 経ず
、 是 れ を 超 入 と 云 ふ 。 」 と さ れ る 。 そ し て 更 に 超 入 に は多
く の 不 同 が あ り 、第
一 異 生 羝 羊 住 心 よ り 第 六 住 心 に 超 入 し 、 そ こ よ り 次 次 の 住 心 を 経 歴 し て 秘 密 荘 厳住
心 に 入 り 、 或 は 第 一 住 心 よ り第
七 。 第 八 ・第
九 住 心 に 超 入 し 、 次 次 の 住 心 を 経 歴 し て 秘密
荘 厳 住 心 に 入 る 等 、 此等
を 全 て 超 入 と 名付
け る と す る 。 そ し て 頓 入 と は 第 一 異 生 羝 羊 住 心 よ り 直 ち に 第 十 秘 密 荘 厳 住 心 に 入 る の を い う と さ れ 、 漸 入 と は 一 々 の 住 心 を 全 て経
歴
し て 第 十 住 心 に 入 る の を い う と さ れ る 。 或 は 長 承 三 (=
三 四 )歪
月嚢
の 『 打 聞集
』 に は 「蓉
の 即 身 成 仏 は ・ 父 母 所 生 の 身 を 以 て 頓 に 進 で 九建
心 を 経 て浄
菩 提 心 に 叶 ふ 。 此 れ は 漸機
な り 、 超 入 の機
な り 。或
は頓
入 の機
有
り 、 父 母 所 生 の 身 を 以 て 速 か に浄
菩 提 心 を 経 ず ・ て杏
遍 照 の位
に 至 る 。 」 と あ り 、 又 『 五 輪 九字
秘 釈 』 に も ・ 『蔕
経 』 所 説 の 住 心 品 の + 住 心篷
論 の 浅 深 の 義 か 、真
言 次 第 の行
者 の 漸 次 転 証 の 所 経 の 位 か と い う 疑 間 を 掲げ
、 答 と し て 正 し く は 真 言 の 漸次
の 行 者 の 所 経 の 位 で あ り 、 兼 ね て 経 論 の 浅 深 の 義 を 摂 す る の で あ る と す る 。 そ し て 「 転 証 次 第 の 所 経 、 顕 然 た り 。 求覚
の 薩 唾 、 永 一244
一興教 大師覚鑁の機根観 く
疑
慮 す る こ と 勿 れ 。 天 台 別 教 の有
教 無 人 の 如 く に は非
ず 。 若 し経
ざ れ ば是
の 処 有 る こ と 無 き 而 巳 。 次 第 の 行 者 、 必 ず 住 心 を 経 て 、初
地 に住
し て 二 地 の 位 に 転 ず る如
し 。 L と さ れ る 。 即 ち こ こ で 言 わ れ て い る頓
・ 漸 ・超
の 三種
の 機 根 と は 、 〈頓
入 〉 と は 凡 夫 位 か ら 途 中 の 階梯
を 経 歴 せ ず に 直 ち に 即 身 成 仏 す る機
根
で あ り 、 〈 漸 入 V と は 一 々 の 階梯
全 て を 順 次 に 経 歴 し て 成 仏 に 至 る 機 根 で あ り 、 〈 超 人 〉 と は 途 中 の 階 梯 の 一部
を 超 越 し乍
ら も 残 り を 順 次 経 歴 す る 機根
で あ る 。 又 そ こ で考
え ら れ て い る 成 仏 に 至 る階
梯
は 十 住 心 の 階梯
であ
り 、 菩 薩 の 五 十 二 位 で は な い事
が 理 解 さ れ る 。所
で 『 五 輪 九字
秘 釈 』 で は 即 身 成 仏 の 機根
を大
小 二機
に 別 け る 中 、 大 機 と は 法界
体 性 三 昧 に 入 っ て 即 身 成 仏 す る 心 王 の機
根 であ
り 、 小 機 と は 心 数 の 別尊
を 本 尊 と し て 三 密 行 を 修 行 し 、 本尊
の 三 昧 を転
じ て 大 日 を 成 ず る機
根 と さ れ て い た 。 そ れ か ら す る と 十 住 心 の階
梯 を 超 越 す る 頓 機 は 大 機 に 相 当 す る 如 く 思 わ れ る 。 そ し て 漸 機 ・ 超機
は 前 九 住 心 の 階 梯 を 経 歴 す る の で あ る か ら 、 そ の各
住 心 に 相 当 す る 別尊
の 三昧
を 経 る 小機
の如
く 思 わ れ る 。 但 し 、 若 し そ う で あ る と し て も 、 小機
の利
・ 鈍 二 機 根 と 漸 ・超
二機
根
と は相
互 い に対
応 す る も の で は な い 。 ( 7 )更
に こ の 『 二 教 論 』談
義 の 『打
聞集
』 で は 頓 入 の 機根
に就
き 、 真 言 の頓
入 の 義 は 異 生羝
羊
住 心 よ り 直 ち に 秘 密 荘厳
住 心 に 入 る も の で 、神
通乗
と も 名付
け 、 中 間 の 條 理 を 立 て ず 、 浅 位 よ り 豎 の 仏 位 の 功徳
を 具 し て 次 位 を 経 歴 し な い が 、 そ れ は真
言密
教 が 仏 乗 で あ り 、 三密
行 が 仏 行 であ
る か ら で あ っ て 、直
ち に 仏 位 の功
徳 を 行ず
る が 故 に 、 観行
が 仏 心 に契
当
す れ ば 即 座 に 成 仏 す る の で あ る と さ れ る 。 こ れ に 対 し て 顕 教 は 頓 入 と い っ て も中
間 の條
理 を 失 う事
な く 、 横 に 万 徳 を 具 し ても
必 ず 豎 に 修行
し て浅
よ り 深 に 入 る の で あ っ て 頓 と は 言 え な い と し 、 又 顕 教 は 必 ず 因海
に 趣 き 、 初 心 よ り 修 行 し て 深 位 に 入 り 、敢
え て 次位
を違
越 せず
、頓
と 言 っ て も 必ず
漸 で あ る と さ れ る 。 こ れ は修
行 の階
梯
を 全 て 超越
し て 果 に 至 る密
教 の機
根 と し て の頓
機 に対
し て 、 顕機
の 頓 機 と い う も の が 、 頓機
と は 言 っ て も 修行
の 過 程 に於
て は 必ず
全 て の 階梯
を 経 歴 す る も の で あ り 、実
に は 漸機
で あ る と 主 張 す る も の で 、頓
・ 漸 の 機 根 観 に 於 る 一245
一顕 密 教 判 と い え よ う 。
( 8 ) こ れ に 対 し て
保
延 四 ( 一 コ ニ 八 ) 年秋
八 月 『十
住 心 論 』 談 義 の 『 打 聞 集 』 に は 「 菩 薩 乗 は 僧 祗 修 行 、 仏 乗 教 は 即 身 成 仏 の 旨 、倶
に 真 言 の実
義 な り 。 三 力 加 持 の故
に僧
祗 の 行 を ツ ツ メ テ 速 疾 に 成仏
す 。 実 に 僧 祗 の 行位
を 経 ざ る に 非ず
」 と あ る 。 こ れ か ら す る と 真 言 密 教 の 即 身成
仏
は 、 三 阿 僧 祗 の行
を 一 生 の 中 に ツ ヅ メ て 速 疾 に 成仏
す る も の で あ り 、 三劫
に 於 て 経 歴 す る 五 十 二位
の 行 位 を そ の 一 生 の 間 に 経 歴す
る 如 く で あ る 。 而 し 所 経 の 階 梯 を 経 歴 す る の は 漸機
で あ り 、頓
機
・ 超 機 は そ の 階梯
の 全 て 、 又 は 一 部 を 超 越 し 、経
歴 す る こ と な く 成 仏 に 至 る も の と さ れ て い た 。 こ れ を ど の よ う に 理 解 す る か と い う と 、 こ の 談義
は 『 十 住 心 論 』 の談
義 で あ り 、 こ こ で は 菩薩
乗 と 仏乗
と が 問 題 と さ れ て い る 。 こ の 場 合 、 菩 薩 乗 と は 第 六 ・ 七 住 心 で あ り 、 仏 乗 と は第
八 ・ 九 住 心 を 指 す と 考 え る 事 が で き る か も し れ な い 。 と す る と こ の 速 疾 成 仏 は第
六 〜 九 住 心 の行
者 が 密 教 に よ っ て 即 身 成 仏 す る 事 であ
り 、 そ れ は 第 六 〜 九 住 心 を経
歴 す る事
で 、 漸 機 ・ 超機
の 行者
の 問 題 で あ る事
に な る の で あ ろ う 。 超機
は 一 部 の 階梯
を 超 越 す る が 、 超 越 し て こ の 第 六 〜 九 住 心 に 入 っ て後
は 、 そ の住
心 の規
定す
る階
梯
を 経 歴 す る と 考 え ら れ る か ら 、行
位 を 経 る も の と も い え よ う 。 こ れ に 対 し て 頓 機 は 第 十 住 心 の 機 根 で あ り 、 第 十 住 心 は 密教
で あ る か ら 、 顕 教 の仏
乗
と は 区 別 さ れ て お り 、 従 っ て 階梯
を 経 歴 し な い 頓 機 は こ こ で は 論 じ ら れ て い な い と も 考 え ら れ よ う 。( 9 ) 又 長 承 三 ( 一 一 三 四 ) 年 正 月 談
義
の 『 打 聞 集 』 に は 釈 迦 の 成 道 ・説
法 を 巡 る頓
・ 漸 ・ 超 の 三機
根 に 就 て 説 き 、 仏 が夜
半 に 成 道 し て 性 徳 円 満 海 不 思議
の 法 門 ( 密 教 ) を 説 い た 時 に 頓機
は 悉 く 入 り 了 り 、次
に 超 入 の機
の 為 に 華厳
大
乗 を 説 き 、 そ の 時 に 超機
は 入 り 了 り 、 次 に 漸 機 の為
に 阿 含 ・ 方 等 ・般
若
・法
華 ・ 涅槃
等 の経
典
を 説 き 、 こ れ に よ っ て漸
く 進 ん で 遂 に真
言 に 入 る と さ れ る 。 こ れ か らす
る と 、 密 教 の機
根
と い え る の は 頓 機 の み で あ り 、 超 入 の 機 や漸
機 は 顕 教 の機
根 の如
く で あ る 。 而 し頓
・ 漸 ・ 超 の 三 機 は 密 教 の 機 根 と さ れ て い た 。 漸 機 の為
に 阿含
〜 涅 槃等
の 経典
を説
く と い う の は 、 『 法 華 経 』 の 一 乗 開会
の 思 想 の踏
襲 で あ り 、 遂 に 真 言 に 入 る と い う の は 、 法 華 ・ 涅槃
を も 方 便 一246
一興教 大席覚鑁の 機根観 と し 、 こ れ を 開 会 し て 密 教 に 入 れ る と す る も の で あ ろ う が 、 そ れ で は 阿 含 〜 涅 槃 を 開 会 す る 密 教 は
浬
槃 の 後 に 説 か れ る の で あ ろ う か 。 又頓
機
が夜
半
に 成 道 し た 時 に 入 り 了 る 、 或 は華
厳
経 を 説 い た 時 に 超 機 が 入 り 了 る と い う の は 、 そ れ で は 釈 迦 仏 成 道 以降
は 頓機
. 超機
は い な い の で は な い か と い う疑
問 が 生 じ る 。 こ の 箇 所 の記
事
は 、 釈 迦 所 説 の 経 典 に 於 て 、 釈 迦 が 成道
の 時 に 、菩
提 樹 下 に 於 て 内 証 を 楽 し ん だ ( 自受
法楽
) と さ れ る の を密
教
経 典 の 説 法 と し 、 そ の密
教 経 典 か ら 華厳
. 阿含
. 方 等 ・ 般 若 ・ 法 華 ・ 涅槃
等 の 顕 教 経 典 を 十住
心 に 当 て 嵌 め て 理解
し 、 そ こ で そ の 十 住 心 階 梯 と 機 根 と を 配 当 し た 説 明 で あ ろ う事
が 想 像 さ れ る 。但
し そ う で あ っ た と し て も こ の 箇 所 の 説 明 は 不 十 分 で あ り 、 整 理 さ れ て い る と は 言 い 難 い 。 こ れ に 対 し 保 延 四 ( 一 一 三 入 ) 年 秋 八 月 『 十 住 心 論 』 談義
の 『打
聞集
』 に は 五 相 成 身 観 を 巡 り 、 櫛櫨
は 初 め の 通達
菩提
心 の 一 相 を 観 じ て 成仏
し 、 漸 機 は 五 相 を 共 に 具 し て 成 仏 し 、 或 は 一 相 ・ 二 相 ・ 三 相 に よ っ て 成 仏 し 、 必 ず し も 五 相 の 悉 く を 尽 し て 観ず
る 必 要 は な い と さ れ る 。 又 こ こ に は 超機
の 名 が 見 ら れ な い が 、 こ の 二 相 〜 四相
に よ っ て 成 仏 す る と は 、 五相
の 一部
を 超 越 す る の で あ る か ら 超機
で あ る事
に な ろ う 。 こ れ は 十 住 心 階 梯 に よ る頓
・ 漸 ・ 超 の 別 で は な く 、 五 相 成 身 観 の修
行 に 於 る 理 解 で あ り 、 即 ち 『 五 輪 九 字秘
釈 』 の 利根
・ 鈍 根 の 別 に対
応 す る も の と も考
・ 兄 ら れ 、行
の 次第
を経
て 成仏
に 至 る 漸機
と行
の次
第
の 一 部 を 経 歴 す る 超 機 と は 鈍根
と い う 事 に な ろ う 。 ( 11 ) 或 は 『 両 部曼
荼 羅功
徳 略鈔
』 に は 、 大 日 如 来 が頓
悟 の機
の為
に 胎蔵
秘密
の 教 法 を 説 く と し 、 又 こ の 秘密
教 は頓
悟 の 機 で な け れ ば そ の 手 に 入 ら な い と さ れ 、 こ れ に よ る と 密 教 の 機根
は 全 て 頓悟
の 機 の 如 く 思 わ れ る 。 と す る と 漸 ・ 超 の 二 機根
は 密 教 の機
根
で は な い の か と い う と 、 こ こ に 見 ら れ る く 頓 悟 の機
V と は 、 頓 ・漸
・ 超 の 三 種 の 中 の 頓 機 で は な く 、 そ の 全 て を 含 め た 密 教 の 機 根 ロ 即身
成 仏 の 機根
を 頓 悟 と 言 っ た も の と考
え ら れ よ う 。 ( 12 ) 又 前 に見
た康
治 元 (二
四 二 ) 年 八 月 『 即身
義 』 談 義 の 『 打 聞 集 』 に於
て 、 前 九 住 心 を 顕 教 と し 、 こ こ に 三 妄執
を 断 じ 畢 る と い う 義 に は 、 自 宗 ( 真 言 密 教 ) の 十 地 に微
細妄
執 を 断ず
る が 、 極 微 細 の 故 に 超 越 を 論 ぜ ず 、 地 上 に 超 一247
一越 の 機 は 無 い と し 、 又 九 種 住 心 を 地 前 と し て 真 言 の 十 地 に 三 妄 執 を 断 ず る 義 に は 超 越 を 論 ず る と し て 、 こ こ に 〈 超 越 の
機
〉 と 在 る が 、 こ れ は 三劫
11
三 妄執
を 超 越 す る 密 教 の機
根
と い う 意 味 で あ っ て 、 や は り 今 問 題 と し て い る 頓 ・漸
・ 超 の 三 種 の 中 の超
越 の機
の 意 味 で は な い と考
え ら れ る 。三
、密
教
の機
根
こ れ 迄 に 見 て来
た 郡 身 成 仏 ・浄
土往
生 を繞
る 機根
の 分類
や頓
・漸
・ 超 の 分 類 は 、 全 て 密 教 の機
根 の 中 に 於 る分
類( 13 ) で
あ
っ た と い え る 。 こ れ に 対 し 長 承 三 ( 一 = ご 四 ) 年 正 月 谷談
義 の 『打
聞
集 』 に は 「 °。 噸 字 根 不 可 得 の 義 。 顕 教 は 機( 14 ) 根 を
離
る る が 故 に 即 身 成 仏 せ ず 。今
は 猶 秘 密 の機
根 巳 に熟
す が 故 に 顳 身 成仏
す 。 」 と あ る 。 空 海 は 機根
に随
順 し て 説 か れ る 教 (随
機 説 法 ) は 顕 教 で あ る と し 、 密 教 は 機 根 を離
れ 、 機 根 の 無 い 教 と し て い た 。 こ れ に 対 し 覚鑁
が こ こ で 「 顕 教 は 機 根 を 離 れ 」 と 言 っ た の は 、 顕 教 は 即 身 成 仏 す る 密 教 の機
根
に 相 応 し な い 教 であ
る と い う 意 味 で あ ろ う 。 即 ち 覚 鑁 は 、 顕 教 に は 相 応 せ ず 、密
教 に 相 応す
る も の と し て の 却 身成
仏 の 機根
の 存 在 を 認 め た と い え よ う 。 そ し て( 15 ) こ の 密 教 の 機
根
は 、 『 轄 字 口決
並 八 箇 条 』 に は 、 行者
と は 凡 央 で あ る と し 、 こ れ を 「 下根
愚 昧之
輩
」 と称
し て い る 。 本書
は 初 期 の撰
述
と 携 定 さ れ る が 、 而 し 前 に見
た 晩年
の撰
述
で あ る 噸 五輪
九字
秘 釈 恥 に は順
次往
生 の 但 僣 行 浅 に 対 し て 即 身 成仏
の機
根
を 〈 上根
上智
〉 と し て い た 。( 16 ) こ の 真 霄
密
教 の 機 根 を 〈 上 根 上智
〉 と す る 事 に 就 て 、 『 爾 部曼
荼 羅 功 徳略
鈔 』 に も大
彎 如来
が 「 上 根 の 人 」 の 為( 17 ) に 金 剛 界 の
大
法 を 説 く と さ れ る が 、 『 菩提
心 論 題 釈 』 に は 「 上根
上 智 の 人 」 と は 「金
剛頂
の発
菩提
心 」 又 は 「 金 剛 頂 の 因 人 」 で あ る と さ れ 、 「 上 」 と は 最 上乗
の義
、 「 上根
」 と は 最 上 乗 金 剛 頂 の根
姓 ・輪
王 の 種 姓 で あ っ て 、 又 「 入 」 と は 因 人 で あ り 、 最 上 の 仏 智 を志
求 す る 入 を 「 上 智 の 人 」 と 名 付 け る と す る 。 そ し て 「 上根
」 と は 仏 ( “能
く 最 上乗
の 菩 提 を証
す る 人 ) で あ る が 故 に 「 上 根 の 入 」 と は 求 仏陀
( 成 仏 ) に 約 し 、 「 上智
の 入 」 と は 願 菩提
(覚
証 ) に 一248
一興教 大席覚鑁の機根 観
約
す と さ れ る 。 即 ち 密 教 の 機 根 を 上 根 上 智 の 人 と 称 す る の は 、 最 上 乗 に 於 て 菩 提 を 証 す る 仏陀
と 成 る事
を 求 め 、 最上
の 仏 智 を得
る事
を 願 う か ら と い う 事 に な ろう
。 従 っ て そ の 機 根 と は 、 修 行 や 所得
の 果 に 対応
す る も の で は な く 、現
今
に 於 て如
何 な る 菩提
心 を発
す か 、 ど の よ う な行
果 を 目 指 す の か と い う 事 に よ る と さ れ る の で あ る 、 そ し て 「 不楽
外
道 二乗
」 と は 、 「 不 楽外
道 」 と は 求仏
陀
の 発 心 であ
っ て 、内
証秘
密 の法
を 了 せ ざ る 者 を 全 て 外道
と い い 、 華厳
の仏
を も外
道 と 名 付 け る と し 、 「 不 楽 二乗
」 と は 願 上 智 の 発 心 で あ っ て 、 二 乗 と は 一 乗 ⊥ 二 乗 、 大 乗 ・ 小 乗 等 で あ り 、 前 九 種 住 心 を 通 じ て 小乗
と 言 う と し て い る 。 即 ち 前 九種
住 心 ( 顕 教 ) の 行 果 を 求 め る 事 な く 、最
上 乗 ( 密 教 ) の 行 果 を 求 め る べ き で あ り 、 そ の 所 願 の み に よ っ て 、 生得
の 素質
と し て の 機 根 に 関 わ り な く 、 密 教 の 上 根 上 智 の 機根
と な る の であ
る 。 従 っ て そ の 上智
と は 生 得 の智
慧 で は な い 事 と な り 、智
観 を欠
い た 信 の み に よ る機
根 ( 無智
有 信 ( 18 ) の 信機
) が 上根
上 智 の 機根
と さ れ る の で あ る 。 そ こ で 又 、 修 行 者 の 無 惑 に 無疑
惑
と 無 無 明 の 二 種 が あ り 、 〈 無 疑 惑 〉 と は 智 観無
し と 雖 も 唯 だ 信 を 以 て 入 る 者 で あ り 、 〈 無 無 明 〉 と は 九種
住 心 の 無 明 を 超 過 し て 秘 密 荘厳
住 心 の 無惑
の境
界
に 住す
る者
で あ る と さ れ 、 こ の 無 無 明 に頓
入 の 者 と 漸 入 の 者 と が あ り 、 〈 頓 入 V は 所 依 ・ 所 行 に 従 い 、 〈 漸 入 V は実
に 已 に断
ず る と さ れ る の で あ る 。 但 し こ の 頓 入 は 所 依 ・ 所行
に従
い 、漸
入 は 実 に 已 に 断 ず る と い う 記述
に は 疑 問 が あ る 。前
に見
た如
く
頓
機 は 直 ち に 秘 密荘
厳 住 心 に 入 る 機 根 で あ り 、 漸機
は 各 住 心 を 経 歴 す る 機 根 と さ れ て い た 。 こ こ で所
依 。 所行
に従
う の は 漸機
で あ り 、 已 に 断 ず る の は 頓 機 で は な い の か 。 或 は こ の箇
所 は 、機
漸
は 秘 密 荘 厳 住 心 に 入 る 以 前 に 既 に九
住
心 を 経 歴 し て そ の 無 明 を 断 じ て来
た が 故 に 、 実 に 已 に 断 じ た 者 で あ り 、 頓機
は 凡 夫位
か ら 秘 密 荘厳
住
心 に 直 ち に 入 る が 故 に 、 所 依 ・ 所 行 ( 密教
・ 三 密 行 ) に 従 っ て 無 明 を 超 過 し て 無 無 明 の境
界 に 入 る と い う 事 と も 考 え ら れ よ う 。 ( 19 ) そ し て 更 に 『 十住
心 論談
義 打 聞 集 』 の 保 延 四 ( 一 二 二 八 ) 年 秋談
義 八 月 八 日 の 条 に も 、真
言 の 上 機 に 二 あ り 、 一 は 智 慧 無 く し て 信仰
帰
依 し て 修 行 す る 信 機 で あ り 、 二 は 智 慧 が 有 っ て 修 行 す る 者 で あ り 、 共 に 上 根 上 智 の 人 で あ る 一249
一と さ れ る 墜 こ れ は 真 言 密 教 の
機
根 を 全 て 上 根 上 智 と す る も の と 思 わ れ る が 、 そ こ に 〈 有 智 の 機 根 〉 と 〈 無 智有
信 の機
根
( 信 機 ) 〉 と が 立 て ら れ て お り、 無 智 で あ っ て も 信 に よ っ て 上 根 上智
と さ れ る の で あ り 、 又 『 菩提
心 論 題 釈 』 の 無 疑 惑 も こ れ に 当 た ろ う 。 こ の 場 合、 有 智 修行
の機
根 は 、 『 五 輪 九 字 秘 釈 』 「 即 身 成 仏 行 異 門 」 に於
る 四 種 の 行 者 の 中 、 智 観 の修
行 の 有 る 第 一 ・ 第 二 の 行 者 に 当 た り 、 無 智 有 信 の 信 機 は 、 智 観 無 く 深 信 の み に よ っ て 二密
・ 一 密 行 を 修 行 す る 第 三 . 第 四 の行
者 に 相 当 し よ う 。 或 は真
言 の 上 機 と さ れ る の は 、 こ れ が 即 身 成 仏 の 機 根 で あ り 、 同 じ く密
教 の 機根
で あ っ て も 順 次 往 生 の機
根
は 上 根 上 智 と は さ れ な い の で あ る か も し れ な い 。. そ し て 『 五
輪
九 字 秘 釈 』 で は 、 以 上 の 様 な密
教 の機
根 の 中 に 心 数 の 別 尊 を 本尊
と す る 小機
の 者 や 二 密二
密 行 の ( 20 )行
者 の あ る 事 に 就 て 、 衆 生 の 機根
は種
々 で あ る か ら 一 門 一尊
の 三昧
や 一 印 ・ 一 明 ・ 一観
に よ っ て 悉 地 を 成 就 す る者
が あ り 、 正 像末
を 論 ず る事
無 く 信 修 す れ ば 悉 地 は 成 就 し 、 そ れ が 正 法 の 時 で あ る と す る 。 こ れ は 顕 教浄
土 教 の 、 末 一法
の 時 に 於 て は 衆 生 の 機根
は 下 劣 で あ る と す る 時 機 観 を 否 定 し た も の で あ る が 、 そ れ は 時代
が 末 法 で あ る 事 を 認 識 脚 し た 上 で 、 而 も 時 に よ っ て 機 根 が 決 定 さ れ る の で は な く 、 末 法 に 於 て も 種 々 の 機 根 が あ り 、 信 修 す る 事 に 於 て 正像
一
末
の 時 代 を 超 越 し て 正 法 の 時 と 等 し く 悉 地 を 成 就 で き る と す る も の で あ る 。 逆 に 言 え ば 、 た と え 末 法 の 時 代 に 三 密具
足 の 修行
をす
る 事 が で き な い 者 で あ っ て も 、 阿 弥 陀 の 本 願 に す が っ て 下 品 往 生 を 願 う 以外
に 救 い が な い と い う の で は な く 、密
教 を 深 く 信 じ て 修 行 す れ ば 顕 教 の機
根 を 超 越 し て 密 教 の 機 根 と な り 、 必ず
悉 地 を 成就
し 、 即 身成
仏 ・現
身
往 生 す る事
が で き 、 但 信 行 浅 の 者 で あ っ て も 上 品 上 生 の 順 次 往 生 を 遂 げ る 事 が で き る と さ れ る の で あ る 。 又 ( 21 ) 『 阿 弥 陀 秘釈
』 で 己 身 の外
に 仏 身 ( 報 応 化 身 ) を 説 き 、穢
土 の 外 に浄
刹 ( 報 応 化 仏 の 他方
浄
土 ) を 示 す の は深
著
の ( 22 ) 凡 愚 . 極悪
の衆
生 を 勧 め 利 益 す る 為 の 方 便 で あ り 、 濁 世 末代
で あ っ て も 時 ( 末 法 ) ・ 機根
を 論 ず る事
な く 、常
に 平等
法
界 を観
ず れ ば 仏 道 に 入 り 即 身 成 仏 す る 事 が で き る と す る の も 同 様 の 意 味 で あ ろ う 。 或 は 『 阿 弥陀
秘 釈 』 の 記 述 に従
え ば 深 著 の 凡 愚 ・ 極悪
の衆
生 は 密 教 の 機根
で は な く 、 顕 教 浄 土 教 の 機 根 で あ る か の如
く に も 思 わ れ る 。 而 し こ興教大席覚鑁の機根観 れ ば
密
教 に導
く 為 の 方便
で あ り 、 こ こ で は機
根 を 論ず
る事
な く 即 身 成 仏 で き る と す る 点 に 主 眼 が あ る と 思 わ れ る 。( 23 )
又 こ の 問 題 に 関
連
し て 年次
未
詳
の 『 菩提
心 論 』談
義
の 『 打 聞 集 』 に は 「 真 言 の機
は 結 縁 灌 頂 に機
定 ま る 。 四 衆 倶 に 結 縁 灌 頂 に 入 る 。皆
本 有 の仏
な れ ば 入 る に 人 を択
ば ず 。 其 の後
皆 真 霄 の機
と 名 く 。 」 とあ
る 。 即 ち 覚 鑁 は 、 ど の よ う な 人 で あ っ て も 結 縁 灌 頂 を受
け れ ば そ れ で 真言
密 教 の機
根
と 成 る と し て い る の で あ り 、 そ こ で密
教 の機
根
と 顕教
の 機 根 の 相 違 を 結 縁 灌 頂 を 受 け る か 受 け ざ る か と い う 相 違 に 還 元 し て し ま う の で あ る 。 又 覚鑁
に よ れ ば密
教 は 現 生 成 仏 の 教 で あ る か ら 、 一 度 結 縁灌
頂 を受
け て 密 教 の機
根 と 成 っ た 者 は 、 必 ず そ の 一生
の 中 に 即 身 成 仏 し 、或
は 次 生 に浄
土 へ 順 次往
生 し た と し て も そ こ で 即身
成 仏 す る の で あ る か ら 、 再 び 此 土 の 人界
に 生 れ る事
は な く 、現
在 人界
( 閻浮
提
) に 有 る 衆 生 は 、 前 生 に は 未 だ灌
頂 を 受 法 し た 事 が な い も の と な る の で は な い だ ろ う か 。 こ の点
に 就 て は 明 ら か で は な い が 、灌
頂 受 法 の 一 事 に よ っ て 密 教 の機
根 が 決 定 す る と す る 理解
は 注 目 さ れ る 。 而 も そ の 灌 頂 が結
縁灌
頂 と さ れ 、 受 明灌
頂 や 伝 法灌
頂 と さ れ て い な い 事 は 、 「 四衆
倶 に 」 と あ る 所 か ら し ても
、 そ の密
教 に よ る 即 身 成 仏 ・現
身
往 生 、更
に は 上 品 上 生 の往
生 の 可 能 性 が 、密
教 僧侶
に 限 定 さ れ る の で は な く 、 結 縁灌
頂 を 受 け さ え す れ ば と いう
条
件 に於
て 、 広 く 在 家 の 一 般 庶 民 ま で を 包 摂 し 得 て い る も の と い え よ う 。四
、ま
と
め
以
上 、 前 稿 と 併 せ て 覚 鑁 の撰
述 中 に見
ら れ る 機根
を 巡 る 問題
を 検 討 し て来
た が 、 こ れ を 纏 め る と 、 初 め 『 心 月輪
秘
釈
』 に は 、果
に よ る 分 類 と し て 、 現 生 中 に 初 地 に は 登 る が 成 仏 に は 至 ら な い く 浅 観 小 行 V と 即 身 成 仏 の 〈 深解
上勤
〉 の 二機
根
が見
ら れ た 。 こ れ が後
に 密 教浄
土教
の 立 場 か ら 、 『密
厳
浄 土 略 観 』 等 に 於 て 、 応 化 の浄
土 へ 順 次 往 生す
る 〈 願 行浅
張 ・ 機 縁 未熟
〉 の機
と 法身
の浄
土 へ 〈 現身
往 生 昭 即 身 成 仏 〉 す る機
と の 二 機根
と さ れ た 。 そ し て こ の浄
土
往
生 . 即 身 成 仏 に よ る分
類 は 、 晩年
に 『 五 輪 九 字 秘 釈 』 に 於 て 更 に 細 分 化 さ れ 、 順 次 往 生 の 〈 但 信行
浅 〉 の 機 一251
一を 密 厳
浄
土 往 生 の く 正 機 V と 十 方 ( 応 化 の )浄
土 往 生 の く 兼機
V の 二 種 と し 、 現 身 往 生11
即 身 成仏
の 〈 上根
上 智 〉 の機
が 、 心 王 ・ 法界
( 大 目 ) の 機 と し て の 大機
と 心数
の 別 尊 の 機 と し て の 小機
と 、横
・直
入 の 利根
と 漸 次 . 次 第 経歴
の 鈍 根 と い う 分 類 に よ り 、 〈 大機
利 根 〉 ・ 〈 大機
鈍 根 V ・ 〈 小機
利根
V ・ 〈 小機
鈍根
V の 四 種 と さ れ 、 あ わ せ て 六 種 の機
根 が 説 か れ た の で あ る 。 そ し て 『 一期
大 要 秘 密 集 』 『 八 葉観
』等
で は 、 こ の 順 次往
生 と 即身
成 仏 の 大機
と小
機
と の 三種
に 対 応 す る 機 根 が 、 〈 懈 怠 小 機 V と 〈精
進 大 機 の深
修 大 勤 〉 と 〈精
進 大機
の 浅 観小
行 〉 と し て 説 か れ た と 考 え る事
が で き よ う 。 又 『 打聞
集 』 の 中 に は 八 大 機 >11
心 王 の機
と 〈 小機
〉 “ 心 数 の機
の 見 ら れ る 所 が あ る が 、 そ の 大 機 は 横 ・ 直 入 の 機 の 如 く で あ り 、 小機
は 竪 ・経
歴 の機
の如
く で あ っ て 、利
根 と 鈍根
の 区 別 に対
応
す る如
く 、 そ こ に 多少
の ズ レ が 見 ら れ る様
に も 思 わ れ る 。 又 『 五 輪 九 字 秘 釈 』 に は更
に 修行
に よ る 分 類 と し て 、 内 証 の 深智
と 相 応 し て 三密
行 を 修す
る 〈 深 智 相 応 印 明 行 〉 の機
、 深 智 は 無 い が 三密
行
を修
す 〈 事観
相 応結
誦 行 〉 の機
、 智 慧 無 く 深 信 に よ っ て 二密
行
を修
行 す る 〈唯
信 作 印誦
明行
〉 の機
、信
を 門 と し て 一密
行 を 修 行 す る 〈随
於 一 密 至 功 行 〉 の機
の 四 種 の 別 が 説 か れ 、 又 『 打 聞 集 』 に は く深
智 の機
V と 〈 信機
〉 の こ種
の 別等
が説
か れ る 。 或 は 『 大 日 経 疏 』 に基
づ く 、 所経
の 階 梯 に よ る 分 類 で あ る頓
.漸
. 超 の 三 種 の機
根 の 別 が 立 て ら れ 、 凡夫
位 よ り 第 十 住 心 に直
入 す る 者 を 〈 頓 入 の機
〉 、 住 心 の 一 部 を 超 越 し 残 り を 経 歴 す る 者 を 〈 超 入 の 機 〉 、 十 住 心 の 全 て を 次第
に 経 歴す
る 者 を 〈 漸 入 の 機 〉 と す る 。 又密
教 の機
根
を く頓
悟 の 機 V . 〈 超 越 の 機 V と 称す
る 場 面 も あ る が 、 こ れ は 邸 身 成仏
を頓
悟 と い い 、 三妄
執11
三劫
を 超 越 す る 事 を 以 て 超 越 の機
と い っ た も の で あ る 。 此 等 は 全 て 即 身 成 仏 の 機 根 で あ る が 、 覚 鑁 は こ れ を く 上 根 上 智 V と し 、 『 菩提
心 論 題 釈 』 で は 「 上 根 」 と は求
仏陀
に 約 し 、 「 上 智 」 と は 求菩
提 に約
す と さ れ 、従
っ て そ の機
根 と は現
今
に発
す所
の 願 に よ っ て 上 根 上 智 と さ れ る の で あ り 、 生得
の 素質
と し て の 機 根 に 関 わ ら な い事
に な る 。 而 も 『 打 聞集
』 に よ れ ば 、 そ の密
教 の機
根
が 定 ま る の は 、結
縁 灌 頂 を受
法 す る事
に よ る と さ れ る 。 即 ち密
教 の機
根 と い う も の は 、前
生 の修
行 . 業 因等
に よ 一252
一る 生
得
の も の な の で は な く 、 又 正鱇
末 の 時代
に よ っ て 決 定 さ れ る も の で も な く 、 た と え 末法
の 時 代 で あ っ た と し て も 、 ど の様
な 凡愚
の者
で あ っ て も 、 現 在 生 に灌
頂 を受
法
し さ え す れ ば 、 顕教
の 機 根 を越
え て密
教 の機
根 と な れ る の であ
る 。 そ し て 密 教 の機
根
と な っ た 渚 達 の 中 に 、 改 め て 機根
の相
違 を 認 め 、智
慧 が 無 く と も 信 に よ っ て 即身
成 仏 す る事
が でき
、 又 所修
の行
も 一 観 一 郎 一 明 で も よ い の で あ っ て 、担
信行
浅 ・懈
怠 小 機 の者
で あ っ て も 上 品 上 生 の 願 次浄
土 往 生 が で き る と さ れ る 。 又 そ の密
歡 の 機根
と な る 為 の 灌 頂受
法 は 受 闘 。伝
法灌
頂 で は な く 結縁
灌
頂 で よ い と さ れ る の で あ り 、 全 て の 一般
庶 民 を も 包 摂 し得
る も の と い え よ う 。 こ の 様 に覚
鑁
は密
薮 の機
根 を多
く の箇
所 で 様 々 に 述 べ て お り 、 そ の場
藏
に よ っ て 同 じ内
容 を 異 な る 名称
で 示 し 、或
は 類 似 の名
称
を 以 て 異 な る機
根
を 指 し 、 一 撰述
中 に 異 な る分
類
を 説 く等
、 必 ず し も体
系 的 に統
一 さ れ た機
根 観 を 整 理 完 成 し て は い な い よ う で あ る 。 興 教大 席覚鑁の機根観註
(1
) 拙 論 「 興 教 大 師 覚 鑁 の 往 生 観 」 ( 『 宮 坂 宥 勝 博 士 古 希 記 念 仏 教 学 印 度 学 論 集 』 平 五 予 定 ) (2
) 拙 論 「 興 教 大 師 覚 鑁 の 機 根 観 … 即 身 成 仏 と 浄 土 往 生 ー 」 ( 大 正 大 綜 仏 年 報 一 五 平 五 予 定 ) (3
) 『 大 臼 経 疏 琶 巻 第 六 「 入 曼 茶 羅 具 縁 真 言 品 」 ( 大 正 蔵 三 九 ・ 六 四 四b
) に 「 又 此 の 深 玄 の 色 に 入 る ( 時 に ) 、 即 ち 是 れ 如 来 自 証 の 中 胎 花 蔵 な り 。 爾 の 時 、 五 智 の 色 を 見 る に 皆 同 一 法 界 の 色 な り 。 何 ぞ 浅 深 の 殊 り 有 ら む や 。 而 も 諸 の 衆 生 、 漸 入 の 渚 有 り 、 趨 昇 の 者 有 り 、 頓 入 の 髫 有 り 。 然 れ ど も 其 の 趣 く 所、 畢 竟 し て 同 帰 す 。 故 に 一 切 内 深 玄 と 云 ふ な り 。 」 と あ り 、 こ の 漸 入 の 者 ・ 超 昇 の 者 ・ 頓 入 の 者 と い う 三 種 の 者 の 存 在 を 根 拠 に 、 真 欝 密 教 で は 頓 ・ 漸 ・ 超 の 露 種 の 機 根 を 立 て る 。 覚 鑁 の 場 合 は 、 典 拠 と し て の 『 大 日 経 疏 』 は 示 さ れ て い な い が 、 や は り こ の 篋 所 を 典 拠 と す る も の で あ ろ う 。 (4
) 年 次 未 詳 『 二 教 論 』 談 義 の 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 〇 八 ) 「 真 言 の 機 に 三 有 り 。 一 に は 漸 、 二 に は 頓、 三 に は 超 入 な り 。 ( 中 略 ) 初 後 と は 、 真 言 を 後 と 云 ひ 、 顕 教 を 初 と 云 ふ 。 或 は 前 の 九 佐 心 を 初 と 云 ひ 、 秘 密 荘 厳 を 後 と 云 ふ 。 或 は 真 言 を 法 と 云 ひ 、 顕 教 を 門 と 云 ふ 。 此 の 義 に 依 れ ば 、 前 の 九 種 儻 心 を 供 に 初 繝 と 名 く 、 分 に 一分
の 迷 蟹 を 断 ず る が 故 に 。 又 別 し て 三 論 の 覚 心 不 生 よ 参 初 門 と 云 ふ 。 分 に 心 の 本 一253
一不 生 を 知 る が 故 に 。 然 り と 雖 も 第 七 住 心 は 無 相 寂 然 の 理 を 談 じ て 、 無 相 の 上 の 恆 沙 の 細 相 を 具 足 す と 渡 ふ 事 を 知 ら ず 。 第 八 住 心 に 初 め て 無 相 の 上 に 恒 沙 の 細 相 、 仮 諦 の 恆 沙 の 法 あ り と 知 る 。 ( 中 略 ) 三 論 よ り は 五 乗 方 便 ・ 一 乗 真 実 と 談 ず る が 故 に 、 一 乗 真 実 の 方 、 箕 雷 に 似 た り 。 故 に 且 く 初 門 と 去 ふ 。 或 は 直 に 覚 心 不 生 よ り 果 海 に 入 り 、 或 は 一 道 無 為 餐 り 直 に 果 海 に 入 う 、 次 次 の 住 心 を 経 ず 、 贔 れ を 超 入 と 云 ふ 。 」 ( 興 全 上 四 = 二 ) 「 超 入 と は 多 の 不 國 有 り 。 羝 羊 往 心 従 り 第 六 隹 心 に 超 入 し 、 次 次 の 住 心 を 経 て 秘 密 荘 厳 心 に 入 り 、 或 は 第 七 ・ 第 八 ・ 第 九 に 至 る を 皆 超 入 と 名 く 。 頓 入 と は 羝 羊 住 心 従 り 直 に 第 十 住 心 に 入 る 、 是 れ を 頓 入 と 名 く 。 漸 入 と は 、 此 の 十 住 心 紅 真 言 行 者 の 為 に 儲 る 所 な り 、 故 に 一 一 に 経 て 第 十 心 に 入 る を 漸 入 と 名 く 。 」 (
5
) 長 承 三 ( 一 一 三 四 ) 年 正 月 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 六 五 ) 「 真 言 の 即 身 成 仏 は 、 父 母 所 生 の 身 を 以 て 頓 に 進 で 九 種 住 心 を 経 て 浄 菩 提 心 に 叶 ふ 。 此 れ は 漸 機 な り 、 超 入 の 機 な り 。 或 は 頓 入 の 機 有 り 、 父 母 所 生 の 身 を 以 て 速 か に 浄 菩 提 心 を 経 ず し て 大 窺 遍 照 の 位 に 歪 る 。 故 に 竜 猛 の 『 菩 提 心 論 』 に は 即 証 大 覚 位 と 歎 ふ 。 多 窓 有 り と 雖 電 、 且 く 之 れ を 略 す 。 」 (6
) 『 五 輪 九 字 明 秘 密 義 釈 』 ( 興 全 下 一 二 六 九 〜 蝸 二 七 〇 ) 「 問 ふ 。 『 大 臼 経 』 所 説 の 住 心 品 の 十 住 心 は 、 諸 経 論 の 浅 深 の 義 を 以 て 擬 属 せ む が 為 の 故 か 、 復 は 真 言 次 第 の 行 者 の 漸 次 転 証 の 所 経 の 位 と 為 す や 。 答 ふ 。 正 く は 真 言 漸 次 の 行 者 の 所 経 の 位 の 為 、 兼 て は 能 く 経 論 の 浅 深 の 義 を 摂 せ む が 為 な り 。 ( 中 略 ) 転 証 次 第 の 所 経、 顕 然 た り 。 求 覚 の 薩 唾 、 永 く 疑 慮 す る こ と 勿 れ 。 天 台 別 教 の 有 教 無 人 の 如 く に は 非 ず ロ 若 し 経 ざ れ ば 是 の 処 有 る こ と 無 き 而e
。 次 第 の 行 者 、 必 ず 佐 心 を 経 て 、 初 地 に 儻 し て 二 地 の 位 に 転 ず る 如 し 。 」 (7
) 『 二 教 論 』 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 一 四 ) 「 真 書 の 頓 入 の 義 は 直 に 異 生 羝 羊 住 心 従 り 秘 密 荘 厳 心 に 住 す る な り 。 神 通 乗 と 名 け 、 敢 て 中 間 の 條 理 を 立 て ず 。 顕 宗 は 頓 入 と 云 へ ど も 必 ず 中 関 の 條 理 を 失 は ざ る が 故 に 頓 に 非 ず 。 横 に 万 徳 を 具 す と 雖 も 必 ず 豎 に 修 行 し て 浅 自 り 深 に 入 る 。 真 言 宗 は 浅 位 自 り 豎 の 仏 位 の 功 徳 を 具 し て 、 敢 て 次 位 を 経 ず 。 其 の 故 は 、 真 言 は 仏 乗 仏 行 の 故 に 、 三 密 乎 等 に し て、 印 契 を 結 び 、 真 言 を 誦 し 、 思 惟 を 作 す は 、 皆 仏 位 の 功 徳 直 に 取 り 下 し て 行 ず る が 故 に 、 若 し 観 行 、 仏 心 に 契 当 す れ ば 即 座 に 動 ぜ ず し て 翔 契 成 仏 す 。 顕 宗 は 必 ず 因 海 に 趣 く が 故 に 、 初 心 自 り 修 行 し て 深 位 に 入 り 、 敢 て 次 位 を 違 越 せ ず、 頓 と 雖 も 必 ず 瀬 な り 。 」 (8
) 保 延 四 ( 一 一 三 八 ) 年 秋 八 月 『 十 住 心 論 』 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 九 三 ) 「 又 煮 く 、 諸 察 諸 教 の 修 行 と は 、 大 略 は 聖 位 に 濳 し 、 後 に 真 書 を 儒 ぜ ず 、 真 雷 を 修 せ ず 、 自 乗 の 仏 位 を 致 し て 、 都 て 一 人 も 無 し と 釈 す 。 云 々 。 菩 薩 乗 は 僧 祗 修 行 、 仏 乗 教 は 即 身 成 仏 の 旨 、 摂 に 真 雷 の 実 義 な り 。 三 力 加 持 の 故 に 僧 祇 の 行 を ツ ツ メ テ 速 疾 に 成 仏 す 。 実 に 僧 祗 一254
一一興教大席 覚鑁の 躑 艮覬 の 行 位 を 経 ざ る に は 非 ず σ 云 々 α 」 (
9
) 長 承 三 ( 一 = 二 四 ) 年 正 月 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 六 三 ) 「 真 言 の 意 は 、 夜 半 成 道 し て 十 方 諸 仏 と 入 我 我 入 し 、 諸 の 身 口 等 よ り 光 明 を 放 て 、 性 徳 円 満 海 不 思 議 の 法 門 を 説 く 。 諸 の 頓 機 、 悉 く 其 の 時 に 入 り 了 る 。 次 に 超 人 の 機 の 為 に 華 厳 大 乗 を 説 く 。 諸 の 超 機 、 之 れ に 依 て 亦 入 り 了 る 。 次 に 漸… 機 の 為 に 阿 含 ・ 方 等 ・ 般 若 ・ 法 華 ・ 涅 槃 等 の 経 を 説 く 。 漸 く 進 で 遂 に 真 言 に 入 る 。 」 (10
) 保 延 四 ( 一 一 三 入 ) 年 秋 八 月 『 十 住 心 論 』 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 九 八 ) 「 又 云 く 、 五 相 成 身 観 は 、 頓 機 は 初 の 通 達 菩 提 心 の 一 相 を 観 じ て 成 仏 す 可 し、 即 ち 是 れ 一 印 会 の 義 な り 。 ( 中 略 ) 五 相 共 に 具 し て 成 仏 す る は 漸 機 な り 、 又 五 智 円 満 の 義 な り 。 一 相 ・ 二 相 ・ 三 相 等 に て も 倶 に 成 仏 す 可 し 、 必 ず し も 観 を 悉 く 尽 す 可 ら ず 。 云 々 。 」 (11
) 『 両 部 曼 荼 羅 功 徳 略 鈔 』 ( 興 全 上 三 〇 七 ) 「 是 の 故 に 大 日 如 来 、 無 量 劫 を 経 て 頓 悟 の 機 の 為 に 此 の 胎 蔵 秘 密 の 教 法 を 説 き た ま ふ 。 若 し 行 人 有 り 、 法 の 如 く 観 行 す れ ば 即 身 成 仏 す 。 」 ( 興 全 上 三 = 二 ) 「 文 に 云 く 、 此 の 秘 密 教 は 頓 悟 の 機 無 く む ば 、 苟 に 其 の 手 に 入 ら ず 。 」 ( 12 ) 康 治 元 年 八 月 『 即 身 義 』 談 義 『 打 聞 集 』 前 掲 註 (2
) 拙 論 の 註 (7
) に 同 ( 13 ) 長 承 三 ( 一 = 二 四 ) 年 正 月 谷 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 六 二 ) 「 °。 ℃ 字 根 不 可 得 の 義 。 顕 教 は 機 根 を 離 る る が 故 に 即 身 成 仏 せ ず 。 今 は 猶 秘 密 の 機 根 已 に 熟 す る が 故 に 即 身 成 仏 す 。 」 (14
) 空 海 は 『 弁 顕 密 二 教 論 』 上 巻 に 於 て 「 故 に 『 地 論 』 『 釈 論 』 に は 其 の 機 根 を 離 れ た り と 称 し 、 』 唯 識 』 『 中 観 』 に は 言 断 心 滅 を 歎 ず 。 」 ( 弘 全 一 ・ 四 七 四 ) と し 、 更 に 引 用 す る 『 釈 摩 訶 衍 論 』 中 に は 「 何 が 故 に か 不 二 摩 訶 術 の 法 は 因 縁 無 き や 。 是 の 法 は 極 妙 甚 深 に し て 独 尊 な り 。 機 根 を 離 れ た る が 故 に 。 何 が 故 に か 機 を 離 れ た る や 。 機 根 無 ぎ が 故 に 。 云 々 」 ( 弘 全 一 ・ 四 七 九、 『 釈 論 』 大 正 蔵 三 二 ・ 六 〇 一 c ) と あ り 、 密 教 は 機 根 を 離 れ 、 機 根 の 無 い 教 と し て い る 。 こ れ は 密 教 を 〈 法 身 説 法 〉 の 教 と し 、 法 身 の 自 受 用 説 法 と す る 事 に よ り 、 そ の 説 法 を 聞 く 衆 生 ( 機 根 ) の 存 在 を 前 提 と し な い 為 で あ る 。 こ れ に 対 し て 顕 教 は 衆 生 の 機 根 に 応 じ て 説 か れ た 随 機 説 法 で あ る と さ れ 、 即 ち 機 根 の 存 在 を 前 提 と す る 説 法 ・ 教 説 は 顕 教 で あ る 事 と な る 。 (15
) 『 ぷ 字 口 決 並 八 箇 条 』 ( 興 全 上 九 一 五 ) 「 謂 く 、 行 者 と は 凡 夫 を 云 ふ な り 。 本 尊 と は 真 法 な り 。 成 就 不 成 就 知 り 難 し 。 仍 て 仏 、 此 の 下 根 愚 昧 の 輩 の 如 き 為 に 、 壇 上 に 乳 器 を 置 か し む 。 」 (16
) 『 両 部 曼 荼 羅 功 徳 略 鈔 』 ( 興 全 上 三 = 二 〜 三 一 四 ) 「 是 の 故 に 大 日 如 来 、 無 量 劫 を 経 て 上 根 の 人 の 為 に 金 剛 界 の 大 法 を 説 き た ま ふ 。 」 (17
) 『 菩 提 心 論 題 釈 』 ( 興 全 上 五 七 〜 五 八 ) 「 次 に 若 し 上 根 上 智 の 人 有 れ ば と は 、 金 剛 頂 の 発 菩 提 心 を 挙 ぐ 。 上 と は 最 上 乗 の 義 な り 。 ( 中 略 ) 上 根 と は 最 上 乗 金 剛 頂 の 根 性 な り 、 一255
一輪 王 の 種 姓 是 れ な り 。 上 根 上 智 の 人 と は 金 鰯 頂 の 因 人 な り 。 調 く 智 と は 金 剛 な り 、 上 と は 頂 な り 、 人 と は 園 人 な り 。 能 く 最 上 の 仏 智 を 志 求 す る 人 な る が 故 に 上 智 の 人 と 名 く 。 或 は 前 九 住 心 の 人 法 に 望 で 直 に 上 根 上 智 と 名 く 。 或 は 復 上 根 と は 仏 な り 、 能 く 最 上 乗 の 菩 提 を 証 す る 人 な る が 故 に 。 謂 く 能 証 ・ 所 証 函 蓋 相 称 な り 。 若 し 此 の 義 に 依 ら ば 、 上 根 の 人 と は 求 仏 陀 に 約 し 、 上 智 の 人 と は 願 菩 墨 に 約 す 。 人 と 云 ひ 法 と 云 ふ に 、 実 体 不 二 な り 。 不 楽 外 道 瓢 乗 法 と は 、 上 の 二 種 の 発 菩 提 心 を 耘 釈 す 。 不 楽 外 道 と は 仏 道 を 求 む る の 発 心 を 釈 し 、 不 楽 二 乗 法 と は 願 上 智 の 発 心 を 釈 す 。 乃 至 華 厳 の 仏 も 皆 通 じ て 外 道 と 名 く る が 故 に 。 文 に 去 く 、 凡 そ 輔 切 の 冉 譲 秘 密 の 法 を 了 せ ざ る 者 は 皆 是 れ 外 道 な り 。 ( 中 略 ) 二 乗 法 と は 、 或 は 一 乗 ・ 三 乗 を 名 け て 二 乗 と 為 す 。 一 に は 権 仏 乗 、 謂 く 三 自 ・ 一 道 な り 、 二 に は 菩 薩 乗 、 謂 く 覚 心 ・ 他 縁 な り 。 或 は 大 乗 ・ 小 乗 を 名 け て 二 乗 と 為 す 。 大 は 調 く 法 網 以 後 、 小 は 謁 く 縁 覚 以 前 。 或 は 復 九 種 を 通 じ て 小 乗 と 為 す 。 小 乗 の 中 に 亦 大 小 を 分 つ 。 『 十 住 心 論 』 『 二 教 論 』 等 に 分 明 に 説 く が 故 に 。 」 (
18
) 同 前 ( 興 全 上 五 九 ) 「 無 惑 に 又 瓢 あ り 。 一 に は 無 疑 感 、 智 観 無 し と 雖 も 唯 だ 儲 を 以 て 入 る が 故 に 。 二 に は 無 明 無 き が 故 に 、 已 に 九 種 住 心 の 無 明 の 辺 域 を 超 過 す る が 故 に 、 乃 ち 能 く 秘 密 荘 厳 の 無 惑 の 境 界 に 住 す る に 依 る が 故 に 。 此 の 中 に 又 二 あ り 。 若 し 顴 入 の 者 は 所 依 に 随 ふ が 故 に 、 殀 行 に 従 ふ が 故 に 。 若 し 漸 入 の 者 拡 実 にE
に 断 ず る が 叡 に 。 依 行 は 上 に 同 じ 。 」 (91
) 『 十 住 心 論 談 義 打 聞 集 瞼 保 延 四 ( 一 鱒 叢 八 ) 年 秋 談 義 八 月 八 目 の 条 ( 興 全 上 四 九 三 ) 「 真 言 の 上 機 に 二 有 り 。 一 は 信 機、 智 慧 無 し と 雖 も 此 の 法 を 聞 て 怖 れ 無 し 、 信 仰 帰 依 し 、 成 仏 せ む と 欲 し て 怱 に 修 行 す る 、 暈 れ 上 根 上 智 の 人 な り 。 二 は 智 有 り 慧 有 て 怱 に 修 行 し て 成 仏 せ む と 欲 す 、 是 れ 又 上 根 上 智 の 入 な り 。 」 (20
) 『 五 輪 九 字 男 秘 密 義 釈 』 ( 興 全 下 一 一 六 七 ) 「 第 五 に 纔 修 剛 行 成 多 門 と は 、 弥 陀 の 一 法 を 修 し て 現 当 の 悉 地 を 期 す 。 ( 中 略 ) 衆 生 の 機 根 種 種 不 同 な り 。 或 は 一 門 一 尊 の 三 昧 に 入 り て 、 一 印 一 明 一 観 を も つ て 悉 地 を 成 ず る 有 り 。 正 艨 末 の 異 を 論 ず る こ と 無 く 修 す 時 、 是 れ 即 ち 正 法 な り 。 悉 地 時 を 簡 ば ず、 信 修 是 れ 時 な り 。 」 (21
) 『 阿 弥 陀 秘 釈 』 ( 興 全 下 一 一 九 一 ) 「 己 身 の 外 に 仏 身 を 説 き 、 穢 土 の 外 に 浄 刹 を 示 す が 如 き に 至 て は 、 深 著 の 凡 愚 を 勧 め 、 極 悪 の 衆 生 を 利 せ む が 為 な り 。 」 ( 盟 ) 撮 前 ( 興 全 下=
九 五 ) 「 娑 婆 を 厭 ひ て 極 楽 を 欣 び 、 穢 身 を 悪 む で 仏 身 を 尊 ぶ 、 是 れ を 無 名 と 名 け 、 又 妄 想 と 名 く 。 縦 ひ 濁 性 宋 代 な り と 顧 も 、 常 に 平 等 法 界 を 観 ぜ ば 、 置 に 仏 道 に 入 ら ざ ら む や 。 」 ( 認 ) 年 次 未 詳 『 菩 提 心 論 』 談 義 『 打 聞 集 』 ( 興 全 上 四 四 五 〜 四 頭 六 ) コ 具 言 の 機 は 継 縁 灌 頂 に 機 定 ま る 。 顯 衆 倶 に 結 縁 灌 頂 に 入 る 。 皆 本 有 の 仏 な れ ば 、 入 る に 人 を 択 ば ず 。 其 の 後 皆 真 言 の 機 と 名 く 。 云 々 。 」 一256
一興教大師 覚鑁の機 根観 興 教 大 師 覚 鑁 の 機 根 分 類 タ イ プ ー 。 一 類 機 タ イ プ
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・ 灘 封 成 仏 と 順 次 往 生 《 即 身 ( 現 身 ) 成 仏 の 機 根 》 ( 初 期 ) 心 月 輪 秘 釈 ( 中 期 ) 密 厳 浄 土 略 観 ↓ 〔 阿 字 観 頌 〕 ( 晩 年 ) 五 輪 九 字 秘 釈 一 期 大 要 集 八 葉 観 − ↓ 〔 阿 字 観 頌 〕 深 解 上 勤 密 厳 浄 土 住 生 ( 睡 成 仏 ) 〔 深 修 円 智 〕 上 根 上 智 ( 即 身 成 仏 ー1 現 身 往 生 ) 大 機 ( 心 王 の 機 ) 小 機 ( 心 数 の 機 ) (攣
利 直 根 ) ( 靉 ・ 鈍 次 根 第 ) ( 、寧
利 蔵 根 ) ( 堅 瓢 ・ 鈍 次 根 第 ) 精 進 大 機 深 修 大 勤 ( 心 王 の 機 ) 〔 深 修 円 智 〕 浅 観 小 行 ( 心 数 の 機 ) 〔 浅 観 但 信 〕 《 順 次 往 生 の 機 椴 》 浅 観 小 行 ( 現 生 登 初 地 聾 往 生 ) 願 行 浅 弱 。 機 縁 未 熟 〔 浅 観 倶 信 〕 但 信 行 浅 正 機 ( 密 厳 浄 土 往 生 ) 兼 機 ( 十 方 浄 土 往 生 ) 懈 怠 小 機 一257
一タ イ プ