博 士 ( 獣 医 学 ) 桐 生 千 花
学 位 論 文 題 名
好 中 球 の 活 性 酸 素 生 成 系 の 光 情 報 に よ る 解 析 ― 生 体 防 御 お よ び 炎 症 反 応 と の 関 係 ―
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
自血球の活性酸素は、生体防御にとって第一線の殺菌因子として有益である。その反 面、一方で組織傷害を惹き起こし、全身性炎症反応症候群や多臓器機能不全の発症機序 において、重要な役割を演じている。
食細胞のうち、強カな食殺菌作用を有するのは、穎粒球の好中球と好酸球である。好 中球の活性酸素生成系の機構は、大別すると、還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレ オチドリン酸(NADPH)オキシダーゼの触媒するスーパーオキシドアニオン(07・冫生 成反 応、および ミエロペル オキシダー ゼ(MPO)の触媒する殺菌分解反応の2段階に 分けられる。この機構の中に欠損または異常があると、殺菌能が低下するが、殺菌に最 も寄与している活性酸素種は不明である。NADPHオキシダーゼの異常症の慢性肉芽腫 症(CGD)では重症 感染症とな るのに対し 、MPO欠損症は無症状の場合が多いことか らも、この機構は単純でないことがわかる。
第1章では、MPO反応の一重項酸素(102)由来の近赤外微弱光検出と抗生物質の抗 炎症作用について検討した。
好中球は、食胞内に取り込んだ微生物を、殺菌性ペプチドや活性酸素により殺菌す る。活性酸素のうち02‑は、細胞膜に局在するNADPHオキシダーゼの触媒によって生 成され、不均化反応により速やかに過酸化水素(H202)となる。全ての哺乳動物の食 細胞は、この酸素代謝機構を備えている。顆粒膜は、食作用に続いて、食胞膜と融合し てフんゴリソソームを形成し、その中にアズール顆粒内のMPOを遊離する。このへム 酵素 のMPOの働きにより、強カな酸化カを有するHOCIがつくられる。もうひとつの 強カな活性酸素の一種の102は、電子励起状態の酸素である。かつて102は、化学発 光の実験から、好中球の呼吸バーストの間、MPOの酵素反応により生成されると考え られたが、可視域の実験結果は、102生成の証明にはならなかった。最も信頼性が高い 102の測定方法 は、1分 子のデル夕 型の102が1分子の基底状態の三重項酸素に遷移 する過程で生じる近赤外領域の発光ピーク(1,268 nm)のスペクトロメトリーである。
好 中球 の 細 胞内 に おけ る102の生 成 は、 こ れ まで 、Ge PINフォ トダイオ ードを使 用し た非生理的MPO反応の実験から否定されてきた。
生理的 な酵素反 応由来の'0:!測定のた め、著者の 所属する研究グループでは、差動演 算 増幅 回 路 とInGaAs/InPPINフ ォ ト ダイ オ ード を 用 いた 、2チ ャン ネ ル 型の 近 赤外 域 微 弱光 検 出 装置 を 開発 し た 。MPO反 応条 件 は 、ブ 夕 由来 のMPO(1〜30nM) 十H202(10
〜100uM)十Cl−(100〜130mM) とした。 この検出 装置を用い ると、重 水なしで 、食胞 内 の生 理 的 条件 (pH7.4) でMPO反応 由 来の 近 赤 外発 光が検 出できた 。この近 赤外発 光 が1.27umに シ ング ル ピーク を示した ことから 、発光はl02由 来である ことが確 認で き た 。 ま た 、 炎 症 性 皮 膚 疾 患 に有 効 な3種類 の 抗 生物 質 は、MPO反 応由 来 のl02消 光 能から、抗炎症作用を有することが明らかとなった。
以 上 の こと か ら、 好 中 球の 食 胞内 に お けるMPO反 応か ら のl02の 発 生、 お よび 同 反 応 由来 の102の炎 症 との 関 連 が示 唆 され た 。 これ ま での 見 解 とは 異 な り、MPO反応 由 来のl02は 、生体防 御におい て重要な 役割を担っ ているか もしれな い。ただ し、その直 接 的な 証 明 を得 る には 、 好 中球 レ ベル で のl02由 来 微弱 光が検出 可能な装 置の開発 を 待たなければならない。
次 に 第2章 では 、 微量 好 中 球の チ トク 口 ー ム6558(cyt6558)の 吸 収 スペ ク トル の 測定法を開発し、CGDの診断に応用した。
CGDは 、 新生 児 期か ら 深 刻な 重 症感 染 症 を反 復 す る遺伝 性疾患で 、これま ではヒト の 症 例 の み が 報 告 さ れ て い る 。 こ の 疾 患 の 原 因 の 多 く は 、 好 中 球の02・ 生 成 系の NADPHオ キ シ ダ ー ゼ の 構 成 因 子 の ひ とっ のcyt6558の欠 損 であ る 。CGDの 診 断に は 、 02‐ 生 成 活性 、 オキ シ ダー ゼ構成因 子のイム ノブ口ット による欠 損の検索 、ならび に cyt6558のス ペ クト ル 測 定が 行 わ れて き た。 し か し、 新 生児 のCGD由来 の 少量 の 血 液 か ら 分 離 さ れ る 好 中 球 サ ン プ ル中 に は、 ヘ モ グ口 ビ ンHb( オキ シoxyHbお よぴ メ ト metHb) が 高率 に 混在 し 、cyt6558の ス ペク ト ル 測定 を 妨害するた め、この6夕イプの チトクロームの定量は困難であった。
そこで 、ヒトの 微量の好 中球の吸 収スペクト ルから、cyt6558量を迅速 かつ正確に測 定 する た め に、 従 来の 一 酸 化炭 素 (CO) バブ リ ン グ法 に 代わ る 、 安全 なCO処 理 方法 を 開 発 し た 。 混 在 す るoxyHbに よ るaお よ び 冖 バ ン ド ヘ の 影 響 は 、CO処 理後 の ジ チ オナイ ト添加に よる酸化 還元差ス ペクトルを 測定することで除去できた。さらに、この へムの吸収スベクトルのdバンドの微分スベクトルtd[△A]/d入、△A=吸光度差、入=波 長 (nm)Jを 求め る と、cyt6558の有 無判定の 困難な例 でも、正確 な診断が 可能とな っ た 。CO非 感 受 性 のmetHbのyバ ン ド へ の 影 響 は 、 溶 血 し て 得 ら れ たHb液 のCO処 理 前 後の ス ペ クト ル の比 較 に よっ てmetHbを 推量 し 、 そのス ペクトル を差し引 くことで
除去できた。
このように、本吸収スペクトル測定法は、Hbの混在するCGD好中球のcyt6558の定 量に有効であった。ヒトとウシならびにブタの好中球のcyt6558の吸収スペクトルの ピークには差異がみられないことから、本測定法は、ヒト医療にとどまらず、獣医療に おいても応用可能であると考えられた。
以上の結果をまとめると、好中球の食胞内におけるMPO反応由来の102の産生とそ の炎症反応への関与が示唆された。また、COを使用したcyt6558の吸収スペクトル測 定法は、CGD由来の微量の好中球にも適用可能であった。
この分野の研究は、細胞由来の102検出装置の開発により飛躍的に進歩すると思わ れる。その際には、本論文では分離して検討せざるをえなかった、NADPHオキシダー ゼ系、およびMPO反応をひとまとめにした、好中球の活性酸素生成系の機構の解明に 新しい論争が展開すると考えられた。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
藤 永 徹 桑 原 幹 典 藤 田 正 一 稲 波 修
学位論文題名
好中球の活性酸素生成系の光情 報による解析 ― 生 体 防 御 お よ び 炎 症 反 応 と の 関係 ―
好 中 球 由 来 の 活 性 酸 素 は 、 生 体 防 御 に お い て 第 一 線 の 殺 菌 因 子 と し て 重 要 な 役 割 を 演 じ て い る 。 活 性 酸 素 生 成 系 の 機 構 は 、 還 元 型 ニ コ チ ン ア ミ ド ア デ ニ ン ジ ヌ ク レ オ チ ド リ ン 酸(NADPH)オ キ シ ダ ー ゼ の 触 媒 す る ス ー パ ー オ キ シ ド ア ニ オ ン 生 成 反 応 、 お よ び ミ エ ロ ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ(MPO)の 触 媒 す る 殺 菌 分 解 反 応 の2段 階 に 分 け ら れ る が 、 殺 菌 に 最 も 寄 与 し て い る 活 性 酸 素 種 は 不 明 で あ る 。 申 請 者 は 新 し い 光 検 出 装 置 と 技 術 を 使 用 し て 、 好 中 球 の 活 性 酸 素 生 成 機 構 に つ い て 検 討 し 、 次 の よ う な 結 果 を 明 ら か に し た 。
ま ず 、 申 請 者 の 所 属 す る 研 究 グ ル ー プ が 開 発 し た 新 し い 近 赤 外 域 微 弱 光 検 出 装 置 を 用 い て 、 好 中 球 の 食 胞 内 と 同 様 の 生 理 的 条 件 下 で 、MPO反 応 の 一 重 項 酸 素 (102)の 検 出 に 初 め て 成 功 し た 。 ま た 、 同 反 応 由 来 の102消 光 能 を も つ 抗 生 物 質 を み い だ し た 。 次 に 、NADPHオ キ シ ダ ー ゼ の 構 成 因 子 の ー つ の チ ト ク ロ ー ム6558 (cyt6558)の 吸 収 ス ペ ク ト ル 測 定 法 を 検 討 し 、 混 在 す るoxy Hbお よ びmet Hbの 影 響 を 除 去 で き る 安 全 な 一 酸 化 炭 素 処 理 法 を 確 立 し た 。 さ ら に 、dバ ン ド の 微 分 ス ペ ク ト ル を 求 め る と 、 慢 性 肉 芽 腫 症 由 来 の 微 量 好 中 球 サ ン プ ル の よ う なcyt6558の 超 極 微 量 な 例 で も 診 断 が 可 能 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。
以 上 の よ う に 申 請 者 は 、 . 好 中 球 の 食 胞 内 に お け るMPO反 応 由 来 の102の 産 生 と そ の 炎 症 反 応 へ の 関 与 の 可 能 性 を 明 ら か に し た 。 ま た 、 今 後 、 獣 医 療 に お い て も 応 用 可 能 な cyt6558の 吸 収 ス ペ ク ト ル 測 定 法 を 開 発 し た 。 本 研 究 の 結 果 は 、 好 中 球 の 活 性 酸 素 生 成 機 構 の 解 明 に 大 き く 貢 献 す る も の と 判 断 さ れ た 。 よ っ て 、 審 査 員 一 同 は 桐 生 千 花 氏 が 博 士 ( 獣 医 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 を 有 す る も の と 認 め た 。